「リトル・ペブル 最後の教皇 第3巻」
日本語版

(C)箱舟の聖母社

リトル・ペブル 最後の教皇
第3巻 ウィリアム・カムの証言と神秘的生活


目次

永遠の御父への献辞 ----------------------------- 4
著者の序文 ------------------------------------- 5
第一章 うち続く裏切り  ----------------------- 8
    ブレ神父の離反  ----------------------- 8
    トランペッターの離反
(日本から起こった神秘的教会の世界的な大分裂)---- 42
ブロサード神父による擁護 --------------- 103
シスター・グアダルーぺ
(幻視者が過ちに陥る典型的な実例) ---------- 132
第二章 聖シャーベル修道会 --------------------- 153
第三章 天国からの対話。神からの賜物。続き ----- 191
(日本語版の注記「教皇ヨハネ・パウロ2世のご死去」
について、リトル・ペブルからの手紙2005年4月) -- 246
第四章 新しい千年期と聖シャーベル修道会
(正義はどこにあるのか? 不誠実な「教会調査」の記録)-- 260

日本語版の謝辞 --------------------------------- 298











永遠の御父への献辞
 私は私の人生に関するこの著作を、永遠の御父、愛とあわれみのわが父、その方から全てのものが存在するに至った方、彼のとるにたりない息子からの贈り物として捧げたいと思います。
 私は彼の懐から、彼の神聖な愛の火花として出てきました。そしていつの日か、彼のもとに帰るでしょう、彼が私にそうであることをお望みであるように、彼の清い、そして聖なる像のうちに。
 私はこの著作を、私の愛する父そして創造者にささげます。そしてこの著作を読む全ての人が真理を認めるように祈ります。私はまた、善意の全ての霊魂たちが、私がそうしてきたように、彼らの天の父を愛するようになることを、彼の忍耐と善意を評価し、彼の愛の深さを知るようになることを祈ります。なぜなら私たちは皆、彼の無限の価値を持つ被造物だからです。
 彼がいつも私のうちに彼の愛する息子の似姿を認めてくださいますように、そして私の生活が、彼の愛を証しするものとなりますように。いつの日か、罪人である私、そして全ての神の子供たちが、彼の神聖な顔を仰ぎ見て、彼の愛の甘美さを永遠に味わうことができますように。

【 奉献 】

「リトル・ペブル」への霊感によるもの。専ら私的信心のためのもの。

 おお、愛とあわれみの永遠の御父よ。私は、私自身を、あなたの無限の価値を持つ被造物として、あなたに奉献いたします。罪人である私を、あなたの小さな子供として、私と私の全てをお受け取りください。私をあなたの清く聖なる似姿としてください。あなたの懐から私が出てきたとき、そうであったように。そして私が再びちりに返るとき、あなたが望まれるように私がなるように。あなたと、あなたの神なる御子イエズス、そしてあなたの霊と、永遠に共に生きることができるように。
 父よ、わが父よ、私の日々の過ちを赦し、私の罪を拭い去ってください。あなたが私のうちに、あなたの御一人子の似姿のみを見てくださいますように。私はあなたを愛します、そしてわが命のゆえにあなたに感謝します。あなたの子供として。アーメン。






著者の序文
"Totum me do - Omnia Accipiam" −「全てを与えたまえ、われ全てを受け入れん」
 私の自伝の第三巻は、天によって私にゆだねられたこのミッションでの私のキャリアと選ばれた使命における最も苦痛に満ちたエピソードのひとつをもって始まります。私のミッションと聖シャーベル修道会の組織は花開き始めていました。そして神は、神の計画を始動するために必要な支援を私に送ってくださいました。支援は、一人のフランス系カナダ人の司祭という形で到来しました。そして彼は、1986年に私の人生に登場しました。私と彼との関係は十年間にわたって続くことになりました。それは拡張と成長の十年間でした。しかし悲しむべきことに、誤解と、不信と、信仰の喪失をもって終わりました。このことは私にとって非常に大きな打撃でした。なぜなら私は、幻視者たちの一致と聖シャーベル修道会の繁栄のために、私たちの関係がどれほど必要であるかということを理解していたからです。実際、天は、私たちの間の関係の発展とその性質に関しての数多くの大いなる計画を明らかにしてこられました。
 1992年に「ソーンブッシュ」という名前の注目すべき幻視者そして神秘家が神によって立てられたことは、私の仕事にとって一つの恵みでした。神によって非常に祝福されたこの霊魂は、私の霊的な姉妹となりました。私たちはいわば、ひとつの硬貨の二つの側面のようになりました。なぜなら彼女の第一の使命は、私の仕事において私を支援することだったからです。修道会、ミッション、私の個人的な生活に関係する私の質問に答える恩寵を神が彼女に与えられたことによって、彼女は私にとって大いなる助けとなりました。それはまた、未来の数多くの奥義や、私たち信徒にとっての神の計画の一部を明らかにするために彼女に与えられました。
 次の章は、私たちが共有していた親しい同盟と敬意に降りかかった悲劇について詳細に説明することになるでしょう。この悲劇は私にとって傷であり続けており、私たちのかつての一致は今日に至るまで打ち砕かれたままです。私のドアは、修道会の傘下を離れた人々に対していつも開かれています。なぜなら私は、私たちの第一の関心事である神の業が前進するように、「壊れた垣根」を修繕するであろう対話を行う用意が常にあるからです。私が、ミッションに従ってきた人々の大多数から見捨てらるであろう、ということを明らかにした多くの啓示が、私のみならず他の幻視者たちにも預言において告げられてきました。実際にそれはその通りだということはあまりにも明白です。しかしそれでもなお皆は良い霊魂たちなのです。皆は神の栄光のために働いているのです。そして私は自らに問うのです。私たちが皆違った道を歩いているのはなぜなのだろうか。私の使命はあらゆる幻視者たちの一致なのだから、これらの特別な恵みを受けた霊魂たちを集まらせ、率直で正直な議論を行わせることが必要だと私は信じています。私は私の以前の関係者たちと連絡をとることによって、そうするように努力してきました。私はいくつかの反応を受け取りましたが、熱意はほとんどありませんでした。私たちはカタツムリのようなペースで前進しているように見えます。しかしなお私たちは前進するのです。
 私たちの救い主イエズスは、しばしば私を「小さなモーゼ」として言及なさいます。主はしばしば私を「小さなアブラハム」を含む様々な名前で呼ばれます。しかしながら主は私に、いにしえのモーゼのようになり、民を約束された土地へと導かなければならないと示唆されました。私は指導者であり、明晰性と正確性をもって神から指示を受け取った預言者なのです。信仰深い人々を死の谷の影から連れ出し、新い聖なる時代へと導くことが私にゆだねられています。これが私に神によって与えられた契約なのです。
 神秘的な言葉でいえば、信仰深い者たちは、不毛な荒地の四十年間を生きながら、人生の砂漠を苦闘しつつ歩んでいます。なぜなら疑いもなく、聖なるカトリック信仰を持つ真の信仰者たちは、この人生の荒野において生き残るために苦闘しているからです。私はこの大いなる企てにおける私の責任を痛切に意識しています。そして私は大いなる脱出のモーゼの保護と、その精神に大いに頼っています。なぜならば、彼の大いなる信仰、神と顔と顔とを合わせて語るにふさわしいとみなされた人の、神の友として知られた人の信仰において、彼に倣うことが私に与えられたことだからです。1998年に、私は十戒のモーゼに幻視において出会う恵みを与えられました。モーゼは私に以下のメッセージを与えられました。

【 幻 視 】

リトル・ペブル: 聖なるモーゼは今少し近くに滑空します。彼はこうした堂々として見える霊魂です。彼が持っている杖は、紅海に道を開いたものです。私の霊魂と肉体の中にある「聖なる輝くもの」はまたその杖の一部です。それは非常に重要な意味を持っています。モーゼは杖を彼の前に置き、今祈ります。聖母はまた彼女の目を天に向け祈っておられます。モーゼは頭をあげ、彼の前にある杖を少し遠くへ移動させます。そしてそれはちょうどそこにあります。モーゼの右手に十字架のある指輪が見えます。彼はそれに接吻し、聖母を見、そして彼女の額に接吻します。

モーゼ: 父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたに挨拶する、我が愛する兄弟、天の「純粋な白い岩」、地上の神の民の指導者よ。私、モーゼは、あなた自身の保護者としてだけではなく、あなたが神の民を約束された地に導くことができるように、あなたを守り導くためのあなたの保護者として置かれた。あなたが知っているように、我が息子よ、私は厚かましい不従順のために約束の地に入ることを許されなかった。しかし、あなたは私が入れなかった約束の地に民を導くだろう。しかし神は人間の弱さをご存知で、すべて賢明で、あわれみ深かった。勇気を出しなさい、私たちの「小さな岩」よ、恐れるな、神は前進し成功させるためにあなたを選んだからである。あなたはまことに最後のキリストの代理者になるであろうからである。
 あなたは理解しなければならない、わが息子よ、この責任とともに十字架が来ることを。なぜなら神が与えるすべての贈り物に対して代価が払われるからである。しかし安心しなさい、神と天の女王、そして天にあるすべての者は、常にあなたとともにあるであろう。勇気を出しなさい! そしてすべての我が親愛なる息子たち、娘たち、兄弟たち、姉妹たちよ、あなたたちの現在の教皇ヨハネ・パウロ2世のために祈りなさい、そして同じ十字架を担わねばならないあなたたちの未来の教皇のために祈ることを忘れてはならない。神によって選ばれた全ての指導者たちのために祈りなさい。よく覚えておきなさい、彼ら皆はキリストとともに十字架を担わねばならない − あなたたちが与えられたものよりも多く、あなたたちが払わねばならないものよりも多くの大きな責任があるからである。それゆえ祈りなさい、犠牲をささげ、償いをしなさい。時が進むにつれ、例外なくあなたたち全てにとって非常に困難になるだろう。ここにいるあなたたちのいくらかは、老いも若きも死ぬだろう。贖いの印をつけられた子供たちの多くは清められ、いくらかの者は取り去られるだろう。多くの者は真理へと改心するだろう、なぜなら神は多くの者たちの救いをお望みだからである − たとえ全ての者でないとしても、もしそれが可能であったならば。しかし前進する戦いは、信仰と忍耐の苦闘となるであろう。神の智恵と意志を理解しようとしてあなたたちの霊魂を困惑させてはならない − 私もまた、推測によってこのことを試みたため、地上での我が生涯において神の善性は私を懲らしめたからである。今、私は報いを得ている。それゆえ何も推測してはならない、我が甘美なる子供たちよ、そうではなく、子供たちへの神のあわれみに信頼し、愛しなさい。旧約の時代の、我が生涯における偉大な奇跡は再び繰り返されるであろう、それももっと偉大で、もっと雄大なスケールで。神は決して侮られるお方ではない。多くの者たちは、神は眠っているか、存在していないと信じている。しかし、まもなく全ての者は、神が神であり、神は清いものの中で最も清いものであることを知るだろう。それゆえ我が甘美なる息子たちと娘たち、兄弟たちと姉妹たちよ、信仰のうちに前進しなさい。信仰のうちに水の上を歩き、神の全善と、彼の聖なる御母を信頼しなさい。
 私、旧約のモーゼはあなたたちを、三位一体の神から、私たちの天の女王の汚れなき御心を通して祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: モーゼは今、杖から離れます。そして聖霊は聖母から杖の中に移動され、両者は私自身の中に移動され、消えます。モーゼと聖母は今うなずかれ、白い十字架の方へ滑空し退かれます。(天の聖なる)女性たちは残っています。彼女たちは、共同体のメンバーたちの間を移動しているように見え、遠く、広く、他の多く場所へと行かれます。私は本当に彼女たちが誰であるのかわかりませんが、たぶん、神の被造物とともに何かをなす使命をもっているのだと思います。
 イエズスはまだ、聖母の胸の上の御聖体のうちにおられ、− そして御聖体は主の微笑まれる御顔になりました。モーゼと聖母は天使たちとともに白い十字架の方へ滑空し退かれます、そして彼らは再び十字架の印をなさいます。+
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 超自然的なことに関しては、数多くの奥義が関わります。モーゼは神によって大いに評価され愛されていましたが、ごくしばしの間だけ揺らぎました。そして彼にとってその損失は巨大なものでした。彼は約束の地に入ることができませんでした。私もまた、私のミッションと神からの指示に集中し続けなければなりません。なぜなら私は、すべての善意の霊魂たちを、彼らの天的な遺産へと導くことを望んでいるからです。エジプトでの奴隷生活を逃れた霊魂たちの中で、彼らのうちの二人しか約束の土地に入ることはありませんでした。残りの者たちはふさわしいとはみなされませんでした。彼らの子供達が、両親たちが失ったものを相続したのです。
 神の子供達に対する多くの攻撃があります。今や、善意を持っている霊魂達は、彼らの全ての努力を、彼らに対する神の御旨(みむね)をなす事に集中する事が絶対に必要です。良き意志、意向の清さによって彼らは成功するでしょう。神は彼らのために紅海を開かれなかったでしょうか。神は彼らを40年間にわたって養われなかったでしょうか。彼らはマナや食料を受け取らなかったでしょうか。同様に神の選ばれた民たちも、今、保護されており、この四十年間の旅路において彼らを強めるための霊的な食料を与えられているのです。並行した生活が神秘的な仕方で描かれており、私に求められているすべてのことを成し遂げるために神の助けを求めます。
 聖シャーベル修道会は今開花しようとしています。このことは非常に間もなく起こるであろうというのが神のお約束です。この巻の読者に対して、ある預言者が受け入れられなかったとき、あるいは人々の心が疲れてしまい指導者との一致を断ち切ることを選んだときに、その預言者に降りかかった試練について多くのことが明らかにされるでしょう。



第一章 うち続く裏切り
 私が初めてイブ・マリー・ブレ神父という名前のフランス系カナダ人司祭から連絡を受け取ったのは1986年のことでした。彼はブラザー・ジョセフ・フランシスが私に言及したことがあるモンフォール会司祭でした。神父は彼の霊的指導者でした。そしてまた彼の組織の中の「十二の柱」のうちの一人でした。ブラザー・ジョセフ・フランシスは、ブレ神父からは距離を置くように私に忠告しました。私は彼の忠告に感謝しましたが、開かれた心を保ち続けることを選択しました。あらゆる霊魂とのかかわりにおいて、それが私の一般的な習慣だからです。
 当時、そして1987年にはとりわけそうでしたが、私は数多くの幻視者たちと関係を持ち、一致しました。彼らの中にはテレサ・マレットがいました。これらの幻視者たちの多くはブレ神父とも連絡を取り、かくして私たちは私たちの将来の共同の仕事のための共通の基盤を持ち、堅固な基礎を形成することになりました。ブレ神父は、非常に聖なる司祭ドゥーグ神父の支援とともに、新しい修道会を形成することになりました。「マリアの汚れなき御心と聖ルイ・マリー・ド・モンフォール修道会」です。神父は聖母に対する深い信心を持っており、そのことはよく知られていました。そして彼はメジュゴリエの聖母の出現の熱心な支持者であり、しばしばそこへ巡礼団を引率していました。あるとき私に反対する公開書簡が出されたとき、彼は非常に有能に私の弁護に駆けつけました。(訳注:第二巻参照)
 ブレ神父は、力強い性格の人物であり、彼のフランス的な遺産を非常に誇りにしており、大いなる能力に恵まれていました。彼は、ほとんどのものごとに手を伸ばし、そして非常にやりくり上手でした。彼はまた教会法学者であり、そのことは彼を待ち受けていた教会法的な闘争において彼を良い立場に立たせました。ブレ神父は彼の共同体を、修道会の管理下において始めました。そして何年かのうちに、九十名の人々を収容する共同体を作り上げました。彼の共同体はラヴニールにあり、後に聖母によって彼女の「家」として言及されることになりました。ブレ神父はまた神によって終末の日の使徒「リトル・ヨハネ」として指名されました。そして汚れなき御心の修道会と、聖シャーベル修道会 − 後者は私が創立することになったものですが − は、聖ヨハネ・ボスコの夢において描かれた、終末の時代において教会を導く二つの柱となることになりました。しかしこれらすべてのことはまだ将来のことでした。当面の間、神父と私は協力関係を築き上げようとしていました。なぜなら天はゆっくりと私たちに望まれることを明かしておられたからです。
 ラヴニールはカナダのケベック州の農業地帯に位置していました。共同体は、大量のジャガイモ、野菜、果物を産出していました。ニワトリやウサギが販売のために育てられ、草を食む子牛が彼らの肉の供給手段に加えられました。共同体は、聖心共同体の近くに小さな商店を経営しており、メンバーたちはその店を運営するために二十分ほどかけて移動していました。そして彼らの産物のほとんどは、この商店を経由して流通されていました。食品、信心用具、ハンカチがその中では売られ、それは財政的に非常に成功していました。家庭的なスタイルの食品が販売のために作られていました。印刷所の発展は、聖画の生産や販売のための本の生産に貢献していました。ブレ神父は、彼の自給自足に向けての達成を正当に誇りにしていました。そして温室の導入によって、異国の果物や一般的な産品が一年中入手可能でした。性質的にハードワーカーであったブレ神父は、彼が怠惰あるいは弛みと見なすものを決して許容しませんでした。彼は高い基準を保ち続け、他のすべての人々にも同じようにすることを求めました。彼はあらゆる事項における全面的な従順を要求しました。そして家族を持つ結婚したメンバーたちを含むすべての部門は彼の指導に従うことを義務づけられました。このことは最終的に、多くのメンバーたちに大きな緊張を引き起こしました。なぜなら彼らは彼の勢いと期待についていく能力がなかったからです。そしていくらかの人々は精神的にのみならず肉体的にも苦しみました。ブレ神父は非常に愛情深く魅力的な人でしたが、愚か者を喜んで耐えることはしませんでした。そしていくらかの人々は、彼のガリア的な気質を傲慢で不愉快なものであると感じました。
 汚れなき御心の修道会は聖シャーベル修道会の傘下に入りました。そして私は結果的に彼の共同体の多くの霊魂たちとかかわりを持ちました。私たち両者にとって多くの忍耐と外交が必要でした。数多くの問題に関する合意にこぎつけるために。神父と私は全く異なる性格を持っていました。彼は強力で、結果を直ちに求め、一方私は一般に注意深く、急ぐことなく進みました。
 私たちの関係の何年もの間において、私たちは多くの問題について常に同意したわけではありませんが、忍耐と和解の実践によって、多くの問題は満足がいくように扱われ、あるいは避けられました。私たちは多くの機会において共に旅行し、彼はナウラの私たちのゲッセマネ共同体を訪問しました。私は彼の国に旅行しラヴニールに滞在しました。ブレ神父は彼の共同体の数多くの素晴らしい側面を熱心に私に見せ、そしてしばしばゲッセマニ共同体や新しく形成された他の共同体の欠点との比較をしました。しかし一般的に、それは気候と条件があまりにも違うためでした。汚れなき御心の修道会は「修道会」として始まり、「共同体」はその線に沿って発展しました。一方、オーストラリアでは、「共同体」が最初に発展し、それから聖シャーベル修道会へと成長していったのです。ブレ神父は、どのように私たちの共同体を自給自足へ向けて発展させるかについて、多くの健全な忠告を私たちに与えてくれました。そして多くは実行に移され、成功しました。
 年月が経つにつれて、数多くの司祭たちや幻視者たちは、様々な理由でブレ神父から離れるようになりました。しかし私たちの間の一致は強まっていきました。私たちは私たちの修道会を発展させ、天が私たちに望まれている仕事を前進させ始めました。幻視者たちの間でいくらかの名声を享受していたブレ神父は次第に人気を失っていきました。そして多くの人々が、彼との関係を断つように私に説きすすめようとしましたが、このことは天の計画ではありませんでした。私は私たちの関係を存続可能で生産的なものに保つために為しうるあらゆることをなしました。
 1992年にマリー・ダニエルという名前の20代初めの若い女性が、ブレ神父の共同体を初めて訪問しました。この若い女性は共同体生活を経験する望みを持っていました。そしてラヴニールが彼女に推薦されたのです。彼女はそこで一週間を過ごすことを申し込みました。そして到着してからマザー・マリー・アストリッドと共にチャペルを訪問しに行きました。イエズスが彼女に現れ「私に従いなさい!」と言われたのはそのチャペルにおいてでした。上長であるマザー・マリー・アストリッドがこの出来事に何も気付かなかったという事はマリー・ダニエルには明白でした。次の日マリー・ダニエルは再びチャペルでイエズス様のビジョンを見ました。そこで主は彼女がその共同体において彼に従うかどうかを彼女にお尋ねになりました。マリー・ダニエルはためらいませんでした。そして彼女の体験をマザー・アストリッドとブレ神父に打ち明けました。彼女は用事を片づけるために家に戻り、一週間のうちにラヴニールに戻ってきました。修道生活への召命を受け入れるために。ブレ神父は、起こった全てのことを私に告げるために私に連絡をとりました。そして私に、彼女について聖母と話すように求めました。私たちの主は、天はこの美しい霊魂のために大いなるミッションと計画を持っておられることを私に啓示されました。そして彼女は神秘的な名前、「ソーンブッシュ」で呼ばれるであろうということを。この若い女性は、天の計画によって、私たちが既に形成していた強い一致を固めるための「道具」となる予定でした。ソーンブッシュの主要なミッションは、天によって啓示されました。それは「リトル・ペブル」を「助ける」ことでした。このことは私がポーランド人幻視者カジミエルズ・ドマンスキーとともにラヴニールを訪れた1989年に私がなした預言の成就でした。そのとき私は次の言葉を聖母から受け取りました。「この共同体は公の出現地を持つことになるでしょう。そして一人の神秘家が一致を助けるために立てられるでしょう」 このことは、私とブレ神父の両者にとって大きな喜びの源でした。そして預言された通りに、マリー・ダニエルのミッションは私たちの間の強いきずなを固めるのを助けることでした。彼女が汚れなき御心の修道会に入ってから、私たちの二つの大陸の間に何かの連絡がない日はほとんど一日もありませんでした。
 マリー・ダニエル、彼女の上長であるマザー・マリー・アストリッド、ブレ神父、そして私自身は、手紙、ファックス、電話による常時の連絡を取り続けました。現在までの私のファイルの中に、1997年に至るまでのおよそ1200通の私たちの通信の手紙を私は持っています。私たち相互や天とのかかわりあいは、「ソーンブッシュ」と私を敬意、愛情、そして愛の相互のきずなへとを導きました。私を支える彼女の役割において、彼女は大いに苦しみました。そして時がたつにつれて、彼女は私たちの主の受難、そして悪魔からの多くの拷問と、激しい肉体的な痛みを経験するようになりました。このことを彼女は私のために、そして私のミッションの成功のために捧げました。彼女はキリストにおける私の非常に愛する霊的な姉妹でした。ソーンブッシュは、彼女の苦しみによって、足が不自由になり、車いすで運ばれなければなりませんでした。しかしながら天が彼女に旅行することを望まれる時には、彼女は歩くための力を与えられ、彼女に求められる事は何であれ対処するための力を与えられました。彼女は目に見えない聖痕の痛みのうちにありました。しかし天は毎日のように彼女に話しかけられ、このようにして私達のメッセージはお互いに確認されました。ベッティーナと私の間の神秘的結婚が全面的に公になった時、そして論争が激化した時に天の指示の正当性を支持し、神秘的結婚についての私のメッセージを確認したのは、天からのソーンブッシュのメッセージでした。明らかになったように、多くの人々はこれを受け入れがたいものだと感じ、そして私との一致を絶ちました。しかしながら「二つの柱」のミッションは一致し続けました。
 1994年に私は、ブレ神父とマザー・マリー・アストリッドと「ソーンブッシュ」を、私達のゲッセマニ共同体を訪問し私たちのメンバーのための全体的な黙想会に参加するように招きました。共同体はカナダ人たちを歓迎して大喜びしました。そして「ソーンブッシュ」は彼女のビジョンや経験について多くの事を語りました。彼女は様々なレベルの煉獄を見たことがあり、新しいエルサレムの天の宮殿を目撃し、そして数多くの聖人達と話したことがありました。彼女は彼女のうちに、ルルドの聖ベルナデッタの霊を持っており、最も美しいそして聖なる霊魂を現しました。マザー・マリー・アストリッドは、どのようにして自給自足の小さな産業を発展させるかについて多くの情報を与えてくれました。そしてブレ神父は、彼の直接的で真剣なやり方で、共同体の進歩あるいはその欠如についての彼の評価によって共同体を打ちのめしました。いくらかの波紋がありましたが、それは非常に幸福な訪問であり、そして彼らのカナダへの帰還の後も私達の一致した努力は続けられました。
 私達の修道会が一致して発展していくことによって、神は私たちの緊密な協力関係に対する承認の驚くべき印を与えられました。私と「ソーンブッシュ」の間の霊的なきずなは、イエズス様とマリア様による数多くの驚くべき神秘の啓示をもたらしました。私は私のメッセージの多くを「ソーンブッシュ」によって確認してもらいました。そして彼女は彼女のメッセージ、とりわけ数多くのプライベートな事項に関するものを私によって確認しました。時がたつにつれて、神はこの全ての仕事における彼の計画を示されました。神は、このこと確証するいくつかの例を許されることによって、私が本当にバイロケートしたことをブレ神父に証明しました。このような例の一つは、ソーンブッシュが、彼女を苦しめていた悪魔によってベッドに縛り付けられたときに起こりました。ブレ神父とマザー・マリー・アストリッドは非常に驚き、私に助けを求めて緊急に連絡してきました。私が電話で彼らと話している時に聖母が私に現れ、私の手を取ってソーンブッシュのもとに連れてゆかれました。ソーンブッシュは直ちに脱魂状態になりました。私が彼女を祝福するところを彼女は目撃し、そして悪魔の力は解かれました。そして彼女は脱魂状態から目覚め、苦しみから解放されました。この事や他の数多くの特別な印がブレ神父を強めるために与えられました。ソーンブッシュと私は、私達が独立に聖母に質問するほとんどあらゆる質問において、私たちが同じ回答を受け取っていることに気づきました。それは私たちを驚かせるほどのものでした。私たちは信仰と希望においてお互いを強めました。しかし、予想されたように、悪魔はこの一致を破壊しようともくろんでいました。なぜなら多くの人々が修道会に引きつけられていたからです。

【 不一致の始まり 】

 1995年に、私たちはまだ緊密な一致のうちに働いていましたが、私は私とブレ神父の間にいくらかの不穏な情勢を感じとり始めました。そして時がたつにつれて、ブレ神父は私の取り扱いにおいていくらか「冷たく」なったことが私に明白になりました。私はこの困難な状況を切り抜けようと努力し続けましたが、それは問題の中に投げ込まれた雪玉であり、そしてそれは私たちのミッションの全体的な同盟関係を粉々に破壊しかねないものでした。一方で私は、私たちの間に広がりつつあるように見える亀裂の原因について確認しようとしました。私は幻視者たち、とりわけブレ神父の共同体の一員であった一組の夫婦からのいくつかの連絡を受け取りました。この夫婦、ドンおよびジャッキー・ヴァウターは、私のミッションを信じ、それを全面的に支持していました。彼らもまたこの分裂を感じ取っており、ラヴニール共同体において経験されている諸問題について知っていました。ジャッキーはまた公の幻視者でもあり、天からのメッセージを受け取っていました。彼女は、「サンフラワー」という神秘的な名前を持っていました。そして私は、しばしば私に対する天の指示を確認するように彼女に求めました。なぜならとりわけ私はラヴニールとの意思疎通が困難になっていたからです。私は、ブレ神父に関する私の懸念について「サンフラワー」に知らせ、そして私のために聖母に質問するように彼女に求めました。以前は、私が「ソーンブッシュ」に緊急の質問を送ると、私は二日以内に回答を受け取っていました。1996年5月28日に「サンフラワー」を通して私は回答を受け取りました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します、我が甘美なる息子よ。そして私はブレ神父とソーンブッシュに関するあなたの懸念についてよく知っています。そしてあなたの懸念は正当なものです。わが甘美なるソーンブッシュは、彼女の上長であるブレ神父への厳格な従順の下にあります。彼女があなたの質問を与えられた時には、彼女はできる限り早くそれらに答えますが、あとのことは神父に委ねられています。あなたは正しいのです、わが息子よ、連続的な一致のためにあなたがなしうる全ての事をあなたはなしてきたとあなたが言うときに。一致は、ブレ神父の行動によってのみ破壊されるでしょう。わが甘美なるソーンブッシュは、起こってきている全てのことのために非常に苦しんでいます。なぜなら彼女はどうにもできないからです。彼女は非常に泣いています。ブレ神父はコントロールを保とうとしています。それで彼は人々のための回答を差し止めてきたのです。そして彼が聞くことを望んでいる回答を受け取るまで、そうし続けるでしょう。ブレ神父は、ソーンブッシュは彼なしでは成功し続けることはできないし、しないであろうと本当に信じています。そして彼は彼女に何度もそのように告げています。耳を傾ける者には誰にでもそうし続けているように。彼女の心の中において彼女は真実を知っています。なぜなら私たちは彼女を見捨てないからです。あなたは、あなたの聖シャーベル修道会の子供たち全ての助けとともに、わが小さなソーンブッシュのために真剣に祈り続けなくてはなりません。彼女の心の安全のために。あなたは神父に彼の本当の理解について問い合わせ続けるべきです。おそらく彼は、彼のやり方の誤りを見ることができるでしょう。わが甘美なる息子よ。わが甘美なるソーンブッシュについてのあなたの心の中のひどい心痛について本当に気の毒に思います。彼女はあなたと連絡をとることを許されていないのです。彼女の上長への従順のために。上長は、彼女がしたいこととは別のことを彼女に告げているからです。彼女はこの出来事全体によってひどく引き裂かれています。彼女は本当にあなたの特別な賜物と祝福を愛しており、霊魂においてあなたは今なお彼女とともにいることを知っています。……私はあなたを祝福します。わが甘美なる息子よ、そしてあなたを常にわが汚れなき御心の内に置きます。私と共にいるために、私が常にあなたと共にいるように」

 5月28日に、私は以下の質問を直接聖母に尋ねました。「お母様、私はいくつかのことを明白にしていただきたいのです。私はブレ神父と私自身の間の一致における現在の弱まりによって非常に悩んでいます。私はこの一致を強く保ちつづけるために私が為しうるあらゆることをなしてきました。しかし私の主な懸念はソーンブッシュのことです。すなわち、過去4年間以上にわたって、私が質問をするときにはいつでも、それらのほとんどはミッションや霊魂たちを助けるためのものでしたが、私は数日以内に回答を受け取りました。私はまたブレ神父の質問にも常にその日のうちにあるいは翌日に答えてきました。しかしながら私たちが対立した昨年以来、なお私たちは協力し続けていますが、私は何週間も答えを待たなくてはなりませんでした。そして時としては一ヶ月以上も。時々、緊急の質問だったときは2日以内に回答を受け取りましたが。ブレ神父はいつも私に、ソーンブッシュは苦しんでおり、質問に答えることができないと言います。しかし私は、この理由は、彼とマザー・アストリッド、そして他の人々が、あまりにも多くの質問をしており、私の質問のための時間がないからだということを発見しました。ブレ神父はこのようにして私をコントロールすることを望んでいるように私には思われます。ブレ神父とマザー・アストリッドは彼女を独占しています。あたかも彼女が彼らに属するものであるかのように。それでもなお彼らによって一致が常に主張されています。私はこのことによって非常に傷つけられています。なぜなら私はこの一致を保つために懸命に働いてきたからです。それは単に質問と回答のためだけではなく全体的な状況のためです。私が何をなすべきかについて勧告を与えてはいただけませんか」

【 同盟の弱まり 】

聖母は同じ日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが貴重なる『神的真理の岩』よ。私は、あなたをたいへん愛しているわが母性的な御心(みこころ)からのあいさつをあなたに送ります。あなたの心が本当に悩んでいることを私は知っています。私はこれらの意向と、やはり深く心を騒がせているわが『リトル・ヨハネ』の意向とを、わが御心の内の深くに置きました。なぜならあなたがた両者は、あなたがたへの呼びかけに忠実であろうと本当に努めているということを私はよく知っているからです。『リトル・ヨハネ』は、あなたが彼に対して不正であってきたと感じているが故に、あなたから距離を置いたのだということをあなたは知らなければなりません。しかしながら、このことはそうではないというのも真実です。なぜなら、不正であるように見えるものは、単なる理解の不足と、動機や理由の誤った解釈だからです。このようにして不信が形成されてきました。このためにブレ神父は、あなたに対する彼の態度を留保してきました。そしてあなたの求めに対して以前のようにすばやく回答しないことにおいて彼は正当化されると感じています。この同じ態度はまた、わが娘マザー・アストリッドのうちにもあります。そしてこれはまた私たちの子供『ソーンブッシュ』にも影響を与えてきましたが、それほど深くではありません。以前私が何度か説明したように、二つの『柱』の間の一致は非常に重要であり、そしてこの一致は、皆が神によって与えられる恩寵に応える限り、強いものでありつづけるでしょう。しかしながら、すでにいくつかの点においてそうなっているように外面的な一致が弱まっても、超自然的なきずなは残るでしょう。二つの象徴的な『柱』は、息子と母、血液と肉体、霊魂と精神との間に存在する真の一致だからです。
 質問に対する答えにおいて、あなたが常に優先権を享受することを私は求めてきました。あなたが彼らの質問を尋ねるときに、模範として、三人のバラたちに対して行ってきたように。このことは再び確立されなければなりません。そして維持されなければなりません。なぜならこの超自然的なきずなは命のきずなであり、それは信頼、希望、信仰そして兄弟的な愛と友情を生み出すものだからです。わが『ソーンブッシュ』が非常に苦しんでいるということは事実です、しかし、あなた、わが『小さな岩』もそれに劣らず苦しんでいます。それだけではなく様々なレベルにおいてより苦しんでいます。神秘体と、あなたの神秘的なバラ『ソーンブッシュ』との神秘的な一致を強めるために、そして真理に耳を傾ける者たちの絆を強めるために。私のこれらの特別な求めは心に留められてきていません。そしてそれゆえきずなの弱さは残っています。優先権という事項の目的は、あなたが将来の『ペトロ』、『岩』であるという事実によるものです。その岩の上に、キリストは、彼の教会を再建なさるでしょうし、再建していらっしゃるのです。そして、使徒たちのプリンス、幻視者たちと地上における神秘的教会の指導者として、敬意が示されなければなりません。私のバラたちによってのみならず、わがすべての子供たちによって。なぜなら小さな『白き岩』の役割は、神によって立てられたものであり、単なる人間的なものではないからです。
 息子よ、躊躇の理由の一部をあなたは持っています。しかしながら甘美なる息子よ、落胆してはなりません。なぜなら私はわがリトル・ヨハネにこのことを悟らせるでしょうから。そしてわが三人のバラたちに。間もなく。しかし今は祈りなさい。待ちなさい。忍耐しなさい。神が彼の子供たちの間に求めていらっしゃるこの強い一致をもたらすためには、まだ多くのことがなされなければなりません。私はあなたを祝福し、あなたの最も悲しめる心に接吻します。私はわが『リトル・ヨハネ』を、そしてわがバラたちを祝福します。……知恵と永遠の真理のあなたがたの母」

 1996年5月28日に、私はこの状況についてのさらなる質問をサンフラワーを通して聖母になしました。そして私は以下のお答えを受け取りました。
聖母: 「わが甘美なる息子、我が『真理の小さな岩』、あなたとわが息子『リトル・ヨハネ』の間の一致に関して、あなたはよくやってきました。そしてあなたは彼に対して、開かれた、愛に満ちた態度であり続けなければなりません。わが息子は現時点において非常に混乱しており、多くの質問をしています。あなたは彼に対して忍耐強くあり続けなければなりません。そして彼の明晰性が取り戻されるのを待たなければなりません。わが甘美なるバラ、『ソーンブッシュ』は現在、非常に苦しんでいます。共同体は、申し込んでくるすべての人に対して開かれたものであるべきです。共同体から共同体への移籍の問題であるならば、あなたは上長たちの間における開かれた、そして率直な意志伝達の経路を持たなければなりません。
 そうです、わが息子よ、わが子供たちのすべては、選択する自由を持ち続けているのです。しかしながら、私たちはさらなる問題が共同体の中に持ち込まれることを必要としていません。もしできるならば共同体の中にその霊魂たちを留めることが重要です。私は、わがバラ、『ソーンブッシュ』についてのあなたの悲しみをよく知っています。そして彼女はあなたから切り離されたことを大変苦しんでいることを知っています。時がたつにつれて、すべてのことはより明確になるでしょう。
 わがリトル・アブラハムよ、今や、わが子供たちにより多くの共同体を形成するようにさらなる指示が出される時です。わが息子たちが都市を離れるべき時です。わが子供たちの心が、共同体生活を生きる準備ができていないというあなたの評価においてあなたは非常に正しいのです。彼らは今、準備されなければなりません。彼らはいまだに、物質的な世界とそのあらゆる影響力のうちにあまりにもとどまっています。あなたの手紙は、霊感を与え、子供たちを私のもとに導くために大変必要とされています。平安でありなさい、わが甘美なる息子、わがリトル・アブラハムよ。なぜなら全ては実現するでしょうから。あなたとわがソーンブッシュに告げられてきた通りに。私は常にあなたを祝福します。そしてあなたが常に天の望みを行うであろうということを私は知っています。わが甘美なる息子よ、ラヴニールで起こってきていることに関して平安でありなさい。なぜならわが甘美なる『ソーンブッシュ』は、しばらく前から、この出来事についてあらかじめ警告を与えられてきているからです。……わが『ソーンブッシュ』は眠るでしょう。そしてわが息子、『リトル・ヨハネ』はあなたの導きを求めるでしょう。私は、わが甘美なる息子よ、このことがあなたにとっていくらかの助けになることを期待しています。……」

1996年6月1日、私は主と聖母からメッセージを受けました。このメッセージのコピーはブレ神父に送られました。以下はこのメッセージからの抜粋です。

私たちの主: 私はあなたに挨拶する、わが愛する息子、我が地上の家における私の将来の代理者、私たちの小さな岩、そしてペトロよ。私はまたあなたに挨拶する、わが愛する息子、小さなバルトロメオ、そしてわが至聖なる御母のすべての弟子たちに。私はダビデの王家に、ここそして世界中にいるわが恵みを受けた子供たちに挨拶する。
 今月は、わが子供達よ、あなたがたも知っているように、私に捧げられている。それは我が至聖なる聖心(みこころ)への祈りの特別な月である。わが子供達の全てが我が至聖なる聖心について、多くの聖なる女性たちに与えられたわが言葉を読むことは重要なことである。なぜならこの聖心を通して、わが至聖なる御母の汚れなき御心(みこころ)を通して、私はすべてを我が子供達に与え続けているからだ。
 私は今宵、わが最も貴重なる御母とともに、私たちの子供たちに勧告を与えるために、そして彼らを準備するために来た。なぜなら地球の安全は今、非常に揺らいでいるからである、わが甘美なる子供たちよ。私があなたに話すことを望むのはこのためである。真に私はあなたがたに言う、わが子供たちよ、あなたがたは、あなたがたの生活にもたらされるであろうことについて本当に理解していない。それゆえ理解するために祈りなさい。恐れのうちに生きてはならない、そうではなく希望のうちに生きなさい。そして信仰において強くありなさい。わが至聖なる御母をあなたがたの避難所のみならずあなたがたの力そしてあなたがたの希望としなさい。試練が世界とあなたがたの生活に訪れる時、あなたがたは私が語るすべてのことをよく理解するだろう。なぜなら地上の生活のすべてが影響を受けるであろうからだ。
 反キリストの時は来た、わが親愛なる子供たちよ。何千もの子供たちを通して、人類をこの時代に向けて準備させるために、何度も聖なる御母が語ってきたのをあなたがたは聞いている。しかし本当にあなたがたは理解していない。悪の力は今非常に強力である、わが甘美なる子供たちよ。なぜなら、人間の罪のゆえに、子供たちに対する神の保護はある程度まで取り除かれ、悪の力が生活を支配することが許容されているからだ。絶え間なく祈れ、わが甘美なる子供たちよ。あなたがたを保護するために天使たちを呼び求めなさい。彼らのことを決して忘れないように。なぜなら彼らは闇の時における光となるであろうから。間もなく一つの警告が世界に送られるであろう。彼らの神である私からいかに遠く離れ去ってしまったかを人類に示すために、人類を照らすためにこのことは私によって許可されるであろう。この印はすべての者たちによって認識されるであろう。それは大警告ではない、わが甘美なる子供たちよ、しかしより小さなものである。わが子供たちの全ては真理を認識するであろう。ある者たちは、それをいと高き方から来たものとして受け入れるであろう。しかしほとんどの者たちはそれを自然現象として受け取るであろう!
 間もなく、わが甘美なる子供たちよ、大いなる者(訳注:アラファト議長)が暗殺によってパレスチナから取り除かれるであろう。そして国々の間に血が流れるであろう。イスラエルとパレスチナ人たちは戦争を始めるであろう。そして数多くの周辺国がこの紛争に巻き込まれるであろう。超大国さえも。それゆえ、祈りなさい。彼らの血を流すために彼らの命をささげなければならない無垢なものたちのために祈りなさい。。ポーランドのために祈りなさい、わが甘美なる子供たちよ、なぜならロシアは再びこの国に侵入するであろうから。朝鮮半島のために祈りなさい、なぜなら韓国は一瞬のうちに北朝鮮によって攻撃されるであろうから。カナダのために祈りなさい、わが甘美なる子供たちよ、なぜならそこには今は平和があるように見えるけれども、この平和の下には、裏切りがあり、分裂が起こるであろうから。多くの血が流されるであろう。わが聖なる母とともに今宵私が来たのはこのためである。なぜなら世界は危険のうちにあるからだ。反キリストの時が来たのである。
 反キリストの支配には三つの時期がある。わが甘美なる子供達よ。一つは霊のそれである。それはこれまでの時期であった。一つは肉体の時期で今始まっており、そしてもう一つは偽りの復活の時期で、それはいずれ来るであろう。あなたがたは間もなくこの奥義について理解するであろう。なぜなら反キリストは多くの者たちを欺き、彼の追従者たちに彼の印をつけるであろうから。しかし、ひとたび私が真理の光とともに来るときは、彼は打ちひしがれるであろう。これら全ての事をあなたがたは間もなく理解するだろう。なぜなら世界中の選ばれた霊魂たちに対して多くの啓示が与えられるであろうから。わが甘美なる子供達よ、あなたがたが祈りのうちに堅忍しなければならないのはこのためである。私の前にあなたがたの弱さと罪を認めなさい。そしてわが至聖なる御母の善徳を生きなさい。なぜなら私は、彼らの神のための聖なる生活を生きるように、全ての子供達を呼んでいるからである。
 私はもう一度、わが子供たちを私が人類に差し出してきた修道会へ呼ぶ。世界中に広がっているこれらの共同体は、あなたがたの避難所、そして希望となるであろう。恐れてはならない、なぜなら多くのことがきたる月々に起こるであろうから。そして多くの者たちが幻滅し、混乱し、恐れるであろう。しかし恐れてはならない。なぜなら私はわが言葉をあなたがたに与えてきたからである。それらによって生きよ。私はあなたがたを見捨てないだろう、わが甘美なる子供たちよ。私があなたがたに、数多くの預言者たち、幻視者たち、神秘家たち……わが選ばれた「道具」たち……を送ってきたのはこのためである。あなたがたが知らないうちにとらえられないように。しかし今あなたがたにとって最も重要なことは神のために、神のためだけに生きることである。あなたがたの選んだ召命を通してこれを生きなさい。私があなたがたを導いてきた道を通して。大衆の一部分に、そして世の一部になる誘惑に屈してはならない。世のうちに生きよ、しかし世の生活を生きてはならない。あなたがたの救いについてもっと注意深くありなさい。物質主義であなたがた自身を満たしてはならない。なぜならあまりにも多くのものはあなたがたの霊魂を窒息させるであろうからだ。私があなたがたに与えるすべてのもので満足しなさい。あなたがたの生活と神を当たり前のものだと思ってはならない。
 私はあなたがたを愛している、わが親愛なる子供達よ。それゆえお互いのために祈りなさい。なぜなら私は全ての者たちが私のもとに来る事を望んでおり、一人の霊魂も邪悪なる者のもとに失われる事を望んではいないからだ。わが代理者ヨハネ・パウロのために祈りなさい。なぜならこの時において多くの事が彼に求められているからだ。彼の書いたものを読みなさい。なぜならこれらは私からのものだから。聖職者達のために祈りなさい。なぜならほとんどの者たちは闇の内におり、私から遠く離れ去っているからだ。私が最初に来た時のいにしえの聖職者達(ファリサイ人、律法学者達)とちょうど同じように。間もなく、この時代の偉大な指導者たちと聖人たちが真実を守るために頭を上げるであろう。そしてその時に、あなたがた、わが甘美なる光の子供たちは、慰められるであろう。それゆえ、勇気を持ち、我が至聖なる御母の手にしがみついていなさい。終わりの時のわが使徒たちの一致のために祈りなさい。わが弟子たちと恵みを受けた子供たちのために。彼らがこの闇の時における光となるように。なぜなら分裂は止まなければならないからである。
 私はあなたがたを愛している、わが子供たちよ、そしてあなたがたに、わが至聖なる御母とともにわが至聖なる聖心を差し出す。注意していなさい、甘美なる子供たちよ。あなたがたの回りで起こっていることに注意を払いなさい。なぜなら多くのことが間もなくあなたがたに啓示されるであろうからだ。そしてあなたがたはこれに基づいて素早く行動しなければならない。私の言葉についてためらってはならない。なぜなら反キリストはあなたがたを欺くために多くの手段を用いるであろうからだ。それゆえ注意していなさい。あなたがたの見る映画を、あなたがたの聴く音楽を、あなたがたの読む言葉を注意深く選びなさい。なぜならこれらの多くの経路は、邪悪な者がわが言葉からあなたがたを離れさせるために利用しているからである。常にあなたがたの準秘跡を身につけなさい、親愛なる子供たちよ。これらはあなたがたの「盾」そして真理の「武器」である。私はわが至聖なる御母の汚れなき御心とともに今あなたがたを祝福する。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。

リトル・ペブル: 聖母は今両手を広げられて進み出られました。「リトル・グレイン」に向けて光を送っていらっしゃいます。とても強力な光です。聖母がお話しになることを望まれているので私は黙っていることにします。

聖母:(リトル・グレインを通して) わが甘美なる子供、そしてここと世界中にいる我が甘美なる子供たちよ。あなたがた皆に訪れるであろうことについてわが心は悲しんでいます。来るべき時において強められるために多く祈りなさい。私は多くのことを語る必要はありません。なぜなら指示は、私たちの「小さなペトロ」、私たちの清い愛の「岩」を通して与えられるでしょうから。そして彼は必要なすべてのことについてあなたがた皆を導くでしょう。信頼し、希望し、愛し合いなさい、私があなたがたを愛しているように、わが子供たちよ。平安でありなさい。平安であり、そして祈りなさい。世界のために祈りなさい。

リトル・ペブル: 聖母は今、主の隣に戻られました。主はエルサレムのビジョンをお示しになっています。それはもう一枚の写真を見ているようです。岩のドームが見えます。それは開かれました。主はそのことは起こるであろうと、そして反キリストが(偽りの救い主として)イスラエルを助けるために来るであろうということを説明なさいました。主は私にポーランドの一部をお示しになっています。それはポーランド北部のようです。北東部です。私はそこに戦車の動きを見ることができます。国境線に沿って小規模な戦闘があるようです。そしてそれは見えなくなりました。朝鮮半島が見えます。そこには緩衝地帯があります。韓国と北朝鮮の間のものだと思います。隠されているように見えますが、何百機もの飛行機が、緩衝地帯を超えて韓国を攻撃するために待機しています。私たちの主は次の合衆国大統領のために祈るように私たちに求められました。主は政治的な状況について何かを求められるということはめったにありません。しかし主は私たちがドール上院議員のために祈るようにお求めになります。主はそれが非常に重要なことであるとおっしゃいます。主は私たちが香港と台湾の人々のために祈るように求められます。
 私たちの聖母は今前に進み出られました。彼女の御心からは三つの美しいバラが出現しました。一つは金色、一つは赤、一つは白です。聖母のロザリオの玉は三つのバラの茎の周りに置かれました。聖母は十字架の印をなさいます。

聖母: 父と子と聖霊の御名によって、アーメン。私はあなたに挨拶します、我が貴重なる我が汚れなき御心の「岩」よ。わが神なる息子の至聖なる聖心を通して。これらの大切なバラはわが汚れなき御心からのものです。わが娘グウェンドーリンのための贈り物として。彼女は私たちのみ心に喜ばしい私たちの愛する娘です。そしてこれは彼女のためのものです。彼女の誠実さへの報酬として。私はあなたを祝福します。わが娘よ。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。
 世界中のわが大切な子供達よ。わが神なる息子があなたがたに今宵告げたように、多くの事が変わるでしょう。世界においてのみならず教会においても。教会は今、反キリストによって迫害されています。私たちの聖職者達を荒廃させている数多くの醜聞によって。あなたがたは理解しなければなりません、わが甘美なる子供達よ、これはサタンからの攻撃なのです。これらの罪は、私達の弱い子供たちの内の何人かの間で起こりましたが、それは一見したところそう見えているものとは違うのです。なぜなら邪悪なるものは非常に強力であり、多くの者達を欺いているからです。メディアを通して、わが甘美なる子供達よ、多くの事が歪められています。それゆえわが司祭なる息子達、そして修道者達のために祈りなさい。そして無垢な犠牲者たちのために祈りなさい。悪魔は教会の内にいます、わが親愛なる子供達よ、外にではありません。なぜなら悪魔は地上の大部分を支配しているからです。しかし彼は私達の子供達を、私達の子供達の精神を操作する巧妙な道具を使うことさえして、私達の子供達を支配することを望んでいます。あなたがたはそのような道具についてさらに多くのことを聞くでしょう。わが甘美なる子供達よ。それゆえ私達の言葉に注意を払いなさい。わが神なる息子があなたがたに告げたように、あなたがたの見るもの、聞くもの、読むものにおいて注意深くありなさい。なぜならこれらの視覚効果や言葉のうちにサタンの力が隠されているからです。催眠術やテレパシーを通して。すべてはマインドコントロールのためです、わが甘美なる子供たちよ。そしてほとんどは若い人々に対して向けられています。若者たちの間に多くの犯罪や虐待があるのはこのためなのです。わが親愛なる親たちよ、あなたがたは、私たちの子供たちが読んでいるもの、聞いているもの、見ているものについてもっと注意深くなり、チェックしなければなりません。あなたがたは彼らの霊魂に対して責任があるのです。そして地上における彼らの幸福に対して。あなたがたの子供たちを守るために、今この時においてもっと規律を用いなさい。彼らに自分たち自身で選ぶためのあまりにも多くの自由や放蕩を許すべきではありません。なぜなら彼らの多くは、世の力によってどのようにして誤って導かれているかを知らないからです。共同体が形成されているのはこの理由のためです、わが甘美なる子供たちよ。若い者たちと無垢なものたちを守るために。あなたがたは私たちの子供たちを世から離すことはできませんが、彼らを守ることはできます。反キリストは彼の霊を通してあなたがたの家に侵入するでしょう。それゆえ、あなたがたの絶え間ない祈りの不寝番によって彼を締め出し、聖なる生活を送りなさい。
 私達の選ばれた霊魂達に与えられた世界中のミッションにおいて多くの変化が起こるでしょう。とりわけ我が「ソーンブッシュ」と我が小さな「岩」に。なぜなら私達の子供達は反キリストと戦うために準備されているからです。我が子供達の全てが今準備されているように。反キリストは彼の時を持っています。わが甘美なる子供達よ、そして彼は、心の清さといと高き方の意志に従うことによってのみ打ち負かされます。私はわが甘美なる子供達を愛しています。そしてわが神なる息子イエズスを通して私はあなたがたにわが汚れなき御心を再び差し出します。あなたがたを励まし、三位一体の神からの多くの祝福によってあなたがたを祝福するために。私とともにあなたがたが十字架を担うのを助けるために。私はあなたがた皆を今祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。そしてあなた、わが甘美なる息子「小さなペトロ」「岩」よ。あなたが見るもの、聞くもの、これまでに起こってきたそしてこれからも起こるであろうあらゆる分裂・誤解によって落胆しないようにしなさい。わが手につかまっていなさい。真理の道をたどるために私はいつもあなたを導くでしょう。なぜならあなたは我が羊を導くように呼ばれているからです。そしてあなたは新しい使徒達、そして弟子達を導くように呼ばれているからです。今、そして将来において。わが神なる息子の地上における最後の代理者として。
 我が羊を導き続けなさい、そして彼らを神の最も完全な意志の理解の光へと連れて行きなさい。聖霊、三位一体の神のわが配偶者は私のうちに住まわれているようにあなたのうちに住まわれています。わが神なる息子からあなたが鍵を受け取ったのはこのためです。それは未来のためだけのものではありません、わが甘美なる息子よ、あなたはこれまでそうしてきたように、今、我が羊たちを導かなければならないのです。私はわが神なる息子の聖心とわが汚れなき御心を通してあなたがたを強めるために祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。
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【 サタンが二つの「柱」を攻撃する 】

 状況についてなおも心騒ぎ悩んだ私は、ブレ神父との関係について以下の質問を直接に自分自身で聖母にお尋ねしました。聖母は同じ日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが貴重な息子、そしてわが神なる息子の家の地上における将来の教皇、私たちの小さな『ペトロ』よ。平和であり続けなさい。なぜなら私は、この時においてあなたの心がどのように引き裂かれているかを知っているからです。甘美なる真理の岩よ、箱舟を注意深く操舵しなさい。なぜなら今、サタンは最も凶暴なやり方で二つの『柱』を攻撃しているからです。あなたがたの間に分裂をもたらすために人間の弱さを利用しながら。このようにしてあなたと神父の両者にとって道をさらにより困難なものにしているのです。そして希望と力を求めてあなたに目を向けているわが全ての甘美なる子供達にとっても。私が以前あなたに告げてきたことは起こるでしょう。なぜなら天はわが娘ソーンブッシュを静かにさせるであろうからです。ブレ神父をあなたにより近づける目的で。なぜなら私たちの愛する息子は、あなたと分離しては彼は前進することができないということを悟る必要があるからです。彼があなたと別れて進むことは全く神の御旨(みむね)ではないからです。
 わが甘美なる『ペトロ』、私たちの確認の言葉をあなたの心に留めなさい、そして私がなした約束を。しかしあなたは知らなければなりません。決して破られてはならない、この一致が真の現実となるまで、多くの事が両者の側において明らかにされなければなりません。そしてあなたはリトル・ヨハネに対して、一致は妥協に基づいては達成されないであろうという事を明確にしなければなりません。そうではなく、一致は神の完全な御旨の真の理解によって達成されるということを。自由意志を行使する霊魂の自由を妨げる事なしに。私たちの貴重な息子リトル・ヨハネは、あなた、わが『岩』から、霊魂達に対する真の忍耐と寛容を学ばなければなりません。そしてより多くの優しさと、わが子供達の必要に対する理解を。なぜなら厳格さのみによってではなく、真のあわれみと愛徳によって、彼の庇護の下にある霊魂たちは成聖の真の道に従うであろうからです。あなたは、もう一度、わがリトル・ヨハネに手紙を書き、問題になっている真の事項について彼に忠告をせねばなりません。わが家、そしてわが汚れなき御心の修道会における、さらなる変化の必要性について。そして私達の大切な息子に、なぜ神が修道会を形成するために彼を選ばれたかを説明しなさい。しかし神は、目的をもって、修道会の家族部門を形成するために、結婚した男性を呼ばれたのです。それゆえ、両方の創立者たちは、将来のための教会の二つの柱となる修道会の形成において、お互いに補完し合うでしょう。
 わが『神聖なる愛の生ける炎』、『小さな白い岩』よ。わが汚れなき御心の共同体における私達の子供達は、心の内で不安になっており、私達の息子リトル・ヨハネからの説明を待っているという事をあなたは知らなければなりません。なぜなら、あまりにも多くの霊魂達がわが共同体を離れていったからです。恐れと不安によって、より多くの霊魂達が去る前に、この事項について援助を与えるためにあなたが呼ばれたのはこのためです。勇気を出しなさい、天によって愛されたわが子よ。なぜなら天はその約束を守るであろうからです。私たちの『リトル・ヨハネ』のために祈りなさい。なぜなら彼は、あなたと同じように、わが子供たちを、現在教会と世界を覆っている大いなる闇の中を導いていくために選ばれているからです。……」

【 三人のバラたちへの手紙 
  − ブレ神父、マザー・アストリッド、ソーンブッシュ − 】

 全ての水面下の状況を公にする事を決心した後に、私はブレ神父にさらにファックスを送りました。なぜなら私は彼の共同体のメンバー達と連絡を取ってきていたからです。私はある種の状況についての私の認識を明らかにしました。そして1996年6月1日の彼の回答は次のようなものでした。「私たちは、あなたが『十分に知っている』ということを私たちに知らせる短いファックスを受け取りました。……何についてですか? 私たちは非常に驚いています。なぜなら私たちは何もあなたに言っていないからです。それゆえ、あなたは現在に至るまで本当の状況について十分に知っているはずがないのです。あなたの決定を私は尊重します。それは『一方的に』行われました。しかしあなたは以前と同じ過ちを繰り返しています。さらなる誤解を付け加えるための長い手紙を書かないでください。よく注意してください。なぜならあなたは物語の二つの側面を知らないからです。私たちが同意したようにお互いに問い合わせる前に、あなたはあなた自身の立場をあまりにも固めています。私たちはあなたにあなたの決定をゆだねます。時間とともにあなたはあなたの過ちから学ぶことになるでしょう。聖母はあなたを自由にしておくとおっしゃいました。私たちもそうします! しかし私たちは祈り続けます。私はあなたを祝福します」

 私たちの間の次の連絡は、ブレ神父とマザー・アストリッドと「ソーンブッシュ」への1996年6月8日の私の手紙でした。その中で私は、彼の共同体における困難と私が見なしているものを詳細に説明しました。手紙は以下の通りです。

「わが貴重な三人のバラたち。私はあなたがたに挨拶します!
 過去一週間においてあなたがたの共同体において起こったすべてのことを考えるならば、現在の状況はあまりよくないということを私は知っています。なぜならあなたがたは、出来事の後まもなく私がそれについて知らされたということを知っているでしょうから。このことは私にこの重要な手紙を書かせました。私はこれをあなたがたに読んでもらうことを求めます。イエズス様とマリア様のお二人ともが、あなたがたに手紙を書くように私にお求めになりました。とりわけブレ神父に対して。なぜなら私は現実の分裂の瀬戸際に立っているということをあなたがたは気づいていると確信しているからです。そのような分裂は私たちのうちの誰も望んでいないと私は確信しています。だからこの手紙を書くのです。
 過去何週間にもわたって、そして何ヶ月にもわたってさえ、私は忠告と勧告を求める数多くの幻視者達と連絡を取ってきました。そして私は、私達が明確な合意に到達するか、あるいは『柱』の間の一致はもはや存在しなくなるかのどちらかであるという結論に到達しました。神父様、あなたが私なしで前進してゆく事ができると考えておられるということを私はよく知っています。なぜなら今やあなたは、あなた自身とあなたの共同体を確立し、自立しているからです。あなたは今や天への直通ラインと確立された組織を持っています。それゆえ『リトル・ペブル』はそれに対して何の違いももたらさないであろうと。しかしながら、長い目で見たときにそれがどのような違いをもたらすか、あなたは驚くことになるでしょう。しかし今は本当の問題に移りましょう。あなたの共同体と、私とのその関係についてです。
 去年の八月の私達の意見の食い違い以来、悪魔は四回にわたって私達を分裂させることにほとんど成功してきました。そして今回またあなたの共同体からもたらされ続けている問題に関しても。それは単なる誤った解釈の問題や誤解の問題ですらありません。そうではなく、むしろ、私達の共同体と比較してあなたの共同体ではどのように物事が運営されているかという事に関する問題なのです。去年の八月に、聖母は私とソーンブッシュに、あなたのコミュニティーに関する、強いそして明確なメッセージを与えられました。そうです、あなたはいくつかのことを変えました。しかし十分ではありませんでした。なぜなら結果が明白だからです。なぜならメンバーたちは幸福ではないからです、神父様、なぜなら彼らは共同体の外部からの助けを求めているからです。これらのことは問題です。そしてあなたの共同体の中で数多くの不和を生み出しているのはこれらの問題なのです。このことはまた私たちの間の不和を引き起こしています。それは、改善されないならば現実の分裂が起こるであろうほどのものであり、そしてあなたは人々があなたを離れ去って行くのを見ることになるでしょう。私はこの問題が今決定的に解決されることを求めます。
 聖母が『ソーンブッシュ』に、共同体の安全が危険にさらされているとおっしゃったことを覚えていますか。そうです、聖母はこのことをふたたび私に啓示されました。それで私は手紙を書くのです。神父様、聖母が啓示してこられたように、あなたは『修道生活に特化した修道会』を形成するように呼ばれています。そしてあなたの兄弟である私は『家庭的側面をもつ修道会』を形成するように呼ばれています。これら二つの道を結び付けることによって、二つの修道会は一つのものとして形成されます。しかしながらあなたはこのことを理解してこられませんでした。それゆえあなたの修道会の中で問題が発生しているのです。また、あなたが霊魂を扱うやり方は、司祭的なレベルでは称賛できるものですが、『家庭を持つ会員の家庭生活』に関しては人間的なレベルで多くの改善されるべきところを残しています。なぜならこれらの人々はあなたの指導に対して反抗をもって反応しているからです。そしてあなたを個人的に嫌悪さえしています。『ソーンブッシュ』について、あなたの啓発のために、1995年11月13日のメッセージを読んでください。私はそのために世界中であなたを擁護してこなければなりませんでした。
 あなたが良い人であるということを私は知っています。しかしあなたは寛容と忍耐を欠いているのです。霊魂たちを扱うときには、あなたもよくご存じの通り、なされなければならない多くのことがあるのです。この理由のために私は多くのドアを開け、霊魂が善徳を実践するあらゆる機会を得ることを確実にするための多くの道を提供しています。あなたは、修道会の第三部門すなわち家庭に対してさえも修道者と同じことをすることを要求しています。すなわち、修道者としての全面的な生活を。午前6時起床、午後10時半消灯?? あなたはそのようなことを家族に強要することはできません。なぜなら家庭生活においては育児のようなより多くの責任がかかわってくるからです。それは全く異なる生活様式なのです。
 私があなたに告げたもう一つのことはレクリエーションの必要性でした。とりわけ家族にとっての。あなたが日曜日に三回の祈りの時間を義務づけているときに、どうやって彼らはレクリエーションの時間を持てるのですか? 他にも、家庭の一致を阻害する、多くのことがあります。若い人々の一部に起こったことは、問題と不満を抱えた共同体の内的な徴候によるものです。二人の若者が、若い人たちが共同体を去ることになった原因であるというのは、そうではありません。なぜならこの若い男性は、その以前から、すでに長い間共同体を去ることを望んでいたからです。人々が去っているのは、あなたが人々を扱うやり方のためなのです。そしてこのやり方はマザー・アストリッドにも伝染してきました。そしてより多くの人々が去るであろうと私は受け合うことができます。なぜなら人々はそこで、あなたに対する恐怖のうちに生きているからです。彼らが望んでいるからではなく。人々が修道会の生活を望んでいないということではありません。全く逆に、彼らはそれを望んでいるのです。しかし変えられなければならない多くのことが存在するのです。

(1) 私たちの共同体においてと同様に、あなたの共同体においても、私あるい
は私たちの修道会のいかなるメンバーとも、検閲されることなく話すための
自由がなければなりません。
(2) もし、あるメンバーが私からの助けを必要とするならば、その人はあなた
や他のメンバーからの報復を受けることなく、そうすることができます。
(3) 必要とあれば二つの修道会の間を自由に移籍することができる自由がある
こと。(現時点において私たちは修道会として二つの離れたつながりです。
しかしあまりにも離れています。なぜならあなたのメンバーたちは、あなた
を通すことなしに私たちのメンバーたちと連絡を取ることを禁じられている
からです。)
(4) すべてのメンバーたちは、上長の指示のもとに、どちらの修道会へも移る
ことができるようにすべきです。
(5) あなたの修道会における消灯時間に関して。それはあなたの権限です。し
かし、どうしてあなたは家族に消灯時間を義務づける事ができるのですか?
(6) 電話や文通に関してあなたがやっていることについて。法律のもとにおい
て、あなたは干渉する権利を持っていません。
(7) あなたは、問題になっている若者に対して、彼の質問に対する回答を示し
ませんでした。いくらかはしましたが。
(8) 既婚者の司祭職に関して。メンバーを司祭職に向けての勉強のために第二
部門に置くことは明白に正しくありません。修練期の男性あるいは誓願を
立てている男性が、女性と付き合うことはできません。どうやって彼は結婚
を求めるのですか? 私はそれを受け入れません。

 あなたは、あまりにも厳格でありすぎることによって、今存在している問題を引き起こしてきました。あなたが少し譲っていたならば、この霊魂は従順であった事でしょう。もし彼がこの問題を持っていたとしても。もちろん私は、この霊魂に関する問題を理解しています。しかしあなたは、心理的にあまりにも長く負担をかけるならば、人はへこたれてしまうであろうという事を知るべきなのです。そうです、あなたがこの霊魂のために多くのことをなしてきた事を私は知っています。しかし私は、彼がここに来るようにという私の勧告をあなたが受け入れるべきだったと感じています。そうしていたなら状況は改善され、彼はあなたの所へ戻って行ったでしょう。それは彼の弱さの問題ではなく、むしろあなたの賢慮と論理的思考の問題です。あらゆる出来事の詳細に関して、ちくいち天に尋ねるというあなたのやり方を、私は受け入れることができません。なぜならあなたは私的啓示によるあまりにも多くの情報によって、誤った解釈の洪水を引き起こす危険を冒しているからです。この霊魂は、しばらくの間あなたから離れていることを必要としていたのです。
 神父様、あらゆる正当な敬意を持って言えば、その通り、あなたは大いなる信仰と知識を持った人です。しかしあなたの行動は時として不正なのです。私はこの事を私たちがフランスに到着したときに目にしました。なぜならあなたは、私に対してあなたがなしたような仕方で反応する何の正当な理由も持ってはいなかったからです。そして私が好き勝手に行動しているとあなたが言うのは! どのようにですか? これは私のミッションなのです。私はあなたに依存してはいません。あなたが私に依存してはいないのと同様に。私は私に与えられた通りに行うだけです。私は『説得と、優しい、しかし確固たる指示』というやり方を信じています。あなたはこのようなやり方を信じてはいません。しかし結果がすべてを証明するでしょう。
 神父様、あなたは聖母に尋ねることができます! 私はあなたをとても愛しています。あなたはそれを信じる事ができないでしょうけれども。あなたは私の手紙の書き方は愛の行いではなく侮辱的だと考えています。なぜならあなたは、私の先の手紙を受け取ったときに、それは侮辱であると言ったからです。私は私の心を開いた手紙をテッド、ブロサード神父、ジェームス、フランシス・デ・スーザに見せましたが、皆はそれがいかに美しいものであるかと語りました。ですから、なぜ私があなたに反対していない時に、私があなたに反対しているとあなたが感じたのかを私に説明してください。私は何度も聖母に何をなすべきかを尋ねてきました。そして何が起こっているのかを。聖母は私に、あなたに手紙を書き、説明するようにおっしゃいました。聖母は、あなたの共同体において不和があると私におっしゃいました。そしてあなたが彼女の子供達を扱うあなたのやり方において、少なからず不正な所があると、そして私はあなたを助けなければならないとおっしゃったのです。
 その若い女性の件に関して。私は、それは不正なものだと考えます。なぜなら私自身が、私自身の共同体において目にしてきた他の事例と比べれば、違反は非常に軽微なものだからです。そして聖母は決して彼らに立ち去るように求める事はありませんでした。聖母が霊魂達に立ち去るようにおっしゃった事は、これまで私の共同体においては二つの事例しかありません。一つは、ある夫がその妻に暴力をふるった時です。そしてもう一つは、ある若者が私たちを裏切った時のことです。いずれにしても、わが三つのバラたちよ、私たちは岐路に立っています。私たちは分かれて私たち自身の異なった道を進むか、あるいは話し合って事態を解決するかです。
 若い女性の話題に戻りましょう。マザー・アストリッドに他の人の手紙を読む権限はありません。悪い事をしたとその霊魂が知っている場合でも。しかし若いカップルを責めるのは馬鹿げた事です。彼女が結婚する事になろうとはあなたは信じていなかったという事を私は知っています。しかし若い人はだれでも若い友人を持っています。それとは別様に考えることは霊魂の自由を束縛することです。神父様、あなたの共同体においてはあまりにも多くの強制があります。あなたがあなたの共同体でなす事は私の問題ではないとあなたは言うかもしれません。そして、一般的に言えばその通りです。しかしあなたのメンバー達が私の助けを求めてきた時には、それは私の問題となるのです。そして何年もの間の観察と待機の後に、私はあまりにも多くの不正な事例があるという事を本当に理解することができます。このようなことは、私たちの共同体には、そして私が人々を扱うやり方においては、決してありえないことです。また私は、あなたの共同体の人々は彼らの仕事について、ちくいち報告書を提出するように義務づけられているということを聞きました。これはまったく、神が共同体に人々を呼ばれている目的にかなっていません。私はラヴニールにいたときに多くのことに気づきました。そうです、『ソーンブッシュ』はそれを見ていないというのは本当です。なぜなら彼女は、他の人々とは違い、特別な仕方で扱われているからです。しかし彼女は本当に非常に深く知っています。なぜなら彼女は真剣に天に尋ねれば良いだけだからです。さて二つの解決策があります。

(1) 私たちは次のように協力する。それぞれ違った道を進み、ただお互いに
メッセージを送り合い、天に質問することをそれぞれに委ねておく! あな
たは、私に干渉されることなく、あなたの修道会を運営する。そのことは、
あなたはあなたが信じるどんなことでも行うことができるということを意味
します。そして一致は単に半分の表面的なものになるでしょう。しかしあな
たのグループのどんなメンバーからでも、彼らが私に助けを求めるならば、
私は進んで彼を受け入れるでしょう。そして私たちの真実の一致は、私が
司教になった後でもたらされるでしょう。あるいは、
(2) 聖母が求めてこられた、私の言及したすべてのことをあなたが実施するこ
と。私たちが自由のうちに、お互いを支持して協力して働き、メンバーたち
に移籍の方途を与えること。
(3) 移籍についての共通の方針を持つこと。私たちがお互いの修道会に介入し
ないこと。
(4) 結婚した司祭になることを望んでいる人達について。とりわけ独身の人々
について。彼らは第三部門あるいは第四部門に置かれるべきです。彼らが
結婚した男性としての召命を推進することができるように。その後で司祭職
です。私たちの修道会では私はそのようにしています。
(5) あなたのプログラムのスタイルが、私たちの修道会にならって、第三部門
の家庭により適合したものになること。
(6) すべてのメンバーたちが圧力を受けることなく、自由にすべての共同体と
意志疎通できるようにすること。そして彼らが会則と会憲のもとで自由に
生きること。
(7) もしメンバーが会則を生きることに問題ををもつならば、あるいは上長
との間に問題を持つならば、彼が個人としての法的な権利を持つことができ
るように、私あるいは他の上長に相談することができるようにすること。
(8) そして最後に。あなたは今や『ソーンブッシュ』への聖母からのお答えの
いずれが明らかにされるべきかを決定しているように思われます。それは
以前のようであるべきです。あなたは私に優先権の敬意を与えていました。
かくして幻視者たちを支援する私のミッションに関する限り、私を援助して
いました。そして彼らが私を助けるのを。

 このことを聖母に尋ねてください。なぜなら昨年以来、私の質問は他のものに対して二次的な重要性しか与えられていないからです。このことはあなたが私をどのように扱っているかをはっきりと示しています。そしてしばらくの間そのようであったことを。聖母が『ソーンブッシュ』のような他の二人の神秘家を立てておられるのはまさしくこの理由のためなのです。私は『ソーンブッシュ』がこのようにして取って代わられるの見ることを望んでいません。しかし私たちの一致が常に脅かされるのであれば、神は私を助けるために別の道を取られるでしょう。1982年に私のミッションが始まって以来、そうしてこられたように。私を信じてください、わが三人のバラたち、いかなる誤解や誤った解釈、あるいはサタンからの囁きでもないのです。なぜならこれらの事項は、この若いカップルのためだけではなく、何年にも遡るからです。問題を明らかにすべきかどうかを見るために私は待っていただけなのです。私の選択はもちろん二番目です。なぜなら私は全面的な一致を望むからです。そしてあなたがたもそうである事を私は知っています。しかしそれは妥協のない一致です。私はそれを切り出して事態を是正したいと望むのです。共通の方針によって。今月、彼の救霊のために、彼が癒されるまで、聖シャーベル修道会にこの若者を受け入れることが私の意向です。そして来年の初めにあなたが修道会に彼を再び受け入れることを、私はあわれみと深い理解の内にあなたに求めることを意図しています。彼は彼の誓願から解かれるでしょう。なぜならそれは8月に更新されなければならないからです。もう一人の霊魂に関して。マザー・アストリッドの平安のために彼はカリフォルニアに行きました。そして自立するのに十分なお金を稼いだ時に、おそらくあなたの共同体に再び戻ってくるでしょう。
 私が言ってきた事が何もあなたがたの心を打つことがないのであれば、私達の一致は終わりです。一致にとどまるために私はあらゆることをなしてきました。これら全ての事について、私の心を神だけが本当にご存じです。あなたがた皆も善意を、良い心を持っているということを私は知っています。このことは決して疑問に付されたことはありません。そしてそれはこのことに関係がないことなのです。それは霊魂たちの扱いに関することなのです。私たちと同じように、救いを得ることを求め、全面的な信頼を私たちにおいている人々に対しての。このことを達成するために私たちの力の限りあらゆることをなすことが、私たちの務めです。私たちの不寛容や無理解によって彼らの道をさらに困難なものにすることではありません。
 覚えていてください、親愛なる友人たちよ、私たちは今、新しい時代にいるのではありません。そして私たちはまだこれから何年も何年も待たなければなりません。それゆえ、私たちは最終的にこの問題を解決することができるという期待のうちに、私は私たちの貴重な友情に頼るのです。六月の終わりまでに返事をもらえないでしょうか。そのときに私はあなたがたが分かれること選択したことを知るでしょう。それは本当に私の心を傷つけるでしょう。たとえすでにそれが刺し貫かれた霊魂として悲しみのうちに痛めつけられているとしても。もし私たちが分裂することになっても、私はあなたがたに私たちのメッセージを送り続けます。そして真の一致がもたらされる時を待ちます。この手紙とともに私はあなたがたにこの件に関するいくつかのメッセージを送ります。そしてあなたの尊敬しているアイリスや、「リトル・ナイト」、「サンフラワー」、フランツ・カイラー、その他の人々から私が受け取った手紙を。私が言及したすべてのことについてよく考えてください。なぜなら、全てのことにもかかわらず、私の愛は変わらないからです。あなたがたがそれを理解しないとしても。どうか私のために祈ってください。神父様。私は聖母に、私の書いたすべてのことについてお尋ねしました。そして聖母は私に、それは『正当で真実なもの』であるとおっしゃいました。」


 ブロサード神父もまた問題を解決しようとして司牧的書簡を三人のバラたちに向けて同じ日に出しました。

「キリストにおけるわが親愛なる兄弟『リトル・ヨハネ』、
 私はこれらの言葉を、あなたの兄弟そして同僚の使徒である『リトル・ペトロ』との一致のうちに書いています。私はあなたへの彼の手紙に私の言葉を付け加えたいと思います。しかしまた私はあなたの司祭としての心に訴えたいと思います。1995年8月以来、私は、あなたはあなたの兄弟『リトル・ペブル』の心をよく理解していないと感じてきました。『リトル・ペブル』に関するあなたの質問について、あなたが送ってくる多くのファックスにおいてその事実が展開するのを私は目にすることができました。聖母は私的な書簡において、さまざまな誤解や誤った解釈に言及してこられました。あなたの兄弟『リトル・ペトロ』を理解していないのはあなたであると私は感じています。
 私はあなたの兄弟へのあなたの愛と忠実の感覚に訴えたいと思います。なぜならまさしく、神秘的教会に対して聖母によって望まれた、終わりの時の使徒達の間の強い一致の必要性のためです。教皇ヨハネ・パウロ二世のもとにおける使徒達の継承者である司教たちの一致のように、リトル・ペトロとともに、その下に、終わりの時の使徒たちの一致があるべきなのです。教皇ヨハネ・パウロ二世が司教団に対する首位権を持っているように、類比的な仕方で、『リトル・ペトロ』は終わりの時の使徒たちに対する首位権を持っているのです。そうでなければ首位権は意味を持たないでしょう。教皇とともに、教皇の下にでなければならないのです。同じ原理は『リトル・ペトロ』の首位権についても適用されます。終わりの時の使徒たちが、『リトル・ペトロ』とともに、そしてその下になければ、それは意味を持たないでしょう。このことは、公にも私的にも聖母によって『ソーンブッシュ』と『リトル・ペブル』に言明されてきています。この事例において、私たちの主と聖母は、『リトル・ペトロ』だけに与えられている、王国の『鍵』について言及していらっしゃいます。この表現は何度も『リトル・ペブル』にあてはめられています。これは単なる名誉的な称号ではありません。名誉上の首位権ではありません。むしろこれは、そしてこれは重要なことですが、『リトル・ペトロ』は、終わりの時のすべての使徒たちに対する現実の首位権を与えられているということなのです。実際、それは神秘的教会の全体に対するものです。私たちの主の御言葉はさらに深遠なものです。
主: 「我が光の息子よ、困惑してはならない。ちょうど私が我が地上の神秘体を導くために代理者を選んだように、我が地上の神秘的教会を導くために選ばれた、我が『愛のリトル・ペブル』よ。あなたは不可謬ではないけれども、わが息子よ、あなたは真理を持っている。そしてその真理は我が羊たちを導くためにあなたとともに残るであろう。なぜなら、あなたはすべての我が羊たちの上に選ばれたからであり、王国の『鍵』を与えられたのはあなたのためだからである。それは稀有な恵みとして、我が地上の神秘的教会を導くためのもので、我が霊から、我が『愛のリトル・ペブル』のうえに送られたものである……。今、神秘的教会にある分裂は、すぐに解消するだろう。ローマの我が聖なる代理者の『命令』によって。それはあなたに非常に特別な方法で与えられるであろう。私たちの子供たちが一致の重要性を理解するために特別な光が与えられるであろう……。真の一致がまた、わが地上の教会に来るだろう。全ての光の子供たちの間に一致をもたらすためにこれらの来るべき年々のうちに、私たちは特別な方法で我が最も聖なる代理者に指示するからである」(メッセージNo.497 1995年10月7日)

神秘的教会の一致についての聖母のお望みについて。
聖母: 「地上の神秘的教会は、一つの聖なる清き教会である体として一致しなければなりません。それは選ばれた『柱』と新しい使徒たちの指導のもとに、『現在の』地上での教皇ヨハネ・パウロ2世の権威のもとに、そして将来には教皇ペトロ2世の権威のもとに統治されます。ペトロ2世とは神的愛の『リトル・ペブル』に他なりません。私は全ての子らが一致し、『光のチーム』として共に働くように呼びかけます。あなたたちが一致するなら、真の教会は一致し、聖にして母なる教会のための多くの実が結ばれ、聖なる教皇は彼の使徒的位階制とともに、地上の全ての様々なミッションに対する承認と支持と励ましを与えることができるようになるからです。神の偉大な計画を信じ確認するために、各ミッションはこの一致に至らなければなりません。共に働きなさい、神的なる真理の『戦士たち』よ。落胆してはなりません。一つの『真理の軍団』として共に前進しなさい。邪悪な者の謀計と罠が打ち砕かれ、真理が広まるためには多くがこの一致にかかっているのです。
 甘美なる子らよ。互いの違いと弱さを脇へ置いて共に働きなさい。教会が新しい夜明けへと、信仰の英雄の新しい光へと立ち上がることができますように。神に向かって『はい』と言うことを恐れてはなりません。赦しを請うことを恐れてはなりません。意見が違うからといってともに働くことを恐れてはなりません。そうでなく、真の一致の橋を築きなさい。今や選ばれた子供たちは神の計画の真理を認識する時です。たとえ論理的思考ゆえにそれを理解していないとしても。理屈は脇へ置かなければなりません。人間的理解は脇へ置かれなければなりません。甘美なる子らよ、理解するために祈りなさい。
 反キリストの時は近いのです。黙示録の成就の時は近いのです。今、共に立ち上がりなさい。そうすれば強くなって前進するでしょう。私はあなたたちに、ヨハネ・パウロ2世のもとの一人の指導者を送りました。それは『清き岩』、『リトル・ペブル』、ヨハネ・パウロ2世が私たちのところに来た後にペトロ2世となる者です。これは非常に近いのです! 私はまた『リトル・ヨハネ』を遣わしました。彼は『リトル・ペテロ』の援助者です。この二人の柱が光の子らに一致をもたらすのを助けるでしょう。私はまたあなたたちに世の光となるべき他の使徒たちを送りました。けれども、彼らが一つのチームとして一致しない限り、彼らは光となることはできません。地上の戦闘の教会のための一致と助けは、粉々になった神秘的教会のうちにはないからです。一致した強力な『真理の軍団』においてのみ、教会と世は反キリストと戦い、来たるべき非常に困難な時期に打ち勝つために導かれ、強められることができるのです」(メッセージNo.499、1995年11月1日 )

 このようにして、歴史におけるこの時において神秘的教会を導き指導するために、『リトル・ペブル』を通しての恩寵のラインが存在するのです。これは、神秘体を新しい時代へと、私たちの主の再臨において導く責任を、神によってゆだねられた契約の預言者に与えられた恩寵の預言的ラインとして言及されてきています。霊魂たちの救いは決定的な要素です。この恩寵のラインは現実のものであり、そして神がそれを望まれるときには、司祭職を通しての恩寵のラインに優先するのです。祭壇における彼自身の聖職者たちを再び福音化し、神御自身に和解させなければならないときには。そうでなければ、聖職者たちは決して刷新されることも、神の意志に和解させられることもなかったでしょう。神は神の御旨(みむね)に従うように教皇を指導し、そしてアヴィニヨンからローマへ帰るように指示するために、シエナの聖カタリナや、スウェーデンの聖ブリジッタのような幻視者たちをお立てにならなければならなかったということを歴史は証明しています。それゆえ、神の御旨を成就するために何をなさればならないかについて、教皇にさえも指示を与える恩寵の預言的ラインというものが存在するのです。
 わが親愛なる兄弟『リトル・ヨハネ』、あなたは『リトル・ペトロの助け手』とならなければなりません。聖母がメッセージNo.499で言われたように。あなたがあなた自身を謙遜に、真理と終わりの時の使徒たちの一致のために、『リトル・ペトロ』のもとに従属させるということは全く正しいことです。そのような一致のうちにはいかなる誤謬も存在しません。私はあなたがた二人の間の手紙のほとんどすべてを読んできましたから、聖母がこの一致を非常に望んでおられるという事実を私に告げる必要はありません。これは非常に単純なことであり、そしてまた同様に単純な解決が可能であるように私には思われます。
 最後に、あなたの兄弟『リトル・ペトロ』は常に、誤ることなく人格としての、そして神の司祭としてのあなたを最高の仕方で支持してきたということ、あらゆる方面からあなたを擁護してきたということ、あなたへのあらゆる疑いについて善意に解釈してきたこと、あなたの傘下にある者たちに対するあなたの管轄権を支持してきたこと、常に公にも私的にもあなたの共同体においてあなたがなしてきた善を賞賛してきたことを、私は述べておきたいと思います。私は私が言っていることを個人的に目撃してきました。彼があなたをたいへん愛しているということを私は知っています。そして彼にとってあなたのような人、とりわけ司祭を、彼の個人的な友人、そして相談相手として持つことがどのようなことを意味してきたかをあなたが想像することはできないでしょう。いくつかの困難な問題が幸福に解決された時に、あなたの相互の協力を享受できることにおける彼の心の平安と幸福を、私は目撃してきました。何年にもわたって数多くの相互の質問を聖母にお尋ねしたときに、同じ答えが神の母から返ってきたときの彼の喜びを私は目撃してきました。このことは常に彼にとって大いなる個人的な慰めでした。なぜなら『ソーンブッシュ』のような幻視者は他に本当にいないからです。私はまた、これらの事項に関するこれらの問題が表面化し続けてきたことについての、彼の心の苦しみと痛みを目撃してきました。私を信じてください。あなたが彼について耐えたことの中で、彼があなたに関して耐えたことのないことは何もないのです。その多くは彼の霊的生活において隠された個人的なものです。私はそのいくつかを知っているだけです。わが親愛なる兄弟『リトル・ヨハネ』、あなたの特別な兄弟『リトル・ペトロ』への一致と従属のうちにとどまるよう、わたしはあなたの友情と忠誠の感覚に訴えます。彼は自分自身でこの役割を選んだのではありません。神秘的教会のための一致の力として、神が彼をお選びになったのです。これらのことを彼に求めておられる神の意志をなすために、彼は最善を尽くしているだけです。彼はあなたの信頼を決して裏切ることはないでしょう。そして彼は司祭そして友人としてのあなたの尊厳をおとしめるようなことは決してないでしょう。
 以上が私の言いたいことのすべてです。私たちはつねに一致に留まり続けるであろうということを私は知っています。なぜなら聖母が公にも私的にもそのようにおっしゃったからです。使徒としてのあなたの相互の友情の価値の重みをよく計ってください。祈りながら。そして『リトル・ペブル』が、あなたとバラたちにあてた手紙について熟考してください。私はここでこの手紙を終えます。私からのこの手紙を読んでくださったことを感謝します。あなたに対する私の愛を確信してください、わが親愛なる兄弟なる使徒よ。私のために祈り続けてください。私はミサにおいてあなたをしばしば想い起こすでしょう。イエズスがあなたを祝福し、聖母が汚れなき御心のうちに三人の愛されたバラたちを抱擁してくださいますように。
 キリストにおいて、敬具。
マルコム・ブロサード神父
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 私は1996年6月10日に、6月7日のファックスに答えて、以下のようにブレ神父への返事を書きました。

「あなたは私の短いファックスについて、私の意図を再び誤解していらっしゃるということが私にはわかります。私があなたに送ったファックスはあいさつ状にすぎません。私はそれを、私が知っていることや知らされてきたことをあなたに知らせるために四年間にわたって行ってきました。それらのことについて私があなたに連絡を取るであろうということをあなたに知らせるために。私はこのことをあなたへの敬意からなしました。しかし、いつものように私の意図は誤解されました。『何についてですか?』という言葉であなたは何をおっしゃりたいのですか? もちろん、あなたの共同体の四人のメンバーたちが突然共同体を離れたということが明白な時に。動機や、あなたの側の言い分を判断することに関して言えば、このことは問題になっていません。なぜなら私はこの事項について、私が知らされていることについて、あなたに知らせるためのより長い手紙で扱うつもりだったからです。あなたは私の決定を尊重すると言っています。しかし実際はそうではありません。もしあなたが本当にそうしていたならば、あなたは短い手紙を書くことはなかったでしょう。なぜならあなたはまだ私が何を決定したかを全面的には知らないからです。たとえあなたが聖母に尋ねたとしても。なぜならあなたは私が決定において、誤りを犯したと本当に信じているからです。ただ単にそれがあなたに都合がよいからという理由で。聖母の答えに関しては、私たちは待つでしょう。
 私の立場にとどまることに関して。あなたは私の立場について全面的に知ってはいません。なぜなら私はまだそれをあなたに告げていないからです。このことを私はより長い手紙でなすつもりでした。それをあなたは間もなく受け取るでしょう。あなたは自分の意向について性急な判断を行う前に、問い合わせるべきであるということに言及しました。私は私の長い手紙によってあなたに問い合わせる計画でした。なぜなら、手紙の方がより簡単であり費用がかからないからです。ほとんど毎週、時としては二回も、多くの費用をかけて、私はあなたに電話してきたということにあなたは気づくかもしれません。そのことを私は一致のために、そして問題や懸念事項の問い合わせために維持してきたのです。私はまた、あなたからの聖母に対する数多くの質問に24時間以内に答えてきました。あなたについても同様のことを言うことができるでしょうか? 私はあらゆることを非常に注意深く見てきました。そして起こってきたすべてのことを。そして私自身で数多くの質問を聖母にしてきました。離れたメンバーたちに関するお答えを私はあなたに送ります。私は、この長い手紙を、『ソーンブッシュ』を通して聖母にお渡しすることをあなたに望みます。そして正直に、私やブロサード神父、聖体の『リトル・アイリス』、フランツ・カイラーが言ってきたことは真実で正当なものであると私に告げることを望みます。なぜなら私たちの一致が維持されるかどうかは、聖母の『ソーンブッシュ』へのお答えにかかっているからです。もし聖母が『ソーンブッシュ』に、『私はリトル・ペブルを想いのままにさせます!』とおっしゃったのであれば、それは聖母が本当に意味されるところに従って忠実に解釈されるべきです。
 私の質問の多くに『ソーンブッシュ』が答えていないということは非常に私を驚かせています。何ヶ月にもわたってあなたは、彼女は苦しんでいると言い続けています。それゆえ答えはないのだ、と。しかし『ソーンブッシュ』は、あなたやマザー・アストリッドのために数えきれない質問に答えています。私はそれほど重要ではなくなったのですか。この件に関して私が受け取ったお答えもあなたは見ることになるでしょう。そして私はあなたに多くのことを尋ね、多くの知らせと情報を届けます。そしてその代わりに、あなたに答えるには我々はあまりにも忙しいと告げられるのです。あなたとすべての人々の『バラたち』は、私はあなたがたの皆よりも少なくとも10倍は忙しいということを知るべきです。そしてそれに加えて、私はあなたがたに情報を伝え、あなたと『ソーンブッシュ』からの勧告を求めるために、あなたに手紙を書くための個人的な努力と犠牲を払い続けているのです。
 1995年8月以前、三人のバラたちは寛大に回答していました。しかし今やこのことは非常に変化しました。それでもなお天は一致においてより強くなるように私たちに求め続けていらっしゃいます。私の誤りから学ぶであろうということに関して言えば、そうです、そうなるであろうということを私は知っています。しかし私たちはみな誤りから学ばなければならないのです。しかし私はこれをまったくの謙遜のうちに言います。誤りと誤解について聖母のお答えに関して言われるべき多くのことがあります。そして私はそれについて十分に説明するための時間を本当に持っていません。しかしいつの日か、私たちがお互いを訪問したとき、カナダまたはオーストラリアにおいて、私たちはそれを扱うことができるでしょう。そうです、私たちは言われたすべてのことにもかかわらず、私たちはなお友人であり続けることができ、協力して働くことができるということを希望し、祈り続けます。
 ブレ神父そして『バラ』たち。私はイエズス様とマリア様によって求められたためにこの手紙を書いているのです。そして私は本当に心配しているからです。私は常にあなたがたの兄弟そして友人のままです。
 あなたがたに神の祝福がありますように。
 リトル・ペブル
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1996年6月13日、私は償いの日にすべての御出現の聖堂において聖母からの公のメッセージを受け取りました。そのメッセージの主な部分はブレ神父にも送られました。それは以下の通りです。

聖母: 父と子と聖霊の御名によって、アーメン。私はあなたに挨拶します、我が愛する白い真理の「岩」、私たちの聖なる母なる教会の将来の教皇、私たちの堅固な「岩」、私はあなたに挨拶します、我が愛する息子、リトル・バルトロメオ、終わりの時の使徒、そして私は我が挨拶をやはり終わりの時の使徒であるリトル・ヨハネに送ります。私はすべてのわが使徒たち、弟子たち、そしてダビデ王の王家、恵みの霊魂たちに、そしてここに集まったそして世界中のすべてのわが甘美なる子供たちに挨拶します。
 今日私は、さらなる勧告を私たちの甘美なる子供たちに与えるために来ました。あなたがたが今世界において、教会において、あなたがたの生活において経験しつつある艱難の時のために私たちの子供たちを準備させるために。黙示録を通してあなたがたに預言されてきた艱難は今あなたがたとともにあります、わが甘美なる子供たちよ、そのことはあなたがたがあなたがたの終わりの時に生きているということを意味しています。わが言葉を聞いてきたあなたがたの多くの者はこのことを知っています。そしてなぜ天の元后は何度も繰り返されるのだろうと不思議に思っています。それはきわめて単純なことなのです、わが甘美なる子供たちよ、たとえあなたがたが同じ言葉を聞いたことがあるとしても、これらの言葉はあなたがたの心に真に留められてはいないのです。そしてさらにもっと多くの子供たちは私の言葉を聞いたことがないのです。それゆえ、心配する母らしく、神の永遠の言葉の神聖な真理へとわが子供たちの心を開くために私は繰り返さなければならないのです。今日わが「リトル・ペトロ」があなたがたに語ったことは、わが親愛なる子供たちよ、あなたがたが理解するべき非常に重要なことです。それらは単なる言葉ではなく、むしろそれらはあなたがたの生活に訪れるであろう時期に向けてあなたがたを備えさせるための三位一体の神からの言葉なのです。世界の終わり、時の終わりは今あなたがたの間近に迫っています。あなたがたが人間的な意味で理解するような時間において。それゆえ、その時間の枠組みにおいて、全く新しい生活へと入るかのようにあなたがたの生活を生きなさい。わが神なる息子の再臨の時は非常に近いのです。そして来る年月においてベールを超えて(死ぬこと)いかなければならない霊魂たちにとってはさらにより近いのです。終わりへのカウントダウンは今始まっています、わが甘美なる子供たちよ。あなたがたは、聖書において言及されている七年間の艱難の時の中間点にいます。私たちの子供たちが、天が人類に与えてきたメッセージを再読するために時を過ごすこと、神の聖心の善性とあわれみによって人類に与えられてきた言葉について祈り黙想することは重要なことです。与えられた言葉は、わが甘美なる子供たちよ、単なる預言の言葉ではなく、希望と救いの言葉です、平和と喜び、人類への神の御約束の成就なのです。
 落胆してはなりません、なぜならあなたがたのうちの多くの者たちは、落胆の道の上にいるからです。なぜならあなたがたはメシアの来臨を待っていますが、神の御言葉がまだ文字どおりに成就されていないのでしびれを切らしているのです。あなたがたは神に信頼しなければなりません。わが子供たちよ。世界と教会とあなたがたの生活に対する神の計画と構想を信頼しなさい。なぜならよく覚えておきなさい。神は神だからです。そしてあなたがたは彼の被造物なのです。あなたがた自身をあなたがたの神に留保なく差し出しなさい。限定なく、条件なく、ただ純粋に愛のために。神はあなたがたを見捨てることはないでしょう。神はあなたがたを裏切ることはないでしょう。あなたがたを裏切るのは人間の弱さです。あなたがたの中の信頼と確信を破壊するのは罪深い人間です。世界は闇のうちにあります、わが甘美なる子供たちよ、そしてあなたがたは光となるように呼ばれています。私がいうことをよく考えなさい。光とは何でしょうか。それは単なるエネルギーでしょうか、わが親愛なる子供たちよ。私が語っている「光」とは神の言葉、真理です。あなたがた自身に誠実でありなさい。誠実に話しなさい、そして真理を完全に生きなさい。このことをよく黙想しなさい、わが甘美なる子供たちよ。なぜなら真理はあなたがたを自由にするであろうからです。あなたがたの心配から、あなたがたの罪深さから、あなたがたの肉体的な傾向や人間的な欲望への隷属状態から。常に正しいものを擁護しなさい。なぜなら神は真理、命、道だからです。わが神なる息子イエズスは、地上における彼の子供たちのための道を準備していらっしゃいます。そしてこの準備はあなたがたの霊魂のうちにあります。恩寵のうちに聖なるものとされた聖なるそして清い生活を送るために。そしてあなたがたの生活が、いにしえの聖人たち、そして新しい時代の聖人たちのように輝くように。なぜならあなたがたは皆神の御前において聖なるそして正しい者となるように呼ばれているからです。あなたがたは皆、闇のうちにある者たちに対して輝く光となるように呼ばれているのです。あなたがたが「選ばれた者たち」と呼ばれているのはこのためです。これらの時代における神の「選ばれた者」、あなたがたが知っているような世界の終わりの前の終わりの日の聖人たち。
 それゆえ、模範となりなさい。お互いのために祈るだけではなく、わが甘美なる子供達よ、祈りはあなたがたの生活において非常に重要ではありますが、あなたがたはあなたがたの祈る祈りを生きなければなりません。あなたがたの犠牲によって、あなたがたの自己放棄によって、あなたがた自身の罪の償い、そして他の者たちの罪のために神へ償いをすることによって。聖にして母なる公教会は模範として従うための数多くの聖なる男性たちと女性たちを持っています。なぜならこれが真に神のもとへ達するための霊魂各自の使命だからです。なぜならわが甘美なる子供達よ、与えられてきた全ての預言にかかわりなく、天国は地上において始まるからです。神に対するあなたがたの真の承諾によって、そして神のお望みのままに神があなたがたになさることを受け入れることによって、今、天国は始まるのです。「御言葉の通りに私になさってください。」真理の「なれかし」、自己放棄、神へとあなたがた自身を全面的にゆだねること。これがあなたがた皆にゆだねられた使命なのです、わが甘美なる子供達よ、なぜなら神はあなたがた各人に対して計画をお持ちだからです。神にとって重要でない者は誰もいません。なぜならわが神なる息子イエズスは、もし仮に必要とあれば、彼の尊い御血によって聖化され救われるであろうたった一人の霊魂のためでさえ、もう一度死なれるために地上に来られるでしょうから。
 イエズスと彼の聖母はあなたがたを呼んでいます、わが甘美なる子供たちよ、神との同盟、真理の同盟を形成するために。なぜなら世界は大いなる闇のうちに、永遠に失われる危険のうちにあるからです。なぜなら、数少ない者たちのための必要性がなかったならば、永遠の御父は何年も前に地球を破壊してしまわれていたでしょうから。しかし神は永遠であり、神のあわれみは終わりがなく無限です。それゆえ、わが言葉に耳を傾けなさい、甘美なる子供たちよ、なぜならサタンは世と教会に入り込んだからです。そして地上のあらゆる生活の中に。神と真理から離れるよう人類を誘惑するために。あなたがたは対処法を知っています。何世紀も前からあなたがたに三位一体の神から与えられているわが愛の珠(ロザリオ)を祈りなさい。なぜなら祈りは、悪と世の罪に、そしてサタンが人間に仕掛ける誘惑に打ち勝つための力だからです。サタンの計画は今あなたがたの目の前で繰り広げられています。世界の奴隷化です。そして奴隷化とは何でしょうか、わが甘美なる子供たちよ。それは罪と呼ばれます。罪は、神の善性に反する反逆の行いなのです。それゆえ、あなたがたの生活から罪を取り除くように奮闘し、聖なる者となりなさい。
 約束されてきた数多くの印、悪の印に反する善の印は今あなたがたの目の前で展開されるでしょう。邪悪なる者は聖にして母なる公教会の懐のうちに深く入り込みました。権威を持っている数多くの霊魂たちを通して、そして物事をもっとよくわきまえているべきであった小さな霊魂たちを通して。多くの者達が彼らの信頼を裏切り、ルシファーによって与えられた力と富と快楽の約束を信じて頂点に登り詰めるために彼らの霊魂を売り渡したのです。私の言葉に注意を払いなさい、なぜなら覚えておきなさい、サタンは決して眠らないからです。反キリストの時は今です。霊的な世界についてのみならず、親愛なる子供達よ、肉についても。それゆえ、警戒しなさい、祈りのうちに目覚めていなさい。秘跡を受けなさい、あなたがたを強めるために。なぜなら真に、私はあなたがたに言います、わが甘美なる子供たちよ、あなたがたはあなたがたが直面しているものを理解していないのです。あなたがたは地獄の力に直面しているのです。堕天使たち、闇の権威たちに。それゆえあなたがたの天使たちからの助けを求めなさい。地上におけるわが神なる息子の神秘体を強めるためにお互いのために祈りなさい。教会の頭ヨハネ・パウロ二世のために祈りなさい。権威を持っている者たちのために祈りなさい。彼らの心の内にキリストの霊が真に住まわれるように。時の印を理解するために彼らが照らされるように。
 すでに今聖霊はすべての者たちにご自分を注がれています。闇のうちにある数多くの子供達の心を照らしつつ。なぜなら、真に、あなたがたは数多くの霊魂たちによって大いなる不思議なことが見られ経験される終わりの時を生きているからです。神は子供達に対してあわれみ深く親切なのです。常にこのことに対して感謝していなさい。わが甘美なる子供達よ。終わりの時の使徒たちのために祈りなさい。彼らが真に一つのものとして一致するように。なぜなら現時点では、彼らは分裂しており弱いからです。ごく一部の者たちを除いては。神によって特別な仕方で恵みを与えられてきた全ての恵みの霊魂たちのために祈りなさい。彼らが真の一致のうちに彼らの前にしかれた真の道を歩むことができるように。間もなく、キリストの代理者は、地上における神秘的教会のうちに一致をもたらすでしょう。なぜなら私たちの子供たちの多くは思いのままに振る舞っており、彼らを神へと引き寄せるレベルにおいてよりもむしろ人間的なレベルにおいてしか理解していないからです。
 今この時において識別が非常に必要とされています、甘美なる子供たちよ、なぜなら人間のもとに来るすべての霊が神からのものというわけではないからです。聖パウロが言ったように、霊を試しなさい。注意しなさい、なぜなら邪悪なる者も、非常に巧妙だからです。そして概して非常に弱い人間を欺く方法を知っているのです。二つの「柱」のために祈りなさい、わが甘美なる子供たちよ、なぜなら邪悪な者は全力で彼らを攻撃しているからです。彼らは一つのものとしてともに神秘的教会を支えるように呼ばれているからです。
 あなたがたが今見ているような世界は、わが甘美なる子供たちよ、来る年月において大きく変化するでしょう。なぜなら神の怒りは、地上に対する数多くの懲罰を通して、海と天を通して、地上と疫病を通して見られるであろうからです。数多くの病気が神の民のもとに来るでしょう。神に背を向けた者たちに。彼らが戻るように照らされるために。わが親愛なる子供たちよ、これらは現時点では聞かれたことのないような新しい病気です。時とともに、あなたがたは天が語ってきたすべてのことを理解するでしょう。そしてわが小さな息子が今日あなたがたに語ったように、オーストラリアは、その誤りから学ばなければなりません。それは自身を防衛しなければなりません。それは軍備を解除してはならないのです。むしろその軍事力を築きあげなければならないのです。そして全てのキリスト教国は今同じことをなさなければなりません。なぜなら戦争が、今自由である数多くの国々に非常に間もなく訪れるであろうからです。そしてこのことを覚えておきなさい、わが甘美なる子供たちよ。戦争は世の罪に対する神からの懲罰なのです。
 私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる子供達よ、そしてあなたがたの心配をよく理解しています。なぜならあなたがたのうちの多くの者達はわが神なる息子イエズスがあなたがたに約束してきた大いなる印を心配しつつ待っているからです。教会そのものさえもこれらを待っています。忍耐強くありなさい、なぜならそれらは神の永遠の知恵の計画の中のしかるべき時のしかるべき瞬間において与えられるでしょうから。全てのものにはしかるべき時と場所があります、甘美なる子供達よ。あなたがたがなすべき全ての事は、私たちの言葉に聞き従うことであり、真実なるものに従うことです。あなたがたの霊魂を聖なるものとしなさい、そして聖なる生活を送りなさい、なぜならこれはあなたがたが呼ばれていることだからです。どのような召命をあなたがたが持っていようと関わりなく、あなたがたの人生における最初の召命はあなたがたの神を愛し仕えることです。そして他のことについては、全てはしかるべき時にしかるべき場所に収まるでしょう。それゆえわが神なる息子の言葉に耳を傾けなさい、山上の説教において主が語られたすべての言葉に。そうすればあなたがたはどのように生きなければならないかを理解するでしょう。
 今日、天はあなたがたに神の御旨を成就するための数多くの恩寵を差し出します。あなたがたの生活において、あなたがたの召命においてあなたがたが完成するように呼ばれていることを成就するために。二つの修道会、聖シャーベル修道会と汚れなき御心の修道会は神の栄光のために数多くの霊魂たちを集めつつ全世界に広がるでしょう。しかしすべての者たちは神の計画を実現するために懸命に働かなければなりません。今日再び数多くの天使たちが聖性と真理の道においてあなたがたを助けるために与えられる予定です。そしてこれらの天使たちはあなたがたの召命をを強めるための者たちです。私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる子供たちよ、そしてあなたがたに再びわが汚れなき御心を差し出します。この御心はあなたがたを愛しあなたがたを心配しています。私はあなた方皆を祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。

リトル・ペブル: 聖なるカタリナ・エンメリックは今前に進み出てこられます。彼女は十字架の上に主がいらっしゃる美しい十字架像をお持ちです。それはおよそ、30センチほどの大きさです。聖なるカタリナ・エンメリックは私たちの主イエズスに接吻なさり、十字架の印をなさいます。
カタリナ・エンメリック: 父と子と聖霊の御名によって、アーメン。私はあなたに挨拶します、我が愛する兄弟「リトル・ペトロ」、わが地上の人生において見る恵みを与えられた「岩」よ。そこには聖にして母なる公教会の最後の教皇について多くの事が書かれており、あなたは彼です。あなたと使徒達について神が啓示されてきた全ての事は今展開しつつあります。わが親愛なる兄弟よ、それゆえ心を煩わせないようにしなさい。あなたの仲間の使徒達の為に祈りなさい、彼らが強められるように。あなたは教会と世界とに対して、この時代に関するわが幻視の全面的な意味を明らかにする事でしょう。人類は、終わりの時の使徒達は私の書いたものの中に言及されている者達だけではなく、むしろ教会の司教達でもあるということを理解するために。しかし確信していなさい、わが親愛なる兄弟よ、使徒達はあなたのもとに一致するであろうという事を。あなたが聖にして母なる公教会の教皇となる前においてさえも。リトル・ヨハネと緊密に協力しなさい、そして彼を励ましなさい。なぜならあなたとリトル・ヨハネは「柱」だからです。それゆえ彼のために祈りなさい。あなたがた二人の間にいま起こっている事は、あなたがたを分裂させるための邪悪なる者からの攻撃なのです。しかし天の元后の御約束はそのままにとどまるでしょう。それゆえ、勇気を持ちなさい。あなたがた二人に対して与えられたミッションにおいて多くのことが変化するでしょう。そして世界中の他の使徒たちについても。神の最も完璧な御旨について学び理解するためには多くのことがあります。そして間もなくあなたはそれを理解するでしょう。そしてリトル・ヨハネも。

リトル・ペブル: 今、リトル・ヨハネと二人の「バラ」が見えます。「ソーンブッシュ」とマザー・アストリッドです。彼らは今カタリナ・エンメリックの隣に来ました。そして彼ら三人は、とても意気消沈しているように、あるいはとても悲しんでいるように見えます。カタリナ・エンメリックの左側には、祝された秘跡の「リトル・アイリス」が見えます、。もう一人の神秘家、聖痕者です。そして今回私はバイロケーションで初めて「サンフラワー」を見ています。

カタリナ・エンメリック: わが親愛なる兄弟たち、そして姉妹たち、一つのものとして共に働きなさい。邪悪なるものがあなたがたを打ち負かすことを許してはなりません。なぜなら教会は一つのものとして強くあり続けなければならないからです。あなた、我が親愛なる子供、「リトル・ペトロ」のもとに。なぜならあなたは導かなければならないからです。そしてすべての者たちは従わなければなりません。なぜならこれは神の御旨だからです。そしてすべての者たちはこのことを明白に理解しなければなりません。なぜなら一人の者はもう一人の者を助け、もう一人の者を強めるからです。それゆえ勇気を持ちなさい、わが「リトル・ペトロ」、そして私は私たちの聖なる元后を通して、世界中のすべての私たちの子供たちに、地上における神秘的教会のために祈るように求めます。それが強められるように。なぜなら反キリストは今さらに強くなっているからです。今は彼の時だからです。
 わが子供たちが、私たちの聖なる元后を通して、彼女の小さな道具である私自身、カタリナ・エンメリックを通して与えられたビジョンや言葉を読むことは重要なことです。私はこの時代に関する多くの啓示を受け取る恵みを神によって与えられました。そして教会の中にいる多くの聖人たちが終わりの時に関する数多くの啓示を受け取ってきました。それゆえ、神の完全な御旨を理解するために祈りなさい、親愛なる子供たちよ。この十字架像は、わが親愛なる兄弟よ、あなたのためのものです。それは天の元后の取り次ぎを通しての私からの贈り物です。私はそれをあなたの霊魂のうちに置きます。あなたが終わりの時の使徒たちを指導するために強められるように。私はあなたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。

以下は6月13日における聖母への私の質問と、私への聖母の御回答です。

「お母様、長い間にわたって、私はあなたの聖なる娘カタリナ・エンメリックのビジョンについて黙想してきました。その中で彼女は、終わりの時の使徒たちが私を見捨て、そして遅すぎる最後の時になって私を助けにやってくる様子を見ています。このビジョンを以前とは非常に違った仕方で理解させるようなことが今私の心の内に訪れています。現在のところ、十二人の新しい使徒たちは散らされています。実際に存在する唯一の一致はブレ神父とブロサード神父と私自身の一致、リトル・フィリッポとリトル・パウロからのわずかな一致、そして他の二人からのわずかな一致です。しかし、たとえ私たちが皆一致しているとしても、それは大して助けにはならないでしょう。なぜなら私たちのうちの誰も現実的な教会の支持を得てはいないからです。それゆえ、新しい使徒たちは、今のところ私にとって真に効果的な現実の助けとはなっていません。また過去においてもそうではなかったし、私が教皇になるまで未来においても助けとはならないでしょう。ブレ神父とブロサード神父は私にとって人間的な支えですが、教会の中における権威に関する限り、私たちのうちの誰も現実的な支援を持っていないのです。それで私の言いたいことは次の通りです。カタリナ・エンメリックのビジョンは、十二人の新しい使徒たちについて言及しているのではなく、使徒たちの後継者たちについて言及しているのではないかということです。すなわち司教たち、枢機卿たちについてです。これらの人々が、小さな岩、『リトル・ペトロ』である私と新しい使徒たちを見捨てた真の使徒たちです。しかし彼らは、すべてが失われたように見える終わりの時になって『リトル・ペブル』を助けに駆けつけるのです。なぜなら彼らは『天からの大いなる光』を受け取ったからです。それから私を助けにくるのです。そして私を司教そして最後の教皇とするのです。かくして、このことは新しい使徒たちをも助けます。私はこれが彼女の幻視の真実の意味であると本当に信じています。どうかこのことを明らかにし確認していただけませんでしょうか。あなたの使徒『リトル・ペトロ』」

聖母: 我が貴重なる息子、「リトル・ペトロ」、使徒たちのプリンス、そして聖にして母なる公教会の最後の教皇よ。私は終わりの時の使徒たちの母としてあなたに挨拶します。
 甘美なる息子よ、あなたが認識したことは正しいのです。なぜなら天がビジョンにおいて未来の教会の数多くの出来事をわが聖なる娘カタリナに啓示したとき、私たちは多くのことを象徴的な仕方で説明したからです。小さな「岩」と小さな男のビジョンは真にあなた自身に言及したものです。そしてあなたがその中を生きるであろう裏切りについて、世界と教会における困難な時について。しかしながらビジョンは、三つの仕方で次のことを象徴しています。使徒ペトロ二世のミッションと、統治している使徒ヨハネ・パウロ2世のミッションを。ヨハネ・パウロ2世は象徴的な仕方で使徒たちの裏切りの同じ聖痕を帯びています。その裏切りは、あなた自身を象徴する「岩」を信仰において擁護するために進み出るための堅固な忍耐の欠如によるものです。大部分はそういうことですが、またヨハネ・パウロ二世も教会のプリンスたち(司教たち)からの擁護を公に受け取っては来なかったし、そして手遅れになるまで受け取ることはないでしょう。なぜならそれは天国の天使たちと聖人たちの取り次ぎと力によるものであるでしょうから。そして、あなたである「白い岩」を、そしてこの試練の時においてヨハネ・パウロ二世を支持するであろう地上の者たちの。そして教会と終わりの時の「使徒」たち、……それは枢機卿たち、司教、司祭、そして新しい十二使徒を意味しますが……彼らは終わりの時の数多くの奇跡によって、あなた、私たちの清い白い岩とヨハネ・パウロ二世を助けるためにやってくるでしょう。かくして更新された地上の教会は強められ真理において固められるでしょう。このことがいったん起こったならば、……それは大警告の前となるでしょう……神の栄光と彼の教会の栄光が見られるでしょう。そしてあなた、我が貴重な将来の司祭なる息子よ、あなたは公式にヨハネ・パウロ二世の死後、教会を統治するためにペトロの座に登るでしょう。反キリストが現れていと高き方の力に挑戦する、教会の歴史における最も暗い、しかしまた最も大いなる時代に。この時期の間に、人類のすべての王たち、統治者たちは、至高の教皇としてのあなたの前に頭を垂れるでしょう。そしてそこには一つの牧者、一つの教会、ローマ人ペトロ二世としてのあなたのもとにおける一つの地上の権威があるでしょう。私はあなたを祝福します、息子よ。私は終わりの時のすべての使徒たちを祝福します。十二人の使徒たちと、教会位階制の使徒たちを +。あなたの母なるエクレシア+。
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【 私に反対する声明 】

 ブレ神父と私自身の間の関係は徐々に解体して行きました。そして1996年11月に悪魔は彼の目的を達成しました。そしてソーンブッシュは私に対して1500以上の個人的なメッセージを確認してきたにもかかわらず、そしてこれらの多くはダビドの王家と、ベッティーナとの神秘的結婚に関するものであったにもかかわらず、聖なる種の自然的および超自然的な方法による受容が、つまずきの石となりました。そして二人の主要な使徒たちと二人の主要な幻視者たちとの間の同盟を砕いたのです。今日に至るまで超えることのできない、巨大な亀裂が発生しました。ブレ神父は、私たちは私たちに与えられた私的啓示を誤って解釈したのだと確信しました。私が新しい世代の生殖に関して事項を私自身の手の内に収め、そうすることによって神と教会の掟を破ったと彼は決定したのです。私は誤りのうちにあると彼は信じ、そして彼は彼の判断は正しいと考えました。なぜなら彼は、彼の解釈が教会の心であると感じたからです。ブレ神父は私に反対する宣言を出しました。そして私に誤りを認めるように迫る最後通牒を突きつけました。私は教会の教えからの助けと『ソーンブッシュ』のメッセージによって、彼の宣言を反駁しました。
 かくして、私たちの間のきずなは絶たれました。『ソーンブッシュ』は彼女の霊的指導者の側に立つことを選択しました。私は私の心の内に大いなる悲しみを感じました。なぜならソーンブッシュと私は、清い愛と聖なる愛情の相互の霊的なきずなによって支えられ、強められていたからです。十年間にわたる二つの柱の間の関係は破壊されました。今やソーンブッシュと私のみならず、私たちと関係を持っていた多くの他の霊魂たちも影響を受けました。1995年にブレ神父は、別の理由で私たちの間の分裂を開始することを試みていました。すなわち修道会の運営について。彼はソーンブッシュに彼の質問を天に尋ねるように求めました。そしてイエズス様はお答えになりました。「もしあなたがこのことをなすならば、それは天からのものではない。そして結果は深刻なものとなるだろう。『ソーンブッシュ』は彼女のミッションの大部分を失うことになるだろう。それは質問に答えることによって霊魂たちを助けることである。そして『リトル・ペブル』の信用性は疑問に付されることになろう」 これらの預言の両方は今や実現しました。1997年5月13日、『ソーンブッシュ』からのいわゆる『メッセージ』は、『リトル・ペブル』は最後の教皇にならないであろう、なぜなら他の者が選ばれたから、と彼女に告げています。もう一つのメッセージが私たちの関係の最後の糸を断ち切りました。なぜならそれは彼女が1992年以来受けてきた私の教皇職に関するあらゆるメッセージと矛盾しているからです。そして世界中の他の数多くの幻視者たちのメッセージと。ブレ神父は私のミッションに対するあらゆる信仰を失い、私とのさらなる接触を拒絶しました。そして私はそれ以降、『ソーンブッシュ』からのいかなる連絡も受け取っていません。


陰謀 − 裏切り
【 トランペッターと大主教アタナシウス 】

 1986年、私はアンドリュー・ウィンゲートという名前のアメリカ人幻視者のことを耳にしました。彼はテキサス州出身で、合衆国においてすでによく知られていました。アンドリューは何年間にもわたって天からのビジョンを受け取ってきていました。そして神はすでに彼に、「リトル・ペブル」が最後の教皇になるであろうということを啓示しておられました。やはりテキサス出身のマルコム・ブロサード神父はアンドリューの霊的指導者でした。そして1987年に彼がオーストラリアに定住するために来るまで、そうであり続けました。その後彼は私の霊的指導者になり、今日に至るまでそうであり続けています。アンドリューは、天によって「黙示録のトランペッター」という神秘的な名前を与えられていました。そして彼の使命は、歴史における最後の教皇ペトロ二世の到来のさきがけとなることでした。
 アメリカへの旅行において私は初めてアンドリューと出会いました。私はフロリダ州のフォート・マイヤースに着陸しました。そして一群の良い霊魂たちに出会いました。彼らの中にはブロサード神父、アンドリュー、ヴェルン・シポス、「巡礼の霊魂」、シトー会司祭ヨアキム・ターネイ神父がいました。私は直ちにアンドリューが気に入りました。彼はとても人に好かれる性格で、常に笑い、冗談や物語りを口にしていました。私が彼のことをよりよく知るにつれて私たちは確固たる友人になりました。彼は貧しいカトリック家庭に生まれ、18人の子供たちのうちの一人でした。彼はおよそ四十歳で結婚していました。そして彼自身の成長中の家庭を持っていました。彼は高度な教育を受けたことはなく、第8学年を終える前に学校を離れていました。彼は慢性的な不健康に苦しみ、背骨のトラブルで数多くの入院を経験していました。彼はガラス職人であり、彼の家族を養うためにしばしば仕事に戻らなければなりませんでした。多くの点において、アンドリューは雲の中に頭を入れた状態で生きていました。彼がミッションを与えられたり、あるいはなすべき仕事を与えられたときに、しばしば彼はぐずぐずし、あるいは結果をもたらすために必要な努力を間に合ううちになすことに失敗したりしました。
 私たちの関係の早い時期において、私たちはしばしば世界各地に一緒に旅行しました。彼は私に道徳的そして兄弟的な支援を求め、そして彼自身の決断を信頼するよりも、彼のミッションにおいて指示を受けることを喜びとしていました。私はしばしば彼を正し、導かなければなりませんでした。なぜなら彼は考えずに話す傾向があり、しばしば失敗を引き起こしていたからです。それは私に解決のための多くの時間と労力を要求しました。私はしばしば彼を、彼の幻想の世界から連れ出して現実にたち戻らせることを試みました。しかし彼は性質的に気まぐれで、一ヶ所に留めておくことがとても困難でした。
 アンドリューは司祭になる望みを常に感じてきました。そしてこの点に関して私は彼を思いとどまらせてきました。教会が公式に修道会を承認するまでは、それをなすための正しい時では決してありませんでした。その時まで待つように私は彼に告げました。彼は私と同様に使徒となるように呼ばれていました。彼の当面の仕事は「聖テレジア・オブレート会」と呼ばれる修道会を形成する事でした。そして彼はこの美しい聖人に対する非常に大いなる信心を持っていました。会則会憲の作成においてブレ神父からの助けを求めるようトランペッターに告げるように、聖母は私に指示なさいました。ブレ神父は教会法学者であり、これは彼の専門だからです。アンドリューとブレ神父はしばらくの間協力して働きました。しかし気質的に二人は非常に異なっており、友好的に協力して働くことができないと彼らは感じました。それゆえ1994年に彼らは仕事が完了しないまま、たもとを分かってしまいました。お互いに平和的に働くように彼らを励ますために私が懸命に努力し続けてきたにもかかわらず。
 1993年8月、トランペッターはブレ神父とともにオーストラリアに来ました。彼は東方典礼教会の大司教アタナシウス・コンスタンチノス・アームストロングと一緒でした。彼らは私とともにアフリカや世界の各地に旅行することを計画していました。アンドリューは大司教によって助祭に叙階されたと私に告げました。そしてその時彼は、アタナシウス大司教はカトリック教会のビザンチン典礼の人間であると私に理解させました。私は大司教を魅力的な人物であると思いました。彼は合衆国のシンシナティ出身であり、彼の肩書は次の通りでした。「ビザンチン教区管轄大司教アタナシウス・コンスタンチノス・アームストロング」。そして彼の権威はアメリカのトラディショナル・カトリック教会に対するものでした。彼は彼自身の国において非常に迫害されており、そして彼は聖シャーベル修道会と関係を持つ望みを表明しました。彼は聖シャーベル修道会に非常に興味を持っており、聖シャーベル修道会の第一部門に加わることを求めました。そして最終的には、彼のすべての「民」を修道会のうちに導くことを意図していました。トランペッターは彼を東方カトリック教会のビザンチン典礼の人間として紹介しました。そして私はローマとの全面的な一致のうちにある人物として彼のことを受け入れました。私は彼(アタナシウス大司教)が加わったときに、私たちの修道会の保護者となるように彼に頼み、彼はこころよくこれを引き受けました。私は最近ナウラの聖シャーベル修道会の土地に完成した私たちの新しいチャペルの祝福と、公開において司式するように大司教に頼み、そして彼はそれを行いました。
 大司教が初めてビジョンを受け始めたのは私達が旅行しているとき、ナイロビにおいてでした。アンドリューは、大司教は私を助祭に、それから司祭にするための文書を書いている所であると私に知らせてきました。私はこの事を受け入れませんでした。そして私は家に戻る前に、私が家に戻ったときにそれを研究するために彼の資格証明文書を求めました。彼の資格証明文書を調べてみると、私は疑問を持ち始めました。私はアンドリューの証言に基づいて、アタナシウス大司教自身が提示した所に基づいて、彼を進んで受け入れたのでした。しかしながら私が彼の文書をさらに検討していくと、彼はローマ・カトリック教会の管轄に属する人間ではなく、正教徒であるということが明白になりました。幸いなことに彼の司祭職の有効性には問題はありませんでした。しかし私は、トランペッターが私を誤った方向に導いたということを受け入れなければなりませんでした。ふたたび私は彼の資格証明文書に関してアタナシウス大司教に連絡をとり、彼は私に対して彼の立場を明確にしました。それから私たちはともに教皇ヨハネ・パウロ二世のもとにおけるローマ・カトリック教会の中で彼の地位を正常化するための長い手続きの試みを始めました。
 アタナシウス大司教は、このイニシアチブに喜んでいました。また彼はシンシナティの司教や、それに加えて何人かのカトリックの大司教たちや司教たち、そして東方典礼の教会の認可を得ていました。もう一人のロシア正教会の大司教が私たちとの一致を求めて私たちに連絡をとってきたときに、私たちは手続きをすでに開始していました。彼の名前はジョン大司教をでした。そして二人の大司教をローマに一致させるために多くの前進がなされました。しかし時間が経過しても、ローマからのいかなる決定的な決定ももたらされませんでした。そして1994年の初頭に、トランペッターやアタナシウス大司教と私の関係は不安定なものになりました。トランペッターはまた、ブレ神父との付き合いにおいて困難に直面していました。そして分裂が起こり始めていました。カナダの神秘家「ソーンブッシュ」は、トランペッターが設立しようと試みている「聖テレジア・オブレート会」に関する天からの公のメッセージを受け取りました。そのメッセージは、トランペッターは彼のミッションの一部を失うかもしれないということを示唆していました。そして私はこのメッセージの写しを受け取りました。
 そこで私は日本における黙想会を計画しました。そして1994年8月に日本に旅行しました。トランペッター、アタナシウス大司教、そして全ての日本人幻視者達が出席する予定でした。日本に出発する前に、聖母は、陰謀が進行中であり、そして日本においては非常に注意深くあるようにとソーンブッシュを通して警告してこられました。私は多く祈るように告げられました。そして何が起こっているのかを私が識別することができるように、神は私に人々の心を読む恩寵をお与えになるでしょうと告げられました。数多くの他の有名な幻視者達もこの黙想会に出席しました。アメリカのフランツ・カイラー、メアリー・ジェーン・イーブン博士、シンガポール出身のジュリアおよびクリスチィーナ・リーです。出席しているほとんどの幻視者達の前で語りながらトランペッターが私に最後通牒を突き付けたのは、私達の会合のひとつにおいてでした。私はブレ神父と別れなければならない、ブレ神父は「ソーンブッシュ」を支配していると私は告げられました。この、私達の友情における信頼の裏切り、アンドリューのみならず彼の側に立った他の幻視者達の裏切りは、完全に私をうちのめしました。私と一致してきていた日本人達、そしてシンガポールの幻視者たち、司祭たちは皆、私とのきずなを断ち切って、アンドリューとアタナシウス大司教とジョン大司教と彼らのグループに従いました。私の親友リトル・ブラザー・イン・クライストさえも、彼らと一致するために私を離れました。これは私のミッションにおける、これまでで最も痛ましいエピソードの一つです。
 アンドリューはすでに司祭に叙階されていたということが判明しました。そして私の親友である野口神父は大司教と同盟しました。このことについて、1993年の時点において私は、アタナシウス大司教はビザンチン典礼の正当な司教の一人であり、ローマ・カトリック教会の一部であると信じていたということが理解される必要があります。アンドリューは常にこの信念を主張し続けました。
 1995年トランペッターはローマへの訪問において教皇に謁見し、「リトル・ペブル」は落ちたと教皇に知らせました。そしてその結果としてリトル・ペブルはミッションを失い、教皇ペトロ2世にはならないであろう、と。そのとき教皇ご自身がトランペッターの主張に反駁されました。そして彼に、リトル・ペブルは最後の教皇として選ばれており、このことは変わらないであろうと告げられました。1996年4月、アンドリューは私に電話をかけてきて、彼は誤りを犯したということを認めました。そして再一致の道を求めました。彼がまず第一にローマ・カトリック教会との全面的な一致に立ち戻り、そして彼の誤りを認め、公に謝罪するという条件のもとに、私はこれを躊躇なく受け入れました。この連絡のあと、何も果たされませんでした。そして最近数ヶ月(訳注:2000年の時点)において一致のための試みが行われたにもかかわらず、トランペッターに関する私の最新の情報は、彼が正教会において「主教」の位に上げられたということでした。しかしながら彼は今やアタナシウス大司教からも離れています。アンドリューは明らかにまだ彼の修道会をミリンゴ大司教の働きを通してローマにおいて認可してもらおうと試みています。ミリンゴ大司教は一時私を受け入れましたが、アンドリューと他の幻視者たちが私に反対したときに私との関係を断ち切りました。

【 日本における幻視者とプロモーターの会合 】

 以下は、1994年8月16日午後1時20分、日本の広島での幻視者とプロモーターの会合において、私自身によってなされた講話です。

「まず初めに、ここに来てくださったことを皆さんに感謝したいと思います。そして私の意向は、あることを皆さんに読み聞かせることです。それは過去数日間にわたって私が作成してきた長い手紙です。私は聖母に、照らしのためのいくらかの導きを求めてきました。なぜならここ四日間ほどは私にとって非常に、非常に重要なものだったからです。それらは、私にとってのみならず、私たちの全員にとっても重要なものでした。私が皆さんに読み聞かせようとすることは、あなたがたのほとんどにとって非常な衝撃であろうと思います。しかし私は皆さんに、私たちは皆キリストにおける兄弟姉妹であるということを理解していただきたいと思います。私たちは皆、私たちの意見、私たちの感情、私たちの意図を持つ権利があります。今日から後、私たちは再び集まることは、おそらくしばらくないでしょう。私たちはおそらく分裂するでしょう。そして私たちがたどるであろういくつかの道があるでしょう。もちろん最終的には、私たちは一緒になるでしょうが。
 アタナシウス大司教がここにいないことに私は失望しています。なぜなら、私にとって、彼はこのことすべてにおける重要な『鍵』だからです。しかし、私が皆さんにお伝えしようとしていることと同じことを、私は彼にも伝えることにしましょう。私が皆さんに告げようとしていることにかかわりなく、皆さんに対する私の愛情は減ってはいません。そしてそれは決して減ることはないでしょう。なぜなら神が私に与えた役割は変更されていないし、そして変更されないでしょうから。あなた方自身に何が起ころうともかかわりなく。私はあなたがたの感情を理解しています。私はあなたがたの考えを理解しています。私はあなたがたがここに来る前においてさえも、それらを知っていました。ギルバートから受け取った手紙を私は今ここに持っていますが、そしてあなたがたのうちの何人かも持っていると思いますが、あなたがたが到着する以前にさえ、私はそのことを理解していました。なぜなら、同様のことが、世界中の数多くの霊魂たちから私に告げられてきているからです。様々な程度、様々な仕方においてですが。
 私たちは何年もの間一緒でした。ほとんどの場合において。最も長い間協力してきたのは、トランペッターではないかと思います。過去八年ほどにわたって、おそらく、いやもっと長いでしょう、九年から十年近く。そういうわけで長い時間がたちました。ミッションは長い長い時間を過ごしてきました。
 私たちが日本で持つことになっていたこの会合は、去年のある時期に神の母によって召集されました。そして私は神の母にそれを遅らせることをお願いしました。なぜなら、もともとは、それは二月に実施されることになっていたからです。それで私は神の母に、その年の中ごろか終わりごろになるまでそれを延期することを願いました。この会合に来る日本人たちの関心をひきおこすためには、その時期に会合を行うことは不適切であると私は感じたからです。そして聖母はそれに同意なさいました。聖母はそれに同意なさり、そのことをここにいるほとんどの幻視者たちに告げられました。
 私が日本に来たときに、そこには多くの暗雲がありました。どうか私の言葉を忍耐強く聞いていただきたいと思います。なぜなら、私があなたがたに表明しているのは、私の心の内にあることだからです。私が言うべきことを言い終わったならば、皆さんは、何であれ、言いたいことを言うことができます。なぜなら私はここに座り、そして耳を傾けるでしょうから。あなたがたが今そうしているように。私の会合、日本への訪問は、暗雲に覆われていました。そしてその理由は、私は会合があるということは知っていたけれども、このことについてごく一部分しか知らされてはいなかったからです。さて、このことはここにいる各人に向けて言っていますが、しかし、皆にこのことがあてはまるのではありません。耳を傾ける人々は、それが自分自身にあてはまるということを知るでしょう。
 私が今皆さんにお話ししようとしていることが正しいかどうか、私は聖母にお尋ねしました。私はすでにこのことを13日に知っていました。なぜなら、その日の3時から4時までの1時間にわたって、皆がメッセージを受け取っていたとき、聖母がそこにおられたことをあなた方は知っています。そして聖母は私におっしゃいました。その日起こったことについてのみならず、私が日本に来る前に準備されていたことについても、聖母は私に告げられたのです。私が日本にいる間に、そして私が日本を離れた後に起こるであろうことを。そして私は(英語ではこういう表現をしますが)ボラのように茫然としました。なぜなら私は聖母が私に告げられたことに驚愕したからです。それで私は『ソーンブッシュ』にファックスを送りました。私は彼女に何も言いませんでした。ただファックスを送ったのです。聖母が私に13日に非常に重大なことを啓示されたということだけを述べて、彼女に知らせました。そして聖母が私に告げようとしておられることについて確認もしくはアドバイスをしてほしいと。聖母は、ここで啓示されたことをすべて確認なさいました。そしてさらに私が誰にも明らかにしたことのないことさえも。それで私は啓示されたことは真実であると私の心の内において確信を抱いたのです。
 それゆえ私は今からあなたがたに重大なことを告げるつもりです。どうか怒らないでください。私は私の心から、兄弟から兄弟たちへ、兄弟から姉妹たちへ告げようとしているのです。わが愛する友人たちよ。私は皆さんに公に話すこの時を待っていました。聖母は私に、耳を傾け、そして見るようにおっしゃってこられました。なぜなら私は多くのことを見、そして理解するであろうからです。私があなたがたに明かそうとすることを、私は心の友人としてあなたがたに告げます。8月5日、私がここに来る前のことでしたが、聖母は『ソーンブッシュ』にメッセージをお与えになりました。そして私はなぜ聖母がそのメッセージをお与えになったのかということさえも知りませんでした。しかし、いずれにしてもそれは私に送られてきました。そのメッセージは以下の通りです。

ソーンブッシュ: 私が非常に苦しんでいる『リトル・ペブル』を見たとき、彼の頭には血があり、そして彼の心臓にはひびが入って、その中にはトゲがありました。彼の足からは白い十字架が放射されていました。 (さて、それが何を意味するのかを理解していない人たちのために言います。約二年前に私はサタンによって足をかまれました。そしてその時以来それは残っているのです。そして私の足にある三角形から白い十字架が現れてきています。そして聖母はそのことも説明なさいました。また『ソーンブッシュ』も同様のタイプの傷を負っています) 私は彼の頭上に杯を見ました。そしてお母様は、箱舟の女王として出現されました。そして印がもたらされました。彼女はリトル・ペブルとお話しになりました。

聖母: 私はあなたに挨拶します、私たちの分かたれないみ心の内の我が貴重な小さき岩よ、間もなくあなたは非常に困難な旅行につかわされるでしょう。しかしあなたの心奥深くにおいて平和を保ちなさい。そして私たちがすでにあなたと共にいることを知りなさい。昇る太陽の国の子供たちの間には多くの不必要な混乱が存在しています。あなたが再び天の呼びかけに応えたことは私を喜ばせます。
(これは、私が日本に行きましょうと言ったことを指しています。私は日本に行きたくありませんでした。私はどこにも行きたくありませんでした。しかし、いずれにしても私はそうしなければならなかったのです!)
聖母: 「あなたは、私たちの子供たちを導き、彼らを指導するであろう天からの数多くのメッセージを受け取るでしょう。なぜなら私たちはあなたを通して語るであろうからです。そして私たちのプリンセスである娘、ロゼットを通して。私はあなたがたの旅行を祝福します、わが小さな息子よ。そして私はあなたに、聖なる天使たちの三つの軍団を使わします。なぜならあなたには多くの苦しみが求められているからです。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。」
「わが小さな息子、わが小さな真理の『岩』よ、あなたはまた、わが子供たちの心を深くを見通すことができるようになるでしょう。なぜなら、わが子供たちの何名かは、あなたから多くのことを隠そうとするでしょうから。この特別な恩寵によって、わが子供たちの多くは数多くの印を受け取ることでしょう。とりわけ選ばれた者たちは。」
 これは私が出発する約一週間前、8月5日に与えられました。私は私の手紙を続けようと思います。私があなたがたに明らかにしようとすることを、私は真の友人としてあなたがたに言います。私はあなたがたを赦します。なぜなら本当にあなたがたは、あなたがたがやっている事、そしてやってきた事が何であるかを知らないからです。昨年の十月ごろ、聖母はこの会合が今年二月に行われることを望まれました。すでに皆さんに告げたように。私はロゼットとトーマスに、八月に向けて全てを準備するように求めました。そして私は、聖母が彼らを日本に呼ばれない限り、日本以外のいかなる幻視者たちにも招待状を送るつもりはないと告げました。ここにいるあなたがたの何人かは呼ばれましたが、呼ばれていない人々もいます。日本でのこの会合の背後にはある目的がありました。そしてそれは状況を是正することでした。なぜなら幻視者たちや人々の心の中を混乱が支配していたからです。そのことは常に日本における重大な問題であり続けてきています。長い間にわたって。しかしながら、このことはそうなりはしませんでした。なぜなら私の知らないうちに進行していた隠された意図があったからです。三月以来、私はロゼットに尋ねてきました。『準備はどうなっていますか?』 答えは『うまくいっています』というものでした。時期が近づくにつれて、私は尋ねました。『プログラムはどうなっているのですか、そして誰が来るのですか?』『たくさんの人が来るでしょう』という以外には何の答えもありませんでした。しかし陰においては、多くの事が私の知らないうちに、あるいは同意なしに準備されつつあったのです。過去十年間において世界中を旅行したすべての機会において、これは世界の様々な国における54回にわたる旅行です。54回です。これら全ての機会において、私は常にオーストラリアから準備を指揮してきました。私は彼らに何をすべきか、どのようにそれをすべきかを告げてきたのです。そして代わりに彼らは、彼らが何をやっているかを私に報告してきました。どのように彼らはそれを進めているか、どのようなプログラムか、などです。それで皆さんは私が言おうとしている事が理解できると思います。
 最近に至るまで、私と一致している全ての幻視者達が、私の訪問のためになされるあらゆる準備について報告を送ってきていた時期がありました。彼らは常に同意とアドバイスを求めました。しかし今回はそのようなものはありませんでした。準備は秘密裏に行われたのです。『私達はリトル・ペブルには告げないでおこう。なぜなら彼はそれを受け入れないだろうから。だから我々は、彼がそれについて何もできないような仕方でそれを押しつけよう。そしてリトル・ペブルが、彼の全面的な支持を与えたかのようにして公衆の支持をとりつけよう』 私が再び日本に来る前、数日前に私はもう一度ロゼットに尋ねました。答えは、『およそ十名ほどの幻視者が海外から来ます。あなたの友人です。あなたにとっては驚きでしょう』 もちろんそれは驚きでした。これら全ての事についてどのように理解すべきか、私は聖母に尋ねました。なぜなら何も明確にならなかったからです。聖母はおっしゃいました。

聖母: 「私はあなたに挨拶します。私たちの分かたれないみ心のうちにおける我が貴重な小さな『岩』よ。間もなく、あなたは困難な旅行につかわされるでしょう」
(これは先ほど私が皆さんに読み上げたメッセージです。)

 そして私は日本に到着しました。私は皆さんのほとんどと会いました、私の愛する友人トランペッター、わが良き使徒を除いては。あなたがた皆は、私が驚いたと考えました。しかし実際のところ、私は起こったことをあらかじめ知っていたのです。私に対する陰謀がありました。そして私はそのことに関するメッセージを、あなたがたに読み上げようと思います。あなたがたは何人かで、私が正しい道を離れてしまったということを、私に説得することができると考えてきました。なぜなら私はいまだにブレ神父を支持しているからです。またあなたがたは、司教たちを味方につけることによって、私を、そして人々を、納得させることができるだろうと考えました。聖母は私に『陰謀があります』とおっしゃいました。聖母はこのことを13日に私に告げられました。ロゼットとトランペッターが影の首謀者です。バターを切るナイフのように私はこの計画を見通しました。聖母が私に告げられたすべてのことは実現しました。私はあなたがたの心と意図を読むことができました。『リトル・ペブル』は突然二次的なゲストとなりました。導き、そして教えるために遣わされた人物ではなく。私は昨年以来、ロゼットに警告してきました。彼女は彼女のメッセージをトランペッターによって確認することをもはや許されてはいないと。なぜでしょうか。なぜならトランペッターは天に背いたからであり、他の幻視者たちも背いたからです。
 突然、教会についてのあらゆる話が焦点に入ってきました。司教たちから、司祭たちから、そして幻視者たちから、プロモーターやワーカーたちから。

 「合法的な権威への従順」
 「十戒に従うこと」
 「平信徒が教会を運営していると思っている」

 これは、私たちの二人の司教たちの講話において語られた言葉です。非常に巧妙に計画されています。 『平信徒?』  彼らが誰について言及していると皆さんは思っているのですか? 『リトル・ペブル』です。なぜなら彼らは、彼が法を破っていると考えているからです。それゆえ、それは周到に準備されたのです。そうです、あなたがたが思っていたよりも。顔の微笑はあなたがた自身の心の内を暴露しています。そしてあなたがたの心の中で、あなたがたは幻視者の頭としての私の地位をもはや受け入れることはしないと私に示すこと決意していました。その役割は神によって私に与えられたものです、勧告と援助をなすために。すべての幻視者たち自身が、この指示を受け取りました。あなたがたの何人かはそのことをごまかして、そして『リトル・ペブル』のメッセージをチェックしなければならないとさえ言いました。そのようなことは、私のミッションの過去十年間においてほとんど起こらなかったことです。
 私は今回機会を得ています。幻視者の何人かに静かに紳士的に話すための。ほとんどの間、あなたがたは私を避けていましたが。私があなたがたに話しているすべてのことと、ギルバートからの手紙に書かれていることはずっと明らかでした。それは私にとって開かれた本のようなものでした。このようなことは私のミッションの過去十年間においてこれまでに起こったことはありません。
 さて、あなたがたは、トーマスが私の知らないうちに司祭に叙階されることを望んでいたのですね。私が知らないとでも思っているのですか。私が盲目で何が起こっているのか知らないとあなたがたは考えているのですか。『リトル・ペブル』が来る前に、あるいはその後に、次のように言いながら。『彼が行ってしまうまで待とう、なぜなら彼はそれに反対するだろうから』 もちろん私はそれに反対するつもりです。あなたがたがそのようなことを進めれば、私がそれに反対するであろうということをあなたがたは知っていました。あなたがたは合法的な経緯について語りました。ここにいない我が愛する大司教アタナシウスへのしかるべき敬意とともに。しかし彼はこのことのコピーを受け取ることになるでしょう。
 いったいどうして正教の主教がローマ・カトリック信徒を叙階することができるのですか? まず第一に、それは非合法です。それが第一のことです。それは教会の法律に反しています。それでもなお、それは有効な叙階ではあるでしょうが、アタナシウス大司教にとって問題を引き起こすことでしょう。とりわけ今、彼はローマ・カトリック教会に帰正するための努力を行っているところだからです。そしてそれは、ミッションにとっての大問題となるでしょう。なぜなら我々がセクトを形成しつつあると、彼らは本当に言うことができるようになるからです。なぜならそれは教会の教えに反しているからです。そしてまた野口神父が司教にされなければならないという、おそらくは預言(もし私が間違っていたら訂正してください)と考えられるものに対して考慮がなされた場合でも。私が彼を知ってからずっと愛してきた野口神父へのしかるべき敬意とともに言えば、彼は日本における私の最も偉大な支持者の一人であり続けてきました。彼は不従順のためにカナダを離れました。私達は皆弱いものです。私たちが誰であろうとも、いかなる他の理由によってでもなく。そのことは野口神父の善性を取り去ることはありません。しかし弱い瞬間において、彼は天に背いたのです。なぜなら彼は今ここにいるべきではないからです。しかし、しばらくの間は、彼はなすべき多くの仕事を持っています。なぜなら私は善良で聖なる司祭としての彼を信じているからです。そのことは変わっていません。そして彼に対する私の敬意も変わっていません。しかし、その事は、不従順があったという事実を変えることはありません。他の数多くの幻視者たちに起こってきたように。そういうわけで、どうして私たちは同時に司教となろうとする司祭の聖別を考慮したりすることができるのでしょうか。それはばかげています。矛盾です。
 束になることによってあなたがたは強さを得たと考えています。枢機卿団のゆえに教皇は力を持っているとあなたがたは考えているのですか。反論は非常に明確です。なぜなら、あなたがたは、それをあなたがたが語ってきたすべてのことによって非常に明確に示したからです。あなたがたはブレ神父と私が、彼と強く一致していることを受け入れていません。そして私が『ソーンブッシュ』の確認を受け入れていることを受け入れていません。このことはあなたがたのしゃくにさわっています。なぜなら私はあなたがたをほったらかしにしていると、あなたがたは信じているからです。そのようなことを私はしていません。個人的にあなたがたがブレ神父についてどのように考えようともかかわりなく、彼は選ばれた司祭です。彼は選ばれた使徒です。彼は聖なる者であり、私と一致し続けるでしょう。そして私は彼とともに働くでしょう。覚えていてください、私たちはみな人間的な欠点を持っています。このことは天のミッションから何も取り去らないのです。信仰の強さのゆえに神はブレ神父を選ばれました。同じ理由で聖パウロが選ばれたように。彼が聖ペトロの脇腹の棘(とげ)であったとしても。神のミッションは彼ら両者を通して成し遂げられたのです。そして感情は脇におかれなければなりません。真理のみが従われなければなりません。私はブレ神父と『ソーンブッシュ』によって影響されてしまったと、あなたがたは感じています。実りはそれとは逆のことを示しています。ここ何年かにわたって、あなたがた自身と同様に『ソーンブッシュ』から指示を受け取ってきた人々は、天に従っていません。そしてこの理由のために現在分裂が存在するのです。あなたがたがこれらの指示に従って生きていたならば、それらは『ソーンブッシュ』と私に独立に与えられたものですが、我々は強力な一体であったでしょう。あなたがたは、『ソーンブッシュ』と私との一致を嫉妬しています。聖母はこのことを啓示してこられました。彼女のみならず、別個に私に対しても。あなたがたは今や力を持っていると信じています。なぜならあなたがたは大勢いるからです。聖母は、残るのでは数ではなく、真理であるとおっしゃいました。
 聖母はこの会合を喜んではおられません。組織された計画も。なぜならそれは幻視者達や霊魂達を正し、助けるために立てられたのではなく、人々を安心させるためのものにすぎないからです。そしてこれはロゼットの拒絶、あるいは彼女がなしてきた素晴らしい仕事に対しての反対ではありません。そうではなく、この会合全体が計画された目的に対してです。そしてあなたがたは幻視者、司祭、そして善良な人々として、私たちがこのホールにおいて公の会合を持つならば、それは何と素晴らしい日になるだろうかと考えたのです。人々を安心させるような。それらの人々は来た時の状態と何も変わりなく、彼らの家に帰ろうとしています。あなたは日本に来なければならない、日本の素晴らしい人々に。あなたの素晴らしい人々、私達はあなたを愛しています! 私達はあなたを愛しています! そうです、私達はあなたを愛しています。しかし、その事は彼らを助けることにはなりません。なぜなら日本は混乱の内にあるからです。そしてこの会合や他の会合の目的は、この混乱を正す事だったのです。何も正されませんでした。何も! 人々との会合は何も告げませんでした。甘美な語りや背中のたたきあいは何ももたらしませんでした。神の愛についての会話。あらゆる教区の司祭達は、その事について毎日曜日話しています。その事は彼らを神へと向けさせているでしょうか。あなたがたの人生においてはそうではありません。人々は指導を、矯正を必要としているのです。彼らは教会がどこに向かおうとしているか、そしてなぜ教会は分裂しようとしているのか、そしてなぜ幻視者たちは混乱の内にあるのか、そしてなぜ人々の内にかくも多くの混乱があるのかを、知るための助けを必要としているのです。『神は彼らを愛している』と言う必要はないのです。我々はその事はよく知っています。しかし午後いっぱいの間の説教全体の間、なぜあなたがたは私が話すために最後まで待ったと考えますか? そして最後に何を私はあなたがたに告げたでしょうか? 最後に私は言いました。「水の上を歩きなさい。そしてもしあなたがたが疑いを抱くならば、あなたがたはどこに行くでしょうか。水の中へです」 そして、それがまさしく起こりつつあることなのです。そして聖母が13日に言われた事は次の通りです。『何年も前にトランペッターが受けたビジョンに耳を傾けなさい。そして彼は、空中を歩くことについての、そのメッセージを非常によく知っています』 そして彼はその上を歩きました。水の上を歩いたどれほど多くの人々がいたでしょうか。そうです、まさしくその通りです。そしてそれは何を意味するとあなたがたは考えますか。後になってあなたがたは理解することになるでしょう。
 それから13日になりました。あなたがたのほとんどは、事態を解明する事を望むよりも、私を避けました。あなたがたは非常にあいまいな態度をとりました。そして午後三時に出現が始まりました。最初のメッセージが与えられました。皆さんはおそらく、なぜリトル・ペブルがその時にメッセージを受けていないのか、いぶかしく思った事でしょう。非常に注意深く考えてください。あなたがたは理由を理解するでしょう。……この点の上に私が『印』を受け取った時、私はロゼットにうなずきました。そして彼女の手を打って言いました。『神の母はここにいらっしゃいます』 そこに聖母はいらっしゃいました。そしてそれから突然トランペッターがメッセージを受けました。それは私に対するメッセージでした。しかし聖母はそこにとどまられて私におっしゃいました。『静かにしていなさい』と。『あなたは話してはなりません。あなたは待ち、聞き、そして観察しなければなりません』 それゆえ私は一時間に渡ってそうしました。なぜ『バベルの塔』が見えたのだとあなたがたは思いますか。なぜならバベルはまさしく、起こった事だからです。バベル、混乱 − それがバベルの意味する事なのです。聖母はおっしゃいました。『静かにしていなさい。何も言ってはなりません。あとであなたに私は話すでしょう』 それゆえ私達の後ろにいる人々を一致させる代わりに、人々は混乱させられました。なぜなら彼らは、神の母からの指示を受け取らなかったからです。なぜでしょうか。なぜなら皆は自分自身のためのメッセージを受け取っていたからです。人々のためではなく。なぜならそれは公の出現だからです。それは屋内ではありません。それは私達の間のことではありません。公の出現である時は、それは人々に対する公のメッセージです。書き取られるものであろうと、あるいは口頭のものであろうとも。
 そうです、神は皆に同時に語ることがおできになります。そして神はそうして来られましたし、そうなさっています。私は知っています。後で私はあなたがた皆にちょっとした示唆を与えました。なぜなら私は、あなたがたがやろうとしていることを見てみたかったからです。するとあなたがたは非常に素早くアンドリューやその他の人々のもとに駆けよりました。『リトル・ペブルが言ったことをあなたは理解しましたか? 彼は私たちがメッセージを受けなかったと言っている!』 あなたがたはまさしくそこにいました。しかし最後まで言わせてください。私が話を終えた後であなたがたは私に話すことができます。
 メッセージが与えられなかった理由は、それらを与えていたのは聖母ではなかったからです。何人かを除いては。なぜなら聖母はある事を私達に教えておられたからです。聖母は以前にファチマで、そしてナウラで同じ事を教えられました。私達はこれと非常によく似た二つの経験をしています。あなたがたが善良な人々ではないという事ではありません。あなたがたは聖なる人々です。悪魔は強力です。そしてこの点に関しては、それは悪魔ではなく意志の力だったのです。しかしながら聖母は確かに出現されました。そして聖母は私に黙っているようにおっしゃいました。そして突然、幻視者達はメッセージを受け始めたのです。全く同時に。そしてそれから『バベルの塔』が建てられました。そしてその塔の一番上に、その側面に私は『バベル(混乱)』を見ました。やってきた人々皆に全面的な混乱がありました。誰も何が起こっているのか知りませんでした。私は聖母に尋ねました。『何が起こっているのですか、お母様? 何が起こっているのですか? どうか説明して下さい!』 聖母はおっしゃいました。『これは、私があなたと共にいるという事を示すための、あなたへの印です』 なぜならこれらのメッセージは、全てが天からのものというわけではなかったからです。そしてむしろ関係者に混乱を引き起こしました。神は決して混乱を作り出しません。なぜなら神は秩序をもった方であるからです。
 もちろん、すべての幻視者たちはこのことに気付いていませんでした。彼らはこれは素晴らしいと思っていました。どのようにしてこのようなことが可能なのか、あなたがたは自問するかもしれません。聖母はおっしゃいました。『ファチマを思い出しなさい!』 ファチマにいたあなたがたのうちの何人かは思い出すかもしれません。もちろん私はこのことを知っていました。そして幻視者たちの何人かもファチマについて知っていました。では今回は何なのかとあなたがたは尋ねるかもしれません。聖母は私に、耳を傾け、観察しつづけるようにおっしゃいました。それで私が耳を傾け、観察していると私は聞きました。『教会に従え!』 私が再建しているということは可能でしょうか、あるいは私が新しい教会を作っているということは可能でしょうか。そうだとしても私はあなたがたに耳を傾けています。
 私が話しているのは神秘的教会、神秘家たちの教会についてです。どれほど多くの聖人たちが神秘的教会、神秘家たちの教会について話してきたが、あなたがたは知っていますか? あなたがたはそれらを私に引用して欲しいですか。神秘的教会、それはカトリック教会とは別の教会ではなく、同じ教会なのです。私たちが新しい教会について話すとき、私たちはローマ・カトリック教会とは別の教会について話しているのでしょうか? 違います。再生された教会、復活した教会について話しているのです。あなたがたと私はその復活の中に入る予定なのです。
 聖母はそれから私に事態を説明なさっておっしゃいました。『息子よ、今あなたに起こっている事は、聖職者達と、キリストの代理者との間で起こっている事なのです。陰謀です』 ここから私たちはどこに行くのでしょうか。あなたがたは私と共にいるか、私に刃向かうかのいずれかです。私はアンドリューが、私の愛するアンドリューが、ビザンチン典礼に改宗したという事さえも公の会合で耳にしました。私は彼がカトリックであるビザンチン東方典礼という言葉を使わなかったのに気づきました。なぜでしょうか。彼がその事を言わなかったならば、人々はそれが東方カトリック教会だと信じるであろうからです。しかしそれは東方正教会なのです。私の愛する兄弟が、正教会に加わることは教会法に反しており、教会の教えに反しています。もしそうでないのであれば、なぜアタナシウス大主教はローマ・カトリック教会に帰正しようと努力しているのでしょうか。正教会とローマ・カトリック教会は二つの別の教会です。それらはまだ一致していません。もしアンドリューが大主教アタナシウスのもとに東方正教会に入ったのであれば、彼はもはやローマ・カトリック信徒ではありません。いかなる状況の下でも彼はそのようなことをなすことは許されていません。あらゆる人々の前での公の場において、そのような事を言うのはミッションにとって非常に危険な状況です。それ自体で、それはこのミッションにおける分裂を引き起こしうるのです。そしてその事はアタナシウス大主教への敬意の欠如ではありません。なぜなら私はあなたがたが彼を愛しているように、彼を愛しているからです。そして私は、彼が私を愛している事を知っています。この事も彼に伝えられるでしょう。様々な能力、さまざまな仕方において、あなたがたがしてきたのと同様に私もアタナシウス大主教と協力しています。しかし私は、私の立場を理解していなければならないことを知っています。そうでなければ、なぜ私はまだ司祭に叙階されていないのか、あなたがたはどう考えているのですか? 私は司祭になることも可能でした。私はすでに四人の司教たちによって司祭叙階を申し出て来られています。四人の司教たちです。ローマ・カトリック司教によってさえも。そして私は言ってきました。『だめです』 なぜでしょうか。なぜなら聖母が次のようにおっしゃったからです。『だめです。ローマを待ちなさい』 それで私は待っているのです。そしてアンドリューも待たなければならないのです。そして他の皆についても同様です。あなたがたは待たなければならないのです。大主教が全面的に公式にローマと一致したときには、私たちはそれをなすことができます。なぜなら、そうなればそれは公式のラインからのものになるからです。
 さて今私たちは真の教会について議論しているのではありません。あるいは有効性について。アンドリューの叙階も有効です。しかしそれは非合法なのです。なぜならそれは正教のものだからです。もしそれが大主教によってなされたのであれば。
 では今何が起こっているのでしょうか。今日15日は秩序だっていました。私達は出現場所で秩序だった一日を持ちました。全ての幻視者達はメッセージを受けました。あるいは少なくとも彼らのほとんどが。彼らのうちの三人は、今私が話している事さえも受けました。その一部分を。そして私は何も言っていなかったのです。
 私は昨日の朝ロゼットに話しました。私は愛徳のある仕方で彼女を非難しました。そして私がここに書いた事全てを彼女に告げました。そして陰で進行していた事を。私は到着した日にその一部分を既に彼女に告げていました。私はあなたがたの内の何人かにその一部を語っています。ロゼット、フランツ、そしてポールは私が既に話した事についての幾らかの照らしを昨日受け取りました。全体についてではなく、その一部についてです。しかし13日にある重大なことが起こりました。フランツは13日に真のメッセージを受け取りました。ロゼットも受け取りました。そのことを私は知っています。他の人々については、私は知りません。なぜなら聖母は私におっしゃっていないからです。聖母はただ、すべてが天からのものというわけではないとだけおっしゃいました。また別の日に尋ねることがおそらくできるでしょう。
 しかし、メッセージのいくつかにおいて、もしあなたがたが注意深く耳を傾けるならば、それは彼らが従うことを指示しています。大司教に言及しながら。そして基本的に次のように言っています。『注意しなさい、リトル・ペブルに従って進んではなりません』ということを、非常に非常に明らかな仕方で述べています。後になってあなたがたが、あなたがたのメッセージを読んだときに、私が今言っていることをあなたがたは理解するでしょう。なぜなら私はあなたがたに、ソーンブッシュが私とは別個に受けた他のメッセージのいくらかを読み上げようとしているからです。私はロゼットに対して明確に語ってきました。なぜならそれは私が言っていることを確認しているからです。なぜなら昨日、聖母は彼女に、起こったことのいくつかについて啓示されたからです。彼女はもちろんショックを受けました。ポールと同様に。私はすでにここに書いていることをあなたがたに述べるだけです。13日に何かがおかしくなったことは非常に明白です。そして15日はそれを正しました。語られたことは全ての人にあてはまるわけではありません。しかし、いくらかの人々に対してです。そして皆はこのことを知っておくべきです。もしあなたがたが、あなたがたの内心に目を向けるならば、あなたがたはそのこと理解するであろうということを私は確信しています。
 あらかじめ何の知識もなく『ソーンブッシュ』が受け取った答えを、私はあなたがたに読み聞かせたいと思います。なぜなら私は13日に同じ指示を受け取っていたからです。彼女はそれを確認し、私が受け取ったことを再確認しました。アンドリューはすでに過去24時間において、あなたがたの何人かに対して声を挙げています。複数のメッセージが与えられてきていると。以前の時において皆が同時にそれを発言している。そして私は出席しているのだから知っているべきであると。私はそのことに異論があります。しかしそれはアンドリューに対する私の言葉です。もし幻視者たちがひとつの場所において個々のメッセージを同時に受けるのであれば、あるいは同じメッセージを同時に受けるのであれば、彼らはそれを大声で話すべきではないのです。このことは出席している人々混乱させるでしょうから。私はもう一度言います。13日に起こったすべてのことは神からのものではありませんでした。15日に起こったことは神からのものだったのです。
 では私たちはどこへ行こうとしているのでしょうか。あなたがたは私との一致のうちにとどまるのでしょうか。そしてチームとして共に働くのでしょうか。もしそうであれば、どうやって? もしそうでないならば、あなたがたと私は光が与えられるまで分裂することになるでしょう。しかし一つのことを覚えておいてください。もしあなたがたが分離すること決心するのであれば、最終的にはあなたがたは真の教会の一部として私に一致することを必要とするようになるであろうということです。もしあなたがたが私との一致のうちにとどまるのであれば、ここ最近の日々において起こったことが繰り返されることを私は決して望みません。なぜならもし私たちがとどまろうとするのであるならば、どのようにして私たちはともに協力することができるのでしょうか。私はあなたがたを自由なままにしておきます。私はあなたがたを愛しています。そして常にあなたがたを愛してきました。しかしよく覚えておいてください。もしあなたがたが私とともに一致のうちにとどまるのであれば、あなたがたはブレ神父とも一致しなければなりません。あなたがたの個人的感情にかかわりなく。そして明白で正確な指示のもとに秩序だった仕方で協力し行動しましょう。そして私たちがどのように働くかについてのレイアウトとともに。以上の言葉をもって私は終えることにしましょう。そして私はあなたがたに『私はあなたがたを愛している』と告げて終わることにしたいと思います。そして私はイエズスとマリアがあなたがたを祝福してくださるように求めます。そして私はあなたがたの友人として神の従順な下僕であり続けます。
 以下に示すメッセージは、1994年8月13日に受けとられたすべてのメッセージについて、聖母によって『ソーンブッシュ』に与えられたものです。
聖母: 「わが愛する小さな『岩』よ。私はあなたに、この日に受け取られたメッセージは、そのほとんどが真実のものではないということを知ることを望みます。わが最も聖なるロザリオの『小さなさすらい人』は真のメッセージをを受けました。なぜなら彼の心は開かれており、真実のものだったからです。また彼は多くのことを学んでいます。そしてわが子フランツは神の真の御旨を成し遂げることを望んでいます。あなたもまた真のメッセージを受けました、わが『リトル・ペブル』よ。しかし私はすでにこのことをあなたに告げました」

 あなたがたにこれらのメッセージを読み聞かせるべきかどうか、私は聖母にお尋ねしました。
聖母: 「そうです、わが小さな息子よ、このことは私の望みです。しかしながら、私はメッセージを読むかどうかをあなたの決定にゆだねることにします。しかし、あなたは、あなたがそれらを読むことは良いことであるということを知る必要があります。わが子供たちが、あなたが何も隠していないということを知るために、そしてあなたが率直で真実であるということを知るために」

 そして私はアンドリューについて聖母にお尋ねしました。彼の言うところによれば、東方正教に加わることについて彼が語った事実について。
聖母: 「わが汚れなき御心の中に愛されたわが『岩』よ。神の目においては、そして真の教会の目においては、わがトランペッターはもはやローマ・カトリック教会の中にはいないということをあなたは知る必要があります。彼は外にいます。わがトランペッターは、両方の典礼は一つになるであろうと信じています。しかしこの解決はビザンチン典礼において与えられてきているものではないのです。これは有効です。しかし真のローマ・カトリック教会の中にはないのです。なぜなら彼はローマ・カトリックの司教によって叙階されるべきであったからです」

 私は二人の司教様方がなした講話について聖母にお尋ねしました。なぜなら両方の講話とも、私に反対するものであるという事実を私はすでに感じ取っていたからです。聖母はお答えになりました。
聖母: 「そうです、わが『リトル・ペブル』よ。それはあなたに対するものです。あなたは、これがあなたに示されてきた道であると信じています」

あなたがたが見聞きしたことは驚くべきものです。
聖母: 「あなたは知る必要があります、わが小さな『ヨハネ』。わが子供たちの多くが受け取った『メッセージ』によって、彼らは真理を見ることから目をくらまされてしまってきているということを。メッセージの多くは天からのものではありません。それらは彼らの人間的な感情や理解からのものです。邪悪な者は、わが子供たちの多くを盲目にするためにこれを利用しているのです。そしてまた彼らはこのようにして『リトル・ペブル』を助けることができるのだと信じ込まされてきています。現実においては不従順によって彼らは彼に対立しているにもかかわらず。私はわが小さな『岩』とともにあり続けます。そして私は彼を強いままに保つでしょう。彼がわが子供たちの動向を観察すること、そして彼がすべての人間的感情を脇において、率直かつ真実であり続けることは非常に重要です」

 私は聖母に、私が見聞きしていることや私の周囲で起こっていることについてお尋ねしました。
聖母: 「わが小さな『岩』、わが汚れなき御心のペトロ。私はあなたに次のことを知ってほしいと思います。あなたが悟ったことは真実です。なぜならわが子供たちの多くは、本当に深く、わが『ソーンブッシュ』が、わが選ばれた司祭なる息子『リトル・ヨハネ』によって影響を受けていると信じており、彼らはもはや『ソーンブッシュ』とわが『リトル・ペブル』に対する信頼を持ってはいないからです。神の目においては、数はほとんど意味を持ちません。残るのは真理であって、数ではないでしょう。……『わが小さな岩』よ。あなたが感じ取ったことは本当です。あなたはわが子供たちの心を見てきました。準備された仕方において準備された会合は、天からのものではなく、これは天の真の御旨ではないということを、私はあなたに知ってほしいと思います。この会合が天からのものではないという印が与えられるでしょう。真の教会の真の教えに対する従順がない限り、会合そのものからはいかなるよい果実も生み出されることはないでしょう。この会合は、現状においては、さらなる混乱と分裂を生み出すだけでしょう。私はわが子供たちを見守っており、そして待っています。……わが愛する小さな岩、私はあなたにファチマであなたに起こったことをよく考えてほしいと思います。わが小さな息子よ。あなたは多くのことを理解するでしょう。そして同時にあなたは学んでいます。この時においてあなたは我が愛する巡礼の教皇に非常に近いのです。なぜなら彼は聖職者たちとの間に同様の経験をしているからです」

 それで私は13日のことについてもう一度聖母にお尋ねしました。
聖母: 「わが『リトル・ペブル』よ。私があなたに語ったことは真実であるということをあなたは知らなければなりません。わが子供たちによって受け取られたメッセージは人間的感情と解釈によって作り出されたものでした。わが愛する『岩』、わが汚れなき御心において真実なものよ。そうです、この計画された会合はあなたに対する陰謀であり、またそれは私たちの選ばれた柱たち、あなたと私たちの『小さなヨハネ』を分裂させるためのものであるということを、あなたは知る必要があります。なぜなら多くの誤解、誤った解釈、嫉妬があるからです。そして分裂や混乱ではなく、ミッションが前進し良い実を結ぶのを助けるために与えられてきている真の指導の受け入れの欠如が。……わが『リトル・ペブル』よ。あなたが常に指示を受けることは非常に重要です。そして人間的感情によって存在している罠を意識していることは。私は導き続けるでしょう。そしてあなたは私たちの子供たちの心の中を見続けるでしょう。何が彼らの真の動機であるかを。平安でありつづけなさい、わが小さな息子よ。なぜなら私は常にあなたとともにいるからです。私は汚れなき御心によってあなたを祝福します」

 そして13日に『ソーンブッシュ』にメッセージが与えられました。私は皆さんにこのメッセージの一部を読みます。
聖母: 「わが親愛なる子供たちよ、あなた方がまだ理解していない数多くのことがあります。これらのことを捧げ、そして忍耐強くありなさい。なぜなら天の選ばれた共同体は存在するようになるでしょうから。しかし信仰と真の従順と信頼によってのみ、彼らは忍耐し続けるでしょう。彼らは不可謬ではないのです。しかし彼らは私たちの子供たちにとっての希望なのです。……わが愛の『リトル・ペブル』、わが汚れなき御心の『岩』、そしてわが愛する『ペトロ』は一つに一致しています。そして教会の中において分裂があるのとちょうど同じように、神秘的教会の中においても分裂があります。両者が非常に苦しんでいるのはこのためです。彼らのために祈り、彼らを支援しなさい。あなたの言葉によってのみならず、わが親愛なる子供たちよ、具体的な事実によっても。」

預言的な夢: これは公のメッセージです。そして私は最後の部分にやってきました。それは非常に短いものです。昨夜私は夢を見ました。そして私は叫びながら目を覚ましました。私は今朝、聖母に『ソーンブッシュ』を通して、この夢は何を意味するのかをお尋ねしました。聖母はそれが預言的な夢であったこと確認されました。そして聖母はおっしゃいました。『あなたすでに答えを知っています』 私は答えを知っていると信じています。それは私たちに関するものです。そしてそれはこの四日間の時期にかかわっています。私はその夢を皆さんに説明しましょう。
 最初私は自分自身が救急車の中にいるのに気づきました。胴体にけがをしていました。そして病院から出てきた後、私はその中に入ってまた出てきたのです。私は再び癒されました。私は家に帰り、とても回復した状態で家に帰りました。家に入る前に、その外に私は老人の一群たちが争いあっているのを目にしました。私はそれがなぜかはわかりませんでした。私はそのけんかに巻き込まれたくなかったので、私の家の方に立ち去りました。私は家に入りました。それは空でした。およそ4歳ぐらいの小さな黒い女の子を除いては。その子は毛布にくるまれて床に寝ていました。子は泣いていました。私は毛布を広げて見ました。そして驚いた事に、その子が大けがをしているのを私は目にしました。内臓全体がむき出しになっており、小さな針金がそれを支えていました。私は直ちにその子を腕に持ち上げて泣きました。私はその子をとてもきつく愛情を込めて抱擁しました。その小さな腕は私の首の回りに置かれました。そして子供は泣きやみました。そして微笑み、満足したように見えました。私は狂ったように私の家族を探しました。そして突然私は私の子供たち全員を見ました。私はこの小さな黒人の子を子供たちとともに残しました。そしてその子は幸せでした。この子を病院に連れていくための方法を探さなければならないということを私は知っていました。そしてそれから私は私の母を見ました。彼女はおよそ二年前に死んでいます。彼女はなぜ私がこの子を連れてきたのか、いぶかしく思っていました。私は彼女を抱擁し、そして泣きました。なぜなら私の母は死んでいたからです。そして私は再び彼女に会えたからです。私はわが子供たちを見てそして泣きました。なぜなら彼らは、とても長い間私と離ればなれになっていたからです。そして医者がやってきて、彼がその子の面倒みると言いました。そして私に感謝しました。彼らはこの子を助けたことに対して私にお金を払おうとしました。そして私はいいえと断りました。しかしいったんこの子がいやされると、私はこの子を私自身のものとしてほしくなりました。私はその子に目を向けました。そしてもう一度彼女を抱きしめました。そして彼女は私から離れることを望みませんでしたが、医者とともに行ってしまいました。
 この夢から目覚めたとき、それは朝の5時半ごろでしたが、私は泣いていました。夢から目覚めたとき私は泣いていました。それから私の心の中に閃光のように、非常に強く突然それは私によみがえってきました。私は私自身の子供達のことを考えました。どれほど彼らを懐かしく思っているか。彼らとかくも長い間、離れ離れになって、どれほど彼らに私の回りにいてほしいと思っているか。私はわが小さな者たちについて話しているのです。私はまた泣き始めました。そして私は思いました。ここにはこう言っている私の友人達がいる。『彼は彼の妻を残して十戒を破り、他の女と楽しんでいる』 しかし私は自問しました。なぜ彼らはこのような事を考える事ができるのかと。わが小さな者達と別れて、いかに私が心の内で苦しんでいるかを彼らが知ることができさえすれば。神の御旨をなすために、いかに私は彼らを脇に置かなければならなかった事か。何という苦痛! 何という苦痛であるかを彼らが知ることができさえすれば。しかし彼らは罪と誘惑しか見ないのです。もし彼らが自分自身の子供たちを持っていたならば、彼らはわかるでしょう。それから恐らくルワンダの子供たちのうちに。そして私が私の腕に抱いたこの子のうちに、私はこの夢と幻視者たちとの類似を見ました。ここには老人たちがいます。飢えてはいますが。食料と、力を求めて争いあっています。しかし彼らの真ん中で子供たちは死んでいるのです。援助は到来しています。しかし、権力者たちは、だれが食糧を提供すべきかについて争いあっているのです! 私にとって、提供者たちは法律の字句について争いあっている権威者、教会です。法律の字句について争いあっている。幻視者たちはルワンダの有力者たちです。しかし彼らの間で争いあっています。小さな者たちが死んでいる一方で。これらのことを考えながら私は激しく泣きました。なぜならそれは私の友人たち、幻視者たちのことを私に思い出させたからです。私が言うことをあなたがたが信じようと信じまいと、それはあなたがたの手にゆだねられています。あなたがたが私の動機や私の思いを理解しようとすまいと、それもまたあなたがたの手のうちにあります。私は今そのことをあなたがたに告げます。しかし私はもう一度最後の言葉を見ました。『あなたがたは私と共にいるか、私に刃向かうかのどちらかです。もしあなたがたが今日、私から別れるならば、私は次のように言うことができるだけです。どうか私のために祈ってください』
 私たちは神の光が私たちの心を再び照らすまで分かれたままになるでしょう。私が間違った道を歩んでいるのか、それともそうでないのか、あなたがたがどのように考えようと、あなたがたが私を愛していることを私は知っています。私はそのことを知っています。そしてあなたがたは私も神と真理の道を歩むことを望んでいるということを知っています。そうでなければあなたがたはここにいないでしょう。私はそのことを知っています。しかし私はそのことについて話しているのではありません。私は神の道を歩いており、そして神の恩寵によって常に従ってきたし、また従い続けるであろうということを話しているのです。なぜなら神はあらゆる幻視者たちを通して、『リトル・ペブル』は幻視者たちを導くために選ばれた者であるということを語って来られたからです。そして彼に従うようにと。なぜならもしあなたがたが彼に従うならば、あなたがたはまた聖母に従うことになるからです。私は他のいかなる人とも同様に、人間的なレベルで過ちを犯すことがあります。その通りです。しかし、私たちが神秘家、司祭、神に愛された者として、霊的な神の教会であるという事実に関しては、私たちはなお導かれる必要があるのです。そして私は、私がキリストの代理者なるまで導かれ続けるであろうということ、そしてそうなればすべての問題は終わるであろうということを信じています。
 私はあなたがたが来て下さった事に感謝します。私に関する限り、あなたがたの何人かはここにいるべきではなかったとしても。それでもなお私はあなたがたがここにいる事を喜んでいます。私は決してあなたがたを拒絶しないでしょう。なぜなら私はあなたがたをわが兄弟姉妹たちとして愛しているからです。しかし私達が分裂のうちに別れるならば、私達は当面のところ別れるだけです。なぜならきたる年月において私達は再び一緒になるでしょうから。キリストの代理者は、今ここで起こった全てのことを全面的にご存じです。彼はまたラヴニールで起こっている事について、そして共同体や他の場所で起こっている事についても全面的にご存じです。彼は私達の弱さと強さを全面的にご存じです。しかし彼は私達の力となるでしょう。なぜなら私たちの聖母のミッションが、私たちの皆を通していつの日にか認められるのは彼によってだからです。私によってではなく、彼によってです。
 私は皆さんに感謝します。そして聞いてくださったことに対して神があなたがたを祝福してくださいますように。」
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【 対話 − 質問と答え 】

 同じ日(1994年8月16日)に、私たちはさらに対話しました。そして以下は、私たちがテープに記録した質問と回答の一部です。

リトル・ペブル: 私が皆さんに尋ねたいのは、「ここで私達は何をしようとしているのか? 私達は何をしようとしているのか?」という事です。私達はいくつかの意見の不一致を持っているかもしれません。明らかにいくつかの深刻な意見の不一致があります。そうでなければ私達はここにはいなかったでしょう。私はあなたがたのほとんどが、何らかの仕方でブレ神父と紛争中であるということ知っています。私はそのことを理解しています。それはほとんど反対となっていますが、しかし現実はいまだに同じままなのです。時として私達は、人の様々な弱さを受け入れなければならないのです。それらが何であろうとも。そして神が私たちに与えられた目標に向かって働かなければならないのです。私たちは同じ目的をもってゴールに向かっています。そしてそれは私達自身の霊魂のみならず、可能な限りすべての人の霊魂も救うことです。私たちが見たこと、聞いたこと、広がっている噂のために、多くの考えや多くの想定があることを私は知っています。私たちはうわさ話を続けることはできません。そして時として、私たちは私たちの目で現実に見ることについていくことができないのです。あるいは私たちの耳で聞くことでさえも。私たちはうわさ話に基づいて判断してはならないのです。そして時として、私達は自分の目で見たことや、あるいは、自分の耳で聞いたことによっても判断してはならないことがあるのです。一方の側だけに立つのは不十分なのです。あなたはもう一方の側も同じように必要とするのです。あるいは他の多くの考えや表現を。

ギルバート: あなたはブレ神父について言及しました。彼が権威を持っているかどうかに関して。

リトル・ペブル: ブレ神父は何も特別な権威を持っていません。彼は一人の神秘家の霊的指導者です。一つの修道会の創立者です。他の幻視者たちのカウンセラーです。単に「ソーンブッシュ」のみならず。そして彼は使徒です。十二人のうちの一人です。しかし要点は次のことです。私は彼とともに働くことができます。私があなたがたとともに働くことができるように。単純に、そして率直に。しかし、ここにいる人々のほとんどは、彼とかかわり合い、あるいはかかわり合ってきて、なお彼と協力することができない人々なのです。要するにそういうことなのです。彼と協力することができない。それは性格的な問題なのです。私はそれを理解しています。ある人やまた他の人、あるいは何についてであれ、いかに悪い感情を抱いていようとも、人間的要素は脇に置かれなければなりません。このことをよく考えてください。あなたがたのほとんどはいま、あなたがた自身の小さな世界にいます。一般的に言って。どこであれ、あなたがた自身の小さな隅っこに。
 私は私自身の小さな世界の中にいるのではありません。私は文字通り、毎日何百人もの幻視者達と付き合っています。その事は変わっていません。私は日に一枚のファックスを受け取るだけではありません。私はおよそ40枚ほどを受け取るのです。私は何百もの手紙を受け取ります。アドバイスを求める幻視者達や、それらの幻視者達を通して私が主に指示されることを求める幻視者たちからです。いくつかの場合において、過去数日間において私がすでに言及してきたように、ほとんどの場合、私は幻視者達と面識すらありません。しかし彼らは私達の主によって告げられてきたのです。「リトル・ペブルに手紙を書きなさい!」 そしてこのことは過去三年間において起こってきたのです。その間、私は姦通の罪を犯していると考えられてきました! 「『リトル・ペブル』に手紙を書きなさい。なぜなら彼はあなたを指導するであろうから」 私は私に為しうることをなします。私はあなたがたの多くと関わりを持っているという事実のために、私はあなたがたの癖や強さや弱さを知るようになりました。そしてあなたがたも私のそれらを知るようになっているでしょう。いいですか、まず第一に、私は行動するにあたって非常に慎重です。あなたがたのほとんどはそのことについて文句を言っています。私は行動するのが非常に遅いです。なぜなら、私は私の時を待っているからです。そしてもう一つの問題は、私はあまりにも多くのなすべきことを持っているということです。しかし実情はこの通りです。私は、状況のよりよい全体像を得た主題について、行動するために時間をとるからです。またあなたがたの誰とも同じように、私があなたがたと連絡を取るときは、私は物語の一部分を入手します。ここやそこや至る所で。そして私は状況がどのように展開しているかについてのイメージを形成するわけです。
 さて、私は恐らく皆さんの誰よりもブレ神父と協力してきました。私はほとんど毎日彼と協力して働いています。私たちは修道会を設立しました。今、ブレ神父は私よりもより多くのことを知っています。第一に、修道会のことについて。私は平信徒です。ですから私は彼の勧告を求めます。聖母が私にそうするようにおっしゃってこられました。だから私はそうしています。しかしなぜ聖母は最近になって初めて私におっしゃったのでしょうか。なぜ私がこの修道会を運営しようと躍起になって奮闘してきた過去4年あるいは5年間の間にではなく? なぜなら当時はまだその時ではなかったからです! さて、神が私たちになすようにおっしゃっている多くの物事があります。そしてそれには時間がかかります。とりわけそれが非常に個人的なものであるときには。非常に特別で非常に困難なものであるときには。もしあなたがたの誰かが、私がやっていることをなすように求められたとしたならば、私はあなたがたならどのようにするのかと不思議に思います。
 私はブレ神父との間にいかなる問題も持ってはいません。そして私は「はい、ご主人様、いいえ、ご主人様、三つのバッグが一杯です!」というような人間ではありません。私はそのような人間ではありませんでした。そしてあなたがた皆はそのことを知っています。私は誰かを批判する時には十分にその前に時間をとります。そして常に神の母とともにチェックします。私のとるあらゆるステップを。もしそれが個人的なレベルの問題ならば、私がそれをなすであろう前に、何度も神の母とともに検討するでしょう。それゆえ、私はブレ神父について問題を持っていません。しかし彼が接触してきた皆、彼がかかわってきた皆は、彼との間に問題を持っています。それゆえ私は、常に、彼らをまとめようとするために中間にいるのです。ほとんどの場合において、彼はほとんどの人々の感情を逆なでしています。ほとんどの人々にとって、彼は傲慢であるように見え、そして彼独特の癖があると思われています。私は常にあなたがた二人、三人あるいは四人の間の道を滑らかにするために努力しています。そして時として私はどのようにして問題を解決したらいいのかわかりません。私は本当にわかりません。アタナシウス大主教はこのことを理解しています。なぜなら彼は私とともにそれを経験したからです。トランペッターや他の何人かの人々と。彼とブレ神父の間の困難に関して。そして、大主教の公の弁明の手紙は、周到に準備されたものであったとしても本当らしくは響かないのです。それは十分ではなかったのです。では、私たちが一緒にやっていくことのできない人々と、どうやって協力すればよいのか。彼らと協力するための唯一の方法は、愛徳によるものです。なぜならそれ以外の方法はないからです。それ以外に彼らと協力しあう方法を私は知りません。私は何度も発言を取り消さなければなりませんでした。時々私のために落とし穴を掘る、私自身の共同体にいる人々に対してさえも。しばしば私は、私の共同体にいるほとんどあらゆる人をこっぴどく酷評しなければなりませんでした。そしてそのようにすることは私にとって苦痛なことでした。私が何か言う場合には、長い長い時間がかかるのです。
 私は神父に対する「イエスマン」であったと、あなたがたは思うかもしれません。私はあなたがたの大部分よりも長くミッションのうちにいます。私は誰に対してもイエスマンであったことはありません。神の母に対してだけです。しかし私は非常に謙遜に待ち続けました。私がこの十年間において、どれほど多く裏切られてきたか、あなたがたは知っていますか? ナウラは「ゲッセマニ」と呼ばれています。聖母はそれをそのように呼ばれました。なぜなら多くの人々が私を裏切ってきたからです。私の最も親しい親友たちが、何度も何度も何度も私を裏切ってきました。私はそれを何度も見てきました。それは辛いことです。それはただ「リトル・ペブル」は座ったままそれについて何もしないせいだと彼らは言うのです。あなたがたは私に何をしてほしいのですか? あなたがたは私にどちらかの側についてほしいのですか? フランス人たちはこのことをすでに八年間にわたって行ってきました。そして彼らは何百回も分裂してきました。なぜでしょうか。なぜなら、ある幻視者は他の幻視者と対立し、そしてまた他の者はいうのです。「ウィリアム。なぜあなたは私を支持してくれないのですか?」 私が支持するものは真理です。少なくとも私はそう信じています。誰かが私を隅に連れていって言います。「ウィリアム。あそこにいるあいつがこういうことを私にしたんだ」 それは分かりますが、では、あなたがたはそれについて何をしてほしいというのですか? 例えば、ユニコーンとフランツ・ミューラーがお互いを嫌悪してきたということについて、あなたがたは知っているかどうか私は知りません。彼らは両者とも非常に聖なる、そして良い人々です。しかし彼らは文字通りお互いを嫌悪してきました。そしてトランペッターでさえそのことを証言するでしょう。今や彼らは両方とも私に対立しています。なぜなら私が一方を支持しようとしなかったからです。私は両者を支持しました。なぜなら彼らの両者は神の御旨をなすことに努めていたからです。しかしそのような敵意をアイロンがけして取り除くことは、このミッションの最も困難な一部でした。

トランペッター: そしてあんたは彼らにアイロンでやけどしてほしくないんだろう!

リトル・ペブル: してほしくありません! それは非常に困難だった。そしてブレ神父についても同様なのです。あなたが言おうとしていることは分かるが、どのようにあなたがそれを解決しようとしているのか私は知らない。私はいつも、使徒たち、弟子たちの行動を振り返ります。どのように彼らがお互いの喉をほとんど切るようなことをしてきたか。私は言いますが、それは本当のことなのです。彼らはお互いが好きではありませんでした。ではどのようにして私たちはそれを解決するのでしょうか。私はどのようにしてそれを解決したら良いのかは知りません。私はこれ以上幻視者たちとの付き合いにおいて、どのように物事を解決したらいいのかさえわかりません。なぜなら私たちは皆、違った指示を受け取っているということを私は知っているからです。そしていくつかのものは矛盾さえしています。そして状況はそのようになっているのです。それにどのように対処したらよいのでしょうか。私はあなたがたのために答えることはできません。なぜなら私には分からないからです。私に言えることは、ただ私たちは神の母に対して非常に注意深く耳を傾けなければならないということです。

トランペッター: そしてうわさ話に耳を傾けることをやめろ、と!

リトル・ペブル: うわさ話を忘れてください。それらを埋葬してください!

トランペッター: 我々はそれらをたくさん聞いている。

リトル・ペブル: そう、私も毎日それらを聞いている。それは風みたいなものです。あなたがたのうちの何人かに関する大きな問題はブレ神父です。なぜなら彼は、「ソーンブッシュ」のために私と非常に強い仕方で一致しているからです。なぜなら私は、ほとんど彼女を通して確認をとっているからです。そして正直に私は理由を言います。そして私はそれを「ソーンブッシュ」に言ってきました。私はそれを「トランペッター」に言ってきました。私はそれを私と共にいる皆に対して言ってきました。「ソーンブッシュ」が現れるまでは、私は幻視者から幻視者へとわたり歩かなければならなかったのです。確認やその他のことを求めるために。幻視者間の亀裂、彼らがどのようにメッセージを受け取っているかに関して、どのようにメッセージを解釈しているかに関して、その他のことについての亀裂を私が見始めるまで。そして私は聖母に申し上げました。「いつになったら、何かについてこれ以上確信を持つことができるのでしょうか?」
 聖母は、私の祈りを聞き入れて下さったに違いありません。なぜなら私はそのために十年間にわたって祈り続けてきたからです。私は私自身のために、私が受け取っているすべてのことが神からのものであるということを確認するために祈り続けてきました。ただ確認するために。なぜなら私は揺らぐことを望んでいなかったからです。そして私たちがやってきたことは数多くありました。そして私は数多くの幻視者たちに確認するよう告げました。少なくともあなたがたは何らかの確信を持っているでしょう。しかし、私自身を含めて、これまで決して誰にも起こったことのないあることが起こりました。そしてそれは聖母が他の誰にも与えたことのない「印」を「ソーンブッシュ」に与えられたことだったのです。その「印」は反駁しようのないものでした。そのことは、彼女が「印」を受け取るならば、彼女は誤ることがないということを意味するものです。もし彼女が「印」を受け取らないならば、彼女は誤ることがありえます。そしてそれは現に起こりました。二三度の機会において、私が聖母にあることを尋ねたときに、私は言いました。「それは意味をなしません!」 そして、聖母が私におっしゃったことで、回答がそのようなものであったのは、彼女が「印」を見なかったことによるものだということが判明しました。彼女はそれを求めさえしなかったのです。それで私はそれを彼女に送り返して言いました。「聖母はあなたが『印』を求めなかったとおっしゃいました。それが正しく思われないのはそのためです!」 そして彼女が聖母に再びお尋ねすると、それは正しかったのです。彼女はそうすべき時に「印」を求めなかったのです。
 さて、それはそれが不可謬であるということではありません。しかしそれを事実上「不可謬」のものにするための私達が従うべきいくつかのガイドラインがあります。それで私は私の確認に関してほとんど彼女に頼ってきたのです。なぜなら彼女は「印」を持っているからです。私は持っていませんでした。そして私が尋ねてきたのは彼女だけではありませんでした。私はトランペッター、フランツに尋ねてきました。私はクリスティーン、ジュリー、ポールにも尋ねてきました。時としてインマクラータやルチアにさえも。非常に特別なものである時には。非常に非常に深刻なものである時には。たとえソーンブッシュの答えが良いものであっても。そして私は同じ答えを受け取ってきたのです。同様に、13日に、聖母が私にバベルやその他の事についてお話しになり始めたとき、私は私の口をつぐんでいなければなりませんでした。私はほとんど窒息して死にそうでした。なぜならそれは私の霊魂を大変悩ませたからです。私は悩みました。それで私は私達の内にいない独立したソースに尋ねなければなりませんでした。そのような安全のために私が頼ることのできる唯一の独立したソースはソーンブッシュなのです。しかし困難が存在しているのは、まさにその点においてなのです。なぜなら私は自分自身に問わなければならないからです。「では、それは本当だろうか、それとも本当ではないのであろうか?」 なぜならブレ神父は彼女の聴罪司祭であり霊的指導者だからです。以前私があなたがたに告げたように、私は100%ブレ神父を支持します。そのことは、私が彼のなすあらゆることに同意するということを意味するのではありません!
 私はここに来る前に先週フランツに話しました。ブレ神父は私にあるものを送ってきて、私はそれに全面的に反対しました。私は彼に書き送りました。「それは正しくありません。それは正しくありません。私はそれを受け入れません」 彼はそれを変更しました。彼は私が求めた事を変更しました。しかし彼は私が言った事を快く思いませんでした。「私はそれを受け入れません」 彼が私に返事を書いてきた時、最初私に彼は言いました。「私が言った事をあなたが受け入れないと言った時、私は仰天しました」 私は答えました。「申し訳あません。ただ私はそれを受け入れません。以上です。しかしなぜそうなのかをあなたに話しましょう」 そしてそれから彼は理解し、同意しました。「そうですね、それはもっともです」 私は言いました。「さて今や私達は、あなたが、私達がなすべきこと理解したのですから、私達は進み続けることができます」 さて私達があらゆることについて同意しているわけではないという例は以上のとおりです。しかし私達は非常に強力に協力しています。過去十年間において、あなたがたのほとんどと非常に強力に私は協力してきました。しかし強力に協力してこなかった人達とは、それは時々だけでした。そして基本的にそれはそのように表現することができるだけです。私にはわかりませんが。
 ギルバート、あなたは何か言いたいことがありますか。

ギルバート: 私は主としてオブザーバーとしてここに来るように求められました。私が最近においてしてきたことのために、私もまたプロモーターであると私は強く感じています。私の手紙の中であなたがたが読んだように。そして私は、きわめて正当に、過去一年半において、ほとんど二年間にわたって、ブレ神父に対して最も近い人間の一人であったと思います。なぜなら私はしばしばそこにいたからであり、そして神父を十分によく知っているからです。そして、全くの摂理によって、……私は偶然の一致という言葉を使いません。なぜなら過去数週間において私は、私を当惑させるあまりにも多くのことを見てきましたから。……それゆえ摂理によって、いろいろな事が語られたときに、私は多くの機会においてその場にいました。そして私は基本的に、私が神父を知ってきた過去一年半において聞いたり見たりしてきたことの証人としてここにいます。そして私はこの時、私の前に置かれうる世界中の聖書によって誓いましょう。そして私は彼の正確な言葉を引用すべきでしょう。私は皆さんに、皆さんがたった今読んだ手紙の中の彼の言葉がどのようなものであったかを告げました。しかし彼の正確な言葉は次の通りです。「リトル・ペブルは何も知らない! 彼は単なる単純な銀行員だ」

リトル・ペブル: その通りです! 何の資本もない銀行員。

ギルバート: 彼がこれを私に告げたときに、彼の顔にはしかめ面がありました。彼は陰であなたを批判しているのです。私は言いますが、このことは非常に明白であり、そして私は愚かな人間ではありません。もし誰かがこのようなことを陰で私についてしゃべったとしたならば、私は彼らと関係を断つでしょう。

リトル・ペブル: 私はそうしません。なぜなら、なぜそうしなければならないのですか。それが第一のことでしょう。そしてなぜ彼がそのようなことを言ったのかにもよるでしょう。そして彼は正しいのです。私は非常に単純な人間です。

ギルバート: それはアタナシウス大主教が電話をしてきた5分後のことでした。そして私はあなたのために彼が弁明の電話をした時に再びそこにいました。あなたは彼にそうするように求めたのです。そして彼に撤回をなすように。そしてブレ神父は言いました。「アタナシウス大主教はカトリックでさえない!」 それゆえ私の質問はこうです。「もし天が、大主教を、彼の霊的指導者そしてあなたの指導者となるように選ばれたのであれば、なぜあなたは私たちに対して大主教が行ってきたこと、あるいは行っていることが不可能であるなどということを私たちに言うのか」ということです。

リトル・ペブル: 私たちが話しているのは全くそのことではありません。それを話しているのではありません。なぜなら私は大主教とも協力してきたのですが、実情は次の通りだからです。私が彼と協力できる事があり、またそうすることができない事もあるということです。例えば大主教はこれまで二回にわたって私に叙階を与えることを申し出てきました。そして次のようにさえ言ったのです。もしあなたが望むならばそれは開かれている、と。私はおそらく大主教や彼の他の主教たちによって主教に聖別されることもできたでしょう。そして私はすでに大主教に告げました。「今はその時ではありません。なぜなら聖母は今のところは駄目ですとおっしゃったからです」 大主教がローマからの全面的な承認を受け取った時にはそれは起こるでしょうが、それにふさわしい時が訪れるでしょう。なぜならそれは現実のローマ・カトリック教会の一部分となるであろうからです。私は大主教との関係を断ち切ってはいません。そして彼もそうではありません。現段階においては、私が協力できない、いくつかの物事があるだけです。そして彼も。それゆえ私たちはできる限りのことついて協力しています。それが私たちのやっていることです。これまでのところは。それは私が言ってきたことに何も矛盾しません。

ギルバート: しかしあなたはカトリック教徒でないアタナシウス大主教と協力しています。

リトル・ペブル: ローマ・カトリックではないという意味において、彼はカトリックではありません。彼は正教徒という意味においてカトリックです。いずれにしても彼のうちにはカトリシズムがあるのです。

ギルバート: 精神のうちにおいて、そこにはカトリシズムがある、と。

リトル・ペブル: そう、まさにそういうことです。

ギルバート: 私たちは皆このことについて合意しています。このために私たちは皆ともにいるのです。私は確信しています。すべての東方正教会が、真の教会となろうとしているすべての教会が一致するでしょう。そしてそのようにしてロシアは間もなく聖別されようとしています。おそらく。アタナシウス大主教とジョーンズ大主教を通して。にもかかわらず、この点に関してどのような問題があるのか、私はもっと十分に理解しようとしています。なぜなのか。……私たちはカトリック教会の外で働いているのか、それとも違うのか。

リトル・ペブル: 違います、私たちは外で働いているのではありません!

ギルバート: 私が言いたいのは、あなたはあなたの司教と袂を分かってきたと私は理解しているということです。

リトル・ペブル: いいえ、私はそのようなことはしていません。

ギルバート: 私の過ちでした。私はそのことを誤解していました。

リトル・ペブル: 私達は今なお教会における、教区における、カトリック信徒です。

ギルバート: しかし、あなたはアタナシウス大主教のもとで働いている。

リトル・ペブル: 直接的にではありません。私は彼とともにいるというのは、それはその通りです。我々は間接的に彼とともに協力しているのです。彼が間接的に私と協力しているように。なぜそれが間接的なのか。なぜなら教会内における彼の立場のためです。聖母が私に特別な指示を与えられたのはこのためです。そして大主教と「ソーンブッシュ」にも同じ指示をお与えになりました。二つの教会の間の真の一致を追求するために。今や私は彼のみならず、プロテスタント達とも協力しています。私はまた他の正教会とも協力しています。私はまたユーゴスラビアの正教会からの保護の申し出を受けました。やはり三人の大主教を通してです。彼らは、私がやっていることの全てを教会的に保護することを申し出てきました。大主教は、教会的に私たちを保護しています。秘跡に関する限り、私が現実に教会から追い出された場合においては。しかし私は今のところ、もちろんそうなってはいません。

ギルバート: どのようなレベルまで、あなたは大主教の権能を認めているのですか。

リトル・ペブル: すべてのレベルにおいてです。

ギルバート: 司教を叙階することは、それらの能力の一つであると思っていましたが。

リトル・ペブル: そうです。カトリックでない司教あるいは司祭を叙階することです。彼は誰でも叙階できます。それは彼の権能です。彼はそうする権利を持っています。彼はまた司祭を司教として聖別することもできます。それは彼の権利であり権威です。彼は私を叙階することはできません。なぜなら私はローマ・カトリック信徒だからです。もし私が今オーソドックス・カトリックに改宗するならば、彼は私を叙階できるでしょう。それが、聖母が私と「ソーンブッシュ」に何回かにわたって、「今はだめです!」とおっしゃってこられた理由なのです。聖母はおっしゃいました。「待ちなさい!」と。しかし私たちは、教会的な基盤の上で、彼の保護により働いています。彼の保護は、聖シャーベル修道会や他の新たな設立や善良なカトリック信徒たちによって必要とされています。形成の時あるいは試練の時において。あるいは心の内ではカトリックである他の組織との協力において。大主教、彼は心においていかなる危険もなくカトリックであり、また権能においても彼はカトリックです。現在のところ彼はローマ・カトリックではないとしても。しかしながら、教会的な困難は教会法によって規制されるのです。
 もうひとつの要点は以下の通りです。同様の状況は、様々な状況の下で私が協力しているプロテスタントの信仰や他のいくつかの正教会についても当てはまります。例えばミゲ司教の例を見てみましょう。彼はローマ・カトリック教会における真の司教です。しかし彼はローマによって認知されていません。彼は独立しています。しかし彼の権能は真実のものです。彼は私を叙階する事を申し出ました。もちろん、これは初期の段階においての事でした。しかし私が彼に、聖母が彼に待たなければならないとおっしゃったことを告げた時に、彼は去っていったのです。そして今はもちろん彼は戻りつつあります。しかし、もし彼が私を叙階するとしても、それは私の助けにはならないでしょう。それは私にとって何にもならないでしょう。実際のところ、今よりも多くの人が私を信じるようになるという事はないでしょう。なぜなら、私がやったあらゆる事は、ローマにおけるあらゆる経路を通らなければならなくなるからです。教会位階制の始めから終わりまで。誰も私がやっていた事に耳を傾けないでしょう! それで聖母は待つようにおっしゃっているのです。
 しかし私はあらゆるレベルにおいて彼と協力しており、また協力してきました。そして彼は教会的に彼の司教認可を与えました。それを彼はなす事ができます。いかなる正教の主教や、他の主教たちもそれをなすことができます。例えばレバノンの司教たちが私と緊密に協力し始めています。なぜなら「聖シャーベルの祈りの家」がその地の至る所に広まっているからです。彼らは、教会法的に有効な認可を与えてきました。ローマ・カトリックの。しかし同時に東方典礼カトリックで、マロン派の。東方典礼カトリックです。彼らはすでに彼らの認可を与えているのです。

ギルバート: 教皇聖下はご存じなのですか。

リトル・ペブル: その通りです。100%、私はそれを保証します。

ギルバート: そしてそれゆえ聖下は今進行しているあらゆる事をご存知であり、そして72名のプリンセスについて起こっている事をご存じであるという事ですか。

リトル・ペブル: 全部です。その通りです。それはあらゆる預言と同様です。預言者としての私に神が求めてこられたことが真実のものであるか否かということは、時がたてば判明するでしょう。

ギルバート: あらゆるカトリック司祭、あるいはその他の人々も私が話したこの状況を理解できません。私が言いたいのは、十戒は世の終わりまで続くことになっているということです。

リトル・ペブル: 何を神は私におっしゃったのですか。「十戒に従いなさい。しかし私があなたに求めることに従いなさい」 神はそれをあなたや他の誰かにおっしゃったのではありません。現在教会の中に存在している他のいかなる預言者に対してもそう言われたのではありません。彼はそれを私に対してだけおっしゃったのです! このミッションについて成長しつつある果実は、非常に明白なものです。そしておそらく、ここにいるすべての幻視者たちが理解しているよりもずっと大きなものです。そしてそれは続くでしょう。それゆえ、それはそれが神からのものであるという印なのです。なぜなら神は私をあざけっておられるのではないからです。また教会も私に直接的に反対してはいません。彼らはまだ彼らのいつものやり方で私に反対しています。それを彼らは十年間にわたって行ってきています。私が聖母のミッションを始めて以来。この事項について何らかの審判を下すことはあなたがたのやることではありません。またそれは他の誰かの仕事でもないのです。いかなる幻視者、いかなる司祭、いかなる司教も。教皇、キリストの代理者が彼自身の審判をなすまでは、いかなる審判もなすことはないのです。教皇は私に対して反対する審判をなしてはいません。またそのようになされることはないでしょう。なぜなら私は、あらゆることにもかかわらず、キリストの代理者となるであろうからです。そして要点は次のことです。教皇聖下は、私たちの皆よりもより賢明でいらっしゃり、今は、将来における教会のための神の計画がどのようなものであるかを教会が理解する時ではないということを非常によく知っておられるのです。もしそうであったならば、聖下は十年前にすでにそれをおっしゃっていたでしょう。
 なぜ聖下は、今本当に必要なことについて、ロシアの奉献について、話されないのか。それは聖母によって1917年以来求められてきました。なぜでしょうか。なぜなら今はその時ではないからです。なぜなら多くの事が明らかにされなければならないからです。今は多くの事が明らかにされるべき時ではないからです。しかし全てのことが明らかにされるであろう時がやがて来るでしょう。私がいかなる状況においても、司祭になることを決して急いでいないのはそのためです。私は私自身が教皇であると宣言する必要はないのです。私はそのような事を何もする必要がありません。なぜなら、いずれにしてもそれは到来しつつあるからです。オーストラリアにおける聖母のミッションは続いています。そしてそれはより大きくなり、より強力になっています。あらゆる迫害にもかかわらず。私はまだそこにいます。リトル・ペブルはまだ幻視者達を一致させています。存在するあらゆる問題にもかかわらず。なぜなら教会の中にいると考えられている700人の幻視者たちの内、300名がまだ心を決めかねているからです。私は彼らが誰かということすら知りません。およそ400名を私は知っています。彼らのほとんどはいまだに私と一致しています。
 さて、私がベッティーナと結婚してから今に至るまで、ずっと間違ったことをやり続けて来たのであれば、それらの幻視者たちは反対の情報を受け取ったことでしょう。彼らはそのようなものを受け取りませんでした。彼らはいまだに確認し続けています。そして私たちの主も、過去数日間において、すでに私があなたがたに告げたように、なお幻視者たちにおっしゃっています。「『リトル・ペブル』に手紙を書きなさい。そして彼はあなたを導くだろう」 もし私が大罪の状態にあると考えられているのであるならば、そしてさらなる罪を犯し続けており、誤りのうちに陥りつつあるのであれば、私たちの主があらゆる幻視者に対して私に手紙を書きつづけるようにおっしゃると思いますか。いかなる状況下においてもそのようなことはありえません。ポーランド出身のフランシス神父は私に手紙を書くように告げられました。そして彼は司祭です。そしてグレンプ枢機卿が彼の霊的指導者です。
 さて、それが、私たちの理解していない数多くのことが存在する理由です。私たちは理解することができません。そして神がそれを明らかにされるまで、私たちは理解することがないでしょう。それゆえ私たちはただ待ちに待たなければなりません。さて神はこのことをあなたがたの誰にも求めて来られませんでした。そして求められることは今後もないでしょう。なぜならそれはあなたがたのためのものではないからです。神は私に求められました。なぜなら私は、現在の状況において存在しているあらゆる幻視者たちの間で首位を占める人物だからです。他の人物はいません。預言が、私がキリストの代理者になるであろうと告げたという事実によって。もしキリストの代理者として選ばれた者が、あらゆる場所に行き、そして誤りのうちに陥り始め、彼とともに教会の残り全体を引き連れていくとしたならば、神は誤謬をお許しになることはないでしょう。私はいまだに世界においてかなりの影響力を持っています。枢機卿たちさえもそのことを信じています。トランペッターはそのことを知っています。彼は彼らに会ったことがあるのです。
 そして私はガグノン枢機卿を通して知っています。リトル・ペブルはあまりにも多くの影響力を教会において持っていると彼は言ったのです。そしてそれは一人の枢機卿からもたらされました。「あまりにも多くの影響力!」 そうです、もし私が多くの影響力を持っているならば私にとって良い事です! もっと多くの影響力があればよいと私は思います!! しかし要点は次のことです。それは何を語っているのか。それは、神がなお私とともにいらっしゃるということを語っているのです。

ギルバート: もしそれが神からのものであるならば。

リトル・ペブル: はい、それは神からのものです。なぜなら神は生命と死の主だからです。神が支配者なのです。私は支配しません。あなたも支配しません。神はお望みになる事を何でもなさることができます。お望みになる時に、お望みになるやり方で。もし神がこのカップを岩に変えることをお望みになるならば、神はそれを岩になさることでしょう。あなたは神を止めることができますか。神に対して何をなすべきかを告げることが私達にできるでしょうか。いいえ。もし神が決定なさるならば、それは起こるのです。神は世界中の数多くの個人の霊魂に秘密を明らかにしてこられました。我々はその独占権を持っているのでしょうか。いいえ。語られてきた多くの秘密があります。あなたが手紙の中で言及してきたように。それをソーンブッシュは今受け取っています。その事は以前、私自身を含む他の人々によって受け取られてきています。トランペッターはおそらく他の誰よりもより多くの秘密を受け取っているでしょう。しかし彼が何年か前に受け取ってきた事の幾つかは、およそ十年前ですが、今実現し始めたばかりです。私は、何度もトランペッターに言った事さえあります。あなたはどこかの雲の中で夢を見ているのだ、と。しかしそれらの事は今や起こり始めています。それらは意味をなし始めているのです。
 それゆえ、私が間違った道の上にいるとは私は思いません。そしてキリストの代理者はプリンセス、クイーン、そして私と一致している全ての幻視者たちのミッションについて確認をなさるでしょう。彼はそうなさるでしょう。彼は十二人の使徒達を確認なさるでしょう。なぜなら彼は、彼らを司教に聖別することになっている方だからです。彼がそれをなす一人となるでしょう。しかし、しかるべき時においてです。そして今はその時ではないのです。神は、説明するのに何日もかかるような啓示を私に与えてこられました。今はそれらを明らかにする時ではありません。そして私は少なくともまだその50%程度しか理解してはいません。それゆえ私は神に申し上げました。私に知らせてください。私はそれを紙に書きつけて、そして放っておいて待つでしょう! 神が、ベッティーナに関する神の計画を明らかにし始められた時に、それは私の心を悩ませました。そして他の人の心も。しかしその時以降も、私は教皇に会っています。彼は私を拒絶なさいませんでした! 彼は恐れているかもしれません。なぜなら私は非常に物議をかもしているからです。しかし世界にはリトル・ペブルを支持する数多くの幻視者達がいます。彼らの多くは堕ちつつあり、私に反対しつつありますが。後になって私に反対するようになった人々の90%は、私がキリストの代理者となるであろうという事を告げられていた人々でした。私よりも先にさえ! そして彼らは「リトル・ペブル」に従順であるように告げられてきた人々でした。私が彼らに言ったのではありません。彼らは天によってそう言われたのです。

ギルバート: 私の理解では、プロポーズと結婚の間に十分な時間がなかったと思います。

リトル・ペブル: いいえ、それは正しくありません。決して。

ギルバート: 私の理解したかぎりではそういうことです。

リトル・ペブル: それは問題になりません。いいですか、それは非論理的です。要点はこういうことです。神が何かをおっしゃったならば、あなたはそれをなすのです。さて私はすでにあなたに言いました。何日か前にあなたに説明しました。現実にどのようにそれが起こったか、どのように数多くの幻視者たちがかかわったか、どのような期間がそれにかかわったか。そしてこの問題全体についてまったく何も知らなかったトランペッターを含む、幻視者たちの何人かが、私のいる前で幻視を受けたのです。聖母があることををおっしゃいましたので、私たちは二人とも一緒に聖母を見ました。それを彼は確証します。私は聖母に私の心を通して尋ねました。思考を通して。そして神以外に心を読むことのできる者は誰もいないのです。私は聖母にお願いしました。「あなたが私におっしゃったことをトランペッターに告げてください」 そして彼はそのことを聞いて驚愕し、あわてました。さて、ただ神のみがそれをなすことができます。そしてトランペッターは私と同様にそのことを知っています。神の時を決めること、あるいは神がどのように物事をなさるのか、なぜ神がそれをなさるのか、いつ神がそれをなさるのか、それがどのくらいかかるのかということを決めることは、あなたや他の誰かの任務ではありません。リトル・ペブルがこの事やあの事をやる前に三週間かかるべきであるとあなたは神に告げるつもりなのですか。まったくそうではないでしょう。それは時間には関係のないことなのです。それは全く神にゆだねられたことなのです。そして私たちはまた人間であるということを忘れないでください。私のなす全てのこと、その一歩一歩が、それが最も小さなものであろうと大きなものであろうと、あなたは私がそれを単に私自身を喜ばせるためだけになすと思っているのですか。神がそれをなすようにおっしゃったのです。それで私は神がおっしゃったことをなしていると言いながら、突然私はドアの外に駆け出したのでしょうか。決してそのようではありませんでした。私はそれを多くの祈りと多くの検討の後でのみ、なしてきたのです。司教、幻視者、神秘家を含む、多くの、多くの人々からのアドバイスとともに。そして何人かの神秘家たちはまた司祭や修道女でもあります。修道女は通常、結婚に関したいかなる概念もまったくもっていません。そして神があなたになすようにおっしゃっていることを彼女らがあなたに述べはじめたならば、私は保証しますが、あなたはそれをなすでしょう。あなたがその人々について何も知らない数多くの隠れた霊魂たちがいます。そしておそらくは長い間彼らについては何も知らないでしょう。
 教皇聖下もまた相談相手を持っておられます。彼に勧告を与える幻視者たちを。彼は孤立してはいないのです。幻視者である司教達がおられ、彼と一致しています。そして彼と協力して働いています。私は彼らの何名かを知っています。そして彼らと連絡を取ってきています。それらの幻視者たちの保護のために私が公表しない多くのことがあるのです。そして私はまたフランスの聖なる君主を知っています。彼は過去四ヶ月間において私と連絡をとり始めました。彼もまた秘密です。彼はある修道院の中に住んでいます。

リトル・ブラザー・イン・クライスト: 教皇は、ある幻視者から他の幻視者へと渡り歩いたりなさいません。私は全くいぶかしく思います。彼はある幻視者に、他の幻視者は間違っているとおっしゃったりしませんが。あなたは彼に会ったことがあるのですか? 彼はあなたに一人で話しかけたのですか。それはあなたのミッションです。それはあなたが彼と共にやっていることです。他の誰でもなく。彼はおっしゃるかもしれません。「私の愛を誰かに伝えてください」 しかし「誰それがこの様なことを、そして誰それがあのような事を言っているのをあなたは聞きましたか?」というような事はおっしゃいません。彼はそのようなことをなさいませんが?

リトル・ペブル: 違います! 彼は司祭として非常に注意深いのです。それゆえそれについての答えはそういうことです。あなたがそれを受け入れようと受け入れまいとかかわりなく。それはあなたの問題です。それは私の問題ではありません。

リトル・ブラザー・イン・クライスト: しかしウィリアム、なぜ彼らはそれを伝え続けなければならないのですか。それは死んだ馬をむち打つようなものです。

リトル・ペブル: なぜなら何人かの霊魂達には、教会における通常の法規や規制、そしてその法律のもとでは。それは非常に納得しがたいことです。その事を私は理解できます。それは納得しがたいことです。しかし彼らはそれをなすように求められてこなかったのです。私が求められてきたのです。一つの例をあなたがたに示しましょう。私は去年アフリカのケニアに行きました。私はかなり多数の支持者をアフリカに持っています。およそ三千の祈りの家がそこにはあります。アタナシウス大主教が、トランペッター、ソーンブッシュ、ブレ神父と共にいました。そして他には誰がいたかは神がご存じです。私達はおよそ百名の幻視者と会いました。そして彼ら自身もまた、彼ら自身の間で同じ問題を議論していました。それで私は聖母にお尋ねしました。「私は彼らに何と言えばよいでしょうか? 私が彼らに何を告げることをあなたはお望みですか?」 幻視者達があちらこちらにいて、そして彼らはどのように考え、あるいはどのようになすべきかを知らないと私は申し上げました。聖母はおっしゃいました。「彼らにこう告げなさい。神が命ぜられたことは、神およびそれに関係する者たちにかかわるのです。それは神の奥義です。それゆえ神がそれを彼の教会に対して明らかになさる時が来るまで沈黙していなさい」
 そしてそれが話の終わりです。それゆえそれが私たちのなすことなのです。私たちは単に前進するのです。そもそものはじめから、ほとんどの人々はそれについて心を騒がせました。そしてその後それは終わったのです。神は私とともにいらっしゃいます。人々がどのように言い、あるいは考えるかということはかかわりがありません。それはまったく何の違いももたらしません。三四年たっても私はまだそうでありつづけるでしょう。そしておそらくはあなたがたの教皇として。
 当時多くの人が大声で語っていました。しかし聖母は真実である者たちを私に告げられました。さて彼らのすべてについて私は聞いていないのですから、どのくらい幻視者たちがいるのでしょうか。少なくとも二十人でしょうか。およそ二十人。その通りです。なぜなら日本人幻視者たちもいるからです。あと他に何名かの日本人幻視者たちが。そして彼らのほとんどは、同時に進んでいます。それゆえ私は、私たちの主は何かがそこにあるとだけ教えられたのだと思います。そのことを私は今日あなたに説明しました。神が私たちに関して大変様々なやり方で教えられるということについて。そして「トランペッター」は知っています。悪魔が皆を攻撃したとき、彼はナウラにいました。皆が同時に、コンクリートの床に引き付けられました。私一人だけがまだ立っていました。そして私はなぜ皆が床に横になっているのか不思議に思っていました。しかしそこで私たちは、悪魔が狂ったように戦っているのを見たのです。
 御覧なさい! 神はマッチ箱の中にいらっしゃるのではありません。神はすべてに、すべての人に摂理を及ぼされます。私たちはそのことについて何も口をさしはさむことはできません。彼は神です。私たちは無です。神は神の望まれることをなすことがおできになるのです。お望みになるように、そして彼がそれをなすことを望まれる人に対して。さて、もし神が法律を変えることを望まれるならば、神はそれらを変えられるでしょう。神はそれによって拘束されないのです。いずれにしても法律は神のためのものではなく、私たちのためのものです。そしてあなたがたが既に読んだように、正当にも、聖にして母なる公教会の教えを通して、そのことはすでに説明されてきているのです。非常に明確に。そして私たちは聖トマス・アクィナスと聖アウグスティヌスの教えのごくわずかな部分を利用したにすぎません。そしてさらに多くのことがあります。それらすべてのことを説明するようにあなたがたが私に求めるならば、それが可能だという事実を明確にするために、それに関する一万冊もの本を書くことができるでしょう。なぜあなたがたは、聖トマスが旧約の預言者たちがなした、彼らがやったことについて書いたと考えるのですか? 新約については? 私たちについては? 何のために彼はそれを書いたとあなたは考えているのですか? 私たちは旧約について確信を持たされる必要はないのです。彼は、将来の状況を擁護する必要のためにそれを書いたのです。それが理由です。
 通常の条件下では、あなたに私がすでに説明したように、アブラハムが彼の息子を殺すことを求められたとき、彼はすでにそのことを計画することによって彼の息子を殺しているのです。たとえ神が彼を止められたとしても、彼はすでに大罪を犯しているのです。しかしながら彼は大罪を犯しませんでした。なぜならそれを彼に求められたのは神だったからです。同様に、いろいろなことが他の預言者たちに要求されてきました。そしてそれらはいくつかの例にすぎません。さて私は聖母にそのことについて質問しました。そして私は申し上げました。これらすべてのことを私たちの主が私に求められるのはなぜですか。主は他の誰にも決してそれらのことをお求めになりませんでした。なぜ神は私にそれを求められるのですか。そして聖母はおっしゃいました。「なぜなら、生まれるべき、そして作られるべき聖人の一人一人に対して、彼らが従わなければならない道というものがあるからです。そしてそれらの一つ一つは異なっているのです。しかしそれらはすべて同じ目標に到達するのです」 それゆえ私たちは私たちがなさなければならないことをなすのです。
 わかりますか、ギルバート。誰かがそれを受け入れようと受け入れまいと、個人的に私には何の違いももたらさないのです。それが神の前における私の役割なのです。神の前における私の正当化されることです。神の前における私の良心です。そして私はまったく潔白です。

ギルバート: このフランス人女性は、ポールが語ったところによると、あなたが裁判を戦うためにあなたに二十五万ドルの資金を送ったそうです。これは彼女の老後資金の全額です。あなたはそれを受け入れるつもりなのですか?

リトル・ペブル: もちろん私はそれを受け入れるつもりです。しかし私はまだそれを受け取っていません。

ギルバート: そうすると彼女には何のお金も残りませんが。

リトル・ペブル: それは彼女の問題です。それは私の問題ではありません。人々が何を与えるのか、どうやって私は知ることができるでしょうか? もしあなたがカトリック教会に寄付をするならば、あるいはいかなる組織に対してでも寄付をするならば、それはあなたと神の間の問題です。違いますか? なぜあなたがそれを私にくれるのかということを質問することは、私の仕事ではありません。違いますか? また私はあなたの人生を点検して次のように言うこともしません。「この寄付を私に与えようとしているこの人物を調べなさい。彼は正しく生きているか、彼はこのことを全く正しく行っているかどうか」 ここにいる誰かが、寄付を送ってくる人をチェックしたことがあるのですか? そんなことはありません。あなたは感謝します。あなたはそのことに対して神に感謝します。そしてそれで終わりです。そしてそれはみんなの選択です。誰も何かをするように強制されません。違いますか? その女性は、彼女の蓄えを私に与えるように強制されたのでしょうか? 違います! 私はそのようなことを彼女に求めませんでした。私は人々に対する公のアピールをなしました。私は次のように言ったのです。聞いてください。「私は裁判で闘おうとしています。もし神が私を助けるための恩寵をあなたにお与えになるならば、どうか私を助けてください」 以上のとおりです。もし誰かが私を助けるならば、それは素晴らしいことです。もし誰かが私を助けないならば、それも結構なことです。なぜなら万人が私を助けられるわけではないからです。
 さて、まず第一に、私はそのお金を受け取っていません。それは今あなたのテープ記録にあります。私たちはそれをまだ受け取っていません。私は聖母にそのことについて今日お尋ねしました。私は申し上げました。「ギルバートや他の人々が、私の方に送られる予定の非常に巨額のお金について話しています。しかし私はまだそれを受け取っていません」 そして聖母はおっしゃいました。「なぜならそれはうわさ話だからです」 それは事実ではないのです。聖母はおっしゃいました。「しかしながら、あなたはあなたが必要とする助けを受け取るでしょう」 それで私はそれがうわさ話だということに喜んでいます。なぜなら私はそれを私の口座に受け取ってはいないからです。しかし私はその事をうれしくは思いません!

ギルバート: この女性はこの前私たちとともにいましたが……

リトル・ペブル: そんなことは知りません。要点は……

ギルバート: しかし彼女は言っています。……

リトル・ペブル: いいでしょう、私がそれを受け取ったとき、それが私の銀行口座に入ったときに、私はあなたがたに通知の写しを送りましょう。そうすればあなたがたは、それがそこにあるということを知ることができるでしょう。

ギルバート: 私の言いたいのは要するにこういうことです。私は、当該女性は裕福な女性ではないと思います。そして彼女は、彼女の持っているもののほとんどをあなたに与えたのです。

リトル・ペブル: もちろんあなたは知ってはいません。なぜならあなたは恐らくその女性を知ってさえもいないからです。

ギルバート: 私は彼女のことをよく知ってはいません。

リトル・ペブル: 私も知りません。私はその女性から手紙を受け取った事すらありません。

ギルバート: それは偽りだ。分かっている。それは偽りだ。

リトル・ペブル: いいですか、愛徳の通常の規則の下で、もし誰かが何らかの組織に寄付を送るならば、それが巨額のものであれ小額のものであれ関わりなく、誰もそのようなことを気にしませんが、もしそれがその人物の心から贈られたものであったならば、あなたはその人物に質問したりするでしょうか。いいえ。あなたは、ただ単にありがとうと言い、神があなたを祝福してくださいますように、とだけ言うでしょう。新約聖書におけるデナリの話についてあなたはどう思っているのですか。その女性は一枚のコインしか持っていませんでした。彼女は、彼女の持っていたすべてを与えたのです。彼女は神から偉大なる報酬を受け取らなかったでしょうか。もちろん彼女は受け取ったのです。銀行に何億ドルも持っているすべての人々よりも、より価値のあるもの受け取ったのです。もしこの人物が、このすべてのお金を私に与えようとしているのならば、私はそのことに対して彼女に感謝するでしょう。そして神が彼女に対してより多くの報いを与えてくださるであろうことを疑いません。しかしあなたがたが聞くのを待っていることを私が言うことについて、すなわち私はそのお金を返すだろうということについては、なぜ私はそれを返さなければならないのですか? 誰かがそれを私に与えてくれたときに。何のために?

ギルバート: 知りません。

リトル・ペブル: 慈善事業法のもとにおいて、− 私達の会社は政府によって登録されたオーストラリアにおける慈善事業です − 私達は全く、いかなる資金も返金するように義務づけられないのです。カトリック教会についても、いかなる状況下においても同様です。たとえ彼らが裁判所に行こうとも、彼らはただちに敗訴するでしょう。なぜなら、彼らはそれを自分の意志であなたに与えたからです。いずれにしても、あなたはその事を知っておくべきです。しかしもし例えば、誰かがそのような金額のお金を私に与え、そして例えば、一週間のうちに私がそれを消費し尽くしてしまったならば、いかなる状況下においても、私はそのお金を返す事によって私自身を悪い財政的状況におく事はないでしょう。なぜならお金はなくなってしまったからです。私はその事についてどうすることもできません。しかしもし私がそれをカバーするための資金を持っているならば、別の言葉でいえば、もしそれが修道会にとっての破産を引き起こさないならば、私はそれを返金するでしょう。
 修道会の会憲と会則についても同じことが当てはまります。誰かが修道会に入会する時に、五年間の経過期間が設けられているのはそのためなのです。彼らがあらゆるものを修道会に差し出し、それから次に「申し訳ない。私は去ろうと思います」と言う場合に。さてその時間の間にあなたはそのお金を使ってしまっていることもあり得るでしょう。それゆえ、修道会を守るために、会憲のもとにおいてあなたはそのような期間を持つのです。修道会に入るときに前もってあなたはそれをを知らされます。それが返されるのには長い時間がかかるということ、およびその時に可能であればそれは返されるということを。

ジェイムス: あなたは十八ヵ月にわたってそれを与えることを許されていません。

リトル・ペブル: 分かっています。私たちがその条項をそこに挿入したのはそのためです。あなたがたを保護するために。

ギルバート: なぜブレ神父が四万ドルを返さなかったのかについて私に説明してくれませんか。

リトル・ペブル: まず第一に、私はそれに答えることができません。なぜなら私はそれについて何も知らないからです。あなたが手紙で私に告げたこと以外には。

ギルバート: ドゥゲ神父は先月私にそのことについて話しました。三四年後に彼が離れたときに、ブレ神父は信託銀行に行きました。

リトル・ペブル: あなたはそのことについて話すべきではありません。

ギルバート: ……そしてその夜、それを換金しました。哀れなドゥゲ神父は、それを税金を払うために申告せねばならなかったのです。ブレ神父が……にもかかわらず……

リトル・ペブル: あなたが手紙でそのことを書いていたのを私は知っています。しかし私はそれについてコメントすることはできないのです。どうして私がそれについてコメントしうるでしょうか。私自身でそれを見たわけではないのです。あなたが単に私に話したから、私はそれについて知っているだけです。それであなたはそのことについて話題にするべきではありません。あなたはその状況について知らないのでしょう。それは修道会の会憲に基づいてなされた同意だったのかもしれません。私にはわかりませんが。

ギルバート: 私もあらゆる事実を知っている訳ではありません。

リトル・ペブル: それゆえ、あなたは何も言うことができないはずです。

ギルバート: あなたはペトロ二世。あなたはペトロ二世。それはペトロ二世となろうとしている……

リトル・ペブル: 分かっています。しかし私はブレ神父と協力しているのです。そしてあなたはその事を受け入れなければなりません。私が言いたいのは、あなたは彼と協力する必要はないけれども、私は協力するという事です。そしてあなたはその事を受け入れなければなりません。しかしあなたもまた、遅かれ早かれブレ神父を受け入れなければならなくなるでしょう。あなたがそれを望もうと望むまいと。

ギルバート: 私は、それがずっと先のことになることを希望します。
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【 東京での会合 】

 8月17日、公の会合の前に以下の手紙が東京から発送されました。

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わが愛する友人の皆様、
 昨日参加して下さったことに感謝します。多くのことが、友情のうちに明かされました。あなたがたのうちの何人かが私を愛しており、本当に私のことを気にかけているということを私に示そうとしているいうことを、私はよく分かっています。私の講演の後で、あなたがたのうちの何名かは、神によって照らされて、「リトル・ペブル」はこの数日間において起こってきた全てのことに関する神からの啓示を受け取ってきていたのだということを悟りました。しかしそれから「トランペッター」がスピーチをしました。あなたがたは、私が本当に判断において誤りのうちに陥ったと信じ込まされてしまいました。それは本当に、巧妙に選ばれた正統性の言葉によって飾られていました。私がアンドリューの心の真実性を受け入れなかったとは考えないでください。なぜなら彼は常に私に対して開かれた態度であり続けてきたからです。私はこのことを理解しています。そしてあなたがたのブレ神父に関するフラストレーションを。いくつかの啓示に関するフラストレーションを。私は彼とあなたがたの開かれた態度と率直さを評価しますが、あなたがたは皆、知らず知らずのうちに誤って導かれているということは明白であり続けているのです。
 そうです、私は、意思伝達の共通の地盤を消してしまわないために、妥協的な中立的立場を受け入れました。しかしながら、私はこれを友情のゆえに行ったのです。しかしその後、私たちの会合の最後に、トランペッターは私に手紙を手渡しました。それは大主教をからの命令でした。そしてそれは、私と関わるものは誰であれ破門されると述べていました! まず第一に、この公的文書が私に届られたやり方は不意を打つやり方でした。なぜなら、ここ何日間かの間、大主教は友好的な仕方で、そして合理的な開かれた態度をもって私と話していたからです。そして彼は最初から私に告げることもできたはずです。陰謀に関する神の母の言葉は、このことによって明白になりました。そしてその前に進行したすべてのことによって。このことはあなたがた皆にとってもう一つの印となるべきものでした。カタリナ・エンメリックの言葉は今成就されつつあります。完全に。しかしあなたがたはこのことをまだ理解していないのです。私はあなたがたを赦すと私はあなたがたに告げました。そして私は、真理と私たちの真の一致への、あなたがたの帰還を待ちます。
 トランペッターの雄弁な言葉はいつもどおりでした。主張されるところの認可、達成についての多くの言葉、そして大いに誇張された証明されない主張。すなわち二人の司教がトランペッターを修道会を形成するように招いたということです。このことは主張されているようには真実ではありません。なぜなら私はこのことに関して事前に調べていたからです。そしてそれを確証する証拠を提出することができます。アンドリューは常に高い理想を持った人間であり続けてきました。しかし非常に誇張された主張を持っており、それはほとんどあらゆる場合において間違いであることが判明してきたのです。この点に関して、彼に対する私の常時の保護がなかったとしたならば、アンドリューは、ミッションのこの何年間もの間に来ては去っていった他の幻視者たちと同様なものにすぎなかったでしょう。もちろん、あなたがたの皆は彼が説明したすべてのことによって感銘を受けました。しかしそれらは、単純に、いかなる実質もない言葉なのです。彼は、枢機卿と何人かの司教たちの会議によって、まもなくブレ神父と私自身の背後から「足元をすくわせる」という彼の主張は、私には非常に疑わしく思われます。
 大主教が間もなくローマから彼の認可を受け取るであろうという事については疑いを持っています。トランペッターは、七年間にわたって、彼は確立された修道会を持っていると主張し続けてきました。この事は、これまでずっとそうであったように真実からはほど遠いものです。なぜならテキサスと彼の家を訪れた事のある人ならば、これは正しくないという事を非常によく知っているからです。しかし、より深刻な事があります。昨日公式に私が知る事になった状況です。それはアンドリューが司祭となり、そして野口神父が司教となったという事です。両者とも正教の典礼において。別の言葉でいえば、二人のローマ・カトリック信徒達が今や公式に別の教会に加わったのです。かくして公式のカトリック教会は、もし私が彼らと関わりを持ち続けるならば、我々は真のカトリック教会の外にいるのだと本当に主張する事ができるのです。この状況は許容されがたく、また受け入れられないものです。なぜなら第一に、それは秘密裏になされたからです。第二に、大主教の行動によって、彼は彼自身で彼が受け取る事ができたであろう支援を切り捨ててしまったからです。アンドリューはこれが神からのものであるとの確信を抱いています。すなわち聖アタナシウスからの言葉であると。彼らが今やっていることを意味しつつ、彼が次のように言った時に。「真の教会は自らを守るために主流の外に出なければならない」 これは誤りです。異端です。そして神の真理の全面的な誤解、そして歪曲です。なぜならカトリック教会の主流を離れることによって、あなたがたは教会法的に自分自身を教会の外側に置くことになるからです。かくしてあなたがたはもはやカトリック、真の意味におけるカトリックではなく、離教者となるのです。それは聖アタナシウスの主張したことではありませんでした。それが示してきたことは、真のカトリック的な霊魂たちは、真理の擁護において団結しなければならないということです。そのことを私たちはこの何年間にもわたって行ってきたのです。キリストがペトロの上に建てられたまさにその体制の中にとどまりながら。我々は有効性について議論しているのではなく、真理について議論しているのです。あなたがた皆は何と愚かになってしまったのでしょうか! それゆえあなたがたは私に、あなたがたとの私のつながりを公式にすべて断ち切る以外の選択肢を残しませんでした。しかし私的には、私はあなたがたに対して開かれた態度であり続けます。
 聖シャーベル修道会の一員であるロゼットと彼女の共同体に関して。もし彼女や他の人々が公式に修道会として、今や正教の信仰における司教である野口神父と関係を持つのであれば、この共同体はもはや聖シャーベル修道会の一部ではありません。このことは日本の幻視者たちにも、また他のいかなる国の幻視者たちにも当てはまります。彼らがアタナシウス大主教、野口神父あるいはウィンゲート神父としてのトランペッターの権威の下に服従するのであるならば、このことは彼らが彼らの権威を受け入れたということを意味します。そして大主教が私に対して、そして私との関係を持つすべての人々に対して出した命令の権威を。
 それゆえ再びあなたがたは選択せねばなりません。あなたがたは、私と共にいるか、私に反対するかのどちらかです。現時点において、それ以外の道はあなたがたに残されていないからです。友情と対話が私達の唯一の希望であり続けています。それゆえ私は今日をもって、アタナシウス大主教、野口神父、そしてトランペッターとしても知られているウィンゲート神父の権威の下にとどまる全ての人々とのつながりを断ち切ります。そのことはまた次のことを意味します。あなたがたの行動は私を裏切るものです。そして真理を。なぜならあなたがたは今や、私が現時点において幻視者たちの頭であり、あなたがた皆に対するアドバイザーであるということを否定しているからです。私の言うことをよく考えてください。なぜなら影響は甚大なものだからです。今や神秘的教会の中に大いなる分裂が存在しています。聖にして母なる公教会においてと同様に。イエズスとマリアがあなたがたを御赦し下さいますように。なぜなら、あなたがたは本当に自分が何をやっているのかを知らないからです。私の側では、私はあなたがたを赦し、あなたがたの帰還を待ちます。私はあなたがたを愛し、そしてあなたがたを祝福します。あなたがたの小さな愛の兄弟として。どうか私の欠点を赦してください。そして私のために祈ってください。

あなたがたの霊的牧者。
リトル・ペブル
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 1994年8月26日、私は東方典礼聖省の長官に宛てて以下の手紙を書きました。アタナシウス大主教の立場の非合法性について権威に知らせるために。

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閣下、
 私たちの愛する救い主イエズスの御名においてあなたに挨拶いたします。私の名前はウィリアム・カム、カトリックの世界において「リトル・ペブル」としても知られています。
 この手紙の目的は、ある大主教の件に関して、ローマ・カトリック教会の教会法の下における非正規性についてあなたの注意を促すことです。すなわちビザンチン・オーソドックス・カトリック教会(4614 Tower Avenue,Saint Bernard,Ohio 4517,USA)の大主教アタナシウス・アームストロングについてです。
 何ヶ月か前に、この主教のローマ・カトリック教会への帰正について、あなたは彼から連絡を受けました。そしてアメリカ、テキサスのアンドリュー・ウィンゲートからも。この行動は大いに推奨されるものです。なぜなら大主教は善良な聖なる人物だからです。しかしながら、このことは私がこの手紙を書く理由ではありません。この手紙を書く理由は、大主教によって作り出された状況についてあなたに告げるためです。最近、既婚のローマ・カトリック信徒であるウィンゲート氏は、正教の司祭として叙階されました。そしてローマ・カトリック司祭である野口神父は主教として聖別されました。両者ともアタナシウス大主教によって。
 野口神父(主教)の名前がある公式書簡を同封致します。このことが起こったことを私は非常に悲しんでいます。あなたはまた、大主教が公式に私との関係を断ったことに気付かれるでしょう。その行動は私も、そうであらねばならないものとして尊重するものです。彼の状況のために。叙階の非合法性およびローマ・カトリック信徒の正教会主教への聖別は、真理への侮辱です。私は、真の信仰において一致している大主教に対する個人的な反感は持っていません。なぜなら私はそのような行いは本当に神からの賜物であると信じているからです。しかし私はいかなる人物による権威の乱用についても反対するものです。わたし自身に関する教会の立場について私は十分によく知っております。しかしながら、この件は神にゆだねられなければならないのです。そして起こったことを知っておられる教皇聖下ヨハネ・パウロ二世に。
 私はキリストにおけるあなたの従順な下僕であり続けます。しかしまず第一に神の従順な下僕であります。
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 私はまたアタナシウス司教に1994年9月12日に手紙を書きました。その中で私は、彼が私を扱ったやり方についての私の失望を表明しました。この手紙を以下に掲載します。

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閣下、わが愛する兄弟、
 私たちの両者が愛し、そして私たちの能力の及ぶ限り御仕えしている救い主イエズスの御名において挨拶いたします。
 私達の間に持ち上がっている状況は嘆かわしいものです。そして私はそれが私達の聖母の御心に深い傷をもたらしたことを確信しています。私達の以前の友情に基づいて私がこの手紙を書くのはこのためなのです。その友情を私は非常に懐かしく思っており、それを取り戻すことを望んでいるのです。あるいは少なくとも、なぜこの不要な分裂が起こったのかを理解する事を。それはあなたの人格を傷つけるためのものであったのではなく、法律の特定の状況の非常に深刻な違反を指摘するためだけのものであったのだということを、私はあなたに理解していただきたいと思います。この法律は私と同様にあなたをも規制します。いくつかの非合法性に関して。それは、カトリック信徒と協力することにおいて、あなたが十分に理解していないように見える事柄です。
 1994年8月16日に、アンドリューによって私に渡された、あなたの1994年8月3日の日付の私への公式の手紙は私に衝撃を与えました。控えめに言っても。それが私に手渡された非人格的なやり方、そしてまた私とあなたが十分に近い関係を持っていたということを考えるならば。あなたがいつもそうすると約束なさったように、あなたは状況にかかわらず直接に意思を疎通することができたのです。以下のことは明確に指摘されなければなりません。あなたがたとの関わりを断ち切った8月18日における私の行動は、あなたに対する個人的な感情に基づくものではなく、法律の権威への従順の問題なのです。その法律についてあなたはよくご存じでないように思われます。
 それに続いたあなたの手紙は、能力の限り信仰を実践してきたカトリック信徒としての私の尊厳と適格性を疑問に付す、私に対する個人的な攻撃でした。日本に対する私の公の書簡のいずれにおいても、私はあなたの有効性、あなたの信仰、あなたの威厳、あるいはあなたの潔白について反対して語ったことはありません。またそれは人格としてのあなたを陥れた事も、あなたの権威を貶めたこともありません。
 述べられた唯一のことは、ローマ・カトリック教会の教えに関する教会法の侵害のために、私たちの間のつながりは断ち切られなければならなかったということです。あなたの個人的な有効性は何ら疑問にされておらず、カトリックの結婚した男性およびカトリック司祭を、正教会における司祭・主教として叙階・聖別することの有効性を問題にしたのです。私の決定は多くの理由によってなされなければなりませんでした。それは主として真理、信仰、教えを守るために、私たちすべてがそのために立ち上っているものの尊厳を守るためです。
 にもかかわらず、あなたは私に対する訴訟行動の脅しにまで至る、人格的なレベルにおいて私を攻撃しました。わが親愛なる兄弟よ、どうかあらゆる反感を脇に置いて下さい。あなたを取り巻いている者達からのあらゆるアドバイスや勧告を脇に置いて下さい。ただ立ち止まり黙想してください。ゆっくりと、そして明確に、起こったすべてのことについて。私たちの聖母を非常に愛しているあなたは、何が本当に起こったのかということについて正気付くことができると私は確信しています。
 第一に、1994年8月3日のあなたの手紙に関して。ローマ・カトリックの司祭は、ローマ・カトリック教会を離れて正教会に加わらない限り、正教の司教として聖別されることは不可能です。私達はあなたがたの教会における有効性を問題にしているのではありません。むしろ首尾一貫性のなさを問題にしているのです。なぜならあなたはローマ・カトリック教会への帰正を求めているというのに、ローマ・カトリックを正教会へ連れこもうと試みているからです。これが異常な点であり、カトリック教会においては有効でありえないものであり、そしてローマ典礼に関する教会法はこのような事を許容しないのです。それは無効です。そしてそれは一致よりもさらなる分裂を引き起こしたのです。あなたは教会的に、司教である保護者として、ローマ・カトリックの修道会である聖シャーベル修道会の上に置かれていました。あなたがローマ・カトリック教会に受け入れられる時が来るまでは。この事は、ローマ・カトリックとしての私の地位を変えませんでした。なぜなら私は、あなたがたの教会に加わってはいないからです。またビザンチン・オーソドックス教会にも。そうではなくむしろ秘跡に関してあなたの司教的保護のもとにあったのです。なぜならローマ・カトリック教会は正教会の秘跡の有効性を認めているからです。私が認めているように。あらゆる手続きがローマによって完了されるまでは、あなたによって叙階される事はしないようにと聖母が常におっしゃっていたのは、特にこの理由のためなのです。あなたが所属しているビザンチン・オーソドックス教会について、ローマがすべてを受け入れるかどうかを見るために。閣下、東方典礼の枢機卿との現在のあなたの状況、あるいはローマあるいはポーランドの司教達との状況がいかなるものであれ、その事は自動的にあなたが受け入れられたということを意味するのではありません。またそのことは、ローマ・カトリック信徒を正教会に入れて聖別したり叙階したりする権威をあなたに与えることはないのです。あたかも「正統」というのは本質においてローマ・カトリックと同じ事を意味するかのように。もしそうであったとしたならば、あなたはそもそもローマとの一致の手続きを進める必要はないでしょう。閣下、しかるべき敬意と共に申し上げますが、あなたは誤った勧告を受けてきていらっしゃいます。そして性急な行動に走り、正確な注意深い計画よりも、むしろ人間的感情や感覚に乗っていらっしゃるのです。
 さて8月19日に続いて出された公の手紙に関して。あなたは私を破門なさいました。このことがどのようにして可能なのでしょうか、閣下? あなたの管轄権は私には及びません。なぜなら私はローマ・カトリック信徒だからです。私はビザンチン・オーソドックス・カトリックの管轄下には入っていません。それゆえそれは無効です。あなたは主教としてこのことを知っておくべきです。この言明を規制するのはどのような教会法であるかを私に指摘してみてください。私は不道徳であり、あるいは棄教者であるなどと、どうしてあなたは言うことができるのですか。このようなことを公に主張する、どのような公式の根拠をあなたは持っているのですか。正教会の公式のレターヘッドにおいて。9月1日の日付の手紙は私の人格に反対する、さらなる言明を明らかにしています。どうしてあなたはそのような性急な声明をなすことができるのですか。私はこれらの事項に立ち入ろうとは思いません。なぜならそれらはそれに値しないからです。あなたに対して侮辱的な仕方で私があなたのことを述べたかどうか、示してください。私は起こったことの法的な側面のみを問題にしただけです。なぜなら私はローマ・カトリック信徒であり、ヨハネ・パウロ二世のもとで、この信仰に忠実であり続けるからです。
 それゆえもう一度、私はあなたの善良な性質と常識に訴えます。あなたが書かれたことを再考するために。そして実りの無い対話を終わらせるために。この分裂がいやされるように。法的手段を用いることに関して。あなたの手紙を注意深くお読みください、そして分別を保ってください。
 私はあなたの友人であり続けます。しかし神の従順な、そして信仰深い下僕です。私はあなたを赦し、あなたのために、そして真の一致のために祈っているということを確信してください。
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 私はまた、1994年9月12日に、日本での出来事によって当惑しているドイツの友人たちに、以下のような手紙を送りました。

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わが愛するドイツの友人たちよ、
 再び私はあなたたちに書き送るようにと天に依頼されました。この時のあなたたちの大いなる分裂と混乱のジレンマを私はよく理解しています。しかし、これら全ての事はドイツのウエストファリアの聖痕を受けた修道女力タリナ・エンメリックによって予め告げられていました。彼女は幻視の中で見た事を次のように書いています。「小さな男……最後の教皇となるであろうが、まだ平信徒である……が、今たった一人で肩に教会を載せて支えている。新しい十二使徒は遠くにいて、ほとんど手遅れとなるまではその男を助けない。その後、新しい十二使徒が多くの天使達と共に来て彼を助ける」 親愛なる友よ、これは何を意味するのでしょうか。彼は、今教会を支えているが、彼は罪深いので堕ちるであろう、という事では明らかにないでしょう。もしそういう事であるならば、そもそも生命と真理のシンボルである教会を彼が支えたりするでしょうか? いいえ、反対に、キリストの神秘体に多くの分裂があるために、…リトル・ペブルと一致していて、教会位階を通して同じ重荷を担っておられるカトリック教会の代理者ヨハネ・パウロ二世との一致のうちに、彼は全ての人々を真の光と一致の道に正しく導こうと懸命に努めている、ということをそれは意味しています。これらの奥義は、ファチマの秘密の中にも啓示されており、いつの日にか完全に理解され、そして全教会に示されるでしょう。
 ですから親愛なる人々よ、これらの分裂は何なのでしょう。そしてなぜ分裂があるのでしょう。何年にも渡って私と一致している幻視者たちが、イエズス様、マリア様から、リトル・ペプルに従うように、リトル・ペブルに聞くようにと、どれほど多く告げられて来たことでしょう。そしてリトル・ペブルが幻視者たちに、誤り、誤解、明白な異端を正す指示を与えるやいなや、幻視者たちがリトル・ペブルから離れるということがどれほど多くあったことでしょう。このことは何度も繰り返されました。ですから、この誤りの指摘が幻視者たちに私的に与えられ、それが拒絶されると、それは公のこととなるのです。そして起こってきたことは、誤ったメッセージを受けた幻視者はもはやリトル・ペブルに従わないということです。どれほど多くこのことが起こったことでしょう。キリストが幻視者に要求なさった忠実はどこにあるのでしょう……特に幻視者自身が「リトル・ペブルに従いなさい。誰であれリトル・ペブルを支持しない者は堕ち、あるいはミッションさえも失うだろう」とのメッセージを受けている場合には。幻視者がリトル・ペブルと一致するようになった時、彼ら自身がこのような指示を受けたのではなかったでしょうか。いったん幻視者たちが私に逆らって進むことを決めると、どうして、彼らはこれらのメッセージを決して思い出さないようになったのでしょうか。かくして力タリナ・エンメリックの預言が、悲しいことに、実現しつつあるのです。
 もちろん、その「小さい」男は嵐の最中にあっても従順に忠実に留まります。聖なる御母が、聖ヨハネが、聖なる婦人たちが、主の御受難の間、イエズスの隣に堅く踏みとどまったように。親愛なる人々よ、今も同様なのです。私はあなたたちに何度も書き送ってきました。あなたたちに各国で起こったことを知らせるため、また、あなたたちに十分に情報を伝え、どのような誤った情報が広まっても、前もってその知識が与えられていることを保証するためです。私がこの情報をあなたたちに伝えるのは、あなたたちを混乱させるためではありません。そうではなく、神秘的な教会、預言者の教会で起こっていることを非常に明確にするためです。私が信仰の内にあなたたちに与える言葉を受け入れないなら、それもあなたたちの選択です。誰も私の言葉を受け入れるように強制されないからです。皆は自由に好きなようにできるのです。
 しかし、状況の全体がどのようになっているのか、という事に関しては、全ての人が知って欲しいと私は強く感じます。この段階において聖なる御母は、約350人の幻視者が私との一致に留まっていますが、この350人の内100人は外からの圧力のために弱くなっており、自分に自信が持てないでいる事を啓示されました。聖母は教会に真実を示すために、一致を示す更に多くの幻視者を立てることを約束なさいました。あなたたちはこの事を思い、熟考しなければなりません。すなわち私は最後で真実の将来の教皇であるか、ないか。真実が私と共にあるか、ないかについてです! 私は、私が不可謬であるとは主張しません。キリストの代理者ヨハネ・バウロニ世だけが不可謬なのです! しかし神は私に幻視者を導き助言を与える特別の恵みを与えて下さいました。もし私が将来、神の教会を指導するのでないならば、もし私が幻視者たちの間に一致をもたらすように招かれていないのならば、もし私が十二使徒の一人として呼ばれていないのならば、神はこの恵みを私に与えて下さらなかったでしょう。ですから今回再び到来した多くの困難について心を悩ませない様にして下さい。それはアタナシウス大主教に関することです。なぜ正教会がローマ・カトリックの修道会である聖シャーベル修道会と共に働き、そしてなぜ突然私達がアタナシウス大主教との公式の一致を断ったか、という事についてです。これらの深刻な問題を理解するためには、状況を把握しなければなりません。
 まず第一にカトリックではない者が……主教であれ平信徒であれ……ローマ・カトリックのメンバーと連携して働く事は力トリック教会の法に反しないという事です。それどころか、異なる教会の間の真の一致を促進する事が勧められているのです。昨年、大主教閣下が、私に紹介されました。大主教は私と、そしてローマ・力トリック教会と一致しようとの強い望みを持っていました。大主教はロシア正教会で正当に叙階された主教で、彼の叙階の有効性に関する限りはローマによって認知されており、主流ではないがビザンチン典礼のアメリカの正教会の下にいる真の法的に有効な主教である事は明白に理解されなければなりません。後に大主教は、アメリカにおける「トラディショナル・ローマ・カトリック教会」の総大主教となり、ごく最近アメリカにおける「ビザンチン・オーソドックス・力トリック教会」の総大主教となりました。アタナシウス大主教の管轄地域は、南北アメリカ、ヨーロッパにわたり、彼の下には何人かの主教と30人程の司祭がいます。正教会の伝統においてアタナシウス大主教は、これらの典礼の法的に有効な主教であることは指摘されなければなりません。これらの典礼はまだ、ヨハネ・パウロ二世の下にあるローマ・カトリックの使徒継承の教会とは一致していません。閣下が1993年8月オーストラリアに来られた時、アタナシウス大主教は聖シャーベル修道会に入る事を望み、主教として彼は聖シャーベル修道会の……私が創立者ですが……保護者となりました。その条件は、アタナシウス大主教がローマ・力トリック教会に入らなければならない、という事でした。この条件は大いなる喜びをもってアタナシウス大主教に受け入れられました。そして、このための計画が立てられて手続きが始まったのです。正教会の大主教は、主教として私たちを支援し、秘蹟生活において修道会を護ることの他には、私と聖シャーベル修道会に対して何の公式の権威も持っていないことは理解されなければなりません。これは大主教が公にローマによって受け入れられるまでのことであって、ローマから受け入れられたならば、アタナシウス大主教は聖シャーベル修道会の公式の長になっていたでしょう。
 しかし他の人々が大主教に関わり始め、大主教に影響を及ぽしたので、問題が生じました。今年の2月以来、大主教は他の人々と共に、力トリックの司祭を正教会の司教に、そしてカトリックの既婚平信徒を正教会の司祭に叙階する準備を始めたのです。これは、それぞれの典礼、そして教会の法に対する違反です。その結果、アタナシウス大主教と私達との間に分裂が生じたのです。なぜなら、アタナシウス大主教はにローマ・力トリック教会に公式に受け入れられるまで待ち、その後に教皇の権威の下で司教を叙階し、力トリックの法に従って司祭を叙階すべきだったからです。私が関係を断たなければならなかったのはこのためです。それは友情の分裂というよりは、力トリック教会にとっての有効性と適法性の問題だったのです。
 ですから親愛なる人々よ、平和に留まり、これらの分裂と今存在している混乱に心を乱さないように願います。今は本当に試みの時であり、信仰と信頼……そして、神の神的真理への従順のみが私たちを助けるからです。私たちは今、聖ペトロのようにならなければなりません。まなざしをイエズスに向けて離さず、信仰をもって水の上を歩き、ヨハネ・バウロ二世の権威に従順でなければなりません。
 ドイツの兄弟姉妹たちよ、私を信じてください。あなたたち皆にとってどれほど困難か分かりますが、勇気を出してください。あなたたちに一つの秘密を教えますから。大警告後、私はキリストの代理者としてぺトロの冠を戴くために戻って来てドイツに住むでしょう。ニューバチカンはドイツに置かれ、私はそこから、反キリストの支配の間、迫害される教会を統治するからです。真実はまもなく全教会、全世界に知られるでしょう。力ある御者が下僕に大いなることをなさるからです。真実は、嘘と分裂によってつくられたすべてのものに勝つでしょう。
 私は祈ります。皆様も私のために祈ってください。私が十字架を担い、イエズス様とマリア様が私の肩に置かれた教会を支えることができるように。また私は、クリンネル一家の勇気ある良い働きのために祈り、支援するように願います。クリンネル一家は何年にも渡り、多くの苦しみと迫害を受けながら、私を擁護して、倦まずたゆまず働いて来たのです。
 もう一度あなたたちの愛と支援の祈りとに感謝します。イエズス様とマリア様の聖心の勝利が速やかに到来しますように。神の祝福が皆さんにありますように。
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 ソーンブッシュはこれらの手紙の両方を聖母に提出し、それらは受け入れられるものであるかどうかをお尋ねしました。そして彼女は9月12日に以下のお答えを受け取りました。
聖母: 「わが甘美なる娘、私は我が愛する真理の『岩』に、私はこれらの手紙の両方を受け入れ、それらをわが汚れなき御心の内に置くことを知ることを望みます。これらの手紙の両方において、なされるべき小さな修正があります。わが『リトル・ペブル』は、私たちが彼の真の忠実性と従順に喜んでいるということを知らなければなりません。私は我が貴重な『岩』を、わが汚れなき御心の内に祝福します。そして私はわが選ばれた司祭なる息子『リトル・ヨハネ』を祝福します。」

 東京での破滅的な出来事から一年以内に、「トランペッター」は一つの文章を作ってそれを配布しました。この文書の一部を以下に掲載します。彼の各パラグラフの末尾の結論部分に、彼の主張に対する私の反論をイタリックで掲載します。

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真理が語られなければならない
− 証人であること − 楽しくない仕事 −
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A.ウィンゲート 「ザ・トランペッター」著

 昨年より私は「リトル・ペブル」とイブ・マリー・ブレ(神父)の活動からの私の離脱についての公の説明を求められてきました。両者はともに公式に彼らの修道会の司教によって公式に破門されています。それは非常に単純なことです。そして私は一連の出来事を提示し、私が目撃した通りの事実を述べたいと思います。(神秘的恩寵の正当な活動に承認を与えている)様々な幻視者たちによって印刷されているメッセージの読者であるすべての人々に、歴史は、神がその業を明らかにされる仕方を開示するでしょう。以下が私の答えと説明です。
【 リトル・ペブルの反論 】 アタナシウス大司教は私たちを破門することはできませんでした。なぜなら彼はローマ・カトリック教会ではなく、正教の司教だからです。それに加えて、カトリックは、公式の声明、文書、教皇への上告の権利なしに破門されることはありえません。彼の言明には何の有効性もありません。

 1994年9月、日本の広島において、数多くの神秘家たちが集まり、ウィリアム・カムに関しての道徳的判断や行動について存在する諸問題を議論するための唯一の機会がありました。この集まりは、先の二月に行われるよう指示されましたが、ウィリアムは次のように述べて日本に来ることを拒絶しました。「その時期は寒い。天は待たなければならないだろう」
【 リトル・ペブルの反論 】「指示された」……私は尋ねたいと思いますが、誰によってですか? 私のミッションは神の意志に従うことです。もし天が指示されれば私は従います! 私は何度もマイナス25度や、プラス40度を超える気候の中を旅行してきたということを考えるならば、私が寒い気候のために旅行を拒絶したと述べることはばかげたものです。

 私たちが会ったとき、そこには聖シャーベル修道会の公式のパトリアクを含む、三人の司教と様々なミッショングループの聖職者がいました。
【 リトル・ペブルの反論 】 パトリアクは教皇によって指名されるものです。当該大司教は決してパトリアクとして指名されたことはありません。大司教の公式の立場が明らかにされる前に、彼は聖シャーベル修道会の「保護者」となるよう申し込まれました。もちろんこれは彼の信用が全面的に検討されたときに無効になった名誉的な称号に過ぎません。もう一度指摘しますが、大司教はローマ・カトリック教徒ではないのです。

 出席した幻視者、神秘家たちは以下の通りです。合衆国の「トランペッター」、日本の「ロゼット」、シンガポールの「ジュリー」と「クリスティーナ」、ポーランドの「リトル・ブラザー・イン・クライスト」、合衆国の「メアリー・ジェーン・イーヴン」と「フランツ・カイラー」、オーストラリアのウィリアム・カム、そしてアジアの他の人々でした。関係者はみな彼らを取り巻く状況や主題についてよく認識していました。ウィリアムが、彼の私的なそして公の生活においてとっている道を改める必要があるということについて、知らないで来たものはいませんでした。
【 リトル・ペブルの反論 】「知らないで来た者はいなかった」! ジェームズ・ダフィー、フランツ・カイラー、そして私は、確かに何も知らされていませんでした。いかなる議題も私たちの間では議論されませんでした。

 状況をよりよく理解するために、私自身とパトリアクは日本におけるこの会合の何ヵ月も前に、存在する状況について意識していたということを読者は理解するべきです。これは、私たちがその前年、オーストラリアの彼の家にいたときに、ウィリアムの行動と意図について聞かされていたことによるものです。これは計画の一部で、それによれば、彼は新しい時代において、あらゆる子供の父となる唯一の男性となるだろうというものでした。「彼」だけが全能の神によって地球の人口を再び増やすために選ばれたというのです。全くジム・ジョーンズそっくりです! かくしてウィリアムは、新しいアダムとしての第二の契約の成就として、キリストが新しい、そして最後のアブラハムであるという信仰の教えを排斥しています。それ故、出席した人々皆は、ウィリアムと話す意図について全面的に知らされていました。そしてウィリアムが知っていたことのすべては、私的に直接の会議を彼とともに持つために、我々がそこで彼を待っているということでした。
【 リトル・ペブルの反論 】 前年私の家にいたときに、なぜ「トランペッター」は「新しいアブラハム」としての私の役割を受け入れることに困難を覚えたことを発言しなかったのか?、と人は不思議に思うことでしょう。「トランペッター」は自分自身が陰謀の首謀者であることを明らかにしています!

 しかしながら、このことは「罠」と言われうるものではなく、そのようなものとして企まれたものでもありません。私たちは(独立に)私たちの主と聖母からのビジョンにおいて受け取られた指示によって集まったのです。そしてまたウィリアムによって設立された修道会のパトリアクによって受けとられた指示によって。それゆえ、これを「罠」と呼ぶことは私たちの主と聖母が欺瞞的で悪意に満ちていると述べることになるでしょう。そんなことはありえません!
【 リトル・ペブルの反論 】 それはまさしく「罠」として企まれたものでした! なぜジェームス・ダフィーと私が、他の人々から40キロメートルも離れたホテルに泊まらされたのでしょうか? 英語を話せる人々とのいかなるアクセスもなく、会合の詳細や集まる人々、場所も知らされませんでした。私たちは幻視者、プロモーター、あるいは運送手段に対するいかなるアクセスも持っていませんでした。「そこには陰謀があった」と私が天から告げられたという事実は、以上の状況によって強調されるばかりです。ヴィジョンに関して。誰がそれらを真のヴィジョンだと確証したのですかと私は尋ねたい。ここでも「大司教」は、いかなる管轄権も持ってはいないのです。

 「リトル・ペブル」によって要求された通りに、聖職者、幻視者、主要なプロモーターたちと集まることができたとき、彼が最初に話すことができるようにせよというのがウィリアムの要求でした。ウィリアムは、出席している人々に対する中傷や名誉棄損の主張を並べたて、彼の「力と権威」は教会の「神秘的側面」において教皇と「等しい」ものであるということは、誰によっても否定されてはならないと主張しました。そして、あらゆる個人は、彼の述べたこと、そしてやったことのすべてを神の意志であるとして受け入れなければならない、「リトル・ペブル」は次の教皇になる時に十戒に従うよう拘束されない、いかなる女性でもいかなる時でも彼の妻として選ぶ「リトル・ペブル」の権利も否定されえない、彼がその自由を持つということは神の神聖なる意志だから、と主張しました!! これらのすべてのことは出席したメンバーたちによって聞かれました。それゆえ、それは誤解として片づけることはできません。
【 リトル・ペブルの反論 】 私は教皇として十戒に従うよう拘束されないというような言明をなしたことはないし、なすことはないでしょう。キリストの代理者として、私は彼を地上において代理し、それゆえ私の第一の仕事は彼の教会を支えることであって、それを破壊することではないのです。妻としてどのような女性でも選べるということに関して言えば、これは全くの虚構です。天はあらゆる霊魂たちの使命を定められます。私は神が指示された通りに神の意志に従うのであって、言明が言うように「気ままに」ではないのです。

 ウィリアムの要求のリストの前に、その前の晩にウィリアムはすでに出版するための手紙をブレ氏に送っていました。この手紙は、会合に出席した者全てを「恩寵から落ちた」と批判し、もはや有効なミッションを持っていないとするものでした。
【 リトル・ペブルの反論 】 ブレ神父は、叙階されたカトリック司祭として、永久に「メクキゼデクの系統における」司祭です。それゆえ、彼の称号は尊重されるべきです。彼は今も、そしていつまでもブレ神父です。ある人々が、天からの指示に従っている罪のない他の人々を不当に攻撃することに関わるならば、彼らは自分たち自身を正義と真実に対立するものとするのであり、当然恩寵を失います。彼らのミッションは大いなる危機に陥ります……自分自身を正しい恩寵の経路に従わない限り。第六パラグラフをもう一度見てほしいと思います。そこでトランペッターは、私たちの主と聖母は欺瞞的・悪意的ではないと述べています。まったくその通りです! さて、それではなぜトランペッターは、私に対する事前に準備された攻撃の正当性を主張できるのでしょうか。

 「リトル・ペブル」はまた、彼がカナダの「ソーンブッシュ」から受け取ったというメッセージを読みました。彼が受け取ったと主張するメッセージへの確認をブレ氏に求めたとウィリアムは述べました。そして問題となっている事項について「ソーンブッシュ」が何らかの観念を持っていたということは全くあり得ないと述べました。彼は、彼の「メッセージ」は「天」によって確認されたと述べました。しかしこのことはウィリアムにとってもうひとつの問題となりました。なぜなら、ウィリアムが確認を求めた「メッセージ」を説明したカナダへ送られたファックスの写しを私は作ったからです。カナダからの返答は、ほとんど一字一句ウィリアムによって送られたファックスの言葉を繰り返したものでした!
【 リトル・ペブルの反論 】 第一に私は、私的なファックスの写しを「トランペッター」はどのような手段で入手したのかを問いたいと思います。第二に「ソーンブッシュ」がメッセージの確認を受け取ったのであれば、言葉使いが同様なものになるのは当然のことでしょう。

 このことの暴露によって、「リトル・ペブル」は激怒しました。そして出席している人々皆に対して、彼の潔白が疑問に付されることを彼は許さないと叫びました。すなわち、彼についてのうわさを広めることによって彼の名声を破滅させようとしているのは他のすべての人々であり、「リトル・ペブル」は犠牲者なのであり、彼の正当性は立証されるであろう、と。
【 リトル・ペブルの反論 】 私は、私の名声と身の潔白を擁護する権利があります。なぜなら私は神の預言者だからです。私がなしている仕事は神の仕事であり、私はそれを中傷と悪口から守るでしょう。
 「リトル・ペブル」は、彼があらゆる幻視者たち、彼らのミッション、天の指示に従うことにおいてあらゆる信徒が導かれるべき指示について、彼がコントロールと権力を持つことの必要性を頑強に主張しました。このことは、聖書の解釈や教会の歴史において聖人たちを通して与えられてきた啓示の解釈を含みます。これは「リトル・ペブル」が、世界中で公表されている様々な「メッセージ」のどれが「真のもの」であると考えられるべきかを宣言するための幻視者の委員会を形成しようと試みたことの二番煎じでした。いくらかの人々はこれは良いアイデアであると考えるかもしれません。教会が、概して、様々な幻視者や神秘家からの指示についていかなる論評も与えていない状況においては。しかし、その組織を始めることについてウィリアムが明らかにしたのは、そのような意図ではありませんでした。彼の動機は、様々なミッションおよび彼らの寄付の受け取りに関して、完全なコントロールではないにしても十分な脅しを維持することができることだったのです。このことは、あらゆる寄付を、彼の使徒職を通して、あるいはカナダのブレ氏を通して送らせることで達成される予定でした。そして、もし他の幻視者たちが従順であると彼が感じるならば、その幻視者たちにそれを与えるのです。
【 リトル・ペブルの反論 】「コントロールと権力」……私のミッションはあらゆる幻視者たちを一致させることです。私は彼らを「コントロール」するのではありません。彼らは彼ら自身の自由意志を持っています。もし彼らがすでに天から指導されていて、彼ら自身の主張に乗り出すことを好むのであれば、そうするがよいでしょう! 私は決して誰にも私の意志を行うように強制したことはありません。私は「脅し」の仕事には関わっていません。そのようなことは私の性格にはないことであり、空想的な言明であり、まったくの虚偽です。あらゆる寄付を私自身の特定の目的のために私を経由させようという私の望みについての「トランペッター」の非難について言えば、これもまたもうひとつの彼の空想です。彼は何年間にもわたって私を知っており、金銭的にも霊的にも私の多くの助けの受益者であり続けてきました。私は、はっきりさせておきたいと思いますが、幻視者たちが受け取った寄付は、私たち自身のプロモーターたちからのものでした。私は何度も私費の寄付によって数多くの幻視者たちを支援してきました。そして窮状のうちにある者を誰も拒みはしませんでした。聖地を訪問することを望む人々がオーストラリアにやってくるために出資することを何回も私は行ってきました。

 計画されたメンバー、「リトル・ペブル」によってのみ計画されたメンバーは、アタナシウス大司教、ブレ氏、「リトル・ペブル」、ブロサード神父、そして私自身でした。このようにして、「リトル・ペブル」が彼自身の利益のために利用することを望むメッセージや、その真正性を否定したいメッセージがあれば、そのメッセージはこれらの委員に提示され、その真正性について投票がなされるのです。そして常に「リトル・ペブル」に彼の望む結果を与えることになるでしょう。このことはブレ氏とブロサード神父が決して「リトル・ペブル」の望みに反対しないことによって達成される予定でした。一方、私と大司教は、「リトル・ペブル」と協力する限りにおいて、私たちの仕事が必要とする財政的な支援を約束されました。これらすべてのことは「リトル・ペブル」とブレ氏の前で論破されました。
【 リトル・ペブルの反論 】「トランペッター」は、天からのメッセージが「投票」によって確証されうると示唆しています。これはばかげたことです! このパラグラフ全体は幻想です。

 ブレ氏について、あまり知られていない事実があります。彼はモントリオール大学で集団力学(マインドコントロールのテクニック)のセミナーに参加してきたことを誇っていました。これらが、カナダのブレ氏によって築きあげられてきた考えです。神によって彼に与えられたと主張されている彼の権力の維持のために、他の人々の頭の上に脅しを加え続けるために「リトル・ペブル」とブレ氏が働くやり方なのです。
【 リトル・ペブルの反論 】「マインド・コントロール・テクニック」はもう一つのフィクションです。ブレ神父は強烈な個性を持っており、そして高い教育を受けた知識のある人です。彼は他の人々の精神に対するコントロール能力を持ってはいません。もしそうでなければ、彼が過去四年間において聖シャーベル修道会とのきずなを断ち切って以来、彼の支持者の大部分を失うということはなかったでしょう。

 どれほどしばしば私たちはこの二人によって天への全面的な従順の必要性を思い出させられてきたことでしょうか。しかしこれは常に、彼らの見解に従った従順と解釈されてきました。それは天のメッセージのビジョンにおいて教会を悪者とする見解です。それから「リトル・ペブル」とブレ氏の修道会のパトリアクからの指示がもたらされました。これらの二人のいずれも、彼らの仕事を承認するいかなるローマ典礼の司教をも見つけることができていませんでした。 (私はバチカンによって、司教を見つけるように、そして教会法によって要求されている通りに、メンバーの有効な宣誓がローマによって認可されるように指導されましたが)
【 リトル・ペブルの反論 】 私はこれまで決して直接的にも間接的にも教会をそのようにおとしめる言い方をしたことはありません。教会はキリストの体であり、キリストご自身がその頭であり、そしていつまでもそうであるでしょう。教会を否定することはキリストを否定することです。次に、私はカトリックであり、この教会の一員です。私はそれが教えることのすべてを信じています。そしてこのことを常に何年間にもわたって繰り返してきました。もう一度私は繰り返しますが、アタナシウス大司教は、カトリック教会において、いかなる権威も持ってはいません。

 聖テレジア・オブレート会は5人のオーソドックス・カトリック司教の公の支持を得ています。(皆、東方およびローマ教会法のもとで合法的です)。一方、リトル・ペブルとブレ氏は何も持っていません。司牧的な保護のもとに受け入れてくれるようにアタナシウス・コンスタンチノス大司教に彼らが求めたのはこのような時でした。
【 リトル・ペブルの反論 】 ある司教が、正教徒であると同時にカトリック教徒であることはできません。それゆえ、オブレート会が五人のオーソドックス・カトリック司教の支持を得ているというのは、ばかげたことです。また、彼らの名前が挙げられていない事にも私は注目します。もう一度はっきりさせておきます。最初、アタナシウス大司教は彼の全面的な信用性について明らかにしなかったのです。それゆえ第一に私は、彼がローマと一致していないことについて知らなかったのです。

 聖シャーベルの季刊ニュースレターをもう一度見てください。そうすれば、そこにあなたは設立されつつある修道会の保護者として公式に大司教が迎えられた写真と記事を見ることができるでしょう。一方においてブレ氏は彼が合法的に公のミサを立てることができるように大司教からの任命を求めています。一連の出来事や事実がどんどん続きます……。
【 リトル・ペブルの反論 】 もう一度言いますが、大司教は最初、彼の保護下に聖シャーベル修道会を迎えるように求められました。しかしながら、これは当然、彼がカトリック教会に属していないということを認めることによって、無効になったのです。

 善意とともに、パトリアクはこれらの組織の霊的な、そしてまた道徳的な発展を援助し指導することを受け入れました。この時点において皆さんは、有効な司教によって受け入れられ祝福されない限り、いかなる個人によってなされた宣誓も、教会によって有効または承認可能なものとはみなされないということを理解する必要があります。そして有効な司教の介入なしでは。これらの組織は単なる「信心会」にとどまります。教会法は、これらの行動はローマ典礼の司教によって取られなければならないとは規定していません。教会法は、それが有効な司教による行動であることを規定しています。現時点において、この点が私とこれら二人の人物との間の大きな相違です。私は合法的に叙階された司教の関与と支持を得ているのです。
【 リトル・ペブルの反論 】 ローマ・カトリック教会法はローマ・カトリック信徒のみを扱い、また扱いうるのです。トランペッターは、合法的に叙階された司教の支持を彼は得ていると述べています。彼の目においてはそうかもしれません。しかしそれでもなおその司教たちはカトリックではなく、カトリックの事項におけるいかなる管轄権も持ってはいないのです。

 ローマの司教たちの能動的な関与がないので、公衆の目には、何かが間違っているという印象があります。これは、ローマ典礼と、その他三十以上の教会の有効な典礼の諸教会との間に存在する人々の偏見にもとづくものです。私の研究と、助祭、さらには司祭、オーソドックス・カトリック司祭としての私の叙階に関する事実を混乱させようと「リトル・ペブル」が試みているのはこの点についてなのです。しかし、ほとんどの人々は様々な典礼についてのいかなる理解も持ってはいないので、考えとともに感情を混乱させること、そして彼らに事実を隠すことは容易になっています。私の叙階は有効です。多くの人々によって気に入られてはいませんが。ウィリアムによって設立された「修道会」の上長であったアタナシウス大司教自身による叙階、そしてまたウィリアムとイブ・マリー・ブレを、信仰の有効な教えに従わなかったことによって公式に破門した司教による叙階です。
【 リトル・ペブルの反論 】 トランペッターは自分自身をローマ・カトリック教会の外へと出したのです。そして何もその事実を変えることはできません。彼の叙階は有効であると彼は主張しています。それはローマ・カトリック教会の中では全く有効ではありません。もう一度言いますが、オーソドックス・カトリック司祭などというものは存在しないのです。しかしながら彼の叙階は、正教会の目においては合法的有効性を持っています。「偏見」とは奇妙な言葉遣いです。カトリック教会の公式の教えは、踏みにじられてはならないし、「偏見」と決め付けられてもなりません。このようなあまりにも広まった考え方は現代主義によって増長し、教会が今日経験しつつある試練へと教会を引き込む手助けをしてきました。もう一度言います。カトリックでない大司教は、カトリック信徒をカトリック教会から破門することはできません。

 このことは私を、ブレ氏による主張へと導きます。それによると天は、私はもはや聖テレジア・オブレート会の創立者ではないと述べられたというのです。「ソーンブッシュ」を通して受け取られたメッセージの彼自身の解釈によれば。このことはブレ氏の洞察力がいかに貧弱なものであるかを証明しています。当該メッセージは「ヘッジローズ」として知られているドイツの揺らぎつつある神秘家に対する推薦です。幻視者にして神秘家である「ヘッジローズ」は(数週間前に)キリストが夜中に来られて共同体の中のすべての男性を司祭に叙階したと宣言しました。そしてすべての人々は彼らの首の回りに聖別されたホスチアを含むロケットを身につけ始めなければならない、と。それらのメッセージのすべては「リトル・ペブル」によって、「ヘッジローズ」に対して確認されました。これはもうひとつの問題です!
【 リトル・ペブルの反論 】 「ヘッジローズ」のそれらのメッセージは私によって確認されてはいません。全く逆に、私は彼らに、彼らは誤っていると告げました。その結果、「ヘッジローズ」と、彼女の霊的指導司祭にして使徒であるウンダーリッヒ神父は私から離反したのです。

 彼らの支持なしでこの神のミッションを続けることができるようないかなる能力も私から取り除くという意図をもって、彼らは脅しを武器として使って私を支配下に置き続けることを計画しました。世界中のミッション、ワーカー、サポーターたちの一致のために働くようにとの、神の母によって彼に与えられた指示に従うことを拒絶することによって、このことは全てウィリアム、「リトル・ペブル」から発生してきました。むしろウィリアムは、私が、彼ら自身の間の仲介を必要としている様々なグループとともに働くように派遣されることを要求してきたのです。
【 リトル・ペブルの反論 】 私は天の指示を拒絶した事は決してありません。私は常に祈り、霊を識別しています。そして常に他の幻視者たちからの確認を求めています。私はまた他の人々にも霊を識別するように、そして識別のために祈るように勧告しています。私は真のメッセージからの指示に常に従ってきましたし、神がお望みならば、神の母からのいかなる指示をも拒絶することは決してないでしょう。

 しばらくするうちに、私の広範囲の旅行の努力は何時間もの労働と共に実を結びました。このことは日本において実現された生産性において最も明白です。このことはカムとブレの心の中に大いなる恐れを引き起こしました。日本は彼らの夢想を支える財政的支援を得るための、彼らによって選ばれた漁場であったからです。もしただ乗りの権利が失われようとするならば、その人はきわめておそらくあわてふためくでしょう。そしてまさしく、これら二人の人物は、あわてふためいたのです!
【 リトル・ペブルの反論 】「大いなる恐れ」「選ばれた漁場」「夢想」「ただ乗り」……私はただ「夢想」という言葉を強調して、その言葉をこの著者自身に当てはめることしかできません! 私は私の使命を受け取ったがゆえに、大いなる個人的ハンディキャップ、家庭問題、迫害、脅し、中傷、悪口に耐えて、私は天のために、私の全ての心をもって働いてきました。私は私の人生を「ただ乗り」とは呼ばないでしょうし、そしてそのようなものであることを期待したことは決してありません。

 彼らの欺瞞によって日本において引き起こされた問題は間もなく表面化するでしょう。さて、カムとブレの自己防御のための相互協力についての説明です。これはすべてパトリアク、アタナシウス大司教によって目撃されました。1993年8月、アフリカのケニアで、聖ミカエルがおよそ70人の幻視者と神秘家にメッセージを与えられ、トランペッターのミッションを助けることを望んできた日本のプロモーターの一人に、しるしを求めて彼女がなした祈りに従いつづけることを求められました。聖ミカエルは彼女の祈りに答え、25万USドルを「トランペッター」の使徒職に送金するように指示されました。(判明したところによると、これはその女性が提供するのに重荷となるような金額ではありませんでした) ウィリアムとブレ氏は、寄付者の正体を知ろうと躍起になりました。そして私はそれを決して明かしませんでした。このことはウィリアムをあまり長くは留めておきませんでした。なぜなら数日後、ブレ氏が夕食の席でどのようにして百万ドルの寄付を日本のある支持者から受け取ったかを誇ったときに、リトル・ペブルの努力は二倍になったからです。そして、一人の信頼できる東京のワーカーの暴露によって、「リトル・ペブル」が問題の寄付者の正体をつきとめることに成功したことが明らかになりました。この時点で、「リトル・ペブル」はこの日本の女性にメッセージを送っていました。聖ミカエルから送っていただくように彼女が祈った指示は真実のものであったが、神の意志ではないということ理解するようにと彼は彼女に指導しました。むしろ神は、すべてのお金が「リトル・ペブル」のミッションにゆだねられることを望んでおり、そして彼は神が望まれる通りに資金を配分するだろう、と。このような欺瞞は貪欲によって動機づけられたものです!
【 リトル・ペブルの反論 】 ここにまた偽りの告発があります。そしてこのことは、私が日本でグループに話した時の以前の記録において扱われています。
 これは、偉大なる聖ミカエルは、全能なる神の神聖なる意志とは独立して行動していると示唆することです。そして脅迫によって、この女性はもし彼女が従わないならば彼女は恩寵から落ちると考えたのでした! (注記:「トランペッター」のミッションに資金が送られる前には、いずれの場合でも、聖ミカエルは、成し遂げられるべきすべてのことの全体的なリストを与えてこられました。そしてすべての必要が賄われた後に、私の家族の必要は最後のものとして扱われました) そうです、送金が始まったときにそれは止められました。それらはアメリカに向かおうとしているときに止められ、そして他の国に向かったのです。皆さん、あなたがたは、幻視者たち、ワーカーたち、霊的指導者たちをテストするためにミッションにもたらされうる問題について全く理解していません。サタンはまさしくこのようなやり方で様々なミッションの大部分を破壊してきたのです! 悪魔は、その人物が全く強力であり、間違いを犯し得ないという考えを吹き込むのです! それから金です!
【 リトル・ペブルの反論 】 私は「トランペッター」に、彼自身の言葉に注意を払い、彼自身でそれを咀嚼(そしゃく)することを勧めたいと思います。

 天は様々な神秘家を助けるために特別な印を与えてこられました。天からのものであると彼らが信じ、あるいは感じていることを、お互いにチェックするために。「リトル・ペブル」とブレ氏についての唯一の問題は、彼ら自身の好みに従って、彼らはこのことを乗り越えることができると感じているということです。一方、八人の幻視者たちが特別な印を受けており、……そしてこれには「リトル・ペブル」は含まれていません。そしてブレ氏は幻視者あるいは神秘家ではありません。「リトル・ペブル」は、彼の考えにおいて彼は正しくないと彼に告げる八人中七人の幻視者たちの確認を受け入れないでしょう。神に逆らうことが彼にはできないこと、および教皇に等しくなることができることについての主張とともに、すべての人々は彼の要求に従わなければならないとウィリアムは主張し続けています。
【 リトル・ペブルの反論 】 私は言明します。幻視者は、偽りのメッセージを受けることがありえます。とりわけ彼らの自然的な傾きが、彼らのメッセージに影響を与える場合には。「祈り」「識別」「謙遜」が、そのような傾きによる影響を排除するために必要な要素なのです。私はこれまで決して神に反抗することはあり得ないと主張したことはありません。知らずに一日に七度罪を犯す単なる人間です。我々は皆、罪人です。我々はみな神に反逆しているのです。しかし神は心をご覧になります。意向と痛悔を。私は教皇に等しいのではありません。私は常に教皇を支持してきました。しかし私は彼の後継者になる予定なのです。

 公衆に向けてのこの手紙の中に辛辣さがあるとは考えないでください。私は、世界中で私たちの信仰の真理を擁護する責任を引き受けてきました。現在、キリストの教会の教えと有効性は大いなる攻撃にさらされています。それは内部と外部から、その基礎に至るまで揺るがされています。かつて天によって霊魂たちの救いのために指示を受けていた人々によって欺瞞と利益の追求が行われているときに、私は怠惰に座っているつもりはないというだけのことなのです。人の必要は、霊魂たちの救いのために働くようにとの神の呼びかけに応える場合においては、脇に置かれるのです。世界的な組織の維持のためにではなく。
【 リトル・ペブルの反論 】「トランペッター」は過去において私のミッションを信頼してきたということを私は注記しておきます。しかし、いつ「天」が彼に、私が「落ちた」ということを確認したのか彼は語っていません。おそらく彼は彼自身の「評価」に従ったのでしょう。

 世による支持や、あるいはその欠如にかかわりなく、信仰の正しさは、神の業がそれ自体で生き延びることができる能力によって常に明らかにされてきました。神の業、あるいは聖母の業が成功するために、私たちは資金集めの活動のために世界中を旅行する必要はないのです。これはマザー・テレサによってなされていることではありません。なぜこのことが「リトル・ペブル」やブレ氏や彼らの取り巻きによって必要とされているのでしょうか? それはマザー・テレサの行動の仕方ではありません。彼女は、神が提供してくださることを完全に信頼しており、そして神はそうしてくださるのです!
【 リトル・ペブルの反論 】 旅行に関して私は「トランペッター」の見解に同意しかねます。天がそれを指示なさらない限り、確かに旅行は必要ないでしょう。天の指示に基づいて私は何度もトランペッターと一緒に旅行したのです。私に旅行の命令を与えるのは天です。私には放浪癖はありません。そして私は決してよい旅人ではありません。飛行機に乗るときにはいつもひどく気分が悪くなります。私はまた私の家族や仕事をいつも放置して世界中を回ることはしたくありません。それにもかかわらずこの点に関して私はトランペッターについていくことに非常に苦労してきました。また私が覚えているところでは、マザー・テレサは晩年においてきわめて広範囲に旅行しました。おそらくこのことは気付かれなかったのでしょう!

 人が、使徒たちによって手渡されてきた信仰の基盤から自らを引き離す時、私たちは自らを真理から切り離すのです。教会においてあなたが実践している特定の典礼は問題ではありません。その合法的な習慣と伝統に固執する真摯さと忠実さは、教皇ヨハネ・パウロ二世への忠誠とともに、信仰の忍耐をもって進み続けるためのあらゆる確証を私たち皆に与えてくれる優れた「隅の親石」です。教皇ヨハネ・パウロ二世は唯一のキリストの代理者です。いかなる国あるいは領域においても、彼に匹敵するものはいません。
【 リトル・ペブルの反論 】 最初の一文によって、「トランペッター」は自らを断罪しています。

 神、聖母、天使、そして聖人たちは、信仰の基盤から人類をそらせることはありえません。神の掟は永遠であり不変です。大いなる迫害の時が信徒に訪れたときでも、神の掟は決して廃れることはないでしょう。

 秘跡に頻繁にあずかってください。私たちの生活において神の恩寵の介入が活発になるように祈ってください。私たち自身と他の人々のために償いをしてください。以上のことをまず第一に守って下さい、いかなる、そしてあらゆるメッセージよりも優先して。天は、自分自身で決定をすることができない「あわれな弱い人間たち」のために毎週指示を与える回答サービスではないし、これまでも決してそうではありませんでした。そして、幻視者あるいは神秘家になる方法の学習というようなものはありません!
◆ きたる時代において人類の母となるために選ばれた72人の王家のプリンセスたちというものは存在しません!
【 リトル・ペブルの反論 】 最初にこの王家の啓示を受け取ったのは「トランペッター」であり、そしてそれを私に伝えてきたのです!

◆ 大警告は、1999年以前に世界にもたらされることはないでしょう。しかし日付を追い求めないでください。神の意志を理解させる印を、そして悪魔によってとられている行動を察知させる印を求めてください。

◆ 神によってあなたがたの心の中に植えられたインスピレーションに応えて下さい、メッセージによってあなたがたの心に植えられた考えにではなく。
【 リトル・ペブルの反論 】「トランペッター」は、天のメッセージを私たちが無視してきたと唱導しているように見えます。過去において彼は何百ものメッセージの受領者であったということ私は指摘しておきたいと思います。

◆ ウィリアム・カム、「リトル・ペブル」は、非常に深刻な誤りのうちに陥りました。このことを私は教皇秘書の求めに応えて教皇の事務局に報告しました。
【 リトル・ペブルの反論 】「非常に深刻な誤り」というのは「トランペッター」の評価です。

 1993年ローマにいたときに、私は非常に内密に教皇聖下を訪問しました。そして聖下の求めによって、少なくとも一年半、それについて沈黙しているように求められました。その会見において教皇聖下は、決してウィリアムを認めることはないと全面的に明白になさいました。これはウィリアムが、「教皇が自分のもとに来るように、そしてウィリアムは決してローマに戻らない」と要求していたときのことでした。これはウィリアムの自身の言葉です!
【 リトル・ペブルの反論 】 この言明は文脈から切り離されて引用されています。私は教皇からのそのような言葉のいかなる証拠も見たことはありません。

 ウィリアムの失敗は天の失敗ではありません。歴史を通して、神のより大いなる栄光のために神によって選ばれた、そして何百万人もの霊魂たちの救いのために選ばれた幻視者たち、さらには神秘家たちさえもが、、間違いを犯しただけではなく、きわめてしばしばひどい失敗を犯し、彼らの自己犠牲の死の最後の瞬間によって憐れみを得るたった一回のチャンスを与えられただけでした。
 常に、一つの、普遍の、諸典礼の教会の有効な教えに従ってください。これらの幻視者たちのために祈ってください。メアリー・ジェーン、フランツ、「リトル・ブラザー・イン・クライスト」のために。なぜなら彼らは、彼らはウィリアム・カムとブレ氏の仕事から離れなければならないと指導する天からのメッセージに従うことに失敗してきているからです。彼らは最初の二週間だけは従いました。その後彼らは、神は御心を変えられたのだと述べたのです。何度も何度も、彼らは神は御心を変えられたと言いました! もしそれが事実ならば、何を信用すべきでしょうか、神でさえも確信を持てないのであれば? しかし神は完全な神です。彼はまた常に将来、過去、現在の神であるでしょう。そして結局、神は完全であり、御心を変える必要はないのです。あなたがたの信仰において強くとどまり、神から、マリアを通して、救いは来ることを信じてください。それは彼女の時です。
 私のために祈って下さい。そして神が皆さんを祝福し続けてくださいますように。

(「トランペッター」は、カトリック教会によって認められていない「分離グループ」の一部であるアタナシウス大司教によって、正教徒の司祭として叙階された)
【 リトル・ペブルの反論 】 トランペッターによれば「失敗」……私はそうは考えません。そして私は極めて落ち着いて、彼の文章は不正確さと偏見に満ちていると言明する事ができます。それは極めて不正なものです。現時点において聖テレジア・オブレート会のメンバーはごくわずかです。彼の修道会はいかなる堅固な基礎も持ってはおらず、前進することに失敗しつつあります。これとは全く逆に聖シャーベル修道会は、これを書いている時点で、カトリック教会内の有効な司教達によって承認されました。今やそれは世界中に40の共同体を持っています。27ヵ所が既に形成され、13ヶ所が計画段階です。その各部門は開花しつつあり、「実」は明白です。神の業は止められることはないでしょう。何がそれに反対して起ころうとも。なぜならそれは神の業だからです。私は「トランペッター」を気の毒に思います。なぜなら私は彼を、友人そしてキリストにおける兄弟とみなしてきたからです。
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 1995年8月17日、「ソーンブッシュ」を通して聖母に提出した「トランペッター」の以上の手紙に対する聖母からの答えを私は受け取りました。私は聖母に私たちの心のすべてを差し出しました。聖母は手紙をご覧になり、そしてそれは黒くなりました。聖母の御血の涙が手紙に落ち、そして聖母はおっしゃいました。「わが小さきペトロ、そしてわが小さきヨハネ、我が愛する汚れなき御心の者たち。私はあなたがたに、常にあなたがたの真の信仰のあかしをなし続け、あなたがたが黙っていることを望みます。なぜなら、もしあなたがたがこの手紙に反応するならば、大きな制御できない火が発火するでしょうから。なぜなら今この時において、不必要な迫害があまりにも多くありますが、ただ、火をつけるために反応を待っている一つの火花が存在するのです。あなたがたの心に平安を保ちなさい。そして私はあなたがたに、償いのために祈り、真の一致のために祈ることを望みます。私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる『終わりの時』の使徒たちよ。そして私は、わが汚れなき悲しみの御心をあなたがたに差し出します。私はあなたがたを祝福します、そしてわが子、わが汚れなき御心の『トランペッター』を祝福します」

マルコム・ブロサード神父の証言
私の霊的指導司祭

【 幸いなるかな、心の清い者よ、彼らは神を見るであろう 】

 十字架の聖ヨハネは神を愛した人です。彼はいつも神について話し、神と親しくまじわりました。彼は心と唇で神を運びました。神は彼の本当の宝であり、彼にとって現実の世界です。彼の口が神の神秘を賛美し、明らかに示すために開く前でさえ、彼は神の証人です。彼が神のことをそのように情熱的に、極めて説得力をもって話をする理由はそれです。彼は、あたかも彼が肉体の目でそれらを見たかのように、神のことや信仰の神秘を話すことを聞き、熟考しました。信仰の賜物(たまもの)は、彼が知る神秘について、それを信者たちに生き生きともたらします。それは形となり、彼の本当の世界となります。証人は預言者や弟子に倣って、彼が見聞きした、彼が観照したことを断言するのです。(1ヨハネ1:1-2)、(ヨハネ・パウロ2世、十字架の聖ヨハネについての使徒的書簡、1990年12月14日)
 私が十字架の聖ヨハネについてのこの引用を読んだとき、私はウィリアムのことを思い出しました。信仰の賜物は聖なる人の霊魂の中で光り輝き、神秘は信仰の神秘として留まりつつも、神の神秘をじっくり考えることができるようにします。信徳、望徳、愛徳は、超自然的に彼の世界を彩り、人生におけるすべてのことが神の慈愛に満ちた摂理を通して見られ、聞かれ、経験されます。信仰の賜物は、ウィリアムが彼の生活上経験することや、公的、私的啓示、その他について分かち合うことができるようにします。これはまた、アビラの聖テレジアや十字架の聖ヨハネについても当てはまります。

【 善良さの閃光 】

 私は良き友についての真実の証人になろうとしています。「リトル・ペブル」として世界に知られている、教会の将来の代理者であるウィリアム・カムについてです。彼において現れている神の恩寵の栄光のいくばくかを読者に理解してもらうことが私の望みです。これは特に、彼が会うすべての人々や教会に対する彼の兄弟的愛によって歴然としています。ウィリアム本人に会った人でなければ、彼の人格を理解することはできないでしょう。私はこの小冊子によって、読者に彼の人格についてのより深い洞察を与えたいと思います。多くの人々はメディアの情報だけに頼って、彼を「愚か者」「無分別」と考えています。1984年からメディアは、一般にそのような方法で彼の人物描写をしています。この評価の仕方は新しくもなく独自でもありません。同じことが、聖パウロについて言われたことが使徒行録に載っています。しかし、このような評価ほど真実から離れたことはありません。
 ウィリアムには「善良さの閃光」があり、それは彼の人間としての尊厳やカトリック信者としての徳を描き出しています。この点から私は、この真実の証言を始めたいと思います。教皇パウロ6世はローマにいるジャーナリストに、次のような実に意義深い言葉を話されました。「作家として、あるいは芸術家として、あなたが人間の状態のうちに、それがいかに卑しく惨めな状態であっても、善良さの閃光を開示することができる時、まさにその時、あなたたちのすべての仕事に善徳の輝きが満ちるのです。これは事実です。あなたが道徳家の役を演じるように求めているのではありません。ただ私たちは、人生の神秘の背後に横たわっている光の光栄ある領域を開示する、あなた方の神秘的な力に対する信頼を表明しているのです。(1967年5月6日、ヨハネ・パウロ2世の米国、ロスアンジェルスでの講話)
「人生の神秘の背後に横たわっている善良さの閃光と、光の光栄ある領域」、それはウィリアム・カムについて当てはまります。神が彼のためになさることにより、ウィリアムの心にはある喜びがあります。この喜びの大部分は、神の母との親密な関係によるものです。これによって私が言いたいのは、彼が決定的に聖ルイ・マリ・ド・モンフォールに倣った、汚れなき御心への彼自身の奉献です。ヨハネ・パウロ2世は説教で、この聖人にはっきりと言及し、聖人の教義をうまく要約しておられます(ヨハネ・パウロ2世、贖い主の母、45-48参照)。ウィリアムは教皇の模範に倣い、彼女の母としての世話に全く依託しています。神の母によって彼は、神は全能で彼を愛しており、彼のために偉大なことをなさっていると悟りました。聖母は、どのようにして彼女と共に、彼女において喜び、神の計り知れない愛の内に喜ぶのかを彼に教えられます。
 ウィリアムは自分自身を、神に仕え、御旨を果たすことに喜びと幸せを感じる神の子供と見なしています。読者も彼の人生のドラマにおける善徳の輝きを見て驚いてほしいというのが、この証書を書くにあたっての私の希望です。私はウィリアムについてキリスト信者の良い例だと思います。聖パウロが私が言いたいことを手短に言っています(エフェソ4:32-33)。私はウィリアムが、聖パウロの書いた聖書の一節が、どのように彼自身の内に実現しているかを理解していると思います。私が既に述べたように、彼は長い間、マリアの信仰に倣おうと務めていました。すなわち、神は善良なすべての人々に、信じ、希望し、信頼し、神を愛することを求められます。しかしながら、ウィリアムについての物事は普通ではありません。
 私が彼を知るようになって以来、彼はいつも英雄的段階の徳に生きようと務めていました。彼は中途半端に物事をする性格ではありません。いったん彼が、神が彼に何を求めておられるのかを気づいたら、彼は心と精神を神の御旨を行うために用意します。要するに、彼は聖人になりたいと思っているのです。単に普通の聖人ではなく、むしろ英雄的高潔の限界まで達することを望みます。次の頁で、私は彼の英雄的徳を証しするものとして、ウィリアムの生活の例を少し示します。
 私は神学上の信仰の徳、希望の徳、愛徳について述べるに留めます。私はまた、枢要徳について、どんなに彼が賢慮、正義、剛毅、節制の徳に生きているかを述べます。終わりに、私は聖シャーベル修道会の会員としての彼を理解できるように読者を助けましょう。彼は、彼の結婚した身分に沿った福音的勧告の「清貧、貞潔、従順」の良い例です。私は過去11年間、リトル・ペブルの霊的指導者、聴罪師をしてきました。私は彼の人格や道徳的価値基準が何かを知るのに多くの人より良い立場にいます。私は、道徳的に正しい結婚をしたカトリック信徒としての彼の尊厳と信用を弁護しようと思います。

【 神秘家であり幻視者 】

 私は、神がウィリアムを並み外れて寵愛され、アビラの聖テレジアや十字架の聖ヨハネが書いている恩寵の経路である神秘家であると悟りました。実に私は、多くの聖人たちとウィリアムが比べられると思います。特に、聖パウロ、アシジの聖フランシスコ、シエナの聖カタリナ、聖ジャンヌ・ダルク、聖アルフォンソ・リゴリ、聖ヨハネ・ボスコ、聖ルイ・マリ・ド・モンフォールとです。とりわけこのことは、新しい修道会の創立者である聖人たちについて当てはまります。更に、神が彼を招いてからずっと、多くの肉体的や倫理上の苦しみを経験しています。ウィリアムはまた何年も、主の御受難の目に見えない聖痕という並み外れた十字架を身に帯びています。多くの人々は、主の御受難にあずかること、心と体の上に聖痕を印されることが何を意味するかをわかろうとしません。私はウィリアムと十字架の聖ヨハネとの間の顕著な類似を見つけました。二人とも大変苦しみ、神と霊的生活に関する深遠な超自然的洞察を授けられていました。十字架の聖ヨハネは聖なる謙遜な人で、彼を愛するべきだった人々のために大変苦しみました。教皇ヨハネ・パウロ2世は、十字架の聖ヨハネの個人的信仰の深さを正しく称賛しています。十字架の聖ヨハネのように、ウィリアムは聖なる謙遜な人です。聖ヨハネのようにウィリアムは心のすべてで神を愛しています。聖ヨハネのように、神はウィリアムのまことの宝です。私はウィリアムが神の証人となるのに本当にふさわしいと思います。神が彼を道具として選んだ瞬間から、将来の御出現の公的幻視者としての運命や、三重の契約の預言者としての塗油ははじまりました。神の計画は彼の人生で徐々に徐々に解き明かされ、彼は神の民の利益のためにいつまでもとって置かれます。これはとても長い信仰の旅となりました。彼の生活はそれ以来同じではありません。

【 カトリック教会による識別 】

 ウィリアムの「カリスマ」が真正であることの識別は、その能力のある教会権威、すなわちカトリック教会の教導権に委託されました。それは読者が恩寵の経路や聖母のメッセージに関して、権威がどのような行動を起こすかを適切に理解するためにとても重要なことです。聖母は彼女の多くのメッセージを通して彼女の子供たちを分け隔てなさいません。彼女の浄配である神なる聖霊は、世と教会における和解と更新の生命の本源です。聖霊は聖母に、彼女の幻視者ウィリアムを通して何かを言われることをお求めになる一方で、霊感によって教会位階(ヒエラルキー)にそれと全く反対のことを言うことを求められることはありません。
 「二重の真実」なるものはありません。今日言われているところの、教会の神聖な教導権と調和しない「第二の教導権」なるものも存在しません。その結果、短い期間で様々な預言的要素のせいで、一見したところ、矛盾が現れるとしても、それはただ表面的なもので、本物ではありません。なぜなら、神は偽りをなさることはできないからです。ある時、ローマ教皇も全世界の教会に宛てて実際的な助言をなさっています(オッセル・バトーレ・ロマーノ、N,26、1992年7月1日)。
 彼は、神が彼の上に授けた並み外れた寵愛を性急に渇望しなかったという事は、人間としてのウィリアムに親しい人々にとって全く明らかです。私は彼の霊的指導者として、この事が本当に事実であると証言します。本物のカリスマは神の導きによって来るのであり、人からではありません。彼はただ神の御旨を果たすことを望んでいます。彼はいつも説教して、修道会のすべてのメンバーに、すべての者が耳を傾けるようにと提案しています。私たちが聖シャーベル修道会の内に、私たちの生活の内に、神の愛の果実が顕現することを期待することができるのは、神の恩寵を通しての徳によってのみであるということをです。彼は、私たちの生活の内の良い働きや徳の果実を、教会が注目して見るようになるだろうと絶えず説教しました。
 主はこの点について、聖書の一節のファリサイ人に対する良い答えをくださいました(ヨハネ5:36-37)。ウィリアムは同じ方法によって、悪霊によって送られていると彼を非難するすべての批評家に対して上手に返答できます(ヨハネ10:31-39)。少なくとも、神の御業を信してください。「真実についての知識は、愛の熱烈さによって与えられる」(ヨハネ・パウロ2世が聖トマス・アクィナスに言及したもの、1979年)。これが実行的根本原則であるべきです。信仰の賜物は善良な人に与えられます。ウィリアムは本当に神によって遣わされたと信じることができるでしょう。私はウィリアムが本当に、彼に与えられた恩寵を通して神の仕事をしているのだと、世界中の他のたくさんの人々と共に証言することができます。

【 良きカトリック信者 】

 彼は毎日のミサにあずかり、告解にしばしば来ます。彼は、彼の単純な信心深さによって私たちの小さな聖シャーベル修道会の共同体を教化します。私の見解として、彼は謙遜で、いつも共同体のメンバーと同じくらい、償いの日に来る多くの巡礼者にも時間を割きます。彼は怠惰ではありません。むしろ彼は聖母のミッションのために懸命に働いています。彼はここにも世界中にも多くの友だちを持っています。彼は自分の失敗を隠そうとしません。彼は、彼の友だちに忠実で、赦しを与えることを拒まず、悪意を隠し持つこともありません。
 彼は、イエズスとマリアを毎日幻視で見、ローキューションで、より重要な問題の指図を受けます。彼は多くの洞察と、信仰の神秘の理解について、それらが人々を教化し、話すために適切でなければ、全てを洩らしません。彼は何年もの間、彼が理解するようになった生活を、彼自身に言及することなく物事が理解できるように生きようとしてきました(彼自身に人々の目が向くので)。彼は小心ではなく、杓子定規でもありません。彼は常識人で、いつも問題を解決するにあたって、まず常識に頼ります。不正に関する問題で、彼は肩書きのある人間によって威圧されません。

【 家庭的な人 】

 彼はキリスト信者の生活における家庭の役割を強く信じています。彼は家族の生活の必需品を欠乏させるべきではないと信じています。霊的及び現世的に繁栄するために(家、食物、服、教育、健康、衛生)。彼はこれらの考えを、聖シャーベル修道会のカリスマと精神の内にもたらします。彼自身と彼の家族のために望んでいることを、修道会の家族にも、一人一人にも望んでいます。この方法で、彼はいつも共同体や修道会全体の共通の善を積極的に推進しています。彼の労働の果実や、彼の個人的財産を分かち合っていることは、このことを強く証明します。

【 社交的で親切 】

 彼は聖シャーベル修道会の会則や会憲の内に予見された通りに、共同体生活を完全に生きています。彼の一日の仕事、祈り、遊びの時間は均衡がとれています。私たちの共同体は定時にレクリエーションの時間をとって、集まってスポーツをします。彼はいつも生活の中で最も活発にスポーツをしています。ウィリアムはいつもゲームを楽しんでいて、誰もが彼の側につくのが好きです。彼はどのように自分自身を笑うか、他の人々の幸福を喜ぶかを知っています。彼の子供たちとどのように戯れたらいいかを知っていて、しばしば子供たちの活動に熱中してしまいます。
 ウィリアムは有能で、挑戦することを恐れません。彼のすべての事業に協力精神が育まれています。ウィリアムは人といるのが心から好きです。彼は共同事業を一緒に楽しんで働きます。どのように他の者と創造的に共同作業をしたらよいかを知っています。この意味で彼は「清貧の福音的勧告」の良い例です。それは第三部門(家族、独身者の平信徒)にとって、全所有物を手放すということを意味します。彼は修道会のモデレーターでありながら、問題の解決に関わっている他の関係者と共にいつも話し合います。私は、彼の好判断を、他の人の独創的な考えを進展させるために撤回したのを何回も見ています。彼は個人の自由を尊重し、修道会の生活で進めています。誰でもいつでも自分の行動を選ぶ自由と権利をもっています。彼は共同体で任命された権威の代表者として尊敬されています。彼は「従順の福音的勧告」の良い例です。彼は人々が、率先して問題に取り組むことを好みます。彼は重要な理由がない限り、自分が制定した共同体の毎日の生活の規則でいつも働きます。例えば、聖母は聖シャーベル修道会の修道服を提案しました。ウィリアムは「貞潔の福音的勧告」の良い例です。彼の外観は慎しく、とてもうやうやしいです。彼は他人のプライバシーを尊重し、皆にもそのようにすることを指導します。彼は、全員の共通の善を維持するために、生活状態を清純にするように働きかけて、霊魂を騒がす原因となる不道徳または不適切な振る舞いを許しません。彼は基本的に一日の大半を事務所で費やしています。なぜなら、海外の力強い追従者たちからの御出現について、彼らに必要な助言を手紙やFAX、電話で答えているからです。彼は公的、私的幻視者、神秘家や恵みの霊魂たちと毎日連絡をとっています。彼は世界中の最近の出現地の多くについて十分に情報を受けています。

【 常識による洞察力 】

 神は彼に精神の平安あるいは忍耐をなくす事なく、同時に全ての人間的問題の複雑な処理の能力を与えられています。神はまた、御旨ならば霊魂を読む賜物も与えられました。また神がお望みなら、癒しの賜物も与えられます。彼は他の人の超自然的体験に関する相談で識別する賜物があります。なぜなら、神がこれをお望みなら、霊魂を照らす知識を天使が教えてくれるからです。またローキューションや幻視に関するたくさんの経験的知識があり、他の神秘的なことや幻視の知識もあります。彼は不平や反発なしに他人のために苦しんでいます。神は彼に任せられた群れのために、彼の心の中にある「司牧的配慮」を置かれました。彼は肩の上にとても重い荷を運んでいます。なぜなら人々が神の御旨に抵抗し続けるので、彼はしばしば人々に代わって償いをするからです。この理由で彼はたくさんの償いをしています。彼はとても素直で神の御旨を寛大に受入れます。主は御受難に関係して彼が苦しむことを許します。しばしば、日中が基本ですが、とりわけ多くの不眠の夜にもあります。神の目的のためにそのような償いが必要であると、主はしばしば彼に助言されます。ウィリアムは神の御旨にとても素直なので、神はより多くの愛で彼の霊魂を満たします。彼は霊魂のために本当の愛を莫大にもっています。私の判断では、彼が色々な問題を解決するために、助ける人々に対するマリアの汚れなき御心の愛を何か黙想しています。これはとても注目に値することで評価しなければなりません。
 ウィリアムの生活に神の御母の占める位置は特別であることを述べることができます。現実の美しさや魅力がここにあり、それは本当に素晴らしい眺めです。神の御母の人間的魅力や彼に対する純粋の愛は、彼が必要とする彼女の何回もの訪れの時に本当に輝いています。読者がそれを見落とすことはできません。あなたは徐々にウィリアムの人間像や子供のような信仰がわかってくるでしょう。彼はマリアの小さな息子で、何事もどんな必要においても彼女により頼んでいます。彼が出会うあらゆる問題やあらゆる解決は、それに刻み込まれた彼女の母性的影響があります。

【 信仰の徳 − 信仰の良い定義 】

 信仰とは何でしょうか。ウィリアムの信仰を理解するために、私たちは真のカトリックの信仰とは何かを理解しなければなりません。信仰は神が啓示した全てに対して、啓示されたことを理解したからではなく、神の啓示の権威のゆえに、私たちの知性によって同意する徳です。神は欺くことも欺かれることもありません。ヨハネ・パウロ2世は私達に真の信仰とは何かという更なる洞察を与えてくださいます。
 「信じることは、生ける神の真の御言葉に対し『自分自身を捨てて』、『いかに神の裁きは極めがたく、どのように神の道が計り知れないか』を知り、謙遜に認めることです(ロマ11:33)。マリアはいと高き永遠の御父の御旨によって、神の『計り知れない道』のいわば中央に立っておられ、彼女自身、従順に、信仰のぼんやりした光の中で神の計画された命令に何事も心を整えてすべてを受諾しています」(ヨハネ・パウロ2世、賄い主の母)。
 神の御母はすべての霊魂にとって信仰の模範です。ウィリアムは生ける神の御言葉に真に自分自身を放棄するように啓示で求められて、「はい」と言った時から、マリアの信仰と関連付けて考えています。この点で彼は聖ヨゼフにも似ています。なぜなら、ウィリアムには、イエズスの第二の来臨を取り巻く神秘や、マリアの汚れなき御心の役割の啓示が与えられたからです。ウィリアムに起きたことは、原理的には聖ヨゼフに起こったことと同じであるということを、読者が理解することは重要です。ウィリアムに与えられた啓示とそれに関連した出来事は、「信仰の本質に触れています」(ヨハネ・パウロ2世、購い主の保護者)。言うまでもなく、聖ヨゼフに起こったことは夢の中での天使を通しての私的啓示でした。信仰に反する主要な罪は、自由意志で疑う、不信、背教、異端、離教です。
 聖パウロのように、ウィリアムは神の代弁者です。御自身の預言者の真正を証明することは神御自身の責務です。聖トマスは、信仰は聞くことによってもたらされるが、更に印によって強められることを必要とすると、うまく説明しています。彼が主張していることですが、信仰の物事は人間的理性にとって明白ではないからです。そうしたわけで、信徒や預言者を通して神は病気を癒す驚異的なことをなさり、将来の出来事を預言し、神だけができるそれらのことを通して奇跡を行なわれます(マルコ16:20)。主は確かにこの方法によってウィリアムを支持しています。
 ウィリアム自身、自分で自分を遣わしたのではないとよくわかっています。彼は自分が誉められたいと思っていません。主御自身このような仕方で非難されました(ヨハネ7:16-19)。私はウィリアムについての真の証言を書けて幸せです。彼は決して詐欺師ではなく、誠実で真実です。ウィリアムはイエズスから直接あるいは聖母を通して私たちに来るメッセージは神の御言葉だとよくわかっています。神は、神の御母に彼の御言葉を伝えるために、大天使ガブリエルを遣わされたことは明らかです。同じく、聖母や聖ヨゼフは彼らの信仰を、天使に置いたのではないということは明らかです、天使が自分自身を表したからという理由で。

【 1993年7月3日、三重の契約の預言者 】

 ウィリアムの生涯で最も重要な要素を提示します。神は彼を塗油して、預言者とし、彼と契約を結ばれました(メッセージ395、512参照)。この契約はウィリアムに関する三重の側面があり、(1)彼は「小さきアブラハム」であり、(2)彼が聖痕で苦しむ、(3)彼が「小さきペトロ」で将来のキリストの代理者である教皇ペトロ2世となるというものです。神のどの契約でも、本質的印は大祭司であり預言者であり王であるキリストの証しを帯びていなければなりません。事実、旧約聖書の全ての契約でこの印が見られます。それらは私たちの贖いを獲得されたキリストの御血における新しい永遠の契約の予型です。一つの良い例がアブラハムです。イエズスは、「あなたたちの父アブラハムは私の日を見るのを楽しみにしていた。そして、それを見て喜んだ」と仰せられました(ヨハネ8:56)。世界の困難な歴史におけるこの時代にあって、神が子供達と契約を結べない理由はありません。ウィリアムは、全ての人々のための神の契約の新しい表現を任された神の預言者です。聖寵によってウィリアムは預言者であり王である大祭司キリストの務めに類似する三つの点があります(ヨハネ・パウロ2世、人類の贖い主)。こうしてウィリアムはユニークな方法で召されました。しかしながら、すべての真の洗礼もこの類似性を持っています(バチカン教書)。聖職者に関しては、これと完全に似ているのは叙階の秘蹟だけです。

【 完全な確信 】

 多くの人々は神がどのようにして幻視者に神秘を啓示されるのか理解できません。受けているものが神からのものであると、幻視者はどのようにして確信できるのでしょうか。ウィリアムは20年間、幻視者や恵まれた霊魂と付き合ってきたので、この分野でたくさんの経験があります。そのため、彼はまず第一に、しばしば問題を混乱させ、不一致を引き起こし、時としてつまづきの原因となる問題をはらんだ状況や邪悪な影響を観察してきました。主は世界中の幻視者の一致と真理の正しい道に彼らを導くためにウィリアムを選びました。たくさんの聖人がこの主題で書いています。カトリックの豊かな伝統が霊の識別に関して教えています(聖イグナチオ・ロヨラ、霊想。聖トマス・アクィナス、対異教徒大全、第三巻154章4問)。
 ウィリアムは聖ヨゼフのように、神が彼に啓示されたことについて完全な確信を持っていました。なぜなら、ウィリアムのミッションは、これらのメッセージを確信して他の者に提供し、人々が、それが神からのものだと信じるようにすることだからです。神がメッセージの作者であるという事実を、それら自身のその良い果実が証明しています。ウィリアムに与えられるメッセージの大部分は預言的な性質のものです。将来の世界的規模の劇的出来事に言及しています(イエズスの第二の来臨、マリアの汚れなき御心の勝利、ニュー・エラ、大懲罰など)。聖トマスは、ウィリアムの信仰における完全な確信を理解するのをもっとはっきり助けてくれます(対異教徒大全、第三巻154章11節)。神は嘘をつくことはできません、それは明白です。これはたとえ神が起こりそうもないこと、不可能に見えること、神御自身の法に反するようなことについての預言を与える時でも当てはまります。神が幻視者の霊的利益にならないことを命ぜられると想像するのはばかげたことです。神は全知、全能、全善、全愛であられるので、これは誤りです。神は徳に反して何かを行なうことを預言者に命令することはできません。なぜなら、そのような行為は被造物を完成しないからと、聖トマスは再び説明します。これは神御自身の属性に対する矛盾となるからです(聖トマス、神学大全第II-II部、第104問4項、異論回答2)。要するに、神が預言者の霊魂の内に置かれる確信は否定できません。なぜなら、それは神の奥義を神秘のままに留めつつ、人に真理を確信させる実効的な聖寵だからです。ウィリアムはこのタイプの確信を信仰において持っているのです。

【 預言は失敗しない 】

 本物の預言は失敗しません。なぜなら、神は行なおうとすることを不可謬的にあらかじめ御存知であり、それを行う力をお持ちだからです。メディアはいつも「失敗した」預言を指摘することを好みます。これらのジャーナリストたちはいつもウィリアムの評判を落とそうとして、この流行に飛び乗ります。彼らは彼らが「失敗した」と言うところの、ウィリアムに帰せられる預言の全てを列挙しようとします。もちろん、メディアはカトリック教会の教えについて賛同していません、特に聖トマスには。そうでなければ、彼らはこの策略を使おうとはしないでしょう。聖トマスは、預言の「失敗」に見えることをどのようにして理解するかをはっきりと識別します(対異教徒大全、第三巻154章12節)。彼は二つの例を提示します。
 ホゼキア王の場合、預言者イザヤは、彼はまもなく死ぬであろうと彼に告げるように神に言われました(イザヤ38:1)。聖トマスは更に説明します。その後まもなく預言者イザヤは王のために別の啓示を受け、その中で神は、王が更に15年生きながらえると言われました。他の例では預言者ヨナが、40日後にニネベは破壊されると告げなさいと神に言われました。この両方とも神は預言者を通して話されたことを行なわれませんでした。神は欺いたのでしょうか。それともそれは悪魔からのものだったのでしょうか。いいえ。聖トマスの説明では、神はこの二つの預言では全体のことを言われなかったのです。彼らはパズルの一部分を見たにすぎません。彼らは神が彼らに与えられたものとしての、将来の出来事を見たにすぎません、その原因において、あるいは部分的展望において。これらの原因は条件付きでした。これは預言者によって感知することはできませんでした。なぜなら、神がそう望まれたからです。実際には全く失敗はありません。あるのは神が御摂理によって予見した条件付原因にもとづく基の預言の修正だけです。しかし、この可能性について、神は預言者にあらかじめ助言されなかったのです。これはまた、神の御書葉はいつでも従順の試験であるためです。それはとりわけ預言者ヨナに当てはまり、彼は最初、ニネベへ行くことを避けるために神から逃げようとしました。

【 聖母へのウィリアムの神秘的結婚 】

 私がウィリアムに初めて会ったのはフロリダのフォート・マイヤーで、1987年5月12日のことです。私のすべての生活はその週に変わりました。私は神が私を招いていることがわかりました。私は「リトル・ペブル」に耳を傾けるように聖母に招かれました。なぜなら、彼女は私に次のように話されたからです。神が世界に啓示なさろうとすることについて、彼を通して私に神は助言されるでしょうと。私はカナダのニュー・ブランズウィックの聖ヨハネ市にあるブラザー・ヨゼフ・フランシスの共同体のメンバーのために計画された、黙想会のために一週間ちょっと後に彼と一緒になりました。ブラザー・ヨゼフ・フランシスが創設したこの共同体は本部で、彼らは「マリアの汚れなき御心の下僕と柱石」と称していました。
 1987年5月21日、黙想会の間にウィリアムは聖母への神秘的結婚をしました。私が本部で結婚式を司りました。一年以上前からウィリアムはその行事の象徴として、両手の周りに「金の糸」が巻かれる幻視を見ていました。このような注目すべき仕方でこれは起こったのでした。1986年10月の前年に幻視者ブラザー・ヨゼフ・フランシスは霊的指導者ベランガー神父と共にオーストラリアに来て「リトル・ペブル」を訪ねました。オーストラリアにいる間に彼にメッセージが与えられ、それを通して聖母がウィリアムに聖母との神秘的結婚を求められました。彼は「金の糸」の印について描写し、説明しました。それはウィリアムのマリアとの婚約を象徴しており、汚れなき御心を表しています。主が現れ、この結婚は一年以内に行われると言われました。他の人々は、聖母がウィリアムと分かち合う愛を感じるであろうと言われました。ベランガー神父は承認し、こうすることを勧めました。
 主は更に、ウィリアムが婚約の9ヶ月間、彼の妻アンとの性的関係をやめ、それを犠牲として神に献げるように求められました。ウィリアムとアンはこの要求に同意し、それに忠実に従いました。1987年5月、ウィリアムがニュー・ブランズウィックを訪れた時、聖母は彼に一つの「卵」を持って来られました。聖母はこの小さな「卵」を開き、ウィリアムに「セシリア」と言う少女を見せました。この子供は彼らの神秘的結婚が原因で、汚れなき御心からの贈り物であると聖母は説明されました。ウィリアムがオーストラリアに戻ったとき、少したってからアンは女の子を懐胎しました。そして彼らは同意して、聖母が与えてくれた名前「セシリア」という名前にしました。ウィリアムに与えられたこの聖寵、賜物は、ブラザー・ヨゼフ・フランシスを通して神が啓示されたことへの信仰と従順の内に受入れられました。

【 1983年にシスター・ガダルーペに与えられた、将来、教皇となる啓示 】

 彼の信仰に関する他の例は、将来、教皇になるというものです。1984年にウィリアムは、ヨハネ・パウロ2世を継承して、彼が最後の真の教皇になるという内容の神からの最初のメッセージを受けました。何年かたって1987年にウィリアムはグァテマラから来たシスター・ガダルーペに会いました。ウィリアムは彼女のことを耳にしていませんでした。彼女は幻視者で、1983年以前からウィリアムが将来の教皇になるというメッセージを受けていましたが、彼女はリトル・ペブルのことを耳にしていませんでした。1983年当時はウィリアム自身、将来のキリストの代理者になるということを知りませんでした。1987年3月に主はシスター・ガダルーペに、1983年の幻視についてリトル・ペブルに話す時がきたと仰せられました。それはウィリアムについての驚くべきメッセージでした。シスター・ガダルーぺはイエズスが彼女に表された巨大な岩の光景を記述しています。この巨大な岩の頂きには別の小さな岩があります。主は説明されました。「お前が見ている岩とは、最初の教皇聖ペトロによって創立された私の教会である。大きな岩の頂きにある別の小さな岩とは、時が来れば教皇となり正しい道に私の民を導く幻視者のことである」 1987年3月19日に主はシスター・ガダルーペに現れてその意味を仰せられました。「メッセージを明かす時は来た。私の娘よ、私の息子『リトル・ペブル』に伝えてほしい。彼は岩であり、それが乗っているお前が見た、より大きな岩は聖ペトロである。彼に王国の鍵が与えられた理由はそれである。聖ペトロの上に私は私の教会を建て、私の教会の救いと刷新のために小さな岩を置いた。これを私は厳粛に約束する。私のいとしき娘よ、彼に、彼が実際に教皇ヨハネ・パウロ2世の真の継承者であること、彼の時は近づいており、彼が大混乱のさ中、嵐のさ中に私の教会を導くこと、私は彼を助けるので怯えないようにと説明しなさい。まもなく彼は聖寵によって、永遠の御父が彼に委託されるミッションを行うための、偉大な力で満たされるであろうと彼に伝えよ。力と勇気を持つために、お前を通してもっと多くの神秘が明らかにされるだろうから。なぜなら、全ての幻視者の一致のためのミッションを続けるために、幻視者たちの数が満ちれば、輪は閉じられ、預言の全てが実現し始めるからである。メッセージを広める全ての幻視者たちが一致することが重要なのはこのためである。そして、彼らを信じる全ての者たちが一致することも。なぜなら、彼らは真の教会を守護し、わが民を真の神へ導く真のキリストの兵士となるであろうから。私の息子『リトル・ペブル』に言ってほしい。怯えないように、このメッセージを他の幻視者たちに見せるように。すぐにも権威は彼に与えるであろう。そして、すべての幻視者は彼に従うだろう」 主と聖母がウィリアムに話された彼のメッセージについて、彼女のメッセージが素晴らしい確証となるのは明らかです。ウィリアムは、御自身の素晴らしい計画を彼に明かされた神に信仰を置きました。

【 ベッティーナとの神秘的結婚 1991年3月19日 】

 神秘的結婚はウィリアムの生涯の大転換点でした。ミッションにとっても、聖シャーベル修道会にとってもそうです。あるメンバーや信奉者たちが信仰の危機を経験したという点において。しかし、信仰が強固になり、本当に信じた者にとってミッションの大発展をもたらしました。大部分の人々はウィリアムへの神の命令の精神的傷の影響がわかりません。1990年10月14日にドイツのアロッティングの出現聖堂で聖母がウィリアムに、彼とベッティーナのための神の偉大な計画を明かされました。1990年11月1日、ミュンヘンの教会にいる時にウィリアムに、聖母と聖霊の素晴らしい出現がありました。聖霊が二つの結婚指輪をもって現れました。ベッティーナはウィリアムと共に彼のそばにいて教会にいました。彼は大変恐れた様子で震えていました。ウィリアムはいつも神を信頼していました。神が彼を見捨てず、彼の仕事が信用を失うようなことをなさらないことを、彼は前に経験したことから知っていました。聖母のようにウィリアムは、神が彼に求めていることを真剣に熟考しました。
 神が現された神秘によって、ウィリアムは神が彼を欺くことはできないということを十分に良く知っていました。彼は主に一連の長い質問をしました。概略すると、なぜということです。私はなぜ再婚する必要があるのですか。私の子供達はどうなるのですか。私はまもなく教皇になるのですか?ということです。彼はこの時ベッティーナに求婚しました。彼女は既にウィリアムと恋におちていたので、ベッティーナは幸せに受諾しました。彼はこの瞬間に雄々しき信仰を証明しました。彼は神の御旨である「鋤(すき)」に手をかけて、決して振り返りませんでした。1990年12月12日、主はウィリアムに、「1991年3月にベッティーナと神秘的結婚をする」と仰せになりました。ウィリアムは再び幻視者たちにこれらの物事の確証を取るために尋ねました。そして、毎度、神の計画であるとメッセージで確証されました。ウィリアムは理解できませんでしたが、神が彼に求めていることを受入れました。
 彼の聴罪師として私は大変良く知っていました。彼は神や聖母を愛し、世界の中のいかなるもののためにも聖寵の状態を侵すことはしません。更にもっと私は良く知っていますが、ウィリアムは決してどんな状況下でも、彼の側から故意の大スキャンダルによって聖母のミッションを破壊することを悪魔に許しませんでした。そのような行動は神の仕事を破壊し、霊魂に大きな損害となります。私はこの件に関するウィリアムの良心の公正さについて疑っていません。彼はいつでも良いカトリック信者で、徳の良い模範であると私は知っています。彼が展開した話しから、私は彼が大きな劇的事件や心痛を経験しているとわかりました。それは大いなるジレンマでした。ウィリアムは神が彼に求められたそのようなことを決して疑いませんでした。しかし、彼は神がどうしてそのようにされようとするのか苦悶しました。天使ガブリエルの真実を疑ったザカリアのようにではなく(ルカ1:18)、ウィリアムは神秘的結婚の神秘について彼に現してくださった神の真実について疑いませんでした。それはアブラハムが試された時と似ていました。アブラハムは一人息子のイサクをいけにえにするように神に求められました。この大きな信仰の試験においてウィリアムの信仰は、聖母の御告げの時の信仰と比べることができます。この試験を通してウィリアムは強固になりました。天使がヤコブに言った時のように(創32.28)。ヤコブは新しい名前「イスラエル」をもらいました。彼は「人々に対して勝るだろう」。ウィリアムもまた新しい名前「リトル・アブラハム」を与えられました。神のウィリアムに対する約束は、世間や悪魔が神の仕事を破壊しようとする多くの企てに対して、彼が打ち勝つということです。私の良き友ウィリアムのために、彼が神に対して約束したことは、いかなる機会にも少しも破っていないと言えるのは本当に幸せです。私は心の内にこの秘密を忠実に取っておきます。ケビッキ神父に関してはそうではありませんてした。
 1991年3月19日にウィリアムとベッティーナはトイツのバーバリアの小さな聖堂で結婚しました。少したってミロスロウ・ゲビッキ神父は、彼の良き友ウィリアムのための信頼と愛徳を劇的に失いました。彼は神に対する約束を裏切り、ウィリアムに対する友情も裏切りました。それから「彼の良心」の名によって彼は教会宛てに秘密を公に暴露しました。「不倫」について抗議の嵐を私達の共同体全体にしました。彼がアンに話したため、彼女は混乱し憂鬱状態になりました。しかし2〜3週間してアンはショックから立ち直り、神の聖寵によって平和を取りもどしました。2〜3日だってゲビッキ神父は共同体を去り、聖シャーベル修道会を再び、そして最終的に離れました。彼の言葉は多くの霊魂に点火し、彼らの誹謗と悪口によって、ウィリアムの十字架が始まりました。ゲビッキ神父は他のメンバーに話し、彼のニュースは世界中に広まり始めました。彼はまた報道機関にも話しました。アンに引き起こされた苦悩は表現しようがない大きなものとなりました。言うまでもなく、ウィリアムはこのせいで真剣に苦しみました。ウィリアムを助けるために、彼の行動を擁護するため、私は聖トマス・アクィナスのアブラハムについての神学的解説を調べました。聖トマスによって出されたはっきりした答えに私は本当に驚きました。私はこの主題で多くの日にちを費やして調査し、ついにNo.314のメッセージの付録で、ウィリアムに対するベッティーナと結婚するようにとの神の命令の有効性と合法性を擁護しました。私は聖トマス・アクィナスの教えを決定的なものとして信頼しました。読者もウィリアムに課された信仰の試練の性質を認識するでしょう。
 ウィリアムの生活にこれらの重大な出来事が始まって以来、今日まで、私は神の聖寵の本物の果実と、彼の内面に成長する徳の目撃者です。私は彼の親友の多くが彼を見捨てた時の、神に対する英雄的な信仰を目にしています。私は人々が疑念によって彼を性急に裁いた時の彼の数え切れない愛徳の実践を目撃しました。1991年以来、私は彼のプライバシーをたびたび侵害する他の人々の不完全さや欠点を辛抱強く耐えている彼を見ています。

【 希望の徳 】

 希望とは最高の善としての神を私達に望ませ、神の善性と力のゆえに堅固な信頼を持って、永遠の福楽とそれを得る手段とを期待せしめる徳です。望徳に反する罪の根源は絶望や借越です。ウィリアムは神が何事もおできになり、神は無限に善であられ、彼に良い事をなさる事をお望みであると、いつも大きな意識を持っていました。私はウィリアムがある極めて複雑な倫理上のジレンマの内にあるのを知っています。神に対する忠実な経験によって、誘惑に対する抵抗の限界まで押しやられつつ、彼はいつも彼の気品や聖寵の状態に対する神の保護によって、素晴らしい報いを受けています。彼は決して神に絶望しません。ウィリアムはいつも神が彼を特別に愛しておられると信じています。しかし彼は神の善良さに対して決して厚かましくしません。彼の人生での難しい経験を通して、彼は神の善良さに対する神の誠実は信頼するにふさわしいとわかりました。以下は私が何を言いたいかの実例です。

【 ポーランドの幻視者 】

 1988年にウィリアムは、ゲビッキ神父、ジェームズ・ダフィー、アイリーン・バドジャ婦人、パメラ・ウォーザースプーン婦人と数人の人とポーランドに行きました。ポーランドで他の幻視者ドマンスキーを囲んで会合がありました。これは非常に困難な旅でした。私は彼がポーランドの女性幻視者ボゼナとその霊的指導者ヤコウスキ神父を巻き込んだ難しい状況を耐えているのを気の毒に感じたことを思い出します。更に聖母は、彼の良い信仰と神に対する忠実さによって、彼は大罪を決して犯さず、並み外れた聖寵を受けるでしょうとウィリアムに言われました。この話しはこの本の他の箇所に詳述されています。読者は、彼自身の誤りや意図によらずに起きた、彼が直面していた危機的ジレンマについて、すぐに理解できるでしょう。この機会にウィリアムは神に対する希望を英雄的段階に至るまで表明しました。

【 共同体生活と人間的弱さ 】

 1988年2月以来、聖シャーベル修道会のゲッセマネ共同体はナウラ近くで形を現し始めました。ウィリアムにとってこれは、人々が共同体に加わって来るにつれて一つ一つの試練となりました。ウィリアムにとって最も難しいことはメンバーがお互いに仲良くできないように見える事実を我慢することです。ウィリアムは不一致の解決を取り持とうと何回も機会を持ちました。これは一時的にしか持続しませんでした。ウィリアムは勤務表、休暇表、食事当番表などを立案しました。彼は個々のメンバーに責任ある特別の仕事を割り当てました。遅かれ早かれ様々なメンバーは再び対立しました。愛徳の欠如と不寛容のためです。メンバーが仲良く働かないことの主な理由は、この愛徳の欠如と不寛容でした。ウィリアムはこれらの問題にも関わらず、メンバーと共に彼の目的を成し遂げるために、神に信頼し、大きな希望を明らかにしました。彼らの個人的欠点に打ち勝つことが一層不可能に見える時でも、彼は決して希望を捨てませんでした。不動産の開発と進捗について、彼はいつも物事を肯定的にとらえています。10年後の1998年、共同体は霊的にも現世的にも発展しました。会則や会憲は7回修正されました。これらの修正は試行錯誤の成果です。修道会のカリスマの生きた経験は、私たちがどのように発展するかを決定づけてきました。ウィリアムはいつでも皆にとって希望の良い模範です。

【 幻視者間の不一致 】

 世界中の幻視者間の不一致が原因で、ウィリアムは大変苦しんでいます。人間的なもろさがいつでも問題の最大の原因です。ウィリアムはいつでも論争の調停者です。世界中の幻視者たちを一致させる彼のミッションは、主と聖母によってウィリアムに与えられています。全幻視者は「リトル・ペブル」と一致しなさいということが、シスター・ガダルーぺの1983年の遠い昔のメッセージで啓示されました。
 何年にも渡り、ウィリアムとの一致の呼びかけが増え続け、より多くの幻視者がリトル・ペブルと一致するようになりました。しかし、多くの幻視者たちは、見過ごすことのできない重要問題についてウィリアムが彼らを戒めると、すぐに人間的誤りや高慢などの理由で一致できなくなりました。ある場合、それはスキャンダルの原因となる不道徳や異端の状態でした。ウィリアムは一致を達成することを決してあきらめません。というのも彼は、深遠な方法でこれら幻視者たちに御旨を示すことにより、神だけがこの一致を実現できることがおできになるとわかっているからです。神は不一致を許されました。にも関わらず、復権のことを別にして、ウィリアムはいつも各幻視者の尊厳を評価しています。教皇ヨハネ・パウロ2世はウィリアムがいつもしようとしていることをよく説明しています。「放蕩息子のたとえ話の解説で、私たちは次の事実に注意を促されています。赦す者と赦される者は互いに一つの本質的な点で出会うということ、すなわち、人格の尊厳あるいは本質的な価値です。それは失われ得ない点であり、それを宣言あるいは再発見することは大きな喜びの源です(ヨハネ・パウロ2世、憐れみの神)」。ウィリアムは、彼らの誤りを弁明し、一致への復帰を謙遜に求める幻視者たちをいつも助けてきました。彼は、彼らの尊厳を支持し、新しい一致を皆が受入れるべきであることを公式に宣言することによって、彼らが神と真実に対して償いをすることを助けました。

【 財政援助の欠乏 】

 ウィリアムの使命が始まって以来、彼は寄付に頼らざるを得ませんでした。彼は共同体の全ての財物や家屋を所有できるほど大きな資産を持っていません。財政的に安定した幾人かの寛大な霊魂によってウィリアムは財政的に支えられ、修道会を創設することができました。1986年に最初の共同体がニュー・サウス・ウェールズのギルガンダルに作られました。6千エーカーの農場の土地建物で、そこに住む修道会の家族を養っています。2〜3年後に起きたことですが、ウィリアムを信頼しなくなった土地の持ち主が、彼と関係を絶ちたいと言ってきました。これが原因でウィリアムはたくさんの問題を抱えました。それは彼と一緒に残りたいというメンバーの家族を移転させなければならなくなったからです。彼らは、これを彼ら自身で行うための財政的資力を持っていませんでした。彼らはナウラ近郊の土地に移らなければなりませんでした。これは財政的に重荷になりました。というのも彼はその時、いくらかの家族の深刻な問題の解決のために家を建てる事へ、小さな使用可能な資金を振り向けなくてはならなかったからです。これら何度も起こる類似の出来事において、ウィリアムはいつも助けを必要としている人々のために、彼の個人的財産を寛大に与えてきました。ある匿名の数家族は、私達の共同体に入るに際し、可能な限り経済的重荷を乗り越えられるように、彼はかなり助けました。彼はまた、私達の修道会に入りたいと望んでいる海外の数家族のためにこれを行いました。彼は愛徳に対する代償を求めたことはありません。たくさんの巡礼者や海外の多くの国々のたくさんの支持者たちの素晴らしい寛大さによって、ウィリアムは聖堂を建てるための寄付をもらいました。1992年から93年に彼は建設のための資金ができました。この聖堂は「全御出現の聖堂」として知られています。それは聖母のために建てられ、ウィリアムを助けたいと望んだたくさんの善意の人々の徳であり、寄付の献げ物です。ウィリアムはいつもこれらの寛大な人々を私達への模範として示します。いかに私達が、神へ献げた彼らの贈り物の愛によって恩恵を得ていることか。私のために個人的に彼は修道会での7年間のために弁護士の費用を払い、オーストラリアに永久的に居住するための請求をしてくれました。実際、私は後に連邦裁判所で要求がかなえられました。そして、私はオーストラリア国民となれました。
 海外旅行で彼は貧しい国々にいる人々の特別な必要をしばしば見ています。例えば、インドでは彼らの聖堂を建てる資金のために、カトリック司祭の多くを助けました。ウィリアムは貧しい小教区を助けるために、彼の所有資金から供出して個人的に献金しました。彼はいつも彼の必要のすべて、共同体の必要のすべてが与えられると神に希望しています。これはこの本の他の所でより詳しく記述されています。
 主は、自給自足に向けて共同体が成長することを安全に確保するために、小さなスーパーマーケットを幾つか買いなさいとウィリアムに頼みました。ウィリアムはそれを買うための財産を全く持っていませんでした。そこで彼は、彼と一緒に買おうというメンバーの寛大さに頼らなければなりませんでした。ウィリアムはこれをなしとげるために、決して神に希望を失いませんでした。彼はいつも報われました。神はいつも彼に益々、求められます。特に海外旅行は多大な出費です。しかし、彼はいつも神が旅の前後に必要な資金を与えてくれると信頼しています。神は必要なものを与えられないことは決してありません。

【 海外旅行 】

 彼は海外旅行で、戦争が始まったり(ルワンダ)、飛行機が飛べなくなったり、彼の旅行手荷物がなくなったりという目にしばしば遭っています。彼はいつも海外旅行で飛行機酔いで苦しみます。でも彼は、神が御旨を成し遂げるために必要な力と共に彼を助けてくださるという希望を決して失いません。1995年に私はウィリアムと共に6週間の旅行をする機会に恵まれました。運行は困難で、ウィリアムはほとんどの間、飛行機酔いでした。聖母はある天使をこの飛行機の運航を助けるために与えられました。ウィリアムはしばしば飛行が順調に行くようにとこの天使に祈りました。彼は嵐の間、何度も天使が飛行機を支えているのを見ました。そのために飛行機は大きく揺れ動きませんでした。私達はこの特別な旅でポーランドへ行きました。その日の前日までウィリアムは食中毒で苦しみました。それにも関わらず彼はポーランドで既に用意されていた懇談の予定をこなさなければなりませんでした。
 ポーランドに着いて私たちは2台の車に2時間以上乗りました。ウィリアムとジェームズは私たちの前の車で、私とビトは後ろの車でした。ウィリアムはこのとき非常に気分が良くありませんでした。彼は便所に行くためにしばしば運転手に車を止めるように頼みました。私は彼を大変気の毒に思いました。なぜなら、これは大きな償いだからです。彼はいつも、それを辛抱強く耐えました。この旅のとき、私たちがシンガポール航空でオーストラリアに帰るとき、ウィリアムは再び気分が悪くなりました。私はスチュワーデスの一人に彼を助けてくれるように頼みました。この人はとても良い女性でグレースという名前で、彼女の介抱で彼は助かり、オーストラリアヘの帰りの長い旅が快適になりました。私は彼女の傑出した介抱のために、ウィリアムに代わってシンガポール航空に感謝の手紙を書きました。ウィリアムはいつも償いのあらゆる種類を忍耐することで私を照らします。神が彼のために与えてくださるという彼の信頼に、私はとても感銘を受けます。彼はいろいろな国の人々と会合するための強さを神が与えてくださるという希望を減少させません。

【 愛 徳 − 神の証人 】

 愛徳は、私たちに全ての物事を越えて、神を、神自身のために愛させる徳です。神が御自身を愛されるその仕方で、そして、神のために隣人を愛させる徳です。愛徳に反する主要な罪は無関心、忘恩、なまぬるさ、霊的怠惰と神への憎しみです。ウィリアムの性格について最も注目すべきことの一つは、神と隣人への愛です。それは並み外れています。長い海外旅行中、私がよく見たところ、彼が会う人は誰でも同じような感情を表します。ウィリアムに会った善意の人は皆、彼の人柄が好きになるか、少なくとも公平な信頼できる人物であると考えます。彼と付き合っている多くの商人や他のビジネスマンが、この点を証明しています。彼と友人になった全ての人が同じように感じます。またウィリアムは信用度格付けが良く、いつも借金を期限内に支払います。第二に彼は誰にも嫉妬や羨望がありません。彼は誰よりも多く持つことができるとしても欲しがりません。すべてを越えて神が彼の本当の宝であると彼は考えています。聖なる人というのは、彼が生きている間は滅多に認められません。事実、世間の目に「愚か」と見られていた男や女が聖なる人であった例が歴史上たくさんあります。これらの多くの聖なる人々は、後に教会によって列聖されました。そして、キリスト信者の徳の傑出した例として世に支持されました。霊的でない者は彼の顔をじろじろ見ても、決して真の徳を認識することはできません。これは私たちが自分自身を見るように、他の人を裁く傾向があるからです。偉大なカルメル会の聖人、リジューの聖テレジアは一年前に教会博士と宣言されましたが、私が言いたいことを本当にうまく要約して述べています。「愚かしいほどにまで私たちを愛され、世の目には『愚か者』と考えられた御方のために苦しむのは、何という喜びでしょう。私たちは自分自身を裁くように他の人々を裁きます。そして、世は無分別であるので、当然、私たちを無分別であると考えるのです」 ウィリアムの神に対する深い愛は、神の美と愛の体験や深い神秘的な祈りで、何年もかかって更に深くなりました。この同じ愛が彼と関係する周囲の人々や、彼と会う人に溢れ出します。ウィリアムは決して冷淡だと特徴づけることはできません。神が彼を公的幻視者にしてから、彼はいつもFAXとか電話、手紙で世界中のたくさんの関係者と連絡を取っています。平均すると、ウィリアムの2台のFAXの機械で月に約1,000ページ消費しています。彼は聖母のミッションと御出現を推進するため、大きな世界旅行を50回以上しました。彼は「恩知らず」な人ではありません。神は特別な仕方で彼を祝福されました。そして、彼はいつも彼の体験を他の人と分かち合っています。この方法で彼はいつも、彼に与えられる聖寵の創始者として神を認めました。誰かを癒したり、回復させたりする時はいつも、彼らの癒しは私からではなく、神からであると助言し、神に対する感謝を表しました。ウィリアムはなまぬるくなく、自覚が欠けてもいません。彼は誤りを批難するため、正しいことを推進するのを決して恐れません。彼はいつも真理を支持し、間違いを兄弟愛から正します。この本にたくさんの例があります。一つの注目すべき例として私はシスター・ガダルーぺと彼女のプロモーターのロナルが、シスター・ガタルーペは「黙示録の婦人」であると強く主張したことを取り上げます。更に彼ら二人は、ウィリアムは教皇ヨハネ・パウロ2世の教導権を引き継ぐべきだと1989年に主張しました。彼らの言うところでは、ヨハネ・パウロ2世の教会における権威はひどく減少しているというのです。彼らが主張するには、ウィリアムは神秘的に教会を導いているというのです。ウィリアムははっきりとこれらの問題について二人を正しました。彼は、シスター・ガダルーぺが神の御母であるというのは異端であると彼らに知らせました。次に彼は、教皇についての彼らの無理解を正しました。ウィリアムは教皇ではなく、すべての権威は教皇ヨハネ・パウロ2世に帰属し、すべての者は教皇に従わなければならないと、彼らにはっきりと示しました。これは数ある中の一つに過ぎません。誤って導かれた人々がウィリアムを彼らの幻想的世界へ推し進めようとしました。ウィリアムに賄賂を贈ろうとしたことが何度かあります。彼は公平でない仕方で人々を批難するように圧力を加えられましたが、それらに強く抵抗しました。彼は1994年、日本で幻視者たちの隠れた陰謀によって罠に陥るために「立てられ」、だまされました。これらすべての出来事によっても、それ以上のことでも、ウィリアムはそのような仕打ちによって怯えません。彼は勇気があり、真理を謙遜に擁護し、他の人々の名声を擁護します。彼は真理の擁護のため、信徒の善のために多くの公式声明を出してきました。彼は幼少の時から両親と共に農場で働き、働き者として知られています。彼は「霊的怠惰」ではないです。彼は毎日、夜でさえ一生懸命に働きますが、妻や子供たちのための務めを怠りません。彼はいつも双方のために時間を作っています。この真剣さの水準で生活するために、そしてバランスを保つために、彼は毎日の規則的な仕事と生活を秩序づけています。彼は健康や衛生状態が共同体の環境に大変必要であると固く信じています。

【 他の幻視者たちのメッセージを広める 】

 ウィリアムが持っている愛徳について、読者が基本的に何か理解することが重要です。彼の生活で最も重要な出来事は、主または聖母が彼に何か頼まれたり命令されたりすることを行なう指示は、他の幻視者に与えられた私的啓示によって彼に来たことです。ある場合、ウィリアムは、神からの命令やあるいは与えられたテーマについて、最初は受けていませんでした。しかし、主や聖母は、神の御旨をいつも彼に直接明かされました。ウィリアム自身、いつも人間的確信を持っています。このようにして彼は、メッセージヘの従順という点に関して他の人々と同様であることを示しました。彼に対する神の愛に信頼し、神がこれらの幻視者たちや恵みの霊魂たちをも深く愛しておられることを理解しながら。ウィリアムはどのように神を信じ信頼するかを示すことによって、いつも幻視者たちや他の単純な霊魂たちの良い模範となってきました。

【 神が与えられる預言者への報いを分かち合う 】

 「あなた方を受入れる人は私を受入れ、私を受入れる人は、私を遣わされた方を受入れるのである。預言者を預言者として受入れる人は預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。はっきり言っておく、私の弟子だという理由でこの小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」(マテオ10:40-42)。ミッションヘの個人的関わりによって、人々は彼らを愛する神は彼らを進んで赦してくださると照らされ、理解してきました。彼らは神の名によって預言者が受け取る報いを受けます。そのような人々はいつもキリストの死と復活に関係する和解のために、彼らの必要を気付くように導かれます。多くの人々が福音書にある「放蕩息子」のようです。
 ウィリアムはいつも他の人々のために最善を願っています。特に聖シャーベル修道会のメンバーたちに。彼はいつも他の幻視者や恵みの霊魂たちを助けることを願っています。彼は多くの人々が、彼らに何が起きているのかを知らないと良くわかっています。彼らは神が幻視者たちに行なっていることを理解できません。そのような多くの人々からのFAXや手紙が山と積まれています。ある者は悪魔に憑かれていました。私は多くの場面を見てきましたが、人々はいつもウィリアムに会って元気づけられました。彼らはしばしば重荷から解放されたかのように深く解放感を味わいました。ウィリアムは人間の本質を深く洞察しており、彼らの苦しみのために本当に同情しています。ウィリアムとの会話で単純に楽しみ、彼らの顔から喜びと平和が内面から表れるのを私は何回も目撃しました。
 そのような愛らしい霊魂の一人はベルツァ・ハッカーです。私は彼女とミュンヘンで会いました。彼女が、ウィリアムがフランツ氏とウルスラ・クリンナ夫人の家にいたときに会いに来ました。それは私にとって忘れられない体験です。ウィリアムとの彼女の談話を目撃することは私にとって大いなる喜びでした。70代後半のこの婦人は、私が表現しようとしていることの素晴らしい例です。信じられないような信仰の大きな試しを詳しく話すたびに、彼女の神への単純な信仰と愛は輝きました。神は彼女が教区で大変困難な試みを経験することを許しました。神の預言者でありキリストの将来の代理者てあるウィリアムヘの彼女の信頼は、見て驚くほどのものでした。これらの霊魂は来て、ウィリアムを通して神の愛に触れ、彼らの信仰の報いを受けました。彼女はとても素晴らしく理解してもらったと感したのです。
 これについてウィリアムは洗礼者聖ヨハネに似ています。彼は神の御母の「代弁者」です。人々を彼女の声に触れるようにします。「荒野で叫ぶ者の声」、この言葉は「主のために道を真っ直ぐにします」 洗礼者聖ヨハネはヨルダン地方の膨大な人々を照らしました。彼らは彼に群がりました。なぜなら、彼らは彼か神の預言者であると、彼の生き方によってわかったからです。
 預言者エリアは大干ばつの間、神の御言葉を油とパンを切らしている一人の婦人にもたらしました。彼女は神の御言葉で彼が預言者であると認識しました。それにより彼女は預言者を通して奇跡を受け、預言者を信じたことによる報いを受けました(3列王記17:8-16)。それと同じことか預言者エリシャにありました。イスラエルに多くの癩病者がいたとき、誰も癒されず、シリアのナアマンだけが癒されました。なぜなら、彼は預言者エリシャを通して神の御言葉を受入れ、認めたからです。そして、彼は癩病が癒されました(4列王記5:1-17)。
 ウィリアムについて、この良い例は他のキリスト信者に徳として広まります。時々、奇跡の聖寵がこれらの霊魂に与えられます。聖パウロ自身、聖霊によって霊感を与えられ、私たちが洗礼によって受ける神の偉大な賜物である「善良さの火花」について書きました(エフェソ1:1-8)。これと同じ善良さの火花は、いわば森林を燃やすことかできます。それは人々の心に明かりを灯し、彼らの生活を変えることができます。これが私が過去11年間、ウィリアムの生活で見てきたことです。

【 賢明の徳 】

 賢明の徳は、神の法に沿って私たちが選択をなすことによって、私たちが本当に良い最善のことを達成するための最善の手段を、各瞬間において選ぶことを知性に促します。賢明の徳は、私たちか十分な決心と賢い選択をなした後に行動することを私たちに命令し、勧め、裁きます。それは私たちの行動が正しく行なわれる助けとなります。共同体の生活では賢明の実践のための多くの機会があります。良心の判断が現実に実行されるのは賢明の徳によってです。
 人が賢明になる事を助ける幾つかの特質があります。そのような特質がウィリアムにある事に私は気付いてきました。第一は従順さです。これは真理に良く影響されやすい事です。私は証言しますが、彼はとても従順です。なぜなら、彼は罪の近接的機会が発生しない限り、できる限り問題をはらんだ状況の内を進んできたからです。聖トマス・モアも同じように当時の悪に対処しました。利口さは問題をはらんだ事項の中に様々な原因と結果を速やかに見つける能力です。ウィリアムはどの問題でも性急には動きません。しかし、私は彼が問題の核心に早く気付いたことに驚かされました。それから彼はその問題を処理しました。先見の明は、人間的予見によって離れていることを気付くための能力で、正しい方向に向けて行動する能力です。ウィリアムは、何らかの一連の行為が彼に示されたり、彼に加えられたりすると、非常に早く一連の原因やその結果を理解するということに私は気付きました。
 慎重さは、行為の周囲の状況に気付く能力で、その状況が行為の善性あるいはその反対のものをどのように変えうるかを気付く能力です。ウィリアムはいつもこの洞察を示してきました。なぜなら、彼は一定の行動の周囲の状況が、いかにミッションに対して反対の効果をもたらしうるかを常に意識しているからです。用心深さは危険な状況の洞察です。それは必要です。なぜなら、悪はしばしば善と混じっていて、悪は善のように現れることができ、善は悪に妨げられるからです。悪を避け、善を行なうために人を助けるのは用心深さです。ウィリアムはあらゆる善いことを損なう悪の技巧に対してとても敏感です。彼は既に問題をはらんだ悪を導き入れないよう非常に注意深いです。彼は共同体や個々の事例に他の人々が悪を導き入れることを許しません。このような仕方でウィリアムはとても賢明です。

【 問題に面と向かって取り組むことを恐れない 】

 私が初めてウィリアムに会った時から私は気付いていますが、彼は彼の個人的尊厳に関する非常に確固たる感覚を持っています。権威や権力の地位を悪用する人々も、彼を容易に脅せないということに気付いたことが何回もありました。私は、彼が問題や人に対して恐れを表したことを見たことがありません。彼は粗野でも辛辣でもありません。カトリック司祭として私が受ける印象は、彼の賢明さと人々を扱う外交的手腕です。ウィリアムはどんなに難しい状況で危うくなっても、決して真理を妥協しません。彼は人々の間での一致にとって有害な結果になるであろうことと知っていても、正しいことを言ったり行なうことを恐れません。一致を破ってきたこれらの霊魂たちが、頭を下げるのを何度も目にすることは、私を本当に驚かせました。ある時点でこの傷ついた霊魂は、彼らの誤りを謝罪するための涙と後悔の内にいつもウィリアムの所に戻ってきます。彼らを道に立ち戻らせる本当の友だちは誰でしょうか。それはウィリアムです。私はとても多くの機会にこれを目にして、ウィリアムが友人たちに持っている愛と誠実さに私は終わりなく照らされます。

【 世の罪を確信する 】

 教皇ヨハネ・パウロ2世聖下は、イエズスに関する世のあらゆる個々の間違いについて悟らせる、聖霊について書かれました。回勅、ドミヌム・ビビフィカンテムで聖下は書いておられます。「彼が来られるとき、彼は世についての罪と義と裁きを悟らせるでしょう(ヨハネ16:7)」。私自身と多くの人々にとって注目すべき認識は、この『悟り』は、ウィリアムに与えられる聖母のメッセージと神の御母の御出現に関係する人々を通して起きたということです。これは多くの人々のために真の印です。それはメッセージを通しての聖霊の御働きの果実の確かな印です。
 この世には、神についてのたくさんの歪曲があります。私はウィリアムに与えられる聖母のメッセージと私が関わり合うことを通して、神の愛と御憐れみを理解しました。私はウィリアムがどれほど彼自身、メッセージに生きているかを見ています。私はまた、善意の人々に対しての神の寛大さを理解しました。従って、人々が真摯に神や自分自身についての真理に近づこうとする限り、神は彼らにとても寛大です。しかし、人々が頑固で言い張るなら、何が正しいかという知識と、他の点を選ぶ自由とを十分に持つ限り、彼らが誤りの特別な道を選ぶ結果、苦しむことを神は許します。私はウィリアムが、霊魂たちが正しいことを行なうのを助けるのに、大いなる賢明を用いているのを見てきました。時々、誤りにいる人を兄弟愛的に正すために、彼はイエズスやマリアから直接指示されます。彼は真摯に、無知な彼らを脅したり圧倒したりしません。その霊魂が神の御旨を知るために光の中に来るのを助けるため、その人の個性や必要に自分自身を適合させるための手段を取るとしても、彼は決して真理を妥協しません。また彼は、万人がある種の信仰の神秘についての知識を扱うことにいて、同じ程度の能力を持っているわけではないということを理解しています。どの人々も、彼あるいは彼女自身の道を通って神に導かれなければならないのです。私の意見では、ウィリアムは霊魂たちの良い牧者の徳を持っています。

【 正義の徳 】

 正義の徳は、常に他の人に当然与えられるべきものを与えるように、私たちの意志を動かします。個人が社会に対して共通善に負っているものを与えることを社会正義は要求します。同様に、社会を統治する人は、各人の能力に従い各人の尊厳を考慮して、社会的利益や社会的負担の公正な分配を行うことによって、各人に与えられるべきものを与えなければなりません。この同じ原理は、メンバー間の様々な関係や共通善に関して、聖シャーベル会を支配しています。

【 正義の擁護者 】

 彼はいつも正義や人権の深い感覚を持っています。彼はしばしば「富める者と権力を持つ者」に押し潰されている人々を公的に擁護しました。そして、社会の中のより弱い人々に対して、権威ある人の一部が威張り散らしているという失望をしばしば私と共有してきました。マリアの共同体や聖シャーベル修道会に関しても同じです。様々な報道機関は、様々な権威の人々に影響を与えて偏見を持たせ、ウィリアムについての意見を否定的なものにします。たとえば、ウィリアムはメディアによる誹謗や中傷のために、一部の弁護士から合法的な代理を拒絶されました。彼はいくつかの銀行機関との関係で優秀な信用格付けを持っているにも関わらず、融資に関する諸特権を拒否されてきました。もちろんこの種のことは多くの例があり、全てはメディアのために起きたことです。訴訟のために必要な資金をウィリアムが持っていたなら、ずっと以前に適切な場でそれらの訴訟を始めていたでしょう。
 しかし、ウィリアムは徳の名によって正当化されている、キリスト信者によって犯された不正な扱いの状況にしばしば立たされます。私は個人的に、これらの問題が彼によって解決されるために持ち込まれるのを数え切れないほど目撃しています。時々人々は、他の人の無分別によって彼に押しつけられた問題を解決するように彼に圧力をかけます。ある問題はFAX、手紙、電話、あるいは人から来ます。これらのことは何度も海外で発生しました。その事実のすべてを把握することは易しくありません。世界中の幻視者たち、または他の恵みの霊魂が、聖職者や家族の会員やワーカーたちとの関係でごたごたを起こすことによって、彼らの不一致のために彼に時々問題を気付かせます。
 このすべては彼らがウィリアムを信頼しているからです。時々それは寛大になることに困難を感じ、隣人に有徳な仕方で対応することができない聖シャーベル修道会のメンバーにも見られます。これらすべてのいろいろな状況で、人々はウィリアムが彼らの問題を解決することを望んでいます。ウィリアムはいつも正義およびあなたの主張を提示する権利に対して鋭い感覚を持っています。彼はとても公平で手腕に優れています。物事が混乱で隠されているとき、彼らの意志に適うように、彼らが行動するための時間を許し、どのように忍耐するかを知っています。彼はいつも「良い木」は良い実を結び、「悪い木」は悪い実をつけることを信じてきました。
 たくさんの例があります。ある時ウィリアムは、提案されていた共同体のための不動産の購入に関して、彼の協力者に同意し、委託しました。彼は基本的なキリスト信者の徳により、生活するために彼らを信頼しました。彼はいつも彼ら自身の言葉に忠実であると人々を信頼してきました。しかし、この同じ人々が、彼らの信仰の危機によってウィリアムに反対するようになりました。彼らはウィリアムに対して、所有権問題を法廷で主張しています。この家族は不正です。結果としてウィリアムは、彼らが単純な商業上の合意に関する法的基準を守るように、彼らとの関係を適正化しなければなりませんでした。聖母のミッションを「援助」することを望む全ての人々は、この基準に合致しなければなりません。今、彼は聖母の仕事の財産を守るために、弁護士の援助のもとに全てを行なっています。

【 皆は自由 】

 1984年以来、テレビや新聞・雑誌は彼らの特徴であるジャーナリズムの印で、マリアの償いの共同体や聖シャーベル修道会のメンバーは、伝えられるところでは入退会の自由がないと言っています。彼らは火に油を注ぐように、ウィリアムは「カルト」の指導者であり、私たちが危険な「セクト」で社会に脅威であると断言し、主張しています。これは表現し難いほど突拍子もないことで、ジャーナリズムの道義に反することです。それは不当で、ウィリアムの人間としての品位を侮辱しています。彼らはこの同じテーマを何年も続けてきました。これほど真実からかけ離れたことはありません。
 ウィリアムは多くの講話や記録の中で、誰にでもカトリックとしての独自性を「新しい形態の奉献生活」として固定する、規則や規定を受入れる自由があるということを繰り返し明らかにしてきました。彼はまた、どの人でも、家族でも会則や会憲に沿って生活できるように便宜を計りました。彼はいつも彼ら自身がゆっくりと順応するための、ある種の人々の必要性を許容します。会員は修道会を自由に脱会でき、誰からも妨害されません。これは真実であり、私たちの文書に記録されています。メディアの歪んだ報道のため、ウィリアムはこのように入退会が自由であるという事実を公に説明することの必要性を意識してきました。ウィリアムは許可を受けて、キャラバン・パークに関する法律が、そのテナントに対する様々な規制によって私たちを拘束しているという事実を常に公言してきました。この許可は初めから必要でした。なぜなら、教会は私たちをまだ承認していないからです。

【 性急な判断 】

 ウィリアムはまた過去、多くの機会に、あらゆる段階における自己主張を妨害するような高位聖職者たちによる彼の人権に関する性急な判断を経験しました。まさに最近の1998年9月まで、彼の主張を聞く公平さは得られませんてした。高位聖職者はウィリアムに性急な判断を下し、このことを単に疑いに基づく意味にのみ基づいてなしました。ある司教区の広報官は、多くの出来事の真実を恐ろしいほど歪めて伝えました。ここに多くの例があります。ウィリアムの問題のほとんどは、あらゆる段階で、教会法による合法的な調査によって彼を支持しようとしない高位聖職者たちに由来します。ウィリアムに対するこの判断の仕方は聖職者に限ったことではありません。それはまた、一部の幻視者たちにも起きました。彼らは嫌疑により誘惑され、混乱に陥りました。彼らもまたウィリアムに性急な判断を下しました。一つの良い例が「トランペッター」として知られる幻視者です。彼とイブ・マリ・ブレー神父は、その名声に対して大いなる侮辱と損害を引き起こしました。このことは補償を必要とします。適当な権威者が受諾して教会の調査を行なっていれば、この最大の問題はだいぶ以前から避けることがてきていたでしょう。

【 弁償 】

 ウィリアムは人が他の人の名声を傷つければ、その度合いに応して弁償しなければならないと強く正当に感しています。私は既に幾つかの例に言及しました。これはカトリックの伝統的な道義です。私は教皇ヨハネ・パウロ2世の、イエズスヘの聖ペトロの「何回まで隣人を赦せますか」という質問についての文書を引用したいと思います。償いと赦しの本質について教皇ははっきりと答えられました。「そのような赦しの要求の寛大さは、正義の客観的要請を取り消すことができるわけではないということは明白です。正しく理解するならば、正義はいわば赦しの目標をなしています。福音のメッセージで言われている赦し、あるいはその源泉としての憐れみは、悪に対して、つまづきに対して、損害、侮辱に対しての許容を意味しません。どのケースでも悪やつまづきに対する償い、損害に対する賠償、侮辱に対する償いは赦しの条件です」(ヨハネ・パウロ2世、憐れみの神)。
 正義の一部分である弁償は、赦しの目標であることを、読者はこのテキストから理解することができます。権威ある立場にある人々は、赦しのための条件が実現されるように、弁償がなされることを補償すべきです。その条件について教皇は言及されました。悪やつまづきに対する償い、損害の賠償、侮辱の償いについてです。これはまた1983年の教会法の規則においても扱われています。このようにして赦される者と赦す者において、真の愛が自らの本性を顕します。しかし、このコインのもう一つの面は憐れみですが、それでも正義の条件を満たすことを欠くことはできません」 教皇は続けます。「実際、赦しは正義として特有の『弁償』や『猶予』の過程以上に、人間が人間として自分自身を指定するためには愛が必要なのだということを示します」(ヨハネ・パウロ2世、憐れみの神)
 不幸にも、人間の不寛容から生じる問題の多くは、疑念が根本にあり、それは性急な判断へ導きます。この筋書きもまた世界中の他の幻視者たちに当てはまります。恵まれた多くの者や単純な霊魂たちが、神が彼らに求めていることが何かということを識別することが事実上不可能になったのです。ある聖職者はこの罠に堕ち、神が彼らに求めておられることを達成することを、真正の恵みの霊魂たちが行うことを妨害する道具となりました。昔のファリサイ人のように、高位の多くの人はウィリアムの道に巨大な障害物を作りました。彼はカトリック信徒としての教会法による権利を主張できません。なぜなら、ほとんどの場合、あらゆるドアは閉じられているからです。これはまた、神が世界中の幻視者たちを一致させる使命をウィリアムに委ねた理由の一つです。彼はこれらの無垢な者の上に行われる不正な行為に対して憤慨をしばしば表し、このようにして犠牲者となる人々に対していつも同情を感じています。

【 神のものを神へ返す 】

 神に対する正義は信仰の徳と呼ばれます。信仰の徳は、神の無限の卓越性と我々に対する最高の支配権のゆえに、神にふさわしい礼拝を献げるように我々の意志を傾けます。これは真の献身を要求し、神の代理者たる限りにおける正当な権威への従順を通じての神への服従を意味します。ウィリアムがこの何年間にも渡って、ずっと教導権の真正な教えを強く決定的に支持してきたことは、本当に皮肉なことです。ウィリアムとの一致を破った幻視者たちは、何度も教会の真の教えに対し、あらゆる種類の偽神学的主張でウィリアムとの一致を破るのを正当化しようとしました。しかし、それはいつもまさに反対でした。問題となっている幻視者たちが真理に従うことに気が進まないために、彼らとの一致を犠牲にしてでも、多くの機会に信仰の遺産を公的に擁護してこなければなりませんでした。これらはすべて公的事実として記録されたことであり、ウィリアムによって世界中に公表されました。あらゆる場合において、信徒たちは不一致の真の理由に関するウィリアムの明快な説明によって教化されました。五つだけ例をあげると、シスター・ガダルーぺ、トランペッター、イブ・マリー・ブレー神父、小さき鳩、ジョージ・マイオール神父です。他にも数え切れないほど多くの例があります。

【 剛毅の徳 】

 剛毅とは、私たちが恐れに打ち勝つことを助ける徳です。それは試練に直面したときにさえも、何か良いことをなすことにおける安定性と忍耐を強めます。剛毅の徳は死の恐れにさえも抵抗し、信仰を守るために何事にも耐えることを私たちに可能にします。「世にいるお前たちは迫害されるたろうが、勇気を持ちなさい。私は世に打ち勝った」という主の御約束が助けになります(ヨハネ16:33)。それは幾つかの仕方で現れてきます。寛大さとは彼ら自身に大きな誉れを帰し、大きな信頼で偉大なことを行なうことを可能にする徳です。ウィリアムはこの点で本当に輝いています。なぜなら、彼は神と人々のために偉大なことを開始したからです。これはとりわけ真実です。なぜなら、彼は聖シャーベル修道会という奉献生活の新しい形の創立者だからです。立派さとは、費用の点でその人の資産では非常に困難な何か偉大なことを人に可能にする徳です。ウィリアムは共同体の発展のために、彼の財産を可能な限り運用し、所有物を抵当に入れて莫大な責務を負っています。彼は共同体生活への移行がより容易になるように、移行のために経済的援助で他の人々を支えています。忍耐は、善の追求において悲しみを引き起こす苦難を耐えることを可能にします。ウィリアムは忍耐強いです。彼は何を行うにあたっても常にゆっくりと行うように忍耐力を深めてきました。堅忍の徳は、人に善の達成における遅れを耐えることを可能にします。これに関してウィリアムは英雄的徳を持っています。彼は試練や多くの苦しみのみを意味する神の預言的御言葉に耐え抜きました。

【 人間の真の尺度はキリストの十字架 】

 私はこの事に既に触れましたが、ある人を神に遣わされた者と真正に同定する最も顕著な印の一つは、十字架を担わなければならない、という徳である事を読者に理解していただきたいと思います。聖なる人は遅かれ早かれ常に次の事に気付きます。神の御旨の内に堅忍するための力を得るのは、ただ十字架においてのみであるという事を。あらゆる喜び、あらゆる悲しみは神の愛の接吻をその内に含んでいます。ウィリアムは長い間、その真の価値のためにキリストの十字架を認識していました。多くの聖人と同様、聖なる男女も大きな試練に直面してキリストの愛の証人となり、英雄的徳のために世紀を越えて教会で支持されてきました。殉教にさえも至るまで。聖パウロのように、彼の人生における全てのことは、この基準によって測られてきました。誰であれ善意の人が最終的にこの事実を理解した時、彼は既にカルワリオの個人的登はんのための出発地点に到達しています。司祭として私の生涯で会った多くの人々の中で、私はウィリアムのような人と会った事はありません。
【 迫害 】

 苦しみの体験はいつも人々の望みの誠実さの証明となります。これは迫害の形でウィリアムにしばしば来ます。長い間、ウィリアムは莫大な迫害を受けてきました。過去11年間、私は個人的に多くの公的、私的の中傷の形の裁きや、ウィリアムに対する誹謗や、「リトル・ペブル」としての彼のミッションに対する悪口を目撃しました。既に述べたように、これらは新聞のジャーナリズムによって、ウィリアムの信用を攻撃することを自らに任せていた人々によって起こりました。このことはまたテレビ報道によって国内的に、ある時は国際的規模で起こりました。これらの人々が彼らの嫌疑に基づいて、彼に反対するかくも悪辣なことを書き、話し、嘘を教え、性急に裁いているのは私にとって信じ難いことです。
 次の聖書の御言葉はこのような人々にはほとんど意味を持たないように見えます、「人を裁くな。お前たちも裁かれないようにするためである。お前たちは自分の裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる」(マテオ7:1)。聖トマス・アクィナスは人を非難し、極悪人であるというレッテルを張るような、嫌疑をもとにした性急な判断は、重大な悪で大罪であるとはっきりと述べています(神学大全第II-II部、第60問一項から6項)。この類のレッテル貼りは数多く起きました。この人々は現実の事実に無知であるということは事実です。彼らの無知は不可避的なものではなく、それゆえ彼らは公的言動に対し責任があります。

【 堅忍への強い意志 】

 神は、正しいこととは何か、彼の務めはどこにあるかをわかった時には、正しいことを行なうための大きな決意をウィリアムに与えられました。良心形成の問題全体は明らかに重要です。ウィリアムはいつも彼自身とカトリック信仰を関連づけて考え、神の十戒や神の真理をどの状況でも破りません。彼は、教会の神聖な教導権や真理そのものの要求に従って、良心知識を与えようとしてきました。彼は司教への従順の要求と私的啓示の真実の現れとの間での対立のように見える状況に直面した時、神御自身、矛盾することがおできにならないということを完全に知りつつ、この問題を神による解決に待ちました。
 1990年に、既に結婚しているのに、神は彼に再び結婚するように命令しました。彼はこの事態にすぐには飛びつきませんでした。彼は神が彼に求められたことについて疑いませんでしたが、表面上は神御自身の法を破る事態になることを望みませんでした。彼はこれについて人々がどう思うかということの、世界的な結果がはっきりわかりました。彼は、なぜこのようなことをするのかということを、人々が理解しようとしないし、理解できないことで、多くの人々の嫌疑によってミッションが苦しむことを知っていました。
 彼は自分が、神がアブラハムに求めたのと同様の神からの試練の内にあると理解しました。神御自身の旧約の御言葉に反するように見える、アブラハムの一人息子イサクの生贄の時のようにです。ウィリアムは祈り、長い間、判断を保留しました。事実、何ヶ月も過ぎました。彼は神の命令を拒否しませんでしたが、彼は理解し、強められるために祈りました。彼は自身が受けたものが真実かどうかを主に尋ねてもらうために、世界中の多くの幻視者たちに頼みました。彼は私に、この状態についての教会の道徳上の教えを調べるように頼みました。神が他の多くの幻視者に、神の命令を確認するように話されたことを聞く時間を取った後、ウィリアムは命令に従うことに決めました。いったん決心すると、彼は決然として前進しました。彼はどの人にも誠実で忠実です。その人々も真理に対して誠実である限りにおいてです。なぜなら、ウィリアムは第一に神とその御約束に対して忠実であるからです。

【 彼は辛抱強い男 】

 彼は痛みに対する許容力が高いです。特に、彼が事務所で日々なさなければならない多くの問題に由来する精神的苦痛に対して。彼は衝動的な人間ではないです。逆に既に述べたように、彼はいつも時間をとり、目標に向かってゆっくり行動することを誰もが知っています。それゆえ、仕事においてウィリアムは周囲の心の動揺や失敗によって簡単には落胆しません。ウィリアムは目標に到達するのに邪魔となるどの問題にも対処します。たとえそれがすべてを自身で行なうことを意味するとしても。彼はとても現実的で、問題の事態を解決するためにどうしたら良いかについては、いつも常識に基づいて行動しています。

【 節制の徳 】

 節制は自制によって私たちの欲望を和らげます。それは体、感情、精神的な喜びの魅力を和らげます。食べること、飲むこと、生殖の願望は最強です。この強い傾向に対する自制を失うことで、むしろ肉や世の喜びの方を好み、それによって神を見捨て、救いを失うまでに至る不幸の可能性が出てきます。聖トマスによれば、節制の徳に関連する善徳は第一に、怒りの激情を和げるおとなしさや温和です。何かを私たちが熱心に望んで自制を失うことにより、怒りはしばしば現れます。おとなしさは怒りを静め、温和は自分を傷つけた人に仕返しすることを防ぎます。それはまた、無慈悲を抑制します。ウィリアムは柔和さの生きた模範です。私は怒りによって彼が自制を失っているのを見たことがありません。
 今は我々と共にいないメンバーが、あるとき私とウィリアムがいる前で、自分の妻を殴り怒りました。メンバーが自分の妻に対してそのようなことをしたことで、私たち二人は驚きました。ウィリアムは強く自制したまま、そのようなことを二度としてはいけない、さもなければすぐに外へ出て行けと彼にはっきり言いました。私はゲベッキ神父が始めて友情を裏切った後の、ウィリアムの行動における穏やかさを見ています。ウィリアムは復讐心を決して持ちません。彼を傷つけた人々は自分のしたことについて神に申し開きをせねばならないとき、より困難なときを経験するだろうということを彼はいつも知っています。トランペッターとイブ・マリー・ブレー神父から始まって、聖母の働きやウィリアムの名声に劇的で大きな危害を加えた多くの数え切れない例があります。私はこの点を既に取り上げました。
 第二は自分自身の優越性や知性や知識への欲望を、自制を通してコントロールする謙遜です。知識に関して、それは我々の霊魂にとって非常に危険でありうる好奇心の欲望を和らげます。それは無分別な人の度を超えた欲望を和げます。謙遜は、自分自身を実際よりも低く考えさせるのではなく、自分自身の能力の公正な評価に基づいています。謙遜によって人は何が不可能であるかを理解し、不可能なことをしようと試みることを慎みます。こうして彼は自制の必要を理解します。ウィリアムは謙遜で、聖寵の賜物を並み外れて頂いており、模範的で神の特別な人です。彼は州の長や普通の人だけでなく、世界中の老若男女に尊敬されています。彼は将来の幻想的世界に生きているのではなく、今を生きているのです。彼は過去に生きているのではなく、堅苦しくなく、人の品位や態度の謙虚さを強く信じています。

【 結び − 荒野で叫ぶ者の声 】

 洗礼者聖ヨハネのように、リトル・ペブルヘのマリアの出現は、私たちの世代を神へ導く道を真っ直ぐにするよう叫び求める声のようです。彼女の声はたいへん母らしく、メッセージは力強く決定的です。教皇パウロ6世は彼女を「福音の星」と呼ばれました。聖母はリトル・ペブルを通してイエズスの第二の来臨を迎えるために、約束された土地に向かって善良なすべての霊魂を導くことを望んでおられます。第一の到来においては、それはただ、羊飼いと博士たちだけでした。彼らはマリアの腕に抱かれたイエズスを神の聖寵が与えられたことで認識しました。神殿での儀式においてシメオンとアンナだけが聖寵を与えられ、その日にマリアの腕に抱かれた赤子のイエズスを認識しました。
 私達の日には「小さい霊魂」だけが、本当に霊において貧しい者だけが第二の来臨を認識できるでしょう。この第二の降誕節は、イエズスの第二の来臨に先立ってしょう。これらの時には、私達は黙示録の預言の出来事が展開されているのを目撃するでしょう。それは聖パウロが予見した「大背教」の時です。また聖ルイ・マリ・ド・モンフォールが予見した「終末の日々」の聖人たち、「マリアの軍団」が立てられる時でしょう。これは、私たちの時代の印について、終わりの20年について、教皇ヨハネ・パウロ2世が指導する書簡の光の内に理解することは難しくないでしょう。もし、読者が謙虚に純真にこれらの現実を把握できるなら、ウィリアムの生涯を取り巻く神秘の内に「善良さの火花」の何事かを理解することができるでしょう。
 「この方法によって私たちは、悪魔の子供たちから神の子供たちを区別します。聖なる生活をしない者は皆、神に属していません。自分の兄弟を愛さない者は神の子供ではありません。互いに愛し合うこと、これがあなたたちが初めから聞いている教えです。だから兄弟たち、世があなたたちを憎んでも驚くことはありません。私たちは自分が死から命へと移ったことを知っています。これは私たちが兄弟を愛しているからです。イエズスは私たちのために命を捨ててくださいました。そのことにより私たちは愛を知りました。だから私たちも兄弟のために命を捨てるべきです。私の子供たちよ、言葉や口先だけではなく、行ないをもって誠実に愛し合いましょう。これによって私たちは自分が真理に属していることを知り、神の御前で安心できます」(1ヨハネ3:10-19)。

 私たちの救い主イエズスの祝福がこれを読んでいる皆さんの上に、そしてマリアの汚れなき御心が皆さんを優しく抱擁して下さいますように。

キリストにおいて敬具、
マルコム・L・ブロサード神父
「リトル・バルトロメオ」
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【 シスター・グアダルーぺ 】
 1986年に、ロネル・ハーゲンという紳士が、彼の母国グァテマラから私と文通しはじめました。私は彼を、私が今までに会った人々のなかで最も素晴らしい人の一人と認識しています。グァテマラ全土の人々が「箱舟の聖母」のミッションと、「終わりの時」の預言者としての私の役割を知ったのは彼を通してでした。1987年3月、私が他の幻視者「シスター」グアダルーぺを紹介されたのも、彼を通してでした。この恵みの霊魂はよく知られた婦人で、1981年の時点で3人の子供がいました。イエズスは彼女に、「リトル・ペブル」として知られる男が、最後の教皇になることを初めて明かしました。この男はオーストラリアから来るであろうと。この啓示は、私が「リトル・ペブル」としてよく知られる以前になされました。イエズスは、彼女が私と私のミッションに一致できるように私の助けを得るために、私とコンタクトするように指示しました。大変な困難の後、私のグァテマラ旅行によって1987年5月さらなる一致がなされました。 − それは私に反対して起こった大変なキャンペーンでしたが、 私はどうにかして国に入りました。私をブラックリストに載せようとするこのキャンペーンは前年に始まったのですが、生じたすべての問題にもかかわらず、私の訪問は大成功であり、その国の支持者を強めることに寄与しました。シスター・グアダルーぺは下記のメッセージによって、オーストラリアでの聖母のご出現と、私のミッションを確認しました。

1981年 聖母: 「私は、世界中 − ファチマ、ルルド、ガラバンダル、そしてオーストラリアに出現する、その同じ乙女です」

1983年(四旬節)イエズスは、聖書を持っていました。主:「我が娘よ、私はこの書のなかに秘められた奥義をあなたに示すために来たのだ」 彼女(シスター・ガダルーペ)は幻視を見ます − 巨大な岩がありました。その岩の上に一つの小さな岩があります。主が説明されます。「あなたが見ている岩は、聖ペトロの上に築かれた私の教会である。その大きな岩の上の小さな岩は、やがて教皇となり、我が民を正しい道へと導くことになる、ひとりの幻視者である」

1987年3月19日 聖ヨゼフ: 「1983年に、我らの主によって与えられたメッセージを、公にするときが来た。我が愛するリトル・ペブルに、彼が、あなたが幻視した大きな岩の上の小さな岩であるということを告げよ。彼が、ヨハネ・パウロ二世の真の後継者であることを告げよ。彼は、幻視者たちの一致の使命を続けねばならない。なぜなら、まもなく、彼には幻視者たちに対する権威が与えられ、幻視者たちは彼に従うだろうからだ」

1987年3月19日 聖母: 「私の選んだすべての幻視者は、あなた、リトル・ペブルと一致しなければなりません」

1987年8月29日 主: 「我が子供たちのうちでもっとも謙遜なる子(リトル・ペブル)よ、すべては、以前からいわれてきたように運んでいる。彼、『リトル・ペブル』は、あらゆる仕事を完壁にこなす者となり、ペトロの後継者となるだろう……愛する息子リトル・ペブルよ、あなたは、この世で行ってきたすべての良い行いのために祝福される。愛する息子よ、この世の我が羊たちを守りなさい。私は、常にあなたとともにいるであろう」

1987年9月20日 主がロネル・ハーゲンに語られる。「我が娘、シスター・グアダルーぺは、リトル・ペブルだけに従わねばならない」

1987年9月8日 主イエズスがシスター・グアダルーぺを通してリトル・ペプルに語られる。「親愛なる息子よ、聖地『ナウラの出現地』は発展し、そこから、あなたは世界の教会を治めるであろう。あなたが教皇となる時、あなたに対する迫害は始るだろう。だが、あなたの力は絶対であり、敵はあなたを滅ぼすことはできない」

「シスター・グアダルーぺの幻視とその生活」という本の中で述べられていること。
主イエズスはいわれます。「怖れてはならない、なぜなら、我が預言者リトル・ペブルに導かれて、あなたは反キリストを滅ぼすだろうから」

 上に示した引用は、一つの論点を証していると思います。では、シスター・グアダルーぺの誤りと憧着、異端とはどんなことでしょうか。
 1988年2月、シスター・グアダルーぺとロネル・ハーゲンは、その月の12日にオーストラリアに到着するや、彼女が御父である神から受けたメッセージを入れたホルダーを私に見せました。これらのメッセージは、シスター・グアダルーペが世界でもっと快く受け入れられるまで、秘密とされることになっていました。私は、御父なる神が許可するまで、この長大なメッセージを公にすることを禁じられたのでした。これらの秘密のメッセージは、いくつかの異端を内包しており、私は、それらが公教会の教えと矛盾するので受け入れられない旨、彼らに伝えました。シスター・グアダルーぺもロネルも、これらのメッセージに対する信念を頑ななまでに再度断言し、これらは新しい奥義であるから教会はまだ理解していないが、時がくれば理解するだろうと主張するのでした。その主張のある部分は書き記され、ある部分は口頭によるものでした。

【 それらの異端とはどんな内容であったか? 】

(1) シスター・グアダルーぺは、彼女が「黙示録の婦人」だという事で、聖母
と対等である。これが彼女がシスター・グアダルーペと呼ばれる由縁である。
(2) 有名なグアダルーべの絵の像は、実はシスター・グアダルーぺである。

(3) 黙示録には、婦人が息子を産み、龍がその息子を貪り喰うため待機してい
て、婦人と息子は砂漠へ逃れたと書いてある。これはシスター・グアダルー
ぺのことをいっている。
(4) シスター・グアダルーペは何年か(7年)前(訳注:1993年頃)に聖霊に
よって身ごもり、イエズスという息子を産み、彼女の息子であるので、乳を
飲ませるために、時々この子供が彼女に与えられる、ということを明かした。
(5) 何度となくロネルは私にたずねた。「この婦人が誰だかわかりますか?」 
彼女は祝されし乙女マリアではないが、もうひとりの乙女マリア、時代の
終わりの第二のマリアなのだと。

 もし、これらの事が異端でないとするなら、私には何であるかわかりません。私は、これらの事全てがどうなるか見守るため、今までこの事を私だけの秘密にしてきました。1988年に私は、シスター・グアダルーぺを通して、王冠を与えられることになるからファチマへ行くようにとのアドバイスを主から受けたのでした。
 1988年2月、シスター・グアダルーぺはオーストラリア滞在中、心臓発作に襲われました。彼女には心臓がなく、死ぬことになるだろうと彼女は主張しました。しかし、最初の心臓発作で彼女は死なず、彼女は、私がとりなしの祈りで彼女を生き返らせた、ということで主が怒っているというのでした。一体いつから、一人の人間が生死に関する力を神に対して持つに至ったのでしょうか。私は何も言わず、あとでゆっくり考えるために、全てを私の心のうちに留め置く事にしたのです。シスター・グアダルーぺの死にまつわる伝説は、数週間たち消えることがありませんでした。彼女とロネルと私は、彼女が死に、そして復活するという彼女自身の預言が成就されるのを待ちながら、ダフィ家に留まっていました。その時期ではなかったということで、シスター・グアダルーぺとロネルは帰国しました。
 その年の4月に、主は、シスター・グアダルーペを通して厳しいメッセージを私に与えました。いわく、私がシスター・グアダルーペを復活させることで天に不従順であったため、ファチマでの戴冠は起こらず、その結果すべてが遅れることになるだろうと。その後、数週間から数ヶ月のうちに、全体として矛盾する多くのメッセージが、次々と与えられました。さらに私たちの主は、私が、幻視者たちの黙想会にきた一人の幻視者のことを警察に話し、そのことでその幻視者は牢に入れられ、パスポートを失い、シスター・グアダルーぺの醜聞の元となったため、主が私のことを怒っているという、私に向けたメッセージをシスター・グアダルーペに与えたのでした。しかしながら、真実はといえば、私は警官になど話しはしなかったし、当の幻視者も平和のうちに帰国し、家に着いたときには幸福で意気揚々としていたのです。このことは、オーストラリアのマリアの働き手すべてと、その幻視者自身に確認しうることです。私は、必要とされるまでは名前をあげることを控えたいと思います。言葉を換えていえば、シスター・グアダルーぺは、まったくの嘘、起こりさえしなかったことのメッセージを受けたのです。私は、ロネルにこのメッセージについて訊ねると、彼はそれを理解できず、昨年の5月に彼がシスター・グアダルーぺとオーストラリアへ来た際に、私が二度目に彼に訊ねたときでさえ、彼はそのことを脇へ押しやってしまいました。
 続くメッセージのすべてが同じ問題を含んでいました。1988年の5月、ファチマ出発のまぎわに、私はロネルに、シスター・グアダルーペはまちがいを犯しつつあること、そして霊を試すべきであることを警告しました。そのとき以来、シスター・グアダルーペとのすべてのコミュニケートは途絶えました。その年のあいだに、私は何度か手紙を書きましたが、一度も返事を受け取りまぜんでした。それから1988年の5月にシスター・グアダルーぺとロネルは、なんの前ぶれもなしに突然、ナウラに現れました。彼らのオーストラリア訪問については、私は以前、皆さんにお送りした手紙のなかで説明しました。彼らがオーストラリアにいると知ると、ジェームズ・ダフィと私は彼らが滞在しているモーテルを訪れました。私たちは2〜3時間彼らと話し、その晩、ミサのために聖地を訪れるよう招きました。彼らの最初の訪問は、大変に快いもので、そのときには、彼らは1988年初期以来から存在したどんな問題をも取り繕おうとしました。彼らは、それまでのメッセージをどう私が考えるか知りたがり、そして、私が誤りに陥ってしまっており、もう一度正しい道に導かれねばならず、今となっては教皇となることもないだろうし、十八ヶ月ものあいだ私は(真実の)メッセージを受けていないのだ、と忠告してきました。選別された秘密のメッセージに対する私の考えは変わっていないということを、私は彼らに説明しました。さて、彼らは、私たちの家、あるいは聖地には来ないことに決めたのでした。そんなわけで、彼らはグァテマラへ帰ることになるのですが、それは、このミッションの信用を失わせ、すべての人たちをそれから離反させる目的でなされた、彼らにとって二度目の米国旅行のあとのことでした。
 やがて、彼らは再び現れます。今回は、ナウラから約200キロのシドニーにです。そのとき私は、5歳に満たない3人の子供とともに、引越しの最中でした。ロネルは、シドニーで彼らに会ってくれるよう電話してきました。私は、引越しの最中でそれは不可能だと、難しすぎると、しかし彼らがナウラまで来るなら、その夜しばし彼らと時を過ごすにやぶさかではないと、応えました。ロネルはその応対に不満で、電話をかけなおすといいました。その夕刻に彼は再び電話で、ナウラまで来るのは難儀すぎるので、グァテマラに帰るといってきました。「誰が難儀ですか?」 彼らがはるばるやって来た2万キロの旅のあと、200キロほどの行程の労を惜しむことを考えると、私は心底悲しくなりました。ロネルは、私が堕ちたと忠告したうえで、彼らの私とのきずなは、現在そうであるように断ち切られるだろう、そして、私の方がシドニーに出向くべきだったので、彼らは私たちに会いには来ないと告げたのでした。その時間に引越しをしていたという私の都合を考慮にいれることもなしに。ロネルとのそのときの会話は、テープに取られてありました。以下に示すものは、その録音された電話でのやりとりです。

1989年7月6日ロネル・ハーゲンとリトル・ペブル……この電話は、シスター・グアダルーぺと一緒の、二度目の彼のオーストラリア訪間中に、シドニーのホテルからかけられたもの。

【 抜 粋 】

ロネル    : 引越しの具合は順調ですか?
リトル・ペブル: ええ、午前中にある程度やっていましたから。
ロネル    : シドニーには来られないのですね。
リトル・ペブル: ええ、行けません。
ロネル    : ナウラへ行けるといいのですが、シスター・グアダルーペの
具合が悪いもので。
リトル・ペブル: もし、オーストラリアに来ることがそんなにも大事だと思うの
なら、聖地を訪れて聖母に何がしかの尊敬が払われてしかるべ
きではないのですか。はるばるアメリカからオーストラリア
まで来ながら、もうそれ以上先へは行かないというのは、大変
奇妙なことです。
ロネル    : このことはみな説明されるでしょう。私はあなたへの手紙を
持っています。私はそれを個人的に手渡したく、それが今回
オーストラリアに来た理由の一つです。この手紙の中で、聖母
は、全てのあなたの疑問に答えておられます。もし私たちが
会えないのなら、郵送しましょう。
リトル・ペブル: よくよく考えてみれば、ロネル、あなたは感じやすい人です。
あなたは一通の手紙を運ぶために何千マイルもの旅をした。
しかし、よく考えてみれば、それはバカげています。これまで
の全ての旅で、私は知らせずに行ったことはなかった。私は
いつでも事前によく知らせた。あなたはここを訪れないことで、
聖母にはなはだしい不敬を示すことになるのです。
ロネル    : そこは、我々と意見を異にするところです。メッセージの中で、
そのことは説明されています。
リトル・ペブル: 以前(5月)オーストラリアに来て、ナウラを訪れないまま
翌日帰国してしまったことは、依然として、聖母に対する侮辱
として残っているのです。もしあなたが、真実、神のために
聖母のために働いているのなら、どんな状況のもとであっても、
出現地を軽視することはないはずです。
ロネル    : このこともまた、我々の話し合わねばならない点です。
リトル・ペブル: 先回会った時、あなたはそのことを話しませんでしたか?
ロネル    : もし、私たちがナウラへ行かないとしたら、そのこと自体が、
なぜ行かないかの理由をあなたに告げるべきです。
リトル・ペブル: それはちがいます。あなたが、オーストラリアの習慣の一つ
でも知っているのなら。シスター・グアダルーペは、以前、
私が教皇になると言い、そして次にはもう教皇にならないと
言うのですか?
ロネル    : そうではありません。逆です。教皇になるというのにも条件が
あったのです。しかしあなたは不従順で、そのことを秘密に
しておかず、公にしてしまいました。そのことが問題だった
のです。
リトル・ペブル: いや、そのことは問題ではありません。
ロネル    : それはあなたの言い分です。あなたはそれを受け入れたくない
のです。
リトル・ペブル: もちろん受け入れたくありません。なぜなら、私はシスター・
グアダルーペの全てのメッセージを持っていて、それは私が
シスター・グアダルーペのいるグァテマラに滞在中に、その
メッセージを印刷するように言われた、というのが実際の所
だからです。このことはまた、多くの幻視者によっても確認さ
れたことです。
ロネル    : 私達がオーストラリアへ来た理由は、あなたに提供するための
聖母からのメッセージを持っているからです。
リトル・ペブル: ロネル、あなたは聖なる良き人です。常識を働かせてください。
あなたは誤って導かれている。なぜなら、メッセージは矛盾
しているからです。
ロネル    : この時点で、私たちはオーストラリアのミッションから完全に
離れ切っているので、私はあなたの判断に同意しません。シス
ター・グアダルーペが聖母マリアである、というこの件につい
てはどうですか。このことは誰によってもたらされたことです
か。それは絶対の秘密という条件のもとに、オーストラリアで
私があなたに提供したメッセージでした。
リトル・ペブル: あなたは、それらのメッセージは異端ではないということを
匂わせながら、おもだった英訳のコピーを置いて行きました。
私は教会の神学者のところへ赴くようにあなたに促しました。
ロネル    : これらのことは、あなたの理解しないところです。今は教会に
よって導かれる時ではありません。
リトル・ペブル: 教会によって導かれねばなりません。あなたたちは教会の教え
に従い、教会によって導かれねばなりません。
ロネル    : そこがあなたの間違っている所なのです。あなたは真実によっ
て導かれねばなりません。もしあなたが教会内部の反キリスト
について話しているのであれば。
リトル・ペブル: 依然として真実は擁護されねばならず、それは教皇なのです。
ロネル    : 私たちはナウラへは行きません。誰が正しく、誰が誤っている
か、将来はっきりするでしょう。
リトル・ペブル: ナウラには来ないと決定したとしても、私が二人を愛している
ということは知って欲しい。


さて最近のメッセージを見てみましょう。
1989年3月1O日 聖母: 「あなたがたが、神の御言葉に従うことができない時代がやってくるでしょう」
(a)誤りと異端。いつから人は(神にではなく)人間に従うことになるというのでしょう! (b)この宣言は、教会の厳粛な権威を卑しめるものです。(c)私たちが反キリストの統治を経験するのだとしても、教会の教えの権威は、教えの教権を有する残存者と共に残る事になるのです。同じメッセージで「あなたがたは、神の声に従わなくてはなりません」といっている。これは正しい。しかしながら私達が従うのは神の声だけではなく、教会の声にも従うので表現としては不完全です。

No.1 1988年8月12日 主イエズス:「カリスマのミサ(The Charismatic Mass)、それは、それらのミサ、悪魔的ミサに存在する悪魔のことである。なぜなら、悪魔が(ミサに)存在するならば、私はそこにいないからである」
 これらの文には、多くの異端が含まれています。第一に、司祭がたとえ悪い司祭であろうとも − カリスマ運動の司祭のほとんどは誤って導かれているだけで、良い司祭だと言えるに違いありませんが − ミサはミサとして成り立ちます。もし、そうでないのなら、主はミサにおいてどのようにして苦しまれているというのでしょう。第二に、それは違った事を言う事によって、教会の教えに対立しています。聖別されたパンとブドウ酒が、聖なる現存である時、いかにして悪魔がミサに存在しえましょう。「悪魔のいるところに私はいない」という事は、聖なるミサを重大な異端に帰する事になります。なぜならば、パンとブドウ酒を聖なるものに変えることにおける教会と司祭職の権威というものを取り去ることになるからです。

No.3 1988年1O月14日 主イエズス:「我が司祭である司牧者たち、彼らは私を裏切った。彼らを信用してはならない、我が息子たちよ」
 これは、全てが悪であるという事を一般化しています。同じメッセージで「反キリストは我が教会に入り込み、それを破壊している。教皇でさえが、その事を手助けしている」とあります。誰が教皇を裁くことができましょう。教皇がいかに聖なる教皇であるとしても、人間的過ちは犯します。彼は私達の教師であり擁護者です。彼の行動の全てには、偉大な聖性の印があります。神の敵は、教皇が自分の使命を果たすのを妨害していますが、教皇が反キリストを手助けしているという主張は、神の民を啓発するより、むしろ害を及ぼすだけです。同じメッセージで邪悪なる者に言及して「彼らは聖なるミサを破壊してしまった」 ミサが弱められたという事は事実であるとしても、その精髄は保たれています。ミサが破壊されたという事は、それが存在しないという事です。もしそうであるとしたなら、主と聖母がここ三十年にわたる世界中のメッセージで、涜聖的聖体拝領を嘆き悲しむなどということがありえるでしょうか。もし、私たちの主がミサに存在しないとしたなら。

 さて、シスター・グアダルーペを通して、ピーター・ランデルに与えられた個人的メッセージを見てみましょう。
1989年4月1日 聖母:「もし、世界が危機に瀕しているとしたら、それは教皇が私のいうことを聴こうとしてこなかったからです。これらのメッセージを受けている教皇は、従いたくないのです」
 このような主張は、教皇職に対する直接の攻撃です! この事はまた、過去三十年にわたる正しい幻視者たちが受けてきた全てのメッセージに矛盾します。私の知る限りでは、二十世紀の初頭から、天は常に、教皇の努力を讃えてきました。

聖母:「どの教皇も、この命令に従いませんし、ヨハネ・パウロ2世教皇も同じです。それは、ファチマの奉献についてです」
 これは嘘です。なぜなら、ピオ十二世教皇以来すべての教皇が、ヨハネ・パウロ二世さえもそのためにファチマを訪れているからです。教皇ヨハネ・パウロ二世は、シスター・ルチアに、自分が聖母の求めに応じたかどうかを訊ねさえしたのです。シスター・ルチアは、応じていないと答えました。しかしながら、ヨハネ・パウロ二世教皇は、彼が天の求めだと信じたことを実行したのです。

メッセージの続き。聖母:「ヨハネ・パウロ二世を観察し、彼のうちに見たものを私に告げなさい!」
 教皇が、その被統者から試されるのですか? 私たちは、教皇を裁くことができるのですか? 教皇聖下に対する何という侮辱でしょうか。

メッセージの続き。聖母:「彼は、私が彼に対して抱いている愛に応じません」
 何という嘘でしょう。何という偉大な教皇を私たちは与えられたことでしょう。教会の過ちを正すために、この教皇がなさなかったことがあるでしょうか。

メッセージの続き。聖母:「彼は、ファチマの秘密を知らしむるという、私の命令に従いません」
 教皇は、ファチマを訪れることによって、まさに行動でファチマの秘密について語ったのです。

メッセージの続き。聖母:「教皇は、エキュメニズム(キリスト教一致運動)を推進します。このことによって、彼は反キリストのために働いているのです」
 キリスト教一致運動は教会の教えの一部であるので、教会は常にそれを推進してきました。教会文書をお読み下さい。実際に教会のうちに、すべての霊魂を集めるため、教皇が教師として、また司牧者としての役目を果たしているとき、とうして彼が反キリストのために働きえるでしょうか。

メッセージの続き。聖母:「教皇は従いたくないのです。この世を喜ばすため、悪をなすがままにさせています。そして、このために多くの私の子供たちが罪に陥っています」
 何という偽りでしょう。教皇は、聖母のメッセージを支持するために、多くのことをなしてきたのです。メッセージを読んで下さい。この世を喜ばすために働くこと、これは教皇庁の教理典拠に矛盾しますし、真実からかけ離れています。彼のなしたすべての行動は、キリストとその教会に対する純粋愛であるからです。このメッセージは悪意を含み、キリストの教会の頭に反抗するものです。そして、これらのことをいうことによって、シスター・グアダルーぺは、キリスト自身に逆らって話しているのです。

メッセージの続き。聖母:「彼は、ラサレットとファチマでの私のメッセージを聞きたくないのです」
 教皇ヨハネ・パウロ二世が、幾度となくファチマやラサレットについて話してきたという事実について、シスター・グアダルーぺがまったく無知であるということは明白です。

メッセージの続き。聖母:「もし悪魔が教会内に導かれたとしたなら、それは教皇がそれを助けているからであり、阻止するために何一つしていないからです」
なんたるたわ言!

メッセージの続き。聖母:「リトル・ペブルは重大な過ちを犯しました。彼は不可謬であるといっていますが、聖霊を離れたとき、どの教皇も不可謬たりえなかった、といっておきます」
 この陳述には、何と多くの誤りがあることでしょう。(a)自分が不可謬であるといつ私がいったでしょうか。(b)私は今、教皇の位にいますか。(c)一体、教皇が聖霊を離れるものでしょうか。このようなことはありえないことではないでしょうか。(d)全て、教皇とは不可謬なものです。たとえ、悪い教皇であってさえも。

メッセージの続き。聖母:「リトル・ペブルについて。奉献され、教皇の位が与えられても、ふさわしくこなさない者は誰でも、聖霊が去ります」
(a)私は、奉献されたのでしょうか? (b)「こなす」という言葉そのもの。教皇の権威の重大なる侵犯をいい表すのに、聖母としては何と奇妙な言葉でしょう。

メッセージの続き。聖母:「リトル・ペブルについて。我が息子は、私がリトル・ペブルに語りかけもしないし、いかなるメッセージも与えないということをあなたに知らせました」
 まことに痛ましいかぎりです。私は、月に二度ずつメッセージを受けていますし、個人的メッセージも数多く受けています。これらのメッセージは、幾多の人々、いく人かの司祭たちによって確認されています。最後に、この長い、長いメッセージを、聖母のこの言葉で終わらせようと思います。

聖母:「我が息子よ、私は願います。ヨハネ・パウロ二世教皇とリトル・ペブルを観察しなさい。そして、判断しはじめなさい」
(a)私たちは、今や対等です。メッセージによれば、私たちは教皇です! (b)私たちは裁かれているのです! ピーター・ランデルが、このメッセージがありえないものとして、虚偽であると悟ったことを神に感謝したい。
 この長いドラマも最後の幕にきました。1989年6月25日に聖母がリトル・ペブルに語りかけられた、シスター・グアダルーぺのメッセージです。このメッセージは、基本的にピーター・ランデルのメッセージの複製ですが、こちらのほうが薬味が効かせてあります。すでにこの手紙が長いものとなっているので、細部にわたって細々と紹介することはしませんが、すこしの抜粋は必要です。聖母は、私が中傷し、嘘をつき、そして、そのために堕ちるだろうといいます。(a)まずもって、これは嘘です。(b)これら一連のメッセージの内容の全ては、彼女のそれ以前のメッセージと矛盾します。

メッセージ 聖母:「人々は、あなたの愛徳に欠けた、気まぐれで移り気な性格に気付きはじめています」
 本当にこれらの言葉が、私達を愛し、心配している母の言葉でしょうか。聖母は、暗殺者の性格を表すのでしょうか。否です。親愛なる皆さん、ほかに私が何といえましょう。もし、皆さんがまだシスター・グアダルーぺは誤っていないと主張なさるのなら、それでよいでしょう。神が、私たちの霊の裁き手であるからです。
 1990年3月、私はシスター・グアダルーぺの全ての問題と彼女のメッセージについて、多くの人々に対してその間違いをはっきりさせる必要性を感じました。私はシスター・グアダルーぺとロネルが善い霊魂たちであることを再確認することを望みますが、彼らは知らず知らずの内に過ちへと導かれました。私は異端に反駁する公文書を出し、私たちの会に知れわたった全てを説明しました。私は彼女に、公に彼女の過ちを訂正するように頼み、教会の一致を弱め続けるであろうこれらの異教のメッセージを出版するのをやめさせるために、シスター・グアダルーぺと彼女のミッションのプロモーターを訪問しました。残念なことに、今日にいたるまで私は彼らと何の連絡もありません。





























シスター・エリザベスとシスター・キャサリンの第2部門への受け入れ式における、修道会のシスターたちの集合写真。後列、左から右へ、シスター・ベロニカ、シスター・マーガレット、シスター・クレア、マザー・マリア・ゴレッティ前列、左から右へ、シスター・リタ、シスター・エリザベス、シスター・マリー・テレーズ、シスター・キャサリン、シスター・シャーリー

聖ヨゼフ・スクールの前を通過する聖体行列


1995年、ナウラ。ゲッセマニの岩における祈りに参列する修道会のメンバーたち。

1989年ドイツで撮影された「リトル・ペブル」 聖母の冠を持っている。 空港の通過旅客用ラウンジでの「リトル・ペブル」


1996年、ナウラ。ゲッセマニ共同体の食堂にて共同の食事。

「全ての御出現の聖堂」 1993年11月、建築終了時。


1987年5月29日、アメリカのサン・ディエゴで聴衆に向かって講演する「リトル・ペブル」と「トランペッター」

1987年5月13日アメリカ、フロリダの幻視者「恵みの霊魂」の家で撮影された写真。左から右へ「トランペッター」、ヨアキム・ターネイ神父(O.Cist.)、「リトル・ペブル」、ブロサード神父、ブラザーの一人。


1989年、カナダ、ニュー・ブランズウィックの聖ヨハネ共同体。「トランペッター」は左端にいる。前列、カナダの幻視者オティス、ポーランドの幻視者ドマンスキー、そして「リトル・ペブル」

1987年5月、アメリカ、ウィスコンシン、ネセダでの「リトル・ペブル」と「トランペッター」。故メリー・ヴァン・フーフはこの御出現地の幻視者だった。


1986年5月9日、イタリアの幻視者テレサ・カラルコ、フランク・トレイニと「リトル・ペブル」。「リトル・ペブル」の後ろの十字架像は奇跡的なもので、主の御像の髪の毛が伸びている。
幻視者マザー・レオナルディとのその提携で有名なバチカンの聖堂を訪れた「リトル・ペブル」。1986年2月。

1992年6月、ナウラのゲッセマニ共同体で、堅信の秘蹟を授ける、フランスのミゲ司教。

ナウラで新しく完成した「全ての御出現の聖堂」の祝辞を述べる「リトル・ペブル」。1993年8月。

カナダ、ニュー・ブランズウィックの聖ヨハネ共同体。「リトル・ペブル」はメッセージを受ける。1987年5月。

1987年9月23日、イタリアの友人たちと「リトル・ペブル」「トランペッター」「リトル・ペブル」の隣でロザリオを手にしているのが、イタリアの幻視者マリエッタ。

「リトル・ペブル」は聖なる十字架のレプリカを運んでいる。1987年4月、ナウラの聖地にて。

1989年、聖シャーベル修道会のもとの聖堂での共同体グループ。後列左から、ブラザー・ミカエル、中央右に訪問者、中列左からガブリエル神父、ブラザー・マーチン、ブロサード神父、ブラザー・ステファン。前列左から、ゲビッキ神父、シスター・マリア、「リトル・ペブル」、そして訪問者。


ビクトリア州ティアックの「聖心共同体」にある聖母の祭壇を訪れたフランスのミゲ司教。1993年。

ビクトリア州ティアックの「聖心共同体」の聖堂の外で。聖シャーベル修道会の会員たち。1999年8月31日。

第二章 聖シャーベル修道会
 聖シャーベル修道会は1988年に始められました。それは、教皇の回勅「奉献生活」に先立って、天によって霊感を与えられ周到に準備されました。奉献生活のこのような方法は、私たちの愛する主イエズス・キリストの福音に深く根差したものです。私たちの生ける信仰の二千年間の歴史は、人間が聖性に到達するために利用可能な最も素晴らしい生活様式をいくつか生み出してきたということ、そして数多くの記憶すべき聖にして母なる公教会の聖人たちを生み出してきたということは真実です。そしてまたキリストは、「私についてきなさい」という彼の呼びかけを更新してこられたということもまた真実です。しかしながら、いずれの場合においても、主は奉献生活の新たな手段の確立を通してそれを行ってこられました。これらの奉献生活の方法の多くは現在でもまだ存在しています。フランシスコ会、ドミニコ会、イエズス会、カルメル会、アウグスティヌス会、ベネディクト会の会則は、現在においても非常に活動的な例のいくつかであり、これらの手段を通して、神の霊はキリストの神秘体を更新してきました。
 今日も、彼の花嫁である教会へのキリストの呼びかけは続いています。しかしそれは別の手段を通してです。イエズスと主の聖母マリアは、人類をより深い全面的な献身へと呼んでおられます。とりわけ平信徒を、修道生活を通して彼らの召命を成就するように呼んでおられます。
 教会の刷新のそれぞれの時期において、奉献生活の新しい形態が設立されてきました。隠修士、修道士、禁域修道院、観想修道会、修道会、オブレート会、托鉢修道会、その他さまざまの会や世俗会、これらすべてのものは、ある必要を満たすために、神の霊を教会の命のうちに再び灯すために、聖性と完徳に向けて努力する望みを持つ信徒たちを励まし刺激するために設立されたのです。
 そしてこの終末の時代において、神は、福音的勧告の以前のすべての表現を組み込んだ新しい奉献生活の形態を信徒に提供することを求めていらっしゃいます。私たちが第三の千年期に入り、そして世界は破滅の危機にひんしているので、神は数多くの御出現や世界中の幻視者たちを通して、焦点と心の変化へと向けて人類を呼んでいらっしゃいます。もし私たちが天の遺産に到達しようとするならば、このことは起こらなければなりません。それゆえ神は聖シャーベル修道会の設立を通して、私たちにそのため手段を提供なさっているのです。
 これは、教会における空虚を満たすために、修道的生活への愛を更新するために、冷たくなってしまった召命を取り換えるために、若い人々における真の召命の繁栄と開花のための条件を提供するために、神が確立されることを望んでおられる生活様式です。この聖シャーベル修道会は、分裂、混乱、不安定、そして方針の喪失のうちに呑み込まれている世界に対する灯台となることを神が意図しておられるものです。この修道会は、社会の安定した単位としての「家族」を再確立することを目的としています。それは司祭職への召命の潜在的可能性をさらに強化するため、そして家族単位をより強力に教会の秘蹟的生活へと組み込むために必要なすべての要素を含んでいます。修道会は、伝統的な独身の司祭職と同様に、既婚者の司祭職を提供するようになるでしょう。

 聖シャーベル修道会は四つの部門を含んでいます。

 第一部門 : 独身司祭職
 第二部門 : 男女の修道者
 第三部門 : 結婚した夫婦、家族、および独身の召命
 第四部門 : 修道会を支援するための献身をなし、祈りの生活を生きる人々の
外部会員制度。

 最後に、「聖シャーベルの祈りの家」と「リビング・ストーン」を含む会員制度があります。それらはそれらの犠牲と祈りによって修道会に貢献します。
 これらの部門のすべては、神の前における彼らの義務を果たすためにお互いに助け合いながらキリスト教徒の共同体を発展させるよう努めます。このことは新しいアイデアではありません。しかしながらこの修道会は新しい概念を導入しています。それによって家庭を持つ夫婦は、教皇ヨハネ・パウロ二世の使徒的勧告「奉献生活」の言葉によれば、彼らの結婚した状態にふさわしい貞潔の義務を誓願によって確立し、そして彼らの子供たちに対する義務を無視することなく清貧と従順を誓うのです。これが、神が教会をそれにむけてお呼びになっているものです。すなわち、キリスト教徒たちが、キリストの神秘体としてひとつになって、マリアを通してイエズスに対して奉献された、全面的に献身的な生活を送ることです。

 聖シャーベル修道会の会則は、フランシスコ会とベネディクト会の生活様式の結合を通して作り出されました。それは東方と西方の考えの結合を生み出し、半分観想的で半分活動的な修道会、地上におけるキリスト自身の生活を反映する生活を生み出しました。成聖と天の故郷を獲得するために必要な、自己の生活の贈与です。 特別な仕方で、この修道会は私たちの聖なる母マリアの精神に従っています。彼女は彼女の神なる息子キリストの生き写しの範例となりましたから。そして神であるイエズスが、彼の聖なる母に、すべてにおいて従ったように、聖シャーベル修道会のすべてのメンバーもまた、そうであるべきです。そのようにして、すべての人を完徳の道、最も確実で心地よく神の道に連れていきます。しかし聖シャーベル修道会は、教会を再福音化する神の計画の一部に過ぎません。
 修道会の統治機構は、教皇を修道会の頭として持ちます。そして修道会の上長は教皇に対してのみ責任を負い、教皇によって指名されます。

 修道会の主要目的は次の通りです。

(a) キリストの神秘体の再福音化、特に、教導権によって信ずべきものとして
教えられている通りに、神の御言葉を完全無欠のまま説教することを通して
と、現代世界の教会生活のすべての段階の人に信仰を教えることを通して。

(b) 個々人から始めて、全ての教会的宗教団体を含めて、、特に東方と西方の
キリスト教教派の再統一と和解。

(c) 神の計画において、社会の基本的細胞、そして権利と義務の主体である、
「家の教会」としての家族の助成。

(d) キリスト教徒が、彼らの洗礼の約束と宗教的約束を忠実に生きるための
効果的手段として、マリアを通してイエズスに奉献することを志す、祝され
た童貞マリアへのまことの信心を奨励する。

 この主要なつとめをはじめることは、個人の、神との一致を強化するために、自己の聖化を遂行することを同時にしないなら不可能です。この会によって助成されるこの生き方は、世の贖い主イエズス・キリストの聖心(みこころ)のうちにある父の愛(Iヨハネ2:15-17)に対する、この必要性の自覚を大いに強め、深めます。聖シャーベル修道会は、信仰生活のこの観想的な次元を、一日のまさしくその構成を通して助長します。半日は祈りに捧げられ、あと半日は労働に、特にこの会の使徒的かつ慈善的仕事に捧げられます。神の御言葉について聞き、黙想することは、イエズス・キリストのすぐれた知識との日々の出会いです。
 この会は、ミサの聖なるいけにえへの敬虔な参加が、キリスト教徒の生活の源であり、頂点であり、それゆえ、日々の信仰の実践のかけがえのない中心であるということを、完全に理解します。霊的生活における個人的成長のために、洗礼の時にいただいた改心の基本的な賜物を回復させる告解の秘蹟は、この会によって、非常に奨励されます。個人的な、かつ共同体的な改心の体験なくして、信仰生活の観想的次元は存在しえません。教会の特別な信心としての聖体の礼拝は、個人にとっての祈りと、教会の命へのより親密な参与のための、霊的食物の源です。この会は、注意深く誠実に、よく祈ることに捧げられています。
 祝された童貞マリアは、彼女の格別な信仰の巡礼によって、神の民の案内を続けており、教会と、特に聖シャーベル修道会のための指示の確固たる要点を説明しています。この会は、祝された神の母に、著しく深い尊敬を持っています。この会の各メンバーは、教会と奉献された霊魂たちの母である彼女に、子としての愛を向けて、毎日の生活と行いを、マリアを通してイエズスに奉献します。この会は、彼女の祝日を祝うことと、彼女の真の聖地と信心を奨励することと、特に彼女を讃える毎日の祈り、中でも聖なるロザリオによって、この愛を明らかに示します。
 聖シャーベル修道会によって推進される、いくつかの使徒的かつ慈善的働きは主に、以下のうちにあります。

 ・ 神の御言葉を説教し、教えること。
 ・ 病人と見捨てられた人の世話。
 ・ 共同体の第3部門の、秘蹟と要理教育の必要。

 単純に言えば、修道会の目的は、福音の生活をその完全性において生きることです。その目的は、教会の再福音化をもたらすことです。聖にして母なる公教会の伝統を再生し、東方そして西方カトリック典礼の間の一致を確実にし、古く真実なもの、伝統的なものを奉献生活の新しい形態のうちに結び合わせることです。
 教会はすでに福音化されてきているのに、なぜ再福音化されることを必要としているのかと人は尋ねるかもしれません。誓願において誓願が更新されることが必要なように、キリストの神秘体は強力な確固たる信仰において更新されることを必要としているからです。修道生活への真の召命における大きな減退は万人の目に明らかです。なぜなら聖にして母なる公教会における信仰が鈍くなってきているからです。修道会のカリスマの一部は、恩寵の濫用の償いをすることです。そして教導権とキリストの代理者によって常に求められている、イエズスとマリアへの信心のさらなる高みへの新しくそして力強い熱意を呼び起こすことです。
 この特別なカリスマは東方と西方の両方の教会の信心と伝統のうちに見られます。かくしてより活動的で顕著な仕方で求められている一致を促進します。例えば、イエズスの聖心、マリアの汚れなき御心(みこころ)、聖ヨゼフのいと清き御心への信心を通して。さらに、レバノン出身である聖シャーベルへの大いなる信心は、東方と西方の間のより強いきずなと一致のための道を準備します。

【 オーストラリアにおける共同体 】

 1988年の初頭に私が最初に聖地に引っ越してきたとき、そして聖シャーベル修道会の建設を始めたとき、それが唱導する特別の生活様式に対する世界的な規模の関心が高まりました。この奉献生活の新しい形態に目を向けるように信徒たちを励ます聖母のメッセージとともに。そのようにして多くの献身的なマリア的カトリック信徒たちが、この終わりの時代において信仰の維持のために大変必要である、天によって望まれている奉献生活を生き抜くことができる方法を求めました。また彼らは家族のための避難所の形成を支援することができました。それによって彼らは聖にして母なる公教会の純粋な汚されていない教えの中で、彼らの子供たちを安全に育てることができます。
 ひと握りの熱心な霊魂たちの助けとともに、彼らのうちの何人かは1970年代から私とともに行動していた人々でしたが、小さな始まりから修道会は私がこの長い本を書くに至るまで発展しました。この聖シャーベル修道会は世界中におよそ四十の共同体を持っていて、二十七が既に形成され、十三が計画段階にあります(訳注:2000年時点)。あらゆる職業の人々、様々な能力を持つ人々が、神によってこれらの共同体を建設する大いなる仕事において私を支援するように神によって求められてきました。これらの霊魂たちは、基礎を据えるために私が必要としていた原動力を提供しました。これらの善良な人々の多くは彼ら自身が幻視者であり、また恵みの霊魂たちです。もちろん、長い年月のうちに、私たちは天が私たちに望まれるような生活様式へ発展していく過程において、いくらかの成長の痛みを経験することになりました。メンバーの数が増加し、仕事と祈りの形式がより完全に定められて、会則と会憲はそれに従って改正されました。メンバーたちの人生経験は、修道会の結び付けられた諸部門のために合理的で一貫した実践的な生活様式の基礎を据えるために非常に貢献しました。
 修道者にとっての聖性は、共同生活のつまらない悩みを超越することに存すると言われてきています。共同生活は、いくらかの霊魂たちにとって自己放棄のための大いなる原因となります。とりわけ彼らが日々繰り返される小さな煩いによって影響されているときには。人間である修道者は、常にお互いを悩ませることがありえます。世間一般において、人はこれらの苛立ちから逃れるための場所を見つけることができるかもしれませんが、しかし共同生活においては英雄的な程度にまで善徳を実践することを人は学ばなければならないのです。普通の霊魂たちは時々緊張のもとに負けてしまいます。そして愛徳は一次的に失われます。これに対して英雄的な霊魂は沈黙のうちに苦しみ、聖人となるのです。
 善徳の道によって聖人となること。これがこの生活における私たちの目的でなければなりません。現在私たちは、1996年に印刷され教会に提出された修道会の会則と会憲の第8版とともに、ほとんど完成状態にあります。
 悲しむべきことに、論争、反対活動、弱い召命、信仰の喪失などの結合によって、いくつかの共同体は破綻し解散しました。このことは究極的に多くの霊魂たちにとっての頭痛と苦悩をもたらす一連の破滅的な出来事を多くの領域でもたらしました。それにもかかわらず、時が経過するにつれて、私たちは発展の十年間を過ごしました。そして多くの問題は解決されてきており、聖シャーベル修道会は健全な基礎と、うまく運営された共同体における確立された位階制的統治システムを持つに至ったのです。
 修道会を離れた共同体についての「検死」に固執することはほとんど何ももたらしません。むしろ私は忠実な、自己犠牲的な、寛大な、信仰深い霊魂たちの驚くべきメンバーシップのいくつかに光をあてたいと思います。彼らは、その愛徳において神と聖母に対して彼らの真の承諾を与えてきました。そして天の望みを成就するために信仰のうちに踏み出してきました。これらの共同体の多くにおいて、逆境や迫害に対する長く厳しい苦闘がありました。何も容易には実現しません。すべてのことは祈り、信仰、そして厳しい労働によって獲得されてきたのです。しかしなんとかして、神の恩寵とともに、これらの小さな共同体は、愛の「種」として、生き延び、そして花を開かせ、今や多くの果実を実らせつつあります。
 私たちのカリスマに興味を持ち、聖シャーベル修道会についてもっと多くのことを知るために共同体を訪問することを望む善意の人々は、だれでも土地の上長の許可とともにそうすることが歓迎されます。以下のページにおいて、私はオーストラリアや海外におけるいくつかの修道会の設立において説明したいと思います。

【 ゲッセマニ共同体(母院) 】
Bishop Malcolm Broussard - Major Superior of the Order of Saint Charbel:
161B Koloona Drive Cambewarra, N.S.W. 2540 Australia
Tel/Fax: +61 2 44460263 or +61 2 44460832

全世界の修道会の母院にして中心的共同体はオーストラリア、ナウラのキャンベワラにあります。それはニュース・サウス・ウェールズ海岸線からおよそ20キロほどの内陸部シャオルヘーブンリバーに位置しています。深い潅木地で、その中には小川が流れ、共同体は雄大な山脈のふもとに位置しています。敷地そのものが60エーカーの荒れ地を含んでいます。それは農業生産のために適してはいませんが、天の女王、祝された乙女マリアによって選ばれたものです。聖母が子供たちに対する勧告と指示を、ここや世界中の子供たちに与えるために来られることを望まれた場所なのです。この田舎の状況の中で、聖母は1984年以来、600以上の公のメッセージを与えてこられました。そして聖母の指導のもとに、修道会の心臓部はここに存在し、世界中の共同体を運営しています。
 キャンベワラの施設はまたゲッセマニの庭としても知られています。そして百二十名の霊魂たちの家でもあります。そのうちの十三名は修道女であり、一人の司祭がいて、彼は修道会の上長です。家族と独身者から成る第三部門は、彼ら自身の上長を持っています。私は調整役(モデレーター)として現在この共同体に住んでいます。この共同体は、三人の上長たちのもとにある完全に明確で組織された生活のルールを持つ唯一のものです。三人の上長、司祭、修道女たちの上長、そして第三部門の家庭人は施設の運営をなします。他のすべての施設は、現在のところ彼ら自身の上長と家庭人を持っています。司祭の召命が増えるまで、あるいは他の修道会から司祭が移ってくるまで。母院は修道会の「中枢神経」であり、800名以上の成人会員と70名の司祭、160名以上の修道女を統治しています。またいわば準備段階にあるのは、何年間にもわたって私たちと連絡を取り、私たちの修道会に加わることを申し出ている多くの修道士たちです。しかし現在のところ様々な事情によってそれは実現していません。第一に、住居がまだ存在せず、そして第二に、修道会は教区司教や、いかなる司教からの支援も得ていないので、これらの修道者たちにとって認可されていない修道会への移管の困難は乗り越えがたいものだったのです。
 最近、教会の支援がないという大きな問題は取り除かれました。なぜならドイツのケルンの新しく聖別された司教バーソロミュー・シュナイダーが、彼の全面的な支持と認可を私たちに与えたからです。私の生まれた町出身の司教にして修道会長であるこの方は、何年にもわたって私のミッションと私を知ってきました。彼は聖シャーベル修道会の保護者としての地位を受け入れることによって私を支援する望みを表明してきました。修道会の認可のために私たちは長い間待ってきました。そしてこの聖なる司教の働きを通して、聖母の預言は成就されました。修道会の公式の認可文書が認証される手続きが開始されています。私たちの聖母のためのこの勝利はそれ自体で、私のミッションの確認であり、神によって聖にして母なる教会のために私に与えられたカリスマの確認です。
 オーストラリアにおける修道会は現在二つの学校を持っています。そこでは30人以上の低学年の生徒たちが教育されており、小学校から高校に至るまで伝統的な宗教教育を受けています。聖ヨゼフ校は登録された学校です。そしてここゲッセマニ共同体では、子供たちは彼らの一日を聖なるミサによって始めます。学業の終わりに向けて、子供たちは聖なる秘跡の前での礼拝のうちに30分間を過ごし、ロザリオを祈ります。9歳に達した子供の一人は、修道会の祈りの生活に全面的に参加しています。学校の子供たちは共同体において食事をし、勧告され、善徳を教えられます。彼らの学校生活においてのみならず、彼らの全体的な行動についても。この学校はその地域からの外部の応募者を受け入れており、ニュー・サウス・ウェールズ登録委員会によって高く評価されています。
 修道女たちは、日常生活の様々な義務とともに学校も支援します。彼女たちは子供たちのしつけや洗濯、アイロンがけ、家事や手伝いにおいて家庭を支援してくれます。彼女らはまた保育園を助け、事務作業に加わり、食事の準備や他の台所仕事をも手伝います。第二部門の家庭との交流は、将来において若い人々が修道生活への召命を受けるための基礎を提供します。
 共同体は三つの売店を運営しています。それらは生活のほとんどの必需品を提供します。大きな修道院が修道女たちにとっての家であり、チャペルからほんの少しだけ離れたところにあります。その広々とした環境は、個人的な祈りと孤独のための静寂のオアシスと平和を提供します。温室は野菜を生産し、鶏と豚が生産のために飼育されています。子供たちを含むすべてのメンバーたちは、昼食と夕食をともに食べます。共同生活を生きることは、様々な波乱を含んでいるというのは真実ですが、しかしながらメンバーたちの献身が増大するにつれて、とりわけへ若い人々たちの間において善徳が花開き始めました。この大きな集まりの様々な背景や文化は、能力やイニシアチブの注目すべきブレンドへと結合し、それは共同体全体の本質的な存在に活動力といろどりを加えています。神が、あらゆる職業出身の様々な特徴と個性、過去のキャリアから得られた能力と経験を持った子供たちを呼び、修道生活においてに従うように招かれてきた神のなさり方を、人は評価することができます。

 修道会は公式に政府の登録のもとに登録されています。そしていくつかの事例においては国際的にも。オーストラリアにおいて私たちは八つの共同体を持っています。母院は最大であり、それに比較できる規模を持つ第二の共同体はビクトリアにある聖心共同体です。詳細に立ち入ることはしませんが、共同体の所在と、その能力とともに、その基本的構造とメンバーについての若干の情報を提供することにしましょう。

【 聖心共同体 】
Edward Stokes - Superior : RMB1181 "Morningside", Strath Creek Road,
Tyeak, via Broadford, Victoria 3658. Phone: 0357 841441; Fax: 0357 843270.
 聖心共同体はニュー・サウス・ウェールズの母院から700キロ以上離れたビクトリアの田舎の古い鉱山街に位置しています。共同体は1988年に設立され、何年か後に修道会の一部となりました。25エーカーの木の生い茂った丘と放牧地を含んでいます。存在していた建物は最初は有益でしたが、多くの改装や建設が実行されました。30余名のメンバーたちがこの共同体を構成しています。彼らの多くは子供たちです。およそ80名の人々が、メンバーたちによってなされる祈りや善行に参加します。ここで聖母のメッセージはオーストラリアやオセアニア一帯に発送されています。スカプラリオやロザリオが作られ、信心の書籍や物品が供給されています。チャペルはメンバーたちの焦点です。そして彼らの霊的幸福は住み込みの司祭であるアレジャンドロ・オカンポ神父によって世話されています。彼はまた修道院の近くの他の人々のためにも世話をしています。登録された聖ヨハネ・ボスコ校は多くの若者たちのために教育を提供しています。

【 尊い御血の共同体 】
Guido Colla - Superior: Private Mai1 Bag2, Meil Centre, Geelong, Victoria 3221
Phone: 03 5286 1500, Fax: 03 5286 1400
 この共同体もビクトリア地方に位置していますが、西の方です。そして1500エーカーの土地に建設されています。そのうちの300エーカーほどはまだ自然の潅木地であり、カンガルーやコアラがたくさんいます。この共同体もまたそれ自身のチャペルを持っており、1週間当たり百万個の卵を生産する、ビクトリアにおける最も大きな養鶏場としてのその主要産業によって支えられています。敷地には宗教用品の企業も設立され、信心用具を大量にオーストラリアに提供しています。7人のメンバーたちがこの繁栄する企業を構成しています。

【 キリスト教徒の助けである聖母の共同体 】
Tony Colla - Superior: 1126 Brunel Street, Lethbridge, Victona 3332
Phone: 03 5281 7294
 この共同体は尊い御血の共同体から車で少しの距離の場所リースブリッジに位置しています。それは2エーカーの区画に設立され、4人のメンバーを持っています。それはまだその揺籃期にあり、近くの施設との関係を持っています。

【 ローザ・ミスティカ・コミュニティー 】
Vinko Katic - Superior: 19 Alexander St, Mount Gambier, South Australia 5200
Phone: 08 8725 0847
 この共同体は未だ形成中であり、南オーストラリアのガンビエ山の農場に位置しています。ここには3人のメンバー達がいます。
【 聖ヨゼフのいと清き御心の共同体 】
Brian Leaney - Superior: "Carinya", RMD 15 Reeves Plains, MallaIla 5502,
South Australia   Phone: 08 8527 4038
 この共同体はアデレード平原の「リーブス・プレインズ」と名付けられた小さな領域に位置しています。近くにはマララ、ツー・ウエルズ、ガウラーといったいくつかの町があります。敷地は1000エーカーを含んでおり、それは穀物栽培と羊の飼育のために使われています。主要な産業は、養鶏場の運営を含んでおり、その土地で生産される穀物の多くは一万羽のニワトリたちを養うために使われています。主として卵の生産のために。完全な自給自足のために、将来に向けての巨大な計画があります。未来に向けて計画されている事業はダムの建設です。嵐に備えての貯水池として意図され、果樹園の灌漑のために使われるであろう水を蓄えます。それはまた魚やエビの養殖場としても利用されるでしょう。

【 聖霊共同体 】
Robert Bos - Superior: 65 Winfield Road, Ormeau 4208, Queensland
Phone: 07 5546 7980, Fax: 07 5547 5494  (Robert Bos は2000年10月に帰天した)
 この共同体はクイーンズランドの中心都市であるブリスベンの南、オーミューにあります。美しく装飾されたチャペルを含む大きな家が、3人の修道女たちを含む8人のメンバーたちの小さな共同体のための中心点を提供しています。敷地は半エーカーほどで、拡張の可能性があります。この設立は、その英雄的な熱意によって修道会の3つの売店のスタッフとして働き、長時間働き、地域との接触によって彼らの使徒職を生きています。この共同体はまた彼ら自身の果物や野菜を生産しています。養蜂場からのハチミツや、すでに存在するダムからの魚は、彼らの自給自足体制に寄与しています。およそ30人ほどのメンバーたちが関係を持っており、活動的な祈りの生活に参加するために遠距離からやってきます。まだ住み込みの司祭はいませんが、近くにいる善良で伝統的な司祭が、メンバーたちの霊的指導のための大いなる利益となっています。

 以下のオーストラリアの共同体は、いわば「青写真の段階」にあり、一年以内に建設段階に入ると期待されるものです。

【 聖なるロザリオ共同体 】
 母院からあまり遠くないニュー・サウス・ウェールズ州のベリー近くにこの共同体が設立されることが提案されています。

【 煉獄の聖なる霊魂たちの共同体 】
 これは修道会によってしばらく前から計画されてきており、ナウラの母院から車で少しの距離のところにあるカンガルー・ヴァレーに位置することになるでしょう。

【 聖ミカエル共同体 】
 これもまた母院から近い距離のところに計画されています。上長はジェイムス・ダフィとなるでしょう。そして彼の現在の住所はナウラの母院です。

【 聖テレジア共同体 】
 これもまた母院に近いキャンベワラの地域に建設されるでしょう。

【 箱舟の聖母と聖ミカエルの共同体 】
 この共同体もナウラの母院の近くになるでしょう。そしてニュージーランドのメンバーたちによって構成されることになるでしょう。

 奉献生活を生きる能力が以上の修道会とその発展の両者において極めて明白であることをは読者にとって驚きであったかもしれません。しかしながら他の国々においては多くのことが達成されており、それはおそらく一般には知られていないものです。

オーストラリア以外の共同体
【 箱舟の聖母の共同体 】
Mike & Marion Johnson: P.O Box 43 Sumner, Texas 75486, USA
 テキサスのパリで深い森と部分的に整地された土地の上に開発されつつあります。創立者であるマイクおよびマリオン・ジョンソンは何年にもわたって私と関係を持ってきており、聖母のミッションと修道会のための素晴らしい宣伝の仕事を成し遂げてきました。この夫婦は何人かのメンバーたちとともに、大量の野菜を生産する土地で働いています。この幼児期の設立の可能性は巨大です。

【 聖なる御顔の共同体 】
Al Mager - Superior: 15042 Capetown Lane, Huntington Beach,
California 92647, USA   Phone/Fax: 714 903 6440
 これは今カリフォルニアの100エーカーの土地に形成中です。幻視者ヨランディタが設立者であり、修道会を確立するために6人のメンバーたちが彼女とともに働いています。この共同体と関係している数多くのメンバーたちがいます。

【 神の昇る星マリアの共同体 】
Samuel Geddes - Superior: 359 Victoria St Kincardine, Ontario, Canada N2Z 2V7
Phone: 0011 1519 396 8297, Fax 0011 1519 396 5180
Donna Welsh: 287 Kin-Huron Road, Kincardine, Ontario, Canada N2Z 2N3
Phone: 0011 1519 396 7870
 これは、エノクとエリアの先駆者、「小さな預言者」サミュエル・ゲッデスと「小羊の花嫁」ドナ・ウェルシュ夫人によって、カナダもしくはアメリカにおいて建設されるであろう共同体です。

【 箱舟の聖母と聖ミカエルの共同体 】
 これはニュージーランドでここ何年か前から立てられています。それは大きな町ロトルアに位置しています。有名な火山地帯であり、温泉地です。この地域出身の数多くの霊魂たちは何年間にもわたってミッションと修道会の支持者であり続けてきました。15名のメンバーたちがこの共同体を構成しています。ほかに30人の関係しているメンバーたちがいます。大きな住居を提供する4つの大きな区画がこの設立の基盤です。第二の設立が、すぐれた土地の可能性と強い家庭的基盤とともに建設段階にあります。(この共同体は今6人のメンバーしか持っていません。そして近い将来においてニュー・サウス・ウェールズに移る予定です。ヘーミ・ビドルが上長でしたが、今はナウラに引っ越しました。そして彼は箱舟の聖母と聖ミカエルの新しい共同体の上長となるでしょう)

【 レユニオン島 】
 アフリカの海岸に近いレユニオン島には、修道会と聖母のミッションの熱烈な支持者たちがいます。多数の巡礼者たちが何度か母院を訪れ、黙想会と共同体の祈りに参加しました。この島において共同体がリヴィエール神父によって形成されつつあります。彼は修道会の人々の霊的な世話をしています。

【 ベツレヘム共同体 】
Ray Jones - Superior: RR1 Salisbury, New Brunswick, Canada EOA 3E0
Phone: 0011 1506 372 4155, Fax 0011 1506 633 0465
 カナダには2つの共同体があります。一つはニューブランシュヴィックにあるベツレヘム共同体です。それは何年にもわたって熱心な霊魂たちの堅固な共同体であり続けてきました。およそを38人のメンバーたちが280エーカーの土地で働き、それは過去8年間にわたって開発されてきました。います。現在、以前の土地所有者との間の紛争によって、権限に関する訴訟が進行中です。しかしながら共同体は無傷のままです。たくさんの関係しているメンバーたちがおり、2人の司祭たちが共同体の霊的な世話をしています。

【 カナ共同体 】
 カナ共同体は9名の小さなグループです。7名の家族がこの自給自足の設立の核をなしています。何年か前に設立され、それは肥沃な49エーカーの土地を含む農業地帯に位置しています。隣接のベツレヘム共同体の世話をしている司祭たちが、この小さな設立の面倒も見ています。(この共同体は現在閉じられました。2001年)

 トロント地区において第三のカナダの共同体設立が計画されています。
日本
2004年10月13日、日本で最初の正式な聖シャーベル修道会の共同体が、愛知県名古屋市に創立されました。創立者はロンジン・マリー馬場勝吉とコルベ・マリー阿部哲朗。彼らは第1部門のジャン・マリー杉浦洋神父を長上として、第3部門の修練者として修練中です。2006年11月1日に初の「修道信徒請願」を立てる予定です。また、「秋田の聖母第2出現」を受けて、秋田県湯沢市に第2番目の共同体を準備中です(2005年9月現在)。
〒467-0014 愛知県名古屋市瑞穂区白羽根町2-33-3
 「秋田、天草、そして全ての日本の殉教者たちの聖母」共同体
 TEL/FAX: 052−851−8584
  Eメール:rongin-marie@martyrs.jpn.ph
       charbeljapan@nifty.ne.jp
  URL:http://martyrs.jpn.ph/
      http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/index.htm

アフリカ
John Nganga - Superior: P0 Box 49892, Nairobi Kenya, Africa
Phone: 0011 2542 337 068, Fax: 0011 2254 221 5444
 アフリカ大陸では、修道会はよく表現されています。ケニアでは、ケニアのマリアのワーカーたちの働きを通して、20エーカーの土地に大きな共同体が立てられています。このグループは私たちのミッションと何年にもわたって緊密に結び付けられてきており、強力で信仰の深いグループです。過去3年間にわたって、およそ5つの家族がここに定住し、そして数百人の霊魂たちが修道会と関係を持ちました。4人の司祭たちがこの大きなグループの霊的必要をまかなっています。これらの4名の司祭たちのうちの3名が聖シャーベル修道会の第一部門に所属しています。さらなる発展の可能性が、この共同体に、アフリカにおける最も強力な共同体となる潜在能力を与えています。第二の共同体もナイロビの司教によって支援を受けて形成されています。

ウガンダ
Peter Pio Ochunig - Superior: P0 Box 772 Lira, Uganda, Africa
 新しい共同体が大きな土地の上に、ウガンダで形成されつつあります。そして数多くの支持者によって支援されています。

タンザニア
Bartholomew Ngemera - Superior: P0 Box 1501 Mwanza, Tanzania, Africa
 タンザニアではムワンザで若い共同体が形成されつつあります。それは40人の人々と数百名の関係者のメンバーを含む大きな土地です。非常に強力なメンバーと、熱烈な宣伝の才能が他の修道会からの申し込みをする多くの応募者を励ましてきました。そして修道会の認可が認証されたときには、私たちはここから数多くの誓願を立てた修道者たちを受け取ることを期待しています。

ザイール
 ザイールでは、司祭たちの支援を持っている、よく発達した共同体が東アフリカのコンゴで繁栄しています。修道会そのものはキンシャサ大司教区のランドウ・マイ大司教の支援を受けており、彼はまた霊的指導者でもあります。リトル・ペブルのミッションに関して1990年に認可が与えられました。補佐司教モーヘはミッションを承認し、今修道会のために大きな土地が準備されています。180人のメンバーたちがこの共同体を構成することになるでしょう。

アイルランド
Maurice Lyons - Superior: Courtnabooly West, Callan Co Kilkenny, Ireland
Phone/Fax: 056 25784
Michael Caulfield - Superior: 4 Shantalla Avenue, Santry, Dublin, Ireland
Phone: 8429520
 アイルランドでは今2つの共同体が形成されています。両方の土地は十分に確立されており、多数のメンバーを収容できるようになるでしょう。1家族と3人の外部会員がこの企画の基礎をなしています。第三の共同体も検討されています。

ドイツ
 ドイツでは1つのグループが共同体を設立するため、農場を購入する可能性のために協力しています。

フランス
 フランスでは私たちは2つの確立された共同体を持っており、さらに他の2つが準備されています。全ての恵みの仲介者マリアの共同体は、小さな町のワイン製造地域に位置しています。それは素晴らしい可能性を持っており、8人のメンバーを有しています。
Mr. Gillies Lethernet - Superior: Cidex 568, 71260 Clesse, France
Phone/Fax: 306 548423

 聖母と聖テレジアの共同体は、よく運営された生産的な広大な農場です。自給自足に向けて軌道に乗っており、この共同体は12人のメンバー達と大きな規模の関係者を持っています。市場からの様々な産品が周囲の地域に利用可能になっています。
Mark Gibeaud: Rollande Burnol 9 rue Principale, 44170 Vay, France
Phone/Fax: 0011 33240 794178

 ベタニア共同体は10人のメンバーを有しており、しっかりと確立されています。幻視者「リトル・ドミニック」がこの設立を指導しています。

 聖心の共同体が将来設立されるでしょう。(上長はサード博士、「小さきルカ」です) 聖なる秘跡の共同体と同様に。幻視者「リトル・アイリス」とともに。テレジアとして知られている聖痕者が、この共同体を形成する準備をしている6人の人々を率いるでしょう。

フランスの聖母
 もうひとつの計画中の共同体は「フランスの聖母」と名付けられるでしょう。そしてピーレット・ブローインとルイーズ・ケイによって設立される予定です。
Pierette Blown: 2rue du Moulin 76270 Buffy, near Neufchatel-en-Bray, France
Louise Quey : 同上

フィリピン
栄光の冠共同体
Juliet Dimalanta - Superior: Chancz Juan Luna Street, Davao City 8000,
Phihppines. Phone: 82 227 9848
 フィリピンでは私たちは「栄光の冠」と呼ばれる堅固な共同体を持っています。多くの家族たちがかかわっており、教会が直接的な支持を与えています。彼らの地域において優秀な仕事をしているメンバーたちのために。そして全般に貧しい人々に対する教会の支援において教会を助けていることによって。また、教区の大司教によって支持された第二の共同体が設立されています。

ポーランド
 何年にもわたって強力な支持者たちを持ってきたポーランド、天の望みを最もよく受け入れてきたポーランドでは、およそ95名のメンバーを持つ大きな共同体が現在働いています。ホテルスタイルの土地は大きな数の関係者を持っており、幻視者リトル・ブラザー・イン・クライストのもとに、認可された修道会である聖ヨゼフ会と一致しています。
Stanislaw Lozowski - Superior: 76-004 Sianow, Parkowa 3 Koszahnia, Poland
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 これらのすでに確立された共同体や、確立されたばかりの共同体と同様に、他の国々において聖シャーベル修道会に加わることを望んでいる多くの関心を持つ人々のグループがあります。

ベネズエラ
 ベネズエラの修道会のシスター・マリア・アズチェナは私と私のミッションと一致しています。彼女は彼女の院長と上長そして彼女の大司教バルタザール司教の認可を得ています。彼女は1999年4月に聖シャーベル修道会の共同体をメリダに設立する予定です。そしてナウラのゲッセマニ共同体で何ヶ月かを過ごしました。(注記:状況が変化しましたが、そのような変化は一時的なものでしょう)

聖なる十字架の共同体
 サルヴァトーレ・ダヴィデがアメリカに共同体を形成しつつあります。
Salvatore Davide - Superior: 6619S Dixie Hwy, Suite 351 Maimi, Florida,
USA 33134 Phone: 954-295-0352, Fax: 954-566-6607

償いの共同体
 タンザニア、ムパンダ。創立司祭はヒプクトウス・マニェシャです。この共同体は合計300人のメンバーを擁しています。33名の志願者、10名の修練者、59人の修道女、99人の修道士がいます。

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 聖シャーベル修道会の四つの部門と友愛会員におけるは、「箱舟の聖母、キリスト信者の助けのマリア」のミッションの主要な果実のひとつです。参考のために、ここで私は修道会における共同体生活の発展に関して、1994年8月3日水曜日に「ソーンブッシュ」を通して私が聖母にお尋ねした質問を掲載しておきます。聖母のお答えは以下の通りです。

リトル・ペブル: 「お母様、私は大変困惑しており混乱しています。私はあなたの愛、あなたの勧告、あなたの指示を必要としています。なぜなら私が今新しい修道会、とりわけ聖シャーベル修道会の状況についてどのように感じているかをあなたはよくご存じだからです。私は正確な指示と説明を必要としています。
 第一に、修道会についての私の理解は、私の心の中で非常に明確ですが、私は間違っているかもしれません。
(a) 修道会についての私の理解は、小さな教区のようなものです。そこではあ
   らゆる生活様式の人々が共通の目標を持って共に生活し、共に働き、共に祈
り、共に遊びます。しかしそれぞれの部門とそれぞれの人のアイデンティ
ティーを保ちながら。
(b) それぞれの部門は、相互の敬意と、それぞれの役割と責任の尊厳によって
互いに結び合わされています。
(c) 家族単位は、その正当な地位を持つ家族単位にとどまります。両親たちが
両親たちとして彼らの決定を為します。そこでは夫が頭となり、家族のため
の時間は家族のための時間として残ります。
(d) 子供を育てることが両親たちの一番重要なミッションとなります。
(e) お母様、私は、共同体全体での食事があるべきだと感じていますが、全て
の食事をそうすべきではないかもしれません。なぜなら食事は家族にとって
非常に重要な会話の機会であるため、家庭生活の尊厳が失われるかもしれな
いからです。どうか私にアドバイスをお願いします。
(f) 私は、それぞれの家族は集合住宅ではなく、独立した家を持つべきである
   と信じています。家族としてとどまるために。
(g) 私はまた、家族としての責任が共同体内での責任に優越すると思います。
なぜなら、彼らの子供たちの幸福がかかっているときには、それは両親たち
の義務だからです。
(h) お母様、私は修道会の第三部門はその性質のために、より深い関与と大き
な献身の必要を持っていると信じます。なぜならそれは修道生活の部門に
属する人々とともに生活するからです。
(i) 私はまた、聖シャーベル修道会はブレ神父の修道会とは非常に異なった
カリスマを持っていると信じています。もしそうでなければ、何のために
二つの修道会があるのでしょうか?

 お母様、私が修道会の最終的な提出をなす前に、私は本当にあなたの忠告を必要としています。なぜならすでに多くの混乱が存在しており、それは正確な解明を必要としているからです。あなたは私がブレ神父をとても愛していることをご存じです。そして彼に対して大いなる敬意を持っています。彼の持つ知識に対して。そして彼と私の間の分裂を望んでいません。私たち二つの修道会の間の分裂も。しかし、あなたとあなたの神なる息子イエズスが私にゆだねられた、この修道会についての明確な定義と解明をを望んでいます。
 私はあなたの謙遜な従順な下僕であり続けます。そして私はあなたにブレ神父、マザー・アストリッド、ソーンブッシュに特別な祝福をくださるようお願いいたします。彼らは私にとって非常に善良な友人たちであり続けてきました。この地上のほとんどの霊魂たちよりも。なぜなら彼らは私を非常に助けてきてくれたからです。私はあなたの悲しめる御心に接吻します。そしてあなたの御心を私のうちにおきます。もしそれが私の力でできることであるならば。私はあなたの小さなペトロ、そして教会のための最後の教皇であり続けます。どうかお母様、最近において私に与えられている、かくも多くの重荷によって深い悲しみのうちにある私の心と霊魂を照らしてください。私は時々、あなたの神なる息子とともに、全くの謙遜のうちに、言うことができます。私の霊魂は死のうとするほどに悲しみに満ちている、と」

聖母のお答えは以下の通りです。
聖母: 「わが選ばれた霊魂、『リトル・ペトロ』、聖シャーベル修道会についてあなたが学びつつある数多くのことがあります。あなたの心を騒がせないようにしなさい。なぜならあなたは私があなたの心を知っているということを知る必要があるからです。私はいくつかのことを説明しましょう、わが子よ。
 聖シャーベル修道会においては、数多くの共同体があることになるでしょう。そしてそれぞれの共同体の中には、あらゆる召命が呼ばれます。このことは真実です。しかしながら、第三部門の家族たちが、他の部門から切り離されることは必要ではありません。共同体は全体的なものであり、分割されるべきではありません。このようにして真実の一致が建設されるべきです。それぞれの共同体において、すべてのメンバーたち、家族を含むすべてのメンバーたちに対して指導をなし、忠告を与える上長が常にいるべきです。これは必要なことです。なぜならば、導きと指示がなければ、メンバーたちの多くは好き勝手なことをやりはじめるでしょうから。
 家族が彼ら自身の家に住むことは私の望みです。しかし彼らが共同体生活から離れて生活することは私の望みではありません。そして子供たちが、自由に決定をなすに十分な年齢に達したならば、多くの者たちは彼ら自身の生活を送るために共同体を離れることを選択するでしょう。彼らは共同体の生活から離れるであろうからです。子供たちは、家族の家においてではなく共同体の中で、共同体の生活を望むように動機づけられる必要があります。わが『リトル・ペブル』よ、家族たちが家庭で食事の間にともに座ること、これは良いことです。しかし彼らは共同体全体とともにいるべきです。真の愛の精神を通して、お互いに助け合い、分かち合いながら。このことは非常に重要です。共同体全体が共に食事をし、ともに祈り、共同体の中のあらゆる部門の強い一致を形成するために。
 わが『小さな岩』よ、そうです、親達が彼らの子供達に対して権威を持つということはその通りです。そして子供達が小さい時には、親達は彼らのために決定をなさなければなりません。そして彼らが成長するにつれて、子供達は彼ら自身の決定をどのようになすかを教えられなければなりません。親達の上に権威がなければなりません。それは上長であり、彼は第三部門に属する親達を導くように呼ばれています。これもまた必要な事です。子供達が自分たち自身で決定をするのに十分に年齢に達した時、彼らはいずれかの部門に入るための決定をなすか、あるいは修道会を自由に離れるかの決定をなさなければなりません。しかしこの決定をなすのは子供達自身であり、親ではありません。夫は、家庭の主人となるように選ばれています。しかし家庭は共同体の中のメンバーの一つと考えられており、メンバー達の上に権威を持つように呼ばれているのは上長です。それゆえ各人は、各人の好きなようにするのではなく、上長が会則会憲を教え、各人によってそれが生きられるようにします。共同体は、例外なく、会則会憲によって生きられなければなりません。両親達が子供達と常に一緒にいることは必要なことではありません。家族は、他の家族によって、そしてまた共同体の他のメンバー達によって助けられるべきです。
 わが愛する『小さな岩』よ、聖シャーベル修道会が『小さな教区』に似ているというのは部分的には正しいものです。しかしすべての部門の間により強い一致があるべきなのです。そして家族の家は、共同体から完全に分離したものであるべきではありません。すべてのメンバーたちが、共に分かち合うこと、そして神の栄光のために真の信仰においてより一致することができるように。このようにして、各家族たちは、より多くの恩寵を受け取ることができるようになるでしょう。
 わが『リトル・ペブル』、そうです、二つの修道会は異なっているというのは真実です。しかしながら、それらは同じ目標を持っているのです。わが甘美なる息子よ。わが汚れなき御心のうちに、あなたは数多くの果実を見るでしょう。そしてまたあなたは奉献された生活を生きるように呼ばれている者たちの真の召命を見ることになるでしょう。私はわが汚れなき御心のの三人のバラを祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。彼女らは常にあなたへの強力な支援でありつづけるでしょう。なぜならあなたがたはわが汚れなき御心に深く一致しているからです」

【 すべての御出現の聖堂 】

 1993年1月、共同体の聖地の上に非常に必要とされていたチャペルの建設が始まりました。共同体に加わりつつあるさらに増大する数のメンバーたちとともに、共同体住民と、州外や海外から訪れてくる数多くの巡礼者たちを収容するための計画が形成されなければなりませんでした。天はすでに、「すべての御出現の聖堂」という名前を与えておられました。チャペルの構想が形をとるまでに長い時間はかかりませんでした。それは自然の潅木地の景観に調和するように、ダブルデッキ・デザインで建てられました。天井はタスマニアの樫の合板で作られたアーチの、大聖堂の天井のスタイルになる予定でした。それは力と美しさを感じさせる効果を持つものです。座席の収容人員は200名です。障害者のために入りやすいように考慮が払われました。チャペルの下には、調理場やトイレが組み込まれたミーティングルームが計画されました。世界中の出現の支持者たちが、彼らの祈りと財政的支援によって、チャペルの建設に貢献しました。数千人の寄付者たちが貢献しました。そして受け取りの確認がすべての寄付者たちに送られ、彼らの名前はそれぞれの真鍮の金属片に書かれて、ブロックが指定の場所に置かれたときにそのところに取り付けられました。それはチャペルの中の小さな礼拝堂を取り囲んでいます。いくつかの大きな国は、それぞれの聖母の像によって表されています。聖域は祭壇まで数歩上がった所にあります。聖域は祭壇を取り囲んでいます。聖櫃は会衆からよく見えるように祭壇の中央部にあります。このチャペルの建設は非常に時期にかなったものでした。なぜならそれから間もなく、聖母が出現されていた聖地への出入りは禁じられ、そして聖母は四年間にわたって、公のメッセージをこのチャペルで与えられることになったからです。公の出現において、このチャペルに対する何度かの言及がなされました。それらのうちの二つを以下に掲載します。
リトル・ペブル: 「1993年1月13日、聖シャーベルは私を見ています。彼は小さな岩をもっています。それらは直径0.5インチ(13ミリ)ほどで、小さな小石のようです。それらは7つあり、私は彼がそれらをどうするのかわかりません」

聖シャーベル: 「これらは新しい礼拝堂のためである。これらはカルワリオから来ており、この礼拝堂に与えられる7つの偉大な恩寵である」

リトル・ペブル: 「私は、それらが何であるかを知りません。天使の一位は今これらの7つの小さい小石を取ります。天使がそれらを持ったとき、それらが成長し始め、少し大きくなったことに気づきました。天使は礼拝堂が建つあたりに行き、それらを地面に埋めました。今、地面から美しい十字架が出てくるのを見ることができます。それは白い十字架で、そのふちは金色に彩られています。十字架の中央に祝された御聖体が見え、聖なる三位一体が中央の梁から現れて、祝された御聖体のなかに入っていきます。……」

リトル・ペブル: 「1993年2月6日、私たちの祝された御母は今、彼女のロザリオを取り上げられ、そして私はその十字架像をはっきりと見ることができます。それはとても大きいからです。これはおよそ10インチ(25センチ)くらいあるでしょう。それは木でできています。しかしたいへん暗い黒い木です。天使は『それはノアの箱舟から来た』とおっしゃいます。そこにはイエズスの御体はありません」

聖母: 「我が親愛なる子よ、このロザリオは新しい礼拝堂に置かれるでしょう。この十字架はノアの箱舟から来たもので、この礼拝堂は三位一体の神から、私たちの子供たちの救いの『箱舟』として特別に祝福されるからです。私は世界中の私たちの子供たちの多くにこの『箱舟』に来るように招きます。そこでは癒しと改心の恵みが豊かに与えられ、たいへん偉大な『印』が与えられるでしょう。それらの恵みは我が神なる息子によって与えられた道を歩むように望まれている私たちの子供たちのためのものです。そして私がここに来る全ての者たちに与える一つの顕著な恵みは、堅忍の恵み、あなたたちの十字架を担うための恵みです! この理由で、ロザリオは、この我が汚れなき御心の全ての御出現の聖堂の基礎に置かれるでしょう。私はこの礼拝堂を、三位一体の神によって祝福します。……」

 チャペルは三人の保護者を持っています。聖ヨゼフ、聖マタイ、聖アントニオです。このチャペルの天使は聖ビルデインタリウスです。
 1993年5月13日、フランス出身のフィリップ・ミゲ司教は、チャペルの公式の奉献と祝福を司式をなさいました。これは、償いの日のために出席していた数多くの巡礼者の集団の前でとり行われました。祈りのプログラム全体が一日の始まりにおいて始まり、すべてのメンバーたちは十字架の道行きの祈りに加わりました。これは戸外で行われました。そして巡礼者の各人は、真の十字架の複製数本を運ぶことが許されました。司教が最初にそれを行いました。十字架の道行は新しいチャペルの入り口で完了しました。ここで司教は荘厳な祝福を始めました。建物の中でミサが行われ、司教とブロサード神父によって説教が行われました。聖なるミサに続いて、午後三時に主が現れて、いけにえの祭壇の前でメッセージを与えられました。

私たちの主: 「私はあなたに挨拶する、わが愛する『岩』、私たちの愛の『リトル・ペブル』よ。私はあなたに挨拶する、フランスからのわが司祭なる息子、そして他の我が司祭なる息子たち、わが呼びかけに最も忠実な者たちよ。私はあなたがたに挨拶する、わが小さなクロアチアのバラ、我がイタリアのバラ、オーストラリアそしてドイツのバラたち、そして今ここにいる、そして世界中にいる全ての我が甘美なる子供たちよ。私、あなたがたの救い主は、わが父からの多くの恩寵をあなたがたにもたらすために今日ここに来た。あなたがたをあなたがたの道において強めるために。なぜならわが神秘的な体、教会は、今それを待ち受けている十字架を受け取る途上にあるからである。なぜなら、私自身と同じように、我が名を帯びるすべての子供たちは、カルワリオへ、そして復活へと私に従い続けなければならないからである。私は、我が聖にして母なる公教会の真の支持者たちすべてに、立ち上がり、そして真の支持者として数えられるように呼びかける。妥協することなく、何世紀にもわたってわが聖なる代理者たちと使徒たちによってあなたがたに渡されてきた伝統的な信仰の真理とともに立ち上がることを。わが愛する息子、わが司祭なる息子、司教ミゲ、わが親愛なる子よ、私はあなたに、信仰のうちに進み出て、わが霊の霊感に従ったことに対して、勇気を出したことに対して感謝する。恐れるな、わが親愛なる息子よ、我が最も聖なる母に信頼しなさい。なぜなら聖母はあなたをそのマントで包んでおられるからである。あなたは彼女に信頼しなければならない、そして彼女の導きの手を信頼しなければならない。なぜなら今この時において多くのことが聖にして母なる公教会のためにかかっているからである。……」

 1993年8月21日、アタナシウス・コンスタンチノス大司教は幻視者「トランペッター」とともにゲッセマニ共同体に到着しました。この訪問の理由は三つでした。一つは、アフリカへの私の旅行に同行するため、第二は、すべての出現のチャペルの公開のため、そして第三に、聖シャーベル修道会への大司教の加入のためでした。私たちのアフリカへの旅は8月25日に始まりました。私はジェイムスと二人のアメリカ人たちとともに旅行し、9月12日に帰国しました。次の日、償いの日に、聖なるミサが新しいチャペルで初めて行われました。聖母は出現され、世界のためのメッセージを告げられました。

【 「すべての御出現の聖堂」の献堂 】

 このチャペルの中で、数多くの歴史的な出来事が起こりました。聖母は最初の土曜日と月の13日にメッセージを与えられました。私たちの子供たちは洗礼を受け、最初の聖体拝領をなし、堅信の秘跡を受けました。そして結婚がこの聖なる建物の中で行われました。そして主が彼の家と呼んだ、この聖なる場所に多くの幻視者たちが礼拝のためにやってきました。1998年8月15日、私たちは再び元の聖母の出現場所への立ち入りを許可されました。そして、彼女の聖地へと彼女を讃えて歌いながら再び行進することができたのは喜ばしい一時でした。



【 聖シャーベルとレバノン 】

 彼らの偉大な聖シャーベルに対するレバノン人たちの愛は、彼らの寛大な心からの信心と称賛において示されています。オーストラリアにおけるミッションとレバノンにおける彼の忠実な支持者たちを緊密に結び付けたのはこの敬意でした。そして1994年までに、レバノン人たちは聖シャーベルの祈りの家を受け入れてきました。そしてここやその他の中東の諸国で、それらは繁栄しました。カトリック・メルキト典礼のハビブ・バッカ大司教が祈りの家に対する公式の認可を与えました。そしてこれは聖母のミッションにおける偉大なる前進でした。
 大司教は、アンティオキアの総大司教マール・ナッサール・アラー・ブトロス・スフィールによって支持されていました。彼らはまた聖母のメッセージを認可しました。かくして、18カ月のうちに、祈りの家は、680までに増加しました。私は感謝とともに、聖母のこの大いなる仕事を広めるために懸命に働いた善良な人々すべてのことを思い出します。彼らの中には、ハビブ・ナジム、アマル・ヴェラ・マールーフ、その他の数多くの忠実な霊魂たちがいます。1994年5月8日、カーリール・アビ・ナデル司教は、チェバックの町にあるテフイタの聖ノラ教会の集会において、告げられました。彼はアラビア語で語られ、そして私はレバノンから英語の翻訳を受け取りました。ベイルートのマロン派司教である閣下は、ルヴィス・フレン神父に支持されて、信仰と祈りの重要性についてお話しになりました。閣下は、政府高官たちを含む彼のキリスト教徒の民に対して、レバノンは平和の国であることを想起させられました。閣下は、オーストラリアにおける聖母の出現と、彼らの偉大な聖シャーベル、レバノンの救済者への大いなる信心の高まりについて語られ、この天の証言は、レバノンの土地の聖性の証明であると主張なさいました。
 司教は、イングランドとアイルランドで、「レバノン、聖なる土地」と題されたブックレットを3月8日に出版するために、様々な民族グループ出身の聖職者たちが協力したと述べられました。このブックレットは世界中に広められました。レバノンの人々のように聖母を尊敬してきた国はほかにないということ、しかし彼らの国の救いは祈りと愛と、聖シャーベルの謙遜な模範に従うことなしには達成されないであろうということを閣下は述べられました。閣下は人々に、戦争を放棄するように説き勧めました。なぜなら平和は腕力によっては勝ちとられないであろうからです。彼は、すべてのキリスト教徒のリーダーたちに、愛と一致の国としてのレバノンに目を向けるように呼びかけました。オーストラリアにおける聖母の奇跡的な出現によって霊感を与えられたこの演説は、この聖なる土地のキリスト教徒たちにとって最初の、そして最も意味深いものとなるはずでした。司教のこの講話は、テレビで放映され、レバノンのすべての主要な新聞によって報道されました。
 閣下はまた、オーストラリアのミッションとの協力を約束する文書に署名なさいました。このミッションの高まりは私たちにとって大いなるスリルでした。そして私はそれがゆっくりと、しかし着実に成長していくのを見ることができました。そしてこのことは私たちを大いに励ましました。しかしながら、1995年にすでに起こったように、悪魔は、この約束された関係を破壊することに成功しました。なぜなら枢機卿と関係司教たちは、メッセージは偽りのものであると主張して、オーストラリアにおけるミッションを非難したからです。
 「表面的な理由」は、メッセージについての彼らの誤解でした。教会の聖職者たちは、カリスマ運動を非難した聖母のメッセージを研究しました。そして彼らは教会はこの運動を認可していると信じたのです。教会は実際に、「カリスマ契約運動」を認可しています。それは他の宗派によって実践されている一般的なカリスマ運動、あるいはペンテコステ運動ではありません。以下は、誤った解釈を解明し、私自身とミッションに対して猊下が表明された他の困難について、私が猊下に送った手紙です。

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スフィール枢機卿猊下
 再び私は、生ける神イエズス、救い主の御名においてあなたに御挨拶いたします!
 あなたが私に反対する公の声明をなし、そして聖シャーベルの祈りの家の公式の承認を撤回されたことを、メディアの報告を含む様々な経路を通して知りました。祈りの家は、レバノンにおいて900あり、世界中に何千もあります。このニュースは大いなる悲しみをもたらしました。そして非常な衝撃でした。なぜなら私は教会のヒエラルキーからこのことに関するいかなる公式の審査も受けなかったからです。それに対して私は常に強い愛と敬意を抱いてきました。
 これらの声明はいくらか混乱したものであると私は思います。そして私は、どうしてこのようなことが起こったのか困惑しています。なぜならあなたのように、教会においてあなたの民によって高く評価されている人が、良心のうちに、根拠のない報告からの言明や、誤った解釈や誤った表現を受け入れることはないであろうと信じるからです。とりわけ、私自身が、ヒエラルキーによっていかなる詳細も求められてはいない時には。猊下、私は本当に困惑しています。そしてどうしてこれらの問題が生じたのかまったく理解できません。もし私あるいはこのミッションがあなたに困惑と苦痛を引き起こしたのであれば、私は本当に申し訳なく思います。なぜなら司教様方とあなた御自身の間の誤解を引き起こすことは私の意図ではないからです。また私を支持するだれの意図でもありません。存在している現在の混乱のいくつかの側面を解明することが私の意図です。そして私はこのことが、私たちの立場をあなたが理解し解明するのに役に立つことを祈っています。そしてこのいわゆる誤解の理由を。しかし説明を試みる前に、あなたに、あなたとカトリック・ヒエラルキーに対する私の愛と敬意と忠実を知っていただかなければなりません。それは問題になっていませんし、また非難されてもいません。なぜなら私はキリストの真実の教えと、彼が立てられた権威に対して常に忠実であり続けてきたし、これからもそうであり続けるであろうからです。
 もう一度私はあなたの善性にアピールします。真の正義のために。教皇ヨハネ・パウロ二世に個人的に話すことによって私の主張に関する確証を求めることを。なぜなら彼はあなたに、神の教会の栄光のために私がやっていることすべての真実性を信じていることを告げられるでしょうから。第一に、猊下、私は神秘家であり預言者です。そして二十年にわたってそうであり続けています。聖母と、有名な聖シャーベル − レバノンの樫の木 − がローマ・カトリック信徒である私に、その聖人の名前にちなんだ修道会を創立するように指導を与えられました。私はまた、聖シャーベルの祈りの家を形成するように求められました。私はこれを神の恩寵によって、神の聖なる御旨に従ってなしました。はじめ、私の最初の出現に従って、私は私の教区司教ウィリアム・マーリに報告するように告げられました。そして司教は、私は私が受けてきたビジョンを受け入れることを禁じられると告げたのです。私は、この善良なカトリック司教から来たこの指示を受け入れることができませんでした。なぜなら彼は公式の調査を行うことなしに、この結論に到達したからです。
 1985年4月に、聖シャーベルは教皇に会うためにローマに行くように私に命じられました。成功裏のうちに私はそれを行いました。いかなる司教、枢機卿、あるいは司祭の助けもなしに。私は個人的に教皇にお会いしました。そしてそのことを確証する証拠を持っています。教皇は、司教が否認したことをご存知でしたが、私を祝福なさり、祝された乙女マリアの指示に従いつづけるように私を励ましてくださいました。このことを私はなしてきました。ウォロンゴングの司教はその時以来私を迫害し続けています。猊下、ご存じのように、神の業を証明するのは目に見える果実です。その時以来、ミッションはあなたの国を含めてあらゆる土地で広がりました。一万の祈りの家の広がり、三つの国々における聖シャーベル修道会の確立。次の数年間のうちにはおそらく、別の5〜7の国においても確立されるでしょう。私たちはまた、医者の報告によって確認された肉体的癒しの記録を何千も持っています。そして信仰への改心の何千もの記録を。これらの証拠にもかかわらず、私の司教は私を迫害し続けています。
 1994年4月と5月、バッカ大司教は、レバノンにおける聖シャーベルの祈りの家を祝福し認可なさいました。これはミッションが始まって以来、最も偉大な勝利であり前進でした。そしてこのことが達成されたのは聖シャーベルを通してでした。そしてあなたご自身が、この仕事にかかわるレバノンの人々を祝福することによって、この認可を認証されました。私たちによって受け取られた文章は、いくつかの不幸な誤りを含んでいます。原文からの翻訳は、バッカ大司教がメルキトではなくマロン派カトリックであると述べています。フランシス・バイサリ司教の名前は誤ってつづられています。アビ・ナデル大司教のお名前と同様に。私たちはローマ・カトリックであり、東方典礼の人間ではないので、これらの異常性に気付きませんでした。そして伝えられた情報と翻訳が完全に正しいものだと信頼していたのです。伝えられたところによればあなたがそれを認可し、進行しているメッセージやすべてを祝福されたということにとりわけ喜びながら。
 これらすべての不幸な出来事について私は大変申し訳なく思います。しかしながら、私の話していたことに戻りましょう。次に私が聞いたことは、あなたが、メッセージが印刷されるのを差し止めさせたいうことです。なぜなら、それは聖母がカリスマ運動が偽りのものであると話していらっしゃるということによって。そうです、私はあなたの心配をよく理解しています。教会がそれを1994年に認可したということを考えるならば。しかしながら、聖母が言及なさっている運動は、プロテスタントとカトリックの1グループによって形成された、ペンテコステのカトリック・カリスマ運動であり、それは1968年においてアメリカ合衆国で始まりました。大学のキャンパスで。そして私は、その創始者がオーストラリアにそれを広めに来たときにその場にいたのです。聖母が断罪されたのはこの運動であって、1990年にヨハネ・パウロ二世によって認可された「カリスマ契約共同体」ではありません。それゆえお分かりのように、猊下、多くの誤解が存在するのです。
 最後に起こったことは、メルボルンのジョゼフ神父という名前のマロン派司祭に私が送った手紙に関することです。その中で私は彼を批判しました。真実を、神を愛し、そして仕える信仰深い人々を擁護して。そして事実、彼らはマロン派会衆の教区の背骨そのものなのです。私がこの強い長い手紙を書いたのは、あなたや司祭職に対する不敬によるものではありません。私が教会を攻撃しているように彼には思われたために、問題となっている司祭が強く反発したということを私は知っています。しかしこのことは真実ではありません。なぜなら私は司祭職を愛しているからです。しかし私は常に真実であるものを擁護する権利を留保しています。ジョゼフ神父は、シドニーの大司教に訴えました。そして大司教は今度はあなたにそれを伝えられました。しかし猊下あなたは、シドニーの大司教の態度は、ウォロンゴングの司教と同じであるということを知る必要があります。なぜなら彼らは、私たちのウォロンゴング司教の決定を受け入れている、オーストラリアのヒエラルキーの一部だからです。このようにしてあなたは私に対する強い反対論を理解することができるでしょう。そしてなぜ彼が、司祭職を攻撃する平信徒という好ましくないイメージを提示しながら、あなたと連絡をとることによって反応したかを。
 私はもう一度あなたに、教会の権威に対する私の愛と敬意を告げたいと思います。しかし不正がなされるの私が見る時、私は擁護される必要のある人々を擁護するでしょう。なぜならマロン派の人々は彼らの信仰を忠実に実践しているからです。ひざまずいてイエズス様を受け、教会の教えを実行しています。もしあなたが調査されるならば、これらのカトリック信徒達は、最も熱心に教会を愛し支持しているという事を見いだされるでしょう。しかしジョゼフ神父は、他の数多くの神父達と同様に、これらの単純な霊魂達を攻撃したのです。ただ単に彼らが天からのメッセージを信じ、そしてバッカ大司教からの祈りの家の認可を信じているという事によって。彼らにはそうする権利があるのです。問題となっている司祭は、彼は認可を信じないと彼らに告げたのです。印璽(いんじ)と証明が文書に付されていたにもかかわらず。彼はさらに、あなたからのこの種のものも全く受け入れる必要がないと主張しました。なぜならあなたはオーストラリアの教会や彼の司教に対して何の管轄権もお持ちではないという事によって。それゆえ私はこの司祭に、教会の教えの真理を擁護して、そしてあなたの優越性を擁護して反論したのです。それからあなたはシドニーの大司教によって連絡を受けたのです。以上が基本的に、猊下、起こったことの全容です。
 私はこれらすべての問題と誤解について非常に残念に思っています。そしてもう一度、あなたの立場を再考なさるようにあなたに求めます。この事項の理解のために、どうぞお祈りください。多くの善良なカトリック信徒たちが、あなたの信仰深いリーダーシップに依存しているのですから。私はまたあなたに、緊急に事実をご検討になるように嘆願します。そしてどうか返書を送りください。私の主張の誠実性に関してあなたが満足されたことを私たちが確認できるように。
 最後に私は私の嘆願を繰り返します。どうか、教皇とお話になってください。なぜならそこにおいてあなたは本当に照らしを見いだすでしょうから。そしてここで行われている仕事のすべてに関して、あなたが最初に行った決定のすべては正しかったということの確認を! 私の継続的な愛、支援、祈りを信用してください。私は神の忠実な下僕であり続けます。
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 同じ月に、エリ・アザール神父、メルキト典礼のバッカ司教の教区からの司祭が、レバノンから私たちに会いにやってきました。彼は、彼の司教によって、ここオーストラリアにおける状況を調査するために使わされてきました。司教は、まだ聖母のメッセージ、そしてここオーストラリアにおけるミッションを信じていらっしゃるが、しかし彼の上長のために彼は妥協させられているとエリ神父は私に知らせました。エリ神父自身も御出現を信じていました。彼は、彼がこの国で見聞したすべてのことによって彼の信念を確認しました。そして神秘家であったので、イエズス様もまた出現を真実なものであると確認なさいました。今日に至るまでいかなる和解も実現していません。しかしながら、最近数ヶ月において、アメリカ合衆国の東方典礼教会を通して、レバノン出身のほかのメンバーたちによって、私たちの主張を再び考慮してもらうために、ある枢機卿との接触が行われました。

【 聖シャーベル 】

 私達の修道会の霊感の源であり保護者である聖シャーベルは1828年5月8日、レバノンの小さな村ビカ・カフラにおいて生まれました。彼は信心深く神を恐れる農民アントン・ザールア・マクルーフとブリジッタ・アイ・チデャクの五人の子供達の内の末っ子でした。彼はユースフ(ヨゼフ)という洗礼名ををつけられました。彼の父は、数頭の牛とともに小さな土地を耕し、生活の糧を得るために苦闘していました。アントンの揺るぎない信仰と、彼の信心深い妻の支援は、彼の家族のための彼の努力において彼を支えました。彼は、厳しい要素や痩せた土地に対して無私に働きました。ブリジッタは彼女の日々の用事に出かける時、祈り、そして断食しました。彼女はまた祈りにおいてしばしばひざまずき、彼女のロザリオを唱える時に償いの奉げ物として腕を十字架の形に伸ばしていました。彼女は毎日ミサにあずかりました。彼らの子供達がこの二人の善良な霊魂達から彼らの信仰のエッセンスを注入され、彼らの聖なる宗教への愛を受け継いだことは疑問の余地がありません。ユースフが3歳のときに彼の父は死にました。そして残された家族にとって人生はさらに困難になりました。彼は学校に通いながら、山に羊を連れて行って草を食べさせる牧者としても働きました。そして神の創造物における神への大いなる愛を彼がはぐくんだのは、この素晴らしい環境においてだったのです。彼は自然と交流しました。歌い、祈り、神を讃えながら。14歳の時までに、彼は長い時間を小さな洞くつの中で過ごしました。その中の唯一の装飾品は、彼の天の母の御絵でした。
 彼の父親の死亡とともに彼の叔父の庇護のもとに入ったユースフは司祭になる望みを感じ始めました。彼の叔父は、彼が修道生活に入るという考えを快く思わず、彼のために結婚を準備する手はずを進めました。そして1851年、ユースフは気付かれないように家を離れ、アナヤの聖マロの修道院に入りました。彼は107年に信仰のために死んだ殉教者にちなんで、修道名としてシャーベルを選びました。彼の家族は、家に帰るように彼を説得しようとしました。しかし無駄でした。シャーベル修道士は、シリア語、アラビア語、その他の科目を学ぶためにクフィファンの聖キプリアヌス修道院に送られました。司祭としての生活に向けて準備するために。
 1859年7月23日、シャーベル修道士は、マロン典礼のカトリック司祭として叙階されました。そしてアナヤの聖マロ修道院に配属されました。ここで彼は十年にわたって修道誓願と彼の修道会の会則の厳格な順守のうちに生活しました。彼は野外における毎日の肉体労働に従事しました。自然や、神のすべての創造物との彼の親しさは、折りに触れて自らを表しました。あるとき、野外にいるときに、大きな蛇が首を持ち上げて、一人の修道士にかみつこうとしました。シャーベル神父は蛇に静かに近づき、去るように命令しました。そしてすぐに蛇は去りました。シャーベル神父は祈りと克己の模範でした。彼は水しか飲まず、わずかしか食べず、暖かい服を着ませんでした。彼は内的な祈りによって常に神との交流のうちにありました。彼は沈黙の規則を厳格に守りました。彼の修道院は、世間と世間がもたらす気を散らすものからは遠く離れていました。
 間もなく聖シャーベル神父の聖性は知られるようになり、多くの人々が彼に聖なるミサや祈りを頼みにやってくるようになりました。人々は彼に告解することを望み、彼と話すことを望みました。奇跡が起こり始めました。深刻な病気からの治癒があり、そして数多くの祈りがかなえられました。人々は彼の回りに群がり始めました。そしてシャーベル神父の観想的な精神は、公衆の人気の集中によって苦しめられました。彼は観想的な生活だけを望みました。そして1875年に、このことは彼の上長によってかなえられました。彼はアナヤ山の頂上にある聖ペトロとパウロの庵に引きこもることを許可されました。この隠遁場所は、周囲の山々や谷の広大な展望を持ち、ここで彼は神なる主との親しい交流のうちにあると感じました。シャーベル修道士と彼の同僚の隠者であるマカリウス神父は、一日に一度しか食事しませんでした。彼らの食事は一人の修道士によってアナヤの修道院から運ばれてきました。シャーベル神父は、隣接の果樹園とブドウ園で働きました。ある時に、レバノンにイナゴの大群が押し寄せ、そして彼らの行く手にあるあらゆるものを食い尽くし始めたときに、彼の上長はあわてて、シャーベル神父に何かを「なす」ように嘆願しました。シャーベル神父は、聖水によって武装して、小屋の屋根に上り、庭を祝福しました。イナゴたちは、その土地にあるあらゆるものを食い尽くしましたが、修道院の庭は触れないままにしていきました。
 シャーベル神父は彼の聖人的な生活を非常に熱心に続けたので、彼は彼の敬虔さと聖性において天使のようであるとみなされるようになりました。彼はごくわずかしか眠りませんでした。ひと晩5時間しか眠りませんでした。彼は黙想と観想によって、聖なるミサの挙行のために3時間の準備を行いました。彼の聖性は広く知られました。シャーベル神父は、彼のあらゆる厳格な償いや犠牲にもかかわらず、1898年12月16日に至るまで健康を保ちました。そのとき彼は病気になりました。彼が彼の愛する聖なるミサを挙行していたとき、奉献の瞬間、彼は鋭い胸の痛みに襲われ、彼の部屋に運ばれました。彼はそこで少しの間休みました。それから彼は祭壇に戻り、ミサの聖なる犠牲をやり遂げようとしました。聖体奉挙の時、彼は再び心臓発作に襲われ、麻痺しました。彼は再び庵に運び込まれました。そこで彼は8日間にわたって、聖変化の言葉をつぶやき続けて、聖なる言葉を言い終えようとし続けました。12月24日、クリスマスイブにシャーベル神父は死に、彼の愛する主のもとに行きました。雪が激しく降る中を、シャーベル神父の遺体は修道院に運ばれていきました。彼の遺体は防腐処置を施されませんでした。遺体は二本の木の板の上に置かれて、土が彼を覆いました。シャーベル神父は多くの人々によって幻視のうちに目撃されました。そして何人かの人々は病気から癒されました。彼の墓を超自然的な光が取り巻き、それは彼の死後45日間にわたって目撃されました。
 1899年冬の間に激しい洪水が起きて、遺体が地表に出てきました。シャーベル神父の遺体は浮いている状態で発見されました。それは露のようなもので覆われていましたが無傷でした。洗われると、それは柔らかく曲げることができることがわかりました。関節は柔軟で皮膚は生きているようであり、髪の毛や髭は普通のままでした。彼の手には十字架像が握られ、償いの傷の跡が眼に見えました。彼の脇腹からは血と水が流れ出てきました。彼の聖痕から。彼は全身から血と水を出しました。シャーベル神父の遺体は洗浄された後、司祭服を着せられて、木製の棺の中に収められました。27年間にわたって彼の遺体からは血がにじみ出続けました。そして彼の服は2週間ごとに交換されました。彼の墓において彼を崇敬するために、世界中から巡礼者たちがやってきました。620の確証された治癒が記録されました。シャーベル神父はガラスの板のついた樫の木の棺の中に1927年に収められ、そして納骨堂の中に置かれました。1950年4月22日以来、アナヤの修道院は世界中からシャーベル神父に帰されるあらゆる確証された恵みや奇跡の記録をとり続けています。
 1965年12月5日は、教皇パウロ六世は、シャーベル神父を福者の位に挙げました。そしてこの宣言に続いて、シャーベル神父の体は塵に戻りました。1977年10月9日に福者シャーベルはカトリック教会における最高の栄誉にあげられ、聖人と宣言されました。信徒たちは彼を「ミサの聖人」とみなすように奨められています。これが私たちの修道会の保護者の人生の概略です。
【 聖シャーベルの生涯における主要な日付 】

 1828年 5月 8日 レバノンにおける誕生
 1851年     23歳のときに家を離れる
 1853年     修道院における25歳のときの修道誓願
 1858年12月14日 彼の母の死亡
 1859年 6月23日 31歳での叙階
 1875年 2月13日 隠遁所に引きこもり、そこに23年間とどまる
 1855年     果樹園を祝福し、それをイナゴによる破壊から守る
 1898年12月24日 埋葬される
 1899年 4月15日 彼の遺体の最初の発掘
 1925年     列福調査過程が開始される
 1924年 7月28日 彼の遺体の第二の発掘
 1950年 4月22日 再び埋葬される
 1952年 8月18日 棺が再び開けられる
 1974年12月28日 列聖


【 フランス 】

 1992年、フランスのヴェルヌイユの憐れみの聖母の修道院の院長にして司教であるフィリップ・マリー・ミゲ司教閣下が、ナウラにおける私たちの共同体を訪れました。彼はしばらく前からナウラにおける聖母の御出現について知っており、フランスにおける聖シャーベルの祈りの家のメンバーたちにとって大いなる支援であり続けていました。彼は痩せたデリケートな人物であり、私たちの祝された聖母と教会の伝統に献身している美しい霊魂でした。
 司教は私のミッションを信じて、公の書簡や私的な書簡によってこのことを確認しました。それは私にとっての支援でした。彼はしばらく前から、彼の司祭達のためにより大きな修道院を立てることを希望していました。なぜなら数多くの召命があったからです。黙想会のための施設を供給する必要は切迫したものでした。私はフランスの人々に、祈りと彼らの寛大さによって彼を支援するように励ましました。
 司教は、私たちの修道会への彼の訪問によって強い印象を受け、聖シャーベル修道会の祈りの家において唱えられる祈りに対して進んで彼の司教認可を与えました。すなわち、十字架の道行きのロザリオ、箱舟の聖母の連祷、聖シャーベルの連祷、聖なる神の知恵の座であるイエズスの聖心への信心です。
 6月に私は彼の訪問と司教認可に感謝して司教に手紙を書きました。私はまた彼が教皇に会うときに私たちを代表することができるように私たちの修道会に加わることを彼に勧めました。司教の答えは親切なものであり、彼は文書を求めてきました。彼は私たちの会憲がフランス語に翻訳されることを望みました。彼がそれを研究することができるように。1992年11月、私はフランスの人々に手紙を書きました。聖シャーベルの祈りの家は増加していました。しかしある種の分裂が拡大しており、取り組むことが必要とされていたいくつかの問題が持ち上がっていました。私は人々に、箱舟の聖母のミッションは善良なミゲ司教の支持を得ていると告げました。彼は祈りの家の霊的な父になる準備をしており、彼らの家に対する個人的な訪問も喜んでなすであろうと。司教はまた、毎月13日に箱舟の聖母の巡礼者たちのために彼の修道院を提供しました。初土曜日や修道院のその他の祝日のために。
 聖母は再び私にローマに行き教皇に会うように求められました。私はミゲ司教に、ローマで私と会うように求めました。私たちが一緒に教皇に会って聖シャーベル修道会について話すためです。彼はこのとき、成し遂げなければならない多くの用事にかかわっていました。そして彼の修道院を離れることに乗り気ではありませんでした。彼はためらっていました。私は信仰のうちに進み出るように彼に説き勧めました。なぜならそれは聖母のお望みだったからです。しかしながら、私自身が突然の計画変更をせねばならなくなり、そして彼に緊急のファックスを送って、ローマに行って教皇に会うための準備をするように求めました。司教は確かにローマに行かれました。そのことに対して私は彼に感謝の手紙を書き送り、聖母が彼の従順に喜んでおられるということを彼に知らせました。次の年に私はすべての出現のチャペルの定礎のためにオーストラリアに来るように司教を招きました。それは修道会の土地に建設されていました。彼は親切にも、5月に来ることに同意しました。しかしながら、司教は私の神秘的結婚と、私の将来の教皇職に関していくつかの問題を経験していました。私は彼に、彼の立場をフランスの人々に明確にするように忠告しました。1993年3月8日、ミゲ司教は私と私の地位に関する声明を出しました。それは以下の通りです。
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我が愛する民へ。
 私たちの愛する主イエズス・キリストの御名において皆さんに挨拶いたします。
 何ヶ月間にもわたって私はリトル・ペブルとして知られているオーストラリア人幻視者ウィリアム・カムに関する疑問に忙殺されてきました。私はもう一度この事項に関する私の関係と決定について明確にしておきたいと思います。とりわけ彼の現在の状況を考慮しながら。私自身と、支持者と、リトル・ペブルとの間のさらなるつまづきや不一致を引き起こさないために。
 第一に、私はリトル・ペブルに与えられている天の出現に対する、聖なる教会が教えることに基づく私の個人的な信念をもう一度述べたいと思います。「彼らの果実によってあなたは彼らを知るだろう」(マタイによる福音書7:20)
 私は、わが兄弟の聖職者たちや司教の兄弟たちと同様に、キリストと使徒たちによって指示されてきた通り、「リトル・ペブル」のミッションを観察し、祈り続けてきました。「リトル・ペブル」を取り巻くスキャンダラスで名誉棄損的な報告にもかかわらず、数多くの果実、人間に対する神の啓示の真理への数多くの霊魂たちの改心を見ればそれは明白です。このような果実は神にのみ関係付けられうるものであって、人間の業ではありません。
 第二に、リトル・ペブルのミッションの働きによって、私たちの栄光ある母マリア、無原罪のマリアの取り次ぎを通して得られた数多くの奇跡や治癒によってそれを見ることができます。神がリトル・ペブルとともに働いておられるという確証として私が主張したい最後の点は、「聖シャーベルの祈りの家」として世界中で知られている数多くの祈りの家です。それは数多くの霊魂たちを神のもとに連れて行っています。しかしながら、私が述べたことにかかわらず、私たちはあらゆる事項において、教会の英知に自分自身をゆだねなければなりません。そして「リトル・ペブル」のミッションに関する事実について教会の決定を待たなければなりません。聖にして母なる公教会が彼女の判断をこのような事項についてなすまでは、私はその判断を予期することはしないでしょう。
 最後に、私は啓示についての私の立場を明確にしたいと思います。とりわけ過去数年間において、「リトル・ペブル」の人格と個人的生活に関して彼に与えられてきた私的啓示についてです。特定の啓示について、とりわけ預言がかかわっている場合には、それが真実か偽物の預言であるかどうか判断を下すことは司教としての私の管轄のうちにあることではありませんし、ヒエラルキーのうちのいかなるメンバーのものでもありません。そのような事項が時の経過とともに解決されるまでは。すなわち、例えば聖にして母なる公教会は20年後に、ファチマの子供たちへの聖母の出現を検討し認可しました。しかし、今日に至るまでいくつかの預言はまだ成就していません。しかしながら教会はファチマに反するいかなる判断もなしていません。そしてそのような預言が成就されるまでは、それはできないのです。ファチマが認可されたのは預言によるのではなく、果実の豊かさによるのであるということが理解されなければなりません。
 同様に、同じことは「リトル・ペブル」のミッションについても当てはまります。現在教会の中に広がっている他のすべてのミッションと同様に。それゆえ、リトル・ペブルの現在の状況に関する事項は、まだ成就されていない預言として明確に定義されます。リトル・ペブルの神秘的結婚の事項は違った光の下に見られることができるでしょう。彼の行動は教会の教えに反するものであるかのように見えるかもしれませんが、それはそれが神からのものでないということを意味しません。なぜなら彼の状況に類似した数多くの例が聖書の中にあるからです。神は彼の預言者たちに、神の戒律に反する特別な行動を要求されました。しかしそれは神の聖なる計画において、理解と推論を超えた従順の行動だったのです。しかし時がたてば、神の啓示はこのことの理由を人類に理解させるでしょう。
 聖にして母なる教会の教えは、この点に関して非常に明確です。聖トマス・アクィナスが指摘しておられるように。リトル・ペブルの神秘的結婚についての判断をなすことは私の義務ではありません。ただ私たちは待ち、祈り、リトル・ペブルが現在置かれている困難な状況において、私たちに神の知恵を示してくださるように神に祈らなければならないということができるだけです。時間のみが、これに対する結論をもたらすでしょう。しかしながらだれも、教会のヒエラルキーを含めて、彼が罪を犯しているかのような判断をなすことはできません。むしろ開かれた態度であり続け、神の照らしを求めて祈らなければなりません。受肉を理解するために祈りのうちに彼が待たなければならなかった時の聖ヨゼフの忍耐と知恵を思い出してください。リトル・ペブルに関する現状にもかかわらず、果実と祝福は今日まで続いており、このことはそれだけで神の業の真実性を示唆します。
 リトル・ペブルがキリストの最後の代理者となる預言に関して。このことはそれ自体では教会の教えに反していません。なぜなら、男性は既婚者であろうが独身者であろうが関わりなく、ペトロとなる資格を持っているからです。もしキリストが、リトル・ペブルが最後の教皇になると言われたのであれば、聖書からも、あるいは教会教父のいかなる教えからも、このことに対する反論は存在しません。すでにのべられたように、すべてのことは預言的告知に関連しており、それゆえ時間のみが私たちに結論を与えるでしょう。
 それゆえ、わが善良な人々よ、私は修道会の院長として、聖にして母なる公教会に忠実であり続け、キリストに従順であり、神の望みのうちに、彼の教会のために生き、そして完全な生活に向けての終生乙女なるマリアの呼びかけに忠実でありつづけるよう、あなたがたを励ましたいと思います。あなたがた自身の霊魂とあなたがたの兄弟姉妹たちの霊魂の救いのために。
 私はまた皆さんにリトル・ペブルの為に、彼がキリストに従い、聖にして母なる公教会に対する神の望みを成就するように祈るよう求めます。神の下僕であり皆さんの下僕である私のために祈ることも覚えておいてください。

私はキリストにおいて皆さんのものであり続けます。
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 5月に、ミゲ司教はオーストラリアに戻ってきて、ヴィクトリアの聖心共同体においていくらかの時を過ごしました。彼らの聖堂を祝福し、堅信の秘跡を与えられました。それから彼はナウラに来られてチャペルの奉献を司式しました。彼のフランスへの帰還の後、私は修道会に対する彼の全面的な同盟に関するいくらかの疑いを持ちました。なぜなら彼は聖母からの最近の指導に従っていなかったからです。私は彼に信仰のうちに進み出るよう強く説き勧めました。そうすればすべてはうまく行くであろうと。私は彼に問題について私と連絡を取るように求める手紙を送りました。そしてもし彼が私に対してこれらの事項について明確にしないのであれば、私は、その発言によって修道会から人々を離れさせている修道会の霊的父を私は持つことはできないと告げる、フランスの人々に対する書簡を公表せざるを得ないと告げました。私は、彼が私に言及して成したスピーチの一部を同封しました。それはフランス語から英語に翻訳されたものです。「『私はブドウの木であり、あなたがたはブドウの枝である……』 ああ、その通りです! 神の民の牧者たちはもはや彼らをどこへも導きません。彼らは彼らが受け取ったミッションを裏切り、彼らの管轄を腐敗させたのです。なぜなら、彼らにゆだねられた羊たちのための時間を持たない貪欲な者たちが、彼らを凶悪な狼に、闇の息子たちに引き渡したからです。彼らはあらゆる種類のセクトによって、『牧者のいない羊たち』の正当な望みを悪用する用意があります。私はオーストラリアのナウラにおいてこのことに気づきました。そこでは一人の幻視者が、彼とともに多数のカトリックたちを教義の正しい道からそして福音的な道徳の道から引き離していました」
彼から何の返事もなかったので私は以下の手紙を1993年6月23日に公表しました。
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今日私は非常に深刻な、そして悲しみの手紙を書かなければなりません。それは、天によって偉大なことに呼ばれていたが、誘惑を受け、彼自身の道を進んでしまった、ある牧者に関するものです。すなわちフィリップ・ミゲ司教です。
 およそ2年間にわたってフィリップ・ミゲ司教は公にナウラのミッションを擁護してきました。しかしながら彼は常に、『リトル・ペブル』の神秘的結婚と将来の教皇職に関して留保を表明してきました。このことはフランスの人々に多くの混乱を引き起こしてきました。なぜなら彼らは、教会が私たちの目の前で解体しつつあるこの闇の日々における希望とリーダーシップの印をこの人物のうちに見ていたからです。司教は、それが最も必要とされるときに、リーダーシップを示すことを避けることによって、不信と不安の印を示してきました。フランスの人々はこの件に関して、なぜ『リトル・ペブル』ははっきりと話さないのか、困惑してきました。
 わが親愛なる友人たちよ、つねにそうであるように、私たちは待ち、そして観察し、祈り、果実を見るために忍耐強くならなければなりません。天は、フィリップ・ミゲ司教に十分な時間と、フランスのためにリーダーシップを示す機会とを与えて来られました。彼の修道院に対する数多くの召命、司祭職への召命を提供して。彼に求められていた条件はただ次のことだけです。

(1) 聖シャーベル修道会に加わること。
(2) つまずきの石となっている二つの論争点に関して、『リトル・ペブル』の
ミッションを擁護する公の声明をなすこと。

 聖母は、彼に、公の声明によって『リトル・ペブルのミッション』、神秘的結婚と教皇位につくことに関する擁護についての彼の立場を明確にし、そして同時に自分自身を司教として擁護することを可能にする手紙を書く霊感をお与えにさえなりました。閣下はまた、私自身、カナダの幻視者、その他の幻視者を通して天からの指示と指導を求められました。しかし彼は天の指示に不従順だったのです。聖母からの答えが彼を満足させなかったために。
 それゆえ私たちはこの悲しい手紙の結論に到達します。ミゲ司教は今や『リトル・ペブル』のミッションに反対して説教することを決心しました。それは『リトル・ペブル』が設立したセクトであるという昔ながらの非難を用いて。これはばかげたことです。他の数多くの公の非難と同様に。なぜならこのミッションはこれまで常に教皇とキリストの教会の真の教えを擁護してきたし、これからもそうしつづけるであろうからです。この理由のためにミゲ司教はリトル・ペブルのミッションを擁護し、信じるようになったのです。しかし今や彼は逆のことをやっています。それゆえ、フランスのわが子供たち、そして忠実な霊魂たちよ、私は公に閣下の行動を非難しなければなりません。なぜなら彼は邪悪な者の罠に陥ってしまったからです。
 現時点から私たちは彼とのつながりと一致を断ち切ります。彼はもはや聖シャーベル祈りの家、あるいは箱舟の聖母のミッションの牧者となる私の認可あるいは権威を持っていません。この侮辱に対して公の謝罪が天の女王に行われるまでは。それは現在、聖にして母なる公教会の数多くの牧者たちによって延長されています。
 それゆえ私はすべての我が忠実なフランスの子供たちに、司教の霊魂のために、道をはずれてしまった牧者たちのために祈るように求めます。私は皆さんに告げます、親愛なる教会の長女よ、勇気をもってください。なぜなら神に対するあなたがたの信仰と信頼は最終的に勝利するであろうからです。私はイエズスとマリアの御名において、あなたがたの牧者そして召し使いであり続けます。私のために祈ることも忘れないでください。神の愛が皆さんの霊魂のうちに輝きますように。
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 ミゲ司教は1993年の末にかけて病気になり、私は彼からそれ以上の連絡を受け取っていません。


【 自給自足へ向けて 】

 ミッションの新しい一部は、共同体を建設し自給自足を達成するための一般的な商店を確保することでした。1995年5月25日、私は聖母に、ごくわずかの時間しか残されていないのに、なぜ商店を購入することが必要なのか理解するのを助けてくださるように求めました。
「親愛なる大切なお母様。私は私の小さな心からあなたに挨拶します。そしてもう一度、あなたは私の太陽であるとあなたに告げたいと思います。私はあなたを愛しています、お母様。あることを理解するのを助けてください。なぜなら時が経過するにつれて、そして天からの指示が受け取られるにつれて、理解はより明白になる代わりに、混乱してきたからです。例えば、天は、商店を購入し、共同体を準備するようにおっしゃっています。私たちはこのことをためらうことなく喜んでなします。しかし、甘美なる母よ、2000年の前に、大警告は始まりそして終わろうとしているのではありませんか。大変理解しがたいことです。商店は何の役に立つのでしょうか。戦争の間、商品は入手できないでしょう。今私たちはあなたが求められたすべてのことをなし遂げるために何十万ドルも費やそうとしています。商店から本当に利益を得ることができるようになるまでは2年はかかるでしょう。何の役に立つのですか。2000年の前に、私たちは幸運にも40の共同体を持つことになるでしょう。しかしそれは世界の大きさに比べたら、どれほどのものでしょうか。
 神と教会が彼らに印を与えるまでは共同体を建設するために神の計画を受け入れる者がごくわずかしかいないのに、なぜ私たちはかくも懸命に働かなければならないのでしょうか。なぜなら警告の後には、私は教皇となるでしょう。それゆえ私はあらゆることに対する権力を持つでしょう。なぜなら皆はカトリックとなるであろうからです。そうすれば本当に共同体は形成されるでしょう。私はこのことの背後にある理由が理解できないのです。もちろん、信仰、信頼、従順によって私はこれを受け入れます。
 お母様、司教様方が、いつかは共同体を支持するであろうとあなたはおっしゃいます。しかしこれは教皇が話された後のことになるでのでしょうか、それとも修道会が承認された後でしょうか。ブロサード神父やブレ神父が彼らの権能を持つであろう時はいつでしょうか。およそ3年から5年前に、天は市場が崩壊するであろうから銀行から資金を引き上げるようにおっしゃいました。このことは起こりませんでした。しかし、もしそれが起こるならば、このことは商店に影響を与えるでしょう。それゆえ、それらに何の利益があるのでしょうか。一時的な手段として以外の。利益は2年間にわたって上がらないでしょう。
 お母様、私が今本当に考えていることは、人々は都市を離れて農場を購入するべきだということです。ひとたび困難が訪れたとき、彼らが自分自身を支えることができるように。そして警告の後に、これらは共同体となるでしょう。彼らは私たちと関係を持つことができるでしょう。お母様、もし私たちが商店を持つようになれば、私たちは私たち自身の産物をその中に置くことができるとおっしゃいました。オーストラリアの法律の下ではそれはできないのです。さらに、あなたの話し方は、まるで大警告の前にまだ十年以上もあるかのようです。説明していただけませんか。なぜならあなたとイエズス様は2000年は決して書かれないであろうとおっしゃったからです。もしそれがそうであれば、共同体は商店の中で十分な生産物を売ることができるほどに発展することはないでしょう。あなたのおっしゃるすべてのことが、お母様、現教皇はペトロの座に長くとどまるであろうということを私たちに告げています。あなたの以前のメッセージで告げられていたように、ただ2〜3年だけなのではなく。どうか、理解するために私を助けてください。同じジレンマを抱えている何百万ものあなたの子供たちに対して、私がこのことを伝えることができるように。あなたの愛する息子、『リトル・ペブル』」

 1996年5月27日の聖母のお答えは以下の通りです。
聖母: 「わが貴重なる息子よ、私は再びあなたに挨拶します! あなたが感じ取っていることは真実です。そしてあなたは照らされました。なぜなら天は、終わりの時の修道会に入るための道を準備するために数多くの計画と踏み石を持っているからです。そして彼らを試練の時に向けて準備するために。なぜなら懲罰は今降りかかりつつあり、そして年月がたつにつれて増えていくでしょうから。わが小さなペトロよ。あなたはわが子供たちに、修道会に入る道を説明し、将来がどのようになるかを説明する手紙を書かなければなりません。そして彼らはどのように道を準備せねばならないかを。なぜならば、私たちの子供たちの多くは、天と教会からの印が与えられるまでは共同体に入る準備ができていないからです。しかしながら、あなたの言葉を待ちながら田舎に移る準備ができている多くの者たちがいます。あなたの言葉は非常に影響力を持っています。そしてあなたが近い将来において、わが神なる息子イエズスの真の教会において司祭そして司教となったときには、よりいっそうそうなるでしょう。それは今現在教皇ヨハネ・パウロ二世のもとにあります。勇気を出しなさい、甘美なる神の光と真理の息子よ。私たちの清い『岩』よ。なぜなら神は、彼の約束に実りをもたらすでしょうから」

 以下は、同じ質問に対する「ソーンブッシュ」への聖母のお答えです。それを私は1996年7月6日に受け取りました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します。わが甘美なる『天使』、そしてわが徳に満ちた汚れなき御心の『小さな白い小羊』。私はあなたの心が困惑しており、疲れ果てているということを知っています。よく聞きなさい、わが甘美なる息子よ、選ばれた共同体がもたらしてきた、そしてもたらし続けるであろう希望についてよく考えなさい。あなたが触れてきた心について考えなさい。将来について心配してはなりません。なぜなら覚えておきなさい、神は全てをコントロールしていらっしゃるからです。全てのことは無駄に成し遂げられることはないでしょう、わが小さな息子よ。
 わが愛する小さな『白い岩』、なぜいと高き方、神は、天の選ばれた共同体が真の信仰の堅固な基礎の上に立てられることを望まれるか分かりますか。召命において心の徳の種をまくために、聖人たちを収穫することができるように。そして彼の全能の御手のひと振りで、すべてが破壊されることを許されるこのことは、最も完全な神の聖なる御旨に忠実であり続けているすべての選ばれたコミュニティーには起こらないであろうということをあなたは知る必要があります。しかし、真に忠実にとどまらなかった共同体、彼らの好きなことをやった共同体はすべて同じ運命を経験することになるでしょう。戦争、飢饉、伝染病、火事、制御できない致命的な病気、害虫、大洪水、大干ばつ、多くの自然災害が起ころうとしています。しかし天によって望まれた選ばれた共同体のためには、これらの場所は特別な仕方で神の怒りから守られるでしょう。
 ほとんどこの世の奴隷になってしまった彼の子供達を懲らしめられる時に、神は聖なる者を、そしてとりわけ、多くの恩寵を与えられながらそれらを拒絶した者達を懲らしめられるのだということを私はあなたに知ってほしいと思います。神の正義を目撃するであろう者たちは、主としてこれらの恩知らずの小さな子供たちです。神は、各人に呼びかけ続けておられます。これらの小さな子供達が真の道に立ち返ることができるように。しかしながら雨が降るときは、雨は正しい者の上にも不正な者の上にも降ります。これは太陽の光についても同様です。それは正しい者の上にも正しくない者の上にも照っているのです。あなたは理解する必要があります、わが小さな息子よ。いと高き方は慈悲深くあられると同時に、正義であり愛に満ちておられます。もし天の選んだ共同体が存在していなかったならば、すでに世界は、ほとんどその邪悪さと腐敗のうちに破壊されてしまっていたでしょう。世界の他の部分に比較すればごくわずかなものでしかないとあなたが見ている、天によって選ばれた存在しているごくわずかな数の共同体について。たとえこのことがそうであっても、わが『リトル・ペトロ』よ、これらの苦闘している共同体は、神によって比類のない宝とみなされているということをあなたは知る必要があります。
 ノアの大洪水の時に、どれほどの数のわが小さな子供達が救われたでしょうか。ソドムとゴモラの大火の時にどれほどの者が救われたでしょうか。ごくわずかな者達だけです。なぜなら彼らは祈り、信頼し、そして彼らの霊魂を聖なるものとするために働いたからです。これが鍵です。神をたたえるために、あらゆる霊魂の救いのために、わが小さな子供達が祈り、働けば働くほど、彼らはより緊密に結びつけられるでしょう。共同体に住み、共同体を形成するであろう小さな子供達、試練と困難を乗り越えることができる力を与えられるであろう子供達は。なぜなら、祈りと、真の一致と調和のうちにおける働きを通して、神は彼らの霊魂を聖なるものとするために、神の栄光のうちに彼らが輝き出ることをお許しになるでしょうから。
 人々が小さな村の中でお互いに交流しつつ生きることが、常に最も完全なそして神聖なる神の御旨であり続けてきました。小さな村は、あらゆることが共同のうちに行われ、皆によって分かち合われる共同体です。この神の御旨は、完全には実現されていません。なぜなら人類は、わが甘美なる子供たちは、罪によって汚されており、いつも自分たち自身のことを最初に考えるからです。そしてどのような準備や同意からも彼らがどのような利益を得ることができるかを考えるからです。私はあなたに告げます、我が愛する、そして忠実な小さな真理の『白い岩』よ。そしてわが小さな子供たちのすべてに。無垢な小さな子供たちとして、聖なるそして正しいものとなることを求めつつ、神の最も完全で神聖なる御旨に全面的に自らをゆだねることによって、神を喜ばせることを求めて、そして神を信頼して選ばれた共同体に入る者たち、これらの小さな子供たちは、飢えることも渇くこともないでしょう。なぜなら神の愛は、彼らが必要とするであろうすべてのものを供給されるであろうからです。なぜなら彼らは私たちの分かたれない一致したみ心を通して、いと高き方の摂理的な配慮のうちに生きるであろうからです。彼らは、アブラハムの父性的な懐のうちで、永遠の救いを与えられてきています。
 あなたに求められているすべてのことに関して、できる限りのすべてのことをなしなさい。そしてあなたが限界に至ったならば、神は、あなたがそれをなし遂げる能力を持っていない部分については提供してくださるであろうということをいつも思い出しなさい。あなたの偉大なる信頼はこのことを何度も証明してきました。わが優しい息子よ。それゆえ、勇気を持ちなさい。なぜならすべては可能だからです。サタンがあなたを落胆させるのを許してはなりません。あるいは選ばれた共同体に関して、あなたの心の内に否定的な思考を置くことを。あなたがペトロの座において統治するであろう時、至高の教皇ペトロ二世として、あなたは至高の王として統治するでしょう。しかしあなたはその時までゆっくりしていてはならないのです。なぜならその時までに、あなたが考えているよりもずっと多くのことが成し遂げられるでしょうから。
 このことを知っておきなさい、わが小さな息子よ、預言的な時は、太陽の時(太陽暦)にではなく月の時(太陰暦)に従うということを。天の選んだ共同体は、サタンによって支配されている外の世が侵入することを許されていない特別な場所です。しかしサタンは、様々な方法によって、わが愛された小さな子供たちを選ばれた共同体から世へと誘惑しようと常に試みるでしょう。そして彼は休むことがないでしょう。それゆえ、戦いは止むことがありません。わが汚れなき御心が勝利する最後の勝利に至るまで。世のわが小さな子供たちは、すでにサタンの囚人です。しかし世のためにではなく選ばれた共同体の中で生きる者たちは、サタンによって征服されてはいません。なぜなら彼らは皆、わが汚れなき御心を通して、わが神なる息子に属しているということを彼は知っているからです。そして彼は彼らに触れることはできないのです。それゆえ、彼らが弱くなるのを彼は待ち受け、それから、彼らに影響を与えようと努め、少しずつ次第に彼らを心理的に誘惑するために攻撃するのです。彼らのデリケートな霊魂を聖なるものとするために彼らが生きている選ばれた共同体から離すために。このことが起こると、わが愛する小さな子供たちは、現実に対してさらに盲目になります。彼らが離れたことを大変悔やむようになるまで。なぜならわが小さな子供たちはみな自由だからです。この非常に深刻な問題に対する解決は、あらゆる様々なレベルにおいて我が小さな愛する子供たちがみな協力することです。そして上長たちに告げられていたならば、サタンはそれ以上進むことを許されません。なぜなら彼は善徳によって退けられるからです。
 わが愛する小さな白い『岩』よ。わが甘美なる子供たちが都市を離れて農場に住むようにということに関するあなたの知覚は正しいものです。しかし彼らは彼らとともに住む多くの人々を持たなければならないでしょう。そうすればこれらの農場と周囲の家や様々な建物は一つの独立した共同体の部分を構成するでしょう。わが甘美なる子供たちがともに祈り協力し、神の真実の最も完全な御旨に従って奉献生活の新しい形態を生きれば生きるほど、彼らは天によって見守られ保護されるでしょう。なぜなら天は特別な仕方で現存するであろうからです。多くの法律は、しだいに変わるでしょう、わが優しい小さな子よ、いくつかの出来事や状況によって。私がすでにあなたに啓示したことを覚えていなさい。わが甘美なる小さな息子よ。なぜなら神の神聖なるそして最も完全な御旨は、あなたを通して成就されるであろうからです」

 1996年8月3日土曜日、私は聖母に、新しい店、そして私たちがやっていることに満足しておられるかどうか、お尋ねしました。聖母は以下のようにお答えになりました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します。我が貴重な息子、小さな『白い岩』。私は私に彼らの真実の『はい』を与え、いと高き神の計画と御旨に信頼したすべての我が甘美なる子供たちに挨拶します。神の計画と御旨に従ってあなたがたが前進したことは天を喜ばせています。あなたがたが入手した店は、共同体のために自給自足を達成するでしょう。そしてオーストラリアの中の全ての共同体のために。時とともに。なぜなら天はこの件に関して数多くの計画を持っているからです。それは時とともにゆっくりと描かれていくでしょう。事態が進展するにつれて。わが子供たちが彼らの様々な仕事を学んだときに。私たちの息子エリックと、わが子供たちにとって、平和であり続け忍耐強くあることは重要です。なぜなら皆は学ばなければならないからです。なぜなら皆は善徳を実践することを学ばなければならないからです。そしてお互いに対して、起こってくる状況に対して寛大であることを。神が各人に成し遂げるように呼ばれたこの状況に対してはあらゆることが新しいからです。
 しかしながら、この仕事は単に自給自足を達成する目的のためのものではないということを皆は理解しなければなりません。それはまた、神が私たちの子供たちを福音化し、あらゆるレベルにおいて善徳を生き、実践するための道具でもあるのです。なぜなら、何百もの、そして何千もの子供たちがこの店を訪れ、神の神聖な愛、あわれみの指によって触れられるでしょうから。そして彼らの存在の価値に。この恩寵の経路の中で働くように呼ばれているすべてのわが子供たちが、この店を、道を失った霊魂たちに近づくために神がその不思議な業をなされるであろう場所と見なければならないのはこのためです。……」

【 聖ヨゼフ・スクール 】

 共同体に定住するメンバーの数の増加とともに、子供たちへの教育の配慮が必要になってきました。私たちの定住メンバーたちの中に、幸運にも資格を持った小学校教師がいました。それゆえ1992年1月に、聖ヨゼフ・スクールは設立されました。スクールは、ニュー・サウス・ウェールズ州における組織的でないカテゴリーのうちにおける第六学年までの教育を提供することになり、そしてニュー・サウス・ウエールズの教育委員会によって、6年間の期間にわたり、教育改革法第七部(1990年)のもとに登録されました。この期間の終わりに、それは再登録されました。そして私たちが私たちの学年を第八学年にまで延長することを望むことについては何の問題もないことを知らされました。
 年月がたつにつれて、入学人数は次第に増加しました。学校は、聖シャーベル修道会の共同体の中心部に位置しており、チャペルと共同体の部屋から数歩のところにあります。そしてまた敷地内の別の場所に、年長の生徒たちのための二つの教室があります。それは、敷地内に生活している共同体のメンバーたちに対して無料で公開されています。そしてその土地の人々からの応募も受け入れています。それは、運営母体である修道会の権利と目的に沿ったものです。修道会の上長であるブロサード神父は、宗教教育のカリキュラムに責任を持っています。そして校長は、共同体の委員会の助けとともに、世俗教育のカリキュラムに責任を持っています。
 1992年に設立されて以来、学校は今40人近い生徒を受け入れています。その最初の校長であるオドノギュー女史の引退とともに、大いなる経験と能力を持つ教師であるヴィクター・スーフロット氏が学校を運営するように求められました。彼は何年にもわたって、もう一人の資格ある教師の支援と、様々な共同体のメンバーたちの貢献とともに、このことをなしました。彼は現在校長職を辞し、デビット・ウィリアムスが彼の後を継ぎました。何年間にもわたって、共同体の中で生まれた子供たちは、ブロサード神父によって信仰のうちで養われてきました。この聖なる司祭が彼の小さな群れと持つ関係を見ることは啓発的です。学校の子供たちは毎日ミサに出席し、祈りのスケジュールを持っています。神父は常に彼らを霊的に指導することができ、彼らは彼に全面的な信頼を持っています。彼は皆にとっての家族の友人であるのみならず、両親たちと彼らの司祭との間には偉大なるきずなが存在しています。彼らの学校が神父の指示のもとに、彼らの子供たちの霊的・心理的・社会的・肉体的な成長を促進することを彼らはよく受け入れています。なぜならこれらすべてのことは統合されているからです。
 委員会に最初に提出された公の文書においても述べられているように、この学校の教育理念と目的に内在している特別な特徴は、「伝統的なカトリック信仰に属する多くの教義、教え、実践が、現在のカトリック教育システムにおいて教えられていないので、親たちはこの必要のために子供たちを受け入れる教育機関を欲している。この学校はこの必要を満たすものである」ということです。学校は自己発展を励まします。しかしまた子供たちに真の価値観と善徳を生きることを教えることに重点を置いています。子供たちに規律の実践と、神と神の聖母への真の信心の実践を教えるための努力が払われています。

 この本を書く長い仕事の始まり以来、修道会の設立と成長において多くのことが発展し、そして変化しました。ゲッセマニ共同体は約75名のメンバーにまで成長しました。そしてますます多くの子供たちが学校に通っています。軽食店と郵便局を伴う、もうひとつの店が購入されました。教区の教会権威者たちは今なお、教会法的調査を進めています。(2001年9月現在)



第三章 天国からの対話。神からの賜物。続き
【 賜 物 】
 この本の前の二巻と同様に、この章は神によって私に送られた賜物や苦しみについていくらか説明します。私はここに天と私自身の間の対話のいくつかを掲載します。それは私自身と多くの他の人々の教化のために与えられたものです。
 人が神への霊的な道をたどるとき、彼は善徳の道、神への愛においていかなる真の進歩も成し遂げていないと、時々感じることがあるというのが私の経験です。霊的な乾燥、誘惑、苦しみの時期が、彼を霊的な高みへと挙げるよりもむしろ彼を引きとどめるように思われるのです。そして大いなる誘惑に打ち勝ち、あるいは祝日を祝った後になって、初めて人は愛の大いなる高まりと霊的な高揚を感じます。そして神への愛に満たされ、あらゆる犠牲を払って神の聖なる御旨を成し遂げようとの決意を感じます。そして彼は彼の愛の深さが成長したということを悟るのです。
 このことの正しさは、彼が神の目において、いかに自分は価値のないものであるかを理解したときに明らかになります。彼は彼の謙遜のレベルを見いだします。その中において彼は自分自身をありのままに見つめます。ふさわしくないもの、完全性からはほど遠いものとして。しかし彼の存在を通して流れるこの愛は、彼の愛する主の十字架と自分自身を一致させるまでは満ちることがありません。彼は、彼の愛する主の苦しみを分かち合うことを自分が求めているのを発見します。彼の主が十字架の重みのもとに倒れるのを見るよりも、あらゆることをなすことを提供することによって。彼は神が彼に与えてくださるまでは満足しません。そして彼はさらに多くをなします。苦しんでいるキリストと自分が一つになるのを見いだすまで。
 イエズスと彼の苦しみを分かち合うことは私の特権です。しかし主は決して寛大さに欠けてはおられませんでした。そして主は私に数多くの甘美な慰めと指示を与えてくださいます。
 読者は理解するでしょう。「私たちの神のような神はいない!」 私と、真摯な心をもって神を求めるすべての人々にとって、神はすべてにおいてすべてです。

 聖母は、二つの柱としての私自身とブレ神父に、非常に強力な天使を与えてくださいました。そして私は「ソーンブッシュ」に、彼らの名前を天に尋ねるように求めました。聖母はお答えになりました。
聖母: 「わが優しい『命のリトル・アブラハム』。私はあなたに挨拶します。あなたが受け取った聖なる天使の名前は聖フォルティミリウスです。そしてわがリトル・ヨハネが受け取ったのは聖フォルチデュルケウスです」

【 目に見える傷 】

 1995年11月8日に、「サンフラワー」を通して、聖母は以下のメッセージをお与えになりました。
聖母: 「私たちの分かたれないそして一致した心の内の、わが汚れなき御心のわが愛する『岩』よ。私はあなたに挨拶します。傷はあなたの苦しみを増し加えています。なぜならば、彼らの心と魂のすべてを持って、すべての霊魂たちの救いのために愛とともに苦しむことを受け入れてきた、わが甘美なる数少ない道具たちに多くのことが求められているからです。バチカンの中にも多くの混乱があります。そしてわが愛する巡礼の教皇は非常に苦しんでいます。このことのために、そして教会聖職者達の中におけるあらゆる不従順のために。わがバラとあなた、わが小さな白い岩は、同じ迫害の十字架の上においてわが愛する巡礼の教皇を支えています。次第に、わが神なる息子の受難から、あなたが帯びている傷のすべては目に見えるようになるでしょう。最初に光の十字架が現れるでしょう。そして毎月の最初の金曜日ににじみ出る油とともに、目に見えるようになるでしょう。傷の痛みは次第に増していくでしょう。四旬節の間、これはさらに増大するでしょう。そして聖金曜日に、茨の冠はさらに目に見えるようになり、他の傷もそうなるでしょう。現時点においてあなたに求められているすべてのことをあなたが為し続けることができるように、傷はまだ目に見えるように開かれてはいません。復活の栄光ある祝日に傷は目に見えるようになるでしょう」

【 サタンのかみつき 】

 1993年4月8日に、私は次のようにブレ神父に書きました。「何ヶ月か前に私は私の左足とかかとに強烈な痛みを感じました。あなたはその非常に深刻な傷跡さえ見ることができます。痛みは非常に強烈です。それは起こったり止んだりします。私は1991年にそのことについて日本のルチアに尋ねました。そして聖母は、サタンが私の足のその部分にかみついたとおっしゃいました。それは私のための償いだったのです。私はまだ痛みと傷を持っています。それらは去っていません。これは正しいのかどうか、聖母に尋ねてみることはできますか。もしそうであれば、それは何を意味するのですか?」 聖母は、1993年4月20日、「ソーンブッシュ」を通して以下のように私の質問にお答えになりました。
聖母: 「私の小さな『リトル・ペブル』は知る必要があります。そうです、このことは真実です。それは今世界において大いなる祈りの不足があり、それは緊急であるということを彼に理解させるためです。天の共同体を通して、何年間にもわたって多くの良いことがもたらされています。今やサタンは怒り狂い、そしてわが『リトル・ペブル』を落胆させることを望んでいるのです。私は彼にこのことを引き続き捧げるように望みます。そしてわが汚れなき御心を通して勇気を持つことを彼に望みます。……」

【 生きているようになった十字架 】

 1995年12月10日、ソーンブッシュを通して聖母からのさらなるメッセージです。
聖母: 「わが神なる息子の受難のわが愛する小さな『白い岩』よ。あなたはわが『ソーンブッシュ』が入ったような眠りに入ることはないでしょう。しかしながらあなたが聖痕を受けるであろう仕方は、私たちの息子アシジの聖フランシスコのそれに非常によく似たものになるでしょう。その時、すべての御出現の聖堂にある十字架像は奇跡的なものになり、生きたようなものになるでしょう。そして傷は血を流すでしょう。これは、あなたが受難を全面的に生きるであろう時が近づくであろうという、あなたへの印です。わが神なる息子の傷から、とてつもない量の光が出るでしょう。あなたは働き続けるでしょう。わが小さな息子よ。あなたは旅行をし続けるでしょうが、以前のように頻繁にではないでしょう」

 1994年9月1日に、マザー・マリー・アストリッドは「ソーンブッシュ」の苦しみにおいて彼女を助けるための彼女のところへの私のバイロケーションについて私に手紙を書いてきました。以下は彼女の手紙の一部です。
「シスター・マリー・ダニエル(ソーンブッシュ)は、今夜のミサの後で部族のロザリオを持ってきてくださったことに対してあなたに非常に感謝しています。それは既に多くの善をもたらしました。ブレ神父様が電話をかけてきたときに、私はそのことを神父様に申し上げるのを忘れていました。私は規則を破っていないことを望みます。それは私の心からちょっと離れていたのです。……」

【 杖 】

 1994年11月5日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問をなしました。「お母様、あなたとイエズス様は杖をお持ちになり、それを私たちの杖の中に置かれました。それは何ですか。その意味は何でしょうか?」 聖母は1994年11月7日に私の質問にお答えになりました。
聖母: 「わが神なる息子と私が運んできた杖は、あなたのそして私たちの愛する天使たちの子供の杖の中に置かれました。神聖な力によってそれらを特別な仕方で祝福するために。時がくれば、これらの杖の中から大いなる光が出るでしょう。そしてあなたの杖は、闇を見通す光となるでしょう。私たちの甘美なる子供ジェイムスは特別な光を、そして聖なる天使からの力の賜物を受け取るでしょう。天使たちは多くのことを彼が理解するのを助けるでしょう」

【 肉体を離れる霊魂の意味 】

 再び1994年11月5日に私は以下の質問を「ソーンブッシュ」を通してなしました。「お母様、肉体を離れてあなたの御心に入ったいうことの意味はなんでしょうか。その後で教皇があなたの息子『リトル・ペブル』を祝福されました」 聖母は私の質問に1994年11月7日以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが小さな愛の岩よ。あなたは我が愛するペトロ、ヨハネ・パウロ二世を助けています。彼は現在非常に苦しんでいます。私たちは、私たちの分かたれないみ心の内にあなたを置いています。このようにしてあなたを強めるために。わが愛する巡礼の教皇が経験するであろう全ての迫害、試練、殉教をあなたが理解する事ができるように。存在している数多くの神秘がまだ存在します。しかし時がくれば、わが愛する小さなホワイト・ペブルは次第にそれらを啓示されるでしょう……」

 預言の賜物、神が私を終わりの時の預言者として指名されたこと、最後の教皇、数多くの敬意の称号と義務、霊魂を読む賜物、識別。これらすべての賜物は、神が私に求めておられるミッションを成し遂げるのを助けるために与えられたものです。これらの賜物を私は当然のものであると思ったことは決してありません。

【 天国の香り 】

 1991年3月19日、ウンダーリッヒ神父の立ち会いのもとに私は神秘的にベッティーナと結婚しました。神はこの日、記憶されるべき素晴らしい宝物を私に与えてくださいました。私たちの指輪は二つの箱に入れられ、私たちの結婚の夕べに、これらの指輪は天に運ばれました。次の日にそれらは神秘的結婚のために返されました。それらは新しい契約を象徴します。指輪は非常に強い香りによって包まれていました。天の香りです。そして今日に至るまで、その香りは残っており、聖なる出来事の意味と厳粛さを私たちに思い出させています。この香りをかいだ人はだれでも、その特別な甘美さに気づきます。

【 日本の聖なる殉教者たち 】

 1993年10月7日、私が日本にいたとき、私は天草四郎の墓を訪れました。日本の「天草島原の乱」の四万人の殉教者たちの一人です。その時イエズス様が出現され、私は以下のビジョンとメッセージを受けました。
リトル・ペブル: 空には大きな十字架があり、ロザリオのあいだにイエズスは十字架を通って来られました。巨大な二位の天使がおられます。一位は主の左に、もう一位は主の右に。彼らは空の半分を占めています。二位の天使の背後にはとても多くの日本の殉教者たちがおられます。イエズスは更にずっと近くに来られました。主は御手に剣を持っておられます。それは聖ミカエルの剣です。聖ミカエルは十字架の後ろに立っておられ、彼は別の剣をここヘ、この小さな土地に置かれました。
 天軍 − 殉教者たち − からの大きな叫びがあります。皆、次のように叫んでおられます。「勝利はあなたのもの、おお、宇宙の王よ」 主は更に近くに来られました。主は王としての服装をなさっておられ、冠を被っておられます。イエズスは今、剣を渡されてそれを私にお与えになり、それを二つの金の鍵と共に私の魂のうちに置かれました。鍵の一つは(柄のところが)Mのような形をしており、もう一方の端に十字架がついています。もう一つの鍵はSのような形で、やはりもう一方の端に十字架がついています。主はこのネックレスを御取りになり、天使の一位が来られてそれを主の御手から取られ、このネックレスを私の首に掛けられました。主はおっしゃいます。

主: 鍵を受けよ……今日、私はあなたに黙示録の鍵と底なしの穴の鍵を渡す。わが至聖なる御母、汚れなきマリアの力を通して……ルシファーを反キリストの人格におけるその高い座から投げ落とすために……あなたの神として、わが手を通して、わが母マリアの清く汚れなき御心を通して、私はあなたに定められた時にルシファーを反キリストとその軍勢と共に地獄へ投げ落とす力を与える − わが再臨において、私が宇宙の王として戻って来る前に。これはヨハネ・パウロ2世の足跡を継ぐであろうキリストの代理者としての、あなたに与えられる力を理解するために、今、人類に明かされる秘密である。私はあなたたちを祝福する、わが息子よ、そしてわが子らよ。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 さて、わが親愛なる子よ、そして親愛なる子らよ、私はあなたたちに一つの奥義を明かそう。わが愛する御母にして元后は、その「かかと」によってサタンを踏み砕く者である。「かかと」とは、わが愛する息子、黙示録に言及されているわが至聖なる御母と同じ印と傷を持つわが愛のリトル・ペブルである。「かかと」を通してサタンは踏み砕かれ、底なしの穴に投げ込まれるであろう。そして、あなたはこの穴を開ける鍵を持っているのだ。親愛なる息子よ、乙女マリアの力によってサタンを投げ落とせ。これは今明かされる奥義である。なぜなら、殉教者たちの血を通して何千年にも渡る諸聖人の祈りと犠牲を通して、あなたはこれらの聖寵を三位一体の神から、祝されし乙女マリアのとりなしによって得たのだから。そしてこの日において − わが至聖なる御母とその望なるロザリオの祝日において − その勝利は天のものとなるであろう。
 それはまたこの国、日本の改心のために非常に重要な日である。なぜなら、親愛なる子よ、あなたを通して……この国に改心はもたらされるからだ。そして、わが愛する日本を通して世界さえもが私の元に帰ってくるであろう。なぜなら、私は聖なる殉教者たちの殉教の地と、わが至聖なる御母の聖地において、人類の利益のため、この国に大いなる不思議を行なうであろうから。神の母、あなたたちの母にして私の母は、その「かかと」をこの国に据えた。この「かかと」とは、わが息子、聖にして母なる公教会の未来の代理者、愛のリトル・ペブル、地上におけるわが教会のための神的愛の天使である。そして、あなたたち、わが親愛なる息子たち、娘たちは、この偉大なる聖寵の証人なのだ。私はあなたたち皆をわが聖心と人類のために負うた聖なる傷から祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 祝されし御母もここにおられます。そして私は聖母の「かかと」を見ることができます。「かかと」には私がおっているのと同じ傷があります。− 輝く白い十字架があり、聖母は小さな石を握っておられます。聖母は私たちを祝福なさいます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。


【 上昇した体温 】

 1996年2月21日、私はオーストラリアの幻視者「聖ミカエルの騎士」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、何ヶ月かにわたって、私の体温は高くなっているように思われます。私はいつも汗をかいています。何がこのことを引き起こしているのでしょうか。あなたの従順な息子、『リトル・ペブル』」
聖母: 「子よ、この不快な時期は、あなたが今経験しつつあるあなたの受難のもう一つの部分です。あなたの持っている使命は非常に重要なために、あなたの受難は非常に困難なものです。あなたの心を煩わせないようにしなさい。すべてはあなたの愛する母、あなたの天の女王のためです。私はあなたを祝福します、我が愛する子よ。……あなたの愛する母マリア」

【 未来に向けての神の計画の理解 】

 以下は、1996年2月28日にすべての善意の霊魂たちに向けて私が送った手紙です。その中で私はイエズスとマリアに質問をしました。私は3月2日にお答えを受け取りました。そして私はそれらも以下に掲載します。(以下には初土曜日にイエズスから与えられた公のメッセージが含まれています)
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神の民へ
 親愛なる善き意思の霊魂、残れる教会の皆様、復活節にあたりご挨拶を申し上げます。
 ほとんどの方には隠してきたことですが、私は何年にもわたり、イエズスが体験されたゲッセマネの園の苦悩を味わっています。また、多くの霊魂が私と同じように、特に将来に関する神の計画と方法とを理解しようと努める同じ雲の下にあると信じてきました。今は詳しく述べるつもりはありませんが、私が神に、そして聖なる御母に尋ねた質問と、以下のページに述べられているイエズスからの公のメッセージとともに与えられた答えとをお読みになってください。そうすれば皆様の霊魂は自分自身から抜け出て、愛する御父である神への感謝のうちに上げられるので、皆様の霊魂は喜び、希望、堅忍によって満たされることを確信しています。
 皆様にとって聖なる復活祭でありますように。勇気を持ってください!

 皆様を祝福します。†  リトル・ペブル

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リトル・ペブルからイエズスとマリアヘの質問
1996年2月28日
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 私の神である愛するイエズスヘ、最愛の甘美なる御母へ。無であり、小さな白い岩である忠実な息子として、まず第一に嘆願いたします。
 御母よ、あなただけが読むことのできる私の心の奥深くから書いています。あなたは私の心をよくご存じです。私が命にもまして、そしてその他の何ものにもましてあなたを愛していることを、あなたはよく理解しておられます。しかし、私の心は悩んでいます。私の霊魂は苦しんでいます。なぜなら、神は神であり、あらゆることに対して最もよいことをご存じであると言うしかない多くのことがあるからです。よくご存じのように、私はこのことを知っており、否定しません。これらの感情は私のものだけではなく、あなたをとても愛している霊魂の感情でもあります。私はどのように神の御計画と御旨を理解すべきなのでしょうか。他の人はどのように理解すべきでしょうか。

(a) この時の終わりまでにごく短い時しかないと天は言います。しかし、為さ
れるべきことは多くあり、その実現の可能性は1パーセントです。それは
信仰や信念や信頼の欠如ではなく、全面的な理解が欠けているためです。な
ぜなら、ある意味では、時がないように見えるからであり、別の意味では私
たちには4年間ではなく50年が残されているように見えるからです。
(b) 現教皇がすべてを為すと天は言います。
 * 現教皇はご出現(複数)を認可
 * 現教皇は修道会(複数)を認可
 * 現教皇はロシアを奉献
 * 現教皇は教会内の邪悪なものすべてを公然と非難
 * 現教皇は司教を通して私を叙階
 * 現教皇は12使徒を宣言
   * 「仲介者」の教義を発表
   現教皇はさらに多くのことを為さるでしょう。しかし、大警告までにたった
4年しかないと私たちは思っています。4年のうちに世界が灰になるのなら、
これらのことを認可する意味は何なのでしょうか。何かが為され、あるいは
話されるかどうかについて、誰が本気にするでしょうか。御母よ、私はあな
たに反してこう言っているわけではありません。しかし、実際に、すべてが
知っている通りになったとしても、それが何なのでしょう。何でもありませ
ん! それはどのみち遅すぎるからです。ですから、現教皇がすべてを認可
し、その後に終わりが来ます。何が達成されるのでしょう。何もありません!
(c) それから修道会についてです。天は修道会が広まり、建てられることをお
望みです。しかし私たちには教会のどこからも何の援助もありません。しか
し、私たちは修道会を建設しなければなりません。共同体は地上における
唯一の力であるかのように天はおっしゃいます。しかし私たちには2人の
司祭とわずか400人の会員がいるにすぎません。キリスト信者の教会という
大海のなかではほんの一滴にもすぎません。教会に関しては、私たちは何者
でもありません。そして教皇様は共同体を擁護しておられると言われていま
すが、聖シャーベル修道会、マリアの汚れなき御心修道会の名は口にされた
ことがないので、誰もそのことを知らないのです。
(d) 私たちには4年が残されており、たとえ教会が2年のうちに修道会を認可
したとしてもそれが何になるでしょう。教会の大半は気にかけないでしょう。
援助が来たとしても世界が灰になっているなら、私達はその援助を必要とし
ないでしょう。
(e) 御母よ、全ての時代の教皇があなたの御指示に従っていたなら、この混乱
はなかったでしょう。ですから私たちは認可を得ます。誰が信じようとする
でしょう。それから、私たちは召命に従ってきており、これからも召命はあ
るでしょう。誰が彼らに教えるのでしょうか。司祭は2人だけです。カトリ
ック教会に残された8億の人々は? 世と教会が灰になろうという時に、共
同体について誰が教えようというのでしょう。
(f) たとえ4年間のうちに認可が与えられるとしても、誰があらゆる司祭と修
道者にメッセージについて話してくれるでしょうか。私でしょうか、ブレ神
父でしょうか、ブロサード神父でしょうか。誰が信じようとするでしょうか。
今現在、何も信じていない司教にたどりつくまでに、私たちにはどれほどの
時間があるのでしょうか。それは歯車を再創造するようなものです。
(g) 御母よ、教会の権威筋から一人の枢機卿の援助を得るであろうとあなたは
おっしゃいました。すべてが灰になるのは2000年のうちでいつなのでしょう
か。大警告後にすべてのことが変わり、世界が清められることはよく分かっ
ています。どのメッセージも私達が教会からの支援を受けると言うのはなぜ
なのですか。私が読み、私自身が受けたすべてのメッセージによれば、支援
は来ますが、支援のポイントは何なのでしょうか。なぜなら、戦争、教会の
分裂、地上の破壊が同時に来るのですから、認可のポイントは何なのでしょ
うか。御母よ、あなたは私が話していることを御存じです。なぜなら、これ
らの預言と教皇認可が1985年にあったなら、あなたが依頼なさったすべての
ことは達成されていたでしょう。そして神の人々は喜び、ミッションは百万
倍にも成長し、幻視者と使徒のうちに分裂はなかったでしょう。
(h) さて、私たちにあるものは、以下のものです。
 * 教会内の分裂
 * 幻視者に対する分裂
 * 使徒間の分裂
 * 弟子間の分裂
   * 教会間の分裂
 * 迷っている世界
このことから、私たちは何を手にしているでしょうか。強い信仰を持ち、希
望に生き、しかし疲れ果て、私たち皆がするように「主よ、主よ、あなたを
おいて、私たちはどこに行きましょう」と言う、あらゆることに幻滅してい
る善い霊魂の小さな群です。

 ですから、元后よ、これが私と、多くの者が立っているところなのです。それは、神が示された全てを受け入れず、あるいは愛さないということではなく、希望のない状況に思えます。なぜなら、いったん教会の支援という喜びを受けるとき、来るべき勝利について私たちが知らないならば、全ては空しく見えるからです。
 御母よ、私は理解しようと懸命に努めています。どうか私を助けて下さい。私はひどく憤慨し、疲れ果てています。フラストレーションがとてもたまっています。たとえ何と言われようとも、心の全てをもってあなたを愛しています。そして再度、あなたの「小さな無」として、「清らかな愛」の奴隷として、御母よ、あなたに私自身を捧げます。私の心を開くことを許してください。しかし心を開くことは私をひどく苦しませます。そして私にはある明快な回答が必要です。どうか私に回答を与えてくださらないでしょうか。
 苦しんでおられるあなたの息子、苦しんでおられるあなたの人々、私のようにとても傷ついている人々、そして私も、これらのことを明快に説明するあなたの声を聞く必要があります。私とあなたの子供達が希望を持ち、たとえ私たちに将来と聖なるニューエラがあり、楽しみにしている第2の来臨があったとしても、これらの特別な出来事には関係なく、私たちは今なお、時のうちに生きています。御母よ、たとえば、私的に教皇様に会うようにと天は7回私たちに依頼されました。謁見に成功したといっても、私たちは一度、教皇様と私的に話すことができただけです。その他の時は、あなたたちは私たちを遣わし、何も達成されません。これはブレ神父とその司祭たちにも起こっていることです。唯一の結果は従順であり、心は疲れ果て、希望はくじかれ、熱意は去ってしまいました。同じことがファチマで、他の黙想会で起こっています。しかしあなたは私達に信じるように、勇気と信仰と希望を持つように頼んでおられます。私達はそのようにしています。しかし時の終わりの主要な預言について何かが成就されるとの期待は全くありません。何も成就しないので、エネルギーは使い果たされ、霊感と喜びとは破壊されてしまいました。人々は一般に信仰を失いましたが、そのことを人々に責めるつもりはありません。ですから、これがあなたの友人、真にあなたを愛し、真に希望している友の状態なのです。もし教皇様が受け入れられたなら、少なくともある部分までは司祭に受け入れさせたでしょう。しかしそうはなりませんでした。
 御母よ、ブレ神父とブロサード神父には仲間があり、様々な都市に派遣されるでしょうと、あなたはおっしゃいました。なぜなのですか。なぜなら、権威筋が御出現と、司教の保護のもとの修道会の形成を受け入れるなら、両神父は修道会に留まるでしょう。そうではないのですか。とにかく御母よ、これが私の心に、そしてあなたの忠実な使徒、ブレ神父とブロサード神父、真にあなたを愛しているけれども当惑し混乱している多くの霊魂の心にあることです。
 私はあなたの忠実な、しかし困惑し苦しんでいる息子、教会を勝利に導く将来の代理者として留まります。

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ナウラの全出現聖堂でリトル・ペブルに与えられた幻視
− 1996年2月28日 −
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リトル・ペブル: 今日、ミサ後、聖母が来られました。明るいピンクのとても美しい装いで、頭上には明るい星がありました。星の内には十字架につけられたイエズスがいらっしゃいました。聖母はクリスタルのピンクの珠でできた美しいロザリオをもっておられました。聖母は微笑み、私を祝福し、聖母を最も喜ばせる「聖体の清らかなる息子」と私に呼びかけられました。聖母は、私が書いた全てのことを理解しているので、困惑しないようにとおっしゃいました。その後、聖母は血と水の涙を流して泣き始められました。その血と涙は聖母にあてた私の手紙の上に落ち、その涙から花が出てきてイエズスの聖心を形づくりました。多くの花々があります。百合、バラ、ライラック、デイジー、そして白と金の十字架もあります。聖母は微笑まれ、これは悲しみの涙ではなく慰めの涙であるとおっしゃいました。聖母は私の心をとてもよくご存じですし、この手紙が様々な神秘家と幻視者、特にソーンブッシュから受ける回答とともに印刷されることを望んでいるともおっしゃいました。

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全出現聖堂でリトル・ペブルに与えられたメッセージ
− 1996年3月1日 −
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リトル・ペブル: 今日、聖母は茨の冠をかぶり、ここに来られました。聖母は悲しそうに見えました。聖母は私に挨拶され、神である聖母の御子からのこの冠を担っているとおっしゃいました。それは、私とソーンブッッシュが担っている冠の一部だからです(私とソーンブッシュはあたかも一つです)。聖母は微笑まれ、私を祝福し、おっしゃいました。

聖母: 清らかなるホワイト・ロック、神の愛の天使よ、平和に留まりなさい。私はあなたの心を知っており、あなたの悲しみをよく理解しているからです。息子よ、あなたが神のことを理解していないことは分かっています。神は全てを知っておられ、為されたすべてのこと、神から要求されたすべてのことには理由があることをあなたたちは知っておくべきです。神がお求めになるあらゆることの背後にある最も重要な目的は、たとえ理解されないにしても、霊魂を救うことなのです。教会が認可するのは今か、過去にか、それとも将来かは問題ではありません。神の完全で聖なる御旨は成就されるからです。すべての目的は霊魂を救うことなのです。

リトル・ペブル: 世界がこの件に関して理解でき、霊魂が強められるように、イエズスは明日、私にお話しになると聖母はおっしゃいました。神も聖母も、私の心を、私がどれほど神と聖母を愛しているか、また私の従順をよくご存じなので、私の手紙に不快感を抱いてはおられないと聖母はおっしゃいました。天は、私が清らかな信仰、愛、あわれみの人なので、教会の光のかがり火として諸徳が私の霊魂のうちに輝いているので、私のことを「清らかなる真理の白き岩」「神の愛の天使」、そして「リトル・アブラハム」、最後の代理者と呼ばれるとおっしゃいました。(……原文一部分消えている……) その後、聖母は私に茨の冠を手渡し、私の手にその冠を置いておっしゃいました。これはあなたのものですと。その冠の上に、クリスタルの小さな白いバラが見えました。白、赤、茶色の十字架がある茨もありました。その後、聖母は3フィートほどある茶色の十字架を取り、それを私のうちに置き、恐れることはないとおっしゃいました。私は十字架を担うけれども、死ぬことはないからと。イエズスが園で試みられたように悪魔が私を試みていること、すべては理解できるようになるから心配しなくてよいことを私は思い起こすべきですと。

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1996年2月28日の質問に対して聖母の回答
− 1996年3月1日 −
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聖母: 尊い、真理の清らかな白い石、神の愛と信仰の天使よ、あなたをとても優しく愛している私の汚れなき御心から挨拶します。息子よ、心と霊魂を悩ませてはなりません。あなたの心深くにあるものを私はよく分かっています。そしてあなたと子どもたちの多くがこの苦悩の下で悩んでいることも知っています。
私の心の息子よ、あなたの中には決して消えることのない清らかな愛の炎があるので、何にもましてあなたが神と天の母を愛していることを私は知っています。あなたは、母そして元后である私と、私の浄配聖ヨゼフ以外には誰も達しなかった高度の聖性に定められています。ですから、これから私があなたに話すことを注意深く聞きなさい。これはあなただけへの啓発なのではなく、神の国に定められているすべての霊魂への啓発であるからです。
 人の子、イエズス、救い主、全ての心の支配者なる「神の輝く右手の息子」リトル・ペトロよ、あなたが今経験していることは、神である私の息子イエズスがゲッセマネの園で体験なさった試練なのです。イエズスは人としてご自分の死と働きとを空しいものと感じ、心と、霊魂と、精神の苦悶を苦しまれました。教会と権威はイエズスを拒みました。ですから、なぜ杯を飲み、十字架に釘づけられるまで苦しまねばならないのでしょうか。いとしい息子よ、あなたもこれと同じことを体験しているのです。そして多くの子供達もです。あなた達は人間的かつ論理的な方法で理解しようとしているのです。リトル・アブラハムよ、神の道は人の道とは異なり、神のご計画のうちには何も空しいものはなく、失われるものもありません。ただ人が神の愛とあわれみを拒むときに霊魂が損失するだけなのです。神にとって時は存在しません。全ての事は神のうちですでに起こっているからです。偉大なる信仰の甘美なる「受難の花」よ、人がすることは、神の計画を受け入れることだけで、神の計画に対して質問することではないのです。多くの時が過ぎ去るまで、あるいは次の生に入るまで、人は決してその答えを理解することはないのですから。
 霊魂の価値を思い起こしなさい。霊魂の価値は測ることができません。神は霊魂を救うためならどんなことでもなさるでしょう。まさにこのためにこそ、時は神の全能の御手のうちにあるのです。しかし、この偉大な神秘を人が理解することは、未だ神の御旨ではありません。
 永遠の真理の甘美なる岩よ、混乱せず迷わないようにしなさい。特に、これから多くのことが起こり、ほんの数年のうちに過ぎ去っていくからです。すべては文字通り成就するでしょう。神、聖人、天使、汚れなき御心があなたと他の霊魂に示したことはすべて成就するでしょう。キリストの代理者に関して私たちが話したすべてのこと、キリストの代理者がしなければならないすべてのことは、私が何度も操り返してきたように、行われるでしょう。甘美なる子よ、何も失われることはありません。たとえ、時が残り少ないにしても、神は霊魂を救い、神の聖なる御名に栄光を与えるために、そのことをお使いになります。時は神のものであって、人のものではないことを心に留めておきなさい。
 そうです、甘美なる息子よ、霊魂たちは混乱しています。多くの分裂があり、全てにもはや正当な理由がないように見えます。しかし、いとしい息子よ、神にとっては、これは永遠に至る時の中のほんの一瞬にすぎないのです。そして人に受け入れられねばならないことは、そうなるでしょう。神が永遠にあざけられることはないからです。息子よ、認可が遅れていることを気にかけることはありません。神は、ご自分の知恵のうちに、一瞬にして全てを変えることがおできになるのです。しかし、神は人を自由に任せることをお選びになります。時が遅れたとしても、神は勝利され、真理の道に従うために印を必要としている教会の残りの者たちを救うために、認可がもたらされるでしょう。
 将来の司祭、使徒、神である私の息子の地上の家の最後の教皇である愛する息子よ、勇気を出しなさい。あなたと、そして心に抱かれている子供達を弱めるために、あなたの霊魂を攻撃する誘惑する者を脇へ置きなさい。聖なる代理者、ヨハネ・パウロ2世はあなたの苦境を知り、よく理解しています。天の母の御心は決してあなたを、そしてあなたの世話の下にある群れを見捨てません。神によって定められた時が来れば、代理者は腹蔵なく意見を述べ、あなた、リトル・ロックと、そして真理を生き、教えているすべての者を擁護するでしょう。そして、殉教までに代理者が為さなければならない全てのことが為されるのです。
 清らかで尊い御聖体の息子よ、もう一度、あなたを黙示録の天使と呼びます。あなたの心と霊魂を私に、清らかな愛の無原罪の母に上げなさい。そうすれば、私たちの岩に与えられたものと同じくびきの下で苦しむ全ての人が私たちの岩に与えられるでしょう。平和に留まりなさい。信頼と信仰に固く踏み留まり、確信と堅忍をもって歩みなさい。天の母は、真理の兵士であるあなたたち一人ひとりを抱擁し、母の心に抱きしめます。
 尊い花よ、今、私の御心をあなたと、尊い子供たちに開きました。ですから、あなたたちは今、信頼と希望のうちに前進します。たとえ、あなたが神である私の息子、イエズスの受難を生きているとしてもです。あなたたちを愛しています。あなたたちの小さな心に接吻します。祈りなさい。堅忍しなさい。平和に留まりなさい。
あなたたちを祝福します。† あなたたちの生ける母、希望のマリア。

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ナウラの全出現聖堂、聖シャーベルの祈りの家で
リトル・ペブルに与えられたメッセージ − 1996年3月2日 −
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リトル・ペブル: しばらく前から白い十字架が現れていました。聖バラキエルが、いつものように3度、十字の印をしました。聖ミカエルは十字架の右に立っています。とても大きいです。聖ミカエルは剣を祭壇の中に置きました。白い十字架の背後に、とても大きな雲のように見えるものがあります。それは巨大な雷雨で、今にも轟きだしそうです。雷雨は空全体にゆっくりと広がっています。聖バラキエルの隣に聖サクラメッスグスが見えます。聖メノロウティスと聖センティミンタリウス、そして他のとても美しい天使が見えます。その天使は今日見たのですが、とても背が高いです。6つの翼を持ち、頭の回りに多くの星があって、その上に十字架があります。この天使が誰なのか分かりませんが、今日初めて見ました。とても大きな天使で、微笑み、聖メノロウティスと聖サクラメッスギュスの間に立っています。
 今、白い十字架が開いていきます。ベールの向こう、生命の他の面の彼方を見ているようです。戸口は今、開いています。2つのとても大きなドアがあり、その中に十字架があります。さて聖櫃に向かって下る光の階段が形成され始めました。とても美しい光がこの道から発しています。光は広がり、さらに美しい光を形成しているように見えます。白い十字架の上空に印が見えます。白い十字架から、戸口を通って、多くの天使が来るのが見えます。その天使たちはロープのような長いリボンを持ち、2列を組んでいます。天使たちは歌っています。
 白い十字架を通って、純金製の美しい馬車が来るのが見えます。主イエズスは馬車に立ち、天使たちが馬車を引っ張っています。美しい翼を持つ、純白の美しい白馬もいます。白馬は馬車の前にいて、主を私たちの方へお連れするように見えます。イエズスの後ろに、さらに多くの多くの天使、とても美しい天使が見えます。この大半の天使が4つの翼を持っています。どの階級なのか分かりませんが、天使たちはとても美しい。どの天使も頭上に茨の冠が浮いています。茨の冠はそれぞれ異なる色をしており、あるものは赤あるものは茶色、白、金、緑です。主は今、近づかれ、白馬は飛び去ります。白馬は、主が立っておられたコーチ(大型4輪馬車)から離れたように見えます。コーチはとても美しい色、リボン、花で飾られています。さらに多くの天使が白い十字架から出てきて、主のコーチを取り囲むように何列もの列を組み、主が滑り降りてこられるのに備えて半円形を形成しています。主に礼をするように、天使たちは体をかがめています。翼を交差させ、他の天使の翼に自分の翼を重ねて、主がその上を歩けるように道を形成しています。とても美しい。
 イエズスはとても堂々としておられます。3つの先端のある冠をかぶり、どの先端にも十字架があります。先端の間には百合の花、フランスの君主の象徴があります。イエズスは微笑んでおられます。とても美しいです。たった今気付いたのですが、主が頭を下げられたところ、その冠の中に茨の冠があり、私のものととてもよく似た、この茨の冠の茨の上に小さな白いバラがあります。イエズスは微笑まれ、うなずいておられます。イエズスは天使の翼の上を歩んでおられます。天使の翼は綿毛で覆われているように見えます。聖ミカエルの翼に触ったときと同じ感触です。小さなアヒルの綿毛のようです。とても美しい。
 主は今聖櫃の方に来られ、先ほど記述した、この美しい天使の額には名前が書かれています。その名前は数週間前に主が私の額に書いたものと同じです。その名はギリシャ語で書かれており、その天使はキリストの代理者の天使であると主はおっしゃいます。私が代理者になる時、その天使は私の天使となります。イエズスは今、天使の翼から聖堂内のここの聖櫃の上へと歩まれます。主の御頭は御像の連なりの最後尾、それよりも若干高いところにあります。ご覧になっておられます。イエズス様の青い御目の奥深くまで見ることができます。イエズスの御目は海のように、いや海というよりも空のように青く、とても美しい。とても美しいです。主は腕を広げられます。実に美しい。御傷のとても深いところまで見えます。足の御傷もです。しかし白い光が聖櫃の上に立っており、それは綿毛の星のようです。主の両足の間、御足の回り一帯に小さなバラが成長しています。主の足の回りの小さなバラの格子のようです。とても美しい。様々な色のバラ、とても小さなバラがあります。
 主の右手に突然、ロザリオが現れました。赤い珠のロザリオです。微笑まれ、おっしゃいます。「貴き御血のロザリオである」と。そのロザリオはとても美しいです。珠は単に何等かの物質でできているというのではなく、血そのもののように見えます。説明するのはとても困難です。しかし、どのように説明したらよいのか分かりませんが、実際に血の珠のようなのです。
主の右手から御血が珠の中に入っていくのが見えます。主は今、この珠を聖なる天使に手渡されます。その天使はひざまずき、このすべての珠に優しく接吻します。すべての天使がひざまずきます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

主: 愛する息子、受難の花、真理の岩、リトル・ペトロよ、あなたに挨拶する。リトル・バルロメオ、忠実な使徒よ、あなたに挨拶する。ここにいる全ての甘美なる弟子、クイーン、来たるべき新しい世代の未来のクイーン、愛するプリンセス、バロネスたちに挨拶する。恵みの霊魂、ここ私の前に集まった、そして世界中にいる全てのいとしい子供たちに挨拶する。
 今日私はとりわけ愛する息子、甘美なる「神的愛の天使」と天が彼を呼ぶ未来の教皇のために来た。過去何日かの間、至聖なる御母は、あなたと世界中の甘美なる子らの多くの心を悩ませてきた幾つもの重要な問題についてあなたを指導してきた。愛する息子よ。私はあなたの心の内にある苦悶をよく理解している、愛する息子よ、神の御旨と完全性を理解することがいかに難しいことであるか私はよく知っている。人間は、神がどのようにして多くの教えを世にもたらしているのかを理解しようとしているが、なお彼らの神を理解してはいない。愛する息子よ、そして愛する子らよ。あなたがたは人間である。あなたがたが「ベール」の向こうに来た時に初めて、神をそのありのままの姿と叡智において完全に理解するようになるだろう。
 至聖なる御母があなたに説明したように − そしてこの説明をあなたは全ての子らと共有するであろう、彼らを慰めるために − 神は全てを越えており、神の道は全く人の道とは違う。神にとって時間は存在しないのだ、甘美なる子らよ、それゆえ預言的な言葉が与えられた時、神において時間というものは存在しない − 千年は一日でありうるし、一日は千年でありうる。私はたとえ話しであなたがたに話しているのではない、甘美なる子らよ、むしろ神にとって重要な全ては霊魂の救いなのだということを理解するのを助けるために話すのである。それゆえ神が啓示する全ては、それが過去においてのものであれ、現在においてであれ、未来においてであれ、霊魂の救いのために益となるように霊魂を教化するためのものである。
 神の計画は完全である、甘美なる子らよ、あなたがたはしかるべき時が来るまではそれを理解しないだろう。それゆえ神の現存の前で常に従順であり続けなさい。そして、理解できないし、できないであろうことは単純に受け入れなさい。なぜなら、神は論理的ではないからだ、甘美なる子らよ。いかなる法も神を拘束しない。法は人間のために作られたものである。存在する全ての法は、それが感覚を統治するものであれ、心を統治するものであれ、生活を統治するものであれ、聖性を統治するものであれ、世界あるいは宇宙、あるいは霊的世界を統治するものであれ、これら全ての法は人間の利益のためのものである!
 甘美なる子らよ、人間としてこれらのことは理解することが困難であるということを私は知っている。それはまた、使徒たち、弟子たちにとっても困難であったのだ、私が人類のために十字架に釘付けにされようとして前進していたときに。甘美なる子らよ、磔刑は、私が地上を歩いていた間に説いたこと全てに対する全面的な矛盾であった。そして、使徒たち、弟子たち、子らにとって全ては闇に見えた。しかし、私が死者の中から復活し、わが霊が皆の上に下った時、全ては明らかになった。そして、子らは喜び、神の完全な御旨と御計画を理解するために照らされたのである。それゆえ、甘美なる子らよ、愛する息子よ、心を煩わせるな。時とともに理解するだろう、わが愛とわが子らへの無限のあわれみによって、私と御母が人類に告げてきた全てのことは成し遂げられるであろう。わが復活が、御父の御計画を成就したのとちょうど同じように。
 私たちが天から与えた全ての指示は神的な目的をもっている、甘美なる子らよ。あなたがたがなすべきことはその目的を理解することではなく、信仰を持ち、それを受け入れることである。そして、あなたがたが信頼の道を歩み続ける限り、信じ堅忍し続けるために必要な全ての力を受け取るだろう。そして御父はあなたがたの心を照らすために私たちの霊をあなたがたに下すであろう。全てのことはその適切な時と場所とを持っているのだ、愛する子らよ。たとえ全てが失われたように見えようとも、まさしくその瞬間において、全ては勝ち取られ見出されるからだ!
 御母と私は群れを決して見捨てない。私たちはあなたを決して見捨てない。愛する息子よ、御母が告げたように、あなたは予定されており、私が王国の健を与えたのはあなたであるからだ、ちょうど聖ペトロに対してそうしたように。私はあなたに私とともに飲む杯を与える。あなたは既に、このことを知っている、愛する息子よ。あなたはそれを最後の一滴まで飲みほさなければならない。あなたは堅忍するだろう。私はわが言葉を与えたからである。私はあなたのうちに生きているのだから。愛する息子よ、時が来れば、世はそのことを知るだろう。あなたはわが群れを闇から光へと導くからである。それゆえ、平安でありなさい。
 人生の答えを求めている全ての子らへ向けて言う。私によく聞き従いなさい。もう何年もの間、私は世界中で説教してきた。真福八端を生きなさい、甘美なる子らよ。聖徳のうちに生きなさい。この地上の報いを求めず、楽園と御父の栄光を求めて。私は愛の父ではないのか? 私はあなたがたに私自身を与えなかったか? 私はあなたがたを忘れたことがあったか? 全ての瞬間を、それが最期であるかのように生きなさい。これらの言葉をよく考えなさい、愛する子らよ。それらは何を真に意味するのか? 人生を完全に生きるとはどういうことか? もし私があなたがたの霊魂を迎えに来るとしたら、私と共に楽園に来るだろうか? あなたがたはそこに答えを持っている、愛する子らよ。
 私は皆に場所を用意している。私は皆のために死んだのだから! わが王国には場所がある。御父によって創造されたあなたがた各人のための栄光に満ちた場所が。そして、私は約束した。わが言葉に忠実であり続けるならば、全てはあなたがたに与えられるであろう。私はあなたがたを完徳の生活へと呼んだ。私はこう言わなかったか、「天の御父が完全であるように、完全な者であれ」と? 確かにあなたがたは罪人であるが、しかしそれでも、完全になるように呼ばれているのだ。それゆえ毎日、天にまします御父へ栄光をもたらすように、生活を完全に生きなさい。善き業のうちに霊魂を聖化しなさい。私は今あなたがたを共同体の生活へと呼んだ。それはなぜか、あなたがたは考えてみたか、甘美なる子らよ? 私はあなたがたの肉体を救うために、あなたがたを呼んだのか? 私はあなたがたが世から逃避するために、この世から呼び出したのか? 違う、甘美なる子らよ! 私はあなたがたの霊魂を聖化するために、他の霊魂たちを教化するために、そして彼らが私のもとに来るようになるために、そして堅忍し、わが言葉に忠実であり続ける子らのために用意されている来たるべき聖なるニューエラ(新しい時代)の王国へ向けてあなたがたを準備するために、この生活へ − 共同体の生活へ呼んだのだ。
 今共同体で生活している霊魂は、あまりにも数少ないと感じるかもしれない。それはその通りである。しかし甘美なる子らよ、あなたがたは理解することも悟ることもできないかもしれないが、時が来れば共同体生活は教会全体と全地上を包み込むであろう。聖なるニューエラにおいてはそのようになり、その完全さにおいてもそうなる。将来について思い煩ってはならない。神の怒りについて思い煩ってはならない。「時の終わり」や預言されている全てのことについて思い煩ってはならない。なぜなら、このことは必ず来ることだからだ。わが御言葉は文字通り成就されなければならない。もしそうでないとしたら、わが言葉は神の言葉ではないことになる。私は救いを約束した。私は希望と喜びと平和を約束した。それゆえ、わが言葉を聞きなさい。甘美なる息子たち、娘たちよ、時々全て希望がないようにあなたがたが感じるということを私は知っている。けれども私は言う。勇気を失ってはならない。命があるところには常に希望もある。人間的な言葉で言えば、「時の終わり」がやってきたということを考えるということさえも、人間にとって全てはばかげたことであるように見えるだろう。それでも神は人間が神に従うことを求められるのであり、人間が何度も世界を建て直すことを求められるのである。わが御母、わが潔き御母は、このことを小さき息子「小さき岩」によく説明した。そしてあなたがたはまもなくそのことについて知るだろう!
 罪人の救いに関することで無駄なものは何もないのだ、甘美なる子らよ。全ては神的な時計のうちにその時を持っており、それは天の御父だけが御存じである。それゆえ、信頼と希望のうちに心を挙げなさい。落胆してはならない。私、神の子でさえもゲッセマネの園で大いなる試煉を通過しなければならなかったのだ。その理由は、甘美なる子らよ、あなたがたに道を示すため、そして、あなたがたに人間の弱さを示すためであった。常に希望はある。天におられるわが御父によって誰も希望を失うことはできない。ただあなたがた自身が失望の誘惑に屈してしまわないかぎり。そしてなお、わが御父は御手をあなたがたに差し伸べられる。だから思い煩うな、私が約束した全てのことは成就する。
 ここにいる、世界中にいる全ての子らは喜ぶであろう。私の復活に使徒たちが喜んだように。あなたがた全てに「復活」がある − 世の終わりにではなく、非常に近いうちに真理が全ての心に知られる時に。あなたがたは喜ぶであろう。そして、喜びは再臨まで共に残るであろう。このことを私は厳かに約束する。それゆえいま十字架を取りなさい、甘美なる子らよ。私に従いなさい。神秘体 − 教会 − のために私が与えているこの十字架によって多くの霊魂が救われるであろう。
 あなたに言う、大切な「岩」よ。あなたは今非常に深遠な仕方でわが受難を生きている。そして、短いうちにこれは深まるであろう。私があなたを遣わしたのだということを皆が信じるようになるために。御父が私を遣わされたように、私はあなたを、そして、あなたのような人々を世界中に遣わす。散らされた羊たちを集めるために。多くの印が人間に与えられるであろう。そして「正義の太陽」とは誰かを知るようになるだろう。御母と私は、このことについて、神秘的なバラ「ソーンブッシュ」にも話すであろう。いったんこの指示が与えられたら、あなたはそれをあなたに啓示された全てと共に公表しなければならない、愛する息子よ。私は後に、至聖なる御母を通して、なされるべきことについてあなたに指導するだろう。ここ数日間に与えられた全ての言葉は、残りの教会、カルワリオを経験しなければならない教会のわが子らを強めるであろう。あなたがたは皆わが愛のいけにえである!

リトル・ペブル: 今、珠を持っておられた天使がカリスを受け取り、カリスの中にも珠を置かれました。今、主の脇腹に − 主の右脇に − 御胸の傷を見ることができます。それはとても大きいです。主は美しい白の服を御召しです。今、血痕が主の脇腹から服へと現れてきました。今、天使はカリスを主の脇腹の下に置き、御血はカリスの中に滴っています。それは主の脇腹から出て非常に明るく輝いています。そして、私の中にある聖なる物は非常に明るく輝き始めました。それはまるで私の中に竜巻が起こっているかのようです。私はその意味を知りません。今、聖なる物は私の中から出て主の中に入りました。そして尊き御血が聖なる物を、これらの珠の形に包みました。今、聖なる物は私の中に戻ってきました。私はよく分かりません。主はただ微笑んでおられます。そして今、御血はカリスの中に滴るのを止めました。イエズスは今カリスを取られ、御血をご覧になり、カリスの上に祈られ、天を見上げられます。
 聖母が雲を通って、そして白い十字架を通って非常に素早く来られるのが見えます。聖母は美しい白の御召し物で赤いマンティラをつけておられます。聖母は今入って来られ、主の足下にひざまずかれます。祭壇の上、天使の隣です。聖母はイエズスを見上げられ、イエズスの足下まで頭を下げられ、御足にとても優しく接吻なさいます。そして再び主を見上げられます。今、横から汚れなき御心を見ることができます。主のいとも麗しき聖心も見ることができます。イエズスはとても優しく御母をご覧になっています。主は聖母にカリスを渡されました。聖母は何滴か血の涙を流され、これらもカリスの中に入りました。聖母は既に立っておられる主と共にお立ちになり、お二人は私の方へ滑るように近づいて来られます − とても近くに − お二人は私にカリスを示されました。カリスの中に私は − 金の文字で尊き御血の上に浮いている − 「リトル・ペトロ」の名前の文字を見ることができます。イエズスとマリアは私に、この杯を受けるかどうかお尋ねになりました。「はい、愛するイエズス様、マリア様、お望みのままに」 イエズスとアリアは微笑まれました。

主: このカリスによりて愛する息子よ、多くの心が神の完全な御旨を理解するために開かれるであろう。このことに関しては、まもなくあなたが治めることになる私たちの群れの利益のために、あなたに多くのことが啓示されるであろう。

リトル・ペブル: イエズスとマリアはマンティラあるいはケープを私の上に置かれ、私は全くお二人の中に引き入れられてしまったように感じます。イエズスとマリアの上に漂っておられる鳩のお姿の聖霊と永遠の御父をも見ることができます。私たちの間に巨大な十字架が − 茶色の十字架が − 成長しつつあるのが見えます。茶色の十字架の中に白い十字架が見えます。永遠の御父はこの十字架を持ち上げられました。今、永遠の御父と聖霊は行ってしまわれました。イエズスとマリアは元の場所に戻られました。

主: 今、私たちはあなたを祝福する、愛する息子、私たちの汚れなき聖心にとりて大切な者よ。父と子と聖霊との御名によりて。そして世界中にいるわが子らの全てに、全ての恵みの仲介者である至聖なる御母を通して、私は三位一体の神からの強力な祝福を贈る。父と子と聖霊との御名によりて。
 聖なるロザリオを祈ることを覚えておきなさい、愛する子らよ。そしてなおいっそう、この四旬節の時の間に秘蹟を受けることを覚えておきなさい。わが受難について、そしてあらゆることにおいて私と一致していたし、今も一致している聖母の受難についてしばしば黙想しなさい。御母と私は、わが御父において、そして聖霊において一つだからである。私たちは彼女の中に住む、彼女が私たちの中に住まうように。それゆえ愛する子らよ、あなたがたの弱さについて、どのようにして自分を完全な者とし神の真理の道に従うことができるかについて黙想し、よく考えなさい。あなたがたは私に従うように呼ばれている。皆、成聖に呼ばれている。成聖は、甘美なる子らよ、誰の手にも届かないものではない。地上のあらゆる男女、子供は、成聖に到達することができるのだ。お互いのために祈りなさい。互いに仕え合いなさい。わが言葉に忠実でありなさい。代理者ヨハネ・パウロ二世のために祈りなさい。彼もまた私の受難を担っている。「リトル・ペトロ」のために、そしてわが名を証しするように呼ばれている全ての者のために祈りなさい。彼らの多くがあなたがたのためにわが受難を苦しんでいる。聖にして母なる公教会のために祈りなさい。御父と私が霊において一つであるように、教会が私において一つであるように。
 今宵、私はまだ神の怒りについて話していない。むしろ神のあわれみについて話した。それゆえあわれみを求めなさい。赦しを求めなさい。救いの時は今である。今がその時である。懲罰は速やかに訪れるだろう。甘美なる子らよ。祈り、堅忍しなさい。私はあなたがたを愛している、愛する子らよ、私はあなたがたに至聖なる聖心を差し出す。この聖心を避難所としなさい。私はあなたがたを見棄てない。平安であり続けなさい。私があなたがたを愛しているということを知りなさい。
 御母がこれから小さき息子に個人的に話す。私は私を待っている他の子らの所へ行く。あなたがたをわが受難のうちに抱擁する。愛する子らよ、皆を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。平安があるように。

リトル・ペブル: 今イエズスは聖母の方を向かれ、聖母の汚れなき御心に接吻なさいました。そして今、ゆっくりと空の白い十字架の方へと動いて行かれます。主を乗せていた乗り物は行ってしまったからです。今イエズスは手を振ります。手を振られるのをこれまで見たことがありません。イエズスは微笑まれます。たった今、私は主が冠を聖櫃に残して行かれたことに気づきました。これまで気づきませんでした。茨の冠も中にあります。イエズスは白い十字架を通って行ってしまわれました。聖母は今、更に近づいて来られ、聖櫃の上にお立ちになりました。聖母は皆にしばらく祈りを続けるようにおっしゃいました。聖母は微笑んでおられます。先ほどと同じく聖櫃の上に立っておられます。そこには茨と共に冠があります − 主の冠と共に。聖母は周囲をご覧になりました。聖母は私に幾つかの指示をお与えになりました。聖母は今美しいロザリオを取り出されました。それは以前に見た尊き御血のロザリオにとてもよく似ています。そして十字架像に接吻なさいました。

聖母: 父と子と聖霊との御名によりて。大切な息子、汚れなき御心の真理の「永遠の岩」、ここに私の前に集まった、そして世界中にいる全ての甘美なる子供たちよ。私は今宵、わが神なる息子の御言葉に付け加えるつもりはありません。私は、イエズスがお話しになった主題について多くのことを既に話したからです。小さき「白き岩」は、彼の心の内にある全てを、全ての子らに説明するでしょう。私が天の母として心の内に持っていることを、来たるべきこと、各々の霊魂に期待されていることについて、世界中の子らがよく理解することができるようにです。
 甘美なる子らよ、多くの者が幻滅し、堅忍することは難しいと考えていることを知っています。それは、あなたがたが今は人間には理解できないことを理解しようとしているためです。それは今ではなく、来たるべき時に理解されるでしょう。今のところは信仰のうちに歩むように求めます。ちょうど「リトル・ペトロ」、「愛のリトル・ペブル」がそのように歩む模範を示しているように。
 私たちが「リトル・ペトロ」をニューエラの「リトル・アブラハム」と呼ぶのは偶然ではありません。アブラハムは信仰の子でした。「リトル・ペトロ」も同様です。あなたがたは彼の模範に従わなければなりません。彼に委ねられたミッションが堅忍し、正義の道を前進して来たのは、この小さき霊魂の大いなる信仰によってなのです。彼は、わが神なる息子イエズスを除いては、どのような人よりも迫害されていますが、勝利するでしょう。なぜでしょうか? なぜなら、彼は真理のために「終末の時」のための戦士として立ち上がるからです。真理のために立ち上がる全ての子らは、汚れなき御心によって勝利するでしょう。
 日々を数えてはなりません、甘美なる子らよ。神なる息子が仰せられたように、神にとって時間は存在しないからです。しかし、神は印を与えられます。神はあなたがたが歩まねばならない道を与えられます。あなたがたは心の中で何が正しいことかを知っています。世のために真理を否定してはなりません。あるいは友人のため、体面を保つために真理を否定してはなりません。そうではなく、堅忍しなさい。私が「小さき岩」に約束したこと、私が皆に約束したこと、神なる息子が世界中で啓示してこられた全てのことは、神によって定められたしかるべき時に成就されるでしょう。なすべきことを知るためには十分な時間と十分な印があるでしょう。勝利はあなたがたのものとなるでしょう。喜びは霊魂に満ち溢れるでしょう。
 愛する息子たち、娘たちよ、うなだれていてはなりません。あなたがたには喜ぶべき数多くのことがあります。喜びなさい。神はあなたがたを真理を証しさせるためにお呼びになったのです。あなたがたは、わが神なる息子が地上を歩いたときを過ごした霊魂たちのように、数少ない者たちの間に数えられているのだということを喜びなさい。使徒たち、弟子たち、神の子らは試練を経験しなければなりませんでした、ちょうどあなたがたが今そうであるように。けれども彼らにとってそれは短い間でした。あなたがたにとって、それはずっと長くなっています。なぜだと思いますか、愛する子供たち。それは、あなたがたへの報いがずっと大きいからです。あなたがたは「終末の時」の真理の戦士だからです。神があなたがたをこの時代に生きるように選ばれたのです。あなたがたは諸天において星のように光り輝かなければならないからです。そして、地に漂う地獄の悪臭によって地を覆っている闇を、あなたがたの霊魂の輝きによって追い払わなければならないからです。
 ですから喜びなさい。あなたがたは何百万もの霊魂の中から選ばれたからです。これらの聖寵を脇へ投げやってはなりません。十字架を取り、最後までわが神なる息子イエズスに従いなさい − イエズスのために命を捧げるまで。祈りのうちに目覚めていなさい。言い訳をせずに祈りなさい。犠牲を捧げ、償いをしなさい。真理の戦士となりなさい。今、この地上にある各々の霊魂は、過去の世代の聖人たちに似た者となるように呼ばれています。数多くの聖人が地上に遣わされて来たのはこのためです。彼らの精神があなたがたの霊魂に留まり、永遠なる御方、神に栄光を帰し、多くの霊魂たちが救われるために、彼らのような者となるためです。
 時は短いのです、愛する子らよ。これは本当のことです。私が時が短いと言うとき、そこには何も不可解なことはありません。あなたがたの多くは、愛する者たちにあなたがたがやっていることが真に神からのものであるということを納得させることができるように印を待っています。この印はもたらされるでしょう。けれども、むしろ真理の印を生きなさい。神があなたがたに対して忍耐強くあられるように、忍耐強くありなさい。時は神に委ねなさい。神の御旨に従って、非常に短い時間のうちに全ては成就されるからです。
 それゆえ、生活において、三位一体の神の御計画について欲求不満を起こすことにエネルギーを浪費してはなりません。そうではなく成聖のため、愛する人々の成聖のために働きなさい。あなたがた自身が望んでいるように、彼ら皆が神の御国を受け継ぐことができるように。懸命に働きなさい。全てを犠牲にしなさい。神が期待なさること全てが成就されるように。浪費する時間はありません、甘美なる子らよ。怠けていてはなりません。神の栄光と罪人の救いのために懸命に働きなさい。
 今日この夕べ、あなたがたを三位一体の神からの多くの聖寵によって、汚れなき御心を通して祝福します。第一に堅忍するように、第二に神が与えられることに満足し、それを感謝するように。第三に生活が平和であるように − 自分自身について平和であり、兄弟姉妹とも平和であるように − 天にまします御父にして私の御父に栄光を帰するために、生きなければならない諸徳によって皆が実を結ぶように。皆を祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。平安がありますように。

リトル・ペブル: 聖母は今「リトル・バルトロメオ」の方をご覧になり、うなずかれました。聖母は今、神父様に私たちのために祝福をすることをお望みです。

ブロサード神父:全能の神、父と子と聖霊が汝らを祝福し給わんことを。アーメン。

リトル・ペブル: 聖母は今この美しい冠を天使からお取りになり、それを私にくださいました。それはまた中に茨の冠があります。これは「リトル・ペトロ」の冠であると、最後の教皇の冠であると説明なさいました。この冠の中には、24の王国のための24の鍵があると説明なさいました。

聖母: あなたを祝福します、愛する息子、未来の教皇よ。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 聖母は白い十字架へと向けてゆっくりと後退して行かれます。そしてここにいる天使たちと共に、もう一度私たちを祝福なさいます。

聖母: 父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 聖母は先ほど、聖堂にあるバラについて説明なさいました。それはイエズスと聖母によって祝福されており、尊き御血の滴がこれらのバラの中に流れ込みました。そのバラは、性的に虐待された女性や子供のためのものです。このバラの花びらによって、これらの女性や女の子たちは癒されると聖母はおっしゃいました。それは非常に特別な聖母からの贈り物です。聖母は今なお十字架に向けて移動しておられます。微笑んでおられます。たくさん投げキスをなさいます。それはとても美しい。投げキスをなさると、小さなキスは小さな赤いハートに変わり、私たちに向けて鼓動し続けます。聖母は祈りを続けるようにおっしゃいました。

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1996年2月28日、ソーンブッシュを通して、
リトル・ペブルからのイエズスとマリアヘの質問に対する御返答
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ソーンブッシュ: 主はミサの間ずっとここにおられました。祭壇に立っておられました。私は主を通して聖体が見えました。私はすべての御傷を、これまでにもましてもっと深く内的に感じることができました。とりわけ茨の冠を。私は絶えずこれを捧げました。私はやって来た「リトル・ペブル」が苦しんでいるのを見ました。聖母は「われらが聖母、平和の元后」として御出現になりました。私は印を求め、それは与えられました。聖母の御頭の上には12の星がありました。御頭のベールには12の金のバラがついていました。それらは、きらきらと輝いています。聖母は木の数珠でできた15連のロザリオを持っておられます。聖霊が汚れなき御心から気高い白い鳩のお姿で飛び出して来られました。そして直ちに燃える炎の白い「球」へと変容され、聖なるミサを捧げておられるブレ神父様の頭上に留まられました。聖母は常にひざまずいて、主に向かってとても深く平伏しておられました。お二人の聖心は光で満たされ、お二人はこの光によって繋がっていました。
 ミサの終わりの最後の祝福の時、聖三位一体がブレ神父様を通して私たちを祝福なさいました。聖母がその直後に私たちを祝福なさいました。私は、聖体拝領で主を受けて後、感謝の祈りを祈りました。それからお二人は近づいて来られ、バラの花瓶のすぐ上にお立ちになりました。主はおっしゃいました。

主: わが至聖なる御母マリアの汚れなき御心を通して、私はあなたに挨拶する。真理を知ることを求めるわが「白き岩」よ。私は全ての子らに挨拶する。
 私が話したように、過去や現在の出来事、とりわけ未来に起こるべき出来事に関する数多くの質問をするために、あなたが率先して行動を起こしたことに私たちは喜んでいる。私は全ての被造物の心をよく知っている、小さき息子よ。よく聞きなさい! あなたの嘆願は私たちの分かたれない一致した聖心に届いたからである。
 これら全ての質問には速やかに回答が与えられるだろう。子供たちよ、私の限りなきあわれみを通して説明しよう。あなたがたは黙示録の時代が今であることを本当に自覚する必要がある。あなたがたは「時の終わり」の真ん中、中心と呼ばれる時に住んでいるのだ。子供たちはこの時期、非常に注意深くあらねばならない。というのは預言がまだ起こっていないので、サタンが未来に絶望するよう誘惑している時だからである。子供たちよ、この誘惑から固く身を護らねばならない。それは多くの人々に、とことんやり抜こうとする意欲を持てなくなるように勇気をくじき、神を恨むに至らせるからである。
 旧約の時代、天の御父がモーゼを遣わして、選ばれた人々をエジプト人から自由の身にさせようとされたことを思い起こしなさい。エジプト人は彼らをファラオの奴隷、単なる動物、何の助けにもならぬ無価値なものとしてしまったのだ。「白き岩」よ、あなたは再び同じことを目撃している。ただ、今回、わが民はサタンに支配されている世の精神の奴隷となっているのだ。ちょうどイスラエルの人々が絶え間なく不平を申し立てていたように、今の世代も同じようにしており、恩知らずになっている。しかし、私たちの限りなき愛、慈しみ、あわれみはこの世代を顧みている。けれど正義もまた存在する。われわれはこの弱き世代を見棄てたのではない。それはまったく反対である。この世代の大部分が神を見棄てたのだ。彼らは、この世は自らの必要と欲望を満足させるものと思っているが、小さきさ迷える子らは、この世は過ぎ去り、消えていく一時の蜃気楼にしかすぎないことを精神と心に留めておかなければならない。わが肉身と霊魂はこの世代のためにいかに苦しんできたことであろうか。にもかかわらず、彼らはこの世代と全世代を救うよう天の御父が思し召された無限の神的あわれみの出来事を忘れてしまった。
 小さき「白い岩」、未来の代理者よ、子供たちはもう十分に苦しんできたと思っているが、それは神の善性に対して犯されてきた多くの罪を償うために被る未来の苦難とは比べるべくもない。モーゼが選ばれた民イスラエル人をエジプトから導いた時、多くの障害があったが、忍耐と真の信仰をもって、それぞれの障害は克服された。彼らは自由になった。モーゼは「約束の地」と呼ばれる所に長い旅を経て人々を導いて行った。けれども、多くの人が不平を言い、彼らの間だけでなくモーゼに対しても意地悪くなっていった。それゆえ多くの者が約束の地に入ることを許されず、非常に多くの人々がその前に死んだ。数え切れない試みと困難を通して、選ばれた民は許された全てを望んだ多くのものを受け取ったのだ。
 非常に重要であり重大な誤りはこうである。すなわち、選ばれた民は、選ばれたがゆえに何の努力も困難もなく、自らの霊魂の聖化も必要とせずに「約束の地」を与えられるものと信じたのだ。そうではない。この世代の選ばれた者もそうではないのと同じように。聖なる代理者ヨハネ・パウロ2世は、この世代をわが再臨、約束の地である聖なるニューエラに向けて導いており、彼の後には「ペトロ2世」未来の代理者となる。私は約束する、小さき息子よ、この旅は容易なものではない。召された者すべては聖人となるよう召されたのだから、彼らの生活に私たちの聖徳を適用することによって、自らの霊魂を聖化しなければならない。
 多くの預言がまだやって来ていないが、それは子供たちが時を誤って解釈したからである。天の御父は預言についての時が説明されることは望んでおられない。小さき息子、小さき「白い岩」、小さき「アブラハム」よ、勇気を持ちなさい。全ての預言はモーゼとアブラハムに起こったようにやって来る。しかし、モーゼと違ってあなたは選ばれた群れと共に新しい聖なる時代に入らなければならない。選ばれた「白き岩」よ、それは真の信仰を問われることである。私が戻って来る時、私は真の信仰をどのくらい見出せるだろうか?
 しかし、信仰の欠如、理解の全面的な欠如がなかったなら、教会はこれほど病んでしまうことはなかっただろう。真の信仰は人間的理解と論理的理解を常に支配するからだ。わが子よ、大警告や全ての困難、やって来る天罰について心配することはない。与えられた時間の中でそれを知るだろう。小さき子供たちが前もって日付を知ること、いかにして、どこで、いつ、なぜと問うことは道理に合わない。小さき子供達にとって今は、聖母の聖なる真理の「武器」を大いなる愛と信心をもって祈る時である。今は、自らの霊魂を聖化し、小さな十字架を受け入れ、徳ある者となる時である。今は天の選んだ全ての共同体が、私の至聖なる御母のマンティラの下に形作られる時である。
 子らは忍耐し、未来の出来事に備えることができるように、旧約で起こった事を省みるべきである。霊魂の救いと神の光栄のために全てが成就した時、全て与えられた事は無駄ではなかったと知るであろう。小さき岩よ、神の計画は誤りなく完全であり、各事件の時は神の全能の御旨によるものと覚えておきなさい。行為によって人間を動かすのは、人間の自由意志である事に気づいておく必要がある。各行為はそれに続く次の行為に向けて結果を生みだすからである。そうしてドミノ効果が生じる。これは肯定的にしろ否定的にしろ全ての行動に起こる。これが決心を軽々しくすべきでない理由だ。これは一つの神秘である。「小さき岩」よ、私達が語ってきたように、真の教会権威から助けが来るであろう。真の忍耐を固めておきなさい。
 御母の御出現地や代理者ヨハネ・パウロ2世が非常に強く信じている啓示に関して分裂が起きるだろう。既に教会の位階の中で多くの司祭がこの点に関して教皇に反対し、至聖なる御母についても多くのことで反対する決心をしてきている。多くの選ばれた司祭が修道会の選ばれた共同体に入るであろう。多くの者が選ばれた共同体を設立し、入るようにとても強く霊感を受けている。これはもう始まっている。この召し出しはあまりにも明らかではっきりしているので、否定しえない。私は更に神秘家、幻視者、ボイスボックス、恵みの霊魂を立てよう。希望の印として、天の声は地上の隅々まで聞こえるであろう。
 教会内の分裂、幻視者に反対する分裂、使徒や弟子の間での分裂、各教会間の分裂、そして世界が幻滅感を持つに至ったのは、すべて不従順のためである。「小さきペトロ」よ、思い起こしなさい。私は私の者を知っており、私の者は私を知っている。あなたや子供たちは真の信仰の水の上を歩くよう呼ばれており、そうすることで私と私の至聖なる御母の現存を、慰め、導きとして知るであろう。
 「白き岩」よ、あなたは、もしも選ばれた司祭である「小さきバルトロメオ」や「小さきヨハネ」が裁治権を持っていたなら、共同体は今日のようには存在していなかったという事実にほんとうに着目する必要がある。なぜなら、彼らの尊敬すべき司教は信ずることを拒絶している。司教たちは選ばれた共同体がなぜ必要なのか理解していない。司教は彼らを競争相手と見なしている。しかし小さき息子よ、この障害も真の信仰を通して克服されるであろう。私の選んだ司祭たちは人間の論理的理解ではなく、神の声に真に従ってきている。
 勝利は御母の汚れなき御心を通してやって来る。それゆえ、真実で正しいことすべてに耳を傾け続けなさい。そうすれば、あなたがたは時が来たら、司祭である息子達と共に、選ばれた人々、選民を、成聖の道を通って、約束された土地、新しい聖なる時代へ導いてゆくことができるだろう。あなたがた全ては至聖なる御母の真実の信仰の兵士だからである。恐れるな、神の愛する子供たちよ、わが御名と至聖なる御母の御名のうちに前進しなさい。真の信仰の証しを通して堅忍しなさい。報酬は100倍なのだから。私は小さき息子、わかたれることなき一致した聖心の「白き岩」を祝福する、また祝された御母の汚れなき御心を通して小さき子供たちを祝福する†。全ての国の王、あわれみある愛する正義の救い主として。†

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1996年2月28日、リトル・ペブルの質問に対して、
オーストラリアの幻視者「聖ミカエルの騎士」を通しての聖母の御返答
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聖母: 「小さき岩」、愛の「リトル・ペブル」よ、知っての通り、神の御旨は小さき子供たちが理解するための御旨ではありません。あなたがたの地上での貴重な時間は、天においては何の影響もありません。子供達よ、祈りによって1年は4年にもなり得るのです。天の御父は全ての子供たちを救いたいとお望みなので、そうするために時間が必要ならば、それは全ての者に与えられるでしょう。御父は御自分の子ら全てが天国に、神の光に来ることを望んでおられます。それも片手に一杯だけでなく。ですから心を騒がせないようにしなさい。時は何の意味もないのです。わが子よ、教皇は全てを承認されます。彼は出現を承認し、ロシアを奉献し、12使徒を宣言します。またそれ以上のことをします。しかし、子供よ、心を乱さないように。信じない人は永遠の光栄に来ないのです。それが全ての心が望んでいる本当の意味です。私たちは皆を、全ての子供たちを呼んでいます。最後の時が来る時までに達成したいことは、多くの多くの真の霊魂が救われることで、これこそ私たちが望んでいることなのです。子よ、どうか心を乱さないように。今年は早くから本当に困難な時になることは預言されていますが、天は打ち勝ちます。子よ、神の真実をもって前進しなさい。
 子よ、この後、愛する子ヨハネ・パウロ2世が共同体を承認した時、世界は灰になります。そうです、子よ、この局面で私たちは真の霊魂を持っており、更に多くの多くの霊魂が神の呼びかけに応じてやってくるでしょう。わが子ノアのように。全てが再建されます。だから全ての共同体に自給自足を願っています。それはこの人々が生き残るからです。子供たちよ、多くの心の傷があるでしょう。しかし、これが神の道なのです。成功した子供たちにとっては、これが真の「はい」であり、私たちが願っていたことです。地球の大いなる破壊のあと、多くの真の霊魂が見出されるでしょう。これは天の御父を御喜ばせします。子よ、心を騒がせないように。
 子よ、既に話したように多くの子供たちがあなたを通して司祭になります。彼らは天使を通して天より教えられます。子よ、これが真理の言葉です。彼らは真の信仰を擁護するために、神的知識と知恵を授けられます。本当の「はい」をもって神に従う人は、常に悪しき者に勝利します。子よ、ですから心配しないように。今日従っている多くの多くの人々、そして、これからやって来る更に多くの人々が司祭になり、この人々を通して神の真理が語られます。
 子よ、大警告の後、多くのことが変化します。あなたもよく知っている通りです。世界は清められます。この時期、共同体の大いなる発展があります。このとき、全ての弟子、使徒、全ての子供たち − 幻視者、恵みの霊魂、全ての司祭、多くの子供たちがこれらの人々についていきます。これが神のなさり方です。子よ、この時期、地上に破滅がもたらされた時に、子供たちにとって一つだけ安全な場所があります。これを彼らは知っています。それは全ての子供たちの行く所です。
 子よ、小さき子よ、元気を出しなさい。これは愛のリトル・ペブル、「小さき岩」にとって困難なことは分かっています。しかし子よ、あなたも知っているように、私の神なる息子が十字架を運ばれたように、あなたも世のため十字架を担っているのです。子よ、全ての子供たちの間の全ての分裂は、あなたが担わなければならない更なる負担ですが、これもあなたが担っている非常に重い十字架なのです。この幻滅している世界も邪悪な者の仕業です。子よ、心騒がせないように。主は、あなたの神は全てご存じなのです。この良き霊魂の一団を通して、強い信仰をもって彼らは希望に生きており、その希望は永遠の光栄ですが、これを私の汚れなき御心より受けるでしょう。善は勝利します。
 子よ、あなたは私たちが要請したので、教皇に個人的に会おうとしました。たとえそれが成功しなかったとしても、多くの収穫がありました。私の多くの子供たちがそうしたときのようにです。永遠の光栄に達するには従順、あなたの聖なる母、私への従順が求められます。あなたは理解しなければなりません。この努力で従順だけでなしに、多くのことが成し遂げられました。子よ、心配してはいけません。知っての通り、神の御業は本当に非凡です。多くの多くのことが私の真の小さき人々によって成し遂げられました。真の信仰によって愛する聖母のために。
 わが子よ、現時点では、私の小さき子ヨハネ・パウロ2世が多くの多くのことを受け入れるのは難しいことです。邪悪な者が司祭たちの上に暗い影を投げかけています。この局面では、多くの悪霊が教会を支配しています。私の聖なる子、教皇はあなたと同じように天が導いています。心配しないように。ちょうど良い時に、全てが受け入れられ、天が勝利します。
 そうです。子よ、ブレ神父、ブロサード神父はあなたの天的修道会に留まるでしょう。これらの修道会は母なる公教会を再建する修道会なのです。これらの修道会は新しい時代の道です。これら修道会を通して天の門が開かれるのです。「愛のリトル・ペブル」「小さき岩」を通して教会は再建されるでしょう。あなたを祝福します†。 心に平和を保ちなさい。私の小さき代理者よ、元気を出しなさい。全ては主である天の御父の御手のうちにあります。御父は勝利されます。
あなたの愛する母、マリア

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1996年2月28日のリトル・ペブルの質問に対する、
カナダの幻視者サン・フラワーを通しての聖母の御返答 − 1996年2月29日
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サン・フラワー: 明るい光です。この光を通して聖ミカエル、聖ラファエル、聖ガブリエルが出て来られました。彼らは右手に黄金の剣を持っておられます。彼らは剣を空中に挙げられました。剣の先端から非常に巨大な白い十字架が出てきました。私は天高く挙げられながら印を求め、与えられました。それは三位の大天使のまわりに飾られていました。十字架の下に扉が現れ、主イエズスと聖母が出て来られました。彼らの頭の上には美しい白い鳩がおられます。金で飾られた正装をしておられます。彼らが十字架から滑り出て来られると、私は多くの聖人たちが三大天使の背後に到着してお立ちになるのを見ました。イエズス、マリアが前に出られます。私を祝福してくださいます。私はリトル・ペブルからの手紙を持っていることを申し上げました。私は手紙を聖母にお渡ししましたが、聖母とイエズスは近くに来られ、手紙を読んでおられるようでした。聖母はダイアモンドの輝きを持つ涙を流されました。主は悲しそうな様子でした。今、鳩は永遠の御父に変わられ、非常に厳しい御様子です。彼らは悲しみのうちに我々と一致しておられます。私の心は重く、破れそうに感じられます。(サン・フラワーはリトル・ペブルの代わりに話します)「イエズス、マリア、御父よ、私は神の御旨を理解したいと願っていますが、どうしたら理解できるのでしょうか?」(御父は聖母に合図され、聖母が前に出られました)

聖母: わが子よ、私と息子はあなたの希望を失った心、悲しみがよく分かります。私は再びあなたがたが論理的に、また人間的に理解はできないのだということを強調します。質問を通して霊感を通して明らかにされること全てを信頼しなければなりません。疑問が出てくるとき、邪悪な者にすきを作り、あなたの弱さのうちに彼らが入り、働くことを許すことになります。世界中に勢力をふるう悪霊の侵入に対し、その盾としてロザリオを使わなければなりません。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)後4年が残された時、この承認は何なのでしょうか。世界が灰になるのに? 誰がこの承認を気にかけるのでしょうか? それで教皇が全てを認められ終わりが来る。一体何が得られたのでしょうか? 何も?

聖母: 愛の小さき岩よ、一人の霊魂でも救われたとしたら、それは何もならなかったと言えるでしょうか? 多くの子供たちに争いがあるので、聖トマのように見たり聞いたりしなければならない多くの子供達にとっては、終わりの前に代理者の承認が多くの者を救います。あなたが以前から何年にも渡って聞いてきたことが起こります。承認は多くの者にとって重要です。それは戦っている霊魂が滅びないで救われるため、遅すぎるということはありません。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)教皇様は共同体を擁護したということですが、聖シャーベル修道会や汚れなき御心の修道会の名には触れていないのですか。

聖母: 甘美なる小さき岩よ、代理者は共同体について背後でたくさんのことを行いました。時が来れば明らかにされるでしょう。子よ、あなたは「神は神」と言いますが、これを問うのは疑うことです。疑いがあると邪悪な者が入り込み、操作する余地を作ってしまいます。私たちは常に一致して、彼が近寄るのを許してはなりません。わが子よ、あなたは耳を傾ける者に一致とロザリオを祈ることを指導しなければなりません。それは疑い、心配、誤解に対する唯一の盾なのです。子よ、信頼しなさい。ただ祈りによってのみ全てが理解され、真の霊感を受けられます。あなたは全ての疑い、誤った信頼をぬぐい去らなければなりません。時が残されているので、疑いを含んだ疑問にとらわれなければ、人は多くのことができるのです。

サン・フラワー: 私はもう一度印を求め、印が与えられました。(リトル・ペブルのために)4年が残されていますが、たとえ教会が2年の内に修道会を認可するとしても、何ができるのですか? ほとんどの教会が注意も払わないし、援助が来たとしても、世界が灰になっていたのでは、それはもう必要でなくなってしまいます。(私が聖母を見ると激しく泣いておられました)

聖母: かわいい子よ、教会の少しの者でも私の子供たちを共同体へと連れて行けるし、そうするということをあなたは知っていますね。どれほど終りに近づいたとしても、誰もが助けを必要としています。一人だけではこれはできないのです。この理由で、私は子供たちが、天の私たちを通して、ロザリオの祈りを通して力を得るように願っているのです。

サン・フラワー:(リトル・ペプルのために)お母様、全ての時代の教皇様があなたの指示に従っていたら、こんなごたごたはなかったでしょう。われわれが認可されるというのを誰が信じるでしょうか?

聖母: 子よ、あなたが代々の代理者が耳を傾けていたらというのはその通りですが、同じことは私の代々の子供たちにも言えます。もし彼らが聞いていてくれていたら、多分完全な世界となっていたでしょう。人間本性の存在はそのままですが、全ての者に自由意志を保障しているのが天の法なので、天はその範囲で対処しなければなりません。認可は疑っている全ての子供たちと真の信仰を持たない大部分の者が求めてきました。真の信仰に踏み出して生き残る前に、この認可を聞き、見る必要のある人がたくさんいます。代理者は1985年に全てを行うべきだったのですが、その当時、子供たちは準備できていなかったので、物事は変化しなかったでしょう。今でさえ、子供たちは信仰に踏み出す用意がありません。その日その時、一致、愛、祈りに踏み出そうとする準備ができていないのです。全ての分裂に関しては、これは人間の介入で起こったことで、今後も起こり続けるでしょう。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)ここから我々は何を持っているのでしょうか? 強い信仰と希望に生きる一握りの人々、しかし彼らは疲れ、消耗し、全てに幻滅を感じています。彼らは我々と同じく「主よ、主よ、あなたをおいてどこに行きましょう。あなたは永遠の生命の言葉を持っておられます、あなたを置いて誰についていくというのでしょうか」と申します。

聖母: かわいい子よ、数少ない者から多くがやって来ます。あなたの模範を見て数少ない者から多くの者が、信仰、愛、一致をいかに進めるかを見せたことにより学ぶのです。「あなたをおいてどこに行きましょう」については、あなたは自分の質問に自分で答えています、わが子よ。

サン・フラワー:(リトル・ベブルのために)お母様、私たちは召し出されてきました。彼らもやって来るでしょう。誰が彼らに教えるのでしょうか? 勇気のある二人の司祭でしょうか? カトリック教会の何万の人々なのでしょうか? 誰が共同体について教えるのでしょうか?

聖母: 子よ、あなたは同じことについて多くの質問をしています。数少ない者から多くの者がやって来ます。今は信仰の歴史を弟子たちに教える時期なのです。わが子イエズスが宣教を開始した時、最初の弟子たちになさったように。イエズスは短い3年間に多くのことをされました。多くの人に接しました。使徒の何人かは若い時から信仰の素晴らしい土台を持っていました。あなたは司祭を通して私たちが持っているもの、受け取るものを祈りにより教えなければなりません。更に司祭がやって来るでしょう。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)私は再度あなたに小さく何者でもない「純愛の下僕」である私をお捧げ致します。私が心を開いたことをお許しください。しかし、これは私を苦しめますので、はっきりした御返答を必要としています。そうしていただければ幸いです。

聖母: わが子よ、わが子よ、あなたは常に胸の内を明かさねばなりません。なぜなら、私が愛していることを知らければならないからです。あなたは真理と光明の「愛の小さき岩」です。あなたの求めている多くの返答は、一つの返答なのです。それは全ての子供たちが愛と祈りの内に一致することなのです。私はあなたの苦しみを知っています。あなたは今、わが子イエズスが受難の間、園の中で時を過ごしていったのと同じ絶望を味わっているのです。あなたは人間性のゆえに動かされているのです。私の大事な子よ、あなたに頼みたいことはたくさんあります。私たちはこれを軽く頼むのではありません。あなたはこれらの疑問と「何が要点なのか」という誤りを取り除かなければなりません。あなたの一致と愛、ぐらつかない信仰によって、全ての子供達が神の道に従って行くでしょう。あなたの知っているように、あなたは神のなさり方を知りません。再度、私はあなたに心安らかになることを望みます。あなたの祈りと霊感によって、求めている天の答えを見出すでしょう。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)お母様、天は我々に教皇様と謁見できるよう望まれ、指示に従いましたが成功しませんでした。我々は何を得たのでしょうか?

聖母: 私の大事な子よ、あなたが得た事は、教皇様が肉体的にあなたの存在に注意を払った事にあり、ローマではあなたが(教会から)離れてしまうのではない事を知った事にあります。ローマが自分達にとって、共同体について知る事が必要なことを知ったことを信じなさい。あなたはこのことを受け入れるべきです。子よ、このことを揺るぎなく示すべきです。わが子らに報いがくるからです。信頼しなさい。

サン・フラワー:(リトル・ペブルのために)あなたはブレ神父やブロサード神父にはスタッフがあると言われ、彼らは都市に行くのが望ましいと言われましたが、なぜですか? もし教会の権威が御出現を認め、修道会の基礎を認めたら彼らは修道会に残れるのでしょうか?

聖母: 子よ、私の司祭に抜群の才能があるということは、単に彼らの仲間の司祭から拒絶される恐れなしに移動できることを意味しているだけです。この方法で彼らは共同体にもっと近づくことができるのです。彼らは修道会に留まります。

サン・フラワー:(リトル・ペプルのために)お母様、ともかくこれは私の心、忠実な使徒ブレ神父、ブロサード神父、あなたを愛している多くの、しかし混乱している人々の心のことなのです。私はあなたの忠実な、しかし、混乱し、困っている息子、教会を勝利に導く未来の教皇として留まります。

聖母: 終末における真の代理者よ、私の心はあなたが全ての光の子の混乱、困惑を担うことで重いのです。あなたの質問の全てを真に明らかにすることは、人間的手段ではできません。私たち天は再度あなたの忍耐、信仰の強化を願います。信頼しなさい。天の私たちは失敗させはしません。私は共同体と全世界の子供たちを祝福します。私たちはあなたがたが私たちと共に住むことを許すなら、皆を分かたれることのない私たちのみ心の中に置きます。平和でいなさい。あなたがたは多く愛されているのです。
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【 イバラの冠 】

 1994年1月5日、私は「ソーンブッシュ」を通して私のイバラの冠について聖母にお尋ねしました。それは以下の通りです。「お母様、私のイバラの冠について私はどのようにすべきでしょうか。それらはいつも血を流しています。私は傷を洗いますが、間もなくそれらは再び血まみれになってしまうのです。それは私がそれに値しない特別な恵みですから私は気にしません。むしろ私はそれを持つことを幸せに思い満足しています」 聖母は私の質問に以下のように1995年1月17日にお答えになりました。
聖母: 「わが愛する愛の『リトル・ペブル』よ。あなたがかさぶたをあるいは傷の崩れた部分を取り除くことは必要ではありません。なぜならそのようにすることはさらにそれらが血を流すことをひきおこすからです。あなたはそれを洗うだけでよいのです。そして夜にはあなたは聖水に浸されたタオルを当ててよろしい。これは、あなたが待ち続けてきた非常に特別な恩寵であり印です。わが小さな真理と忠実の岩よ。私はあなたを我が清いそして母性的な愛のすべてによって祝福します。そしてあなたの真実の『はい』は、私たちの分かたれないみ心にとって非常に深い慰めであったということをあなたは知らなければなりません」

【 神秘的な苦しみ − 疲労 】

 1994年2月2日、私は聖母に「ソーンブッシュ」を通して以下の質問をしました。「お母様、私は私の手に非常に強い痛みを受けています。そして私の右手と上腕部において。この痛みはなんでしょうか。私は私が神秘的に傷を持っているということは知っています。それはこれらの傷が私の頭と同様に間もなく現れるという印でしょうか。それとも何か別の原因によるものでしょうか。私は私の心をあなたに送ります、お母様、それはあなたに属するからです」 聖母は私の質問に同じ日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「これらは傷です。わが小さな岩よ。あなたの腕の中の痛みは邪悪な者からの攻撃です。なぜなら彼はあなたを弱めること試みているからです。全ての事を捧げ続けなさい、わが愛のリトルペブルよ。なぜならあなたは、我が愛する巡礼の教皇、わが神の息子の代理者との一致のうちに苦しんでいるからです。私はあなたの心に対してあなたに感謝します。私はそれを私の心のうちにおきました。そして私はわが母性的な愛のすべてをもってそれに接吻します。私はあなたを祝福します」

 1994年2月5日、私は私たちの祝された御母に以下の質問をしました。「お母様、私は昨日病院で私の頭に非常な苦しみを感じました。私はすべてをあなたにお捧げしました。なぜなら私はあなたを愛しているからです。しかしながら、私はあなたの勧告を必要としています。なぜなら彼らは私に、髪を引き抜くべきではないといったからです。しかし彼らは影響を受けているそれらを引き抜きました。それを私は良いことであると感じました。これはよかったのでしょうか、なぜなら私は、それがあなたの指示に反するとは思っていないからです。第二に、医師について私にアドバイスしてくださいませんか。ボーラーというのが彼の名前だと私は思います。彼はよい医師でしょうか。私は彼について茨の冠の傷について話すべきでしょうか。なぜなら彼は私の頭の傷を治そうと試みているからです。そしてそれらが治らないということを彼が見たとき、どうすべきでしょうか。第三に、ピオ神父の時のように私の頭の傷は香りを発することはないのでしょうか。第四に影響を受けた髪の部分は取り除かれたので、感染は今やなくなったのでしょうか?……」 聖母は私の質問に同じ日に以下のように答えられました。
聖母: 「わが愛の『リトル・ペブル』、私たちの悲しめるみ心における慰めよ。髪が引き抜かれたこと、このことが起こったのはあなたの落ち度ではありません。それらが取りのぞかれた部位は治癒するでしょう。このことは私の望みに反してはいません。それゆえあなたの心の内において平和を保ちなさい。そうです、この医師は善良な人物です、わが『リトル・ペブル』。しかし私は、あなたに与えられている恵みについて彼に話すことをあなたに望みません。時が来れば、あなたは彼に告げることができるようになるでしょう。なぜなら彼は彼自身の名でそれが真実であることを理解するであろうからです。傷はさらにはっきりと目に見えるようになるでしょう。わが『リトル・ペブル』よ、そして茨もまた見えるようになるであろうということを知りなさい。わが甘美なる子供たちは、これらの傷から様々な恩寵を受け取るでしょう。わが『リトル・ペブル』よ、間もなく感染が消えるであろうことを知りなさい。しかし出血はまだ続くでしょう。そしてある日にはこれは増大するでしょう。……」

 1994年2月7日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、私は大変悩み困惑しています。あなたの助けによって私はあなたが私に告げられ、そして与えられたすべてのことを受け入れているということをあなたはよくご存じです。私は十字架を、そして私の道にやってきたすべてのものを受け入れます。しかし私を悩ませるのは、昨夜のようなことなのです。私の心臓は非常に遅くなりました。私の腕は、まるでその中に血が流れていないかのように重くなりました。私が心臓のトラブルを持っているということを示す兆候が常にあります。そして胸が痛みます。しかしイエズスとあなたによって私は何度も何度も私は心臓のトラブルは持っていないということを約束されてきています。私は決して入院することはないし、そのような苦しみのすべては霊的なものに関係するものであると。あなたもご存じの通り、お母様、私は太らないように努めてきました。私はミネラルの錠剤やビタミンによって健康を保つように努めています。しかし、あらゆる労働のプレッシャーや、常時のバイロケーション、数時間の休息しか取れないことによって、私の肉体は常に疲れ果てています。当然、心臓と肺の痛みと疲労は継続しています。そして肉体の疲労を引き起こしています。私はそれが理解できません。なぜなら私はあなたの意志をなすために懸命に努力しているからです。そしてその第一に私はあなたの子供たちを導くように呼ばれています。私は多くの女性たちにとっての夫となるように呼ばれています。そして私は私のために選ばれた女性たちよりもずっと年長なのです。私は全く疲れ果てています。私はこれらのすべての女性たちの夫となることを大変望んでいますが、これらの苦しみと全くの疲労困憊は私を非常に疲れ果てさせます。そしてそれは心臓とその徴候です。私の心臓は良好であり私の全体的な健康は良い状態にあるということを、どうかもう一度私に確認していただけませんか。神が私になすように呼んでおられるすべてのことを私がなすことができるように。あなたの愛する、そして従順な息子」  聖母は1994年2月9日、私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「私はあなたの心が今どのように思い悩んでいるかを知っています。わが『リトル・ペブル』。なぜならかくも多くのことがあなたに求められているからです。これらの痛みの大部分は疲労によるものです。また攻撃によるものもあります。わが汚れなき御心におけるわが愛する慰めよ。どうかすべてを捧げ続けてください。そしてあなたへの私の多くの約束はそのままであるということを知ってください。あなたは入院することはないでしょう。あなたの胸の中の痛みを引き起こしているものは、わが小さな岩よ、わが悲しみ、そして汚れなき御心からあなたに与えられている強い悲しみです。わが小さなペトロよ、あなたはあなたの霊的配偶者たちのすべてによって非常に愛されています。あなたがどのように見えるかということについて心配してはなりません。このことは重要ではないのです。常にあなた自身を、わが神なる息子イエズスの神聖な御傷に一致させなさい。わが愛する『リトル・ペブル』よ、あなたが病気にならないであろうとは私は約束できません。なぜなら多くのことがあなたに求められているからです。しかしもう一度私は私の約束を守るであろうということをあなたに知ってほしいと思います」

【 強烈な神秘的痛み 】

 1996年7月19日、私は聖母に以下の質問をお尋ねしました。「お母様、数日前祈っている時に、電流が私の脳を流れました。私の目の前と頭を、短い回路のように。私はビジョンを失いほとんど気絶しそうになりました。何が起こったのですか?」 聖母は7月27日、ソーンブッシュを通して以下のようにお答えになりました。
聖母: 「私は再びあなたに挨拶します、我が愛するわが汚れなき御心の『白い岩』よ。あなたの心を煩わせないようにしなさい。なぜならあなたが経験したことは非常に強い状態での神秘的な苦しみだからです。それはあなたがほとんど意識を失いそうになるほどでした。それはあなたを支えていらっしゃる聖霊の力だったのです。わが小さな息子よ」

【 イエズスの受難全体を目撃する 】

 1994年4月2日、私は聖母に、「ソーンブッシュ」を通して以下の質問をしました。「お母様、イエズスの受難全体とあなたを、『神人の詩』(マリア・ワルトルタ著)において描写されているように見る事、そしていつか、あなたのマントの保護の下に隠れて私自身でその場所に行く事を許していただく恩寵をいただけませんでしょうか。私があなたとイエズス様とともに、一歩一歩を歩む事ができるように。受難の全体から、復活、昇天に至るまで。これは私がわが心のすべてを持って望んでいる恩寵なのです」  聖母は1994年4月6日以下のように質問にお答えになりました。
聖母: 「そうです、わが愛の『リトル・ペブル』よ。あなたはこの非常に特別な恩寵を受け取るでしょう。そしてまた同様にして、あなたはわが神なる息子の誕生を目撃することができるでしょう。しかし同時にではありません。わが小さな息子よ、あなたは、わが聖なる娘たちによって書かれてきたことを完成するために、あなたが経験するであろうこと書くためにこのことを示されるでしょう。なぜならあなたに対して、現在と将来における神秘は啓示されるであろうからです」

【 隠された迫害 】

 1993年11月24日、私は聖母に以下の質問をしました。「お母様、11月13日以来、ベッティーナと私の両方は、毎晩非常に煩っており、ほとんど寝ていません。私の頭は非常に痛みます。それを引き起こしているのは何でしょうか。人々が私たちを罵っているのでしょうか」  聖母は私の質問に1993年11月29日、以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する『リトル・ペブル』、そしてわが愛する子ベッティーナはいま非常に苦しんでいます。世界におけるあらゆる隠された迫害のために。またあなたは非常にしばしば霊魂たちを助け、またわが愛する巡礼の教皇を助けるためにバイロケーションしています。わが甘美なる神聖なる愛の天使、従順な息子よ、私はあなたを我が清き母性的な愛のすべてによって祝福します。私はわが汚れなき御心のわが愛する子ベッティーナを祝福します。そして私はあなたの子供たちすべてに接吻し祝福します」

【 教皇は、私の将来の役割をご存知である 】

 1996年3月3日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。そして3月7日にお答えが与えられました。「お母様、過去数週間において、教皇は教皇空位に関する特別な文章を書かれました。そして新しい手続きをすべての枢機卿に対する破門制裁を付して義務づけました。これは最も驚くべき言明です。最後の教皇となるのは私しかいないのに、なぜ教皇はそのような文章を書かれたのでしょうか。ただ反教皇がペトロの座席にのぼるでしょうか」
聖母: 「わが愛する、愛された子供、そしてわが汚れなき御心の『岩』よ。あらゆる誤った解釈と誤解のために、わが愛する巡礼の教皇は、私のうちに住まわれる聖霊の光のうちに、知恵の賜物を用いてこの公文書を書いたのだということをあなたは知る必要があります。あなたは、わが愛するペトロが書き語るであろう多くの声明や文書を目撃するでしょう。わが神なる息子の再臨への道を準備するために。わが神なる息子の代理者はあなたの将来の役割を知っています。そして反教皇が定められた期間の間ペトロの座を占めるであろうということを知っています。私はあなたを祝福します、あなたの愛する女王、そしていと高き者によって意志された全教会の聖なる母として。あなた、わが小さなペトロは多くのことを学ぶでしょう。あなたの忍耐を守り続けなさい。なぜならあなたの心と霊魂は超自然的な仕方で刺し貫かれるでしょうから。私はあなたを愛しています。そして私はあなたを見守り続けるでしょう」

【 慰め 】

 1995年5月2日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に質問を書きました。「お母様、私は今大変傷ついています。なぜなら非常に多くの人々が私を裏切っているからです。多くの人々が彼らは私を愛していると主張し、しかし最後には私を裏切っているのです。彼らを赦してください。そして私をどうか強めてください」  聖母は同じ日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「あなたの優しい愛と真のあわれみの小さな心を通して、私はあわれみの母としての我が愛と力を、あなたを裏切ってきたすべての者たちに贈ります。わが小さな息子よ。あなたの心を煩わせないようにしなさい。そしてあなたの涙は、間もなく慰めに変わるであろうということを知りなさい。私たちの分かたれない一致したみ心の中の神聖な愛の炎のうちに、私は私の悲しみの御心のうちにあなたをやさしく抱擁します」

【 新しい天と新しい地 】

 1994年4月6日は、私は彼女を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、私にとって重要なあることについて説明してくださいませんか。聖書には次のように書かれています。『キリストのものとは別の新しい教えを説くものは天使であってものろわれよ』 人々が新しい啓示について聞く時、とりわけプリンセスやその他のことを聞くとき、彼らはこれらのことを新しい啓示であると主張するでしょう。それゆえ、それらは誤っており、現在の教会の教えに反すると。私たちはそのような主張にどのように反応すべきでしょうか」
聖母: 「わが愛する者よ、聖書にはまた次のようにも書かれています。新しい天と新しい地が創造されるであろう、と。わが甘美なる子供たちが理解していないことは、新しい地は約束されている『新しい時代(ニューエラ)』であるということです。そしてそこにおいては再び人口が増えなければならないのです。わが『リトル・ペブル』、あなたは同じ事を求められてきたアブラハムの子孫なのです。人間はもはや彼らの人間的な論理によって推論してはなりません。これが、このことすべてを理解する唯一の鍵なのです。それは説明されるまで奥義として残るでしょう」

 4月6日私は再び「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、4月2日の同じメッセージにおいて、あなたは多くの奥義が明かされるであろうと私におっしゃいました。あなたはおっしゃいました。『起こるであろうことに疑問を抱いてはなりません。あなたがたに求められている試練に疑問を抱いてはなりません』 お母様、私は疑問を抱きませんが、ただお尋ねします。あなたはこれによってどのようなことを意味していらっしゃるのですか。何か私に起こるのでしょうか。なぜならすでに私はキリスト以来だれもなすことを求められてこなかったことをなしているのですから。お母様。どのような試練、あるいはどのようなさらなる異常な出来事を私はしなければならないのでしょうか。そしてどのようなタイプの奥義が啓示されるのでしょうか。私はただあなたに、私とベッティーナのために忍耐の恩寵を求めます。そして私たちと親しい人々のために」
聖母: 「わが『リトル・ペトロ』よ。あなたが求められるであろうことは、わが娘たちに関するものです。気にしないようにしなさい。なぜならプリンセスたちに関するあらゆる奥義は説明されるでしょうから。そしてあなたは理解するでしょう。十二人の主要なプリンセスの娘たちの各人は、彼女たちの心の中に特別な鍵を持っています。試練は、反キリストとその追従者たちを通してのサタンによる攻撃と誘惑になるでしょう。私たちは『ソーンブッシュ』を選びました。なぜならあなたに対する彼女の愛は他の娘たちとは違っているからです。彼女は私たちの心を通して愛しています。彼女もまた攻撃を受け、彼女の従順は試されるでしょう。あなたがたの女王として、私はあなたがた二人に強力な祝福を送ります」

【 特別な花 】

 1995年5月13日に私は再び「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、今日イエズスは主の聖心から一つの花を取られました。そして主はそれを私にお与えになりました。それは一つの花の中に様々な花の花びらを持っていました。これはなんでしょうか」 聖母は5月15日にお答えになりました。
聖母: 「この美しい花は私たちのすべての甘美なる子供たちの間の一致を表しています。このタイプの花は、新しい聖なる時代における諸国や諸国民の中で成長するであろうということあなたは知らなければなりません。それらは特別な花、あるいは一致と若さの花と呼ばれます。それぞれの花びらは特別な恩寵です」

【 神聖な愛の炎 】

 1995年6月22日、私にお与えになった「炎」に関する「ソーンブッシュ」を通しての私の質問に聖母はお答えになりました。
聖母: 「聖にして母なる公教会のわが愛する小さな『白い岩』、私があなたに与えた炎は、私たちの分かたれない一致したみ心の中にある神聖な愛の生ける炎であるということを知らなければなりません。この炎は、あなたの優しい心を包んでいます。あらゆる特別な恩寵が炎の中にあります。そして私があなたの回りに置いた聖なるロザリオは、わが愛する者よ、私の聖なる善徳を表しています。私は特別な仕方であなたを祝福します。私の清いそして母性的な心のすべてを持って」

 1995年7月26日、聖母は公平な愛の母として私のもとに来られました。聖母は薄いシースルーの白いベールとパステルイエローの服をお召しでした。聖母は、白い十字架が一番上に付いた炎の冠をかぶっておられました。聖母はロザリオが巻きつけられた円柱状の炎を持っていらっしゃいました。約18インチ(約46センチ)ほどの長さの円柱の一番上には、輝く白い十字架がありました。聖母は、私にこれを安全確保のために与えるとおっしゃいました。そしてそれが何であるかを後で説明しましょうと。間もなく聖母と私は、煉獄、地獄、天国、リンボ、聖なる新しい時代、過去、そして神のすべての王国への神秘的な旅行へと連れていかれるであろうとおっしゃいました。私たちはあらゆるレベルを見るでしょう。そしてそれらについて多くのことを経験するでしょう。なぜなら聖母は、すべてのことが本の中に書かれることをお望みであるからです。そしてこれは非常に非常に重要なことです。私は1995年9月17日に以下の質問をしました。

【 聖霊の羽毛 】

 私は「ソーンブッシュ」を通してお尋ねしました。「お母様、私の持っている羽毛は聖霊からのものであるというのは本当ですか。もしそうであるならば、私はどのようにそれを扱えばよいでしょうか」 聖母は私の質問に1995年10月11日にお答えになりました。
聖母:「そうです。これは特別な恩寵です。わが小さな『白い岩』よ。この聖なる羽根は、小さな聖遺物入れの中に置かれるべきです。そしてこれは永遠の御父からあなたに与えられた聖なるロザリオの木の十字架の反対側に固定されるべきです」

【 移された教会 】

 1995年9月17日、私は聖母に以下の質問をしました。「お母様、『ソーンブッシュ』は、あなたがミュンヘンの聖ペトロ教会の中にいらっしゃるビジョンを見ました。もし私たちの主がその中心に戻ってこないならば、この教会は滅びるでしょうとあなたはおっしゃいました。私はこのことについていくらか調査しました。そして聖体はいつも中央の聖櫃にあるということを告げられました。そして私はミサの時に自分自身でそのことに気づきました。『ソーンブッシュ』は誤解したのでしょうか。聖霊教会と聖ミカエル教会には何が起こるのでしょうか」 聖母は1995年10月11日にお答えになりました。
聖母: 「そうです、わが愛する優しい『ソーンブッシュ』は、私がわが聖なる娘、彼女の姉妹の霊魂聖ベルナデッタとともに彼女に話した後で、私の言葉を正確に繰り返さなかったのです。私の言葉は以下の通りでした。『私の神なる息子は中央にとどまっているので、この聖なる教会は滅びることはないでしょう。そして他の教会や聖なる聖堂とともに、神に栄光を帰するためにババリアの私の土地へと移されるでしょう。聖霊教会は聖霊共同体に移されるでしょう。大天使聖ミカエル教会は大天使聖ミカエル共同体に移されるでしょう。それは聖なる大天使たちによって移されるでしょう』 邪悪な者は『ソーンブッシュ』が、後で聖ペトロの教会が滅びるであろうとを聞くことを許しました。そして彼女は彼女の守護の天使である聖ティモシーに私の正確な言葉を尋ねなかったので、彼女が信じたような仕方で答えが与えられたのです。そして彼女の心の中に混乱を引き起こしました。それゆえ、彼女は口頭であなたに彼女が聞いたことを確認するように求めたのです。この事項を明確にするためにあなたがそうしたことに私は喜んでいます。あなたはまた、世界中の他の重要な教会、聖堂は聖なる天使たちによって完成され、そしてババリアに移されるであろうということを知る必要があります」(訳注:このエピソードには、幻視者が受けたメッセージをどうやって「識別」するかという教訓も含まれている)

【 神秘的結婚の擁護 】

 1994年4月6日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、あなたもご存じの通り、数年前ブロサード神父と私は、私とベッティーナの間の神秘的結婚を擁護する長い書簡を書きました。あなたはこの手紙にあなたの祝福をお与えになり、そしてあなたもご存じの通り、私たちは聖トマス・アクィナス、聖アウグスティヌス、そして他のを聖人達の教えを用いました。この結婚を擁護するキリスト教の教えが存在するということを明白に示すために。しかしブレ神父は全面的にはこの事に同意していません。彼は、それは結婚を擁護するものではないと感じています。私は知りたいと思います。聖トマス・アクィナスは私達の結婚を擁護したのですか。私には彼はそうしたように思われます。なぜならば彼は旧約の預言者たちの行動を擁護する必要性はないからです。なぜならキリスト教徒の法律は彼らには適用されないからです。彼は明らかに、私自身のように預言者である将来の世代のための擁護として、預言者達の行動の擁護をなしたのです。私は正しいでしょうか。私がこの事を質問するのは、聖トマス・アクィナスや他の聖人たちは、私が今その中にある状況を本当に擁護しているということを100パーセント確信しているからです。どうか明確にしていただけませんか。私とブレ神父の教化のために」 1994年4月8日、聖母は私の質問にお答えになりました。
聖母: 「わがリトル・ペブル、あなたと私たちの貴重な娘を結び付けた、天によって要求された神秘的結婚を正当化するあなたの書いた手紙は正しいものであるということをあなたは知らなければなりません。しかしまた次のことも知らなければなりません。わがリトル・ヨハネの目に対しては、このことはまだ神秘のままにとどまっています。そして彼はそれを真の信仰を通して受け入れています。聖トマス・アクィナスと他の聖人たちは、あなたのミッションについて知っていました。なぜなら彼らは未来について照らされたからです。しかし全面的には理解しませんでした。将来の預言者たちを擁護するために霊感を彼らが受けたのはこの理由のためでした。なぜなら彼らは起こるであろうことについて警告を受けていたからです」

【 特別な夢 】

 1994年6月9日、私は以下の質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母にしました。「お母様、昨夜私は特別な夢を見ました。私は戦場にいました。戦いは何年間も続いているように見えました。しかし新たな最終的な戦いが起こっていました。そして私が見た唯一の武器は古い剣でした。その一つを私は拾いあげて言いました。『戦おう!』 私たちはわずか五百人程度の男たちでした。そして敵はおよそ二千人でした。私の左側に私の弟子の一人ロバート・アロッタという名の人物がいるのに私は気づきました。彼は私とともにとどまるだろうと彼は言いました。なぜなら私は私の友人達の多くが私を離れたことに気づいたからです。私達は数では大きく負けているが、神が私たちの力だと私は述べました。私達が戦いに入ると、敵の側に加わった数多くの私の友人達と私は出会いました。私は衝撃を受けて立ちつくしましたが、彼らに向けて剣を振り降ろしました。戦いは極めて激しいものでした。しかし私のうちにはサムソンの力がありました。私達の味方の誰も死にませんでした。しかし全ての敵は滅びました。私たちは勝利したのです。私はひざまずき、剣を地面につきさしました。そして全ての支援者たちも同様にしました。私達はこの勝利のゆえに神に感謝して祈りました。私たちがこの祈りをなすと天が開かれました」 聖母は1999年6月13日に私の夢を以下のように説明なさいました。
聖母: 「わが小さな岩、ペトロ、そうです、この夢は真実です。しかし現在にかかわるものではなく、近い将来にかかわるものであるということをあなたは知らなければなりません。あなたはリトル・ペトロとして選ばれています。真理を擁護するために、真の教会を再建するために、そしてあなたの真の信仰を通して、あなたを支援するすべての天の助けとともに、わが真理の軍隊を率いるために。真の信仰を擁護するであろう者たちは多くはないでしょう。なぜなら、数多くの試練によって、彼らは多くの恩寵を拒絶し、混乱が彼らの心の中に入るであろうからです。天の選んだ共同体に対しての特別な保護もあるでしょう」

【 アンナ・カタリナ・エンメリック 】

 1993年11月29日、私は聖母に次の質問をしました。「お母様、私は尊者アンナ・カタリナ・エンメリックの本の一節について当惑しています。そこで彼女は、私が教会の十字架の下に崩れようとするときに私のところに助けに来る終わりの日の使徒たちを見ています。第一に、私はそれを理解できません。なぜなら今のところ、三人の使徒たちしか私を助けていないからです。すなわちブレ神父、ブロサード神父、ウンダーリッヒ神父です。これは私にはカタリナ・エンメリックと矛盾するように思われます。第二に、彼らが私を助けたとしても、他の人々は助けていません。そしてたとえ彼らが来たとしても、彼らは公式な助けには何もならないでしょう……彼らが公式の司教でない限りは。それゆえ、これらの預言とカタリナ・エンメリックの言葉はどのように理解すべきでしょうか」  聖母は同じ日に私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる娘カタリナは、天からの全面的な説明を受け取ったのではありません。彼女はただ彼女がビジョンの中で見たことを書いただけです。彼女が目撃していたのは、リトル・ペブルが今その中を生きている迫害です。なぜならあなたは多くの助けを受けていますが、また多く迫害されてもいるからです。リトル・ペブルのミッションは神からのものであるということを示すために。これは印なのです。……」

【 幻視 − 契約の櫃(ひつ) 】

 1993年3月8日、私はブレ神父に以下のようにファックスを送りました。「土曜日の夜に、私は特別なメッセージとビジョンを受けました。イエズス様は非常に強く言われました。主は私に、私たちの完成した新しいチャペルのビジョンをお見せになりました。そして炎の柱が新しい祭壇の上に降りたちました。そして古い契約の櫃が出現しました。イエズス様は最初、共同体の中を歩かれ、そしてそれぞれのドアをノックされました。それからチャペルの中に入られました。チャペルは明かりがつけられ、父なる神が聖霊とともに櫃の中に出現されました。イエズス様は櫃にむけてひざまずかれて祈り、それから、変容の時のように、櫃の中に入られました。あとでイエズス様はチャペルから出てこられました。そして11人の男たちが主を捕まえ、打ち、チャペルに連れて行き、木の十字架にくぎ付けにしました。そして主を祭壇に置きました。イエズス様はこの出来事は本当に起こるであろうとおっしゃいました。さらに後で、イエズス様は私の方に来られました。そして私の頭に茨の冠を置かれました。そのトゲには小さな白いバラの花がありました。それから主は私の額に十字架の印をなさいました。すでにその夕方、聖櫃から一つの光が出てきて、私の額の十字架を焼いていました。イエズス様は御手を私の頭に置かれたまま、御父に祈られました。祈りは本当に素晴らしいものでした。イエズス様はそれから、私は私のうちに神の知恵を受けたとおっしゃいました。そして突然、主の体は私の中に溶け込みました。しかしながら、神父さま、私は聖母にいくつかの質問をお尋ねしたいと思っています。とりわけイエズス様が祈られた祈りに関してです。私はそれを覚えていません。これは非常に美しいものでした。お母様、イエズス様、あなたの愛する息子は、土曜日に私の上に祈られました。これらの言葉をどうかもう一度繰り返していただけませんか。それを知ることが神の聖なる意志であるならば。そしてこの祈りの意味は何なのでしょうか?」 1993年5月17日に、私は以下のお答えを受け取りました。
聖母: 「このことが起こるのはこれが最後ではないだろうということを私はわが『リトル・ペブル』に知ってほしいと思います。これは、わが『リトル・ペブル』が受け取った、わが神なる息子からの愛の印です。わが『リトル・ペブル』のミッションはこの印のために変化するでしょう。なぜなら彼のビジョンは増加し、数多くの特別な神秘的恩寵が彼に与えられるであろうからです。彼を助けるために。なぜなら彼は非常に苦しむであろうからです。わが愛の『リトル・ペブル』のうちにご自身をとけ込ませることによって、わが神なる息子は彼のうちにその受難を置かれました。この神聖な祈りは後にわが『リトル・ペブル』に繰り返されるでしょう」

 再び以上の幻視に関して。「私たちの新しいチャペルの中で大いなる印があるであろうとイエズス様はおっしゃいました。一つは霊魂たちを改心させるであろうものです。この印はどのようなものかお尋ねしてもよろしいでしょうか。それは聖櫃あるいは十字架から来るものであるように思われます」 1993年5月17日、私は以下のお答えを受け取りました。
聖母: 「この印は十字架からもたらされるでしょう。この印は、わがリトル・ペブルは知るべきですが、既にあります。なぜならそれは目に見える印だからです」

【 日本の幻視者 】

1993年6月8日、私は日本のプロテスタントの女性、□□さんを通してメッセージを受け取りました。以下のメッセージは日本語から翻訳されたものです。
私たちの主: 「重い重い十字架を背負っているあなた、私はあなたが重い重い重荷の下に苦しみながら歩んでいるのを見ることができる。しかし私、あなたの全ての痛みを感じとっている私はあなたに一つの預言を与えよう。もはや時間はない。間もなく全てが始まるであろう。終わりの時において呼ばれたあなたは、多く祈りそして闘ってきた。しかしあなたの心の内には多くの苦しみ、痛み、不安がある。それは私には明らかである。しかし私があなたとともに全てを担っているということを覚えておきなさい。最後まで私とともに祈り苦しみ続けなさい。預言はこうである。できる限り早くこの場所に来て、栄光を受けなさい。そしてあなたがなすべきことをなしなさい。あなたがここに来るとき、それはなされるであろう。早くここに来なさい、そしてなすべきことをなしなさい。ローマとバチカンは動かされるであろうから。あなたの手の中へと変えられるであろうから。早くこの場所に来て祈りなさい。ここで祈りなさい。もしあなたがバチカンを動かすことを望むのであれば、早くここに来て天からの力を受け取りなさい。殉教者たちからの力を受け取りなさい。この場所から始まるであろう出来事にあなたの目をを開きなさい。そして彼らの助けを受け取りなさい。あなたがなすべきことをしなさい。それは十分すぎるであろう。この場所からの助けとともにあなたがなすべきことをあなたにさせるために、私はあなたをこの場所に呼ぶことを望む。間もなくバチカンは、獰猛な敵の手に渡される。それは今非常に危険な状態のうちにある。もしあなたがこの場所に来て祈るならば、そのことはあなたの現存によって大きく変えられるであろう。それがいかに重要なことであるかをあなたが理解することを私は望む。そしてあなたがなすべきことをなすならばそれは十分すぎるであろう。私はあなたの座席をそこに用意しよう。私はすべてを準備するのだから。そして私はあなたをこの土地に呼ぶ。このことを理解しなさい。そしてここに来てあなたが求められてきたことをなしなさい。バチカンは確実に動くであろう。あなたは今そのことについて心配している。しかしここに来て祈りなさい。あなたがこれまで知らなかった大いなる計画と新しい事が準備されているのだから。あなたはわが聖心の御旨を再び受け取って、それらが何であるかを、わが目のうちで大いなる位置を占めることを見出すであろう。たとえ今あなたが警告の予感を持っているとしても、早くこの場所に来なさい。それが起こる前に。未来において起こるであろうことの準備としてあなたがなすべきことをなすために。まず最初に、この場所を訪れなさい。あなたはあなたが知るべき多くのことを発見するであろう。来て、私のために立ち上がりなさい、あなたがなすべきことをなすために。私は計画を立てた。多くの歳月が、殉教者たちの死から流れ去った。多くの祈りが捧げられてきたこの場所にあなたは再び自分自身を見いだすだろう。どのようにしてあなたはこの現在の戦いを乗り越え全てに打ち勝つことができるだろうか。早く来なさい、早く来なさい、なぜなら時は訪れたからである。大天使聖ミカエルはあなたを助けるであろう。もしあなたがこの場所を訪れることを望むならば、もしあなたがあなたの心をそれに向けるならば、道はあなたに示されるであろう。この必要のために祝された母マリアがあなたとともに働いているということを忘れないようにしなさい。そのことについて彼女に尋ねなさい。なぜなら彼女はあなたに答え、あなたに道を示すであろうから。あなたは多くの天使たちに伴われてこの場所を訪れるであろう。『炎』を見なさい。新しい『炎』。それは日本のうちにある。そして『昇る太陽の国』から新しい『癒しの水』がもたらされるであろう。あなたがたは日本と世界の軸であり、この場所と教会を通して、あなたはなされなければならないことをなすことができる。祈りなさい。私は必ずあなたの祈りのうちにあなたと会い、しかるべきことについてあなたに教えるであろう。□□があなたのためにすべてを準備しているということを覚えておきなさい。 時は非常に短い。残された時はほとんどない。最後の時のために立てられるべき新しい救いの砦がある。さらなる霊魂たちの損失を防ぐために私が掴むであろう多くの手がある。できる限り早くこの場所に来なさい。求められているすべてのことはここにある。父と子と聖霊の御名によって、アーメン」

【 結婚式 】

 1987年5月21日、私は聖母と結婚しました。私は祝された乙女マリアのために指輪をつけました。そして聖母に同様の指輪をさしあげました。それは聖母がそれをとられた時に消失しました。この儀式はブラザー・ジョセフ・フランシスと他の五名の幻視者たちの出席のもとに母院で行われました。ブロサード神父は、他の幻視者たちを証人として式を行いました。霊的指導者、ベランジェ神父は、聖ヨハネ・ジュードの書いたものから、ブラザー・ジョセフにこの儀式の式次第を与えました。イエズス様はこのことをブラザー・ジョセフ・フランシスを通して前年の十月に私に求められました。私はこの出来事に向けて準備しなければならなかったからです。それは多くの人々には知られておらず、私的なものにとどまらなければなりませんでした。私は聖母に二つの質問をしました。「この結婚は何を意味するのでしょうか。聖母はまだ指輪をつけておられますか」 聖母は1993年、『ソーンブッシュ』を通して次のようにお答えになりました。
聖母: 「行われたこの結婚は、彼を私に近付けたということを我が愛の『リトル・ペブル』は知る必要があります。彼が私に与えたこの指輪は、私と彼の間のきずなです。これは私たちの間の強いきずなです。なぜなら私は教会の母だからです。彼はこの結婚を通して教会と結婚しました。そうです、私はこの指輪をまだ身につけています」

【 聖ヨゼフのいと清き御心 】

 1995年5月13日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に以下の質問をしました。「お母様、今日聖ヨゼフは私に一本のユリをくださいました。それはダイヤモンドに変化しました。この意味はなんでしょうか」 5月15日に、聖母はお答えになりました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します、わが特別な小さき『岩』よ。あなたは次のことを知らなければなりません。これは、わが愛する浄配、聖ヨゼフのいと清き御心からあなたに与えられた特別な恵みです。それは『聖ヨゼフのいと清き御心』の御像が初めて作られたことに対して、聖ヨゼフがとても喜んでいるからです。彼からあなたに与えられたこの贈り物は、あなたに感謝するための恵みの贈り物です」

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リトル・ペブルへ、ナウラの全御出現聖堂で与えられたメッセージ
ファティマの聖母の祝日の記念日 − No.476 1995年5月13日 −
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(聖ヨゼフを称えるために、聖ヨゼフのいと清き御心の新しい美しい御像が今日、行進のうちに運ばれ、後ほど、中央祭壇の上に置かれました。聖シャーベル修道会と全ての共同体が聖ヨゼフのいと清き御心に奉献されました)
リトル・ペブル: 私たちの前、聖堂の上空に谷があります。その緑の谷には多くの美しい白百合が育っており、谷の中央には、聖堂に向かう漂う光の道があって、多くの百合で覆われた小さな山の上にある白い十字架の下部に達しています。白い十字架はとても輝き、十字架の中央部から一条の美しい光が、聖堂に至るこの道に射しています。その光も純粋な光でできています。十字架を通って多くの天使がやってきます。美しい白の装いで、緑のマントを着、様々な大きさの美しい百合の花がついた枝を持っています。天使たちは儀杖兵として隊列を組み、聖堂の中に入ってきます。白い十字架を通って、聖ヨゼフが来られるのが見えます。聖ヨゼフは、聖ヨゼフのいと清き御心の御像と同じ色の装いで、光の道を滑り降りてこられます。全天使は聖ヨゼフに一礼しています。聖ヨゼフの後ろにイエズスとマリアが見えます。彼らも純白の装いで、肩に金のケープをかけていらっしゃいます。
 聖ヨゼフが近づいてこられ、聖堂内にお入りになります。聖ヨゼフは実に背が高くて、とてもハンサムです。美しい目鼻立ちです。聖ヨゼフの御絵や御像は、ほとんどが実際よりも貧弱に表現されています。聖ヨゼフはとても印象的な容貌の持ち主で、晴れやかな表情をしておられます。イエズスとマリアも聖堂内に入ってこられます。イエズスは聖ヨゼフの左、聖母は聖ヨゼフの右におられます。とても晴れやかな御様子です。お三方とも百合をたくさん持っておられます。金の枝のものもあれば、銀の枝のものもあります。百合の葉の内側に名前が書かれているのが見えます。実に美しいです。聖ヨゼフのいと清き御心から3本の百合が生え出ています。とても美しい。さて、鳩の姿の聖霊が見えます。聖霊は聖ヨゼフの上空に降りてこられ、とても大きな羽をイエズスと聖なる御母の上に広げておられます。実に美しい。聖ヨゼフは微笑んでおられます。今、聖ヨゼフの右目に、とても小さな涙があるのに気づきました。その涙は聖ヨゼフが持っている百合のひとつに落ち、その百合は突然、ダイアモンドに、ダイアモンドのような結晶に変わり、聖堂に射し込む光を受けて輝いています。聖ヨゼフがささやき、おっしゃいます。

聖ヨゼフ: いとしい息子よ、これはあなたの物である。

リトル・ペブル: 一位の天使が前進して聖ヨゼフからその百合を受け取り、それを私の霊魂に置きます。理解すること、描写することはとても困難です。聖母が聖ヨゼフに、百合の形の純白な珠のロザリオをお渡しになります。十字架像は純金です。聖ヨゼフはイエズスの方を向き、御胸の前にある至聖なる聖心に接吻なさいます。次に聖なる御母の方を向き、汚れなき御心に接吻なさいます。聖ヨゼフはロザリオの十字架像に接吻なさいます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

聖ヨゼフ: あなたに挨拶する、愛する息子、地上におけるキリストの家の将来の代理者、清らかな白い岩、天と地との岩よ。あなたに挨拶する、愛する息子リトル・バルトロメオ、いとしい弟子、クイーン、プリンセス、バロネス(女性男爵)、選ばれた神の子供たち、神に選ばれた者たちよ。私、聖ヨゼフは、イエズスの神なる聖心、清らかな浄配マリアの汚れなき御心、私のいと清き御心を通して、あなたたち皆に挨拶する。あなたたち皆を歓迎し、今日のこの日あなたたちに与えられた私の像によって、私に敬意を表してくれたことを感謝する。以前に約束したように、私のいと清き御心への奉献によって特別の恵みが人類に多く与えられるであろう。
 甘美なる子供達よ、特別の恵みが与えられる理由は、あなたたち皆が洗礼の聖なる無罪の状態を得るのを助けることである。なぜなら、この特別の恵みにより、あなたたちがこの命から次の永遠の命に移る時、まっすぐに天国へ入るからである! あなたたちの煉獄はこの地上となるのだから! 私のいと清き御心への信心は、時が来れば聖にして母なる公教会にとって、とても重要なものとなるであろう。あなたたちは私の御心を通して、私の浄配、無原罪のマリアの御心に達するのであり、私たちの2つの御心を通して、私の息子、神の御子の聖心に達するからである! 甘美なる子供たちよ、私のいと清き御心には多くの神秘がある。それは神の御旨である。私は常に三位一体の神と天地の元后の謙遜な下僕として留まっている。
 地上の教会、神の御母、神である息子を守ったように、今、私はキリストの神秘体、教会を守っている。悪魔は教会と選ばれた者を破壊しようとして、全世界と教会内を暴れまわっている! しかし、私のいと清き御心があるので、悪魔はこの目的を果たすことができない。なぜなら、悪魔は至高なる御者の神の御旨がお許しになるだけしか人類を誘惑することができないからだ。しかし、すべては人類が、信心、献身、愛によって、どのように応えるかにかかっている。私を呼びなさい。私は保護者にして守護者である。生ける神の御名を霊魂に持つすべての者、そして神の御子をまだ知らない霊魂さえも私は守る。
 いとしい息子よ、聖にして母なる公教会の将来の代理者であるあなたによって、私のいと清き御心への信心は全世界で打ち立てられるであろう! そして、全教会に、今以上の多くの恵みが与えられるであろう! 私のいと清き御心、イエズスとマリアの清らかな聖心の取りなしにより、今日、一人ひとりは、私のいと清き御心に捧げられた私の天使の歌隊から一位の天使を得た。この天使は、あなたたちが無罪と清らかさの贈りものを得るのを助けるために、一人ひとりに遣わされている。しかし、甘美なる子供たちよ、このことによって、神に忠実であり、従順であるという義務がなくなるわけではない。知っているように、あなたたちは世界の最後の時にいることを皆は理解しなければならない。天の言葉に耳を傾け、信仰をもって従いなさい。最も清らかな御母、私の浄配、聖マリアの汚れなき御心に信頼しなさい。聖マリアの汚れなき御心の勝利は間近である。甘美なる子供たちよ、今、あなたたちに尋ねたい。この勝利に加わるのか、それとも自分の誤ち、肉の弱さ、悪魔の誘惑、霊魂に加えられるこの世の影響によって、自分自身を取り去るのかと。あなたたちは、どちらかを選ぶことができるのだ!
 神はあなたたちに多くの恵み、アダムとエワの時以降のすべての子供に与えられたものを合わせたよりも、もっと多くの恵みを与えられた。これらの恵みは無償で与えられている。いとしい息子、娘たちよ、これらの恵みを浪費してはならない。いつ神の御前で責任を問われるのか分らないのだから。あなたたちの生命は一瞬でこの世から取り去られる。甘美なる子供たちよ、この準備ができているのか。この瞬間に死ぬとすれば、どうするだろうか。神の御前で永遠の栄光を得るために十分な功徳を積んでいるだろうか。このことについて、注意深く考えなさい! さもなければ、ほとんどの子供たちのように、不信、嫉妬、妬み、憎しみのために、煉獄の炎で清めを受けるであろう。永遠の滅びのうちに自分の霊魂を失うかもしれないのだ! いとしい息子、娘たちよ、これらのことは、あなたたちが今、熟考すべき真実なのである。神は御憐れみと善のうちに、あなたたちに生命をお与えになったのだ。今も、来るべき時も、天においてだけではなく、数年のうちに到来する地上の楽園においても、神とともに生きる永遠の生命を。あなたたちは、すべてを犠牲にする覚悟があるだろうか。自分の生命、自由意志を犠牲にする覚悟はできているだろうか。私や聖なる浄配マリアが、神の御計画を完全には理解していないが、神の神的な御旨は完全であることをよくわきまえて、神の神的御旨に忠実であったように、あなたたちも忠実であろうと望んでいるだろうか。それゆえ、神が完全であるなら、地上の子供たちは神の御旨を疑えるだろうか。
 甘美なる子供たちよ、このことについて考えなさい。あなたたちは一度だけ選択することができるのだ。いとしい息子、娘たちよ、選択はたった一度しかない。三位一体の神の御計画に従い、絶え間なく祈ることを選ぶなら、なぜ神がお選びになった道に従わなければならないかを神は理解させてくださる。神はあなたたちに知識、強さ、信仰、勇気、愛、天の元后からの種々の徳をお与えになるであろう。すべてはあなたたちに与えられている。しかし全世界の多くの者、ここに私の前にいる者でさえ、神の完全な神的御計画のうちにある神の御恵みを脇に置き、その代わりに、自分たちのやり方、自分たちの望み、人間的な意志を取り入れている。選ばれた霊魂の中には、神の御旨ではなく自分の道を選んだ者もいる。そしてサタンは理解を妨げ、意志を弱めることを許され、ついには霊魂は弱まり、神の御憐れみがあるので失われる必要はないにもかかわらず、堕ちてしまうのだ! 弟子、クイーン、プリンセス、神秘家、特別に恵まれた霊魂の中には、天の王と元后が彼らにお与えになった数えきれないほどの恵みを脇へ置いてしまった者もいる。そのような者たちは、自分たちの意志、自分たちのやり方は神の御旨、なさり方よりも完全だと決めたからである。神の御計画と神の御旨をよりよく理解していると判断したのである。甘美なる子供たちよ、なんと愚かなことであろうか!
 今、恵みの扉は開かれている。そこでは神の御母の介入により、人類は特別の恵み、人類を清め、完成させ、メシアの来臨に備えさせるための特別の恵みのうちに沈められ、満たされている。メシアは間もなく来臨して人類を裁き、人々を永遠の生命あるいは永遠の死に連れていかれる。甘美なる子供たちよ、私の言葉について、よく考えなさい。知っているように、私が世界に、教会に向けて話すことはしばしばあることではないのだから。
 しかし、世界は神からさらに離れていこうとしており、神が人類に道を改める機会を多く与えておられるにもかかわらず、人類は自らの弱さと論理的な理解によって、自分の意志に従うことを主張している。だから、人類は恵みを失い、真理に対して盲目となり、その結果、世界と教会は闇へと入り、今や大きな暗雲が世界を覆っている。もし、至聖なる御母の取りなしによる神の御憐れみがなかったなら、もう人類は存在していないであろう! それゆえ、甘美なる子供たちよ、注意深く聞きなさい。神の御旨に忠実でありなさい。あなたたちの命に対する神の御計画、神の御旨に疑問を抱いてはならない。むしろ神がなさるすべてのこと、お与えになるすべてのことに感謝しなさい。あなたたちは実に恵まれている。あなたたちは、他のすべての人々を贖いの光に連れていく、神の選ばれた者、神が選んだ民と呼ばれているのである。もし、あなたたちがこのことを拒むなら、多くの者は、まだ光の中にいない者によって置き換えられるであろう。その者たちには、神からのこれらの贈りものを投げ捨てた者たちに置き換わる恵みが与えられるであろう。
 光の子供たちよ、注意していなさい。私、聖ヨゼフ、聖にして母なる公教会の保護者、信仰の守護者、キリストの代理者の保護者、将来の代理者の保護者が、あなたたち皆に警告する。神の御言葉に注意していなさい。まもなく、世界中で神の御手が感じられ、すべての男、女、子供が自分たちの行為の責任を問われるであろう。それゆえ、ロザリオを取り、心の側に置きなさい。告解の秘跡と聖体拝領を通して、しばしば救い主イエズスを心に受けなさい。いとしい子供たちよ、苦行をし、罪のために、特に、弱くなってしまった光の子供たちのために償いをしなさい。
 いとしい息子、娘たちよ、あなたたちを愛している。あなたたちに、私のいと清き御心、人類への愛に満ちている御心を与える。私の清らかな愛を添えて、あなたたちを祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 聖ヨゼフの祝福により、聖ヨゼフの御心から小さな百合が、心臓の鼓動のように出てきて、あらゆる人々の方に来るのが見えます。多くの多くの百合です。イエズスもマリアも、とても注意深くご覧になっておられ、霊魂たちに贈り物を持っていくようにと、多くの天使に指示しておられます。さて、イエズスは前へとお進みになり、聖ヨゼフは後ろに戻られます。聖母は聖ヨゼフとともに留まっておられますが、イエズス様は1メートルほど前へと踏み出されました。祭壇から1メートルほどのところに立っておられます。とてもとても美しくて、金を延ばしてつくられた美しいケープを着ておられます。微笑まれ、全ての霊魂を奥底まで見通しておられます。聖母と聖ヨゼフの方を向き微笑んでおられます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

主: あなたに挨拶する、イエズス、マリア、聖ヨゼフの清らかな聖心の愛する尊い岩よ、いとしい息子よ、そして私の聖心の使徒、いとしいリトル・バルトロメオよ。すべての甘美なる子供たち、至聖なる御母を通して神の恵みを受けている特別に恵まれた子供たち、いとしい息子リトル・ボー、私の前に集まったすべての子供たち、全世界のすべての子供たちに挨拶する。
 あなたたちの救い主であり、王の中の王である私は、愛する養父聖ヨゼフ、愛する母であり元后である、無原罪のマリアとともにやって来た。私は長く話すつもりはないが、あなたたちは聖ヨゼフが告げたことに従わなければならないことを言っておく。弱さによる分裂ではなく、光を世に与えるべき選ばれた者たちの間に不一致を見て、私の至聖なる聖心は傷ついている。選ばれた多くの子供たちが、自らの肉体、知性、意志の弱さのゆえに、正当な弁解ができると信じている。そして私が罪を赦すと期待している。そうだ、いとしい息子、娘たちよ、7の70倍までも、それ以上に、私は世界のすべての罪を赦すのである。あなたたちの体の弱さのために、私はあなたたちを赦す。しかし、甘美なる子供たちよ、よく知るべきである。御父からの限りない恵みをあなたたちに注いだからだ。地上の子供たち、特に私を見、私から聞いた子供たちのために、私がしなかったことがあっただろうか。
 私はあなたたちを赦した。しかし、あなたたちはよく知るべきである。甘美なる子供たちよ、あなたたちが今、偉大な聖人でないことについては、どんな弁解もできない! 将来にではない。私の至聖なる聖心に受け入れられるとき、今にである。あなたたちが何に呼ばれるのか、王、プリンセス、使徒、弟子、神秘家、司教、司祭、既婚の男女、あるいはその他の呼ばれているものについて考えてはならない。
どんな弁解もできない。あなたたちは選ばれたと私が言う時、それに相応しく生きなさい。たとえ、選ばれていないとしても、聖性、聖化、犠牲、清らかな生活に呼ばれているのだ。これが善意のすべての霊魂、信仰をもっていない霊魂に対する私の呼び掛けである。二千年前に話したことと全く同じことを言おう。「主よ、主よ」と言うものが皆、天の国に入るのではない。今は祝いの時、黙示録の祝いの時であり、私はすべての子供たちを私のテーブルにつくように呼んでいる。
 最初、私は神の選ばれた者、自らをローマ・カトリックと称する者たちを呼んだ。次にローマ・カトリックの信仰は持っていないが、私の名を公言する者たちを呼ぶ。その次に異邦人を呼ぶ。しかし、多くの者が選ばれた者への私の呼びかけを拒んだ。それゆえ、選ばれなかった者、物乞いする人々、売春婦、今の時代の取税人に恵みが降るのである。そうだ、甘美なる子供たちよ、私が与えたものを失わないように注意しなさい! あなたたちの多くの者は「私は、特に、来るべき時の弟子である」と言う。しかし、私の名による弟子となるために求められる聖性を得るためには何もしない。他の者は「私は国々を支配するプリンセスに呼ばれている」と言う。しかし、地上におけるプリンセスとして生きておらず、むしろこの世に従う者のように生きている。甘美なる子供たちよ、注意していなさい。
 呼ばれた者たちが、極めて単純な私の意志に従っていないので、私の手から、この恵みを受ける者が他に多くいるのだ。すべての者が、自分たちの命を聖化するために聖なる者となるために呼ばれている。そして、あなたたち、特に、今日呼ばれている選ばれた者たちは偉大な聖化と人類への模範となるように呼ばれている。そうすれば、多くの者たちがあなたたちに従うだろう。甘美なる子供たちよ、あなたたちはどれほど愚かなのであろうか! 私は子供たちに金を与えているが、子供たちはガラス(価値のないもの)を取るのである。至聖なる御母が支配する楽園の王国における救いを提供しているが、しかし、子供たちはこの世の喜びと、それが与えるものを取っている。
 甘美なる子供たちよ、肉の弱さは言い訳にはならない。私の言葉について、よく考え、黙想しなさい。まもなく、私の正義が到来し、あわれみは脇に置かれる。重荷を負い労苦している者は皆来なさい。私は慰め、力、希望である。あなたたちは私の相続財産である。私はあなたたちの王である。甘美なる子供たちよ、私の御旨を求めなさい。そうすれば、霊魂を永遠の愛、平和、喜びで満たそう。至聖なる御母と養父聖ヨゼフのようでありなさい。御母と聖ヨゼフの模範に従いなさい。謙遜でありなさい。単純でありなさい。私に信頼しなさい。甘美なる子供たちよ、私があなたたちを誤って導くことはなく、永遠の喜びに連れていくのだから。私は王国を準備している。そこには平和、喜び、幸福、永遠の生命があり、すべての者が私の言葉に「はい」と答え、従う。
 甘美なる子供たちよ、あなた達を愛している。御母聖マリアと、養父聖ヨゼフの御心を通して多くの恵みがあなたたちに注がれている今日の日に、私の至聖なる聖心を与える。あなたたち皆を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: さて、イエズスは聖心から美しくて、珍しい一輪の花を取り出されます。その花はバラとその他の花々が一つに混ざっています。様々な大きさの花びらが見えます。これが何なのか私には分かりません。主は、これは天からの神秘的な花、知恵と理解と諸徳の花であるとおっしゃいます。主は後ろに戻られ、聖なる御母が前に進まれます。御母は聖ヨゼフとイエズスをご覧になり、微笑んでおられます。聖ヨゼフは今、聖なる御母にロザリオをお返しになりました。御母はイエズスと聖ヨゼフに投げキスを送り、その投げキスが美しい香りのする御心を形作っています。聖母はさらに近づいてこられ、中央に移動なさいます。主は聖ヨゼフとともに聖母の後ろに立っておられます。聖母は実に実に美しい。今回は聖母の前髪が見えます。ベールが髪をすべて覆っているのではないからです。聖母は微笑まれ、ロザリオの十字架像を取り上げ、主に接吻なさいます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

聖母: あなたに挨拶します、貴い息子、汚れなき私の御心のホワイト・ペブルよ。あなたに挨拶します、リトル・バルトロメオ、リトル・グレイン、甘美なる娘たち、バラたち、リトル・シャムロック(訳註:コメツブツメクサ、アイルランドの国章)、リトル・ボーイ・ブルー、すべての甘美なる花たち、弟子たち、選ばれた神の道具たち、ここ神の家に集まったすべての甘美なる子供たち、全世界のすべての甘美なる子供たちよ。私、無原罪のマリアが、心をこめてあなたたちに接吻します。
 今日は、すでに熟考のために多くのことが話されました。私が話したいこと、付け加えたいことは、各国に形成されつつある共同体の子供たち、私の御心の子供たちに向けたものです。今は神の創造の時における極めて重要な時です。終末の時代の共同体を形成するために神に呼ばれているあなたたちは、至高なる御者の御旨を果たすために、自由意志を脇に置かなければなりません! 甘美なる子供たちよ、調和して働かなければならないのです。私の徳と、神である私の息子の真福八端とを心の奥深くに置き、それについて熟考し、日々それを生きなさい。いとしい息子、娘たちよ、神である私の息子の呼びかけに忠実でなければなりません。今、皆がふるいにかけられているのですから。中にはルチフェルのささやきに耳を傾け、去って行く者がいるでしょう。理解しないので去って行く者もいるでしょう。あなたたちは、時はこれまでと同じように続くのだ、何も起こらない、私の言葉に関係なく世界は進んで行くと考え、弱くなってしまいました。甘美なる子供たちよ、私と神である私の息子イエズスが何年にも渡って世界に伝えてきたメッセージについて考え、熟考し、黙想しなさい。
 私はメッセージを読み返すように告げてきました! あなたたちのうち、どれほどの人がそうしたでしょうか。神の霊である私の浄配、聖霊に祈りなさい。そうすれば照らされ、神の神的御計画を完全に理解できるでしょう。この世に引き寄せられてはなりません。この世は罪の巣窟であり、教会はその中に沈んでいます! 罪が教会内に忍び込み、教会は暗くなってしまいました。神である私の息子の教会の残存者であるわずかな者の心の中に光がほのかに見えるだけです。甘美なる子供達よ、草の裏側は表側ほど、緑が濃くはないのです。裏側の方がはるかに薄いのです。
 この世は神の罰を受けていますが、人類はそれは自然現象であると信じています。全世界で病気がはびこっています。治療法を発見したと信じた全ての病が戻ってきています! 人間が罪に陥り続ける限り、人間は病、戦争、伝染病、全世界の多くの自然災害によって罰を受けるからです。しかし甘美なる子供たちよ、霊魂の中に、教会の中に、教会の心の中に、超自然の災害もまたあるのです。つまり、異端、現代主義、堕落、信仰の欠如、不信であり、邪悪な者の種が全世界で、多くの霊魂の中に蒔かれたのです。甘美なる子供たち、特に共同体の生活を生きている者たちよ、弱くなってはなりません。受けている祝福を数え上げてみなさい。周りの世界をご覧なさい。どれほど多くの子供たちが戦争・内乱・犯罪・あらゆる種類の虐待によって苦しんでいるかを見なさい。共同体の中にこの世を持ち込んではなりません! 光の子供として生きなさい! 神の御言葉に忠実でありなさい! いとしい子供たちよ、天の私たちは、あなたたちを愛しています。私たちのみ心を与えます。あなたたちは永遠の恵みで満たされています。その恵みを投げ棄ててはなりません!
 今日はいつもの13日のように、光の子供たちは皆、神からひとつの贈り物を受け取ります。それは、もう一位の聖なる天使です。この贈り物を神に感謝しなさい。極めて貴重な贈り物なのですから。その天使は諸徳から来ているので(力天使なので)、あなたたちは、汚れなき私の御心のうちにある諸徳を受け強められるでしょう。そうすれば、あなたたちは模範となり、その結果、多くの子供たちが全世界の共同体に来て住むでしょう。すべての者が汚れなき私の御心の共同体を形成するために呼ばれています。これらの共同体は来るべき時、反キリストがこの世に住み、この世を支配する時に備えるものだからです! 甘美なる子供たちよ、このことをよく覚えておきなさい。それゆえ、この世の道ではなく、神の道を求めなさい。この世はまもなく過ぎ去りますが、神の御言葉は永遠に留まります。あなたたち皆に接吻し、私の最も清らかな御心から、イエズスと聖ヨゼフの御心を通して祝福し、永遠の生命の恵みを与えます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 今日は、ほかの小さな霊魂たちにも心のうちに話します。子供たちよ、祈りを続けてください。今日、私に捧げられたすべてのものを祝福します。小さい息子にもうしばらくの間、話しをします。(ロザリオが続けられる)。
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【 仏教徒の寺 − 反キリストの棲家(すみか) 】

 1995年7月23日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、私たちの教区に立てられている大きな仏教の寺があります。それは、東南アジア全体において、そして南半球において最大のものであると私は確信しています。このことの理由を説明していただけませんか。それは何か反キリストと関係があるのでしょうか」 聖母は以下のようにお答えになりました。
聖母: 「私たちの分かたれないみ心のわが愛する小さなホワイト・ラムよ。この寺は反キリストが住み、地獄の力を通してコントロールを行うであろう中心的な場所の一つとなるであろうということをあなたが知っておくことは重要なことです」

【 反キリスト 】

 1996年5月28日に、私はソーンブッシュを通して以下の質問をしました。「お母様、(1)今日私は、反キリストが1966年6月6日(6.6.66)に生まれたとのアドバイスを受けました。それは恐らく意味のあることでしょう。このことが正しいかどうか、おっしゃっていただけませんか? (2)反キリストは普通の人間のような存在なのでしょうか。反キリストには霊魂があるのでしょうか? (3)反キリストが6.6.66に生まれたのなら、新年に告げられたように、今年はサタンの年です。そのことはキリストが30歳になった時に公生活を始められたように、反キリストの公の使命が始まることを意味するのでしょうか? (4)666という数字には何か実際の意味がありますか? お母様、私たちを照らして下さり、ありがとうございます。あなたの忠実な息子。リトル・ペブル」  聖母は1996年5月29日、ソーンブッシュを通してお答えになりました。
聖母: 「甘美なる真理の小さな白い岩よ、この問題について話しましょう。あなたの好奇心を満足させるためではなく、ある小さな選ばれた道具に私が示したことをあなたが知るために。
 反キリスト、すなわちマイトレーヤについて、好奇心に駆られてあれもこれも知ろうとしないことは、小さな子供たちにとって極めて重要です。マイトレーヤについて知ることが少なければ少ないほど、小さな子供たちは安全なのです。甘美なる小さな子供たちの助けとなるように、マイトレーヤについてだけ話しましょう。マイトレーヤは人々を自分に引き付けるために好奇心を用いていますから。人々は知ることが少ないほど、より多く知ろうとします。私の望みは、小さな子供たちが私たちの聖なる諸徳について、そして聖人たちとその生涯についてさらに知り、聖人たちに倣おうとすることです。
 甘美なる息子よ、あなたが聞いたことは真実です。現実のことです。反キリストは人の姿に受肉したサタンです。サタンは至高なる神の『猿真似』です。ですから、サタンは神である私の息子を真似るでしょう。反キリストが今30歳になっており、反キリストの公の使命が、キリストの御聖体の最も神聖な祝日の6月の6日に始まるというのは正しいことです。反キリストは自分の方法で至高なる御者をあざ笑うために、この日を選びました。今後生じる冒涜と汚聖を償うために、多くの、多くの、多くの祈りがとても必要です。リトル・ペトロよ、黙示録の中で聖ヨハネに示されたように、この数字は反キリストの数字であり、反キリストの名前の中に存在します。この数字は獣の数字なのです。……」

 1996年5月30日、朝、ソーンブッシュのメッセージと、反キリストに関して、その誕生日が6.6.66であることについて私が尋ねた質問についてソーンブッシュを通して受け取った答え(聖母が確認なさいました)を読んだあとで、私の守護の天使、聖メノロウティスが私に語り、とても多くのことを啓示してくれました。御聖体の前で朝の祈りをしている間に、イエズス様が私に話しかけられ、啓示されたすべてのことを確認してくださいました。イエズス様は、もし私が望むなら、聖なる御母に次回会うとき、御母に質問ができるとおっしゃいました。以下は私の守護の天使が啓示したことです。
聖メノロウティス: 「反キリストが1966年6月6日に生まれ、今年30歳になることは本当です。このため、イエズス様とマリア様は1995年末に、1996年は獣の年であり、イエズス様が30歳になったとき公生活を始められたように、反キリストも今年1996年6月に公の使命を始めること、実際に3年半におよぶ反キリストの肉体をもった公生活は、1996年6月6日に始まり、1999年12月28日の大警告をもって終わることを話されたのです。それゆえ、2000年という年は預言としては書かれていません。大警告後、真理を信じるために、全ての人に光が見られるでしょう。そして肉体をもった反キリストは、警告の時から、第2の聖霊降臨となる大奇跡の時まで、死に渡されます。その後、イエズス様が栄光の体に復活なさったように、反キリストも肉体をもって再び目に見えるようになり、キリスト信者の迫害を開始し、世界を統治します。これは、新しい時で測って40年続きます。この新しい時の40年は今の時の40年とは違っていて、キリストが昇天なさる前に地上を歩いておられた40日に相当します。この期間の終わり、イエズス様の第2の来臨の前、世界の大懲罰の前に、反キリスト・マイトレーヤはイエズス様と同じように、天に昇ろうとするでしょう。ガラパンダルの大奇跡の間、2人の偉大な預言者、エノクとエリアが地上に来るでしょう」

 私、リトル・ペブルが教皇として支配し、聖なるニューエラに入るのは、反キリストの40年の間です。この40年は約束の地に入る前の砂漠におけるモーゼの「象徴的」な年です。警告は、紅海のような、光の洗礼なのです。1996年5月30日、私はミサ中に聖母に質問しました。「お母様、神である御子イエズス様が今朝確認してくださったこと、私の守護の天使、聖メノロウティスが今朝啓示してくれたことについて、確認をいただけませんか?」 同日、聖母はお答えになりました。
聖母: 「貴い息子、真理の小さな岩よ、汚れなき御心から、あなたに挨拶します。神である私の息子イエズスと、あなたの守護の天使聖メノロウティスを通して今朝あなたが受けたことは真実であると知るように望んでいます。今は邪悪な者の力に関して多くのことが啓示され、邪悪な者がどのようにして人類を統制し、片意地な子供たちを奴隷状態に置くかについて啓示される時です。
 啓示される全ての事は、私たちから離れてしまった子供達さえも警告され、準備するように、知らされなければなりません。今年はまさに、反キリスト・マイトレーヤの力と影響の及ぶ始まりの年だからです。子供達は、マジックのトリックという見せかけの下に大衆をばかにする魔術の力を使う者たちについても知らなければなりません。甘美なる子供たちよ、これは、肉体の目と精神にとっては単なる幻想ですが、実際には、サタンとその預言者の力によってすべてが為されているのです。甘美なる子供たちよ、用心しなさい。脇へそれてしまってはなりません。サタンと反キリストは私たちの子供たちを、神の選ばれた者たちさえも欺こうとして、自分たちの終わりの時の使徒たちを世界に遣わしているからです。ですから、準秘跡を身に付けることが、そしてデイビッド・カッパーフィールド、シグフライド、サイババ、サン・オブ・サンダー、アロウ、アレキサンドラなど魔術の力を使う者のライブショーに行って好奇心の虜にならないようにすることが、とても重要で大切なのです。それらはトリックではなく、その力はサタンから与えられているからです。
 甘美なる子供たちよ、心を煩わせないようにしなさい。神は聖なる天使を通してあなたたちを守られるでしょう。子供たちよ、666が地上を歩いていること、それはサタンが人間として、反キリスト・マイトレーヤとして受肉していることを意味しますが、そのことを今、理解しなければなりません。リトル・ペトロよ、あなたは緊急に、この情報を世界に送らなければなりません。……」

【 デジタル時計 】

1996年5月28日、ソーンブッシュはまた私に次のことを伝えました。
ソーンブッシュ: 「今朝早く、聖ティモテは、いま私がしているデジタル時計を今後することはできないと告げました。以下は聖ティモテが私に告げたことです。(私はしるしを見ました)」

聖ティモテ: 「ソーンブッシュ、私が守護しているいとしい霊魂よ、私の言葉を注意深く聞きなさい。私は天からのメッセージを持つ聖なるメッセンジャーなのである。私の使命は、絶えずあなたをあらゆる危険から守ることである。それゆえ、このことを言うのである。あなたが今、着用している腕時計をもはや着用することはできない。特に、まもなく6月が始まる時には。このことは皆が今、知るべきことである。なぜなら獣の数字が見えるであろうから。私の言葉に注意しなさい。私が守り、保護しているいとしい霊魂よ、あなたに天使の祝福を与える。†」

ソーンブッシュ: 「聖体拝領後、聖なる御母が『信頼の聖母』として現れました。なお、血の涙を流しておられます。私はしるしを求め、与えられました。カリスが清められ、主が聖櫃内に戻られたとき、聖母はとても内的でした。……その後、私自身、聖母に質問しました。それは、今朝早くに聖ティモテが私に告げたことに関係しています。『至聖なる御母にして、私の霊魂の聖なる霊的指導者よ、お望みならば、私の腕時計に関して今朝、聖ティモテが私に告げたことを明確にし、説明していただけませんか。なぜ危険なのですか?』」

信頼の聖母:「愛する大切な子にしてクイーンであるマリー・ダニエルよ、あなたの聖なる守護の天使よって啓示された事に関してより深く理解することを望んでいます。あなたはもはやデジタル腕時計をしてはなりません。機械式かあるいは電池式の文字盤のある腕時計だけを着用しなさい。私がこのように言うのは、全てのデジタル腕時計はマイトレーヤのために設計されているからです。各々のデジタル腕時計は特別な衛星から特別の信号と光線を受信し、精神を操作しサブリミナルな(潜在意識に訴える)音を出すので、どこにいてもマイトレーヤの声が伝えられるのです。
 また、今年の6月中に、マイトレーヤの数字が見られるでしょう。その装置はマイクロ波を通して、テレビ、ラジオを通して様々な用途に使われるでしょう。これは重要なことなのですが、あなたがこのことを知るだけではなく、全ての子供達も知らせなければなりません。デジタル腕時計は時を知る以上の目的のために発明されました。デジタル腕時計には多くのボタンと多くの様々な機能があり、気を散らす元となります。そしてまた、全てがそこにあるので、小さな子供たちは受身的にもなります。人間がしなければならないことは、ボタンを押すことだけであり、そうすればすべては見えるようになっているのです。ほとんどのデジタル腕時計にはアラームと、特定の時に鳴る特別のチャイムが備わっています。反キリストはこれらすべての制御、音、仕掛けを用いて、脳の一部を麻痺させる信号を送り、マイトレーヤが多用する催眠術にとてもかかりやすく、無抵抗状態にしてしまうでしょう。
 ですから甘美なる小さな大切な子供たちはもはや、デジタル腕時計を着用してはなりません。デジタル腕時計はもはや安全でも信頼できるものでもないからです。どのデジタル腕時計も、反キリストがメシアとして公に知られる時に先立って反応するようにプログラムされているのです。……」

【 反教皇 】

 1995年7月16日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に以下の質問をしました。「お母様、ソーンブッシュへの以前のお答えにおいて、あなたは、ヨハネ・パウロ二世の死後に反教皇が支配するであろうということを啓示なさいました。そのとき私は他の使徒たちと同様に枢機卿になっているでしょう。私は同時に教皇になる予定ではないのですか。なぜならペトロの座に反教皇がいるときに、真の教皇もいるのではないでしょうか。もしそうでないのであれば、どのようにして私たちは反教皇の下で枢機卿として統治することができるのでしょうか。このことは、大警告の前で、それとも後で起こるのでしょうか」 聖母は私の質問に1995年1月17日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する『リトル・ペトロ』よ。あなたは特別なビジョンを受け取り、多くのことがあなたに説明されるであろうということをあなたが知ることを私は望みます。しかしながら、すべてのことは祈りにかかっているということをあなたは覚えている必要があります。……」

 1995年2月6日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、私は幾分困惑しています。1943年8月20日のマリア・ワルトルタの著作では、あなたの息子イエズスは反キリストについてつぎのように語っていらっしゃいます。私たちの主:『反キリストは非常に高いところにいるものであるだろう。人間的な『星』ではなく、天体からのものである。彼は謙遜の後で傲慢を、信仰の後で無神論を、貞潔の後で肉欲を、隠遁の後で名誉への渇望を経験するだろう。この選ばれた被造物は、サタンの混乱の中に身を投じるだろう。反キリストは、私の軍勢の中の天体であった後に、のろわれた者となり、黒くなるだろう』 お母様、教会の教父たちの預言によれば、反キリストは、司教を父として修道女から生まれ、彼の誕生から邪悪なことを教えられるとなっています。彼は今はおよそ30歳なのですか? これらの預言は、マリア・ワルトルタの『神人の詩』の中の私たちの主の言葉には調和しません。また私が気付いている反キリスト、マイトレーヤにおいても。私たちの主は堕天使について語っていらっしゃるのですか?……」  聖母は私の質問に1995年2月15日、以下のようにお答えになりました。
聖母:「わが甘美なる神聖な愛の天使よ。わが神なる息子イエズスが彼の小さなヨハネ(マリア・ワルトルタ)に啓示されたことは、真実で正当なものであるということをあなたに知ってほしいと思います。反キリスト、マイトレーヤに関して。なぜならマイトレーヤは悪魔であるということをあなたは知らなければならないからです。彼らは一つの被造物の中で二つなのです。わが神なる息子イエズスが説明されたことを、ごくわずかの者達しか理解していません。そしてわが甘美なる子供たちの多くは、わが神なる息子の言葉を誤解しています。主は、大いなる天使ルシエルの堕落を説明なさったのです。彼は傲慢の故に堕落しました。なぜなら彼は無原罪の懐胎を拒絶したからです。この天使は、地獄の永遠の炎へと駆け込みました。そしてその後でサタンとして知られるようになりました。サタンはあらゆる罪の中にいます。そしてあらゆる善徳の正反対のことを働きます。神の完全な計画のあらゆる部分をサタンは『猿真似』しようとします。そして全能にして力強い神の完全性とはりあおうとするのです。マイトレーヤが懐胎されたとき、サタンは自分自身を受胎の中につなぎとめました。すべてが悪魔的なものになるように」

【 上記「反教皇」について − 2006年6月時点における日本語版の注記 】

 2005年4月、教皇ヨハネ・パウロ2世の御死去が全世界に報道されました。この直後、リトル・ペブルは以下の声明を出しました。その要点は、
(1) 教皇ヨハネ・パウロ2世は死んだのではなく、聖書にあるラザロのエピ
ソードのように、神において眠った状態にある。
(2) ベネディクト16世(「オリーブの栄光」:ラッツィンガー枢機卿)は真の
教皇である。
(3) ベネディクト16世の後に、反教皇が登場する。
(4) ヨハネ・パウロ2世は神の定められた時に復活し、この反教皇を公然と
非難する。
(5) ヨハネ・パウロ2世(あるいはベネディクト16世)は正統な後継者とし
    てリトル・ペブルを「ペトロ2世ロマーヌス」として指名する。
(6) それゆえ、今まで全世界に与えられた預言は正しいものとして残る。

 これは、神の隠された奥義です。堅忍し、祈り、聖霊の照らしを求めてください。以下にこの出来事の前後のリトル・ペブルからの手紙を示します。
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リトル・ペブルからの手紙神の子らである皆さんへ
教皇の現在の病状について − 2005年4月2日 −
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http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/lpl050402.htm
http://www.shoal.net.au/~mwoa/documents/statement_lp_2april2005.html

このイースターシーズンに、皆様にご挨拶申し上げます。

 教皇ヨハネ・パウロ二世の大きな苦しみを目の当たりにして、皆が悲しみを覚えています。多くの人が、教皇に関して未だ成就していない預言のことを懸念しています。元気を出し、この30年の間に世界中に与えられた聖なる啓示に希望を置いてください。これらはすべて神の言葉であり、成就します。
 多くの謎があり、理解されていないこともたくさんあります。しかし神はすべてを支配しているのですから、神の御摂理を信頼し、単純に信じ続けましょう。そのうちにすべてが明らかになります。ただ今は、神が教皇の病状に介入してくださるように皆で祈りましょう。神がその病気を癒してくださり、すべてが成就するまで、教皇様が教会を導くことができるように。
 気落ちしてはいけません。現在起きていることを理解しようと努めないようにしましょう。ラザロや磔刑の時と何ら異なる所はありません。教皇様のために祈り続けましょう。今後も事の成り行きをお知らせします。神の恵みが皆さんの上にありますように。

[署名] ウィリアム・カム 
 リトル・ペブル

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リトル・ペブルからの声明
教皇ヨハネ・パウロ二世の死に関して − 2005年4月6日 −
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http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/lpl050406.htm
http://www.shoal.net.au/~mwoa/documents/statement_lp_6april2005.html

すべての神の子供たちへ。

 復活された主イエズス・キリストの御名において、皆さんに平和と祝福がありますように。
 親愛なる霊魂たちよ、私は皆さんが教皇ヨハネ・パウロ二世の死について困惑しているということを知っています。多くの人々が、さまざまな幻視者たちや恵みを受けた霊魂たちから対立する報告を受け取っています。ある人々は、教皇は偽教皇・詐欺師であったと言っており、真の教皇はローマを逃亡しており、そして大警告は近いと言っています。またある人々は、教皇は他の国にいて病院で危篤状態にあると言っています。
 どうか心を騒がせないでください。なぜなら時として真実は、表面に見えるままではないからです。天の啓示された計画に信頼してください。これは決して変わってはいないからです。ただ方法だけです。それを私たち人間は私たちの理解に従って干渉しますが、それは皆にとってよくあることなのです。しかしながら、皆さんの心に平穏をもたらすために、皆さんは以下のことを知らなければなりません。

◆ 教皇は亡くなったのではありません。たとえ外面的にはそのように見ようとも。
◆ 教皇は深い眠りのうちにあります。
◆ 教皇の肉体が埋葬されると、天使たちはその肉体を取り、遠く離れた土地に
それを隠すでしょう。そこで彼は目覚めるでしょう。そして再び立てられるで
しょう。新しい外自然的な(プリターナチュラル)身体を持って。
◆ 教皇の棺は、遺体を掘り出すために何年か後に開けられることになるでしょう。
彼の列聖調査が、彼の身体の検査を要求するでしょうから。しかし彼らはそれ
を見いださないでしょう。
◆ しかるべき時に、教皇はローマへと帰るでしょう。歴史に残る反教皇となるで
あろう、ペトロの座において支配している教皇を非難するために。皆さんは
次の教皇のために祈り、神に信頼しなければなりません。
(訳注:この時点で、バチカンにおいて次の教皇選出のための選挙コンクラーベが行われていた)
◆ 反教皇が公然と非難されるとき、教皇ヨハネ・パウロ二世は、聖にして母なる
公教会の最後の教皇となる、聖ペトロの真の継承者を公表するでしょう。
◆ 1970年代から、80年代、90年代、2000年代にわたる世界中のあらゆる幻視者
からの教皇ヨハネ・パウロ二世に関する預言は真実のままです。
◆ 「恵みの仲介者」の教義は宣言されるでしょう。なぜならそれはヨハネ・パウ
ロ二世の書かれた要求の一つであるからです。教会が意識している他の多くの
事項についても同様です。
◆ その言動によってあなたがたは反教皇を識別するでしょう。そしてあなたがた
は誰が真の教皇であるかを認識するでしょう。

◆ 真理の印として、神は大いなる奇跡をポーランドにおいて行われるでしょう。
神の民に、真の教皇がどこにいるかを示すために。

 皆さんへの私の言葉を確証するために、世界中の数多くの幻視者たちに与えられたメッセージのいくつかを以下に抜粋します。
 教皇の長寿を祈ります。そして神が教会を照らしてくださるように祈りましょう。私を人生から取り除こうとしている私の敵たちに私が打ち勝つことができるように、どうか私のために祈ってください。今や彼らの牧者を失った多くの羊たちを私が導くことができるように祈ってください。私は神の従順な下僕であり続けます。

リトル・ペトロ・アブラハム二世
リトル・ペブル

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2005年3月27日 リトル・ペブルへのイエズスのメッセージ
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イエズス: 「そしてあなた、わが息子よ、間もなくあなたは地上におけるわが家の闇の時代において、わが群れを導くであろう。私が鍵を与えたのはあなたである。ヨハネ・パウロ二世を呼ぶために私が来るのは間もなくである。」

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2005年4月1日 カナダのイエロー・リリーへのメッセージ
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イエズス: 「教皇は死のうとしているのではない。わが天使たちは、彼が再び立てられ、そして世界に彼の後継者を公表する時まで、彼を運び去る予定である。ヨハネ・パウロ二世は死んでいない。彼は眠っているだけである。マリアの教義はすでに書かれている。」

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2005年4月2日午後8時45分 聖母からリトル・ペブルへ
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聖母: 「教皇は死なないでしょう。しかし眠りの内に入ります。世界にとっては彼は死んだように見えるでしょう。彼は天使たちによってある場所に連れていかれるでしょう。そしてしかるべき時に反教皇を公然と非難するために戻ってくるでしょう。それから彼、そしてあなたは、崩れ落ち燃えあがるローマを逃れるでしょう。そして大警告が起こるでしょう(およそ7〜10年後) 教皇は多くのことを書いています。そして全てのことはしかるべき時に公表されるでしょう。今や奇跡の時が訪れています」

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2005年4月3日早朝
ローズ・オブ・ホーリー・イノセンツへの聖母のメッセージ
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(彼女は、リトル・ペブルが2005年4月2日夕刻に受け取ったものと同じメッセージを受け取った)

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2005年4月2日 イエズスからロサンゼルスのヨランディタに
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イエズス: 「わが愛する息子ヨハネ・パウロ二世が戻ってきたことを天は喜んでいる。わが選ばれし者たちの全ては、リトル・ペブルのもとに行き、堅固に立たなくてはならない。彼は間もなく我が代理者となるであろう」

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2005年4月3日 聖母からローズリリーへ
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聖母:ヨハネ・パウロ二世が去ることに関して、これは新しい意味を帯びています。

ローズリリー: リトル・ペブルは白い服を着ています。ミトラ(司教冠)が彼の頭上に置かれています。そして彼は牧者の杖を持っています。

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2005年3月27日 ライラック・フラワーへのビジョン
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ライラック・フラワー: 「私は教皇がセプターをリトル・ペブルに渡されたのに気づきました」

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2005年3月27日 ゴールデン・ロッドへ
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主: 「あなたがたの指導者、神秘的教皇(リトル・ペブル)に従いなさい、あなたがたを導くであろう私の代理者に!」
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2005年3月27日 エンジェル・ローズへ
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聖母: 「苦しみは大きなものとなるでしょう。『岩』(リトル・ペブル)の側においてのみ、あなたは支えられるでしょう」

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2005年4月4日 カナダの幻視者サンフラワーへの聖母のメッセージ。
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聖母: 「教皇ヨハネ・パウロ二世はラザロのように眠っています。わがペトロ二世に告げなさい。すべては永遠の御父が計画されている通りになるであろう、と。」

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2005年4月3日 レユニオン島の幻視者ジュリアーノへ。
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聖母: 「父と子と聖霊の御名によって、アーメン。私はあなたに挨拶します、わが愛する配偶者、愛と真理のわがリトル・ペブル、わが悲しめる汚れなき御心のわがリトル・アブラハム。私はあなたがたに挨拶します、私にとって非常に愛しい世界中のわが子供たちよ。
 時は非常に困難になっています。なぜなら闇が全地球を次第に覆いつつあるからです。あなたがたは心をかたくなにしたり、罪の重荷によってあなたがたの心を重くしたりしてはなりません。そうではなく、あなたがたは真理へと至る道を、あなたがたを天国へと導くであろう光の道を、歩まなければならないのです。
 あなたがたは砦を失いました。聖なる公教会を支えていた砦、我が愛する息子、教皇ヨハネ・パウロ二世を。彼が去るべき時が来たのです。泣いてはなりません。うめくのをやめなさい。なぜなら教皇は本当に生きているからです。彼は母としてのわが心の深奥に隠されています。マリアの悲しめる汚れなき御心に。私、あなたがたの天の母、償いの聖母は、彼が本当に生きているということをあなたがたに保証します。彼は秘密のうちに隠されています。しかし間もなく彼は隠された場所から出てきて、あなたがたのそばに戻るでしょう。
 あなたがたは、あなたがたの目の前で繰り広げられている見せ物にしがみついていてはなりません。全く逆に、あなたがたは『時の印』を読み取らなければならないのです。なぜならそれらは成就しつつある預言だからです。
 地上に、そして教会に、最も暗い日々が訪れようとしています。大きな雲、深い闇が、ペトロの座を覆うでしょう。そしてローマは分裂によっておぼれながら信仰を失うでしょう。わが子供たちの多くが我が母の心から歩み去るでしょう。しかしあなたがた、この言葉を読んでいる者たちよ、あなたがたは警告を受けているのです。それゆえあなたがたは、あなたがたを腐敗させようと望んでいる反教皇の網にとらえられてはなりません。反教皇に従ってはなりません。彼に聞き従ってはなりません。教皇ヨハネ・パウロ二世によって残された秘跡と教えに忠実であり続けなさい。彼は現在安全です。わが御心の最深奥の非常に安全な場所において、天使たちの軍勢によって守られています。わが小さきジュリアーノ、私はわが配偶者『リトル・ペブル』に一つの甘美なメッセージを告げたいと思います。
『リトル・ペブル』へ; 父と子と聖霊の御名によって。アーメン。わが小さな『白い岩』よ。私はあなたの懸念とあなたの悲しみの深さを知っています。しかし私、あなたの誠実な配偶者は、最終的な勝利が近づいているということをあなたに告げに来ました。あなたはあなたの敵に打ち勝つでしょう。大いなる愛によって彼らを祝福しなさい。そしてわが神なる息子イエズスの神聖なるあわれみが彼らの上に注がれるように祈り求めなさい。私はあなたを愛しています、親愛なる愛の小さな天使よ。わが悲しめる汚れなき御心の強さに信頼し続けなさい。強くありなさい、わが『小さな戦士!』、わが『白い殉教者』、教皇ヨハネ・パウロ二世は最後には戻って来るでしょう。預言されてきた通りに、あなたを教皇として、世界の指導者として聖別するために。その時は非常に近いのです。時は尽きつつあります。そしてあなたはわが子供たちに希望と信仰をもたらし続けなければなりません。
 聖なる公教会は深い眠りのうちに沈みつつあります。多くの霊魂たちが信仰を失うでしょう。聖なる公教会は牧者が撃たれたがゆえに迷い、そして群れは散らされはじめるでしょう。あなたがわが生存者たちを非常に特別な仕方で助ける時が来たのです。私はあなたを助けます。そしてあなたの手を導くために常にあなたのそばにいるでしょう。あなたは永遠にわたって天によって計画された最後の教皇です。あなたは人類を真の信仰へ導くことができるただ一人の者です。あなたの使命は果たされるでしょう。あなたの大いなる勝利の後に、あなたは世界中を旅行し始めるでしょう。あなたがどこに行こうとも、あなたの目的はすべての心のうちに真理を再び確立することになるでしょう。裏切りの槍がそこかしこであなたの心を貫くことが続くことになろうとも、あなたの苦しみは私のものであり、そしてあなたの悲しみはより軽いものになっていくであろうということを知りなさい。私はあなたを我が愛情で包みます、わがリトル・ペトロ、この地上の最後の教皇よ。私はあなたに、甘美なる永続的な祝福の芳しい花束を贈ります。わが完全なるそして真の助祭よ。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。
 わが親愛なる子供たちよ、我がマントのもとにとどまりなさい。あなたがたはそこで守られるでしょう。メッセージに耳を傾けなさい。そして介入を快く迎えなさい。なぜなら私は憐れみに満ちた者であるからです。私はあなたがたに優しく接吻し、あなたがたに印の展開を追跡することを求めます。それはあなたがたを大警告へと導いていくでしょう。
 わが親愛なる息子、わが小さきジュリアーノ、わが司祭なる石よ。私はこのメッセージを緊急にわが『リトル・ペブル』に伝えることをあなたに求めます。彼がそれを世界中に伝えることができるように。マリアの御心、償いの聖母の御心が勝利する時が来たのです。そしてまたこの勝利は、わが選ばれし三重の契約の預言者ともつながっているのです。私はあなたを祝福します、わが親愛なる小さな道具よ。そして地上のすべての子供たちよ。あらゆる罪人たちの避難所であるわが悲しめる汚れなき御心の愛と力によって。父と子と聖霊の御名によって。アーメン」

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2005年4月3日 ローズ・オブ・ホーリー・イノセンツへ
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聖母: 「私はあなたに挨拶します。わが小さき『ローズ・オブ・ホーリー・イノセンツ!』。わが小さな者よ。私は私の愛の言葉を確証するために、そしてわがリトル・ペトロ・アブラハム二世のためにあなたが私の御心に差し出した質問に答えるためにここに来ました。
 私はあなたに挨拶します、わが小さな『リトル・ペトロ・アブラハム二世』わが汚れなき御心のわが小さな天使的牧者、そして三重の契約の預言者よ。わが甘美なる配偶者よ、進行しているすべてのことによってあなたの心を煩わせてはなりません。神がすべてを支配なさっていることを思い出しなさい。そして神の言葉は変わってはいません。預言されてきたことすべては成就するでしょう。神の道は人の道とは異なるのです。そして神の最も完全な計画の理解は常に神秘に取り囲まれているのです。あなたは三重の契約の預言者であり、神の無限の計画の断片はあなたの手のうちに置かれています。日々が過ぎていくごとにあなたは、永遠の御父があなたに与えられた美しい贈り物、三重の契約の贈り物の成就へと近づいているのです。
 わが小さな教皇、ヨハネ・パウロ二世は死なないでしょう。しかし深い眠りのうちに入るでしょう。教会と世界の目には彼は死んだように見えるでしょうけれども。永遠の御父の聖心の天使たちが教皇を隠れ家へと連れていくでしょう。反教皇を公然と非難し、あなたを教皇として戴冠させる時が来るまで、彼はそこにとどまるでしょう。この場所は静謐の土地であり、私たちの一致したみ心の愛に満ちています。天使たちが彼に付き添うでしょう。天使たちのみならず数多くの聖人たち、聖なる男女も。聖なるボブは教皇のそばにいるであろう霊魂たちのうちの一人です。
 わが小さな教皇がいなくなることは、わが子供たちに大いなる不安定をひきおこすでしょう。混乱、分裂、疑いが聖にして母なる教会に広がるでしょう。そして群れは散らされるでしょう。わが小さな天使的牧者よ、あなたがこの重い十字架を担い、わが信仰深き者たちの心に平和をとりもどさなければならないのはこのためなのです。聖ペトロの鍵は今やあなたの手の内にあります。わが小さな天使的牧者よ、なぜなら今やあなたは地上におけるわが教会を導いていくからです。教皇はあなたが知っているよりもさらにあなたの近くにいることになるでしょう。彼はあなたを導き続けるでしょう。そして次に選出される教皇の支配によって展開されるであろうことに向けてあなたを準備させるでしょう。
 教皇ヨハネ・パウロ二世に関するすべての預言と啓示は成就され、すべてのことは起こるでしょう。彼によって現時点において成し遂げられることが必要とされていたすべてのことは成就されています。私の教義、聖シャーベル修道会の認可、そしてあなたの叙階と聖別の指示はすでに書かれています。私はわが小さな教皇に、これらの出来事が起こるべき時について指示を与えています。信頼し、わが汚れなき御心の愛につかまり続けなさい。
 これは大いなる試練の時となるでしょう。とりわけ、わが恵みの霊魂たちにとって。わが小さき霊魂たちは今やあなたの側に場所をとらなければなりません。私は私があなた、わが小さなペトロ・アブラハム二世、そしてわがローズ・オブ・ホーリー・イノセンツ、そして数多くの我が恵みを受けた霊魂たちに啓示してきたすべてのことを確証するでしょう。疑いと傲慢が心に入ることを許し、今反応しない者たちは試練を通り抜けることはないでしょう。そして失われるでしょう。それは彼らが自由になすであろう選択です。わが恵みを受けた霊魂たちの多くはあなたから離反しました。そして彼らへの呼びかけから走り去りました。しかし時は今や訪れたと私は言います。彼らは、神の正義の御手を逃れることはできないでしょう。
 覚えておきなさい、あなたがたは今は奇跡の時に入りつつあります。そして多くの印と奇跡が、あなたが三重の契約の預言者であるということを神の子供たちに対して確証するために与えられるでしょう。次の教皇の支配を通して、聖にして母なる教会には暗黒の時代がもたらされるでしょう。しかし神は神の愛と憐れみをあなたを通して照らし下されるでしょう。わが愛する配偶者、そしてわが汚れなき御心の信仰者よ。
 天はすでに、わが神なる息子の傷を開くことを準備しています。なぜならあなたがすでに運んでいる受難は強くなり、あなたはさらに深く苦しむことになるでしょうから。わが息子、聖なるグラント・ダフィーの復活は間近に迫っています。多くの奇跡が、わがローズ・オブ・ホーリー・イノセンツを通して起こるでしょう。なぜなら彼女はあなたのそばにいてあなたを支え、三重の契約の贈り物を守るであろうからです。間もなく聖痕を受けた司祭と修道女が、あなたに連絡を取るでしょう。わが汚れなき御心のその他の多くの恵みを受けた子供たちが、あなたを神の預言者として確認し支持するために、あなたの道に置かれるでしょう」

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聖トマス・アクィナスの教え。
「対異教徒大全」第3巻154章11節および12節
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「神秘的な啓示によって、預言的恩寵を通して得られる将来の出来事に関する予知は全く確実なものである。神の予知が全く確実なものであるように。実際、神はそれらの原因におけるばかりではなく、それら自体における未来の出来事も誤ることなく予知していらっしゃるのである。それ故、未来の出来事について与えられる預言的予知も、同様の完全な確実性をともなって与えられるのである。またこの確実性が未来の出来事の偶然性と対立するものではないということは、神の予知がそれに対立しないのと全く同様である。
 しかしながら、いくつかの将来の出来事は時として、預言者に対してそれら自体における限りにおいてではなくそれらの原因に於ける限りにおいて啓示されることがある。その場合においては、もしこれらの原因がそれらの結果を引き起こすことを阻止されたならば、予告された預言が修正されることを妨げるものは何もない。かくしてイザヤはエゼキヤに『あなたの家を整えよ。なぜならあなたは死に、そして生きないであろうから』と予言した。(イザヤ38:1) しかし彼は健康を取り戻した。そして預言者ヨナは『四十日後、ニネベは滅ぼされるであろう』と預言した。(ヨナ3:4) しかしそれは実現しなかったのである。
 なぜなら、預言的啓示は時として与えられた原因に基づいて結果へと成就するのであるが、また同時にあるいは後になって、同じ預言者に対して、未来の出来事についてそれがどのように修正されるかということに関する啓示がなされることもある。例えば、エゼキヤの回復はイザヤに啓示された。(38:5) そしてニネベの救いもヨナに啓示された(ヨナ4:5)」

[サイン]
 リトル・ペトロ・アブラハム二世
 リトル・ペブル


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リトル・ペブルからの手紙 − 教皇ベネディクト16世万歳!
 − オリーブの栄光 − 2005年4月20日 −
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http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/lpl050420.htm

神の民へ

平和と祝福が皆さんの上にありますように。
教皇ベネディクト16世万歳。オリーブの栄光。

 愛する霊魂たちよ、ラッツィンガー枢機卿が教皇として選ばれたことに関して、心をわずらわせたり、混乱しないでください。彼が教皇に、そして教会の忠実な王子にふさわしい方であると確信しなさい。彼は反教皇ではありません。彼は本当の教皇です。
 しかし、注意していてください。祈ってください。見ていてください。というのは、彼はとどまるでしょうが、来るべき人物が教皇ベネディクト16世の影のもとにやってくるまでの短い期間です。なぜなら、再度の選挙が今からそう遠くない時期にあるでしょうから。
 私たちの聖なる御母が、ベイサイドの幻視者に、パウロ6世の治世の間に与えたお言葉を思い出しなさい。ペトロの座に反教皇である3人の教皇(カザローリ、ベネリ、ヴィロ)がいて、彼らがパウロ6世をあやつっています。そして、マリア様は1人の反教皇がそのあとにでるはずだとおっしゃいました。しかし、ヨハネ・パウロ1世とヨハネ・パウロ2世がでました。しかし、彼らはよい教皇でした。
 思い出しなさい。聖マラキ司教(将来の教皇を全て預言しました)が「太陽の労働(ヨハネ・パウロ2世)」のあとに2人の教皇を示しています。すなわち「オリーブの栄光」と「ローマ人ペトロ」であり、反教皇たちは彼のリストにありません。
 マリア様は1961〜63年、教皇パウロ6世の治下、ガラバンダルで最後の教皇の前に、この教皇(パウロ6世)のあとに3人の教皇だけがでるはずですとおっしゃいました。オリーブの栄光 − 教皇ベネディクト16世 − (ベネディクトはオリーブの人々(訳注:古くからベネディクト会の会員はこうよばれてきた)) − ですから、以前、私が皆さんに語ったことを思い出してください。あなたたちは反教皇を彼の言葉によって見抜くでしょう。これは信仰の偉大なテストです。さあ、勇気を出しなさい。

 神の祝福を

 リトル・ペトロ・アブラハム
 ザ・リトル・ペブル
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【 反キリストと反教皇はかつて聖なる者だった 】

 1996年8月21日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、終末の時についてのマリア・ワルトルタへの私たちの主の言葉に関して私は本当に当惑しています。イエズス様は、反キリストは、彼自身の者の一人、非常に高い者がそうなるであろうとおっしゃっています。かつて非常に聖なる者であった者が。そして善徳を生き、それから最悪のものに変化したと。どうしてそのようなことがあり得るのでしょうか。マイトレーヤは、聖なる者ではなかったし、またそうなることもないでしょう。ですから、どうしてこれらの言葉が正確なものでありうるのでしょうか。イエズス様は誰か別の人を指しておられるのでしょうか。もしそうであれば誰ですか。もしそうであれば新しい使徒たちの中にユダが出るということになるでしょう。そのようなことを考えるのは私は嫌です。どうか私のためにこのこと解明していただけませんか」  聖母は、1996年8月26日に、私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「あなたが当惑していることを私は知っています。我が優しい『白い岩』よ。しかし現実には、あなたへの答えは非常に単純なのです。わが神なる息子イエズスの神聖な言葉は正しいのです。思い出しなさい、サタンの状態を。彼はかつてルシファー、またはルシエルだったのです。彼は大いなる大天使たちの一位となるように呼ばれていました。そして彼は聖ミカエルよりも上の聖なる大天使だったのです。傲慢のために彼が落ちるまでは。彼はこの火花に抵抗しなかったために、癌の腫瘍のようにその傲慢は増大し、この天使が完全に毒され、永遠の滅びをひきおこすに至るまで広がったのです。この同じ運命は、反キリストと反教皇に起こるでしょう。彼らはかつて聖なる人間でしたが、悪の火花が何年にもわたってかつて存在していた善を全面的に完全に毒するに至ったのです。あなたが知っていることすべてを今理解することはあなたにとって難しいということを私は知っています。しかし心を煩わせないようにしなさい。なぜなら、後にあなたは明確に理解するでしょうから。そしてそれは間もなくでしょう。現実にはいかなるユダもいないでしょう。この『終わりの時』のために選ばれた者たちの中には様々な人物たちがいます」

【 地獄からの物体 】

 1993年11月16日、私はソーンブッシュを通して、私に送られてきた絵について聖母に質問しました。それは女性の手で非常に美しく繊細であり、U字型の絵がついていて、その中には白い十字架がありました。U字型の内側は光の輝きを放つエメラルドグリーンで、そして外側には、外側に放射するバラのピンク色の光の束があります。1993年11月22日、聖母は以下のように私の質問にお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる『神聖なる愛の天使』。これは天からのものではないということをあなたは知らなければなりません。これはマイトレーヤが使うために地獄において作り出された道具です。これによって彼は様々な形、人種に変化することができるようになります。その言語ともに。これはまた、彼の回りに幻影である光をつくり出すでしょう。しかし、識別しない多くの者たちはそれを天からのものであると信じるでしょう。この物体は、真実でない心、そしてまた好奇心に満ちた心をひきつける力を持っています。マイトレーヤがテレビに登場するとき、彼はこの物体を持つでしょう。そして多くの者たちが、テレビのスクリーンを通して彼に引き付けられるでしょう」

【 他の惑星 − UFO 】

 1994年6月3日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、私はマリア・ワルトルタの小冊子『終わりの時』において啓示されていることについていくらか混乱しています。それにはこう書いてあります。
(a) なぜ彼らは、大いなるバビロンは地球全体であると決して考えなかった
のでしょうか。
イエズス: 「私が住民を持つ世界として地球しか創造しなかったならば、私は
小さな限定された創造者であったであろう。澄み切った夜にあなたの目を楽
しませる何百もの世界は、生命によって満ち溢れている。神の完全性はあな
たに対して明白になるであろう。あなたが神に再び一致した霊魂の知性的な
視力を以て、これらの世界の驚異を目にするときに」
(b) お母様、これは、人間が生きている地球のような場所が他にも存在すると
いうことを示唆しているのですか。他の惑星にも生命がいるということを
意味しているのですか。もしそうであれば、どのような?
(c) そのことは、神はアダムのような存在者を一つ以上作られたということを
意味するのですか。
(d) このことは、UFOは神からのものであり、そして他の惑星からのもので
あって、ルシファーからのものではないということを意味するのですか。
私たちは、イエズス様のマリア・ワルトルタに対するこのお言葉をどのよう
に理解すべきでしょうか。」

聖母は、1994年6月9日、私の質問に次のようにお答えになりました。
聖母: (a)「わが『リトル・ペブル』、あなたは混乱する必要はありません。
なぜならわが神なる息子イエズスが私たちの祝福された娘に告げたことは
真実だからです。説明しましょう。なぜなら、わが息子は、天国、楽園、新
しい時代、煉獄、地獄について語っていたのです。なぜならこれらのそれ
ぞれは神によって創造され、それら自身の世界だからです」
(b) 「いいえ、我が愛する者よ、他の惑星には生命はありません。なぜなら、
それらを取り巻くあまりにも多くのガスがあるからです。しかしながら多く
の科学者たちは、他の惑星を居住可能にするための方法を見つけようとして
います。しかしこのことは神の御旨ではありません。多くの惑星は破壊され
るでしょう。あるいはそれらは、空間の中深くへとそれらを押し込むであろ
う持続的な力によって落ちるでしょう。また他の惑星はガスから引火して
爆発するでしょう」
(c) 「聖書は変えられていません、わが小さな息子よ。アダムとイブは神が最
初に創造された人間と呼ばれる唯一の被造物でした。科学はこのことを変え
ることはできません。人間の知性的な思考も」

(d) 「未確認飛行物体(UFO)は、神からのものではありません。それらは
地獄からのものです。なぜならそれらは、人間の好奇心を通して人間を誘惑
するためにサタンによって送られてきた悪魔たちだからです。……」

【 月からの黒い霧 】

 1994年6月13日に、私はソーンブッシュを通して次の質問をしました。「お母様、今日あなたは私に、黒い十字架のついた、闇に包まれた月をお示しになりました。それは何を意味するのでしょうか。月から黒い霧が出ていたのですが」 聖母は1994年6月18日にお答えになりました。
聖母: 「そうです、わが子よ、彗星が木星を打つ時、これは月に影響を与えるでしょう。なぜならある種の宇宙的なガスが解放され、これらのガスの磁力は、太陽系にある小惑星を擾乱し、爆発さえさせるでしょうから」

【 惑星的な混乱 】

 1994年8月、私は聖母にさらに質問しました。「お母様、木星を打つ彗星について、より詳しく教えていただけませんか、そしてまた何をなさなければならないかについて」 聖母はお答えになりました。
聖母: 「わが愛する使徒、『リトル・ペトロ』、世界に与えられるこの大きな印は、小さな小さな審判であるということをあなたに知ってほしいと思います。なぜならより大きな印が大警告の前に与えられるであろうからです。この彗星の衝突で、太陽系のほかの惑星もまた影響を受けるでしょう。なぜならそれは瞬間的に少し軸からずれ、それらの惑星的な働きに様々な反作用を引き起こし、ガスの雲や有毒な霧を出すであろうからです。そのいくらかは、地球に漂ってきて異常な肺や皮膚のトラブルをひきおこすでしょう。また火山爆発や、地震があるでしょう。そして大いなる暑さのために、多くの人々が病気にかかるでしょう。
 私は我が共同体に、食料、料理や移動に必要とされるであろうあらゆる種類の燃料、そして様々な機器を蓄えることによって準備することを望みます。代替エネルギーの様々な方法についても検討されるべきです。私はまた、すべてのメンバーたちと財産を保護するための防御策が講じられることを求めます。なぜなら犯罪者たちが、これらの混乱した時期をを利用してわが子供たちを脅かすであろうからです。緊急事態チームが訓練されるべきです。とりわけへ群衆の誘導や火事の対策のために。親愛なる息子よ、これらの太陽系の混乱によって人工衛星が大きな影響を受けるために、電力や通信の遮断が起こるでしょう。この現象は、二ヶ月から三ヶ月続くでしょう。
 木星の周りにもうひとつの輪が形成されるでしょう。神がすべてをコントロールしておられるということの人類に対する印として。すべてのわが共同体と、世界中の忠実な霊魂たちは守られるであろうということを確信していなさい、甘美なる子供よ。しかしながら、私は、カルメル山の聖母の祝日から、13週間にわたって、わが愛する息子イエズスへの礼拝がすべての共同体において組織されることを望みます。そして神のあわれみを求める特別な祈りを。……」

このメッセージは、1994年「ソーンブッシュ」によって次のように確認されました。
聖母: 「わが愛する小さな『愛の岩』よ。あなたに与えられた私の答えは、私の言葉であるということをあなたは知らなければなりません。なぜなら、多くの特別な事が、わが選ばれた子どもたちを強めるのを助けるために起こるであろうからです。これらは、この呼びかけを拒否するほかのわが子供たちにとって印となるでしょう。私はあなたを祝福します。わが貴重な『石』よ」


【 惑星直列 】

 1996年4月13日、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に質問しました。「お母様、1999年4月の復活祭に惑星が直列するであろうというのは本当でしょうか。もしそうであれば、警告はその年でしょう。どのようにして教皇は3年以内に彼がなさなければならないすべてのことを成し遂げることができるのでしょうか。そしてあなたがおっしゃり、約束してこられたすべてのことが起こるのでしょうか。もしこの日付が正しくないのであれば、私たちはあなたが決して書かれることはないであろうとおっしゃった2000年を過ぎることになるでしょう。ありがとうございます、聖なる母よ!」 1996年6月10日、私は以下のお答えを受け取りました。
聖母: 「よく覚えておきなさい、わが甘美なる小さな息子よ、すべては祈り、犠牲、償いによる条件付きであるということを。それゆえ、ある日付が与えられると、多くの混乱が、とりわけ誤解が引き起こされます。数多くの出来事が起こる正確な日付は、わが父そしてあなたがたの天の父である永遠の御父の神聖なる無限の知恵の中に隠されています。私はあなたがたを愛しています、我が優しい小さな『白い岩』よ。そして私はあなたを祝福します。聖なる女王、そして『神聖なる無限の知恵の母』として」



第四章 新しい千年期と聖シャーベル修道会
 この巻を閉じる前に、私は、カトリック教会の目から見た聖シャーベル修道会の地位について、読者に明らかにしたいと思います。第2巻において、幻視者および神の預言者としての私の主張への教会的調査の初期段階で起こった一連の出来事について私が書いてから、およそ一年が経過しました。それ以後、幻視者にして聖シャーベル修道会の長としての私の生活においてのみならず、私の個人的な、私的な生活においても多くのことが起こりました。先の二巻において明らかにされたように、私の人生には多くのひねりや急転が起こり、そのうちのいくつかは私の心にナイフのような効果をもたらしました。私の子供時代から、十代、青年期、そして壮年期においてさえも、私の人生は多くの頭痛によってつきまとわれてきました。しかし私は、2000年は真に私にとって最大の試練だったということができます。そして、私の信仰が、私を前進させ続けた唯一のものでした。
 その年の始まりにおいて、将来の調査手続きへの準備として、私はここや世界中にある修道会の事務処理に没頭していました。何千もの証言が提出されなければなりませんでした。修道会内部における私たちの関係全ての文書化は、膨大な規模の仕事でした。わずかな数のスタッフと家族しかいないので、それは私たちの小さな労働力にとって大きな圧力となりました。さまざまな国にいる私たちのメンバーとの常時の連絡が、私の時間のほとんどを奪っていました。私の家庭の中ですべてがうまくいっていないことに私が気づいたのはその年も半ばのころでした。私の妻は、家庭生活の中で忙殺され冷淡になりました。非常に若い、27歳にして5児の母なので、日々のきまりきった仕事や延々と続く小さな子供の世話で彼女が少し閉塞感を感じたであろうことは理解できました。私は、共同体の他のメンバーといっしょにマーシャル・アーツの護身術のコースに参加するように彼女にすすめました。彼女はこれを楽しんだように見えましたが、それでもなお、彼女は家庭生活に関する一切のことに興味を失い、私は、彼女の幸福な、活気のある性質が、不機嫌、いらだち、不寛容のそれへと変わったことに気づきました。彼女は家庭をなおざりにしはじめ、私は何かがひどく間違っていることを感じ取りました。私は、彼女が私達から漂い離れていくと感じ、そして、どうのように彼女を引き戻したらよいのかわかりませんでした。私は、彼女の愛を失うことになるかもしれないと非常に恐れ、この考えは私をナイフのように傷つけました。続く何ヶ月間かは、しのぐことは絶対できないだろうとおもわれたほどのものでした。ベッティーナは彼女の仕方で、私は私の仕方で、苦しんでいました。私たちは、共通の地盤に立つことができないかのようでした。私たちの間に立った障壁を崩すことができるものは何もないように思われました。私は彼女の中で進行している苦闘を見ることができました。そして私は彼女を助けることも影響を与えることもできませんでした。私が頼ることができたのは真摯な祈りだけでした。神に対して、私のベッティーナを返してくださるよう嘆願しました。私は彼女を失いたくありませんでした。そして、私の小さな子供たちのためにも恐れました。彼らも、彼らの母を愛しており、家庭内での緊張のゆえに苦しんでいたのです。
 私はこれらのことによって本当に試されました。しかし神は私の祈りを聞き入れられ、私の妻の心を私と私たちの家族へと向けなおされました。彼女は、彼女の宝がどこにあるか、理解し始めました。それは世にではなく、彼女の家と家庭にあるのです。その年の後半、彼女は多くの霊魂の探求を行い、神の恩寵によって、良い方を選んだのです。彼女は彼女の幸福な態度を取り戻し、私への彼女の愛は深まりました。私の妻は、再び私が結婚したときの女性となり、私は、私たちは一つになって働き一致しなければならないことを理解しました。なぜなら、それが私たちに対して神がさだめられたことだからです。ベッティーナはいまや更新された愛情をもって私のもとに帰ってきました。そして9月に私たちの結婚の誓約を更新したことは、大きな喜びでした。私たちはその日非常に祝福され、そして神は恩寵を与え続けてくださいました。なぜなら今、私たちは今年後半に生まれる子への私たちの愛を共有しているのですから。

 私は私の妻に対する神の心遣いに、私たちの子供たちと私への愛を彼女の心にふたたび灯してくださったことに感謝しました。それゆえ、私は私の結婚と私の教会権威へのアピールへの新たにされた確信とともに、私は2000年10月21日の聴聞会への出頭の呼び出しに応じました。私の共同体は、そのメンバーたちも証言を行い、提出された証言を確証するためにまもなく呼ばれるだろうと期待しました。しかしながら、彼らがその日の出来事を聞いたのは、驚愕とともにでした。
 私は準備された場所、ナウラの聖ミカエル教会へ出頭しました。そして驚くべき事に、私の弁護人にはじめて出会いました。そしてそれはさらに興味深い状況でした。私は、彼が、委員会の委員長とともに朝食を取っているところを見つけたのです! 私の弁護者はとてもよい人だと私は思いましたが、調査手続きについてのみならず、私の主張についてさえも、無知でした。もしこの人間が私の弁護者であるならば、彼はきっと下調べをしているはずだと私は考えました。しかし、彼は私の弁護者というよりも傍観者であるということがすぐに明白になりました。なぜなら、彼は私のことを知らず、どのように私を紹介するかも知らなかったからです。手続きが始まると、私は多くの子供じみた質問の対象とされていることに気づきました。その背景の多くは、委員会が古いニュースのビデオ記録から拾い集めてきたものでした。質問は多くの明白な失態を伴い、それはおかしなものでした。この何年もの間時間を費やしたあげく、調査委員会は、教会法廷における規約や手続きについての多くの知識を持たない幼稚園的な会議であったということに、私は驚愕しました。生み出された一つの言明は「リトル・ペブルは、カトリックではない」というものでした。もし私がカトリックではないと考えられているのであれば、なぜ私がカトリックの委員会によって調査されているのか、人は不思議に思うでしょう。まったく、奇妙な智恵であると私は思いました。そして、提出された何千もの証言は、なんら検討されていないのであろうと推測することしかできません。手続き全体がこっけいなものに思われ、委員会がその役割や義務について理解していないことを示すのに役立っただけでした。以下に、委員会とのインタビューの記録を示します。

【 インタビュー 】

委員会: あなたは、この審問に対してあなたがなすであろう証言において、真実をのべる宣誓をなす準備ができていますか?

リトル・ペブル: はい。(聖書に手を乗せて)私は誓います。

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委員会の質問(ケビン神父。以下同)(1)
 出版されたあなたの二冊の本(英語版「最後の教皇 第1巻、第2巻」のこと)、「聖シャーベル修道会会憲」と「聖シャーベルの祈りの家の本」と公表された出現記録を研究することによって、私たちの委員会があなたの生活と仕事についての正確な像を得ることができる、ということにあなたは同意しますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 ある程度までは、そうだと言えます。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 とりあげられている各種の本は確かに私の生活と仕事を反映していますが、それは、書かれた言葉が、私が20歳だったときからの私の人生をとりまく30年の歴史のより正確な像を人が理解するために十分に表現しうる限りにおいてです。あなたは、およそ五百〜千の数に上る証人の証言を必要とするでしょう。人の人生は、紙の上のみにうつされることはできません。なぜなら他の多くの人々の人生も、私の人生によって影響を受けたからです。また、私の人生の果実は、2年前に委員会に提出された約二千の文書による証言によっても、表明されなければなりません。それからあなたは、何千とは言わないまでも何百もの肉体や霊魂の治癒の記録を持っています。全ては文書化され確証されています。一部は医師によるもの、看護士、弁護士によるものや、他の学識ある人々によるものもあります。もし、これらの本が私の人生についての明確な描写を提供するかどうかを問うならば、これらすべてのものが考慮に入れられなければなりません。今日まで、あなたがたは私の人生に関する本を第1巻と第2巻しか持っていません。他の第3巻はまだこれから印刷されなければなりません。それゆえ、最初の二巻においては、私の人生の経験の一部しか描かれてはいないのです。

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委員会の質問(2)
 あなたは常に教皇聖下に対する忠誠を主張していますが、あなたのなしている主張の多くと、あなたの行っている実践は、教会の教えと教会法に反しています。あなたは、あなたの地位の異常性に気づいていますか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 地位の異常性には気づいていますが、あなたの言明には同意しません。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 あなたの言明は、私が誤謬に陥っているということを前提にしています。私の主張の多くは教会の教えにも教会法にも反するとあなたは言明しましたが、私のどの主張が誤謬であるのか、あなたはなんら特定しませんでした。私の教えは教会と一致したものであり、これまでも常にそうでありつづけてきました。教皇および彼と一致している教会位階への私の忠誠は、つねにそのままでありつづけてきました。

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委員会の質問(3) ブロサード神父は聖職停止されているのに、どのようにしてあなたは教会の構造の外で働くことができるのですか? そしてカトリックだと主張することが?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: きわめて簡単なことです。なぜなら、ブロサード神父のような状況にも適用されるある種の教会法があるからです。ブロサード神父の件は何度もカトリック教会に対して提示されてきましたが、それはこれまで受理されていないのです。それゆえ、この状況は、さまざまな理由で職務を停止されている医師が、なおも医師でありつづけるようなものです。同様にブロサード神父も、司祭であり続けているのです。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 第一に、あなたはブロサード神父の件を調べていません。確かに、彼は聖職停止処分を受けていますが、教会法1323条と1324条のもとに彼の事例を調べるならば、司教による当該聖職停止処分は、まったく無効であるということに気づくでしょう。かくして、司教の言明は、上告の正式な法廷においてブロサード神父の主張が取り扱われないかぎり、いかなる根拠ももってはいません。それゆえ、テキサスの司教の判断の合法性が争われているかぎり、ブロサード神父は合法的に活動しうる司祭であり続けるのです。彼の能力は無傷のままです。それゆえ、すべての洗礼、告解、婚姻、通常の聖職者の義務の遂行は、有効なままです。それゆえ、私が教会の外で働いているというのは、まったく不正確です。

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委員会の質問(4) あなたの共同体のメンバーの司祭叙階が、今年行われるか、あるいはすでにおこなわれたということを私は聞きました。これは本当ですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ。叙階が行われる予定でしたが、この男性は今週死亡しました。明白に、彼は司祭ではありません。計画があったのはそのとおりです。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 あなたの言明は、第三者が関与していることを含意しており、それゆえそれは疑惑と伝聞にもとづくものです。法廷的聴聞あるいは教会法学者であるあなた自身からの質問の言明は、それが事実でない限り、このような質問をなしてはならないはずです。事実であるならば、それは伝聞としてではなく、事実の言明として、提示されなければなりません。

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委員会の質問(5)
 教会は、司教を、彼の教区におけるキリストの代理者とみています。マーリ司教、ウィルソン司教、リトル大司教、ペル大司教は、すでにあなたとあなたの仕事を断罪しています。あなたが彼らの警告に耳を貸さず、彼らと共に働こうとしないのに、どうしてあなたは教会への忠誠を主張できるのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 先ず第一に、私は私の所属教区における教会の管轄にしたがってのみ、従う義務があります。ペル大司教や教会位階の他のメンバーについて言えば、彼らは彼らの管轄に関する規則に従わねばならず、教会は1984年の当初から、教会的調査を開くように求められています。この調査は私によって求められたものであり、教会によってではありません。それゆえ、あなたの言っていることはすでに間違っています。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 第一に、教会は、司教や大司教を、彼らの教区におけるキリストの代理者と見てはいません。このようなことを述べた教会の教えの文書があるのなら、私に見せてください! すべての司教は、使徒の継承者ですが、キリストの代理者ではありません。代理者と呼ばれる牧者はただ一人しか存在しません。そしてそれは現在、教皇ヨハネ・パウロ二世であるローマ司教です。カトリック世界の司教たちは、まさしく、あなたが私に言ったことを主張して、キリストの代理者の権威をおとしめようとしてきました。司教を、ローマ教皇と殆ど等しいものとすることによって。
 マーリ司教の言明に関して言えば、それは断罪ではなく、教区への司牧書簡、父性的警告にすぎません。第二に、それは簡単に反論しうる誤謬の言明であったので、真の教会法的調査が1998年9月にウィルソン司教によって招集されたのです。1999年のウィルソン司教の布告は私を断罪したものではありません。それは、私の書いたものを委員会は検討中である、と明白に述べています。彼の教令は、数日後の私の上告において明白に表明されているとおり、まったく無効であり、上告は今日に至るまで取り下げられていません。
 リトル大司教について言えば、彼はウォロンゴング教区におけるいかなる管轄権も持ってはいません。そして彼の言明はマーリ司教とウィルソン司教の誤謬と同じ誤謬に従ったものです。彼の報告書はマーリ司教の書簡の単なる反映にすぎません。
 ペル大司教に関して。彼もまたウォロンゴング教区における管轄権を有していません。彼の全言明は間違っています。彼は、私たちが異端であるということをふくめて、多くのことを決めてかかっています。彼は、マーリ司教の最初の言明につけたしをおこなったにすぎません。かくして、私の主張への調査や研究が行われることなく、誤謬はさらなる誤謬を蔓延させたのです。

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委員会の質問(6) あなたの最初の本「リトル・ペブル最後の教皇」(英語版の第1巻p.17)で、あなたはクレメンテとばれる幻視者を、自ら教皇と宣言した事で断罪しています。あなたも類似の主張を行なっています。将来の教皇であるというあなた自身の主張にも、同様の教会の断罪が必要であるということを、あなたは理解できないのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ、クレメンテは自らを教皇であると宣言し自分自身を教皇にしたのです。私は、自分自身が教皇であると宣言したことはありません。私のみならず、教会中のおよそ四百名のほかの神秘家たちによる、さまざまなメッセージにおいてあたえられた啓示によって、私は教皇になるであろうことが啓示されたのです。そして、次の教皇ではなくて最後の教皇です。それゆえ、クレメンテがやったことと私がしたことの間には、大きな違いがあります。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 あなたは私の本からの引用を利用し、クレメンテのように自称教皇となると私が主張していると言って、軽率な裁きを行っています。クレメンテは、ローマ・カトリック教会のある大司教によって司教叙階されたのちに、自分自身を教皇であると宣言し戴冠したのです。私は、私が教皇であると、「宣言」したことは、断じてありません! 私は、使徒継承のローマ・カトリック教会の最後の教皇になるであろうという啓示を受け取ったのであって、このことは、教会法および教会の教えにのっとった伝統的な要求される仕方で達成されるでしょう。この同じ啓示は、現在カトリック教会にいるおよそ四百名の神秘家たち、幻視者たちにも与えられており、彼らもカトリック教会によって調査されています。
 クレメンテと同じ主張をしたということで私は教会によって断罪されるべきだと述べることは、私が誤謬に陥っているとあなたがきめてかかっていることを示唆します。私の主張と、クレメンテの主張とは、まったく異なったものです。クレメンテは、彼自身の教会を形成したのであり、それをパルマリアン・カトリック教会と呼びました。それは異端的なものです。それに対して、私の主張は合法的なものであり預言的なものです。それゆえ、なぜあなたは、まだ実現していない預言を根拠として、私を断罪することができるのでしょうか? 幻視者は、預言的告知のゆえに断罪されるのではなく、彼の教えが教会の教えと一致しない場合にそれによって断罪されるのです。彼はまた、彼の実によっても判断されます。それは神からのものであるか、他のところからのものであるかのいずれかです。私は誤謬に陥っており、それゆえ断罪される必要があると、あなたはすでにきめてかかっているのです。

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委員会の質問(7)
 あなたは、あなたのような人物を完全に除外するであろう教皇選出の手続きについて、知っていますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 はい、私はそれについてよく知っています。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 教皇選挙が私を除外するであろうと言う事は間違いであり、無遠慮な言明です! なぜ私が除外されるのですか? どの法律、どの教えが、このような事を述べているのですか? 最初からそうである通り、現行の教会法の下では、合法的に選出されたのであれば、結婚していようが独身であろうがどんなカトリック信徒の男性でも教皇になれます。あなたは事実の裏付けなく、私に対する裁きを行っています。

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委員会の質問(8)
 あなたの会憲における聖書・教会法・教会公文書への常時の言及は、無警戒な人をだましてグループをカトリックのものであると思わせるための、教会の教えの故意の誤用であるようにみえます。あなたの会憲は、そのタイトルにおいて、カトリックであると主張していません。しかし、序文以下において、それは不正確にも、カトリック教会内での生活であるかのような外観を呈しています。キリストの代理者および教導権へのひんぱんな言及もまた、グループが教会権威への敬意を持っていると無垢な人々に信じさせるように導きうるものです。これほど事実とかけはなれたものはありません。地方教区におけるキリストの代理者はウォロンゴング司教です。なぜあなたは、彼の権威を完全に無視するのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 私はいかなる仕方においても彼の権威を無視してはいません。彼が、牧者として彼の群れを導く責任を無視しているのです。この理由によって、私たちは第二の委員会をもつことになったのです。なぜなら、最初においては、いかなる委員会ももたれてはいなかったからであり、そのことはそれ自体でウィリアム・マーリ司教の決定が正しいものでなかったことを証明します。そうでなければ、第二の委員会は開始されなかったことでしょう。私が常に教会の教えに反しているという言明も、正しくありません。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 あなたの言明は、私が、私の個人的な利益の為に彼らの金を渡すことを求めることによって修道会の無警戒な人々をだまそうとしている詐欺師であると推量しています。これは、抽象的な性質の非常に深刻な非難です。あなたの言明は、私の清廉と正しい生活を否定する異常さと裁きに満ちています。あなたは多くのことを事実や根拠なしにきめてかかっています。あなたは、カトリック教会の為に聖なる良き生活をおくるためにすべてをささげた何千もの霊魂たちを侮辱しています。あなたの言明はまた、正義と真実に反する深刻な非難です。
 委員会のメンバーの誰もまだ私たちの33の共同体に来ていませんし、修道会のメンバーの誰にも話していません。修道会における奉献生活への召命にしたがった人々の尊厳を、これらの人々が間抜けであるかのように見せておとしめることによって、あなたはカトリックの名を汚しています。これらの人々の多くは、社会における様々な高い教養層の出身であり、弁護士、ソリシタ、看護士、教師などです。普通の商業従事者や家庭人も同様にいます。これら全ての霊魂たちが、私の巧言によって容易に「金を吸い取られる」人々であるかのように描き出されています。これらの霊魂たちは、善意でやってきたのす。彼らのカトリック信仰は、少なくとも、私が「模範的」と呼びうるものです。委員会のメンバーが、これらの霊魂たちと接触する時間をとっていたならば、彼らは、この修道会が聖なるものであり地上における神の教会に忠実なものであるという結論にすみやかに到達していたでしょう。私が人心操作をしているといって私を批判することは極めて悪質です。聖シャーベル修道会はその性質と名前からして、カトリック的なものだからです。
 もし私が、教会が聖シャーベル修道会をまがいものであると簡単に見抜くであろうと思っているのであれば、なぜ私は教会に承認と判断を求めたりするのでしょうか。実際のところ、修道会は、カトリック界の多くの高位聖職者たちからの支持と評価を受けています。修道会の実はいたるところで知られているからです。枢機卿、大司教、司教、司祭、修道者といった方々からの手紙からとられた、この事実に関する多くの言及を、私は提出してきました。修道会はまた、枢機卿や司教の方々からのいくつかの承認を受けています。このことはそれ自体で、修道会の実がよいものであることを示唆するでしょう、違いますか? 修道会は神からの証明です。それは、私が無警戒な無垢な人々から利益を得るために作り出した私の想像力の産物ではないのです。
 「これほど事実とかけはなれたものはありません」という言明は、あなたがその事実を知っているということを前提にしています。では神父様、その事実というのはどこにあるのですか? あなたはメディアを証拠として引用しました! 一体いつから教会はメディアによる描写を証拠的事実として受け入れるようになったのですか? あなたの含みのある質問にはあまりにも多くの裁きが満ちています…あなたは、私が裁判にかけられる犯罪者であるかのように考えておられるかのように!
 「地方教区におけるキリストの代理者はウォロンゴング司教です」という言明は、ほとんど異端的な主張です。教会法331条は、誰がキリストの代理者であるかを述べています。ウィルソン司教が、これらの資格を持っているのですか? 私は決して司教の権威を無視したことはありません。まったく逆に、私は常に彼を支持してきました……ただし、全ては適切な法と権威のもとにおける彼の管轄権に従わなければなりません。ただ単に彼が司教であるということだけで、いかなる決定を彼がなそうとかかわりなく、彼が絶対的な権威となるのではありません。私たちは、カトリック教会から分離し離教した多くの司教たちの例を知っています。単に彼が司教であるという理由のみで彼に従うことは、偽りの従順を意味するでしょう。従順は、正当な、法に従った命令に対してのみ、必要なものなのです。あなたはそのことをよく知っておくべきです。なぜ教会法は、平信徒の男女に対して保護を提供する規定を持っているのですか? これらの法は、天のもとに平等に創造されたすべての霊魂たちの権利を守るために、書かれているのです。
 私はいかなる仕方においても彼の権威を無視してはいません。彼が、牧者として彼の群れを導く責任を無視しているのです。この理由によって、私たちは第二の委員会をもつことになったのです。なぜなら、最初においては、いかなる委員会ももたれてはいなかったからであり、そのことはそれ自体でウィリアム・マーリ司教の決定が正しいものでなかったことを証明します。そうでなければ、第二の委員会は開始されなかったことでしょう。私が常に教会の教えに反しているという言明も、正しくありません。

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委員会の質問(9)
 財産を割譲するのみで放棄しない修道者に対する教会法的保護は、あなたの「会憲」において全て省略されています。人々をだまして金と財産を奪う意図は、総則の最後のパラグラフにおいて明らかです。そこには、一年のみの誓願をなした人間は全ての所有物を放棄しない限り、グループにとどまることはできないということが書かれています。そして、メンバーがあらゆる所有物から離脱する必要性についての常時の言及があります。この反復は、「修道会」の目的は、ウィリアム・カムの利益のために人々の財産を騙し取ることであるという不安な疑惑へと導きます。このことについてあなたはどう言うつもりですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:  私はそれを全面的に否定します。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 私が人々を騙して金や財産を取っていると非難することによって、あなたは私に対する裁きを行っています。これは多くの他のものとともに、非常に深刻な攻撃です。そして私は教会を民事法廷に訴えることができるでしょう。なぜならそれが、犯罪的な仕方で、私に詐欺の汚名を着せているからです。教会の教えと福音のもとにおいて、修道会において要求される状態においては、誓願をなしてそれに従って進まなければならないということは非常に明白なことです。人は、物質的な所有物から離脱しなければならないのです。このことは、それらの財物を奪い取るということを意味しません。なぜなら第三部門のメンバーの場合は、彼らの多くの必要は平均的な独身者のそれよりも大きいように見えるからです。彼らの所有物は彼らのものに留まりますが、彼らの離脱もまたそのままに留まるのです。私ではなく、修道会が、彼らが生活を送る間、全ての財物の管理者となるのです。
 使徒行伝には何と書かれていますか? 支持者たちは、使徒たちに全てを与えませんでしたか? 財産は、それから、人々に分配されたのです。聖フランシスコもそうしたように。また、会則と会憲は、教皇聖下ヨハネ・パウロ二世の1996年の著作「奉献生活」基づいたものであり、1988年、ゲビッキ神父を通じて教皇聖下に提出されています。聖シャーベル修道会は、奉献生活の新しい形態であるため、現在提出されている状態のままでは承認されない場合、会憲においてなされなければならない改変については聖座に従うということを注記しておかなければなりません。それゆえ委員会は、会憲が教会法を侵害していないかぎり(そしてそれは侵害していませんが)、修道会に対する決定をなすことはできないのです。さらに委員会に対して次のことを指摘しておきます。聖シャーベル修道会は、聖にして母なる教会の全ての伝統的な教えを支持しており、その会憲と会則は、既存の諸修道会の創立者たちの健全な教えに基づいているのです。ケヴィン神父様、あなた自身が、それらについて私を非難したとおりに。
 最後に、私はあなたがた、ケヴィン神父様と委員会の方々に次のことを明確に指摘しておきたいと思います。修道会が神からのものであるという証拠として、それが百三十カ国において、何千倍にも成長してきたという事実は、容易に確認することができます。修道会は、五十万人以上のメンバーを有しており、その中にはおよそ五十名の司祭、六十四の修道院における三百名の修道女、三十三の共同体と五十万人の平信徒がいます。私とメンバーたちが1984年以来受けてきた激しい迫害のことを考慮するならば、これはささやかな達成ではありません。そしてまた次のことを指摘しておきます。それぞれの共同体は、自給自足しており、それぞれの資産を有した自立的なものです。すべての共同体は、修道会のもとにあるのですが、それは構造においてただ霊的にのみ一つの権威のもとにあるのであり、そのことは会憲において明白に規定されています。それゆえ、私に個人的に収入を与えるために人々が彼らの家を売り渡していると言う事は事実に反するのであり、私たちはこのことを法的な文書によって証明することができるのです。
 私が兄弟姉妹と共に住んでいる私たちの共同体に関して。メンバーの数はおよそ150です。これらのメンバーのおよそ80%に対して、私は彼らの家、教育、賃金、物資を供給してきました。なぜなら、キャンベワラの修道会に入ってきたメンバーたちのほとんどは、何も持たずにやってきたからです。私は、賢明な投資によって得た私自身の資産から積み立ててきた基金によって、すべての必要なものを提供したのです。彼らの家の建築を支援し、忠実な霊魂たちの幸福を世話することができるように。私たちの共同体のメンバー他の20%については、彼らは彼ら自身の家を建てて自分自身の必要をまかなっています。
 それゆえ、あなたの言明は、真に邪推的なものであり、事実の裏づけを欠いているのです!

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委員会の質問(10)
 数年前のテレビのインタビューであなたは、あなたにはおよそ四百万ドルの資産があると言っていました。これは本当ですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 ええ、私に関して四百万ドルと彼らが言及したのは、正しくありません。聖シャーベル修道会についての言及であれば正しいです。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 あなたの質問は誤解を起こすようなものです。あなたはまたメディアを事実的証拠として用いていますが、それはそれ自体として証拠ではありません。メディアが事態をどのように提示するかを知っている人々にとっては、それは通常60%程度しか正しくなく、あとはでたらめです。このようなものは、教会法廷において、証拠として用いることはできません。当該インタビューでは、何箇所かにおいて、私がおよそ四百万ドルの資産をためこんでいるということへの言及はカットされました。もしあなたが、修道会の世界中における資産を調べてみるならば、それは四百万ドルに達するでしょう。しかしながら、これらの資産は、これら資産を修道会に譲渡していない修道会のメンバーである家族によって保持されているということを覚えておかなければなりません。

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委員会の質問(11) あなたの現在の財政的状況はどうですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 以前と同様だといえると思います。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 前の答えで述べたように、資産は多くの地域に分割されています。霊的な側面に関しては、それらはすべて修道会に属するのですが。私自身、あなたが私に言及した金額の中に私の資産を含めてあります。

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委員会の質問(12) 総序の第一項において、修道信徒誓願をなす人々に対して「あらゆる物質的財物の決定的な放棄」が要求されています。修道信徒誓願は「主として家族的義務を担っている結婚した人々のために意図された」ものであり、「一年のみ」のものなのだということで、これは正義の自然法に反するように思われます。あなたが教会法に従っておらず、メンバーの権利を危機にさらしているということを、あなたは理解できますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 「いいえ」という私の回答について説明しておきたいと思います。第一に、修道信徒誓願は確かにあらゆる物質的財物の放棄を要求します。しかしながら、その条項はさらに、その人が共同体を離れることを望むならば、すべての財物は返還されることを明記しているのです。それゆえ、それは、いかなるメンバーをも危機にさらすことはなく、教会法や自然的正義に反してもいないことは明白です。会憲においても、修道会は退会者に財物を返還し、世において彼らがふたたび立ち行くのを助けることが明記されています。
 現在、他の修道会はどのようにやっているでしょうか? あなたがいったん入会するならば、全ての財物は取り上げられ、退会するならばごくわずかか、あるいはまったく何もなしに退会することになります。聖シャーベル修道会は修道会内外の全てのメンバーたちの必要について十分に意識しており、彼ら両者の必要をまかなうために、他の修道会が以前にやっていたよりも、あるいは現在やっているよりも、より多くのことをやっているのです。また修道会は、会憲におけるこれらの点に関して常に検討を加えています。教会法によって要求されているごとく、会憲や会則は、機能することを証明するために完全に生きられることが要求されるのですから。

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委員会の質問(13) 会憲は、グループからの退会あるいは追放のためのいかなる規定も含んでいません。このことは、メンバーたちを、彼らの権利が侵害される危険に晒すということを、あなたは理解できますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ。
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リトル・ペブルの正式な答え: あなたの言明に私は同意しません。なぜなら、会憲は、明記してあるとおり、頼るべきあらゆる権利を規定しているからです。

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委員会の質問(14) メンバーの権利を守るために、会憲は、正当な教会権威によって認可されなければならないということを、あなたは認識していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、はい。
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リトル・ペブルの正式な答え: 先の私の答えにおいて述べられたように、資産は多くの地域に分割されており、霊的な側面に関してのみ、それは修道会に属するのです。私自身、あなたが言及した数字の中に私の資産を含めてあります。

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委員会の質問(15) しかし、あなたの会憲は認可されていませんが?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: それは、教会がまだそれを受け入れていないという意味では認可されていませんが、認可のために教会へ提出されているのです。第一に、ローマを通して、現在は大司教であるガランチ閣下を通して、1987年に提出されています。その後、それは三度にわたってローマに提出されています。以前、私が言及したように、私は七回にわたって教皇聖下とお会いしています。そして私はまた聖シャーベル修道会を承認する高位聖職者たちからの実質的な支援も受けています。しかし、まだ私の教区の司教を通過しなければならないのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: 会憲が認可されていないと言う事はばかげた言明です! もしそれが認可されているのであれば、私が今こうして審問されたりするでしょうか? そして私が地方的・国際的承認を求めたりするでしょうか? しかしながら修道会の諸部分は、様々な枢機卿や司教からの承認を得ており、それについて私はウォロンゴング司教やあなた自身に知らせてあります。修道会それ自体は1999年5月バーソロミュー・シュナイダー司教閣下によって認可されました。その事も私は報告してあります。もちろん、この司教はウィルソン司教の「教令」によって疑問に付されていますが、最近、地位正常化に関して聖座との間でシュナイダー司教が約束をなしたことが確証されました。しかし教会法に明白に述べられているとおり、修道会は、教区裁治権者(教区司教)の認可を求める必要はないのです。反対に教区裁治権者は、新しい修道会が教会に受け入れられるように支援することができるし、またそうせねばならないのです。しかしながら私は教区司教に対して支援と最終的な認可を求めます。

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委員会の質問(16)
 教区司教は、あなたのグループがキリスト信者の会(アソシエーション)であることを認可しうる唯一の権威です。そしてそれから、それは教区典礼の会として、そして最終的に教皇典礼の会として、承認される諸段階があります。この最初の段階が起こらないかぎり、何も認可されないということをあなたは理解していますか? 教区司教以外のいかなる承認もいかなる価値も持ち得ないということを?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はそのことに同意しません、神父様。
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リトル・ペブルの正式な答え: 私は何度かの機会においてこの見解は正しくないとあなたに表明してきました。なぜなら、われわれは「アソシエーション」ではなく、修道会の性質上、「奉献生活の新しい形態」だからです。教会法、および「奉献生活」に関する教皇ヨハネ・パウロ二世の1996年の教示によって、「奉献生活の新しい形態」は全て、ローマのみに認可を求めればよいのです。そして、そのための新しい機関が教皇聖下ヨハネ・パウロ二世によって設置されているのです。

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委員会の質問(17)
 それは教会法です。それゆえ、もしあなたがカトリック教会の一部であることを主張するならば、あなたは教会法に従わなければなりません。全てのメンバーの権利を守るために。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 私はそのことにも同意しません。同意しない理由は、世界のほかの教区の高位聖職者たちに請求したり、あるいは支援を受けたりすることも可能だからです。もし私がこの仕事を他の教区において認可してもらおうと望むのであれば、それは教会法に何ら反していません。
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リトル・ペブルの正式な答え: あなたは教会法を引用しますが、まさにその教会法が、あなたの言っている事に反対しているということをあなたは理解できていません。そしてあなたは、私が教会法に従っていないかのようにほのめかしています。

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委員会の質問(18) もしあなたの本拠地がその教区にあるならば、ですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: ええ、もし私が本拠地を他の教区へと移すならば、私は他の司教によって認可を受けることができるでしょう。そして、私はすでにそれを進めています。ナイジェリア出身の司教がすでに修道会のアイデアに賛成しています。私はそのことをあなたにEメールですでに伝えてあります。そして修道会の仕事を考慮し調査している他の教会高位聖職者たちのおよそ二十に上る文書を私は提出してきました。教会が、私のやっていることについて、その仕事に関して、興味を抱いていないと言うことは、正しくありません。

ジョン・ウッズ神父: ケビン神父が、司教による承認が必要であることについて言った事をあなたは理解していますか、そしてその承認を求め、あなたの個人的基盤を教会法の要求を満たすものにすることがあなたの意図でしょう。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: なぜなら、いいですか、事態は次のとおりだからです。私が第一に承認を求めて司教に調査を求めるのは私個人のためというよりも私がやってきた仕事のためだからです。今や、このミッションはすでにおよそ百二十カ国に存在しており、きわめて多くの支持者を持っています。多くの司教、千人を超える司祭がこの仕事にかかわっています。それゆえ、そのことは何かが神からもたらされているのだということを示唆しています。ある司教がこの仕事を認可しあるいは受け入れるということはあなたのやっている仕事に対して付加的なものにすぎないということ、そのことは、その司教がこの仕事を支援するためにここの私の司教にコンタクトをとることを意味します。そしてそのことはすでに起こったのです。なぜなら、このミッションはすでに多くの教区において認可されており、私は彼らの手紙を持っているからです。そして私はこれらの手紙をすでにケヴィン神父に提出しています。しかしなお私は私の教区からの認可を求めます。なぜならまず第一に私はここに住んでいるからです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは先の質問の続きにすぎません。

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委員会の質問(19) 会憲の序文は「修道会」の一般的目的は東方カトリック典礼と西方カトリック典礼の一致であると述べています。西方及び東方教会の古代的伝統と、それらが普遍教会の使徒的遺産に対してなしている証言について、教会が持っている高い評価についての意識がないように見えます。1964年の第二バチカン公会議の東方教会に関する教令は、統一によってそれぞれの典礼を破壊するよりも、教会は東方諸教会に彼らの典礼をキリストの全教会の遺産として守るよう勧めています。教会が真にどのように働いているかに関するあなたの無知は公にされ、既に存在している諸教会の一致を傷つけています。あなたはその困難を理解できますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ、まったく。なぜなら私は、東方典礼の諸教会と多くのつきあいをもってきており、何年か前、東方地域の枢機卿とローマで会う機会にめぐまれました。彼は私が東方典礼の為になしてきた仕事を認めており、彼自身、および同じ典礼のほかの多くの人々が、東方と西方にいかに分裂があるかということを指摘しています。そして彼は、私がなしてきた仕事によって勇気づけられたのです。実際問題として、彼らはローマにおいて、私が東方典礼のためになしてきた仕事によって満たされているのです。

ジョン・ウッズ神父: あなたがしてきた仕事についての言明を明確にさせてもらえますか。それは、あなたの対話によって、たぶん注釈や報告によってですか、それとも文書によってですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 殆どは、東方典礼部門の聖シャーベル会における祈りのグループを通じてです。そして我々は、およそ四万五千のグループをカトリック世界に持っています。そしてその一部は東方典礼の諸教会にもあるのです。

ジョン・ウッズ神父: では、その支援は組織的な志向というよりも霊性の支援といった性質のものですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、そのようなものでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え:
 私のやっていることが東方典礼と西方典礼の一致を傷つけているなどと、どのようにしてあなたは主張できるのですか、私は、私がそれを代表しているローマ・カトリックの組織において、東方典礼の聖人への信心を広めることによって、あらゆるカトリック諸典礼を支持してきたというのに。あなたが、私のやってきたことや、私たちの組織がどれほど大きなものであるかということについて、何ら理解していないということは私には明白です。

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委員会の質問(20) あなたの聖シャーベル修道会会則や会憲において、あなたはケベックのイブ・マリー・ブレ神父との強いつながりを主張しています。彼は彼自身の司教とバチカンから断罪されたということをあなたは理解していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、神父様。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(21) 今もなお何らかのつながりがあるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 現段階においてはありません。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(22) 教会の認可無しでは、あなたはあなたのグループのメンバーを教会の認可と承認の外に置き、おそらくは離教教会を立てることになる危険を冒すことになるということを、あなたは理解していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい。
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リトル・ペブルの正式な答え: あなたの質問への答えは「はい」でしたが、これについて説明を加えたいと思います。私達の状況を保護すること、私が教会の調査を求めてきた理由はこのためです。しかしながら調査の過程は幾らかの時間を必要とするでしょう。そして教会の決定は肯定的なものでしょう。それゆえ、いかなる離教も起こりえません。もし教会が私に反対して決定をなすならば、(そしてこれは、教皇聖下からのものでなければならないでしょうが)私は修道会を解散するでしょう。

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委員会の質問(23) あなたはその離教と共に前進する準備ができているのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ。なぜなら、私は離教が起こるとは信じていないからです。私は今なおローマ・カトリック信徒であり、これまでもローマ・カトリック信徒であり続けてきたし、全てのメンバーも同様だからです。そして私は、この調査や教会における将来の調査において、教会が最終的にこの仕事を認可するであろうことを信じています。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(24) どのようにして聖母はあなたと意思伝達を行うのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 私は幻視において聖母を見ます。肉体的に、誰かを見るのとちょうど同様に。聖母は私の前6メートルほどのところに、通常は出現されます。そして地上からは4メートルほどのところです。そして、私が説明できる全てのことは、私が私の目で聖母を見るのは肉体的な仕方によってであるということです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(25) どうしてそれが聖母だとわかるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 第一に、彼女の語る内容と彼女が自己を提示する仕方によってです。そして、幻視および彼女の語ることから私が受け取る暖かさと光によって。彼女のうなずきは、私に多くの力と平和を与えてくれます。そして彼女は十字架のしるしをなすばかりでなく、コミュニケーションにおいて、彼女が聖母であるという多くの示唆を私に与えます。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(26) あなたの語ることの多くにおいて、彼女は全てのことに対する完全な権威を持っているように見えます。聖なる三位一体や私たちの主さえも、あなたが語るような重大問題のいくつかについて、あまりにもわずかしか語らない傾向があるのはなぜですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: それは神と聖母の間の事項です。私個人とは何の関わりもありません。神や聖母が何を言うことをお望みになろうとも、それは神と聖母の問題です。そして、イエズス様がおっしゃることは何であろうと、聖母もそうおっしゃるのであり、聖母がおっしゃることは何であれ、イエズス様もそうおっしゃるのです。なぜならお二人はお二人の御心と目的において一つだからです。
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リトル・ペブルの正式な答え: あなたの質問はやや軽蔑的です。イエズス様は聖ベルナデッタに話されましたか? イエズス様はファチマの子供たちに話されましたか? マリアは教会の母ではないのですか? マリアが語られることは何であれ、キリストは支持されるのです! キリストが語られることは何であれ、マリアはそれを支持されるのです! 教皇聖下ヨハネ・パウロ二世と、ピオ十二世以来の先代諸教皇によって明白に引用されたように、今は聖母の時代なのです。それゆえ、なぜ、聖母が重大な問題について話してはいけないのですか?

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委員会の質問(27) なぜあなたは、マリアがこのような仕方であなたとコンタクトをとると考えるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 第一に、もちろん、私自身の救いと教化と聖化のためのみならず、彼女の子供たちを神へとより近づけるためであると私は信じています。それが聖母の御旨なのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(28) なぜあなたが選ばれたと思いますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 特に理由があるとは私は思いません。聖母は御自身の選択権をお持ちであり、歴史上えらばれた者は皆、神の選択なのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(29) あなたは騙されているのではないと、どうやって知るのですか、とりわけ、聖母があなたにおじぎをするとあなたが語るときに?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私がすでに語った全てのことからして、私はそれが聖母だと知っているからです。私は、全ての神秘家たちや幻視者たちがそうだったように、確信をもっているのです。そうでなければ、私は私が説いていることを説くことはできなかったでしょう。そして、それが世界中で結んでいる実は、それが神からのものであることを証明するに十分なものであると私は信じます。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(30) では、ものごとの枠組みにおいて、あなたはどの程度重要なのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 神の計画において、重要性に関する限り、私がいつかキリストの代理者となるであろうと神は啓示なさいました。そのことが全面的に不可能に見えようとも。しかし、神は不可能なことをなすことがおできになるのです。そしてそれが神の計画されたことなのです。それゆえ明白にそれは重要な役割です。しかし、今私がやっていることは、教会のためにひとつの修道会を建設しようとすることなのであり、私はそれが成功しており、成長しており、発展しており、多くの神の子らを神へと近づけていると信じています。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは誘導尋問でした。

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委員会の質問(31) あなたは贖われたとあなたは言うのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: あらゆる霊魂は贖いのために働かなければなりません。神と教会の前において私の良心において可能な最善の仕方で神を愛し仕えるかぎりにおいて、私は救われるということを私は信じています。しかしすべての人と同様にわれわれは罪人であり、それゆえ、私は誘惑され恩寵から離れることがありえます。しかしまた同時に私は神が私を愛しておられ、私が他の如何なる霊魂とも同様に罪人であるということを私は知っています。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(32) あなたは赦しをもとめるのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、いつも。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(33) それでは、あなたは自分が聖人だと言うのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はまだ自分が聖人であるとは考えていませんが、そうなろうと非常に懸命に努力しています。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(34) 神の目から見て、あなたはどのくらいのところに自分を位置付けますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 神の目から見て、私は彼を愛し彼に仕えようとつとめる小さな霊魂として自らを位置付けるでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(35) あなたは例えば、いかなる司教よりも上でなければならないのでしょう。私は、あなたは多くの聖人たちよりも上位なのではないかと思います。とりわけ、あなたが攻撃している事項を擁護している聖人たちよりも。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: どういう意味でそのようなことをおっしゃるのですか、神父様?
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リトル・ペブルの正式な答え: これは誤解を引き起こす質問です。あなたは私が、聖人が擁護した事項を攻撃していると主張しています。しかし私はそう思いません。

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委員会の質問(36) そうですね、聖人たちの模範は、教会のすることへの全面的な忠誠です。しかし、あなたは自分勝手なことをやっているではありませんか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はそれに同意しません、神父様。もし私が自分勝手な事をやっているのであれば、なぜ私は教会法的裁判によって私を判断するようにと求めたりするのですか? 私は、神の御旨を行っていると信じています。そして神が与えてくださった「実」は、私が神の御旨を行っているという印です。

ジョン・ウッズ神父: 今ではなくとも、最終的に、このことは起こるということを、あなたの答えは指し示していると言ってもいいでしょうか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: そうです。

ジョン・ウッズ神父: では、次のように言ってもいいでしょうか。この調査の決定がいかなるものであれ、あなたの心の中では、あなたの恩寵を受けた地位の力によって……このように表現できるとすればですが……あなたが理解しているとおり、新しい教会法的手続きにおける諸権威者が、あなたが信じるために与えられてきたことについて同意するに至るであろうということは、ほとんど不可避的であると。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、私はそう信じています。
ジョン・ウッズ神父: では話を戻しましょう。それはそうなるかどうかというよりも、時間の問題である、ということですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: そのとおりです。

ジョン・ウッズ神父: 私は要約した仕方でそれを言おうとしているのです。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はこの事に、要求された通りに答えました。
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委員会の質問(37) どのようにして神はご自身を啓示なさるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私に対して、ですか? ええ、神が私にご自身を啓示される仕方は、第一に、つねに福音と教会を通じてでした。なぜなら私はキリストと彼の教会の熱愛者であり続けてきたからです。このすべてのことがはじまる以前においてすら、私は主の教会のために懸命に働いてきました。私はウォロンゴング教区において、十年以上にわたって、マカビー司教とレオ・ステファン神父とともに、神の業を広めるために働いてきました。過去二十年にわたって、私は英語ではそれを何というのか知りませんが、神はご自身を肉体的な現存の仕方でご自身を私に啓示してこられました。おとめマリアを見るのとちょうど同様にキリストを見ることによって。彼は自己がイエズスであるとして私に語りかけてこられました、もちろん。そして永遠の御父さえも。御父は、その現存を私の心と私の霊魂において私に知らしめられました。内的語りかけによってさえも。それが、神がご自身を私に表されたやり方です。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(38) あなたは父を見たことがあるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 永遠の御父をですか? はい。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!


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委員会の質問(39) どのような外見のもとに?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 永遠の御子と同様で、より年老いた外観であられるのみならず、イエズスのように金色がかった茶色の髪ではなく白い髪の外観でした。しかし私は、永遠の御父を御子の隣に見ました。私は鳩の形をとられた聖霊を見ました。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(40) イエズスは、父を見たものは誰もいないと言っていますが。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はそれに同意しませんし、あなたも同意しないでしょう、神父様。神をその完全性において見た人は誰もいませんが、過去二千年間の諸聖人たちは永遠の御父の姿を幻視してきており、それはカトリック教会によって認可されてきているのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(41) 聖書諸文書はどの程度に重要なのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: それらは重要です。なぜなら、全体において、それらは神の言葉だからです。それらは、われわれに救いをもたらす神の言葉なのです。私はつねに福音書と、聖書の全体を、旧約聖書と新約聖書を愛してきました。そしてそれらは、もちろん、私たちの信仰において、秘跡を別にすれば、最も重要なものです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(42) 定義された教義はどの程度重要なのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私はすべての教義を全面的に信じています。そうでなければ、私はローマ・カトリックではないでしょう。私は毎日、私の信仰を告白しています。それゆえ、教義は、私の信仰と教説において、もちろん非常に重要なものです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!


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委員会の質問(43) あなたはクイーンやプリンセスによって多くの子供たちの父となるために、神法からの免除を得たと主張しています。あなたはこの新しい権利を行使したのですか。そしてあなたは、あなたの妻以外の女性によって子供をもうけたのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私の妻以外というのは、そのとおりです。
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リトル・ペブルの正式な答え: この質問は、私にとって非常に不明瞭なものでした。なぜなら、あなたが聞いているのが、幾人の子供をもうけたのか、ということなのか、神法からの免除によって幾人の女性と関係したのか、ということなのか、わからなかったからです。妻というのは、どちらのことですか、私の以前の妻アンのことですか、それとも現在の妻、ベッティーナのことですか?
 はっきりさせてください! アン・ビチェーゴとしても知られているアン・カムは、1991年8月に私と別れました。この期間の間、私はベッティーナ・ランマーマン・ハインリッヒと神秘的に結婚していました。これは1990年に与えられた啓示による神の命令によるものです。その時、神は私とアンの間の婚姻関係を停止なさり、そのようにしてベッティーナとの結婚を合法的なものになさったのです。神秘神学に関するこの事項は、現在行われようとしている調査の適切な手続きのもとにおいて、教会によってこれから判断されるべきことです。私はローマ・カトリック教会において1983年に合法的にアンと結婚しており、私たちは4人の子供をもうけました。1991年9月19日に、私は神秘的にそして象徴的に教会においてベッティーナと結婚しました。今日に至るまで私は彼女によって五人の子供をもうけています。二人は肉体的に、三人は神秘的にです。このこともまたこれから教会権威者によって考慮されるべきことです。あなたの44番目の質問において私が言及したのは、この三人のことです。私が三人と答えたように。三人の女性と関係を持ったという意味ではありません。私は今9人の子供を持っており、そしてただ一人の妻、ベッティーナ・カムを持っています。
 アン・ビチェーゴとしても知られているアン・カムは、1998年に私と離婚しました。そして私は公式に、State Registrarにおいて、1998年に、ベッティーナ・カムと再婚しました。そして2000年10月に、アン・ビチェーゴとの私の結婚は解消されました。かくして、ローマ・カトリック教会におけるベッティーナとの私の結婚が合法的で公式のものになる道が開かれたのです。
 それゆえ、正しく答えると次のとおりです。私は、自然的に、六人の子供を、二人の女性によってもうけました。両者とも、そのときは私の合法的な妻でした。そして三人の子供を超自然的にもうけました。それについては、教会に提出された数多くの文書の中で説明されています。この件については、私は教会法廷によって求められるまでは、詳細に立ち入るつもりはありません。

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委員会の質問(44) 何人ですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 三人です。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!(訳注:上記43番参照)

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委員会の質問(45) どのような根拠で、あなたの女性との性的関係が有罪ではないと判断されるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 神が私に神の言葉を啓示なさる仕方に関連した、法の停止という根拠によってです。それについて私はきわめて多くのことを書いてきました。そしてそれは聖トマス・アクィナスによっても、他のきわめて多くの聖人たちによっても、支持されているのです(訳注:メッツセージNo.512ほか参照)。預言者の場合、神が彼に何かなすべきことを命ぜられるならば、それは正当なものなのです。なぜなら神がそれを命令なさったからです。それゆえ、私は神の言葉に従って、前進したのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(46) あなたは、自分が性的事項に関する教会の道徳的教えを変えることができる、と思っているのですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ、そのようなことはまったく考えていません。全く! 私の言っていることは、教会の道徳的教えの一部なのです。なぜならそれは、教会博士たちの著作に書かれている事項だからです。そうでなければ、私は前進しなかったでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え: ケビン神父と委員会の皆様、あなたがたが、聖トマス・アクィナスやその他の教会博士たちに従った倫理神学や神秘神学に関する教会の教えについて、よく知らないということは、私には明白です。それで、なぜこのような質問をするのですか?

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委員会の質問(47) ニューエラがあるであろうという1994年の言明についてはどうですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: ええ、私はそれを信じています。なぜなら、メシアの第二の来臨に関する事は多くは啓示されていません、彼が来られるであろうという事実だけです。しかし新しい天と新しい地が来るであろうという事も言われています。そしてその啓示は、私自身ばかりではなく、諸聖人方にも与えられているのです。私は、教会の著作家の多くの本から、来るべき罪の無いニューエラに関するものをあなたに提供することができます。それは聖書に書かれているのです。
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リトル・ペブルの正式な答え: ここでもまた、親愛なる学識者の皆さん、キリストの再臨に関するあなたがたの考えは控えめに言っても非常に断片的であるように思われます。

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委員会の質問(48) この例外を享受する他の人々は何人いるのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 誰もいません。
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リトル・ペブルの正式な答え: 48番目の質問について。あなたはここで、47番目の質問の主題から46番目の質問の主題へと移っています。あなたの客観性と一貫性は、どこにあるのですか? このことはまた、49番目の質問にもあてはまります。

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委員会の質問(49) あなただけですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え:
 そのとおりです。なぜなら私は預言者だからです。
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リトル・ペブルの正式な答え: 上述したことを参照してください!

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委員会の質問(50) これらの事項について、あなたが祝されし乙女マリアの権威に訴えるということは、奇妙だとあなたは思いますか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ。
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リトル・ペブルの正式な答え: 祝されし乙女マリアの権威に訴えることが、なぜ奇妙なのですか? 彼女は、教会の母、私たちの母ではありませんか? これらの啓示は彼女からのものであり、私からのものではないのです! あなたの質問は、これらの啓示が私の空想の産物であるかのようにほのめかしています。あなたが私の仕事を全て研究したならば、神が啓示したこと全てについてなんら空想は含まれていないということを明白に理解したでしょう。なぜなら、1990年以来、これらの啓示は100名に上るほかの幻視者たちにも与えられてきたからであり、それらは教会の学者たち、さらには教会の教えによって、確証されるのです。

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委員会の質問(51) 彼女は乙女であるというのに?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: それはそうです! しかし奇妙だとは全く思いません。なぜなら乙女マリアが、数多くの他の神秘家たち……彼らもまた教会の調査のもとにありますが、何人かはすでに教会の支持を得ています……によっても確認されたものとしてそれを私に啓示しておられるのであれば、それは啓示されたことが真であるということを示唆するでしょう。しかし決定をなすのは教会の責任です。それは私の責任ではありません。私は啓示を受けている人間にすぎません。

ジョン・ウッズ神父: あなたは御父から結婚外のセックスについて免除を受けたとあなたは言いましたね。この免除を受けた理由についてあなたは明確に知っているのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、非常に明確に。

ジョン・ウッズ神父: それを私たちに説明してもらえますか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 将来において、キリストの代理者としてばかりではなく、全ての神の民を導く者として、私は多くの国民の父となるであろうというのが、神からの決定なのです。それゆえ、この場合、私は一人以上の妻をもつのです。これは旧約の教えに反していませんし、神が命令なさるのであれば、新約の教えにも反していません。しかしそれは、ダビドの王家の再形成にかかわることなのです。そして、王的司祭職に関する限り、司祭たちは王家の一部とよばれることを知っています。もちろんここで私たちは神秘的生活について語っているのであり、イスラエルの十二部族を再形成することが神の御計画なのです。それらは、旧約時代に基本的に破壊されてしまいました。しかし、私たちは、これから来る時代について語っているのです。黄金時代、あるいは、いかなる罪も腐敗も無い時代について。それゆえそこでは、それは基本的にそれです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(52) あなたと教皇では、現在、権威に関してはどのように違うのでしょうか。
リトル・ペブルの聴聞会での答え: 私が教皇であるとしたら、という意味ですか?

質問: いいや、この時点においては?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 神父様、どういう意味でおっしゃっているのですか?

質問: よろしい、もし、教皇が、現教皇が、あなたとあなたの運動を断罪するとしたらどうですか?

リトル・ペブルの聴聞会での答え: ええ、もちろん私はそれを受け入れるでしょう。彼はキリストの代理者ですから。
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リトル・ペブルの正式な答え: あいまいな質問であり、意味がありません。

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委員会の質問(53) 今日の教会において、神の計画の中で教皇はどのように重要なのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: ええ、彼は教会の頭であるばかりでなく、地上の全ての人の上に立っています。なぜなら、彼はキリストを代理しているからです。とりわけ、私は現代について話しているのですが、現教皇聖下は地上における生ける聖人です。現在の彼の役目は、彼が代理者であるという事実以外に、神の子供たちを約束された土地へと導かなければならないということです。彼の役割に関する限り。しかし私たちは、彼がまだ多くのことをこれからしなければならないということを固く信じています。年老いておられますが。彼は「すべての恩寵の仲介者」の新しい教義を公布しなければなりません。そしておそらく、神の教会を正しい方向へと向けるために、もう一つの公会議を召集しなければならないでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!


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委員会の質問(54) 公会議をあなたはどのくらい重要なものだと理解していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 非常に重要です。なぜなら、それらは神の教えの一部だからであり、過去において如何なる違いもありませんでした。第二バチカン公会議が言っていることと実際に行われていることとの間の問題について多くの議論がなされてきてはいますが。それは何十年にもわたって非常によく文書化されてきていますが、第二バチカン公会議は他の公会議と同様に重要なものです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(55) 神学的教説や学問はどの程度重要なのですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 教会の教えに基づいた神学的教説や学問は、霊魂の形成の為に重要であり、司祭職に関する限り教会そのものにとっても重要です。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(56) 聖人たちや殉教者たちの証はどのように重要なものですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 非常に重要なものです。なぜなら彼らの血によって、彼らの証によって、彼らはキリストとその教えに関する真理を伝えたからです。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(57) 例えば聖ベルナデッタのような、何人かの聖なる人々の幻視はどのように重要なものですか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: そうですね、それらは、それが与えられた時代に関係がある限りにおいて重要であるのみならず、私にとって私自身の神の教えの理解においても重要です。幻視を受ける場合であれ、聖書の場合であれ、それもまた神の業の一部ですが、それらはすべて、諸世紀の中の特定の各時期に関係を持っています。これらの幻視は、神の福音と神の教会を通して、神を信じ、愛し、仕えるために霊魂たちを照らす限りにおいて、重要性を持っています。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(58) あなたは、教会が、これらのメッセージが真実のものであるかどうかを決定する権利を持っていることを理解していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい、もちろん。それをなすことは教会の義務であり、権威です。
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リトル・ペブルの正式な答え: この質問はばかげたものです。もし私がこのことを理解していないならば、私が教会に調査を求めたりするでしょうか。

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委員会の質問(59) これらのことすべてについて、あなたはどのように適合するのですか。
リトル・ペブルの聴聞会での答え: 同じことです。
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リトル・ペブルの正式な答え: この質問は無関係なものです。それは何の目的も意味もありません。

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委員会の質問(60) あなたがこれらのいずれか、あるいはこれらのすべてに矛盾するとしたら何が起こりますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: それは教会が決めることです。もし教会が最終段階においても、……それはキリストの代理者となるでしょうが、……私が過去二十年間において教えてきたことが誤りであると決定するのであれば、私はその決定を受け入れるでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(61) あなたは、これらの事項について、教区司教の権威に服従する用意がありますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: 彼らが教会法に従う限りにおいて。そして彼らはこれまでのところ、そうしていません。そのことを私はすでに最初からあなたがたに示してきました。そうでなければ、この第二の委員会は決して存在しなかったでしょう。
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リトル・ペブルの正式な答え: これは自明のことです!

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委員会の質問(62) 教区司教の権威に服従しない場合は、教会法廷におけるあなた自身の裁判に至るであろうということをあなたは意識していますか。

リトル・ペブルの聴聞会での答え: はい。
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リトル・ペブルの正式な答え: 二つの審判があると意味しているように思われます。

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委員会の質問(63) そのことが起こる前にあなたは事態を変えることを望みますか、あるいはそれに服従しますか。
リトル・ペブルの聴聞会での答え: いいえ、私は委員会を最後まで行うことを望みます。
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リトル・ペブルの正式な答え: 前の答えと同様に、現在行われている委員会は私の主張が真実のものか偽りのものかを決定するためのものであるというのが私の理解でした。しかしあなたは、あたかも私が被告であるかのような審判について語っています。私はローマ・カトリック信徒です。私は私の誕生以来、そうであり続けてきました。私は少年のころから現在に至るまで全面的に私の信仰を実践してきました。1968年以来私は神秘的経験をしてきました。私は信仰深く従順な教会の子供であり続けてきました。そのことは、数多くの人々や組織を通して確証することができます。私はあらゆる点においてキリストのあかしを立ててきました。
 1984年以来、私は、私の主張に対する偏見のない調査を求めて教会にアピールしてきました。それは1998年に至るまで拒まれました。調査を実施してもらうために民法を使うという私の申し立てに至るまで。私はカトリック教会に反することは何もやったことはありません。そして教会の仕事を世界中に広めただけです。カトリック平信徒として、私は救霊と、聖にして母なる公教会からの導きを求めてきました。しかし私が受け取ったすべては、中傷と迫害でした。そして、のけ者、悪漢、うそつき、詐欺師、追いはぎ、ペテン師として扱われてきました。しかし私は、すべてのカトリック信徒と同様に、言い分を聞いてもらう権利を持っているのです。私は聖にして母なる公教会に助けと導きを求めているのです。しかし教会は、私を犯罪者として扱いつづけているのです。いくつかの「法令」によってさえも。そしてこの現在の委員会によっても。そして私は、あらかじめ有罪であると決めつけられた犯罪者として審問されているのです。なぜなのでしょうか。
 私たちの信仰と信者に関するあらゆることは慎重に調査するよう、特に、私自身のように、ビジョンや預言を受けたと主張している、より攻撃を受けやすい人々について、これらの霊魂たちを保護し助けるために、より注意深く観察することを、教会は求められているのではありませんか? なぜなら、いったんそれが真実のものであると分かったならば、それらは教会全体にとってのみならず、世界全体にとってさえも恩寵の源ではないでしょうか、教会内でいま栄えている数多くの聖人たちや聖なる巡礼地の場合においてそうだったように。
 どのようにして教会委員会は私をあらかじめ判断できるのですか? 主張されているすべてのことにおいて真理を知る事を求めている霊魂として、彼らは真っ先に私の尊厳を保護するべきです。私の主張のそれぞれを検討し調査するために委員会があるのではないのですか? 完全性と、祈りと、希望をもって、そしてもしこれが神からのものであれば喜びましょうということによって、そしてもし神からのものでなければ、聖にして母なる公教会の懐における彼らの正しい場所やを見つけるために、この霊魂や、関係するすべての霊魂たちを助けましょうと言うことによって。しかし、すべての命令、すべての研究、そして委員会によって質問が提示されたそのやり方は、まったくその反対を示しています。まるで私は、裁判にかけられるべき犯罪人であり、教会と人類の前で有罪とされるべき犯罪人であるかのようです。それは神からのものではなく、私の言っていることは間違いであるということを示すことができるように、取り除かれなければならない人物であるかのようです。
 ではなぜ委員会が実施されるのですか。もし判断がすでになされているのであれば。このことは、「命令」や、私が質問されるときのやり方によって、非常に明白ではありませんか。新しいサンヘドリン(衆議会)は、いにしえのそれと全く違いません。私は単にレールに乗せられて隅に連れていかれ、侮辱され、そして有罪であると宣告されるのでしょうか? お尋ねしますが、何について有罪なのですか? 良いカトリックであること、そして神に従っていることについて有罪なのですか? 不愉快な質問と不適切な答えに関して言えば、あなたがたの語ったすべてのことにおいて、あなた、ケビン神父、および私の弁護者ジョン・ウッズ神父と委員会は、この聴聞を行うにあたって、適切な仕方で十分に情報を得たり準備したりしていなかったことが非常に明白です。あなたがたや、委員会が、主要な問題についてかかわるだけで、ミッション全体は検討することもなしに、私の主張に関する決定どうしてなすことができのるか、私にはわかりません。その巨大さを考慮するならば。そして、それらを単に副次的なものとして片付けてしまうことは全くばかげたことです。二千人の証言、50万人のメンバーたち、何千もの肉体的そして精神的な治癒、何千もの人々によって目撃されてきた公の奇跡を考慮するならば。
 修道会とその生活は、単なる副次的な問題ではありません。なぜならそれらは実りを結んできているからです。そして実りのない言葉や仕事は、神からのものではありえません。如何に言葉遣いが優雅なものであろうとも。別の言葉でいえば、あなたはこれらすべてのことを脇に置き、私の書いたものが、私の人生と私の主張に関する決定をなすのに十分なものであると言っているのです。私自身の人生と証言はどうなるのですか?
 最後に、主要な果実である数多くの支持者たちに対するインタビューを行うことをあなたがたが意図していないという事実は、不合理なものです。

 ここに述べるすべてのことを、私は神の御前で誓って述べます。
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 以上が質問と回答の終わりです。私は言明をなしたいかどうか尋ねられました。私はそれをなしました。そしてその多くは以下に含められています。
【 私の言明の要約 】

リトル・ペブル: 要約して、最初から説明しましょう。私は1985年にウィリアム・マーリ司教に会いに行きました。私は30分間彼とともに過ごしただけでした。天によって私に与えられてきたミッションについて手短に説明して、彼に見せるために私が選んできたメッセージの3つを彼にちょっと見てもらうだけの時間しかありませんでした。しかしながら、彼は公に、同じ年の12月2日の司牧書簡において、「教会法廷」によって「決定」がなされたと告げたのです。当然私はこの主張に反論しました。なぜなら、そのようなものは何も行われなかったからです。
 私はその時から、ほとんど定期的な間隔をおいて、1998年に至るまで、私の長期間にわたる主張を調査するための適切な委員会が形成されることを求め続けました。教区がウィルソン司教の管轄となった1998年に至るまで何の反応でありませんでした。
 ついに1998年9月に、私はこの長い間遅れていた対応をなしてもらえたと知らされました。しかしそれは、公開された民事法廷においてこのことを訴える準備があると私が知らせることによって、事態を強いて打開した後のことでした。このことは、無視されたこと、そしてそれゆえ何年にもわたる信仰深いカトリックとしての私の権利を否定されたことに対する全くのフラストレーションからなされました。
 私は、司教の事務所から、近く行われるはずの会合に関する知らせが届くのを忍耐強く待ちました。正義が行われるように。これまでどおり、何も起こりませんでした。しかしながら、フィリップ・ウィルソン司教によって何らかの種類の行動がとられているということが最終的に明らかになりました。なぜなら報道機関は、少しばかりより熱心に私に質問し始めたからです。
 委員会は、1998年9月に最初の会合を持つように計画されたように思われます。しかしながら、様々な方面のメディアによって行使された大きな圧力のために、……そしてまた私はナウラにおける地方の圧力グループによる介入があったのではないかと疑っているのですが、……ウィルソン司教は不意に公の「命令」を出しました。その中で私は修道会を閉じるように告げられたのです。委員会のメンバーたちの前で私が自身で私自身の主張を提出するように呼び出されてもいないという事実にもかかわらず。私はまた、この「命令」について、公衆のほかのメンバーたちに告げられる前にあらかじめ知らされたこともありませんでした。
 さて、教会法によれば、いくつかの理由によって、司教の行動は完全に常軌を逸したものです。それは第一に、私は委員会に出席するよう、あるいは何らかの証拠を提出するように求められたことはなかったという事実です。それゆえ、いかなる決定もなすことはできなかったし、また、なされてはならなかったのです。第二に、教会位階制のうちにある人々、議論に巻き込まれてきた人々、そして公の命令を告げる権威を持つ人々からの最終的な判断によって私が判断される時が来るまで、必要であれば公に私を擁護することが彼の義務です。最後に、しかし最も重要なことですが、私は、ローマに上告するための行動を既にとっていました。提案された調査の進捗状況について私が知らされなかったという理由で。私は、この上告を、教会法によって要求されている通り、司教の事務所に送りました。それができる限り早くバチカンに転送されるようにとの求めとともに。またしても、文書受領の通知は、ウィルソン司教からもローマからもありませんでした。私は事態を打開しようとして、さらにシドニーのクランシー枢機卿にも訴えました。しかし再び無視されただけでした。
 この説明によって、あなたがたには明らかでしょう。つまり、この現在の会合、マーリ司教の大失態の後に私がそれを求め始めて以来、初めて教会の関係者と持った最初の機会もまた、常軌を逸したものだということです。私がローマになした上告のために。私はそれが到着したことを知っています。なぜならそれが到着するように私はもうひとつの手段を講じたからです。にもかかわらず、あなたがたは知っているべきですが、司教は、上告の到着を私に知らせるよう、教会法によって義務づけられているのです。そして30日以内にそれは転送されなければならないのです。そのいずれも起こりませんでした。
 そして現在に至るまで、私は、ウィルソン司教と直接に会って、ミッションがどのようなものかを私自身の言葉で彼に説明することができるように招待されてはいません! それゆえ、自然的正義の過程において肯定的なものは何も起こっていません。
 以上が、ウッズ神父様、存在している根本的な状況です。

ジョン・ウッズ神父: ちょっとはっきりさせたいのですが、一方において、あなたはこの事項は、あなたの申し立てによってローマに行ったと言っています。それゆえ、この事はローマの管轄下にあると。しかしながら一方において、あなたはこの教区における決定をも求めているように見えます。ちょっと説明してもらえますか。この事項が全面的にローマにゆだねられることがあなたの望みなのか、それとも、ある表現を用いれば、適切な手続き、……教区のレベルでは、このプロセスがそうですが、……それが結果を出すまで続けられることがあなたの望みなのですか。

リトル・ペブル: わかりました、神父様、説明しましょう。私がいま問題にしているのは教会法なのです。現在教会法は非常に明白に規定しています。…さて第一に、ウィルソン司教は委員会の決定に対して、それが実施される前においてさえも「無効」を宣告しました。事実、委員会のメンバーたちはその時までに選ばれてさえもいなかったのです。そしてそれは委員会設立の告知があった日から、すでに一年もたった時点のことです。ウィルソン司教は、委員会が招集されもしないうちに、すでに決定をなしてしまったのです。私に修道会を解散させる決定を。それゆえ、それは既に教会法に違反しているのです。なぜなら私はまだ私の言い分を聞いてもらってもいないし、私の主張を提示してもいないからです。私がすでに状況から完全に除去されてしまっているのであれば、委員会に何の意味があるのでしょうか。
 それゆえ、私は教会法を問題にして言ったのです。もし委員会がその仕事をちゃんと成し遂げないのであれば、私は上告する権利を持っています。委員会に何の意味があるのですか?

ジョン・ウッズ神父: あなたの上告の権利は、あなたの理解では、一方的にあなたを断罪するウィルソン司教の決定に対するものですか?

リトル・ペブル: そうです。彼は「現時点から、この修道会は閉鎖される」と述べたという事実そのものによって、それをすでになしたのです。……バン、バン、バン!……そして私はその時までに委員会に来てさえもいませんでした。私はその席につくことさえもしていませんでした。

ジョン・ウッズ神父: しかしあなたが言ったように、あなた自身からの圧力の後です。あなたが説明したような民間の圧力のもとで。

リトル・ペブル: それ以前に一年間が経過しているのです。なぜなら、いいですか神父様、お時間をとって申し訳ありませんが、しかるべき敬意とともに申し上げますが、しかし弁護人であるあなたについて、私はこれを非常に異常な状況であると見ています。なぜなら、私の弁護人である人物は、私の弁護人となりうる以前に、まず第一に私が何者であるか、私が何をしているのか、そしてどのようになしているのかを知っているべきだからです。

ジョン・ウッズ神父: 異論があります。弁護人の役割について、さらに議論することができるでしょう。しかしおそらく、現在の論点のために、弁護人としてあなたのための一連の質問、そして今朝のディスカッションのために。あなたは現在行われている審問の教会法な位置付けを認識しているのですか。

リトル・ペブル: いいえ、全く。理由を申し上げましょう。まず第一に、関係者すべてに対する敬意から、私は説明することを望みました。私の考えについて皆さんが完全に知ることができるように質問に答えることを望みました。そしてそのことはいずれにしても記録に残るでしょう。しかし要点は、もし何らかの……今年の初めごろに話を戻すと、すでにウィルソン司教は私に宣告を突き付けていました。それは委員会の招集に反するものです。なぜならそのでなければなぜ委員会がまだ集まってもいないときにすでに決定がなされているのに、なぜ委員会を招集したりするのですか。それゆえ、そのことは私に次のように言う以外の選択肢を残しません。いいでしょう、ウィルソン司教、もしあなたがすでに委員会が実施される前においてさえ決定を行ったのであれば、あなたは私にいかなる選択肢も与えなかったのです。私はカトリックとしての私自身の権利を守るために上告しなければなりません。そしてそれが私のをなしたことです。
 さてそれ以来、私は何も聞いていません。第一に、私はローマから何の知らせも受けていません。私は私の教区司教から何も知らせを受けていません。ケビン神父を通して彼が言ったことは、委員会は継続中であるということだけですが、これが私たちが今なそうとしていることです。しかしながら、委員会は選ばれてもいなかったのです。お分かりでしょうか。では私の上告はどうなるのでしょうか? そのことは、委員会がすでに無効であるということを意味します。なぜなら私の上告はすでに、教会法によって、ローマにあるべきものだからです。ウィルソン司教は、上告はすでにローマに届られたと、すでに私に告げているべきだったのです。私の言っていることがお分かりですか。それゆえ、教会法によって、もし私たちが教会法に従うならば、この委員会は初めから無効なのです。

ジョン・ウッズ神父: あなたに対する公平のために、今私はあなたの言っていることを聞く事ができます。私はあなたの理解が教会法的に正しいものであるとは前提しません。あなたの解釈を尊重しますが。そして明白に手続きそのものは、しかるべき過程の中での厳格な規制を必要とするでしょう。ウィルソン司教の決定についてのあなたの立場に関して、上告とこの手続きに関して。それゆえ、おそらく、なされていると思われる主張は、もしこのように言ってよければ、私たちが今行っていることの教会法的な性質について、あなたは疑問を付するであろうということですか。

リトル・ペブル: その全体においてではありませんが。なぜなら、(ことが進められた時系列においては)それは正しいからです。そのようにして、私はあなたがたがそれを違法なものであるというならば、非合法性の意味においてそれは違法なものであるというでしょう。しかしそれはなお重要なものなのです。なぜなら私はなお委員会に関心を持っているからです。私は未だにウィルソン司教の決定に関心をを持っており、彼の告知に関心を持っています。

ケビン神父: 教会法的に、その上告の法的性質についての問題には副次的な問題があります。ローマはわれわれに教区のレベルにおいてこのことを解決すること望んでいると私は信じています。それゆえ、われわれがそれの副次的な問題を調査するでしょう。

リトル・ペブル: しかしあなたはローマからそのように告げられているのですか。

ケビン神父: 通信文を見てみなければならないでしょう。

リトル・ペブル: なぜなら、いいですか、もしローマがそのように告げているならば、ローマは私にもそう告げているはずです。なぜなら、私は主要当事者あるいは主要関係者であって、当然そのことを告げられなければならないからです。それゆえ、私は知らせを受けていなければならないはずです。ウィルソン司教が調査を続けるようにローマが決定をなすならば、いずれにしても私はそれを受け入れましょう。それゆえ私はそのことについて何も問題を持っていません。そして、このことがいずれにしてもすでに進行しているのであれば幸せなことです。

ケビン神父: ほかに何か、あなたの言いたいことはありますか。

リトル・ペブル: いいえ神父さま。ただひとつお尋ねしたいのですが、この後はどのような手続きが進行するのでしょうか。

ケビン神父: 神学者たちが出現についての報告書を書くでしょう。教会法学者たちが会憲について書くでしょう。そして私たちは質問に答えるように努めるでしょう。そしてその報告は司教に提出されるでしょう。それから司教がそれをどのようになさるかは司教にゆだねられています。

リトル・ペブル: 聴聞や、証言や、そのようなものについてはどうなるのですか。

ケビン神父: これはあなた出版したものについての検討であると私が最初に述べたのはこのためです。なぜなら我々は、あらゆる問題を調べることはできなかったからです。そして私たちが目にしている大きな問題があります。それゆえ私たちが取り組むのはその大きな問題になるでしょう。そして他のことは副次的な問題です。

ジョン・ウッズ神父: さらなる聴聞の必要性が生じるということはおこりうるでしょうか。

ケビン神父: おそらく、然りでしょう。しかしあなたはわかっていますか、委員会がどのような決定をなそうとも、そして最後にウィルソン司教がどのような決定をなした場合でも、それが否定的なものであるならば、あなたは上告するためのあらゆる権利を持っています。

リトル・ペブル: はい、私はそのことをとにかく理解しています。

ケビン神父: そしてそれが、私たちが明確にしておかなければならない一つのことです。そして公刊される報告書の中で、ローマに対する上告の権利が明白に告げられたことが明白にされるでしょう。 来てくださった事に感謝します。
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 私の人生についてのこの第3巻を終えるにあたって、私はなお教会の権威者たちからの連絡を待ち続けています。調査は「リンボ(古聖所)」のうちにとどまっています。ウォロンゴングの司教はニュー・サウス・ウエールズを離れ、アデレードの大司教におさまりました。実際、たった四年間の経歴しかない新人司教にとっては大変な出世です。悲しむべきことに、彼はここでの仕事を終えないまま立ち去りました。そして奇妙なことに、その後だれも司教として指名されていません。なぜでしょうか。おそらく、誰もその地位を欲していないからでしょう。私は司教指名が行われるように祈り、待っています。そしていつか、信仰と聖霊によって照らされた人物が、全面的で正当なやり方によって私の主張の調査に取り組むであろうという希望のうちに生きています。なぜなら私たちは聖母によって約束された勝利を必ず見るでしょうから。そしてそれは間近なのです。


















【 日本語版の謝辞 】

 私たちはリトル・ペブルさんの本、「THE LITTLE PEBBLE - THE LAST POPE」日本語版について、2001年11月17日に翻訳と出版の権利をリトル・ペブルさんからいただきました。どんな天からのメッセージにも版権はありませんが、リトル・ペブルさん自身の著述に関しては版権があります。この日本語版「リトル・ペブル 最後の教皇 第3巻」の著作権は「箱舟の聖母社」にあります。この重要な本を発行するにあたり、寛大なご寄付をくださった皆様、また翻訳のために膨大な時間と労力をささげてくださったU氏、N氏に、あつく感謝いたします。
2006年6月
箱舟の聖母社
コルベ・マリー阿部哲朗

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原題: "Petrus Romanus" - The Last Pope - Volume 3
    The Manuscript is Copyright (c) 1999 by William Kamm.
William Kamm, P.O.Box 815, Nowra, N.S.W. Australia
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「リトル・ペブル 最後の教皇 第3巻」日本語版
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2006年6月 第1刷発行
2008年2月 第2刷発行
著 者 ウィリアム・カム
編 集 コルベ・マリー阿部哲朗
発行者 コルベ・マリー阿部哲朗
発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 郵便振替 02260−0−91200
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(c) 2008 in Japan by Hakobune-no-Seibo-Sha
Printed in Japan
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