「リトル・ペブル 最後の教皇 第2巻」
日本語版

(C)箱舟の聖母社



リトル・ペブル 最後の教皇
第2巻 ウィリアム・カムの証言と神秘的生活


目次

永遠の御父への献辞 -------------------------- 4
著者の序文 ---------------------------------- 5
第一章 神秘的結婚 -------------------------- 8
第二章 第二の裏切り ----------------------- 44
第三章 ダビド王家 ------------------------- 64
第四章 契約の預言者 ----------------------- 86
第五章 天国の援助者たち ------------------ 149
第六章 聖母のための勝利 ------------------ 251
第七章 天からの賜物と対話 ---------------- 258
著者の注記 -------------------------------- 286
日本語版の謝辞 ---------------------------- 296

















永遠の御父への献辞
 私は私の人生に関するこの著作を、永遠の御父、愛とあわれみのわが父、その方から全てのものが存在するに至った方、彼のとるにたりない息子からの贈り物として捧げたいと思います。
 私は彼の懐から、彼の神聖な愛の火花として出てきました。そしていつの日か、彼のもとに帰るでしょう、彼が私にそうであることをお望みであるように、彼の清い、そして聖なる像のうちに。
 私はこの著作を、私の愛する父そして創造者にささげます。そしてこの著作を読む全ての人が真理を認めるように祈ります。私はまた、善意の全ての霊魂たちが、私がそうしてきたように、彼らの天の父を愛するようになることを、彼の忍耐と善意を評価し、彼の愛の深さを知るようになることを祈ります。なぜなら私たちは皆、彼の無限の価値を持つ被造物だからです。
 彼がいつも私のうちに彼の愛する息子の似姿を認めてくださいますように、そして私の生活が、彼の愛を証しするものとなりますように。いつの日か、罪人である私、そして全ての神の子供たちが、彼の神聖な顔を仰ぎ見て、彼の愛の甘美さを永遠に味わうことができますように。

【 奉献 】

「リトル・ペブル」への霊感によるもの。専ら私的信心のためのもの。

 おお、愛とあわれみの永遠の御父よ。私は、私自身を、あなたの無限の価値を持つ被造物として、あなたに奉献いたします。罪人である私を、あなたの小さな子供として、私と私の全てをお受け取りください。私をあなたの清く聖なる似姿としてください。あなたの懐から私が出てきたとき、そうであったように。そして私が再びちりに返るとき、あなたが望まれるように私がなるように。あなたと、あなたの神なる御子イエズス、そしてあなたの霊と、永遠に共に生きることができるように。
 父よ、わが父よ、私の日々の過ちを赦し、私の罪を拭い去ってください。あなたが私のうちに、あなたの御一人子の似姿のみを見てくださいますように。私はあなたを愛します、そしてわが命のゆえにあなたに感謝します。あなたの子供として。アーメン。







著者の序文
"Totum me do - Omnia Accipiam" −「全てを与えたまえ、われ全てを受け入れん」
 私の人生の物語についてのこの第二巻は、第一巻の続きです。第一巻は、私のドイツにおける誕生から、南オーストラリアの田舎における私の少年期、そして若い時代と青年時代、私の神秘的経験が増加し、私のミッションが世界中で広がり成長し始めるにつれて、私が出会った数多くの試練と困難の詳細を物語りました。この巻は、1990年代初頭の喧騒に満ちた年月を扱います。そして私の人生とミッションにおけるこの時期は、信仰、忍耐、堅忍の重大な試練の一つであったと本当に言うことができるでしょう。
 太祖アブラハムは、彼の一人息子を犠牲としてささげるように求められました。そして義人ヨブは、彼の財産、家族、そして最終的には彼の健康の喪失によって試みられました。しかし両者とも、自らが信仰の人であることを明らかにし、そして神によって驚くべき仕方で義とされたのです。同様に、私も、多くのものを犠牲としてささげるよう求められてきました。それは、あらゆる人間的予想を超えていました。究極的には、全てのことは信仰にかかっています。そしてアブラハムとヨブが、大いなる逆境に直面しても堅固であり続けたように、私も最終的には、神が私を義としてくださるでしょう。この巻は、神が人間との間に結ばれる新しい契約を明らかにしています。この偉大なる計画は、信仰の栄光ある黄金時代をもたらすでしょう。清さと平和と繁栄のこの幸福な時代は、数年先にまで迫っています。
 これらのページの中に、読者は、私の人生と私に関係する人々の人生を取り巻いている並外れた論争の只中における、神の偉大なる知恵と、信じがたい善性とを目の当たりにするでしょう。神は私に大いなる挑戦を与えられました。神は聖ペトロに水の上を歩くように求められたように、神は私を、目に見える支援の手立ては何もない、巨大な空虚の上を信仰のうちに歩み出すように呼ばれたのです。まさしくこの状況は、トランペッターに与えられたビジョンの中で描かれています。彼は合衆国の幻視者であり、そのビジョンを彼は識別のために1989年に私に提出しました。それは、全ての人は新しい聖なる時代に入るためには何を経験し、何に応えなくてはならないかを描いているので、私はそれを以下に掲載したいと思います。

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トランペッターのビジョン
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 私たちの聖なる主と彼の祝された御母が見えます。お二人は、深いクレバスで取り囲まれた高い丘の上におられます。外側の土地には、あらゆる年代の数百人の人々がいました。私たちの愛する母は、丘の上から人々に、彼女と私たちの主のもとへ来るように呼びかけられておられました。そして、人々がクレバスを乗り越える方法は見あたりませんでした。しかし聖母と私たちの主は次のようにおっしゃって、これらの人々に呼びかけ続けられました。「あなたがたは、信頼して信仰を持たなければなりません。そうすれば道は明らかになるでしょう」 はるか後方から、リトル・ペブルが進んでくるのを私は見ました。聖テレジアは、彼に従うよう私を励ましておっしゃいました。「あなたの兄弟のもとへ急ぎなさい。彼がやっているようにしなさい。あなたの目を至聖なる聖心と汚れなき御心に注ぎ続けなさい。他の人が、何を言おうと何をなそうと気にかけないように」 この励ましによって、そして望みによって、私は彼のそばに駆け寄りました。リトル・ペブルは、静かに断崖の縁まで歩いていきました。彼は、私たちの主と聖母を見上げました。お二人は繰り返しておられました。…「来なさい、恐れずに!」という呼びかけを。
 リトル・ペブルは、人々の方へ振り返り、そして彼らに言いました。「あなたがたは何も恐れることはありません。なぜなら確かに、私たちの主と私たちの祝された母は、あなたがたを危険のうちに導くことはないからです。なぜあなたがたはためらっているのですか。あなたがたは、試練があなたがたの前に置かれているということを見聞きしないのですか。あなたがたの前におられる神へのあなたがたの真の愛を証明しなさい、あなたがたの信頼によって。あなたがた自身のために恐れたりしないように、さもなければあなたがたは死ぬでしょう。」 これら全てのことを述べた後で、彼は皆に対してほほ笑みかけ、私たち皆に彼の祝福を与えました。そして彼の手からは、輝かしい、ほとんど目もくらむような光が出ました。リトル・ペブルはそれから、向き直って、断崖の縁から歩み出しました。彼は、非常に静かにクレバスを横断していきました。そして私は、できる限り彼のすぐ後ろをついていきました。私が振り返って見ると、人々が従い始めているのを見ることができました。しかし数歩も進まないうちに、全ての子供たちは断崖を超えて他の人の前へと駆け出しました。まるで見えない橋を渡っているかのように。リトル・ペブルが丘を登り始めると、土地は滑らかになり、いかなる障害もなくなりました。
 皆が従ったのではありませんでした。およそ3分の1が信じずに背後に残りました。なぜなら彼らは、彼ら自身の安全のために恐れたからです。子供たちの何人かは、目に見えない橋の上に立って待っていました。彼らは他の者たちに、何を恐れているのかと尋ね、信仰を持ち、信頼し、リトル・ペブルの指示と模範に従うようにと求めました。しかし悲しいことに、彼らは答えませんでした。私たちの聖母は、これらの小さな者たちに、彼らが選んだ道を再び歩むように求められました。信仰と謙遜のうちに、勇気を持って応えることを。背後に残った全ての者たちは、失望し始めました。なぜなら彼らは、断崖の縁が彼らの前で崩れはじめるのを見たからです。間もなく、彼らが立っていた全ての場所は、彼らの下で崩壊し、そして彼らは皆、開いたクレバスの中に落ちていきました。
 聖ミカエルは、この最後のビジョンを私に説明し始められました。そして以下のことだけを記録するように私に指示されました。「人々は、世界中の全ての幻視者、神秘家、ボイスボックス、ビジョナリストを表している」「(登るべき)丘は、私たちの前にある数多くの問題である」「クレバスは『盲目性』と『弱い信仰』、私たち皆のうちにある、知られていない、あるいは知られている弱さである」「リトル・ペブルが最初に進んだ。なぜなら私たちは、神が指導することをゆだねられた人々に信頼せねばならないから」「私自身は、彼を否定したり彼に従わなかったりすることは決してしないつもりだったので、彼のそばについていようとした。私は決して彼や彼のミッションを裏切ることはしないだろう。なぜならもし私がそのようなことをしたならば、私は天に対する私の信頼と信仰を否定することになるだろうから。そしてわたし自身のミッションを」「従わなかった3分の1は、結局のところ今回、彼らが理由を理解しなかったときに、必要とされることに信頼するための十分な勇気を持つことができなかった者たちである」 これが、今回私がこのことについて記録しなければならないこと全てです。
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 トランペッターのこのビジョンは、この後において、私の心に常によみがえってくることになります。なぜならその後の年月の間に何度も、私にとって最も親しかった人々の何人かが、信仰を失い、他の道を選んだからです。
 しかしながら神はその無限の善性のうちに、私をこの計画のうちに支えるために、熱心な援助者たちという形でいくらかの支援を送ってくださいました。この偉大な計画を、サタンとその軍勢は破壊することを決意しています。このことをサタンは「裏切り」という形で試みたのです。そしてそれは、神のお望みの成就のために必要である「一致」を妨げるために、「盲目になった」霊魂たちによって利用されました。このことがどのようにして仕組まれたかは、以下のページで見ることができます。しかしまたサタンは成功しなかったこと、そして将来において成功しないであろうことも理解されるでしょう。
 私はこの本に、天の援助者たちの何人かの物語を含めることにしたいと思います。幻視者、神秘家たち、恵みを与えられそして特に愛された霊魂たち、私と一致し、聖母の偉大な業のプロモーションと開花に大変貢献している人々です。読者はまた、いかに神が、全くの愛であられる神が、彼の賜物と恩寵を彼の子供たちに、彼の神の御旨と一致して生きている子供たちに、愛情と赦しの奔流のうちに与えておられるかについて照らされるでしょう。私には多くの賜物が与えられてきており、皆さんの教化のためにこの本においてそれらは語られるでしょう。神がその神聖な計画を明らかにされるにつれて、多くの偉大な神秘が啓示されました。そしてまた私は、十年にわたる法廷闘争の後で、オーストラリアにおける永住権を勝ち取ったブロサード神父、聖母の使徒にして息子である神父についての聖母の預言の成就について記録したいと思います。
 第三巻は、私のミッションにおける最も悲しい、そして失望させるエピソードのいくつかを記録することになるでしょう。最も期待された同盟の希望は「汚れなき御心の修道会」が聖シャーベル修道会との関係から分離していったときに、次第に分解していったのです。この悲劇的な出来事の影響は、群れの離散を引き起こしました。それは災害のように見えます。しかし、破滅のように思われたことは、真理の安定した歩みを何ら反転させませんでした。実際にミッションは、その中傷者たちにとって驚きであるように、急速に発展してきました。また第三巻には、私に対する神のさらなる賜物についての部分、そして天の援助者たちのさらなる物語も含まれるでしょう。
 第四巻は、1997年、1998年とそれ以後の年月に光を当てるでしょう。野蛮なメディアの中傷による攻撃と、その結果として起こった論争の大波が、私自身と私のミッションに向けられました。印刷物とテレビは、私たちに考えうるあらゆる侮辱を投げつけてきました。しかし我々は、天国からの小さな勝利のきらめきによって報われました。この希望の息吹は、世界全体からの多くの侮蔑を耐えている信仰者たちの努力に、新しい生命と活力をもたらしました。
 読者は間もなく、「リトル・ペブル」の人生の物語が、「信じがたいこと」を霊魂に信じさせるのか、それとも信じない者たちに信仰を与えるのかを、見ることになるでしょう!



第一章 神秘的結婚
 私の神秘的結婚の話は、多くの人々にとって「脇腹のとげ」であり続けてきました。そしていくらかの人にとっては、多くの詮索と頭痛のもとであり、また他の人々にとっては重大な信仰の試練となってきました。私は、聖ヨハネの福音書における一節を思い出します。そこでイエズスは次のようにおっしゃっています。「あなた方は人の子の肉を食べ、その血を飲まなければ、あなたがたのうちに命はない」……「これはひどい言葉だ。だれがそのようなことを信じられようか!」(ヨハネ6:53) そして多くの人が彼を離れていったのです。同様に、神の法にどの点から見ても全く反するように見えるこの結婚は、多くの人々にとって受け入れ難いものであり、そして実際に、私たちの聖母のミッションにおける多数のワーカーたちは幻滅して、私との信頼関係を断ち切り、彼らの以前の状態に戻っていきました。(読者は、「神秘的結婚」という言葉は、この事例においては、ほとんどの学者たちによって描かれているもの、すなわち「神との霊的一致」とは違うということを心に留めておく必要があります。現世的な意味では、この「結婚」は単に二人の人の間の絆にすぎず、合法性についてのいかなる障害も持っていません。そうでなければ私は重婚罪に問われていたでしょう。しかしながら、今や状況は進展して変化しています。このことは、これらの間の記述の中で明らかになるでしょう)
 この章において私は、論争の種となり続けてきた、そして今もなおそうであり続けている、この結婚へと至ったったいきさつと、その後のことについて説明したいと思います。しかしなお、この結婚は、私の生活における偉大な次元をもたらしてきました。神は大変に良い方です。彼は私を、私の家族において大いに祝福してくださっています。私の愛する妻、そして美しい子供たち、彼らは私の日々の喜び、そして慰め、私の生存の安らぎ、そして憩いです。私の人生における個人的な苦しみが私に重くのしかかるときはいつでも、私は私への神の約束と、その偉大なる祝福を思い出します。神は完全です。彼の約束は成就されるでしょう、なぜなら彼は完全ですから。
 私は以下のページにおいて、どのようにしてこの神秘的な結婚が行われたかを、そしてその結果を説明しましょう。
 1990年の後半において、私は世界中を旅行していました。そして箱舟の聖母のメッセージを多くの国々に伝え、ミッションの支持者たちの大きなグループに話をしてきました。十月の半ばにかけて、私はドイツヘ飛び、そこで私は私の将来の妻ベッティーナに会いました。私は彼女を知っていないわけではありませんでした。なぜなら私は以前に何度かドイツを訪れたことがあり、グループに対する私の講話の際に、聴衆たちの中に彼女を見たことがしばしばあったからです。彼女は二人の妹を持っており、私はベッティーナとともに彼女たちもよく見かけていました。若いけれども、彼女はミッションの確固たる支持者であり、彼女の母は、私が話す様々な場所に彼女の娘たちを連れてきていました。ベッティーナは、今や17歳の若い女性であり、そして私は、彼女の家族とともに続く数日間にわたって数時間を過ごしました。ベッティーナとのこの会合の時には、私は他の女性と結婚することになるとは思ってもいませんでした。私は、私の若くて美しい妻アンと幸福に結婚しており、六歳、四歳、二歳そして四カ月の四人の愛すべき子供たちの誇り高い父親だったからです。彼らは私の誇り、そして喜びでした。他の女性と結婚するという考えほど私の心から縁遠いものはありませんでした。そして私は世界中を旅行し、若い人々を含めて何千人もの人々に会ってきましたが、私は熱意ある家庭人であり、私の妻以外の女性に目を向けてはいませんでした。
 10月14日に、私は有名な御出現の場所であるアロッティンを訪れました。そこで聖母は過去に出現されたことがあります。そしてそれはカトリック教会の認可された出現地です。私は祈るために、チャペルに入りました。そして聖母が私に出現されました。彼女は幼子イエズスを腕に抱いておられました。そして私に平安であるように、そして彼女の神なる息子イエズスは、私とドイツの若い娘ベッティーナのために計画を持っておられる、とおっしゃいました。私は私の聖母に、どういうことをおっしゃっておられるのかを尋ねましたが、聖母は、後で私は知ることになるでしょうとおっしゃっただけでした。このことは全く非常に私を当惑させました。
 数日後、私はローマに飛びました。スペインにいる間に、私たちの主は二人の幻視者、ドイツのヘッジローズとイギリスのティナを通して、教皇に会うように求めて来られました。このお求めは、私にいくらかの心配を引き起こしました。なぜなら私はすでにルワンダにおける遅れのために、私の旅行を延長してきていたからです。奇妙なことに私がそこに着陸した日に、その国では内戦が起こり、そして神の恩寵によってのみ私は何とかその国からの最終便で脱出することができたのです。私の心にあった他のことにもかかわらず、もしイエズス様が私にローマに行くことを望んでおられるのなら、私は行かなければならないと決心しました。私は私的謁見を準備する可能性を探りましたが、成功しませんでした。しかしながら私は一般謁見で教皇にお会いしました。
 ローマにいたときに、聖母は私に再び出現なさいました。そして彼女がドイツで私に与えられたのと同じメッセージを繰り返されました。しかしながら今回は、彼女は私に対する神の計画を説明なさいました。私は、私の心に明らかになりつつあることについて不安になり、心配し始めました。私は他の幻視者たちに、私の考えの明確化と確認のために連絡をとりました。私は二人の幻視者と接触しました。二人とも聖痕を持つ人で、霊的指導者の指導のもとにありました。うち一人はすでに言及したヘッジローズで、二十世紀のアンナ・カタリナ・エンメリックと言われていた人でした。しかし私はその時、幻視者たちに聖母の言葉を明らかにすることはしませんでした。そして一週間後、私はドイツに戻り、数日間ベッティーナの家族とともに過ごしました。この訪問の時に、私は、私たちの間に友情に基づく相互の引力が生じたことを悟りました。その週に、私たちの聖母は再び出現され、そして私とベッティーナに対する天の計画を再び述べられました。
 1990年11月1日、諸聖人の祝日に、私は教会にベッティーナと彼女の家族とともに行きました。ひざまずいている間に、私は最も驚くべきビジョンを経験しました。私は玉座に座っておられる聖母を見ました。そして聖霊は鳩の御姿で出現されました。聖霊は私の方に来られ、くちばしにニつの結婚指輪をくわえておられました。ベッティーナはこのとき私の隣にひざまずいていました。そして私は震え始め、このビジョンによって示唆されていることのために恐れはじめました。間もなく、私はふたたび幻視者たちに電話し、そして彼らは私の幻視を確認しました。私は深く憂鬱になりました。なぜなら、天によって確認が与えられたとはいえ、私はまだ神の計画の全体を知ってはいなかったからです。私は、当惑して、心を騒がせながら、オーストラリアに戻りました。私は誘惑に陥りつつあるのではないかと恐れはじめました。しかしなお私は、欺かれているのではないということを知っていました。なぜなら神は、多くの幻視者たちを通して私の質問を確認してくださったからです。神の計画のとてつもなさが私を圧倒しました。私は次の14日間、熱心な祈りのうちに静修しました。聖霊からのさらなる照らしを嘆願しつつ。
 1990年11月14日に、聖なるミサの間に、イエズスは私に三度にわたって出現され、同じメッセージを繰り返されました。「息子よ、あなたの妻アンは死のうとしており、天国へ行くだろう。そしてベッティーナ、若い女性はあなたの妻となるだろう」 これらの言葉はボディーブローのように私を打ちました。私の妻が取り去られる。私は彼女を失う。まだ小さい私の子供たちは彼女の母を失うというのです。このことは破滅的な効果を彼らと私にもたらすでしょう。そしてなぜ私はもう一人の妻を必要とするのでしょうか。私は間もなく教皇になる予定なのです。私の心にとって結婚は無関係なことでした。これら全ての考えが私の心にわき起こりました。私は全く当惑してしまいました。私たちの主は私を鎮め、私の中で進行していた困惑をなだめてくださいました。彼は、この計画は彼の聖なる御旨であると述べられました。ミサが終わった後で、聖痕を受けた幻視者に連絡するように彼は私におっしゃいました。そして彼女は彼のおっしゃった全てのことを確認するだろう、と。彼女は確かにこれをなしました。そしてしばらく前に、私たちの主の計画について彼女は告げられていたのだと確認しました。あらゆる状況下において、私の意志は天におられる御父の御旨をなすことです。いかなる代償を払おうとも。しかし神のこの計画は、その日から今日に至るまで、私に多くの頭痛をひきおこしてきました。
 私はベッティーナに神の計画を明かしました。そして彼女はそれを受け入れました。そして私の結婚のプロポーズを躊躇なく受け入れました。なぜなら彼女はすでに、しばらく前から私に対する深い愛情をはぐくんでいたからです。1990年12月、イエズスとマリアは私に、私とベッティーナは次の3月に結婚しなければならないと告げられました。そしてこのメッセージは数多くの幻視者たちによって確認されました。聖母は幻視者たちに、アンが死んで天国に行くであろう時を告げられました。この全てのことは教会の大いなる神秘でした。私はこの神秘を理解できませんでしたが、神が私に求められることを受け入れました。この同じ月にイエズスは、私と他の幻視者たちに与えられたこの秘密を幾人かの霊魂たちに明かすように私に告げられました。この霊魂たちのうちの二人は、聖シャーベル修道会の司祭たちでした。これらの霊魂たちは、この啓示を出来事が起こるまでは秘密にしておかなければなりませんでした。それから全ては公にされる予定でした。イエズスとマリアは事実、最近の公のメッセージにおいて神秘的結婚に言及してきておられましたが、私自身以外は誰もその意味するところを理解していませんでした。
 天によって指示された通り、神秘的結婚は3月に、司祭と聖痕を受けた幻視者とベッティーナの家族の出席のもとにとり行われました。アンが天国に行く日は1991年の4月でしたが、その出来事は起こらず、そして今日に至るまで起こっていません。遅れは、神のなさることであり、私たちのことではありません。しかしそれが与えられた日付に行われなかったため、秘密を聞かされていた司祭たちのうちの一人は信仰を失い、私を裏切ったのです。彼は、秘密にしておくことを彼が約束していたことを公開しました。アンも話を聞かされ、この司祭を通して他の世界中の多くの人々が話を聞かされました。アンがこうむった苦痛は甚大でした。しかし神は彼女に多くの恩寵をお与えになりました。なぜなら数週間のうちに、彼女は「超自然的な光」によってなだめられたからです。彼女の将来は、キリストのための犠牲の霊魂となることになりました。現代の殉教者です。悲しいことに、何人かの信仰の欠如が、私たちの聖母のミッションの支持者たちの多くに広まりました。神が多く与えられたものには、神は多くを求められます。そして偉大なミッションを与えられたアンは、不信仰者たちの侵入の犠牲となってしまいました。彼女は、私たちの家を離れ、子供たちを連れてウォロンゴングに住みました。このエピソードとその後の話は、私の人生における苦痛に満ちた一部分ですが、私はそれをここでこれ以上述べるつもりはありません。しかし私はそれについてこの章の後の部分で詳細を話すでしょう。
 私の「十字架の道」が本当に始まりました。しかしわが神なる主の足跡に従うことが私の望みです。神への私の従順のゆえに私が耐えなければならない苦しみ、そして私の家族と友人たちのそれを含めて、それらは本当に大きなものでした。そして私はそれを単なる言葉で説明することはできないほどです。アンは始めから私とともにミッションに従ってきました。彼女は聖母のメッセージを信じていました。しかしベッティーナとの私の結婚を、彼女は受け入れることができなかったのです。神の預言的な言葉は常に成就されるでしょう、私たちがそれを理解したような時においてではなく、神の時において。多くの事例において神は、彼の摂理的な言葉への全面的な信頼を求めて、彼の民を試されます。しかし常に尋ねられる疑問があります。もし預言者が、すでに存在する神の法と教会の法に反する何かをなすように求められて、彼がこの求めを実行したとき、彼は間違ったことを行い、罪を犯しているのか? 答えは明白で単純です。
 預言者はまず第一に神に従わなければならないのです。たとえ求められることが、神の法に反するものであろうとも。人がそれを見るように。預言者は、神の命令を実行するときに罪を犯すのではありません。そしてこのことは聖書において例示されているのです。私のミッションの証明は、神の業の「実」において明らかにされています。それは見る目を持つ人には容易に観察されうるものです。神の法と、道徳的問題は、この章の後半においてブロサード神父によって解明されるでしょう。彼は聖シャーベル修道会の上長であり、私の聴罪司祭です。私は真理への従順の合法的な行為を行ったのです。そしてこのことは何ら道徳的、自然的、あるいは超自然的な法に反しないのです。
 それ故、人が私に対する裁きをなす誘惑を受ける前に、あるいはいかなる深刻な事項においても、彼らは照らしを、そして理解を求めて、真剣に祈ることが必要です。なぜなら私のミッションを支配しているのは真理であって、何人かの人が言うように道徳的な腐敗ではないからです。多くの忍耐のある祈りが必要なのです。いかなる状況においても、性急に行動することは私の性質ではありません。とりわけ重要な問題においてはそうです。私はいつも神に照らしと指示を求めてきました。私は他の幻視者たちや、また私の霊的な指導者たちからも説明と確認を求めてきました。そしてもし必要ならば、より高い権威に指示と指導を求めてきました。過去において私は、ある大司教からの勧告とアドバイスを求めました。私の行動は、ある場合においては神の望みである、と。神は望むことをなすことがおできになり、そしてこのことは歴史の諸々のページにおいて証明されています。いくらかの人々は、私リトル・ペブルは、性的な喜びと自己満足のためにもう一人の妻を持ったのだと主張しています。私は、このエピソードの全体は私にとって非常に困難なものだったということができるだけです。すでに述べたように、私は4人の小さな子供たちを持って幸福な結婚生活でした。私は私の家族をとても愛していました。いくらかの人々は、私は誘惑に屈したのであり、17歳の女の子と結婚するという思いを楽しんだのだと性急にも断言しました。
 私はひとつの質問をします。私が宝のように大切にしているものを、虚偽を生きるために危険にさらしたりするでしょうか。何たるばかげたことでしょう! もし私が真理に従って働いておらず、若い女性と駆け落ちすることを本当に望んでいたのであれば、私はそれを非常に容易に、そして秘密のうちになすこともできたでしょう。しかし私はその当時ほとんど知らなかったベッティーナと結婚することを求められたのであり、私の将来の子供たちの母となるように彼女を準備させなければならなかったのです。実践的なカトリック信者、信仰におけるよい立場と評価を得ている人間、4人の無垢な子供たちの家族の父親として、私は私の性質、信念、傾向とは全く無関係なことをなすように求められたのです。私は、箱舟の聖母の大いなるミッションの幻視者であり、ミッションのワーカーたちや支持者たちの愛と信頼を持っていました。これらの責任を抱えて、相応しからぬ仕方で行動することは狂気であったでしょう。私がこれら全てのものを破滅させると考えることは、それが神の御旨でない限り、理解しがたいことです。私は結果がどうなるかを知っていました。私は、もし私がベッティーナと結婚したら何を失いうるかを知っていました。私はこのジレンマに苦しみました。なぜなら私は、私と私の愛するものたちが予想しうる苦しみを理解したからです。しかしそれでも私にはそれ以外の選択肢はありませんでした。そしてあなたが以下のページを読めば、人は自分に対する神の御旨を理解したとき、彼はそれを受け入れ、あるいはその結果とともに生きなければならないということを理解するでしょう。
 神は私に大いなる犠牲を求められました。そして私は他の選択肢を持っていませんでした。なぜなら神の御旨がまず最初に私のもとに来たからです。たとえ旧約聖書のヨブの苦しみのように、私が全てを失うことになりそうであっても。それにもかかわらず、私は、天におられる私の父は、私の道にいかなる試練が訪れようとも私を支え助けてくださるということを知っていました。
 ベッティーナもまた非常に苦しんだということを私は言わなくてはなりません。17歳の年齢で、彼女は神の恩寵によって私を愛してはいましたが、彼女の心において彼女はまだ小さな子供でした。彼女は、彼女の短い人生において多くのことを耐えてきました。そして悲しいことに7歳の時から、あらゆる仕方での虐待を経験してきました。彼女のトラウマ的な少女時代のために、彼女は大きな心的感情的な混乱を苦しんでいました。しかし私たちの結婚の時には、私は彼女の過去の苦しみを知りませんでした。そして彼女の不安定性を引き起こしている理由を。彼女は彼女の行動において安定しておらず、私は彼女を不従順で、悪い気性で、役に立たないと思いました。彼女はとても激しい気性で、とても扱いにくかったので、何度も私はこの野生の少女を扱うストレスで疲れ果ててしまいました。
 しかし神は、この計画を持っておられました。そして神は私に結婚において、この傷つけられた小さな「花」をお与えになったのです。実際、神は私に世話するもう一人の子供をお与えになったのでした。ベッティーナは、私たちの結婚の初期において、私にとって重い十字架となりました。彼女は全く家事の訓練を受けておらず、料理をすることも、いかなる家事をすることもできませんでした。彼女の連続的な気分の変化のために、生活は非常に困難なものでした。しかし私がすでに述べたように、彼女は多くのことを苦しんでいました。若く、そして異国にあって、彼女自身の国で彼女が愛してきた全ての事を後に残して離れ、英語をしゃべることができず、誰も知らず、意思疎通をすることができないことは彼女にとって大きな重荷でした。しかし彼女は多くの決意と回復力を持っていました。そして年月が経って、私たちの子供たちと暮らすにつれて、私たちは二人とも共通の土台と関心を見つけることを学ぶようになりました。すでに述べたように、私たちの結婚初期の時代は多くの試練に満ちていました。私の年上の子供たちとの親密な愛情ある関係を保とうと努めること、そして私の成長しつつあるより若い家族とも対処していくことは、非常に困難なことが判明しました。しかし神は常に私に彼の御旨を実行するための恩寵を与えてくださってきており、私の力以上の重荷を負わせることは決してなさいません。
 懐疑的な心に対して、私は再び言います。私や、一般的な慎みとキリスト教的な価値観を持っている他の人が、彼の妻と幼い家族をほったらかしにして、彼の生活における地位のゆえに困難無く満足させることができるような肉体の傾向を、満足させるでしょうか。私はそうは思いません。そして私の場合においてもそうなのです。もし世間が私を遊び人、家庭破壊者として裁くことで満足するのであれば、それは彼らの問題であって私の問題ではありません。神の求めのために、これらの年月を通して私は非常に苦しんできましたが、それは神の御旨であり、私はそれに満足していま
す。
 この期間にわたる議論の嵐を乗り越えてきた堅固な霊魂たちによって私は慰められてきました。いくらかのプロモーターたち、幻視者たち、そしてミッションの支持者たちは離れましたが、多くのものたちは残りました。なぜなら彼らはよく祈る人々であり、真理の光に開かれているからです。彼らは、神のやり方は私たちのやり方とは異なるということを理解し、そして信頼したのです。
 アンとの私の結婚に関しては、過去の年月において多くの霊魂たちが、彼女と私たちの子供たちとの私の関係について質問してきました。しかしながら、私の人生の非常にプライベートな部分について公にすることは、私の望みでは決してありませんでした。実際、そのようなことは私にとって非常に苦痛で憂鬱なことなのです。それで私は、むしろ多くのことを言わないで残しておくことを好みました。しかし真実と完全性のために、そしてこの物語が私の人生の大きな部分にかかわっているという事実のために、彼女と私たちの子供たちとの私の離別を含む、この長く悲しい年月のことに言及しないならば、私の物語は完全なものにならないでしょう。それゆえ私は今回、私と他の多くの人たちに深刻な影響を及ぼしてきたこれらの年月について述べたいと思います。
 多くの理由によって、私は概して私の家族や子供たちについて公に話したり書いたりすることを意図的に控えてきました。私はよく知られており、私の性格は何度も分析されてきているにもかかわらず、私は本質的に非常にプライベートを大切にする人間です。私は個人的な尊厳を保ち、神のみが与えてくださった力を示さなければならないのです。私は強い情緒と感情を持つ人間です。これは、私の家族と近い友人たちにしか知られていない、内なる隠された人間の部分です。世間一般は、疑いもなく別の見方をしているでしょう。神は私に、かけがえのないない宝物を与えてきてくださっています。そして私はその中に彼が私に授けて下さった子供たちを含めています。私は家庭の人間であることを誇りにしており、私の小さな者たちを守る炎のような愛を持っています。彼らの手を私の手の中にとって「時間をつぶす」ことほど私を喜ばせるものはないのです。これは、私たちの別れの前は、私の年上の子供たちとの私の習慣であり喜びでした。
 この現代世界においては、悲痛の種や不調和が満ち溢れています。あらゆる場所において私たちは不満、不幸、苦痛、怒り、不寛容、復讐、悲惨、忍耐のなさ、逸脱、邪悪さについて耳にします。悪魔の堕落の原因となった「高慢の悪」のあらゆる結果です。新聞を読み、テレビのニュースを見る人は誰でも、この「病気」の証拠を毎日目にすることができます。夫たちは妻たちに対立し、妻たちは夫たちに対立しています。子供たちの養育権を得た妻たちが。彼らが聞かされたり見たりすることのために、その心が不毛になり毒されてしまった子供たち。破綻した結婚は一連の災難を残します。そして犠牲者たちはほとんどの場合子供たちです。不当に扱われたと感じる女性たち、あるいは和解を受け入れることができない女性たちは、彼らの配偶者たちの前で扉を叩きつけるように閉め、子供たちは彼らの父との容易な接触を禁じられるのです。これらのページを読む人は、そのような出来事についての知識を持っていると誰でも主張することができることを私は疑いません。悲しいことに、これが私たちが生きている時代なのです。
 彼女たちの欲求不満や怒りを配偶者にぶつける妻たちは、彼女たちの子供たちにいかなる善をももたらしません。「子供達のため」というのはしばしば聞かれるフレーズです。しかしそれはしばしば残酷さ、辛辣さ、そして復讐を伴っています。彼らが愛し尊敬してきた男性に対する連続的な文句を聞かなければならない子供たち、このことは彼らをどこに導くのでしょうか。最終的に、それはしばしば、無関心、自己中心性、貪欲、無感覚と愛の欠如に導きます。子供たちは不在の親を軽蔑するようになり、彼に対する敬意を失うのです。親たちは、神の前に恐ろしい責任を持っています。彼らの義務は、彼らの子供たちを良きキリスト教徒として育てることです。これらの子供たちが、彼らの審判のために神の前に呼び出されたとき、彼らが神の目に受け入れられるうるものとなるように、あらゆる善徳を彼らの中に植えつけることです。親たちは、子供たちの善のために大いなる影響力を持っています。また同様に彼らは、悪への大きな影響を及ぼすこともありえます。辛辣さや不調和は、若いものたちに決して植え付けられてはならないものです。私はこの主題についての直接的な知識から語っています。そして私は、私たちが生きている時代のために、読者が容易に私のいうことを理解してくれることを知っています。
 1991年8月にアンは、私たちの子供たちを連れて、私の家を去りました。最も若いフランシスカは8カ月の赤ん坊にすぎませんでした。他の子供たちは7歳、5歳、3歳でした。まだ小さな子供たちです。アンは、彼女の母とともにウォロンゴングに転居しました。彼女は非常に辛辣であり、ほとんど直後に、新しい家具類を購入するための11,000ドルの支払いを要求しました。彼女はすでに私たちの家から家具類の半分を受け取っていたにもかかわらず。彼女は、私たちが以前に住んでいた家を売り払い、そして売り上げの全額を受け取りました。その家は正当に彼女のものであったので、私はこの行動に異論はありませんでした。それは彼女の名義だったのです。私たちの結婚の初期において彼女はそれを共有することを望んでいましたが、私はそれに反対したのです。
 私たちの離別の初期の日々において、私は私の子供たちと毎週会うためにあらゆる努力をなしました。彼らは、彼らの両親たちがもはや堅固な一体ではないということを理解するのに困難を覚えました。しかし私は、彼らが知っており、そして愛していた同じ父親のままであり続けようと努めました。しかし幾つかの事は同じままではありえませんでした。そして貴重な時間は取り戻す事ができませんでした。私たちの一緒の朝食、彼らを学校に行く準備をさせること、小さな傷の手当てをしたり、入浴時に監督したりすること、私たちが多くの愛情を共有していたこれらの時間は。これらの小さなエピソード、私の心にとってとてもいとおしいエピソードは、永遠に過ぎ去ってしまったかのようでした。疑いもなく、子供たちは初期の日々においてこの喪失を非常に感じていました。私は彼らのことをきわめてしばしば考えました。私は夜に彼らをあやした人間なのです。そして、もはや彼らをあやすために私はそこにいないということは、私の心をとても傷つけました。私はまたアンと一緒の生活を考えました。真の愛は死んではいませんでした。そして私はアンを愛し、理解していました。しかしより上位の力が私を進ませました。ヴィンセンチオのモットーに言われているように。”Caritas Christi urget nos“ − キリストの愛が私を征服するのです! 悲しくそして孤独なクリスマスの後、1993年2月、私は聖母からのメッセージを同封してアンに手紙を書き送りました。

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親愛なるアン
 私はこの手紙を、あなたと子供たちへの愛から書いています。私はあなたにこれを開かれた心で読む時間を持ってほしいと望んでいます。この二年間は大いなる試練と苦しみの時であったということを私は知っています。それによって私が影響を受けなかったわけではないのです。なぜならあなたはいつも現在、過去、そして未来における私の人生の一部分なのだから。
 私が間違ったことをしたとあなたが信じているということを私は知っています。私は罪を犯し、そして私の子供たちとあなた、そして他の多くの人々を傷つけた、と。外部からはそのように見えるでしょう。私はあなたが傷つけられたということであなたを責めることはしません。あなたの感じていることであなたを責めることはしません。あなたの道と子供たちの道にかくも多くの苦しみが訪れたということを、私は本当に悲しく残念に思っています。しかし私を信じてほしい、冷たい心をもって、あるいは私の行動の結果を知らずになされたことは何もないのです。もしあなたがそうではないと信じているのであれば、私はあなたを助けることはできません。
 少し前にあなたは私に言いました。私は何も失ってはいない、なぜなら私は家を持っているし、新しい妻と家族を持っているのだから、と。それゆえ苦しみや喪失はあり得ない、と。私をあなたがそんな風に見るということは、何と悲しいことでしょう。私の子供たちを抱くことができない苦しみをあなたが知ってくれさえすれば。あなたを抱擁することができない苦しみを。この痛みの時にあなたを慰めることができない苦しみを。もしあなたが、私がかくも無責任になったと思うのであれば、あるいは私がそのような感情を持っていないと思うのであれば、アン、私の過去の10年間は虚偽だったのですか。毎日私はウォロンゴングにいる私の家族のことを考えているのです、アン。あなたは信じないかもしれないが、皆に対する愛を持つことは可能なのです。
 だから私はあなたが望むように思い考えるに任せます。しかし真剣に考えてほしいことが一つあります。私がしているのと同じようにしばしばあなたがイエズスに会ったとして、そして彼があなたの前に立って、あなたが彼の手を握ることができるとしたならば、そしてこのことがほとんど十年近くにわたってあなたの人生の一部であったとしたならば、そしてある日彼があなたのもとにやってきて、あることを彼のためになすように求められたならば、……それがあなたをほとんど内面的に殺すようなものであると知りながら……あなたはどうしますか? 幻視者は確信を持っているのだということを覚えておいてほしい! 私はあなたに、私が神の聖なる御旨をなすことを熱心に望んでいる霊魂であるということを考えに入れてくれることを望むばかりです。
 最後に、私はあることなすようにあなたに真剣に願うために書きます。私たちの聖母は、しばしばあなたについて、そして子供たちについて私に、そして数多くの他の幻視者たちに語られました。あなたが信じないであろうことを私は知っているけれども、少なくともそれについて祈り、考えてほしいと私は願っています。
 数週間前、聖母はカナダのケベックのシスター・マリー・ダニエルに出現されました。彼女は「ソーンブッシュ」として知られています。彼女は聖痕を受けた人であり、聖ベルナデッタのような公の幻視者です。御出現は現在教区の大司教によって調査されています。それは公の出現の場所だからです。シスター・マリー・ダニエル、「ソーンブッシュ」は、脱魂における彼女の私的なメッセージの一つにおいて、あなたについて、そしてあなたのために聖母からメッセージを受けました。アンと子供たちのために祈るように私が特に求めた質問のためです。以下に示すのはそのメッセージです。

聖母:(1993年1月26日)「私は彼女を助けるでしょう。彼女は恐れてはなりません。私の汚れなき御心からの愛は彼女とともにあり、そして耳を傾けています。彼女は、彼女の祈りのうちにおける忍耐を通して、私たちの子供は特別な恩寵を受けるであろうことを知らなければなりません。私は私の母性的な祝福を私の子供アンに送ります。そして私は彼女を祝福します。父と子と聖霊の御名によって。彼女は今や彼女の心のうちに平和を持たなければなりません。そしてわが天の父である神の完全な計画に信頼しなければなりません。
 私は彼女に、しばしばロザリオを祈ること望みます。なぜならそれは勝利の『武器』だからです。彼女はまたしばしば告解に行かなければなりません。彼女の霊魂を準備するために。できる限り頻繁にミサに行くことによってわが神なる息子を受けなければなりません。このことは私たちの子供を助けるでしょう。なぜなら多くの恩寵が彼女に与えられるでしょうから。彼女は今、理解するために祈り、忍耐を持たなければならないからです。わが『リトル・ペブル』は彼女を助けるために『幼きイエズスの聖テレジアの生涯』を彼女に与えることができます。私はまた彼女にメッセージを読むことを望みます。なぜならこれが今、彼女にとって最も助けとなるでしょうから」
 これが私のあなたへの最後の手紙です、アン。あなたはそれを受け取ることもできるし放置することもできます。私はそれをあなたの手にゆだねます。私の愛と祈りは、あなたと私の子供たちのために、この手紙とともに行きます。私のために祈ることも覚えておいてください。私はあなたに読んでほしいいくつかのメッセージを持っています。それはあなたを少し助けるかもしれません。お母さんが病気だということを聞いて悲しいです。またあなたのお父さんも。彼らもあなたがたと同様に私の毎日の祈りの中にあります。
 イエズスがいつもあなたがた、アン、ジョシュア、ベルナデッタ、セシリア、フランチェスカ、リタ、ジョーを祝福し、あなたがたに報いてくださいますように。
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 私たちの離別の最初の5年間、人生は試練の連続で、引き続く危機との困難な闘いの連続でした。アンはあらゆる問題について私を責めたてました。私たちの子供たちの経験した病気を含めて。そしてとりわけ彼らの情緒的な不安定性について。私は彼らを守り、彼らを苦痛から保護するために為しうるあらゆることをなそうと決意しました。私は毎週彼らを訪問しました。しかし私は、アン同席のもとでしか、そして家の外の場所でしか、彼らに会うことを許されませんでした。その場所というのはケンタッキーフライドチキンや、マクドナルドや、ピザハットです。当然ながら私は全ての勘定を支払いました。しかしアンは私に子供たちと一緒になるプライベートな時間を許すことはありませんでした。レストランにおいてさえも。アンとともに私が彼らを車でレストランに連れていったときは、何の会話もありませんでした。彼らは無関心で私に関心を持っていないように見えました。あたかも私は彼らの父親ではないかのように。彼らは私に、最近はどうしているかとか決して尋ねませんでした。私がただ彼らに会うためだけにナウラからウォロンゴングまで毎週90キロの旅行をしているということを彼らは決して考慮しませんでした。当然彼らは子供にすぎませんが、しかし五年間にわたって私はこの訪問のための時間をとってきたのです。私への歓迎はありませんでした。彼らはせいぜい数キロ旅行しなければならなかっただけでした。しかし私がこの長い旅行の後で少し訪問に遅れたとき私は非難されました。私の愛する子供たちが、彼らの以前の愛や感情を崩壊させていくのを見たときに私が感じた痛みと苦しみは、私にとって耐え難いものでした。
 年月がたつにつれて、私の子供たちとの関係はさらに悪化していきました。週に一度だけ彼らとともに過ごすことを許されることは、いかなる持続的なあるいは深い愛情をも強めませんでした。私たちの間にある距離が、巨大な亀裂へと成長していくことは避けがたいことでした。彼らは私に何の質問もせず、私にいかなる興味も示しませんでした。私は彼らの生涯における重要ないくつかの機会を決してなおざりにしないように努めました。とりわけ彼らの最初の聖体拝領を。しかしこれらの機会はいつも、失望と憂鬱に終わりました。なぜなら私の友人でもあったアンの家族と友人たちは、これらの機会を、私を無視するかあるいはあざけるために利用したからです。私の心の中の痛みは深い感情的な傷を引き起こし、それは今日まで私に残っています。アン自身もいかなる温かさも示さず、私たちが会うほとんどの場合の間において、氷のように冷たいままでした。
 1991年の私たちの分離以来、私はアンと家族を週当たり四百ドルの養育費によって扶養してきました。それに加えて子供たちには全ての学費と他の全ての出費も。私は彼女のために車を維持しました。これらのことのひとつも評価されませんでした。それは私にとって財政的に大きな重荷でした。そして私は支払いに困難を覚えました。私はいくつかの機会において、アンに、彼女の財政的な要求はあまりにも高すぎると文句を言いました。そして私が彼女に支払っている額は一般的に受け入れられている支払いを大幅に超えている、と。彼女の火のようなイタリア人気質はしばしば燃え上がって、彼女はあらゆることで私を責めました。そして議論が始まるのでした。
 1995年11月27日、何年にもわたってこの悲惨な状況を耐えてきた後で、私はカナダ人の神秘家「ソーンブッシュ」に、私に代わって聖母になぜ神の計画が成就されていないのかを尋ねるように求めました。「お母様、1992年にソーンブッシュにあなたがお与えになった答えにおいて、あなたはアンは大警告の後で取り去られる予定であるとおっしゃいました。もしそれが実情であるならば、預言はほとんど意味を持ちません。なぜなら多くの人々は大警告の後で取り去られる予定だからです。どうか説明していただけませんでしょうか?」
聖母:「私は再びあなたに挨拶します、わが愛する『真理の白い岩』よ。あなたの心を煩わせないようにしなさい、我が甘美なる子供よ。私たちの子供アンが、懲罰と警告の後で天に連れて行かれるであろうということは事実ですが、彼女はこれを彼女自身の内面において生きるでしょう。それは外的には終わりに至るまで示されないでしょう。私たちの聖なる言葉は簡単に解釈されますが、わが小さな息子よ、それらは正しく解釈される必要があるということを注意しておかなければなりません。あなたの優しい心の中に常にとどまっているこの事項について、明確にすることをあなたが求めたことに私は喜んでいます。私はあなたを祝福します、わが愛する『リトル・ペトロ』よ。私はまたアンを祝福します。そしてあなたの子供たち皆を」

 私は、私の子供たちが私から離れ去っていくのを見ることができました。肯定的な反応を扱うことはより簡単だと思うことがありました。しかし無関心は受け入れがたいことです。私の子供たちは私に無関心でした。かつて私を愛し、私にとってとても大切だった子供たちのことを考えたとき、私は私たちが共有した特別な愛を取り戻し、私たちの以前のきずなを救い出すことを試みることを決心しました。私は、彼らへのさらなる接触を持つことを試みるために、法的なアドバイスを求めることを決意しました。これは私の権利だからです。私は一カ月当たり一日を朝から夕方まで要求しました。そして私の弁護士はこの線に沿って手続きを進めました。私は私の子供たちを二週間ごとに訪問し始めました。時間と距離と旅行の費用が私にとって重荷になりつつあったからです。とりわけまた私は私の妻ベッティーナと私たちの4人の子供を持っていたからです。彼らはまだ学齢以前でした。実際、彼女との私の関係は1996年半ばから1997年初頭にかけていくらかの改善の兆しを見せました。しかしながら、私と子供たちの間にはなおいかなる自発的な、あるいは気軽な意志伝達もありませんでした。実際、私は本当に言うことができます。この何年にもわたって、私の子供たちが、私に一通の手紙も書いてよこさず、あるいは家に電話をかけてくることさえしなかったという事実によって私の心は傷つけられてきたと。
 私の子供とのより多くの接触の機会を望む主要な理由は、彼らとのより愛情に満ちた関係を築くことでしたが、私はまた彼らに、彼らが会ったことのない兄弟姉妹たちがいることを知らせることを望んでいました。そして私は彼らに兄弟姉妹たちについて気づくこと、そしてできれば彼らと知り合うことを望んでいたのです。もちろん私は彼らに偶然の出会いを与えてショックを与えることは望んでいませんでした。買い物をしているときに彼らと出くわす可能性は気掛かりであり、私は彼らにいかなる傷心や憂鬱も苦しむことを望んではいませんでした。
 1997年の半ば、私は私の弁護士に、私の訴えはどのように進展しているかについて尋ねました。そして私の願いに関する文書は紛失されたと聞いて驚愕しました! 弁護士は、彼らの書類仕事を再び始めることを余儀なくされました。この時期は、世界中でヘール・ボップ彗星が会話の主題でした。それが太陽を直撃する見込みは非常にわずかでした。そうなるか、あるいはそれは地球のそばを通り過ぎるかでした。この影響は世界的な規模の出来事になり、深刻な結果の脅威が予想されていました。アンもまた危険の可能性を受け入れ、いくらかの準備をしました。しかしいかなる不幸な危機も発生しなかったとき、メディアは、地球上のあらゆる場所から、そしてとりわけ私自身の国オーストラリアの新聞から、私への攻撃を開始しました。この報道はアンを烈火のごとく怒らせました。事実、地獄の全部が解き放たれました。ウォロンゴングにいる私の子供たちは「変人」の子供たちであるというレッテルを張られました。彼女は非常に怒り、離婚のための書類を整え始めました。そして私たちの子供たちの姓を変える手配をしました。彼女はあらゆることで私を責めたてました。そして私と子供たちの関係は低調なものになりました。
 1998年初頭において、公判前の手続きは私に一日の養育権を許しました。しかしいかなる公聴会が開かれる前にも、裁判所の勧告に基づいて、別れた夫婦のための和解の手続きが続かなければなりませんでした。法廷において私は、私の子供たちに、カウンセラーがいる前で語りかけました。私は彼らに、私は一カ月に一日彼らと会うことを望んでいることを知らせました。しかし私は彼らに決定を任せると告げました。子供たちは、たとえ一カ月に一日であろうとも私に来てもらう用意はないと言いました。そういう状況の下で、私は全ての問題を忘れた方が良いと感じました。それで私はそれ以上何もしませんでした。その年の後半において、離婚は最終的なものとなり、私の子供たちの姓は変えられました。私はなお彼らとともに時間を過ごそうと努めましたが、私の訪問はより少なくなっていきました。なぜなら彼らは私の訪問や私にほとんど関心を示さなかったからです。私は法廷手続きを進めることもできましたが、私の子供たちは明らかに、いかなる仕方でも、私が彼らに会おうと会うまいと気にかけてはいませんでした。
 これらの年月の間に、アンはさらなる出費を要求しました。彼女は毎年休暇に子供たちを連れ出し、そして私がその費用を支払うように要求してきました。これら全ての感情的な要求は私に重くのしかかりました。ニつの機会において、私は彼らが休暇を過ごすために出費しました。これらの出来事のそれぞれは四千ドル以上かかりました。1991年に彼女は、彼女の家を売却した相当な額の金額を受け取りました。そしてこの資金によって、彼女の両親の家を増築しました。そしてそこにアンは彼女の子供たちと一緒に快適に住んでいます。1998年に、アンは私に子供たちのレクリエーションのための家を買うように要求してきました。私はこの要求は全く不合理なものだと思い、そうすることを拒絶しました。
 1998年、私は民法においてベッティーナと結婚し、かくして私たちの結婚は国の法律によって有効なものとなりました。1999年が進むにつれて、子供たちへの私の訪問は毎月1時間だけと減りました。以前の状態を考慮すれば、私たちの関係はかなりまともなものになりました。十月に私の人生についての本が出版されました。そして私は第一巻の一部を、子供たちに読むために送りました。何カ月か後に、私は彼らがその本を読んだかどうか尋ねました。そして彼らは、それをちょっとしか読んでいないと答えました。彼らはそれについて議論したり、あるいはコメントしたりすることさえしませんでした。この態度は私を鋭く傷つけました。私の子供たちが私に対して何の興味も抱いていないということ、実際、これ以上に無関心ではありえないほどに興味を持っていないということは私を傷つけました。
 現時点において、悲しいことですが、私たちはまだ離れたままです。私は彼らにとって見知らぬ人であるかのように感じています。過去の年月は、アンと私の子供たちとの関係における全面的な憂鬱の十年間でした。私が感じた悲しみと苦痛、そして私の心と魂のうちでまだ感じている苦痛は言いがたいものです。神だけがそれが私にとってどれほどのものであったかご存じです。旧約聖書のヨブにおいてそうだったように、主は私から全てを取り去られました。しかし私は彼の御旨をなすために生きています。そして彼は私の忠実さに対していろいろな仕方で報いてきてくださっています。今は2000年の2月です。そして私は私の子供たちをサーファーズパラダイスでの休暇を過ごすために送り出しました。1991年の8月以来初めて、私は私に感謝する子供たちからの葉書を受け取りました。またこの時私は、アンが結婚の無効確認を求めて訴えを起こしたことを告げる教会裁判所からの手紙を受け取りました。
 私がここに書いた全てのことは、私の子供たちやアンを傷つけるために明らかにされたのではなく、事実をありのままに述べるために書かれたものです。私は私の子供たちを非常に愛しています。そしていつの日か、彼らが、どれほど彼らの父親が彼らを愛していたか、そして今もなお彼らを愛しているかを本当に理解し、全てにまして神の御旨を行うこと選ばざるを得なかったという事実を評価してくれることを期待し、祈ります。私は私の子供たちを彼らの反応やあるいは反応の欠如のゆえに責めることはしませんし、また決してしないでしょう。私は彼らを導いてきた過程を理解しています。しかし私はアンに責任を問います。それゆえ私は、読者に、真理の光へと開かれた心を持って読むことを求めます。世間は私を、それが選ぶいかなる仕方で見ても構いませんが、聖母のミッションは、そしてそれが生み出した創設されつつある修道会は、なお前進し続けており、神の望みが成就されるまで前進することをやめないでしょう。私は、神がそうするための恩寵と力を私に与えてくださっている限り、彼の指示に基づいて私の人生を生き続けるでしょう。
 私の神秘的結婚の正しさを擁護して、マルコム・ブロサード神父は以下の公的な「書簡」を出しました。神の民が神の指示を理解するのを助けるために。私はそれを、私たちは皆神の御手のうちにあるのだということを公衆に知らせるためにここに掲載します。実際、私たちは彼の被造物なのです。彼はお望みのままに彼の被造物に指示する権威を持っておられるのです。彼は人間の作った法律によって拘束されることは全くありません。彼が法律なのです。彼は選ばれたことは何であれ、撤回したり始めたりすることがおできになります。私たちの救いは、神の指示への私たちの反応にかかっています。一言でいえば私たちの「なれかし(フィアット)」に。以下にマルコム・ブロサード神父のテキストを掲載します。

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【 神の方法は、人間の方法とは異なる。(イザヤ55:8)】

 神の方法は、人間の方法とは異なります。神によって指名された預言者は、しばしば、神がその民に知らしめたいと望んだ神秘の生ける印とされるのです。これは旧約、新約聖書の主張するところです。
 リトル・ペブルは、神によって指名された預言者です。彼に与えられたメッセージを信心深く、そして思慮深く読み、その上、御出現の全体をよく知ろうとする者は誰でもこの事実を認めることができます。この手紙の目的は、リトル・ペブルが置かれている特別な状況について話し、福音の道徳的要求に合致していることを示すことにあります。聖書は神によって啓示され、聖伝は聖霊によって導かれました。そして教会の教導権は、その御名によって教えを説くためにキリストによって定められた務めなのです。(Dei Verbum、第二バチカン公会議文書、第十項)
「リトル・ペブルの神秘的結婚は、合法的な行為であるか?」
「我々の世代における預言者の役割は何か?」

 これらの問いに対する答えは、ある種の正確さを要求するでしょう。真実を守り、さらにその上に御出現とリトル・ペブル自身の信用をおとしめるために、様々なグループから広まっているある種の誤った考えや中傷を封じるためには、区別が必要です。ドミニコ会士聖トマス・アクィナスの『神学大全』が、ほとんどの必要な神学上の正確さを提供してくれるでしょう。神の命令は常に正当で合法的です。これは、一見したところ自然法に反するような場合においてもあてはまります。聖トマスは、旧約聖書の預言者たちに与えられたこれらの異例な命令を説明しています。彼は問います。

【 神は全ての事において従われるベきであるか? 】

「神は徳に反するいかなることも命じることができない。なぜなら徳や人間の意志や正しさは − たとえそれが通常の徳のあり方に反していたとしても − 神の御旨に一致すること、神の命令に服従することにあるからです。それゆえにアブラハムに与えられた、罪なき息子を殺すようにという命令は、正義に反するものではない。というのも、神は生と死の創造主であるからである。さらにまた神がユダヤ人に対して、エジブト人が所有するものを持ち去るようにと命じたことも、正義に反するのではない。というのは全てのものは神のものであり、神が望む者にそれらを与えるからである。またホゼアは姦通者を受け入れるようにと命じられたが、これも純潔に反するのではない。なぜなら神自身が人間の生殖の決定者であり、女性との正しい交わりのあり方は、神の定めによるものだからである。かくして神に従うこと、あるいは神に従おうとしたことによって、前述の人々が罪を犯したというわけではないことは明白です」(「神学大全」第2-2部第104問第4項第2異論回答)(訳注:邦訳は創文社「神学大全」第20巻p.60)
 神の命令に従うことは、常に徳の行為なのです。聖トマスは、幾つかの箇所でこれら同じ旧約聖書の三つの出来事 − アブラハム、ホゼア、そしてエジプト人から金品を持ち去ったこと − について繰り返し語っています。いずれの時も聖トマスは、全ての被造物におよぶ神の主権をはっきりと見ています。第100問第8項第3異論解答(第2-2部)において、彼は問います。「十戒の掟は免除されうるか?」 さらに聖トマスは、エジプト人からの「盗み」の事件について解説しています。それは盗みではなかった。なせならそれは「神の判決」であったから、と述ベています。またアブラハムに関して、聖トマスはさらに説明しています。「……彼は殺人に同意したのではない。なぜなら、神の命令によって彼の息子が殺されるのは正当なことであったのである。神は生と死の主である……また、もしある人が神の権威による判決の執行者であるならば、神がそうでないのと同様に、その人も殺人者ではない」 ホゼアについても、聖トマスは言っています。「……(彼は)姦淫、あるいは私通の罪を犯したのではない。というのは、彼は神の命令によって、自分の妻であった女を受け入れたのであり、神は、結婚制度の制定者であるからである」 それゆえに、聖トマスは言明しています。「したがって、その結果、十戒の掟は、それらが内包している正義の本質に関しては不変であるが、個別的行為における適用の決定 − たとえば、これ、またはあれが殺人であるか、盗みであるか、姦通であるか、あるいはそうでないか − といった点に関しては、変化の余地があるのである……」
 神の命令によって、ある人が、通常は非合法的なある行動をとるように命じられた時、個々の場合に対して、神はみずからの法を留保したり、免除したりすることができるということが、すでに上述の引用文からおわかりいただけたと思います。このような出来事は多くは稀で、人類全体のために神から特別な使命を与えられた人々にのみ要求されるのです。これは、上述の預言者たち、アブラハム、ホゼアにあてはまります。しかし旧約聖書の全ての預言者たちが、神によって、神の民を教え、その行いを治めるために、別の意味を象徴するような神秘的な行動をとることを命じられました。私たちは特にイザヤ、エレミア、エゼキエル……といった預言者たちについて考えてみるだけでよいでしょう。聖トマスは、これに関して預言の主な役割について説明しています。「……預言は、神の真理の知識への道を示し、それを熟考することによって、私たちは信仰において教えられるばかりでなく、行動においても導かれるのです……それゆえに神に選ばれた民の霊的な繁栄にとって適切であるかどうかに応じて、人々はいかなる時も、彼らがなすベきことに関して神的に教授されたのであった」(第2-2部第174問第6項)
 人々の行為を方向づけるという、これと同じ状祝において、聖トマスは、さらなる問題を問うことに論点を進めています。「罪なき者を殺すことは、合法的であるか?」「自然法は変更されうるものであるか?」「単なる姦淫は致命的な罪か?」 彼は再びアブラハムとホゼア……この二人の預言者は、神からもっとも異例な命令を与えられた……に関する聖書の前例について言及するでしょう。まったく表面的には、これら神によって要求され、提示された行動は非合法的でした。聖トマスは、神の命令は非合法的でなく罪でもないと説明しています。アブラハムに関して(次のように言及しています)。「神は生と死に対する支配権を有する。けだし、神の命令によって罪人たちも正しい人々も死ぬからである。したがって神の命令によって罪なき者を殺す人は、彼に執行を命じた神と同じく、罪を犯さない。むしろ神の命令に服従する者として、神への畏れを示すものである」(第2-2部第64問第6項第1異論解答)
 神の要求に従うことは、常に理にかなっているのです。なぜなら、神の上智は、人間の判断を越えているからです。聖トマスは説明します。 「さて、人間の理性は神の御旨……第一の最高の規範……によって支配される限りにおいて正しい。それゆえ、人が神の御旨によって神の命令に対する服従において行うことは、たとえそれが一般的な理性の秩序に反するように思われても、理性に反するのではない。神の力によって奇跡的になされることが、通常の自然の成りゆきに反しているとしても、自然に反しないことと同様である。それゆえに、アブラハムは罪なき息子を殺そうしたのであるが、彼は罪を犯したのではないのである。なぜなら、彼は神に従ったからである。その行為自体を考えてみると、一般の正しい人間の理性に反していたかのようであるが……。そして、ホゼアもまた神の命令によって、姦通の罪を犯したのではないからである……(ここで聖アウグスティヌスを引用する)……もし神が、いかなる人々のそれであれ、何か慣習や取り決めに反することを命じられる場合には、たとえこれまでそこで一度も行われたことのないことでも、しなくてはならない……また彼は次のように加えている……ちょうど人間社会の諸権力のなかで、強大な権力が弱小な権力の上位にあって、それを従えているように、神は全ての権力の上位にあって、それを従えているのである」(『告白』第3巻第8章)
 最後に聖トマスは、いかに自然法が第一原理においてではなく、第二原理において変更しうるかを、注意深く区別しています。彼は説明します。 「……しかし、そういった戒めを尊守することを妨げている、いくつかの特別な原困による、ある特殊の稀に起こる場合において、変更されるのである」(第2-2部第94問第5項) 彼はそれから、その特例をも挙げています。「したがって、神の命令によって、わずかの不正もなしに、罪人にも罪なき者にも、全ての人に死が与えられうるのである。同様にまた……神の命令による、いかなる女性との交わりも、姦通でもなければ姦淫でもない」(第2-2部第94問第5項第2異論解答)
 リトル・ペブルとベッティーナとの神秘的結婚の場合について考えるのであれば、神が預言者に下された命令……リトル・ペブルのベッティーナとの結婚……についても、公平に扱わなくてはならないのです。以上に述ベられている全てのことから、神の命令に対する服従によって、リトル・ペブルが罪を犯したわけではないということが容易にわかります。リトル・ペブルがベッティーナとの神秘的な結婚に踏み切ったのは、ただこの命令によるものなのです。この結婚は真実で,神の御旨によるものです! さらにこの神秘的結婚は、別の意味で全教会にあてはまる象徴なのです。時がたつにつれて、その預言的な要素は教会にとって明らかになるでしょう − 神御自身の御業と、その預言者を正当化することは、神に属することなのです。自然法や十戒の侵害はありませんでした。上記で聖トマスが述ベた理由から、姦通もありませんでした。
 教会の天使的博士(聖トマス・アクィナス)は、さらに妻の複数性に関して説明しています。ここには、読者が、活動している神の知恵の一貫性を理解するのを助けてくれる、いくつかの重要な区別があります。聖トマスは自然法に関連して、結婚の自然的姿について解説しています。

【 複数の妻を持つことは,自然法に反するか? 】

 彼の答えは有益です。「ところで、結婚の第一の目的は、子供を産み育てることである……このように、子孫は結婚の動機である……しかし第二の目的は……結婚の善徳の一つである貞操を、夫婦が互い(配偶者)に対して守ることである」(第3部補遺第65問第1項) ゆえに、洗礼を受けた者どうしの結婚は、一つの秘跡になるのであり、したがって結婚の「善」なのです。彼は、複数の妻を持つことは自然法に反しないと説明します。「結婚の第一目的を考える場合、人が複数の妻を持つことによって、不可能なことに拘束されないのは明白なのである。それゆえ、妻の複数性が、自然法の第一原理に反するわけではないのである」「(妻帯を一人に規定する法は、人によってではなく、神によって定められたものであり、また言葉や文章によって与えられるのではなく、自然法に属している他の事柄と同様に、心に刻まれたものなのである) したがって、この問題に対する免除は、ただ神によってのみ、内的インスピレーション(霊感)を通して与えられうるものであり、初め、聖なる太祖たちに与えられ、その例によって他の者たちに受け継がれたのである。前述の戒めが尊守される必要がなかったのは、神を礼拝するために育てられなければならない、子孫の繁栄を確保するためである。というのは、第一目的は、第二目的に先立って、心にとめておかなくてはならないのである。それゆえ、子孫の賜物は結婚の第一目的であることから、子孫の繁栄が必要とされた時には、第二目的に対して起こりえた支障を、しばらくのあいだ無視しなければならなかったのである……」(第3部補遺第65問第2項)
 リトル・ペブルとベッティーナの神秘的結婚は、第二の妻に関して自然法を破るものではありません。なぜなら、神の預言者であり、国際的に知られている御出現の公の幻視者としての彼に、神が明確にそれをお命じになったからです。この世代の教会にとっての預言的な印をあらわすために、預言者に対して、結婚の貞節に関する結婚の第二目的の免除を、神はお許しになりました。これが、リトル・ペブルとベッティーナの神秘的な結婚が、正当かつ合法的である唯一の理由です。神は、時がくれば明かされるであろう理由によって、それをお命じになりましたが、この神秘的結婚は、自然と恩寵の両方の秩序における、全ての原因と結果とを定めている御父の無限の上智において、神に予見されているのです。したがって、神が御自分の預言者を、自然法の第二の戒めの遵守から免じた時、それはすでに神の神聖な聖心のうちに知られており、それゆえに神の御摂理にかなっているのです。聖トマスは、もし神がそのように望むのであれば、創造された物事の秩序にとらわれずに働くことができると指摘しています。「自然の秩序は、だから、神によって諸々の事物に賦与されたものである以上、たとえ神がこの秩序を外れた仕方で、何事かを行うことがあるとしても、それは決して自然に反しているわけではない」「神は、諸々の事物に確実な秩序を賦与したが、ただしそこには、時としてはみずからが、何らかの理由に基づいて、別様の仕方で行うことのあるべきことを留保するということが行われている。だからとして、こうした秩序を外れた仕方で働くにおいても、神は決して変わるわけではない」(第1部第105問第6項第1・第3異論解答)
 さて私は、この手紙を読まれている方々に示しました、第二の問題に取りかかりたいと思います。すなわち、

【 私たちの世代の預言者の役割とは何であるか? 】
 とりわけ、オーストラリアのナウラにおける御出現を通して神に指名された、預言者としての「リトル・ペブル」の役割についてです。対神徳としての信仰の性質を考慮する必要があります。しかしながら、そのような対神徳について論ずることは、この手紙の範囲を超えます。伝統的なカトリックの教えが、前提となります。
 受胎告知の神秘と、聖母と聖ヨゼフヘ、それがもたらしたものについて考えてみましょう。私の意図するところを、ヨハネ・パウロ2世が、信仰という主題について多くの光を投じて説明しておられます。神によって聖ヨゼフが置かれたジレンマを考えてみましょう。「このような状況のなかで『夫ヨゼフは、正しい人だったので、彼女を公に辱めようとはせず、秘かに離別しようと決心した』(マテオ1章19節)のです。ヨゼフは、マリアの『驚嘆すべき』母性に対して、どんな態度をとるベきかわかりませんでした。もちろん彼は、心を乱すこの疑問に対して、何らかの解答を探していたのですが、それよりも彼自身にとって、難しい状祝から抜け出す道を探していたのです」(Redemptoris Custos, Article 3)
 聖トマスは説明します、彼女が身ごもっていることがわかった時、挙式はされていなかったけれども、マリアと聖ヨゼフは実際に結婚していたのでした。(注:ユダヤの習慣では、結婚後も一定期間別居することになっていた) 「ところで、婚姻の形相は、ある分離不能な霊魂の結合に存する。それによって夫と妻は分かたれない相互の愛情の絆によって誓われるのである。……我々は、第一の完全性について、次のように言わなくてはならない。処女なる神の母とヨゼフの結婚は、疑いなく真実であった。なぜなら、両者が結婚の絆に同意したからである。……この理由により、天使はマリアを『ヨゼフの妻』と呼んだのであり、彼に向かって次のように言ったのである。『ためらわずにマリアを妻として迎えよ』(マタイ1:20)この言葉について、アウグスティヌスは(『結婚と肉欲』において)『彼女は、婚約の最初の誓いから、彼の妻と呼ばれている』と言っている」(第3部第29問第2項)
 律法のもとでの彼女の刑は過酷です……彼女は石殺しにされなければなりませんでした。(申命記22章20節) これが、表面上あらわれたことがらです。聖ヨゼフにとって、控えめにいっても、理解するには深遠な神秘なのです! なぜなら彼は、祝された処女を非常に愛しておりましたし、とりわけ彼は神を愛していたからでした。彼は、まさに聖書が大いに讃えているように「正しい人」だったのです。神は祝された処女に、聖ヨゼフに彼女の秘密を打ち明けることをお許しになりませんでした。神の方法は人間の方法とは異なるのです。聖霊がマリアの祈りにお応えになりました。 「黙っていなさい。あなたの夫にあなたの正しいことを示すのは、私に任せておきなさい」(マリア・ワルトルタ『神と人なるキリストの詩』第1巻93項) 聖ヨゼフは、この試みに恐ろしいほど苦しみました。しかし彼は偉大な信仰、偉大な慈愛と謙遜を持ち合わせた人だったのです。神は貧しい者の叫びを聞かれ、主の天使を送られるのです。「ダビドの子ヨゼフよ、ためらわずにマリアを妻として迎えよ。マリアは聖霊によって身ごもっている。彼女は子を生むから、その子をイエズスと名付けよ。なぜなら彼は、罪から民を救う方だからである」(マテオ1章20-21節)
 彼は、主の天使が命じたように行いました。彼は、信仰に従いました。ヨハネ・パウロ2世は説明します。「神の御使いはヨゼフに、マリアの母性の神秘を伝えました」 そして彼に求められたことに対する信仰の従順について話されました。教皇は続けます。「ヨゼフのしたことは、マリアの信仰に、まったく特別な方法で彼を結びつけたのだといえます。マリアが、御告げの時にすでに認めていたことを、ヨゼフは神から来る真理として認めたのです。公会議は次のように教えています。『啓示する神に対しては、信仰の服従を示す必要がある。これによって人間は、啓示する神に対して知性と意志を完全に奉献し、神から与えられた啓示に対する自発的な同意によって、自由に自分自身をまったく神に委ねるのである』 信仰の本質そのものに触れるこの一文は、ナザレトのヨゼフに完全にあてはまります」(「贖い主の養父」第四項)
 神がリトル・ペブルに与えられた命令は、信仰における従順を要求するという点で、聖ヨゼフに与えられた命令に類似しています。ベッティーナとの神秘的結婚をとりまく神秘は、(ファチマで予告された)マリアの汚れなき御心の勝利と、イエズスの再臨の準備における、この世代のための神の偉大な御計画の一部なのです。この神秘的な結婚は、当面の間、秘密のうちに隠されておくことを神が望まれた、多くの預言的な要素を持っています。しかしながら、その神秘的結婚の意義の様々な側面が、神によって世界中の信頼できる幻視者や神秘家に明かされてきています。これによって神は御自分の御旨を確証し、リトル・ペブルとオーストラリアの御出現に対する御計画に従って、様々な幻視者たちを一致させることで、彼の子供たちを教化なさるのです。神の命令に対するこの信仰の従順によって、リトル・ペブルは、神に対する彼の信仰が無駄になることはない、ということを知っています。彼は、経験から神は決して自分を見捨てないこと、特に、神が彼を特別なミッション……未来の教皇織を担った預言者として指名なさった御方であるならば、そうであることを知っています。リトル・ペブルは、彼の人生をマリアの汚れなき御心を通して神に奉献しています。彼は、彼女に全てを捧げています! 彼女は、彼女の小さな息子を教会の目から見て正しものとしてくださるでしょう。今、機会あるごとに主と聖母は、神秘的結婚の「秘密」について語っておられます。以下は、リトル・ペブルに与えられた公式のメッセージの要点ですが、読者の方には、この啓示の深遠さを把握するのに役立つでしょう。

◆1990年11月3日
 ほかの二人の幻視者とシンガポールで受けた。

◆1990年12月1日
「来るベき偉大な結婚」について話される。「子よ、あなたが今晩、目撃したことは、教会に対する印なのだ……わが甘美なる子よ、それは我が母があなたに与えた秘密もこれに似るであろう。多くの者が混乱するであろうが、これが神のやりかたなのだ……」
◆1990年12月31日
「それゆえ、あなたは試練を受けるでしょうが、恐れてはなりません……」

◆1991年2月1日
 「偉大なる驚異……」

◆1991年2月13日
「私たちがあなたに語ったことは、全て成就するでしょう……」

 結論として、私は読者の皆さんに、人は決して幻視者や預言者として選ばれるのに価する者ではなかったということに気がついて欲しいのです。神は、神の目的のために、神が望む者を選ばねばならないのです。さらに、神は、その御旨を成し遂げるために必要な恵みを、彼の子供たちに与えねばなりません。差し迫って、これが神の子供たちに対する、神からの愛の業なのです。なおその上、これは神に対する信仰として、燃えるような愛への返答なのです。私たちの主御自身は「さからいの印」でした(ルカ2章34-35節)。それゆえに全ての真のキリスト教徒、特に神の預言者はそうなのです! 私は、この手紙の読者の方々に、祝された乙女と聖ヨゼフがそうであったように、神に信頼して祈っていただきたいのです。あなたがたの試練を通して、あなたがたが見るのは愛 − 神への愛、隣人への愛なのです。
 私たちは、神の神秘を目のあたりにする子供のようにならねばなりません。もし私たちが霊的に貧しいのなら、私たちは神の真理と愛に飢え渇くでしょう。申し上げたいことはもっとあるのですが、この手紙には納まり切れません。祈り、裁かず、沈黙することが、従うによい忠告です。今日、「リトル・ペブル」に対するあまりにも多くの性急な判断、祈りの不足、そして恐ろしいほどの陰口、悪口、中傷があります。控えめに言っても、それは非キリスト教徒的です。神は、しかるべき時に、彼の働きを正当化なさるでしょう。
 最後に、リトル・ペブルの聴罪司祭として私は、道徳的に正直な既婚のカトリックの平信徒としての、彼の尊厳と信用を守りたいと思います。彼は毎日のミサにあずかり、しばしば告解にやって来ます。彼は、私たちの聖シャーベル修道会の小さな共同体を、その単純な敬虔さによって教化します。私の意見では、彼は謙遜な人物で、償いの日にやって来る多くの巡礼者たちと同じく、私たちの共同体のメンバーのための時間を、いつも持ってくれます。彼は怠け者ではなく、むしろ聖母のミッションのために熱心に働く者なのです。彼には、ここにも、世界中にもたくさんの友人がおります。彼は、みずからの過ちを隠そうとはしません。彼は、友人たちに忠実で、決して許しを拒んだり、恨みを抱くようなことはしません。彼は、毎日、幻視やローキューション(内的語らい)で主イエズスや聖母と会いますが、そこで彼は、より重要な事柄についての指導を受けるのです。彼は、私たちの信仰の神秘が、教化するものでも、話すにふさわしいものでないならば、それについての多くの洞察や理解の全てをもらしたりしません。彼は人々の注意を自分に集めるような、自分自身に関わることには触れずに、ここ何年間にわたって理解してきた事柄を実践しようとしているのです。彼は、小心でも杓子定規でもありません。彼は豊かな常識を持ち合わせており、問題解決にあたっては、いつもまずこれに拠っています。彼は、裁きを要する事柄について、人を差別するようなことはしません。彼は、適切な健康管理や衛生は必要だと強く信じています。彼は苦痛に対して、とくに事務所で過ごす一日の大半をさいて処理せねばならない問題によって引き起こされる、精神的な苦痛に対して、非常に忍耐強いです。なぜなら、この御出現は、海外で非常に強い支持者を持っているため、彼は電話をかけてきたり、手紙で彼とやりとりしている霊魂たちのカウンセリングに一生懸命なのです。
 彼は毎日、私的な幻視者、公の幻視者、神秘家、特別に恩寵を受けた霊魂と連絡を取っています。彼は、世界中の現在の御出現地のほとんどについて十分に情報を得ています。神は彼に、心の忍耐と平和を失うことなく、複雑な人間的な問題を、全てを同時に処理する能カを与えられています。神はまた、御自分がお望みの時に、彼が霊魂を読むことができるという賜物も与えられました。彼はまた、神の望みに応じて癒す賜物を持っています。彼は、助言を求めている他の人たちの超自然的な経験に関する識別力という賜物を持っています。なぜなら神が望まれる時、彼が知る必要があることを天使が彼に話してくれるのです。彼は不平も反感もなく、他の人たちのために苦しみます。私たちの主は、神の目的のために必要とされる時、彼が主の御受難のある側面を苦しむことをお許しになります。彼は、驚くほどの真の愛を霊魂たちのために持っており、私の考えでは、彼はマリアの汚れなき御心の愛のいくらかを、彼がいろいろな問題で精神的に助けている人々のために、とりなしをしています。
 1990年12月14日付、十字架の聖ヨハネに関するヨハネ・パウロ2世の使徒的書簡を読んで、私はその文書のある一節が、神の預言者としてのリトル・ペブルにかなりあてはまると思わざるをえませんでした。私は、この考えを読者の皆さんにゆだねようと思います。「十字架の聖ヨハネは神の熱愛者です。彼は神と親しく交わり、いつも神と話し合っていました。彼は心と口に神を持っていたのです。神こそ自分の真実の宝、自分の真実の世界でした。彼は、神の神秘(奥義)を宣言し、賛美するより先に、神の証人です。これのために彼は情熱を込めて、並ならぬ説得カをもって神のことについて話していたのです。なぜなら彼が肉眼で見ているかのように、人々は聞いたことを深く考えました。すなわち彼は、あたかも自分の肉体の目で見たかのように、神と信仰の神秘について語っていたからです。信抑の賜物によって神秘の内容は、信仰者にとって生きた現実の世界を形づくります。証人は、預言者と使徒たちに習って、見たこと聞いたこと、観想したことを告げるのです」(1ヨハネ1:1-2)
 十字架の聖ヨハネもまた、自分を愛してくれるはずであった、まさにその人々から非情な苦しみを受けた聖なる人でした。教皇ヨハネ・パウロ2世は正当にも聖人の信仰の深さを讃えています。よく祈り黙想した後も、この明らかになりつつある神秘を受け入れがたく思われるのでしたら、どうか私たちのために祈ってください。聖母のミッションを攻撃しないでください。これは不当なことになるでしょう。裁きは、神にまかせなさい。

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1991年6月19日 神秘的婚姻が行われたすぐ後の頃の、
聖母から幻視者「ヘッジローズ」へのメッセージ
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聖母: 「リトル・ペブルの状況については、たまたま彼が新しい教会にとって選ばれた者なので、これは誰もが考えている以上に重要なのです。それが、神が何度も何度も彼を試している理由なのです。しかも醜聞を引き起こしたのは彼ではなく、主御自身なのです。それでリトル・ペブルを中傷し嘲笑する者たち、彼を姦通者や殺人者とさえいう者たちは、主を同じようにそう呼んでいるのです。思い出しなさい。主イエズスも、御自分が犯したわけではない罪のために、十字架にかけられました。
 しかしリトル・ペブルは、善人と悪人を選り分けるために十字架の道を進むでしょう。主御自身、リトル・ペブルと彼の若い妻との神秘的結婚に御出席されたからといって、幻視者のある者たちでさえ彼らの信仰を守ることができなくなるでしょう。その結婚に関する全ての中傷はまた、神御自身に反するものとなるでしょう。神いわく『裁いてはならない、そうすれば、あなたがたは裁かれることはない』 結果として、神の裁きは彼ら自身による裁きなのです。私たちは、神が誰をも強制なさらないことに感謝すベきではないのでしょうか? 圧迫を持って行われることは、どんなこともサタンからのものです。
 使徒たちが主イエズスを信じられなくなってきた時、主は彼らに言いました。『あなたたちも行ってしまいたいのか?』 それは主イエズスが今日行っていることなのです。『私か選んだのである。リトル・ペブルは我が道具である』 そして彼は同じことを言うでしょう。『あなたたちも行ってしまいたいのか?』 そして続けます。ユダにむかって主イエズスは言われます。『お前のなすベきことを早くせよ』
 今、私たちは雑草を抜いて焼く時なのです。そうすれば、よい植物は大きく強く育ち、実をつけることができるのです。神は天と地の主なのです。彼は何ゆえこの事をなさり、他のことをなさらないのかを説明する必要はないのです。なぜなら、彼が法なのですから。
 聖書で、皆が知っているように、子供を産むことができなかった婦人(エリザベト)が突然身ごもりました。そうすると、神が何ゆえ、結婚の相手と別れさせ、結婚を終わりにさせえないでしょうか? 起こっていることを本当に信ずる者だけが、それは神がなさっていることだということを知るのです。古い法に沿うことは、信仰において信じられるのではありません。それはあまりに理解しやすいからです。むしろ信仰は、信じられないように思われることを信じ、それに従うことなのです。これが、リトル・ペブルの行動が、真に信仰深い者を見出す最良の方法である理由です。
 この試練には多くの時間は残されていません、というのも、誰もが理解できるように、神御自身がこの出来事を世界にお示しになるからです。しかしその時には、あなたたちの信仰を表すには遅すぎるのです。なぜなら、あなたたちは、本当の信仰者でないということがわかるからです。ですから、あなたたちを見守る母として、あなたたちにお願いしたいのです。あなたたちの主からの忠告に従いなさい。そうすればあなたたちは、あなたたちの不信のために自分を裁くことがないでしょう。私はあなたたち皆を祝福します。あなたたちの母マリア」
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 以上の祝された処女マリアからのメッセージによって、「リトル・ペブル」の混乱、つまり人々が彼を姦通者だとか、憑依されているとか、愚かなことをしたとか、オーストラリアの愛する御母のミッションを破壊したと責めたてた背景がわかったと思います。誤解を解くために、またさらなる中傷を防ぐために、同時に以下の声明をつけます。
 神である御子と聖母は、リトル・ペブルと他の幻視者にずっと以前に、リトル・ペブルの妻は亡くなる予定であり、彼の現在の結婚は停止され、新しい結婚が1991年3月19日に行われるであろうとおっしゃいました。来たるベき2〜3年は神秘だとしても、これは新しい教会のための印なのです。リトル・ペブルの古い結婚、新しい結婚は、古い教会(ヨハネ・パウロ2世のもとでの)の印として、そして新しい教会(リトル・ペブルのもとでの)の印として、永遠の御父の御旨に従っているのです。神と新しい教会の契約は、古い教会が(象徴としての最初の妻)まだ存続している時に執り行われるベきでした。リトル・ペブルは神の御旨に従って、新しい結婚に踏み切りましたが、それは聖母のご指示によるもので、神の御名のもと、神の権威のもとに成り立ちました。私たちは、その結婚式の証人です。主イエズスは、聖母と聖ヨゼフの立ち合いのもと、この結婚を祝福なさいました。
 もちろん、この結婚にともなって、明らかにされねばならない神の御旨への深い信仰の試練の道があります。教会法によると合法的な結婚は、パートナーの一方が亡くなるまで合法的な結婚であり続けるのです。熟考した上で、神の律法に反したこと、つまり最初の妻とまだ結婚しているうちに、別の女性と結婚したことは、リトル・ペブルの上におかれた最も重い十字架であり、彼と、リトル・ペブルのミッションを信じている者たちにとって最大の屈辱となるでしょう。神は、アブラハムに求められた以上に厳しい犠牲を求められており、永遠の御父の御旨に従った結果、この第二の結婚のために、幻視者は彼の仕事の信用と名声を危険にさらすことでしょう。
 永遠の御父は、すでにリトル・ペブルの最初の妻(アン)を、天国に召される準備をなさっています。彼女は自ら進んで、神なる御父に「はい」と言いました。そして聖母のミッションを手助けする約束をしました。彼女は忠実であり、祈るでしょう。リトル・ペブルの新しい妻(ベッティーナ)は、(ある人々が偽っているような)売春婦ではありません。彼女は純真な女性で、リトル・ペブルの四人の子供たちの面倒を見るでしょう。彼女は、聖母と永遠の御父によって、他の多くの女性から選ばれたのです。このこと全ては多くの人々に衝撃を与え、リトル・ペブルの真の意図を疑わしくさせるに違いありません。しかし皆さんは信じなくてはなりません。そして神の御旨を試みたり、挑んだりしてはなりません。祈り続け、聖母の御言葉に信頼しましょう。この試練を通して私たちは強くなるでしょう。
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ブロサード神父は1987年以来、私の忠実で信仰深い支持者でありつづけてきました。彼は神によって非常に祝福されています。彼は、私の主張を説明することを可能にする、神秘神学や教義的事項に関する教養と知識を持っています。それは、平信徒である私にとって、書くことが難しく思われるのです。
 神によって私にゆだねられた使命の一つの重要な部分は、世界の幻視者たちを一致させることです。これは巨大な仕事です。天的な諸存在を見、主や聖母と会話している人物というものは、いつも雲の上を歩いていて、脱魂のうちに高く飛翔しているものだと人は考えるかもしれません。もし、これが実情であるとするならば、彼らは、天のためになされるいかなる仕事も受け取らないでしょう。幻視者というものは、訪問と世界へのメッセージという恩寵を授けることを神が計画された、普通の人間なのです。彼らがヴィジョンを見るというだけで、彼らが罪のない人間であるとか、すでに片足を天国に踏み入れているということを意味するわけではないのです。ちがいます! 彼らは、神の御旨との一致のうちに、聖なる生活を生きようと努力している人々なのです。にもかかわらず、ある人が大いなる使命を与えられると、邪悪な者はその幻視者により激しく攻撃を集中させ、天の計画を破壊しようとします。何年にもわたって幻視者「ヘッジローズ」は私と一致していましたが、私は彼女が1991年7月1日に受けた一つのメッセージをここに掲載したいと思います。それには私への言及があります

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聖母: 「それは真実なのです − 聖なるカタリナ・エンメリックは、刷新された世界の新しい教皇を見ました。彼女が描写した新しい教皇は、まさにリトル・ペブルのような人物です。小柄な人で、燃えるような輝く目、子供のように信頼と幸せに満ちた目をしていた、と書かれています。彼は『小さな石』として知られるようになるでしょう。なぜなら、彼が有名でもなく、『つまらない者』であることから、人々は彼を足蹴にするからです。しかし、それほどに無視された石が、新しい教会の石となる時、彼の時代が来るでしょう。人々があえて拒否した彼の時代が。
 しかし、彼を信じているといった人たちの中の者でさえ、彼に反対を唱えるようになり、しかも公然と多くの害を与えるようになるでしょう。彼らは、自分たちが一つの誤りを信じ込んでいたことを、あまりにも後になってから悟るでしょう。しかし、その時ではもう手遅れなのです。あなたがたはカタリナ・エンメリックヘのこれらの幻視を読めば、信じている人々でさえ、どれほど彼を信じることができるか、信じることができないか、そしてどれほど彼を公然と拒否するのか、その限界を知るのです。また、どれほど彼らは攻めたて悪口をあびせかけるかをも。最悪なのは司祭で、特によき司祭ですら新しい教皇を拒否し、それによって彼らは神の望みを拒否するのです。神は、新しく刷新された教会を神学者の上にではなく、ありふれた人の上に建てることをお決めになりました。
 全てのことが象徴的な性格を帯びています。新しい教会の頂きに座すであろう教皇の結婚の場合が、そうです。神は、彼がしていることを正確に御存じです。この人はふさわしいか、ふさわしくないかなどと判断することは無駄なことなのです。教皇職への評決を無効にするため、無情な人々が引き合いに出す事情といったものは、すなわち彼の家族であったり、彼は叙階されていないとかいったことなのですが、神にとってそれは重大なことではありません。なぜなら神は変更させることができますが、その必要はないのです。ただ思慮に欠けた不信仰の人々だけが変わる必要があるのです。それで、あれこれと思い煩わずに、ただ信じて、信仰をもってあなたがたの道を進むのがより良いのです。それが、あなたがた自身の霊魂にとって、より良いのです。最後には、全てのことが明らかにされ、この暗黒の時代においても神に信頼をもって、いまだなお信ずるものたちが救われるでしょう。そして主は仰せになるでしょう。『あなたの信仰が、あなたを救った』
 よく知られた聖なる人というのは、いつの時代にもいて、たくさんの支持者を持っていました。彼らは、その人たちは聖であるが誤った道を歩んでいると思っていました。ミサの途中で、司祭がある人を名前を挙げて非難する時に備えなさい。もし、その司祭が非難の後に御聖体を拝領するようならば、彼に気をつけなさい。彼は、彼自身への有罪判決を飲むでしょう! もし、彼が間に合ううちに偽りに気がついて、中傷されたものが有罪ではないことを納得するならば、彼は赦され、それまで通り人々の司牧をすることができるのです。しかも、もし彼が公に、特に大きな集まりの中で、また宗教新聞で自らの非を認めないならば、彼は滅びる可能性があります。どうか手遅れになる前に、これら司祭のために祈ってください。あなたがたの母マリアが、あなたがたを祝福します」
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 悲しいことに「ヘッジローズ」は、この世での人生を終えてしまいました。しかし私は優しさとともに彼女のことを思い出します。そしてミッションの初期において私たちがともに達成した良い業とともに。
 私の良き友人フランツ・クライナーは、何年にもわたってドイツにおける箱舟の聖母のミッションの主要なプロモーターであり続けてきました。熱心なマリアのワーカーたちは堅固であり続け、そして私にとって大いなる慰めの源であり続けてきました。神秘的結婚の問題がミッションを解体する脅威となっていたとき、彼は素早く私の擁護にふみだしました。彼はドイツの神の民に、彼らが問題を明確にするのを助けるために公の手紙を出しました。

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フランツ・クライナー氏による公式の手紙(ドイツ語からの英訳)
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(1991年6月4日、聖痕を受けたドイツの幻視者に与えられた聖母のメッセージに続き、リトル・ペブルとベッティーナの再婚に関して、人々から寄せられた多くの疑問に回答して)
 神の律法の問題に関して、たくさんの手紙や電話で多くの質問を受けました。主な質間は「この場合において神の法の侵害があるのか?」ということです。これは明確に、ありませんと言えます。なぜなら、神はある理由で、たった一つの理由でも、彼の法を停止することができ、従ってリトル・ペブルの最初の妻との結婚は、一時停止となりうるのです。
 別の質問は「このことは神の御旨によるものか、リトル・ペブルの意志によるものか」ということですが、リトル・ペブルの身近にいると、ドイツ語圏の共同体における聖母の御業に対して負う、彼の責任がとてもよくわかるのです。私たちはこの問題について再三自問しました。なぜなら、私たちの聖シャーベルの祈りの家は、この問題について苦しむことがありえましたから。私たちの結論は以下の通りです。もちろん皆さんがこれとは違ったふうに考えるのは、皆さんの自由です。
 「神は、律法を変えることができるか?」 答えは「できる」です。さもなければ、それは神の律法ではないでしょう。神は自然と世界の上に立つ主なのです。「なぜ」という問いは答えられないでしょう。もし神が、御自分の法を一時休止することをお許しにならないのなら、教会にはいかなる肉体と霊魂の奇跡もなかったでしょう。私たちが明らかに神の御旨である印を見る時、信仰者としてただ「はい」と言い、主に感謝するのみなのです。神の御計画をたずねたり、批評したり、全知全能の神からの説明を求めたりするのは、私たちの役目ではないのです。
 リトル・ペブルの場合、神が第六戒を一時休止となさったのでしょうか。それとも一幻視者が若い妻を望んだのに過ぎないのでしょうか。この点に関して、神はリトル・ペブルの最初の結婚を一時休止となさったのであり、掟をそうなさったのではありません。私たちはこのことを、リトル・ペブルに与えられた多くの示現と、他の幻視者に与えられたメッセージによってわかりますが、それらは聖母マリアと御父が証拠としてお与えになったのでした。リトル・ペブルに何が起こりつつあるかを出来るだけ早く話すようにといわれた、2〜3人の祝福された幻視者がいました。言っておかなければならないのは次のことです。すなわち、リトル・ペブルが自分の第一の結婚生活は終わり、第二の結婚生活に入らねばならないであろうという知らせを聞いた時、彼の多くの敵が考えているように彼は大喜びしたわけではなかったのです。オーストラリアの幻視者には、とても愛している四人のかわいい子供がおり、また彼の生涯の仕事で、危険にさらすことを望まない使徒織があるのです。
 この第二の結婚に関するメッセージが知られるようになった時、多くの信心深い人たちが私たちに背を向け、多くの人たちが未来の教皇は、今日の多数の人間と同じようにセックスのことだけを考えており、神の掟についてはもはや無関心であり、教会の敵と同類だと信じているのではないかと、私たちは心配しました。「聖シャーベル祈りの家」の美しい祈りの鎖さえ、ばらばらになりそうでした。思うに、重婚は預言された十字架であり、今日まで過失のなかった幻視者に破滅をもたらし、彼や、彼の支持者全てに信じられないほどの侮辱をもたらしたでしょう。彼の支持者たちは、彼をもはや知ろうともせず、リトル・ペブルは悪魔の罠に落ちたと思ったのでしょう。
 しかし、その十字架と犠牲と試練は、神からのみ来ることができるのです。その衝撃と屈辱を堪え忍ばねばならないことで、神は本当に信仰深い者をお知りになるのです。もし、リトル・ペブルが本当にセックス狂いか偽善者ならば、彼は天以外には誰にも知られずに、大都市ごとに女性を囲うことができたでしょう。私たちはともに、リトル・ペブルが完全に十戒に従っていることを知っております。彼は、彼が他の何にもまして愛している天の御母のために、屈辱と犠牲の模範となっています。もし、リトル・ペブルが、それが神の御旨だと本当に信じていないならば、彼をおとしめている情報が、神の業を危うくしているとは本気で信じられないでしょう。神の御旨は、本当に幻視者に対する試みと屈辱だけなのでしょうか? 他の要素も含まれているのでしょうか? 私たちは、これについて特に自問しました。なせなら、特に私たちは黙示録的な「時の終わり」に生きており、私たちの幻視者が、最後の教皇として迷った羊たち全て連れ戻すであろうからです。神は、リトル・ペブルの従順を試みるためなら、第二の結婚をお命じになる必要はありませんが、しかしこの出来事を通して、新しい教会の印と、「時の終わり」の宣告がもたらされるのです。
 私たちには説明する権利がないと感じていましたので、5月13日には公式に述ベませんでしたが、この象徴的な重婚は、教会と関係した意味を持っています。二つの結婚の印は、聖母が述ベられたように非常に重要な意味を持っています。リトル・ペブルの最初の結婚は、ヨハネ・パウロ2世と破滅に瀕している教会のかたどりなのです。リトル・ペブルの第二の結婚は、刷新された世界に立てられるであろう新しい教会のかたどりなのです。死のトンネルをくぐり抜け、健康で善良な新しい世界にやって来る若人の魂のように、それが刷新された世界で、いかに新しい教会が発展するかということなのです。神が選んだ新しい教皇は、刷新された健全な教会を統治するでしょう。神は象徴で表すことを愛されています。信ずる者たちは「小さな石」が選ばれた者だとわかるのです。
 メーソンや分派主義者をまだ信じている者は、真実に反抗し続け、彼らは、神と刷新された世界の未来の教皇に敵対するのです。主イエズスは、使徒たちに仰せになりました。「あなたたちはどうか、あなたたちも行ってしまいたいのか?」 このことは再び起こるでしょう。そして、それが神が未来を示された理由であり、それによって誰もが決断できるのです。真理を信じない者は、僧しみと軽蔑のこもった言い方をすベきではありませんでした。そのことが、彼らに永遠の命を失わせることもありえます。この全てのことの審判者は「我が道は汝の道にあらず、我が思いは汝の思いにはあらず」と言われる永遠の御父のみです。
 新しい教会は反キリストを打ち負かし、リトル・ペブルをその頭とし、古い教会から出て来るのです。それは、古い法から使徒たちが出たようにです。これが、新しい教会が設立され、教会の戦士たちが反キリストとの戦いに従事するまで、古い教会が存続する理由です。これらの結婚の両女性は、教会にとって特別な印なのです。第二の結婚は、最初の妻がまだ生きているうちに執り行われなければなりませんでした。神が、彼女を御自分のもとに召される時、この結婚は天において終わるのです。
 平信徒としてリトル・ペブルが背負わねばならない重い十字架は、信じられないほど大きいのです。アンナ・カタリナ・エンメリックが1820年10月4日の幻視で、その十字架を見ています。彼女は言っています。「夕ベ、私は教皇を幻視しました。私は、教会を支えている聖フランシスコと、顔だちがユダヤ人のようである小さな男の人の両肩に重くのしかかっているサンピエトロ大聖堂を見ました。それは非常に危うそうに見えました。聖母マリアが、その教会の北面にお立ちになり、彼女のマントは教会の上に広げられました。その小さな男の人は、体をもうほとんど二つ折りにしていました。まさに倒れるかのようでした……」
 もし神の試みが特別な印ならば、私たちは謙虚に感謝せねばなりません。私たちは、1991年3月19日の結婚式以来、私たちの「聖シャーベル祈りの家」にあるローザ・ミスティカの御像から漂う芳香と、天の母からの彼女の子供たちへの祝福に対し、主イエズスと聖母マリアに感謝いたします。これが、皆さんの質問に対する答えです。私たちは、皆さんがさらに私たちの霊魂のために祈ってくださることを希望します。
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 後に何年かたってから、私は神秘的結婚の驚くべき確認に出会いました。そして私は神の民へ以下の手紙を1998年1月1日に出しました。

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教皇は語る (リトル・ペブルのべッティーナ、クイーンたち、プリンセスたちとの神秘的結婚を教皇イノセント三世は支持)
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 長年に渡り、リトル・ペブルの前妻アンナがまだ生存している一方でのベッティーナとの2番目の結婚のために、リトル・ペブルは大きな「逆らいの印」となっています。天は数えきれない幻視者を通してリトル・ペプルの信仰の行いを支持していますが、一部の幻視者はそうではなく、彼の主張に反対し圧力を加えています。しかし、神はリトル・ペブルが教会の教えに反していないことを、彼の霊的指導者マルコム・ブロサード神父による聖トマス・アクィナスの教えを引用によって指摘し、明らかにされました。
 再びもう一度、神はリトル・ペブルを試みられました。彼の役割は新しい「小さきアブラハム」と呼ばれ、レムナント・チャーチ(残存教会)を導き、神の計画によって将来の世代のために十二人のクイーンとプリンセスたちの様々なミッションを通して、彼が更に多くの妻を持つという啓示です。この啓示は神の「選ばれた者たち」の間に更に多くの分裂と混乱を起こしました。このため幻視者と人々はリトル・ペブルから離れ、彼らは公然とリトル・ペブルは落ちたと主張し、ひどい罪だと非難してリトル・ペブルを攻撃し続けています。けれども、多くの幻視者は彼の主張を支持し続けています。神によって起こされた新しい幻視者も支持しています。また、聖トマス・アクィナスに基づいて、この啓示による神秘的結婚が教会の教えと合致していることが支持されています。
 しかし、何人かの終末の時代の使徒たちも含めて、人々は教会の教えの証拠を否定し、聖トマス・アクィナスなどの教会の教えはリトル・ペブルに当てはまるのではないと主張し、旧約の預言者を利用して、終末の使徒を否定しています。このようにリトル・ペブルに向けて新たな迫害の嵐を浴びせ、落ちたとさえ主張しています。
 善なる神は、忠実な霊魂たちを通して、リトル・ペブルヘの啓示が真のものであり正当化されることを示されました。彼らはカトリックの教義と教書をまとめたデンツィンガーの著作(Enchiridion Symbolorum Definitionum et Declarationum de Rebus Fidei et Morum,(訳注:邦訳はデンツィンガー・シェーンメッツアー「カトリック教会文書資料集」エンデルレ書店))に掲載されている教皇イノセント三世の文章を見つけたのです。教皇イノセント三世は在位していた1198〜1216年に、第4ラテラン公会議(1215年)を開き、結婚生活についての多くの教説を書き、偉大なアシジの聖フランシスコと聖ドミニコを支持し認可しました。教皇イノセント三世は1201年にティべリアスの司教に宛てた「ガウデムス・イン・ドミノ」と呼ばれる書簡で、明白に、複数の女性との結婚について言及しました。この書簡の一部を以下に引用します。「啓示によって許されるのでなければ、誰も同時に複数の妻を持つことは許されませんが、時には掟と慣習を考慮して許されます。例えば、ヤコブの行為のように(自分を兄のエサウに見せかけて、父イスラエルをごまかしたこと)。カナンの地を手に入れるイスラユル人は盗人ではなく、サムソンは人殺しではありません。同様に太祖たちや義人たちは同時に複数の妻を持っていましたが、姦淫とは考えられませんでした」(イノセント三世「ガウデムス・イン・ドミノ」)
 私は以前にも触れた聖トマス・アクィナスの文書を参照しようと思います。彼はアブラハムとホゼアに言及しています。この二人の預言者は神から尋常でない命令を受けました。神から要求された行為は見かけ上は誰が見ても違法でした。しかし、神の命令が違法や罪となることはないことを聖トマスは説明しています。アブラハムについての解説です。「神は命と死の主です。神の決定によって罪人も義人も死ぬからです。それ故、神の命令に従って潔白な人を殺す人は、彼にその執行を命じる神と同じく、罪を犯すのではありません。むしろ神の命令への彼の従順は、彼が神を畏れていることの証明となります」(聖トマス・アクィナス「神学大全」第2-2部64問第6項異論回答1(訳注:邦訳は創文社版18巻))
 神の命令に従うことは常に理にかなうことです。なぜなら神の上智は人の判断をはるかに越えているからです。聖トマスは説明します。「……人間の理性は、第一にして最上の法である神の御旨に統治されている限り、正しいものです。神の御旨によって、神の命令に従って人間がなすことは、一般的な理性の秩序に反しているように見えることであっても、正しい理性に反しません。通常の自然法則に反していても、神の御カによって奇跡的になされたことは、自然に反することではありません。それ故、アブラハムが無垢な息子を殺そうとしたことは罪ではありません。なぜなら、それ(息子を殺そうとしたこと)は一般的な人間の理性に反していましたが、彼は神に従ったからです。同じくホセアも神の命令に従ったのであって、姦通の罪を犯したのではありません」(聖トマス・アクィナス)
 今度は教会博士、聖アウグスティヌスの言葉を引用します。「もし神がどのような人々の慣習、あるいは規定であれ、それに反することを命じられるならば、たとえそれが、それまで一度も行われていなかったとしても、実施されるべきです。もし、それがそれまで見過ごされていたならば、復興されるべきです。例えば、王には、彼が統治する国家において、彼以前には誰も命じなかったことを、あるいは彼自身でさえ命じていなかったことを命ずることが許されています。その際、王の命令に従順であることは、自分の社会的慣習に逆らうことにはならず、むしろ王の命令に従わない方が、社会的慣習に反することになります。実際、自分の王に服従することは人間社会の一般原則です。ですから、いわんや全被造物の統治者なる神の場合には、その命じ給うたことに対しては、いささかも疑念を抱くことなく従うのが当然でありましょう。ちょうど人間社会の権カ者たちの間でも、強大な権力者が弱小な者を従え上位に立っているように、神は全てのものの上に立ってい給うのです」「また、醜行とか不埒な行いに似ていながら、私たちの主なる神、あなたに対しても、共同社会に対しても逆らうものでないため、罪でない場合もあります。例えば、ある人が生活に使うために必要性と時期を考慮して品物を蓄えた際、それが所有欲によるものだとは言えない場合とか、あるいは正規の権力に基づき矯正したいという熱意から処罰した際、それが加害の欲望によるものだとは言えない場合などです。このように人間には否認さるべきものと見えても、あなたの証しによっては是認される多くの行為がありますし、また人間には賞賛されても、あなたの証しによっては断罪される多くの行為もあります。というのは、行為の外見と行為者の内心と、我々には明らかでない当時の状況とは、しばしばそれぞれ異なっているからです」「しかし、あなた(神)が突然、異常で思いがけないことを命ぜられた場合、例えそれがかつて禁止されていたことであっても、また例えあなたがその命令の理由を当分の間隠されており、しかもそれがある人々の社会の規定に反しているとしても、あなたの命令の通りにしなければならないことを誰が疑うでしょうか。人間の社会はあなたに従うときに正しいのだからです。それを命令されたのがあなたであると知る人は幸いです。というのも、あなたに従う人々によってなされることは全て、現在必要なことを明示するためか、あるいは未来に必要なことを予告するためなのです」「私はこのことを知らずに、あなた(神)の聖なる下僕と預言者たちを嘲笑していました。ところが、彼らを嘲笑しながら私が為したことといえば、あなたから嘲笑される以外の何だったでしょうか。」(聖アウグスチヌス「告白」第3巻、第8章から第10章(訳注: 邦訳は岩波文庫「告白」および中央公論社世界の名著「アウグスティヌス」参照))
 これが、リトル・ペブルが命ぜられたことは合法的で正しいことであり、彼が創造主なる神にいつの時も従っていることを示すのに十分な証拠です。
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 神秘的結婚を擁護して多くのことが語られました。そしてこの章への私自身の導入において、私はその状況と家庭人としての私への個人的な影響について詳しく説明しました。すでに述べたように、私の妻ベッティーナは多くのことに立ち向かわなければなりませんでした。彼女は9年間にわたって私の妻であり援助者です。私は彼女に愛されており、彼女は私に愛されています。私たちは夫と妻として、父そして母として、愛のうちに一致しています。私が何度も旅行をしながら神の仕事を実行するとき、彼女は勇敢に私を支持し続けました。彼女は私たちの家を維持しなければなりません。また私たちの子供たちの世話をしなければなりません。それは彼女にとって簡単なことではありませんでした。しかし彼女は、彼女の心の中に大いなる決心と大いなる愛を持っていました。幻視者としての私の主張への調査が告知されたとき、彼女は素早く、私を支持する証言をウォロンゴング教区の司教に書きました。この章を終えるにあたって、それをここに掲載することほどふさわしいことはないでしょう。

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ベッティーナの証言
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 私はここにリトル・ペブルとして知られているウィリアム・カムについての私の証言を提出したいと思います。彼はまた1998年2月以来民法によって、そして1991年3月以来霊的に、私の夫でもあります。私は、私たちの結婚のもたらした状況についてよく意識していますが、しかし私はこのことを教会の決定にゆだねます。私はただ単に、私が初めて彼を知ったときから私の人生に影響を与えてきた、この人についての私の証言を提出することを望みます。しかしこのことについて書く前に、私はあなたに私自身私の経歴と、どのようにしてウィリアム・カムと知り合うようになったのかについて説明したいと思います。
 私の名前はベッティーナです。私は1973年7月にドイツに生まれました。私は5人姉妹の長女です。私は主に私の母によってカトリック信仰のうちで育てられました。なぜなら私の父は信仰を実践していなかったからです。私は父の弱さのために、家族の他のメンバーたちとともに苦しい子供時代を過ごしました。父はアルコール中毒で、様々な仕方で私を虐待し、私の生活に相当な影響を及ぼしました。私の父は悪行をなして監獄に入った後、死にました。私の父の虐待の効果は、私と私の姉妹たちに大きなトラウマを、そして情緒不安定を引き起こしました。このことは私に、嘘をついたり、だましたり、盗んだり、反抗的になるといったことを引き起こしました。このことはまた私の学業にも困難を引き起こしました。しかしながら、光が私に輝いたのです。なぜなら、私の母を通して、私たちは天からのメッセージを受け取っているオーストラリアにいるある人のことを読み始めたからです。1986年にリトル・ペブルとして知られるこの人は、ドイツを訪れました。私と姉妹たちは、およそ千五百名ほどの人々の公の集まりにおいて彼に会いに行きました。姉妹たちと私が、ウィリアムに紹介されたのはこの時です。なぜなら、そのとき彼は人々の間にいたからです。その時以来、若い女性として、私は彼にひかれてきました。その日の帰り道、私はたくさんの涙を流しながらはっきりと思い出して、私の姉妹たちに言いました。「もし私たちに、ああいうお父さんがいさえすれば」
 年月がたつにつれて、リトル・ペブルがドイツに来る時にはいつでも、それはほとんど毎年のことでしたが、私たちは彼の集まりに行くためのあらゆる努力をしました。私にとってまだ良く知られていないウィリアムを見るたびに、私はこの人を愛するようになり、もし可能ならば彼を私の夫にしてくださいと神に祈り始めました。少なくとも、これは私の夢でした。なぜなら、彼は結婚した人であり、それはかなえられないことだということを後で知ったからです。1999年、私の家族と私は10月のリトル・ペブルのドイツ訪問の間に食卓に招待されました。それはこの人に対する深い尊敬を私の魂に与える特権でした。続く一週間の間に、私の母はリトル・ペブルを私たちの家に招待しました。そのとき私たちは、リトル・ペブルがどのように生きてきたかということがよく理解できました。これらの個人的な接触から、私はこの人への私の愛は、単なるのぼせあがりではないということが理解できました。しかしながら、私はいかなる関係も求めることができないということを知っていました。なぜなら彼は結婚していましたから。
 これらの短い出会いの間において、リトル・ペブルは私に1つの誘導尋問をしました。「もし私(リトル・ペブル)が結婚していなかったならば、あなたは私と結婚しますか?」 そして私は言いました。「はい」 しかし、私は彼がなぜそのような質問をしたのか理解できませんでした。私はそのとき17歳でした。私は老人ホームで働いており、私の仕事に満足していました。ウィリアムはそれからオーストラリアに帰りました。そして彼は、彼の妻のベビーシッターになるためにオーストラリアに来てもよいと私に言いました。11月に私は最も驚くべきファックスを受け取りました。それによってリトル・ペブルは私に、神の啓示によって彼の妻になるように私にプロポーズしてきたのです。彼の現在の妻アンは、来年の4月に死のうとしているということが啓示されたので。もちろん、このことは、その意味すること全てを考えれば、私にとって大きなショックでした。しかし私は信頼する単純な信仰を持っていましたので、天からの指示を信じたのです。
 この時に、私の家族と私は、もう一人のよく知られた神秘家「ヘッジローズ」として知られる人と知り合っていました。その人も同じ啓示を受けました。かくしてこのことは私への提案への確信を強めました。私はいかなる結果も考慮に入れることなく、純粋な信仰のうちに、申し出を受けました。私の母と、最近結婚した私の養父は、私の決心に同意しました。1991年3月19日に、司祭の前で、ドイツにおいて結婚式と似た儀式が行われなければならないということが「ヘッジローズ」に啓示されました。これが「神秘的結婚」あるいは「神秘の結婚」として世界中で知られているものです。このことは、私たち自身と家族だけにとどめておかれました。ウィリアムの妻に、彼女のきたるべき死について知らせることはできませんでした。霊的な結婚の儀式についての私の理解は、それは神と私たちの間の契約であり、アンは死ぬのだから、リトル・ペブルは彼の子供たちを世話する新しい妻を必要としているというものでした。すでに述べたように、儀式は行われました。かくして、神の目において、私たちは本当に結婚したのです。なぜなら神はウィリアムの前の結婚を停止されたからです。さもなければ、それは非合法な結婚、姦淫となるでしょう。
 続く数カ月において、ウィリアムの子供たちの子守をするという理由のもとに、私はオーストラリアに行きました。それからリトル・ペブルは、彼の親友によって裏切られたのです。その人は司祭で幻視者でした。彼は私たちの霊的結婚について、全てのことをアンに明かしたのです。その時以来、道は非常に困難なものとなりました。なぜならまた私は最初の子供を身ごもったからです。しかしながら明らかに、アンは、彼女の人生において初めて神の啓示を受け取ったということを私は知りました。それは彼女の帰天と、彼女の夫と私との新しい結婚についての啓示でした。彼女は理解し、そしてそれを信じました。彼女が多くの影響によって誘惑されるまでは。かくして悲痛な変化が起きました。そしてアンは子供たちとともにリトル・ペブル」から離れたのです。なぜならアンの帰天にまつわる預言された出来事は遅れたように見え、ウィリアムと私たちの状況に多くの苦しみを引き起こしたからでした。
 その後の年月において、私はウィリアムと本当に恋に落ちました。しかし私の過去が私についてきました。彼は規律と清さと善性の人であり、私は、最も残酷な仕方で侵害された経験を持つどのような女性でもそうするように、彼の指導にいつも反抗していました。なぜなら私の過去が、いつも私の感情の中によみがえってきて、連続的な傷心、議論、私たちの間の不一致を引き起こしたからです。これら全てのことを彼は担わなければなりませんでした。そして、起こった全てのことについて彼を責める別れた妻と子供たちも……世界中の彼の友人たちは言うまでもなく。私もまた17歳にすぎず、人生一般について非常にナイーブでした。なぜなら私は、女性の仕事について私の母から教えられていなかったからです。私は生活の否定的な面しか見てきませんでした。現在に至るまでの年月の間、私の夫は、言葉と模範によって、生活には善があるのだということを私に示してきました。彼の忍耐、愛、模範によって、私は私の過去の虐待に打ち勝ち、内面的に癒されることができました。私は5人の子供を産み、女性の仕事や母としての仕事を学びました。
 それに反するように見えるあらゆることにもかかわらず、ウィリアム・カムが聖なる人であり、真の神の預言者であるということは私の心の中において明白です。なぜなら、これらの一見したところ不利な出来事から、多くの善がもたらされたからです。ウィリアムの謙遜、愛、寛大さは決して変わりませんでした。そして、私の生活に、また何千人もの他の人々の生活にもたらされたその善は、リトル・ペブルに求められたことは真実のものであるという確かな印です。あなたは、そんなはずはない、なぜならアンは死んでいないのだから、と言うかもしれません。しかし忘れないようにしてください。神の預言は人の時においてではなく神の時において成就されるであろうということを。そして良い木によって結ばれた実だけが残るのです。
 さて、次の事を言うことで私はこの手紙を締めくくりたいと思います。「リトル・ペブル」を知って以来、私の信仰は実体的に成長してきました。彼は私を、真の信仰において神を愛し仕えるように、彼の教会を愛するように導いてきました。彼は過去において私の人生を悩ませてきた全てのことを癒しました。このことはそれだけで、「リトル・ペブル」が神からのものであると言うのに十分です。私はさらに多くのことを言うことができますが、この証言はもう一冊の本になってしまうでしょう。それゆえ閣下、私はそれをあなたにゆだねます。あなたの判断に従ってこの事項を裁くことを。私は知っていますが、「リトル・ペブル」はあなたの判断を高く尊重しています。私も同様です。名前の背後にある人物を、あなたが知るための時間をとったならば、あなたは疑いもなく、ウィリアムの主張は真実のものであるという結論に達するであろうということを私は本当に信じています。あなたにお知らせしておきますが、1998年にアンはウィリアムと離婚しました。そしてウィリアムと私は、同じ年に市民婚を行いました。神の母が啓示してこられたこと全ては実現するというのが私の固い信念です。私はあなたの従順な「はしため」にとどまりますが、まず第一に神の「はしため」です。

敬具

ベッティーナ・カム
1999年11月11日












第二章 第二の裏切り、そしてフランス人神学者ローランタン神父の挑戦

 私の人生の物語の第一巻最終章で、聖シャーベル修道会の最初の私たちの司祭であるゲビッキ神父のミッションからの離脱と信頼の裏切りを取り扱いました。ゲビッキ神父は、聖母の出現と教会の伝統的信心の大いなる信奉者であり、良い、そして聖なる司祭で、皆に好かれていました。彼はトリエント・ミサだけを唱え、留保なく箱舟の聖母の出現を支持していました。私は前に、彼の行動が共同体とミッション全体に引き起こした大いなる苦悩について説明しました。ゲビッキ神父は修道会にとって大きな財産であり続けてきました。彼は私とともにローマとポーランドに旅行し、その旅行において、彼は有名なポーランド人幻視者カザミエルズ・ドマンスキーと知り合いになりました。彼は何年間かにわたって私と強く一致してきましたが、オーストラリアの共同体へのゲストとしての訪問の後で離反しました。ドマンスキーはとても貧しく謙遜な環境の出身であり、彼の旅行の間に、西側世界における気楽な生活様式と表現の自由に幻滅したのです。北米を旅行している間に、彼は彼が堕落とみなすものによって圧倒されました。オーストラリアへの私たちの帰還において、ドマンスキーは彼の見通しを失い、揺らぎました。彼は私そして箱舟の聖母のミッションとのつながりを断ち切りました。ゲビッキ神父は、彼の同国人と行動を共にすることを選び、突如として私たちの共同体を立ち去りました。
 この離反は、私に多くの頭痛を引き起こしました。なぜならゲビッキ神父は私たちの最も重要な霊的指導者だったからです。彼はここオーストラリア、そして世界中において、聖母のメッセージを出版し配布するために懸命に働いてきていました。彼の雑誌である「聖母の百合」は、何年間かにわたって彼によって発行されてきていましたが、聖母からの多くのメッセージや指示を掲載していました。これらのものを彼はポーランド語に翻訳し、そして彼の雑誌はミッションのプロモーションのための大きな源泉となったのです。初期の年代においてポーランドには、オーストラリアの出現に対する強く繁栄した信心がありました。そして実際、非常に多くの聖シャーベル祈りの家の登録がありました。彼の雑誌における聖母の出現のプロモーションのために、彼は聖シャーベル修道会への入会の前において、彼の以前の上長からの多くの反対に耐えてきました。
 すでに述べたように、1990年におけるゲビッキ神父の喪失は、大きな打撃でした。しかしながら、彼はしばらく後に彼の誤りを認め、私に反対して話すことによって私と彼の世話にゆだねられていた共同体とを「裏切った」彼の過ちと行動を激しく後悔しました。彼は彼の行動を私に弁明し、非常に憂鬱になり、改悛しました。彼は私に彼を再び受け入れてほしいと求めました。私はそうすることに同意し、修道会の他の司祭たちとともに、彼を以前の地位に戻しました。ゲビッキ神父は彼自身で「リトル・ペブルは正しい。私は間違っていた!」と題された全面的な説明の記事を「マリアの百合」に書きました。彼が彼の霊魂を「さらけだし」、赦しを求めたこの長い弁明は世界中で公表されました。テキスト全体は第一巻に収められています。ゲビッキ神父はまた共同体の説教壇から話し、メンバーたちに、非常に謙遜かつ真摯に、彼の裏切りを赦してくれるように嘆願しました。この司祭が、非常に自己を辱めるのを見ることは、共同体にとって心地の悪いことでした。なぜなら彼らは彼をとても愛しており、すでに彼の帰還を受け入れていたからです。彼らが望んでいた全てのことは、彼の心の平安が取り戻されるのを見ることでした。生活は普通の状態に戻りました。しかし不幸にも、数カ月後にゲビッキ神父は再び見解を撤回しました。彼は神秘的結婚を受け入れることができず、彼の以前の教区に戻りました。私がこの要約をここで述べたのは、それが、その後に続く劇的な出来事に関係を持っているからです。
 1993年、聖母のミッションは急速に発展し、力を増し加えていました。とりわけ聖シャーベル修道会は、その奉献生活の新しい形態において、堅固に基礎づけられました。この時までにオーストラリアには六つの共同体が存在し、さまざまな海外の国々に十の共同体がありました。メディアは再び、新たな強さをもって我々に焦点を当て始めました。そしてこの新しい攻撃は勢いを増し加えました。歪曲、不正確さの嵐が我々に向けられ、しばらくの間続きました。地方新聞のひとつ、サウス・コースト・レジスターは1993年10月13日に、次のような見出しの記事を掲載しました。「リトル・ペブルは、いかなる教会認可も持っていない。彼は彼の支持者たちを不安定な状況においている!」 12月24日、クリスマス・イヴにシドニー・モーニング・ヘラルドは「預言者と喪失。どのようにオーストラリアのカルト・リーダーは信仰者たちをだましてきたか!」という見出しの3ページにわたる記事を掲載しました。これには私に対する悪意ある攻撃が含まれていました。それはゲビッキ神父によってもたらされた報告に由来するものでした。ウォロンゴングのマーリ司教に情報を提供したのは彼だったのです。そしてそこから、それは報道機関に広められたのでした。当然私は、神父の不当な行動に非常に失望しました。しかし私は過去において霊魂たちが、私とミッションへの真の忠実を何が起ころうとも約束すると言った数多くの機会を覚えています。彼らは、何も彼らの忠誠を揺るがすことは決してないと言ってきました。私はいつもこれらの霊魂たちに、そのようなことを約束しないようにと告げてきました。なぜなら忍耐は大いなる恩寵であり、彼らは「最後まで従う」ことができるとあらかじめ決めてかかることはできないからです。私は、邪悪な者がいかにずる賢いかを知っています。もし彼が彼らの弱点や彼らの鎧の裂け目を見つけることができれば、彼はいとも簡単に人々を盲目にすることができるのです。そのような熱烈な保証をなしたまさにその人々が、離れ去っていった人々なのです。離反する人々に対して、私はただ彼らに、愛徳と正義を実践するように求めます。かつてはミッションの強硬な支持者であり、そして幻滅した人々は、常に普通の仕方で離れ去るわけではありません。むしろ彼らは急いで脱出し、そして一般的に、私に対する批判や酷評を向けるための何らかの方法を見つけるのです。私が彼らを友人とみなし、そのように扱ってきたにもかかわらず。
 ミッションが拡大し始めて以来、心から、そして本当に聖母の言葉を信じていなかった人々、つまり出現とメッセージを全面的に受け入れなかった人々は、堅固に忍耐することができませんでした。彼らを離反させたのは、必ずしも大きな論争ではありませんでした。むしろ小さなつまらない出来事でした。そこにおいて彼らは、善徳の道に従い続ける事に失敗し、未来のために啓示された約束の前に「自分」を置いたのです。私はこのことを何年にもわたって常に見てきました。そしてしばしば、私たちの祈りの生活、私たちの償い、私たちの犠牲に集中することがいかに重要かを繰り返してきました。私たちの祈りの生活は、私たちの霊魂の滋養、私たちを霊の中に生かし続ける、生命を維持する空気のようなものです。私たちの償いは、完徳の道において常に奮闘し、私たちの道において訪れる十字架を日々受け入れることです。私たちの犠牲とは、まず第一に神に対する、そして真実において、神の権威に対する私たちの意志の放棄に他なりません。神は努力をご覧になり、恩寵と力によって報いてくださいます。よい父親のように、神はとても多くのものを私たちに授けてくださり、多くの場合において私たちは、彼が授けて下さった大いなる利益を理解しません。私たちはしばしば「目隠し」をつけて進み、かくも多くの配慮と愛をもって私たちに与えられている賜物を見ることに失敗するのです。そして彼の善意ある摂理に感謝することを怠るのです。
 私たちは素晴らしい未来を約束されています。しかし私たちは、新しい聖なる時代への「ただ乗り」を期待することはできません。違うのです。それは日々の「骨の折れる仕事」への精励です。そしてこのことによって私が意味するのは、私たちは自己愛という錆(さび)や、欠点や不完全性に属する全てのものを削り取っていかなければならないということです。神は私たちに不可能なことを要求なさいません。「私の前を歩め、そして完全なものであれ」(創世記17章1節) これらの言葉を、神ご自身が太祖アブラハムにおっしゃいました。私たちはみな完徳へと呼ばれているのですから、とりわけ私たちは修道者として、神の命令が明確な輪郭のもとに立てられています。「あなたがたの天の父が完全であるように、あなたがたも完全なものとなれ。」(マタイ5:48)
 初期の日々において、とても堅固だった人々が、精励の欠如によって、安全な道から離れてしまうのを見ることは私を悲しませます。善性は、聖霊の十二の実りのうちのひとつであり、これらの霊魂たちは善良でした。しかし霊魂たちは喜びによって、あるいは幸福によって善性を外面的に表します。これらの善良な霊魂たちは、この喜びを、この幸福を、霊において明らかにすることに困難を覚えたのです。彼らの心は辛辣なものになってしまいました。辛辣さは、不幸へと導くあらゆる悪徳や欠点を生み出し保存します。そして、それは個人の霊魂においてだけではありません。なぜならそれは毒や癌のように周囲に広がり、しっかりしていない他の人々に影響を与えるからです。私たちのミッションを離れた多くの霊魂たちは、自然的な愛徳や節制を実践することに失敗しました。そして私は親友として私が愛してきた人々がこのような道に進むのを目にしてきました。私は彼らのために祈り、彼らが、彼らの心のうちに平和と静寂を取り戻すことを希望しています。
 何年もにわたって、攻撃の的でありつづけてきたので、私は、私に向けられる連続的な煽動、非真実、中傷とともに生きることを学んできました。しかしながら私は、聖母のミッションに対するその影響のために、メディアの攻撃の弾幕に憤慨しました。天と地の元后が、かくもひどく粗暴に子供たちによって扱われるとき、私は彼女のそばに立って彼女への侮辱を耐えることはできません。彼女が軽蔑をもって取り扱われるのを見ることは、私を非常に傷つけます。それゆえ1994年に私は天の仕事に、そして私に攻撃を加えたメディアの一部に対して、裁判を起こすことを決意しました。メディア、とりわけ新聞はひどく不正確かつ不正で、知識のない憶測の素質を示す多くの記事を生み出してきました。私の名前は、連続的に泥を塗られ、聖母の忠実なワーカーたちは、騙されやすい馬鹿者として扱われました。私は私の顧問弁護士たちに、そしてナウラのモリス・アンド・ハリスに連絡をとり、彼らにこのことを追求するように求めました。彼らは「メディア・ウオッチ」で有名な法廷弁護士で女王顧問であるリトルモア氏と契約していました。この紳士は、ABCテレビネットワークでの彼の番組のために非常によく知られており有名です。彼は、報道の過ちを暴露することにおけるエキスパートでした。いかにしばしばメディアが真理をねじ曲げ、「物事を悪くとる」ことによって彼らの無知を示し、事件を誤って伝えるかを示すことに非常に熟達していました。
 彼との知遇を得たとき、私はリトルモア氏が親切で、礼儀正しい真摯な人であることに気づきました。彼は私の件を喜んで引き受けると私に確証しました。しかし彼は次のことを私に警告しました。もし彼が訴訟を進めれば、私は疑いもなく大量の喜ばしからぬことに直面する、と。この事案は、何年もかかりうると彼は考えました。そして彼は私に、費用は百五十万ドルに上る可能性があると警告しました。私は、訴訟を進める私の決意の主要な理由を繰り返しました。私はもはや、天の仕事と私の主張に対する攻撃を受け入れることができなかったのです。正義と権利を擁護して、この手段をとらざるをえないと私は感じていたのです。訴訟は、あらかじめ私が警告されたように、ゆっくりとしか進みませんでした。そしていくつかの進展がありましたが、リトルモア氏が私に告げたように、結局費用が問題になってきました。メディアの有力者とわたりあうことは、巨額な費用を必要とします。そしてそれは私が持っていないものでした。私の心は戦いを続けることにありましたが、私はどのような道をとるべきかについていくらかの指導を必要としていることを理解し始めました。私は、カナダ人の幻視者そして神秘家である「ソーンブッシュ」を通して、私を指導してくださるように私たちの祝された御母に求めました。そして1994年3月28日に答えが与えられました。
聖母:「わが汚れなき御心における、神聖なる愛の『我が甘美なる岩』よ。私はあなたに次のことを知ることを望みます。準備されつつあるこの訴訟は、フリーメーソンに対する大いなる戦いです。行動とリスクを通して、多くの結果がかかわっているのはこのためなのです。わが愛する者よ、私はあなたを自由なままにしておきます。そしてもしあなたが、このことを進めなくても、それは不従順ではないということを知っておきなさい。なぜなら真実の勝利は、それでもなおもたらされるからです。訴訟は非常に長く、全ての共同体にとって困難なものとなるでしょう。私があなたとともにいるということ常に覚えておきなさい。しかしわが小さな息子よ、続けることが容易であるとは私はあなたに約束できません。なぜなら私の共同体は、まだ準備されてはいないからです。分裂を通して起こった弱さのために。
 あなたを自由のままにしておく理由はこれです。わが『リトル・ペブル』よ。なぜなら勝利は何カ月か後にではなく、きたる何年かの後にもたらされるでしょうから。私はあなたに次のことを知ってほしいと望んでいます。わが『リトル・ペブル』『我が岩』よ。このことに関して、地獄においてある会議が行われました。それゆえ彼らはメディアを通してわが共同体を破壊し、報道者たちに影響を与えようとするでしょう。彼らはまたメンバーたちを買収しようと試みるでしょう。このことをあなたは知っておかなければなりません。あなたまた、天のミッションのためにお金を使うために非常に短い時間しか持ってはいないということを知っておかなければなりません」

 3月29日に、私は個人的な手紙を聖母宛てに書きました。その一部は以下の通りです。「お母様、これはわが愛する配偶者そして女王である、あなたへの公開書簡です。第一に私は、あなたの勧告と母親としての言葉に感謝します。お母様、あなたは私の心をご存じです。この法廷の事項に関してあなたが私に自由意志を与えておられるとしても。しかしあなたは私の答えを知っておられます。そしてそれは神の御旨です。そして、そうです、懸けられているのは私の尊厳ではなく、あなたの尊厳なのです。教会の権威者たちから、政府、秘密結社に至るまで、そしてあなたの子供たちさえもが、皆私につばを吐きかけ、中傷と侮辱で私に立ち向かっています。あなたの神なる息子とあなたにしたのと同様に。お母様、私はあなたを教皇として擁護することはまだ出来ませんが、皆に軽蔑されているあなたの『小さな石』としてあなたを公に擁護することができます。母として、そして女王としてのあなたの尊厳がかかっているのです。私たちの聖地がかかっているのです。神の恩寵とあなたの助けによって、私はあなたを擁護するために全てを危険にさらすでしょう。ただ私は、進み続けるために、私に力と忍耐と信頼と信仰の恩寵をくださるように求めます」

 聖母は以下のような美しいお言葉を私に与えてくださいました。

聖母:「私はあなたの手紙を受け取りました、わが小さき『岩』よ、そしてあなたの苦しみの全てを。私はこれを、そして私を擁護するためにあなたが耐えてきた全てのことを、わが汚れなき御心の内に置きます。それはわが汚れなき御心の中で非常に特別な場所を占めているということを知っておきなさい。わが小さき息子よ。私のナウラ共同体は、オリーブの園における苦悶を象徴しているとあなたに語ったことを覚えていますか? それが、かくも多くの者たちがあなたに反逆し、あなたを裏切ってきた理由です。この苦しい時を、それらの経験の全てを再び生きるために、あなたは選ばれているのです。勝利を準備するために、そして同時に、私たちの傷つけられたみ心を慰めるために。わが甘美なる『天使』よ、あなたが経験してきたこと全てにおいて、私はあなたのそばを離れたことはなかったということを、そしてあなたのそばを離れることはないであろうということを知りなさい、わが選ばれた『生贄そして愛の配偶者』よ。私はあなたの心を知っています。そして私はあなたをよく理解しています。しかしあなたが私にあなたの自由を与えてきたとしても、わが『リトル・ペブル』よ、あなたはなお自由なのです。なぜならあなたの自由は常にあなたに属しているからです。なぜならあなたは多くの決定をなさなければならないからです。
 私が地上に生きていたとき、私は私の『フィアット(なれかし)』を、私の自由のすべてを神、私の神なる息子に差し出しましたが、彼は常に私を自由なままにしておかれたということをあなたは知らなければなりません。なぜならそれは皆に対する神の贈り物だからです。真の自由によって、私たちが神において栄光を受けるために。わが小さき堅固な『岩』よ、この大いなる戦いによって、あなたは、そして信心深く真実で従順な者皆は、多くの多くの恩寵を約束されます。あなたがたは、わが真理の軍勢の一部分なのです。そして真理は守られるでしょう。この戦いにおいて状況が困難になるであろう時、私はとりなしをしてわが御父、永遠の御父の御前に行き、眼に見える印が示されるでしょう。そして神への畏れが回心と真の癒しをもたらすでしょう。このことは、わが汚れなき御心を通して、神の栄光のために起こるでしょう。
 あなたはまた、これまでどのような人間にも与えられたことのない天的な力を受け取るでしょう。なぜなら、あなたは地獄の霊たちと直接に戦うであろうからです。地獄の霊たちはあらゆる良き物を破壊するために悪魔的な計略の全てを用いるでしょう。あなたは堅固なままでしょう、わがゲッセマネの『岩』よ。そして私の保護はあなたの家族を包むでしょう」

 これら全ての活動が進行している間に、私はまた、私の妻の家族に関する私的な法廷闘争にかかわっていました。私の妻ベッティーナの両親、姉妹、兄弟、祖母は私たちの共同体に住み、私によって扶養され出資されていました。移民局は彼らを追い出すことしばらくの間試みてきました。しかしながら私は彼らに対する第1ラウンドにおいて勝利しました。裁判官が事案は不完全なものであるとしたからです。申し立ては移民局に再提出されました。しかし官僚機構の歯車はゆっくりと回転し、ベッティーナの家族の永住権が最終的に与えられるまでに5年間が必要となりました。
 一方、メディアに対する行動の開始に続く12ヶ月は重大な試練の時となりました。私は支援されていないわけではありませんでした。なぜなら私の主張に同意する手紙を、多くの司祭たちが書いてきていたからです。しかし予想されたように、同意しない司祭たちもいました。これらの司祭たちの一人は尊敬されている神学者、フランス人のマリア学者、ルネ・ローランタン神父です。彼は世界における数多くの現在の出現地に関するバチカンのアドバイザーになる予定でした。ローランタン神父は、キベホにおける公の出現地と、その幻視者たちについての本を書いていました。この御出現は何年間か調査の下にありましたが、1987年10月、最終的に教会によって受け入れられたのです。関係する数多くの幻視者たちは、リトル・ペブルが真実の幻視者であること、そして彼が将来の教皇となるという彼の主張は真実のものであることに関する啓示を受け取ってきていました。このことについて、調査委員会の手続きの過程の間に、彼らは司教に告げていました。彼らは司教に、私リトル・ペブルは彼らがそうであるのと同様に真実の幻視者であると確認しました。皆で21人の幻視者たちは、彼らに会いに来るようにルワンダに私を招待しました。二度の機会において私はその国へ飛びましたが、入国を拒否されました。ルワンダの大統領自身の招待を受けた第三の訪問においては、空港で権威者たちとの間の困難を経験しました。大統領は私を信じており、私は空港で彼の代理者に出会いました。それは彼の姉妹で、修道女でした。彼女は私のミッションを信じていました。私の到着の翌日、ルワンダとウガンダの間に戦争が始まり、そして私は彼との知遇を得ることなく、すばやく国を立ち去らなければなりませんでした。よいカトリック信徒である大統領は、箱舟の聖母の像を彼の官邸に置いていました。悲劇的なことに、この素晴らしい人は、彼のヘリコプターがテロリストたちによって撃墜された直後に亡くなってしまいました。
 ローランタン神父は最初、1990年の初めのころに私に手紙を書いてきました。そして私は私たちの文通と、ブロサード神父のそれを、ここに掲載します。情報を得るための、あるいは本当に状況を調査するための時間と労をとることができない人を説得することがいかに困難であるか、ということを読者に示唆するためです。

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親愛なる「リトル・ペブル」、
 多くの人たちが、あなたについて私に話して(あるいは手紙を書いたりして)います。私は問題を持っています。それはあなたの司教の反対のため、メジュゴリエの司祭たちのため、そしてカザローリ枢機卿についてのあなたの啓示のためです。これら全てのことについてあなたはどう説明するのですか。
 あなたに対する客観性のために、同封した質問の紙に従って私に答えてくれませんか。私は次のことを理解したいと思っています。あなたの回心はどのようなものでしたか。(あなたの以前の背景は。あなたは人々が言っているように、無神論者だったのですか?) なぜあなたは世界の全ての幻視者たちを集めることを計画したのですか。あなたはこの計画を忍耐強く続けているのですか。司教の反対をあなたはどのように理解しているのですか。私の祈りとともに、私のこともどうか聖母によろしく。

 ルネ・ローランタン
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 私は彼の質問に答えて、彼の手紙に返事を出しました。ブロサード神父もまた同じ日、1990年7月5日に、私を支持する証言を書きました。
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親愛なる尊敬すべきルネ・ローランタン神父、
 父なる神の祝福が常にあなたとともに。あなたの手紙を受け取ることは私にとって大いなる喜びです。私はそれを何年かにわたって待ち続けてきました。そしてあなたの問い合わせに答えることができることは最も喜ばしいことです。オーストラリアの聖母の御出現について、あなたが多くの手紙を受け取ってきているということを知っても私は驚きません。なぜなら、このミッションは世界中で知られており、何百万人もの支持者たちを持っているからです。さて、あなたの質問に関して、それぞれ別々にお答えしましょう。
 私の司教、最も尊敬すべきウィリアム・マーリが、…私は彼をとても尊敬していますが…私に反対する声明を出したので、あなたはこの出現の信頼性について理解するのに困難を持っておられます。私はあなたがどうしてそのように驚かれるのか理解できません。なぜならあなたご自身が、メジュゴリエの御出現のために闘ってこられたからです。現地の司教はその出現に反対してきたし、反対し続けてきているからです。何の違いがあるのですか? 私の司教は、この出現に反対する声明を、一人の神学者のアドバイスに基づいてなしました。委員会によってではありません。私は1984年に二度にわたって司教と会いました。最初は私たちの聖母のアドバイスによって、そして二度目は司教の招きによってです。会合はそれぞれ、一時間と十分間続きました。司教は、シドニーのある神学者に3つのメッセージを送りました。そして彼の回答から、司教は彼の結論を出したのです。司教の主要な反論は「聖母は手による聖体拝領を神への反逆だと言うはずがない、なぜならこれは教会の教えに反しているからである」というものです。この発見に基づいて公式声明はなされました。いかなる委員会も組織されませんでした。そして司教や他の誰による調査もありませんでした。これらの事実はウォロンゴング教区の元総代理であるレオ・スティーブンス神父によって確認することができます。彼は現在ウナンデーラ小教区の小教区長です。(彼はまた1968年から1972年にかけて私の霊的指導者でもありました)
 あなたご自身の本「教会と出現」において、このような出来事について司教はどのようなことをなさなければならないか、あなたは説明しておられます。すでに述べられたように、私たちの司教は何もなさなかったのです。カトリック信者として、私は言い分を聞いてもらう権利を持っています。それゆえ私は多くの機会において、調査を開始するように司教に求めてきました。それに加えて、私は他の教会権威者たちとも接触を試み、助けを求めてきましたが役に立ちませんでした。聖母が私を、教皇に会うために1985年4月ローマに送られたのは、調査を進行させることに対するこの連続的な拒絶のためだったのです。その旅行は事前予約なしで行われました。以下はその経緯です。私は教皇と私的に会見し、それにおいて教皇は、私に与えられたメッセージへの彼の信念を肯定されたのです。私が、私は聖母によって使わされてきたのですと申し上げると、聖下はおっしゃいました。「知っています」 私は教皇聖下に、日を改めたより長い時間の会合の約束をお願いしました。そして彼は同意され、それをスタニスラフ・ジヴァゲ閣下とともに手配するように私に指示なさいました。しかしながら閣下と接触してみると、閣下は完全な無関心を示され、私を助けてはくださいませんでした。後に、私は閣下が幻視者たちに対して反感を持っておられるということを知りました。1987年、ローマへの二度目の訪問において、私はある高位聖職者から(その方の名前は伏せなければなりませんが)教皇様は、私たちの一行に現段階では私的に会うことはできない、と告げられました。(私たちはすでに彼に二度にわたって一般謁見でお会いしてきました) しかしまた彼は次のことを確認されました。教皇はメッセージを信じておられ、私たちが私たちの司教との間で直面している問題や困難について理解しておられる、と。私たちは忍耐するように告げられました。しかるべき時に調査は行われるであろう、と。教皇はこの司祭を通して、彼の祝福とともに前進するように、聖母が私に告げられたことをなすように、と私におっしゃったのでした。1989年10月の一般謁見において、聖シャーベル会の私たちの司祭の一人が教皇にお会いしました。教皇は尋ねられました。「どちらの修道会にあなたは属しているのですか。そして誰がその創立者ですか?」 司祭は修道会の名前と「リトル・ペブル」がその創立者であることを答えました。聖下は私と修道会に祝福を贈られました。この年の3月に、私は再び一般謁見で教皇とお会いしました。私はまた聖シャーベル修道会について、修道者聖省の副書記官と会合を持ちました。以上述べられた全てのことは、教皇聖下によって内密にのみ確認することができます。現在、私は、二人の枢機卿と何人かの司教たちに、調査開始のための申し立てを行っているところです。
 第二の質問について。メジュゴリエの司祭たちに関するあなたの心配について。問題は政治的な性質のものです。1987年当時の状況の説明を同封します。(それはブレ神父によって書かれたものです。彼はよく知られた教会法学者であり、何年にもわたってメジュゴリエを宣伝してきました。そして同じ主題について「平和の元后」という雑誌の多くの号において執筆しています。彼はまたブラザー・オティスの霊的指導者です。ブラザーもまた幻視者であり、私と緊密に協力して働いています) スラヴコ神父が問題の原因です。彼はメジュゴリエとかかわっている幻視者たち以外の幻視者たちを信じないのです。私はトミスラフ神父の招きのもとに、1987年9月29日にメジュゴリエに行きました。その前の年の、ゴッビ神父の友人であるアスコリ出身のイタリア人の紳士のはからいによるものです。ユーゴスラビアの幻視者ジュルカ(私と一致している世界的に知られた幻視者)の霊的指導者であるボーゲン神父と私自身との間の文通は、1987年における私の訪問以前には、メジュゴリエの司祭たちがリトル・ペブルのメッセージをどのように信じていたかということを示しています。またこの年の3月に、私が他の3人の幻視者たちとともにローマにいた時に、私はメジュゴリエのヴィッカに会ったということもあなたの関心をひくかもしれません。
 第三の質問。カザローリ枢機卿について。私はこの言明について何の問題も見出しません。なぜなら神の母の御出現が真のものであるという印を示しているならば、天の元后によって語られた言葉もまた真のものであるはずだからです。キリストは語られませんでしたか。「食卓についているものの一人が私をを裏切るだろう」と。預言者はダビデに、彼の罪について公に警告しませんでしたか。ラ・サレットの聖母は「サタン自身が、教会の最高位に座るでしょう」とおっしゃいませんでしたか。過去の多くの聖人たち、そして幻視者たちは、公にそして私的に、司教たち、王たち、皇帝たち、指導者たちに警告を与えてきました。ヒトラーは、テレーゼ・ノイマンを通して警告を与えられました。ムッソリーニは、シスター・エレナによって警告を与えられました。他にも多くの例があります。教会が、すなわち私の司教が調査を始めていたならば、この事項は秘密にしておかれたかもしれません。しかしながら、天は、私たちがまだ理解していない理由を持っておられるのです。
 第四の質問について。私の「回心」や「無神論者であったこと」に関して。第一に、メッセージNo.60〜72において表現されていることは、私自身によって書かれたものであり、不注意から混乱を引き起こしてきたようです。私は決して無神論者であったことはありません。しかしながら私は私の信仰において揺らいだ時期が1976年から1979年にかけてありました。それ以前は、私は実践的なカトリック信徒であり、16年にわたって毎日聖体拝領をしてきました。15歳の年まで、私の信仰の基本は、私の母によって私に教えられました。(彼女は実践的なカトリック信徒ではありませんでしたが) 私は1979年における私の「回心」について、私の書いたものの中で言及しました。この不適切な語の選択は、私はより深い、はるかにより深い信仰の実践へと、その時に立ち戻ったのだ、ということを示すために用いられたのです。教会から足が遠のいた理由は、単純に人間的な誘惑によるものです。しかしながら18歳のときに、私は私の最初の出現を経験しました。1968年4月、復活祭の日曜日、ウォロンゴングのカテドラルでのミサの後のことです。
 第五の質問について。幻視者たちを集めること。そうです。私のミッションの一部は、私たちの聖母の幻視者たち、働き手たちを一致させることです。ミッションのこの部分は60名もの幻視者たちによって確認されてきました。彼らの何人かについて、あなたご自身が書いたことがあります。すなわち、ルワンダのキベホの幻視者たちです。この一致の理由は、第一に何よりも聖母がそれをお命じになったからです。第二に、そのような一致を幻視者たちにもたらすことは、教会に、世界と教会が直面している問題の深刻さを意識させると期待されるからです。第三に、あまりにも多くの司教たちが出現を無視したり、落としめたりしているからです。幻視者たちの間における一致は、確実に司教たちにこれら全てのことに真実があるのだという印となるでしょう。同じメッセージが、今やあらゆる国において与えられているからです。
 ルネ神父様、ほとんどの出現において「リトル・ペブル」が名指しで言及されているということは興味深いことです。それは私たちの司教や他の司教たちについて何と言っているでしょうか。それゆえ、問題が発生します。もしあなたが「リトル・ペブル」は偽りのものだというのであれば、あなたは他の全ての出現も偽りのものだと言わなければならないのでしょうか。この質問は、キベホにおける委員会において提出されました。集まった幻視者たちは司教たちに言いました。「もしあなたがたが『リトル・ペブル』を信用しないのであるならば、キベホの出現も偽りのものとならざるをえません」 この一致によって、それはほとんど心と祈りに於けるものですが、人々は確認しました。しかしまだ一致することを拒んでいる幻視者たちがいます。それは主として霊的指導者たちのためか、あるいは周囲からの圧力のためです。教会が、世界中の出現が真剣な事項であるということを認識するべき時です。教会の権威者たちが一般的に出現をほとんど重要性がないものと見なしているというだけで、私的啓示は無視されるべきではないし、また無視することはできないのです。まったく逆に、この特別な手段を通して、教会に語りかけておられるのは聖霊ではないのですか。聖書は次のように言っていないでしょうか。「霊の炎を消すな」と。ルネ神父様、教会位階制(ヒエラルキー)が、ローマで幻視者たちの会合を召集することが私の望みであり続けてきました。彼らの司教たち、そして霊的指導者たちとともに。教会が、天の元后の声をもっと真剣に取り扱い、この時において教会が識別をなし、まだ時間があるうちに訂正がなされうるように。あなたはこのことが実現するのを助けることができる地位におられます。
 第六の質問について。私はこのミッションにおいて堅忍しているか?(手紙や問い合わせがそのことをあなたに告げているはずだと思いますが) はい、私は神の恩寵とマリアの助けによって堅忍しています。このミッションは力を増し加え、メジュゴリエに次いで最もよく知られた出現となりました。オーストラリアの地理的位置は、海外の巡礼者たちにとって障害であるということが考慮されなければなりません。またオーストラリアの人口は主にプロテスタントであるということも。これら全てのことにもかかわらず、ナウラの御出現には二百万人以上の支持者たちがいます。メーリングリストには四十五万人の人々が登録しています。世界中に二万七千の聖シャーベル祈りの家が確立されています。新しい修道会は3つの国々で、8つの部門において確立されています。。司祭志願者は130名に上ります。何千もの癒しや回心の例があります。これらの全ては、文書によって確証することができるのです。あなたは、私が忍耐しているかとお尋ねになります。はい、わたし自身の司教と彼の司祭たちによって迫害されているという事実にもかかわらず。数えきれない他の司教たちや枢機卿たちによって、報道機関やその他の世俗の組織によって迫害されているにもかかわらず。政府の権威者たちは、私たちを禁止しようとする彼らの試みにおいて、私たちの司祭たちを裁判所に連れて行きました。聖母は全てに打ち勝ちました! そうです、私は忍耐しています、ルネ神父様、私は不健康であり、生後数週間から六歳に至る様々な年齢の4人の子供たちをかかえていますが。連続的な霊的戦い、司祭たち、修道女たち、家族たちのための修道会を形成するという責任にもかかわらず、神の聖なるそして力強い御旨によって私は忍耐しています。神の子どもたちの祈りによって、全ての幻視者たちは忍耐することができます。
 第七の質問について。私の司教の反対をどのように理解しているか。彼に対するしかるべき敬意を持ち続けつも、私はこのことを極めて理解しやすいものであると考えています。私は彼をとても愛しています。しかし彼は非常に弱く、自分自身の決定ををなすことを知らないのです。彼は他の人々のアドバイスに頼っています。彼が私に対してなした決定は、「現代主義的教会」に属する聖職者たちによって促されたされたものでした。私はウォロンゴング教区においてよく知られていました。なぜなら何年にもわたって、私はファチマ、ガラバンダル、ベイサイドのメッセージを1968年から1980年にかけて宣伝していたからです。司教は、このことも快く思っていませんでした。また彼の教区における多くの問題を私が彼に指摘したときも喜びませんでした。すでに示唆したように、私は何度も調査を組織するために司教に会うことを試みてきました。このことを1984年以来行い続けています。彼は拒絶し続けています。私は私が何をやっているかについての彼の知識を更新するために連絡を続けてきました。そしてこのことは、1988年に彼がこれ以上の私からの連絡を歓迎しないということを私に伝えてくるまで続けられました。(この当惑させる状況について、あなたの理解を助けるためのいくつかの文書を同封します)
 最後に、この長い手紙を終えるにあたって、私はあなた自身の調査を開始することをあなたにおすすめします。この目的のために、私は私たちの費用であなたをナウラに招待します。修道会の三人の司祭たちともに宿泊していただくために。彼らと約50名の信徒のメンバーたちから、あなたは直接的な情報を得ることができるでしょう。メジュゴリエでは大きな不正があります。同じ不正がここにも存在するのです。同じ神の母がここでも語っておられます。メジュゴリエで第二の調査を組織することを手助けしたあなたは、ここでも同じことを私たちの聖母のためになすことができます。私は今年9月から10月にフランスに行きます。もしあなたが私と話すことをお望みでしたら、どうか私に知らせてください。私はキベホへ招待されました。その国の大統領は出現の支持者なのです。彼に告げた幻視者たちによって与えられた情報のために。私は神の従順な僕でありつづけます。神があなたを祝福なさいますように。

「リトル・ペブル」
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【 ブロサード神父の証言。1990年7月5日 】

親愛なる尊敬すべきルネ・ローランタン神父様、
「リトル・ペブル」への私たちの祝された聖母の進行している御出現についての、より明確な理解に達するあなたの望みを歓迎したいと思います。私は聖シャーベル修道会のカトリック司祭(元教区司祭)です。私は1987年9月2日オーストラリアに来て以来、「リトル・ペブル」とこの聖シャーベル修道会の共同体と深くかかわってきました。私は近年における「リトル・ペブル」の霊的指導者であり、そして聴罪司祭です。私は彼の家族や子供たちと非常に親しく、この共同体における彼らの日常生活の目撃者です。
 私は、ウィリアムの霊的生活の中に私が見ているキリスト教的善徳の模範によって非常に啓発されてきています。幸福に結婚したカトリック信徒として、彼は広い範囲のかなり複雑な問題を取り扱うにあたって、並外れた平衡感覚を示します。例えば、ウィリアムは非常に重要な二重の役割を担っています。その導きの精神あるいはカリスマに責任を持つ、聖シャーベル修道会の創立者として。第二に、彼の妻と子供たちの個人的幸福と安全を確保するあらゆる責任を持つ家庭人として。彼の時間と指導に対する需要は非常に大きなものです。なぜなら彼はオフィスでフルタイムで働いているからです。そのオフィスは御出現のミッションに関係する大量の通信の出入りを管理しています。共同体の日常生活における彼個人の参加と同様に。ウィリアムはまた、共同体の司祭たちによって毎日三回ささげられるミサのうちのひとつにおいて毎日聖体拝領をしています。彼は彼の祈り、仕事、娯楽の間にバランスを保つために懸命に努力しています。
 ウィリアムは、神への大いなる愛を持っています。しかし非常に顕著なことは、彼はまた彼の人生においてそれぞれの人々に並外れた愛を持っているということです。教会全体に対しても同様に。想像していただけるように、キリストの十字架は、必然的に真のキリスト教的生活のただ中に立てられなければなりません。そうして初めて、聖霊の真実の「果実」が実り、霊魂たちのうちに花開くことができるのです。会則と会憲によって生きようとしているいかなるキリスト教的共同体においても典型的かつ必要である、様々な成長の痛みを取り扱うにあたって、人間的困難や意見の対立が少しも不足してはいません。解決がどのようにしてしばしばもたらされるかというのを見るのは本当に驚くべきことです。メンバーたちの間の愛徳は、聖なるカトリックの信仰への深く根付いた愛と、キリストにおける秘跡の生活の望みのゆえに、強められています。ウィリアムは、問題と取り組むにあたって大いなる忍耐を持っています。なぜなら彼は問題を見通すことに努め、そして人々が何らかの霊的な試練によって苦しんでいるからといって、彼らの神によって与えられた尊厳を失うことがないように気をつけているからです。ウィリアムは性格的に衝動的ではありません。それゆえ彼は通常、決定をなす前に非常に深く考えます。それゆえ、彼の強い信仰、希望、愛のゆえに、彼は多くの試み、試練、肉体的疲労や病を忍耐することができたのです。おそらくより重要なことに、彼は、どのようにして責任を配分し、共同体の他の人々と創意を共有するかを知っています。
 御出現の真正性への彼の信念と確信のために、何年にもわたってウィリアムが彼の人格と信用に対する多くの個人的攻撃に苦しめられてきたということは本当です。ウィリアムはその全てを耐え抜いてきました。彼の司教によるものさえも含むこれらの挑戦は、彼の教会とヒエラルキーへの忠誠と尊敬のために、非常に痛みを伴うものでした。にもかかわらず、彼は良心のうちに、真理、全面的真理、真理以外の何物でもないものの公平な聴収や調査は決してなされてこなかったということを知っているのです。その配慮にゆだねられた民を教え、治め、聖なるものとする責任を持つ使徒たちの後継者としての司教の、神からの個人的な贈り物の中に住まう司教の識別のカリスマを彼は決して否定したことはありません。この教区の民の貴重な構成員として、ウィリアムは、まさしく御出現のゆえに、司教の配慮を受ける特別な権利を持っています。
 結論として次のことを述べておきます。ウィリアムはこの全ての年月にわたって、カトリック教会への根本的な愛と忠誠を維持してきました。長い期間にわたって、彼は彼の確信を堅持する勇気を示してきました。聖母の幻視者そして預言者として、彼はすでに出現の真実性の生ける印です。ルネ神父様、聖霊の美しい花は明らかに現れており、様々な形や大きさで、個人の生活の聖性において明白になっています。これらの驚くべき花は、遠く離れたところに立っている人々には見えません。なぜならこれらの美しい花はとても小さく謙遜だからです。「リトル・ペブル」や御出現やその果実を見ているいくらかの人々は、彼らは「雑草」を見ていると思うかもしれません。まったく逆に、もし彼らが、出現により近づくための時間を取り、彼らの精神と心を真摯に開きさえすれば、彼らは、神の業がいかに美しいものであるかを見るでしょう。とりわけ、それらが神の母の汚れなき愛によって装われているときに。この理由のために、私の兄弟の司祭たちに代わって、私はあなたに私たちの司祭的な歓迎の招待を差し伸べます。あなたが「リトル・ペブル」のここへの招待を受け入れてくださいますように。神があなたを祝福し、聖母があなたをその汚れなき御心のうちに抱擁してくださいますように。

 キリストにおいて、敬具
 司祭マルコム・ブロサード・ジュニア
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 ローランタン神父様は、私の最初の手紙に8月8日、以下のように返信して来られました。

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親愛なる友よ、
 あなたの答えの明晰さに感謝します。(印刷されたものは少ししかありませんが)私は興味をもって読みました。あなたが決して無神論者であったことはないということ、そしてあなたの真摯さを私は理解しました。あなたの説明にもかかわらず、それは深刻な反論を引き起こします。教皇の主要な協力者であるカザローリ枢機卿に対する「悪魔崇拝者」という誹謗、そしてあなたが最後の教皇となるというあなたの主張です。司教の反対に関するあなたの説明もまた問題です。もし元総代理のレオ・スティーブンス神父が、確認あるいは何らかの決定を与えることができるのであるならば、それは歓迎です。(しかし私は彼の住所を知りません)
 第二に私は、いくつかの楽観的な説明に懐疑的です。教皇はあなたの出現を信じているのですか。彼は誰にでも親切です。しかし親切な言葉は本当のものであるとは限りません。彼はいつも非常に慎重で、このような事項に関するいかなる個人的な言明も避けています。スタニスラフ閣下は幻視者たちに反感を持っているのではありません。彼はメジュゴリエの分別ある巡礼者でした。
 キベホの幻視者たちや大統領はあなたの出現を本当に信じているのですか。私はそこへの私の二度にわたる旅行の時、そのような印象はもちませんでした。

ルネ・ローランタン
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 ブロサード神父はローランタン神父に1990年9月21日、以下のように返信しました。

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親愛なる尊敬すべきルネ・ローランタン神父様、
「リトル・ペブル」は、彼の代わりにあなたに手紙を書くように私に求めてきました。彼はあなたの最近の手紙に感謝することを望んでいます。そしてさらに、あなたの手紙により早く答える事ができなかったことを弁明しています。しかし彼は多くの仕事を抱えているのです。それに加えて彼は病気なのです。あなたへの彼の答えは既に終了していると、彼は私に知らせましたが、彼は海外から帰って仕上げをすることを望んでいると私に知らせました。彼は私に、彼がヨーロッパからアフリカへ旅行するであろうことをあなたに伝えるようにと求めてきました。彼は1990年10月の終わりにオーストラリアに帰ってきます。それゆえあなたはその直後に彼の返信があることを期待できます。彼はさらに彼がパリにいるときに、あなたが彼に会うおつもりがあるかどうかを尋ねるように私に告げました。彼は1990年10月8日、パリのカンブロンヌ通り15番のアーケード・ホテルに泊まります。
 ここオーストラリアにおける御出現へのあなたの真摯な関心に感謝します。キリストの平和とマリアの汚れなき御心の愛が、常にあなたとともにありますように。

キリストにおいて、敬具
司祭 マルコム・L・ブロウサード・ジュニア
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 以下は1992年2月24日に私がローランタン神父に書いた手紙です。

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親愛なるルネ・ローランタン神父様、
 1990年8月8日のあなたの手紙に答えようとしてから、かなりの時間がたちました。世界中における私の多くの旅行のために、私はあなたの手紙により早く答えることができないということをあなたに告げるために私は書き送りました。その手紙以来、私は生じてきた多くの困難に巻き込まれています。そしてやっと私はあなたの手紙にこたえる機会を持ちました。どうかご容赦ください。あなたの手紙以来、多くのことが私の生活の中で変わりました。それについてあなたはご存じだと私は確信しています。さて、あなたの反論に関してお答えしましょう。
 最後の教皇とカザローリ枢機卿について。敬意を持ちつつも、あなたの反論は具体的な証拠に基づいていません。なぜなら、オーストラリアにおける聖母の出現は、その出現が真のものであるということを証明あるいは反証するために、事実の言明としてのこの2つの言明にだけ依存しているわけではないからです。また預言者の言葉も、出現を承認あるいは承認しないための根拠となるのではありません。なぜならこれらのものは、状況とその目的の性質にのみ依存しているものだからです。あなたもよくご存じのように、出現は、その預言的な言葉によってではなく、むしろそれが結ぶ実によって判断されるものです。あなたもご存じの通り、教会は、そのような事項を判断するときに、多くのことを考慮に入れます。

 一、支持者たちの証言。
 二、幻視者の性格。
 三、御出現の状況。
 四、実り。肉体と霊魂の癒し。回心。

 あなたが問題にしている預言的な言葉は、教会の立場のいかなる状況下においても、先に述べたとおり、神の言葉の証拠となることはないということは確実です。神の業を証明するのは預言的な言葉ではなく、むしろ、預言的な言葉が生み出す実りの作用なのです。それゆえ、あなたの議論の根拠はいかなる重みも持っていません。まったく逆に、もし最後の教皇や反教皇に関する預言的な言葉が神の「実」によって裏付けられ、あるいは支持されるのであれば、預言的言葉が真実のものであることは、聖書の教えや教会の教父たちの教えによって明白です。私が述べたことを支持する、このミッションの「実」については、それは非常に明白なものであり、教会や他の権威者たちがそれを研究するために入手することができます。

「ミッションの実」

 安定性。64の国々におけるミッションの拡大。八千例以上の治癒。他宗教や無神論からの何千もの回心。そして、正道をはずれたカトリックたちの教会への引き戻し。三万もの聖シャーベル祈りの家の存在。それはカトリック教会における最も大きな祈りの組織です。司祭たち、修道女たち、家族たちの修道会の形成。それは今やいくつかの国々で広がり形成されています。聖シャーベル祈りの家への、世界中の何人かの司教たちの支持。数百人以上の幻視者たちや御出現地の支持。
 もしこれらのことが、神の業の「実」にならないというのでのであれば、神の業の「実」になるようなものは何もないでしょう。そしてあらゆる人々のうちで教会とその祝福された母を愛するあなたはよくご存じのはずです。昔の衆議会のようにならないで下さい、彼らは、キリストを目の前にしながら、真理を否定したのです。聖人たちの生涯から、多くの預言がまだ実現されずにいることをあなたはご存じであることを私は確信しています。彼らは、彼らの預言的な言葉によってではなく、彼らの生活によって聖人とされたのではありませんか。預言的言明に関するカザローリ枢機卿の事実に疑問をさしはさむことは、出現の信用性を否定するための議論として、全く反論になりません。なぜならすでに述べたように、この木の果実は、いかなる議論にも何千倍も勝っているからです。
 フリーメーソンのメンバーたちが言及された名前のリストにおいて、カザローリは活動的メンバーとして言及されています。この情報は広く知られています。もしあなたが私の言葉を疑うのであるならば、私にはそう思われますが、私はあなたに、キリストの代理者に個人的にお尋ねになることを強くお勧めします。あなたに対して私が引用すべきではないのですが、聖にして母なる公教会の教えでは、私的啓示の事項については教皇が唯一の審判者であると教会は語っているのではありませんか。そして第二に教会は、そのような事項について決定をなす場合に、大量の時間も許しているのではありませんか。カザローリに関するあなたの反論は、聖職者としての感情と敬意に基づいたものです。しかしながら、このことは預言的な言葉が真実のものではないということをなんら証明しません。
 私の将来の教皇職に関する言明について。すなわち私が最後の教皇になると主張していることについて。あなたの反論は何ですか。それは不可能なことでしょうか、それとも極めてありそうにないことでしょうか。あなたの反論はどんなものですか。あなたは教会の教えをお忘れになったのですか。いかなる男性も、信徒であろうが修道者であろうが、キリストの代理者になることができるのです。第一にそして何よりも、それは未来の出来事を扱う預言的な言明です。それがまだ実現されていないときに、このことに関してあなたはいかなる権威で言明をなすことができるのですか。何らかの言明がなされる前に、出来事は成就されるかあるいはしないかでなければならないというのが教会の教えではないのですか。第二に、あなたがメジュゴリエの出現についての判断を出したときに、それはその預言的性質に基づいてのことなのですか、それともその「実」に基づいてですか。それは、第一にその「実」によって判断されました。なぜなら、もしそれが預言的な言葉によって判断されたならば、結果はどうなったでしょうか。ごくわずかの預言的言明しか実現してはいないのですから。だからといってそれは天からのものではないとあなたは言うことができますか? もし、あなたが預言的言明の成就を待っているのであるならば、あなたは長く待つことになるでしょう。それゆえ、私の教皇職に関する神の母の言明に対して反論をなすことは根拠がないのであり、非論理的です。今世紀の多くの聖人たちや多くの幻視者たちが、私の教皇職について語ってきたことはあなたにとって興味深いことでしょう。私が生まれるであろう場所を名指しした例さえもあります。何歳で私が教皇職に就くであろうかということ、そして私が家庭をもつ人間であるということも。神にとって不可能なことは何もないのです。
 私は、司教の反対に関するあなたの問い合わせに答えるようにレオ・スティーブンス神父に手紙を書きました。
 出現に対する教皇の信念に関して。そうです、聖下は信じておられます。しかし彼は非常に慎重です。彼の人生における地位の責任のゆえに。しかしながら、私的あるいは公的な聴衆の前における多くの機会において、彼が聖なる出現地の支持者たちの近くに来たとき、彼はそれらに対する彼自身の信念を言明しておられます。彼の言明はいつも慎重ですが、彼は個人的なこれらの事項に関する見解を語ってきておられます。教会の権威者たちが公の声明ををなすまで、彼は彼の信念を公に言い表すことはしないからです。
 さてスタニスラフ閣下に関して。私はすでにその主題についてあなたに答えました。多くの幻視者たちが同じ答えをしてきています。
 キベホに関して。そこへのあなたの訪問は1988年以前ですね、違いますか? 私に対するキベホの出現の状況に関するそのような言明をなすことは、悲しむべき思い込みです。幻視者たちは1988年から私と一致してきていることを考えるならば、それは専門家とは言えない言動です。私はまた、ルワンダの大統領からのルワンダ訪問への個人的な招待を受け取っています。彼は個人的に私とキベホを信じており、私について幻視者たちと語り、肯定的な回答を得たのです。キベホの幻視者たちが本当に私を信じているのかと私に聞くことは、私が誇張しており、真実を言っていないということを意味しています。(同封した手紙類を見てください) あなたの手紙以来、あなた自身が、この出現に関する彼の信念を確認したルワンダの司教たちの一人と話しています。なぜあなたは今なお私が偽りの幻視者であると主張し続けるのですか? 私はそれを、ヴァッスーラのメッセージについての本の中に書かれてあるのを読みました。
 聖シャーベル修道会の形成に関して。私が最初に教皇聖下にお目にかかり、彼に修道会に関する文書をお渡ししたのは1985年のことです。修道会の「外殻」はその時に与えられましたが、まだ形成されてはいませんでした。1986年に修道会の最初の全体的な文書が完成し、小さな形成が始まりました。会則の詳細は聖母によって私に与えられました。(同封した資料を見てください) 会憲は1987年から88年にかけて形成されました。文書は、聖座に1987年および1988年に提出されました。1988年10月、私たちの司祭たちの一人が聖省のガランテ閣下と話しました。私たちの司祭たちの一人がローマにいた時に、彼を通して教皇は修道会に特別な祝福を与えられました。しかしながら1988年10月以来、私たちは修道会に関するローマからの公式の言明を待ち続けています。修道会は教会法上合法的に存在することができます。なぜなら、私たちは教皇からその調査に対する祝福を受けているからであり、さらに私たちの修道会の組織は、司教からの認可には依存していないからです。その構造は、教皇直属の高位聖職者(プレレート)の保護のもとに、教皇によってのみ治められます。それにはローマ以外のいかなる司教も管轄権を持っていないのです。そのような試みがローマによって完了するまで、私たちは教会法605条のもとに「奉献生活の新しい形態」として存在するのです。……
 カザローリは、彼の年齢のために反教皇になるはずがないというニつの最後の疑問に関して。そのような言明は現在の状況に基づいたものにすぎません。神だけが何がそうなるか、あるいはそうならないかを決定することができます。いかなる枢機卿、司祭、信徒も、教会法的には80歳に至るまで教皇に選ばれることが可能です。枢機卿団は80歳になるまで、その組織内のいかなるメンバーをも選出する権利を持っています。それゆえあなたの議論は有効性を持っていません。それはまた、言及された人物の精神としてあるいは精神における、ある別の人物の予兆でもありえます。
 あなたの最後の主張に関して。真実の信念というよりも、彼らの親切さのために、私を支持し好意的であるように見える人々について。この言明はより詳細に考察される必要があります。出現に関する教会の結論において、幻視者自身が信頼できるものでなければならないというのは、幻視者についての基準のひとつではないのですか。メジュゴリエや他の場所について判断がなされたときに、幻視者自身が検討の対象になりませんでしたか。もし私を支持している人々が、他人に親切で寛大なだけだとあなたが言うのであれば、あなたは、誰が私の言葉や行為を支持することにおいて真実であるというのですか。明るい光の中に名前を知られている人だけです。すでに述べたように、私との関係とともにこのミッション受け入れていることを証明する権威者たちの証拠があります。そこにおいて神は、この御出現についての知識によって彼らに恩寵を与えることだけで、個人の変容を引き起こされたのです。48万人以上の人々が、聖シャーベルの祈りの家に参加しているということは、これだけで、このミッションにおいて神が働いておられることの印として十分です。この仕事を支持する地位ある者、指導者、権威者たちのリスト、司祭たちや修道会の上長たちのリストは終わりがありません。それは見せかけではないのです、ローランタン神父様。私たちの主がかつて述べられたように「もしあなたがたが私を信じないのであれば、私のなす業を信じなさい」 このミッションを信じている二百人以上の幻視者たちが存在します。彼らは私に対して親切あるいは同情的だから信じているのではなく、天によって私とともに働くように告げられたから信じているのです。そしてこのことの理由は、天のみが始めることができる「一致」は、レムナント・チャーチ(残存教会)において存在することになるであろう「一致」の前奏曲だからです。レムナント・チャーチにおいては、預言者さえも、旧約聖書の時代から新約聖書の時代に至るまでキリストがお定めになった通り、教会のうちに彼の正当な地位を占めるでしょう。この出現の証拠は私には明白です、神父様。「実」は、神の印の明白な印です。
 メジュゴリエの会議でのあなたの報告のひとつにおいて、最初の預言が実現するまで教会はある出現について言明をなすことはできないとあなたは主張しています。これは正しくありません。ラ・サレットの預言は今日に至るまで実現していませんが、それは認可されました。他の多くの出現と同様に。なぜなら教会は、ある出現の預言的性質を認可するのではなく、その「実」に基づいてそれを認可するからです。最初の預言が成就するまで教会は言明をなすことはできないという言明について。60以上の実現した預言があるということを知るのはあなたにとって興味深いかもしれません。2つの例が思い浮かびます。特別な聖母聖年。そしてオーストラリアにおけるリンディ・チェンバレンの事件です。
 自己批判、従順、謙遜に関して。聖パウロの言葉を、これらの言明の模範としましょう。彼は次のように言いました。「あなたがたばかりでなく、私に耳を傾けた全てのものが、私のようになること私は神の前に望んでいる」(使徒行伝26:29) なぜなら「私はもはや自分自身によって生きているのではなく、キリストの命が私のうちに生きているからである」(ガラテア2:20)
 従順の基準は、聖書の光の下においてのみ見られることができます。人は、人間よりも神に従わなくてはなりません。(使徒行伝4:19-20) 聖人たちの生涯を真の従順の模範としてください。なぜならそれは司牧的な性質の事項だからです。従順の法は侵害されていません。もしそうであったならば、神は、数多く与えられている奇跡や印をもたらされることはなかったでしょう。(これらのことはそれ自体で、神が私に対する外見的な対立において支持しておられるということの印です) この状況はファチマの幻視者たちと非常に類似しています。彼らは、彼らの司教に従わずに、1917年10月13日にファチマに行ったのです。神は印によって彼らの真の従順を確証されました。そしてさらに、ローランタン神父様、私は神の業が私の人生であったことを何度も何度も言明します。そして十字架を通して、それは神のための「実」を結ぶでしょう。
 最後に、親愛なる神父様、福音書における私たちの主ご自身の次の言葉を考えるのがよいでしょう。「ヨハネはイエズスに言った。『主よ、私たちのうちの一人でないものが、あなたの名前によって悪魔を追い出しているのを見ました。そして彼は私たちのうちの一人ではないので、私たちは彼にやめさせようとしました』 しかしイエズスは言われた。『あなたはやめさせてはならない。私の名前によって奇跡を行う者は、私を悪く言うことはあるまい。私たちに反対しないものは私たちに味方するものである』」(マルコ9:38-40) 私たちの主のこれらの言葉は良い勧告です。なぜならそれらは御出現にも適用できるからです。私たちの祝された御母の取り次ぎを通して起こっている奇跡は、ミッションを信じている霊魂たちにおける神の業を確証しています。私たちの祝された御母は、彼の神なる息子のことを悪く言うことがあり得るでしょうか。それゆえ権威者たちは、幻視者たちや預言的な言葉を止めたり妨害したりするべきではないのです。神はご自身に反対なさることはありません。この時代において教会を導くために、聖母の言葉を、彼女の預言者たちや幻視者たちを通して神聖に布告なさるのは神なのです。神の預言者たちは教会やその教導権に対して反対しているのではないこと、それゆえ、司教の司牧的役目を支援するためのものであることは明白であるべきです。
 もしまだお聞きになりたいことがあるのでしたら、私は喜んでお答えしましょう。私はあなたの良き友人であり、神の従順な僕で、マリアの汚れなき魂の愛の奴隷でありつづけています。イエズスがいつもあなたを祝福なさいますように。

 ウィリアム・J・カム(「リトル・ペブル」)
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 ローランタン神父からのさらなる手紙は以下の通りです。

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親愛なる「リトル・ペブル」、
 1992年2月24日のあなたの答えを受け取りました。そして私はこの努力とあなたの親切に感謝します。しかし残念ながら、私はあなたの議論によって納得することができません。あまりにもしばしば、あなたは可能性や幻想を現実と取り違えているように私には思われます。あなたに手紙を書いてきたルワンダの幻視者たちは皆、委員会によって受け入れられていない幻視者たちです。彼らは私に、あなたはより若い女性と結婚するためにあなたの結婚を破ったと告げました。それは本当ですか。そしてこの離婚と結婚はどのようにあなたが最後の教皇となるのを準備しうるのですか。私はあなたのために祈ります。私たちの主があなたに全てを真実と秩序のもとに置くための光を与えてくださいますように。

 ルネ・ローランタン
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 かくして私とローランタン神父との文通は終わりました。私たちの聖母のかくも愛された息子が、彼女のオーストラリアにおける真の出現の事実を受け入れることができないということは非常に残念なことです。



第三章 ダビド王家
 私のミッションに関する論争の主要点のひとつは、将来のダビド王家に関する啓示です。これは多くの人々にとって大いなる障害であることが判明してきました。なぜなら私は、「リトル・アブラハム」としての私の役割において、王家と十二の新しい部族の形成を始めることになっているからです。この王制的ヒエラルキーは、新しい聖なる時代(ニューエラ)を確立するでしょう。それは私たちの主イエズス・キリストの再臨に続くものです。
 この神秘の始まりを聖母が私に明かし始められたのは1992年のことでした。聖母は私に、ベッティーナと彼女の2人の妹たちは、私たちの主の十字架のもとに立っていた3人のマリアを表すものであるとおっしゃいました。そしてこれら3人の姉妹たちは神秘的に私と繋がれている、と。この同じ年に、イエズスはドイツの聖痕を受けた幻視者「ヘッジローズ」に、将来のある時において新しい七つの部族と五つの新しい氏族が存在するに至るであろうと啓示されました。このことがどのように起こるかということは啓示されませんでした。1993年の半ばにかけて、天は、神が私に多いなる恩寵を与えようとしておられるということを示唆してこられました。そして7月に、途方もない出来事が起こりました。私は「聖なる輝くもの」を与えられたのです。私はこれに関する何の予備知識も持っていませんでした。またその時はその意味についても何も知りませんでした。しかし私は何か顕著なことが起こっているということを理解したのです。私は後に聖書において「聖なる輝くもの」への言及を見いだしました。そこではそれは「神聖な子孫繁栄の祝福」と呼ばれています。私は最後の教皇、そして預言者であるばかりではなく、「あらゆる国民の父」となるべきものであるということを告げられました。大いなる清めの後に確立されるであろ国民たちの。神の計画は、王制を再興することです。王家のヒエラルキーによって民主主義的な生活形態を取り替えることによって。私がこの啓示を受けただけではなく、シンガポール、日本、ドイツ、カナダの幻視者たちも、「リトル・ペブル」は聖なる新しい時代において多くの妻たちを持ち、主に十二人のクイーンたちが、イスラエルの新しい十二の部族と氏族を生み出すであろうということを天によって告げられてきました。
 これらの啓示が世界中に伝わるにつれて、それらは私と私の聖母のミッションの支持者たちにいくつかの問題を引き起こしました。多くの人々は、王制の観念を受け入れがたいものであると感じました。そして私が新しい聖なる時代の王家の子供たちの祖先となるという事実を。ミッションへの信仰を失い、彼らはこの問題を彼らの議論を正当化するために利用しようとしました。中心的な問題はもちろん、彼らが人間的な解釈と論理に頼って、神の神聖なる神秘的な計画を読み解こうとしたことです。それは個人的な、あるいは秘密の性質の啓示を理解するために、世間一般に与えられたものではないということを彼らは理解できなかったのです。彼らにゆだねられたものを、彼らは秘密にしておくことが期待されていました。彼らの保管のもとに神がゆだねられた貴重なものとして。なぜなら聖書には次のように言われているからです。「聖なる物を犬にやるな。豚に真珠を投げてやるな。さもなければ豚はそれらを足で踏みつけ、あなたがたを噛み裂くであろう。」(マタイ福音書第7章)
 すでに述べたように、多くの幻視者たちは、神がそれらを私に明らかにされる前に、神の計画について知らされていました。そして私が神の指示を知らせた時に、多くの者たちは進み出て、私の主張を真実であり議論の余地のないものとして確認しました。それでもなお、「聖なる輝くもの」と「新しい世代」は議論の種となりました。この考えのすべては私の個人的な空想にすぎないと考えた多くの人々がいました。多くの妾によって、新しい清い民族の先祖となる夢想だ、と。彼らはまた似たようなことを他のグループの指導者たちに見いだしうると考えました。例えばジョーンズタウンのジム・ジョーンズやワコーのデビット・コレシュです。聖母のミッションは無知な人々によってセクトとみなされ、メディアが登場してきたため、テレビのチャンネルに多くの不正確な情報が氾濫しました。一般大衆は、神が地上における彼の王国を再建することを計画なさっているという事実を、サタンの影響によって汚染された彼の正当な遺産を再び取り戻すおつもりであることを、地の面を更新するおつもりであるということを、飲み込むことができませんでした。
 新しい秩序のための神の計画は、地上における彼の業の頂点です。なぜなら神自身が次のようにおっしゃったからです。「初めにあったように、終わりにおいてもそのようになるであろう」 そうです。神が「新しいアブラハム」を通してダビドの王家を再興し、更新なさることを計画しているというのは真実なのです。聖霊の力によって裁可された、自然的肉体的な経路においてさえも。実際、肉体的な妊娠の経路は許容されていましたが、神は、神の計画の超自然的な受容によるものが最も完全な方法であることを確認なさいました。神はしかしながら、決定を個人にゆだねられます。自然的な妊娠の肉体的経路は、私の妻、最初のクイーンであるベッティーナとともに始まったということを指摘しておく必要があります。しかしながら、それはダビド王の王家にとって重要な最初の植え付けであるにすぎません。なぜなら王家のミッションは、再臨において来られるメシアとともに始まる新しい時代において根づかなければならないからです。再臨は聖霊の支配の開始を告げるでしょう。そこにおいてはあらゆるものが霊的になるでしょう……子供たちの受胎でさえも。乙女マリアの無原罪の御宿りや、聖霊の力を通しての彼女の神なる息子イエズスの超自然的な受胎においてそうだったように。しかしながら、クイーンたちの場合においては、奇跡的な受胎であって無原罪の受胎ではありません。
 またここで、きたるべき懲罰をくぐり抜けて生きるであろう神の民の大部分も、小羊の血によって清められ、新しい時代に入るであろうということを注記しておくことは重要です。彼らもまた十二部族の一つのうちに位置づけられるでしょう。しかし王家の部分ではありません。

【 「聖なる輝くもの」の授与 】

 私は1993年7月3日、私たちの主と聖母によってナウラのチャペルで私に与えられたメッセージNo.395の全文を掲載します。これは「リトル・アブラハム」としての私の将来の役割に関するものです。

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リトル・ペブル:
 アブラハムから今日、私に与えられるために来ている「輝く聖なるもの」がロザリオの始めから聖櫃の中にありました。それは6〜8インチの長さで、鉛筆のようですが、もっと幅の広いものです。中央部にアルファとオメガ、そして小さな十字架が描かれています。それは聖櫃の中でずっと、とても光り輝いており、聖櫃の後ろには、いつものように輝く白い十字架があります。とても美しく、端から金色の光が出ています。「聖なるもの」は白色ですが、十字架の上にアルファとオメガが金で刻まれています。とてもとても輝いています。
 さて神なる主が見えます。主は十字架から、そして聖櫃からあたかも同時に出て来られます。(説明するのはとても困難です) 主は今、聖櫃の前の布の上に現れました。主は「聖なるもの」を持っておられます。それはカタリナ・エンメリックの本の中でそう呼ばれています。「聖なるもの」はアダムに、そしてノアとアブラハムに与えられました。主は純白の装いで、王として御頭に冠を被っていらっしゃいます。主が王として来られるのは、そうあることではありません。御手と御足にある主の御傷(と私には見えます)はルビー色をしています。御傷から「聖なるもの」を通って大量の光が放射されています。それを「聖なるもの」と呼ぶ以外にどのように呼んだらよいのか私には分かりませんが、ここ2〜3日の間に数人の幻視者が、主とアブラハムから私に与えられる「聖なるもの」について話していました。
 さて、主の右に偉大な指導者、いにしえのアブラハムが、そしてアブラハムと共にエワとアダムも見えます。主の左には偉大なる太祖モーゼと、偉大なる天使メルキセデクが見えます。多くの人々がメルキセデクは人間であると信じ込んでいますが、メルキセデクは天使なのです。聖メルキセデクの頭上に美しい金の十字架があります。彼らは皆、主と同じ身長です。主と十字架の後方に何千もの美しい天使がいます。この天使たちは、天使の九つの階級、全てから来ています。なぜなら大きさと姿が異なっているからです。天使たちば皆、違って見え、異なる服を着ています。小さな天使たちケルビムは主のすぐ近くまで近づいて来て、御頭の周りにいます。ケルビムたちは御頭の周りを舞っています。翼のある小さな赤ちゃんのようです。彼らはとてもかわいらしい。
 さて十字架の上に磔刑の跡、主を十字架につけるために用いられた道具類があります。天使たちの後ろに、モーゼに与えられた十戒が大きな文字で書かれています。実際、モーゼは十戒の板を持っています。今、聖メルキセデクの隣に聖ヨゼフがやって来ます。聖ヨゼフは金色のチュニックを着ています。とても美しいチュニックです。主は微笑んでおられ、今、近づいて来られます。主は歩いてはおられず、滑って来られます。私たち皆を見ておられます。主の聖心が見えます。聖心は御胸から出て(6〜7インチほど離れた所に)浮いています。聖心から輝く光が発しています。光だけではなく炎も出ています。聖霊が見えます。聖霊は聖なる鳩として主の頭上におられ、とても輝いています。聖なる鳩の頭上にも小さな冠があり、主と同じ青い目をしていらっしゃいます。イエズスは少し近づいて来られます。アブラハムが主の右に、聖メルキセデクが左にやって来ます。

主:
 甘美なる子よ、そして、ここにいる甘美なる子供たち、全世界の甘美なる子供たちよ、お前たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。わが愛する子、われらの甘美なる「岩」、地上におけるわが教会を建て直し、全ての人々を約束された地へ導くわが子よ、今日、私はいにしえの太祖とわが養父と共に、わがいとしい子、お前に極めて格別なる恩寵、これまでにもごく少数の者にしか与えられたことのない恵みを与えるためにやって来た。いとしい子よ、わが手にはアダムとノア、そしてアブラハムと結んだ契約がある。
 すでに世界中の多くの「神秘家」を通して話したように、お前は新しい時代の「アブラハム」、人々を自由へと導く者である。お前のうちに三位一体の神は住むであろう。お前は人々を光へと連れて行き、最後の審判の時に人類を裁くために私が戻って来るまで、何世紀もの間、地上におけるわが教会を統治しなければならないからである。何百万ものわが子供たちが大懲罰の後で、その時、教会は再び新しくされ、純化され、清められているであろうが、約束された地に入るであろう。
 いとしい子よ、新しい国、イスラエルの新しい部族が生まれるのは、お前によってなのである。いとしい子よ、アブラハムに与えたわが言葉の成就として、お前の子孫から全ての新しい国々がおこり、7つの新しい部族が5つの部族と共に地上を治めるであろう。そして72の小さな国々が地上における楽園の群れを形成する。いとしい子よ、お前はキリストの代理者として、神の統治によるわが民の指導者として、これらの群れを指導し治めるのだ。いとしい子よ、世が終わるまでの間に、何百万の何百倍もの霊魂が創造されるが、それはお前の子孫からなのである。お前のうちに私は、人類を裁くために戻って来るこの世の終わりの時まで、人類と最後の契約を結ぶ。
 今宵のこれらの啓示は、教会内の子供たち、そして世界中の子供たちを驚かすであろう。しかし、王の中の王、お前たちの創造主であり救い主である私が話したことを知らせなさい。これらの言葉は世界中の多くの「神秘家」たちに啓示されてきた。しかし、ごく少数の者だけしかそのことを承知していない。なぜなら、今だけがそのことが人類に知らされねばならない時だからである。いとしい子よ、だから平和に留まりなさい。お前はこの「役割」のために準備されてきたのだから。いとしい子よ、お前には多くのことが期待されるであろう。しかし恐れてはならない。私とわが御父と、そして、われらの霊がお前と共にいるからである。
 ローマの聖なる代理者の殉教の時は近い! 国々の侵入の時は近い! 人類の苦難の時は近い! 子供たちを新しい時代へと準備させるために新しい契約が結ばれねばならないのは、このためである。新しい「平和の時代」は人類が信じているよりもずっと早く、速やかに人類の上に到来するであろうから。わが再臨の時は近いからである。いとしい子供たちよ、天に、地に、自然界に、そして人の弱さの中に印を見なさい。わが敵は、わが信仰の子供たちに大混乱を引き起こしながら、世界中で暴れ回っている! お前たちの不変の意志をもって、祈りをもって、秘蹟を受けることによってサタンと戦いなさい! 鎧として護身のために準秘蹟を身につけなさい! だから甘美なる子供たちよ、三位一体の神の御計画を理解する時は今なのだ。
 甘美なる子、愛のリトル・ペブル、「岩」のために祈りなさい。ローマの代理者がこの時に、お前たちの祈りを必要としているのと同じく、リトル・ペブルもお前たちの祈りの支えを必要としている。いとしい子供たちよ、多くの子供たち、特にわが言葉を信じない子供たちの生活にひどい荒廃をもたらす大変化が世界に、地上におけるわが家に生じるであろう! いとしい子よ、汝はペトロなり。私はお前の上にわが教会を再び新しく建てる。聖なる印、神と人との間に結ばれる契約の象徴を受けなさい。

リトル・ペブル:
 イエズスはアブラハム、メルキセデクと共に来られます。聖ミカエルがアブラハムの脇に、聖ラファエルがメルキセデクの脇に来ました。聖ガブリエルと聖バラキエルは主の両サイドに来ました。聖霊は翼を主、聖人たち、天使たちの頭上右側に置いています(大きくなっています)。そして聖霊は私の頭上にドームを据えました。

主: 息子よ、繁栄の聖なる契約を受けよ。

リトル・ペブル:
 主が御自身を私の体と霊魂の中へ注ぎ込まれるのが見えます。何らかの理由のために主は小さくなられ、私の体と霊魂の中の聖なるものと共に消えてしまわれました。主は聖なるものを「子種」が生じるところに置かれました。他の聖人たちと天使たちは手を私の頭において祝福してくれました。証言するために来ている何人かの「神秘家」たち、このことに関して啓示を受けている「神秘家」たちが見えます。主と共に私の頭上に浮いておられる永遠の御父が見えます。永遠の御父のうちにある十字架上にイエズスが見えますが、説明するのはとても困難です。イエズスは今、再び聖人たち、天使たちと共におられた祭壇に戻られます。

主:
 いとしい子よ、三位一体の神から祝福を三度与えよう。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 いとしい子よ、平和のうちに留まり、わが霊の光のうちに前進しなさい。そして全ての者が三位一体の神の言葉を聞けるように、世界中の子供たちにわが霊を吹き込みなさい。地上の子供たちヘ。わが声をよく聞きなさい。人類の時は短いのだから。まもなく恐怖が子供たちの心を襲うであろう。祈りの不足のために、懲罰の流れをくい止める者はほとんどいないからである。子供たちよ、注意してニュースを見ていなさい。まもなくポーランドで、スロバキア諸国で、そして「暴君」がイスラエルヘの猛攻撃を準備している中東で多くの困難と社会不安が生じるであろう。甘美なる子供たちよ、西側に注意していなさい。「熊」すなわちロシアは西側の助けを得て自由諸国に空前無比の攻撃を計画しており、まもなくアメリカ合衆国の指導の下にフリーメーソンとオカルトの力によって、世界統一政府が樹立されるのだ!
 甘美なる子供たちよ、絶えず祈りなさい。今はそれが緊急の問題である! わが現存の前で祈ることにうんざりしてばいけない。時々、私はいとしい子供たちの不平を聞いている。しかし、私はお前たち皆から犠牲を求める。お前たちは自分の罪に対してだけではなく、地上の全ての罪に対しても償いをしなければならないからだ。わが再臨の時は近い。私は速やかに来て人類を裁くであろう。お前たちには、まだ罪から離れるための時間がある。わが至聖なる御母が何世紀にも渡ってお前たちに与えて来た聖なるロザリオを今、取りなさい。モンゴルの人々のために祈りなさい。モンゴルには今、多くの苦難があるのだから。しかし、その苦しみは世界には隠されている。まもなく災害が日本列島を打ち、瓦礫の中で多くの人々が滅びるであろう! 眠りこけている子供たちの目を覚ますために、まもなく大警告が世に来る! 甘美なる子供たちよ、今や多くの世間的な楽しみや娯楽に費やすための時はない。ほんの数年のうちに私は戻って来るのだから。
 わが羊を集めるために世界を旅しておられる、わが至聖なる御母と共に祈りなさい。悪魔から、そして世の誘惑から子供たちを護りなさい。いとしい両親たち、教師たち、地上におけるわが家の指導者たちよ、もっとよく子供たちをしつけなさい。子供たちよ、子供たちよ、今、準備しないのであれば、お前たちはどうやって「平和の統治」に入れるであろうか! 受け入れられる時は今であって明日ではない! 私が来てお前たちを呼ぶ時がいつなのか、誰も知らないからである! 甘美なる子供たちよ、お前たちは私の前に立つ準備ができているであろうか? 楽園を手に入れるための十分な功徳を積んでいるであろうか? それとも煉獄へ行ければ十分と信じているのか? そうではない、甘美なる子供たちよ、そうではないのだ。全ての子供たちが世を去る前に完全になり、犯した全ての罪の償いを果たすことを私は望んでいる! わが裁きは重要なことなのだから! 甘美なる子供たちよ、お前たちの全ての行為、思い、特に怠慢の罪に対して責任を問われるのである。甘美なる子供たちよ、煉獄の火は猛烈である。だから煉獄へ行くことではなく、わが腕の中ヘ、わが祖国へ来ることを求めよ。甘美なる子供たちよ、道は狭く、極めて困難である。十字架を放棄せず、十字架を取って私に従いなさい。お前たちには、わが祝されし御母がおられる。楽園に辿り着くのを助けるために、お前たちには聖人たち、天使たちがあり、地上におけるわが教会がある。だからわが言葉に忠実に従い、人類のこの最後の時にあって、わが至聖なる御母の弟子でありなさい。甘美なる子供たちよ、お前たちを愛している。お前たちの神である私には、お前たち一人ひとりが大切なのだ。重荷を負い、苦しむ者は皆、私のもとへ来なさい。そうすれば、わが至聖なる聖心の泉で元気づけてあげよう。

リトル・ペブル: 主は今、私に最も美しい聖心を見せてくださっています。聖心から火が出ていて、美しい光線が見えます。この光線はとても暖かくて、私たち皆に、一人ひとりそれぞれに異なる強さで届いています。

主:
 いとしい子供たちよ、お前たちはわが相続財産である。来て私に従いなさい。お前たちのために「場所」− 想像さえできない場所、永遠に私と共に食事をする場所を準備しているから。
 わが子、愛のリトル・ペブル、そして、ここにいる全ての甘美なる子供たち、全世界の甘美なる子供たちよ、お前たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。甘美なる子供たちよ、お前たちに平安があるように。お前たちの内にいるわれらの霊から、お前たちにわが平和を与える。
 いとしい子よ、もうすぐわが祝されし御母が来られる。なぜ、わが至聖なる御母がここにおられなかったのか、お前たちはけげんに思っていた。いとしい子よ、御母はここにおられたのだ。しかし、この時まで、お前たちには御母を見せないようにしたのである。御母と私とは一つの心であることを覚えておきなさい。私がいる所には御母もおられる。わが至聖なる御母がおられる所には私もいるのである。このことは大いなる神秘であるが、地上におけるわが教会に埋解されるべきことである。しかし、来たるべき新しい世界では、人類はわが至聖なる御母の私との親密さ、わが至聖なる御母の尊さを理理するであろう。人類は天の元后の清らかさと寛大さを正当に評価するであろう。

リトル・ペブル:
 さて、祭壇から聖なる御母が来られるのが見えます。聖母は十字架から出て美しい光の上を来られます。その光は水晶のような光で、通常の光ではありません。白い光ではありませんが、水晶の道のように見えます。聖母には無数の天使がつき従っており、天使たちは「めでたし聖なる元后」を歌っています。とても素晴らしい。皆さんも、これを見、この歌を聞けたらと思います。天使たちは聖母が来られる道にバラを投げています。とても美しい。太祖たちは、聖母が来られるようにと、脇へ移動しました。聖母は主の隣に立っておられます。聖母は主の御前に跪かれ、御足に接吻なさいます。祝されし御母は美しい純白の装いです。御召し物はとても明るくて輝いています。御母は頭から足先まで届くロイヤルブルーのマントを被っていらっしゃいます。腰にロイヤルブルーのベルトを締めておられます。聖母は右手に三つの美しいバラを持っていらっしゃいます。バラは赤色でとても美しい。きらめいているように見えます。聖母は微笑まれ、あたりをご覧になっておられます。聖母の頭上にも冠がありますが、その冠はバラでできています。聖母はしばしばバラの冠を被って来られます。聖母につき従っている天使たちも皆、冠を被っています。聖母か来られた時、全ての諸聖人と諸天使は喜びました。聖母は真の幸福をもたらし、この光の雲の上に立っておられます。聖母は帯の横からロザリオを取られました。それには磔刑像がついています。聖母はイエズスの聖心に接吻なさり、次に磔刑像に接吻なさいました。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

聖母:
 わが祝福されし息子、わが甘美なる神的愛の天使、わが愛のリトル・ペブル、そして今ここにいる、世界中にいる全てのわが甘美なる子供たちよ。私は今日、多くの恩寵をわが甘美なる子らにもたらすために来ました。なぜなら、今この時において、彼らの必要は大いなるものであるからです。なぜなら、多くの者が重い荷、彼らに与えられた十字架の下に苦しんでいるからです。しかし、幾つかの場合においては、彼らはこれらの重荷を人生における重荷とすることを受け入れています。わが甘美なる子らよ、私はわが汚れなき御心の香りをもって、あなたがたを元気づけるために、私と共に狭き道に踏みとどまるよう励ますために来ました。わが甘美なる子供たちよ、しばしばそれは困難であるということを私は知っています。しかし、誘惑に負けてはいけません。負けないように、さもないと邪悪なるものがあなたの領域に侵入して来るでしょうから。
 今しっかりと立ちなさい、わが甘美なる子らよ。ローマにいる私たちの教皇と、まもなく聖にして母なる公教会の「統治権」を引き継ぐ、わが愛のリトル・ペブルに忠実であり続けなさい。邪悪なるものによって迫害されているわがボイス・ボックスたちのために祈りなさい。なぜなら、邪悪なるものはわが声をかき消してしまうことを欲しているからです。しっかりしていなさい、わが甘美なる子らよ、祈りに忠実でありなさい。祈りなさい、わが至聖なるロザリオを、今あなたがたの全ての心をもって。なぜなら、時は短いからです。あなたがたの家族に準備させなさい。私があなたがたに求めてきた全てのことをなしなさい。そうすればあなたがたは救われるてしょう。来たるべき新しい世界のためのみならず、あなたがたが今住んでいるこの世界においても。
 世界は今、まさに闇の中にあり、ただ光のかすかなきらめきだけが世界の中に輝いています。少数の者の心の中に。彼らは世界に懲罰が降るのを押し止めている数少ない者たちです。それゆえ熱心に祈りと犠牲を続けなさい。少なくともわずかながらでも、あなたがたと私がわが神なる息子イエズスをお慰めすることができるように。私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる子供たちよ。私は確かな避難所として、わが汚れなき御心をあなたがたに与えます。あなたがたを強めるために、あなたがたから戦士を作り出すために。なぜなら、わが甘美なる子供たちよ、戦いはまだ始まったばかりだからです。あなたがたの多くは、戦いはほとんど終わりに近づいていると信じています。違うのです、わが甘美なる子らよ、この過去数年間のうちにあなたがたが直面してきた困難は、神があなたがたに与えた準備訓練にすぎないのです。来たるべき善と悪の、より大いなる戦いに向けて、あなたがたを強めるために。神があなたがたに求めておられる完徳にあなたがたが到達すれば、善と悪との、良いカトリックと悪いカトリックとの、わが神なる息子に従う者たちと反キリストに従う者たちとの、より大いなる恐るべき戦いが来るでしょう。多くの子らが、この時期において死ぬでしょう、甘美なる子らよ。彼らはその命をわが神なる息子のために差し出すでしょう。古い教会の灰の中から生まれてくるであろう新しい教会を養うため、血のうちに彼らの殉教を捧げるために。私たちが、私たちの愛のリトル・ペブルを新しいアブラハムとして、新しいキリストの代理者として選んだのはこのためなのです。彼が教会と世界を統治し、私たちの全ての子らを、まもなく彼らに降りかかるであろう大いなる迫害の間、安全に導くために。
 ですから準備していなさい。わが言葉を読みなさい、何度も何度も。聖なる書を読みなさい。私があなたがたに語ってきた全てのことを、そこに見出すことができるでしょう。なぜなら時の時は今だからです。私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる子供たちよ、そして、わが汚れなき御心からあなたがたを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 今、聖母はとても近くまで滑って来られました。聖母は私からほんの1メートルほどの所におられ、私に右手をお見せになっています。聖母が持っておられた三つのバラは、聖ガブリエルに与えられました。それは非常に美しい。聖母は私にお手をお見せになっていますが、一本の指に(右手の人差し指)指輪が見えます。指輪には美しい赤いルビーがはめ込まれています。

聖母: わが愛する息子よ、今日私は、今宵あなたの側に呼び寄せたわが娘ベッティーナに話したいと思います。ベッティーナ、わが汚れなき御心の親愛なる娘よ、左手を出しなさい、かわいい子よ、さあ。(ベッティーナは左手を聖母の方へあげる)

リトル・ペブル: 聖母は今、右手から指輪をお外しになって、それをベッティーナの左手の人差し指に通されました。聖母はかがまれて指輪に接吻なさり、ベッティーナの頭に接吻なさいました。

聖母:
 わが最も親愛なる娘よ、今宵、私はわが汚れなき御心からあなたに一つの指輪を与えました。この指輪は、神の御旨への信仰と信頼を示すものです。それは準秘蹟なのです、わが愛する子よ。この指輪をあなたに与える理由は、あなたを強めるためです。なぜなら私はあなたに、あなたの夫のための三位一体の神の御計画を理解して欲しいからです。多くのことが彼に求められるでしょう。私はあなたに対して、神の御計画に信仰と信頼を持つように求めます。勇気を決して失わないように、決して信仰と希望を失わないように。なぜなら、あなたはいつも彼の側にいるからです。しかし、永遠の御父は、わが聖なる子、われらが愛のリトル・ペブルのために大いなる御計画を持っておられます。新しい世代をもたらすために、世界に訪れようとしている「新しい時代」のために形成されるであろう新しい諸民族を。
 私の汚れなき御心へのあなたの子供のような信仰と信頼が、あなたをこの地点にまで導いたのです。なぜなら私を喜ばせるのはこの信仰だからです。常にあなたの夫を護りなさい。そして彼の側に留まりなさい。そして永遠の御父の御旨と御計画に信頼しなさい。多くの美しい恩寵があなたのためにとっておかれています、わが愛する子、わが汚れなき御心のベッティーナ・マリアよ。まもなく、あなたは私を見て、今私があなたに語ったこと全てを理解するでしょう。私はあなたを愛しています、わが汚れなき御心の愛する娘よ。神があなたに与えられた道と同じ道に呼ばれているあなたの姉妹に対する模範となりなさい。彼女らのために祈りなさい。十字架の三人のマリアたちは、十字架とわが汚れなき御心を証しなければなりません。これらの三つのバラは、わが汚れなき御心から、あなたとあなたの姉妹のためにもたらされたものです。愛する子よ、私はわが汚れなき御心をもってあなたを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。平安のうちに留まりなさい、愛する子よ、なぜなら私はいつもあなたと共にいるからです。そして、わが汚れなき御心は、常にあなたの避難所にして力となるでしょう。平安があなたと共にあるように。

リトル・ペブル: 聖母は今、主の側に戻られ、もう一度、主の至聖なる聖心に接吻なさいます。

聖母:
 わが甘美なる子供たちよ、あなたがたの祈りを続けなさい。なぜなら、あなたがたの祈りが、聖にして母なる公教会のため、この時において大いに苦しんでいるローマのわが教皇のために、真に緊急に今、必要だからです。わが甘美なる子供たちよ、私はあなたがたを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。では祈りを続けなさい。私はわが小さき息子と個人的に話したいと思いますから。

(祈りが続けられる)

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尊者アンナ・カタリナ・エンメリックの聖書に関する啓示からの抜枠
キリストの生涯、第一巻、フレスノ:Apostolate of Christian Action,
1914年版、ページ22&79
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 天使たちのうちに、私は聖体顕示台のようなものがあるのに気づきました。そこに皆が働いていました。それは塔のような形で、諸々の神秘的な浮き彫りが施してありました。その側に、両側に二人の人がいて、二人は手をつないでそれを抱きかかえていました。各瞬間ごとにそれは大きくなり、より堂々たるものになりました。私は何かが神から天使の諸階級を通って聖体顕示台の中に達するのを見ました。それは輝く聖なるものであり、聖体顕示台に近づくにつれてその形はより明らかになりました。私には、それはかつてアダムに与えられた清い子孫のための神的祝福の種であると思われました。それはアダムがエワの言うことに耳を傾け、禁じられた果実を食べることに同意しようとしていた時に、彼から取り去られました。それは再びアブラハムに与えられた祝福であり、ヤコブから取り去られ、モーゼによって契約の櫃の中に保存され、ついにはマリアの父ヨアキムによって受け取られたものです。眠っているアダムの脇腹からの誕生において、エワがそうであったように、マリアがその御宿りにおいて、清く汚れなき者であるために。聖体顕示台もまた塔の中へ入っていきました。
 天使はアブラハムと語り、アブラハムは神秘的な祝福を、天から聖なるものを受け取りました。彼は着物を開けてそれを彼の胸の上に横たえました。これは旧約の秘蹟であると私は知らされました。アブラハムは、まだそれが何を含んでいるか知っていませんでした。それは彼には隠されていました。ちょうど私たちにとって、最も聖なる秘蹟の本質が隠されているのと同じように。しかし、それは彼に聖なるものとして約束された子孫の保証として与えられました。天使は祝されし乙女に救世主の受胎を告知した天使と全く同様の方でした。彼もまた、その任務の遂行において、ガブリエルと同じく優しく静かであり、同じような状況で私の見た他の天使たちのように、急いだり、すばやくしているということはありませんでした。アブラハムは常に神秘的な賜物を携えていたのだと私は思います。天使は彼に、彼の前で生贄を捧げることになっているメルキセデクについて語りました。その生贄は救世主の到来の後、全うされ、永遠に続くであろうと。
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 以下に示すのは、リトル・ペブルが新しいアブラハムとなること、および聖なるものを受け取ることについての、イエズスとマリアによる、他の幻視者を通じてなされた幾つかの言及です。

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1993年7月1日
シンガポールの「ホワイト・ローズ」ヘの聖母のメッセージ
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 聖母と主は私に、7月3日の土曜日に、リトル・ペブルは聖なるものをアブラハムから受け取るであろうと言われました。なぜなら、彼は諸民族の父となるであろうからです。アブラハムがリトル・ペブルに与えるであろうものは、彼が新しい諸民族のための導きの光となるため、彼を強めるためのものです。聖霊はリトル・ペブルが聖なるものを受け取る時、それを見守り、非常に近くから彼を護るでしょう。起こされるであろう七つの民族は、聖霊の七つの賜物を表わすことになるでしょう。イエズスはリトル・ペブルは勇気を持ち、恐れてはならない、なぜなら平和の恩寵が彼に与えられており、彼はこの平和を他の人々ヘ伝えなければならない、そうすることによってサタンの業は打ち砕かれるのだから、とおっしゃいました。

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カナダの神秘家「ソーンブッシュ」に与えられたメッセージ。
1993年7月3日
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聖母:
 わが甘美なるリトル・ペブル、わが神的愛の天使の中に置かれた聖なるものは聖なる杖です。私は特別な祝福と愛の接吻を彼に贈ります。



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日本の□□ヘの聖母のメッセージ、1993年7月
親愛なるリトル・ペブルヘ
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聖母:
 父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。私はあなたたち□□、□□、□□に祝福を与えます。わが汚れなき御心であなたたちを抱きしめます。
 □□、わが愛する息子リトル・ペブルからの私への質問は、あなたたち全てと未来にとってとても大切です。私は天の聖なる元后として、あなたたちの母として、これら全ては真実であることを宣言します。□□、私は以前あなたにリトル・ペブルについて語りましたね。彼は教皇となり、新しい教会を建てるのだと。今もそのことに変わりはありません。彼は新しいペトロの聖なる座にすわり、私たちの主の御名によってペトロ2世として、新しい教会を建てるでしょう。初代教会の使徒たちのように、結婚している男性も司教や司祭に選ばれるでしょう。彼らは天の公正さを通して、愛するために生きるでしょう。彼らの多くは今は苦しみのうちにあります。けれども、神はすでに新しい教会を建て、多くの子供たちを選ぶ準備に入っています。□□、もし人々がこの公正さに同意しなくても、天によって語られた全ては正しいことをあなたに言っておきます。彼に従い、彼を信頼しなさい。それはあなたの必要とリトル・ペブルにとっても大切なことです。
 私はよく彼のことを第二のアブラハムと呼びます。それは彼が世の第二の父となり、子供たちの前に立つ王となるからです。彼はいつも天に忠実でしたし、これからもいつもそうでしょう。私たちは彼に、まだ5〜6の試練、偉大なるアブラハムに与えられたような試練を与え続けます。神はこのようにして私たちを試してこられました。彼の力量に応じて、私たちは彼を試し続けるでしょう。けれども、どんな状況でも、彼は昔のアブラハムのように、いつも私たちに誠実で、忠実でしょう。

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日本の□□に与えられたメッセージ、1993年4月
日本語から英訳された一部のもの
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主:
 われらは何よりも先にこのことの確認を続ける。わがいと愛する息子リトル・ペブルは第二のアブラハムと呼ばれるだろう。わが子供たちは何が起ころうとも、彼を信頼しなければならない。決して彼に疑いを抱いたり、否定したりしてはならない。私はお前の質問に答える前に、このことをはっきりさせておく。よく聞け、□□よ、リトル・ペブルは第二のアブラハム、第二のペトロ(最後の教皇)になるべくして天から選ばれた。彼の天への忠実さは、世の子供たちの中で最も忠実だった。これが私が彼を世と教会の王として選んだ理由である。
 すぐに世の全ての子供たちは死に、ほんの一握りの人類だけが残るだろう。そして、その一握りの者の内に、5つの氏族が見出され、その5氏族は12部族の一部となるだろう。12部族を結ぶのは一人の王 − リトル・ペブルだけである。

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日本の□□に聖母から与えられたメッセージ、
1993年7月5日
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聖母:
 リトル・ペブルが受けた聖なるものは、神とリトル・ペブルの間の約束、彼の新しい部族のための約束で、その部族は彼から生じ、世の人口を再び満たすのです。それは天がリトル・ペブルに王となり、全ての国の父となる「天国の鍵」を与えたからです。
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(上記のメッセージは「リトル・ペブル」と「ソーンブッシュ」によって1993年7月6日、確認された。これらのメッセージと同様なメッセージが多くの幻視者に与えられ詳細に述べられている)

 1996年4月13日に私は、ソーンブッシュを通して次の質問をしました。
「お母さま、あなたは3月25日のソーンブッシュへのメッセージで、12人のクイーンの名前をおっしゃいました。さて、あなたが彼女たちの名前を明らかにしたので、それは1996年6月10日において彼女らがそのことに留まっていることの保証ないなりますか?」
 私は次の返事を受け取りました。

聖母:
「私は我が『汚れなき御心のリトル・ペブル』に挨拶します。私はあなたに次のことに気がついてほしいと思います。もし天からの使命を与えられた甘美なる子が、彼らが進んでそれを行わないならば、そして私たちの聖なる諸徳を生きる努力をしないか、我が小さきアブラハムのようになる努力をしないならば、天から与えられた使命は保証されません。私は、これらの子供たちを聖なる徳と謙遜を通してテストするために、これらの名前を明らかにしました。あなたは、なぜ私があなたにとってとても深遠な何かについて後になって説明するかを理解するべきです」

1996年3月25日、聖母はソーンブッシュを通して、王家に関する次ことをお与えになりました。

聖母:
「特別な方法で私は我が小さき『白い岩』に挨拶し、歓迎します。リトル・ペブルは『小さきアブラハム』であるので、あなた(ソーンブッシュ)の神秘的浄配でもあります。彼の内には、来るべき世代をもたらす全ての種を運ぶ『聖なる輝くもの』が置かれました」

 再び、1995年12月8日に、ソーンブッシュを通しておっしゃいました。

聖母:
 私たちの『愛のリトル・ペブル、選ばれたアブラハム』、彼の内には聖霊の特別な恩寵と賜物があります。それは、世代から世代へと受け継がれてきたもので、かつて聖なる太祖アブラハムがこの特別な恩寵をもらいました。それはまたアダムに与えられたものでしたが、彼は誘惑され、不従順だったので、彼から取り去られたものです。しかしアブラハムはまことの信仰を証し、彼が彼のうちにもっていた測り知れない愛で、彼は『聖なる命の棒』をもってして、彼の妻サラ(その名は『プリンセス』を意味します)は多くの多くの子孫を産みました。それゆえ、また、私たちの愛する『アブラハム』はクイーンたち、プリンセスたち、バロネス(男爵夫人)たちを通してのこれらの子供たちを、これが神の御旨、我が息子イエズスの神的御旨のゆえに全てが完全な方法で遂行されるであろうと考えるでしょうが、これらの甘美なる子供たちは無謬ではないし、決して無謬にならないだろうことをいつも覚えておきなさい。
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 私が話したように、私が神の御計画を初めて知った時、私はこの役割に神が私を選んだその美しさと、神からの偉大な恩寵と、また大きな責任に、ただただ驚くばかりでした。私はこの信頼に値しない者ですが、神が私を選んでくださったことを受入れ、彼がお望みになるように彼のご計画を果たすために私の全力を尽くすでしょう。以下に新しい聖なる時代の最初の子供たち、1995年2月に私とベッティーナの間に生まれた双子の女の子と男の子のことを述べます。

 私たちにはすでに3人の子供たちがいました。、女の子レベッカ、男の子ラファエル、三番目の子は女の子でしたが、妊娠の初期に流産して、今は天国にいます。ベッティーナの4番目の妊娠は、新しい聖なる時代のダビド王家の最初の子供たちをもたらすものでした。これらの小さな二人のものたちは『聖なる種』からの子供たちで、これらの赤ちゃんたちは性行為なしで懐胎したと思われることは注記される必要があります。私たちの双子の子供の誕生によって、新しい聖なる時代への門戸は開きました。しかし、人間的な苦しみの代償は非常に高いものでした。人は、これらの小さな者たちの誕生をめぐる話が、大きな喜びと興奮の時であると思うかもしれません。しかし、この世に彼らが来る時、私は疲労困憊していました。赤ちゃんたちは2月24日から3月11日に臨月を迎えるはずでした。双子はしばしば2〜3週間はやく生まれ、ふつう体重が軽いものです。ベッティーナのケースでは、赤ちゃんたちはそれぞれ7ポンド12オンス(3.5kg)、7ポンド2オンス(3.2kg)で、彼女の子宮と腹部はとても多く拡大したので、彼女はプレッシャーから大きな苦痛に苦しんでいました。特に、赤ん坊が非常に活発で、常に動いていたので、ベッティーナは妊娠がわかったこの段階でほとんど耐えられませんでした。出産の期日の不確実性と彼女の腹部のサイズの増大によって、医師はどのように進むかについて気持ちがぐらついていました。

 私は聖母に何が起こるのかを尋ね、彼女は私に、ベッティーナは短い陣痛と、彼女の以前のお産より痛みは少ないだろうと、そして赤ちゃんたちは13日までに生まれるであろうことを告げました。その後すぐベッティーナに陣痛が始まって、赤ちゃんがその日に生まれるだろうと考えられたので、バッティーナは病院に入院しました。1月13日は過ぎ去り、私たちの赤ちゃんは生まれず、ベッティーナの陣痛はおさまり一週間が過ぎ、待機の時間が続きました。天が私にあることを話し、それが実現しなかったので、私は何が起こっていたかを理解するのに途方にくれていました。私は当惑したけれども、私は神を信頼し、すべてを彼の手にゆだねました。赤ちゃんの体重が増加し、彼らが激しく動き続けるのでベッティーナの痛みと不快さは増大していました。聖母は他の4人の幻視者に、私たちの赤ちゃんが1月13日に生まれるだろうと話されましたが、時は過ぎ、6週間後、私の妻と私はイライラし、疲れていました。ベッティーナはもっともっと苦しみ、私は、家で子供の世話をする試み、オフィスでの私の仕事、および病院への定期的な旅行でほとんど限界でした。夫にとって最もつらいことの一つは、妻が苦しむのを見、それを彼女から取り去ることができないことを忍耐することです。このことが何よりももっと私を引き裂いていました。この6週間の間、私はカナダの神秘家ソーンブッシュと定期的に連絡を取り合っていました。彼女もまた私たちの苦しみと一致して非常に苦しんでいました。ソーンブッシュは過去3年にわたって毎日2回聖母に会っていましたが、2月13日から説明されない理由によって聖母が彼女に現れることが止まっていました。その時から聖母は私に、ソーンブッシュとブレ神父への指示を与えていました。聖母は、最初に聖ベルナデッタがソーンブッシュに現れるでしょう、そしてそれからソーンブッシュはベッティーナの全ての陣痛の痛みを体験するでしょう、そして彼女の陣痛から出産の間、ソーンブッシュはベッティーナのそばにいるでしょう、とおっしゃいました。すべては謎に包まれていました。なぜなら、私は聖母を毎日見、彼女に質問でき、私は常に他の神秘家の助けを求め、ソーンブッシュは私のために個人的な質問を聖母にしばしば尋ね、聖母は彼らに答えるのに十分に親切だったからです。私は常に、他の幻視者を通して確認と保証を求めるという予防手段を用いてきました。この全てが導くところに、私は何の見当も持てませんでした。

 私たちは次に出産日として2月11日のルルドの聖母に祝日、13日の償いの日を予期しましたが、彼らの誕生のきざしは何もありませんでした。2月20日に私はニュージーランドの幻視者『リトル・ワン』から、ベッティーナの陣痛は困難なものになるであろうと聖母が明らかにしたというメッセージをファックスで受け取りました。次の日、2月21日火曜日、私はクレア・フォーリーというシドニーの神秘家から電話を受けました。彼女はビジョンの中で、私がイエズス様、マリア様、ヨゼフ様とともに彼女に現れたと言いました。彼女は、私が大変悲しんでいて、ベッティーナのために祈りを嘆願していたと言いました。また、陣痛の間、何か困難なことが起ころうしていることを心配していると言いました。さらなるメッセージ、ソーンブッシュの守護の天使、聖ティモテは、誕生には困難があるだろうと、私にアドバイスしました。私はこの全ての知らせに大変なやまされました。しかし、ベッティーナにはその啓示を話さないようにつとめました。次の日、22日、すべては頂点に達しました。ベッティーナの担当医は、双子を出産させることに決めました。私のあわれな妻はすでに限界に達していました。出産誘発の後、ベッティーナは初め間欠的に陣痛が始まり、正午には5分ごとに陣痛がきました。午後3時にベッティーナの陣痛は落ち着きましたが、とても多くの陣痛に苦しんだので、彼女は疲れ果てていました。私は、彼女のそのような苦しみを見、何もしてあげられないことで、ほとんど我をわすれていました。午後5時、彼女は極端な苦痛にいて、私はもうそれを我慢することができませんでした。私の心において、天は何をなさっているのだろうと不思議に思っていました。すべてはめちゃくちゃであり、天が約束なさったことは何も実現せず、目の前にはすべてのこの苦痛を通り抜けているベッティーナがいました。私は困惑した状態で、ベッティーナに、彼女が、赤ん坊を外に出し、苦痛を和らげるために帝王切開をしたいかどうかを尋ねました。ベッティーナは私に、聖母が以前、帝王切開や、痛みをやわらげるための硬膜外の麻酔を必要としないでしょうとおっしゃったことを思いださせました。私はベッティーナに、すまないと言いましたが、天が私に彼女の短い陣痛と少ない痛みという約束をしたことは、私をたいへん混乱させ、いまだに私が見ているものは私を押しつぶしていました。

 私は一度、天によってローマに行かせられて、とても多くの不明瞭な指示を与えられ、何もうまくいくように思われず、とても憤慨し、ほとんど荷物をまとめてオーストラリアの家に帰宅したことを思い出しました。私は、天が後でその目的を説明したことを覚えています。違う状況において同じ事が再び起こっていたけれども、それはまだ私のための大きな試練でした。私は、ベッティーナを助けることだけしか考えられず、医者を探しに行きました。私はどこでも探しました。私は、彼がそうであるかもしれないと思い、彼の相談室に行くために病院をあとにしましたが、彼を見つけることができませんでした。私はこの時までには非常に取り乱していました。急いで病院に引き返し、午後5:45に着きました。私が到着した時に、医師も到着しました。彼は私に、最初の赤ん坊が誕生しかかっていたので、看護婦が私を捜していたと言いました。私が分娩室に急いで行った時、私は、そこで待っている聖母とソーンブッシュを見ました。午後6:03でした。最初の赤ちゃん、ブリジディンと名づけた小さな女の子が生まれました。彼女の誕生の直後、2番目の子、私たちの息子ダニエルは、はじめ頭は同じ方向を向いていたのですが、ブリジディンの出産とともに突然完全に回転し、逆子の方向になってしまいました。医師や看護婦たちは赤ちゃんの位置を直すことができなくて、ベッティーナは大いに苦しみました。さらに2時間が過ぎ、赤ちゃんは前より横の、または横向きに回転しました。医師は、ベッティーナが大量に出血し、卒倒しかかっていたことについて非常に心配しました。彼は彼女がこれ以上のショックに耐えられないだろうと考え、もう待てないと決断し、午後8:30に帝王切開を行いました。全てが終わったあと、赤ちゃんたちはよい状態にありましたが、ベッティーナは非常に病気で、消耗しきった若い女性であり、私自身は壊れた男性のようでした。私は起こったすべてのことで当惑し、困り果てていましたが、これらの子供たちの誕生にまつわる多くの質問に対する回答には全くなっていませんでした。このことは時が来れば明らかにされるでしょう。

 今、私は神の愛情深いあわれみと完全な上智に感謝するのみです。神の方法は私たちの方法ではありません。彼は、彼の手のひらのうちに私たちすべてを支配しておられ、彼は出来事の最高の設計者です。私達は彼の目的を知らなく、時々、私達は、彼が何をなさるかを理解しようとしすぎます。それは必要ではなく、神は彼の目的を知っており、それで十分なのです。私は私たちとともに苦しんでくれた親愛なる友人たちの多くの祈りを忘れず、永遠に彼らの激励とサポートを感謝しています。私は後に、シドニーのクレア・フォーリーもまた、ベッティーナの出産と痛みの苦しみにともにいたことを知りました。私が言ったように、この並はずれた出来事について、多くはこれから明らかになりますが、私は、この重大な出来事を幸いな結果にするのに役立った関係者すべての上に神の祝福を祈ります。私は出産の後日、ソーンブッシュから次のメッセージを受け取りました。それは双子の出産の日に彼女が立ち会ったことを述べています。

ソーンブッシュ:
 私たちが就寝した後、頭痛がひどくなり、非常に痛みました。私はこれをベッティーナ、リトル・ペブル、ブレ神父、マザー・アストリッドのために捧げました。いばらの冠の痛みはより強烈になっていました。30分後、午前1:00ころ、私はベッドの中にいましたが、聖メノロウティスとリトル・ペブルが来ました。リトル・ペブルは大変困惑し、不安で、心配しているように見えましたが、平和が彼を取り囲んでいることを感じました。私は『印』を見ました。リトル・ペブルはちょうど私を見、彼のロザリオを抱かせました。それから、彼は言いました。

リトル・ペブル:
 ベッティーナは非常に悲しみ、苦しんでいます。私は心配しています。

ソーンブッシュ:
 それから、彼は聖ティモテに、私をベッティーナの陣痛と出産の間、彼女と一緒にいることができるか尋ねました。リトル・ペブルは言いました。

リトル・ペブル:
 聖ティモテ、私たちは今、ソーンブッシュが必要です!

ソーンブッシュ:
 聖ティモテは彼の翼で私を包みました。そして聖メノロウティスは彼の翼でリトル・ペブルを包みました。私はリトル・ペブルのロザリオを握り、彼の出血している額に接吻しました。彼の全ての傷は開いていました。それからベッティーナのまわりに多くの多くの天使たちがいて、祈っているのを見ました。聖母は見えませんでしたが、常にバラの香りがするので、彼女がおられることがわかりました。私はベッティーナと一緒にいました。それは非常に強く、非常に特別な経験でした。私はベッティーナが苦しんでいるのを見ました。そして彼女はそのすべてを通り抜けました。私は、一人の人がそんなに多く苦しむことができたことが非常に難しく、信じがたいとわかりました。私は継続的に彼女と一致し、祈り、祈り、祈りました。ある時、私は悪魔がベッティーナを攻撃するのを見ました。その時、私は強力な青いロザリオをベッティーナに置きました。悪魔は非常に怖がり、退いたけれども、消えませんでした。ベッティーナの上に上から来る多くの光とともに白い教会を見、それは彼女とリトル・ペブルの上に降りてきました。バイロケーションでブロサード神父とブレ神父が来て、ベッティーナに祝福を与え+、消えました。このことは子供たちがそれぞれ生まれる直前に起こりました。ブリジディンの誕生の前、聖メンデラリウスとともにマザー・アストリッドが来ました(聖ラファエルは常におられ、聖ガブリエルと聖ミカエルもまたおられました)。彼女は白、赤っぽい金色、、ピのバラをベッティーナの腹部におきました。マザー・アストリッドは彼女の額に接吻し、彼女の守護の天使とともに消えました。このずっと後、私はリトル・ペブルが邪悪な者から精神的な、そして肉体的にも攻撃を受けているのを見ました。アッシジの聖フランシスコはいつも彼と一緒にいて、私はまだバラの香りを感じることができました。天使が美しい光の玉の中に入るのを見ました。そして天使はベッティーナの中に入り、赤ちゃんのまわりを美しい白い光がまわり、この後赤ちゃんは生まれました。サタンは非常に激怒するように見え、憎悪の炎をもってベッティーナを見ているようでした。聖ミカエルが常にいたので、天使たちは彼をベッティーナのそばに近づけませんでした。悪魔からの多くの矢が、ベッティーナとリトル・ペブルに向かって放たれました。リトル・ペブルはしばらくの間離れるのが見えました。彼はとても幸福には見えませんでした。私は聖フィロメナに何かしてくださるように祈りました。それはすべて静かでどの会話も聞こえなかったからです。そして私は祈りました。ベッティーナの声だけが聞こえ、私は彼女と共に留まりました。しばらくして、私は、彼女が手術の準備をしていたとわかり、私は、メッセージにおいて言われたことのため非常に驚きました。私には理解できませんでしたが、祈り、すべて天の御手に信頼しました。私はベッティーナとともにおり、彼女がどこにいてもついていきました。そして天使(別の方ですが)再び彼女の中に入っていき、そしてダニエルが生まれました。私はずっとベッティーナの手を握っていました。彼女はまた非常に疲れていて、すり減っているようでした。しかし、彼女のまわりに美しい光がありました。帝王切開の間、私はリトル・ペブルが白い教会の中の十字架上にいるのが見えました。ベッティーナに多くの白い光線が注ぎ、彼女はもっともっと光で満たされました。私もまたこの光の中でリトル・ペブルの下に十字架につけられ、ベッティーナが手術準備室に戻るまでそこに留まりました。その後、私は聖霊が白い鳩と、白い炎の玉の姿で見えました。彼は多くの美しい光線を放ちながら二つの十字架を通り、白い教会を通り、ベッティーナの中に行きました。赤ちゃんのダニエルが誕生したとき、天使の光はまだ彼を取り囲んでいました。ベッティーナが彼女の部屋に連れて行かれた時、私はしばらく彼女と共にいて、祈りました。私は二人の赤ちゃんにキスし、天に感謝しました。そしてベッティーナの額にキスし、聖ティモテとともに去りました。私はベッティーナに青いのロザリオを残しました。

 聖ティモテは私を償いの共同体の全御出現聖堂に連れてきました。そこで残りの夜と早朝までご聖体の前で祈りました。どこにおいてもバラの香りを感じましたが、聖母は見えませんでした。リトル・ペブルもまたチャペルにいましたが、ほんのちょっとの間だけでした。彼の目から涙が流れるのを見ました。それから私は祈り続け、聖ティモテは私を共同体に連れ戻りました。……
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 私(リトル・ペブル)が聖堂にいた時、ビジョンのうちにで私たちの主が来られました。ベッティーナと赤ん坊が落ち着くのを見た後、私は病院から家に着きました。彼は私に慰めと励ましのメッセージを伝えました。それが多くのことを説明しているので、私は私のビジョンとともにそれをここに挿入します。

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 私は今、ご聖体の上に、私の教皇としての未来の役割の旗を見ています。私の守護の天使たちと聖フランシスコ、聖ミカエル、聖センティミンタリウス、聖センティリウス、聖ロザリウス、聖ティモテが見えます。旗の十字架が白になり、聖霊は生き生きとしておられます。ご聖体は聖櫃を離れ、聖霊と一致します。聖霊は高く移動され、白い十字架が開くのが見えます。イエズス様とマリア様が十字架を通ってこられます。彼らは私に挨拶し、祝福されます。主は巻物を聖ティモテに渡されます。聖ティモテは私の方に来られ、巻物を渡されます。主は私に挨拶され、今夜、彼は質問に答えるとおっしゃいます。彼は偉大な勝利がおこったとおっしゃいます。私は「戦う教会」を導き、私が頭である神秘的教会を安全に嵐の中を通り抜けた、そのことを彼はとても喜んでいるとおっしゃいます。イエズスは私が今、書き始めたとおっしゃいました。イエズスは彼の聖心と聖母の御心をとりました。聖霊が二つのみ心の上にうかんでいます。聖ティモテが私に与えた巻物は二つのみ心に戻され、開かれます。聖霊は何かのパワーまたは光を巻物の中におき、それを私の霊魂の中にいれます。それは書いているように、私の頭に残っています。今、イエズスが話されます。
主:
 私の言うことを聞きなさい、我が純粋な「白い岩」、真理の「天的な石」よ。私は、それがどれほどあなたと、私たちの貴重な花、エーデルワイスとソーンブッシュにとって困難であったかを知り、よく理解している。これらの時は、ゲッセマニの園と、カルワリオの小さな再現であった。親愛なる息子よ、すべてはそうであるべきだったのに、そうではなく、十分に理解されないように見える。しかし甘美なる息子よ、それはそこにいた単なる人間の感情や人間的理解に関するものではなく、それは天と地の間の、新しい世界と古い世界の間の、人間の肉と精神的な世界との間の戦いであった。多くのことがかかっており、あなたとベッティーナ、ソーンブッシュと「小さきヨハネ」、「バーニングブッシュ」と「小さきバルトロメオ」、我がプリンセスたちと選ばれた子供たちが、この戦いのすべてを構成していた。いまだ誘惑は大きく、時々、弱さは示されて、理解しようとすることは困難であるが。我が神的計画において、あなたと我が貴重な子供たちは信仰と信頼において堅く留まった。勝利は天と、「地上の神秘的教会」のものであった。あなたと私たちの子供たちを落胆させるために、悪魔はすべてのことを試したが、成功しなかった。息子よ、私は今少しだけ説明し、後で私の清い母はより多くをソーンブッシュに説明するであろう。そしてあなたは教化されて、慰められ、強められる。犠牲を苦しむことを通して、そして来るべきすべての者たち父であるあなた、「新しいアブラハム」の聖なる種の最初の誕生を捧げることを通して、神秘的な方法のうちに「新しい時代」は今や開かれた。「新しい時代」は、人間がいまだ理解しないであろう、非常に特別な方法で開始された。新しい清められた教会は、その栄光のうちに誕生し、悪魔はこれほど強かった。喜びなさい、我が天の御父の祝された息子よ、あなたの名は永遠に祝されよ、父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。あなたたちの霊魂にどのように神が働くのかほとんど理解していないにもかかわらず、神の聖なる御旨を受け入れた我が「岩」と我が甘美なる「エーデルワイス」を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。我が御旨の栄光のために全てを捧げた我が神秘的浄配を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。全てを捧げた我が貴重な使徒たち、「小さきヨハネ」と「小さきバルトロメオ」を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。すべてを与えた我が貴重なバラ「バーニングブッシュ」を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。すべてを犠牲にした我がプリンセスたち、多くの大切な息子たち、娘たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。あなたたちすべてが、後に明らかにされるであろう非常に特別な方法で、栄光に満ちたキリストの再臨にあずかるであろうことを知ることになる。私はあなたたちすべてを祝福し、キスする。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。私は「新しい聖なる時代」のパラダイスの門を開けた双子の誕生と、続くダビドの王家を祝福し、あなたたちにキスする+++、あなたたちのイエズス、王の王にして救い主。

リトル・ペブル:
 聖母は微笑み、いくつかの特別なバラを彼女の汚れなき御心から取り出しました。それらにキスされ、私たちを祝福なさいます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。天使たちが私たちを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 聖ティモテは3本のバラをとり、去ります。彼は私に投げキスをします。私は彼に、ソーンブッシュにキスを与えるように頼みます。彼は、彼が私の天使たちととどまると言いました。
 聖霊はイエズスとマリア様の方へ戻り、彼らは聖櫃の中へ行かれます。天使たちは行かれ、聖フランシスコは私が質問に答えるまで残っています。
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 多くの人々は、神が一人の人間を、教会と世界にとってのあらゆるものとするために挙げられるという考えに驚いてしりごみするでしょう。しかし、イエズス様が「平和の統治」……そこにおいては罪のない全面的な平和の支配……を包含する聖霊の業を完成するためにおっしゃっていることには、神の計画における最終段階もなければならないのです。ほとんどの人々は、カトリック信徒でさえ、司祭職はその本質において預言者、祭司、王であるということを理解していません。司祭は、神の言葉を語るがゆえに預言者であり、秘跡において神の言葉を行うがゆえに祭司であり、人となった神であるイエズスの王権の系統の一部分であるがゆえに王なのです。
 それゆえ、時の終わりにおいて、これら三つの属性を満たす預言者を神がお立てになることは、神の計画だったのです。「小さな石」としての預言者、将来の教皇としての司祭、「小さきアブラハム」、神の民の指導者としての王を。









第四章 契約の預言者
 前の章において、王家についての導入と、彼の「リトル・アブラハム」である私との神の契約が明らかにされました。多くの人々は、この大いなる神の計画の美しさと、彼の子供たちに対する注目すべき善性とを見るでしょう。この主題は以下のページにおいて述べられるでしょう。
 私の霊的指導者ブロサード神父、聖シャーベル修道会の上長は、私にとって計り知れない支援となってきました。そして十年間にわたって私の友人、そしてアドバイザーであり続けています。彼はここナウラにおける聖母のミッションの主題について長文の手紙を書いてきました。そして私たちの会憲の形成を助けてきました。彼は、創立者、霊的指導者、そして預言者としての私の役割の説明と擁護の文章を生み出してきました。彼は、天からの私の使命について、世間一般を啓発し情報を与えるために以下の文章を1996年に書きました。ブロサード神父の手紙は広く流通され、良い心を持ち、神の意志を理解することを求めている人々にとって大いなる利益となりました。

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すべての使徒、弟子、神秘家、幻視者、プリンセス、神の民ヘ
「小さきバルトロメオ」(マルコム・ブロサード神父)
リトル・ペブルの聴罪司祭・霊的指導者 − No.512 1996年3月19日 −
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(主イエズス、聖マリア、聖トマス・アクイナス、聖バルトロメオ、聖イグナチオ・ロヨラらはブロサード神父に霊感を与え、この手紙を祝福された)

 リトル・ペブルは最近私に、神の民に「恩寵の預言者のライン」に関する手紙を書くよう頼んできました。私は、初めて、このような公の手紙を書きます。この主題は神学的正確さを必要とします。私は神学者ではありません。私よりうまくこのことを表することができる人がいることも知っています。けれども、私は1987年以後、わかってきたことを説明してみようと思います。
 この長い手紙は5部に分かれます。私が「勝手なことを言っている」ように聞こえるかもしれません。しかし、今やカトリック信者は、信仰と教えを充分に知っているとは思われません。長い間、私的啓示に関して無知のままでいます。更に悪いことに、まだある種の「懐疑説」が聖母出現に対して向けられています。多くの人は聖母のメッセージを理解しようとすることは、「(聖職者以外の)他のラインはあり得ない」とか、「幻視者や出現に関わるのは危険だ」と考えて、それを無視しています。しかし、この問題に近づくより良い方法はあるのです。この手紙で、出現やメッセージやリトル・ペブルに関する、よりよい情報と理解を得ていただければ幸いです。この手紙が皆様のお役に立つことを望んでいます。内容は以下の主題に分かれています。
第1部: カリスマの識別
第2部: リトル・べブルの信仰の従順
第3部: リトル・べブルによる三重の契約
第4部: 恩寵と権威のライン
第5部: 結論

 第1部は、教会に於ける「カリスマの識別」に関してです。教皇ヨハネ・パウロ2世は、識別の基準を与えられます。第2部は、識別の基準に照らして、信仰の従順を説明します。第2部は、最も重要な箇所です。リトル・ペブルに関する、教会の権威についての信仰と道徳の基本的原則を述べます。リトル・ペブルのミッションの、カトリック的性格を把握することは重要です。たくさんの神学的見地があるので、非常に長いものとなります。リトル・ペブルに託されたミッションが異端でないことは、ここで明らかにされます。第3部は、神がリトル・べブルにおいて行われた「三重の契約」を扱います。これは神が「小さきアブラハム」に与えた特別な神秘です。第4部は「恩寵と権威」の「ライン」を扱います。それは教会権威に関する、リトル・ペブルのミッションのカトリック的性格を述べます。第5部で、リトル・ペブルとソーンブッシュのミッションに関するメッセージを扱います。最後に教会の調査の必要性を指摘します。
 リトル・ペブルは、聖シャーベル修道会の創立者です。彼は主と聖母によって、この新しい修道会を形作るように指示されました。聖シャーべル修道会は「奉献生活」(教会法605)の「新しい形態」です。また、彼は神によって、聖母の十二使徒の一人として、終末のために指名されました。彼は「小さきペトロ」とされていて、聖母の全ての使徒の頭です。また、彼は神からヨハネ・パウロ2世に続く、キリストの将来の代理者ペトロ2世であると知らされました。更に、聖母は彼を「小さきアブラハム」と名づけて、契約の預言者としました。神がリトル・ペブルにおいて交わしているこの契約がそれです。それは「繁栄」の契約です。それは新しい部族と新しい構造の教会と、イエズスの再臨後、存在する国に関わります。主と聖母は、過去2〜3年に、この主題について多くを語られました。リトル・ペブルとソーンブッシュの二人の幻視者のメッセージで、この主題が語られています。メッセージNo.509(1996年2月13日)の中に多くの詳細があります。第3部で、このいくつかを説明します。
 リトル・ペブルは、ソーンブッシュとして知られているカナダの預言者と共に働いています。ソーンブッシュは、聖ルイ・マリ・ド・モンフォールと汚れなき御心修道会の、公の幻視者であり会員です。この修道会も「新しい聖なる生活」(教会法605)の一形態です。この修道会の創立者は、イブ・マリ・ブレ神父です。ブレ神父は、神によって、聖母の十二使徒の一人に指名されています。彼は「小さきヨハネ」とされています。この修道会は、ラブニール(カナダのケベック州)に位置します。またブレ神父は、ソーンブッシュの霊的指導者です。ブレ神父は、リトル・ペブルと協力して働いています。聖母は、この二つの修道会を、教会のための二つ「柱」と呼ばれました。この二人の幻視者が受けたメッセージは、相互に確認されています。
 「三重の契約」に言及する前に、教会の「カリスマ」の識別と正統性の基準に関して、教導権の果たす役割を理解することが必要です。教会の聖なる教導権が教えている、聖なる信仰や道徳に反することは、何もこの手紙にはありません。また、私的啓示の形で、多くの預言的事柄が、リトル・ぺブルや他の幻視者、特にソーンブッシュに与えられています。これらのメッセージは、この時代の重要な神秘に関わっています。これは世界中の多くの幻視者と神秘家に起こっています。教会法に従って、教会はこの問題に決定的な判断を決して宣言していません。

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第1部:教会に於けるカリスマ識別の基準
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【 カリスマの役割 】

 教会の「カリスマ」(特に預言の賜物)の問題は非常に重要です。多くの教皇書簡があります。1992年6月24日の一般謁見で、ヨハネ・パウロ2世は、素晴らしい講話をなさいました。「教会の神秘」についての第36の説話で、カリスマについて話されています。
ヨハネ・パウロ2世: 「聖霊が神の民を聖化し、導き、聖徳で豊かにするのは、教会の秘蹟と聖職を通してだけではありません。聖霊の望みのままに賜物を配分し(参照1コリント12:11)、信徒の各階級にも特別な賜物を配分されます。それらの賜物によって、教会の建設と刷新のための、様々な仕事と作業を行う備えをさせます。(回勅「世の光」N12)。これは第二バチカン公会議の教えです」(オッセルバトーレ・ロマーノN.26、1992年7月1日)

教皇は更に、聖霊が自由にその賜物を管理するという事実を説明します。
ヨハネ・パウロ2世: 「教会の発展は、聖職位階と秘蹟だけによるのではなく、位階制の外に働く聖霊の、自由で予測できない賜物によっても進められます。この特別な賜物によって、教会の司祭職が、聖霊により共同体の普遍的な自由をもって導かれることは明白です。(聖霊の望みのままに、1コリント12:11) それはしばしば驚くべきことです」(オッセルバトーレ・ロマーノN.26、1992年7月1日)

【 カリスマの正統性 】

 カリスマの正統性の識別は、教会の権威に託されます。正しく聖母のメッセージと、それに従う方法に関して、権威の教えを理解することが非常に重要です。聖母は多くのメッセージによって、子供たちを分裂させることはありません。彼女の神なる浄配(聖霊)は、刷新と和解の生ける法則です。聖霊はリトル・ペブルに語るのと逆のことを教会位階に吹き込むことはできません。「三重の真理」や教会の聖なる教導権と矛盾する「第二の」教導権などというものはありません。短期的に − いろいろな預言者の要素のため − 表面は矛盾して見えることがあるかもしれませんが、それは見かけだけで、実際に矛盾はありません。神は嘘をつかれることはないからです。教皇は、全教会に非常に実際的な勧告を与えられました。
ヨハネ・パウロ2世: 「カリスマ、特に異常なカリスマの場合、識別を必要とする点に留意する必要があります。この識別は、真実と知恵に沿って、知性を導く聖霊によって与えられます。全教会はキリストによって教会権威の指導の下に置かれました。教会権威は、カリスマの価値と正統性を判断する責任があります。公会議は、使徒的働きの果実である異常な賜物を性急に求めたり、当然のものとして期待してはならないと述べています。教会の責任者か、その純粋さと適正な利用をするべきで、その霊を消すことなく、全てを試し、良きものを手にする必要があります」(参照、1テサロニケ5:12、19-21、世の光12章)(オッセルバトーレ・ロマーノN.26、1992年7月1日)

 聖職者は、賜物の識別のために、どのような基準を使わなければならないでしょうか。教皇は、同じ一般謁見で、その基準を述べておられます。

(a)「イエズス・キリストの教会の信仰への同意」(参照1コリント12:3)聖霊の賜物は、同じ聖霊が全教会に吹き込んだ信仰に反することはありません。

(b)「聖霊の果実である愛、平和、喜びの存在(ガラテア5:22)、聖霊のあらゆる賜物は、その人自身に於て、また共同体のうちで、愛の成長を促します。そして喜びと平和を生み出します。」

(c)「教会権威との一致」とその指示の受容は、教会の牧者に対する柔和を示します。カリスマは、反逆や決裂を引き起こすことはできません。

(d)共同体の中の「カリスマの使用」は、全ては教会建設のためになされるべきです。(1コリント14:26参照) カリスマは共同体の生活、神との一致、兄弟的交わりの生活のために、建設的貢献をしなければなりません。聖パウロは強くこの規則を主張しています。(1コリント14:4-5,12,18-19,26-32)

 私はこの8年間、リトル・ぺブルの霊的指導者であり聴罪司祭です。私はリトル・ペブルが、上記の基準に該当するものであることを証しします。リトル・ペブルに対する公式の教会法的調査は、教会権威によってなされておりません。聖母はたびたびメッセージの中で、教会の公式調査を依頼しました。聖母は、司祭を通して恩寵のラインを認めていますが、更に特権の霊魂によって教会位階が教えられることも望んでおられます。聖母は、教会が世界中の幻視者と出現地を助けることを望んでおられます。それぞれの教区内で福音化を促進することは、司教の役割と使命です。聖母は、司教が託された使命を用いることを望んでおられます。

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第2部:信仰の従順
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【 基準(a)に関して:「イエズス・キリストの教会の信仰との一致」 】

 それでは重要な考察に入りましょう。メッセージのカトリック的性格とリトル・べブルの人格に関して、最終的な決定をするのは教会権威です。ミッション、メッセージ、リトル・ペブルの個人的生活に於て、信仰と道徳に反するものは何もないというのが私の考えです。他の全てのカトリック信徒と同様に、彼は教会の教導権のもとにあります。教会の教導権が、神から啓示された信ずべきこととして提示されたことに関して、彼は他の信徒と同じ義務と信仰を持っています。教導権は聖伝への忠実性と連続性のうちに教会を保証し、保護し、教え導く恩寵と権威です。カトリック教会のカテキズムは次のように教えています。
カトリック教会のカテキズム: 「書かれた形あるいは伝承の形であれ、神の言葉を正しく解釈する役割は、ただ教会の生ける教導職だけに委ねられています。この事項に於ける権威は、イエズス・キリストの御名に於て行使されます。このことは、解釈の役目は、ペトロの後継者であるローマの司教との一致のうちにある司教たちに委ねられているということを意味します。この教導権は、神の御言葉に優越するものではなく、その従僕です。それは、ただ手渡されてきたことを教えるのです。神の命令において、そして聖霊の助けによって、それはこのことに熱心に聞き従い、献身的にそれを護り、忠実にそれを説明するのです。神によって啓示された信ずべきこととして提示される全ては、この単一の信仰の遺産から導き出されます」(CCC,第85,86頁)

【 真理を調査する正当な自由の許容 】

 リトル・ペブルの個人的生活や御出現、メッセージの真実に関しては、世界中の司教たちや信徒の間に「普遍的な合意」が存在するわけではありません。なぜなら、教会の教導職が、決定的な判断をまだ下していないからです。始めは、その現地の権威がミッション、メッセージ、幻視者の個人的生活について調査する権能をもっています。これは通常、幻視者の住んでいる教区の司教です。地域ごとに、信仰の遺産の純粋性と完全性に関わる事柄を判断する権利を、教会法は司教に保証しています。しかし、更に、真理を調査するために正当な自由を許容してもいます。(教会法386,2)

教会法386条: 「教区司教は信徒に対して、信ずべきそして行動に適用されるべき信仰の真理について、教え説明しなければならない。彼は自分自身で頻繁に教えなければならない。彼はまた、キリスト教の教え全体が皆に伝えられるように、御言葉の奉仕に関する教会法の規定、とりわけ説教と教理教授に関する規定が忠実に遵守されるように取り計らわねぱならない。 (2)最も適切と思われるどのような手段によっても、彼は、信ずべき信仰の完全性と一致を、断固として擁護しなければならない。しかしながら、彼はまた、真実の更なる調査のために、正当な自由を認めなければならない。」(新教会法、1983年)

 教会法はまた、全てのカトリック信者に、名誉に対する権利を保証しています。(教会法220条)。更に、同じく教会法は、全てのカトリック信者に、教会法廷の場で自らを弁護し擁護する権利を与えています。リトル・ぺブルは、公正に適用された教会法に従って判断される権利をもっているのです。更に、教会法によらなければ、いかなるカトリック信者に対しても、いかなる教会法的懲罰も加えることができません。(教会法221条)

 権威が最終的に決定的な判断 − 教皇による確認 − を宣言するとき、リトル・ペブルおよび聖母のミッションとメッセージに従う全ての人々の名誉は回復されるでしょう。このことについては結論部で更にお話ししたいと思います。

【 信仰の従順 】

 以上を述べた上で、この基準(a)に関わる最も重要な要素について述べます。すなわち、リトル・ペブル自身の「信仰の従順」です。教会の歴史に於いては、聖なる男性たちや女性たちが重要な刷新と和解の運動を、預言的な霊感や特殊なカリスマによって起こしてきました。教会は、例えばイエズスの聖心の信心を確立した聖マルガレット・マリア・アラコックのような、聖人たちの生涯とカリスマから多大な恩恵を受けてきました。もう一つの例は、福者ジュリアナに与えられたカリスマによるキリストの聖体の祝日の制定です。これらの内に、カトリック教義の理解の深まりを見ることができます。修道会や信心会の創立者に関する若千の例を挙げれば、聖ベネディクト、聖アウグスティヌス、聖フランシスコ、聖ドミニコ、アビラの聖テレジア、十字架の聖ヨハネ、聖アルフォンソ・リゴリオ、聖ルイ・マリー・ド・モンフォール、聖ヨハネ・ボスコ、聖オイゲン・デ・マゼノドー等は、新しい修道会の設立に於ける困難に打ち勝つために必要とされる、英雄的な信仰と堅忍を証ししています。聖アルフォンソはそれを見事に表現しています。
聖アルフォンソ・リゴリオ: 「神の偉大な仕事が、人間の支持に頼ったことがかつてあろうか? 見よ、聖フランシスコ、十字架の聖ヨハネ、聖テレジアの修道会創立が、いかなる人間的支持を得たというのか。……それ故、われわれは神により大いなる信頼を置かなければならない。仕事がより大いなるものであればある程、イエズス・キリストはそれらを無の中から、そして反対の渦中に於てすら創造なさるのである。それは、その仕事が人間の業ではなく神の業として敬われ尊重されるようになるためである。福音の説教ほど、人間的に欠乏した仕事がかつてあったであろうか。……喝采の最中で神の仕事が始まるのを、あなたはかつて見たことがあるか。」(レイ・マーメット、テオドール、「聖アルフォンソ・リゴリオ − 最も見捨てられた者たちのための疲れを知らぬ働き手」ニュー・シティー・プレス、ブルックリン、ニューヨーク、1989年pp.313-314,461)

【 神がお許しになる反対 】

 これらの聖なる男性および女性は、彼らが有していた神への真の信仰の故に、同輩に認められるということはめったにありませんでした。これらの人々は特別な恩寵と全教会の利益のカリスマによって、神から寵愛されてはいましたけれども、神が彼らに多くのことを求められたが故に、大いなる試練と信仰の試しを受けたということを歴史は証明しています。悲しむべきことに、試練の多くは聖職者からの反対でした。非常にしばしば、そのような反対は偏見や迫害の形をとりました。これら選ばれた人々は皆、神の御旨を遂行する望みに於て、大いなる「失望」を克服しなければならなかったのです。この「失望」はしばしば長い期間続きました。いくつかの例では、神の御計画の成就を目にすることなく、聖人は死んでいきました。

【 迫害と堅忍 − 真正性の確かな印 】

 堅忍の徳は、このような場合において真に輝き出ます。もし始めの霊感が神からのものでなかったとすれば − そして、それが神によってずっと保たれなかったとすれば − このような十字架を担うことに忠実であり続ける努力を維持することは、いかなる人間にとっても不可能だからです。聖寵の状態は、業が超自然的に功徳のあるものであるために、そして霊魂の聖性に於ける成長のために絶対に必要なものです。私は何年にも渡ってリトル・ペブルの聴罪司祭です。私は、彼が聖寵の状態を保つことに大いなる望みをもっているということを証言します。この個人的側面について更に多くのことを後に話しましょう。
 皆さんは真福八端に於ける主の御約束をご存知でしょう。「義に飢え渇く人は幸いである。彼らは満たされるであろう。……義のために迫害されてきた人は幸いである。天国は彼らのものである。……私のために人々があなたたちをののしり、迫害し、数々の中傷を言うとき、あなたたちは幸いである。喜べ、喜ベ、なぜなら、あなた方の天に於ける報いは大きいであろうから。あなた方より前の預言者たちも同じように迫害されたのである。」(マタイ5:6.10-12)
 真福に於ける主のこれらの御約束は、リトル・ぺブルにとって常に霊感の源であり続けてきました。第二に、多くの作用的聖寵や印の聖寵は、そのような人物が大いなる反対を堪え忍ぶために、絶対的に必要です。神が求められることを成し遂げるために、それらが必要であるということは言うまでもなく、これらの聖寵は彼の生活に於て明白であり、私はこの事実を証しします。このように「信仰の従順」は決定的な要素です。それが神の御旨を証しするからです。このようにして三位一体の神は、聖性や罪人の回心の実を通して、その人物に於ける御自身の現存と働きを正当化なさるのです。このことはとりわけ、その人物を十字架の道へと導く愛徳を通じて起こります。この点を理解することは非常に重要です。このことが理解されない限り、神がいかにリトル・ぺブルを「信仰の従順」を通して導いて来られたかを理解することはできないでしょう。カテキズムはこの現実を力説しています。
カトリック教会のカテキズム: 「信仰によって、人間は彼の知性と意志を完全に神に従属させます。全存在をもって人間は啓示する神に同意を与えます。聖書は、啓示の主である神に対する、この人間の反応を『信仰の従順』と呼んでいます」(CCC143項)

 教皇ヨハネ・パウロ2世は、アブラハムと聖母について語りつつ、この定義に更なる照明を当てておられます。
ヨハネ・パウロ2世: 「マリアの信仰はまた、アブラハムのそれと比較できます……アブラハムの信仰は、旧い契約の始まりをなしています。受胎告知に於けるマリアの信仰は、新しい契約を開始させました……巡礼の期間全体にわたるマリアの『信仰に於ける従順』は、アブラハムの信仰との驚くべき類似性を示すでしょう」(回勅「救い主の母」14項)

 そして聖下は、神を信じるとは何を意味するかということを、別の表現で定義しておられます。
ヨハネ・パウロ2世: 「信じるとは、神の裁きは測り知れず、その道は極め難い(ローマ11:33)ということを知り、謙遜に認めつつ、生ける神の言葉の真理へと『自分自身を委ねる』ことを意味します。いと高き者の永遠の御旨によって、いわば『極め難い道』と『測り難い神の裁き』のまさしく中心に立っているマリアは、神の御計画のうちに宣言されたこと全てを、全面的に進んで受け入れつつ、信仰のおぼろげな光のもとに自らをそれらに一致させるのです」(回勅「救い主の母」14項)

 カテキズムも神への信仰の根本的側面を説明しています。
カトリック教会のカテキズム: 「信仰は、第一に神に対する人間の人格的な支持です。同時に、そしてまた不可分的に、信仰は、神が啓示された全ての真理に対する自由な同意です。神への人格的支持、そして神の真理への同意として、キリスト教の信仰は、一般の人格に対する信用とは異なっています。神に自分自身を全く委ね、神の語られることを絶対的に信じることは、正しく良いことです。そのような信仰を、被造物に置くことは、不毛であり誤ったことです」(CCC150項)

 リトル・ペブルは、この同じ信仰のうちに堅忍しています。彼は「神の裁きは測り知れず、その道は極め難い」ということを知り、謙遜に認めつつ、生ける神の言棄の真理へと自分自身を委ねてきました。彼は、神が彼に命せられたことを、全て進んで全面的に受け入れつつ、信仰のおぼろげな光のうちに、神の御旨へと自らを一致させてきました。

【 信仰は確実である 】

 リトル・ペブルは、神が彼に啓示なさったことについて、信仰において確信しています。この確信は、神は嘘を仰せられないという事実に基づいています。更に神の聖性は神的属性であり、かくして神は信ずる者に豊に与えられる恩寵によって、被造物を完全なものになさいます。リトル・ペブルは、神から溢れるばかりの恩寵をいただいています。このことは彼の個人的生活に於て明白なことです。神は皆に見えるように、真の徳を光のように輝かせられます。主は次のように仰せられた時、そのことを的確に表現なさいました。「あなた方は世の光である。丘の上に建てられた町は隠れることができない。明りをつけてそれを桝の下に置く人はいない。彼らはそれを燭台の上に置き、そこからそれは家にいる皆を照らす。そのように、あなた方も人の前で光を輝かせよ。そうすれば人は、あなた方の良い行いを見て、天にましますあなた方の父を讃えるであろう」(マタイ5:14-16) このことはとりわけ、選ばれた霊魂のうちに更に明らかになっていく愛徳について当てはまります。この確信について、教会は次のように教えています。
カトリック教会のカテキズム: 「信仰は確実です。それはあらゆる人間的知識よりも確実です。なぜなら、それは嘘をつくことがおできにならない神の御言葉そのものに基づいているからです。確かに啓示された真理は、人間の理性と経験にとって不明瞭であるように見えることがありますが、『神の光か与える確実性は、自然的理性の光が与えるそれよりも偉大であり』『一万もの困難も、一つの疑いをも引き起こさない』のです」(CCC157項)

 これは、聖トマス・アクイナスの著作に言及しています。聖トマスは、幻視者が預言的メッセージによって受け取る確信について、更なる洞察を示しています。
聖トマス・アクイナス: 「預言の賜物に従って、神的啓示から得られる将来の出来事に関する知識は、神の予知が確実なものであるように、全く確実なものである。実に神は、原因における限りにおいて、将来の出来事を予知しておられるばかりではなく、それらの出来事を、それら自身においても、不可謬的に予知しておられるのである……そして将来の出来事に関する預言的知識も、全く確実に、何らかの仕方で人間に与えられるのである。そして、この確実性が、将来の出来事の偶発性に対立するものではないことは、神的予知がそれらに対立しないのと同様である」(対異教徒大全、第3巻第2部154章)

 聖トマスのこの教えは非常に重要です。それはリトル・ペブルや、彼のような幻視者たちが有する、預言的な恩寵の線を通じで受け取られた「完全な確信」を指摘しているからです。神は常に良き目的のために、霊魂の聖化のためにお働きになります。神は御旨が成し遂げられることを望まれ、聞かない耳に落ちることを望まれないからです。その結果、三位一体の神は、幻視者が御旨を成し遂げるために必要な恩寵を、必然的にお与えにならなければならないのです。このことはとりわけ表面的には不可能、非論理的、非合法的に見える何事かをなすように、幻視者に神が命令なさる時に当てはまります。「神の道は人の道とは異なる」のです。(イザヤ55:8)

【 神の命令 】

 さて、とても重要な所にきました。神の命令です。これらの神の賜物や約束は、特別な人物にだけ与えられます。神の民の歴史において、この特別な人々は、神によって神がその民となさろうとしておられた、あるいは更新しようとしておられた契約をもたらすために選び出されました。これはノアに始まり、アブラハム、モーゼと続く過去の諸世代において、神が立てられた先例です。これらの人々は、神に対する大いなる信抑を持っていました。この点について聖トマス・アクイナスは、神への従順に関して説明しています。神は「リトル・アブラハム」に、多くの困難なことをお求めになってこられました。多くの人々は、神がリトル・ペブルに命じられたことに対する、リトル・ペブルの従順に疑間を投げかけてきました。この重要な間題に関する聖トマスの答えは、リトル・ぺブルの信仰における従順の背後にある原理を明らかにしています。彼のアブラハムとの類似性は極めて顕著です。聖トマスは次のような疑問を提示します。

【 あらゆることにおいて神に従うべきか 】

聖トマス・アクイナス: 「神は、徳に反することをお命じになることはできない。なぜなら、徳と人間の意志の正しさは、主として神の意志との一致と、神の命令への従順のうちに存するからである − たとえそれが、徳の習慣的な態様に反するものであるとしても。それ故、彼の無垢の息子を殺すようにとのアブラハムに与えられた命令は、正義に反するものではない。なぜなら、神は生と死の主だからである。そしてエジブト人に属するものを奪うように、ユダヤ人たちに神が命せられたことは正義に反しない。なぜなら、全てのものは神のものだからであり、神はお望みになる者に対してそれらをお与えになるからである。ホセアが姦通者をめとるように命ぜられたことも、貞潔に反しない。なぜなら、神御自身が人間の生成の規定者だからであり、女性との正しい関係の仕方は、神がお定めになることだからである。それ故、これらの人々は神に従うことによっても、神に従うことを望むことによっても、罪を犯していないことは明白である」(神学大全、第2-2部 第104問題4項異論回答2)
 三位一体の神は、一見したところ十戒に反するように見えることをなすように、リトル・ぺブルに命ぜられました。これは当時のリトル・ぺブルを含めて、多くの人々にとって理解し難いことでした。しかし、聖トマス・アクイナスによって説明された教会の上記の教えは、神からリトル・ペブルに与えられた命令の正統性の理解のために決定的なものです。リトル・ペブルは、自分が十戒への従順を免除されているとは決して考えてきませんでした。それ故、啓示された神の御旨への信抑に、自らを委ねるために要請された徳は、真に英雄的なものであったということを確信することかできます。十戒は万人のためのものです。神は徳に反することをお命じになりません。それ故、神に全てにおいて従うべきです。神は嘘を仰せられないからです。私は既に神秘的婚姻に関して、リトル・ペブルヘの擁護を書いてきました。
 これは1991年のメッセージNo.314の補足として掲載されています。この擁護は、神学的正確さをもって証拠づけられています。このことを再びここに繰り返すことは、私のこの手紙の範囲を越えていますので省略いたします。
 この部の要約です。それは、リトル・ペブルに与えられた賜物は、イエズス・キリストにおける教会の信仰と一致しているということです。神学的証拠に基づいてお話ししました。私は、聖トマス・アクイナスの神学からのいくらかの引用を試みました。それらはリトル・べプルの件について適用された有効な原理です。最終的にリトル・ぺブルヘ与えられた、神の預言的恩寵に対して、決定的に判断を下すことができるのは、教導権だけです。この手紙が、このために神のより大いなる栄光と、マリアの汚れなき御心のために、貢献をすることができますように。

【 基準(b)に関して:「霊の実:愛、喜び、平和」 】

 聖霊の「実」は、このミッションと幻視者のうちに見てとることができます。リトル・ペブルの聴罪司祭として、私は彼の生活における「愛、喜び、平和」の成長を個人的に目撃してきました。そして、彼の生活に於てのみならず、彼に与えられた聖母のミッションに関わってきた、多くの人々においてもです。彼が神によって寵愛された人であるということ、更に、彼がその心の全てをもって、神と聖母と信仰と教会を愛しているということは、「霊的な人」(1コリント2:13-15参照)にとっては明白なことです。彼は、キリストの代理者ヨハネ・パウロ2世に対する特別な愛と忠誠心を持っています。また兄弟姉妹に対する特別な愛を持っています。このことは、彼の配慮のもとに委ねられた全ての人々に奉仕する、彼の個人的な公平さや寛容さによって証明されます。彼は、アブラハムや聖ヨゼフの場合とほとんど同じ仕方で彼に知らされた神の御旨に、自分自身を神の御旨に委ねる究極的な献げものをしました。

【 多くの回心 】

 リトル・ペブルに委ねられたミッションにまつわる回心は、極めて多数あります。これらの多くは事務所に記録されています。この何年かに渡って、私たちはこれらの証言を、後の参考のために保存してきました。これは生活における神の御業の真の実です。これらの人々は、リトル・ペブルに与えられたメッセージや御出現に関係する恩寵と彼らの回心の間に因果関係を作ってきています。聖母は御出現地のことを「オーストラリアのルルド」と呼んでおられます。聖母は預言的に、とりわけリトル・ペブルの体に、主の御傷を外的に受けるとき、数多くの治癒と回心があるでしょうと示唆なさいました。私は御出現や、幻視者リトル・ペブルヘの訪問や、巡礼への参加を通して起こった、数多くの回心を目撃してきました。毎月13日の償いの日、私は何時間もの間告解を聞く機会があり、「全御出現の聖堂」で、聖母に会いに来た人々と関わりを持つ機会があります。人々は秘蹟へと立ち返り、より良い生活を送るように霊感を受けます。幾人かは修道生活に呼ばれているとまで悟りました。最近ヨハネ・パウロ2世は、シエナの聖カタリナについて非常に雄弁に語られました。同様な原理がリトル・ペブルにも当てはまると思います。
ヨハネ・パウロ2世:「……彼女の愛に満ちた観想から、生きたキリストの経験から、彼女は特別な真理の光、会話の明晰さ、高度な神秘的観念の説明における、情念を離れた鮮明さを導き出すことができたのでした……カタリナについて教皇ピオ五世は言っています。『彼女の全ての話しは徳、宗教、敬虔、世のものの軽視、神と隣人への愛、天の故郷をその主題としている』(教書『ミゼリコルディァ・ドミニ』1461年6月29日)……彼女は、自分が限界づけられた被造物であること、しかし無限の望みによって、謙遜な勇気によって、強い意志によって、自分自身を越え出るように呼ばれているということを理解していました……それ故、神の豊かなあわれみの光と慰めの中で、カタリナは自分自身のため、聖なる教会の刷新のため、全世界のため、とりわけキリスト者たちの平和のために、永遠の御父に向けて、あわれみを請い求めながら呼びかけることができたのです」(参照「対話」第一章)(オッセルバトーレ・ロマーノ、N.43,1995年10月25日)

 シエナの聖カタリナは、すばらしい例です。彼女は、その生涯の間に相当の支持者を得ました。彼女の生涯の注目すべき実の一つは、彼女を全く信じなかった人々との、様々な出会いを通して起こった数多くの回心です。これらの人々の多くは司祭でした。彼女に会ってから、多くの人々は生活を改め、幻視者の内輪の友人の中に参加するほどにまで啓発されたのでした。御出現を通して、リトル・ぺブルは神から特別な真理の光を受けました。すなわち教会と霊魂の救いのための、主と聖母からのメッセージです。回心はまず第一に、聖母からのメッセージの直接的な結果です。聖母がこの手段を、教会と世界を再福音化するために用いておられるからです。聖母のメッセージは、この困難な時代に教会を導くにふさわしい明確な真理を提供します。シエナの聖カタリナのように、リトル・ペブルも自分が限界づけられた被造物であること、しかし、聖母が教皇と話すために、一度ならず彼をお遣わしになったことを知っています。

【 持続的な実 】

 彼はまた、教会の指導のために各国の枢機卿、司教、司祭たちにも話すように神に指示されてきました。彼はまた、数多くの国家元首や政府要人に手紙を書くように指示されてきました。無限の望みと謙遜な勇気によって、自分自身を越え出るように神はお呼びであるということを、彼は知っています。神は彼を「奉献生活の新しい形態」(教会法605条)の創立者としました。聖シャーベル修道会として知られているこの新しい修道会は、時を通して持続し、全ての修道会と同じく、その構成員の全生涯を包括する、修道生活の安定した形態です。この実は持続的であり、聖霊が信徒の心に育みつつある、生活の成聖への呼びかけに基づいています。この実は真の敬虔の現実的な表現です。これは神の恩寵の真の実です。多くの人々が今、聖シャーベル修道会に加わろうとして待っています。彼らは家族を含む修道召命のうちに、自らを惜しみなく神に捧げることを望んでいます。オーストラリアの共同休の一つにおいて、聖母はリトル・ペブルを通して、この奉献生活の新しい形態に言及なさいました。
聖母: 「今日は特別な日です。今日、もう一つの角の親石が、聖シャーベル修道会の創立のために据えられたからです。この敬うべき修道会は、世界中に椰子の木のように成長するでしょう。以前の諸修道会が、創立者たちを通して成長したようにです。それは神の御旨であり御計画だからです。とりわけ、この終わりの時のための。甘美なる子らは奉献生活の新しい形態、新しい修道会の創立の重要性を、本当に理解していません。子らは、私の母心の言葉を学んでいないからです。キリスト、わが神なる息子は御言葉を送られました。呼びかけです。まもなく、わが神なる息子が地上に戻って来る前の、終わりの時に向けて備えさせるためにです。甘美なる子らよ、奉献生活の新しい形態は、今非常に重要です。聖シャーベル修道会や汚れなき御心の修道会が、この深刻な時代に群れを集めるために形成されてきたのは、宇宙の始まりから準備されてきた聖なるニューエラ(新しい時代)ヘと、子らを導くためなのです。甘美なる子らよ、現代の人間の生活は、神が人間に望んでおられる生活ではありません。このために今修道会が設立されつつあるのです。子供たちが完徳のうちに自己犠牲のうちに、聖性と純潔のうちに信仰を生きるよう導かれますように」(リトル・ぺブルに与えられたメッセージNo.507、1996年1月28日)

 1988年10月、リトル・ペブルは修道会の会則と憲章の最初の草稿を、バチカンの責任ある事務局へ渡す準備をしました。教理聖省と修道・世俗奉献生活聖省は、この文書を受領しました。請求は教会法605条に従って行われ、それによって彼は教皇庁に審査を求めました。聖シャーベル修道会は、事実「奉献生活の新しい形態」なのです。ここにその重要な条文を引用します。

教会法605条:「奉献生活の新しい形態の認可は、使徒座に留保される。ただし、教区司教は、聖霊が教会に委ねた奉献生活の新しい賜物を識別するよう努めなければならない。彼らはまた、可能な最上の方法によって、推進者たちが彼らの目的を表明するのを援助し、適切な法令をもって、とりわけ教会法のこの章に含まれている一般原則の適用によって、これらの目的を擁護しなければならない。」(カトリック教会法典1983年)

 聖シャーベル修道会の真正性を判断する能力のある権威とは聖座です。1988年以来のリトル・ペブルの審査請求に関して、聖座からの公の告知はこれまで何もなされていません。更に教区司教は、この修道会を「奉献生活の新しい形態」として識別する努力をしていません。教区司教による「可能な最善の方法」でのリトル・ペブルへの援助は何ら与えられていません。そのような保護があれば、修道会は、教会のために聖霊によって与えられた創立の賜物を、ふさわしく表現することができたでしょう。教会権威との協力に関する次の基準の考慮へとわれわれを導きます。

【 基準(C)に関して:「教会権威との一致」 】

 権威からの合法的指示への従順が常にありました。リトル・ペブルを個人的に知る全ての人々、および彼に与えられた神の命令を知っている人々は、そのことを知っています。真実を確信した時は、誰も神の命令に反する自由を持っていません。彼は常に、正しい良心を形成するように努めてきました。彼は神を愛しており、神に反抗することを望んでいないからです。困難な状況に際して、彼は常に司祭の助言を求めてきました。教会の現在の慣習とは異なる行動が必要とされた時は、彼は常に他の多くの幻視者から確認を取ってきました。彼は常に権威を尊敬してきました。そして善意をもって、自分自身から意志疎通をはかろうとしてきました。教会法上の調査は、この事実を確証することができるでしょう。この点に関して、リトル・べブルの従順を証明する多数の文書記録が存在しています。彼は不一致や反抗の原因だったことはありません。それは旧約の預言者たちと同様であり、洗者聖ヨハネと同様であり、「逆らいの印」であられたイエズス御自身と同様です。不一致と反逆の原因は、邪悪の霊なのです。

【 発言の自由 】

 諸時代を通して、とりわけ困難な時代において至聖なる聖霊は、教会が世においてその神聖なる使命を果たすことを助けるために、多くの人々に特別な賜物を与えてこられました。ある場合、それは全世界に存在している御出現地の公の幻視者でした。ファティマ、ルルド、ラ・サレットにおける聖母の出現 − 教会によって承認されたもののうち数例を挙げただけですが − においては、幻視者の発言の自由を制限しようとする人々がいました。多くの事例において、これは様々な権威による迫害の形をとりました。発言の自由という基本的な人間の権利は重要なことです。教皇は、教会の共通善と信仰の遺産を護る必要性との関係において、この基本的人権について説明しておられます。
ヨハネ・パウロ2世: 「この事実は、教会における発言の自由の可能性と有用性を示しています。建設的な批判の形で行使されうる自由です。重要なのは、言われたことが御霊からくる預言的霊感を真に表現しているということです。聖パウロが言うように『主の霊があるところには自由がある』(2コリント3:17)のです。聖霊は信者のうちに、真摯と相互信頼によって特徴づけられた行動様式を強化し(エフェソ4:25参照)、彼らが「互いに戒め合う」ことを可能にします(ローマ15:14、コロサイ1:16参照)。批判は共同体の中で有益なものです。共同体は常に更新されねばならず、自分自身の不完全性を矯正するように努めなければならないのです。多くの場合、それは共同体が新しい一歩を踏み出すことを助けます。それが聖霊から来るものならば、批判は真埋と愛のうちに前進するという望みによって与えられたものであるはずです。それは反感をもって与えられることはできません。それは個人や集団の名誉を害するような侮辱や行動や判断のうちに表明されることはできません。それは敬意、兄弟としての、また子としての愛情に満ちたものでなければならないはずです。それは、兄弟的矯正に関して、主がお与えになった指示に常に忠実であることによって、不適切な公の形態に訴えることを避けるべきものです(マタイ18:15-16参照)。これが言論の自由の輪郭であるとすれば、賜物と制度の間には対立は何ら存在しないと言うことができます。なせなら、様々な賜物によって教会を生かされるのは一つの聖霊だからです。霊的な賜物もまた職務を行使することを助けます。神の国の推進を助けるために、聖霊によって賜物が授けられているのです。この意味において、教会は賜物の共同体であるということができます」(オッセルバトーレ,ロマーノ、N.26、1992年7月1日)

 これは教皇聖下による非常に重要な言明です。リトル・ペブルは常に教会の権威を尊敬してきました。教会の子としての愛情をもって、忠実なカトリックとして真理と愛のうちに前進することを望み求めてきました。彼は、反感や個人の尊厳への攻撃をもって語ったり書いたりしたことはありません。文通においてリトル・ペブルは常にどのような批判においても建設的であり、コメントをカトリック教会の教えと聖母のメッセージに基づけてきました。しかしながら、より重要なことは、神の母への従順によって、子らへと向けられた神の母の御言葉を伝えてきたことです。しばしば、聖母の御言葉は教会の高位聖職者に向けられており、彼らの反応を求めておられます。聖母の御言葉は、それが公的であっても私的であっても、個人に向けられたものであっても、神の母にふさわしい大いなる優しさと配慮をともなった建設的な批判の形をしばしばとります。

【 基準(d)に関して:「カリスマの使用」 聖シャーベル修道会 】

 ここで聖シャーベル修道会について説明をします。これは、まさしく「奉献生活の新しい形態」(教会法605条)の創立者としてのリトル・ペブルに与えられたカリスマの最も注目すべき実であります。聖シャーベル修道会は、教会およぴ社会生活への真に建設的な貢献です(Perfectae Caritatis,article 1参照)。聖シャーベル修道会は、神との一致と宗教的生活における友愛的交わりの生活を促進します。それは、社会の根本的な細胞 − 家族 − を対象としています。この修道会は四つの部門から構成されています。第三部門が家族のためのものです。かくして、安定した宗教的生活の中に組み込まれた家族は、修道会会則・会憲、およびその行政機構とによって指導される共同体の中で生きる高度な霊性へと挙げられるのです。修道会の第一部門は司祭で構成されています。この部門には司教も含まれることになるでしょう。教皇によって直接に指名され、修道会のあらゆる側面に責任を持つ司教である修道院長がやがて置かれるでしょう。
 第二部門は分離されて、それぞれ修道士および修道女から構成されます。現時点において、創立されあるいは最初の成長段階にある修道会の共同体の数は14です。この修道会を創立するようにとのリトル・ペブルの霊感は、私的啓示によって直接もたらされました。リトル・ペブルヘの神の母の連続的な御出現を通して、聖母は子らを「天の選ばれた共同体」に入るように呼びかけておられます。聖シャーベル修道会は、今、神が建てようとしておられる唯一の修道会ではありません。世界各地に、他にも多く存在します。この手紙の最初にマリアの汚れなき御心と聖ルイ・マリー・ド・モンフォール会に言及しました。これは聖ルイ・マリー・ド・モンフォールによって提示された理想に奉献された、安定した修道生活の中で生きられる非常に特別な「奉献生活の新しい形態」です。この修道会の本部はカナダのケベック州のラブニールにあります。
 第二に、「共同生活への建設的貢献」ヘのもう一つの例は「聖シャーベルの祈り・平和・一致・和解の家」です。これもまた、聖母の御出現によって指示されたとおり、リトル・ペブルによって創立されました。現在、彼はこれらの祈りの家を、修道会の会則会憲へと完全に組み込みました。これらは聖シャーベル修道会における友愛団体と見なされています。世界中に三万七千以上の祈りの家があります。ほとんどは登録されています。最後に、何年間にも渡って起こってきた、多くの恩寵と回心によって示される神の現存と働きの証しは、非常に特別なものです。聖シャーベル修道会は、キリストの神秘体を建てるためのすばらしい「基礎」であります。これは時を通じて持続すべく定められた確固たる実なのです。

【 キリストの代理者との注目すベき一致の絆 】

 教皇ヨハネ・パウロ2世とリトル・ペブル、そしてカナダの幻視者ソーンブッシュの間には特別な関係があります。顕著な一致の絆と、教会の受難の相互共有とを目にすることができます。この相互の苦しみは、現代の世界と教会内部における恐るべき不一致を癒す、非常に現実的な必要性に関わっています。また教皇ヨハネ・パウロ2世の人格と、公務に対するまごうかたなき愛を見ることでしょう。この愛は第一に、二人の幻視者のメッセージにおける、キリストの代理者への数多くの言及において示されています。第二に祝されし乙女マリアは、非常に教皇を愛しておられます。聖母は聖職者と教会に、教皇の人格を愛し、教皇の権威のもとに、信仰と礼拝における強力な一致を保つように、絶えず呼びかけておられます。これは聖母によってメッセージの中で何度も繰り返して言明されています。最後にリトル・ぺブル自身、教皇に対する非常に深い愛と敬意を抱いています。聖母のミッションのために、世界中、彼が訪れるいずれの場所においても、リトル・ペブルは皆にキリストの代理者との一致を保つよう力強く励ましています。

【 神の契約 − キリストの十字架 】

 リトル・ペブルの徳は、神が彼に担うように与えられた非常に重い十字架のうちにもうかがうことができます。成聖への道は他にはありません。イエズスは道であり、真理であり、命です(ヨハネ14:6)。教皇ヨハネ・パウロ2世は、教会と世界にキリストの十字架の神秘について、次のように教えておられます。

ヨハネ・パウロ2世: 「歴史において、神の御独り子キリストの十字架が立っているのは、まさしく神の養子であるという尊厳への人間の永遠の選びの道のかたわらであります。キリストは『光からの光、真の神からの真の神』として、人間との神のすばらしい契約 − 全人類各人との契約 − に最後の証しを与えるために来られました。人間と同じく古いものであるこの契約、それは創造の神秘そのものにまでさかのぼります − そして後に、何度も一つの選ばれた民との間に更新された契約は、また同様に、カルワリオにおいて成立した新たな決定的な契約であり、それはイスラエルという一つの民に限定されたものではなく、全ての個人に開かれています。」(回勅「あわれみ深い神」第七項)

 主は、人類とのもう一つの契約をなさることがおできになります − とりわけ、主の再臨の時のために。リトル・ペブルや世界中のその他の幻視者への聖母のメッセージは、確かにこの事実を示唆しています。神は民と新しい契約を結ぶことを望んでおられるのです。以下は、1993年6月3日という日の重要性を示します。それは主がリトル・ペブルと契約を結ばれた日です。

【 契約の預言者 − リトル・ペブル 】

 私は過去において、ノア、アブラハム、モーゼといった預言者たちとの間に、神が結ばれた契約の「しるし」のことを考えていました。私は、リトル・ペブルとの間に三位一体の神が結ばれた契約の「しるし」とは何であったのかと思い巡らしていました。より深く考えてみると、ノアにとってこのしるしは箱舟であったように私には思われました。アブラハムにとっては外的なしるしは割礼のしるしでしたが、彼を義とした大いなるしるしは彼の信仰でした。モーゼにとっては、しるしは輝き始めた彼の顔でした。その輝きがあまりに強かったので、モーゼが会見の幕屋から出てきたときに民は彼を見つめることはできませんでした。それでモーゼは顔を覆わなくてはならなかったのです。私はこのことについてリトル・ペブルに話し、彼は幻視者ソーンブッシュを通じて聖母に質問することを提案しました。
 それで私は、1995年10月24日にソーンブッシュ気付で、聖母への短い手紙を書きました。私は聖母にお尋ねしました。「お母様、私は考えあぐねております。あなたの神なる御子が、あなたのリトル・ペブルと結ばれた契約のしるしとは何ですか? それは彼が負っている聖痕ですか?」 1995年11月3日、聖母は私の質問についてソーンブッシュにお答えになりました。聖母のお答えは非常に助けになるものでしたので、私は抜枠を以下に記します。
聖母: 「(ソーンブッシュを通じて)私は愛する選ばれた使徒リトル・バルトロメオに挨拶します。私はあなたがリトル・ペトロと、神が彼と結ばれた契約について、より多くのことを知ろうと求めているのを喜んでいます。この契約は三重です。しかし、クイーン、エーデルワイスとの結婚は、この契約の一部ではありません。この結婚は、それ自体もう一つの奥義です。契約については、それは部分的には、真の信仰の選ばれた父アブラハムの世代から受け継がれてきた『生命の聖なる杖』によるものです。またそれは、彼(リトル・ペブル)が負っている聖なる傷によるものです。そして第三に、終末の使徒のプリンスとして、最終的に教皇ペトロ2世となるためのものです。この特別な契約は、神の愛と知恵によって結ばれています。時が来れば、より多くの奥義が明かされるでしょう」(ブロサード神父のためにソーンブッシュに与えられた私的メッセージ。1995年11月3日)

 それ故、契約の「しるし」は、実に預言者自身なのです。このことは非常に重要です。教会のための「しるし」となるために、幻視者は英雄的な程度にまで恩寵と一致しなければならないのです。これはとりわけ、愛、信仰、希望の対神徳に関わっています。この点に関して、リトル・ペブルはそのような「しるし」です。彼に与えられた聖母のミッションに近づくことで、更に、神が啓示なさっていることの全体が、恩寵の助けによって理解されるように、全体に渡ってメッセージを読むことなしにこの「しるし」を識別することはできません。もちろん、奥義はなお奥義として留まります。にも関わらず、神が求めておられることを信仰のうちに受け入れるために啓発されるのです。それ故、今この時に神が求めておられることを確認するために、数多くのメッセージ(500以上です)をプロモーターから入手していただきたいと思います。
 この三重の契約に関する、上記の聖母の言葉に照明を当てたいと思います。主と聖母は詳細な説明をなさるでしょう。三つの要素それぞれについて見ていきましょう。これらの奥義に関して、数多くのメッセージがあります。より重要なメッセージについてだけ言及することにします。

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第3部:リトル・ペブルとの三重の契約
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【 A.「聖なる命の杖」 】

 三位一体の神は、リトル・ペブルを、今の時のための契約の預言者であるとしておられます。リトル・ペブルは、神ご自身から「繁栄の聖なる契約」を受けました。彼は「小さきアブラハム」であり、彼から新しい諸国民が生まれることになるでしょう。彼のうちには人類との最終的な契約があります。1993年7月3日、聖シャーベル祈りの家の夜において、この特別な発展が起こったのです。主はリトル・ペブルを「ニューエラのアブラハム」とお呼びになりました。そして彼に「聖なる輝くもの」を与えられました。それはカタリナ・エンメリックが、彼女の著作の中で描写しているものです。それはまた「命の杖」とも呼ばれています。このとき主は、この賜物を「繁栄の聖なる契約」として言及なさいました。これはリトル・ペブルに対する神の御計画と契約にとって中心的な要素です。リトル・ペブルに向けて主は、「命の杖」を御手に持ちながら、この重要な新しい発展について説明なさいました。
主: 「……わが愛する息子、甘美なる岩、地上における教会を再建し、全ての民を約束の地に導く息子よ。今日、私はいにしえの太祖たちと養父(聖ヨゼフ)と共に、あなたに非常に特別な恩寵を授けるために来た。数人にしか与えられたことのない恩寵である。わが手のうちに、愛する息子よ、私がアダムとノアとアブラハムとなした契約がある。世界中の数多くの神秘家を通して既に言ったように、あなたはニューエラの『アブラハム』である。民を自由へと導くものである。あなたのうちには三位一体の神が住まう。あなたは民を光へと導き、何世紀にも渡って地上の教会を治めなければならないからである。愛する子よ、あなたを通じて新しい諸国民は生まれるであろう。イスラエルの新しい諸部族である。あなたの種から、アブラハムヘのわが言葉の成就として、全ての新しい諸国民が現れるであろう。5つの氏族と共に、地を治める7つの新しい諸部族が。そして72の小さな諸国民が、地上の楽園の群れを形成するであろう。愛する子よ、あなたはキリストの代理者として、神性の王権による民の指導者として、彼らを導き治めるのである。あなたの種から、世の終わりの前に創造される何億もの霊魂の大群衆が現れる。あなたにおいて私は、世の終わりに私が来て人類を裁く時までの人間との最後の契約をする」(1993年7月3日、リトル・ペブルへのメッセージNo.395)

 それから主は、リトル・ペブルを続けて三度厳かに祝福なさいました。これと同じ機会に同じメッセージで、聖母は、啓示されつつある神の御計画について、子らに語っておられます。

聖母: 「祝されし息子、甘美なる神的愛の光の天使、愛のリトル・ペブル、そして今ここに、世界中にいる全ての甘美なる子らよ……私は、あなた方を汚れなき御心の香りでもって、再び活気づけるために来ました。私と共に狭い道に留まり続けるよう励ますために……今しっかりと立ちなさい、甘美なる子らよ。ローマにいる教皇と愛のリトル・ペブルに忠実であり続けなさい。彼はまもなく、聖にして母なる公教会の統治権を得るでしょう。邪悪な者によって迫害されている「ボイスボックス」たちのために祈りなさい。邪悪な者は、私の声をかき消してしまうことを望んでいるからです。堅固であり続けなさい、甘美なる子らよ、祈りに忠実であり続けなさい。心すべてをもって、至聖なるロザリオを祈りなさい。時は短いからです……私はあなた方を愛しています、甘美なる子らよ。
 私はあなた方を強めるための確かな避難所として、汚れなき御心を与えます。あなた方から戦士を作りだすためです。戦いはまだ始まったばかりです、甘美なる子らよ……神があなた方に望んでおられる完徳にあなた方が到達したならば、善き者たちと悪しき者たちの間に、大いなる恐ろしい戦いが起こるでしょう。善きカトリックと悪しきカトリックの間に、わが神なる息子に従う者たちと、反キリストに従う者たちの間に。多くの子らがこの時期に死ぬでしょう。彼らは命をわが神なる息子のために捧げるでしょう。古い教会の灰を通って生まれるであろう新しい教会を養うために、血の中での殉教を捧げるためです。私たちが愛のリトル・ペブルを、新しいアブラハム、そして新しいキリストの代理者として選んだのはこのためです。教会と世界を統治し、まもなくわが子らに降りかかるであろう大いなる迫害をくぐり抜けて、全ての子供たちを安全な場所へと導くためです。」(リトル・ペブルヘのメッセージNo.395、1993年7月3日)

 このメッセージをより良く理解するために、旧約のアブラハムと現代の世代の「リトル・アブラハム」を比較して見ましょう。

【 旧約のアブラハム 】

 神は彼に、国を離れ、家族と父の家を離れて異国へ行くようにお呼びになりました。更に、神は彼を、この国へ導くとおっしやいました。次に神は、大いなる国民となる程に、彼の子孫を増やすとおっしゃいました。更に、全ての部族は彼を通じて祝福されるとおっしゃいました(創世記12:1-3)。ロトとアブラハムの別れの後、神は彼の子孫を増やす約束を更新なさいました。神はまた、御自身が彼の「盾」となり、彼が受ける報いは極めて大きなものになるから、恐れることはないと約束なさいました。後に神は、彼にイサクが生まれるであろう、そしてサラとこの息子が契約を受け取るとおっしゃいました。「私は彼と契約を立てる、彼の神となり、彼に続く子孫たちの神となる永遠の契約を」(創世記17:19-20)。
 最後に、神はアブラハムを試みられました。「あなたの子、あなたの愛する一人子イサクを連れてモリヤの地に行き、私が示す山で彼を燔祭として捧げなさい」(創世記22:2-3)。アブラハムは神に忠実でした。そして神は、彼の思いもよらなかった程に、彼に報いを与えられたのでした。「私は自分自身を指して誓う − 語るのは主である − あなたがこのことをなし、あなたの子、あなたの一人子をも私に拒絶しなかったので、私はあなたを大いに祝福し、大いにあなたの子孫を増やして、天の星のように、浜辺の砂のようにする。あなたの子孫は敵の門を打ち取るであろう。あなたの従順への報いとして、地の諸々の国民は、あなたの子孫によって祝福を得るであろう」(創世記22:15-18)。
 アブラハムが幻視のうちに未来のメシア、主イエズス・キリストを見たことは、本当に注目すべきことです。主はファリサイ人におっしゃいました。「あなた方の父アブラハムは、私の日を見ようと楽しんでいた。そしてそれを見て喜んだ」(ヨハネ8:56)。これは彼に与えられました。神は彼を非常に愛されたからです。このような大いなる試練を通じて、長期間に渡って、彼は神の御言葉に忠実であり続けました。彼は信仰のうちに堅忍したのです。いにしえのアブラハムと現代の「リトル・ペブル」との間のこの類似性に、主と聖母が繰り返し言及なさるのには充分な理由があります。聖トマス・アクイナスは、この出来事に多くの光を当てています。

聖トマス・アクイナス: 「同様に、アブラハムが彼の息子を屠ることに同意したとき、彼は殺人に同意したのではない。なぜなら、彼の息子は、生命と死の主である神の命令によって屠られることになっていたからである。……そして、もしある人が神の権威によって刑の執行者となる場合、神が殺人者でないのと同様に、彼も殺人者ではない。」(神学大全第2部第100問題8項、異論回答3番)

 この聖トマスの説明から、人間的論理はアブラハムに、神が彼に求められることを信じないように説いたであろうということを理解できるでしょう。すなわち、それは語義矛盾、神御自身の自然法の侵害であると。恩寵の助けなしに、人間が推論する仕方は、このようなものです。想像できますか、もしアブラハムが、神の約束に何年もの間忠実であり続けた後に、彼の唯一の息子イサクを生賛とするよう求めるメッセージを識別するにあたって、人間的な理性にだけ頼ったとしたら、どんなことが起きていたでしょうか? 周囲の人々が、どのようなことを彼に言ったか想像できますか? 神の知恵は人間によっては理解されません。必要とされているのは従順です。それがアブラハムが「信仰における私たちの父」と呼ばれる理由なのです。
 同じことは聖ヨゼフについても言えます。もし聖ヨゼフが、童貞聖マリアに起こったことの識別を求めて、シナゴーグの指導者の所に行ったとしたら、どんなことが起こっていたか想像できますか? 法は明白でした。彼女は、石で殺されなければならなかったのです。(申命記22:20)。更に彼のジレンマを複雑にしたことは、聖ヨゼフは夢の中で天使から私的な啓示を受けました。天使は次のようなメッセージを与えました。「ダビドの子ヨゼフよ、ためらわずにマリアを妻として迎えよ。マリアは聖霊によって身ごもっている。彼女は子を生むから、その子をイエズスと名づけよ。なせなら、彼は罪から民を救う方だからである」 これらのことは、預言者によって主から言われた御言葉の実現でした。「乙女が身ごもって子を生む。その名はインマヌエルと呼ばれる。その名は『神はわれわれと共にまします』という意味である。目覚めたヨゼフは、主の天使から命ぜられたとおりに妻を迎え人れた。……」(マタイ1:20-25)
 聖書に於けるこれらの先例を、深く真剣に熟考することは非常に重要です。なぜなら、このことのうちに、神がリトル・ペブルを扱われる仕方の原理を見出せるからです。これより他に方法はありません。このことは、神の知恵とイエズスの再臨に先立つ、この時代に対する預言の成就に関わっているからです。これらの出来事を理解することは、リトル・ペブルに関する諸々の奥義のいくばくかを、より良く把握する助けになるでしょう。このことについて手短に見ていきましょう。

【 リトル・アブラハム 】

 1968年、最初の主要な幻視を受け、使命が彼に与えられたとき、リトル・ぺブルは18歳でした。この出未事は復活祭の日曜日、カテドラルで午前11時、オーストラリアのウォロンゴングで起こりました。永遠の御父は、雲の中に彼を包み込んで出現なさいました。彼は反キリストに対して戦うであろう、そしてキリストの民を導くであろう、と告げられました。1983年、聖母が出現なさり、彼に仕事を離れて、聖母の神なる御子の御旨に従うように求められ、その御旨は次第に明らかにされ、時と共に開示されるでしょうとおっしゃったとき、決定的な展開が起こりました。聖母は、彼は食べるものやその他の生活必需品に困ることは決してない、神は彼のために偉大な計画をお持ちであり、これからのちは聖母の仕事のために全時間を投入して働くことになるでしょう、とおっしゃいました。続く12年間に渡って、神秘的体験は発展し、深まり続けました。かくして、神の母マリアのそれと似た、信仰の内における旅が始まったのです。聖母の信仰の旅は、アブラハムのそれと似ていました。教皇ヨハネ・パウロ2世は、この類似性に言及しています。
ヨハネ・パウロ2世: 「マリアの信仰はまた、アブラハムのそれと比較することができます……アブラハムの信仰は、旧約の始まりをなしています。受胎告知におけるマリアの信仰は、新しい契約を開始させました……巡礼の全期間に渡るマリアの『信仰における従順』は、アブラハムの信仰との驚くべき類似性を示しています」(回勅「贖い主の母」14項)

 それから聖下は、神を信じるとは、真にどのようなことを意味するかを定義しておられます。これがリトル・ペブルに極めてよく当てはまるということを理解していただきたいと思います。
ヨハネ・パウロ2世: 「信じるとは『その裁きは計り知れず、その道は極め難い』(ローマ11:33)ことを知り、謙遜に認めつつ、生ける神の御言葉の真理に『身を委ねる』ことを意味します。至高者の永遠の御旨によって、『神の極め難い道』と『計り難い裁き』のまさしく中心に立っているマリアは、信仰のほのかな光の内に、御自身をそれらに一致させ、神の御計画の中で宣言された全てを、全面的に心から受け入れるのです」(回勅「贖い主の母」14項)

 ソーンブッシュヘのメッセージで、聖母は「リトル・アブラハム」について再びお話しになりました。そのメッセージ全体を読むといいでしょう。以下にその抜粋をここに記します。
聖母: 「愛のリトル・ペブル − 選ばれしアブラハム。彼の内には、特別な恩寵と聖霊の賜物があり、それは世代から世代へと受け継がれてきたものです。聖なる父アブラハムは、かつてこの特別な恩寵と賜物を持っていました。そしてアダムも同じくそうでした。しかし、それはアダムから取り去られました。彼は欺かれ、不従順になったからです。しかし、アブラハムは真の信仰を証ししました。彼が、愛するサラに抱いていた愛は測り知れないものでした。彼は自らの内に、聖なる命の杖を抱いていたからです。そしてサラ − その名を訳すると『プリンセス』を意味します − は多くの多くの子を宿しました。そのように、私たちの愛するアブラハムも、クイーン、プリンセス、バロネスたちを通して、これらの子を宿すでしょう。これは神の御旨だからです……」(ソーンブッシュに与えられた聖母からのメッセージ。1995年12月8日、カナダのラブニールで)

 そして再び、つい最近、聖母は「リトル・アブラハム」に言及しました。

聖母: 「私たちが『リトル・ペトロ』を、ニューエラの『リトル・アブラハム』と呼ぶのは偶然ではありません。アブラハムは信仰の子でした。『リトル・ペトロ』も同様です。そして、あなた方が従わなければならないのは、彼の模範なのです。私たちが彼に委ねたミッションが堅忍し、正義の道を前進してきたのは、この小さき霊魂の大いなる信仰によってなのです。わが神なる息子イエズスを除いては、彼は誰よりも迫害されていますが、彼は勝利するでしょう。なぜでしょうか? 彼は真理のために立ち上がるからです。そして『終末の時代』の真理の戦士として、真理のために立ち上がる全ての子らは、汚れなき御心によって勝利するでしょう」(リトル・ペブルヘのメッセージNo.510、1996年3月2日)

 今日に至るまで、リトル・ペブルは、彼の人生において常に深まっていく神の神秘を生き続けてきました。それは純粋な信仰の旅でした。人間的論理が、どのような反対を述べるように見えようともおかまいなく、神の御言葉を信じつつ。この点において、彼はまた聖ヨゼフにも似ています。聖ヨゼフは、夢で主の天使からするように言われたことをなさったのでした(マタイ1:20-25)。教皇ヨハネ・パウロ2世は、受肉の神秘に関連して、聖ヨゼフの信仰に言及しています。
ヨハネ・パウロ2世: 「ヨゼフがしたことは、彼自身を、マリアの信仰に全く特別な仕方で結びつけたのであるということができます。マリアが御告げの時に、既に認めていたまさにそのことを、ヨゼフは神から来る真理として受け人れたのです。公会議は次のように教えています。『自らを啓示する神に対しては『信仰の従順』が示されなければならない。この信仰の従順によって、人間は『啓示する神への、知性と意志の完全な服従』をなし、彼に与えられた啓示に対して自発的に同意し、自由に自らを全く神に委ねる』 信仰の本質そのものに触れるこの言明は、ナザレトのヨゼフに完全に当てはまります」(「贖い主の保護者」第4項)

 この部の要約です。「リトル・アブラハム」ヘの神の呼びかけは、真に特別な啓示なのです。それは聖書における先例と同様に、識別できる預言的要素を含んでいます。先に引用した教皇のお言葉から、聖ヨゼフに起こったことは「まさしく信仰の本質に触れた」ということが理解できます。聖ヨゼフに起こったことは、二次的原因(天使)を通しての、夢の中における私的啓示であったということを思い起こしてください。聖母、聖ヨゼフ、アブラハムに要求なさった同じ信仰の従順を、神は「リトル・アブラハム」に要求なさったのです。リトル・ペブルは、自由に自らを全く神に委ねました。彼は御自身を啓示なさる神に、知性と意志を全く服従させました。キリストの十字架の神秘が、リトル・ペブルの生涯において形をとるのは、神によってリトル・ペブルがこの時代の契約の預言者として選ばれたからなのです。このことは三重の契約の第二の部分に私たちを導きます。聖パウロはそれを適切に表現しています。「私はキリストの印を身に帯びている」(ガラテア6:17)

【 B.リトル・ペブルの「傷」 】

 神がリトル・ペブルと交わした三重の契約は、個人に向けて差し伸べられた神の無限の愛です。三位一体の神は、被造物への御自分の無限の愛への全面的な忠実さのうちに、小さき「白い岩」を慈悲深くお愛しになります。リトル・ペブルは、共贖の神秘のより深い共有の内へと運びこまれました。これは霊魂の救いのためです。彼は主の御傷の苦しみを受けてきています。最近、痛みは顕著に増して、手足に腫れを引き起こしました。これは全教会に対する、目に見える「印」となるものです。聖母は説明なさいました。
聖母: 「あなたは準備されつつあるということを知らなければなりません。預言されてきたように、傷はあなたの苦しみを増し、それから更に目に見えるようになるからです。またあなたは、傷が目に見えるようになれば、その後、非常に速やかに、わが娘ソーンブッシュの傷も目に見えるようになるということを知っておく必要があります。これは全ての甘美なる子らに対する、神からの目に見える印となるでしょう。とりわけ幻視者に対して……あなた方の間にある深い一致を示すために」(リトル・ペブルのためのソーンブッシュヘの聖母のメッセージ。1994年9月19日)

 数週間後にも、彼は胸に焼ける傷の苦しみを受け始めました。しかし、更に注目すべきことに、彼は自分のあばら骨の中心部から発して来る光を見ることができたのです。聖母にこのことをお尋ねしたところ、聖母は彼に、ごれは主に与えられた「槍の御傷」です、とお答えになりました。それからソーンブッシュを通して、聖母にお尋ねして、そのことは確認されました。
聖母: 「そうです、愛するリトル・ペトロ、あなたが今、槍によってつけられた傷の苦しみを味わっているのは真実です。明るい光が輝き出るとき、この光の中に入る甘美なる子らは、神のより大いなる栄光のために癒されるということ、そして盲人は真の信仰によって目か見えるようになるということを知っておかなければなりません。より多くの苦しみが献げられれば、より多くの霊魂が肉体的に霊的に癒されるでしょう。私はあなたを祝福します、大切な小さき岩よ」(リトル・ペブルのためのソーンブッシュへの聖母のメッセージ、1994年8月2日)

 ここで私たちは、聖母のお言葉の中に一つの重要なテーマを見出します。「より多くの苦しみが献げられれば、より多くの霊魂が肉体的、霊的に癒される」……すなわち「共贖」です。この教訓は皆に向けられたものです。このことが聖パウロの手紙において説明されています。これは契約の預言者が常に、イエズスの例え話しの「善きサマリア人」のように、神のあわれみ深い愛の「印」であったもう一つの理由です。同様にリトル・ペブルも、兄弟姉妹のために、彼らの傷に「油を注ぐ」ことによって取りなし、愛をもって献げる苦しみによって、彼らの傷ついた霊魂に「包帯を巻く」のです。主は最後の晩餐でこうおっしゃいました。「これが私の掟である。互いに愛し合いなさい。私があなた方を愛したように。友のために命を捨てることよりも大いなる愛はない」(ヨハネ15:12-13)

【 目に見える聖痕 − 教会のための印 】

 この全てのことは、信仰の遺産にとって根本的なことです。キリストの神秘体の構成員は、十字架を取り、贖い主の足跡に従わなければならないのです。リトル・ペブルは、人間と神との決定的な契約の神秘のうちに運び込まれました……まさしく花嫁である教会に対するキリストの忠実さの証人として。それ故、リトル・ペブルが担っている十字架は、罪と死に対するキリストの勝利の共有です。聖母はこのことを公のメッセージで説明なさいました。
リトル・ペブル: 「今、白い十字架からイエズスが来られるのが見えます。主は木の十字架に釘付けになっておられます。生きておられます。天使たちは、主が釘付けになっている十字架を持って、ゆっくりと天使たちのトンネルを通って、主を運んで行きます。今、聖母の御姿が見えます。聖母も十字架上におられます。このような聖母を見たことはありません。聖母は完全な服装をしておられ、主の場合と同じような仕方で十字架に釘付けにされておられます。ただ一つの違いは、聖母は、十字架に固定されている小さな棚の上にお立ちになっているということです。今、主の左側に白い十字架を通って来られた教皇様のお姿を見ることができます。聖下も木の十字架上におられます。「印」が見えます。
 他にもたくさんの十字架が、白い十字架を通って現れ始めました。まず最初に私自身が見えます。それは聖母の右に移動しました。次はソーンブッシュです。これは教皇様の左に移動しました。それらの下には多くの多くの他の霊魂がいて、木の十字架にかかっています。とても奇妙なことに、これら全ての十字架は多色の虹を作り始めました。互いに混じりあいながら。今、サン・ピエトロ大聖堂が見えます。それは十字架にかかっている全ての人々の下に浮かんでいます。御血がイエズスから聖母へと、そしてイエズスから教皇聖下へと流れて行きます。そして聖母から − それは非常に特別なことですが − 御血は神秘的教会の全てのメンバーヘ、十字架上の全ての霊魂へも流れていきます」

聖母: 「この夕辺、私は『リトル・ペブル』に、深遠な意味のある光景を見せました。教会は十字架につけられているからです。小さき息子が描写したことは、子らよ、今、直面しようとしている時代についての、一つの示唆を与えるものです。地上の神秘的教会は、その「カルワリオ」を通過するでしょう。私の神なる息子と共に、教会のために重い十字架を担っている全ての子らは、教会と世に対する目に見える印となるでしょう。それは、数多くの印が人類に与えられる時が迫っているからです。最初に警告として。第二に慰めとして。第三に罪人の回心のために。信仰に対する艱難の、この長い年月の間に離れ迷ってしまった多くの者たちを、群れへと連れ戻すためです。
 私の神なる息子は、数多くの印が今、神の御言葉を告白する者たちを通して、彼らの肉体と霊魂に与えられることをお望みです。とりわけ、聖にして母なる公教会の子らの何名かの、目に見える聖痕によってです。子らにとって、なぜ神なる息子が、子らの霊魂の内に受難を再び生きつつあるのかを理解することは重要です。それは人類が弱くなってしまったからです。彼らは信じないでしょう、見ない限りは。そして、いくらかの者は見ても信じないでしょう! 神なる息子が、地上を歩かれたときそうだったように、今度も又そうなるでしょう。キリストは、彼の栄光のため、罪人の救いのために献げられた霊魂のうちに、地上を歩いておられるのです。甘美なる子らよ、信仰へと立ち返らせ、あるいは強める印のみならず、印と共に十字架がもたらされる時代へと入りつつあります。この十字架は、世の子らのために自らを献げる霊魂だけのためのものではありません。むしろ、弱くなっている者のため、神を否定している者のためです。神は他の御怒りの印をお示しになるでしょう。それは、神が大いなる印や不思議を与えられるとき、弱い者や悪い者を回心に導くために、懲罰がそれに伴うからです。それ故、甘美なる子らよ、今宵告げることをよく考えなさい」(リトル・ペブルに与えられたメッセージNo.502、1995年12月2日)

 1986年以来、リトル・ペブルは、聖痕として知られている主の御傷を身に帯びるようになりました。これは彼への神の賜物です。彼の体に傷は見えませんでしたが、痛みはありました。主と聖母は、リトル・ペブルとキリストの受難の共有について多く言及してこられました。このときから彼は、しばしば茨の冠を被りました。1993年、彼は別の傷に苦しむようになりました。今回は彼の左の踵でした。聖母は、左踵に同様の傷をお示しになりました。ソーンブッシュもまた、左踵に同様の傷を持っています。これは1995年8月15日、カナダのラブニールのグロットで、ソーンブッシュに与えられた公のメッセージで言及されました。ソーンブッシュは幻視を次のように話し、描写しています。
ソーンブッシュ: 「聖母は、まだ血の涙を流しておられます。しかし、聖母は美しく微笑まれ、マンティラは太陽のように明るく輝いています。聖母は、左鍾の御傷の特別な賜物をくださいました。私はそれを非常に深く感じることができます。私は聖母の御傷から光がリトル・ペブルの左足ヘ、私の左足の傷へと発しているのを見ました」(ソーンブッシュヘの聖母のメッセージ、1995年8月15日)

 これらは非常に現実的な傷であり、担うべき非常に現実的な十字架です。それぞれの傷は、神によってその目的のために、幻視者たちに与えられています。その目的は、彼らの霊魂の聖化も含まれています。このような方法で神は彼らを聖化し、徳の実践は、更に英雄的なものになります。これは、神が彼らから「真理の印」「希望の印」「勇気の印」を作り出すもう一つの方法です。リトル・ペブルが体に帯びている「傷」に関する、主と聖母のメッセージのいくつかにふれたいと思います。1995年10月17日、彼は脛にある苦しみについてお尋ねするため、ソーンブッシュを通して聖母に手紙を書きました。彼の守護天使は、この傷は、主が十字架の道行きの間に、地に倒れられたときの御傷だと言われました。聖母は彼女を通して1995年10月27日にお答えになりました。
聖母: 「あなたに挨拶します。悲しめる汚れなき御心の愛する岩よ。そうです、この苦しみは、あなたの帯びている目に見えない傷からのもので、それは子らの聖徳の不足の故に、わが神なる息子が受けられたものです。神なる息子は、他の者たちの聖徳が向上するように、十字架の重い重荷の下に倒れることをお望みになったのです。小さき子よ、あなたはこの傷を帯びたので、多くのことを非常に深遠な仕方で理解するようになるでしょう。あなたの膝は血を流さないでしょう。けれども、そこには二つの目に見える白い十字架が現れるでしょう、それぞれの膝に一つずつ。私は既に小さきソーンブッシュに示しました。彼女も、あなたの苦しみを、肉体的に神秘的に支えているからです……」(リトル・ペブルのための聖母のソーンブッシュへのメッセージ。1995年10月27日)

 この少し後、サンフラワーとして知られている、カナダのもう一人の幻視者が、ソーンブッシュを通して、リトル・ペブルの傷について聖母にお尋ねしました。以下の聖母のお答えはとても示唆的です。
聖母: 「私たちの分かたれざる一致した聖心の内における、汚れなき御心の愛する岩よ、あなたに挨拶します。傷はあなたの苦しみを増し加えています。今、心と魂の全てをもって、霊魂の救いのために、愛をもって苦しむことを受け人れた少数の愛する道具たちに、多くのことが求められているからです。バチカン内部にも多くの混乱があります。愛する巡礼の教皇は、このためにとても苦しんでいます。また教会聖職者のあらゆる不従順のためにも。わがバラ、ソーンブッシュとあなた、小さき『白き岩』は、同じ迫害の十字架上で、愛されし巡礼の教皇を支えています。次第に、あなたが、わが神なる息子の受難から受けている全ての傷は、目に見えるようになるでしょう。
 まず初めに、白い光の十字架が現れるでしょう。それらは毎月の初金曜日に染み出る香油とともに、目に見えるようになるでしょう。傷の苦しみは次第に増していくでしょう。四旬節の期間中は更に増すでしょう。聖金曜日には、茨の冠やその他の傷のいくつかは、更に明瞭に見えるようになるでしょう。傷はまだ目に見えるように開かれてはいません。あなたが今求められている全てのことを、なしとげ続けることができるように。栄光ある復活の主日には、傷は目に見えるようになるでしょう」(リトル・ペブルのためのサンフラワーへのメッセージ。1995年11月8日)

 このことから、この傷に見られるようになる「白い十字架」と「香油」に関して、人々に印を明らかにされることを、神はお望みであることがわかります。この印を通して多くの人々が、リトル・ペブルに与えられているメッセージと、ミッションの真正性を信じるよう導かれるでしょう。更に霊魂の救いのための、教皇と二人の幻視者の一致を見ることができるでしょう。このメッセージの数日前、主はリトル・ペブルの苦しみと、苦しみにおける特別な一致について、ソーンブッシュにお話しになりました。
主: 「わが受難の甘美なる岩、リトル・ぺトロよ。わが聖心をもって、至聖なる御母と一致してあなたに挨拶する。今あなたに起こりつつあることについて思い煩うな。あなたは神秘的なバラ、ソーンブッシュヘの強力な神秘的支えであるからだ。あなたが多くのことを感じているのは、あなたの内でわが受難も増えているためだ。これは肉体的に大きな要求である。小さき息子よ、ソーンブッシュは苦しみによって、あなたを支援しているということも知っておきなさい。聖にして母なるわが地上の教会で、多くの不法が準備されている。とりわけ教皇に対して。多くの者が彼に反逆しているからである。あなたは彼と神秘的なバラ、ソーンブッシュと共に、わが神秘体内部の神秘的な結び目を保つために苦しんでいる。多くの苦しみと犠牲が必要なのだ、わが子にして甘美なる使徒のプリンスよ。『小さき岩』、未来の代埋者よ、あなたを祝福する。神秘的なバラ、ソーンブッシュを祝福する。統治している代理者に祝福を贈る。あなたが多く苦しむように呼ばれているとしても、あなたはまた特別な慰めを受け取るだろう」(リトル・ペブルのためのソーンブッシュへのメッセージ。1995年11月5日)

 1995年12月7日、リトル・ぺブルはもう一度(ソーンブッシュを通して)主の受難の彼の苦しみについて聖母に質問しました。「お母様、私がどのように全面的な受難を受けるのか説明してくださいませんか。私はソーンブッシュのように眠ることはないでしょうから。それはピオ神父やジノ神父のようにでしょうか? 私は食べることや眠ることを止め、今のようにものを書き続けることができるでしょうか? ありがとうございます、わが愛にして神秘的な浄配よ。あなたの息子『白き岩』」 聖母は数日後、ソーンブッシュを通して質問に答えられました。
聖母: 「わが神なる息子の受難の愛する小さき『白き岩』よ、あなたはソーンブッシュが入ったような眠りに入ることはないでしょう。しかし、あなたが聖痕を受ける仕方は、私たちの息子、聖なるアシジのフランシスコのそれに似たものになるでしょう。全御出現の聖堂にある十字架像は奇跡的なものになり、生きているようになり、御傷からは血が流れるでしょう。これは、あなたが受難を全面的に生きる時が近づいているというあなたへの印です。大量の光が、わが神なる息子の御傷から発するでしょう。あなたは働き続けるでしょう、小さき息子よ。あなたは旅行を続けるでしょうが、以前ほど頻繁ではないでしょう」(リトル・ぺブルのための聖母のソーンブッシュへのメッセージ。1995年12月10日)

【 苦しみの福音 】

 聖母は母として愛の全てを、子らにお与えになります。彼らが、狭き十字架の道に従うのを助けるために。全てのキリスト者は、キリストと共に「共贖者」又は「共働者」となるように呼ばれています(1コリント3:6)。いくらかの人々は、全教会の善のために、特別なカリスマを与えられています。リトル・ペブルは、そのような人々の一人です。彼は聖パウロが手紙の中で言及している「苦しみの福音」を共有しています。「キリストの体、すなわち教会のために、キリストの苦しみの欠けたところを補う」(コロサイ1:24)。この点においてリトル・ペブルは、聖母の汚れなき御心を通して、聖母の御苦しみを共有しています。聖母は「共贖者」にして「全ての恵みの仲介者」だからです。聖母に関して、ヨハネ・パウロ2世は、このことを「苦しみの福音」の見地から説明しておられます。
ヨハネ・パウロ2世: 「彼女の現存による御子の受難の証人として、そして彼女の同情による受難の共有者としてマリアは、最初に引用した聖パウロの表現(コロサイ1:24)を予期のうちに体現することによって、苦しみの福音に特別な貢献を捧げられました。真に聖母は『キリストの苦しみの欠けたところ』を、既に心において為したように『肉において満たす』のだと、主張することのできる特別な資格を持っておられます」(「サルビフィチ・ドローリス」25頁)

 教皇様は、この特権を更に説明なさいます。

ヨハネ・パウロ2世: 「キリストの苦しみにあずかる信仰は、それと共に内的な確信をもたらします。すなわち、苦しむ人は『キリストの苦しみの欠けたところを満たす』のだという確信、贖いの業の霊的次元において、キリストのように兄弟姉妹の救いのために奉仕しているのだという確信です。それ故、彼はかけがえのない奉仕をしているのです……人間の霊魂を変容させる恩寵への道を明示するものは、他の何よりも苦しみです……キリストの苦しみにあずかる人々、彼ら自身の苦しみの中に、世の贖いの無限の宝の非常に特別な部分を持っており、この宝を他の人々と分かち合うことかできるのです」(「サルビフィチ・ドローリス」27頁)

 これは勿論、キリストによって成し遂げられた贖いが、不完全であったということを意味するのではありません。
ヨハネ・パウロ2世: 「それは否です。それはただ、満足すべき愛によって成し遂げられた贖いは、人間の苦しみにおいて表現される全ての愛に対して、常に開かれたままに留まっているということを意味しているだけです。この次元、愛の次元で、既に完全に成し遂げられた贖いは、ある意味において、常に成し遂げられ続けるのです。キリストは贖いを完全に、その極みまで成し遂げられました。しかし同時に、キリストは、それを終わらせておしまいにはなりませんでした。それによって世の贖いが成し遂げられたこの贖いの苦しみにより、キリストは御自身を、始めから全ての人間の苦しみに向かって開き、常に開き続けておられるのです。そうです、この苦しみが絶えることなく成し遂げられ続けていることを要請するのは、キリストの贖いの苦しみの、まさしく本質的要素であるように思われます。」(「サルビフィチ・ドローリス」24頁)

 教会の歴史において、多数の聖なる男女の例が満ち溢れています。最も偉大な聖人たちの多くは、神は弱い者、そして世が愚か者と考える者をお選びになるということを世に示しました。この世の知者を困惑させるために。このことは何世紀にも渡る、諸々の殉教者の英雄的な証しによって例証されてきました。使徒聖パウロは、とりわけよい例です。以下の聖書のテキストに、注意を払っていただきたいと思います。

【 「私は信じてきた御方をよく知っている」(テモテ第2:12) 】

 私は常に、リトル・ぺブルと聖パウロとの相似を考えてきました。以下の例をよく考えてください。聖パウロはこの真実を、われわれのキリストヘの合体が、彼の受難において、真に分かち合うものだと表明しています。 「それとも、あなた方は知らないのですか。洗礼を受けてキリスト・イエズスと一致した私たちは、皆キリストの死にあずかる洗礼を受けたのではありませんか。私たちはその死にあずかるために、洗礼によってキリストと共に葬られたのです。それはキリストが、御父の栄光によって死者の内から復活させられたように、私たちもまた新しい命に歩むためです。その死にあやかって、キリストと一体となったとすれば、私たちはその復活にもあやかって一体となるでしょう。私たちの内なる古い人間が、キリストと共に十字架に付けられたのは、罪に縛られた体が滅ぼされて、もはや罪に仕える奴隷でなくなるためであることを、私たちはよく知っています。死んだ者は罪から解放されているのです。キリストと共に死んだのなら、またキリストと共に生きることにもなると私たちは信じます。」(ローマ6:3-6、8)
 聖パウロはキリストによく似ているので、キリストを真に愛する人の中で働かれるキリストの恵みの驚くべき証人です。以下の美しい聖書の言葉は、彼がキリスト・イエズスに「はい」と答えて以来、やって来る試みと苦しみの連続の記述です。これらの聖句を黙想してください。それは、これがリトル・ペブルにも当てはまると思うからです。 「ところで私たちは、このような宝を、いわば『土の器』の中に人れて持っています。奉仕者としてのこの上なく優れた力は、神のものであって、私たちに由来するものではないということが分かるためです。私たちは四方八方から苦しめられるが、行きづまりはしない。途方に暮れるが、望みを失いはしない。迫害されるが、見捨てられはしない。打ち倒されるが、滅びはしない。私たちは、いつもイエズスの死に瀕した状態を体に帯びています。それはまた、イエズスの命がこの体に現れるためでもあります。実に私たちは生きているけれども、イエズスの故に絶えず死の危険にさらされています。イエズスの命が、私たちの死すべきこの身に現れるためです」(2コリント4:7-12)
 長年に渡り、ことにこの10年、リトル・ペブルは多くの試み、困難、裏切り、中傷、嘲笑を、個人からも報道機関からも受けてきました。これは単に国内だけでなく、国際的な規模のものです。しかし、彼は全力を出して(アブラハムや聖パウロの如く)神は御自分の御言葉を成就されることをよく知っていて、神に忠実であろうと戦ってきました。神の、御自分の御言葉に対する誠実さは、聖パウロが美しく描写しています。「『私は信じた。それで私は語ったのだ』と聖書に書いてあるとおり、信仰をもたらす、その同じ『霊』をいただいているので、私たちも信じ、またそのために語ってもいます。主イエズスを復活させたお方が、イエズスと共に私たちをも復活させ、あなた方と共に御前に立たせてくださるのだと、私たちは知っています。これら全てのことは、あなた方のためであり、それで恵みは一層多くの人々のもとで増し加わって、感謝は満ち溢れ、神の栄光があるようになるのです」(2コリント4:13-15)
 これは非常に重要な章句です。なせなら、聖パウロは、旧約時代の聖なる人々の信仰をもって、自身を確認したからです。「私は信じた。それで私は語ったのだ」 この一節は、詩編116の一部分です。聖パウロの信仰は実に美しい。私は、リトル・ペブルはこの時代の「小さきアブラハム」として、この語句を容易に言うことができると思っています。いにしえのアブラハムの如く、神は御自分の僕の正当性を証明され、国々の預言者とされることをよく知っていますので。彼は神に、聖パウロの如く忠実であり、キリストの神秘体のために身を完全に犠牲にしていると自負しています。聖パウロと同じ心で、リトル・ペブルは言うことができます。「私たちはいつも、イエズスの死に瀕した状態を体に帯びています。それはまた、イエズスの命が、この体に現れるためでもあります。実に私たちは生きているけれども、イエズスの故に、絶えず死の危険にされされています。イエズスの命が、私たちの死すべきこの身に現れるためです。それで死は、私たちの内に働いていますが、命は、あなた方の内に働いていることになります」(2コリント4:9-12)
 更にあなた方の兄弟リトル・ペブルは、彼の苦しみが、全教会の利益のために役立っていることをよく知っています。「人々の間で恵みが増せば増す程、神の栄光に感謝が捧げられる」ために、三位一体の神は、このことを御許しになっているのです。リトル・ペブルの担っている十字架はとても重く、これが彼の人生における神の現存と、聖母から受けているメッセージの確かな印であります。聖ヨハネは、このキリストの福音の中心的課題であることを、旨く表現しています。「このように、神の子と悪魔の子とは、はっきり区別されます。神の御心を行わない人は、神に属していないものです。また兄弟を愛さない人もそうです。兄弟の皆さん、世があなた方を憎んでも驚くことはありません。私たちは死から命に移ったことを知っています。なぜなら、兄弟を愛しているからです。私たちが愛を悟ったのは、イエズスが私たちのために命を捨ててくださったからです。子たちよ、言葉や口先だけでなく、行いをもって誠実に愛し合いましょう。これによって私たちは、真理に属していることを知り、たとえ良心に責められることがあっても、神の御前に安心していることができます。」(1ヨハネ3:10-11,13-14.16,18-19)
 過去に起こった試みと迫害を通じて、リトル・ペブルは、公私における彼を破滅させようとした人々に、真の愛徳をもって堪え忍びました。聖ヨハネは上に掲げた章句で、こんな人は、本当の神の子であると証言しています。

 次は、三重の契約の第三部分です。これはリトル・ペブルの、末来の教皇職にとって重要です。

【 C.最終的にペトロ2世となる終末の使徒の皇子(プリンス) 】

 全ての善意の人は、契約の預言者でありキリストの代理者としてのヨハネ・パウロ2世の後継者となる彼に一致しなければなりません。世界中の幻視者らの全てのメッセージは、この事実を何度も指摘しています。多くの機会に、主と聖母は、ヨハネ・パウロ2世の後に教会を指導してゆく、未来のキリストの代理者としてのリトル・ペブルについて言及してこられました。われわれが住んでいるごの時の光の中に、リトル・ペブルの未来の教皇職について考えてみましょう。

【 終末の時代 】

 聖母は、世界中の多くの御出現地を通して、この時代の「印」を解説しておられます。特に聖母は繰り返し、イエズスの再臨が近いことを言われています。ヨハネ・パウロ2世もまた近年、全教会への多くの教書で「印」を解説してこられました。
聖母: 「わが神なる息子イエズスの再臨は近いのです。この理由で私は主の再臨を宣言し、人類にとって重大なこの出来事に、わが子らを準備させるために地上にやって来るのです。それは御降誕よりもはるかに偉大なことです」(No.397、1993年7月13日)
 これよりずっと以前、1985年5月13日、御出現の聖地での公のメッセージで、主と聖母は、未来のペトロ2世としてのリトル・ペブルについての、神の秘められた計画を啓示されました。
主: 「近いうちに、われわれは邪悪な者マイトレーヤがこの世を支配し、彼と共に獣の印をつけられた者を、全て連れ去って行くことを許すであろう。わが子よ、あなたは反キリストと出会い、彼と戦うだろう。しかし子よ、知っておきなさい。地上の聖人たちは、しばらくは抑圧されるであろう」
聖母: 「ヨハネ・パウロ2世は、母なる公教会のために大変苦しんでいます。彼は、毎日あなた方の祈りを必要としています。なぜなら、天にいます私たちは、もうすぐ彼を天国へ連れて行くからです。そこでは、彼が充分に受けるに値する安息が与えられるのです。反キリスト・マイトレーヤが地上に現れて、偽牧者、偽預言者、また偽教皇として、ペトロの聖座に君臨するのです。この偽ぺトロに惑わされないようにしなさい。天の愛する教皇ヨハネ・パウロ2世の後に君臨する教皇は、偽教皇で歴史に残る反キリストです。しかし子らよ、この偽牧者がわが息子の家を治める時、真のキリスト信者は隠れてしまっていることでしょう。しかし子らよ、反キリストの教皇がペトロの聖座についている間、一人の偉大で聖なる教皇が隠れているのです。この教皇はペトロ2世となり、歴史上最後の教皇ということになります。彼は暗闇の時代にある教会、人類の歴史における最終の時にある教会を率いるのです」(No.28、1985年5月13日)

 時が進むに連れて、もっと深い意味が明らかにされていきました。

リトル・ペブル: 「(彼の幻視)私は今、サンピエトロ大聖堂を見ています。古い古い建物です。ローマのサンピエトロ大聖堂です。円屋根の背後に、黒みがかかった茶色の十字架があります。サンピエトロ大聖堂の隣に、他の教会があります。サンピエトロ大聖堂によく似ています。輝くガラスのようですが、何も美しいものはありません。清潔そうで現代化されており、茶色の血のついた十字架が見えます。他のサンピエトロ大聖堂に似た建物があり、金で輝いており、中も美しいです。その後に白い十字架があります」
聖母: 「わが子よ、あなたは今、神秘的結婚の神秘を見ているのです。あなたはイェッセの切り株(イザヤ11:19)の神秘を見ています。すなわち、聖なる代理者ヨハネ・パウロ2世が治めている古い教会、中央のは古い教会を全面的に新しくし、現代化された今日の教会を現しています。この教会にかかっている十字架を見ましたか? それは未来の聖なる教会の殉教なのです。ヨハネ・パウロ2世は、この教会を治めていますが、たった一人です。わが子よ、あなたは密かに、あなたの苦しみと祈りを通して、霊的に教会を指導する神秘的キリストの代理者です。すなわち、私からの知恵で、教会に対するあなたの助言です。沈黙の内に、あなたは新しい教会を治めます。わが子よ、あなたの見ている黄金の教会は、わが神なる息子イエズスが地上にお還りになる時まで、物理的に指導してゆく、清められた教会なのです。子よ、あなたが主の力強い力によって、この教会を治めてゆくでしょう。今日の教会は不純、堕落、腐敗の穴から救い上げなければなりません」(No.333、1991年6月13日)

 この主題は過去、月が経つにつれ迫力を増し続けてきました。ヨハネ・パウロ2世の苦しみは、聖母が訴えてこられた主題でした。教皇様のために、愛の真実の連帯としての祈りと犠牲を捧げることです。多くの場合、聖母は、教皇の殉教が近いことに触れておられます。その一つとして、聖母は言われました。
聖母: 「聖なる代理者ヨハネ・パウロ2世のために祈りなさい。彼は神秘体の殉教者だからです。未来の代理者のために祈りなさい。彼は神秘家のための殉教者だからです。全ての世界中の神秘家、特権の霊魂のために祈りなさい。彼らは神の御前に、多くの子らの救いのため、重大な責任を負っているからです」(No.377、1992年12月31日)

 1995年10月7日、主は重大なメッセージをリトル・ぺブルに与えられました。
主:「私が選んだ地上の神秘体を指導する代理者の如く、地上の神秘的教会を指導するため、私が選んだ私の光の子、愛のリトル・ぺブルよ、心配するな。あなたは不可謬ではないが、真理を所有している。あなたはわが羊を牧するため、真理はあなたと共にある。わが全ての羊たちの中から、えり抜かれているからだ。天国の鍵を受けたのはあなただ。地上のわが神秘的教会を指導する一つの恩寵として、わが魂はリトル・ぺブルに与えられたのである。神秘的教会の現在の分裂は、間もなく消滅する。それは近い内に特別な方法であなたに与えられる、ローマの代理者の命令によってである。わが子らが、一致の重大さを理解するための特別な光が与えられるであろう。一致は地上におけるわが家にもやって来る。全ての光の子らに一致をもたらすべく、来る年に特別な方法で、われわれは代理者を導いている」(No.497、1995年10月7日)

 もっと明確に、聖母は、キリストの代理者ヨハネ・パウロ2世と未来の代理者ペトロ2世の、一致の必要性を説明してくださいました。
聖母: 「地上の神秘的教会は、一つの聖なる清き教会である体として、一致しなければなりません。それは選ばれた柱と新しい使徒たちの指導のもとに、『現在』の地上での教皇ヨハネ・パウロ2世の権威のもとに、そして将来には、教皇ぺトロ2世の権威のもとに統治されます。ペトロ2世とは、神的愛の『リトル・ぺブル』に他なりません。私は全ての子らに一致し、『光のチーム』として働くことを呼びかけます。あなた方が一致すれば、真の教会も一致し、母なる教会に多くの実をもたらすのです。それで聖なる代理者は、その使徒的教導職をもって、地上における全ての様々なミッションを是認し、勇気づけることができるのです。
 神の偉大な計画を信じ確認するために、各ミッションは、この一致に至らねばなりません。甘美なる子らよ、互いの違いと弱さを脇へ置いて、共に働きなさい。教会が新しい夜明けへと、信仰の英雄の新しい光へと立ち上がることができますように。神に向かって『はい』と言うことを恐れてはなりません。赦しを請うことを恐れてはなりません。意見が違うからといって、共に働くことを恐れてはなりません。そうではなく、真の一致の橋を築きなさい。今や選ばれた子供たちは、神の計画の真理を認識する時です。たとえ論理的思考ゆえにそれを理解していないとしても、理屈は脇へ置かなければなりません。人間的理解は、脇へ置かなければなりません。甘美なる子らよ、理解するために祈りなさい。
 反キリストの時は近いのです。黙示録の成就の時は近いのです。今、共に立ち上がりなさい。そうすれば強くなって前進するでしょう。私はあなたたちにヨハネ・パウロ2世のもとの、一人の指導者を送りました。それは『清き岩』『リトル・ペブル』です。彼はヨハネ・パウロ2世が、私たちのところに来た後に、ペトロ2世となる者です。これは非常に近いのです。私はまた『リトル・ヨハネ』を遺わしました。彼は『リトル・ぺトロ』の援助者です。この二人の柱が、光の子らに一致をもたらすのを助けるでしょう。
 私はまたあなたたちに、世の光となるべき他の使徒たちを送りました。けれども、彼らが一つのチームとして一致しない限り、彼らは光となることはできません。地上の戦闘の教会のための一致と助けは、粉々になった神秘的教会にはないからです。一致した強力な『真理の軍団』においてのみ、教会と世は反キリストと戦い、来たるべき非常に困難な時期に打ち勝つために導かれ、強められることができるのです」(No.499、1995年11月1日)

【 終末の使徒たち 】

 多くの場合、主と聖母は、リトル・ぺブルを「小さきぺトロ」として言及されてきました。これは彼が、終末の時の聖母の使徒のプリンスであるからです。聖母は多くの場合、彼女の12使徒のことをお話しになりました。明白に、彼らとリトル・ペブルとの関係についてです。
聖母: 「今日は、私の使徒と私の小さい息子、愛のリトル・ペブルが、母なる聖会の代理者となった時、彼と共に働く使徒たちのことを、世界に知ってもらいたいと思います。(聖母は小さきヨハネと小さきバルトロメオを、この時確認され、他の者も時が来たら明らかにすると指摘されました) 世界の子供たちは、教会を支配し人類を助け導くことに、重大な責任が始まっている使徒たちのために祈るべきです。私の子よ、あなたが司祭であるとき、愛のリトル・ペブル、全ての使徒があなたと共に集まり、それで教会は誰について行くかを知るでしょう。(No.398、1993年8月13日)

 この章の要約です。リトル・ぺブルは「リトル・アブラハム」として、またヨハネ・パウロ2世の後の、未来のキリストの代理者として語られている、多くの中から選び出されました。彼は、主が言及された「王国の鍵」の注目すべき恵みを受けています。そしてキリストの神秘体の真の一致を回復する使命を受けています。これは将来、ヨハネ・パウロ2世の特別な命令を通してもたらされます。信仰の預かりものに対する管理と、忠実な伝達者は、常に聖なる代理者です。教皇は教え、支配し、信仰の賜物を完全に維持するため、信者の体全部を浄化し、精神面と真実さにおいて、礼拝する純粋さを保つことに首位権を持っておられます。今や恵みと権威の重要な題目を告げるときです。

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第4部:恩寵と権威のライン(系統)
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 聖母のメッセージは、神の子らの一致を常に推進してきました。聖母は、教導権への忠実さを育ててこられました。キリスト教徒の生活における、教導権の基本的役割を理解することは重要です。われわれの時代は、宗教の権威の寛大さについて知られていません。大低の人々は「良心の自由」の誤解に基づいて、教会の権威に対しての「不同意」を正当化しています。教皇ヨハネ・パウロ2世は、教義委員会の集会で、最近の公式会見の席上で、この問題に大きな光を与えてくださいました。
ヨハネ・パウロ2世:「教会の教導権の意味は、教義の真理と関連して考えられねばなりません。その力と権威は、実際キリスト教徒の真理の力と権威に証明されています。教導権、その権威は、イエズス・キリストの御名において行われます。(参照デイベェルブムNo.10) 教導権は、真理への奉仕の一機関であり、真理は人間の歴史を通して忠実に手渡され、止まることがありません。」(オッセルバトーレ・ロマーノNo.48-29、1995年11月)

 教会の歴史を通じて教導権は、信仰を護るために注目すべき干渉を行ってきました。教導権による権威の行使を常に批評する人、この権威に不快を感ずる人々がいました。これは社会の特定の部門に広く行き渡っている、誤った概念に基づくものです。教皇は、この点を明らかにされました。
ヨハネ・パウロ2世: 「それは権威の捉え方の間題です。なぜなら共同体は、基本的に神の御言葉にともに忠実であること、また結果的に、真理による生活を確信することに基づいているからです。信ずべき事柄を決定し、表明するために、権威は否定できないものです。それ故、緊急に権威の公式の概念を復活させる必要があるように思われます。単に形式的法律の見地からでなく、もっと深くキリスト教徒の忠実を保障し、自ら護り、導き、信ずる者が使徒の説教と接触し、信者の現実そのものの源泉となる伝統を存続させる手段としてです」(オッセルバトーレ・ロマーノ、No.48-29、1995年11月)

 このように、教会の教導権に関する教えは明白です。司教区や小教区の段階で、この権威の適用を眺めることは重要です。現時点で司教、司祭は、教会の多くの問題についての最前線です。御出現はまず、司教区の段階で広まります。霊的指導と司牧的見地から、幻視者に与えられたメッセージについて、信者は明白な指示を与えられなければなりません。この段階で司祭は、メッセージを通して信者に回心と再福音化を伝えることには批判的です。我々は、司祭を通じての恩寵のライン(経路)をよく認識しなければなりません。

【 司祭を通しての恩寵のライン(経路) 】

 識別の権能は、叙階式と更には司教の聖別により、教会の位階に委ねられています。カトリック要理は、この恩寵のライン(経路)について言及しています。
カトリック教会のカテキズム: 「完全で活きた福音を保護するために、使徒は司教を後継者として教会に残した。使徒は、司教に教える権威の立場を与えた。実際、霊感を受けた書物に、特別な方法で説明されている『使徒的説教』は、世の終わりまで引き続き受け継がれ、保護されてきた」(CCC77項)

 第2バチカン公会議は、恩寵のラインと権威について、この真理を強調しています。
「司教たちは、使徒の後継者であればある程、全ての人に教え、被造物に福音を説く使命の全権を、天においても地においても、主より与えられています。それで全ての人は信仰、洗礼、十戒の遵守を通して救いを得ることができます。司教たちは、新しい弟子をキリストに導く、信仰の先駆者であります。彼らは公式の教師であります。すなわち、彼らに割り当てられた人々に信仰を教えます。彼らの考えを知らせ、行動を指導するよう定められた信仰です。そして聖霊の光の下に信仰を輝かせ、新古の啓示の貯蔵所から信仰を引き出します。(マタイ13:52参照) 彼らは果実を実らせ、誤謬から信者の群れを遠ざけるよう見守るのです」(ルーメンゼンチウム24,25)

 それ故、司祭織を適しての恩寵のラインは、真理の守護者として必要です。適切な識別の賜物はここにあります。取り去られることはありません。それは使徒の後継者として、この権利を行使する司教たちに属します。それは実際、魂の中の聖霊の働きを息苦しくさせるものではなく、むしろ善いものを全て受け入れ、聖性の内に教会を築き上げるのに利益となります。第5部では、権威の乱用の問題を話したいと思いますが、ここでは教導権を補完する、他の恩寵のラインを見てみましょう。

【 預言的恩寵のライン 】

 これは各世代における教会の改革、再生に関係しています。教会は、使徒と預言者の上に建てられました。主は最後の晩餐において、聖霊降臨の時に聖霊を送ると約束なさいました。その方を「いつまでもあなたたちと一緒にいるようにしてくださる。真理の霊、その方を」(ヨハネ14:16) 真の預言は、保管されている信仰に矛盾しないし、むしろこの保管されているものの中に隠されているものを実現します。聖霊はキリストの神秘について、教会の理解を深めてくださいます。過去二百年間に、無原罪の聖母の勝利について、幻視者や神秘家により、多くのことが明らかにされました。恩寵のラインは、主の輝かしい再臨と、ファティマの聖母に預言された新時代について、世界が注意することに焦点を当てられました。神は、世界中で多くの幻視者を立てられ、教会と、現時点で全地球的規模の悪に脅かされている世界の、発展と再生を促してこられました。1917年、聖母はファティマの子供たちに、我々の時代に対する神の御旨をお話しになりました。

【 マリアの汚れなき御心へのロシアの奉献 】

 これは預言的恩寵のラインの、最近の特殊な例です。1917年7月13日のファティマの牧童に対する聖母の御出現は、とても意味深いことです。聖母は、世界でも非常に重要な人物、すなわち教皇に特別な要求をなさったことを、教会と世界に知らされました。今世紀の諸教皇は、ファティマの御出現に従って、この要求を果たす責任がありました。聖母が語られたことを手短に見てみましょう。
聖母:「あなた方は、あわれな罪人の霊魂の行く地獄を見ました。彼らを救うため、神は私の汚れなき御心の世界的な信心をお望みです。私があなた方に言ったことが果たされたら、多くの霊魂が救われ、平和が来るでしょう。戦争は終わるでしょう。しかし、もし人々が罪を犯すことをやめないなら、ピオ12世の代にもっと悪いことが起こるでしょう。あなたがある夜、未知の光が輝くのを見たら、神がお与えになる偉大なしるしであることを知りなさい。すなわち神は、戦争、飢餓、教会と教皇への迫害などの手段によって、世界をその罪のため罰しようとなさっているのです。これを阻止するため、ロシアを私の汚れなき御心に奉献することと、初土曜日に償いの聖体拝領を願いにやって来ました。もし、私の要求が聞かれるなら、ロシアは改心し、平和があるでしょう。さもなければロシアは世界中にその誤りを広げ、戦争を引き起こし、教会は迫害されるでしょう。善人が殉教し、教皇はひどく苦しみ、多くの国々が消滅するでしょう。最終的に私の汚れなき御心は勝利し、教皇は私にロシアを奉献し、ロシアは改心するでしょう。世界に平和の期間が訪れるでしょう。ボルトガルは信仰の教義を常に保つでしょう」(1917年7月13日、ファティマの聖母、シスター・ルチアの手記より引用)

 多くの恩寵とその結果は、聖母の要求に対する反応いかんによって左右されます。このメッセージとそれにつれて起こる出来事は、預言的恩寵のラインの有効性、合法性の明らかな確認であり、神はその中で、世界に何か起こらねばならぬかを知らせようとなさっています。こちらか、あちらか。もし要求か聞かれるなら、ある結果がやってくるし、そうでなければ他の結果となるでしょう。ファティマの聖母を通して示された神の御意志を行うことは重要です。われわれは、ロシアがその過ちを広め、聖母の汚れなき御心にロシアを奉献する要求を満たすことなき歴史の中に生きてきました。聖母は上記の約束を保留なさり、再び償いの聖体拝領とロシアの奉献を願いに来られました。1925年12月10日、聖母はシスター・ルチアに御出現になり、汚れなき御心が茨に囲まれていることをお見せになりました。
聖母: 「わが娘よ、茨に囲まれたわが心をご覧なさい。恩知らずの人々の冒涜と忘恩が、毎瞬間私を突き刺すのです。少なくともあなたは私を慰め、5か月間初土曜日に告解し、聖体を拝領し、ロザリオ一環を唱え、ロザリオの15玄義を黙想しながら、私と共にとどまる全ての人々を、救いに必要な恩寵をもって、臨終の際に助けることを約束すると告げてください」(1925年12月10日、聖母よりシスター・ルチアヘのお言葉の引用)

 全ての人々が、償いの聖体拝領をするようにとの聖母の要求なのです。これは条件付の約束の形の、預言的恩寵のラインの見本です。これは全教会に公開されています。聖母の願われることに従うことは、とりもなおさず神の御旨です。神の恩寵への返答は、各人にとって自由ですか、確かに重大な結果をもたらします。1929年6月13日、聖母は再度御出現になり、ロシアの奉献を要請されました。聖三位一体と汚れなき御心の美しい幻をシスター・ルチアにお見せになった後、聖母は時がきたことをお告げになりました。「聖母:『神は教皇が全世界の司教と一致して、私の汚れなき御心にロシアを奉献すること、その手段により世界を救うことを教皇に要請なさる時がやってきました。私に対して犯した罪のために、神の正義が有罪と判定される多くの人々がいます。このため、私はこの意向をもって、償いとあなた方自身の犠牲と祈りを願ってやって来ました』 私は聴罪司祭が、聖母が望まれたことを書き取っておくようにと命じられたので、このことを説明しました。後に主は、親しい交わりの中で私に不平を申されました。『彼らは、私の要求に注意を払おうとはしない。フランスの王のように彼らは後梅するだろうが、もう遅い。ロシアは既にその誤りを世界中に広げ、戦争を挑発し、教会を迫害し、教皇は大いに苦しむことになろう』」(1929年6月13日、シスター・ルチアの言葉より引用)

 最近の預言的恩寵のラインを通して知られるようになった神の御旨を果たすことが、いかに大切であるかお分かりになったことでしょう。主と聖母は、霊魂の善のために、天が指示したことに服従することの必要性を指摘されました。この時代におけるリトル・ぺブルの役目は決定的です。主と聖母が彼に与えられたメッセージは、全世界にとって非常に重要です。

 神がリトル・ぺブルにされた三重の契約は、絶大な重みを持つものです。いにしえのモーゼのように、リトル・ペブルは、来たるべき大天罰を通して生き残る神の民を導かねばなりません。これらのメッセージを読み、それに従って人生を形成することが必要です。これが神がリトル・ペブルを立てられた理由です。これが教会が暗黒の日々にある時、霊的指導を与えるべく、神がシエナの聖カタリナを立てられた理由です。この問題に関して、教皇様は一般謁見で非常に重要な点を説明なさいました。
ヨハネ・パウロ2世: 「教会の歴史と聖人の生涯を見ると、聖霊が預言的御言葉の霊感をお与えになるのは、キリスト教徒の共同生活を発展、もしくは改革を促されるときであるように思われます。これらの言葉は権威を行使する人々に向けられています。シエナの聖カタリナの場合がそうです。彼女は、教皇がアビニヨンからローマに帰国されるよう助言しました。ことに教会にとって困難な時に、教皇や教会の他の牧者たちが使命を果たすことができるように、光と力を与えた多くの信者や聖人たちがいます」(オッセルバトーレ・ロマーノ、1992年7月1日、N.26)

 このように、教会は信仰に基づいて導かれるだけでなく、預言的恩寵のラインによっても導かれるのです。
聖トマス・アクィナス: 「預言は、われわれに信仰に基づいて教えるだけでなく、行動も指導することで、神的真理の知識に導いてくれます。そのようなわけで、信者の霊的利益となるとき、その人がするべきことを神は指導されます」(神学大全、第2-2、質問174,6)

 この手紙の終わりには、リトル・ぺブルの私生活を取り扱わねばなりません。また、この結論の終わりにある特殊な問題も扱います。一人の人間としてのリトル・ペブルについて、正しい理解をすることか必要です。

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第5部: 結 論
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【 リトル・ペブルの私生活 】

 8年間におよぶリトル・ぺブルの聴罪司祭として、彼の私生活を理解するのに、私は大抵の人より有利な立場にあります。私は彼と共に毎日働いています。聖シャーベル修道会の共同体は、カトリック家族の固く結ばれた団体で、全員が修道会の信仰生活に努カしています。われわれは祈り、仕事、娯楽など全てを共にしています。われわれは修道会の会則会憲に従って、成聖という共通の目標のために働いていますので、全員がキリスト信者の徳を生きるべく努力しています。私はリトル・ペブルを知るに充分な機会をもってきました。彼の修道会の共同生活の年月、私は彼の喜びと悲しみの一部分でした。実際、共同体の各人がこの経験をもっています。各人が共同体建設のため、共通の目標と目的を遂行するため、共同体会議で共に働きます。彼が全修道会の調停者です。しかし、彼は共同体の第三部門会員です。彼が創立した同じ会則会憲に拘束されているのです。


【 既婚者 】

 リトル・ペブルは8人の子持ちの既婚者です。そのうえ、彼は聖母のミッションのため事務所で働いています。彼は多くの幻視者、神秘家、恵みの霊魂と、個人的に郵便や電話やファクスなどを通して、毎日接触しています。彼は、聖シャーベル修道会の創立者で、全ての共同体のモデレーター(調停者)だからです。彼は、オーストラリアや世界の広範な地域の人々と活発にかかわっています。
 現在、世界中で11の共同体かあり、なお3つが初期の創立段階にあります。彼は良き父親で、家族と仲の良い家庭人です。彼の毎日の生活はバランスがとれていて、家庭への義務を優先させています。彼の妻は幸せな婦人で、家庭と子供の世話をする母です。彼はしばしば告解の秘蹟にあずかります。彼は共同体で毎日ミサにあずかり、家族への義務にさしつかえがなければ、共同体の祈りにやってきます。これら全てに増して、彼は主の御傷を受けています。たびたび痛みのために眠れません。それにも関わらず、翌日仕事にかかると言ってきます。夜はしばしば、神が彼をバイロケーションでどこかに送ろうとされ、天使が彼を連れて行きます。これは肉体的に非常につらいものです。

【 平和をもたらす人 】

 彼は、多くの注目すべき慰めを持っています。彼はイエズス、マリアを毎日見ます。特にミサにあずかった時や聖体拝領の後にです。彼は守護の天使や、神の仕事で彼を助ける他の天使を見ます。彼は非常に謙遜で、夢中になっていることがあっても、人々のために常に時間を割いています。彼は忍耐強く、試みにあって戦っている人々のために、神のあわれみを待っています。彼は、助けを求める人々の必要をとりなしています。彼は、神と隣人愛で一杯です。
 利害の対立を調停するよう、しばしば呼ばれます。人間的問題の故に、日毎にそういう経験をします。彼は常に全員の一致を推進します。霊魂たちの霊的指導にやって来る時は、司祭を通して恩寵のラインに従っています。彼は、イエズスが課された十字架を受け入れています。それは彼が神を愛し、親しくおもてなししたいからです。神は彼の真の宝で、現実の世界なので、心と口で神を運んでいます。彼は、神の証人です。イエズス、マリアは、深い悲しみと喜びに彼を参与させておられます。それが、彼が神についてたいそう美しく、また説得力のある話し方をする理由です。彼は、十字架の影の中で、積極的に生きている深い信仰の持ち主です。

【 名 誉 】

 私はまた、リトル・ぺブルの名誉と英雄的徳について証言したいと思います。果実によって木を語ることができます。彼が神の御旨に忠実に兄弟姉妹のために命を差し出してから久しくなります。神は彼に、ただ信仰、希望、愛のみで困難な事業を遂行するよう命じられました。1983年、聖母は、彼に仕事をやめて全ての時間を、神なる御子と汚れなき御心のために働くよう求められました。聖母は彼に、後梅はしないだろうし、聖母が用意するから、生きる手段に欠くことはないと約束されました。聖母の勧めに、彼は完全な信仰と信頼をもって従うことを決意しました。彼は優先すべきことを行い、決して後を振り返りませんでした。しかし、彼は多大の迫害を、ことに聖職者から受け始めました。そこには長い歴史があり、この書面で全ての事件を詳細に書き尽くすことはできません。たくさんの神の御言葉の拒絶という心の苦しみに彼は耐えてきました。聖母が全てにおいての彼の避難所です。

【 「私はあなたの人生の星です」 】

 神は御自分の預言者に、たくさんのことを頼まれました。世は、神が何を語ろうとなさっているのか理解しないかのようです。それはどの時代も同じでした。人々は光よりも闇を愛しています。預言者エレミヤの時代、主は人々の頑囲さを悲しまれました。「私の声を聞け、そうすれば私はお前たちの神となり、お前たちを私の民とし、幸せになるように、私の定める道を歩き続けさせよう。だが、彼らは私の言うことを聞かず、耳を貸さず、頑なな悪い心のままに行い、前に進むどころか後ろにさがった。その父たちがエジプトの地を出た日から今日までそうである。私は僕である預言者たちを、たえずひたすらお前たちに遣わしたが、彼らは聞かず、耳を貸さず、頭を頑なにし、父たちよりも悪いものになった。お前は彼らに、これら全てのことを語れ、だが彼らは聞くまい。お前は彼らを呼ぶが、彼らは聞き入れまい。彼らに言え、これは神なる主の御声を聞かず、懲らしめを受け入れなかった民である。真実はなくなり、その口から消えた」(エレミア7:23-28)

 わが主の時代も同様でした。そのため、イエズスは人々に喩え(たとえ)で御話しになりました。主は使徒に仰せられました。「彼らには喩えで話す。彼らは見ても見ず、聞いても聞かず、理解しようとしないからである。こうしてイザヤの預言は実現した。『あなたたちは聞いても悟らず、見つめても認めようとせぬ。この民の心は鈍くなった。耳を塞ぎ、目を閉じた。目で見ず、耳で聞かぬように、心で悟らぬように、改心して私に癒されぬように』」(マテオ13:13-15) イエズスへの拒絶は、イエズスの御名の下に派遣された者にも感じられました。「真に私は言う。あなたたちが私の兄弟である、これらの小さな者の一人にしたことは、私にしたことである」(マテオ25:40) 主を拒むことから、世は回心する必要があります。それはイエズスが送ると約束された聖霊の御業です。「そして、その方が来る時、罪について、義について、審判について、この世の過ちを指し示すであろう」(ヨハネ16:7) 教皇様は、全ての罪についての自覚について、基礎的な真理の説明をされました。
ヨハネ・パウロ2世: 「ゴルゴタにおける罪に関し、罪なき小羊の死に関し、世界を悟らせることにより、聖霊降臨の日に起こったように、聖霊は、人間の歴史の中のどのような場所、どのような瞬間に犯された罪でも全て明らかにされる。聖霊は、罪とキリストの十字架の関係を示します。『明白にする』とは罪の悪、すべての罪とキリストの十字架との関連を示すことです」(回勅「ドミニム・エト・ヴィヴィフィカンテム」32章)

 教皇ヨハネ・パウロ2世は、戦争を止め平和を作るために、繰り返し和解を呼びかけられておられます。彼は、訪れる諸国の人々を聖母に奉献しています。教皇パウロ6世は使徒的勧告「エバンジェリ・ヌンティアンデイ」(82章)で、聖母のことを「福音化の星」と呼んでおられます。聖母の浄配である聖霊は、世に罪を「明白に示し」、その罪の贖い主を示す業において、聖母をお使いになられます。
聖母: 「天の母である私は、あなたたちの人生の星です。東方の三博士たちのように、世を贖うイエズスヘの星に続きなさい」(メッセージNo.508、1996年2月3日)

 幻視者は、聖母の「ボイス・ボックス」(声帯)です。教会を強めるために預言が与えられます。教会位階(ヒエラルキー)と競合するものではありません。教会は「逆らいの印」であるだけでなく、イエズスのような預言者でもあります。御旨を行うために、預言者は肉において苦しまなければなりません。

【 預言者は時の印 】

 リトル・ぺブルは、ヨハネ・パウロ2世と密接に働く契約の預言者であるという点で特別です。彼は、神が契約を新たにされようとなさるのを、すべての民に示す印となっています。聖母は彼を「星」と呼んでいます。出現中の聖母の御心の隣に「星」があるのをリトル・ペブルは度々見ています。初めはそれか何を意味するか分かりませんでしたが、聖母は教えてくださいました。
聖母: 「わが子よ、あなたは皆が真理と正義の道をたどるための星です。それは私の御心の隣にあります。ですから皆はそれを見て、教会と世に対する永遠の御父の御旨が分かるでしょう」(メッセージNo.398、1993年8月13日)
 主は預言者エゼキエルに、彼は世に対する「印」であると仰せられました。「主の御言葉は下った、『人の子よ、私は、お前の目の喜びを、突如として奪い去る。嘆くな、泣くな、涙を流すな。黙って悲しめ。喪をつけず、頭に布を巻き、足に履物を履き、ロひげまで布を垂らさず、喪のパンを食べるな』 私はその朝、人々に話した。その夕方になって、私の妻が死んだ。翌朝、私は命じられた通りにした。すると人々は私に向かって言った。『あなたがしていることが、私たちにとってどんな意味があるかを説明してくれ』と。私は答えた、『主の御言葉は下った、イスラエルの人たちに告げよ。主は仰せられる。見よ、私はお前たちがあつかましくも誇りとするもの、お前たちの目の喜び、心の魅惑とする私の聖所を汚させようとしている。お前たちの残す息子と娘は剣で倒される。お前たちは、私のしたようにせねばならない。口ひげまで布を垂らさず、喪のパンを食べず、頭に布をつけ、足に履物を履け。嘆かず、泣かず、むしろ自分の罪のためにやせ衰えるほど互いに嘆き合え。エゼキエルはお前たちの印である。先に言ったことが起こるとき、お前たちは、彼がしたことをすべてまねよ。そうすれば、私が主であることを知る』」(エゼキエル24:15-24)

 何と多くの人が、人間的論理と理性で、リトル・ぺブルを裁いていることでしょう。人間的論理では神の神秘が分からないので、彼らはますます耳も目も見えなくなっていきます。これは主が地上におられた時と似ています。「印」を求める人々に、主は仰せられました。「今の世はよこしまな代で、印を求めるが、ヨナの印の他は与えられぬ。ヨナがニネベの人の印になったように、人の子は今の代に対して印になったのである。審判の日、ニネべの人は今の代の人と共に立ち上がり、今の代を罪に定めるだろう。なせなら、彼らはヨナの言葉を聞いて悔い改めたからである……」(ルカ11:29-32)

 1985年に主は、リトル・ペブルをもう一人のヨナとして言及されています。大きな戦い、ハルマゲドンの戦いについて主は語られました。
主: 「私は間近い災いについて世に警告するために、世にもう一人のヨナ、愛のリトル・ペブルを送っている。わが子よ、お前は地上の教会の軍勢を導き、この最後の時代において、子供たちをルシファーに対する勝利に導く。天の元后がお前の導き手となる」(リトル・ペブルに与えられたメッセージ、No.28、1985年5月13日)

 ヨナのようにリトル・ペブルは、私たちの世代の「印」です。神は新しい「三重の契約」を彼と交わしたからです。見ても「見ず」、聞いても「聞かない」私たちの世代が、再び神の御旨に心を改めるまでのことです。それは彼らが、リトル・ペブルは私たち全てにとっての印で、神は真に御旨を行うよう、この世代を招いておられるという真実を受け人れようとしないからです。ソーンブッシュの受けたメッセージを説明します。
聖母: 「私の小さき『白き岩』、愛のリトル・ペブルのために祈ってください。彼は今、受難を深く生きており、多くを求められているからです。愛の甘美なる岩のミッションは、彼が多くの者への印、真理の印、希望の印、勇気の印となるまで増します。彼を迫害する者、あざ笑う者のために祈りなさい」(マリア様からソーンブッシュへ、1995年11月13日、カナダ、ラブニール)

 聖母は、彼女の初期の1985年5月13日のメッセージで、小さき息子を導くことを約束しています。
聖母: 「挨拶します、小さき『白き岩』『愛のリトル・ペブル』、時の終わりの『小さきアブラハム』、汚れなき御心から挨拶します。私はあなた、小さき『岩』を導きます。今あなたを導いているように。私の内にすんでおられる聖霊は、あなたの霊魂に特別な光を送っています」(ソーンブッシュへのメッセージNo.485、1995年9月15日)

【 神に仕える働きにおける一致 】

 この手紙もそろそろ終わりに近づいていますが、アブラハムとロトに起こったことと、リトル・ペブルに起こったこと、今も起きていることとの類似について記そうと思います。見方によっては、私が記そうとしていることは悲劇です。それはロトにとって個人的悲劇で、アブラハムの寛大な心を大いに苦しめる大きな喪失です。アブラハムは、甥のロトを本当に愛していました。彼らが別々に別かれるのは、アブラハムの意志ではありませんでした。そうならねばならないことはなかったのでした。最終的に彼らが別れるのは、神の御旨ではありませんでした。ロトは、アブラハムの元を去るべきではなかったのです。これは性急で慎重さを欠いたもので、最終的にロトにとっては恐るべき間違いでした。より深く見てみましょう。

【 アブラハムとロト 】

 アブラハムとロトは、家族、同族と共に、神の御旨を行うため出立しました。何年もその地に滞在していました。一見、神が御約束を守られている証拠はありませんでした。彼らが移住するようにと言われたエジブトには飢餓がありました(創世記12:10-20)。彼らは、そこでとてもよく歓待されました。アブラハムとロトが家畜、金、銀で大変裕福になり、帰還する時がきました。このとき、悲しい出来事が起こったのです。ロトとアブラハムの別離です(創世記13:1-13)。これは神の御旨ではありませんでした。それは従者たちについての人間的不忍耐、プライド、貪欲によるものでした。ロトは、伴の者たちとともに離れることを選びました。これは誤りで、ロトと従者に、数え切れない悪い結果を招いたのでした。これをアブラハムは悲しみましたが、神はこの別離のすぐ後、約束を新たにされました。それは「見渡す限りの全ての土地を、私はお前と子孫に永遠に与える。私はお前の子孫を地の塵のように増す。地の塵が数え切れないように、お前の子孫も数え切れない程になる」(創世記13:15-17)
 ロトの生涯に起きたことは、真に悲しむべきことでした。彼は益々、神からの光を失い、慈悲深くなくなり、アブラハムと共にいたいとも思わなくなりました。アブラハムがロトに選択を任せたとき、ロトは下男を連れてソドムとゴモラに行くことを選びました。これは信じ難い悪い選択でした。ロトがそのことに気づかずにいることは不可能でした。聖書には「ソドムの民は悪しき者で、主に対して大いなる罪人である」(創世記13:13)とあります。ロトはそんな所に行くよりは、他の選択をすべきでした。このすぐ後にロトは、この悪しき者たちから侵害されました。そんな悪い所に住んでいては、災いが降りかかるのは時間の問題でした。4人の王がソドムの王と戦争することを決めたとき、そういう時がきました。街は侵略され、ロトと家族は、家財と一緒に捕虜になりました。彼らは別の所に連れて行かれました。アブラハムがロトが捕われたことを聞くと、彼はすぐさまロトと家族を救い出すために、敵と戦う318人の男を召集しました。アブラハムとその男たちは敵を夜、襲い、打ち負かしました。「彼は全ての品々、ロトの親類と所有物、婦人たちと人々を再び奪い返した」(創世記14:15) アブラハムの勝利は、本当に奇跡的でした。それはアブラハムの神の加護と、摂理のうちの信仰と勇気の真の証しでした。メルキゼデクはこのこと証ししています。「サレムの王、メルキゼデクは、パンとワインを持ってきた。彼は至高なる神の祭司だった。彼は祝詞を述べた。『天と地の創造主なる至高なる天主によりて、アブラハムは祝せられた。お前の敵を、お前の手に渡した至高なる天主は祝せられ給え』」(創世記14:18-20)
 アブラハムによって災いから救われた後も、ロトがまだソドムに住みたいと思ったことは、とても信じ難いことです。でもそうしたのです。ロトとその家族は、小さな「パラダイス」と感じたソドムに再び腰を落ちつけたのでした。このような悪しき人々の盲目さは、想像することが難しいことです。にもかかわらず、ロトは戻ってアブラハムと共に生きようとは思いませんでした。時がたって、主なる神はこれらの都市を滅ぼし、更地にすることを決められました。主なる神はこの考えをアブラハムに打ち明けました。神はソドムの町を、その極悪さゆえに滅ぼすことを望まれました。この時点でアブラハムは、町の人々とロトのために、神が彼らに罰を下されることから免れるように介入しました。アブラハムは懇願しました。「あなたは義人を、罪人と共に本当に滅ぼされるのですか。たぶん町には50人の義人がいるでしょう。本当に打ち倒してしまうのですか。そこにいる50人のために町を免れさせないのですか。そんなことをなさろうと思わないでください。義人を罪人と共に殺し、義人を罪人のように扱われないでください。そうなさろうと思わないでください。全地を裁かれる御方が、正義を行われないのですか」(創世記18:23-26)
 この神とアブラハムの対話の結果、神はすぐにも破壊しようと思われていたソドムに2位の天使を遣わされ、ロトとその家族に避難するよう警告してくださることになったのでした。天使たちはロトをソドムから救出しなくてはなりませんでした。この後におよんでも、「ロトはためらったので、天使は彼の腕をつかんで、妻と二人の娘と共に連れ出した。御あわれみによって神は彼を省みられたからである」(創世記19:16) 神は霊的に貧しい者にあわれみ深くあられます。ロトは大変恐れて、近くの町に行がせてくれるよう天使に頼みました。再び神はあわれまれて、ソドムが破壊される前に、彼の家族がその町に辿りつけることを許されました。ロトの妻は、天使の振り返るなという言いつけに背いて、塩の柱になってしまいましたが、アブラハムの取次によって、ロトの家族は再び助け出されました。「それは神が町を平らになさったときのこと、神はアブラハムを心に留め、ロトの住んでいた町を打ち倒す災いからロトを救い出された」(創世記19:29) 以後のロトについての記述は、聖書にはありません。しかし、その子供たちは、モアブとアンモンの二つの部族の先祖となります。それは異教の国家なのです。これが、ロトがアブラハムから離れ、神の約束を信じなかった、たった一つの選択の結果なのです。ロトはそうすべきではなかったのです。それは神の御旨ではなく、彼はアブラハムと共にいるべきだったのです。

【 「小さきアブラバム」との比較 】

 以上のことから、ロトは一致から離れるべきではなかったことがおわかりでしょう。アブラハムは人間的論理に矛盾するように見えることでも、神の約束を信じました。私はこの話しは、リトル・ペブルと彼から離れて「世」に戻った多くの人々にも当てはまることだと思います。聖母は、メッセージで与えられた真理に留まるようにと仰せられています。現代の多くの人々は、神の真理との一致を破り、ロトに似てしまっています。隣の芝生は青く見えます。それゆえ、ロトは彼のパラダイスを選びました。アブラハムは神の御旨に従うことを選びました。狭い道です。リトル・ペブルもキリストの十字架の狭き道を選んでいます。
 この何年もの間、私は多くの人々が、リトル・ペブルに与えられたミッョンに来ては去るのを見てきました。それらは、ロトの信仰の崩壊と驚くべき類似があります。全ての善意の人々が、リトル・ペブルに委ねられたミッションを信じる者となることは、神に従うことなのです。ロトがアブラハムのもとを去るのに言い訳はできません。それは徳の不足、十字架を担う神からの光と力を失い始めているからです。なぜ、そんなにも盲目になったのでしょうか。それは家畜の世話をするべき、争ってばかりいる下男たちに同意してしまったからです。ミッションを去るのは皆、徳の不足からです。噂、悪口、伝聞に耳を貸し、疑いが心に入り込みました。疑念は、十字架を担うために求められる徳の実践への拒絶によって、益々膨らみました。
 聖母は子供たちを、神の御言葉と御旨の真理のうちに一致させます。リトル・ペブルヘの多くの裏切りは、彼の心を痛めました。それは彼とそのごく近い友人と神だけにしかわからないことでした。裏切り者から彼が受けた苦しみを知っている人は、ごくわずかです。マスメディアからの誹謗はまた別の十字架です。ほとんどの人は、リトル・ペブルが神からどんな祈りや苦しみを求められているか知りません。それをキリストの民の群れのために献げることで、多くの霊魂が救われているのです。このミッションの近くにいない人にそれは決してわからないでしょう。聖性の実りを豚に与えてはなりません。多くの者に踏みにじられるのが目的ではありません。神はリトル・べブルが国々の光となることを望んでおられます。

【 メッセージNo.510(1996年3月2日) 】
 http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/lpm510.htm

 これはよく理解していただきたいメッセージです。リトル・ペブルの精神と心の苦悩が、彼自身の言葉によってよく表されています。それは信者への照らしのためです。神の道を理解しようとする他の多くの者も、同様な苦しみを味わいます。主と聖母の御答えを、よく黙想してください。このメッセージをたびたび読んでください。ここに全ては転載できませんが、大いに役立つはずです。リトル・ペブルの個人的な苦しみに、より目を開かれるでしょう。なぜ従順がかくも大切なのかもわかるでしょう。神の御目に「人間の値」がどれほどのものとして写るかわかるでしょう。そして、イエズスとマリアが今、啓示なさっていることの目的を悟られるでしょう。その全ては霊魂の救いのためなのです。

【 個人的な呼びかけ 】

 たとえこの人々が真理の道から離れたとしても、聖母は彼らを呼び戻されるのです。神は無限に慈悲深き御方であり、子らの罪がどのようなものであろうとも赦されます。私たちは皆何らかの点で放蕩息子であり、重要なことは、神の光の真理のうちに生き、御旨を行うことなのです。リトル・ペブルに託された聖母のミッションを離れた全ての人々は、聖母からの一致と愛への絶えざる呼びかけを再考していただきたいと思います。リトル・ぺブルは、この世代のために三重の契約を委ねられています。あらゆる善意の人々が、彼と一致することが必要です。反キリストのゆえに訪れる大棄教の間、忠実な残りの者たちを導くために彼は選ばれたのです。マリアの全ての子供たちは「リトル・アブラハム」と一致しなければなりません。

【 預言者に従う者は、預言者に与えられる報いに与る 】

 歴史上の各時代において、神が民のために立てられた預言者を通して、特別な祝福、治癒、奇跡を受けた前例が聖書には数多くあります。アブラハムは唯一の例ではありません。ノア、モーゼ、エレミヤ、イザヤ、エゼキエル、洗者聖ヨハネなどです。
 私は「リトル・アブラハム」が十字架を担うことによって、神の民に取りなし続けることを本当に信じています。彼の十字架は非常に重いものです。しかし、彼は特別な神への愛の賜物を与えられています。聖母は、この人々の多くは、近い将来に神から照らされると明かされました。かくして彼らは、リトル・ペブルに神が啓示された真理へと立ち返ってくるでしょう。

【 教会の調査 ? 】

 私は聖職者、とりわけ司教様方について話す時に、愛徳を扱いたくはありません。何らかの悪行の責めがあると証明されるまでは、人は無実であると推定されるべきだというのが自然的正義です。第二に、真理が、全体的な真理が追求されなければならないということ、そして、真理のみが追求されなければならないということは、法的手続きの原則です。これらの原則はリトル・ペブル、御出現、メッセージについて判断するときになされる、あらゆる人々の判定意見について適用されるべきです。これは常識です。すなわち、「あなた自身にしてほしいことを他人にもせよ」ということです。この原理が実際上において、ほとんど尊重されていないのは驚くべきことです。
 過去8年間に渡って、私は、リトル・ペブルの人格に対する誹謗や中傷の形でなされた、数多くの公の、又は私的な判断を個人的に目撃してきました。これらのことは、リトル・ペブルの信頼性を攻撃する人たちによって引き起こされました。新聞ジャーナリズムを通じて、テレビ・メディアを通じて、全国的規模で、時には国際的規模でそれはなされました。この人々が、このようなことを言ったり書いたりするのは、性急であり、正しい情報を知らないということは、私にとって信じ難いことです。これらの人々が、本当の事実について無知であるということは真実です。しかし、彼らの無知は不可避的なものではなく、それゆえ、彼らは自らの公の言動に対して責めを負っています。私は議論好きになりたいとは思いませんが、リトル・ペブルに関して、私が見てきたいくつかの観察結果を提出したいと思います。

【 自然的正義 】

 リトル・ペブルと御出現を取り巻く実際上の諸問題は、教会権威によって与えられている識別の基準によって引き起こされたのではありません。むしろ、問題はより基本的なことなのです。いわゆる「調査」にかかわる自然的正義の不足なのです。すなわち、用いられた情報源や調査方法です。過去8年間、私はリトル・ペブルのそばにおりましたが、真理の確認について、人々がどれほど不正であり得るかは、本当に驚くべきものでした。事務所で日々、私はリトル・ペブルを擁護して、数多くの手紙に返事を書いてきました。リトル・ペブルに関しての意見を持つことにおいて、人々がどれほど性急であったかは、信じ難いものです。
 情報源はしばしば信頼できないものであり、用いられた方法は、真に不正で愛徳に欠けたものでした。典型的なシナリオや「情報源」を紹介します。ここに私たちは、ある人々がどのように「部分的な見方」や「伝聞」を、私的啓示に関する「先入観」とともに用いられる「誤った神学的方法」と結びつけたか、かくしてリトル・ペブルや、御出現や聖母のメッセージについての、いわゆる「証拠」についての「偏った見解」へと導いたかという実例を数多く持っています。かくして、そのような「方法」から引き出される結論は、真理を表してはいないのです。反対に、そのような偽りの評価は、深刻に歪んだものなのです。

【 証拠の考察 】

 そのような誤った方法論は、偽りの調査しか生み出しません。そこでは自然的正義が満たされていません。幻視者、御出現、メッセージの真の証拠は、証拠として扱われていません。情報と証拠の真の源泉は看過されています。その代わりにリトル・ペブルに関する決定を、「偏った見解」に基づいて形成するという罠に陥ってしまうのです。このような推論の一例は、「提出された証拠を読んで、ここには何ら超自然的なものがないという見解に達した」というような形のものです。ここには自然的正義が欠落しています。すなわち、リトル・ペブル、御出現、メッセージの真正性の真の証拠(信頼できる情報源に基づいたもの)は、全く証拠として扱われていないのです。むしろ「決定者」の「かたよった見解」が、「証拠」と考えられているのです。更に「決定者」は、証拠を裏づける必要を認めないのです。それは、いわゆる「証拠」に照らして見て、不必要なことだと考えられているのです。これは全く不正なことといえます。

【 情報源と手法 】

 先ほどのシナリオを続けましょう。どのようにしてこの「専門家」は、リトル・ペブルとは「全く無関係」なのに、このような「証拠」を集めることができたのでしょうか。これが多くの人々が用いている「手法」です。リトル・ペブルの人格が調査の対象となっているのに、彼とは何ら接触していないのです。「無関係」の手法は、しばしば教会位階によって用いられます。この方法は、幻視者、御出現、メッセージと「関わりをもつ」必要をあらかじめ排除します。それは個人的関わりや責任を回避するための方法なのです。この方法を用いることで、人は、きれいな心地良い空調された事務所の椅子に座って、調査対象から適当に離れた所から「証拠」を概観します。この方法は、証拠との接触を省略してしまいます。この方法には、あまりにも多くの欠陥があり、これ以上一つひとつ述べ立てることができないほどです。要するに、このような類の「調査」は、「真理、全体的真理、真理以外の何物でもないもの」の完全な像を提供しないことで、現実を歪めてしまうのです。
 リトル・ペブルの人格に関する証拠の、正当かつ公正な調査は、これまで決してなされていないし、御出現やメッセージの「偏っていない」提出もなされていません。これは事実です。人間的な弱さのため、真の識別はなされていません。真の識別は、信頼できる源泉から採取された証拠、正しい神学的方法、当該人物の権利・特権・尊厳の適切な尊重、教会法と一致した判断に基づかなければなりません。これら全ては、キリストの群れを教え、治め、聖別する司教の権威に授けられている識別の賜物を取り除きはしません。私はただ、恵みの霊魂を扱うに当たっての、公正さの必要を強調しているのです。

 私の呼びかけを締めくくりたいと思います。メッセージを読んでいない方々に対して、どうかリトル・ペブルに与えられたメッセージを、何部か手に入れてください。自分自身と家族に情報を与えるのは、あなたの責任です。私がここに書いたことが理解できない方がおられましたら、どうか私に手紙をください。あなたのためにより良い方法で説明するつもりです。リトル・ペブルを決して裁かないでください。いろいろな形であなたが受け取る「伝聞」には耳を貸さないでください。もし真理を知りたいのであれば、私に手紙をお書きください。少なくともあなたは、情報源に近い真理と事実を得ることでしょう。

 では、幼きイエズスと聖なる御顔の聖テレジア(小さき花)の言葉をもってお別れしたいと思います。これは私の気持ちを正確に表現しています。
「愚かしいほどにまで私たちを愛してくださる御方のために苦しみ、世の目には愚か者として扱われることは、何という喜びでしょう。私たちは、私たち自身を判断するように他人を判断します。そして世は愚かであるゆえに、世は当然のごとく、私たちは愚か者であると考えるのです……! しかし、結局のところ、私たちは最初の者ではありません。ヘロデがイエズスを責めた唯一の罪状は、愚かであったことでした。私も彼のように考えているように! そうです、死すべき者たちのあわれな小さな心を探し求めて、彼らを茨の冠とすることは愚かなことです、栄光の王、ケルビムの上に座しておられる御方の冠にすることは……諸天も容れることのできない御方の……あの御方は、私たちの愛する御方は、罪人を御自身の友、御自身と親しき者、御自身の同輩とするために、彼らを探しに来られるほど愚かでした。あの御方は、あがむべき三位一体の他の御二方と共に完全な幸福のうちにおられましたのに! 私たちは、あの御方が私たちのためになしてくださった愚行を、自分たちでなすことは決してできないでしょう。そして私たちの行いは、愚行と呼ばれるに決して価しないでしょう。なぜなら、それらは単に非常に理性的な行動であって、私たちの愛が成し遂げたいと思うことを、はるかに下回っているからです。それゆえ、愚かなのは世なのです。なぜなら、世はイエズスがそれを救うために何をなされたかを知らないのですから……」(手紙169番、テレーズからチェリンへ。1894年8月19日。リジューの聖テレジアの書簡集。第二巻、訳ジョン・クラーク0・C・D、ICS、882べージ)

 この手紙を、愛する母マリアの汚れなき御心に捧げます。更に、この仕事を天の元后に差し出すために、聖ヨゼフの最も清き御心に委ねます。この手紙の全ての読者をイエズス様が祝福なさり、聖母が汚れなき御心のうちに優しく抱擁してくださいますように。

敬具
マルコム・ブロサード神父
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聖痕を帯びたポーランドの幻視者カタルジナ・スジモン修道女 カタルジナの墓にて。左から右へドマンスキー、トランペッター、そして私自身、フランク・トレイニ

1987年にメジュゴリエ幻視者ヴィッカの家で撮影された写真。トランペッターも私たちとともにいました。



誓願を立てる聖シャーベル修道会のシスターたち。そして私自身とブロサード神父とオカンポ神父。貴き御血の祝日、1999年7月1日にとられた写真。

荘厳なる誓約をなした後に、チャペルの外でとられた、ナウラ共同体の第三部門の写真。1999年8月15日。被昇天の祝日。



1988年2月13日償いの日にとられた写真。ナウラの聖地への彼の訪問において私はレバノンの司教と握手しています。彼は太陽の奇跡の時臨席していました。

ビザンチン・ギリシア・メルキト聖アン教会への訪問。1987年4月、カリフォルニア、ノースハリウッドにて。主任司祭のチャールズ・アボーディ神父は、私への贈り物として、聖シャーベルのイコンをプレゼントしてくださいました。



1988年、ファチマにて。私の右側には合衆国の幻視者であるフランツ・カイラー、私の左側にはゲビッキ神父がいます。 カナダの幻視者であるブラザー・ジョセフ・フランシスの写真。私とオーストラリアの幻視者テレサ・カラルコとともに。

私たちの古いチャペルの中でとられたグループ写真。前列の私の右にはシスター・マリア。彼女の隣がマザー・マリア・ゴレッティ。私の左にはドマンスキー、ゲビッキ神父、そして彼の後ろに、ブロサード神父。



ブロサード神父とオカンポ神父。ナウラのすべての出現のチャペルの外で。初聖体を終えた後の聖ヨゼフ・スクールの子供たちとともに。

償いの日にとられた、「クロアチアのバラ」、オーストラリアの幻視者の写真。右から2番目。そして彼女の隣にいるのは、「クロアチアのバラ」が死んでから彼女のミッションを引き継いだ、マティジャ・ミハルジ。



1987年、償いの日。

1987年6月13日、聖地を訪れる巡礼者たち。



ハンガリーの幻視者アグネス・メンコの写真。1989年にとられたもの。アグネスは、「愛の炎」の使徒職を引き継ぐために天によって選ばれました。

ブダペスト、ハンガリーの、王家の聖堂においてとられた写真。ここではすべての王たちが戴冠する習わしでした。そこに私は人々へ公に講話をなすように招待されたのです。私の隣にはエヴァ・シーリングが座っています。そして左にブラザー・ステファン。



右から2番目がイタリアの幻視者マリエッタ。1986年2月にとられた写真。

私の隣に座っているのが、フランスの幻視者「リトル・アイリス」。1997年5月にパリで撮影されたもの。



1990年に撮影された、アンとの私の結婚から生まれた私の年上の子供たちの写真。ジョシュア、7歳、ベルナデッタ、5歳、セシリア、3歳、フランチェスカ、1歳。

この写真はベルナデッタが約6カ月のときに撮影されました。



ザグレブの幻視者そして神秘家テレジア・フルガレクは、クロアチアの人々によって大変よく知られ愛されていました。彼らは愛情を込めて彼女のことをテレジアおばあちゃんと呼んでいました。 数多くの支持の個人的なメッセージを受け取り、1988年から89年にかけて私と一致していたドイツの幻視者マーガレット・グラブナー。

1986年3月にとられたこの写真では、私の両側に、アメリカ合衆国における聖母のミッションの主要なプロモーターであるブルースとアルビナのサバラスキー夫妻が座っています。


ナウラの聖地で撮影されたカナダからの訪問者たちのグループ写真。前列にマザー・マリー・アストリッドと「ソーンブッシュ」、そしてブレ神父。

ドイツで撮影された写真。私自身とその右にフランツおよびウルスラのクリンナー夫妻、左には「ヘッジローズ」と「リトル・ブラザー・イン・クライスト」。



グアテマラの幻視者シスター・グアタルーペ。私とロネルとともに。1987年5月11日にナウラで撮影されたもの。

1988年私たちの最初の小さなチャペルで撮影された、シンガポールの「ホワイト・ローズ」の写真。 左から右へ、オーストラリアの幻視者テレサ・カラルコ、アメリカの幻視者ヴェルン・シプロス、カナダ出身のブレ神父。後列にブロサード神父。

第五章 天の援助者たち
 私の使命の何年間にもわたって、神は神の求められることを成し遂げるために必要な恩寵を私に常に与えてきてくださいました。神は私に神の御旨をなすための恩寵と力を与えてくださっただけではなく、数多くの良い霊魂たちの支援をも私に与えてくださっています。彼らは、彼らの祈り、犠牲、そして無私の労働によって、私と聖母のミッションにとって計り知れない助けとなってきました。この忠実で信仰深い人々のグループがなかったとしたら、私に求められるすべてのことを成し遂げるのは困難だったでしょう。彼らの多くは、幻視者、特別な恵みを受けた霊魂たちであり、真理への彼らの全面的な献身によって、私の仕事を励まし確認してきました。これらの親愛なる霊魂たちを私は愛し、深く感謝します。
 この章において私はこれらの支援者たちの多くの一覧を提出したいと思います。いくらかの人々は、時がたつにつれて他の道を選びましたが、それでもなお私は彼らの貢献を認めたいと望んでいます。私はまた、幻視者たちや恵みを受けた霊魂たちからの手紙や、メッセージや、彼らについての情報の抜粋のいくつかをここに収録したいと思います。

【 オーストラリア 】

《 テレサ・カラルコ 》
 1985年に、シドニー郊外のリバプール出身のイタリア系幻視者テレサ・カラルコが、ここナウラの聖地を訪れました。彼女は、私と私のミッションとを支持する天からのメッセージを受け取ってきていました。聖母は彼女に、リトル・ペブルと一致し、彼のミッションを支援するように指示なさったのです。彼女はまた聖母によって、私が歴史における最後の教皇になるはずであるということを告げられていました。テレサは彼女のミッションにおいて大きな数のイタリア人支持者たちを持っていました。そしてこれらの良い人々たちも彼女とともにここにやってきて、群衆の数を相当に増し加えました。その後の数年間において、私たちはいくつかの意見の違いを経験しましたが、1988年2月において分裂が生じました。これは、真実のものではなく天からのものではないと私が識別した、彼女が経験した「ビジョン」あるいは「脱魂」によって起こされました。テレサはこのことに反発し、もはや聖地に来なくなり、私たちのミッションを支持しなくなりました。この「ビジョン」というのは、彼女の手の中に汚れなき御心を持っているというものでした。彼女たちはグループにそれに接吻するように言ったのです。そしてこのグループは二百人ほどの人々と6名の司祭を含んでいました。しかしながら、彼女がこのことを指図したとき、私たちの主は、聖体顕示台のうちに祭壇においてかかげられていたのです。テレサの望みに応じることは、必然的に、グループがその注意を私たちの主から幻視者に向けることになったでしょう。天は決して、いかなる理由でも、私たちの主への礼拝から気をそらせることを許したり、あるいは望んだりすることはありません。それで私は疑いなく、このビジョンが偽物であると分かったのです。
 テレサの生活はこの時困難なものでした。それは主に、彼の夫が超自然的なビジョンを受けていると主張していたためであり、このことは彼らの間に嫉妬を引き起こしていました。それで彼女はミッションを離れました。しかし私は彼女のメッセージのいくつかの抜粋をここに掲載します。
私たちの主:「……わが心は傷つけられている。なぜならあなたがたが信じないすべてのことは、わが心を刺し貫く剣のようであるからだ。さてお前たち、わが子らよ、私はこのことをお前たちに言う。信じよ。そして私が世界にメッセージを持ってきているということを他の者が信じるのを助けよ。そしてこれはわが言葉である。あたかも輝く光のような。しかし私を信じている者たちよ。私をあなたがたの心のうちに留めなさい。そうすればあなたは永遠に光を見るだろう。しかし、あなたがたが聞いたことを、あなたがたが実践に移すことを怠るならば、それは過ぎ去ってしまう光のようになるだろう。そしてあなたがたは決してそれを再び見つけることはないだろう! あなたがたが聞いていることに注意を払いなさい。私はわがメッセージをわが小さき『岩』に与えているからだ! なぜあなたがたは信じないのか。……」

 今度は、1986年6月20日の聖母からのメッセージです。

聖母:「……愛しなさい、そして信じなさい、あなたがたが聞いていることを。しかし注意しなさい! ゴシップを信じてはなりません。彼らに(リトル・ペブルと他の幻視者たちについての偽りを広めている者たちに)耳を傾けてはなりません。そして私から、あなたがたが求めているすべてのものがもたらされるでしょう。彼らからではありません。なぜなら彼らは私を見ていないし、聞いていないからです。しかし真実であるあなたがたは、私のメッセージを届けるでしょう。ファチマの牧童たちやルルドの聖ベルナデッタがなしたように。彼らは人々によって信じられませんでした。見ても聞いてもいないかのように行動してはなりません。信じ、そして愛しなさい。そして私のメッセージを広めなさい。
 わが小さき『岩』、そしてわが『小さきバラ』の唇から、私は今日あなたがたに語ります。私は常にあなたがたに話すでしょうから。私を信じ、愛する者たちに。新しいエルサレムは約束されています! 注意していなさい。多くの災害が訪れるでしょう。……」


《 ジョーゼット・ハーブ 》
 1984年、聖母の出現はよく知られるようになりつつありました。巡礼者たちが、ほとんど毎月のように、神の御母の言葉を聞くためにやってきました。しかしながら、私が私たちの教区の司教ウィリアム・マーリ閣下に会うように指示を受けたのは、その年の5月でした。1984年12月2日に、マーリ司教は、彼の教区の教区司祭たちに、彼の司牧書簡を出しました。その中で彼は、私の「ビジョンとメッセージは真実のものではなく」、私は「欺瞞に苦しめられている」と述べました。
 このころ私は、ジョーゼット・ハーブという名前のレバノン人の女性から連絡を受けました。彼女もまた幻視者であり、そして聖シャーベルの幻視を受けていました。聖シャーベルはレバノンのマロン派の聖人であり、彼は彼女にメッセージと指示を与えていました。ジョーゼットが彼に、私が本当の幻視者であるか、そして私のメッセージは真実のものであるか、とたずねたとき、彼女は「その通りである」と告げられました。聖シャーベルからのこの確認とともに、ジョーゼットは彼女の数多くの支持者とともに、私のミッションを支援するためにやってきました。
 やはりレバノン人であるシドニー出身の有名な癒し手であるカミーユ・ラトゥフもジョーゼットに従ってナウラにやってきました。この新たな関心とともに、巡礼者は何千人にも上り、そして出現を目撃しました。多くの癒しが記録されました。肉体の癒し、心の癒し、そしてより重要なことに霊魂の癒しが。それで1985年の初頭まで、ジョーゼットは聖地への定期的な訪問者であり、聖シャーベルから私についての多くの啓示を受けました。彼女は、私が最後の教皇となるであろうことを告げられていました。そして私のミッションと一致するように告げられていました。また彼女は4月に教皇と会うために私とともにローマに行くように指示を受けました。私たちは実際にローマに行き、教皇に会いました。しかしながら彼女は3日以内の謁見を期待していました。しかし聖母ご自身が、私に、7日以内に私たちは教皇に会うでしょうということを啓示されました。多くの努力の後で、私は謁見の機会を確保することができましたが、遅れのために、彼女は私のメッセージについて懐疑的になりました。
 私たちの帰還の後で、彼女は聖シャーベルからの支持を受け取りました。彼は、教皇に会えた恩寵を感謝して、レバノンの彼の墓への巡礼ををなすことを私たちに望まれました。かくも短い期間のうちに教皇に会えたことはそれ自体奇跡でした。私は、たとえその国において戦争が起こっていても、そうすることを聖シャーベルに約束しました。そして私は1985年8月または9月に旅行することを準備しました。
 ジョーゼットと私の関係が続くにつれて、私は彼女の受けたメッセージのいくつかが矛盾を含むことに気づきました。私たちはレバノンを旅行しました。そしてそこで私は彼女の「啓示」の中にさらに多くの不整合を見いだしました。ジョーゼットは私を困惑させる「メッセージ」を受けました。私はそれを受け入れがたいものだと感じ、そしてそのことを彼女に告げました。聖シャーベルのものからだという、その「メッセージ」は、いかなる幻視者も6分を超えてメッセージを受けることはないと示唆していました。つまり、もしそれよりも長いならば、それらは無効であるか、あるいは疑わしい起源のものであるということです。私はジョーゼットに、これは誤った前提であると告げました。しかし彼女はこの訂正を悪く受け取り、そして分裂が起こりました。彼女はミッションを去りました。カミーユ・ラトゥフとともに。
 1986年2月11日に、世界へ神の母のメッセージを伝えるために私は広範囲の旅行を始めました。この時、偉大な奇跡がジョーゼットの家で起こりました。彼女はまだ、聖シャーベルから長いメッセージを受け取っていました。しかしながらより重要なことに、彼女はイエズスの受難を経験しつつありました。聖シャーベル自身が、私に、これらの機会のひとつを目撃するように求められました。そして私はオーストラリアへの帰還においてそれをしました。私は彼女が肉体的な受難を経験しているのを目撃しました。傷は目に見えませんでしたが。突然油が彼女の体からにじみ出始めました。おびただしい量の、何ガロンもの油でした。このことはオーストラリア中でテレビ放映されました。そして四旬節の間中、毎金曜日ごとに目撃されました。この注目すべき油は、調査と分析のために、教会の権威者たちに送られました。
 ジョーゼットの家で起きたもう一つの大いなる奇跡は、聖シャーベルの御絵が1986年5月1日に、油の涙を流し始めたことです。この現象の報告は素早く広まりました。そして四万人近くの人々が、この奇跡を自分自身の目で見るためにやってきました。多くの人々が治癒を得ました。そして今もなお、彼らが聖地で得た、この奇跡的な油を通して癒されています。そして聖シャーベル自身がそれを「神の聖なる油」と呼んでいます。この奇跡は、デイリー・ミラー紙において1986年5月7日に報道されました。


【 オーストラリア、ニュー・サウス・ウェールズの幻視者たち 】

 1986年の間に、特別な恵みを受けた他の霊魂たちや幻視者たちが私の知るところとなりました。その中にはカンプシー出身のフランク、シドニー出身のノーマン・ネーメ、フェアフィールド出身の3人の若い女の子たち、そしてグラディスという名前の女性が含まれていました。皆が、ビジョンを受けていると主張しました。もう一人の若い男性ジノ・マクリは、私たちの主の御像の傷から油を流し始めた小さな十字架像を持っていました。このことは1986年3月に起こりました。それはブルーマウンテンのレウラ出身のポールという名前の若い人の所有である十字架像が油を流した約一ヶ月後のことでした。聖母は、これらの十字架像から流れる油は、大いなる癒しの力を持っているとおっしゃいました。これらの霊魂たちは、幻視を受けていると報告され、そして彼らは彼らとともに多くの支持者をつれて私と一致するためにやってきました。

《 クロアチアのバラ 》
 1991年に、もう一人の幻視者が「リトル・ペブル」としての私のミッションとかかわりを持つようになりました。この美しい霊魂はクロアチア出身で、家族を持つ結婚した女性でした。彼女はしばらくの間ミッションの一部となり、私たちの主と聖母から数多くのメッセージを受け取りました。彼女はマリアという名前の、優しく、聖なる女性であり、天によって「クロアチアのバラ」と呼ばれていました。マリアは、シドニーに、クロアチア人の堅固な支持者たちを持っていました。彼女の熱心で信仰深い友人たち、何人かの特別な恵みを受けた霊魂たちは、彼女とともにナウラにやってきました。これらの霊魂たちは、彼らの家族から多くの迫害を受けることになりました。しかしこれは彼らの救いと、戦争で引き裂かれた彼らの故郷のために捧げられました。マリアは、聖母に指示されて、聖地にやってきました。そしてここで彼女は世界のための公のメッセージを与えられたのでした。最初のものは、1991年9月13日の償いの日に行われました。この聖なる女性は死に至るまで私を支持し続けました。


【 ユーゴスラビア 】

 ユーゴスラビアは、様々な国からなる素晴らしい国です。そのいくつかに、私は海外旅行において訪問しました。東ヨーロッパのこの部分において、何年にもわたって数多くの幻視者たちが立てられてきています。そして彼らのうちの多くが、私と私のミッションとの一致を保ってきています。1990年、ドイツのにミュンヘンにいたときに、私は雑誌の出版者であるザグレブのダルコ・ゴップトリッヘンに会いました。私は、戦争に関係のあるユーゴスラビアのための預言を彼に告げました。私はまたハンガリーを旅行している間に、このことに言及しました。彼にとって驚きだったことに、この預言は数カ月後に実現しました。

《 テレジア・ハルガレク 》
 このザグレブの老年の幻視者にして神秘家は、クロアチアの人々に大変愛されていました。彼らは彼女のことを愛情を込めてテレジア「おばあちゃん」と呼んでいました。何年にもわたって東ヨーロッパをたくさん旅行してきたので、私は多くの幻視者たちを知るようになりました。テレジアは私のミッションを支持し、1960年以来「リトル・ペブル」に関する数多くの啓示を受け取ってきていました。私は彼女に1987年に私がユーゴスラビアにいたときに会いました。彼女は彼女自身の聖シャーベルの祈りの家を持っていました。そしてイエズス様ご自身が彼女に次のようにおっしゃいました。「リトル・ペブルは教皇になるであろう。そして誰もそのことを変えることはできない」 テレジアは、イエズスとマリアが何を彼女に指示なさったかを、そしてお二人の私に対する指示を私に告げるために、何度も私に手紙を書いてきました。彼女は私と一致し続け、彼女の死に至るまで私を擁護し続けました。1995年、彼女の周囲の人々から、彼女は常に私のために祈っており、私が教皇と宣言される時を待ち焦がれていると私は告げられました。彼女はいつ私の教皇在位が始まるのかを天に尋ねました。そして彼らの答えは1999年でした。
 1996年12月、テレジアはザグレブの病院に運び込まれました。彼女は91歳で老衰していました。しかしながら彼女は、彼女がリトル・ペブルを全面的に信じていることを皆に明白にし続けました。そして彼は多く苦しむであろうが、最終的に彼は勝利するであろうということを。テレジアはそのすぐ後に亡くなりました。また彼女は何年にもわたって、もう一人の有名な神秘家で幻視者であるジュリア(ジュルカ・シミキック)と同じ通りに住んでおり、友人同士であったということを注記しておくのは興味深いことでしょう。私は、テレジアがジュリアについて1990年に手紙を書いてきて、彼女もまた私についての幻視を受けており、「リトル・ペブル」としての私を信じていると述べたのを覚えています。

 私は、ユーゴスラビアの他の多くの幻視者たちや恵みを受けた霊魂たちと会いました。これらの人々の一人はスプリット出身の若い幻視者アドリアーナでした。彼女は、彼女の地方の教会において数多くの出現を受けていました。彼女もまた私について語り、私のミッションを擁護しました。他の良き霊魂たち、マンダ・スタンパリジャとヨゼフ・ミロウォーリッツは、ユーゴスラビアにおける聖母のミッションにとって大いなる支援となってきました。そして忠実で信仰深いワーカーでした。私はしばしば愛情と感謝とともに彼女のことを思い出します。私は常にメジュゴリエにおける聖母の出現を信じてきました。そしてその場所を訪問しました。1989年3月、イエズス様によって教皇に会うように招かれて私がローマにいたとき、私は数人の幻視者たちによって受け入れられました。私はまたメジュゴリエのヴィッカにも会いました。なぜなら彼女は、教皇に会うためにユーゴスラビアからやってきていた他の幻視者たちとともにいたからです。ザグレブのイヴァン・レピンスキーも、そこにいました。そして1990年6月7日、彼はイエズス様からの以下のメッセージを受けました。

イエズス:「教皇ヨハネ・パウロ2世との会合は起こらなかった。それはヨハネ・パウロ2世と枢機卿たちとの間の意見の食い違いのためである。教皇は、聖霊によって『リトル・ペブル』に会うように霊感を受けていた。しかし教皇は教会をまとめるために働いているので、彼は従わなかった。しかしサタンが介入した」(イエズス様はイヴァンに告げられた)「教皇のために祈りなさい、彼は永遠の御父に従わなかったからだ」(そしてイエズス様は言われた)「あなたの兄弟『リトル・ペブル』を慰めなさい。なぜなら私は彼をとても愛しているからだ。母も彼をとても愛しておられる」

《 ジュリア(ジュルカ・シミキック)》
 ジュリアは有名な神秘家です。彼女は1920年代の初頭に生まれ、13人の子供たちの中の長女でした。彼女の両親は貧しかったのですが、真実にキリスト教徒でした。そして神は、彼女が非常に若い時においてさえ、彼女に祈りと孤独への愛を植えこまれました。彼女はとりわけ、聖母のロザリオと私たちの主の十字架に献身していました。彼女は若い頃に数多くの天的経験をしました。しかし彼女の単純さと謙遜によって、彼女は同じようなことが皆にも起こっているのだと思っていました。彼女は常に修道女になることを望んできました。しかし彼女の両親は貧しく、伝統的な持参金を拠出することができなかったので、彼女は結婚するように説得されました。彼女は2人の息子をもうけました。一人は誕生後間もなく死にました。そして第二次世界大戦の終わりにかけて、彼女の若い夫は、敵の爆撃の間に殺されてしまいました。
 ジュリアは決して再婚しないことを決心しました。そして彼女の生活を神に捧げました。イエズス様が彼女に現れ、彼女にミッションを与えられたのはこの時でした。あらゆる霊魂において、そして教会において、永遠のそして不変の私たちの神なる主の教えを保存し確認することは、すべての幻視者たちの第一の使命です。ジュリアはかくも多くの罪を犯している地上の霊魂たちのために祈るように、そして彼らのために償いをするように、使命を与えられました。私たちの主は、彼女に数多くのビジョンと指導を与えられました。それで彼女は世界における悪を理解しました。町や国々においてばかりではなく、個人の霊魂においても。彼女のビジョンの三巻の本は「イエズスは私たちを呼ばれる」というタイトルのもとに、教皇パウロ六世の祝福とともに出版されました。彼女自身が、多くの霊魂たちに、私が最後の教皇になるであろうことを明かしました。ジュリアは、私が5歳のときから私の存在を知っていました。聖母は私を彼女のところに連れていったのです。そしてジュリアと私は彼女の庭で遊びました。そして彼女は私にロザリオを教えたのです。すでに私が述べたように、この美しい女性は、私と一致しており、彼女の司祭の友人のひとり、ボゴン神父は、私と文通していました。ボゴン神父は、メジュゴリエのペーター・パヴェン神父の友人であり、パヴェン神父は私のメッセージをよく知っていました。

《 ユーゴスラビアの他の幻視者たち 》
《 イヴァナ・トマセヴィック 》
 1990年、ユーゴスラビアのスプリットのこの若い幻視者は、私と一致しました。彼女もまたその国でよく知られています。

《 ヘレナ・バルト 》
 クロアチアのこの女性は、1970年に私のミッションと一致しました。彼女はよく知られており、その国の非常に偉大な神秘家です。

《 ジョシップ・ミロノヴィック 》
 私はここで、クロアチアの非常に重要な弟子、ザグレブのジョシップに感謝したいと思います。そして何年にもわたる数多くの試練を通して私を支持し続けてきた彼の友人たちに。

《 アンソニー・ステファナック 》
 この人はクロアチア系カナダ人です。私は彼に、私を援助してくれたことを感謝し、彼の故郷の人々に、私のメッセージの配布について感謝します。

《 ランカ・ジョヴィック 》
 以下は、1997年4月、クロアチアの幻視者であるランカに与えられたメッセージからの抜粋です。(クロアチア語からの英訳)
至聖なる三位一体:「結婚した男が、ペトロの座に据えられるであろう。これは神の御旨である。あなたはその理由を知る必要はない。あなたは神によって与えられた指示に従い、預言者に耳を傾けなければならない。しかし彼らを以前のように迫害してはならない! あなたがたは肉体を殺そうとするかもしれないが、あなたがたは霊魂を殺すことはできない。……」

《 ブラザー・イヴァン・レピンスキ 》
 1990年、ザグレブにいるこのよく知られた幻視者は私と一致しました。ブラザー・イヴァン・レピンスキは聖シャーベル祈りのグループの一員でした。そして彼は私を支持するメッセージを受け取っていました。しかしベッティーナが1991年に私の妻となったとき、彼は私から離れました。

《 ゴラン・マリヤノヴィック 》
 1987年から1989年にかけて、私は幻視者、スプリットのゴランと会いました。彼は、アドリアーナとともに、その教会でメッセージを受け取っている主な幻視者たちの一人でした。多くの人々が彼を信じていました。彼のミッションは、山の上に白い十字架を立てることでした。彼は私の支援と支持を求めてきました。そしてとうとう十字架は建てられました。しかしその目的のために彼が受け取った資金によってではありませんでした。それらの資金は彼によって車を購入するために使われてしまったのです。このことについて私が懸念を表明したとき、彼は私にはむかってきました。それゆえ、私は人々に彼を支援するのをやめるように告げました。

《 マリア・リット 》
 私と一致しているもう一人の小さな女の子の幻視者です。

《 メジュゴリエの幻視者たち 》
 1986年から1987年において、メジュゴリエのチャプレンであるペーター神父の友人であり、有名な幻視者ジュリアの友人でもあったユーゴスラビア出身の司祭ボグデン・チェトコヴィック神父は、手紙によって私と連絡をとり始めました。そしてメジュゴリエのすべての幻視者たちは、私のメッセージをよく知っていると私に告げてきました。彼はそれらを翻訳し、ユーゴスラビア中に広めました。ピーター神父は、メジュゴリエの子供たちは1987年に私を歓迎する、と言いました。私はメジュゴリエでのミサに招待されました。その招待は、ボグデン神父を通して、トミスラフ・ペルヴァン神父からもたらされました。
《 アンナ・ボラス 》
 彼女の国で非常によく知られているもう一人の幻視者はザグレブのアンナ・ボラスです。1954年の復活祭の日曜日に生まれ、彼女は1973年5月以来、イエズス様とマリア様の出現を受けてきました。彼女は結婚しておらず、祈りと黙想と禁欲の生活を送っており、クロアチアの人々のために苦しんでいます。彼女は1992年に、彼女の幻視について私に手紙を書いてきました。そして彼女の一致に感謝し、彼女の霊的生活において彼女を励ましつつ私は返事を書きました。

【 メジュゴリエの御出現 】

 尊敬すべきパヴァノ・ザニチ師、モスタルの司教は、メジュゴリエについて以下の公の声明を出しました。
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わが兄弟姉妹たちよ。
1987年7月25日
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 この機会に、おそらく皆さんは、現在考慮されているこれらの出来事について、私がいくらかの言葉を述べることを期待しておられるでしょう。そして彼女(乙女なる聖母)に関わりを持っている限りにおいて、彼女は、それらの検討を、ある人々と委員会にゆだねられます。皆さんはこの事項が、最近ユーゴスラビアの司教協議会によって設立された特別な委員会のレベルで今議論されているということをご存じです。実際、教会は、あれやこれやのことを批判しようと身構えている二十世紀の世界の前で、その信用を危険にさらすようなことはできないのです。……
 私は祈りと研究のうちに六年間を過ごしてきたと皆さんに申し上げることができます。そして私は沈黙を守ってきました。他にも祈ってきた多くの人々がいます。そして私は彼らに非常に感謝しています。私の毎回のミサにおいて、私はメジュゴリエのための意向を含めてきました。毎日、私のロザリオの祈りにおいて、私は聖母に、私のために神の光を獲得してくださるよう嘆願してきました。私はまた聖霊に祈ってきました。このことは、私が聞いてきたすべてのことに関して強く確かな確信を得るために非常に助けとなりました。この場所では、断食し多く祈る人々がいます。しかしそれはすべてこれらの出来事が超自然的なものであるという確信のもとになされたものです。神であるイエズス・キリスト、そして聖母についての虚偽を信仰深い人々に説教することは、地獄の最深部に値します。
 私のすべての仕事・祈り・研究において、私は心のうちにただ一つの目的を抱いてきました。それは真理に到達することです。この目的のために、私は1982年に4人のメンバーからなる委員会を立てました。後で、他の司教達や地区の上長たちの協力とともに、私は委員会を15名にまで拡大しました。委員会のメンバーたちは、九つの神学部、七つの教区、四つの地域から集められ、彼らのうち二人は著名な心理療法家です。メンバーたちは、もちろん、他の同僚たちに問い合わせることもできました。作業は三年間を要しました。聖座はこの作業について、また出来事についても、定期的に報告を受けてきました。現在、ユーゴスラビアの司教協議会によって設立された委員会はこの問題に関する作業を続行しています。
 様々な教会の権威者たちが、巡礼をやめさせることを試みてきました。しかしながらその間、いくらかの人々は先走り、教会の判断を予想しました。彼らは祭壇からさえも「奇跡と超自然的な出来事」を公言してきました。それは、教会がそのような私的啓示を真実のものと認めるまでは決して許容されないことです。それが、様々な権威者たちが、教会の判断を待っている間、巡礼団の組織をやめるように命令してきた理由なのです。1984年3月24日に、メジュゴリエのための委員会は最初の警告を与えました。しかし不幸にも効果はありませんでした。
 それから同じ年の10月に、司教協議会の委員会は、公式の巡礼の組織は許されないと述べました。「公式」という言葉で意味されているのは、ともに出発して到着し、メジュゴリエでともに修養する信者たちから成るあらゆる巡礼団です。しかしそれもまた役に立ちませんでした。そして1985年5月23日に、教理省は、イタリアの司教協議会に手紙を書き、イタリアからの組織的な巡礼団を、そしてあらゆる形式の宣伝をやめさせるように求めました。またしてもこれらすべてのことは効果がありませんでした。最終的に、第二の委員会が設立されたとき、フランジョ・クハリック枢機卿と私は、ユーゴスラビア司教協議会の名において、1987年1月9日に、次の公式声明を出しました。「メジュゴリエの出来事に帰せられると考えられている超自然的な性格によって動機づけられた、巡礼団が組織されることや、その他の行事は許容されていない」 これは、ユーゴスラビア教会の最高権威から宣言されたものであり、尊重されなければなりません。何も言われなかったかのように無視されることはできないのです。
 《 教区委員会の作業は、否定的な結論に到達した 》
 この教区における尋常でない出来事を告げる最初のニュースから、司教事務所は、真理を捜査するために助けとなりうるあらゆることを追跡し拾い集めてきました。私は「幻視者たち」と教区の牧者たちを完全な自由のままにさせておきました。私は彼らを政治的サークルからの攻撃から守ることさえしました。三年間にわたって、神学の教授と医師からなる15人のメンバーの委員会は、記録された対話と、年代記、日記、手紙、文章といった多くの著述に目を通しました。そして次のような結果に到達しました。委員会の二人のメンバーは、出現が超自然的なものであるということに肯定的な見解を示しました。一人は見解を表明することを差し控えました。もう一人は「最初には恐らく何かがあったのであろう、しかしその後はどうか……?」と述べました。他の11人のメンバーたちは反対の票を投じました。”Non constat de supernaturalitate" すなわち、いかなる出現もなかった、と。
 委員会のすべてのメンバーたちは良心的に働き、真理の探索のために役立ちうるすべてのことを検討してきたということを私はよく知っています。教会は、その信用を危うくするわけにはいきません。教会がそのような出来事を注意深く調査し、その出来事が超自然的でないことが判明した場所に集まることを群衆にやめさせた類似の例を私たちは知っています。私たちはスペインのガラバンダルやイタリアのサンダミアノを近年における他の多くの場所とともに思い出します。ガラバンダルでは、幻視者たちは、聖母は全世界が見るための大きな印を約束されたと言いました。二十年が経過して、何の印もまだありません。ここでも同様に、もし聖母が彼女の印を残されたならば、すべてのことは明白だったでしょう。おお、祝された乙女よ、彼らは何をあなたにしたのですか?
 「幻視者たち」によれば、聖母はクロニカの丘に出現し始められました。警察が人々にそこに行くのをやめさせたとき、彼女は家や、庭、野原、ブドウ園、たばこ畑に降りて来られました。彼女は教会、祭壇の上、香部屋、屋根、鐘楼、ケルノへの道の路上、車の中やバスの中、学校の中、モスタルやサラエボのいくつかの場所、ザグレブの修道院、バラディン、スイス、イタリア、そしてクリゼバック山などで見られました。そしてこのリストは、出現といわれるものの場所の半分にも上っていないのです。聖母に対する敬意を持っているまじめな人なら誰でも次のように問わざるをえません。「おお祝された乙女よ、彼らは何をあなたにしたのですか?」
 私は私の教区において、ミサを立てるための巡礼を司祭たちに禁じます。 私は神法によって、この教区における信仰に関する事項の牧者、教師、審判者です。メジュゴリエの出来事は、教会の中に緊張と分裂を引き起こしてきたために、……ある人々は信じ他の人々は信じていません……そしてこれらすべてのことが教会のコントロールを逃れてきたために、そしてすでに言及した教会法廷、委員会、教理省、ユーゴスラビア司教協議会のあらゆる勧告と決定が効果がなかったために、モスタルの司教である私は、神の前に、私の教区における規律のために、教会の法廷のすべての以前の決定を繰り返し確認する責任を負っています。そして私は、ここで起こっていることに超自然的な性格を帰属させる、この場所への巡礼団を組織するすべての司祭たちに、司教協議会がその作業を完了するまで私の教区においてミサを立てることを禁止します。
 《 出現の非真実性の疑問の余地のない印 》
 私はあなたに訴えます、汚れなき乙女、そして母、神の母にして教会の母よ、あなたを呼び求めるこの民の母よ、私はあなたに祈り、あなたを愛します。私はモスタルの司教、あなたの僕としてあなたに訴えます。そして全世界の前で、神があなたに授けられたすべての特権に対する私の深く確固たる信仰を表明します。あなたを、被造物の中で最も恵まれたものとなす特権を。私は、あなたの取り次ぎに対する私の深く確固たる信仰を証明します。それはあなたを、この涙の谷におけるあらゆるあなたの子供たちの必要のための、全能の神との仲介者とします。私は罪人である私たちに対するあなたの愛への深く確固たる信仰を表明します。その愛を、あなたはあなたの出現を通して、そして私たちに与えてくださるあなたの助けを通して示して来られました。私自身、ルルドへの巡礼団を引率しました。 真に、その信仰の力によって、私、あなたの僕、モスタルの司教は、あなたに呼び掛ける群衆の前で、六年間の後に明白にそして確実になったあなたの偉大なる印を私は発見し、そして受け入れることを宣言します。私自身は、いかなる特別な印の必要としません。しかしそれは、真実でないことを信じる人々のために必要だったのです。この印とは、あなたの沈黙です。あなたが印をお与えになるであろうという繰り返された告知にもかかわらず、六年間にわたってあなたは沈黙を保って来られました。すでに1981年に「幻視者たち」は言っていました。「出現の丘に、目に見える持続的な印があるでしょう。それは間もなくもたらされるでしょう。あなた方は間もなくそれを見るでしょう。もう少し待ちなさい、忍耐しなさい」 そしてまた次のように言っています。「印は1981年の無原罪の御宿りの祝日に与えられるでしょう。それからクリスマス、それから大みそかに。……」 私はあなたに感謝します、聖母よ、あなたが本当に話しておられるのか否か、あなたが本当に出現しておられるのかどうか、あなたが本当にメッセージや秘密を与えられたのかどうか、あなたが本当に特別な印を約束されたのかどうかを、六年間の長い沈黙を通して明白にしてくださったことに。
 おお、祝された乙女、あなたからのものでないメッセージを広めることを終わらせてください。最も聖なる乙女、キリストの母にして私たちの母、この混乱したモスタルの教区における平和のために介入してください。あなたからのものではないメッセージを説くために、あなたの聖なる名前が何度も利用されてきたこの教区のために取りなしてください。あなたからのものであると称するそのようなメッセージの偽造を止めさせてください。そして最後に、最も聖なる母よ、あらゆる熱狂と、教会に対する不従順から身を離してきた熱意ある霊魂たちの真摯な祈りをご嘉納くださいますように。私たちが皆、真実を取り戻すことができますように。おお祝された乙女よ、主の謙遜にして従順なはしため、私たちが、この地方の教会の牧者の後を確実な歩みによって歩み、私たちの皆が、ともに、真理と愛においてあなたをほめたたえることができるように力をお与えください。アーメン。

 パヴァオ・ザニチ
 モスタル司教
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 この文章を検討した後、私は、彼の声明を再考することを求める長い手紙を1987年8月に司教に書きました。私の手紙の写しは以下の通りです。

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閣下、
 生ける神、イエズス・キリストの恩寵がいつもあなたとともにありますように。
 私の名前はウィリアム・カムです。一般に世界で「リトル・ペブル」として知られています。私は1983年以来、公のメッセージを受け取っている祝された乙女マリアの幻視者です。この手紙の目的は、あなたがメジュゴリエの出現に対して出された見解を再考することを求めることです。それは、メジュゴリエの教区の教会において1987年7月25日に出された声明に対する反応です。なされた声明から、それがこの報告された天的現象についての相当な量の調査と研究の結果であるということは極めて明白です。しかしながら、あなたの事実の声明は多くの雄弁とともになされていますが、失礼ながらあなたの見解と委員会のそれに私は同意できないと申し上げなければなりません。他の情報を受けていなければ、私もその出現を反証するためにあげられている多くの提議に同意したかもしれませんが。しかしながら、私はその出現の真実と真正性に全面的な信用性を与えるいくつかの事実を指摘したいと思います。
 第一にそして何よりも、私は次のことを指摘しておきたいと思います。出現は、幻視者の状態だけで、真実のものであると承認されるのではない、ということです。なぜなら、キリストの使徒であり、悪魔を追い出すことさえできたユダも、そのことを証明しているからです。彼は司祭であり、司教でしたが、にもかかわらず後の段階になって堕落したのです。しかしながらこのことは、彼が司祭であり、真実のキリストの支持者であったという事実を何も取り去ることはありません。同様に、メジュゴリエの幻視者たちが、その生活が疑問の余地のあるように見え、彼らに対して期待されることに全く反するようにさえ思われる人々とコミュニケートすることを、天が選ばれたと信じる人々の期待に沿うように生活してこなかったとしても。しかしながらこのことは、必ずしもそうではないのです。聞かれている多くの報告によれば、彼らの生活における以前の特徴とは関係なく、幻視者たちは日常的に聖体拝領するようになり、より祈りに熱心な霊魂たちになったのではありませんか? 私たちの主は彼らの示す実によってあなたがたは彼の支持者を知るであろうとおっしゃいませんでしたか? たとえ幻視者たちが道をはずれようとも、幻視は始まりにおいて真実だったのです。
 幻視者たちが、多くの問題や、ビジョンの間に彼らに尋ねられた質問に関して混乱したのは、影響を与える多くの霊魂たちの、リーダーシップの欠如のためなのです。私たちの主はおっしゃいました。「実によってあなたがたは彼らを知るであろう」 メジュゴリエの実は、数えきれない何千もの回心、癒し、そして多くの印ではないのですか? これらのものは神からのものではないと正直に言うことができますか? 回心は印の中で最も大いなるものではないのですか? 福音書や、使徒行伝においては、何千人もの大いなる回心のことが語られています。これは、ユダヤ人やその他の人々に、これがキリストの贖いの業の目に見える実であることを示すしるしではなかったのですか? 
 閣下、あなたは聖母に印を求められました。あなたは大いなる不思議を求めて天を見つめました。信じるために並外れた大きな印を必要とする、信仰のとぼしい者たちのように。しかし神は、心の回心という最も大いなる印を示されたのです。しかしなお、幻視者たちやメッセージにまつわる明白に大きな矛盾があります。キリスト自身が矛盾の印であり、そしてそれでもなお真実だったのではありませんか? 聖母はあなたに、かくも静かな、しかし、かくも驚くべき印を与えてこられたのです。パンとぶどう酒が、ミサにおいて私たちの主の御体と御血に変えられることが、静寂のうちにおける最も偉大な奇跡であるように、心の回心もまたそのようなものなのです。メジュゴリエは矛盾の印ですが、それでもなお、真実に天の出現でありつづけています。確かに、幻視者たちは、邪悪なものの介入のために様々な問題を持っています。しかし、聖母の出現場所は、真実のものであり続けているのです。聖母は、あるひとつの場所、あるいはある特定の時にしか現れることができない、と本当に私たちは言うことができるでしょうか。ファチマのルチア修道女も、ファチマではない修道院で聖母を見たではありませんか。私たちの聖なる母は何でもおできになるのです。
 閣下、あなたのように私も、聖母を愛しており、彼女をたたえるために私の力でなしうることならあらゆることをなすつもりです。しかしどうか、メジュゴリエのことを考え直してくださらなければなりません。性急に判断なさらないでください。人々がメジュゴリエに行くのをやめさせないで下さい、さもなければあなたは神と真理とに対立することをすることになるかもしれないからです。ユダヤの指導者たちが使徒たちに対して言ったように。
 預言された印はまだ訪れていないのだから、それは偽りのものに違いないとあなたは言われました。それは違います。ファチマの聖母は10月13日に、正午12時に印が与えられるとおっしゃいませんでしたか。それは12時にではなく、何時間か後に与えられました。ヨナとクジラの話を考えてみてください。神の預言が実現されなかったために、ヨナは神に対して反抗し、うろたえたのではありませんか。私たちはもっと多く祈り、もっと忍耐せねばなりません。時間を与えてください、なぜならメジュゴリエで与えられた預言は真実のものだからです。それは世界中で同じものであり、多くの人々にとって悲しいことに実現されるでしょう。神は神であることを覚えておいてください。神のなさり方は、私たちのやり方とは異なるのです。彼の時は私たちの時ではないのです。私は、あなたが神と彼の母を愛しており、真実のみを求めていることを知っています。しかしどうかあなたの権威を賢明に、忍耐をもって行使してください。
 確かに矛盾しているメッセージが存在します。しかし聖パウロの言葉を用いましょう。「あらゆる霊を試して、良いものを保ち、悪いものを捨てなさい」 メジュゴリエはファチマではありません。私たちは天が、ほとんど毎日世界中で出現している異なった時代にいるのです。これらの現代の預言は、過去の聖人たちのものと異なるものではありません。過去の聖人たちの多くは、似たような状況下におかれましたが、真実のものであると証明されたのです。
 あなたに注意を促したい最後の事項は、ガラバンダルとそこで与えられた預言が成就していないことに関してです。その土地の司教は個人的にガラバンダルでミサをたてられ、聖地にチャペルを立てることを承認されました。そしてそこでは今はしばしばミサが挙行されています。また、今、聖人に列せられる準備がなされているイタリアのピオ神父も、ガラバンダルを信じていたことをあなたは思い出すかもしれません。私が言っていることをあなたが知っていることを私は確信しています。
 もしあなたが私の手紙を廃棄することをお望みならば、そうなさる前にただ一つのことをして下さるように私はあなたにお願いします。教皇に会いに行ってください。彼はメジュゴリエと、オーストラリアの出現を信じているということをあなたに告げるでしょう。私自身の司教も、あなたがなしたような決定をなしているとしても。しかし彼の場合は調査なしでですが。
 あなたへの多くの愛と敬意とともに、この手紙を読んでくださったことを私はあなたに感謝します。イエズス・キリストがあなたを祝福し、彼の最も祝福された母が彼女のマントのうちにあなたを包んでくださいますように。

キリストにおける、あなたの卑しい下僕
リトル・ペブル
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 彼の声明の再考を求めるこの嘆願を司教に送った後、私はメジュゴリエを訪問する計画を立てました。1987年9月21日、四人の同行者と私は、私たちの世界旅行の一部としてスプリットに到着しました。次の日私たちは車でメジュゴリエの小さな村に旅行しました。私たちが近づくと私は聖母を見ました。聖母は村の教会の上に立っておられました。その教会は、1981年以来起こってきた何人かの子供たちへの驚くべき出現のために非常に有名です。私たちが場所に近づくと、私たちは道に沿って立てられている多くの店に出会いました。それらは出現の信心用具を売っていました。私たちが教会の場所に入ると、聖母が私に挨拶なさいました。私は幻視者たちの霊的指導者であるトミスラフ・ヴラシック神父からの歓迎を期待していました。彼はすでに1986年において、メジュゴリエに来るように私を招待していたのです。この招待は、私の友人である一人の司祭を通して私に伝えられました。しかしながら、彼がもはやそこにおらず、黙想会に派遣されているということを私たちは知りました。
 私たちは正午ごろ教会に入りました。五百名ほどの群衆がミサに出席していました。教区の司祭が、フランス語で、出現について話していました。私たちはそれから、幻視者たちに会いに行くことに決めました。幻視者たちの何名かを知っていた私の同行者の一人が、彼らの一人に話しに行き、彼女に私が到着したことを告げました。彼女は、ヴィッカが巡礼者たちを迎えて家にいるということを告げました。ヴィッカの家に近づくと、教区司祭もいました。そして彼は急いで離れました。次の瞬間、ヴィッカが私と私の同行者たちを彼女の家に招き入れました。それは午後三時近くでした。私は通訳を通してヴィッカにしばらく話しました。そして彼女に、聖母が間もなく来られるということを告げました。以下は、ヴィッカの家で1987年9月22日に私が聖母から受けたメッセージです。
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リトル・ペブル: 「私は空の中に立っている十字架を見ています。聖ミカエルもそこに立っておられます。そして今私は美しい白い雲の上に、祝された御母が進み出て来られるのを見ることができます。聖母はとても明るい灰色の服をお召しになり、彼女のベールは、とてもとても薄いです。私はベールを通して見ることができます。聖母は、彼女の右手に美しいロザリオを持っておられます。聖母は今ヴィッカの方を向かれました。そして再び私たちの方を見ておられます。そして聖母はロザリオを取られ、イエズス様に接吻なさいます」

聖母: 「私はあなたを祝福します、わが子よ、父と子と聖霊の御名によって、アーメン。私は貴方に挨拶します、わが子よ、わが『愛のリトル・ペブル』よ。そしてこのメジュゴリエの聖地において、私が出現した甘美なる子供たちよ。わが子よ、あなた自身を取り巻く多くの論争、とりわけ私があなたのもとに来ていないと信じる者たちにとっての論争がありますが、私はあなたをここに使わしました。しかしながら私は今日、子供たちとあなたに対して証をなすために来たのです。メジュゴリエの聖地で私を見ている私の子供たちは、今日のこの出現を確認するでしょう。そして全世界は、私が平和の母、愛の母、一致の母であることを知るのです。これが、わが親愛なる息子よ、私があなたをあらゆる出現場所に使わす理由です。私が愛の母、そして真理の母であることを皆が知るようになるために。私がメジュゴリエの幻視者たちに与えているメッセージを信じるように子供たちに告げるために私はこの国に来ました。世界は、私がここで与えたこの大いなるメッセージを信じなければなりません。私はあなたがたの母です。あなたがたの愛の天の母です。私はあなたがたを、わが汚れなき御心によって祝福し、あなたがたに平和を与えます。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。キリストの平和のうちに行きなさい。なぜなら彼は唯一の道、唯一の真理、唯一の希望だからです。
 わが息子よ、光の子供たちを一致させるためのあなたのヨーロッパ旅行を続けなさい。世界に存在する悪、とりわけ無神論の悪と戦うために彼らが強められるように。私はあなたを歓迎します、わが息子よ、この聖地に。それは、世界のための愛のメッセージを持つ平和の土地です。私はあなたがた皆を祝福します、わがすべての甘美なる子供たちよ。父と子と聖霊の御名によって、アーメン」
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 メッセージの間、ヴィッカは聖母を見ることができませんでした。しかしながら聖母は、メジュゴリエの幻視者たちにこのメッセージを確認するために後で来られるとおっしゃいました。会合とメッセージは相対的に短いものでした。会合の後、私たちはヴィッカの家の近くにある出現の丘に登りました。私たちは祈り、そして再び教会に向かって出発しました。礼儀として、教区司祭に会いに行くこと私たちは決めました。しかしながら、私たちが到着すると、彼は出現関係の仕事に手一杯になっていました。私たちはそれ以上滞在していることができませんでした。なぜなら私たちはその夜イタリアに帰る船を捕まえなければならなかったからです。かくしてメジュゴリエへの私の短い訪問は終わりました。
 次の日イタリアに戻ると、私たちは、アスコリの幻視者そして神秘家であるマリエッタと会いました。彼女は私たちに、ヴィッカの家で前日に私が受けたメッセージを証しするために、聖母が彼女をバイロケーションでそこへ連れて行きましたと告げました。彼女はまた、聖母が再び、その夕方遅く、聖母によってヴィッカに与えられたメッセージを証しするために連れていかれたと言いました。「リトル・ペブル」のメッセージについて、聖母が彼らに話されたのはこのメッセージの間でのことでした。10月19日にオーストラリアに戻ると、私はメジュゴリエが私に関する声明を出し、そしてその声明は世界中に流通していると告げられました。私は聖母にこのことについて幻視者マリエッタを通して尋ねました。以下に示すのは、1987年9月28日、その幻視者の家で9時30分に与えられたメッセージです。

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マリエッタ: 「私は白いお召し物の聖母を見ることができます。手に白いバラの花束をお持ちです。私はメジュゴリエを、そして私の兄弟『リトル・ペブル』に聖母が出現された部屋(ヴィッカの部屋)を見ることができます。1987年9月22日に彼がそこにいたときに」
聖母: 「私はメジュゴリエでわが子供たちに出現しました。彼らは私の現存を否定しているのです。彼らはこのようなことをしてはなりません。彼らは間違っています。彼らは私の言葉を信じなかったのです。彼らは私の現存を否定しました。私は天の女王です。彼らは私の命令に従わなければなりません。なぜなら私は確かに『リトル・ペブル』について話したのだからです。彼らは偽り、私の現存を否定しています。このことは真実ではありません。彼らは私の息子を極悪かつ野蛮に見せています。我がかわいそうな息子、我がかわいそうな息子『リトル・ペブル』。私、汚れなきマリア、乙女マリア、平和の女王は、この大いなる苦しみにおいて、『リトル・ペブル』を私のそばに置きます」

(そしてまだ脱魂のうちに、ひとつの質問が聖母に尋ねられました。『リトル・ペブル』について聖母が話された、9月22日に聖母を見た幻視者の一人というのは、誰だったのですか? )

聖母: 「ヴィッカは私の現存を否定しました。それゆえ彼女は罰せられるでしょう。司祭は立ち去ったのであり、そして『リトル・ペブル』は、強引に彼女の家に押し入るというような仕方で行動したのではありませんでした。わが子供たちは、わが小さき家(ヴィッカの部屋)に天使のように入り、そこで私は『リトル・ペブル』に出現したのです。そのことをヴィッカと他の者たちは否定したのです」

(聖母は9月22日に、『リトル・ペブル』と、アメリカ出身の幻視者『トランペッター』、そして三人の同行者たちがヴィッカに会いに行ったときに起こったことを描写しておられる)

聖母: 「リトル・ペブルは招かれ、そして彼と彼の同行者たちは、ヴィッカの部屋に入りました。そしてリトル・ペブルと彼の同行者たちは、神の子どもたちのように振る舞い、悪魔のように振る舞ったのではありませんでした。彼ら(ヴィッカと司祭)は私の現存を否定しました。彼らは罰せられるでしょう。彼らに告げなさい。わがリトル・ペブルに反対して書くために彼の手を用いた司祭は、それを撤回せねばなりません。彼らのために祈りなさい。彼らは深い穴に落ちつつあります。彼らはわが出現を否定しました。私は実際に出現したのであり、私が出現しなかったというのは真実ではありません。私は出現し、ヴィッカにリトル・ペブルのことについて話したのです」

マリエッタ: 「私はまだビジョンを見ることができますが、私はリトル・ペブルが話していることを理解できません。なぜならそれは別の言語だからです。おお母よ、輝くように白い服をお召しのわが御母! 聖母は微笑んでおられます。私に与えておられるこのメッセージは世界に伝えても良いですか?」

聖母: 「それはあなたを傷つけることはないでしょう。なぜなら私があなたとともにいるからです。私は真理を話しました。そして真理はあなたを傷つけることはありません。それは送ることが望まれるどこへでも送られてよろしい。話しているのは私、汚れなきマリア、乙女マリア、神の母そして全人類の母です。私はあなたがたに与えます、マリエッタ、そしてわがリトル・ペブルに、我が聖なる祝福を。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。祈りなさい、わが子供たちよ、わが息子『リトル・ペブル』のために祈りなさい。彼はひどく苦しんでいます。親愛なる娘マリエッタよ、彼のために祈りなさい。私はあなたが彼のために祈っていることを知っています。しかし多く祈りなさい。メジュゴリエの人々は、彼をクズのように扱っています。しかし彼を見守るために私がいます。なぜなら彼は全世界のためのものにならなければならないからです。
 リトル・ペブルに反対してメジュゴリエで彼らが書いた偽りの手紙。彼らは悔い改めなければなりません。彼らはそれを撤回せねばなりません。私は語りました。そしてそれで十分です。私は無原罪の御宿り、最も聖なる乙女マリア、神の母、そして全人類の母です。私はあなたがたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン」
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 私は、メジュゴリエの幻視者たちに対する私の支援と祈りをささげ続けました。10月に、メジュゴリエの司祭たちは、メジュゴリエへの私の訪問に関する以下の声明を出しました。

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 ここ数日間、私たちは何回か、「リトル・ペブル」がメジュゴリエに来たのかどうか、そしてどのような関係をメジュゴリエの幻視者たちと持ったのかを尋ねられました。
(1) 彼は、聖母が、メジュゴリエの幻視者たちに、彼について話したと偽装している、と私たちは聞きました。
(2) リトル・ペブルは、トミスラフ・ヴラシック神父が公式に彼を招待し、彼を真実のものであると宣言したと偽装している、と私たちは聞きました。
(3) リトル・ペブルはメジュゴリエにいた。彼のメジュゴリエへの訪問の間、司祭たちのうちの誰も彼と連絡を取らなかった。彼は私たちを故意に避けた。すべての幻視者たちのうちで、彼はヴィッカとしか接触しなかった、と私たちは聞きました。
(4) ヴィッカの証言によれば、彼は彼女に短い間話しかけ、彼女の部屋で短い時間を過ごしまた。彼は十字架で自分自身を祝福し、自分は幻視者だと言った。後で、彼は、ヴィッカとともにメッセージを受けたふりをした。
(5) ここで私たちは、「リトル・ペブル」は、誰によっても招待されなかったということを言明します。
(6) 私たちのうちの誰も、いかなる仕方でも、彼と接触していません。スラヴォ・バーバリック神父は、幻視者たちに、教区の名で話しました。マリアが彼らにリトル・ペブルについて語ったというのは真実ではないと幻視者たちは言いました。
(7) リトル・ペブルはヴィッカとともにメッセージを受けませんでした。言い換えると、彼が言っていることは全くの偽りだということです。
(8) それゆえ私たちは、彼が言っていることから全面的に身を引きます。そして私たちは、真実の友人たちすべてに同じようにすることを求めます。

 教区司祭
 イヴァン・ヅガンシック・スラヴォ・バーバリック神父
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【 ガブリエル神父の証言 】

 以下は、ガブリエル・ド・モンフォール神父からの1990年6月20日のメジュゴリエ・センチネルの編集者ジョン・コッククラフト氏に対する証言です。

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親愛なる編集長、
 私は、モンフォール宣教会の宣教師として、1958年から1988年までハイチで働いていたオランダ人司祭です。1988年6月以来、私は聖シャーベル修道会に加わってきました。多くの興味を持って、私は1990年6月の「メジュゴリエ・センチネル」第6号を読みました。
 あなたの発行した雑誌に、今アイスランドで働いているオランダ人のモンフォール会宣教師テルストロエト神父の写真があるのを見ることは幸せでした。私は彼が、アムステルダムの「あらゆる国の聖母」の出現にかかわっていたことを知っています。何年も前に。(その御像は、日本の秋田の出現の御像のモデルとなりました) しかし彼の関与は、上長によって快く思われませんでした。(日の下に新しきものなし!) 私は彼の、聖母と若者たちに対する消されることのない愛の炎に気づくことができて幸福でした! しかしこれは、私があなたに手紙を書く理由ではありません。
 47ページで、あなたはオーストラリアの涙を流す御像の現象について質問しています。誰か他の例を知っていますか? 私は、何年か前に涙を流した「奇すしきバラ」の聖母の御像があることを知っています。その御像は、「リトル・ペブル」によって設立された祈りのグループの一員のものでした。それに加えて、私自身が1988年2月13日に、ナウラの聖地で「奇すしきバラ」の御像が涙を流すありさまを目撃しました。(私が撮った二枚の写真を同封します。申し訳ありませんが、写真はそれほど鮮明ではありません!) そのとき私はハイチから、私の個人的な調査をなすためにナウラに来ていました。私は印を求めませんでした。しかし美しい印が私に与えられたのです。
 あなたはブラザー・ジョセフ・フランシスに言及しています。(50ページ) あなたはそこにも「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の御像があるのを知っていますか? リトル・ペブルによって彼に与えられた御像です。それは聖母の預言を実現して涙を流しました。聖母は次のようにおっしゃいました。「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助けの姿を帯びた、彼が間もなく受け取るであろう御像は、いつの日か涙を流し、そしてまた後の日に血を流すであろうということをブラザー・ジョセフ・フランシスに告げなさい。これは、ここオーストラリアにおける私の出現の世界に対する印となるでしょう」(1986年4月19日。No.85)! ブラザー・ジョゼフ・フランシスは、リトル・ペブルと一致しているだけではなく、あなたが言及した他の幻視者たちとも一致しています。キベホの幻視者たち、イタリアのオリヴェト・キトラ、日本の秋田のシスター・アグネス。太陽の回転のような他のところで観察されたその他の印がそこでも観察されています。それは写真、ビデオによって収録され、過去の何年間にもわたって何千人もの人々によって目撃されています。(彼らの多くは、ウォロンゴング司教に証言を書きました) ロザリオの「色」の変化について。私はそれらの多くをナウラで見ました。最後のものは、私の目の前で、1990年6月13日に起こりました。
 正当にもあなたは書いています。(31ページ)「このことを見聞きした後で、私たちは私たちが何ををなすべきかについていかなる疑いも持たなかった。聖母が彼女のメッセージを私たち皆に届けようとしておられ、私たちはそれらによく耳を傾ける必要があるということを聖母が断言しておられるのを聞くことは新鮮で気分を快活にするものであった。報告される出現の数は、彼女の汚れなき御心の勝利のために、皆にこの緊急のメッセージを伝える彼女の決意において、彼女があらゆる手段を利用しないではおかないことを示唆しているように思われる」 そしてあなたが言ったことは真実なのです。……「より多くの類似の出来事があるだろう。そしていくつかにおいて、将来の出来事はメジュゴリエよりもより明白になるだろう」
 実際、語っておられるのは同一の聖霊であるゆえに聖書のテキストは聖書全体の一部分として読まれなければならないように、ある一つの出現のメッセージは他の出現地のメッセージの全体の中で聞かれなければならないのです。なぜなら同一の聖母が語っておられるからです。これは私にとって、ナウラの出現の真正性を支持する重要な論拠でありました。あらゆるメッセージ、あるいはかくも多くの他の出現場所との一致。それゆえ私は、あなたがナウラの出現への言及を見逃したのかどうかを不思議に思っています。メッセージは同一です。印は同一です。語っておられるのは同じ聖母ではないでしょうか?
 ウォロンゴング教区司教の反対はオーストラリアで、そして世界で非常によく知られています。モスタル司教の立場が知られているのと同様に!
 お望みならば、この手紙を出版して下さっても結構です。私のつたない英語をおゆるしください。最後に私はあなたの非常に興味深い出版物を定期購読したいと思います。同じ私たちの聖母マリアへの愛の一致のうちに。

ガブリエル・ド・モンフォール神父
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 私はメジュゴリエの司祭たちによる公の非難の後で攻撃されたにもかかわらず、分別ある人々は論争に飲み込まれませんでした。とりわけ、私の友人であるカナダのケベック州出身の司祭、ド・モンフォール会司祭イブ・マリー・ブレ神父が私を公に擁護する文書を出したからです。神父はよく知られており、尊敬されていて、何度かメジュゴリエへの巡礼団を組織していました。彼は自分自身でその出現についての二つの公の著作を書いていました。私は彼に私の文章記録のすべてを提供し、彼の満足がいくように、以上の出来事についての彼の問い合わせに答えました。私を支持する彼の公の声明は、1987年12月18日に公表されました。そしてそのコピーは、メジュゴリエの出現の調査をしている教会の委員会を当時率いていたフランジョ・クハリック枢機卿に提出されました。

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フランジョ・クハリック枢機卿。1987年12月18日
現在進行しているメジュゴリエでの出現に関して。
「特定の問題について」委員会への引き継ぎのために。

《 公開書簡 Y.M.ブレ神父による 》

 1987年10月のメジュゴリエへの私の11回目の旅行において、スラブコ・バーバリック神父は私に、1987年10月の日付の、彼らがメジュゴリエの聖ジャック教区で広めている手紙を渡しました。それは公にリトル・ペブル(小さな石)として知られている別のオーストラリアの幻視者に関連するものです。状況を解明するというよりも、むしろ混乱を広げる危険を冒しているこの手紙に対する補完となる、いくつかのコメント及び文書を私は提出したいと思います。

(1) 私の唯一の目的は、真理および関係する人々に関して、天の大義に仕えることです。私はこのことを、私自身のイニシアチブによって、祈り、そして一次的情報を探し調べた後で為します。すなわち、幻視者たち自身、教区の司祭たち、リトル・ペブルおよびトランペッター自身です。

(2) 教区の印があるこの公的書簡のコピーを同封します(文書No.1)。

(3) それは教区司祭によって署名されていません。なぜなら、トミスラフ・ペルヴァン神父がインタビューで私に語ったところによると、彼は「リトル・ペブル」の訪問の時に、メジュゴリエにいなかったからです。

(4) スラヴコ神父はもはや公式に教区に属していません。唯一の公式の署名は、公式にその教区の助任司祭であるイヴァン・ヅガンキック神父のものです。

(5) 私は内容のいくつかについて、メジュゴリエの主任司祭と議論しました。そして礼儀正しく彼に対して次の見解を表明しました。教会の客観的なそして公式の調査なしで未熟な判断を出すことによって、メジュゴリエの幻視者たちとかかわりを持つことを彼らが望んでいない他の幻視者たちとかかわりをもたないように、と。

(6) 私は司祭たちが、自分たち自身を他のいくらかの幻視者たちと区別しつつ、ある人々とかかわりを持つことを望まないという個人的見解を持つ権利を持っているということ認識しています。そして私は少なくとも、「そして私は真理のあらゆる友人たちに同じようにすることを求めます」という最後の一節を除去することが必要であると強調したのです。そして他の人々を巻き込まないように、と。なぜならメジュゴリエの司祭たちは、他の現在の出現を承認しあるいは断罪する権威ではないからです。(メジュゴリエの場合についてさえもそうであるのと同様に)

(7) 私たちはこの件を、それをなす権威を持っている人にゆだねなければなりません。すなわち教会に。

(8) 私はまたトミスラフ神父に、次の一節を除去しあるいは修正するように求めました。「彼の言うことは全く偽りである」 なぜか? なぜなら、人は、先入観念や伝聞によって人を裁くのではないからです……この手紙が示すように。(われわれはそのように聞いている) それは、同じ福音に反することです。

(9) この時点で、私は、同封した文書No.2を手元に持っていませんでした。それを私は後に、幻視者から直接に入手しました。両者の観点を知るために。

(10) 私はメジュゴリエの司祭たちに、誰も「リトル・ペブル」を招待したことはないというのは真実なのかどうか尋ねました。私は答を与えられました。誰も、トミスラフ・ヴラシック神父さえも。この時、私は同じ言葉を「リトル・ペブル」から確証することを望みました。彼は先の5月、モントリオールにおいて、彼のカナダへの訪問の時に、フランシスコ会の一人の司祭によって招待されたことを、そしてそれは霊的指導司祭だったことを私に個人的に話していたからです。そして私はいくつかの名前に言及し、そして彼はそれを証言しました。(私の個人的な見解によれば)すなわち、それはトミスラフ・ヴラシック神父だったと(文書No.6)。 メジュゴリエのフランシスコ会の神父やスラヴコ神父も、誰もリトル・ペブルを招いたことはなかったと確実性をもって保証することはできないのだから、私はこの一節を修正するように彼らに求めました。現実を超えるような断言をなさないために。とりわけ、私たち皆は、ヴラシック神父がそれが真実のものであると言明すべきではなかったということに同意しているのですから。このことは、彼の関心でもなければ、私たちの関心でもありません。そしてこれは彼の管轄の外にあります。なぜなら、教会がこのことを彼女自身に留保しているからです。状況によって、最後の手段として、教会法によれば、教皇が最終的な発言権を持ちます。

(11) 私はここで、ある証人の証言のもとに、次のことを言明したいと思います。すなわちトミスラフ・ペルヴァン神父は、手紙を修正したいと思ったように思われるということです。しかし、私たちに再び会ったスラヴコ神父と相談してから、彼らは何も変えないことに決めたのです。スラヴコ神父は、この件について完全に沈黙しています。

(12) 私の提案は、彼らから最終的な撤回を得ることです。なぜなら、事実は彼らの言明と矛盾しており、彼らの言明は書かれたテキストによって証明されてもいないし、価値のある議論によって支持されてもいないからです。これらのことは、推論を保証する印ではありません。その推論の前提は伝聞(私たちは聞いた)なのです。以上が私の議論です。なぜなら私は、平和の女王のメッセージと出来事に非常に好意的だからです。私は私の最終的な判断を教会にゆだねます。しかしながら、限度を超えた、ある種の人間的な介入を認識し分離する必要があるのです。

(13) 私は、類似の手紙によって、メジュゴリエの大義に対して不必要な攻撃を加えることを望んではいません。

(14) そしてまた私は、フランシスコ会の神父たちが、メジュゴリエに反対して用いられてきたのと同じやり方を用いるのを見ることを望んでいません。すなわち、聴取されることなしに裁かれることを。彼らも、幻視者も。そして客観的な委員会も無しに。それは皆の権利です。彼らにとっても、そしてこのもう一人の幻視者にとっても。そのメッセージは様々な言語で世界中に広められています。

(15) さてこのことは、幻視者であるかもしれない全ての人たちにとって望ましいことです。このことは「リトル・ペブル」のためにはなされませんでした。彼のウォロンゴング教区の司教によってさえも。あらゆる正義と公正において、司教は彼が言うことができないことを述べたのです。リトル・ペブルが教会によって断罪され、あるいは彼の司教によって断罪されたと。教会法によれば、(そして福音書によっても)リトル・ペブルは彼の司教による調査を受けたこともなければ、公式な委員会による調査を受けたこともないというのに。教会における「真理の友人たち」はこの原理を非常によく知っています。そのことを私は彼らに思い出させるのはふさわしいことだと信じます。彼らの意見によって、愛徳と正義において彼らが失敗するのを防ぐために。メジュゴリエの有名さのために、彼らの意見は世界中で相当の重要性を持つのです。

(16) 彼らは、「リトル・ペブル」の審判者でもなければ、それ自体で自立することができないメジュゴリエの審判者でもないのだから、賢明な配慮と分別をもって語ることが望ましいでしょう。それゆえ、もし司祭たちが、「リトル・ペブル」との関わりを断ち切ることを望んでいるのであれば、彼らは、彼ら自身の権威によってそうなすべきであり、幻視者たちを巻き込むべきではないのです。十の秘密とそれについて言及されているすべてのことのために。そしてまたその国の社会的な文脈を考えるならば。幻視者たちはこれらの秘密によって拘束されており、司祭たちは、彼らの見解を幻視者たちに押し付けるべきではないのです。ヴィッカに起こったことを彼らは尋ねることができないというのではなく、「リトル・ペブル」が彼らに自由に会うことを妨げようとするべきではなかったということです。他のすべての巡礼者たちがそうしているように。そして司祭たちは、すでに彼の到着に気づいていたのだから、彼に挨拶する時間をとるべきだったということです。スラヴコ神父は、彼よりも前にヴィッカの家に行っていたのですから、彼を見たはずです。幻視者の一人によってその事実を警告されたということとは別にしても。

(17) 私自身がすでに、司祭たちと幻視者たちに彼の訪問について警告していました。そして彼の求めによって、彼の名前で彼らに挨拶していました。これは単に、開かれた態度の真の印です。私は次の回答を受け取りました。彼は、他の巡礼者たちと同様に行動する限り、来てもよい、と。では、なぜ、あとになって、彼は司祭たちに会うことを望んでいなかった、と言うのですか。巡礼者たちは、司祭に会うことを義務づけられているのですか? 彼は彼らに会うことができなかったかもしれないのに、なぜ先に裁くのですか、そしてこのことを彼ら皆を避けるために彼が故意になしたと言うのですか。これは、類似の断言の証拠なしにあまりにも行きすぎることです。

(18) 「リトル・ペブル」自身からの文書No.2が、そうではないということを示しているのはそのためです。人は、意図をあまりにも早く裁くべきではないのです。一次資料と人物自身にあたることがより良いのです。

(19) 彼はヴィッカとともに出現を受けたと、誰に彼は言ったのですか? ヴィッカ自身が、インタビューに応じて、彼女は彼と同時には出現を受けなかったと私に語りました。私は彼女を信じます。しかし、この主題に関して別の時に彼女が出現を受けなかったということは何も私たちに告げていません。それゆえそこに、「隠された真理」の可能性があるように見えます。

(20) それを支持するものとしての書かれた証拠なしでの、手紙における司祭たちの断言の強さは、意味のある議論の弱さを、そしてそれゆえ誤りの可能性を示しています。

(21) 司祭たちは私に、「リトル・ペブル」のメッセージをもはや知ることを望んでいないと告げました。ペーター神父を除いて。彼は私にそれらをドイツ語で受け取っていると言いました。(それらすべてを読んだかどうかは指摘しないで) では、どのようにして伝聞以外でこの幻視者を判断するのですか? 私はドイツからの、いくつかの否定的な証言を受け取っています(文書No.3)。そして私はまた別の肯定的な証言も受け取っています(文書No.4)。どちらが最も正当な判断でしょうか?

(22) 私の目的は以下の通りです。メジュゴリエの大義は、祝された乙女に属しています。彼女はメジュゴリエにおいて現在に至るまで、心と世界のための平和のメッセージを与えておられます。祝された乙女は、この出現が、それ自体で自足したものになることを望んでおられるのでしょうか。なぜなら、彼女は、他の場所において同時に出現され、同じメッセージを与えておられるからです。他の出現においては、きたるべき不幸や出来事についてより明白に語っておられるという違いはありますが。

(23) 答えはNOです。メジュゴリエはそれ自身で自立したものではありません。ルルドやファチマと同様に。とりわけ、現在の出現のいくつかはすでに教会によって承認されており、教会は常にそれらを、他の出現と、そして信仰生活全体と結び付けているからです。それぞれの出現がそれ自身のミッションを持っているということは真実ですが、それはあらゆる混乱の危険を取り除きます。それらは、互いに相補的なものにすぎないのです。それが、メジュゴリエは自分自身で孤立するべきではない理由です。あまりにも性急に判断し、他の幻視者たちを理解することなく、巡礼者たちを孤立させようと試みるべきではない理由です。他の人々の証言は、それらの客観性のみによって評価されておらず、先走った判断によって評価されています。

(24) 同封するのは、モントリオールの幻視者からのメッセージです。この幻視者もまたこの手紙に言及しています(文書No.5)。私はこの幻視者を非常によく知っており、この件に関して彼女と話すことができました。

(25) ある人々のメッセージは、他の人々のメッセージと同様のものです。それらが天から来ている時には。人はそれらすべてを手放しで拒絶することはできません。なぜなら、僕は、他のものに言及することなく、別の場所で別の時に語るからです。それらを確認しあるいは無効化する場合を除いては。もしそれが、まず最初に、幻視者のメッセージの内面からもたらされ、そして後に、両者について情報を得ている個人たちのコメントからもたらされるならば、それは非常に肯定的な印です。

(26) またウォロンゴング司教からの文書を同封します(文書No.7)。彼もまた、証拠の支持なしに判断をなしました。モスタルの司教がメジュゴリエについてなしたのと同様に。しかしながら、従うべき確固たる手続きを確立することにおける教会の知恵と賢明な配慮は、長い経験に基づいたものであり、それに従うことはわれわれ皆にとっての関心事です。

(27) 類似の手紙はすでに、いくつかの国において、混乱と驚きの原因となっています。それゆえそれはメジュゴリエの大義のために奉仕していません。私がこれらの解明を提出することが適切であると信じるのはこのためです。私はそれを全く開かれた態度のもとに、そして現在進行しつつある主張をあらかじめ判断することなく、神と祝された乙女の完全な計画に従うことを望んで、為します。

 イエズスの御心とマリアの汚れなき御心において。
 Y.M.ブレ神父
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【 中央アメリカ 】

《 シスター・グアダルーペ 》
 1986年に、中央アメリカ、グァテマラ・シティのシスター・グアダルーペが、イエズスにそうするように告げられた後、私と一致しました。私はここでロネル・ハーゲンに感謝したいと思います。彼は、私自身とシスター・グアダルーペにとっての素晴らしいワーカーでした。悲しいことに、これらの霊魂たちは、1980年代の後半に私たちから離反しました。以下に示すのは、1987年3月19日に私たちの主によって与えられたメッセージです。1987年5月の私のグアテマラへの訪問のとき、イエズス様は、シスター・グアダルーペを通して、これら二つのメッセージを公にするように私に指示されました。

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中央アメリカ グァテマラ グァテマラ・シティーの幻視者
シスター・グァダルーペに与えられたメッセージ。これは
1987年3月19日に主がリトル・ペブルに宛たメッセージである。
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主:「最愛の娘よ、オーストラリアにいる我が息子リトル・ペブルという幻視者へ、あなたに見せた幻視のことを知らせる時が来た。その幻視は、明かされる日まであなたの心の中にとっておいたものである。このメッセージとその幻視が、最愛の息子の疑いや恐れを吹き払うもので、わたしが伝えたすべてのことが理解できるであろうということを、彼に伝えなさい」

 主への従順として、わたしはその幻視で見たことをお伝えします。それは1983年の四旬節中のことで、イエズス様がわたしに出現されたときでした。イエズス様は聖書を持っておられ、こうおつしゃいました。「娘よ、わたしはこの聖書に隠されている奥義を、あなたに知らせるために来たのである」 わたしは恐れ、イエズス様にもそのことを申し上げたのですが、お答えはこうでした。「恐れることはない。あなたを助け、導こう。そしてあなたや世が理解できないことを説明しよう」

 主がその御手をわたしの目に置かれると、自分が別な場所にいるのを見ました。わたしは歩いて歩き通しだったので、疲れきって、その上空腹でした。突然わたしは自分自身を見てひどく驚いたのですが、自分は乞食で、非常にみすぼらしく哀れな姿で、長い間何もしないで(さ迷って)いる感じがしました。そのためにひどく疲れ切っておりました。それ以上に、わたしはもうずっと前から何も口にしておらず、食物を買うお金など一銭も持っておりませんでした。
 随分長い間歩いた後、入口がたった一つしかない美しい宮殿が見えました。ドアは重い金でできており。沢山の装飾で飾られていました。わたしがドアに触れるほど近づくと、自分は小さな少女に変えられており、大変弱くて、ひどい空腹感がありました。小さいわたしから見るとドアはとても大きく、威厳があり壮麗でしたので、わたしの小さな弱い手で開くことはできませんでした。間もなくそのドアは見えない手で動かされたかのように、自然に少しずつ開かれました。そしてわたしは入るように招かれました。
 ドアが開いたのでわたしはとても嬉しかったです。中で誰かが、何か食べる物を下さると思ったからです。わたしは注意深く入り、そこにある物を全部興味深く観察しました。少し歩くと果物の木がある美しい庭に出ました。果物の木を見ると空腹感がますます募り、わたしはその庭の方へ走って行きました。その中に一本のとても大きくて美しく、実が沢山ついている木がありました。その実はとてもおいしそうだったので、わたしは本当に空腹を感じましたが、その果物を取ることはできませんでした。その木が高すぎて、わたしは届かなかったからです。
 そのうちに、一人の婦人が大勢の男性と一緒にその庭に入うてくるのを見よした。しかしドアからではなく、泥棒のように壁をよじ登って、その木から果物を盗もうと入ってきたのでした。婦人はカゴ一杯に取りましたが、尚も取り続けました。彼女に従っていた男の人達も、同じようにしていましたので、わたしはあんなにも沢山取っていたのだから一つぐらい分けていただけるだろうと思いました。わたしにその人たちに近づいて、空腹を充たすように果物を一つだけ下さいと頼みましたが、何一つとして下さろうとしませんでした。失望したわたしは、お願いを聞いて下さるように懇願しましたが、皆は怒りだし、わたしを侮辱したのです。浴びせられた、ありとあらゆる言葉でわたしはとても悲しくなり、落胆しました。本当にお腹が空いていました。わたしはただ果物を見つめて、それを取るにはどうしたら良いかを考えていました。その木は高すぎて、わたしは小さすぎたので、どうしても手が果物に届くことができません。ですから取るのは不可能だと思いました。果物をもいでいた人々は、皆思い思いに棒を使っていたのですが、わたしが届かないのを見て嘲笑し、わたしを笑い者にしました。
 突然イエズス様がご出現になり、微笑みながら果物を一つ下さって、「さあ、取りなさい。もう果物を取ろうと心配することはない。あなたのためにわたしがもいであげたのだから。食べて空腹を充たしなさい」とおっしゃった時は、どうしてよいか考えも及びませんでした。わたしは果物を取って、ひどく空腹だったので、素早く食べました。とても美味しかったのです。とても甘く美味しく、こんなに美味しい物を今までに食べたことがありませんでした。果物を盗んでいた人々は、イエズス様を見ると、泥棒として入ってきた自分たちがとがめられると思い、ひどく怖がって逃げて行ってしまいました。
 わたしたち二人だけになると、イエズス様はその実をいっぱいつけた果物の木の近くにあった巨大な岩を見せて下さいました。その大きな岩の上に、小さな岩がありましたが、その小さな岩から泉が湧き出ており、水晶のように透明な水が地に落ち、速い流れを作っていたのです。地面からそれを見ると、すぐ大きな壁が現われ、それが徐々に大きくなって行きました。壁が大きくなるにつれて、泉の回りを囲み、ついにはすっかり囲んでしまい、水のはけ口は何処にもなくなりました。そして水はたまってしまいました。澱んだ水はますます汚くなりましたが、それはある部分だけで、中には急速に浄化された部分もありました。主は、水がまだ清く水晶のようである別な場所へ連れて行ってくださいましたが、その前に、汚染の恐れがある悪臭を放つ水がありました。わたしは自分が見た物の意味がさっぱり判りませんでしたので、水が澱んでいたわけを主にお尋ねしましたら、次のようにおっしゃいました。「水が溜まっていたわけは、子供たちが自由に動きがとれない沢山の困難に出会っているからだ。しかしわたしたちは、はけ口を見つけて水を溜めずに、自由に流れるようにする。ご覧、わたしが全部説明しよう。今あなたが見ているあの巨大な岩は、第一代教皇であった聖ペトロが創立したわたしの教会である。その上にある小さな岩はいつか教皇になる幻視者で、良い方向にわたしの子らを導く者である。壁は我が教会を囲む悪魔で、その悪をもって、子供たちの霊魂を汚染しているわけである。それでそのような霊魂にあるのはわたしの恵みではなく、汚い水である。悪魔が触れたからだ。しかしあなたが見た、まだ澄みきった水晶のような別の水とは、忠実であり、私をまことに愛し、悪魔にだまされていない息子たちなので
ある。彼らが悪魔に取り囲まれていても、わたしは悪魔が彼らに触れ、汚染することを許さない。このようなわけで、わたしは知恵の木の実を食べるようにと与えたのだ。わたしの知恵をもって、あなたは公教会を苦しめている誤りを除き、子供たちの目が覚めるのを手伝いなさい。彼らの目が覚めたら今、実際に何が起こっているのかをわからせないように制圧している悪慶の壁を壊すようになるであろう」 ここでその日の幻視は終わりました。私はこの意味を明かして下さる、という主の命令を待ちながら、何年も沈黙を守っていました。

 1987年3月19日、聖ヨゼフの祝日に主がご出現になり、こうおっしゃいました。「あのメッセージの意味を明かす時が来た」 またわたしにリトル・ペブルに対するメッセージを下さいましたが、それは次のようなものでした。「小さき娘よ、どうか、息子リトル・ペブルに次のことを伝えてほしい。あなたの見た大きな岩は聖ペトロであり、その上にあった小さな岩こそはリトル・ペブルである。それゆえ彼には天国の鍵が与えられたのである。私が我が教会を建てたのは聖ペトロの上であった。そしてわたしが我が教会を救い、刷新するのは、小さな岩の上においてである。これはわたしが果たす神聖な約束であった。最愛の娘よ、彼こそヨハネ・パウロ2世教皇の、真の後継者であると説明し、彼の時が近づいていること、嵐の最中、混乱の最中にある我が教会を導くのであるが、私が彼を助けるので恐れないように、と言うことを伝えなさい。間もなく、彼は永遠の御父から委託された使命をまっとうするために、大きなカと恵みと、大いなる権威を与えられる。力と勇気を得るため、彼を通してもっと多くの奥義が明かされるであろう。すべての幻視者を一致させる使命を続けるように。幻視者の人数がある程度まで達すれば、円は閉じられ、あらゆる預言が実現されるだろう。以上のようなわけで、メッセージを広めるすべての幻視者、及びそのメッセージを信じるすべての者が一致しなければならないことは、非常に重要なのである。なぜなら幻視者たちは真の教会を護り、わたしの子らを、真の神へと導く、真のキリストの兵士たちだからである。わたしのリトル・ペブルに、恐れずに他の幻視者たちへ、このメッセージを見せて、ごく近いうちに彼には権威が与えられ、すべての幻視者が彼に従うであろう、ということをどうか伝えてほしい」


 シスター・グァダルーペに与えられたメッセージ。聖母が幻視者リトル・ペブルに宛てたメッセージ
「最愛の娘よ、かわいい息子リトル・ペブルに、私が数年前、あなたに見せた教皇様の幻視について知らせる時が来ました。今がそのことについて明かす時なのです」  聖母に従い、わたしはその幻視のことをお話しいたします。あれは、主がご自分の教会と、その意味について私に示された同じ年のことでした。ちょうど四旬節の頃でした。聖母がわたしにご出現になって。こうおっしゃったのです。「娘よ、私は公教会の母です。そして公教会の母であるが故に、間もなく起こることをあなたに知らせましょう」 後に聖母は、わたしを知らないところへ連れて行かれました。そこでわたしは巨大な教会を見て驚いて申しました。「マリア様、ご覧ください。何と大きな教会なのでしょう」 聖母は微笑まれておっしゃいました。「これはヴァチカンです。ですからこのように大きく見にるのですよ」 後にわたしは、天と地の間に深淵がのぞいているのを見ました。そして天と地がつながるために、ヴァチカンから出て天に連なる大きな橋が架かっておりました。ところが大変困ったことに、その橋は木造でもう古くて腐っていたのです。わたしは、この橋はもう悪くなっており、誰もその上をわたることはできないと思いました。一歩でも足をかけた人は深淵に落ちてしまうかと思われたからです。突然ヨハネ・パウロ2世教皇様がヴァチカンから出て来られ、橋の方へいらっしゃるのが見えました。わたしはお止めしようと大声を上げたのですが、お耳に入らなかったと見えて、なおも橋の方へ歩いて行かれました。教皇様はやがて到着なさい、一歩踏み出されました。すると橋はきしみ、教皇様は落ちそうになられました。わたしはこれを見て心配のあまり再び大声を張り上げました。が、突然橋が壊れ始めました。絶望的になったわたしは、聖母に教皇様を助けて下さるようにお願いしました。さもなければ教皇様は深淵に落ちてしまわれます。
 聖母はカを下さいましたので、わたしは走って行きましたが、やっとのことで教皇様を横に押すことだけができたのです。教皇様はバランスを失いお倒れになりました。その間に巨大な橋は完全に壊れ、物凄く大きな音を立てて底知れぬ暗黒の中に沈んでしまいました。わたしはこれを見て驚きのあまり突っ立ったままで、どうして良いかわかりませんでした。急にわたしは教皇様のことを思い出して、お助けしょうと大急ぎで走って行きましたが、わたしが着くともう別の方々が助けているのを見ました。わたしはおそばに近づいて見ましたが、教皇様はまだ地上に倒れられたままで、死んでおられるように見えました。教皇様のお顔はこわばっておられ、何にもおっしゃらずに、目には大きな苦痛をたたえておられます。非常に大きな苦しみと共に、このようにひどい悲しみにはとても耐えることができず、悲しみのあまり死んでしまわれるかと思われるほどでした。やがてこれらすべての幻は消え、この悲しみも苦しみも全部なくなりました。そして空中で「アレルヤ」の歌が聞こえてきました。この「アレルヤ」の歌声は天上の声で、その歌声は地上に残されたすべての人々に聞こえました。そして、この美しいメロディーで、人々は悦びに満たされたのでした。
 以上の幻視は、その日のうちに終わりました。私はこの数年来沈黙を守ってきましたが、主がご出現になったその同じ日に、聖母もご出現されて、次のようにおっしゃいました。「最愛の娘よ、かわいい我が子リトル・ペブルに、あの幻視は彼に向けたものであると伝えて下さい。それにより、彼は古い橋が崩壊するので、新しい橋を立て直さなければならないことがわかるでしょうから。これが、なぜすべての幻視者が一致しなければならないかという理由です。各国に幻視者が居らねばなりませんが、それは一致した幻視者たちが、天と病める公教会をつなぐことのできる新しい橋を建てるためなのです。愛する息子よ、あなたは各国の幻視者とあなたのメッセージ奨励者のリストを作成するべきです。幻視者のいない国があれば、私が幻視者をまだ一人も与えていないということですから、その国の名を書いた別のリストを作って下さい。私が与えたすべての幻視者は、あなた(リトル・ペブル)と一致すべきです。あなたと一致しない幻視者は、グループの輪から諦め出され、新しい橋を建てる幻視者のうちには入らないでしょう。これらすべてが完成し、もう一致した幻視者がいないことがわかったときは、すべてのメッセージのプロモーターに集合するよう呼びかけなさい。幻視者のいない国は、プロモーターがその代表です。また、プロモーターの名と国名を書いたリストをもう一つ作りなさい。幻視者もプロモーターもいない国は、その国では誰もいない証拠として、また別のリストを作って下さい。急ぎなさい、時間がないのですから。最愛の息子よ、ではあなたを祝福いたします。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン」

《 イルマ・ウベド・デ・カストロ 》
 1987年に、私はグァテマラのキニダッドから、この幻視者の手紙を受け取りました。彼は「リトル・ペブル」と一致すると言ってきました。

《 ペレリア・マファノ 》
 1987年9月、中央アメリカ、ニカラグアの幻視者であるペレリアは私と一致しました。彼女は、煉獄の聖なる霊魂たちとともに働いています。


【 アメリカ合衆国 】

《 ジュヌビエーブ 》
 私と一致した最初の幻視者は、アメリカ、ルイジアナ州サンセットの「愛の紐ロザリオ」のミッションのジュヌビエーブでした。彼女は、1984年8月に、私に電話をかけてきて、以下の言葉を告げました。
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 イエズスはペトロにおっしゃいました。「この岩の上に私は私の教会を建てる。地獄の門もそれに打ち勝つことはできない」 この「岩」の上にイエズスは彼の教会を建てました。そして「小石」であるあなたの上に彼はそれを再建なさるでしょう。「ペブル」のミッションは教会を再興することになるでしょう。そして、アメリカにおけるミッションを通して、ジュヌビエーブを通して、彼は世界を救うでしょう。「オーストラリアにおけるミッションを通して、リトル・ペブルを通して、私は教会を救うであろう」
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 牧者になることに関する私についてのこのメッセージを受け取る前に、1983年に、イエズス様とマリア様は私と他の7人のワーカーたちに秘密のうちに、私がカトリック教会の最後の教皇になるということを明かされました。このメッセージは1984年の終わりにふたたび与えられました。そして私的謁見において、1985年に現在の教皇に私的に渡されました。ジュヌビエーブは、私が最後の教皇になろうとしていると告げられていました。私は、この情報が彼女からもたらされたことに非常に驚きました。なぜならそれは1984年に私に与えられた秘密の知識だったからです。彼女は私と一致した最初の公の幻視者でした。そしてイエズスとマリアは私について、彼女のメッセージを通して公に語られました。以下は1984年8月20日の日付の彼女の手紙からの抜粋です。「そうです。聖母は、すべての真の幻視者を一致させるための、あなたのミッションの重要性について私に語られました。あなたと一致して、私は道具となるでしょう。あなたのようなとても謙遜で愛にあふれた霊魂に神がゆだねられたこの仕事において」

 ジュヌビエーブへの聖母からのメッセージの抜粋です。

聖母:1984年8月22日 「わが娘よ、あなたの祈りを、他の者たちの祈りと一致させることを続けなさい。しかしとりわけ、『リトル・ペブル』として多くの者に知られている、オーストラリアの我が貴重な息子の祈りと一致させなさい。なぜなら、この謙遜な霊魂に、神は非常に大いなる使命を委ねておられるからです」

聖母:1984年9月19日(再び一致に言及されて)「他の真の出現地と一致しないことを、サタンの計略のために選んだ出現地は落ちるでしょう」

聖母:1984年11月21日 「そうです、わが子よ、あなたが本当に、わが汚れなき御心の勝利をもたらすことにおいて、彼を助けるであろうということを我が貴重な『リトル・ペブル』、我が貴重な息子に私は確認しました」

聖母:1984年12月8日 「最近私は再び、我が貴重な愛の紐ロザリオについての言及を、わが貴重なオーストラリアの『リトル・ペブル』に為しました」

 1985年8月に、分裂が起こりました。なぜなら、私は教皇にならないというメッセージを彼女は受け取ったからです。また彼女はその時、彼女と別れた他の幻視者たちとの間に問題を抱えていました。彼女の個人的な生活と、ワーカーたちの間にも問題が数多くありましたが、私はそれをここで述べることはしません。

聖母:1984年12月8日 第20巻「……最近私は再び、我が貴重な愛の紐ロザリオについての言及を、わが貴重なオーストラリアの『リトル・ペブル』に為しました。以下のメッセージにおいて。わが汚れなき御心の勝利は祈り、ロザリオの力を通してもたらされるでしょう。そしてこの愛の、聖なる紐ロザリオとともに、茶色のスカプラリオを身につけなければなりません。これらは、わが汚れなき御心の二つの印なのです。わが子よ、そして子供たちよ。悪魔は決してこれらの偉大にして強力な愛の武器を奨励することはできないということを確信しなさい、わが子よ、そして子供たちよ。あわれみの二つの準秘跡、聖なるロザリオと茶色のスカプラリオを」

《 リトル・ラム 》
 1987年12月に、イエズス様は私に、至聖なる聖体の聖心の、ある隠された霊魂のメッセージを知らせるようにとお求めになりました。彼女の神秘的な名前は「聖体の聖心のリトル・ラム」です。この小さな霊魂は、彼女の生活のほとんどにわたって、イエズスのための「犠牲の霊魂」であり続けてきました。彼女は、何人かの霊的指導者を持っており、1987年前半から、私と文通するようにイエズス様によって指示されてきました。私たちの心は、イエズスの聖心において結び付けられているからです。私はまた聖母によって、リトル・ラムに、彼女が主と聖母から受けてきたメッセージのいくつかを小冊子にするように告げるよう指示されました。私はこのことをなしました。そして彼女が私から離反するまで彼女の仕事の管理者でした。どうか彼女のために祈ってください。なぜなら彼女のミッションは、聖にして母なる公教会の司祭たちの救いのために非常に重要なものだからです。

《 メアリー・ジェーン・イーブン 》
 以下は1990年8月13日のアメリカのこの幻視者のからの手紙です。
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親愛なるリトル・ペブル、
 平和があなたと共にありますように。イエズスとマリアは今もそして永久にたたえられますように。数週間前に、私はファクスで、あなたと一致している幻視者たちの最新のリストを非常に必要としているということを説明する短い知らせをあなたに送りました。私はこのことを私自身のためになしたのではありません。そうではなく主が、そのようなリストを入手するように私に特別に求められたのです。私の使徒職とミッションを準備するために。私は、1987年からの2ページにわたるリストを先週私に送ってくださったことをあなたに感謝したいと思います。しかし私は懸念を持っています。このリストは、他のリストに載っている多くの幻視者たちを含んでいません。あなたは、もっと新しいリストをお持ちではありませんか。私は、住所を含めた、すべての幻視者たちの最新のリストを受け取ることがどうしても必要だということをあなたに確言します。このリクエストを支持することをイエズス様に求めてください。なぜならそれは彼からの求めであり、祝された御母の栄光に直接にかかわることだからです。
 こういうわけで私はもう一度お願いしなければなりません。幻視者とその住所の完全なリストを私に送ってくださいませんか。私はあなたがとても忙しいということを知っています。私の最も真剣な固執を許してください。私はそれをイエズスとマリアのためになしているのです。私は今ファクスを入手しました。そしてできる限り早くリストを送って下さるようにあなたに求めます。多くの感謝を、そして祝福をあなたに。
 それに加えて、イエズス様は私に、近いうちに私があなたを訪問するように、そしてそのような訪問があなたにとって受け入れられるかどうかをあなたに尋ねるように、彼の大いなる望みに貴方の注意を促すように求めて来られました。主は、ご自身があなたにこのことについて話されたと私に確言されました。あなたを訪問してもよろしいですか。そのような訪問をあなたは歓迎されますか。いくつかの重要な事項について、あなたと話し合うために時間を持つことができますか。聖地の人々や修道会の人々に、いくらかの自己紹介をしても良いですか。
 これは準備的な依頼であって、まだ正式な準備はできていないので、私の後の求めにあなたがどのように応えられるかを知るために、私はあなたからの早い回答を望んでいます。私の使徒職とミッションに対するあなたの支援と照らしの感覚を私に与えるためにこのことは必要であると私は感じています。あなたに大変感謝します……。
(訳注:彼女は2004年11月、リトル・ペブルからの離反を公けに表明しました)

《 リン・ドゥク・ヌギュエン 》
 アメリカ、カリフォルニア州に住む、リン・ドゥクからの証言。1986年2月7日、脳腫瘍からの奇跡的な治癒について。
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「私の妻デュエンは脳腫瘍を患っていました。1986年10月28日に、彼女は7日以内に死ぬだろうと医師は宣告しました。この期間は今やとうに過ぎ去りました。それは、1986年10月10日から11月2日までの私たちの休暇の間に起こりました。確かに彼女は今生きています。これまでよりもずっと健康です。さらに、彼女の肌は、赤ん坊の肌のようになりました。彼女の顔にあった、あらゆる黒い点やニキビやそばかすは消え去ったからです。そうです、私たちのオーストラリア、ナウラの「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の出現地への巡礼の間に奇跡が起こったのです。事実、私たちは1986年10月20日にシドニーへ向けてロサンゼルスを発ちました。ナウラの聖地において私たちは二度にわたって太陽の軌跡や多くの驚異を目撃しました。それは、聖母によって約束された通り、1986年10月13日のことでした。私たちはあなたに250以上の写真と、祈りの会合や私の家において私たちのオーストラリア滞在について述べた9の録音されたカセットテープを示すことができます。私たちはまた、間もなくビデオテープも持つことになるでしょう。入手可能になりしだい、このことをお知らせします。しかし私の家族にとっての最も偉大な奇跡は、私の妻が、確実で間近な死から救われたことです。この手紙が、私の妻と私の家族を救ってくださったあわれみ深い生ける神と私たちの祝福された御母への私たちの感謝を示すものでありますように。この手紙はまた、オーストラリアのナウラの聖地への私たちの巡礼の報告の代わりとなるものです。そこで聖母は「リトル・ペブル」に出現し続けておられます。(リトル・ペブルのために、医師からの3つのレポートを同封します)
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アメリカ、カリフォルニアのテレビ番組「20/20」制作者への
リン・ドゥク・ヌギュエンからの手紙。1988年6月18日
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親愛なるディレクター、
 私は、定期的なTV鑑賞者ではありません。しかしながら、1988年6月11日の昨夜金曜日の番組「20/20」は素晴らしいものでした。とりわけあなたは、ユーゴスラビアの出現地メジュゴリエを紹介したからです。多くの巡礼者たちが、彼ら自身の紹介をビデオにして流通させていますが、あなたの紹介は私と私の友人たちの何人かにとって最高のものでした。なぜでしょうか。それは専門家によって、そして公平な観察者によって制作されたものだからです。
 さて、メジュゴリエと同じようによく知られた数多くの新しい出現地があります。例えば、オーストラリアのシドニーの南のナウラの出現です。そこへ私は二度にわたって行きました。最初は1986年の10月でしたが、そのとき私の妻は脳腫瘍からの治癒を得たのです。そしてその時は千人ほどの人々を私は見ました。二度目は、1988年2月で、五千人ほどの人を私は見ました。どちらの時も、私たちは多くの奇跡を目撃しました。オーストラリアのテレビはそれをばかにしています。そのことはそれが真実のものではないということを意味しません。あなたの賢明な指示の下にある有能な技術者たちとともに、あなたは魅力ある真実を見つけ出すことができるでしょう。何百もの私の写真、多数の奇跡的な写真とともに、私はいくらかの情報をあなたに提供することができます。そして私自身のいくらかの知識を。なぜなら私は、この聖地の幻視者と緊密に協力しているからです。私は、映像の撮影や、主要な幻視者たちや主要な人々との連絡においてあなたを助けることができます。正確な情報を得るために。神があなたを祝福し保護なさいますように。……(ここで、アジア全体に知られているベトナムの有名な幻視者についての言及がなされる)」
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《 フォン・ヌギェン 》
 1987年11月8日、アメリカ、カリフォルニア、アナハイムのフォン・ヌギェンからの手紙
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親愛なるリトル・ペブル、
 私は今日、いくつかの理由であなたに手紙を書きます。第一に、私は一ヶ月の長さにわたる、あなたの非常に成功した旅行についてあなたにお祝いの言葉を述べたいと思います。私は、これからのメッセージの中でその全面的な報告を読むことを期待しています。
 第二に、私は、ベトナムの幻視者ホ・ノグ・アンからの最も真摯にして暖かい挨拶をあなたに伝えたいと思います。およそ十日前、監獄から出てきてから、彼は急いで、ピーター・ヌギェンを慰め励ますために手紙を書きました。なぜなら監獄の中で、ピーターはサタンからの激しい攻撃に苦しめられているということを、天の源泉から学んだからです。まさしくこの手紙において、ホ・ノグ・アンはあなたとあなたの家族に、彼の最高の尊敬を送ります。ピーター・ヌギェンについていえば、彼は、地獄そのものから来る破滅的な艱難に苦しめられています。
 そして最後に私は、私自身を聖シャーベル修道会に登録する書類を受け取る私の望みを表明します。このことに関する手配は、なるべく早くなされなければならないと私は感じています。なぜなら、真実のミサが、偽りのミサと区別できなくなるであろう時がほとんど間近だからです。さらに、もし私があなたの修道会に公式に属していれば、私は財政的な事項においていくらかの援助ができるでしょう。なぜならそうなれば、私が現在そうであるような隠れた状況には私はもはやいないであろうからです。人々は彼の書いたものや彼の働きのために、トルク・ロンについて多くの事を知っています。しかし誰もトルク・ロンが誰であるかは知らないのです。もう一度、私はあらゆることについてあなたに感謝します。……」
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《 マイケル 》
 1986年3月3日に、「リトル・ペブル」の海外のミッションについて、アメリカの幻視者マイケルに与えられたメッセージからの抜粋。
聖母:「……わが子よ、これで今夜のメッセージは終わりです。あなたは私と共に祈るでしょう。そしてあなたは両親たちのための私の祈りの言葉のすべてをメッセージに含めるために十分に長く覚えているでしょう。それから後であなたはオーストラリアにおける仲間のミッションのために祈るでしょう。わが『リトル・ペブル』は、あなたの国を旅行する間、あなたの祈りを必要とするでしょう」

聖ヨゼフ:1985年2月18日「……あなたは『リトル・ペブル』と連絡をとり続けなければならない。私はそれがあなたがた両者にとって利益になると感じている。……」

聖母:1985年3月13日「……わが子よ、あなたはオーストラリアからの忠告に耳を傾けなければなりません。あなたは彼からのアドバイスを用いなければなりません。なぜならそれは真実だからです!……」


《 フランツ・ジョセフ・カイラー 》
 アメリカの幻視者フランツ・ジョセフ・カイラーに与えられたメッセージからの抜粋。(この幻視者は、個人的に「リトル・ペブル」を支持している、ある枢機卿の支持を得ています。彼は三人の司祭を霊的指導者として持っています。彼はまた何度も教皇に私的に会っています)
聖母:1987年2月17日「……ではさようなら、神があなたを祝福なさいますように。私とわが神なる息子のメッセージを広め続けなさい。あなたの健康と戸締まりに注意しなさい。私の祝福を、すべてのわがボイス・ボックスたちに贈りなさい。とりわけ、オーストラリアのわが息子に。わが子供たちよ、覚えておきなさい、すべてを読みなさい、何も比較してはなりません。平和のうちに行きなさい」

聖母:1985年11月11日「……わが子よ、再び私は、ある出現が他のものよりもより重要であるということはないということを強調します。あるメッセージが他のものよりも重要であるということはないのです。私はわが祝福を、あなた、わが息子フランツに、そして他の大陸からのわが特別な息子に送ります(リトル・ペブルについて言及しておられる)。お互いのために祈りなさい。なぜなら両方のミッションとも非常に重要なものだからです。……」

聖母:1986年3月12日「……わが子よ。他のボイス・ボックスたちとのあなたの会合は、大いなる平和をあなたにもたらし、永遠の御父へのより大いなる栄光をもたらしました。わが汚れなき御心はわが子供たちの受容に喜んでいます。すべてのボイス・ボックスたちのために祈りなさい、わが子供たちよ、なぜならこの時は、彼らにとって非常に困難なものとなるでしょうから。なぜなら多くの者たちが不当に非難されているからです。メッセージに忠実であり続けなさい、わが子供たちよ、なぜならそれらは多くの慰めをあなたがたにもたらすでしょうから」


《 レスリー・ガレイ 》
 1984年11月20日の日付のアメリカの幻視者レスリー・A・ガレイからの手紙は以下の通りです。
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「私たちの主と聖母によって『リトル・ペブル』に与えられた非常に有益なメッセージを含む11月1日のあなたのすばらしい手紙に大変感謝します。言うまでもなく、これらのものを、11月13日に受け取ることを、私は特別な特権として、そして祝福として受け取っています。なぜならその日私は特別な準備の祈りをしたからです。これらのメッセージの内容は、個人的に私にとって大いなる助けとなりました。なぜならそれらは、私が我が主から聞いている預言的なメッセージを確認するものだからです。そして私は聞く耳を持つ少数の人々にそれらを配布しました。実際、時間は非常に、非常に短いのです。……
 9月4日、聖母は『リトル・ペブル』に、世界にとって非常に重要なドズレのメッセージを広めるように求められました。これらのメッセージの複写コピーを私に送ってくださいませんか、あるいはそれらを入手するための住所を教えていただけませんか。……」
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《 マリアンヌ 》
 1986年2月14日にアメリカの幻視者マリアンヌに与えられたメッセージ。
聖母:「……私はわが息子リトル・ペブルをこの困難な旅に送ります。あなたを祝福し、永遠の御父によってあなたに恩寵を降らせるために。ここにいるあなたがたは、ここにいることによって特別な恩寵を受けるでしょう。正当な理由で来ることができない者たちを、私は霊のうちにあなたがたに加わるように連れてきましょう。……」

《 シスター・ミルドレッド・マリー 》
 シスター・ミルドレッドは、オハイオ州フォストリア出身の観想的修道女です。そして私と私のミッションと一致しています。彼女は何年にもわかって、非常に強力なメッセージを聖母と私たちの主から受け取ってきています。そして彼女は教会によって承認されています。シスター・ミルドレッドは、彼女が撮影したいくつかの奇跡的な写真に関して1988年に私に手紙を書いてきました。以下は、天によって彼女に与えられたメッセージからのいくつかの抜粋です。
主:1954年5月22日 「神は光である。人間は闇である。そして彼が光のうちに来ない限り、彼は永遠に闇であろう」

主:1954年7月11日 「子供たちに対して悪い模範を示す両親たちに災い! 彼らの審判は恐ろしいものとなろう。彼らの配慮にゆだねられたすべての霊魂たちについて、私は厳密な説明を求めるだろう。この世においてどのように物質的に稼ぐかを子供たちに教え、後の世のために彼らを準備させることを怠る両親たちに災い! 両親たちに不従順で、不敬を示す子供たちに災い! 汝らの父と母を敬え。このことに関して彼らはもっとも厳しく裁かれるであろう。わが子供たちよ、すべての家とすべての霊魂はわが父の家である。なぜなら、彼がそれらをお作りになり、そしてそれらは彼のものであるからだ」

聖母:1957年4月 「我が甘美なる子供たちよ。わが子供たちが彼らの生活を改めない限り、彼らは大いなる迫害で苦しむことになるでしょう。彼自身の罪や他の人々の罪を償うために、必要な償いを自分自身で引き受けないならば、彼の違反を償うために必要な懲罰を神は正義のうちに送らなければならないでしょう」


《 証言 1986年
  ミルドレッド・ハウエル、チュームストーン、アメリカ合衆国 》
「私は病気で起きあがっていることができないので私の息子がこの手紙を書いています。先月聖母は、リトル・ペブルに手紙を書くように、私たちの教会で何が起こっているかを彼に告げるように、そしてもう一度、マリアのワーカーたちの一致のために、そして汚れなき御心の勝利のために。彼とともに加わるように求めてこられました。
 昨年私が病院に運び込まれたとき、イエズス様は私に、家に帰ることを望むか、それとも彼の母のために働き続けるか、尋ねられました。私はとどまることを選びました。最初の二つの手術の後で、私は、しなくてはならない仕事があるのにどうして私は無力にならなければならなかったのですか、と尋ねました。私たちの聖母は、私は外でよりも病院の中でより多くの人々に対して証することができるからですと私に告げられました。聖母は、三番目の手術が、司教様が大きな儀式を病院で行っているときに行われるように手配されましたが、司教様は私を訪問することを拒みました。
 私は病院にいるので、私たちは、女性侍者と聖体奉仕者を始めた新しい司祭をもつことになりました。彼は、女性が男のズボンをはき、髪を切ることは正しい装いであると信じていました。彼は皆が手で聖体拝領をし、時間を節約するために走り去ることを望んでいました。彼は、マリアの偶像崇拝に反対して説教し、聖母を冒涜的な言葉で描写しました。そして、まともな精神を持つ司祭は皆、いかなるマリアの出現も信じることはできないと言いました。彼は私を、悪魔に指示されているといい、うそつきと呼びました。
 私たちの教区には、テレビ局があります。それは宗教的な家族のチャンネルとして宣伝されています。それには毎日1時間の宗教番組がありますが、後の19時間は屑です。それらのいくつかは、一般のテレビネットワークで見せられるにはあまりにも汚らわしいものです。私たちの司教は、キリストの御血におけるアルコールの成分を強めました。アルコール中毒の司祭でさえも、彼の酩酊した状態を続けなければならないというのです。彼は、教区のすべてのメンバーたちに届いていたカトリック新聞を廃止しました。
 私たちの教区は、古い教会の建物の中に、食堂、舞台、ベリーダンスの教室を持っています。そこでは空手の教室や選挙も行われています。ギャンブルやディナーや販売も行われています。しかしそこでは、公のロザリオや、聖体礼拝や、祈りの不寝番や、聖体行列や、司教認可のない聖書の研究会を行うことはできないのです。そして彼は、彼が出資していない信心業を認可しません。そして彼は、大きなツアーグループや、国民的なメディアによって報道される大きなイベントにしか出資しません。
 その司祭たちが、酔っ払った姦通者であり、児童虐待者である教会には審判の手があるでしょう。そして人々は、母なる公教会によって大目に見られている非難すべき司祭たちから彼らの子供たちを保護するために、彼らの教会を訴えなければならないでしょう。どのようにして羊たちは、安全な牧場に到達することができるでしょうか? 牧者たちが狼であり、霊的指導者たちが蛇であり、預言者たちが熊であり、教師たちがライオンであり、そして母なる教会がマムシの末を育てているときに?……」


【 コスタリカ 】

《 マルガリータ・モラ・ヴァレーラ 》
 1986年に、コスタリカのルーメン・クリスティ修道院の何名かの修道女たちが私と一致しました。以下に示すのは、1990年8月30日の、幻視者マルガリータ・モラ・ヴァレーラに関するコスタリカからの手紙の抜粋です。
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親愛なる「リトル・ペブル」、
 イエズスとマリアの名において私があなたに送るこの手紙とともに、私の最も優しい挨拶を送ります。私は、あなたの手紙と準秘跡を喜びとともに受け取りました。コスタリカのマルガリータ・モラ・ヴァレーラに対する聖母の出現に関する答えと同様に。私たちの親愛なる幻視者に対する彼女の指導は非常に重要なものであり、彼女にとって特別な支えとなってきました。なぜなら彼女は「霊的指導者」を持っておらず、数人の人々しか彼女を信じていないからです。出現は多くの人々にとって忘れられたものとなっていますが、私は彼女に、聖母は彼女を見捨てないであろうということを確信させてきました。マルガリータは、あなたと連絡をとることを望んでいます。彼女はあなたに手紙を送り、聖なる公教会を一致させるあなたの努力に加わることを確認するでしょう。私はまた、ハーバート神父とシスター・トリニダッドとも連絡をとっています。……」
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《 シスター・マリア・トリニダード・バディーラ
  コスタリカ、アラジェリタの宣教者修道会
ルーメン・クリスティの上長からの手紙 》
 1986年10月7日の日付のシスター・トリニダードからの手紙の抜粋を引用します。「『リトル・ペブル』、私はあなたに、私の名前で、祝された乙女に、私が神と彼女とともにいるかどうかを告げてくださるように求めることをお願いいたします。そして私が、彼女が私にお命じになった、幻視者たちを通してのメッセージの伝達に応じたかどうかを。聖母は私には出現しておられませんが。天の母からの答えを待っています」
 1988年1月4日、シスター・トリニダードは次のように書いてきました。「聖母はまだ出現しておられ、ルーメン・クリスティ宣教者会の修道院のチャペルにおいて、さまざまな仕方で彼女の現存を示しておられます。私たちは天からの数多くのメッセージを受け取ってきています。修道院の幻視者は、知られないままにとどまらなければなりません。なぜなら、私が破ることのできない会則のいくつかの点が存在するからです。『リトル・ペブル』に手紙を書くことを望んでいる他の幻視者たちが修道院に加わりました。そして彼らは、私たちの主が求められたように、反キリストの力に対抗して彼に加わること望んでいます。
 修道院における聖母の現存に関して私たちはどのようなことを『リトル・ペブル』に告げるべきかを聖母にお尋ねしたときに、聖母はおっしゃいました。『わが息子、リトル・ペブルに、私は1985年以来ここにいると告げなさい。そして私はここにとどまるでしょう』と……」

 1989年8月13日の、シスター・トリニダードを通しての、「リトル・ペブル」への聖母からのメッセージの一部をここに含めます。それは以下の通りです。
聖母:「わが息子、『小さな岩』、オーストラリア出身のわが幻視者、ルーメン・クリスティのわが幻視者たち、全世界からの幻視者たちよ。平和、一致、兄弟愛、忠実の我が愛の祝福を受けなさい。父と子と聖霊の御名によって、アーメン」

《 ルーメン・クリスティからのメッセージ。隠された幻視者 》
 1987年、聖母は私たちに、彼女の司祭である息子たちのために大変苦しんでいる「リトル・ペブル」のために祈るように求められました。彼らの幾人かは、嫉妬のために行動しており、他の者たちはサタンによって導かれています。これらすべての苦しみによって、「リトル・ペブル」は彼の天の母を離れることはないでしょう。むしろ彼は彼女をより愛するようになるでしょう。
聖母: 「怠慢によって、この恩寵を失ってしまった数多くのわが息子たち……幻視者たち……がいます。これらのすべての息子たちは、特別な審判を受けることになるでしょう。なぜなら彼らは聖母の選ばれた者たちだからです」
 彼らは負い目を負っており、彼らの祈りと、私のメッセージのプロモーションを通して救われたかもしれないすべての霊魂たちについて、責任を負うと聖母はおっしゃいました。3月に、聖母は幻視者に、彼女は彼の息子「リトル・ペブル」をチャペルに連れてくるでしょうと告げました。しかし聖母はいかなる日付もお与えになりませんでした。リトル・ペブルと一致したすべての彼女の幻視者たちは、進んで反キリストの力と戦うでしょうと聖母はおっしゃいました。聖母は私たち皆に必要な力を与えてくださるでしょう。12月25日に聖母は幻視者におっしゃいました。
聖母: 「永遠の御父、わが神なる息子イエズス、そして私、彼の母が、私たちのみ心のすべてをもって彼を愛していると『リトル・ペブル』に告げなさい。私のメッセージに従っていないわが司祭なる息子たちのための彼の苦しみにおいて、彼は私たちの『慰め』であるということをわが息子に告げなさい。時は近づいています。彼に起ころうとしていることを気にかけないようにしなさいと彼に告げなさい。私たちは彼をわが教会のための『生ける岩』として選んだのです。そして教皇は、彼のために非常に多く祈り、彼のために苦しんでいます。教皇は、起こるであろう全てのことを知っているのです」

《 ホセ・マヌエル・カルヴォ・リベラ 》
 コスタリカのこの幻視者からの1985年の手紙からの抜粋
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父ウィリアム、
 私は私の国においてミッションを遂行することを決心しました。そしてそれは以下の通りです。私は聖母に私のすべてを奉献しました。そして私は聖シャーベルの修道服を着ることを決心しました。私はあなたが私に早く回答してくださることを望みます。私たちの祈りにおいて私たちはあなたとあなた方皆のために非常に多く祈っています。父ウィリアム、聖母がおっしゃったように、私はあなたを教皇として受け入れます。この偉大なる時が近いということを私は信じ、そして確信を持っています。……私の家は、聖シャーベルの祈りの家です。そしていつも、いつも、私はあなたと、あなたが遂行している大いなるミッションのために祈っています。……」
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《 アンナ・マリア・トラシ 》
 シスター・トリニダードのこの親友も、幻視や内的語らいを受けています。彼女は、聖シャーベルの祈りの家を持っており、1989年に私と一致しました。


【 イタリア 】

《 マザー・エレナ・パトリシア・レオナルディ 》
 1987年から88年に、私は教皇と非常に親しいこの有名な神秘家と会いました。私は数回にわたって彼女と会いました。彼女は天からの特別なミッションを持っており、1987年に私に手紙を書いてきて私と一致しました。彼女はまた教皇の支持と彼女の司教の認可を得ています。私たちが一緒にいる時はいつも、彼女は私の手を握って、そして言いました。「これらは、その中にイエズスの傷を持っているのです。そして癒すことができます」 これはそのとおりでした。彼女はまた、私が教皇になろうとしているということを知っていました。以下は、教会によって認可されているマザー・レオナルディからの1987年11月21日の手紙です。
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キリストにおける親愛なる兄弟、
 7月9日付のあなたの手紙に感謝します。返事が遅れたのを赦してください。ですが、私は、私が非常に忙しく、同時にいろいろなことをしようとしているということをあなたが非常によく理解してくれていると知っています。教皇聖下は私をよく知っておられることをあなたはきっとご存じでしょうから。私は何度も彼によって招待されました。私はあなたの関心に感謝します。祈りのうちに一致しましょう。そしてこの機会に、聖なるそして幸福なクリスマスをあなたのために祈ります。あなたがローマにいるときにはいつでもあなたを歓迎します! 主に栄光」
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《 マリエッタ 》
 1986年から87年に、私はイタリアの数多くの幻視者たちに会いました。とりわけ私の長い旅行の間に。私は彼らの家や、出現地に行きました。これらの幻視者たちの一人はマリエッタでした。非常に謙遜な女性で、何年にもわたって神秘家でありそして幻視者でした。
 1986年2月17日の午前4時、私たちはインドのニューデリーを出発し、そして10時にローマに到着しました。私たちは私たちのプロモーターであるフランク・トレイニと出会いました。その朝、私たちは、祈るために聖パウロ大聖堂に行きました。それから私たちはトレ・フォンテーヌの出現地に行きました。私が到着したとき、聖母は私に挨拶なさり、私に祝福を与えられ、メッセージを与えてくださいました。聖母は私に、これまでのミッションに大変喜んでおられるとおっしゃいました。すべてはうまく行くでしょうと私におっしゃり、もう一度祝福を与えてくださいました。
 その午後、次の会合が開かれる予定であったアスコリに向かって出発する前に、私たちはローマに行き、サンピエトロ大聖堂で、聖なる司祭の友人と会いました。それから私たちはローマの幻視者マザー・レオナルディに会いに行きました。彼女は私のためのイエズス様とマリア様からのメッセージを持っていました。お二人は、私たちのミッションに喜んでおられ、私は間もなく教皇に会うだろうというものでした。
 2月18日に、私はパウリナという名前のもう一人の私的幻視者に会いました。私に近づくや否や彼女は叫びました。「神の母があなたのうちにおられます」 その夜わたしたちはミサに行きました。教会にいる間に、聖母は私に話しかけて来られ、そして私と同行者たちに祝福を与えられました。そしてパウリナに祝福を与えられました。後で、彼女は私の方に来て、聖母が知らせてくださったので私がメッセージを受けているということを彼女は知っていたと私に告げました。
 次の日、2月19日、私たちは幻視者ルイジ神父に会いました。そして彼のチャペルで聖母は、「リトル・ペブル」にメッセージを与えられ、ルイジ神父と彼が会ったことに聖母は喜んでいるとおっしゃいました。そしてそのことから多くの恩寵がもたらされるであろうとおっしゃいました。私がメッセージを受けている間、ルイジ神父もまた聖母の現存を感じていました。もう一人の私的な幻視者もそこにいて、聖母が「リトル・ペブル」に話しておられるということを知っていました。ルイジ神父も聖母から「リトル・ペブル」へのメッセージを受け取りました。そして彼に、聖母はオーストラリアにおけるミッションの進展に非常に喜んでおられること、そして彼は間もなく教皇に会うだろうということを告げました。
 それから私たちは幻視者マリエッタに会いに行きました。なんと驚くべき霊魂でしょう。聖母の像はその前の晩ずっと涙を流していました。私が彼女の家に入るや否や、彼女は私が誰であるかを知りました。なぜなら聖母が私を彼女に見せていたからです。聖母はまた彼女の祈祷所で私に挨拶なさいました。マリエッタもまた、聖母からの「リトル・ペブル」のためのメッセージを持っていました。聖母はオーストラリアのミッションに非常に喜んでおられ、私が教皇に会うであろうということを再び確認なさいました。その夕方、聖母は私に、チエサ・ディ・マドレ・マリアの会合の場所で、マリエッタを通してメッセージを与えられました。そこには二人の司祭が出席していました。最初にミサが立てられ、それから会合が進行しました。会合には450名から600名ほどの人々が出席していました。幻視者パウリナにメッセージが与えられている間に、他の人々と同様に彼女は脱魂状態になりました。次の日、私たちは、ピオ神父の墓を訪問しました。
 イタリアにおける私の滞在の間に、私は多くの胸の痛みに苦しみました。それは邪悪な者によって引き起こされたものでした。しかしそれは私がイタリアを離れると私を離れました。1986年2月19日、イタリア、ピエノ・マルシェ、アスコリのチエサ・ディ・マドレ・マリア、ヴァレ・オルタ、アピガーノ・デル・トロントにて、私の海外旅行の間に与えられたメッセージからの抜粋は以下の通りです。

聖母: 「……私は我が愛の預言者もう一度あなたに送ります、オーストラリアの我が『リトル・ペブル』、我が平和と愛を送るために……続けなさい、我が子よ、我が『愛のリトル・ペブル』よ、そして神の子供たちに我が汚れなき御心からの平和をもたらすあなたのミッションを前進させなさい。私は今、あなたたち皆を祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。」

以下は1987年1月30日にマリエッタに聖母によって伝えられたメッセージです。

聖母:( 1987年1月30日)「我が貧しき小さな息子へ。我が御心の我が預言された小さな息子よ、大きな悲しみと苦しみがあなたにはありました。全世界の母である私、私の言うことを聞いてください。その日(1987年1月29日)に、バチカンは悪(悪魔)によって侵略されました。これらの、我が呼びかけを受け入れなかった者たちのために何と大きな母の嘆きがあることでしょう! 私はあなたを遣わしました、我が息子(リトル・ペブル)よ、そして彼らはあなたを信じませんでした。この大いなる苦しみをあなたは愛をもって受け入れました。そしてそれはあなたをより強くするでしょう。我が息子イエズスも、辱められ、打ちたたかれ、人類の救いのために十字架に釘付けにさえされました。

 我が引き裂かれた御心の最も親愛なる預言された息子よ、あなたは多くの国々を回心させる必要があり、全世界をまわる必要があるでしょう。あなたは多くの困難を見出すでしょうが、あなたは常に強くあるでしょう。あなたの母である私、汚れなきマリア、天の女王は常にあなたの心の中にいるでしょう。私はあなたに多くの力を与えます。あなたが受け入れられる所で、あなたは多くの平和を与えるでしょう。あなたが受け入れられない所で、あなたはいつも彼らをイエズスとマリアの御名で祝福するでしょう。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 私はあなたを霊魂たちの漁師とするでしょう。あなたとともに、我が神なる息子イエズスの受難を苦しむマリエッタも。我が最も親愛なる息子よ、私の呼びかけは聞かれていません。我が出現も信じられてきませんでした。私の涙は無駄に流されてきました。日数は限られています。私たちは時の終わりにいます。私のメッセージは人類全体に回心するように呼びかけています。大いなる懲罰があるでしょう。
 我が御心の預言された息子よ、私は今、我が息子イエズスとともにあなたを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。そしてあなたとともに、我が娘マリエッタも祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。」

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マリエッタ:(1987年2月1日)
最も親愛なる息子ウィリアム(リトル・ペブル)、キリスト・イエズスと無原罪の御宿りのマリアにおける兄弟よ、
 私、マリエッタは、教会でミサにあずかっていた時、午前11:30にあったビジョンを説明します。私がひざまずいていた間、ビジョンが始まりました。私は全て真っ白なイエズスの至聖なる聖心(みこころ)を見ました。私は大いなる喜びと少しの悲しみを感じました。祭壇の上に、私は私たちの主イエズスのまったく落胆し、痛ましい聖なる御顔を見ました。私たちの主の御顔のそばにあなた、親愛なるウィリアム(リトル・ペブル)とあなたのそばにマリア様が見えました。あなたの頭の上に白い十字架があり、あなたは私に呼びかけ、こう言っていました。「マリエッタ、祈り、祈り、祈りなさい」 私たちの主の右に私は、光線を出して輝く鳩の姿の聖霊を見ました。これらの光線の中に、私は二つのとても美しい目を見ました。そして声は「私はナザレトのイエズス、どうか私を愛してほしい」とおっしゃいました。そして光線の下に、全世界がありました。光線から血があらわれて、全ては下り、地球全体に達していました。私は大いなる苦しみのうちにあなたを見ました。聖母は私に、あなたについてこうおっしゃいました。『我が親愛なる娘よ。我が息子ウィリアム(リトル・ペブル)、私は彼をローマ教皇たちのもとに遣わしましたが、彼らは彼の言うことを聞きませんでした。おお、何という母の悲しみなのでしょうか! 彼らは私の呼びかけとあなた、私の息子ウィリアムを聞きません。あなた(リトル・ペブル)は非常に強くなるでしょう。私はあなたを、人々を漁どる(すなどる)漁師にするでしょう。+」

《 ルイジ・コンソルティ神父 》
 以下は、イタリアのルイジ・コンソルティ神父からの1985年10月12日の手紙です。彼は幻視者たちの霊的指導者であり、また彼自身幻視者でもあります。
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私の親愛なるウィリアム、「リトル・ペブル」、
 私はとても感謝しており、そして主と聖母、私たちの天の母があなたにゆだねられた大いなるミッションにおいてあなたと非常に一致しています。そしてそれをあなたは、勇気と困難とともに遂行しています。試練と、多くの心のかたくなさのために、信じることを望まない多くの人々のために。私はこれらの出現についてしばらく前から知っています。そして常にそれらを信じ、チェナクルム(聖母の御像とともに行う祈りの集会)において人々を照らすためにそれらを用いてきました。あなたはいつも私の祈りのうちに覚えられています。そして私はあなたの仕事とあなたのミッションに愛を持って従います。聖母と私たちの主は、あなたを通して偉大なことをなさるでしょう。勇気を持ってください! イエズスとマリア、ピオ神父と聖シャーベルとともにあり続けてください。
 フランク・トレイニは、私の偉大な友人であり兄弟です。彼はこれらの出現の偉大な使徒であり、多く働き、オーストラリアで出現しておられる聖母のメッセージを皆に知らせています。……」
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《 デビッド・シャープ神父 》
 以下は1986年のローマのCollelgio Internazionale Agastinianoのデビッド・シャープ神父からの手紙です。
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親愛なる「リトル・ペブル」、
 御公現の祝日の今日、私は世界の七名の司教たちの叙階においてあなたのことを考えました。私は、ユーゴスラビアの新しい司教とともに助祭として補佐しました。その後、私はミサで教皇聖下とお会いしました。そしてあなたの愛を彼に伝えました。彼は喜びました。大きなグループのために、彼の注意は私からそれました。あなたはいつローマに来られますか? 私のために祈ってください。……」
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 デビッド・シャープ神父は、教皇聖下ヨハネ・パウロ2世に私が会うのを助けてくれました。私は1986年にさらなる手紙を神父から受け取りました。それは以下の通りです。

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親愛なる「リトル・ペブル」、
 今日私は、スペインのフェリックス・マリア・アラネ神父からのメッセージを受け取りました。1986年2月13日の日付の、私たちの主イエズスのロザリオとの会話からの抜粋です。イエズスはロザリオへの対話においてあなたについて語っておられます。フェリックス神父へのメッセージとともに。私はあなたが既にスペイン語でこれを持っておられ、あなたのために翻訳させていると思います」(私たちの主と聖母からのメッセージ全体については、後述の《ロザリオ・アレニラス》へのメッセージを参照してください。)
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《 パオラ 》
 以下はパオラ − アスコリ、イタリアの幻視者へのビジョン(1987年3月13日)です。
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私、パオラは、私のビジョンを今述べます。
「去年1月にウィリアムが来て以来、毎日午後4:30に、今朝は午前2:00でしたが − 私たちの天の御母と私たちの主イエズスは、ウェーブのかかった黒い髪、丸いほっぺ、足まで届く長い白いドレスを着た、約10ヶ月の小さな女の子を私に見せられました。またウィリアム(リトル・ペブル)は彼の娘をベビーベッドからとり、天に向けて彼女をささげているのを見せられました。何日か前、私は聖母に、彼女は誰で、お父さんは誰なんですかと尋ねました。私は聖母に、なぜ私は毎日その小さな女の子を見せ続けられるのですかと尋ねました。聖母は、小さな女の子は彼女自身を、彼女自身を小さな女の子として表している、とおっしゃいました。私は聖母に、なぜ私はいつも白いドレスを着た小さな女の子を見るのか理解できませんと尋ねました。聖母はそれは純潔を表しているのですとおっしゃいました。それから、聖母は同じ日の午前2:30に、短いそでのついたピンクのドレスを着た小さな女の子を私に見せました。私は雲の中にいるウィリアムを見ました。格子じまのジャケットを着た私たちの主イエズスのそばにいました。主は白いお召し物を着ておられました。そして彼の至聖なる聖心の上には茨の冠がありました。
 私は1982年2月21日、台所で料理をしている時に、主とウィリアムが一緒にいるのを大変間近に見ました。そして祈っていると、私は「パオラ、祈りなさい+」と私に言うウィリアムを見ました。
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《 オリヴェトラ・チトラの幻視者たち 》
 1987年、私は海外を旅行し、聖母が多くの幻視者たちにご出現されている南イタリアのオリヴェトラ・チトラの町に短い間滞在しました。これらの幻視者たちは私が到着する前、私についての啓示を受け取っていました。それは私が真の幻視者であることを彼らに確認させるものでした。このことを彼らに会った時、彼らは私に話しました。私はまた1987年9月23日に聖母から次のようなメッセージを受けていました。
リトル・ペブル:
 私は十字架の側に2位の天使たちがひざまずいているのを見ることができます。左手に幼子のイエズスを抱いて、聖母は十字架を通ってやってきます。彼女は美しいクリーム色っぽい白のドレスを着ていて、空色のマントをはおっています。何と美しい! イエズスは彼の手にロザリオの珠を握っています。彼は聖母を見て、それらを彼女に差し出します。聖母は十字架像と取り、イエズスにキスなさいます。

聖母:
 私はあなたを祝福します、我が子よ、我が「愛のリトル・ペブル」よ、そしてここにいる我が甘美なる子供たちよ。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。 
 我が親愛なる子よ。ここに来るあなたの旅はとても難しいものでした。しかし、この我が汚れなき御心の聖地を証明を与えるために、あなたがここにいることを私たちは喜んでいます。幻視者たちが共通の目的のために共に働くために、彼らの間に平和と一致をもたらすために、私はあなたをここに遣わしました。そして、それは我が神なる息子イエズスと、我が汚れなき御心の愛を、この国の子供たちにもたらすためでした。私が来ているこの場所は、ある日この国を仰天させる、大いなる驚異をもたらすことでしょう。
 私は、あなたたちの教会の聖櫃の中、ご聖体にまします我が神なる息子に会いに来る子供たちを捜しています。私は、この国と全世界の子供たちの救いのために我が聖なるロザリオを祈る、祈りのうちに一致する我が子供たちを捜しています。一致が各人の心のゴールであるようにしてください。なぜなら、それは一致において、愛と平和が育てられるであろうからです。
 私たちの聖なる代理者、教皇ヨハネ・パウロ2世、一致の我が特別な息子のために祈りなさい。あなたたちの司祭たちのために祈りなさい、彼らが彼らの天の母として私が彼らのために耐え忍んでいる愛を知り、味わうことができるように。全世界の全ての子供たちが一人の牧者のもとで、一つの使徒継承のローマ・カトリック教会のうちに、一つの心に一致するように祈りなさい。このことを永遠の御父は、御子と聖霊を通して望んでおられます。時が大変短いので、祈りと犠牲と痛悔に人類を呼ぶために、我が神なる息子によって私はこの地上に遣わされました。私はあなたたちを愛しています、我が甘美なる子供たちよ。我が汚れなき御心と我が神なる息子の至聖なる聖心から、あなたたちを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。我が甘美なる子供たちよ、イエズス・キリストの平和をあなたたちに与えます。行って、すべての世代へ彼の御名を宣言してください。
 ありがとう、我が子よ、あなたの犠牲を私にささげてくれて、私があなたに頼んだ全てのことをなしてくれて。人が受けるのは、与えることによってです。愛をもって与えるときはなおさらです。私は今あなたたち皆を祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
リトル・ペブル:
 聖母は空のかなた、十字架の中へ戻っていかれます。天使たちは彼らの頭をさげています。そして小さな幼子イエズスは十字架の印をします。


《 レナート・バロン 》
 イタリアからの他の幻視者レナート・バロンが1990年に一致しました。


《 バチカン秘書 》
 以下は、1986年9月25日付けの秘書からの、バチカン国務長官ジョバンニ・バチスタ閣下への手紙の抜粋です(イタリア語からの翻訳)
「……最近ローマ教皇に宛てられた手紙は届き、この啓示に対する誠実な感謝を表すことを通して、彼は彼の使徒的祝福を与えることを喜んでいます」


【 スペイン 】

《 ホセ・アレロン神父 》
 1987年からホセ・アレロン神父は私に手紙を送り始めました。彼は多くの幻視者たちの霊的指導者で、彼が9月13日に書いてきた幻視者の一人は、アビラのクレメンテについてでした。1988年に彼は「私は聖母に、天にとって『リトル・ペブル』は何なのですか? と尋ねました」と言っています。聖母は答えられました。
聖母: 「我が息子よ、彼は私たちが選んだ者の一人です。彼は私たちの『道具』です。しかし彼には多くの敵がいます。あなたは彼のために大変多く祈らなければなりません」

 それからホセ神父はアナと呼ばれる他の幻視者にリトル・ペブルの写真を見せました。彼女は、「ええ、はい、 『リトル・ペブル』、 私はガラバンダルlで何度も彼に会いました!」と言いました。また、ビクターと呼ばれる他の幻視者は確認を受けました。私は1987年から今日にいたるまで、ホセ神父が勇敢に私を擁護してくださったことに感謝したいと思います。また、私は私のとても特別な友人たち、スペイン、マドリードのマリアノとメルシェに、この年月にわたる彼らの寛大な心に感謝したいと思います。また、「リトル・ペブル」を確認した、エクストロマドゥラ、トルビーヨ州のマリ・フランシスな名付けられた別の幻視者がいました。
 長年にわたって、私はスペインを旅行し、多くの幻視者、司祭、聖母の働き手と会いました。しかし、迫害が増した1991年、多くが私の側を離れました。ベッティーナとの神秘的結婚が理解できなかったのです。1992年にホセ・アレロン神父はスペインのガラバンダルから手紙を書いてきました。彼は現地の幻視者マリア・イザベルを通して主に次のような質問しました。「イエズス、主イエズスよ、11月8日にガラバンダルの幻視者たちは『リトル・ペブル』についていくつかのことを話しました。これは本当ですか?」 イエズスは答えられました。
主: 「我が息子は『岩』である。そして彼は『岩』になるだろう。彼は私自身に選ばれた者たちによって中傷され、迫害されるであろう。そしてお前もよく知っているように、選ばれた者が、他の選ばれた者を中傷し迫害することによって、我が子供たちは苦しむ。用心深くありなさい! 気をつけなさい、我が子供たちよ、なぜなら敵が自由に徘徊しているからである」

 以下は1993年1月12日付けのスペインの幻視者たちの霊的指導者ホセ・アレロン神父からの手紙です。
「私の最も親愛なるリトル・ペブル、
 私は、1992年12月19日付けの手紙を、あなた自身が撮影した『箱舟の聖母』の2枚の写真とともに受け取りました。あなたからの要望にしたがって、私たちはイエズス様に2日間にわたって、あなたが聖座に座るのは1994年より前なのか、事が進行している最中なのか尋ねました。主はお答えになりませんでした。ですので、私たちは御父が私たちの未来を示して下さる日がくることを希望し続けますように。私は、あなたが未来の教皇職をマリア、イエズスの御母に奉献するというあなたの決意に完全に満足しています。イエズスもまたマリア様が教会の母となり、全被造物の女王となるように聖別しています。それゆえ、私たちの全存在と全所有物(それはまたイエズスのものです)を、マリア様の栄光のためにささげることは、私たちにとってよいことです。このことによって、常に聖三位一体の栄光に寄与することでしょう。……」

 さらに1988年4月18日付けのアレロン神父からの手紙は次のようなものでした。
「キリストとマリア様のうちに、たいへん愛されている『リトル・ペブル』、
 私は3月21日に、私の手紙への返事を受け取りました。あなたの手紙とともにアイルランドで9月に撮られた美しい写真を受け取りました。『トランペッター』の後ろに、光の姿でファチマのマリア様が見られ、それがあなたを隠していました。マドリードの私の友人がそれを撮影し、後日それを複製したと、メルセデス・デ・リヴェラが話してくれました。昨日、私はほぼ一ヶ月におよぶバチカンでの仕事の後、家に着きました。そして、あなたにこのニュースを伝えなければなりません。私はマドリード州の小さな村で聖週間の務めを行いました。そして私は10月6日のマドリードでのあなたの集会に出席した何人かの友人といました。彼らのうちの5人が、エル・アスコリアルのアンパロ・クェヴァスとの会見を求められ、11月14日に彼らは会いました。彼女は彼らに、あなたが行こうとしなかった時、聖母が彼女に話さなかったので彼女はご出現地に行かなかったと話しました。そしてこれらの問題の全てをマリア様のせいにしようとしています。マリア様は彼女に、以前のアドバイスとは違い、会見に行かないように言いました。聖母はまた、『リトル・ペブル』は幻視者だったことを彼女は知っていると言いました。しかし彼女はあることを付け加えました。これは私は、「リトル・ペブル」が未来のペトロ2世であるといわれていることを信じない何者かを通して影響されたと信じています。しかし原則として、あなたが幻視者であるということを、彼女は認めました。
そこから彼らは私をアヴィレへ呼びました。私は改めて、あなたが私に告げた意向のために非常に多く祈るように、彼らに手紙を書きました。教皇が5月13日にファチマに行くことができるようにというのは私たちの主のお望みである、と。彼らはこのために祈りました。(北部の)オビエドでは、私は幻視者アナと一緒にいて、6時間以上にわたるインタビューを行いました。彼女は私たちの主に尋ねました。「天にとって『リトル・ペブル』とは何者なのですか?」 彼女は幻視の中でこの答えを受け取りました。「『リトル・ペブル』は天のものである。あなたと同じように。主のメッセージを世界にもたらしている」(1986年2月に、ヤンシトと彼の妻とともにアムステルダムであなたが撮影した写真を彼女に見せると、ガラバンダルで脱魂のうちにあなたを見たことがあると彼女は言いました)
 アナによれば、天は私に、「リトル・ペブル」は、世界中を旅行しなければならないであろうということを理解することを望んでおられました。彼女は私に、それは完全に白い霊魂であるということを示しました。彼はもう一人の白い霊魂とともに旅行していました。リトル・ペブルは非常に大きな十字架を運んでいました。それは非常に光輝く、そして美しいものでした。彼の道の半ばで、黒い影が彼をわきにそらせようと望みつつ出てきました。この非常に小さな頭をした大きな影は、ヴィクトルにとって、リトル・ペブルが彼に忠告するよりもはるかに少ない霊的知識を持った、いずれかの忠告者を意味するように思われました。影は、リトル・ペブルが永遠の御父の座に向かって進んでいるときに介入しました。しかし彼はその座に向かって進み続けました。そこで彼女は、二つに分けられた主の十字架を見ました。あるいはあたかも彼らはそれを真ん中で分けようとしているかのようでした。最後にイエズス様が来られて、彼の腕の身ぶりによって悪を追い払われました。そしてキリストの支配が始まりました。私は長い顎鬚の非常に尊敬すべき人が「リトル・ペブル」に同行しているのを見ました。アナがこのことを言ったときに、私は彼女に聖シャーベルのスカプラリオを見せました。すると彼女は言いました。「『リトル・ペブル』に同行しているのを私が見たのはこの人です」 親愛なるウィリアム、これが、私があなたに伝えたかったニュースです。まだ家についたばかりですが。イエズス様の望みが実現されるように、5月13日に教皇がファチマへ行かれるように私は祈ります。アヴィレの私の幻視者たちやその他の人々のために祈るとき、私は毎日あなたのために祈っています。抱擁とともに、私の愛を受け取ってください。そして私の司祭の祝福とともに、天のすべての富を」
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《 ヨゼファ 》
 私は、バルセロナのエル・レニ山の出現地に行きました。そこの幻視者であるヨゼファは「リトル・ペブル」を支持しています。

《 ぺぺ・カイェターノ 》
 スペイン、セヴィルの人。フェリックス神父は彼の霊的指導者です。

《 ホデ・デ・カルロス 》
 私はまたここでスペインのホセ・デ・カルロスに感謝したいと思います。彼は聖母のメッセージを広げる素晴らしい働きをしてきました。彼が今は私を信じていないとしても。

《 ヤンシト・ミゲル・コルテス 》
 私はまた、何年にもわたって彼が私に示してくれた親切のゆえにヤンシト・ミゲル・コルテスに感謝したいと思います。しかし彼は迫害のことを耳にしたために私への彼の信仰を失いました。

《 アンパロ・ケヴァス 》
 私は私の非常に良い友人であるマドリードのジュディト・モランに感謝を表明したいと思います。彼女は神の非常に忠実なはしためであり、何年にもわたって私を非常に助けてきました。彼女はもう彼女の天国の報いへと向けて旅立っています。聖母の有名な出現地エスコリアルの幻視者アンパロの霊的指導者であるアルフォンソ・マリア神父が、1985年3月に、「リトル・ペブル」が真実であるかどうかをたずねたのは彼女を通してでした。アンパロは答えました。「それは神からのものです」 この出現地は、マドリードの大司教によって調査されています。

《 アルフレッド・メイ・テジェド 》
 私はこの機会に、スペインのバルセロナのアルフレッドに対して、彼の援助への感謝を表明したいと思います。

《 マリベル 》
 スペイン、アストーレンのマリベルという名前のこの特別な恵みを受けた霊魂へ与えられた私たちの主のメッセージ。1992年2月1日。このメッセージは、霊的指導者であるスペインのアウグスチノ修道会のホセ・アレロン神父を通して私に送られてきました。このメッセージの機会は、私がその特別な恵みを受けた霊魂を通して、私たちの主の御顔の絵を受け取ったときでした。これは、私たちの主によって、彼の尊い御血をその上に二滴たらすことによって祝福されました。私は、神の愛によって圧倒されたので、彼の贈り物に対してイエズス様に感謝するよう、マリベルに求めて手紙を書いたのでした。メッセージは以下の通りです。
マリベル: 「最初の金曜日に、私は、リトル・ペブルの名前で、1991年10月16日に主が彼にお与えになった主の御血のしずくを持つ写真の贈り物に対してイエズス様に感謝をささげていました」

私たちの主: 「私は光であり命である。私は光であり愛である。あなたは私に大いなる愛の言葉を語りかけた、わが愛する者よ。またあなたは、彼らが私に感謝するようにあなたに告げたことを私に語った、わが小さき者よ。あなたは、わが息子(リトル・ペブル)のために私に感謝を捧げた。そして、わが息子リトル・ペブルに反対して言われているすべてのことは、噂話であり中傷であることをあなたは確証することができるだろう。このようにしてあなたは確証できるだろう。
 わが小さな者よ、あなたの愛する者(イエズス)に感謝をささげることによって、あなたの神、救い主の写真への感謝をささげることによって、あなたは証明した。なぜならそれはよく受け取られたからである。(リトル・ペブルによって)愛をもって受け取られたからである。あなたは私に感謝する、わが小さきものよ。あなたは私に感謝する、わが愛する者よ。このようにしてあなたは常に言うことができるだろう。わが息子リトル・ペブルについて、それは真実である、と。私はこの息子に感謝する。そして私はあなたに告げる。(私たちの主は、リトル・ペブルの幻視者としての真正性を確認しておられる) このことを私はあなたに告げる、わが子よ、わが息子『リトル・ペブル』、常に忠実なわが息子のこの愛を疑う、すべての子供たちの大いなる確信のために」

 それからマリベルは、スペインのマドリードにある聖母の出現地エル・エスコリアルへ行きました。

マリベル: 「私がエル・エスコリアルでこのことに対する感謝を捧げているとき、私は言いました。『わが愛をご覧ください。リトル・ペブルは、私にあなたに感謝をささげることを望んでいるということをあなたはご存じです。彼に与えられた写真が彼に届くようにあなたご自身が私を道具として利用なさったために。私はあなたに感謝します、我が愛する方よ、リトル・ペブルの代わりに』 私はこのことを二度にわたって申し上げました。そして私の手から芳香が立ち昇りました。それは、他の時のように、空気中からのものではありませんでした。芳香は、私が組み合わせている私の手から出てきていました。私は手を組み合わせ、そして芳香は蒸気のように立ち上っていました。そして私は言いました。『ああ! お母さま!』 短い時間が過ぎ去り、そして私は再び感謝を捧げました。そして再び同じことが起こりました。私の手から立ち昇る芳香。そして私は言いました。『親愛なるイエズス様、あなたはそれが真実であるということを私に確証しておられます』……」


《 マリア・イザベル 》
 1991年8月18日にスペインの幻視者マリア・イザベルに与えられたメッセージの抜粋。彼女もまたアレロン神父を彼女の霊的指導者としています。
三位一体の神: 「さてわが子らよ、私は三位一体の神としてあなたがたに語る。わが子供たちよ。わが息子は、私自身が選んだこのグループ(箱舟の聖母のミッション)について多くのことを語ってきた。信じなさい、わが子供たちよ、それは真の神の業である。あなたがたは、祈りの力に意識的になるべきである、わが子供たちよ。あなたがたは、わが息子の言葉を意識するべきである。私は三位一体の神としてあなたがたに語る、わが子供たちよ。父と子と聖霊の御名によって。あなたがたのうちの何人かは、初めて私を聞いている。そう、私が話すのは普通のことではない。しかし数少ない場所において、私は三位一体の神としてくる。私がわが息子ピエドレチタを通して語るときにそうするように。
 『愛のリトル・ペブル』、我が『岩』は、わずかの者によってしか信じられていない。我が非常に愛された娘、わが忠実な配偶者、わが愛する者(幻視者マリア・イザベル)と同様に。なぜ人類は私たちがピエドレチタを通して与えているメッセージを信じないのか? なぜか? なぜならメッセージは真実のものだからだ。わが子供たちよ。なぜならそれらは真正のものだからだ! このことのためにそれらは信じられていない! わが息子によって、そして彼の母であるわが娘によって、他の多くの場所で与えられているメッセージがある。しかし人類はそれらも受け入れていない。ピエドレチタを通してのメッセージと同様に。なぜか? なぜなら、世が彼らの心に入ってしまったからだ。そして世が占拠する時に、彼らは真理を見ることができない。世の事物以外は何も見ることができないのだ!
 リトル・ペブルは存在し、そしてリトル・ペブルは存在しつづけるだろう! そしてわが娘、わが息子、そしてリトル・ペブルは嵐に対して共に闘い続けるだろう。なぜなら私は三位一体の神であり、私がこのことを意志するからである!! 三位一体の神に対して敵は勝つことはできない。敵はこの聖心を打ち負かすことはできないであろうということをあなたは確信してよい。……」


《 1988年9月13日のアレロン神父からのさらなる手紙 》
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我が親愛なる「リトル・ペブル」、
 今月の3日、私はニューフィールド(エル・エスコリアル)でロザリオを祈るためにやってきた何千人もの人々とともにいました。その中には私たちの友人の何名かがいました。ヤンシト、マリアーノ(彼の妻メルセデスは子供たちとともにまだ休暇中でした) ルイザ・マリアによって翻訳され、私のところに届られたメッセージのコピーをとっているレミギオ、ホセ・エドワルド・デ・カルロスやその他の人々です。あなたが天のための道具として選ばれているという真理のために、私は長い時間を費やして闘ってきました。12月、私はあなたに、私は聖母にアヴィレのクレメンテを通して尋ねたと告げました。「お母様、天にとって『リトル・ペブル』とは何ですか?」 − 「わが息子よ、彼は私たちの選ばれた者の一人です。彼は私たちにとっての道具です。しかし彼には多くの敵がいます。そしてあなたは彼のために非常に多く祈らなければなりません」
 そしてあなたが1986年2月にアムステルダムの空港でヤンシトやマリアと一緒にいたときの写真を偉大な幻視者アナに見せると、彼女は私に言いました。「そうです、リトル・ペブル。私は彼を何度もガラバンダルで見てきました。……」
 さて、聖母が私に語られたこと、すなわちあなたには数多くの敵がいるということは、日々実証されています。あなたについて私に質問する多くの人々がいます。なぜなら誰かが彼らに、あなたのミッションは天からのものではないと告げたからです。彼らに対して私は繰り返さなければなりません。「1987年1月、主は私に、そして同じ年の12月に聖母は、彼は彼らの道具であると告げられました」と。このことは、私によって霊的に指導されている幻視者たちを通して私に告げられました。そしてこのことはヴィクトル、クレメンテ、アナを通して私に告げられてきました。私は、天が私に語られることを支持し続けるでしょう。
 さて、7月9日に、ヴィクトルは脱魂のうちに、地上で十字架につけられました。私に向かって手を動かし、そして私を強く抱擁しました。私は、彼に五つの質問をする意図を持っていました。私は二つしか尋ねませんでした。それらに対して彼は答えました。次の日に、普通の状態で、彼は私に尋ねました。「昨日、あなたは主に五つの質問を尋ねようとしておられましたね、そうですね?」「そうです」「なぜなら主は私に、主は二つにしか答えようとしておられないということを告げられたからです」 どのように主が決定されたかを見てください。私がそのことを悟らないうちに、主は、主が答えようとしておられた二つのことだけを私が尋ねるように手はずを整えられたのでした。
 そしてこのことは重要性を持っています。なぜなら、主が、お答えになろうとしなかったことの一つは、次のことだからです。「私は『リトル・ペブル』を見捨てなければならないのですか?」 イエズス様は、私に答えることを望まれませんでした。なぜなら私は様々な機会に、あなたが彼の道具であるということを告げられていたからです。アナは私に言いました。あなたは座に向かって歩んでいると。(彼女はそれが天の御父の座なのか、ローマ教皇の座なのかは知りませんでした) そうです、あなたの状況は変わっていないとイエズス様が私に告げることを望まれたことは明白です。まったく逆に、イエズス様はあなたが彼の道具であることを確認なさったのでした。もしあなたがそのようなものであることをやめるようなことがあれば、そのことは私に示されていたでしょう。そして会話の中でこの話題を持ち込むことを私に求めてきたすべての人々に対して、私が繰り返してきたのはこのことなのです。すなわち、あなたが天に選ばれた者だということ、あなたが天の道具だということが、さまざまな機会において私に告げられてきたということです。そして私の義務は、沈黙することではなく、主が私に告げられたことを公言することなのです。
 アイルランドでの9月27日の写真に非常に感謝します。その中で聖母マリアは最も清浄な光の幕のうちにあなたを包んでおられます。そして私はあなたを見ることができず、「トランペッター」とともに聖母の姿しか見ることができませんでした。同様に驚くべき写真がファチマでとられたということを私は理解します。それらのいくつかを送って下さるように求めることは性急なことでしょうか。私はそれをを心から感謝します。……」
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《 ロザリオ・アレニラス 》
 1986年2月13日に、スペインの白い十字架の出現地で幻視者ロザリオに与えられたメッセージは以下の通りです。
私たちの主: 「私は、あなたを我が現存によって礼遇することを望んでいるがゆえに今日ここに来た。それは非常に重要である。……しかし私は今日、ある重要な事を我が愛する息子フェリックス神父(聖地に住んでいる司祭)に告げることを望むゆえに来た。もし彼が私に耳を傾けることを望んでいるのであれば、それは皆のためのものである。私は、あなたの十字架に、より重い重みを乗せることを望んでいる、わが息子フェリックスよ。あなたは、私の助けによって、ある重要なことを知らせなければならない、わが息子フェリックス。私はあなたに、あなたから遠く離れたところにいる、ある人を見つけるように指示するつもりである。彼は私の息子、我が母と私によって非常な恵みを与えられた者である。……あなたから非常に遠く離れたところにいる。……彼はこの白い十字架の聖地についての大いなる証言をなすことができる。……なぜなら、白い十字架の場所と区域は私にとって非常に重要なものであるからだ。しかし人々は、この聖地を擁護するための力も勇気も持っていない。しかし私の息子、……とても遠く、とても遠く、あなたが想像できるよりも遠くにいる、フェリックス……オーストラリアの! オーストラリアのわが息子は、彼の証言によって、この聖地に生命を与えることができる。いつか私はあなたを彼と接触させるだろう。わが最も聖なる母と私は彼を『リトル・ペブル』と呼んでいる。そして私はあなたを彼と接触させるだろう」

 聖母が介入なさって次のように言われました。

聖母: 「彼は、この聖地に生命を与える証言をなすでしょう。なぜなら、この街や多くの街は、わが息子の偉大性を知らないからです。わが息子が、この聖地に注いできた偉大性は認識されなければなりません。ここにいる者たちによってのみならず、祈るために遠くからこの聖地へやってくる者たちによっても。そして彼らは、わが息子と私が一握りの人々に与えてきた愛の泉をさらに知覚することにおいて最も賢い者たちです。……私はこれらの言葉が非常に明白であり続けることを望みます。オーストラリア……『リトル・ペブル』……このわが息子は、この聖地に一致をもたらす者となるでしょう。……」

私たちの主: 「私はそれをもう一度繰り返すことを望む、わが息子フェリックスよ、このことが非常に明白であり続けるように。……オーストラリア! 今のところ彼は、オーストラリアに行く必要はない。ただリトル・ペブルと連絡を取りさえすればよい。なぜなら私は彼の手に、『リトル・ペブル』に、あなたを助けるための手段を与えているからだ。『リトル・ペブル』は、この聖地について証言をなす者の一人となるだろう。なぜならあなたがたは、あなたがたの土地において、預言者となるであろうことは決してないからである。彼は遠くからやってきて、この真理について証言をなすであろう。嵐の中に舞う木の葉よりも多くの巡礼者たちが、真実を捜し求めてこの聖地にやってくるであろう。私は待とう。……」

 フェリックス神父に向けられた、1986年5月3日に与えられたさらなるメッセージ。
聖母: 「準備していなさい。……なぜならあなたは間もなく大いなる驚きを受け取ることになるでしょうから。私はあなたに準備していることを望みます、わが息子よ、なぜならあなたは理解しないであろうということを私は知っているからです。……しかし彼(リトル・ペブル)は、わが息子に満たされてやって来るでしょう。……わが『リトル・ペブル』、彼をあなたの腕のうちに受け止めなさい。……」

 1986年5月10日、私たちの主からのさらなるメッセージ。

私たちの主: 「わが子供達、わが兄弟たちよ! 私はこの時において、人々の間に愛が見られることを望む。なぜなら、私はこの聖地にとって非常に重要なある人物を遣わしたからである。人々は理解しないであろうが、しかしいつの日か、彼らはこのこと理解するであろう。わが息子は、わが父の意志によって遣わされているのである。彼は、地上の多くの場所に遣わされている。(私たちの主は『リトル・ペブル』に言及しておられる)」

ロザリオ:「私は彼を見たということをわたしは知っています。……私は彼を見たということを私は知っています。……私は気が狂っていたのではありません! 私は何度も、私自身が彼の横にいるの見てきました! しかし世界がそれを混乱させているのです。……」

私たちの主: 「あなたの愛をそそぎ出しなさい。彼が、彼の現存によって、この聖地を、御父の現存のもとへ移すことができるように。……なぜならこの聖地は、人々によって冒涜されているからである」

ロザリオ: 「私は彼と一致しなければならないということですか? そして彼はどこにいるのですか?(私たちの主は、幻視者ロザリオに『リトル・ペブル』のそばに近寄るようにと仰せられた。なぜなら彼は、彼女からおよそ5メートルのところにひざまずいていたからである。彼女はひざまずいたままで近くにきた)」

私たちの主: 「彼は話す者の一人となるだろう。彼らは彼を理解しないであろうが! 『リトル・ペブル』、いかにひどくあなたは誤解されていることか、『リトル・ペブル』!(私たちの主は今ロザリオに話される)今日あなたは話さないであろう。なぜなら私が彼をこの場所へ招待したからである。……」

ロザリオ: 「どうか、父よ、私の父よ、……私の父よ、私が罪人であるならば、どのようにして私は何かをあなたに差し上げることができるでしょうか。私はあなたのために泣きたいと思います。……私は知っていました、私の父よ、あなたがこの聖地を混乱させることはありえないと。……あなたが私を欺かれることはありえないと。……彼は、私が見てきた通りの人でした。まったくその通りでした。……私がこの場所を見たとき、私は私自身を恐れました。父よ、父よ、父よ、私は私の持っているもの全てをこの真理のためにさし出しましょう。……(私たちの主は、今度はロザリオを通して『リトル・ペブル』に語られる。……)」

私たちの主: 「わが息子よ、わが小さな息子、わが小さな息子よ! なんという深い傷を、あなたは私の心の中で癒してくれたことか。あなたは私の命令をなしとげてきた。わが息子よ。なぜなら、あなたは、わが言葉を運ぶ者となるであろうからだ。世はあなたを理解しないであろうということを私は知っている。しかしいつの日か彼らは、わが言葉は全面的に現実であったということを悟るであろう。……私は真理であり命である。道であり光である。従う者は生き、そして父のもとへと解放されるであろう。(原注1) これらの時は私にとって非常に重要なものである。なぜなら私はあなたが勇敢であるということを知っているからである。……あなたは『人間的な関心』を持っていない。あなたは恐れていない、わが息子よ。 前進し続けなさい、時として敵があなたを混乱させることを望もうとも。彼によって打ち負かされてはならない、わが息子よ、なぜなら地球は、偽預言者たちの疫病のようになるであろうからだ、わが息子よ。しかし私は、一握りの人々を、地球の救いのために選んだのである。地球は火をつけられるであろう。……あなたがたは準備していなければならない。なぜならば、『ふるい』があなたがたのほおの中にあるからだ。……一瞬たりとも躊躇してはならない、わが息子よ。私は多くの人々にとってそれがほほ笑みの原因ではないということを知っている。しかしそれはわが母と私にとって最も重要なことなのだ。『リトル・ペブル』……『リトル・ペブル』……『リトル・ペブル』……私はあなたに語ることを望む、わが息子よ、人々によって冒涜されているこの聖地について」(私たちの主は、それから、ロザリオに「リトル・ペブル」のためのバラを与えて言われた)

私たちの主: 「それを花として受け取ってはならない、わが息子よ。それを非常に重要なものとして受け取りなさい。あなたの勇気によってあなたが獲得したものとして、わが息子よ! 私に従いなさい、わが息子よ、なぜなら私は忠実な戦士であり、あなたは私に従わなければならないからである。……しかしあなたは沈黙していてはならない。あなたは語らなければならない。なぜなら地上のすべての人々は、敵の憎しみによって脅かされているからである。人々の間で憎しみが絶える時、そして人々が目覚め、愛のうちに浸される時、世界は違ったものとなるであろう。なぜなら世界は、特にスペインは、……この私のマリア的スペインは、大いなる破局によって脅かされているからである!
 それゆえ、わが息子(リトル・ペブル)よ、私はあなたを、この聖地や(他の)数多くの地上の聖地へ送ってきた。わが母と私が多くの愛とともにやってきた場所へ。人類を準備するために。なぜなら、地上のいかなる人間も完全ではないからである。あなたは、人々はあなたに耳を傾けないと思うかもしれない。……しかし私はあなたを聞くだろう、わが息子よ。……花から花へ、最も良いハチミツを集めよ、巣箱から出た蜜蜂のように。それを、わが至聖なる母の足元へ運ぶために。ペトロの座のために祈りなさい。……母なるロシアのためのあわれみと祈り。なぜなら母なるロシアは、彼女の鞭を用いて、あなたがたは皆その鞭によって打たれるであろうからである。祈りなさい、祈りなさい、いつの日か彼女がペトロの座の前に恥じいるように。……」
(原注1)このことは、「リトル・ペブル」は、教会の中における権威の地位に対する適切な敬意をもっているけれども、現にその役職についている者がその役職にふさわしくないことが判明した場合には、信仰や神の命令がかかわることになれば、彼は彼らの権力によって恐れたりはしないであろうということを意味する。そしてまた真に献身的ないかなるカトリック信徒もそのようなものを恐れることはない。
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【 イングランド 】

《 双子 》
 1986年に、私はイングランドの「双子」という名前の特別な恵みを受けた二人の霊魂たちと会いました。イエズスは彼らに、イエズスの祈りの集会を形成するように求められました。主は、私がそのメンバーになることを求められました。イエズスは数多くの個人的な指示を与えられました。この組織の長は、ジェラルドという名前の非常に善良な人でした。彼らは、カナダのブレ神父が私から離反した1996年に至るまで私と一致し続けました。その時彼らもまた離反し、そして現在に至るまで再一致していません。

《 マルファルダ・バシニ 》
 1985年に、この非常に善良な霊魂は、イングランドにおけるミッションのプロモーターとして私とともに働きました。彼女は、サンダミアノやフォンタネラやローザ・ミスティカの出現地への巡礼団を組織するために非常に懸命に働きました。彼女の多くの旅行の間に、彼女はイタリアにおける数多くの幻視者たちと会いました。そして彼らもまた「リトル・ペブル」のミッションを確認しました。私は彼女の良い仕事に対して彼女に感謝したいと思います。

《 キャスリーン・ブレン 》
 私はここで一人の愛すべき霊魂に言及したいと思います。イングランドのマーセイサイドのキャスリーンは、1984年に私に手紙を書き始めました。彼女は、「サンダミアノ・アソシエーション」と呼ばれる組織のために懸命に働きました。彼女はまた死ぬ少し前にサンダミアノを支持する巡礼者のグループとともに、教皇に会いました。そして彼女は教皇に、彼は「リトル・ペブル」を信じているかと尋ねました。答えは「はい!」でした。私はキャスリーンに彼女の美しい仕事について感謝したいと思います。今彼女は天国において彼女の報いを得ています。

《 パメラ・ジョーンズ 》
 そして1990年、やはりイングランド出身の特別な恵みを受けた霊魂、パメラ・ジョーンズが、私と一致しました。彼女は、教会のために苦しむ特別な役割を持っています。

《 D.H.メロンティ女史 》
 イングランド、エセックスのD.H.メロンティ女史は、1985年9月8日に教皇に質問した人物です。彼は「リトル・ペブル」を信じているか、と。答えは「はい!」でした。彼女は、1985年9月12日に手紙を書き、そして言いました。
「……教皇ヨハネ・パウロとの私の素晴らしい会合の同封された写真にあなたが喜ばれるであろうことを私は期待します。教皇が、各人に話しかけられる時に、撮影者は教皇につき従いました。それで彼はちょっと横に立っています。そして教皇は、彼の手を私の頭の上に置かれ、私を祝福なさいました。そこにいた他のすべての人たちと同様に。私は今や、教会の頭が疑ってはいないということを、疑う人々に言うことができます。何故ならば、彼自身が私におっしゃったからです!……
メロンティ女史:『教皇聖下、あなたは、オーストラリアのリトル・ペブルが真実のものであるということを信じておられますか?』
ヨハネ・パウロ2世:『はい、はい、そして私は希望しています!』」

《 ノラ・アーサーズ 》
 1984年の初頭、何年間にもわたって幻視者であり続けてきた美しい霊魂、イングランドのキャンベイ島のノラ・アーサーズが、イングランドにおける聖シャーベルの祈りの家の登録を求めて私に連絡を取ってきました。それは四番目の聖シャーベルの祈りの家でした。彼女の家は、ナザレの小さな家として知られることになりました。彼女は私と一致し、何年間にもわたる私の旅行の間に私は何度も彼女を訪問しました。1996年に、彼女はナウラに私を訪問しました。ベッティーナと私の神秘的結婚、そしてダビド王の王家に関する状況を正すために使わされてきたという口実のもとに。しかしながら、その代わりに、聖母が、私とソーンブッシュを通して彼女を正しました。かくして分裂が起こりました。
 私はここで、ノラは常に親切で寛大な女性であり、多くの霊魂たちによって愛されてきたことを指摘しておきたいと思います。そして私は、イングランドとヨーロッパにおいて幻視者たちの間の一致をもたらすために彼女がなしてきたすべてのことに感謝しています。私たちの道が分かれなければならなかったということは私を悲しませました。以下は、1985年9月8日の聖母からノラへのメッセージです。
聖母:「……しかし私はあなたがたに言います、わが子供たちよ、世界における全ての子供たちに新たな希望をもたらすことができるのは祈りだけ、大いなる愛をもった祈りだけです。そして私はあなたがたに約束します、我が子供たちよ、主である神が、あなたがたの天の父が約束をなさるように。神はあなたがたを決して見捨てられないでしょう。神はあなたがたを、この悲しみと恐怖から、新しいエルサレムへとあなたがたを導くでしょう。そこには平和があるでしょう、わが子供たちよ。わが子供たちよ、私の語るすべてのことに注意を払いなさい。だれにも次のように言わせないようにしなさい。『どうやってあなたがたはこれらのことを知ることができるのか。どうしてこのようなことを信じることができるのか』 なぜなら私はあなたがたに言います、私の子供たちよ。あなたがたが聞き、目にするであろうもののために。あなたがたは疑いを持つことはないでしょう。……」


【 アフリカ 】

 私は、ウガンダのマリアのワーカーたちに、彼らの素晴らしい働きに対して感謝したいと思います。彼らも、共同体を建設しつつあります。

《 ドミニク・ベテ 》
 1989年、ウガンダ出身のこの非常に重要な神秘家の幻視者は私と一致しました。彼は、彼の教区の司教の支持を得ており、私のために公の集会を催しました。彼は彼の枢機卿によって認可されています。
 司教によって認可されているウガンダの幻視者ドミニク・ベテからの1989年6月14日の手紙からの抜粋は以下の通りです。
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親愛なるリトル・ペブル、
 あなたのここへの訪問に関して、私が私たちの聖母と私たちの主イエズス・キリストに求めていると私があなたに告げた恩寵のための30日のノヴェナを私が終えたときに、私はあなたからの手紙を受け取りました。直ちに、聖母は、聖シャーベルの祈りの家において私たちのうちの二人に出現されました。その祈りの家を私たちは私たちの黙想のための部屋として使用しています。聖母はあなたの来訪について私に確認なさり、枢機卿に会ってこのことを告げるようにと、そして彼は拒絶しないでしょうと告げられました。私は5月30日にカンパラへ向けて出発しました。そしてその日のうちにそこに到着しました。三日後に私は、その周辺にいる何人かの幻視者たちに会うために訪問を始めました。そしてまたローレンス閣下を探し始めました。後で私は、マサカ・タウンのロザリオ・ミッションのローレンス・マリー・トジュンバ閣下というフルネームで彼のことを知りました。
 幻視者に会うために私がとった時間はゆっくりとしたものでした。なぜなら、幻視者たちは非常に数が多く、彼らは、街中に散らばっていたからです。しかし私が気づいた一つのことがあります。それは、あなたが彼らすべてを名前や写真や彼らの経験ですでに知っており、ほとんどすべての者たちが、すでにあなたに手紙を書いているということです。……
……再び1987年に、私たちの主は、あなたについての啓示を私に与えられました。あなたがあなたの回りで見たこと、そしてあなたがなしていること、そしてあなたが未来においてなすであろうあらゆることを確認されました。このことを私はあなたに以前には知らせませんでした。そして私はこれまでだれにも言ったことはありませんでした。しかし枢機卿が最初でした。そして私はこの啓示は、1989年6月12日のために、とりわけあなたのウガンダ訪問のために、私に与えられたのだと思います。それで私は今やあなたにこのことを知らせることができるのです!
 それで私は進んで、枢機卿に、私たちが意思疎通を開始する前にリトル・ペブルについての啓示を本当に受けていたということを回答しました。彼は何をいうことができるでしょうか。枢機卿猊下は、彼は10月のあなたの訪問を受け入れると直ちに私に告げられました。そしてあなたが来たときは喜んであなたを祝福すると。そして彼は、あなたを迎える準備ができるように、前もって期日を知ることを望んでいると言われました。あなたへの私たちの支援の祈りを確信して下さい、そしてこの国へのあなたの訪問の間に、あなたに与えられるように私たちが願っているすべての恩寵を。ローレンス・マリー・トジュンバ閣下、マチアス・チィガ氏、コマンダー・ジョセフ、マチアス・クスジャ、サイラス、デオダタ、ジェーン・フランシス、アンジェラ、ベアトリス、ノラ、シスター・マリー、ジョン・ジョセフ、私たちの守護者、そしてとりわけ、枢機卿にしてカンパラ大司教区の大司教エマヌエル・ヌシュブガ枢機卿猊下からの挨拶を送ります。……」

《 キベホ 》
 ルワンダのキベホの幻視者たちは、私のミッションにおいて私を支持しました。そして彼らの各人が、そのために私に手紙を送ってきました。キベホにおける聖母の出現はその土地の司教によって認可されており、世界中でよく知られたマリアの出現地です。
 1990年に、ルワンダの大統領は、私に彼の国を訪問するように求めてきました。彼は、彼自身の国のキベホにおける出現とともに、私と私のミッションを堅く信じていました。彼はルワンダにおける私たちのプロモーターであるアンドレとマリー・ヘレナ・ゲルドフの親友でした。そしてこれらの善良な人々は、キベホやルワンダ全体における状況を常に私に知らせてくれました。大統領自身が、キベホの幻視者たちに、私について語り、そして彼らは私を真実の幻視者であると確認しました。私は、ジェームスや他のメンバーとともに、大統領の招待においてルワンダに飛びました。私たちはその国に到着して、権威者たちが私たちの入国に反対しているのに気づきました。私は役人たちに、私は大統領の招待でここに来たのだということを告げましたが、彼らは私の主張を受け入れようとしませんでした。幸運なことに、大統領の姉妹である一人の修道女が到着して、私たちを通すように役人たちに命令しました。彼らは直ちにそれに従いました。私たちは、箱舟の聖母の御像をひとつ持ってきていました。なぜなら、大統領は、それを彼の官邸のために望んでいたからです。
 私たちがホテルに落ち着いてから数時間しかたたないうちに、聖母が出現され、私たちは直ちにこの国を離れなければならないと告げられました。まさにその夜に、ウガンダの軍隊がルワンダを侵略し、ルワンダにおける軍隊が動員されました。通りは、武装した車や軍隊で満たされました。戒厳令が発令され、夜間外出禁止命令が街に出されました。私は、その土地の代理店を通して、その国から脱出するための航空便を確保しようと試みましたが成功しませんでした。私は、シドニーの私の旅行代理店に電話をかけ、そして彼は、あるベルギーの航空会社の最後の三つの席を私たちのためになんとか確保しました。それで次の朝早く、私たちはその国を離れました。大統領に会うことができなかったことは残念でしたが、国が戦争状態であったので、そのための時間や機会はありませんでした。
 大統領は、聖母への彼の信心を保ちました。そして、首都キガリの通りで、私たちの箱舟の聖母の御像を運ぶ信者たちの行進が行われました。悲しいことに、私の短い訪問から間もなく、ルワンダの大統領は、ブルンジの大統領や何人かの軍人とともに、反逆者たちによって彼らのヘリコプターが撃ち落とされたときに殺されてしまいました。大統領夫人は、この悲劇的な出来事の後、天からのアドバイスを求めて私と連絡をとり続けました。
 1990年初頭、ゲドルフ一家はベルギーに移住しました。その後アンドレ・ゲルドフは神のもとに行きましたが、私は彼のことを、大いなる感謝とともに思い出します。そして私は、私たちの天のミッションのために彼らがなしたあらゆることに対して、彼の善良な夫人に感謝します。
 私はここで、ルワンダのルワゲマ神父のことを思い出すことを望みます。彼は、1987年以来私に手紙を書いてきています。彼は、ルワンダのキベホの幻視者たちとかかわった司祭でした。

《 アンドレ・ゲルドフ 》
 以下は、アフリカのルワンダのキガリのアンドレからの1990年7月18日の手紙からの抜粋です。
「さて、キガリに住んでいる幻視者エリザベスは、委員会とブタレの司教に会いに行きました(1989年11月29日から30日、12月1日から2日)。彼女は、司教と調査委員会のメンバーたちに言いました。『もしリトル・ペブルが、幻視者そして私たちの聖母の子供の一人でないならば、ルワンダの全幻視者は、そして全世界の幻視者も、真実のものではないとあなたがたは考えることができます』 エリザベスは、何度もルワンダの大統領に会いに行きました。そして彼にもそのことを告げました。彼女はまた、彼のために数多くの私的なメッセージを受け取ってきています。10月13日と14日に彼女はキガリであなたを待っていました。アルフォンジーヌは大統領の家であなたを待っていました。そしてルワンダの数多くの幻視者たちが、キベホであなたを待っていました」
1990年3月31日:「……この手紙とともに、私はあなたに、フランシス・ムオンゲへの、私たちの主や私たちの聖母の三つの異なった出現のテキストを届けたいと思います。このテキストは、主として、ヨハネ・パウロ2世教皇の後に来るであろう教皇に関するものです。この教皇は結婚しており、子供を持っています。……」
1988年8月22日:「……ベルナデットは、もう一度主の出現を受けました。それは20時に始まり22時に終わりました。しかしこれは演壇においてではなく、キベホの修道女たちの修道院においてでした。親愛なるベルナデットは何度もリトル・ペブルの名前を公言しました。……」
1989年10月6日:「……さまざまな出現において、幻視者たちはあなたと一致するためのメッセージを告げられています。アルフォンジーヌ、エリザベス、ヴァレンタイン、ヨゼファ、ベルナデッタです。これらの幻視者たちを私は知っています。なぜなら私もそのことを聞いているからです。……」
1987年10月6日:「……私はまたあなたに、1987年8月15日の21時から22時における私たちの主の、キベホのベルナデッタへの出現のメッセージをお届けしたいと思います。これはフランス語に翻訳されました。初めの5分ないし10分間はテープに録音されていません。最初の何分かにおいて、彼女は私たちの主から、あなたと連絡を取り、あなたに手紙を書くようにとの指示を受けました。……」
1986年9月8日:「……私は今回あなたに手紙を書きます。なぜなら私はルワンダのキベホの最初の幻視者アルフォンジーヌと接触しているからです。……
 アルフォンジーヌはあなたと連絡を取るでしょう。しかしブタレの司教は彼女に貴方と連絡をとることを禁じています。しかし彼女は一つの手紙を書き、それを私に与えました。それをあなたに送るために。彼女は、手紙を書くべきか書かざるべきか知るために祈っています。そして彼女の内部に、彼女はあなたに手紙を書かなければならないというひとつの非常に大きな声を彼女は聞いています。……」

《 シルヴィア・ステファン 》
 非常に重要な幻視者、シルヴィア・コクオンゲザ・ステファンが、1987年に他の2人の若い子供たちとともに私と一致しました。司教に非常によく知られているムワンザの公の出現地アゲタは調査されました。これらの3人の若い子供たちは、「リトル・ペブル」が教皇になろうとしていることについての啓示を受け取りました。マベチーニの出現地で。以下は、聖母によって、シルヴィアに1986年に与えられたメッセージです。
聖母:「……リトル・ペブルは真実の幻視者です。そして彼は世界のすべての幻視者たちを一致させる唯一の者です。彼は将来のわが息子の教会の頭となるでしょう。
……それは、天が計画していることなのです。邪悪なものが、ここムワンザにおける私の仕事を破壊することを望んでいることを私は知っています。あなたがたは注意していなければなりません。一致していなさい。将来において、わが娘ベルナデッタはあなたのメッセージを信じるでしょう。私はリトル・ペブルを通して世界へのメッセージを送り続けるでしょう。あなたがたの罪を償うために、憐れみのチャプレットを毎日祈りなさい。」

 1991年8月25日にシルヴィアに聖母によって与えられたメッセージは以下の通りです。
聖母:「わが子よ。私はあなたに、このメッセージについてリトル・ペブルに知らせることを望みます。私はあなたに、それをできるだけ早く送ることを求めます、手遅れにならないうちに。」
シルヴィア:「非常に大きな教会が見えます。そして教会の外に、多くの涙を流して泣いておられる教皇聖下が見えます。一団の人々が、聖下に石を投げているのが見えます。いくらかの人々は辛辣に彼を罵っており、またある人々は彼を侮辱しています。今、空の中で素敵に輝いている美しい雲のほかは何も見えなくなりました。今度は、ハイウェイと小さな道が見えます。その道は人々でいっぱいです。多数の人々、何百万もの人々です。彼らは嘆いており、そして飢えています。そして彼らは戦争の準備をしているように見えます。そして今度は再び大きな教会が見えます。そして教会の中に、乙女マリアの像の前でひざまずき頭を抱えて泣いておられる教皇聖下を見ることができます。今、私はアフリカを見せられています。これはザンビアの国です。数えきれないほど多くの死体が見えます。廃虚になったダルエスサラームが見えます。それは、そこにかつて人々がいたのだということを私に悟らせました。多くの死んだ人々の頭がい骨があります。
 ダルエスサラームの聖ヨゼフ教会が見えます。多くの司祭が死んでいます。今度はローレアン・ルガンバ枢機卿が教会の外に立って非常に泣いておられるのを見ることができます。今度は私は、ケニアの首都にある聖家族教会を見ることができます。それは恐ろしい状況です。なぜなら多数の人々が教会に駆け込んできているからです。コンチネンタルホテルのそばを通っている道が見えます。そして数多くの死体が見えます。殺された人々です。非常に恐ろしいです。ウガンダの国が見えます。廃虚となっているために、私はよくそれを識別できません。生き残るために走っている人々が見えます。今は何も見えなくなりました。私は目を開けました。ああ! 非常に恐ろしい状況です」
聖母:「わが子よ、この状況は、この世界において間もなく起こるでしょう。それは、現代において、世の人々が自らを神の上に置くことを望んでいるためです。この態度のゆえに神は今お怒りになっておられます。彼らは、彼らの神に反逆することを止め、彼らの生活を改め、完全になり、神にまみえる準備をしなければなりません」

《 フランシス・ムウォンゲ 》
 1990年、ウガンダのモアスララ教区のフランシスが私と一致しました。以下は、1990年3月に、彼に与えられた幻視です。
「私は、リトル・ペブルとともに、ローマのバチカンに行きました。そして私たちは木曜日の午後3時ごろにそこに到着しました。教皇はバチカンの中の彼の非常に美しい居室において、金曜日の午後3時に私たちと会う予定でした。私たちはその夜滞在するための一軒の家を与えられました。そして二つの別々の部屋で眠りました。次の日の朝、私たちは三人の司祭によって立てられるミサにあずかり、その後、バチカンの枢機卿たちの一人によって組織された集会に参加しました。その日ある聖人のために祝われる行事があったのですが、その聖人の名前を私は知りません。
 いくらかの時が過ぎた後、私たちは呼ばれ、教皇を待つための部屋に連れていかれました。そのすぐあとに、私たちは呼ばれ、大きな部屋に通されました。そこで私たちは、教皇が、六人の枢機卿たちとともに椅子に座って私たちを待っておられるのを見いだしました。それらの方々は、都市の南に向かって座っておられました。それからリトル・ペブルは教皇の前でひざまずきました。教皇は彼だけで祝福をなさいました。彼はそれから赤い帽子を彼にかぶせました。その帽子は、教皇がかぶっておられるものと非常によく似ていました。枢機卿の一人が、非常に大きなガウンを持ってこられ、それをリトル・ペブルにかけました。もう一人の枢機卿が金色の棒を持ってきて、それは司教の杖のように曲がったものでしたが、それを教皇に渡しました。教皇はそれからそれをリトル・ペブルに与えられました。そして教皇は、非常に美しい指環をリトル・ペブルの指にはめて、言われました。『これは、あなたを私たちの主イエズス・キリストと結び付ける愛の印です。その方をあなたは私が不在の間守るでしょう』 教皇は再び私たち皆を祝福なさり、そして彼はバチカンを離れました。私が知っているある場所へ避難していかれたのですが、その場所について私はこのメッセージの中で明らかにすることはできません。その後、リトル・ペブルと私はゲッセマネへ行きました。そこで私たちは私たちの主イエズス・キリストを見いだしました。リトル・ペブルは主の前にひざまずき、泣き始めました。なぜなら、戦争が激化していたからです。
 (反キリストによって)バチカンの中で戦争は進行していました。そして全世界を覆おうとしていました。リトル・ペブルは、私たちの主イエズス・キリストに、全世界の罪人を赦すあわれみを求めていました。私たちの主イエズスはおっしゃいました。『戦争は間もなく終わるであろう。恐れてはならない。しかし、あなたとフランシスは、私の教会のために祈らなければならない。私はこの戦争の間、あなたとともにいる。そしてこの戦争はまた、サタンの終わりとなるであろう』」

《 シスター・ウィルヘルミア・コクゴショカ 》
 1987年、タンザニアのムワンザにおいて、聖家族修道院の何人かの修道女たちがメッセージを受け始めました。彼女らは私と一致しました。その一人は、彼女の上長によって私に手紙を書くように指導されたシスター・ウィルヘルミア・コクゴショカです。以下は、1987年5月28日の日付の彼女の手紙です。
「私たちの上長は、あなたに手紙を書くように私に求めました! 親愛なるリトル・ペブル、私たちの聖母の愛された息子にして特別な恵みを与えられた霊魂よ。聖母をたたえて、そしてあなたへの私たちの信頼のうちに、私たちは聖母に、聖母があなたに指示なさっている通りにあなたが人類のために行っている仕事に対して私たちは感謝します。私たちの天の母の幻視者であるあなたに、あなたがなすすべてのことにおいて私たちは加わります。たとえ私たちはあなたから遠く離れていようとも。私たちは懸命に祈ります。私たちはここの13名の修道女たち、2人の志願者たちと、私たちと一緒に住んでいる幻視者リトル・アグネスです。だから私たちは皆で16人です。私たちは幼きイエズスの聖テレジアの修道女たちです。私たちはあなたに、私たちが聖シャーベルの祈りの家となることができるように、ナンバーを求めます。聖母は去年、二週間にわたって私たちとともにおられました。アグネスが聖母によって指示された通りに。私たちはあなたに詳細を求めます。あなたのこれまでの経歴、あなたの写真、そして聖シャーベルの生涯、そして彼の油を……」

《 イグナス・H・グワウ 》
 アフリカ、ムワンザの一致した祈りのグループの主宰者イグナス・H・グワウからの1987年7月24日の手紙。
「もっとも親愛なるリトル・ペブル。愛に満ちたキリスト教的な挨拶を送ります。私たちの祝された乙女マリアのビジョンを受け取っているアグネスに関する背景の報告書をあなたに送ることは大変な喜びです。修道女たちは、あなたがこのレポートを必要としているということを私に知らせてきました。そして英語版はその時まだ準備されていなかったのです。遅れをお赦しください。私は個人的に、祝された乙女マリアがアグネスに出現しておられ、今日に至るまで彼女に出現し続けておられるということを強く信じています。
 この重要な事項に関してあなたの忠告と指導を私に与えてください。私たちの幼い祈りのグループが、力、一致を獲得し、ここムワンザにおけるマリアの業への奉仕に奉献されるように祈ってください。私はまた、平和、一致、和解のために、祝された乙女マリアによってあなたに伝えられている天国のメッセージを受けとり続けることを喜んでいます。
 最終的に編集されてから、私はあなたにもうひとつのレポートとメッセージを届けるでしょう。私たちはNo.5017の聖シャーベル祈りの家を持っています。そして聖ウルバンを保護の聖人としています。現在のところ、私はムワンザの一致した祈りのグループの主宰者です。どうか私のために、そして私たちの祈りのグループのために、祈ってください。私たちの主イエズスと彼の天の母の恩寵が、常にあなたとともにありますように。……」

《 ガウデンシア・カムスワ 》
 1988年、ウガンダ出身のもう一人の幻視者が私と一致しました。ガウデンシア・カムスワ女史です。以下は、何人かの幻視者たちについて私が受け取った手紙の一部です。
「……親愛なるリトル・ペブル、私はまた次のことをあなたに知らせたいと思います。すなわち、私たちの村の中に、合計4人の幻視者がいるということです。一人は少年ロバート・カムギシャ、私自身の母サロメ・ムニェテ、フィロメナ・ケコレーレ女史、そして私自身です。3人の女性は皆適切に結婚しています。私たち4人全員は、多かれ少なかれ同様のミッションを与えられています。すなわち若い人々が貞潔を守るために祈ること、司祭たちとすべての修道者たちが彼らの誓願を守り続けるよう、とりわけ貞潔の誓願を守り続けるために祈ることを。そしてウガンダのすべての人々が、『偶像の神々』の礼拝や悪魔的なやり方の実践から離れるように祈ることです。そして酩酊をやめるように!
 私が報告できるいくつかの出来事がありますが、あなたは忙しい方で、時間は短いということを私は知っているので、どうかここで止めさせてください。私と、そして私の仲間の幻視者たちは、私たちの主イエズス・キリストと彼の聖母マリアによって求められた通りに、オーストラリアと一致することを求めます。最後に次のことを心に留めてください、しかしそれは最も軽い問題というわけでは決してありません。私たちの数多くの問題や十字架です。すなわち、1987年2月14日から現在に至るまで、教区の司祭たちは、私たちにあらゆる秘蹟を与えることを拒絶しているのです。特に聖体と告解の秘蹟を!……」

《 ヨランダ・ラファエル 》
 アフリカのタンザニアのムワンザの幻視者ヨランダは私と一致しました。以下は、1987年12月4日の、私への彼女の手紙です。
「親愛なるリトル・ペブル、聖母に愛された方、
 こんにちは! 祈りと不寝番のうちに私たちをあなたと一致させた、ケニアにおけるあなたの訪問に対して私はあなたに感謝したいと思います。このすべては、私たちに哀れな者たちが、私たち自身の目で、私たち皆を一致させるために天が置かれた人を見ることができるようにとの神の御計画でした。この手紙において、私たちは、私たちは皆あなたと一致しているということをあなたに知らせたいと思います。そして私たちと私たちの両親たちは、あなたと一致することに同意しました。天は、私たちをあなたの配慮にゆだねています。そして私たちはあなたを、地上における私たちの頭として認めます。どうか私たちを、すでにあなたと一致している幻視者たちの中に迎えいれてください。
 天からの私たちのすべてのメッセージはあなたに届けられるでしょう。そしてそれを世界に届け、あるいは届けないのはあなたのお仕事です。あなたは私たちの父です。私たちは親愛なる父であるあなたに、あなたが私たちを受け入れてくださるかどうかを知らせてくださるように求めます。そして時々、私たちが正しい道にいるかいないかを知らせてくださるように求めます。メッセージが天からのものからそうでないかを。なぜなら私たちは、天がこれらのことをあなたに知らせるであろうということを知っているからです。ナイロビにおいてあなたが私たちに約束された通り、私たちのチケットを購入するための援助者が得られれば、私たちはいつでもオーストラリアを訪問する準備ができています。私たちはまた、来年5月13日にファチマにいることを期待しています。もしあなたが私たちを助けて下さるならば。私たちはあなたのもとにあります。どうか私たちを、私たちの霊魂と肉体を受け入れ、天が私たちに歩むことを望んでおられる道に私たちを導いてください。……」

《 シスター・マリー 》
 以下は、1987年10月27日の、アフリカのタンザニア、王であるキリストのシスター・マリーからの手紙です。
「親愛なる方、聖母の『愛のリトル・ペブル』、
 神があなたに神の平安を与えてくださいますように。ケニアのナイロビであなたに会いに来た箱舟の聖母の信者たちのグループに対するあなたのあらゆる親切に対して感謝するために私は手紙を書いています。ナイロビに向かう途上で彼らはトラブルに会いましたが、彼らはとても幸せにここに来ました。彼らの幻視者たちを通して聖母は大いに彼らを慰められました。聖母は再び、彼らはナイロビに到着するであろうことを約束なさり、そしてあなたに会い、あなたと会合を持つであろうことを約束なさいました。長い間、聖母は、幻視者たちを通して彼らを準備してきました。すべての人々は、毎日あなたの安全のために、彼らの安全のために、そしてあなたから彼らが聞くであろうことの利益のために、御憐れみのチャプレットを毎日祈るように告げられていました。聖母は彼らに、この旅行は天のものであると告げられました。
 多くの人々がナイロビであなたに会うことを望んでいました。しかしあなたもご存じの通り、私たちの国は非常に貧しいのです。彼らが寄付したものは、来た人々にとって十分なだけのものでした。彼らはここに戻ってきて、あなたが彼らに告げられたことを他の人々に説明し、実行に移すために最善を尽くしています。10月29日に、出現地で、教皇大使にミサを捧げていただきました。それは、聖母がその土地に来られ、足の不自由な少女を癒されてから一周年にあたる日だったからです。その同じ場所で、彼らはナイロビへの旅行とそこからの帰還に対する感謝のためのミサを再び捧げていただきました。
 オーストラリアへ幻視者たちが行くことについて。私たちはその知らせを聞いてとても嬉しいのですが、国は非常に貧困です。私たちは一人の幻視者さえも送ることができません。どうすることができるでしょうか? そして5月13日にファチマへに行くことについては? 彼らが行くための何らかの可能性があるかどうか、私たちに知らせてください。それぞれの幻視者たちのメッセージは、あなたが求められた通り、間もなく続いて送られるでしょう。あなたはすでに、リトル・アグネスに与えられた最初のメッセージを受け取っておられるものと思います。……」
《 ローレンス・マリー・トジュンバ閣下 》
 1987年から88年にかけて、非常に聖なるウガンダのマサカ教区のローレンス・マリー・トジュンバ閣下は私に手紙を書き始められました。なぜなら彼は数多くの幻視者たちの霊的指導者だったからです。彼はミッションのために非常に懸命に働いて来られ、そして今日に至るまで私と一致し続けておられます。

《 バルト・ンゲメラ 》
 ここで私は、タンザニアのバルト・ンゲメラに感謝したいと思います。彼は1987年以来、天のミッションをプロモートし、聖シャーベル修道会のために倦むことなく働き続けてきました。そして今や彼は修道会のための共同体を設立しました。他の何人かの幻視者たちもいます。ポーリン・マイケル、インマクラータ・ジュリウス・マセコ、ガートルダ・アンデラ、ステチィーブン・ルカンビル氏です。

《 ハレヒマナ 》
 1987年、アフリカのルワンダのある幻視者が私と一致しました。ハレヒマナです。

《 チャリティ・ギツマ 》
 1986年、ナイロビの幻視者・チャリティ・ギツマ女史が私と一致しました。

《 ママ・マリー・アマランバ 》
 ナイロビのこの幻視者は1989年に私と一致しました。

《 スザンヌ・イクイ 》
 1988年、ナイロビのスザンヌ・イクイ女史は私と一致しました。

《 ローズマリー・ギタエ 》
 1986年に、ローズマリー・ギタエという名前の非常に美しい霊魂が私と一致しました。彼女は特別な恵みを与えられた霊魂であり、今も私たちとともに働いています。ジョン・ンガンガという名前の非常に信心深い人とともに。彼は、ローズマリーとともに、ケニアのマリアの働き手たちのミッションを形成し、今日に至るまで忠実で誠実であり続けています。そして私や、ケニアやアフリカ中の多くの幻視者たちが受け取っているメッセージを広め続けています。彼らは、ケニアにおける聖シャーベル修道会および聖シャーベルの祈りの家の形成のバックボーンです。

《 ジョン・ンガンガ 》
 私はここでナイロビ、ケニアのマリアのワーカーたちの委員会の勇気あるワーカーたちに感謝したいと思います。そしてとりわけ、1986年以来現在に至るまで、ローズマリー・ギタエや他の人々とともに疲れることなく私を支持し続けているジョン・ンガンガに。
《 テレサ・ムニュイ 》
 1986年、ナイロビの幻視者テレサ・ムニュイ女史が私と一致しました。

《 シスター・シンフォロサ および カジャラ 》
 1987年に、私たちの聖母のミッションは、シスター・シンフォロサおよびカジャラに支援されて、タンザニアのムワンザに広がり始めました。

《 マリー・ムトニ 》
 1985年、二人の非常に重要な幻視者が「リトル・ペブル」と一致しました。マリー・ムトニとグラディス・ワンブイです。

《 グラディス・ワンブイ 》
 両方の幻視者ともケニアのナイロビ出身です。グラディスは、メッセージに対する司教からの認可を受け、チャペルを建てました。

《 モニカ・カレメア および アウグスティン 》
 モニカ・カレメアという名の啓示を受けた小さな女の子、そして彼女の父、タンザニア出身のアウグスティンが、1987年に一致しました。

《 テオフィル 》
 1989年、アフリカ、コンゴ、ザイールのテオフィルという名の非常に良い霊魂が、彼の司教の支援とともに、箱舟の聖母のミッションを形成し始めました。

《 キルダ・キェジョ 》
 1989年、もう一人の非常に特別な幻視者キルダ・キェジョが私と一致しました。

《 ユリス・ヨアキム・ンカンダ 》
 1989年幻視者ユリス・ヨアキム・ンカンダが他の人々とともに私と一致しました。

《 エンマ・ムゴメラ 》
 1989年、タンザニアの幻視者エンマは私と一致しました。

《 ベルナデット・パスカル 》
 1988年、ムワンザの幻視者ベルナデット・パスカルが私と一致しました。

《 ヨゼフ・ベハカニラ 》
 1989年、ウガンダの特別な恵みを与えられた霊魂である指揮官ヨゼフ・ベハカニラが私と一致しました。その国が独裁者イディ・アミンを倒した時に、彼はアミンに対してウガンダ軍を指揮しました。
《 シスター・ヘレン・テレサ・キャジケ 》
 1989年、ウガンダ、マサカのシスター・ヘレン・テレサ・キャジケが私と一致しました。

《 ベネディクト・ルケヤ 》
 1989年ウガンダ、カンパラのベネディクト・ルケヤが私と一致しました。

《 セルギオ・ムソケ・キッザ 》
 ウガンダのマサカ教区のセルギオ・ムソケ・キッザは、神から癒すための賜物を数多く与えられ、天からの支持を受け取りました。1990年に私と一致しました。

《 マーガレット・ナカンダ・マスジャゲ 》
 1988年、ウガンダのもう一人の幻視者マーガレット・ナカンダ・マスジャゲが登場しました。彼女もまた多くの幻視者たちとともに私と一致しました。以下はその幻視者たちです。
 ・マリー・マグダレナ・ンジャバヒカ
 ・モエヴェリナ・ヴィクトリア・ナッカジ女史
 ・アリス・ローハー・ムテシ
 ・アンジェラ・キャマ・メリマ
 ・マリー・コンスタンシア・マサムラ

《 ヨゼフ・ムヅワイェズ・マサジャエ 》
 私はここで、イガ氏が引退した後、ウガンダのマリアのワーカーたち形成した彼の素晴らしい働きについて、ヨゼフ・ムヅワイェズ・マサジャエに感謝を表明したいと思います。彼は1996年6月に死にました。ドミニック・ムヅウォマリアが今その地位に就いています。
 1997年にウガンダのリラ出身の新しい幻視者が私と一致しました。他の幻視者が1990年に私と一致しました。ウガンダのカンパラのムシシ・バリクデンベ・オムサテです。

《 シスター・マリー・テレサ・ツグミシリゼ 》
 1988年6月に、ウガンダのカンパラのシスター・マリー・テレサ・ツグミシリゼが私と一致しました。

《 M・M・ムジバヒカ女史 》
 ウガンダのカンパラのM・M・ムジバヒカ女史が1987年に私と一致しました。



【 カナダ 】

《 テレサ・マレット 》
 以下は、カナダの幻視者テレサ・マレットに1987年5月20日に与えられたメッセージからの抜粋です。
聖母:「……私たちの息子、『リトル・ペブル』について。彼は、普遍的な教会のための私たちの頭となるでしょう。告げられてきたすべてのことは、非常に近い将来において実現するでしょう。わが『リトル・ペブル』は、地上におけるあなたがたの道となり、私は天におけるあなたがたの道となるでしょう」

《 ブラザー・ジョセフ・フランシス 》
 以下は、1985年4月21日、カナダの幻視者ブラザー・ジョセフ・フランシスに聖母によって与えられたメッセージです。
 聖母は、ブラザー・ジョセフ・フランシスに「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」として出現されました。そして「リトル・ペブル」に次のことを告げるように彼におっしゃいました。すなわち、教皇に会うための旅行は、状況のために再び遅れる、と。そして計画された通りに、ファチマとスペインに向かうように彼に指示されました。その日に、ブラザー・ジョセフ・フランシスは「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の御像を受け取りました。その御像は涙を流しました。聖母の腕に抱かれた幼子イエズスの御像も涙を流しました。1986年1月19日に、聖母が「リトル・ペブル」に告げられた通りに。
 聖母は、プラザー・フランシスに、「リトル・ペブル」に次のことを告げるようにおっしゃいました。すなわち、「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」のメダイは、より大きなものにして男性によって身につけられなければならない。一方、女性はより小さい現在の型のものを使わなければならない。聖シャーベルのスカプラリオは、男性用は茶色の紐、女性用は白色の紐をつけなくてはならない。そして「リトル・ペブル」は、「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」についての短い話と由来を書かなくてはならない。このことがなされれば、多くの人々にとって信じる助けとなるでしょう、ということを。ブラザー・ジョセフと私は、そのあと何年にもわたって非常に力強い友人であり続けました。
 1986年8月、プラザー・ジョセフ・フランシスは、私に一つのメッセージを送ってきました。私はその一部をここに掲載します。
聖母: 「多くの災害が起こるでしょう!」
プラザー・ジョセフ・フランシス: 「聖母は、オーストラリアのリトル・ペブルについて話されました。彼は今激しい迫害を受けており、非常に苦しんでいます。私たちは共に立ち上がらなければなりません。私たちは励ましあわなければなりません。リトル・ペブルは、私たちの小さな兄弟となるために私たち皆に与えられているということを私は知っています。なぜなら彼は、マリアの汚れなき御心を通して、神の意志を通して、イエズスの業を行っているからです。……聖母はおっしゃいました」
聖母: 「あなたが彼に話すときに、私が彼を愛していると彼に告げなさい! わが息子は彼をとても愛しておられます。私たちは皆彼を愛しています。そして彼の家族と彼の愛する者たちを。彼が経験してきたことを経験すること……彼を励ましなさい、わが息子よ、彼は一人ではないと。私たちが彼を私たちの心の底から愛していると」

《 ジャッキー・ヴァウター 》
 カナダのニュー・ブランシュビックの幻視者「サンフラワー」としても知られるジャッキー・ヴァウターは、何年にもわたって私と一致してきています。以下は、私に関して、天によって彼女に与えられた、いくつかの短いメッセージやビジョンです。1995年1月25日の最初のものはビジョンです。
サンフラワー: 「道の真ん中に砂漠が見えます。数多くの人々がいて、彼らは建物に向かって歩いています。建物は、ピンク色の砂岩でできていて木製のドアがついています。ドアから500フィートほどの道が伸びています。その道の両側に、非常に大きな二位の天使が立っています。人々は建物の中に入るために、天使たちの間を歩いています。ステラとアン・デ・スーザを除く、ベツレヘム共同体のすべてのメンバーが見えます。パムとハイディが見えます。何人かの幻視者たちがソーンブッシュと共に立っています。彼女も歩いています。私たちはみな建物の中に入っていきます。中に入ると私たちはチャペルの中にいます。世界中から来た何百人もの人々がいます。祭壇のところには、司祭服を着たリトル・ペブルが立っています。彼の右側には、祝された聖母が立っておられます。聖母は白い服、青い外套とピンクのマンティラをお召しで、小さなバラの冠を頭にかぶっておられます。そして手には小さな船を持っておられます。彼女の左側には、金色の縁取りを施された赤い外套を着ておられるイエズスがおられます。外套の下のチュニクは金色であるように見えます。そして頭には、とがった金の冠を被られ、さまざまな色の石がその先端につけられています。主は聖書を手にしておられます。それは聖心の上に横たえられています。それは非常によく見えます。聖母の汚れなき御心と同様に。空気は、お二人の芳香で満ちています。お二人の後ろには、巨大な大天使たちがおられます。彼らは金色の剣を持って天井を指しておられます。リトル・ペブルは、そこにいる皆がひざまずくのを待っています。主は進み出られて、皆に彼の特別な祝福をお与えになりました。それから主は戻られました。そしてリトル・ペブルが進み出て、そこにいるすべての人々に話し始めました。彼が何を言っているのか私にはわかりません。私はあまりにも遠くに座っているようです。しかし彼が何を言っているにせよ、多くの頭が同意してうなずいています。そして聖母はその最も美しいほほ笑みで皆にほほ笑みかけておられます。それから、突如として、何人かの人々が立ち上がり、通路を歩いて立ち去りました。そしてビジョンは消えました」

1995年1月29日のさらなるビジョン
サンフラワー: 「私はりんごの木の森を見ました。そして何本かの木の幹の回りには、木製の椅子が作られていました。それらの椅子のひとつに、聖ペトロが腰掛けておられました。そして彼とともに、2歳から5歳ぐらいの年齢の小さな子供たちのグループがいました。彼は彼らにある話を語っておられました。リトル・ペブルが見えます。彼は、何人かのより年長の男の子たちと一緒に走って遊んでいます。おそらく学齢でしょう。彼らはサッカーボールを森の中や周囲で蹴っています。笑い声は素晴らしくそして自由です。森の中心に、私たちの主イエズスが見えます。そして主はカップルたちの小さなグループに話しておられます。ジョーンズ、ドゥガン、ゴディン、ヴィエンナウス、ドン、そして私自身が見えます。それぞれのカップルが主に近づく時に、主は各人にひざまずくようにおっしゃいます。主は、白のシースルーのベールを彼らの頭上にかけられ、各人に祝福をお与えになります。そして各人が行くために立ちあがるときに、彼らはまた聖母によって接吻を与えられます。
 それから時刻は早朝になりました。そして主と聖母が見えます。お二人とも美しい服を着ておられ、頭に金色の冠をかぶっておられます。手の中に主は金のしゃくを持っておられます。今ここには多くの人々がいます。辺り一面が覆い尽くされています。何人かの司祭たちがいます。ソーンブッシュがいます。彼女は彼女の青色の修道服を着ています。彼女は立っており、そして彼女の横にはマリア・マグダレナがおられます。私が見ていると、主はリトル・ペブルに合図なさり、そして彼は主の元へ進み出ました。そして主はリトル・ペブルの肩の上に右手を置かれ、そしてリトル・ペブルはひざまずきました。リトル・ペブルは、彼の服装のためにヨハネ・パウロ2世のように見えました。彼はイエズスとマリアの前にひざまずいています。そして皆がひざまずきました。それは荘厳な瞬間ですが、また同時に喜ばしい一時でもあります。私はそれを感じることができます。
 私たちの主は、リトル・ペブルにひとつの祈りを唱えました。主は、手を伸ばして彼自身の美しい赤い色のローブを取られ、それをリトル・ペブルの肩にかけられました。聖母は、金色のネックレスをかけられ、彼の両ほほに接吻なさいました。そしてビジョンは消えました。あなたにとって何と素晴らしいことでしょう、リトル・ペブル?」

 1995年2月14日、夕べの祈りの間に、「サンフラワー」は、天からの以下のビジョンを受け取りました。
サンフラワー: 「空に大きな白い十字架が見えます。聖ミカエルが金色の鎧と胸当てを着ておられるのが見えます。そして手には金色の盾を持っておられます。私が見ていると、十字架の回りに輪が現れました。さまざまな角度で。そしてそれぞれの輪が現れるにつれて、それは発火し、そして炎はあらゆる方向へと噴き出しました。それから地上にリトル・ペブルが見えます。聖ミカエルは噴き出してくる炎を避けるために楯を用いておられます。それから炎はより速く吹きだしてきました。そして聖ミカエルは地上に降りて来られて、リトル・ペブルを炎から守るために、盾をドームのように差し出しました。あらゆるところが燃えています。そしてビジョンは消えました」

 1995年11月8日、聖母は「サンフラワー」を通して、私のための以下のメッセージをお与えになりました。
聖母: 「……傷はあなたの苦しみを増し加えています。なぜなら今は、我が甘美なる『道具たち』の数人に対して、多くのことが求められているからです。彼らは、彼らの心と霊魂のすべてを持って、霊魂たちの救いのための愛とともに苦しむことを受け入れてきました。バチカンの中には多くの混乱があります。そしてわが愛する巡礼の教皇(ヨハネ・パウロ2世)はこのことのために非常に苦しんでいます。そして教会の聖職者たちの中における不従順のために。私のバラ、『ソーンブッシュ』と、あなた、私の小さな『白い岩』は、同じ迫害の十字架の上で、わが愛する巡礼の教皇を支援しています。わが神なる息子の受難からあなたが受けている傷のすべては次第に目に見えるようになるでしょう。最初に、光の白い十字架が現れるでしょう。そしてそれは各月の最初の金曜日ににじみ出るであろう香りを持った油とともに、目に見えるようになるでしょう。傷の痛みは次第に増え続けるでしょう。四旬節の時期の間、このことはさらに増すでしょう。そして聖金曜日には、イバラの冠はさらにはっきりと目に見えるようになるでしょう。そして他の傷も。傷はまだ目に見えるように開いてはいませんが、それはあなたがたが、この時期において求められているすべてのことを成し遂げることができるためにです。栄光ある復活の祭日には傷は目に見えるようになるでしょう」

 1995年12月25日、クリスマスの日、朝のミサの間に、「サンフラワー」は、天から次のビジョンと、永遠の御父からの短いメッセージを受け取りました。
サンフラワー: 「リトル・ペブルが見えます。そして彼は小さなチャペルでひざまずいています。彼は泣いています。そして彼の心は非常に重いです。彼の回りに、聖ヨゼフ、聖ペトロ、洗者聖ヨハネがおられるのが見えます。そしてモーゼもおられます。彼らは皆ひざまずいておられ、祈りのうちに動いておられます。白い霧の中から永遠の御父が進み出られました。御父はすべて白のお召し物です。御父はリトル・ペブルを持ち上げて抱擁されました。御父は彼を非常に優しくその聖心の内に抱擁されました。御父は彼に息を吹きかけられ、心配と失望が彼の体を去ったことを私は本当に目にしました。永遠の御父は、リトル・ペブルに次のように話しかけられました」
永遠の御父: 「あなたは今、静かな落ち着きと平和の賜物を受けた」
サンフラワー: 「彼は天によって大変愛されており、すべてがうまくいくように彼は前進するでしょう。そしてそれは消えました。」


《 ヴィンセンジナ 》
 1986年から1987年に、私はカナダのトロントに住んでいるイタリア人神秘家と会いました。彼女は、ヴィンセンジナという名前の聖痕を受けた人でした。彼女は毎週祈りのグループを行っていました。彼女に対して、私が次の教皇になるであろうということが啓示されました。それで私はある日、私の非常に良い友人とともに彼女を訪問しました。デビッド・オットマンです。彼は聖母と私のために何年にもわたって働いてきており、今もなおそうしています。私は彼にとても感謝しています。私が部屋に入ると、ヴィンセンジナは、脱魂のうちに十字架の形の姿勢で床に倒れました。そして永遠の御父が私におっしゃいました。
永遠の御父:「私はあなたを歓迎する、私が非常に喜んでいる我が愛する息子よ、なぜならあなたはわが神なる息子イエズスを大変慰めてきたからだ」
 ヴィンセンジナの腕の一方が十字架の形をやめて私を抱擁しました。数年後、この幻視者は、私に反対するようになりました。なぜなら彼女は、教皇ヨハネ・パウロ2世は神の御言葉を成し遂げていない、ピオ十二世だけがそうしたと感じたからです。

《 証言 : ナンシー・ノートン、トロント、カナダ 》
「1986年10月13日に、私は、オーストラリア、ナウラの出現地で償いの日の祈りのために出席していた21人のカナダ人の1人です。リトル・ペブル、その御出現の幻視者は、カナダの幻視者ブラザー・ジョセフ・フランシス、そして二人の神秘家、シドニーのテレサ・カラルコ、フロリダの『巡礼の霊魂』とともに、巡礼者たちの群衆の最前列にいました。皆はロザリオを祈っていました。3時ごろ、太陽光の輝く何時間かの後に、大気がいくらか暗くなったことに私は気づきました。そして私は空全体を見上げました。それは先ほどまでは明るい青だったのですが、灰色にかすんだ状態に変わっていました。この変化は太陽に何か関係があるのかどうか見ようとしたその時、誰かが叫びました。『太陽を見ろ!』 太陽は、外側の非常に細い輝く縁を除いて、大きな白いホスチアによって覆われたかのように見えました。突然、太陽は鼓動するように見えました。さまざまな色の光を放ちながら。それらは虹の色でした。何回かそれは非常に速いスピードで左へそして右へ回転しました。その前に輝く十字架が現れた数秒間を除いて、私は太陽を楽に見ていることができました。十字架の大きさは太陽の直径の3倍ほどです。十字架の輝きは私の目をくらませました。一度、私が太陽から目をそらして聖堂の方向を見たとき、私は空に巨大な黄色の光の輪を見ました。聖堂の上方の前と左と右にです。しばらく後で、リトル・ペブルはロザリオを続けました。それから彼は聖母のビジョンを受けました。そしてメッセージを受けて、彼はそれを私たちのために繰り返しました。
 ブラザー・ジョセフ・フランシスとテレサもビジョンを見ました。そしてテレサはイタリア語で与えられたメッセージを繰り返しました。この間、私は祈りとメッセージに集中しようとして聖堂に向いていました。しかし叫びが絶えず聞こえました。涙を流すカナダの聖母像の戴冠式の間、祈りと聖歌が続けられました。それから私たちは曲がりくねった道を登りながら、十字架の道行きのロザリオを祈りました。第十二連のころ、再び祈りは止まりました。興奮とともに声が大きくなったからです。太陽が再び鼓動して、さまざまな色を放ち、回転していました。道行が終わった後、巡礼者たちのほとんどは、待っているバスのもとへ帰っていきました。同行者と私がゆっくりと丘を下っているときに、私は太陽を見つめ続けました。時々立ち止まりながら、動きと色に見とれながら。そして、それが非常に明るいように見えるのに、私の目には何の不快感もなくそれを見続けていられるという事実に驚愕しました。それから私たちは聖堂の場所にたどり着きました。司教が祭壇でミサを奉げる準備をしていました。彼を手伝っている司祭の二人とも、金色の輝きに浸っているように見えました。私はミサの間太陽を見ませんでした。それが終わったとき、ミサの途中で太陽の中に何人かの子供たちと大人が聖シャーベルの顔を見たということを聞きました。一週間後、最後に私たちが聖堂の場所を離れたとき、私たちは再び太陽の奇跡を目撃しました。バスが門を出るときに、誰かが叫びました。『見て、太陽が鼓動して回転している』 このときは、太陽が回転する強烈なスピードが特に私を魅了しました。
 私は次のことを付け加えたいと思います。10月12日、私たちが聖堂の土地で祈っている間、私たちは最初の超自然的な印を目撃しました。太陽が青い空の中で明るく輝いている間に、穏やかな雨が約5分間の間降り続き、そして始まった時と同様に突然止みました。雨は、私たちの祈りの間に私たちに降ってきた恩寵を象徴していたのだと私は感じました。……」


【 ポーランド 】

 1990年7月13日、ポーランドの隠れた幻視者に聖母が与えられたメッセージ。
聖母:「わが息子リトル・ペブルに反対する幻視者、特に、彼らの公のメッセージを通して反対する幻視者は誰であろうと、天の源泉からこれらの指示を受け取っているのではありません。なぜなら彼は、幻視者たちを指導し、彼ら自身の経験の理解と光を与えるために選ばれたからです。彼は現在のための光であり、闇のうちに輝くでしょう。なぜなら彼は、わが神なる息子からの光を反映するからです。……」

《 スタニスラフ・スリペク 》
 ポーランドの幻視者スタニスラフ・スリペクに、1987年10月9日に聖母によって与えられたメッセージの抜粋。
聖母: 「あなたの司教のために祈りなさい。あなたの司祭たちのために祈りなさい。修道者たちのために祈りなさい。彼らが、間もなく起こるであろうイエズス・キリストの再臨を信じるように。……あなたはニエポカラノフでの『リトル・ペブル』の会合に出席していました。将来あなたは彼に会うでしょう。……」

《 ベゼナ 》
 以下は、ポーランドの幻視者ベゼナに、1987年11月10日に与えられたメッセージです。
主: 「わが母は、すでに長い間、数年間にわたって、ポーランドに来ておられる。オラワだけではなく、個人の家にも。しかしながら、これらの出現は、他のいかなるものよりも大いなるものであるとか、小さなものであるとかいうことはない。それらはみな、神とわが母からのものである。私はこれらの家について話している。そのいくつかは、すでにリトル・ペブルによって承認された。なぜならそれらは、それら自身へのメッセージではなくあなた方皆へのメッセージを持っているからだ。信仰においてあなたがたを強めるため、あなたがたの霊魂の聖化のため、私、あなたの神そして天国におられる私の母との一致へとあなたがたを導くために。私たちはあなたがたをとても愛している。私たちがこの地上にかくも多く訪れているのはそのためである。これまで決してなかったほどに。なぜなら、かくも多くの罪はこれまでに存在しなかったからである。そして今ほど神が侮辱され忘れられているときはこれまでなかったからである。
 あなたがたのポーランドの国において、我が母は、彼女を助けるための彼女の子供たちの多くのグループを選び指名してきた。これらはドマンスキー、ビエルナーキ、スゼキン出身の者、ヤニナ・チミエラコワ、スリペク、ベゼナ、そしてわが若い息子ジャックである。そして私は間もなくより多くの者たちをあなたに明かすだろう。ただ彼らのために非常に多く祈りなさい。なぜなら彼らは、天からの真実の出現を受けているからである。彼らは、神の言葉を聞き、その声に従っている我が愛する子供たちである。彼らの何人かはあなたがたのために大変泣いている。聖職者たち、あなたがたの国、全世界のために。私に耳を傾けるあなたがた皆は戻ってきなさい。立ち返り、そして一つの家族のように愛のうちに生きなさい。お互いを尊重しなさい。
 我が愛する娘よ、このことをさらに告げなさい。神の言葉を恐れてはならない。なぜなら神はあなたがたとともにいるからである。私はあなたを祝福する、わが娘よ、そしてわが言葉とわが母の言葉を広めるために地上で働くために、霊魂たちを救うのを助けるために、失われた道から彼らを立ち戻らせるために天によって選ばれたあなたの国のすべての者たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によって、アーメン。私は私がたいへん愛している地球の隅々を祝福する。父と子と聖霊との御名によって、アーメン。私は、川、湖、世界中のすべての水を祝福する。父と子と聖霊との御名によって、アーメン。
 私は地球全体のすべての幻視者たちを祝福する、とりわけ、わが最も親愛なる息子『リトル・ペブル』を。私は彼に教会の鍵を与えた。彼はわが聖なる教会を導いている。なぜなら私はどこでも彼とともにおり、彼は私とともにいるからである。日々の終わりに至るまで。彼は地上の教会を清め、それを守るだろう。彼の手のうちに私は教会の権威を置いた。私は今日の聖職者たちによって失われてしまった、この大いなる恩寵を彼に与えた。『リトル・ペブル』と呼ばれる単純な小さな男によって、私はわが子供たちの心の中で統治し、そしてあなたがたのもとにくるだろう。わが子供たちよ、そして私はあなたがたと共に喜び、父なる神に歌うだろう。『ホザンナ、いと高きものにホザンナ。そして地上においては善意の人に平和あれ。アーメン』
 わが子供たちよ、恐れてはならない。ポーランド全土と世界に対して、私があなたがたのただ中にいるということを告げ知らせよ。なぜなら、私は次のように言わなかっただろうか。『私を愛する者はだれでも、私と私の父は彼のもとに来る』と。あなたがたが私を愛しているならば、私はあなたがたのもとに来ているのだ、わが娘よ。私はわが『リトル・ペブル』を個人的に祝福する。そして彼らの心において彼と一致しているすべての者たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によって、アーメン」

《 カジミエルズ・ドマンスキ 》
 1986年4月6日、私たちの主によってポーランドの幻視者カジミエルズ・ドマンスキに与えられたメッセージの抜粋。
私たちの主: 「私は特別な祝福を世界中のすべての幻視者たちに与える。とりわけ、シスター・カタルズニャ・ジュモンに、そしてあなたとビエルナーキに、シチェチンの何人かの人々に、そしてオーストラリアの『リトル・ペブル』に、そしてすべての人類に。神なる父と神なる子と神なる聖霊の名によって」(これらの人々は、ポーランドの主要な幻視者たちです。ビエルナーキは教皇によって支持されています。ジュモンは非常に有名です)

1986年7月16日のメッセージからの抜粋。
聖母: 「……非常に多くの量のメッセージが、オーストラリアのリトル・ペブルを通して与えられています。またカナダのジョセフ・フランシスや、ブリュッセルのアンドレを通しても。
 私はすでにあなたに思い出させました。そして私は再び思い出させます。このミッションのために、私はポーランドにおける三人の人々を選んだということを。彼らの名前はカタルズニャ・ジュモン、ウラジスラフ・ビエルナーキ、カジミエルズ・ドマンスキです。メッセージを受けている別の何人かの人々もいますが、これらのものは単に私的なメッセージです。出現からのメッセージを受け取っていると言ってきている人々は、私と私の息子からのものではありません。彼らを通して、サタンは、彼の収穫を集めることを望んでいます。サタンの罠に引きずり込まれてはなりません。なぜならサタンは人々を通して治癒する力を持つでしょうから」

《 ウラジスラフ・ビエルナーキ 》
 1985年、ポーランドの多くの司教たち、そして教皇聖下によって支持されている有名な幻視者にして預言者ウラジスラフ・ビエルナーキは私たちと一致しました。

【 チリ 】

《 ルイ神父 》
 以下は、チリの二人の幻視者たちの霊的指導者であるルイ神父からの1986年の手紙です。
「リトル・ペブル、イエズスとマリアにおける友人にして兄弟よ、
 主の平和とともに私はあなたに挨拶します。そして私は、イエズスの母、私たちの母への真摯にして大いなる愛のうちにあなたとともに喜びます。私は、チリのキルプエの、聖なるマリア、教会の母の司祭であり司牧者です。私は、ペニャブランカの丘において祝された乙女を見た謙遜な若い男性に耳を傾けて、彼を信じた最初の司祭でした。その場所は私の教区から6キロの近さにあります。幻視者はミゲル・アンゲル・ポブレテです。そしてこの前の6月12日はこれらの出来事の三周年でした。
 あなたは、これらの出現に対する司教や司祭たち一般の、頑なで粗暴な反発を想像することができるでしょう。これらの出現には、何千もの信者が集まっており、ある時には、十万人にまで上りました。そして彼らは彼らの生活を改め、告解と聖体拝領に行き、毎日聖なるロザリオを唱えるなどのことをしています。……かくも多くの反対において神が祝福されますように。しかし最後には『神の御子の受肉の汚れなき御心』(聖母が少年に与えた称号)が勝利するでしょう。
 あなたを通して祝福された聖母がオーストラリアにおいてなされた数々の驚異について私は読みました。そして私は、あなたや世界中のすべての幻視者たちと一致することを望みます。私たちの天の母の良き勧め、そして嘆願に従うために。私の小教区では、マリアのグループ『七つの星』が機能しています。それは、オーストラリアのメッセージとともにここからのメッセージを広めています。私にメッセージを、可能ならばスペイン語で送って頂けませんか。私はあなたとともに、そして聖なる教皇の傍らで、祝された乙女マリアの保護のもとにイエズスの福音の成就のうちに生きることを望んでいる世界中の多くのカトリック信者たちとともにいます。私は私のつたない祈りのうちにあなたのためにも祈っています。とりわけ聖なるミサにおいて。どうか私のために祈ってください」

 1987年、チリの非常に大きな出現地であるペニャブランカの何人かの幻視者たちが私と一致しました。マリア・C・ジュリア・アラヤとルイザです。そこでは、「リトル・ペブル」について数多くのメッセージが与えられました。またよく知られた幻視者ミゲル(アンゲル)が、そこでメッセージを受けました。およそ十万人の人々が、メッセージを目撃しました。しかし幻視者は弱くなり、もう一人の幻視者ルイザが彼の代わりとなりました。霊的指導者は、指示を求めて常に私と連絡をとっていました。


《 聖ミカエルの幻視者 》
 以下は、1986年4月28日の日付の、チリの幻視者からの手紙です。
「私たちの主イエズス・キリストは褒め称えられますように。
 私は、遠い南アメリカの国から、あなたに挨拶し、あなたへの私の敬意について告げるために手紙を書いています。また私は、あなたの驚くべきビジョンについて何らの疑いも持っていないということをあなたに告げるために。私は、わがイエズスへの信頼とともに、あなたがこの手紙を受け取り、それに返事を書いてくださるだろうと期待しています。このことを私は私の心のすべてをもって望んでいます!
 『リトル・ペブル』、私は、大天使聖ミカエルの幻視者です。聖ミカエルは私に、貴方に連絡をとり、聖シャーベルの保護のスカプラリオあるいは準秘跡を四つ私に送るよう求めることを命令されたのです。私はそれらについて読んでおり、それは私の興味を非常に惹きました。なぜなら、私たちは本当に保護を必要としている四人の人間だからであり、とりわけ私は大天使聖ミカエルの幻視者だからです。ここチリでは、私たちの祝された母は『モンテ・カルメロ』と呼ばれる森の中で私たちに出現なさいます。そして幻視者はミゲル・アンゲル・ポブレテという名前の非常に謙遜な若い男性です。彼は三年間にわたって『平和の白い婦人』という称号のもとにおける聖母のメッセージを受け取ってきています。あなたの祈りのうちに彼を保って下さるよう、私はあなたに嘆願します。
 聖ミカエルからのメッセージを受け取るようになって三年になろうとしています。それは悔い改め、秘跡の拝領、聖櫃における聖体への訪問、ロザリオの祈りです。なぜなら、私たちの主イエズス・キリストの再臨の時は非常に近いからです。救いのメッセージ、私たちは人類を救うために戦わなければなりません。要約すると、彼は私に、黙示録的なメッセージを与えてきておられ、とりわけ、愛、兄弟愛と平和を求めておられ、私たちの生活を改め、生ける水の泉であるイエズス・キリストへ接近するための数多くの忠告を与えてきておられます。聖母があなたをそうを呼んでおられる通り、『愛のリトル・ペブル』よ、どうか私にできる限り早くそれらの準秘跡を送ってください」

《 フロルシタ 》
 1987年、チリ出身の幻視者フロルシタが私たちと一致しました。彼女の霊的指導者はルイ・フェルナンデス神父でした。また同じ年に、チリのアレマナの幻視者マグダレナ・カナレスが私と一致しました。彼女もまた、ペニャブランカと呼ばれるビジョンあるいは出現地にかかわっていました。そこでは幻視者ミゲルが多くの過ちを犯しました。そして神父を含めて他の幻視者たちは、私と協力して彼を助けようとしました。

《 ミゲル・アンゲル・ポブレテ 》
 この幻視者、ミゲル・アンゲル・ポブレテは、チリにおいて強力な支持を受けています。ルイ神父はこの試練の間、彼の援助者の一人でした。しかし彼はいかなる勧告も受け入れませんでした。

《 エディット・ララ・ガチカ 》
 チリの出現地ペニャブランカのエディット・ララ・ガチカは一致しました。


【 メキシコ 】

 1987年、幻視者ルピタ・マリア・ガダルーペ・バルボサの霊的指導者であるルイ・パラル・ヴェルディゲル神父は私と一致しました。以下は、1987年5月8日に、メキシコ、ナヴァルテでマリア・ガダルーペに与えられたメッセージの抜粋です。
ルピタ: 「『リトル・ペブル』はあなたをどれほど愛しているのですか?」
イエズス: 「彼は、際限のない愛で私を愛している。それは人間の到達しうる最高の聖性、すなわち天国のみに見いだされる喜びと幸福へと導く。わが子よ、『リトル・ペブル』は、私が彼に求めるあらゆることにおいて私を喜ばせている。そしてわが最も聖なる母は彼に非常に満足しておられる。天の御父は非常に喜んでおられる。なぜなら彼は忠実な僕であり、良い息子だからである。しかしながら、父なる神は時として彼に厳しく接しなければならない。このようにして、彼はより責任を持つことを学ぶようになり、彼の人間としての聖性はさらに増していくからである。
 彼は、私の最も偉大な息子たちの一人である。そして間もなく彼はすべての我が幻視者たちを集めるであろう。既に書かれている通りに。彼と一致した彼らすべては、私の保護のもとにおかれ、間違ったことは何も彼らには起こらないだろう。しかし、彼と離れたままでいることを望むすべての者たちは、私に敵対し、サタンによって支配されるであろう。にもかかわらず、もし彼らが悔い改めるならば、私は彼らを赦そう。……わが最も愛する息子(リトル・ペブル)はいつの日か、殉教者となるであろう。彼の非常に厳しい殉教にもかかわらず彼は死なないであろう。
 わが子供たちよ、私はあなたがた皆に、わが小さな息子『リトル・ペブル』がそうしているように私をを愛することを望む」

ルピタ:(1987年4月15日水曜日)「リトル・ペブルとは誰ですか?」
私たちの主: 「わが子よ。『リトル・ペブル』とは『人間としてたてられたもの』である。しかしまた同時にそれは神的なものである。そして神への愛によって創造されたものである。彼は、私たちが彼に求めるあらゆることを成し遂げている。彼の基盤は − そしてそれは彼を聖性へと導くものであるが − 祈りである!」

《 エリザベス・デュボン・デ・カスティヨ 》
 以下は、1987年10月22日の、メキシコの幻視者エリザベス・デュボン・デ・カスティヨからヴェロニカへの手紙からの抜粋です。
「私は主婦です。イエズスと一致してから少しの時間がたちました。私への対話は素晴らしいものでした。イエズスは多くのことを私に啓示されました。私は彼の大いなる愛について理解していませんでした。それは私を、彼そして彼の教えとの恋に陥らせました。彼らは、私の心の中に話しかけられます。彼が顕示されておられる時や、隠れておられる時にも、私が家にいるときや通りにいるときにも。私への対話の前に、私は世界中からいくつかのメッセージを受け取っていました。これらのメッセージは、最も聖なる神の母が言われたことや、神の国の知らせ、とりわけ『リトル・ペブル』とかかわりを持っていました。私は、オーストラリアで与えられたメッセージを本当に信じました。なぜならまず私は私の回りを見たからです。私は世界を見ました。私は現在の教会を見ました。ごらんなさい、そしてそれがどれほど腐敗しているか、よくごらんなさい。そしてどれほど多くの汚れがそこにあることか。神が新しい教会を形成することを望んでおられることをあなたは悟らないのですか? 清く、貞潔で、謙遜で貧しい教会を。ナザレにおける主の家がそうであったように。彼の教会のうちに調和を打ち立てることを主は望んでおられるということをあなたは理解しないのですか?
 神は、最初の小さな石、教会を立てるための基礎をおかれました。隅の親石はイエズスです。オーストラリアの幻視者に信頼しなさい。彼は、反キリストが支配する混乱の日々と闇の中で導くでしょう。同じ愛と信仰のうちに、悪魔との戦いにおける同じ旗のもとに、私たちは一致しなければならないということをあなたは理解しないのですか? あなたは、イエズスとマリアの愛が世に打ち勝つことを望まないのですか? あなたは我が甘美なる、愛すべき優しい神の母、私たちの母を愛さないのですか。あなたは、天の父の全世界へのあわれみを見ないのですか? 神は、悪魔を終わらせ、彼の子供たちを救うための計画と戦略をお持ちです。神が彼の神なる息子を、世界を救うために送られたことは無駄ではありませんでした。イエズスは、彼の選ばれた子供たちすべてが準備され強められるように、彼らを一致させておられます。彼らは、私たちに、彼の贖いを運ぶように私たちに教え教育しておられます。
 ヴェロニカ、私の仲間、私は心からあなたを尊敬していますが、あなたは神の計画を受け入れないことで私を悲しませます! 神は、あなたを通して、大きな業と不思議をなすことを望んでおられるのです。神は、彼の新しい教会を一致させるために世界中のすべての幻視者たちを一致させることを望んでおられるのです。私たちはその石なのです。なぜなら私たちは聖霊の神殿だからです。聖霊によって私たちは選ばれるための賜物を持つのです。そして、ヴェロニカ、あなたは、新しい教会を完成させるために欠けている唯一の石なのです。霊的で、欠点がなく、貞潔で、清く、汚れのない教会を。ヴェロニカ、あなたは、夜明けのように素晴らしい価値のある賜物を持っています。なんとすばらしい業をイエズスとマリアはあなたを通してなしてこられたことでしょうか! それらのゆえに私は神をたたえます。しかし私は、あなたの不信と無理解を理解できません。それはあなたの反抗的性質なのでしょうか? 見なさい! 小さく、取るに足りないものになることはより高貴なことなのです。なぜならそれは謙遜を高めるからです。謙遜は聖性へと向けて私たちを高めます。それゆえ私たちは神を大いに讃えるのです。なぜなら神は小さな者たちから信頼され、悔い改めた者たちから神は自らを差し出されるからです。罪人である私にも。
 ヴェロニカ、私はあなたに私たちと一致してほしいと思います。最初の『石』と一致して下さい、それはオーストラリアの幻視者なのです。イエズスとマリアの勝利に一致しなさい! イエズスとマリアのみ心の贖いの業に満ち溢れるために。あなたはこの素晴らしい計画に参加したいとは思わないのですか? イエズスとマリアはあなたに信頼しておられます。それゆえ、あなたと他の兄弟姉妹たちを通して、この素晴らしい業にかかわる私たちのすべてを信頼しておられます。このために、私たちは、神のお望みを実現するために準備されてきたのです。
 ヴェロニカ、聖なる神の母はどれほどあなたを愛しておられることでしょう。彼女はあなたのために大変泣いておられます。あなたのために彼女が苦しんでおられるのを見てつらくはないのですか? 私は彼女を苦しませたくありません、あなたのために彼女を苦しませることを望みません。私は、あなたに、あなたの兄弟『リトル・ペブル』と一致し、私たちの聖なる母の母性的な心に立ち戻り、彼女のあわれみ深い心の優しさに信頼することを熱心に望みます。あなたがそうするならば、私たちは喜ぶでしょう。そしてあなたのうちには、これまであなたが持つことのなかったものがあるでしょう。全体的な幸福、すなわち愛が」

《 マリア・デル・カルメン・モラ 》
 1991年、メキシコシティーのこの幻視者は私と一致しました。以下は、私自身に関して、父なる神によってカルメンに与えられたメッセージです。
父なる神: 「私、神は、彼『リトル・ペブル』に呼びかける。なぜなら彼は、それによって私が新しい教会を建て直すであろう『石』であるからだ。そしてこの新しい教会のうちには、愛である彼らの神に対して忠実で、謙遜で、従順な者たちがいるであろう。
 わが子カルメンは彼女の使命を果たさなければならない。それは、司祭たちの回心のために殉教の苦しみを味わうことである。彼女は祈らなければならない。断食し、『このグループ』に参加しなければならない。彼らをも助けるために。そして彼らが続けることができるように。私は彼女が一人で働き続けることを望まない。私の望みは、彼女が我が愛のうちに協力して働くためにグループと一致することである。
 わが子エンリケよ。あなたはどこでこの『司祭』(リトル・ペブル)を見つけることができるかを彼女に告げなければならない。彼女がこれらの幻視者たちや預言者たちとともに協力することができるように。そして彼らのすべてが協力し、彼らの仕事と肉体と霊魂の奉献が、霊魂たちの救いのために働くように。私は彼女に私のために働くことを望む。私はこれまでのように彼女を指導し続けるだろう。私は、私自身、そしてわが親愛なる息子イエズスによって選ばれたこのグループの中で働くことを彼女に望む。『一致した』グループは、共同体に多くの良いものをもたらす」
マリア・デル・カルメン: 「『リトル・ペブル』、私はボイス・ボックスとしてあなたと一致することを望みます。……」

《 マリア・シエラ・フランコ 》
 1991年、私はメキシコ出身の二人の幻視者たちに会いました。エウゲニア・パドロンとマリア・シエラ・フランコです。彼はカナダ(セントジョーンズ)で私に会いに来ました。これらの幻視者たちは、メキシコにおける新しい会合を彼らが形成するのを助けるために、私に助けを求めるように永遠の御父によって派遣されてきました。このことを私はなしました。私は彼らになすべきことを指示しました。彼らの名前はマリア・シエラ・フランコ、マリア・エウゲニア・パドロンです。私は彼らに1989年の初期に会いました。

《 エンリケ・カルデロン・トレヨ 》
 1986年にエンリケ・カルデロン・トレヨは私と一致しましたが、私の神秘的結婚のために1991年に離反しました。

《 ヴェロニカ・デュボン・デ・カスティヨ 》
 メキシコ出身のヴェロニカおよびエリザベス・デュボン・デ・カスティヨも私と一致しましたが、彼らもまた神秘的結婚のために1991年に離反しました。

《 ダイアナ・マリア・カストロ 》
 メキシコ、ラ・リベラの幻視者ダイアナ・マリア・カストロは1989年に一致しました。

《 シスター・マリア・デ・ラ・クルツ 》
 メキシコの幻視者シスター・マリア・デ・ラ・クルツは1987年に私と一致しました。

《 グアダルーペの牧者たち 》
 そして1990年、メキシコの「グアダルーペの牧者たち」と呼ばれる三人の幻視者たち、ベティおよびマベリス・アンナ・マリア、エンリケが私と一致しました。

【 日本 】

《 □□ 》
 □□は、私たちの主要なプロモーターの一人であり、箱舟の聖母のミッションに非常に忠実でありつづけてきています。彼は、日本における聖シャーベル修道会の形成にかかわっています。彼は英語の教師であり、メッセージを翻訳しています。彼はまた、幻視者たちと私の意志疎通を助けています。

《 □□ 》
 私は日本の聖母のミッションの、忠実で無私のワーカーたちに大いなる感謝を負っています。彼らの一人である、□□は、何年間にもわたって、メッセージの翻訳を支援してきました。彼女と彼女の夫ヨゼフは、ゲッセマネ共同体でしばらく過ごしました。□□は私たちのオフィスと常に連絡をとっており、□□とヨゼフの両者とも、ミッションや私個人にとって必要な支援を、非常に寛大に提供してきてくださっています。

《 □□ 》
 もう一人のプロモーターである□□は、忠実で信仰深い支持者であり続けています。彼女は、修道会が繁栄するのを援助することにおける力の塔であり続けてきました。そして母院を支援することにおいて非常に寛大でした。私は私たちの天の母に献身した、これらの気高い霊魂たちに感謝します。

《 シスター・アグネス 》
 秋田と呼ばれる出現地は日本の教会によって認可されました。その幻視者であるシスター・アグネスは、シスターたちを通してリトル・ペブルと連絡をとり、「リトル・ペブル」との一致を確認しました。しかしそのことを語ることを司教によって禁じられました。なぜなら日本の司教は「リトル・ペブル」に激しく反対したからです。


【 フィリピン 】

 以下は、1987年10月26日の、フィリピンの幻視者コンチータ・M・ノブレザからの手紙です。
「親愛なる『リトル・ペブル』、
 私には西ドイツで働いている姉妹がいます。そして彼女が私にあなたとあなたのミッションについて多くの事を知らせてきました。私は、現在そして未来における、私たちの主イエズスと私たちの祝された御母の望みを理解しました。すなわち、私たちの共同体の祈りのグループの幻視者として、私はあなたと一致するということです。そうです、私はお二人の望みに同意します。私は、私自身と私の祈りのグループをあなたと一致させることを望みます。私は何らかの仕方で教会に奉仕することができることをうれしく思います。あなたは間もなくその将来の牧者となるでしょう。私たちの主と彼の最も聖なる御母があなたに語りかけておられるということを知って私はうれしく思います。お二人は何度も私にも出現なさってこられました。必要が生じたときにはいつでも。すなわち、誰かが祈り、助けを必要としている時に、あるいは私が深い祈りのうちにあり、あるいは聖なるミサにあずかっているときにビジョンは訪れます。私は、私たちの主と祝された御母に、私が受けた賜物について大変感謝しています。それによって、多くの人々は彼らの困難において助けられました。また他の人々は、祈りと秘跡を通して神により近づきました。聖霊の賜物は、キリストの体を築きあげることにおいて大いなる手段です。イエズスと汚れなきマリアにおいて、あらゆる誉れと称賛が御父にありますように。あなたからの便りを期待しつつ、祈りと犠牲のうちに私は一致し続けます。……」

 やはり私と一致した多くの幻視者たちがフィリピンにはいます。1987年におけるフィリピンへの私の旅行は非常に重要なものでした。その年に、マルコス大統領が倒されるという啓示が起こったからです。フィリピンへの私の滞在中に、私は何回かの秘密の会合に参加しました。アメリカの将軍は私に聖母からのアドバイスを求めさえしました。それを私は彼に伝えました。また、新しい大統領であるアキノ女史との私の会合も計画されましたが、諸般の事情のためにそれは実現しませんでした。しかし私がお会いした彼女の母を通して、私は新しい議会に対する聖母の指示を伝えました。

《 ヴィンセント・マネジャー 》
 私は、このミッションの宣伝についてイロイロ・シティーのヴィンセントに感謝したいと思います。この素敵な街への私の訪問の間、私は市長の招待を受けて彼と会いました。彼は、議会選挙に出馬すべきかどうかについて聖母からのアドバイスを私に求めました。なぜなら彼はそうするように勧められていたからです。聖母は、彼が指名されるならば彼は負けるでしょうとおっしゃって、「否」とおっしゃいました。聖母は、彼にその町にとどまることをお望みであったのです。彼はそのためにたくさんの良いことをなすことができました。そうです、聖母がおっしゃったとおりに、それは起こりました。私は、イロイロおよびマニラの町の多くの主要なメンバーたちに会うために招待されました。

《 エルヴィラ・C・ヤップ 》
 1990年、「真のぶどうの修道院」と呼ばれるフィリピンの共同体の幻視者エルヴィラが、他の二人の幻視者たちとともに、神によって私たちと一致するように求められ、彼らの共同体を聖シャーベル修道会の下にもたらしました。


【 ベルギー 】

《 アンドレ 》
 1986年、私はブリュッセルのベルギーの有名な幻視者アンドレに会いました。彼は私に、私が黙示録の「石」であることをイエズスが彼に告げたと言いました。1989年まで彼は私と一致していました。それから彼は離反しました。なぜなら彼は、すべての宗教との共同体を形成することを望んだからです。私は否と言いました。なぜならカトリック教会が唯一の真の宗教だからです。そして1990年に、彼はミュンヘンにおいて私と再び一致しました。しかし1991年に神秘的結婚が起こったときに彼は再び離反しました。私は彼に警告しましたが、彼は何の注意も払いませんでした。最近になって、彼は彼の支持者を失い、彼の共同体は崩壊しました。彼は百万ドルを盗んだという偽証によって刑務所に入れられました。この前に、彼は彼の妻や子供たちと別れました。
 以下は、1987年1月29日、私とともにローマにいる間にアンドレに与えられたメッセージです。
私たちの主: 「勝利の日は近い。私はあなたを準備するために来ている。間もなく私はあなたとともにいるだろう。わが平和の王国は非常に近い。あなたがそれに触れることができるほどに近い。あなたの後ろでドアが閉められる時、教会の中でカタストロフィー(大惨事)が起こるだろう。わが『忠実な騎士たち』は、わが神的なる心と最も聖なる乙女マリア、我が母とともに、平和を確立することにかかわるだろう。祈れ、わが子供たちよ、私はあなたがたの非常に近くにいる。私はあなたがたを愛している。私はあなたがたを愛している。私はあなたがたを愛している。私の旗印のもとに、最も聖なる乙女マリアがあなたがたの心のうちにあなたがたを慰めるように。私はナザレのイエズスである。乙女マリアの息子である。そして私はあなたがたの間に来る」

《 マルゲリータ……「小さな霊魂たちの軍勢」》
 1984年、「小さな霊魂たち」として知られる「小さな霊魂たちの軍勢」のマルゲリータという名前のベルギーの非常に有名な幻視者が、イエズスを通して私のミッションを知っており、しかし個人的に私と一致しているということがイエズス様から私に明かされました。なぜなら彼女は、彼女の霊的指導者とブリュッセルの大司教による強い拘束の下にあったからです。以下は、1985年4月8日の日付の手紙です。
「親愛なる『リトル・ペブル』、
 私は3月8日のあなたの手紙を大いなる喜びとともに受け取りました。それに添付されたリーフレットとともに。私は翻訳を求めました。なぜなら私はあなたの言語を理解できないからです。神の子供たちの心はすべてを理解していますが、人が感じていることを言葉で表現することは常にたやすいとは限りません。良き神は私に言語の賜物をお与えになってはおられません。また私は、理解することができるように翻訳者に頼まなければなりません。あなたは『小さな霊魂たちへの憐れみの愛のメッセージ』という本も受け取られました。神に感謝が捧げられますように。
 私のニュースについてあなたは私に尋ねました。私たちの主がそれを望まれたように私はあなたに答えました。『平和と苦しみ』 あなたは私に、オーストラリアにおけるあなたのミッションに関してイエズスが何か私におっしゃったかどうか尋ねましたね。この質問には、従順を破ることなしに答えることはできません。あなたと一致している十三名の特別な恵みを受けた霊魂たちの助けとともに、あなたのミッションが広まっているということに私は喜んでいます。あなたが私に書いてこられたように、あなたが私たちの愛する教皇の認可を得られることを私は本当に望んでいます。聖地において起こった奇跡や顕著な癒しについて私に教えてください。あなたとともに神に感謝をささげることができるように。今のところ私は私が受けたメッセージを明かすことはできません。上長が許可を与えたならばこのことは変わってくるでしょう。
 親愛なる『リトル・ペブル』、私は、再びあなたからの知らせを受け取ることを希望しています。そしてとりわけ、あなたがたいへん愛している天の御母の知らせを。私はあなたを、イエズスの聖心のうちにそしてマリアの汚れなき御心のうちに置きます。私のために、聖なる乙女に祈ってください。
マルゲリータ」

 マルゲリータの霊的指導者であるF.P.アンカルは1987年11月2日に以下の手紙を書きました。
「『リトル・ペブル』へ。
  1987年6月26日のあなたのニュースレターに関して。
 マルゲリータの霊的指導者は抗議します。なぜならあなたはあなたのニュースレターを支持するために彼女の名前を引用したからです。彼女があなたの手紙のいくつかに返事したことは真実だとしても、彼女はあなたが彼女の名前を用いたことに驚愕しました。あなたがあなたの司教に対するあらゆる従順の外で活動しているということを知らされるや否や、彼女はあなたのニュースレターを送ってきた人物に、もうそれをしないように求めました。一方において、あなたのメッセージを支持するためのリストは、あなたの主張のあらゆる信用性を奪っています。あなたが想像するものをあなたは信じていると彼は述べています。実際のところ、私たちの教会位階制における上長への従順が、教会における教会の活動としての承認を私たちにもたらしたのです。このことはあなたを教化すべきでしょう。将来において、あなたを覆うために彼女に言及することはもうしないでください。あらゆるところから小さな霊魂たちは私たちに警告し、あなたの行動を否認しています。私たちはあなたのために祈り続けます。あなたが、神の猿まねをする悪魔の餌食にならないように。

聖なる御心におけるあなたの真摯なる
霊的指導者F.P.アンカル 」

 以下は1987年11月11日の、霊的指導者の手紙への私の回答です。

「親愛なるF.P.アンカル、
 11月2日のあなたの手紙に関して。霊的指導者が、幻視者たちの主張を判断することを自任しているように見えます。ナウラにおける聖母の出現は、その信用性を主張するために、他の出現における幻視者たちの支持をまったく必要とはしていません。とりわけ、何人かの司教様方、そして教皇様ご自身が出現への同意を与えておられる時には。
 しかしながら、以下のこと明白に指摘しておきましょう。1990年11月2日の手紙であなたが述べたことによって、あなたは『リトル・ペブル』がうそつきであると判断しました。そして彼自身の信用性を支持するために幻視者マルゲリータとの一致を主張した人間である、と。
 第一に、マルゲリータは、三回にわたって『リトル・ペブル』に手紙を書きました。その中で彼女自身が彼との一致を断言したのです。それは聖母によって指示されたものでした。イエズスにそのことについて尋ねるよう、マルゲリータに求めることを私はあなたに提案したいと思います。
 従順に関する限り、教会法をより詳しく研究なさることがあなたにとって賢明なことでしょう。私はヨハネ・パウロ二世に従っています。聖下は私に彼自身の個人的な祝福と支持を与えてくださってきておられます。そして今年の初めに、天が私に与えられた使命を続けるようにと私におっしゃいました。私はあなたに質問します。あなたはメジュゴリエを支持しているのですか。もしそうであれば、なぜあなたは不従順なのですか。イエズスがあなたに報いてくださいますように。
リトル・ペブル 」

《 ロジェ・カーイ 》
 以下は1987年12月19日のベルギーの幻視者ロジェ・カーイからの手紙です。
「我が教会、唯一、聖、公、そして使徒継承のローマ・カトリック教会との一致とともに、イエズスとマリアにおける愛、忠実、世界中のすべての幻視者たちとの一致のうちに。
 私が何者であるかを以下に手短に述べます。ロジェ・カーイ、ブランシュ・フォンテーヌ通り93番地、プチ・テール、ヴィールサルムに住んでいます。私の名前は『小さな砂粒』です。私の霊魂の中には、大いなる火が燃えています。それはイエズスとマリアへの愛です。私の霊魂のうちに、美しく愛に満ちた声が聞こえます。私の霊魂のうちには信仰と祈りと愛があります。洗礼を受けたとき、私は驚くべき賜物を受け取りました。私が、イエズスとマリアの御名によって、愛によって手をおくと、多くの癒しが起こってきました。私は、イエズスとマリアの小さな道具にすぎません。私は神の栄光について語り、愛と信頼を教えています。私の心からのすべての富は、イエズスのようにみんなに自由に分け与えられるものです。私は神の子供であり、私の心のうちにメッセージを聞いています。私はロザリオの子供です。私の力はイエズスのうちに、聖体のうちにあります。私は何度か、聖なるロザリオを祈っているときに、私にほほ笑みかけ御顔を紅潮させておられるマリアの聖なる絵を見たことがあります。ロザリオは霊魂の食物です。私は、私たちの主の子供たちへの奉仕のために私自身をつつましく犠牲にします。私は私の教会を愛しています。私はあらゆる形態におけるイエズスの鏡である私の隣人を愛しています。貧しい人、見捨てられた人、小さな人々のうちに主に出会うことは、私にとって誇りの原因です。私は、すべての祝福された聖母のメッセージを、世界のすべての幻視者たちを信じています。私は、あなたがた皆と連絡をとることができてうれしいです。とりわけあなた、私の心にとって親愛なるリトル・ペブルと。なぜならあなたはマリアの僕だからです。私は彼女の名においてあなたに挨拶しあなたを祝福します。……」

《 アンキラ 》
 1986年、私はベルギーの非常に有名な幻視者アンキラからの手紙を受け取りました。彼女は私と一致しました。しかしそのことを公表することは許されませんでした。なぜなら彼女は教会のための隠された幻視者であったからです。彼女は、教会の権威者たちの指導のもとに沈黙しているように命じられました。彼女のミッションを除いて。彼女の親友たちのうちの数人だけが、彼女が幻視者であるということを知っていました。

《 アンネ・フランソワーズ・マリオン 》
1989年、神が私と一致することを求めておられる恵みの霊魂たちからのさらなる手紙を私は受け取りました。ベルギーのアンネ・フランソワーズ・マリオンとロジェ・カーイです。彼が、教皇になるであろうということをリトル・ペブルが公表したとき、彼らはリトル・ペブルに反対するようになったということを注記しておかなければなりません。

《 ガビー・スパノーグ 》
 1989年ベルギーの恵みを受けた霊魂ガビー・スパノーグが私と一致しました。

《 ジャン・ヴァン・デル・ウルプ 》
 1990年以来、ジャン・ヴァン・デル・ウルプという名のベルギー出身の親友が私と一致しています。彼はまた特別な恵みを受けた霊魂です。彼は聖母の業を広めるために多くのことをなしてきています。


【 シンガポール 】

《 ホワイトローズ 》
 1986年から87年にかけて、クリスティーヌ・リーという名前の非常に重要なシンガポール出身の幻視者が登場してきました。彼女は、私が最後の教皇そして「リトル・アブラハム」であるということについての数多くのメッセージを受け、二人の他の恵みを受けた霊魂たち、モーゼス・チアとジュリー・リムともに私と一致しました。クリスティーヌは常に私への特別な愛を持っており、私たちは親友となりました。彼女は、私が将来の「アブラハム」となるであろうという啓示を受けた最初の幻視者たちの一人でした。そして彼女は、新しい聖なる時代の十二人のクイーンの一人として指名されました。彼女はまた、聖なる種は「リトル・ペブル」に与えられた「命の杖」であるということを、自然的な方法あるいは超自然的な方法で伝達されうるダビデの王家の種であるという啓示を受けた最初の幻視者たちの一人でもありました。
 以下は、シンガポールの幻視者「ホワイトローズ」クリスティーナ・リーに与えられた出現の抜粋です。
ホワイトローズ:(1993年9月4日)「……(原文欠落)……私たちの主の右側には教皇ヨハネ・パウロ二世がおられました。彼は教皇服を着ておられましたが、頭に荊の冠をかぶっておられました。そして私たちの主の左側には巡礼の教皇、天の、愛の『リトル・ペブル』がいました。彼もまた教皇服を着ていましたが、別の色のものでした。それは聖シャーベル修道会のものでした。そして彼も頭に茨の冠をかぶっていました。私たちの主の御頭から血がしたたり落ちていました。そして彼が何度も何度も血を流されるのは今日の教会のためであるとイエズスはおっしゃいました。教皇ヨハネ・パウロ二世の御頭からも血がしたたり落ちていました。悲しみの血、殉教の血。リトル・ペブルの頭には、聖にして母なる公教会の意向のために流されている多くの血がありました。聖母も、汚れなき御心において血を流しておられました。彼女の御心の周りには茨の冠があり、そしてやはり血を流しておられました。私たちの主の左と右にはたくさんの天使たちがいました。そして二人の聖なる代理者たちは、私たちの主の足元でお互いを抱擁しました。そして教皇ヨハネ・パウロ2世の茨の冠は小さな『岩』のそれと結び合わされました。教皇ヨハネ・パウロ2世は彼の胸にある十字架をわたしました。彼の教皇職の間に彼が身につけておられた十字架を。……」

《 モーゼス・チア 》
 以下は、1989年1月26日にシンガポールの幻視者モーゼス・チアに、ローザ・ミスティカの信心の間に与えられたメッセージの抜粋です。
私たちの主: 「……しかし最後には、汚れなき御心と至聖なる聖心は勝利するであろう。そしてあなたがたは、新しい天と新しい地を見るであろう。そして人の子が輝かしい栄光とともに下ってくるのを。忠実で真実なすべてのものたち、すべてのわが親愛なる子供たちは復活し、この大いなる平和のうちに生きるだろう。そこにはもはやいかなる苦しみも、痛みも、悲しみも、病気も、嘆きもないであろう。そこには喜び、愛、平和、私の光と愛とともに生きることのみがあるだろう。わが『リトル・ペブル』はあなたがた皆を照らすだろう。私はあなたがた皆を祝福する。父と子と聖霊の御名によって、アーメン」
《 オーガスティン・サヴェリー 》
 ここで次のことを言及しておくことは重要なことです。オーガスティン・サヴェリーは、ミッションの成長を維持するために、教会からの激しい迫害のもとで懸命に働いてきたプロモーターでした。しかし1994年4月に、テキサスの「トランペッター」アンドリュー・ウィンゲートが私から離反したときに、クリスティーヌやジュリーやモーゼスといった他の人々と同様に私から離反しました。このことは、「トランペッター」がローマ・カトリック教会を離れ正教会に加わることによって引き起こされました。クリスティーヌ、ジュリー、モーゼスは、王家に関する論争のために、私が落ちてしまったと主張するトランペッターを信じたのです。


【 ドイツ 】

《 ヘッジローズ 》
 1988年から1989年にかけて、私は「ヘッジローズ」という神秘家にして幻視者と一致しました。彼女は、私たちの主の傷を負っていました。そして第二のカタリナ・エンメリックとして知られていました。彼女の霊的指導者であるウンダーリッヒ神父は非常に聖なる司祭でした。「ヘッジローズ」は天から数多くの啓示を受け、聖母とともに、天国や、楽園や、新しい聖なる時代へとしばしば旅行しました。三回にわたって、聖母は、私のためにロザリオを作る使命を「ヘッジローズ」に与えられました。これらのロザリオは非常に貴重なものです。一つは楽園からのもの、一つは新しい聖なる時代からのもの、そしてもう一つは天国からのものであり、聖母自身によって作られたものです。非常に美しい青いロザリオです。彼女は何年間にもわたって私の非常に親しい友人となりました。以下はドイツの幻視者「ヘッジローズ」に、1993年2月3日に与えられたメッセージです。
私たちの主: 「……現在に至るまで、よき聖母の司祭たちである者を模範としなさい。彼らの大部分は、信仰の大いなる試練を通過することができなかった。なぜなら彼らは謙遜を欠いていたからである。人間が推論によって把握することができない道を、時として神は取られるということを彼らは理解できなかった。それはただ愛と子供のような信仰を要求するのである。傲慢があるところには、このことは起こり得ない。このような隠れた傲慢は、このような試練の時に表に出てくるのだ。そして羊たちを山羊たちから分離するのである。これが、『リトル・ペブル』に神秘的結婚を行うように私が求めた主要な理由のひとつである。清めの時の前においてさえも、そしてすべてが明かされる前においてさえも。彼は結婚をを遅らせることもできた。しかし、このことによってが人々がどのように分裂するかを確かめるために、私が今それを望んだのである。欺瞞と見せかけの犠牲である宗教的なグループは今や仮面を剥がされた。なぜなら彼らは彼らの真の顔を見せて降伏しなければならないからである。子供のように信頼し信じることができる者たち、彼らのみがここまでついてくることができるのだ。常にそうであるように、私の行動には理由がある。そして、この場合においても、すべてのステップは十分に考え抜かれ、そして良いものである。
『リトル・ペブル』が教皇になる時、彼は、彼ととりわけ親しく働くために何人かの人々を呼ぶだろう。忠実に彼を支持し続けた者たちを。今においてさえも。なぜなら自分自身を、信じるのものとして証明することは、霊魂の真の価値を証明するからである。……」

《「愛の花」》
 以下は、1992年1月26日に、ドイツの幻視者、「愛の花」に与えられたメッセージの抜粋です。
聖母: 「……今日から、天には一つの星が輝くでしょう。そして私はあなたにこの光の最初の光線を送ります。それはあなたの心を温め、あなたは信仰において強められるでしょう。そしてあなたはまた、あなたの外的な必要において供給を受けるでしょう。私はあなたを引きよせることを、わが汚れなき御心にあなたを入らせることを、かくして箱舟に入らせることを望んでいます。このために私は『リトル・ペブル』を、箱舟へとわが子供たちを呼ぶために指名しました。彼らが霊魂たちの救いのために、すなわちイエズスの王国のために働くように。『リトル・ペブル』は、終わりの時において、地上におけるわが息子の代理者として、新しい教会を導くように選ばれた者です。なぜなら古いものはすでに自分自身を破壊してしまったからです。『リトル・ペブル』は、大いなる仕事を引き受けています。そして多くの苦しみと十字架を。彼は、永遠の御父の御旨(みむね)に自らを従わせ、そして第二の結婚に入りました。彼は、最初の妻が逝くであろうと約束されていました。このことにはある奥義が結び付けられています。なぜなら新しい教会は、古い教会を継承しなければならないからです。何年も前にすでにそれは預言的に記録されてきました。……」
「……そして今、私がすでに述べたように、私はあなた(「愛の花」)に、東ドイツの国における『リトル・ペブル』のために道を用意する仕事をなすことを求めます。東ドイツには多くの社会主義が広まっています。それゆえ私はこれらの『偉大なる指導者たち』によって彼らの霊魂が汚されていない小さな者たちに告げるのです。これら(共産主義の)指導者たちの大部分は地獄にいます。……」

《 シスター・エリザベス 》
 1987年、私はドイツの隠された幻視者シスター・エリザベスについて、そしてもう一人の幻視者リタ・エッブスについて知りました。彼女らは私と一致しました。そして1991年に彼女らは、彼女らの家に私を招待しました。そこで私は彼女らの霊的指導者と会いました。私は数日間彼らとともに滞在しました。しかし状況を研究している時に、私は彼らに、受け取られたメッセージのいくつかは神からのものでないと告げました。私が目撃した悪魔払いの間に悪魔はうち負かされ、勝利がもたらされたので地獄のすべては閉じられたと彼らは私に説明しようとしました。このことは正確ではない、と私は彼らに告げました。それで彼女らは彼女らの霊的指導者たちとともに私に反対するようになりました。

《 レネート・ウルバン 》
 1987年、私は、レネートというプロテスタントのドイツ人女性と会いました。私は彼女を訪問しに行きました。なぜなら彼女は聖母からのメッセージを受け取っており、私からの指示を望んでいたからです。彼女もまた「リトル・ペブル」について、そしてどのように私が教会を牧するように呼ばれているかについてのメッセージを受け取り始めました。私は彼女に、カトリック教会に改宗するように指示を与えました。初めは彼女はこれらの指示を受け入れました。しかし、彼女の(ルター派の)教会に属している人々からの強い影響のために、彼女は弱くなり、真理を否認しました。このことは1989年に起こりました。

《 エルゼ・メンケ 》
 1987年以来ドイツのヘーデの御出現の幻視者エルゼ・メンケは私と連絡を取ってきました。彼女は偉大な神秘家であり、何年もの間、聖痕を帯びていました。彼女は、天使たちによって作られたろうそくと、ロザリオを私に送ってきました。

《 フランツ・クリンナー 》
 私はここで、ドイツの使徒フランツ・クリンナーに、彼の良き妻と息子とともに1985年以来天のメッセージを広め続けている彼の疲れを知らぬ働きに対して感謝したいと思います。

《 ペーター・ストッベ 》
 彼もドイツにおける私たちのプロモーターです。彼は倦むことなくメッセージを翻訳し、支援の求めに進んで応えてきました。

《 ベルタ・ハッカー 》
 幻視者にして神秘家、ミュンヘンのベルタ・ハッカーは1987年以来私と一致してきています。そして今彼女は病気であり年をとっていますが、このミッションへの力強い支援者であり続けています。

《 マニカ・ホーファー 》
 1987年、私は、ドイツの幻視者マニカ・ホーファーと接触しました。彼女は、小さな祈りの家とチャペルを建設する特別なミッションを持っていました。彼女はしかしながら、より多くのことをなすように指導され、そして現在に至るまで、彼女の受けた指示を成就することができずにいます。


《 カメル・ヘルミ・ヤコブス 》
 1986年、聖シャーベルの祈りの家を持っていったドイツの人物カメル・ヘルミ・ヤコブスが幻視や啓示を受けるようになり、多くの支持者たちを引きつけました。彼女は、リトル・ペブルに好意的な数多くのメッセージを受け取りましたが、1991年における神秘的結婚の時に一致から離れました。

《 アリス・ファルケンバッハ 》
 ドイツのフェールバッハのこの幻視者は、1990年に私と一致しました。彼女の幻視は、1951年に起こり始めたのですが。彼女の名前はアリス・ファルケンバッハです。そして彼女は私に助けを求めてきました。なぜなら教会とフリーメーソンがチャペルの建設に反対していたからです。聖母はこの幻視者に、私とヤコブス女史を通して彼らを強めるメッセージを送られました。

《 マルガレート・グラブナー 》
 1988年から1989年にかけて、ドイツ出身のマルガレート・グラブナーという名前の幻視者が私たちと一致し、数多くの私的な支持のメッセージを受け取りました。


【 スコットランド 】

《 メアリー・アン・ネルソン 》
 1984年、スコットランド出身の幻視者、メアリー・アン・ネルソンが私と一致しました。そして私と文通し続けています。


【 オランダ 】

《「白いユニコーン」》
 1987年に、私はヨゼフ・ファン・デア・ウェルデンという名前の特別な恵みを受けた霊魂と会いました。彼は私を助けるために、しばしば私と一緒にオランダやその他の場所を旅行しました。彼は非常に善良な人であり、私を擁護し、彼の兄弟とともに私のボディーガードとなりました。1989年に、私は彼に、聖シャーベル修道会を形成する許可を与えました。私は彼に、そして彼とかかわりを持った人々に、その時までに彼がなしてきたすべてのことについて感謝しています。しかしながら、1991年に、ベッティーナとの私の神秘的結婚のために、彼は私に反対するようになりました。彼女はまだその時17歳に過ぎませんでした。彼とともに、彼はオランダのミッションから多くの霊魂たちを取り去りました。聖シャーベル修道会のコミュニティーを含めて。しかしながら、彼はまだ、私が教皇になるであろうと信じており、私の回心のために祈っています。このことに対しても私は彼に感謝します。しかしながら、私は彼と、ベッティーナに対する彼の攻撃に非常に失望しました。彼は彼女のことを売春婦であると主張しました。彼はまた「白いユニコーン」として知られていました。

《 イング および オプマー・ホルドロップ》
 1986年から1987年にかけて、私はオランダ出身の二人の神秘家の霊魂たちと会いました。イング・オプマーとフェチー・オプマー・ホルドロップです。彼らは、将来の教皇としての「リトル・ペブル」についての数多くのメッセージを受けてきており、教皇ヨハネ・パウロ二世のために非常に苦しんでいます。彼らは非常に強く一致しています。

《 聖痕者 − ベルリクム 》
 1986年に、私はオランダのベルリクムの幻視者と会合しました。彼女は、聖痕を受けた人であり、教会はこの件を調査中です。彼女は、私に反対するメッセージを受け取りました。それで彼女に会った数日後に、私は霊的指導者に、彼女の脱魂の間、悪魔払いの祈りを唱えるように求めました。このことはなされました。そして霊的指導者にとって驚きであったことに、メッセージは「リトル・ペブル」に対して好意的なものになったのです。しかしながら、1986年以来、彼らはなお私から離反したままになっています。

《 フランツ・ミューラー 》
 1986年、私はまた、オランダのフランツ・ミューラーという非常に親切で善良な人に会いました。彼と彼の妻ヨークを通して、メッセージはオランダとヨーロッパ中に広まりました。フランツは1991年にミッションへの信仰を失いましたが。私は、彼と彼の妻ヨークに対して、彼らが私のためになしたすべてのことについて感謝したいと思います。

《 セシリア・シッフェレン 》
 1986年から1987年にかけて、私はセシリア・シッフェレンという名のオランダの快活な少女に会いました。およそ1500人ほどの人々の公の会合において私たちが最初に会ったとき、彼女はまだ9歳の女の子でした。この人は、私にとって多くのことを意味する特別な少女でした。なぜなら近年において聖母は、彼女が神の国のための12人のクイーンの1人として指名されたことを明かされたからです。天使たちは彼女に話しています。彼女は何年間にもわたって私と一致し続けていましたが、成長するにつれて他の人々から影響をうけ、私から離反しました。




【 ハンガリー 】

《 アンナ・イハズ −「愛の炎」》
 私はまた、アンナ・イハズというハンガリーの幻視者に会いました。彼女は、ハンガリーの有名な幻視者「愛の炎」のエリザベスの親友でした。彼女は私のための天からの数多くのメッセージを受け取りました。そしてまた私についてのメッセージを受け取りました。そして私に、教皇にメッセージを届けるように求めました。なぜなら聖母が彼女に、教皇のためにそれを私に与えるようにお求めになったからです。聖母はまた、私のために、彼女を通してロザリオを祝福してくださいました。
 私はここで、ハンガリーの「愛の炎」の幻視者アンナに与えられたメッセージを掲載しておきたいと思います。それは私に宛てられたものです。それはアンナを通して聖母から「リトル・ペブル」に宛てられました。
聖母:(1989年10月18日)「最初、私がエリザベスに与えたこの聖なる炎、そして次にアンナの心に与えた炎、親愛なる『リトル・ペブル』よ、私は今『愛の炎』のうちに、あなたの心のうちに仕上げをします。この『愛の炎』を通して、あなたは最も高いところに到達するとことができます。燃やす炎によって。すべてのことは乗り越えられます。私はあなたを、あなたの心の内で祝福し、わが汚れなき御心からの愛を与えます。あなたにとって常に強力な恩寵を」

《 アグネス・メンコ 》
 私はハンガリーのブダペストのやはりよく知られたアグネス・メンコと呼ばれる幻視者に会いました。アグネスは、天によって、アンナの死後に「愛の炎」の使徒職を引き継ぐように選ばれていました。彼女はこのメッセージを、私たちの主から、1991年4月に受けました。
イエズス: 「私は5月21日に、『リトル・ペブル』に、わが聖心(みこころ)の特別な愛を送る予定である」

《 ミクロス・ジュランティス 》
 私がハンガリーで出会った素晴らしい人々のうちの一人はミクロス・ジュランティスです。彼はブダペストに住んでいます。彼は他の何人かの人々とともに、私のための中心的なワーカーでした。彼を通して、メッセージは届られ、そして多くの幻視者たちが私と一致しました。最も優しい追憶とともに、私はこれを書きます。

《 イロンカ 》
 ハンガリーのもう一人の幻視者イロンカは私と一致しました。

《 エヴァ・シーリング 》
 1985年以来、エヴァ・シーリングは、ポーランドの人々と私のミッションのために非常に懸命に働いてきた霊魂であるということをここで私は言及しておきたいと思います。今彼女は天国にいます。私は彼女に感謝します。そして神が彼女を祝福してくださいますように。


【 インド 】

 私はここで、偉大なる聖なる司祭、ゴアのセルヴロ・ヨゼフ・D・A・ピアダデ神父に言及したいと思います。彼は、1986年以来、彼の司教と数多くの司祭たちの支援とともに、ミッションを強力に宣伝してきました。この聖なる司祭は今は天国にいます。そして私は彼の仕事に感謝します。私はまた、サラーム、ヨナンペットのジョセフ神父に感謝したいと思います。彼はこのミッションを彼の国インド中に広めました。

《 ドロシー・ヴァラダレス 》
 1986年以来、インドにも幻視者たちがいます。彼らの一人はボンベイ、アンデリーの大使館のドロシー・ヴァラダレスです。

《 ルーシー・ラルリンゼン 》
 1989年、非常に善良な女性、インドのアイザウルのルーシー・ラルリンゼン、高等裁判所の判事が、私に手紙を書き始めました。彼女は私たちの特別なプロモーターとなり、メッセージを広めて、聖シャーベルの祈りの家を宣伝して家から家と進みました。


【 レバノン 】

《 ハビブ・ナジム 》
 1987年以来、「リトル・ペブル」のメッセージは、レバノンに深く浸透してきました。他の幻視者たちも一致し始めました。1990年から1991年に、祈りの家は強力に拡大し、とりわけメッセージは、アマル・ヴェラ・マールーフやとりわけハビブ・ナジムのような善良な霊魂たちを通して広められました。1993年から1994年にかけて、祈りの家は600にまで増加しました。ハビブは、仲間のワーカーたちとともに、メルキト典礼のバッカ大司教から公式の認可を受けることができました。また後に、東方典礼教会のスフェア枢機卿からも。

 1995年、エリアス神父という人が、バッカ大司教の指示のもとに、私たちの共同体を非公式に調査するために訪れました。私たちの組織と修道会を調査して大司教に報告するために。しかし、私たちが祈りの家のための教会からの認可を受けてから間もなく、枢機卿は、すべての祈りの家は認可を停止される、なぜならウォロンゴングにおける私の司教が私を断罪していることが判明したから、そして第二に、私が受け取ったメッセージは、カリスマ運動を断罪しているが、ローマはそれを認可しているから、という公の声明をレバノンになしたのです。
 かくして、激しい迫害の波がレバノンから始まりました。そして強烈な分裂が発生しました。私はここで次のことを指摘しておきたいと思います。エリアス神父はこれらの報告のためにやってきました。そして大司教のために、彼自身の目で確かめることを望んでいました。なぜなら大司教はまだ私のミッションを信じていたからです。しかし神父は枢機卿に反対することができなかったのでした。エリアス神父も、私を信じていました。そして私にとって好意的な報告を提出しました。彼自身、神秘家であり、何年も私のことを知っています。彼は私が将来の教皇になろうとしているということを知っていました。

《 ジャンヌ・ダルク・ファラージ 》
 1987年、ジャンヌ・ダルク・ファラージという名前の若い女性が、レバノンから私に手紙を書いてきました。彼女は19歳であり、大学に行っていました。彼女は、天からのメッセージや私に関する啓示を受け取っていました。そして私と一致し、聖シャーベル修道会に入ることを望みました。聖母は、彼女に、修道会が認可されるまで待つことを望まれました。何年かの後に、彼女の教区の司教は、彼女のミッションを認可し、彼女を幻視者として受け入れました。
 以下の手紙は、私たちが知り合った最初のころにおいて私が彼女から受け取ったものです。この若い女性は、また、聖痕を受けた人でもあり、私たちの主の傷を帯びていました。
「1988年5月4日
 親愛なる『リトル・ペブル』、
 イエズスの平和が常にあなたと共にありますように。
 あなたが私に与えることを望まれた援助に対して大変感謝します。私は、ローマとファティマにおける将来の会合と、聖なるマリアがあなたに与えることを望まれた勧告について私に告げる1988年3月16日の日付のあなたの手紙を受け取りました。しかしあなたの手紙は、4月28日、2カ月後に(原文のまま)到着しました。それで、最も重要なことですが、私は、乙女マリアから、ポルトガルのファティマにあなたと共に行くように求めるビジョンを受け取ったということをあなたに告げたいのです。
 聖シャーベル修道会の概要を一部送ってくださったことに感謝します。私の愛を聖母に伝えてください。イエズスがあなたを祝福なさいますように」
「1988年6月18日
 親愛なる『リトル・ペブル』、
 神の平和が常にあなたと共にありますように。
 1988年4月18日の日付のあなたの手紙を受け取りました。この親切なお手紙に大変感謝します。そして同封されていた乙女マリアからのメッセージに。私はそれらを受け取って大変うれしかったです。
 オーストラリアへの旅行に関して。私はそのことについて、手紙が到着して以来、乙女マリアに尋ねてきました。彼女は、聖シャーベル修道会が形成されるまで待つように私にアドバイスなさいました。それから私はそこに永続的にそこにとどまるように、と。その間に私は、あなたに、私がオーストラリアに行けるようにビザを準備してくださるよう、お願いしたいと思います。オーストラリアのミッションに関して言えば、どうか心配なさらないでください。なぜなら私はキリストの助けによって、あなたの努力がたやすいものになるように常に祈っているからです。
 乙女マリアの幻視のひとつにおいて、私は彼女に、どれほどあなたが彼らを愛しているかを告げました。私はあなたの返事を待っています。イエズス・キリストと乙女マリアからのメッセージのいくつかを英語に訳したものを同封します。またあなたは、1984年から現在に至るまで私が受けてきたビジョンを含むフランス語の本を見つけるでしょう。私はあなたがそれを英語に翻訳してくださることを望みます。オーストラリアの人々が、とりわけ、チャヒック・ネーメと、彼とともに祈っている皆がそれを読み理解することができるように。時々私は、乙女マリアから来るメッセージとともにあなたに手紙を送り続けたいと思います。
 チャヒック・ネーメによろしくお伝えください。そして彼に、私はいつも彼のために祈っていると伝えてください。そしてもし彼が私と文通し、乙女マリアからの彼のメッセージのいくつかを私に送ってくれるならば私はうれしく思います。私は、あなたがた二人からのさらなる手紙を待っています。イエズスと乙女マリアからのさらなるメッセージとともに。あなたの姉妹によろしく。
ジャンヌ・ダルク・ファラージ」


【 韓国 】

 1988年に、私は韓国のジュリア・ユン・ホン・センという幻視者にして聖痕を受けた人について知るようになりました。私の非常に良き友人である、日本のメリノール会司祭レオ・スタインバック神父を通してです。彼は、死ぬ直前に聖シャーベル修道会に加わりました。ジュリアは、私との一致を確認しましたが、彼女の霊的指導者とその地方の大司教によって強硬に反対を受けました。


【 ウクライナ 】

 1996年5月に、ウクライナの劇場のある芸術家が私に手紙を書き始めました。彼は天からのメッセージを受け、一致するように告げられたのです。彼はまた弟子たちの一人でもあります。彼はウクライナの多くの人々に「リトル・ペブル」を信じるように告げています。彼は一致にとどまり続けています。
第六章 聖母のための勝利
 この章では、時の流れの中で、いかに天が預言的な言葉を実現され、いかに神が約束なさった通りの御計画を実現なさるかについて、私は例示したいと思います。

 マルコム・ブロサード神父、聖シャーベル修道会の上長は、この国オーストラリアに永続的にとどまり、ここと海外の信徒の群れを指導する権利のために八年間以上にわたって移民局と戦い続けてきました。この八年間の間に、この聖なる司祭にして聖母の献身した息子には多くの試練が訪れました。この物語は、霊魂を忍耐へと条件付け、神の恩寵によって、その道をさえぎる障害に取りくみ、乗り越えることを可能にする「信仰の試練」の物語です。

 1987年私がアメリカにいたときに、私は初めてマルコム・ブロサード神父と知り合いました。彼は当時、「トランペッター」として知られるアメリカ人幻視者アンドリュー・ウィンゲートの霊的指導者でした。非常にマリア的な司祭であった神父は、私が幻視者であるということ、および私が天から受け取っているメッセージの両方について、私の主張を受け入れることに何の困難も覚えませんでした。事実、初めから、彼はここナウラにおける聖母の出現の真実性について確信を抱いたのです。彼の支持と忠誠は揺らぐことがありませんでした。そして彼は神によって大いに報われました。彼は「終末の時代」の使徒、聖シャーベル修道会の上長、私の霊的指導者にして聴罪司祭、そして信頼された忠実な友人です。
 1987年に、私たちが最初に出会ったとき、私はオーストラリアを訪問するようにブロサード神父を招待しました。「償いの日」を目撃するために、聖地において彼らの祝された御母に対してオーストラリア人たちによってささげられる信仰と愛を目にするために。彼はオーストラリアに行きたいという望みに満たされました。そして六カ月間の滞在ビザを得ることができました。それを彼はオーストラリアにとどまるための彼の戦いの間所持し続けることになりました。神父は1987年9月12日にオーストラリアに到着しました。そしてその翌日、私たちの聖母からの歓迎の言葉を聞いて感激しました。
聖母: 「わが愛する息子、マルコム・ブロサード神父、わが汚れなき御心の息子を歓迎することは私に大いなる喜びをもたらします。私はわが汚れなき御心をもってあなたをここに歓迎します。イエズス、わが神なる息子が、真理を証しするためにあなたをここに呼ばれたのです。神の子供たちに対して、わが神なる息子を証しするために。そしてあなたは、我が甘美なる息子よ、大いなる運動、すなわち、聖シャーベル修道会の一部となるためにここに呼ばれたのです。なぜなら、何千もの司祭たち、修道者たち、そして何万人もの信徒たちが、この教会にとっての真の試練と大いなる苦しみの時代において、神の栄光を宣言するために、あなたとともに加わるように呼ばれるであろうからです」

 私たちの主がその後で出現され、御まなざしを神父に向けられておっしゃいました。
私たちの主: 「私はあなたを祝福する、我が甘美なる息子、わが至聖なる聖心とわが至聖なる御母の汚れなき御心の大変に愛された息子よ。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。
 わが親愛なる司祭である息子よ、あなたは大いなる信仰を持ってここに来た。あなたの信仰は、永遠の御父からの多くの恩寵によって報われるであろう。あなたの祈りは応えられるであろう。確信していなさい。私は非常にあなたを愛しており、あなたをわが至聖なる御母にゆだねる」

 私たちの主と私たちの聖母からのこれらの美しい慰めの言葉が、この優しい司祭の心を何という歓びで満たしたことでしょう。そして私は、この聖シャーベル修道会は、彼の揺らぐことのない熱意と神の計画を促進するための疲れを知らぬ働きに多くを負っていると本当に言うことができます。実際、彼は、私とともに共同創立者であるといえます。
 奮闘の年月を通して、天国の約束への神父の信仰は、彼の力そして勇気となりました。彼の一つの望みは、修道会に加わり、共同体が発展することを助けることでした。神父は、聖なるミサのいけにえを奉げること、秘跡を執行すること、修道者的勧告を成長途上の修道会に与えることができました。
 1988年2月、ナウラから遠くない観光地カンガルー・ヴァレーのフィッツロイ・フォールズで、共同体のメンバーたちと海外からの訪問者たちのために黙想会が開かれました。数多くの人々が参加しました。なぜならそれは主として、世界中からの幻視者たちを集める黙想会であったからです。私たちの主からブロサード神父のためのメッセージを私が受け取ったのはこの黙想会においてでした。私たちの主は、神父は直ちに、オーストラリアにおける永住権の申請を行うように、そして遅滞なく必要な書類を整えるように指示されました。私たちの主は、永住権は勝ち取られるであろうが、神父は、当局の役人の聴聞の前に数多くの聖ミカエルの祈りを唱える必要があると預言的におっしゃいました。神父は神のこの指示を信仰と信頼をもって受け入れました。しかし預言が成就されるまでには、長い時間と数多くの聖ミカエルの祈りが必要でした。
 彼の滞在ビザが期限切れになる少し前に、神父は聖シャーベル修道会のメンバーとして永住権を申請することに取り掛かりました。1988年3月11日に、彼の代わりに私によって雇われた法律家の助けとともに、申請は移民局へ提出されました。永住権を求める嘆願は、強く同情的な人道的な理由のもとに提出されましたが、1988年5月3日当局はこの申請を却下しました。5月30日に、決定の再検討を求めて上告が移民問題委員会に提出されました。しかし1988年9月13日、神父がこの国に到着してから一年後、委員会は上告を却下しました。この却下は驚くべきものでした。なぜなら、その決定は、私「リトル・ペブル」に強力に反対する第三者の偏見に満ちた証言に強く根拠付けられたものだったからです。
 過去の年月において、聖職者たちや報道機関が私の悪いイメージを準備することに大いに貢献してきました。証拠として考慮されるために、さまざまな偏見に満ちた文書が当局に提出されました。もし神父が、聖シャーベル修道会のメンバーとして、そしてとりわけ私の仲間としてオーストラリアにとどまるならば、それは修道会のメンバー達やオーストラリアの地域社会全体の利益にはならないだろうということを証明することがそれらの目的でした。これらは本当に「引き延ばし」戦術であり、真理のパロディーでした。しかし、神父のための聖母の偉大な勝利を照らしだすために、彼の事案における当局の関与を概観することが必要でしょう。
 1988年3月28日に、事務弁護士は、当局は聖シャーベル修道会についてのさらなる情報を求めていること、そしてペトロの聖座からの認可を示す文書を要求しているということを私たちに伝えてきました。次の日、弁護士のために、私がローマで教皇ヨハネ・パウロ2世と謁見したときに与えられた教皇の口頭での認可、そして認可の事案にとって不可欠なものとしての教会法605条への言及からはじまる現状説明の文章が起草されました。
 1988年4月20日、ウォロンゴング教区のシュミッツァー神父は、移民局からの問い合わせに答えて手紙を書きました。彼の回答において、神父は、マーリ司教の司牧書簡の写しを同封しました。それは、教区中で広められ、私と聖シャーベル修道会に対して反対するものでした。
 これに応えて、ブロサード神父は、事務弁護士に、この記事の内容に対する主要な防御をなす文章を提出しました。このことは、聖シャーベル修道会は真実のあるいは良い宗教的な組織ではないということを示すための、私の信用をおとしめる移民局の試みの始まりとなりました。なぜなら修道会は地区のカトリック権威者たちからの支援も受容も受けていないからという理由で。実際、移民局は、私に「偽の」幻滅したカトリックの集団の指導者というラベルを張りました。私のさらなる助けによって、ブロサード神父は上告を続けました。法的援助委員会を通して彼は法的な援助を申し込みました。しかしながら1988年10月、事務弁護士はブロサード神父に、彼の求めは拒絶されたと伝えてきました。なぜなら法的援助委員会は成功する十分な見込みを彼はもっていないと信じているからということでした。事務弁護士はそれから法廷弁護士に、当時の現状での事案を再検討するように依頼しました。法廷弁護士は、連邦裁判所における勝訴の見込みはほとんどないだろうという結論を下しました。
 「現状」にいかなる大きな変化もないまま何カ月かが過ぎ去り、ブロサード神父は、彼の申請を擁護するのを助けるための研究に長い時間を費やしていました。彼は、決定者によって作られた「判決理由」に反論する議論を書きました。彼は彼のために証言を進んで書いてくれる修道会の数多くの友人たちやメンバーたちからの支援にも事欠きませんでした。勝利のために多くの祈りが毎日ささげられました。そして一つの「石」が道をふさぐたびに、神父の群れは、彼のための彼らの努力を倍増させました。
 私はこの件に関する多くの光明を前途に見いだすことができませんでしたが、天は成功を保証なさいました。いつものように私たちは急速に前進しようと躍起になりましたが、神のなさり方は測りがたく、そして神が私たちにゆっくりとした疲れる道をとることをお望みになるならば、それは完全に理にかなったことであり、私たちの善のためであるのです。私は神の預言が成就されるであろうということに決して疑問を抱きませんでした。
 私たちの事案を連邦裁判所に提訴するよう事務弁護士に告げることを私たちは決心しました。移民局は、彼らの主張を正当化するために、神父に対して不利な、より多くの傍証や文書を必要としたと主張しました。しかしながら、彼に適用される永住権授与の法律は、彼の申請のもともとの証拠に対する傍証を何も要求していなかったのです。
 ここにおいて、事務弁護士との円卓会議が開かれました。そして彼のアドバイスに基づいて、私たちは移民問題委員会による却下について、その合法性を争うことを決心しました。この行為は、法律の点に関して連邦裁判所の介入を必要としました。それゆえ、1988年11月8日、法廷弁護士はシドニーの連邦裁判所に、再検討の命令を求める申請を提出しました。
 法律手続きのかけはしにおける次の段階に私たちが到達するまでに何カ月もかかりました。事務弁護士は、この時間の間に、神父の申請を正当化するための数多くの証言を提出し続けました。ほとんど一年後になって、1989年1月6日に、事務弁護士は移民局に対する文書を提出しました。この議論の主目的は、永住権申請を却下する決定をなすことにおいて、決定者は無関係な事実や表明を考慮に入れたということを示すことでした。さらに彼は以下の点について考慮と説明を求めました。

(1) カトリック教会の聖職位階の反対、とりわけへウォロンゴング
   教区のマーリ司教のそれは、この件に無関係であること。
(2) 決定者は、申請を支持する関連する事実の説明を考慮していない
   こと。
(3) ブロサード神父は、相当数のオーストラリア人たちの霊的幸福に
   とって必要であること。彼は英語を母国語とする修道会唯一の司祭
   であること。彼は修道会の会憲の起草者であること。そして共同体
   がウォロンゴング教区の方針のために秘跡を拒絶されているために
   共同体にとって彼が必要であること。

 最終的に、法廷弁護士は、いくつかの法律上の誤りを指摘しました。それらは以下の通りです。

◆ 移民局は、神父が、彼の司祭としての義務を執行することにおいて、
 オーストラリアにおいて許可なく「労働」していたと仮定しているが、
 このことは訪問者としての彼の地位と矛盾する。
◆ 移民局は、神父の証言が、彼自身によって提出された事案の証拠と
 見なされないかのように手続きを進めてきた。かくしてその証拠を支持
 する傍証が必要であるかのように思い込んでいる。
◆ 移民局は、反対する主張が何もないのだから、神父の兄弟たちは神父
 の帰還において彼のために必要を賄うであろうと憶測しており、かくし
 て彼がアメリカに帰っても支援なしでいることはないであろうと決めて
 かかっている。

 ついに、法廷における私たちの勝利の日が到来しました。1989年12月13日に、連邦裁判所のグモー判事は神父勝訴の判決を下しました。彼は、神父の申請を却下した決定者の判断を退けました。さらに、彼は、移民局は最初の申請を再検討しなければならないと命じました。
 事務弁護士は、疑いもなく天からの霊感によって、彼の仕事を見事にこなしました。そして、移民局に対するグモー判事の判決の主要点をここに掲載しておくことは価値があることでしょう。

◆ 提出された資料は証拠として十分なものではないという見解をとるこ
 とにおいて、決定者は法律上の過ちを犯した。なぜなら、決定者は、何
 の傍証もないと述べたからである。これは法律の誤りである。なぜなら、
 移民を規制する法律は、傍証を要求してはいないからである。
◆ 決定者は、公正法あるいは手続き的公正のルールを破った。発見され
 た不備を補うための機会を事務弁護士に与えなかったことにおいて。そ
 の不備は、訂正されないならば、当局によって致命的な不備と判断され
 るであろうものであった。
◆ 申請を却下した決定は、不当な権力の行使であった。

 決定者は、傍証の不在は決定の過程における決定的な要因であると考えていました。それゆえ、申請は、適切な真のそして現実的な考慮を与えられることがありませんでした。あるいは資料的根拠に基づいた評価を。なぜなら決定者は、神父の主張には不備があると考えていたからです。そしてそれらは申請にとって中心的なものであるほどに重要であると。かくして、不当な権力の行使は証明されました。
 決定者は、関連する事項を考慮に入れませんでした。このことは、彼が申請の内容を十分に理解しなかったために起こりました。かくして彼は事案の件について正確な決定を行うことができなかったのです。
 このすばらしい知らせとともに、引き続く成功への期待が高まりました。しかしながらよくあるように、ほとんど何の成果もないまま時は過ぎ去りました。移民局は、命令に素早く反応せず、事務弁護士は、事案をできる限り速やかに取り扱うように求め続けました。この時点において、事案にとって助けとはならない、私に対する迫害と差別が起こりました。このことは、移民局が新しい「方針」を試みた1992年まで続きました。そしてそれは聖シャーベル修道会に対する神学的禁令とともに神父の人格を問題にし始めました。さて、責められるいわれのない修道者の人格を攻撃することは、本当に下劣なことです。私に強硬に反対し、そして神父を去らせることを熱望しているある人々が、移民局と連絡をとりました。事務弁護士は、これらの人物は神学的な問題を扱う何の能力あるいは教育も持っていないということ、そして申請に対する決定の再検討には何の関係もないということを素早く移民局に知らせました。移民局は、カトリック教会内における宗教の実践に関連する事項を決定する管轄権は持っていないのです。
 1992年3月11日に、移民局は、ブロサード神父の申請を再考することを退ける「声明」を含む文書を神父に送ってきました。以下は受け取られた内容です。

(1) 1991年10月31日の日付のマーリ司教からの移民局担当者への
   手紙。同教区のある司祭による報告書を含む。
(2) ブロサード神父へのガルベストン司教からの手紙。この手紙は、
   そのすべての結論とともに、聖シャーベル修道会との彼の関係そし
   てとりわけ私「リトル・ペブル」との関係について非常に否定的で
   あり反対するものでした。
(3) 1991年11月22日の日付の、ブロサード神父の兄弟レイ・ブロ
   サードからの移民局担当者への手紙。1987年10月11日、10月
   28日、3月31日の日付のマーリ司教からの彼への手紙を含む。
   1988年5月28日の日付のバチカンのジョセフ・クレメンスから
   レイへの手紙。1988年2月10日の日付のフィオレンツア司教から
   のレイへの手紙。1987年10月8日の日付のダン・シェール神父
  (ヒューストン、ガルベストン教区の司教代理)の手紙の写し。これ
   らすべての手紙は、私とブロサード神父の関係に、そして聖シャー
   ベル修道会との関係に強硬に反対するものでした。
(4) 1991年11月25日の日付のロバート・アロッタ博士からの移民局
   担当者への手紙。この人物は、聖シャーベル修道会のメンバーで
   あった人物であり、そして彼の手紙は非常に中傷的なものでした。

 移民局によるこの試みは失敗を運命づけられていました。これらすべての資料は、1988年に施行されていた規制による判断を求めた申請には全く無関係なものだったからです。
 事態がより明確に、そして私たちにとってよりよいものになろうとしていると思われた時に、新たな面倒が持ち上がりました。ブロサード神父は、彼の事務弁護士を通して、1992年4月27日の日付の特別な手紙を移民局から受け取りました。以上に述べられた人格評価をなしてきた移民局担当者は移民局をやめたということをその手紙は述べていました! それはまた、移民局の訴訟部門がこの事案を取り扱うであろうということ告げていました! さらにそれは私たちに、移民局のこの担当者によって取り上げられてきた第三者からのあらゆる通信は紛失されたということを私たちに告げ知らせました! このことはほとんど信じがたい驚くべき出来事でした。担当者自身に連絡を取っても、彼も彼の秘書もコピーを持っていないと述べたからです。政府の「仕事」には全く驚きます! 移民局は、これらの文書は回収不能であり、修道会に反対してなされた主張が真実のものであるならば、もし彼がオーストラリアを去るように求められたならば、神父とメンバーたちの利益はよりよく保護されるであろうと厚かましくも示唆しました。このように述べることは、正当な権限の範囲を踏み出すことであり、愚かさを示すものでした。しかしながら、政府当局者からのそのような愚かな言明は、私たちの矢筒の中の矢のようなものでした。
 神父はさらに彼の申請の長大な擁護を書きました。深い神学的な水の中にゆっくりと沈みつつあるように見える、移民局によってなされたこの持続的な不正に対して。それは、もとの申請において提出された資料は「証拠になっていなかった」という主張に執拗に固執していました。移民局は、何年間にもわたって彼らが提出してきた第三者の主張の収集を正当化することをぐずぐずと試み続けました。
 かくして何年もが過ぎ去りましたが、祈りは止むことがありませんでした。そして、大聖テレジアが言ったように、「忍耐強く堅忍することは、すべてのことに打ち勝つ」 − なぜなら神父は、1995年1月6日の日付の移民局事務所からの手紙を受け取ったからです。この手紙は、彼に、彼の永住権申請は、1994年11月9日に認められたということを彼に公式に告げました。
 長い物語は終わりました。人は、神父と彼の小さな群れの幸せを想像できるでしょう。そして世界にこだました感謝の祈りを。そして、神父は、1998年8月12日に、オーストラリア市民権を申請しました。そして彼はオーストラリア市民としての誓約を立てました。この長い戦いは、ダビデとゴリアテの話に似たところがあります。しかし神はベトレヘムの謙遜な牧者に対してなさったように、「終末の時代」の謙遜な牧者に対しても同じことをなさったのでした。
 秘蹟によって私たちを養い、彼の勧告と知恵によって私たちを支えるこの聖なる司祭を私たちに与えてくださった神の偉大なる摂理に対して、私たちは最大の感謝を神にささげています。1988年2月の預言は、何年も後にではありましたが、実現しました。その実現は、彼女の汚れなき御心へと彼女の選ばれた司祭なる息子を運んだ神の御母のための偉大な勝利を告げたのです。









第七章 天からの対話。神からの賜物は続く

【 神からの賜物 】

 天からの私のミッションは多岐にわたっており、数多くの分野を含んでいます。神秘的な領域おいてばかりではなく、道徳的、社会的、物質的、身体的な領域においても。天は常に私に恩寵の経路と支援を与えてくださいます。神が私に与えてくださった最も偉大な賜物のひとつは、私たちの祝された聖母と直接的にお話しする機会でした。聖母は本当に愛にあふれ、子供のことを気にかけている母です。
 これは大変な特権です。なぜなら私は、彼女から私に与えられる慰めや母性的な支持なしでは、私に求められることを成し遂げることはほとんど私の能力を超えると感じているからです。すべてのことにおいて神の恩寵は十分であるということを私は知っているのですが。
 聖母は、私たちの生活のあらゆる側面に関心を持っておられます。大きな出来事についてのみならず、私たちの日々の心配を引き起こす小さなものごとについても。すべてのことが彼女の関心の対象です。私たちが小さな子供のころ、自分自身の母親に喜びや恐れの話をもちかけるのに、私たち自身の母親が耳を傾けたように、私たちの天の母親も、私たちが私たちのあらゆる心配ごとを彼女に話すことを望んでおられます。彼女は本当に愛する母です。それゆえ彼女と直接に話し、私には理解しがたいと思われた私のミッションにとりわけ関連する話題や主題について質問することは大いなる恩寵でした。いくつかの質問に対して聖母は直接にお答えになりました。またいくつかは幻視者を通して私が質問し、彼らを通して答えを受け取りました。回答は常に親切で建設的なものであり、私を落ち着かせ確信させる効果をもたらしました。

【 時間の窓 】

 1994年10月19日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に以下の質問をしました。「お母様、あなたはかつて『時間の窓』について、アメリカのマイケルと呼ばれる幻視者に啓示されたことがあります。病院に入っている若い人です。私たちが用いることができるそのような開口部があるのですか? そしてもし使えるのであれば、それはいつですか?」 聖母は同じ日に私の質問にお答えになりました。
聖母: 「この『時間の窓』は、この時間から新しい聖なる時代への通路であるということをあなたは知らなければなりません。またあなたは、あなたがたがバイロケーションによって運ばれるときには、毎回『時間の窓』を通りぬけるということを知る必要があります。なぜなら時間は停止したり、あるいは極めて素早く進むことを許されているからです。しかし、この窓の使用は、神の神聖なる意志に完全に依存しています」
【 喜びと深い幸福へと変わる苦しみ 】

 1994年10月19日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、私は本当に天の助けを必要としています。なぜなら私は、神が私に求められるすべてのことをなすための時間を、一日のうちに十分に持っていないからです。私は疲れ果てています。時間が延長されるように、あるいは広げられ、あるいはどうにかなるように、私に超自然的な恩寵を早くいただけませんでしょうか。私は、なぜ神が私にさらに子供を持つことを望まれるのか、まったく理解できません。今すでに私は重い負担に苦しんでいます。そしてさらに子供が増えることは状況を悪化させるでしょう。イエズス様が求められるすべてのことを、どうやって私はなすことができるのですか。もちろんあなたは、私があなたを愛していることをご存じです。そして私は子供たちを愛しています。しかしながら今のところそれは本当に重荷となるでしょうし、私はそうなることを望んでいないのです。お母様、あなたは私の心をよくご存じです。どうか私を助けてください。私を強め、私が理解するために私を助けてください。なぜなら私は神とあなたを非常に愛しているからです。そしてあなたの意志をなすことだけを望んでいるからです」 聖母は同じ日に私の質問に答えられました。
聖母: 「わが愛する愛の岩よ。間もなくあなたの苦しみと悲しみは、喜びと深い幸福とに変わるであろうということをあなたは知る必要があります。あなたの心を煩わせてはなりません。存在している迫害を通して、あなたは現在数多くの非常に特別な恩寵を受け取りつつあります。あなたに求められることすべては、あなたはそれを成し遂げることができるでしょう。なぜなら天の力が、あなたの背後にあるからです」

【 槍の傷 】

 私はさらに1994年10月2日に、聖母に次のように質問しました。「お母様、ここ何日間か、私はろっ骨の中心部の近く、私の右の胸の下のほうに、短い焼けるような感覚を感じました。私がそれについて昨夜あなたに尋ねたとき、あなたは私に、それは槍の傷であるとおっしゃいました。しかしそれは血を流さず、印として、脇から非常に鋭い明るい光だけが見えるでしょうとおっしゃいました。どうかそのことを確認し、さらに説明していただけませんか。ありがとうございます、お母様」 以下は、1994年10月4日の、私に対する直接の聖母のお答えです。
聖母:「そうです、我が愛する小さなペトロよ。あなたが槍によってつくられた傷を今苦しんでいるということは真実です。明るい光が輝き出るとき、この光を通りぬけるであろうわが子供たちは、神のより大いなる栄光のために治癒されるであろうということをあなたは知る必要があります。そして盲目の人は目が見えるようになります。彼らの真の信仰によって。この光は、他の傷が目に見えるようになった直後に現れるでしょう。より多くの苦しみが捧げられれば、より多くの霊魂たちが肉体的にそして霊的にいやされるでしょう。私はあなたを祝福します、我が貴重な『小さな岩』よ」

【 目に見える傷への準備 】

 1994年10月19日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「お母様、私は、過去数週間において、キリストの神秘的な傷があった場所の近くの部位に、汗をかいた状態で目覚めてきています。それは傷が目に見えるようになる準備であると声が私に告げてきています。なぜなら、あなたもご存じの通り、それらはさらに痛み出しているからです」 聖母は同じ日に以下のように私の質問にお答えになりました。
聖母: 「あなたは準備されつつあるということをあなたは知らなければなりません。なぜなら傷は、さらにあなたの苦しみを増し加え、そして預言されてきた通りに、それらは目に見えるようになるでしょうから。またあなたは、あなたの傷が目に見えるようになった後間もなく、私の娘『ソーンブッシュ』の傷も目に見えるようになるであろうということを知る必要があります。このことは、我が甘美なる子供たちすべてに対して、とりわけ、神からの幻視者たちに対して、あなたたちの間の深い一致を示す目に見える印となるでしょう」

【 光の磁石と霊魂たちのための真理 】

 1994年11月19日に、私は聖母に、私の苦しみについて「ソーンブッシュ」を通して質問をしました。「お母様、15日の夕方そして次の日の一日中、17日の朝に至るまで、私は私の肉体において非常に苦しみました、とりわけ傷において。しかしまた骨も痛みました。そして私の腹部も。なにが私に起こっていたのか説明していただけませんか?」 聖母は1994年12月1日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する光の『リトル・ペブル』よ。あなたが、わが神なる息子の受難と苦しみをより深く生きるために、特別な仕方で準備されつつあるのはこれらの日々においてであるということを私はあなたに知ってほしいと思います。またあなたは、わが神なる息子、あなたの甘美なイエズスの聖なる傷を通して、私たちのいけにえの娘、小さなバラ『ソーンブッシュ』に非常に深く一致し強められています。苦しみの神聖な愛、非常に特別な深い愛があなたのうちに置かれているということを、そしてこのようにして、この特別な愛を通して、あなたは光の磁石そして霊魂たちのための真理となっているということをあなたは知る必要があります」

【 ロザリオとメダイ(メダル)によって鎖につながれる悪魔たち 】

 11月19日に、私は「ソーンブッシュ」を通して、消えうせた私のメダイについて質問しました。「お母様、私は、御憐れみのメダイと聖ベネディクトのメダイをなくしてしまいました。どうかそれらを守ってください」 聖母は1994年12月1日に、以下のようにお答えになりました。
聖母: 「我が甘美なる子よ、私があなたのために作ったロザリオが地獄の悪魔たちを鎖につないだように、これらの聖なるメダイも、彼らの好奇心を通して600の悪魔を鎖につないだのです。聖なるメダイは聖なる天使たちによってあなたのところに戻されるでしょう、『リトル・ペブル』よ。あなたは特別な仕方で保護され続けるでしょう、わが『小さな岩』よ、そして私はあなたを祝福します」

【 血とあわれみの涙 】

 1994年5月18日、聖母は以下のように、彼女の血の涙に関する私のためのメッセージを彼女に与えられました。
聖母:「わが甘美なる神聖な愛の天使よ。私の血の涙は、あわれみの聖なる涙です。私の母性的なあわれみの涙を通して、あなたが悪と戦うために必要とするであろうすべての恩寵があるでしょう。なぜなら地獄のすべては、私の涙を恐れており、それらが落ちた霊魂を恐れているからです。3回の「めでたし」によって私の涙が想い起こされるとき、53,000の霊魂たちが、煉獄においてより高いレベルに移されるか、あるいは解放されるでしょう。またあなたは、53,000の悪魔たちが、地獄において鎖につながれるということを知らなければなりません。これは、この時において数多くの特別な恩寵を必要としている、信仰深い子供たちに与えられた大いなる恩寵です。……」

【 使徒たちのための善徳 】

 1994年12月26日に、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、もし私が知ることを許されるならば、あなたの使徒たちが持つであろう善徳について、そしてそのいずれについて彼らが卓越するであろうかということを私に教えていただけませんか?」 聖母は、私の質問に次のように12月29日にお答えになりました。
聖母: 「わが愛するリトル・ペトロ、わが汚れなき御心の選ばれた使徒よ。わが使徒たちの各人は、私の善徳の一つ一つの恩寵を与えられており、彼らはその各々一つ一つについて卓越し、実践するように呼ばれているということをあなたは知らなければなりません。使徒たちは、このことを成し遂げることができるようになるために数多くの恩寵のすべてを受け取ってきています」

【 苦しみにおいて私と深く一致した教皇 】

 再び1994年12月26日に、私は「ソーンブッシュ」を通して次の質問をしました。「お母様、昨日クリスマスの日、私たちはヨハネ・パウロ二世の聖なるミサを見ていました。教皇はとても弱っておられるように見えました。そして私の心は彼のほうへと出て行きました。しかし私が気づいたことは、彼が聖体を挙げられる時に、彼が私を見ているということを知っておられるかのように、私をまっすぐに見つめられたように思えたことです。何かが起こったのでしょうか。どうか教皇を祝福し、私のためにも彼に接吻してください」 私たちの祝された御母は「ソーンブッシュ」を通して、1994年12月29日に私の質問に次のようにお答えになりました。
聖母: 「もっとも聖なる聖体の最も聖なる神秘を通して、あなたがたの霊魂は、彼の心において殉教者となっている我が愛する巡礼の教皇を通して、わが神なる息子を慰めるために一緒になることを許されたということをあなたは知る必要があります。あの時の間ずっと、彼は、十字架上で死にかけて苦しんでおられるわが神なる息子を見ていました。彼は、主の御傷のすべてを深く感じていました。そして聖なる茨の冠を通して、わが愛する巡礼の教皇はあなたの顔を見て、あなたのために祈りました。あなたが非常に深く彼と一致し、彼のために祈っていたのと同様に」

【 聖母のビジョン 】

 1995年1月2日の夜、午後11時45分、私の礼拝の時間の間に、聖母は、無原罪の御宿りの御像から「星」として出てこられました。聖母は、輝くような白のお召し物と、深い紫のケープを羽織って私の方へやってこられました。聖サクラメッスギュス、聖バラキエル、聖メノローティスが現れました。聖母は微笑まれ、私を祝福なさいました。聖母は、私がこのケープを着ることを望んでおられると私におっしゃいました。そしてそれを私の肩にかけられました。このことが起こると、もうひとつの白いケープが、聖母の上に現れました。私の紫のケープを見てみると、私は背中のところに、五つの大きな輝く星によって作られた十字架があるのに気がつきました。聖母もまた、手に光の星をお持ちでした。そして心にも。そして聖母の頭上に非常に大きな星がありました。聖母はこの星を私の頭上に置かれました。そして聖母の手のうちにあった星は私の方に移動しました。そして私の体は電気を通されました。聖母はそれから個人的に私に話しかけられ、私を祝福されて、それから行かれました。
 私は、聖母に、このビジョンの意味を説明して下さるようにお願いしました。聖母はお答えになりました。
聖母: 「我が甘美なる神聖な愛の天使よ。私が紫のケープをあなたに置いたときに、私は同時に、私の苦しみをあなたに示していたのだということを、そしてまた同時に、あなたに求められるであろうすべてのことに向けてあなたを準備していたのだということ知る必要があります。星は、私の善徳の冠を通してあなたに与えられてきた非常に特別な恩寵です。あなたが私の紫のケープを受け取ったとき、私は神の御旨(みむね)を全面的に成し遂げようとするあなたの深い望みによって慰められました。そして私は白いケープを着ました。あなたはまた、私が負っている隠された傷からの非常に特別な恩寵を受け取りました。聖サクラメッスギュスはあなたが多くのことを理解するのを助けるでしょう、わが甘美なる子供よ。私はあなたを、私の清いそして母性的な愛のすべてとともに祝福します。あなたの愛する母そして神秘的配偶者として」

【 ビジョン 】

 1995年3月7日夜10時45分ごろ、私はビジョンを見ました。聖体から一つの光の玉が放たれ、それからまた二つの玉が出てきました。すべてがチャペルの中で爆発しました。二番目に出てきた二つの球は、爆発したとき、光を放ち、その中から、二人の13世紀の剣を持った戦士が出てきました。最初の一つの玉からは、聖ジャンヌ・ダルクの服装のような、しかしより慎みのある服装の聖母が出てこられました。聖母の鎧には白い十字架がありました。聖母は赤いケープをお召しで、上に三つの十字架がついている冠をかぶっておられました。前部の十字架には緑の石がついていました。聖母は剣を持っておられました。聖ミカエルは聖母の後方に立っておられました。彼も剣を持っておられました。聖母および、そこに来られたすべての方々は、印を持っておられました。私は衝撃を受けました。なぜなら、私はこのような姿の聖母をそれまで決して見たことがなかったからです。聖母は私に挨拶なさり、聖母は「天と地の軍勢の女王」であるとおっしゃいました。聖母は、ルシファーとその軍勢に対して下方の世界や地上において戦うために来られたのでした。なぜなら今や真剣な戦いをなすべき時だからです。そして聖母は私に剣を渡しておっしゃいました。「あなたは地上における戦士です。あなたは今戦いを始めなければなりません」 私は聖ティモシーにこのビジョンについて質問しました。そして私は次の日に「ソーンブッシュ」を通して答えを受け取りました。
聖ティモシー: 「親愛なる小さな白い岩よ、私はあなたに挨拶します。あなたは、次のことを非常に深く理解しなければなりません。すなわち、地獄のすべての力は、地上をさまよっているということ、しかし彼らは、霊魂たちを誘惑し、彼らを罠に導くことを許されているだけであるということを。しかしながら、今やサタンは彼に許されてきた限度を越えようとしているということをあなたは知る必要があります。天と地の女王そして、すべての天の選ばれた真理の戦士たちが、真の謙遜の鎧を身につけたのはこのためなのです。その鎧は、神の神聖な本質を反映しています。親愛なる霊魂よ、あなたは、いにしえの時において、聖ペトロが神の神聖なる息子を守ったときに用いた真理の剣を与えられました。この剣は、私たちの天国の女王の髪と彼女の鎧の破片から構成されています。より多くのことがあなたに明かされるでしょう。あなたの忍耐を守りなさい。この石はあなたの象徴です。なぜならあなたは、最も聖なる三位一体の神の全能のうちで形作られた石を見ているからです。聖なる真理の騎士たちは、再びあなたが彼らを見ることを許されるであろう時に説明されるでしょう」


【 八番目の槍によって傷つけられる 】

 1995年5月3日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次のように尋ねました。「お母様、数日前にソーンブッシュに示された黙示録のビジョンにおいて、彼女は教皇としての私を見て、そして私がひどく傷つけられているのを見ました。聖ヨハネ・ボスコの幻視において、彼はヨハネ・パウロ二世が傷つけられているのを見ました。私も傷つけられるのですか? そしてどのようにしてですか? 肉体的に、あるいは霊的に?」  5月6日に、聖母は以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する、わが神なる息子の将来の代理者よ。この傷は肉体的かつ霊的なものであるということをあなたは知らなければなりません。なぜならそれは迫害のすべてによって引き起こされるであろうからです。そしてそれは神秘的な仕方でわが悲しめる汚れなき御心のうちにある八番目の槍からもたらされるでしょう。そして同時に、それはわが娘『ソーンブッシュ』の心の内にあります。私はあなたを祝福します、わが小さな『白い岩』、そして私はあなたの心に接吻します」

【 導きと識別の星 】

 1995年5月6日、私は「ソーンブッシュ」を通して次の質問を聖母にしました。「お母様、あなたは私に、天使を通して、星をお与えになり、それを私の額に置かれました。この意味は何でしょうか?」 聖母は以下のように、1995年8月5日に私の質問にお答えになりました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します、我が愛する『小さな岩』『真の教会の隅の石』よ。あなたは、非常に特別な導きと識別の恩寵を受けたのだということを知らなければなりません。この特別な恩寵によって、あなたは深遠な仕方で、私たちの選ばれた霊魂たちを助けることができるようになるでしょう。そしてわが貴重な小さな者たちを。あなたは、彼らの無垢な清い心を見せられるでしょう。そして話すことができないわが貴重な小さな者たちさえも。このを星の光を通して、あなたは彼らがどのように神の神聖な意志によって生きているかを示されるでしょう。この星は、生きている純潔の星です。それは私の善徳の一つです。私はこの星に接吻し、そしてあなたの心にも接吻します、我が小さな息子よ、そして私はあなたを祝福します、私の清いそして母性的な愛のすべてによって」

【 火の筒 】

「お母様、あなたが私にお与えになったロザリオのついた火の筒は何なのでしょうか? あなたはそれは煉獄から出てきたものだとおっしゃいましたが?」 聖母は1995年7月31日、「ソーンブッシュ」を通して次のようにお答えになりました。
聖母: 「我が甘美なる『真理と忠実さの小さな小羊』よ。私はあなたに次のことを知ってほしいと思います。この炎の筒は、煉獄からのものであり、その中に、あらゆる煉獄のレベルを含んでいます。それは、私があなたに説明してきた長い旅へとあなたがつれてゆかれる時を知るための、あなたと『ソーンブッシュ』にとっての印となるでしょう。今のところは、わが小さな『白い岩』よ、私は光の特別な象徴をあなたの心の内に置きます。私はあなたを祝福します、我が貴重な『宝物』よ。そして私はわが隠された『宝物』『ソーンブッシュ』を祝福します」

【 邪悪な者の痛みに満ちた噛みつき 】

 1994年4月8日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、あなたもご存じのように、悪魔は私のすねに噛みつき、それは四旬節と聖週間の間、非常に痛みました。さて、およそ12カ月間の間、私の足の親指は麻痺し、神経は痛んで、私に多くの痛みを引き起こしています。これも噛みつきのためなのでしょうか? そしてもしそうであるとすれば、何を私はなさねばならないのでしょうか?」 聖母は私の質問に「ソーンブッシュ」を通して、1994年4月6日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「そうです、我が小さな息子よ、これは噛みつきによるものです。あなたは噛みつかれたところにバラの花びらのクリームの湿布を添付することができます。そしてあなたのつま先にも。私はあなたを祝福します。わが『愛の堅固な岩』よ!」


【 天からの対話 】

 私は、読者の啓発のために、かなり多数の私の質問と受け取られた回答とをここに掲載します。以下は、人間による創造と冷凍された精子に関する私の質問です。

【 遺伝子工学 】

 1994年9月1日に、私は聖母に「ソーンブッシュ」を通して次の質問をしました。「お母様、あなたはソーンブッシュに、冷凍された精子から人間によって創造された子供に関して言及なさいました。その子供は霊魂を持っておらず、良心しか持っていないと。どのようにしてそのようなことがありうるのでしょうか? それは神によって創造されたものではないのに? その意味は何なのですか? この子供の形相は何でしょうか? それは人間ですか、それとも動物なのですか? 善と悪を選ぶことができる私たちの能力を支配しているのは霊魂の良心の部分ではないのですか? どうか私に説明していただけませんでしょうか、お母様、なぜならそれは人類にとって重要な啓示となるでしょうから」 聖母は9月3日に、私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる神聖なる愛の天使よ、私があなたに知ることを望んでいるいくつかのことがあります。なぜならあなたは、神が善良であわれみ深い方であるということを思い出さなければならないからです。神は、正しいものの上にも、邪悪なものの上にも太陽を昇らせてくださいます。そして両者の上に雨を降らせてくださいます。このことのすべては、すべてに対する神の善の能力を示すために起こります。人工的に懐胎された子供たちは、しばしば、奇形を持って生まれ、あるいは異常な状態で生まれます。霊魂を構成する様々な部分があるということをあなたは知らなければなりません。霊魂は神からのものであり、それは完全なものです。わが小さな息子よ、良心は、善と悪とを区別する能力を与える霊魂の一部分であるということは真実です。しかしながら、私があなたに示すことを望んでいることは、悪魔は神の猿まねであり、あらゆるものを神をまねて作ろうとしているということです。サタンによって創造されたものは完全ではありません。なぜならこのことは許されていないことだからです。サタンによって創造され、あるいはつくられたすべての物は、神が創造された物に対立します。人工的に生まれた子供たちが霊魂を持っておらず、神によってではなくサタンによって作られた『良心』(conscience:善悪の判断力)を持つのはこの理由のためなのです。彼らが死ぬときは、彼らは地獄に行くことを選ぶでしょう。なぜなら彼らはすでに悪魔だからです。人間の形をしてはいますが。それゆえ誰にも警戒心を引き起こさないでしょう。このようなやり方で、そしてまたクローニングを通して、悪魔は彼の軍勢を形成するであろうということをあなたは知らなければなりません。わがリトル・ペブルよ。あなたは、この神秘を完成する非常に特別なスカプラリオとメダイを与えられるでしょう」

【 原子力事故 】

 1994年7月26日に、私は聖母に「ソーンブッシュ」を通して次の質問をしました。「お母様、ロシアがヨーロッパを侵略するであろう時が来たということを知るために、私たちはどのような印を探すべきか私にアドバイスしていただけませんか。何が必要なのでしょうか?」 聖母は1994年7月27日にお答えになりました。
聖母: 「わが真の光の岩よ。原子力事故は起こり続けるであろうということあなたは知っておかなければなりません。しかし知っておきなさい、わが小さな息子よ、それらは真実には事故ではないということを。そしてまた、小さな叛乱や、内戦があるでしょう。これらのいくつかはすでに存在しています。ヨーロッパ人たちは反抗的になり続けるでしょう。現在存在している戦争は、隣接している他の国々に広がっていくでしょう。軍備の規制や平和条約について語るであろう多くのスピーチや協議会があるでしょう。これらは、本当に起こるであろうことの覆いとしかならないでしょう。ヨーロッパにおいて起こるであろう、家族の数多くの経済的問題が発生するでしょう。そしてこれは世界中に広がるでしょう」

【 ホワイト・ペブル(白い小石)】

 1994年9月18日に、私は聖母に以下の質問をしました。「お母様、黙示録において、マンナと新しい名前をを与えられるであろう『白い小石』のことが語られています。あなたは以前、私が『白い小石』であるとおっしゃいました。マンナの意味を私に説明してくださいませんか。そして彼は新しい名前を与えられるであろうということを。この名前は何ですか? そしてその理由は?」 1994年9月19日、聖母は以下の回答をくださいました。
聖母: 「わが愛する『真理の小さな岩』よ、次第に明かされるであろう、この啓示に関連する数多くの奥義があるということをあなたは知る必要があります。あなたが『白い小石』として知られるようになるであろうということは真実です。反教皇のために、多くの者たちが、あなたを反教皇と混同しようと試みるでしょう。それゆえ天はあなたに、『白い小石』よ、名前を与えるでしょう。あなたは、偉大なる聖なる君主と強力に一致するでしょう」

【 神はすべてを統治しておられる 】

 私は1994年12月23日に、神の民に向けた公的な手紙を書きました。それは次のようなものです。
「私たちの救い主イエズス・キリストの新しい年において、私は皆さま全てに挨拶します。過去数ヶ月において私は、天の預言が成就せず、教会の指導者たち、さらにもっとそうですが神秘的教会−幻視者たちが分裂し、混乱しているのを見て悩み、落胆させられて来ました。いつものように、私は私の心を聖母に注ぎ、聖母は12月23日に私のところに来てくださいました。そして彼女は私的な慰めのメッセージを与えてくださいました。私は、私たち皆にとってたいへん善いお方である慰めの聖母に大変感謝します。私はまた、汚れなき御心の修道会の神秘的姉妹である『ソーンブッシュ』に、この指示を確認するために尋ねました。それはこのメッセージの最後のほうにあります。

聖母:
「我が甘美なる『神の慰めの天使』よ、私はあなたが書くことを望みます!」

リトル・ペブル:
「聖母は『無原罪の御宿りの聖母』として私の前にたっておられます。私の右側、聖母の左側に聖バラキエルと聖サクラメッスグスがたっています」

聖母:
 我が特別な息子よ、私たちの『純粋な岩』、そして地上の我が神なる息子イエズスの未来の代理者よ。私はあなたの心の最も奥底をよく知っており、あなたと多くの私たちの甘美なる光の子供たちが、いと高き御者のご計画と御旨、特に神の預言的御言葉とその成就に関することを理解することが困難なため、あなたを悩ませている落胆のことをよく知っています。子供たちよ、あなたたちの霊魂を不安にさせたり悩ませてはなりません。なぜなら、神の御旨の最も奥底を知っているあなたたちの汚れなき母として私は、私たちの甘美なる子供たちが何を理解するべきかよく知っているからです。それゆえ、私は我が子供たちによく知り、理解してほしいのです。神が啓示なさった全てのことは実現するということを。しかし信仰者として人間は、神が何を啓示なさったかということを理解する必要はありません。しかし我が子供たちは神がこの世界、宇宙、そしてあなたたちの人生で起こるすべてのことを支配していることを理解する必要があります。それゆえ、神がそのことに気づいていないかのように見えても、何一つ彼が見過ごすことはありません。だから、あなたたちの人生で何か起こるとき、それは様々な理由で神から直接もたらされるか、神によって許されてあなたたちに与えられるのです。子供たちよ、あなたたちはまた善い者であれ悪い者であれ全ての霊魂たちは神の御旨と力に服従していることを知っています。デーモン(人間から悪魔になった者)や堕天使たちでさえ彼らの創造主に服従しなければなりません。それゆえ、甘美にして親愛なる子供たちよ、神が世界のいとなみをどのようにゆるし、命令しているかについて十分理解していないとしても、神は、時、場所、出来事において、どんな犠牲をはらっても、霊魂たちを救おうとして純粋な愛をもって全てを支配し統治していることを知りなさい。よく知っておきなさい、甘美なかわいい光の子供たちよ、勝利はやってくるでしょう、そこでは善意がすべてにおいて大勝利をおさめ、善意のゆえに迫害されている全ての者は、人と神の前に彼らの欠点、失敗、そして彼らの行いを目の当たりにするでしょう。それゆえ、甘美なる子供たちよ、勇気を出し、信仰を持ち、神のまったき善とあわれみを信じ、信頼しなさい。彼は彼の御ひとり子、我が神なる息子イエズスを人間のために犠牲にするほど、この世を愛されたからです。それはあなたたちの傷つき困惑した心を引き上げるためです。そして、勝利は近く、あなたはこの勝利にあずかるだろうということを知って慰められなさい。私たちの多くのボイス・ボックス(声帯)、神秘家、幻視者、預言者たちを通して与えられたメッセージを読みなさい。そして神が示された御旨は、たとえそれが多くの預言の成就が最後の最後に成就するとしても、正しい与えられた時に成就されると確信しなさい。しかし、勝利と神の御言葉は成就されるでしょう。そして全ての光の子供たちはその輝きにひたされるでしょう。
 私はあなたたちを祝福します、我が『岩』と全ての甘美なる子供たちよ、そしてあなたたちの命である我が幼子イエズスをあなたたちに差し出します。彼の汚れなき御降誕のこの聖なる季節の間、あなたたちを強め、慰められるように。今、私とともに祈ってください、甘美なる子供たちよ、彼の栄光ある再臨−彼の第2の御降誕がすみやかに来ますように。私はあなたたち全てを祝福します、父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 我が甘美なる『岩』よ、私は今あなたに宛てて話します、我が甘美にして貴重な使徒ペトロ2世、そして我が神秘的浄配よ。私はあなたの寛大なささげものと純粋で優しい心を受け入れています。あなたは本当に私の『まことの慰めの天使』です。このことは、ゲッセマニの園での我が神なる息子イエズスによって私に与えられました。この我が神なる息子と私の大いなる試練の間、キリストの贖いの苦しみの実りとしてあなたの小さな心を私が見ることを、永遠の御父がゆるしてくださったからです。そして私にはあなたの顔が、我が神なる息子イエズスのイメージの中に見えました。たとえまだ、あなたが新しい時代(New Era)で、そして後には天国において知るように私が望んでいる、あなたが呼ばれている完全さに成長しなければならないとしても、あなたは私の『純粋な慰めの天使』です。あなたは私の右に座るでしょう、そこで永遠に「慰めのダイアモンド」としてとどまるために。
 私はあなたの謙遜なささげものに感謝します、わがかわいい息子よ。そして、あなたは神の聖にして完全な御旨に常に忠実に留まるであろうことを知っておきなさい。まだ、私たちがあなたに知ることを許していないという理由で、あなたがまだ理解していないことによって悩まされることなく永遠に光の子として留まれるように、私はあなたを我が汚れなき御心の奥深くに置きます。しかし私はその日はくるだろうということを約束します。そう遠い未来のことではありません。あなたが偉大な勝利を目撃するであろう時、長年にわたってあなたを中傷し、迫害し、軽蔑してきた者のすべては、あなたのもとに恥と激しい後悔のうちにあなたのところに来るでしょう。それは彼らが、邪悪な者によって使われ、いかに私たちによって選ばれた『道具』を苦しめ、痛めつけてきたかを見せつけられるだろうからです。あなたの魂は喜びで照らされ、
今でさえ、我が清く汚れなき御心の善徳によって与えられている、あなたのためのあわれみは、あなたの心がすでにそうしているように、彼らを抱擁し、彼らをゆるすでしょう。そして、これは、私があなたに約束した勝利の一つになるでしょう。このことはあなたが司祭になる時おこるでしょう。我が神なる息子の息子よ、イエズスはその時を知っておられます。神と私の清く汚れなき御心を最も喜ばせている甘美なる息子よ、それは様々な理由で多く延期されているけれども、すべての出来事はいと高き御者の力と神的智恵のうちに成就するでしょう。だから平和のうちに留まり、あなたがしているように、すべての者たちの意志が同じ愛をもつように、そして愛をもって神に仕えるように、あなたも含めたそれらのすべての子供たちを教化しなさい。それは、私があなたのうちにおり、あなたが私のうちにいるように、あなたの母として、あなたの神秘的浄配として、あなたの女王として、私は我が御心、我が魂と我が純粋な愛をあなたに与えているので、我が汚れなき御心の善徳を担うものとして、人間に対する神の完全な愛をあなたが反映しているからです。そして私は、あなたの人生の最も困難な瞬間においてさえ、いつもあなたとともにいるでしょう。私はあなたに約束します、我が大変愛されている子よ、長い年月をかけて聖書と、教会の教父たちと聖人たちを通して、神があなたについて語られたこれらの「預言」は、ずいぶん後になってから成就されるでしょう。平和に留まりなさい、我が甘美なる『神の愛と人間の完全さの天使』よ、あなたは、これらの指示を我が子供たち、使徒たち、平和の子たちが天の御旨と望みをすべてよく理解するように伝えることを、私はあなたの母としてあなたに求めます。
 私は我が全ての子供たち、我が使徒たち、弟子たち、クイーンたち、プリンセスたち、神秘家たち、幻視者たち、地上の戦う教会の者たちを祝福します。すべての男性、女性、子供たちに神の知恵と御言葉を聞かせてください。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 私はあなたにキスします、我が『純粋な愛の息子』、我が『喜び』、我が『リトル・ペブル』よ。この特別な手紙はあなたと、この時苦しんでいる多くの我が甘美なる子供たちにとって必要でした。なぜなら、サタンと地獄の全ての力が、我が甘美なる光の子供たちを落胆させようと全力で働いているからです。我が愛する者よ、私はあなたの慰めの母であることをいつも覚えておきなさい。そして勇気をだしてください。約束されたように勝利はやってくるのですから。

【 台所の庭で傷つけられたイエズス 】

 1994年8月5日、私は聖母に、「ソーンブッシュ」を通して以下の質問をしました。「お母様、マリア・ワルトルタの本の中に、私はイエズス様が台所の庭で転んだときに傷を負われたということを読みました。そして彼はノコギリで手に傷を負われました。もしこのことが本当なのであれば、私はこれらの御傷を崇敬したいと思います。そして、それらのそれぞれについて、神のあわれみからの特別な恩寵をいただけませんでしょうか。他にも知られていない御傷というものはあるのですか?」 聖母は私の質問に1994年8月6日にお答えになりました。
聖母: 「わが小さな岩よ。私はあなたにこのことは真実であるということを知ってほしいと思います。しかしまた私があなたに知ってほしいのは、わが神なる息子は誕生の時から、世の罪を償うために神秘的にそして内面的に苦しみ続けてきたということです。これらの傷を敬うわが甘美なる子供たちすべては、彼らが祈り求めるあらゆる恩寵を与えられるでしょう。わが悲しみの汚れなき御心の取り次ぎを通して。一回の主の祈りと天使祝詞と栄唱を祈ることによって。わが神なる息子の意志によって、これらの恩寵は与えられるでしょう。……」

【 知り過ぎることの責任 】

 1994年3月29日に、私は聖母に以下の質問をしました。「お母様、あなたは本当に私たちの素晴らしい母であり、私はあなたの答えと指導に感謝しています。お母様、この質問は、あなたに何度も何度も繰り返し尋ねられてきたことです。私が尋ねる理由は好奇心からのものではないということをあなたはご存じです。そうではなく、将来の計画のためなのです。なぜなら、何百万人もの霊魂たちが物品を購入し、何年間にもわたって準備してきているのに、希望を失い落胆しているからです。なぜなら日付がいつも変わるからです。しかし、もし私たちが本当の日付を、祈りによる条件なしの日付を私たちが知っていたならば、準備はより正確なものとなったでしょう。お母様、私たちへの愛のゆえにあなたに対して私たち皆が持っている愛のゆえに、私はあなたにお願いします、大警告の正確な日付を教えてください。年でも結構です。そしてまた、お母様、私は大警告の後に司教になるのでしょうか、それとも前でしょうか? 私たちはあなたを愛しており、あなたに接吻します」 1994年3月30日に、私は聖母から以下の答えを受け取りました。
聖母: 「わが愛の小さき岩よ。私は再びあなたに挨拶します。私はあなたの心を知っており、あなたの真の意向をすべて知っています。わが小さな石よ。それらはすべて善意のものです。しかしあなたが知らなければならないことは、正確な日付は、時が訪れるまで、本当に明かされることは決してないであろうということです。その理由を、わが小さな堅固な岩よ、私はあなたに告げましょう。それは、神のなさり方であるからです。なぜならあまりにも多くのことを知り過ぎることの責任から彼の民を守ることが、そして彼らが常に準備されていることが、永遠の御父の御旨だからです。しかし私はあなたに告げることができます。あなたは大警告の前に司教になるでしょう。私の母性的な母の愛はあなたとともにあります。そして私はあなたを祝福します。そしてあなたに接吻を返します」

【 聖なる三位一体の奥義 】

 1994年10月24日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に以下の質問をしました。「お母様、イエズス様は、お生まれになるためにあなたの血液しかとられませんでしたから、イエズス様は作られたのではなく、生まれたのです。生まれたとは何を意味するのですか? もしイエズス様があなたの細胞しかとっておられないのであれば、あなたの身体はイエズス様の身体と同じです。もしそうでないのであれば、説明していただけませんか?」 聖母は、同じ日に私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる小さな『岩』よ、私は説明しましょう。しかしあなたは、この答えは、聖なる三位一体の奥義のうちにあるということを知る必要があります。なぜなら私は至聖なる三位一体の母だからです。そして、人類がこの奥義を理解することは、説明され研究されたときでさえ許されていません。三つの神聖なペルソナにおける神は常に存在してこられました。そして私が生まれる前においてさえも、私は三位一体の光のうちに存在していたのです。そして聖なる三位一体は、聖霊を通して、その根源を私のうちに置かれたのです。私が意識していないときにおいてすら、これらの根源が私のうちに常に存在していたがゆえに、人となった神の子は私のうちにおいて生まれたのであり、作られたのではないのです。神は唯一です、わが子よ」

【 教皇のみが不可謬である 】

 1993年3月19日に、「ソーンブッシュ」は聖母と聖ヨゼフ、教皇ヨハネ・パウロ二世からの美しいメッセージを受け取りました。メッセージの大部分は以下の通りです。
ソーンブッシュ: 「聖母、聖ヨゼフ、教皇が近くに来られました。そして皆様の後ろには、大きな聖堂が現れました。バチカンの聖ペトロ大聖堂にとてもよく似ています。しかし少し小さいです。私はそれが少しひび割れ始めたのを見ました。お母様はおっしゃいました」

聖母: 「私、教会の母にしてあなたたちの母は、あなたたちを歓迎します、我が愛する子供たちよ。この我が愛する配偶者聖ヨゼフの祝日に。私たちは今日、あなたを通して、私たちの子供たちすべてに、あなたがたの霊魂をいま清く保つように告げるために、特別な仕方で来ました。なぜなら状況は非常に困難で混乱させるものになるであろうからです。なぜなら、教会の中には多くの影響力と罠が存在しているからです。わが子供たちの多くはこれらの罠にはまっており、それは彼らが真理を見ることを妨げています。あなたがたが耳を傾けるべきなのは、わが親愛なる息子たち(司教・司祭たち)のアイデアや意見ではなく、福音の真実の教えと、私たちの巡礼の教皇の教えです。このことを知っておきなさい、なぜなら教皇だけが不可謬だからです。このことを覚えておきなさい。そしてあなたの心に刻みつけなさい。なぜなら、我が甘美なる子供たちよ、あなたがたが、非常に重大で素早い決断をなさなければならない時が近づきつつあり、そしてこの時は非常に近いからです。そしてわが子供たちよ、この決断は、あなたがたが考えているほど簡単なものではないでしょう。誘惑に陥らないように注意しなさい、そして理解するために祈りなさい。わが甘美なる愛された子供たちのすべては、この決断をなさなければならないでしょう。多くの者たちが落ちるであろうということを知りなさい。あなたがたが祈り、祈り、祈らなければならないのはこのためです。なぜなら私は、我が巡礼の教皇を通して、あなたがたを導きながらあなたがたとともにいるであろうからです。わが子供たちは今、彼に耳を傾けなければなりません。もし彼らが生き延びることを望むのであれば。このことをあなたがたが知ることは重要なことです。悪魔が、多くの疑いや恐怖をわが子供たちの多くの心の内に置いているということを知りなさい。なぜなら今や、あまりにもわずかな時間しか存在しないからです。あまりにもわずかな時間しか残されていないのです。祈りなさい、祈りなさい、祈りなさい、なぜならあまりにも多くのことが、新しい時代の前に成し遂げられなければならないからです。準備しなさい、なぜならあなたがたは、真理の軍勢の一部だからです。そして私たちの真実の愛はここに住まうのです」

ソーンブッシュ: そして聖ヨゼフが語られました。

聖ヨゼフ: 「私、聖ヨゼフ、教会の保護者は、わがいと清き心によって、あなたがたを歓迎する、我が愛する子供たちよ。教会の一部分の中に、悪の霊が今存在しているということをあなたがたは知らなければならない。そしてこれは不従順を通して増加しており、多くの混乱を引き起こしつつある。わが愛されし祝された配偶者の汚れなき御心は、この年が聖ヨゼフ、教会の保護者にささげられることを望んでこられた。しかし、この望みは私たちの巡礼の教皇に対して現在存在している反対のために実現されなかった。彼は、天の望みを、そしてわが神なる息子の御旨を知っているということを、常に知り覚えておきなさい。彼は教会の牧者である。今、従順は非常に重要なものであるということを知りなさい。そして真理の決定をなす準備をしなさい。しかし、あなたがたは常に自由だということを覚えておきなさい。
 多くの犠牲を、そして祈りを、聖にして母なる教会のために、そしてすべての私たちの司教、司祭たちのために捧げ続けなさい。教会の真の教えを通して、彼らが善のうちに忍耐するために。今や、私たちの子供たちは、新しい教会のために準備しなければならない。なぜなら非常に間もなく、現在存在している教会は受難を受け、そして死ぬであろうからだ。この死から、新しい教会とともに、新しい時代が復活するであろう。このことの前に、この新しい教会が復活する前に、多くのことが起こるであろう。そして大いなる分裂が来るであろう。理解するために祈りなさい、そして目覚めていなさい。なぜならそれは大いなる力とともに、思いがけない仕方でやってくるからだ。祈りなさい、祈りなさい、祈りなさい!」

ソーンブッシュ: そして私たちの教皇が語られました。

教皇ヨハネ・パウロ二世: 「私はあなたを歓迎します。私、教皇ヨハネ・パウロ二世は、私たちの祝された御母と、教会の保護者聖ヨゼフの望みによってやってきました。私は多くの残された時間を持ってはいません。教会は私の十字架となっています。そして私は現在起こっているすべてのことを、そして起こるであろうことを知ることによって絶えず苦しんでいます。私は準備しています。そして間もなくあなたがたは、天のすべての力が、私を通して皆を準備させるために語るのを目撃するでしょう。思いがけないときに私はローマを去るでしょう。私は、天に求められて、あらゆる共同体のところに行くでしょう。その共同体の守護の聖人とともに、巡礼の教皇として。
 私はあなたがたを知っており、私がソーンブッシュのもとを訪れる時に、あなたがたがいかに私のために祈っているかを知っているということを、私はあなたに知ってほしいと思います。どうか続けてください。なぜなら今私は私のカルワリオを苦しんでおり、あなたがたの祈りを通しての力と強さを必要としているからです。
 私がローマを離れた後に、多くの新しい変化が起こるでしょう。そして私を引き継ぐであろう者はこのことをすでに知っています。彼は天によって天の御父の計画を続けるように呼ばれてきています。新しい時代における教皇として。私にはほとんど時間が残されていません。しかしまだなお多くのことをその前に成し遂げなければなりません」

ソーンブッシュ: 「そしてリトル・ペブルが現れました。私は印を求め、そしてそれは与えられました。聖母と聖ヨゼフは彼の頭に接吻なさいました。そして教皇は彼を祝福されました。背後では、聖堂が大きな稲妻に打たれ、半分以下に砕かれました。聖堂の左側は非常に黒くなりました。しかし右側は光によって照らされました。聖母と聖ヨゼフは、教皇の心から何かを取り出され、それを『リトル・ペブル』の心に置かれました。それは金の鍵でした。『リトル・ペブル』は、すべて白の服で、長い白い帽子をかぶっていました。それは非常に美しいものでした。それから彼は私たちを祝福しました。そして聖母や聖ヨゼフとともに彼は引き裂かれた教会堂の右側に行きました。教皇が消えた後に。そして聖ミカエルが教会のその場所に彼の剣を置かれ、そして私たちを彼の剣で祝福なさいました。教会の黒い部分は消え去りました。そして照らされた部分は輝き始めました。そして聖ミカエルと、残られる全ての天使たちを除いて、すべては消え去りました」

【 預言的ヴィジョン 】

 1994年8月27日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母にしました。「お母様、昨夜私は、よくあるように、くつろぐことのできない夜を過ごしました。しかし私は自分自身が教皇と共にいるのを見ました。一晩中。そして彼は私についての公の宣言をなしていました。これは真実なのですか? そして彼はこれらのことをこのような仕方で言われるのでしょうか?」 聖母は同じ日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「わが『リトル・ペブル』、わが愛する巡礼の教皇ヨハネ・パウロ二世は、現在存在している多くの問題を非常によく知っているということをあなたは知る必要があります。あなたが天によって霊感を与えられて書いた手紙は、彼が待っている確証にすぎません。邪悪な者が、わが愛するペトロが手紙を読み理解するのを多くの計略を使って妨げようとするであろうということを知らなくてはなりません。あなたはバイロケーションを通して彼のもとに行き続けるでしょう。わが『ソーンブッシュ』も遣わされるでしょう。あなたが見たものは預言的なものです。……」

【 結婚記念日 】

 1995年5月23日に、私は「ソーンブッシュ」を通して、私たちの結婚記念日に関して聖母に次のように手紙を書きました。「お母様、私とあなたの1987年における結婚記念日について、私はあなたの神秘的な配偶者としてあなたに接吻を送ります。そして再びあなたに私の生命、私の存在、私のすべて、私の意志、私のむなしさ、そして私が持っているすべてのもの、過去・現在・未来を差し出します。なぜなら私はあなたへ、あなたの栄光のために、永遠に奉献された、あなたの小さな配偶者、あなたの忠実な愛の奴隷であり続けるからです。ウィリアム、『小さなペトロ』『アブラハム』『黙示録の白い岩』」 聖母は5月24日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「私はあなたの接吻に感謝します、わが貴重な岩よ。そしてこれらの贈りものすべてに。なぜならそれらはあなたが本当に理解している以上のものだからです。非常にわずかな数の霊魂たちしか、この特別な贈り物、彼らの全存在の贈り物を私に与えてきませんでした。そしてすべての言葉を本当に意味したことはありませんでした。そしてこの真実の愛の約束を更新し続けたことはありませんでした。私はあなたの寛大な心を知っています、わが神秘的配偶者よ、なぜならあなたは私たちの分かたれないみ心の神聖なる炎のうちに封印されているからです。あなたは私のものです。私はあなたを祝福します、ウィリアム、わが選ばれた使徒、『小さなペトロ二世』よ。そして私はあなたの心に12回にわたって接吻します。あなたの優しい傷つけられた心のうちに、私の清い汚れなき愛を封印するために」

【 天使の九階級からの特別な贈り物 】

 私は1995年5月23日に「ソーンブッシュ」を通して聖母にもうひとつの質問をしました。それは以下の通りです。「お母様、今日あなたは、聖なる天使たちの女王としてこられました。あなたは大変美しく私に語られました。私は、あなたが私に向けて語って下さるのに本当に値しないものです。なぜなら私はあなたに属する無に等しいものだからです。今日あなたは私に天使たちの庭からのバラを与えてくださいました。それは赤と白と金色で、紫の縁がついていました。そして白い十字架の茎で、束の下はとてもヒラヒラしていました。この花はなんですか。またあなたは、天使たちの庭からの三位の天使たちを私に与えてくださいました。三位は私が持っている特別な三つの使命に対する指導者です。彼らの名前を教えていただけませんか、そして彼らが誰であり、なぜ使わされたのかも。特別な使命を持っている数少ない者たちは、これらの天使たちを受け取っているとおっしゃいました。どの(天使の)階級ですか? ありがとうございます、お母様!」 聖母は、5月24日に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する小さな『白い岩』、そしてわが汚れなき御心のうちに宿された『宝石』、そして私たちの傷つけられた一致した分かたれないみ心にとっての真の慰めよ。
 私があなたに語ったわが言葉は真実です。わが『小さく卑しいむなしきもの』よ。なぜならあなたは深く愛されており、あなたの深い忠実と謙遜と従順によって愛されているからです。あなたの女王として、私はあなたに非常に特別な祝福を与えてきました。そしてあなたの神秘的な配偶者として、全能の偉大なる三位一体の意志によって、聖なる天使たちの九つの階級の園からの特別な贈り物を。そのバラは、新しい聖なるエルサレムにおいて私が住むであろう宮殿の回りに生えています。あなたが受け取った聖なる天使たちの名前は聖エテメンティウス、聖ジャスペルス、聖サディレウスです。これらの聖なる天使たちは、あなたが座るであろう座席を構成します。彼らは、絶え間なく神に栄光を帰するためのこの唯一の荘厳な目的のために創造されました。私はあなたを祝福します、我が大切なわが汚れなき御心の『宝石』よ」

【 教会認可 】

 1995年6月23日に、私は聖母に次の質問をしました。「お母様、私は私の内なる感情を表現しているだけです。なぜならあなたはそれらをよくご存じだからです。お母様、私は何度も精神において落胆します。私はあなたを深く愛しており、あなたが私に対して約束されたすべてのことは起こるであろうということを私は知っていますが。私はこれらのすべてのことについて心配したことはありませんが、私を悩ませるのは次のような考えなのです。なぜ私たち皆は、神の業を教会が認可するために、教皇が何かを認可するためにさえ、懸命に働いているのでしょうか。最後には、私たちが知っているように、間もなく世界が終わりに至るであろうときに。私たちが認可されているかどうかを本当に気にかける人がいるでしょうか? たとえ教会によって認可されたとしても、だれが本当に気にかけるのでしょうか? そして何が達成されるのでしょうか? お母様。
 もし私たちが、あなたがそれを望まれた十年前に真の助けを受けていたならば、それは多くのことを達成していたでしょう。そして教会と世界は注意を払っていたでしょう。そして教会と世界において多くのことが変わっていたでしょう。最終的に教皇が認可と調査を命令しても、それは何の意味も持たないでしょう。ごくわずかの霊魂たちを除いて、だれもそれから利益を受けないであろうからです。なぜならその時は終わりに近づいているからです。それゆえ認可が何か良いことをもたらすのでしょうか? 何もないのではありませんか? 私たちはそのときには何も証明する必要はありません。なぜなら教会においてさえも誰も気にかけないでしょうから。もちろん、お母様、私たち人間は、神のなさり方を理解しないということを私は知っています。そして私たちの考えにもかかわらず、神の聖なる御旨(みむね)は実現されるでしょう。しかしそのことは、私が今述べた事実を変えません。あなたを愛しているほとんどの子供たちは、今同じように感じています。なぜなら生活は何年間も同じように続いているからです。そしてすべてを与え、そして今なおすべてを与えているあなたの子供たちのすべては。そうです、彼らは、平和と希望と喜びを持っています。しかし、もういかなる認可にも興味を持っていません。私たちが理解するのを助けてくださいませんか?」 聖母は1995年6月28日に、私の質問に次のようにお答えになりました。
聖母: 「わが大切な小さな『真理の白い石』よ。そうです、私はあなたの悩める傷つけられた心をよく知っています。なぜならそれはわが悲しめる汚れなき御心の深くにあるからです。あなたは理解し始めています、わが子よ、彼らが承認される前にあらゆる創立者たちが経験したことを、そして多くの修道会と共同体が天からやってきた後に、何年も後になって初めて承認されたということを。あなたは、この『終わりの時』は非常に困難であり、しかし忍耐する者にとっては報いは大きいということを知っておく必要があります。天の選んだ共同体を通して、印は与えられ続けるでしょう。そしてまた奇跡も起こるでしょう。忍耐、祈り、そしてより多くの犠牲が本当に必要です、わが『リトル・ペブル』よ。常に、あなたがた選ばれた共同体には大いなる保護があるということを知らなければなりません。なぜならわが母性的なマントは修道会の上にかけられているからです。
 私はわが子供たちを強制することはできません。しかし彼らは自分たちで、終わりの時の印を通して見るでしょう。勇気を持ちなさい、わが小さな息子よ、なぜなら真の信仰を通して、約束されてきたすべてのことは与えられるでしょうから。時がたつにつれて、あなたがたが今生きている奥義のいくらかを次第にあなたがたは理解するようになるでしょう。私はあなたとともにいます」

【 内部からの迫害 】

 1995年7月、私は以前のメンバーたちからの激しい攻撃を受けました。共同体の以前のメンバーたちの何人かが、混乱の種をまき、私は多くの攻撃を受けました。私は、聖母に私のためにいくつかの問題を明確にしてくださるようお願いすることを求めて「ソーンブッシュ」にファクスを送りました。聖母は、「ソーンブッシュ」を通して同じ日にこの慰めの返事を私に与えてくださいました。
聖母: 「我が分かたれないみ心の内にある、傷つけられたわが愛する小さな『白い岩』よ。私は今現在が非常に困難な時であり、あなたがとても苦しんでいるということを知っており、本当に理解しています。今は大いなる試練の時です、わが甘美なる子よ、邪悪なる者に対する戦いと地獄の力は増大しています。なぜなら、わが小さな子供たちは絶えず弱くなっているからです。なぜなら彼らは、彼らの人間的な理屈をわきに置かずに、彼らの真の承諾を与えなかったからです。それを実行してきた者たちは迫害されています。そしてこのことは黙示録の中にすべて含まれ啓示されてきているのです。これらすべてのことは、我が甘美なる小さな岩よ、神の怒りが打つであろう時まで増大するでしょう。神をたたえるために各瞬間を生きなさい、わが小さな息子よ、なぜなら私はそれが容易なことであるとは約束できないからです。なぜならそれはそうではないでしょうから。しかしながら、あなたは高い聖性への途上にあるということを常に覚えておきなさい、わが戦士、そして真の信仰の小羊よ。
 従わないであろう者たち、あなたを迫害し、あなたに多くの痛みと苦しみをひきおこす者たち、耳を傾けない者たち、思いのままに振る舞う者たち、疑う者たち、彼らのために祈りなさい! あなたは障害の中で進み続けなければなりません。そしてそれらを成聖への踏み石として用いなければなりません。そして神をたたえ、わが神なる息子の再臨に対して準備するために。真実で、正義で、忠実な者たちとともに忍耐しなさい。なぜなら彼らは本当に忍耐するであろうからです。わが神なる息子が彼の苦悶を生きたとき、彼はこのことを見ておられました。しかし主は、あなたの身内からのものさえも含めた迫害の重みによって悪魔があなたを押しつぶすことを試みるであろう時でも、あなたが忍耐することができるように、苦しまれたのです。私はあなたを非常に特別な仕方で祝福します。……」

【 カタリナ・エンメリックのヴィジョン 『終わりの時』】

 1996年5月中5日に、私は私たちの聖母に、「ソーンブッシュ」を通して次の質問をしました。「お母様、長い年月にわたって、私はあなたの聖なる娘、聖カタリナ・エンメリックのヴィジョンについて考えてきました。それにおいて、彼女は、終末の時代の使徒たちが、私を見捨て、そしてあまりにも遅すぎる時になって私を助けに来るのを見ました。このヴィジョンに関して、あることが私の心にもたらされました。そして以前とは非常に違った仕方でこのことを理解させるようになりました。現在のところ、十二人の新しい使徒たちは散らされています。そして、唯一の真の使徒たちの間の一致は、ブロサード神父と私自身の間のものです。『小さなフィリポ』と『パウロ』と他の二人からのものはわずかしかありません。しかし、たとえ私たち皆が一致しているとしても、そのことは多くの助けにはならないでしょう。なぜなら私たちのうちの誰も実質的な仕方での教会の支援を受けていないからです。それゆえ新しい使徒たちは、現在のところ私にとって何の現実的な助けにも本当になっていないし、過去においても未来においてもそうでしょう。もちろん、私が教皇になるまでですが。
 ブレ神父とブロサード神父は私にとって人間的な支援であります。しかし教会内における権威に関する限り、私たちの誰も真の支援を受けていません。それゆえ私の言いたいことは次の通りです。カタリナ・エンメリックのビジョンは、新しい十二人の使徒たちに言及しているのではなく、むしろ、使徒たちの後継者たち、すなわち司教たちや枢機卿たちを意味しているのではないかということです。これらの人々が、ビジョンで意味されている真の使徒たち、『小さな岩』『小さなペトロ』、そして新しい使徒たちを見捨てた使徒たちです。しかしすべてが失われたように見えるときになって、最後に『リトル・ペブル』を助けにくるのです。なぜならその時に彼らは天からの大いなる光を受け取ったからです。かくして彼らは私を助けるためにやってきます。そして私を司教に、そして最後の教皇にします。このことはまた新しい使徒たちを助けます。私は本当に、これが彼女の幻視の真実の意味だと信じます。このことを解明し確認していただけませんか?」
 聖母は私の質問に1996年5月22日にやはり、「ソーンブッシュ」を通して、そしてまた1996年6月18日にも、お答えになりました。両方のお答えは以下の通りです。
聖母:「わが大切な息子『リトル・ペトロ』、使徒たちのプリンス、そして聖にして母なる公教会のための最後の教皇よ。私は終わりの時のための使徒たちの母としてあなたに挨拶します! 甘美なる息子よ、あなたが認識したことは正しいのです。なぜなら、将来の教会の多くの出来事について天が幻視において私たちの聖なる娘カタリナに幻視において明かしたとき、私たちは多くのことを象徴的な仕方で説明したのです。小さな『岩』と、まだ平信徒である小さな男の幻視は、世界と教会における困難な時において、あなた自身とあなたが生きている裏切りにまさしく言及したものです。
 しかしながら、ビジョンは、三つの仕方で次のことを象徴しています。すなわち、使徒ペトロ二世の使命と、統治している使徒ヨハネ・パウロ二世の使命です。彼は象徴的に、使徒たちの裏切りの同じ聖痕を負っています。あなたを象徴している『岩』を擁護するために信仰のうちに進み出るための堅忍を彼らが欠いているために。しかしまたヨハネ・パウロ二世も、教会のプリンスたちの擁護を受けてきておらず、そして手遅れになるまで受けないでしょう。なぜなら、『白い岩』(それはあなたです)を支えるのは、そしてヨハネ・パウロ二世をこの試練の間において支えるのは、天使たちと天の聖人たち、そして地上にいる者たちの取り次ぎの力であろうからです。そして未来の多くの奇跡を通して、最後には、『終末の時代』の使徒たち(これは枢機卿、司教、司祭そして十二人の新しい使徒たちを意味します)は、私たちの清い白い岩を助けるために駆け寄り、あなたに加わるでしょう。更新された地上の教会は強められ、真理において固められるでしょう。
 このことが行った起こったならば、それは大警告の前になるでしょうが、神の栄光と彼の教会の栄光が見られるでしょう。そしてあなたは、わが貴重な未来の司祭である息子よ、公式に、教会を統治するために公式にペトロの座に登るでしょう。ヨハネ・パウロ二世の死去の後に。いと高き者の力に挑むために反キリストが現れるであろう、教会の最も暗い、しかし最も偉大な時代を通して、教会を治めるために。この時期の間、すべての王たちと統治者たちは至高の教皇としてのあなたの前に頭を垂れ、ローマ人ペトロ二世としてのあなたのもとに、一つの牧者、一つの教会、地上における一つの権威があるでしょう。……」

「ソーンブッシュ」を通しての聖母のお答え。
聖母: 「私はあなたに挨拶します。わが汚れなき御心のわが愛する小さな『白い岩』よ、私はあなたに次のことを知ってほしいと思います。わが聖なる娘カタリナ・エンメリックのこのビジョンに関して、あなたが認識し考えたことは正しいということを。そしてあなたは、このようにそれを理解するために霊感を受けたのです。あなたはまた、わが『小さなペトロ』よ、我が愛された巡礼の教皇は、さらにより多くの非常に重要な声明や言明をなすであろうということを、そしてこれは司祭職において既婚男性を受け入れることさえも含む多くの大きな変化をもたらすであろうということを知らなければなりません。なぜなら、司祭職への召命はごくわずかしかなく、そしてこれらの真実の召命の大部分は、天の選んだ共同体において見いだされるからです。しかしながら、与えられた時が来るまで、いと高き者によって意志された教会の真の教えは、至高の教皇を通して従われなければなりません。この事項に関して私があなたに説明してきたすべてのことを、私は今、あなたの神秘的な配偶者、私たちの甘美なる『受難のバラ』ソーンブッシュを通して確認します。私はあなたを愛しています、我が愛する『小さなペトロ』、そして聖にして母なる教会の将来の牧者よ」


【『暴行によって孕まれた赤ん坊』(第1巻から)】

 以下は、リトル・ペブルによって聖母に提起された質問への答えとして1993年2月11日にソーンブッシュへ聖母から与えられたメッセージに関する説明です。この質問と答えは、「最後の教皇、リトル・ペブル、反対を受ける人−ペトルス・ロマーヌス − 罪人か聖人か」第1巻の210 ページ(原文)に見つけられます。
 いくらかの人々は、以下で取り上げられる聖母のメッセージを理解しませんでした。彼らは、リトル・ペブルによって立てられた質問に対する答えとして幻視者ソーンブッシュに与えられた私的啓示を、深刻な誤謬として裁く誘惑にかられたのです。リトル・ペブルは、この質問を聖母に提示してもらうためにソーンブッシュに伝えました。このことはそれ自体で特別な特権であり恩寵でした。これらの人々にとって、回答は十分に明快なものではありませんでした。しかしさらに彼らは、それが、聖母は堕胎を唱導しているという誤謬を言明するものであると信じたのです。その結果彼らは、リトル・ペブルはこのメッセージを真実のものとして承認することにおいて過ちを犯したのであると裁く誘惑に駆られました。
 私は、簡単な仕方で、神の啓示された知恵にどのように近づくべきかを説明することを試みようと思います。読者は、先に進む前に、自分自身で以下の質問に答えることが必要です。あなたの答えは、以下に引用されたメッセージにおける表現への解決にあなたがどのようにアプローチするかを決定するでしょう。

◆ あなたは、問題となっているメッセージが、あなたを騙したり嘘を
 ついたりすることはできない神の御母からのものであるという理由で、
 真実のものであると信じますか?

◆ あなたは問題となっているメッセージが真実のものではなく、神の
 御母からのものではなく、リトル・ペブルは深刻な過ちを犯したと
 信じますか?

 もしあなたがメッセージが真実のものであり、神の御母のものからであると信じるならば、たとえそれは表現において神秘的なものではあっても、あなたは私の説明を理解するのに何の困難も感じないでしょう。しかしながら、もしあなたがリトル・ペブルは深刻な過ちを犯したと信じているのであれば、私の説明を理解することにおいて根本的な困難を持つでしょう。あなたはすでにリトル・ペブルを裁いており、あなた自身の考えによってメッセージを裁いているのです。

【 疑惑 − どのように進むべきではないか 】

 だれも、疑惑に基づいて他人を裁いてはならないといわれてきました。このことは何と真実であることでしょう。このようなやり方で神の御母を性急に裁く人たちがいます。あるいは彼らは彼女のスポークスマンであるリトル・ペブルが深刻な過ちに陥っていると裁いたのです。彼らの言明は、メッセージが堕胎を唱導しているように見えるので誤っているという、彼らの疑惑に基づいています。かくして彼らは、それは教導権の教えに反していると主張します。全く反対に、このメッセージは誤りに陥っていません。リトル・ペブルもです。またそれは、堕胎に関する教会の明白な教えに反してもいません。問題となっているメッセージとはどのようなものでしょうか。それは以下の通りです。

【 リトル・ペブルからの質問と聖母の答え 】

 1993年2月11日に、私はソーンブッシュを通して聖母に次の質問をしました。

1993年2月11日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「神は生命の与え主にしてそれを取るお方ですから、私は、どのようにして神が強姦された女性に子供をお与えになるのか理解できません。なぜなら、この子供は愛によって身ごもられたものではないからです。私は、十戒の事実に関係なく、子供を取り除くことを望む女性を非難することができません。同じことは、彼らが死ぬであろうと知っている貧しい人々に生まれてくる子供たちについても当てはまります。しかしこれについて私は以上のことよりもより理解できます」 聖母は同じ日に、私の質問に次のようにお答えになりました。
聖母:「わがリトル・ペブルは、この小さな者が取り除かれることは赦されるということを知る必要があります。しかし彼は次のことを知らなければなりません。この小さな者が保たれたならば、より多くの功徳があるであろうということを。なぜならこの時、母は、小さな者への愛を通して、そして彼女の罪を償い、なされた行為を償うための十字架として彼女に起こったことを受け入れることを通して、理解するであろうからです。わがリトル・ペブルは、この行為を通して、サタンがこれらの小さな者たちが拒絶されるであろうということを知っているために起こるのだということも知らなければなりません。この小さな光を受け入れることによって勝利があります、そしていかなる損失もありません。貧しい者たちに生まれてくる小さな者たちは、彼ら自身を聖化するのを助けるために与えられるのです。わがリトル・ペブルは、貧しかった数多くの聖人たちがいるということを知るべきです。なぜなら彼らは何も持っていなかったからです。これらの聖なる子供たちが与えることのできたすべては彼らの心でした」

【 説明 】

 神の御母のお答えは、美しいものであり、すべての信仰深い霊魂たちにとって啓発的なものです。それは、カトリックの健全な道徳原理に反していません。それは、無垢な者を殺す直接的に意図された意向を禁じています。直接的に意図された堕胎は、何ら問題になっていないということ読者が理解するのを助けたいと思います。人は、聖母の言葉を理解しなければなりません……『許容される』……彼女の意味するところが把握されない限り、他のすべてのことは誤解されるでしょう。そしてメッセージは間違って裁かれるでしょう。いくつかの重要な仮定が必要です。

(1) 表現そのものに関して。人は、神の御母の言葉に、文字通りの意味によって示唆されていない意味、あるいは表現を読み込むべきではありません。例えば、聖母は次のような言葉を用いておられます。「……この小さなものが取り除かれることは許容されます。……」 人は、これらの言葉に、否定的なステレオタイプを投影してはなりません。そのようなことは、偽りの人間的なつくりごととなるでしょう。人は、当該女性が、悪い意図をもっており、堕胎を直接的に意図したと結論してはなりません。そのような結論は性急であり、メッセージのテキストには、当該女性が直接的に彼女の体内にいる無垢な子供を殺すことを意図したことを示唆するものは何もありません。
 まったく逆に、おそらくその女性は、彼女が知覚した別の人間的善のために行動し、一方悪い効果は意図しなかったのでしょう。この可能性は、このテキストの背後にある意味として同様にふさわしいものです。この後者の良い意味を仮定することは、深刻な悪があると仮定するよりもはるかに良いことです(聖トマス)。メッセージは、それ自身の功徳によって、神の御母によって表現された通りに成立します。聖母が堕胎を唱導していると仮定することは正当でも公平でもありません。これは偽りのつくりごとであり冒涜でしょう。また幻視者は、これらの言葉によって引き起こされた軽微な指標だけで重大な過ちのうちにあると仮定することは、不正であり公正なことではありません。それはまさしく、疑惑に基づく裁きの罪なのです。最後に、聖母はここで、堕胎一般に関するカトリックの倫理原則を定式化しているのではないということは明白です。聖母は、当該暴行の状況に関するさらなる詳細についてはのべることなく、単にこの質問に答えることにとどめておられます。神の言葉は、常に人間にとって試練なのです。

(2) 疑惑に関して。 聖トマスは、性急に裁く誘惑について、軽微な兆候しかない深刻な悪を、疑惑に基づいてある人に帰することについて、人は性急に裁くべきではないと述べています。むしろ聖トマスは、その人について善意に解釈することを好むべきであると述べています。
 その行動を邪悪なものであると直ちに決めつけたり、あるいは当該人物が深刻な過ちに陥っていると決めつけたりするよりも。聖トマスはさらに、そのような性急な裁きは大罪であると言っています。神の御母についての私たちの判断において、この原理を私たちが適用すべきであるのは当然です。人は、聖母のメッセージを深刻に邪悪なものと決めつけるべきではありません。また誰も、そのような性急な裁きによって、幻視者が重大な罪を犯しているとか、あるいは誤謬に陥っていると決めつけるべきではありません。人は、神の御母と幻視者について善意に考えるべきです。聖母がこの女性について次のように言われたことで十分です。「この小さなものが保たれるならば、より多くの功徳があります」 それはより小さな善に対する功徳を意味します。より小さな悪ではありません。(それはなお悪にとどまります) それが、メッセージの字句的な意味によって示唆される重大な仮定です。また人は常に、自分は全体像を見ておらず、聖母によって状況と全面的な道徳的含意は理解されていると仮定すべきです。聖母は、自分自身を誰にも説明する義務はありません。聖母は、罪を犯すことはあり得ず、彼女の言葉や行動において不完全であることはありえません。

(3) 神の御母について。 神の御母には罪はありません。彼女は彼女の幻視者ソーンブッシュを通してリトル・ペブルに偽りの勧告を与えることによって罪を犯すことはありえません。聖母の答えは、暴行に関するさまざまな区別や、暴行が起こった後の当該女性の思考に影響した心理的要因を許容します。彼女を極度におびえさせ、現実から逃避するように追いやった心的外傷や恐怖のために、責任は大きく軽減されます。聖母が回答を述べられたやり方は、情状酌量の状況を許容しています。いくつかの状況は、彼女の子供を拒絶する女性の行動の性質を本質的に変更することがありえます。その行動は望まれない副次的結果として許容されるが、直接的に意図されるのではありません。これが明白な意味です。なぜなら聖母は、女性はその子を保つことを選ぶことによって、より多くの功徳を得ることができると  述べておられるからです。メッセージが直接的堕胎に言及したものであると仮定することは全く意味をなさないでしょう。なぜなら、直接的に引き起こされた堕胎には、何の超自然的な功徳もないのですから! なぜ私たちは、その女性と聖母の言葉の真実のために良いシナリオを仮定してはならないのでしょうか。この事項に関する他の考え方は、疑惑に基づいており、聖母に対する、あるいは彼女のスポーク  スマン、リトル・ペブルやソーンブッシュに対する軽率な裁きです。

(4) 道徳的確実性に関して。 メッセージを受け取る人の道徳的確実性に関して、誰も裁くことはできません。この確実性は神の賜物です。幻視者が偽りのメッセージを受け取ったと軽率に裁くことは間違っています。これは、丸い穴に四角い釘をを打ち込もうとするようなものです。あなたは事実に対して不当な扱いをすることになります。事実は、聖母は彼女の回答に関してより多くの説明を与えることを選択されなかったということです。これはおそらく、ある種の霊魂たちに対するテストとして、このメッセージが神に奉仕するであろうということを彼女が知っておられたためでしょう。原理の事項として、メッセージについてあなたが懐疑的であるならば、あなたは表面的には和解させることが難しいように思われるあらゆるメッセージについての終わりのない疑いの輪の中に陥るでしょう。懐疑主義は、あなたに、確信の希望なしに、あらゆるメッセージとあらゆる幻視者たちに疑問をさしはさませるでしょう。これは、神の恩寵の実効性に対して侮辱するものです。彼の幻視者に確信をもたらす彼の能力において、神を無能と判断することです。そのようなことは確実にばかげています。

(5) 当該女性の罪に関して。この問題の真の焦点は、堕胎によって彼女の子供を拒絶する誘惑にかられた、暴行を受けた当該女性についての「責め」あるいは「罪責」にかかわっています。この場合において、私たちが聖母の言葉を理解することができる限りにおいて、彼女の状況の下ではそのような女性には何の罪責もありません。当該暴行の状況は、極度の感情的ストレスをひきおこすそのような心的外傷や恐怖のもとで、彼女の罪責を根本的に減少させます。邪悪な意図を示唆するものは何もなく、目的それ自体として子供を殺すことを直接的に意図する自由な選択を示唆するものも何もありません。主観的な罪もまったく、あるいはほとんど存在しません。それが、聖母が与えられた回答から、誠実な人間が到達しうる唯一の結論です。

(6) 客観的な道徳秩序に関して。 このことは何ら問題になっていません。リトル・ペブルとソーンブッシュは、カトリック信者として両者とも客観的な道徳秩序を信じています。この特定の暴行の結果として、聖母がより完全で功徳のあるやり方を指摘されたという事実は、意味深いものがあります。そのことは、聖母も道徳的秩序の聖性を支持しておられ、償いをなすことの必要を支持しておられることを明白に示唆しています。このことは明白です。当該行為の道徳的含意を評価する手法としての「結果主義」あるいは「均衡主義」の問題は存在しません。聖母はこの女性について、彼女がこの赤ん坊を保つことを受け入れることが、より功徳があることであるとおっしゃったのです。「……彼女の罪を償う十字架として、そして犯された行為への償いとして。……」 さらに、聖母は神のための勝利に言及しておられます。「……この小さな者を受け入れることによって勝利があり、いかなる損失もないでしょう。……」 ここでもまた、聖母のメッセージの真実を評価することにおける不健全な道徳的原理の問題はありません。

【 良き原則 − 『めったに断言しない、めったに否定しない、常に識別する』】

 今日いかに多くの人々が悪を善であると言明することに性急であることでしょうか。あるいは性急な裁きによって、善を悪と言明することでしょうか。それにおいて彼らは、彼ら自身の心の作り出したものをまことの事実に投影するのです。そして彼らは、彼らの作り出したものを現実であると判断します。そのような人々は真理に対して暴力をふるっています。いかに多くの人々が今日、同じような形の性急な判断に基づいて、真理を否定していることでしょうか。人間の行動の道徳的性質を確定する行動・状況・意図を常に識別する、超自然的に注がれる賢明の徳によって導かれている人がいかに少ないことでしょう。これら後者の人々は、神への真の愛、私たちの聖なるカトリック信仰、彼らの隣人への愛徳、常識、自然的な正義により頼んでいます。この光の下に以上のメッセージを読む人々は、神の御母の答えによって啓発されるでしょう。リトル・ペブルとソーンブッシュは啓発されました。私はこの御回答によって啓発されました。なぜなら私は、聖母は目に見えるものよりも、より深いことを意味しておられるのだということを知ったからです。リトル・ペブルに最も近い人々もこのお答えによって啓発されました。

【 結論 】

 神の啓示された知恵に関して、人は開かれた心を必要とします。このことはいくら強調しても、し過ぎることはありません。現代の人々の心には、あまりにも多くの偏見や傲慢があります。これは原罪の効果です。しかしそれは不正であることの言い訳にはなりません。人々はしばしば、著者によって意図されていない意味を言葉やフレーズに読み込みます。このことはとりわけ、聴衆あるいは読者が文脈を理解していないときに当てはまります。神が何かをある人に啓示される時には、それは以前よりもさらに多くの奥義をもたらします。そしてその人をこれまでよりもさらに困惑させたままにするのです。神の知恵、力、愛は、いかなる人間的な裁判によっても裁かれるべきではありません。聖書には、疑惑に基づいて神を性急に裁いて、彼らの傲慢のゆえに大いなる懲罰を苦しんだ人々の前例があります。偉大な聖人あるいは罪人をつくりだす人間的ドラマを照らし出す、多くの教訓が聖人たちの生涯の中にあります。時としてこれらの状況は悲劇的なものです。
 神の摂理の神秘は、善と悪の戦いのまさに中心にあります。いかなる被造物も、神ご自身の見解の真髄を理解することはできません。なぜ神は神がなされるやり方でなさるから。このように、神の啓示された言葉は、常に人間にとって問題をもたらすのです。きわめてしばしば、そのような啓示は、メッセージを読みあるいは聞くように運命づけられた人への試練としての意味を持ちます。これが、彼の御旨(みむね)を実行する人々を準備するために、彼の子供たちを霊的に前進させる神のなさり方なのです。
 私はこの手紙が、混乱した人々を照らすのに役立つことを期待します。私たちは、他人を判断することにおいて常に公平であるべきです。私たちは常に善意を仮定すべきであり、真理に到達する方法としての疑惑を避けるべきです。法律あるいは事実についての合理的な疑いがあるときには、私たちは直ちに言明をなすことをめったにしないようにすべきです。しかしながら、私たちはまたそれを直ちに否定すべきでもありません。むしろ私たちは、真のカトリックの道徳的な教えを用いて、そして私たちの規範的な権威としての教導権と信仰の遺産に基づいて、真理を誤謬から区別するように努めるべきです。当該個人の変更されえない権利のため、とりわけ自然的正義のために、疑惑については良いほうに解釈しながら。カトリック信徒にとって、これらの権利と特権は、教会法において保証されています。

 マルコム・L・ブロサードJr.神父
 1999年12月16日
【 著者の注記 】
 これを書いている現時点は2000年5月です。そして私の人生の物語についてのこの第二巻は出版されようとしています。第一巻においてそうであったように、私は読者の前に、私と私のミッションにかかわる正しい状況を提示することを望みました。皆が、現時点において、進行しつつある出来事を理解し評価することができるように。

 私の人生の第一巻において、ドイツの司教バーソロミュー・シュナイダー閣下の働き手と保護による、カトリック教会における聖シャーベル修道会の認可を読者に知らせることをもって私は追記を終えました。この承認は1999年5月に与えられました。続く20カ月の間に、多くのことが起こりました。そして私は、無知、無理解、明白な不正によって、私と私の仕事に降りかかってきた多くの困難について公衆が知ることを望みます。

 年が経過するにつれて、私の主張に対する教会の調査は、ウォロンゴング教区の司教フィリップ・ウィルソン閣下の指導のもとで続けられてきました。奇妙なことに、私は閣下から聴聞会に出席するようにとの招きあるいは召還をなんら受け取っていません。ミッションにおける私の関係者たちも受け取っていません。私はまた、教会の調査委員会が選任されておらず、また私の弁護者としてだれも指名されていないということを知りました。
 1999年4月5日、フィリップ・ウィルソン司教は、手紙で私に連絡を取ってきました。その内容は、およそ30年前の、彼の教区における、ある司祭にかかわる性的嫌がらせの事件に関して私が彼に提出した主張に関するものでした。特別委員会が招集され、私の主張が検討されました。そして司教は、名指しされた司祭は、過ちを認め、精神科医によって治療を受けていると告げました。かくして、委員会の事実認定は私にとって好意的なものでした。この事件について多くのことが新聞に発表されました。
 同じ年の6月に、ウィルソン司教は、彼のみがこの教区における新しい修道会を認可する権威を持っているという趣旨の公式声明を報道機関にしました。しかしながら彼は聖シャーベル修道会には直接言及しませんでした。
 7月13日に、私たちの住み込み司祭ブロサード神父は、一週間にわたって外出し、私たちの共同体のメンバーたちは、毎日のミサにあずかるために、車でナウラの教区の教会に行きました。当然のことながら、私たちのメンバーたちは、修道会においてそうしているのと同様に、私たちの主を舌で受けるために聖体拝領においてひざまずきました。この敬意は、何人かの聖職者たちの間に混乱を引き起こしました。そして教区の司祭は修道会のメンバーたちを批判し始め、彼らが教会の中にいるのは非常に困難になりました。委員会は、司祭による非常に正確な言明を提供され、このことは、教区の司教に私が抗議することを余儀なくさせました。
 同じ月に、聖シャーベル修道会はいくらかの成功と受容を達成しました。修道会の二人の修道女が、フィリピンのシン枢機卿をマニラに訪れ、温かく迎えられた時に。枢機卿は、聖シャーベル修道会を祝福なさり、それを彼の教区に歓迎しました。枢機卿は、修道会のカリスマと働きを理解しておられ、その成功をとりわけその地域において望んでおられました。彼はまた、彼の教区において修道会の母院が確立される望みを表明し、この修道会が全世界的に受け入れられることを望まれることを熱心に表明されました。メディアは素早く枢機卿との会合を報道しました。そして修道会とその働きを奨励した枢機卿の手紙は攻撃されました。メディアは、単にそれがイギリスの習慣によってではなくアメリカ流のやり方によって日付を書かれているというだけの理由で、真の手紙ではないということをほのめかして中傷しました。
 「教令」の形で、圧倒的な規模の雪崩が私たちの上に降りかかってきた時に、メディアの活動はまだ続いていました。司教は、1999年9月27日の日付で、私の事務所に「指示」をファクスで送ってきました。それは午後5時に到着しました。私はこの「教令」を受け取って驚愕しました。そして翌朝、私と聖シャーベル修道会に対する彼の「教令」について言及した記者会見を彼が開催したときに、私はその内容を「消化する」時間をほとんど持っていませんでした。彼の「教令」は要するに、修道会を「批判した」ものであり、私に対していくつかの要求をなしていました。
 第一に、司教は、教義的な調査は予備的段階にあり、その委員会はまだ立てられていないということを述べました。ここで説明しておきますが、公の調査は1998年9月に開始されました。そしてまだ委員会は指名されていなかったのです。私は、私に反対する「教令」がどうして出されうるのか、不思議に思いました。とりわけ同じ文において、まだいかなる委員会も立てられていないと告げられているというのに。閣下からのそのような言明には何の実質あるいは効力もないのです。

 第二に、司教は、彼の調査は、シュナイダー司教が詐欺師であるということを明らかにしたと述べています。

 第三に、司教は、フィリピンのシン枢機卿は、聖シャーベル修道会は彼の支援を受けていないと告げる手紙を彼に書いてきたと言っています。さて、これは、聖シャーベル修道会に対して書かれたシン枢機卿の手紙と矛盾しています。後の手紙において、枢機卿は単に、現地司教が認可を与えるまでは彼は何もすることができないと述べられただけでした。

 第四に、司教は、修道会の修道女たちによって立てられた修道誓願を認めることを拒否しています。

 第五に、司教は、私がシュナイダー司教と関係を持つことをやめるように命令しています。

 最後に、私は聖シャーベル修道会を閉じるように命令されています。

 私は直ちにこのいわゆる「教令」に反応しました。なぜなら司教は、私を取り扱うことにおいていくつかの教会法に明白に違反し、「委員会」の決定をあらかじめ無効にしたからです。私はローマと教皇に遅滞なく上訴しました。それが教会法1630条の下における私の権利だからです。この上訴は、自動的にウィルソン司教の判決を停止しました。
 司教や聖座からのいかなる反応もないまま7ヶ月が過ぎ去りました。教会法の下では、聖座は30日以内に回答しなければならないのですが。言うまでもなく、メディアはやりたい放題のことをやりました。この厳しい試練の間、私はさらに加えられた不健康の重荷を担いました。1999年6月から今年の3月にかけて、私は次々とさまざまな病気に苦しみ、寄生虫にとりつかれ、それは何ヶ月もにもわたって私を苦しめました。私は心臓の問題に苦しみ、常時の胸部疾患、気管支炎、そして最後には肺炎になりました。私自身だけではなく、私の家族が胸部の疾患に苦しみました。
 その年の終わりが私たちに訪れ、メディアの攻撃の観点からそれを見るならば多くの点においてそれは災難の年を終わらせました。しかしながら第三の千年期の前夜に、私たちはいくつかの励ましとなる印を受け取りました。最初のものは、十二月の終わりごろにもたらされました。ザイール教区のル・フレデリック・エツ枢機卿が彼の秘書キンシャサのマイ・ダニエル司教を通して私に連絡をとってきた時に。ミッションが彼らによって支持されており、彼らは私たちの会則と会憲を受け取ることを望んでいると私は知らされました。枢機卿は、ローマへ旅行する予定であり、彼はそれらを教皇ヨハネ・パウロ二世に提出することを望んでいました。
 1999年12月28日に、私たちはもうひとつの歓迎すべき光を受け取りました。フィリピンのチェブの教区の総代理、クリス・グラシア閣下からの手紙です。この励ましの手紙は、私たちに私たちの仕事を続けるように説き勧めました。同じ教区のヴィダル枢機卿の申し出を通して、彼は私たちを支援するであろうからというのです。彼はまた、聖シャーベル修道会の認可を求める私たちの追求において私たちを支援することを約束なさいました。そして現在、修道会の文書は彼自身と枢機卿によってローマに提出されるために準備されつつあると告げられました。
 最後に、聖シャーベル修道会は、ベネズエラのメリダのバルタザール大司教に、彼の教区において受け入れられるために提示されたと私たちは知らされました。

 2000年1月の初めごろに、私たちは私たちの主張の喜ばしい確証を受け取りました。このことは、バチカンの公式の新聞であるオッセルバトーレ・ロマーノによって明らかになりました。シュナイダー司教は、ウィルソン司教の「教令」によって述べられたような詐欺師ではないということを私たちは告げられました。
 2000年2月に、フィリピン出身のアルゲレス司教が、私たちを支持することに同意しました。彼はまた私たちの主張をローマに申し立てることを意図しています。さらに、時がたつにつれて、2人の司教たちが私たちの支援に加わりました。現時点において、私たちのために残されている全てのことは、幸福な結果を待ち祈ることです。

 この注記を終えるために、私はメディアによるさらなる攻撃について詳しく述べておかなければなりません。今年の3月に、ウガンダにおけるいわゆる大量殺人が全世界に報道されました。この悲劇において、何百人もの人々が、彼らが祈っていた教会が火に包まれた時に死亡しました。これらの気の毒な人々は、ジョセフ・キベテレ氏によって指導された「十戒の復興のための運動」という宗教的グループに属していました。メディアは、このグループを聖シャーベル修道会に急いでなぞらえました。少しでも知性のある人なら、そして真の事実を知っている人なら、このような関連付けがいかにばかげたものであるかを見て取るでしょう。私たちのメンバーたちが「横になって死ぬ」ことを準備していたという推測を伴う新聞の報道がいたるところに現れました。新聞は、集団自殺の可能性について語りました。あたかも私たちが自分たち自身をかたづけようとしているかのように。私はこのばかげた主張に反論しました。もし私が「平和のうちに安らぐ」ことを意図しているのであれば、きたるべき懲罰に備えて食料や水や暖かい衣類を蓄えたりするのは何のためかと反論することによって。
 他の報道は、現時点におけるコミュニティーにおけるメンバーたちのための軍事訓練の慣行の存在を主張しました。何とばかげた言明でしょう。もし、聖シャーベル修道会についてのいわゆる専門家が、過去15年間にわたって私によって公表されてきた聖母のメッセージのいくらかでも読んだならば、私たちが頼っている武器とはロザリオとスカプラリオであるということを知ったでしょう。すなわち、聖母の保護の力と私たちの祈りです。
 メディアはまた、私のメッセージが、大量虐殺のために彼を捜査している権威者たちによって以前のウガンダの指導者の家において見つけられたと報告しています。このことは彼らにとって私に対する告発状となっているようです。報道機関が理解することができないように思われることは、聖シャーベル修道会は「洗脳された」人々の小さなグループではなく、世界中に何千人もの支持者をもつ修道会であるという事実です。
 私はウガンダの首都カンパラを1989年に訪れました。エマヌエル・ワマラ枢機卿の招待によって。私は人々に対して講話をするように招かれ、それを私は一度ならず行いました。私は何千もの言葉を述べ、またラジオやテレビでも話しました。私のメッセージは、ウガンダやアフリカの国々においてよく知られているのです。なぜなら私のミッションを支持する大きな集団があるからです。私の公のメッセージは、15年間にわたって世界的に広められてきています。ジョセフ・キベテレ氏は、おそらく私の集会に参加したことがあったのかもしれません。それゆえ、私のメッセージが彼の所有物や他の関係者の所有物の中に見つかったとしてもそれは別に奇妙なことではないのです。
 続く何ヶ月かの間、私は私のミッションを擁護してラジオで話すのに多くの時間を費やしました。私は、一般雑誌のレポーターたちに「オープンハウス」を開放しました。人々が、報道機関の想像力の産物ではなく、私たちの実情を見ることができるように。しかしこのような状況においても、彼ら自身の主張の成就を望み、真の正確な提示がなされることを妨げようとするテレビの担当者たちに、インタビューやビデオテープの編集は何の問題ももたらしませんでした。かくして常時の報道と誤った提示が続行されました。
 5月に、私たちの共同体は、懲罰が感じられる場合に備えて準備し続けていました。惑星の直列は5日に起こりました。そして2番目のは28日に起こりました。私がこの第2巻への最後の注記を書いているときに、長く待たれていた希望は成就されました。私は、5月5日の日付のウィルソン司教からのファクスを受け取りました。その中で彼は、私の書いたものや私の仕事を調査するための委員会を立てたと述べました。そして彼が言うところの「いわゆる」聖シャーベル修道会を。ほとんど同時に、ケヴィン・マシュー神父からファクスが届きました。それは彼が調査における手続きの指揮者として指名されたことを告げていました。
 それゆえ私はこの注記を終えるにあたって、この長く待たれた恵みについて神に感謝します。最後に私は、真実の正しい調査が、聖にして母なる教会の法令に従って進展し、神の意志と計画に従って約束された勝利が訪れることを祈ります。しかしながら私たちは私たちの霊魂と肉体を準備することを続けます。遅かれ早かれこの第三の千年期の年に、大いなる懲罰が訪れた場合には、これらの展開は、私の著作の第三巻において読まれることになるでしょう。

 私はこの巻を、励ましの言葉で終えます。5月18日、教皇聖下は彼の80歳の誕生日を祝いました。2日前の5月16日に、私は私の50歳の誕生日を祝いました。そしてフィリピンのアルゲレス司教からの手紙という形で天からの贈り物を受け取りました。彼は、聖シャーベル修道会の認可を求める私の求めについて、教皇ヨハネ・パウロ二世に話す予定であることを明かしました。私たちは、大いなる希望と期待をもって結果を待っています。以下に、2000年5月5日のウィルソン司教からの「教令」とケヴィン・マシュー神父からの2000年5月12日の手紙を掲載します。

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「2000年5月5日の、ウィルソン司教の教令」
フィリップ・ウィルソン神学博士・教会法修士
ウォロンゴング司教
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【 教 令 】
 この教区において奉献生活団体としてへの認知を求めるアソシエーションの認知に責任を持つ唯一の権威として、私はここにウィリアム・カムの著作および仕事、そしていわゆる聖シャーベル修道会を調査するための委員会を設立する。
 この委員会は、二人の神学者、二人の教会法学者によって構成され、ケビン・マシュー哲学博士・教会法博士・神学修士によって指揮される。
 委員会の権限事項は以下の通りである。
(1) ウィリアム・カムの著作および仕事、そしていわゆる聖シャーベル修道会を調査すること。
(2) ウィリアム・カムの教えと仕事と聖シャーベル修道会の、カトリック教会の教えと実践への従順を確立すること。
(3) ウォロンゴング司教に勧告を行うこと。

ウォロンゴングおいて発令
2000年5月5日
ウィルソン神学博士・教会法修士
ウォロンゴング司教
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(2000年5月5日の、ケヴィン・マシュー神父のファックス)
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親愛なるカム様、
 あなた自身の著作や仕事、そしていわゆる聖シャーベル修道会を調査するための委員会をウォロンゴング司教が立てられ、私に手続きを指揮することを求められたということを聞かれてあなたはお喜びになることと思います。
 調査の第一段階は、あなたの著作を調査することになるでしょう。第二段階では、個人的な聴聞が行われるでしょう。
 ウィルソン司教は、あなたが彼に送付した番号を付されたいくつかのメッセージを私たちに見せています。そしてこれらのものは私たちの目的にとって十分です。しかし、調査を容易なものとするために、あなたがあなたの本を四部と修道会の会憲を二部、私に送っていただければ嬉しく思います。
 この段階は明らかにいくらか時間がかかるでしょう。そしてあなたは、委員会の前へのあなた自身の出頭が要求されるときにはそのことを告げられるでしょう。

キリストにおいて敬具

ケビン・マシュー神父
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(ケビン・マシュー神父へのリトル・ペブルの最初の返書)
 2000年5月5日
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親愛なる神父様、
 本日到着したあなたのファクスに感謝します。ウィルソン司教からの最新の「教令」も到着しました。
 調査の第二段階を始めるためのステップが進行しつつあることに私は喜んでいます。あなたはこの調査の指導者として指名されたので、私はあなたに、私は聖シャーベル修道会に関するあなたの言及について快く思っていないということをあなたに記録していただくことを求めます。それは「いわゆる修道会」ではありません。私はこの用語法とそのほのめかしに反対します。それはその設立以来ずっと、教皇聖下によって確立され推進されているものとしての奉献生活の新しい形態なのです。1996年の「奉献生活」と題された教皇ヨハネ・パウロ二世の使徒的書簡を参照していただきたく思います。
 修道会の文書は1988年、修道会の司祭によってローマに提出されています。そしてその後も何度か提出されています。「いわゆる」というあなたの言及は、修道会がインチキな組織であるという印象を引き起こします。そしてこの言明は容易に委員の思考を左右することになるでしょう。教会法の下においては、委員会は、公平で偏見のない審査員によって構成されなければならず、決定がなされる前に、提示された事実を公平に判断しなければならないのです。
 神父様、そのような教会法の下での委員会は、私のために弁護人を指名しなければならないと私は理解しています。弁護人は誰なのか、あるいは私は誰かを私自身で選ぶことが許されているのか、知らせていただけますか。
 さらに、昨年9月において、ウィルソン司教は、委員会からのいかなる公正な事実認定もなく、そしていかなる適切な法あるいは手続きもなく、私に「教令」を発しました。そして彼は私に聖シャーベル修道会を解散するように要求しました。どうして私はそのようなことをなすように命令されうるのでしょうか、調査によるいかなる事実認定も記録されてはいないというのに。このことは全く教会法に反しています。私は上告をローマに送りました。委員会が14日以内に私と連絡を取らなかったからです。そのような場合において教会法によって要求されている通りに。上告はどこにありますか。また上告は、ローマから30日後に回答されなければならないはずです。
 さて新しい「教令」が登場しました。それは単なる事実の言明にすぎません。司教は調査を続けています。そのことは、彼の以前の「教令」において、調査を行う彼の意向という事実との不整合を示唆しています。しかしあらゆる指標は、いかなる手続きも取られなかったということを示しています。なぜなら、私自身や修道会に対するいかなる聴聞もなく、主要な証拠はなおざりに付されたからです。
 あなたが言及した「いわゆる修道会」は、国家的にも国際的にも合法的な組織として登録されています。なぜならそれは修道組織として登録されることを妨げられてきたからです。
 私はあなたの求めに喜んで応じます。そして本と文書は遅滞なくあなたのもとに届けられるでしょう。
 どうか私を理解して下さい、マシュー神父様、私はいくらかの活動が司教の事務所から出てきていることに喜んでいます。そして最終的に適切な調査が始まろうとしているということに。しかしながら、将来における参照のために、私と聖シャーベル修道会に関して、司教と委員会によっていくつかの教会法が侵害されたということをあなたに記録しておいていただきたいのです。

あなたに神の祝福を祈ります。

あなたの真摯なるウィリアム・カム
モデレーター
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(2000年5月12日のマシュー神父の返信)
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親愛なるカム様、
 私は、5月5日の日付で、5月6日にファクスで送付されてきたあなたの手紙を受け取りました。「いわゆる聖シャーベル修道会」という用語の使用についてのあなたの反対に関して、以下のことを心に留めていただきたいと思います。

(1) 奉献生活組織の認可は、いくつかの段階を必要とする長くゆっくりとした過程であるということ。
 a.あなた自身の司教による、奉献生活組織としての認可を求める「信心会」あるいは「信心同盟」あるいは「兄弟会」としての認知。この時期は数年間続き、詳細な調査が行われます。「奉献生活」の精神に沿った新しい奉献生活の形態については、次のステップに至るまでにさらに長くかかると思われます。
 b.第二の段階は、教区法による会としての認可です。教会法579条の下において、このことは、司教が聖座に諮ることを必要とします。教会法594条と595条は、組織が教区司教の管轄の下にとどまることを明白にしています。
c.第三段階は、バチカンによる、試験期間の後の、聖座法による会としての認可です。

(2) あなたがたは、世俗法上の認可を有しているかもしれませんが、あなたの教区の司教の認可を得ておらず、以上に述べたいかなる形態の認可も有してはいません。そしてこのプロセスを開始するために要求される認可をあなたに与えることができる権威は、あなたの司教以外には存在しません。

(3) あなたがたは、教会法的に認知された団体としては存在していないのですから、あなたがたのグループに対して、あなたがたがその権利を持っていない認知、そして私が与える権利を持っていない認知を私が与えることは、教会の立場を裏切ることになるでしょう。別の言葉で言えば、私は公平でないことになるでしょう。

(4) あなたがたがそのような認知に値するかどうかを決定することが、まさしくこの調査の目的のひとつなのです。

 弁護人に関するあなたの質問に関して。もちろんあなたはそのような支援を得る権利を持っています。あなたに知らせる時期が訪れたときには、あなたの主張を援助するための可能な弁護人の選択リストがあなたに届けられるでしょう。
 あなたの手紙において言及された他の事項に関しては、私は答える権限を持っていません。お分かりの通り、それらは、この新しく指名された委員会の権限事項の中に含まれてはいないからです。
 あなたが約束された本は今朝無事届きました。そして今日、委員会の他のメンバーたちの各人に送付されるでしょう。私の求めに対するあなたの素早い応答に本当に感謝します。

キリストにおいて敬具
ケビン・マシュー神父
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(マシュー神父の二番目の手紙へのリトル・ペブルの回答)
2000年5月22日
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親愛なる神父様、
あいさつします。私の手紙へのあなたの素早い対応に感謝します!

 あなたが私たちの修道会について「いわゆる」と言及したときに、あなたは事態を正しく述べてはいません。このことはそれ自体で、怪しいあるいは偽りの組織であるというほのめかしを含んでいます。もし私が、あなた自身のように、「いわゆる」神学博士と発言したならば、そのような言い方はどのような思いをひきおこすことでしょうか。
 私も、聖シャーベル修道会も、この委員会も、軽微な事項と考えられるべきではありません。なぜなら非常に真摯な霊魂たちがかかわっているからです。フェンスのどちらの側に彼らが立っていようとかかわりなく、イエズス・キリストに非常に献身した霊魂たちです。
 第二に、私たちは、信心会あるいは兄弟会ではありません。なぜならこれらの会員のいずれも、誓願を立てた霊魂たちを持ってはいないからです。またそれらの中には、規定された生活様式に従うためにとられる公式の奉献というものもありません。これらのものを規制する教会法と、修道会あるいは団体を規制する教会法とは、大きく異なっています。そしてあなたは教会法学者としてこのことを知っているべきです。
 聖シャーベル修道会は、教会法の下における奉献生活の新しい形態であり、この認可は、その最終段階においてローマからのみもたらされます。そして地方の司教によって支援されなければならないのです。(訳注:教会法605条参照) もし、ある教区司教が修道会を認可するならば、これはそれを支援しローマの決定に向けてそれを育てる準備的なステップにすぎません。私たちに反対する1984年12月8日のマーリ司教の司牧的声明にもかかわらず、1988年以来、修道会に対する私の教区の司教による認可を私が求めてきたのはこの理由のためです。
 そうです、私は調査と認可に必要となる時間の長さをよく知っています。しかしそれはそうとして、そのことはまた、裁きや偏見なく行われるべきだということも意味しています。それゆえ委員会というものがあるのです。現司教の行動や、以前の司教の行動は、偏見や、私の仕事や主張に対する性急な裁きのあらゆる兆候を示しています。それは公式の聴聞もなしになされたのです。報道機関もまた、私の主張に反対する教会の強力な協力者として常に使われています。1984年以来、委員会が設立されることを私が求めてきたのはこのためなのです。
 私たちがいかなる公式認知も得ていないというのは正確ではありません。あなたが、私たちの公式諸文書のいかなるものも研究したことがないということは私には明白です。それらはたくさんあります。その中で私たちは、修道会および「慈善事業」に関するそのような認知を受け取ってきています。間もなくあなたに知らされるでしょうが、あなたへ次のことをお知らせしておきます。司教である私の友人が、聖シャーベル修道会の認可について議論するために2000年5月18日に教皇にお会いしました。私は彼の帰還と報告を待っています。あなたのご参考のために最新のメッセージを同封しておきます。

あなたの上に神の祝福がありますように。

キリストにおいて敬具

ウィリアム・カム
モデレーター



【 日本語版の謝辞 】

 私たちはリトル・ペブルさんの本、「THE LITTLE PEBBLE - THE LAST POPE」日本語版について、2001年11月17日に翻訳と出版の権利をリトル・ペブルさんからいただきました。どんな天からのメッセージにも版権はありませんが、リトル・ペブルさん自身の著述に関しては版権があります。この日本語版「リトル・ペブル 最後の教皇 第二巻」の著作権は「箱舟の聖母社」にあります。この重要な本を発行するにあたり、寛大なご寄付をくださった皆様、また翻訳のために膨大な時間と労力をささげてくださったU氏、N氏に、あつく感謝いたします。
2006年5月
箱舟の聖母社
コルベ・マリー阿部哲朗

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原題: "Petrus Romanus" - The Last Pope - Volume 2
    The Manuscript is Copyright (c) 1999 by William Kamm.
William Kamm, P.O.Box 815, Nowra, N.S.W. Australia
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「リトル・ペブル 最後の教皇 第2巻」日本語版
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2006年5月 第1刷発行
2008年2月 第2刷発行
著 者 ウィリアム・カム
編 集 コルベ・マリー阿部哲朗
発行者 コルベ・マリー阿部哲朗
発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 郵便振替 02260−0−91200
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(c) 2008 in Japan by Hakobune-no-Seibo-Sha
Printed in Japan
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