「リトル・ペブル 最後の教皇 第1巻」
日本語版

(C)箱舟の聖母社






リトル・ペブル 最後の教皇
第1巻 ウィリアム・カムの証言と神秘的生活


目次

永遠の御父への献辞 ------------------------------- 4
著者の前書 --------------------------------------- 4
リトル・ペブルに関する聖書の言及と預言 ----------- 10
マルコム・ブロサード神父による序論 --------------- 11
第一章 若い頃 ----------------------------------- 34
第二章 最初の神秘的経験 ------------------------- 44
第三章 私の初恋とそのトラウマ的な結果 ----------- 57
第四章 リトル・ペブルとしての私のミッションが始まる ------------- 65
第五章 迫害が始まる ----------------------------- 84
第六章 最初の世界旅行 − 1986年 ---------------- 106
第七章 教会が意見を述べる ---------------------- 137
第八章 貧しい人々への援助 ---------------------- 150
第九章 預 言 ---------------------------------- 162
第十章 天からの対話。賜物と苦しみ -------------- 207
第十一章 私の生活における典型的な一日 ---------- 250
第十二章 ナウラで見られた奇跡 ------------------ 261
第十三章 さらなる世界旅行 ---------------------- 270
第十四章 ポーランドへの旅。
1988年。裏切り ----------------------- 277
付 録 ------------------------------------------ 289
謝 辞 ------------------------------------------ 295
日本語版の謝辞 ---------------------------------- 296






永遠の御父への献辞
 愛と憐れみのわが父、すべてのものに対して存在を与える方へ。私の人生に関するこの著作を、不肖の息子から父への贈り物として捧げたいと思います。
 私は御父の懐から来ました。御父の神聖な愛の火花として。そしていつの日か、御父の清く聖なる似姿で、そのもとに帰るでしょう − 御父が私にそうなることを望んでおられるように。
 私はこの著作を、わが愛する御父、創造者に捧げます。そして、この著作を読むすべての人が真理を知り認めるように祈ります。また、すべての善意の霊魂たちが、私がそうしてきたように、天の父を愛するようになるよう祈ります。そして、彼らが御父の忍耐と慈悲、愛の深さを理解するように。なぜなら私たちは皆、無限の価値を持つ御父の創造物だからです。
 御父がその愛する息子イエズスの似姿を、いつも私のうちに見てくださいますように。そして私の人生が、御父の愛を証しするものとなりますように。一人の罪人である私と、神のすべての子供たちが、いつの日か父の御顔を仰ぎ見て、永遠にその愛の甘美さを味わうことができますように。

【 奉 献 】
 祝された乙女マリアによってリトル・ペブルに霊感を与えられたもの。

 おお、愛と憐れみの永遠の御父よ。私は自らを、無限の価値を持つ御父の創造物として、あなたへ奉献します。私のすべてを、あなたの小さな子供、罪人である私のすべてをお受け取りください。私をあなたの清く聖なる似姿としてください。私があなたの懐から出てきたときにそうであったように。私が再び塵にもどるとき、あなたが望んでおられるごとくに私がなることができますように。御父とともに、その神なる御子イエズスと聖霊のうちに、永遠に生きることができるように。
 父よ、私の父よ、私の日々の過ちをお赦しください。私の数々の罪を消し去ってください。あなたが私のうちに御一人子の似姿のみをご覧になりますように。私はあなたを愛しています、父よ、そして私の命の故にあなたに感謝します。あなたの子供。アーメン。



著者の前書
" Totum me do - Omnia Accipiam " (我に全てを与え給え。我全てを受け入れん)
 この導きの格言は、世界の歴史における最後の教皇のその紋章に飾られるものであり、私の人生を物語るものです。天の元后によって私に与えられたこの美しい格言は、聖母が私に望んでおられるすべてのことを意味しています。そしてそれは、神の栄光のために私にゆだねられた仕事を果たすように駆り立てる拍車となっています。
 私の人生の物語が今、出版される理由は、単にそれを神がお望みだからです。数年にわたって神はそれを望まれてきました。いくつかの理由によって、この仕事はこれまで達成に至りませんでしたが、今は好ましい時であるということができるでしょう。そしてついにこの大変な計画は完成しました。読者はこう尋ねるかもしれません。「リトル・ペブルとは何者なのか? 現代の世界でリトル・ペブルがどういう役割を果たし、世界にどう関係してくるのか?」。この本は、これらの質問やその他の疑問に対する答えを明らかにするだけではなく、私の若い頃の生活とミッションの概観を衆目に示すものです。また読者は、神の民と世界に対する神の計画の一端を垣間見るでしょう。その計画とは、神の無限の憐れみから来るものなのです。
 ラテン語の称号、Deus Parvus Calculus(神の小さき石)は、1982年に、祝された乙女マリアから私に与えられました。マリア様は、それは黙示録からとられたものですと仰いました。そして私にそれを見つけ出すように指示されました。第2章17節に次のようにあります。「聞く耳を持つ者には誰でも、霊が教会に語ることを聞かせなさい。勝利を得る者には私は隠れたマナ、そして白い石を与えよう。その石には、それを受け取る者のほかは誰も知らない新しい名前が書いてある。」
 この黙示録の一節において、聖母は、私を「隠れたマナ」あるいは「白い石」として、別の言葉では「小さな石(リトル・ペブル)」として、言及なさいました。このようにして私は、その上に教会が再建されるであろう小さな岩、人々を不信仰の砂漠から「新しい聖なる時代」( New Holy Era )の約束された地へと向けて導く、神の選ばれた民の指導者となることになったのです。
 私の使命が始まってから、神とその聖なる母、汚れなきマリアは多くのさまざまな愛情に満ちた仕方で私に語りかけ、私の想像を超える威厳を私の人格に授けてくださいました。時が経つにつれて、神は幻視者そして終わりの時の預言者としての私の主要な役割の五つを明かされました。それらは、

(1) イエズスの再臨に向けて神の民を準備すること。
(2) 教会を強めるために、すべての幻視者たちを共通の絆のうちに
一致させること。
(3) 東方と西方のキリスト教徒を一致させること。
(4) 司祭、修道者、家族からなる新しい修道会を創立すること。
世界中における自給自足の共同体の建設。
(5) すべての人々に救いの御言葉をもたらすこと。

 私の人生は、神からのこの命令を目的とするものです。天からの指示を実行するために、そして神の聖なる意志を実現するために、エネルギーのすべてを費やしています。
 第一に、私は、世界へ向けて神の預言的な御言葉を発するよう召されました。天からの580以上にものぼるメッセージを受け取ることによって(それらはすでに公表されています)、これを行い続けています。
 第二に、何百人もの幻視者たちが、この時点で私とそのミッションに一致しています。そして意思疎通が常に、日々行われています。神秘的教会の頭としての私のリーダーシップの下に、すべての幻視者たちに一致するようにとの招きが世界中に発せられました。
 第三に、東方典礼カトリック教会のメンバーたちとの対話と協力の門を開くために、大きな進展がありました。
 第四に、聖シャーベル修道会は、終わりの時のために栄える修道会であり、地球上の多くの国々において急速に成長しています。新しい聖なる時代における新しい生活様式へと信者たちを準備するために。
 何年ものミッションの間に、真理に飢える人々のもとへ神の御言葉をもたらすため、私は何回も世界を旅行してきました。多くのことが達成されましたが、黙示録的な時代の成就に向けて進むうちに、さらに多くのことが見られ、なされることでしょう。私は、神の預言者として、神のつつましい道具にすぎません。神の偉大な計画に参加するように恵みを与えられ、予定されました。私は私自身では無にすぎません。私は、神が私に与えられたものを反射することができるだけなのです。そして、以下のことを言っておかなくてはなりません。幻視者の主要な使命とは、すべての霊魂たちにおいて、そして教会において、私たちの神なる主の永遠にして不変の教えを保存し確認することです。
 読者は、この本を通じて、私が特に神に愛された人間だが、すべての人と同様に日々の生活に苦闘している単純な人間であるということを見いだすでしょう。私は、すべての善意の霊魂たちと同様に、サタンの激怒と戦わなければならず、神の善性と憐れみと終わりのない保護の約束に信頼して、信仰のうちに前進しなければならないのです。神は私に、これまでいかなる人も受けたことのなかったものを授けてくださいました。「三重の契約」です。私は新しい聖なる時代の無垢な民族、新しい諸世代をもたらすための「小さなアブラハム」です。私は、救い主の聖なる傷の印を帯びた者であり、教会のための最後の教皇となる人間です。
 これらの使命とそれに伴う責任の重大さにより、苦しみは大きいです。しかし私は、その苦しみは、私の寛容な天の父によって私に授けられる驚くべき賜物と祝福とによって、甘美に和らげられていると本当に言うことができます。それゆえ私の人生の仕事は、神の偉大なる愛の表れでなければなりません。教皇ヨハネ・パウロ二世が彼の使徒的勧告「奉献生活」において述べるように。
「奉献生活の最初の義務は、召し出された者たちの弱い人間性の中に神がもたらす驚異を、目に見えるものにすることです。完徳の高みに向けて聖霊によって導かれる程度に応じて、奉献された人は、こう叫ぶかもしれません。『私はあなたの顔の美しさを見る。その輝きを観想する。その光を反映する。私はそのいい表しがたい輝きのうちにとらえられる。自分について考えていると、自らの外へと連れ出される。そして、過去の自分と未来の自分とを見る』」。
 必要上、この本は4巻になっています。第1巻は、私の若い頃を扱っています。戦争によって荒廃したドイツでのその始まりから、オーストラリアにおける成年期までです。私の人間関係との取り組みにおける試練と喜びの個人的な物語。日常生活の節目となる特別な神秘的出来事。そして私に公聴会を提供することを拒否する、位階制度(ヒエラルキー)としての教会の不寛容性を扱います。預言者は決して自分の故郷では敬われないという聖書の引用は、この巻において、激しいメディアの攻撃が例証しています。しかしこの本はまた、神とその聖なる母の言葉を貪るように読み、私に多くの国々で親切な歓迎を与えてくれた、他の国々の良い霊魂たちの愛と献身にも光を当てています。また、私はこの本に、天によって与えられた預言のいくつかを含めましょう。その多くはすでに成就しています。また、私の人生に関するこの第1巻には、以下の事項を書き留めました。まず、私が天とした対話。これは皆の教化のためです。また、神が無限の善性のうちに私に授けられたいくつかの賜物について。これは神への感謝のしるしです。
 続く三巻は年内に出版するつもりです。そこには、私の使命に関する多くの議論を呼んでいる事項を書きます。神秘的結婚、王家、世界の幻視者たち、裏切りと不一致、成就された預言と将来のための預言、1990年代後半の混乱した時期、そして聖母の偉大なる勝利。こうしたことと、その他の主題は、後続の巻における内容となります。この前書を終えるに当たって、読者の寛大さに感謝しつつ、天の御父からベネズエラの幻視者、シスター・マリア・アズチェナ・ロドリゲス・ベルリオスに与えられた美しいメッセージの一部をここに載せたいと思います。その中で、シスターは私とこの著作に対する神の祝福を求めました。
 この美しい霊魂と私は、1997年に知りあいました。シスターがベネズエラのメリダにある修道院から、誓願を立てたドミニコ会の修道女としての身分を明らかにして、私に連絡をとってきた時です。シスターは幻視において、聖シャーベル自身からその名前を冠した修道会、私自身がその創立者である修道会について告げられていました。私たちの主は、シスターに命じました。「母院を訪ね、聖シャーベル修道会のカリスマを学ぶために、リトル・ペブルに連絡を取りなさい。帰ってきたとき、ベネズエラの修道会にそのカリスマを注ぐことができるように」。
 シスター・マリア・アズチェナは直接の上長たちから、そして総長から、全面的な承認を得ています。シスターは、司教の認可を得ており、また、幻視者として有名で、イエズスとマリアから何年にもわたって数多くのメッセージを受けています。そのメッセージの多くは、「イエズスとマリアからの愛の投げ矢(Darts of Love from Jesus and Mary)」という表題の本として出版されています。
 シスター・マリア・アズチェナは非常に聖なる、気取らない修道女で、1998年の半分以上と1999年初頭を、このナウラの共同体で、聖シャーベル修道会のメンバーたちの中で生活しました。彼女は謙遜に労働と祈りのすべての領域において貢献しました。私たちとともにいる間、彼女は多くのメッセージを天から受け取り、私の使命とその世界中における働きを支持しました。以下は1999年2月11日、私たちの主がシスター・マリア・アズチェナに与えたメッセージです。これはスペイン語から英語へと翻訳されたものです。
シスター・マリア: 「愛する父、寛大な父よ、私の祈りにいつも耳を傾けて下さる父よ。私は今日、あなたの愛する息子に対して、今完成したばかりのこの本について、この愛の投げ矢を通してお話しくださるよう、お願いいたします。私は心のすべてをもってあなたを賛美します。また、あなたの愛する息子リトル・ペブルに、そしてマルコム・ブロサード神父、彼らの献身と努力によってこの偉大な計画を可能にしたすべての人々に、あふれる祝福を注いでくださるよう、あなたにお願いいたします。」

私たちの主: 「わが愛する「小さな者」よ。私はいつもお前とともにいる。私がこのすべてのことを準備したのだということを覚えておきなさい。なぜならそれは私の救いの計画の一部だからである。私が、特別なやり方で、お前をこの場所に連れてきたのだということを覚えておきなさい。それは幸福と驚きのいくつかの瞬間を私の最も愛する子供たちと分かち合うためである。覚えておきなさい、彼らは皆、私の救いの計画の一部なのだ。そしてお前は、特別な仕方で、わが愛する息子の近くに常にいるだろう。なぜなら私は彼に、お前を通して多くのことを告げるであろうし、彼を通してお前に多くのことを告げるであろうから。このすべてのことは私の恩寵によって起こる。しかし心配しないでいなさい。なぜなら間もなく、なぜ私がこのような仕方で行動するのか、お前は理解するだろうから。前進しなさい。お前への私の言葉の成就を待つことにおけるお前の忍耐に感謝する」。
「お前たちは私の愛する子供たちである。お前たちは、私の愛する選ばれた者たち、私によって、天から、私の愛する息子「愛の岩」を通して導かれた者たちである。私はこの本に大変満足している。この本の出版を可能にした者たちを特別に喜んでいる。私はお前たち皆とともにいる」。
「この特別な祝福を、私の小さな使徒、ブロサード神父に伝えなさい。私が彼を愛しており、この仕事を完成させるための彼の献身に対して私が非常に感謝しているということ伝えなさい。私の特別な祝福をわが愛する『愛の岩』に伝えなさい。心配しないように彼に言いなさい。この本には私の光がある。しかしそれはすべての者によって受け入れられるわけではない。なぜなら、ある者は照らされ、またある者たちは、動かされないままにとどまるであろうから。いくらかの者たちにとって光は彼の心を開くが、また他の者たちの心は頑なになるであろう。しかし恐れないでいなさい。なぜならこれらすべてのことは私によって許容されることなのだから。なぜなら私が光と闇とを創造するからだ。彼らが光を拒絶することのないように不信仰者のために祈りなさい。闇が彼らを飲み込むよりも光が彼らを照らすように。」
「この本は夜明けの光のように私の栄光となるであろう。救いの箱舟へと向けて歩む者たちの道を照らすであろう。」
「わが愛する者よ、小さな信仰の使徒、わが「愛の岩」よ、恐れるな。なぜなら私はお前とともにいるからだ。私はお前のすべての仕事のうちにいるだろう。お前の心の中に、私の意志のみを行おうという望みを置こう。お前を通して、私が私の民を約束の地へと導くことができるように」。
「民がお前に従うように、私は多くの者たちの心に触れる。しかしまた私は他の者たちの心を頑なにするだろう。民はお前を迫害するだろう。しかし私はお前の側にいる。私の杖と牧者たちはお前を支援するだろう。私はお前と私の民すべてを、試練と苦しみの石に満ちた道を通して導いていく。しかし、お前には天使たちがともにいるであろう。この天使らは、お前を助けるために、この道に私が置いた天使たちである」。
「この美しい本は、教会への贈り物である。私はこれを祝福する。しかし、それは単純で正直な著作であり、飼い葉桶の中に寝かされたれたベツレヘムの幼子にたとえることができる。聞く耳を持ち耳を傾けることを望んでいる者は誰でも理解し、理解することを望んでいる者はそうするための恩寵を受けるであろう。これが全てである。わが愛する娘よ、私の愛する『愛の岩』に、わが全ての愛と祝福を伝えよ。私の平和と愛を伝えよ。」

以下は続く諸巻の各章についての紹介です。

【 第2巻 】− 三重の契約 −
第一章 神秘的結婚
新しい世界においてたてられるであろう新しい教会の反映として、神は
ベッティーナと私の結婚を整えられる。
第二章 第二の裏切り
ゲビッキ神父は聖シャーベル修道会を再び捨てて、ポーランド人幻視者ドマン
スキーとともに、聖母のミッションとの関係を断つ。
第三章 王家
新しい聖なる時代のための王制的な位階秩序の設立と、諸世代のための神の計画
の啓示。
第四章 契約の預言者
神は三重の契約によって、私を新しい聖なる時代のアブラハムとして示し確立さ
れる。私に「生命の棒」を与えられる。聖痕の授与と歴史における最後の教皇の
宣言。
第五章 天の援助者たち
世界中の多くの幻視者たちの支援が、聖シャーベル修道会と、その関連する事業
の世界的な形成の確立のために助けとなる。
第六章 私たちの聖母のための勝利
聖母の仕事は成就され、その使徒はオーストラリアで居住権を勝ち取る。

【 第三巻 】− 大いなる陰謀と真理の否定 −
第一章 うち続く裏切り
多くの幻視者たちの逃亡と変節によるミッションの崩壊の脅威
第二章 聖シャーベル修道会
終わりの時の修道会の発展と、世界中での広範囲に及ぶその影響力
第三章 天からの対話:神からの贈り物
さまざまな主題に関する、天との私的なやりとりのいくつかの啓示。神から
賜った個人的な恩寵や祝福の詳細な記録。

【 第四巻 】− 闇から光へ −(訳注:2006年5月時点で未刊)
第一章 破滅的な年:論争と災難
メディアは、中傷と、預言の外見的な非成就によって、ミッションを破壊しよう
と試みる。
第二章 まだ成就されていない預言
成就を待つ、天が与えた多くの預言の一部。
第三章 新しい時代の夜明け−1998年
天が偉大なる勝利へ向けて道を開き、騒乱に満ちた年月から平和の夜明けがもた
らされる。
第四章 特別な信心
世界の子供たちに対して、天によって霊感を与えられた祈り。
第五章 未来
来るべき年月の年代記。



リトル・ペブルに関する聖書の言及と預言
「あなたは見ていた。王よ、そこには大きな像があった。この像は巨大でその輝きは強烈だった。それはあなたの前に立っていた。そしてその外観は恐ろしかった。その像の頭は純金でできており、その胸と腕は銀、その胴体は青銅、その脛は鉄、その足は一部は鉄で一部は粘土でできていた。あなたが見ていると、ひとつの石が人間の手によらずに切り出され、そしてそれは鉄と粘土からできた像の足を打ち砕き、それらを粉々にした。そして鉄、粘土、青銅、銀、黄金は皆粉々に打ち砕かれ、夏の麦打ち場の籾殻のようになった。そして風がそれらを運び去り跡形も見えなかった。しかし像を打ち壊したその石は大いなる山となり、全地を満たした。」
(ダニエル書2:31-35)

「ペルガモの教会の天使へ。勝利を得るものには皆、私は隠れたマナを与えよう。また私は白い小石を与えよう。その白い小石には、それを受ける者のほかは誰も知らない新しい名前が書いてある。」
(黙示録2:12,17)

「昨夜私は教皇の幻視を見ました。聖フランシスコが教会を運んでいます。サンピエトロ大聖堂は、ユダヤ人のような外見の小さな男の肩に載せられていました。それは非常に危険な状態に見えます。マリアは、教会の上にマントを広げて教会の北側に立っておられました。小さな男がほとんど二つ折りのようになっています。彼はまだ平信徒です。私は彼がだれかを知っています。私がいつも見ている十二人の男たちは、十二人の新使徒です。その新使徒たちが彼を助けるべきだったのです。しかし、彼らの到着は遅すぎました。しかしながら、まさにその男が倒れようとするその時に、新使徒の皆は男を助けるために天使たちの群れとともに駆け寄りました。敷石と教会の裏側しかありませんでした。なぜなら他のすべては、教会の召使たち自身が支援していた秘密結社によって破壊されてしまっていたからです。彼らはそれを別の場所へ運びました。そしていくつもの豪華な建物がその前に倒れるように見えます。ちょうど収穫の時の麦畑のようでした。」
(Life of Anne Catherine Emmerich by Carl E.Schmoger C.S.S.R,Tan Books Publishers,Vol2,p.299-300)



マルコム・ブロサード神父による序論
「預言は神聖なる真理の知識へと向けられたものであり、その真理の観想によって私たちは信仰において教示を受けるだけでなく私たちの行動においても導かれるのである。…それゆえ、いつの時も、選ばれた民の霊的幸福のために適切な限りにおいて、人々は何をなすべきかについて神によって教えられてきたのである。」
(聖トマス・アクィナス「神学大全」第2-2部、第174問題第6項)

 この本は、カトリック教会の最後の教皇について書いています。それは神がその民と結ぼうとしておられる新しい契約について、ウィリアムという名前の結婚したカトリック信徒についての本です。彼はまた世界的に「リトル・ペブル」として知られています。リトル・ペブルは、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州のナウラ近くに居住し、国際的にその名を知られた御出現の公的幻視者です。聖母は彼のもとに、「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」という称号のもとに出現されました。リトル・ペブルは、聖シャーベル修道会という名前で、世界中にすでに知られている「奉献生活の新しい形態」(教会法605条)の創立者です。
 本書において、読者は、叙事詩的な規模の、真に人間的なドラマを見ることになるでしょう。読者はまた、彼の霊魂における神の恩寵の美しさを発見するでしょう。ウィリアムは、彼に対する神の私的啓示の重要性を認識した最初の人間でした。これらの恩寵は、ウィリアムの生活において、良い実を結んでいます。そしてウィリアムはそれを善意の人々と分かち合ってきています。何年にもわたる数多くのメッセージにおける多くの言葉とイメージは、彼の霊魂のうちに刻み込まれています。
 ウィリアムは三位一体の神、神の母、天使たち、聖人たちのヴィジョンを見ただけではなく、その心の中に、神の子どもたちのための神の受難を感じているのです。彼はまた、神の母の優しさと憐れみを感じています。一人ひとりの、全ての霊魂に対する聖母の母性的な気遣いを。そして何よりも、ウィリアムは、自分に対する神とその母の直接的な愛を経験しました。このことを過小評価することはできません。なぜなら、時が経つにつれて、自分の生涯について神が立てられた計画に徐々に気づいていくことは、ウィリアムにとって圧倒的な経験であったからです。ウィリアムはこの経験から、自分の人生における多くの十字路は、摂理的に、神が望んでおられる場所へと自分を導くものだということを理解しました。
 ウィリアムはこの愛に応え、神の善性が自らに科した責任に応えます。第一に、ウィリアムは神が与えたメッセージを生きようとしました。ウィリアムは、メッセージの通りに生きることで、さらなる霊的指導や導きを受けてきました。いつもイエズスとマリアが彼に与えた指示に基づいて行動してきたのです。自分自身のために、そして他の人々のために。たとえ、これらの指示が、ある人々に対して向けられたものであり、その人々が不信と懐疑をもって受け止められた場合でさえも。ウィリアムは、彼が何年にもわたって直面した迫害と拒絶のゆえに、苦しみについて多くのことを知りました。これらのすべてを通して、彼は、さらに「さからいの印」となりました。多くの人々にとって、とりわけ聖職者にとって。
 しかしながらウィリアムは、神は常に彼の預言者を人類全体へのしるしとなさるのだということも理解し始めます。その好例は、預言者エレミアやエゼキエルです。(エゼキエル書24:24参照) ウィリアムは何年にもわたって、多くの人々にとって、類稀なる美徳の模範でした。この本は彼の人生の物語です。

【 苦しみの福音 】

 ヨブの場合と同様に、神はウィリアムの人生において深遠な仕方で介入されました。神がウィリアムを置かれた道には、必然的に苦しみが伴っていました。ウィリアムはヨブと比較することができます。なぜなら両者とも潔白だったからです。しかしヨブの友人たちは、ヨブが何か悪いことしたために神から懲罰を受けているのだと考えました。今日、多くの人々がヨブの友人であるようです。彼らもウィリアムを同じような仕方で責めています。
 しかし、それは正しくありません。苦しみの真の意味は、キリストの受難、死、復活の神秘のうちにのみ見いだされるのです。私たちの主は、最もひどい罪人として非難されました。しかし、小羊のように無垢で、私たちの罪悪を担いました。彼は預言者イザヤによって予見された苦しむ僕です(イザヤ書53:1-21)。神はウィリアムの肩に重い荷を置かれました。それは十字架です。すなわち、キリストの愛の神秘に参与することです。ウィリアムが大いなる試練、とりわけ迫害を苦しみ、他の人々から「さからいの印」とみられることを、神はお許しになりました。年月が経つにつれて、神は、人々がウィリアムを「大罪人」「詐欺師」「危険なカルトのリーダー」と判断することをお許しになります。さらに、教会の高位聖職者が、せいぜいのところ、惑わされ、誤って導かれた幻視者であるとウィリアムにレッテルを張ること、それを神はお許しになりました。ウィリアムは、カトリック信徒を教会から引き離しているとして非難されました。
 ウィリアムが神の計画の中に深く入っていけばいくほど、ますます苦しみが増すのです。ここに永遠の疑問があります。それは、なぜ無垢な者が苦しまなければならないのか、ということです。この疑問に対する答えは、どのようなものでしょうか。リトル・ペブルの苦しみをどのように理解すべきでしょうか。読者はこの疑問に対する答えを完全に理解しなければなりません。カトリックの教えは非常に豊かなものですから、リトル・ペブルに対する神の計画の真正と真理は、完全に理解することができます。以下の説明がその助けとなるでしょう。

 教皇ヨハネ・パウロ2世は、その使徒的書簡「サルウィフィチ・ドローリス」(キリスト教的苦しみの意味について)において、苦しみの神秘について深遠な説明をなしておられます。教皇聖下は、「苦しみの福音」というフレーズをつくり出されました。それは、キリストの苦しみの神秘を説明するため、またとりわけ、共贖(ともに贖うこと)の概念を説明するためです。「苦しみの福音」というこのフレーズは、キリスト自身を述べるものですが、キリストは、自らの苦しみでこの福音を書き、人類が滅ぶことのないように愛をもってこの苦しみを受け入れられたのです。
 まったく独特かつ気高い仕方で、その全生涯によって、とりわけカルワリオにおいて、これに寄与した最初の人物は神の母でした。マリアはまことに、「全ての恩寵の仲介者」であり、その神なる息子である救い主とともに人類を贖った「共贖者」です。マリアと同様に、ただ、程度はずっと軽いですが、「キリストのゆえに」「キリストのために」「彼の名のゆえに」(ルカによる福音書21:12-19参照)苦しむすべての者は、キリストとの類似性とキリストとの一致を顕著に証明するものです(「サルウィフィチ・ドローリス」25項参照)。
 私たちの主は実際、「迫害」を、苦しみの福音の「序章」となさいました。それはキリストに対する忠実な証しをなす人々にとっての最初の艱難です(ヨハネによる福音書15:18-21;16:33参照)。教皇聖下は次に、苦しみの福音の第二章を、キリストと共に他の仕方で苦しむすべての人々に当てはめています(26項)。
 リトル・ペブルを理解することにおいて重要なのはこの認識です。ある人の聖性を真に計る尺度は、キリストの十字架にあずかることと直接的に関係しています。それはその人物の生活に神が現存し、活動しているという確実な印なのです。この本のページを読み進めるにつれて、次第に明らかになってくることがあります。それはウィリアムが、「苦しみの福音」に自らの一章を書くという特別な召命を持っている、ということです。以下はまさに、教皇ヨハネ・パウロ2世がこの偉大な神秘を説明するために使われた表現です。それは正確に引用しておくに値します。

「この一章を書くのは、キリストとともに苦しむ人々、その人間的な苦しみをキリストの救済的な苦しみと一致させるすべての人々です。このような人々の中では、キリストの苦しみにあずかることについて、受難と復活の最初の証人たちが語り書いたことが実現しています。したがって、これらの人々において、苦しみの福音が実現されているのです。そして同時に、その各人が、ある意味において、その福音を書き続けます。苦しみの福音を書き、それを世界へ宣言するのです。彼らが生きている世界へと、そして彼らの時代の人々へと、その福音を告げ知らせます。苦しみのうちには、特別の力が隠されています。そして、その力は人を内的にキリストの近くに引き寄せるものであり、特別な恩寵なのです」
(教皇ヨハネ・パウロ2世、使徒的書簡「サルウィフィチ・ドローリス」第26項、St.Paul Publications,1984)。

 教皇のこの言明は重要です。ウィリアムは特別にキリストの近くにいます。それは神の意志ゆえであり、その意志がウィリアムに非常な苦しみを与えました。ウィリアムの人生に表れるのは、内的な成熟、霊的偉大性です。ヨハネ・パウロ2世は説明します。人はその従順によって、苦しみにおいてキリストと一致することを通して成熟性を増していくことができる、と。
 ウィリアムは、友情を裏切った多くの人々によって苦しめられてきました。その多くは、助けを必要としている時にウィリアムが援助してきた人々です。時が経つにつれ、多くの人々がウィリアムへの信頼を失い、人々の不実はウィリアムに多くの痛みをもたらしました。なぜなら人々は恨みを抱いてウィリアムの名声と評価を傷つけることを望んだからです。
「人間の苦しみの核心に働かれるのは、キリストご自身です。キリストが真理の霊を通して、慰めの霊を通して働かれるのです。キリストこそが、ある意味において、霊的生活の本質そのものを変容します。キリストは、苦しんでいるその人に対して、ご自身に近い場所を示し、十字架から答えを与えようと望みます。人間は、彼自身が次第にキリストの苦しみにあずかるものとなるにつれて、キリストの救いの答えを聞くのです。」(同26項)
 リトル・ペブルは、「私に従いなさい」というキリストの呼びかけを聞きました。そして、心のすべてをもってそれに応えます。リトル・ペブルはそれ以来長く、キリストの聖心のうちに、マリアの汚れなき御心のうちに苦しみを見ました。ウィリアムは自身の人間的な苦しみの意味を見つけました。そして、マリアのように、神の意志にたいする彼の「フィアト(なれかし)」をささげています。ウィリアムは次のように言えるのです。「キリストと共に私は十字架につけられている。私ではなくキリストが私のうちに生きる。私は今は肉のうちに生きている。神の子を信じて生きている。そして、その神の子は私を愛し、私のためにご自身を渡してくださったのだ」(ガラテア人への手紙2:19-20)。さらにウィリアムは、主が自らに次のように語られるのを聞くことがあります。「来なさい。世界を救うこの仕事のなかに、あなたの苦しみを通して参加しなさい。私の十字架を通して」。人が自らの十字架を担い、霊的に自分自身をキリストの十字架と一致させるにつれて、苦しみの救済的な意味が次第に明らかになってきます。人はこの意味を人間的な次元で分かることはありません。しかしキリストの苦しみという次元において、人は苦しみの中に内面的な平和と霊的な喜びさえも見いだすのです。」(同26項)
 内面的な成熟と霊的偉大さが、この時点で、ウィリアムの人生において目立ってきます。なぜならウィリアムは皆のために「全て」を捧げて来たからです。ウィリアムは内面的な平和と霊的な喜びをもっています。ウィリアムは聖パウロのように、喜んで自分自身をますます犠牲にしました。それは私たちの主がその恩寵を通して栄光をお受けになるようにです。そして、その恩寵は、他の人々と共有されうるものです。ここで聖パウロを引用しておくのは価値あることでしょう。「しかしわたしたちは、この宝を土の器の中に持っている。その測り知れない力は神のものであって、わたしたちから出たものでないことが、あらわれるためである。私たちは、四方から艱難を受けても窮しない。途方にくれても行き詰らない。迫害に会っても見捨てられない。倒されても滅びない。いつもイエズスの死をこの身に負うている。それはまた、イエズスの命が、この身に現れるためである。わたしたち生きている者は、イエズスのために絶えず死に渡されているのである。それはイエズスの命が、わたしたちの死ぬべき肉体に現れるためである。こうして、死はわたしたちのうちに働き、命はあなたがたのうちに働くのである」(コリント人への第二の手紙4:7-12)。
 ウィリアムの生活におけるこの主題を完成するものが、教皇の次の言葉のうちに決定的に表現されています。「キリストの苦しみにあずかることにおける信仰は、内面的な確信をもたらします。それは、苦しむ人は『キリストの苦しみの欠けたところを満たす』という確信です。贖いの業の霊的な次元において、キリストのように兄弟姉妹の救いの業に自分が奉仕しているという内的な確信。それゆえ、苦しむ人はかけがえのない奉仕をしているのです。苦しみこそが、他の何にもまして、恩寵のための道を整えるものであり、そして、この恩寵が人間の霊魂を変容させるのです。キリストの苦しみにあずかる人々は、自らの苦しみのうちに、世の贖いという無限の宝の特別な一部分を大切にしまいます。そしてこの宝を他の人々と
分かち合うことができるのです。」(前掲書、27項)
 兄弟姉妹にこれ程までに仕えることには、大きな苦しみが伴います。それゆえ、大いなる信仰が必要です。ここでまた聖パウロは、教皇が語っておられることを裏付けています。「『わたしは信じた。それゆえに語った』としるしてあるとおり、それと同じ信仰の霊を持っているので、わたしたちも信じている。それゆえに語るのである。それは、主イエズスをよみがえらせた方が、わたしたちをもイエズスと共によみがえらせ、そして、あなたがたと共に御前に立たせて下さることを、知っているからである。すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。」(コリント人への第二の手紙4:13-15)
 そうです。「各人に与えられた恩寵に従って」、これが私たちの召命、すべてのキリスト者にとっての出発点です。ウィリアムは、重い十字架を担うための信仰と神からの召命を持っています。神はウィリアムを現代における教会のための「良きサマリア人」となさいました。神の民のうちに恩寵が増し加わるようになるために。事実、「三重の契約」の預言者として、神はウィリアムに信仰における全面的な従順を要求されました。それは、神がアブラハムに一人息子イサクを犠牲にささげるように命じられたときに、アブラハムが課された試練に匹敵するものです。
 皆さんは本書を読むにつれて、キリスト教的美徳の一部である英雄的生活のすべてを徐々に見ることになります。恐るべき裏切りの悲劇が、忠実と真の友情の証とともに見られるでしょう。世界中の幻視者たちの間の不一致が、その悲しむべき現実のもとに見られるでしょう。しかしながら、リトル・ペブルとの一致のうちにとどまる他の幻視者たち、恵みを与えられた霊魂たち、聖シャーベル修道会の共同体に加わったすべての人々の調和と協力をも、あなたは見るでしょう。ほとんどの人々にとっては運ぶにはあまりにも重い荷が、神によってウィリアムの肩に乗せられてきました。皆さんはこれらのページにおいて、あらゆる障害に耐えようとするウィリアムの強い意志を明白に見ることになるでしょう。
 最後に、神の意志がなされることへの愛が、人間の心の中に持続的に成長するのを見ていただけると思います。ウィリアムは神の慈悲深い愛と真実性を示すものです。この本は、ウィリアムの人生において、他のすべての人にも適用できる三つの偉大な真理を描いています。それは「信仰の真理」「希望の真理」「愛の真理」です。第一に、簡単な言葉でいえば、神は信じられうる方です。なぜなら、神はご自身とその創造物に対して忠実だからです。神は嘘をつくことはできません。第二に、神は信頼されうる方です。なぜなら神は全能であり無限に善い方だから。この力と善性はすべての人々に向けられています。最後に、神はすべての人々を無限の愛をもって愛しておられます。それゆえ、その返礼として神は愛されるに値するのです。

【 神の計画 】

 1968年、18歳のとき以来、超自然的な私的啓示が徐々に明かされ、ウィリアムの生活は、それにより、ずっと指導されてきました。神はウィリアムに、社会全体について、とりわけカトリック教会に関する将来の出来事について啓示されました。聖母は、罪に対する懲罰として国家間で多くの戦争が起こることを示されます。聖母はこれらの懲罰を緩和するために、常に祈り、償い、犠牲を求めてこられました。
 メッセージは、何年にもわたって増え続け、1983年、聖母はリトル・ペブルに対して、オーストラリア、ニュー・サウス・ウエールズ州のナウラ近郊の聖なる出現地において、公の出現を始められます。今日までに、580を超える公のメッセージがリトル・ペブルに与えられました。聖母は常に、彼女の子供たちに、母性的な愛と、慎重な警告とをもって嘆願してこられました。地平線上に近づく嵐の雲を見ることができる人のように、聖母は子供たちのために時の印を解き明かされたのです。聖母は子供たちに警告します。私の言うことに耳を傾け、安全であるために私の指示に従うようにと。世界の多くの人々は、聖母の母性的な愛に深く感銘を受けました。そしてこのことは人々の生活を変えるに十分でした。なぜなら聖母を愛しているからです。
 しかしながら地上の多くの人々は、聖母の母性的な嘆願に対して無関心でした。それゆえ、聖母はしばしば涙のうちに、人類を脅かしている黙示録的な脅威に関する警告と預言的告知とを携えて来られるのです。洗礼者聖ヨハネのように、聖母は、教会と世界における悪について、強く直接的に語られます。いくらかの人々にとっては、それは聞く必要があったことであり、良い影響を及ぼしました。その人々もまた、生活を改め、神に立ち返りました。しかしながら、私たちの主の言葉はここにおいて証明されています。「今の時代を何に比べようか。それは子供たちが広場にすわって、ほかの子供たちに呼びかけ、『わたしたちが笛を吹いたのに、あなたたちは踊ってくれなかった。弔いの歌を歌ったのに、胸を打ってくれなかった』というのに似ている。なぜなら、ヨハネがきて、食べることも、飲むこともしないと、あれは悪霊につかれているのだ、と言い、また人の子がきて、食べたり飲んだりしていると、見よ、あれは食をむさぼる者、大酒を飲む者、また取税人、罪人の仲間だ、と言う。しかし、知恵の正しいことは、その働きが証明する。」(マタイによる福音書、11:16-19)
 今の世代の多くの人々は、メッセージを聞いても、喜びのゆえに「踊る」こともなく、聖母が子らへ苦しみのうちに嘆願しても「嘆く」こともしませんでした。このような人々は、完全に無関心で、心が冷たくなっています。しかしながら、清い心と良い意志を持った他の多くの人々は、小さな子供たちのように、聖母の熱心な嘆願を受け入れてきました。これらのメッセージは明らかにしています。ウィリアムが教皇ヨハネ・パウロ2世と非常に特別な霊的な絆で結ばれていることを。両者とも教会のために十字架を担っているということが明かされています。この関係は、摂理的なものであり、預言の成就に関わります。驚くべきメッセージの中で、聖母は次のように説明されました。
「愛する子よ、今あなたは神秘的婚姻の奥義を見ています。あなたが見ているのは、現教皇ヨハネ・パウロ2世が司っておられる古い教会を表すイエッセの芽の奥義と、真ん中には古い教会がすっかり刷新され近代化されてしまった今日の教会です。この教会の上に掛かっている十字架は、そのうちに到来する聖にして母なる公教会の殉教です。ヨハネ・パウロ2世はこの教会も司っておられますが、まことの教会は唯一つです。愛する子よ。密かにあなたは、あなたの苦しみや祈りや、私たちの口が公教会に語る知恵の助言を通して公教会を霊的に導く神秘的なキリストの代理者(教皇)です。沈黙のうちにあなたは新しい教会を司ります。あなたが見た金色の教会は、御子イエズス・キリストが地上に来臨なさる時まで、あなたが実際に地上で導く浄められた公教会です。あなたは神なる主の力強い御腕と共にこの教会を司るでしょう。今日の公教会は、不潔や放蕩や腐敗のどん底から引き上げられなければならないのです。」(メッセージNo.333、聖母からリトル・ペブルへ。1991年6月13日)
別のメッセージで私たちの主は仰いました。
「心を騒がせるな。わが光の息子、わが愛のリトル・ペブル、地上におけるわが神秘体を導くために私がキリストの代理者を選んだように、地上のわが神秘的教会を導くために私が選んだ者よ。……あなたは不可謬ではないが、わが息子よ、真理をもっており、その真理はあなたとともにとどまるであろう。わが羊たちを導くために。なぜなら、あなたはわが全ての羊たちから選び出されたからだ。王国の鍵を与えたのは、あなたに対してだから。わが霊は、地上におけるわが神秘的教会を導くため、特別な恩寵として、わが愛のリトル・ペブルに遣わされている。現在、神秘的教会のうちにある分裂は、まもなくローマのわが聖なる代理者からの「命令」によって解消されるであろう。まもなくそれはあなたに対して非常に特別な仕方で与えられるだろう。一致の重要性を理解するために、特別な光が子らに与えられるだろう。……地上のわが家においても真の一致がもたらされるだろう。なぜなら、この来る年月において、全ての光の子らの間に一致をもたらすために、わが聖なる代理者を私たちは特別な仕方で導くだろうから。」(メッセージNo.497,リトル・ペブルへ。1995年10月7日)

 ウィリアムに与えられたメッセージによると、私たちの世代は、イエズスの再臨に関する預言の成就を目撃するものとして定められているのです。この文脈において、メッセージは、新しい大いなる神の民の「エクソダス(脱出)」と、忠実な残りの者たちが世界に放たれるであろう大懲罰を生き延びるということを明らかにしています。このシナリオは、「憂うつな」状況ではなくむしろ、神の大いなる勝利があることを示すものです。悪に対するこの勝利は、イエズスの再臨に先行するであろうマリアの汚れなき御心の勝利を含みます。多くの幻視者たちと神秘家たちは現在世界中で同様のメッセージを受け取っています。
 読者はまた、この本の中に、私たちの時代に対する神の計画について、その隠された美しさの別の側面を発見するでしょう。マリアの汚れなき御心を通して、キリストの贖いの神聖なる憐れみは全世界に対して特別な仕方で差し出されています。ウィリアムに与えられる出現を通して教示と指導の形をとった神の恩寵の洪水が、この艱難の時においてすべての人類の上に注がれ続けています。かくも多くの天の言葉を通して、啓示は、人の心の「ティルマ布」の上に、神の計画の画像を作り出しました(訳注:後述のガダルーペの聖母出現参照)。ウィリアムは最初にこれを経験しました。
 改心と神との和解を通して人々がその生活を改めるのを助けること、これが私たちの聖母のご出現の目的です。この「罪についての悟り」(ヨハネによる福音書16:8-11参照)は、聖霊が汚れなき配偶者マリアを通して引き起こされることなのです。神の母は過去二百年間にわたり何回もご出現なされましたが、神はそのご出現により、世界の歴史における現在の人類に対して、ご自身の計画の全景を与えてこられたのだということがで
きるでしょう。
 私は1531年12月9日に始まった聖母のご出現のことを思いだしています。ホアン・ディエゴのティルマ布に奇跡的に写し出された神の母の画像は、メキシコの人たちに対してかくも多くの言葉を語りました。ご出現の後16年間の間に、メキシコでは、九百万人の洗礼が行われたことが歴史に記されています。(Our Lady of Guadalupe and the Conquest of the Darkness ,by Warren H.Carroll,Christendom Pub.Crossroads Bks 1983,p.107) 神の恩寵に対する反応は、非常に大きなものだったのです。神の働きの良い実りは、教会の代表者ホアン・ツマラガ司教にとっても明白でした。ウィリアムに与えられたご出現の実りは、世界的な規模でより大きな結果を達成すると聖母によって預言的に告げられています。

【 預言的な恩寵のライン 】

 洗者ヨハネの時代から現代に至るまで、神の民へ教えと指導を与えるために、多くの霊魂たちが立てられてきました。私たちはこれを「預言的な恩寵のライン」と呼ぶことができるでしょう。聖アウグスティヌスは、その最も重要な一人である洗者ヨハネについて次のように書いています。「私たちの主イエズス・キリストが来られる前に、主はその前に数多くの預言的なランプを灯し、送られた。これらの中には洗者ヨハネもいた。主キリストである偉大なる光そのものは、ヨハネに証を与えた。それは他の人には与えられたことのないようなものであった。……それゆえ光は自らについて証しする。光は正しい目を開き、自らを証する。光が知られるようになるためである。しかし信じない者たちについてはどうであろうか。光は信じない者に対しては、現存していないのであろうか。光は信じない者に対しても現存しているが、彼らはそれを見るための心の目を持っていないのである。……キリストはここにおいて父を理解するように私たちに求めている。子は父に栄光を与える。等しい方ご自身が、自身を送られた方を称える。人間は、自分を創造した方を、どれほど称えなければならないことであろうか。」(St.Augustine,Nicene and Post-Nicene Fathers,Vol.VII,Tractate35,p.205)
聖ヨハネは、神の預言者の完全な典型です。私たちの主ご自身が、その先駆者の威厳を称揚されました。聖ヨハネは「悔い改めの洗礼」(ルカによる福音書3:2-3)を執行するために、砂漠において神からの私的啓示を受けました。「この人は証のためにきた。光について証をし、彼によってすべての人が信じるためである(ヨハネによる福音書1:6-8)。「悔い改めの洗礼」を信じた人々は皆、聖ヨハネの説教を通して初めて公に明らかにされた神の意志を受け入れる恩寵を与えられました。皆が見るために光をもたらすランプ、そうした燃えるランプのように、聖ヨハネは、キリストの証人となるために神によって「灯された」のです。ヨハネは、人々がメシアを見いだすために教え指導しました。私たちの主は、ヨハネについてある特別なことを言っておられますが、それはリトル・ペブルにも当てはめることができます。
「ヨハネの使いが行ってしまうと、イエズスはヨハネのことを群集に語りはじめられた。『あなたがたは、何を見に荒野に出てきたのか。風に揺らぐ葦であるか。では、何を見に出てきたのか。柔らかい着物をまとった人か。きらびやかに着かざって、ぜいたくに暮らしている人々なら宮殿にいる。では、何を見に出てきたのか。預言者か。そうだ、あなたがたに言うが、預言者以上の者である。』……これを聞いた民衆は皆、また取税人たちも、ヨハネのバプテスマを受けて神の正しいことを認めた。しかし、ファリサイ人と律法学者たちとは彼からバプテスマを受けないで、自分たちに対する神のみこころを無にした。」(ルカによる福音書7:24-30)
 これは「預言的な恩寵のライン」を明白に肯定するものです。この本の主要なテーマのひとつは、あらゆる恵みの仲介者であり共贖者であるマリアを通して、リトル・ペブルが「預言的な恩寵のライン」のうちにあるということを読者に伝えることです。神の母は、ご自身を、すべての善意の人々に対して「荒れ野で叫ぶ声」となさいました。神の母は、スポークスマンとしてリトル・ペブルを指名なさいました。リトル・ペブルは、神の母の道具です。そして神の計画において、キリストの将来の代理者となるべき者です。イエズスの再臨へと導くいくつかの出来事と神秘に関する神の計画を明かしたメッセージを受け入れ信じるすべての人々は、大いに神から祝福され、これらの時代において何をすべきかを知ることができます。以上に引用した主の御言葉との類比によって、神の母は、尊敬に値するスポークスマンであるリトル・ペブルを通じてメッセージを与えましたが、このメッセージを信じないすべての人々は、自分自身に対する神の計画を妨害しているのです。
 神の母は、現代において、神の民の前に赴く特別な役割を持っておられますが、その神の民は、神の御言葉の成就に向けて巡礼の途上にあるのです。最近の歴史において驚くべき出来事がありました。その出来事は、ファチマの聖母の出現を通して与えられた「預言的な恩寵のライン」が明らかに正しいことを証明するものです。聖母は非常に重要なメッセージを与えました。「あなたは哀れな罪人たちが行く地獄を見たでしょう。彼らを救うために、神は、世界において、私の汚れなき御心への信心が広められることを望んでおられます。私があなたに語ることがなされるならば、多くの霊魂たちは救われ、平和がもたらされるでしょう。戦争は終わろうとしています(第一次世界大戦のこと)。しかし人々は神に対する反逆を止めようとはしていません。止めようとしないならば、よりひどい戦争がピオ11世の治世の間に起こるでしょう。不思議な光によって照らされる夜を見たならば、神が世界を、その犯罪のゆえに、戦争、飢饉、教会と教皇への迫害によって、罰しようとされているのだということを知りなさい。それは神が与えた大いなる印なのです。これを避けるために、私は、わが汚れなき御心へロシアを奉献することを求めに来ます。そして初土曜日の償いの聖体拝領を求めます。もし私の求めが聞かれるならば、ロシアは改心し、平和がもたらされるでしょう。もしそうでないならば、ロシアはその誤謬を世界中に広め続け、教会への戦争と迫害とを引き起こすでしょう。よい意志を持つ人々は殉教し、教皇は多くの苦しみを味わわなければなりません。多くの国々が消えるでしょう。最後にはわが汚れなき御心が勝利します。聖なる教皇が、ロシアを私へ奉献するでしょう。そしてロシアは改心します。平和が一定の期間、世界に与えられます。ポルトガルでは、信仰の教義が常に保たれるでしょう。……」(Fatima in Lucia's Own Words(Sr.Lucia's Memoirs)Our Lady of Fatima,July 1917,p.162)
 ファチマの聖母の御出現は、初め教会から認められませんでした。1929年6月13日、マリア様はロシアの奉献をするよう求めてもう一度いらっしゃいました。至聖なる三位一体とマリアの汚れなき御心の美しい幻視をルチア修道女に与えた後、聖母は仰いました。「神が教皇に、全世界のすべての司教と一致して私の汚れなき御心にロシアを奉献するように求める時が来ました。この方法でロシアを救う、と神は約束されています。多くの霊魂が神に対して罪を犯したために、神の正義は、こうした多くの霊魂に対して有罪を宣告されます。それで私は償いを頼むために来ました。自分自身をこの意向のために犠牲としてささげ、祈りなさい」。ルチアは、このことを贖罪司祭に説明しました。この贖罪司祭が、マリア様が望まれたことを書き留めるよう、ルチアに命じたのです。後に、ルチアとの親密な会話のなかで、主は、次のように不満を述べられました。「人々は私の要求に注意を払おうとはしなかった。フランスの王と同様に、彼らは後悔し、償いを行うだろう。しかし手遅れである。戦争と教会に対する迫害を引き起こしながら、ロシアは全世界にその誤謬を広げてしまっているだろう。教皇は非常に苦しまなければならないだろう。」(1929年6月13日、p.200)
 ある秘密のメッセージは、1960年まで開封してはいけないことになっていました。1960年に教皇だけが開封する予定だったのです。教皇はあることを行うことになっていました。まず第一に、教皇はマリア様からその汚れなき御心にロシアを奉献するように告げられました。第二に、神の母は償いの聖体拝領をお求めになりました。これは「預言的な恩寵のライン」の明確な一例です。それは教会の中の最高位の公僕、教皇への指示と指導を伴った神の母の出現を通じてのものです。神はまたリトル・ペブルを通して「預言的な恩寵のライン」を開かれました。これらすべてのことの理由は、私たちがキリストの再臨に先行する時代に生きているからです。
 今、世界中の多くの出現地が、教会の牧者たちに光と指導を与えています。これは摂理的なことです。なぜなら今は教会の歴史において危機的な時代だからです。(スウェーデンの聖ビルジッタとシエナの聖カタリナは、二つの驚くべき実例です。) 教皇ヨハネ・パウロ2世はこう書きました。「聖霊は神感により、キリスト教徒の共同体生活を進歩または改善させるための預言の言葉をたびたびお与えになります。このことは、教会の歴史、そして特に聖人たちの生涯から明らかです。こうした言葉は時として、特に権威を行使する立場にある人に向けられました。シエナの聖カタリナの場合も同様で、聖カタリナは、教皇に干渉して、アヴィニヨンからローマに教皇を帰らせたのです。特に教会にとって困難な時期において、教皇たちや教会の他の牧者たちにその職務を果たすのに必要な光と力を与えてきた、多くの信者、とりわけ多くの聖人たちがいます。」(オッセルバトーレ・ロマーノ、No.26,1992年7月1日)
 リトル・ペブルに与えられたメッセージには、神の特別な光があり、その光は、神がリトル・ペブル遣わしていると明らかに示しています。聖アウグスティヌスは、聖ヨハネの福音書を注釈しながら、この点について素晴らしい見解を再び書きました。アウグスティヌスは、ある確信について明瞭に語っています。その確信とは、神の恩寵が光の中に入ってくる人々に与えるものです。アウグスティヌスは説明します。神の恩寵の光は、神の光によらなければ理解できない他の物事と同様に、それ自身を証する、と。「もし光が、光ではない他のものを理解させる力を持っているのなら、自らを理解させる力がないということがあろうか。光が自らを明らかにできないことがあるだろうか。この光がなかったら、他のものは明らかにならないのだ。ある預言者が、ある真理を語る。しかし、その預言者がその真理を真理の源から引き出さなかったのであれば、一体どこからそれを得たというのか。私たちの弱さをもって時を見ることができるのであれば、ヨハネが灯として時を証すべき何の必要性があるというのか。しかし私たちはそれを見ることができなかった。神は弱い人々のために弱いものとなってくださった。」(St.Augustine,Nicene and Post-Nicene Fathers,Vol.VII,Tractate 35,p.206)
 聖アウグスティヌスは次のように説明しています。キリストは謙遜のうちに、預言者イザヤが見た「悲しみの人」として「彼自身をむなしくした」。それでイエズスを証するために一つの灯が存在することが必要でした。リトル・ペブルも神の光を証するそのようなひとつの灯です。この原則の良い例が福音書の中にあります。ユダヤ人たちはイエズスに次のように言って論難しようと試みました。イエズスが父について話す言葉は真実ではありえない。なぜなら自分自身の証人として証をしたからだ、と。「あなたは、自分のことをあかししている。あなたのあかしは真実ではない。あなたの父はどこにいるのか」(ヨハネによる福音書8:13,19)。表面的には、これはファリサイ人たちの賢い議論です。しかしながら、私たちの主のファリサイ人に対する答えは非常に重要です。それは一つの原則を打ち立てているからです。リトル・ペブルはこの同じ原則を、その同じ告発に対して主張することができます。すなわち、その告発とは、メッセージは、その真実を証するための証人がいないのだから正しくない、というものです。私たちの主はこうお答えになりました。
「たとい、私が自分のことを証しても、私の証は真実である。それは、私がどこからきたのか、また、どこへ行くのかを知っているからである。しかし、あなたがたは、私がどこからきて、どこへ行くのかを知らない。……あなたがたは肉によって人をさばくが、私は誰もさばかない。しかし、もし私がさばくとすれば、私のさばきは正しい。なぜなら、私はひとりではなく、私をつかわされた方が、私と一緒だからである。あなたがたの律法には、ふたりによる証言は真実だと、書いてある。私自身のことを証するのは、私であるし、私をつかわされた父も、私のことを証して下さるのである。あなたがたは、私をも私の父をも知っていない。もし、あなたがたが私を知っていたなら、私の父をも知っていたであろう。」(ヨハネによる福音書,8:14-19)
 この答えは非常に重要です。読者のみなさんは、私たちの主の答えの意味を把握しなければなりません。リトル・ペブルは、その証人としての神とともに、神から使わされたものとして、この同じ原則を自分自身のために正当に主張できます。ファリサイ人たちは、永遠の御父を「見る」ことができませんでした。しかし、永遠の御父がご自分の一人子を正しいものであるとされた時のように、ご自分の預言者を正しいものであるとすることは神のなさることなのです。それはリトル・ペブルについても同様です。リトル・ペブルの証は正しい。なぜなら神が、信じている人皆の中に客観的に良い実を結ぶ強力な業を行うことによって、リトル・ペブルを証するからです。
 この真実を見ることができない人がいたとしても、それは関係がありません。聖トマス・アクィナスは明らかにしています。これらの預言的メッセージを理解する力は、超自然的な光それ自体によって、全く確実なものとなると。「この啓示を完成するのは、ある内面の知性的な光である。この光によって、知性は、自然的な光では理解が不可能な物事を認識できるのである。というのは、ちょうど自然的な光による理解が確実となるのは、その自然的な光によって理解される物事に関してであるように(例えば第一原理に関して)、超自然的な光によって理解される物事に関しても、理解は超自然的な光によって確実性が得られるのである。さて、神的啓示によって把握される物事を他者に提示するためには、そうした超自然的な光による確実性が必要である。もし神的啓示に関する確実な認識をもっていないのであれば、その物事を他の人々に自信をもって提示することができないからである。」(Summa Contra Gentiles,Bk.III,Ch.154,4,8-13)
 リトル・ペブルは、信仰におけるこの種の確信を持っています。教皇が神の意志を行いローマに帰るよう彼を大いに助けたシエナの聖カタリナのように、ウィリアムもまたそのように今日、教皇を助けているのです。ウィリアムは今、教皇聖下ヨハネ・パウロ2世が教会の重荷を担うのを助けています。そして、その教会は現代主義や、教導権に対する公然かつ広範囲の不服従によって、深い傷を負っているのです。
聖母: 「地上における神秘的教会は、私の選んだ柱たち、新しい使徒たちの指導のもとに治められる、一つの清い教会にして体として、一致しなければなりません。それは、現在の地上における教皇ヨハネ・パウロ2世の権威のもとにあり、また非常にまもなく、私たちの愛のリトル・ペブルにほかならない未来の教皇ペトロ2世の権威のもとに置かれるでしょう。私は、すべての子らに、「光のチーム」として、一致して共に働くよう呼びかけます。なぜなら、あなたがたが一致することで、真の教会は一致し、聖にして母なる公教会のために多くの実を結ぶからです。そして教皇が、その使徒的教会位階制(ヒエラルキー)とともに、地上におけるさまざまなミッションに対する認可を与えることができるように。なぜならミッションは、神の偉大な計画を信じ確認するために、一致することが必要だからです。……
……わが甘美なる子らよ、あなたがたの弱さと違いを脇に置きなさい。そして共に働きなさい、教会が、新たな夜明けと、信仰の新しい英雄性の光へと立ち上がるように。神に対して「はい」と言う事を恐れないようにしなさい。赦しを求めることを恐れないようにしなさい。協力して働くことを意見の違いのゆえに恐れないようにしなさい。そうではなく、真の一致の橋を築きなさい。今や、選ばれた子供たちが、神の計画の真理を認めるべき時です。たとえあなたがたがそれを自分たちの論理的な思考によっては理解していないとしても。なぜなら論理は脇に置いておかなければならないからです。人間的理解は、脇においておかなければなりません。理解するために祈りなさい、甘美なる子供たちよ。反キリストの時は近いのです。黙示録の成就の時は近いのです。今、共に立ち上がりなさい、前進するためにあなたがたが強くあることができるように。
 私はあなた方に、ヨハネ・パウロ2世のもとにある一人の指導者を送りました。それは私たちの「清い岩」「リトル・ペブル」です。リトル・ペブルはヨハネ・パウロ2世が私たちのもとに来た後、ペトロ2世となるでしょう。そしてこのことは、非常に近いのです。私はまた、あなたがたにわが「リトル・ヨハネ」を送りました。彼は「リトル・ペトロ」の援助者です。この二人の柱は、私たちの光の子供たちの間に一致をもたらす助けとなるでしょう。私はあなたがたに、世の光となるべき他の使徒たちを送ります。しかしながら、彼らが一つのチームとして一致しない限り、彼らは光となることはできません。なぜなら、ばらばらになった神秘的教会には、地上における「戦闘の教会」のための一致や支援はあり得ず、一致した強い「真理の軍団」においてのみ、教会と世は導かれうるからです。そして、反キリストと戦い、あなたたちの前にある非常に困難な時代に打ち勝つことができるように、強められるからです。」(メッセージNo.499、リトル・ペブルへ。1995年11月1日)

 最後の教皇にまつわる出来事を示すメッセージは、福音書の中で預言的に告げられている天罰と大いなる期待の時代と一致しています。ウィリアムはその言葉を聞く意志のある人々に説きながら、ここ15年間の間に55回にわたって世界中を旅行してきました。これらすべての国々で、ウィリアムは人々に善徳のうちに堅忍し、神に忠実であり続けるよう、そして特に教皇ヨハネ・パウロ2世に一致し、忠実でありつづけるよう説いています。

【 探し求められない場合には隠されてしまう真実 】

 読者は、こうした信仰の神秘を、どうしたら理解できるのでしょうか。宗教上の真実となると、あまりに多くの人々は怠惰で懐疑的です。真実の追究に堅忍するために必要な熱心さを持っていません。多くの人は、自らを教養のある強い精神をもった有能な人間に分類するでしょう。自分が鋭い洞察、開かれた心、そして才能を持っていると考えているでしょう。なのにリトル・ペブルのことになると、信仰と道徳の名においてリトル・ペブルに反対するもっともらしい主張をして、即座にリトル・ペブルを拒絶するのです。しかしこのすべてによって、カトリック教会の信仰の遺産と真の道徳的教説を、自分たちがいかにわずかしか理解していないかということを示してきました。ニューマン枢機卿は、そのような人々について次のように言っています。「宗教的真理に反するそのような議論に対しては、以下の通りに返答すれば十分である。その真理を、心を尽くし力を尽くして探求しない人は、何が重要で何がそうでないかを判別することはできない。信仰または道徳が問題になる事項について、不注意に決定をなそうとするのは非常に傲慢である。真理を忍耐して捜し求めるとき、自分がどこに運ばれるのかは誰にも分からない。したがって、人は、自分の探求が神によって導かれる行程について最初は分からないので、前もって次のように言うことはできないのだ。『私が今、くだらない、途方もない、あるいは馬鹿げたことだと考えている物事については、仮に捜し求めたとしても、自分は確信にまで至らないだろう』」。(Parochial and Plain Sermons,by John Henry Newman,Ignatius Press,San Francisco,1987,Sermon13,pg.1665)

 常識というのは役に立たないものです。別の言葉でいえば、次のように言っているのです。大いなる困難のうちにおいても、「あなたの光」に従って行動せよ。そうすれば神に従ったアブラハムのように、導かれていくだろう、と。アブラハムは自分がどこへ行きつつあるか知らぬまま、信仰のうちに一歩一歩旅を続けました。神、彼の守り手であり報いである神(創世記15:1)が、「多くの民の父」(創世記17:4-5)となるべき彼の新しい役割を表すために、アブラハムという新しい名前を授けました。同様にウィリアムも、この時代における自分の役割を表すいくつかの新しい名前を神から授けられました。それらは「リトル・ペブル」「リトル・アブラハム」「リトル・ペトロ」「リトル・ホワイト・ロック」です。リトル・ペブルは、1993年7月の神の聖別により、ある特別な役割を授けられました。これはカトリック教会内での役割であり、神の子らと神との契約を提示するためのものです。リトル・ペブルが教皇ペトロ2世として聖別されるとき、この勤めを完全に成し遂げます。この時が来れば、リトル・ペブルは「もう一人のモーゼ」として、神の民を偉大な「脱出」を通して導いていくでしょう。これは新約聖書の中で預言的に啓示されている、イエズスの再臨の直前に起こる大いなる離教のためです。(テサロニケ人への第二の手紙。2:3-4)

【 聖 痕 】

 1987年以来、ウィリアムはずっと目に見えない聖痕を受けています。近い将来これは見えるようになります。預言的に啓示されているところによれば、このことが起こるとき、多くの人々が印を見て、病気を癒されるでしょう。多くの人々が真理へと改心します。このことはまた、リトル・ペブルにおける神の御業に押される神の印の公の顕現となるでしょう。
 聖痕の意味とは何でしょうか。レギナルド・ガリグー・ラグランジュ神父(ドミニコ会)は素晴らしい所見を述べています。「聖痕を受けた人は、贖いの神秘に奥深く入り、キリストの、また罪人の救いのためのキリストのいけにえの、精神的かつ肉体的苦痛の神秘の中に入る。ここにあるものは、精神・神経科の患者とは何ら関係がない。まさしく、人間の無関心な心と精神にキリストの悲しみに満ちた受難を正確に思い出させるために、我らの救い主はいけにえを選ばれ、時として磔刑に似た犠牲を可視的、あるいは不可視的に与えるのである。」(The Three Ages of InteriorLife,by Rev.Reginald Garrigou-Lagrange,O.P.,p.599)
 この見解を批判する人もいます。こうした人は、このことのうちに催眠術による暗示の一形態を見ようとしているのです。しかしながら純粋に臨床的な観点から聖痕を見ることは、神の行為の高貴な現実を歪めることです。「それは、彫像を、その姿、真の目的、そしてこの目的を目指した『作者』のことを考慮に入れることなく、単に材料である木や石によって説明するのと同じことである。」(同書p.599-600)
 神はいつもご自分の業を通して、ご自身を啓示されます。一つの良い例は、1224年の帰天以前に長年にわたり聖痕で苦しんだアシジの聖フランシスコです。彼の生涯はキリストの生きた模範でした。聖フランシスコもまた反対を受けました。なぜならキリストに対する愛から非常に急進的に清貧を実践したからです。聖フランシスコの死後においてさえ、かくも福音的な清貧の生活を実践する重荷を和らげようとする試みがたくさんなされました。彼の生涯はキリストの似姿でした。この相似は、聖フランシスコの霊魂の英雄的善徳を通して、目に見えるものになったのです。
 シエナの聖カタリナは、1370年8月18日、ある人々のために祈っているときに聖痕を受けました。カプアの福者ライムンドは次のようなエピソードを伝えています。「聖カタリナは記す。『私は、神に願い続けていました。あなたや、私が祈っている他の人々に、永遠の生命を与えて下さるようにと。神はそれを約束して下さいました。その時、不信仰によってではなく、私がその明確な証拠を得ることができるように、主に申し上げました。「主よ、あなたが仰っていることを、あなたが行って下さるという印を与えてくださいませんか?」と。すると主は「お前の手を差し出しなさい」と仰いました。私は主に向かって手を伸ばしました。主は一本の釘を取り出され、その先を私の手のひらの真ん中にあて、私の手をその釘に向かってとても強く押し付けられました。それで釘が手のひらを貫通してしまったかのように感じ、その釘が金槌で打ち込まれたかのような痛みを感じました……』」。しばらくの後、聖カタリナは聖体拝領後にすべての聖痕を授けられました。彼女はこれを福者ライムンドに説明しています。「神父様、あなたは次のことを知らなければなりません。主イエズスの憐れみによって、私は今、自分の体に主の聖痕を担っています。大いなる光の中に十字架にくぎ付けられた主が私の方へいらっしゃるのを見ました。そしていとも聖なるその傷跡から、五本の血の光線が、私の方へ、私の両手、両足、心臓へと下って来るのを見ました……」。(Life of St Catherine of Siena,by Bl.Raymond of Capua,p.174-176)
 聖カタリナは私たちの主に、できればその聖痕を見えないままにしてほしいのですが、とお願いします。そして主は聖カタリナの求めたことを聞き届けてくださいました。しかしながら、聖カタリナを信奉する多くの人々はすべて、聖カタリナの神と隣人に対する英雄的な愛を目撃しており、それで彼らは証する人たちの言葉と、神の御旨のための、霊魂たちの救いのための、聖カタリナの愛と苦しみの熱烈な発露の証を信じました。
 もう一人の聖痕を受けた若い女性の例はイタリアの聖ジェンマ・ガルガーニです。1899年6月8日、聖体拝領後に、神は聖ジェンマ・ガルガーニにこの特別な恩寵を授けられました。彼女は内的に、彼女のすべての罪を、その罪がどのように神を傷つけたかを、よく知ることができるようになります。彼女は、それらの罪を償うために、想像しうるあらゆる苦しみを受けたいという善意と望みを、寛大に神に奉げました。神の母が彼女のところにきて、ご自分のマントで彼女を覆われます。「その同じ瞬間、イエズスが出現されました。御傷のすべては開いています。しかし御血の代わりに、炎がそれから噴き出していました。突然これらの炎が私の両手、両足、そして心臓に触れ、私はまるで死ぬのではないかと感じました。」(Gemma Galgani:A Child of Passion,by Philip Coghlan,C.P.,p.71)
 1962年に亡くなったテレーゼ・ノイマンは、主の聖痕を受け1926年以来ずっと苦しみ続けてきました。彼女はまた、食物をとることをしないで生きる奇跡(inedia)という形での特別な恩寵をも、ほぼ36年間にわたって授けられていました。彼女の生涯は、神の民への印となったのです。(Therese Neumann,Mystic and Stigmatist,by Adalbert Albert Vogl.p.19-20)
1927年からテレーゼ・ノイマンの死まで、数百万人の人々が、テレーゼの故郷ドイツに彼女を訪れました。1945年以降、およそ500,000人のアメリカ軍人がテレーゼを訪れたと見積もられています。テレーゼに近づいた何千もの人々が、彼女のような人と主がご自分の受難を分かち合っていることに深く感銘を受け、もっと良いキリスト教徒になったのです。好意的に対処した人々の多くは当時のカトリックの高位聖職者たちでした。テレーゼを訪れた単純な霊魂たちは、彼女に共鳴し、自分の子らに対する神の無限の愛のいくばくかを理解するようになります。この事実にもかかわらず、テレーゼをあざ笑い、彼女を信用しない人々がいました。
 さらに最近の例はパードレ・ピオです。パードレ・ピオは1918年以来聖痕で苦しみ続けた後に、1968年に亡くなりました。彼は今日に至るまで数えきれない人々の生涯に影響を及ぼしてきました。
 これがどのようにウィリアムに当てはまるのでしょうか。重要なのは、聖痕をとりまく状況に特別な注意が払われるべきだということです。例えば、ウィリアムが見えない聖痕を授けられる以前に、どんな出来事がウィリアムを取り囲んでいたか、つまり彼に定められた主の召命とはどのようなものか。第二に、聖痕の後に生じた影響はどのようなものか、すなわちイエズスと霊魂の救いのための十字架への大いなる愛であるか。第三に、ウィリアムが感じている肉体的な鋭い痛みは、喜ばしい霊的な傷を伴っているか。
 読者の皆さんはこれらの質問の答えをこの本の中に見いだすことでしょう。アヴィラの聖テレジアと十字架の聖ヨハネは、そのような原因と効果は、ただ神からのみ来ることができると書いています。聖痕は神の並外れた賜物です。それは神秘的生活における通常の進歩の結果ではありません。ほとんどの霊魂は、この賜物を与えられることはありません。たとえ彼らが恩寵による一致の非常に高いレベルにまで達していたとしてもです。十字架の聖ヨハネは、このテーマについて、多大な光を注いでくれました。そして十字架の聖ヨハネが「愛の生ける炎」と題した彼の美しい詩の中に、ウィリアムを認めることができると私は考えています。この詩は、霊的に非常に進歩した霊魂たちを扱っています。それは愛の類似を通しての、神との一致の高い状態に関するものです。幾人かの霊魂が聖痕という賜物を恵まれるのは、キリスト教的完徳のこのレベルにおいてです。ある人が完徳のこのレベルに達しない限り、同じく十字架の聖ヨハネから霊的結婚または変容的一致の状態と呼ばれているこのレベルに達しない限り、だれも神のこれほどの賜物に耐えることはできません。それを支えるための霊的受容力を与える神の恩寵が、単に現存していないのです。
 私の考えでは、ウィリアムは神からこの恩寵とこの賜物をたまわってきています。ウィリアムは非常に多くの年月にわたって神のために苦しんだすべてのことを通して、この恩寵に応えてきました。キリストのために忍耐と一貫性をもって苦しむことは、その人の愛を清めるのに必要な手段です。ウィリアムは、必要な霊的資質を持っています。それは大いなる寛大さをもって神に奉仕する生活を送るという霊的資質です。十字架の聖ヨハネによって聖痕による「傷」が扱われているのは、第二節においてです。十字架の聖ヨハネはアシジの聖フランシスコに言及します。「天使が聖フランシスコを傷つけたとき起こったことと同様に、その霊魂に愛によって五つの傷が押された時、その影響は肉体にまで及び、そしてこれらの傷はその肉体に刻印され、肉体はちょうどその霊魂が愛によって傷を負ったのと同様に傷を負う。このような事が起こるのはなぜかというと、これらの霊魂は神のうちに清められ、受け入れられるからです。そして、腐敗しやすい肉体にとって痛みと苦しみの原因であるものが、強く健全な霊魂にとっては甘美で心地よいからである。そして、それは苦痛が歓喜とともに増大するのを感じる素晴らしい経験なのだ。」(The Collected Works ofSt.John of the Cross,translated by Kavanaugh and Otilo Rodriguez,O.C.D.,p599)
 聖痕をもたらす神の恩寵に耐える能力を持つためには、キリストとの一致において非常に霊的に進歩していなければならない、と十字架の聖ヨハネは説明します。再び私の意見を述べると、ウィリアムは恩寵のこの状態にあります。それは聖性のこのレベルにおいて神の愛と一致することができるに足る状態です。十字架の聖ヨハネは、そのような霊魂たちが変容的一致の状態に達するために通常くぐり抜けなければならない試練を列挙しています。それは三重のものです。「この世からの試練、不快、恐怖、誘惑。そしてこれらは多くの仕方で起こる。感覚における誘惑。無味乾燥、苦悩。艱難、闇、憂鬱、遺棄、誘惑、霊におけるその他の試練」(同書p.603-604)。
 さらに十字架の聖ヨハネは、なぜこれらの試練が聖痕の賜物に耐えるのに必要なのかを説明しています。「この最も高度な一致は、試練と誘惑によって強化され、艱難、暗夜、苦痛によって浄化された霊魂の中にしか、もたらされ得ない。これらの試練によって霊魂の感覚的部分は浄化され、強化され、そしてその霊的部分は精錬され、清められ、整えられる。神が霊と感覚をその中に置かれるこれらの試練を通して、その霊魂は苦しみのうちに、善徳、力、完全性を獲得する。なぜなら徳は、弱さのうちに完成されるからである。(コリント人への第二の手紙12:9)」(同書p.604)
 読者の皆さんは、この本の中で、ウィリアムがこの条件を満たしていることを明瞭に、そして決定的に理解することでしょう。最後に十字架の聖ヨハネは次のように言っています。聖なるものになり神に喜ばれたいと強く望む人は、神がその霊魂に、より大きな内面的祝福を惜しまず与えるに値するよう、苦しみの道を歩まなければならない。聖痕の賜物を受けるにふさわしいと神が判断なさる人々は、神のための善徳の英雄である。「ほとんどの人はこれらの高みに到達しない。しかしながら、この高みに達する人もいた。特に、その善徳と精神が自分の子らの間に広がるべき人が、高みに達した。なぜなら神は、創立者にその精神の最初の果実、豊かさ、価値を与えるが、それは創立者の教説と霊性を信奉する者の多寡に応じて与えられるから。」(同書p.599)
 ウィリアムが神からこの賜物を授けられたのは、それゆえ妥当なことです。なぜなら彼は、「奉献生活の新しい形態」(教会法605条)である聖シャーベル修道会の創立者だからです。ウィリアムは神の意志が行われるようにたくさんの苦しみを受けてきています。十字架の聖ヨハネは、神の愛の傷を受けるほど恵まれたそのような人々は、「神のために多くの奉仕をしてこなければならなかった。彼らは神のために感嘆すべき忍耐と誠実さを身につけてきた。そしてその人生と仕事において、神に非常に気に入れられていた」と説明しています。(同書p.605)

【 リトル・ペブルに言及する預言的文書 】

 旧約聖書にリトル・ペブルに当てはめることができる重要な一節があります。それはダニエル書の中にあるもので、巨大な像の幻に関するものです。その一節は以下の通りです。
「王よ、あなたは一つの大いなる像が、あなたの前に立っているのを見られました。その像は大きく、非常に光り輝いて、恐ろしい外観をもっていました。その像の頭は純金、胸と両腕とは銀、腹とももとは青銅、すねは鉄、足の一部は鉄、一部は粘土です。あなたが見ておられたとき、一つの石が人手によらずに切り出されて、その像の鉄と粘土との足を撃ち、これを砕きました。こうして鉄と、粘土と、青銅と、銀と、金とはみな共に砕けて、夏の打ち場のもみがらのようになり、風に吹き払われて、あとかたもなくなりました。ところがその像を撃った石は、大きな山となって全地に満ちました」(ダニエル書2:31-35)。
 リトル・ペブルは、人の手によらずに切り出された小さな石のようです。神は、その摂理によって、ウィリアムを「三重の契約の預言者」としてこの世界に送られました。預言者エレミヤのように、ウィリアムは神によって現代の「罪の構造」を破壊し、キリストの神秘体すなわち教会の善徳を再建する任務に任命されました。しかしながらこの天の命令が完全な実現に至るのはゆっくりとであり、そして特にリトル・ペブルが教皇ペトロ2世として叙階された後になるでしょう。今日においては、ひとりの人として、リトル・ペブルは世間的な見地からすれば取るに足りないように見えます。他の多くの人々にとっては、リトル・ペブルは邪悪な陰謀の一部分であるとみなされているのです。人間の意見はいつもこんなものです。しかし、それはウィリアムだけではありません。人間は洗者聖ヨハネにも、そして主ご自身にも同じことを言ったのです(マタイによる福音書11:16-19)。リトル・ペブルの預言的役割は人間的計画や人間的原因からのものではありません。多くの公的メッセージがリトル・ペブルのこの役割に言及しています。読者の皆さんは本書のページの中に、次のような権威と恩寵を証明する証拠を存分に見ていただけるでしょう。それは、ヨハネ・パウロ2世教皇のもとで「神秘的教会」を統治する権威と恩寵です。
 新約聖書の中に、もうひとつ別の重要な一節が使徒聖ヨハネの黙示録の中にあります。この一節は以下の通りです。「ペルガモにある教会の御使いに、こう書きおくりなさい。勝利を得る者には、隠されているマナを与えよう。また、白い石を与えよう。この石の上には、これを受ける者のほかだれも知らない新しい名が書いてある」(黙示録2:12,17)。
 公のメッセージは近年、ウィリアムのことを、この世代のための神のマナであると語っています。ウィリアムはまた「白い小石」であると繰り返し言及されています。その文脈はいつも同じです。ウィリアムは荒れ野にいる神の民を養うための、マリア様の道具になるよう定められた神の預言者です。「太陽をまとった婦人」は竜から逃れて荒れ野に行かなければならず、そして神の中にキリストとともにかくまわれる(黙示録12:1-6,コロサイ人への手紙3:3)。主はマリア・ワルトルタへの啓示の中で、この一節を解釈してくださっています。「隠れたマナ」とは多くの人が自分の霊魂の滋養として持っている主の言葉です。この隠れたマナは、主の再臨においてイエズスによって解放されるまで堅忍するために必要です。この一節は引用するに値するでしょう。「私はおまえたちの霊魂を甘美さと光で満たす私の言葉のマナを与える。ひとつの白い小石を与えよう。そしてこの石の中に新しい名前が書かれている。すなわちその石の中に、ふさわしくない者には与えられない、ある真理が啓示されているのだ。その真理は、永遠の生命の扉を開き、また、その扉の鍵を与え、私の天的な都市の門に達する道にあなたたちを導くものである。」(The End Times as revealed to Maria Valtorta,p.38)
 モーゼの時にある者たちがふさわしくなかったので彼らのマナが腐ってしまった理由を主は説明してくださいました。それは彼らの信仰の欠如のためだったのです(出エジプト記16:16-20)。読者の皆さんは、私たち皆が苦しんでいるこの体験を通して、「荒野の体験」という出来事の意味が分かり始めるでしょう。神の天罰は続けて人類の上に降りかかるでしょう。

【 他の著作の中の預言 】

 非常に並外れた生涯を送り1824年に亡くなったドイツの福者アンナ・カタリナ・エンメリックもまた聖痕を苦しみ、私たちの主についての多くの素晴らしい神秘を明らかにしました。カトリック教会の最後の教皇について一つのとても重要な幻視が彼女に与えられました。この幻視が指しているのは、教皇ペトロ2世としてのウィリアムしかあり得ません。
「昨夜、教皇の幻視を見ました。聖フランシスコが教会を運んでいるのが見えます。そしてサンピエトロ大聖堂は、ユダヤ人のような外見の小さな男の肩に載せられています。それは非常に危険な状態に見えます。マリア様は、教会の上にマントを広げて教会の北側に立っておられました。小さな男はほとんど二つ折りのようになっていました。その男はまだ平信徒です。私は男がだれかを知っています。新しい十二人の使徒として私がいつも見ている十二人の男たちは、彼を助けるべきでした。しかし十二人の到着は遅すぎたのです。しかしながら、まさに彼が倒れようとするその時に、十二人は彼を助けるために天使たちの群れとともに駆け寄りました。教会には敷石と後の部分しかありません。なぜなら他のすべては、教会のしもべたちが支援する秘密結社によって破壊されてしまっていたからです。教会のしもべたちはそれを別の場所へ運びました。いくつもの豪華な建物がその前に倒れるように見えました。ちょうど収穫の時の麦畑のようです。」(Life of Anne Catherine Emmerich,by Carl E.Schmoger C.S.S.R,TAN Books,Vol2,p.299-300)
 この預言は、リトル・ペブルについてのものだとされています。リトル・ペブルはこの幻視の記述に合致する唯一の人間です。ウィリアムはカトリックの平信徒であり、背が低い。主とマリア様は幻視者たちにウィリアムが最後の教皇になるということに関して多くの預言を与えています。この幻視は正しいとされています。
「この荒廃した状態にあるサンピエトロ大聖堂と、そして、その破壊のためにひそかに働いている非常に多くの聖職者たちを見たとき、私はイエズスに憐れみを必死に呼び求めるほど圧倒されていました。そのとき私は、若者の姿をした私の天の配偶者を自分の前に見ました。主は私に長い間お話しになりました。サンピエトロ大聖堂が意味したことを説明されます。それは教会が表面上は全面的に破滅に陥るだろうということです。しかし、支えられて教会は再び生き返ります。そのビジョンはさらに広がり伸びて、私の国(ドイツ)を包むまでになりました。その時イエズスは、私に祈りと、罪の償いのための苦しみに堅忍するように勧めてくださいました。」(同書p.300)
 フランスのマリー・ジュリー・ジャーニーもまた聖痕を1873年3月21日に受けます。彼女の生涯はその聖性のゆえに真に注目に値するものでした。マリー・ジュリー・ジャーニーは将来のかなしい時代について多くの啓示を受けました。特にフランスに関して、神の民を導くための一人の新しい聖なる王と一人の選ばれた教皇に関しての啓示です。間接的にこれらの啓示は教皇ペトロ2世に言及しています。主とマリア様がリトル・ペブルに与えたメッセージは、私たちの時代の印にさらなる明確さを加えています。
 ビンゲンの聖ヒルデガルトは1179年に亡くなりました。彼女はビンゲンの聖ベネディクト会女子修道院の創立者です。聖ヒルデガルトの有名な著作は「スキヴィアス(道を知れ)」です。その第3章第11の幻視において、彼女は終末の日々と反キリストの到来を主題として扱っています。この幻視から、聖ヒルデガルトが教会を取り巻く大いなる騒乱を預言的な光のうちに見ていることは明白です。(Hildegard of Bingen,Scivias,Classics of Western Spirituality,p.493-511)

 聖ヒルデガルトは実際に、復活する前の教会の受難と死を描写しています。それは乙女の教会と呼ばれたカトリック教会に対する「強姦」と血みどろの暴力です。教会は反キリストの誘惑によって傷つけられ血まみれにされます。しかし、キリストの花嫁である教会は、信徒たちへの大いなる迫害と殉教の後に、勝利に輝く姿で現れます。この花嫁と小羊との婚姻が最終的な報いです。聖ヒルデガルトの幻視は預言的で、終わりの時についての聖人たちの多くの重要な著作の中に含めるべきものです。リトル・ペブルへのご出現は、聖ヒルデガルトの幻視において描かれた像全体に、さらに深みを加えています。
 私たちの時代の偉大な神秘家の一人、マリア・ワルトルタは「終わりの時」について多くの私的啓示を受けました。これらの時代は、反キリストの存在とその影響によって強調されます。主はリトル・ペブルによく似ている偉大な聖性の人物を啓示しました。「権力への渇望なく、彼のいとも聖なる王の御名において、ただおまえたちの霊魂を統治することを切望する、ある者の声を聞け。人間に幻滅を感じるその日、お前たちはその者に注意を向けるだろう。彼はすでに人間というより霊であり、お前たちに彼の存在を確信させるに十二分な慈愛を保っている。私が霊感を与える彼の口は、私がおまえに語る言葉と同様のことを語る。彼はお前たちに、お互いに赦し合うという無限に貴重な真珠を教えるだろう。土地を豊かにするために耕す『鋤』や、より美しくするために草を刈り取る『鎌』よりも美しい武器はないということを、彼はおまえたちに確信させるだろう。最も神聖な仕事とは、兄弟姉妹たちに一斤のパンを、服を、家を与えるために行われた仕事であり、そして、お互いを兄弟姉妹として愛することによってのみ、おまえたちは憎しみの毒と戦争の拷問を経験することがなくなるのだということを、彼はお前たちに教えるだろう。」(The End Times as revealed to Maria Valtorta,p.76)

 この本の中で、読者の皆さんはこれらの言葉がリトル・ペブルをどれほど正確に偽りなく描写しているかということを発見することでしょう。もし主がそれらを未来の他の教皇にあてはめておられたのであれば、主はその人の称号と役割を示していたはずです。これが三重の契約の預言者として将来の教皇ペトロ2世になるリトル・ペブルに言及したものであることは明らかです。第二に主は、マリア・ワルトルタに「新しい脱出」について語っておられます。「私の子らよ。おまえたちは皆、新しい地に向けての『新しい脱出』へと出発する。それはお前たちに私が約束している新しい地球、キリスト教徒の愛で変容されているけれども、まさにあなたがたの地球である。」(同書p.77)
 真に「霊において貧しい者」を、新しい時代の王国に連れて行く「新しい脱出」を通して、神の民を導くよう神から定められているのはリトル・ペブルです。
 私はこの序論を、ひとりの人間としてのウィリアム・カムそしてまた彼のミッションを拒絶する人々に向けての最後の声明を持って終えましょう。聖職者を含む多くの人々がマリア・ワルトルタに与えられた私的啓示の真実性を疑いました。主はそのような懐疑的態度を喜ばれませんでした。主はマリア・ワルトルタを擁護するために以下の口述を与えられました。私は、主の言葉は今日ウィリアムを批判する人々全員に適用されうると思います。同じことが教会の聖職者たちにも当てはまります。そしてそれはウィリアムが神から贈られたものであるという証拠です。主はマリアにお話しになっておられます。
「私がすべての証拠をお前(マリア・ワルトルタ)を通して与えた。お前の中には、反抗も虚偽も自尊心の罪もない。お前は彼らの意志の柔和な犠牲者である。彼らが『教会』なので、それを踏みにじりたがる人々から、彼らの意志をお前はお前自身で擁護している。お前が十字架にかけられているためにお前が学術的著作を細かく調べることなどできないことは明白だ。お前の学識ではこれらのページを書くことができないことは明白だ。『そうです、ここに存在するのは神である聖霊です』と彼らが言うのに、これで不十分だというのならば、他の何を彼らは望んでいるのだ。教義上の誤りはこの著作にはない。まことに、この著作にはそのようなものは何一つない。20世紀におけるあれやこれやの学派が一つの光線で一箇所を照らしたにすぎないものを、聖霊が完全に照らしだすための恩寵を与えたのならば、彼らは神をその恩寵のゆえに称えるべきであって、『私たちは別の仕方で言う』などと言うべきではない。『知恵』とは何か。彼らの僕か? それとも彼らの主か? しかし人間的傲慢から自分自身を反逆者と呼ぶのを避けるため、自分のこれらの傷を隠すため、彼らは言う。『それをするのが神の責任だ』と。神は働いてきた。しかしこの世の君主はこの世を支配している。一方、王の王は天にいて、そして彼は誠実である。そうだ、彼らの試練のため、彼らの報いのため、そして多くの場合彼らの有罪宣告のため、彼が人々にゆだねている自由意志に対して彼は誠実であり、彼は彼らの意志を強制することはない。そして本当に、これは聖霊の著作である。神である聖霊、父と子の愛である方、あらゆる真理を知っている方、現代の騒乱に巻き込まれている人々が自分を地獄の教説から守れるように、その人々に真理を語る聖霊の著作なのである。」(同書p.148-149)
 同様に、ウィリアムの中にも、反抗の罪も、合法的な権威に対する不従順も、虚偽も、自尊心の罪もありません。この本の中でこれらのことは明白になるでしょう。二十年以上にわたって、ウィリアムは多様な嫌疑、軽率な裁き、中傷、名誉棄損、そして彼の主張の公平な聴取に関する自然的正義の欠如の柔和な犠牲者であり続けています。彼は自分の国のメディアと国際的メディアが彼の名声を傷つけようとしてはっているキャンペーンによって良い評判を失うという苦しみを受けてきています。第三に、ウィリアムはカトリック教会とその教導権を擁護しつつ、彼のカトリック信徒としてのアイデンティティーと信仰をつねに掲げてきました。彼は常にキリストの代理者との一致の必要性を掲げてきました。神の業への必要な認知を得るために、彼は常に教会の規定と官僚制的手続きを通して働こうと努力してきました。無数の遅延と障害でさえ、教会の要求の枠内で働くというやり方から彼を逸脱させたことは決してありません。この本は、現実の障害がウィリアムからではなく聖職者たちからもたらされていることを、細部にわたって明白に示すでしょう。ウィリアムは恐るべき不正義の犠牲者として大変苦しんで来ています。彼は彼の体に受けた主の受難の聖痕によって自分自身の磔刑を苦しんで来ています。ウィリアムがこの何年間にもわたって神の母のメッセージを捏造することなど不可能だったことは明白です。また同様に、完全に世界中に広がり、これほど長い期間にわたるこのミッションの良い実のすべてをウィリアムが「でっちあげる」ことなど不可能だったことも明白です!
 私は善意の人々が皆、この本を読んだ後、彼らの信仰、希望、神への愛において、啓発され、向上させられることを願っています。最後に私は、世界中の自分の子供たちのために苦しい涙のうちに泣き続けておられる神の母に従うように多くの人々が導かれることを希望します。イエズス様があなた方を祝福し、マリア様がご自分の汚れなき御心のうちに、皆さんを優しく抱擁してくださいますように。



第一章 若い頃
 ライン川の近く、西ドイツのケルンという都市で、1950年5月16日、私は生まれました。それは聖人のような教皇ピオ十二世によって聖年と宣言された年でした。私は未熟児で、予定日よりも七週間も早く生まれ、掌に収まるほどの小ささでした。まだ爪ができておらず、両耳はよじれており、体重はちょうど2ポンドでした。医師は私に生存の見込みなしと判断し、私は生後三日目で緊急洗礼を授けられました。私の母は、私は生きることはないと告げられたので、私を家へ連れて帰る許可を願いまだ十七歳でした。そして両親のもとで暮らしていたので、私をどうしても救いたかった母は、彼らの助けで私のために何かができるのを期待したのです。神の恩寵と計画で私は生命にしがみついていることができました。私の祖父母は、彼らの知恵と経験で、私をどのように世話するか若い母にアドバイスできたのです。彼らは私に食物を摂らせることができました。そうしてだんだんと私が食物に耐えられるようになり、体重が増してくるにつれて、私の食物は普通の濃さの母乳になっていきました。
 私の祖父母には、七人の子供があり、私の母、ゲルトルードは下から二番目でした。母は結婚せずに私を身ごもったとき十七歳でした。私の父は、イタリアの軍人で、イタリアの王族の一人でした。父は、戦後の時期に私たちの地方に来たのですが、私は、父と母との関係についてはほとんど何も知りません。私が知っているのは、父の名がジョンであり、彼が、母が妊娠して彼の子供を宿していることに気づかずに、イタリアに戻って行ったということです。私の祖父は戦時中、機甲師団の


私の祖母(左)は7人の子を持つ、素朴で敬虔なカトリック信者の主婦でした。私の祖父ウィリ・シモンズ(右)は大戦中、機甲師団の将校でした。

私の両親、ハンス・カム(左)とゲルトルード・(シモンズ)カム(右)
将校でした。私の祖母は、素朴で信心深いカトリックの主婦で、その生活は夫と七人の子供を中心として回っていました。私の母ゲルトルードは、1932年7月4日にケルンで生まれました。母は自分の子供時代については詳しく話すことを決してしませんでした。不幸にも私は、私のドイツの家族の初期の歴史をほとんど知りません。というのは、私の親類たちの生涯の多くの領域に戦争が影響を与えたからです。連合軍の空襲は恐るべき荒廃と混乱をもたらし、非常に多くの人命を奪いました。私の家族は何度か命がけで逃げなければならず、別の場所に転々と移らなければなりませんでした。
 戦後、全員が一緒になり、しばらくの間、緊急宿泊設備に住みました。私を身ごもった後で、母は自分が一人になってしまったことに気が付いたのです。父がイタリアに戻ってしまった後では、父と連絡をとる方法もありませんでした。それで、たった十七歳の少女にすぎない母は、私の生みの父親と連絡を取ることや、彼から支援を得ることのいかなる見込みも断念することに甘んじなければなりませんでした。けれども母の知り合いの中に一人の若者がいて、彼は母と結婚したがっていました。彼は母よりひとつ年上で、名前はハンス・シュエットラー、ベルリンの西の地方に1931年5月20日に生まれた人でした。十四歳の若者として彼はベルリンの街の併合と、それに続く連合軍による四つの区域への分割を、第二次世界大戦が終わった後に目撃しました。私の母とハンスは、私が私生児として登録されないように、私の誕生の前に戸籍登録所で結婚しました。私はウィリアム・ジョン・ザ・バプティスト・シュエットラーという名前を与えられ、登録されました。私が生まれた二年後に、母と養父との間に彼らの子供であるカレンが生まれました。両親はまだ非常に若く、また、戦後のドイツには仕事と安定した生活のための機会がほとんどありませんでした。彼らの同胞の多くの人々と同様に、彼らの小さな家族とともに、将来に向けて堅実なスタートを切る方法を彼らは探していました。
 1954年に、母と養父は、オーストラリアの移民局が、その国を熟練労働者と肉体労働者で強化する手助けのため、ヨーロッパ人のオーストラリアへの移住の費用を支援すると申し出たのを利用することに決めました。その年、母、養父、妹そして私はオーストラリアに移住しました。サウスオーストラリアというのは、多くのドイツ人たちが特別に牧歌的なところだと思っていた地方でした。この世紀の初めには、ドイツ生まれの移民が設立した一つの繁栄しているコミュニティーがありました。彼らは広大なブドウ園を開いていました。それはオーストラリアと諸外国にワインを供給して、そのワインは今日世界中で他の多くのライバルとその品質と味を競いあっています。不幸にもこれらの良い人々の多くが、彼らのドイツ国籍ゆえに非常に苦しめられていて、戦争中は抑留されていました。この国が戦後復興するにつれてドイツ人の影響力も徐々に以前の状態に回復しました。そして私の両親が住むために来たのはこの地域でした。私たちが新しいスタートを切った場所はムレイ川沿いのレンマークという小さな街でした。このワインづくりと農場の地域、ドイツ人の遺産がますます豊富になっていくこの場所で、両親は彼らの新しい人生を始めました。両親はオーストラリアを「約束の土地」とみなし、彼ら自身と子供たちのために快適な生活と将来を手に入れる努力を始めることを熱望しました。養父はほとんど英語を話すことができませんでした。母に至っては全く話せませんでした。それで最初は生活が少し困難でした。
 最初の家は、古いポンプ倉庫でした。屋根は壊れており、床は汚く、水道もトイレもありませんでした。家具調度品のたぐいはなく、私の小さなベッドは、果物を運ぶための古い木箱を集めて作ったものでした。当然この環境は健康にはよくありませんでした。それで私は幼年期の初めごろしばしば病気にかかりました。私は通常の幼年期の病気にはすべてかかり、よちよち歩きのころには、数回、同一の病院に入院しました。農場の区域に育ったので、私はとても活発で、幾度か自分でけがをしてしまいました。一度は屋根から落ちて背中を打ち、別の時は胃を傷つけてしまいました。それでも私は長いことじっとしていられるような子供では決してありませんでした。そして私は、病気が私を訪れたときには、病気と一緒に暮らし我慢することを学びました。
 母は、良い品性を持った良心的な母親でしたが、オーストラリアに来てからは信仰の務めを果たしていませんでした。しかし私が七歳くらいの時、母は私にいくつかの小さな祈りを教え始めました。私は特に守護の天使の祈りを愛しました。そして私は祈ることが好きでした。そのようにして霊的なすべてのことへの愛が育って行きました。養父もまた良い男性でした。しかし彼は霊的なことに関心がありませんでした。最も近いカトリック教会からも離れたところに住んでいたため、母はクリスマスと復活祭の時だけ私たちをミサに連れて行くことができただけでした。けれども私は非常に幸運なことに素晴らしい隣人に恵まれました。それはイタリア人の家族で、私たちと同様に移民でした。彼らはしばらく前からレンマークに住んでいて、今や自分たちのブドウ園を所有していました。彼らはしっかりしたカトリック教徒で自分の信仰を愛していました。彼らは非常に愛想の良い、好意的な人々で、私を「翼の下」に保護してくれました。何度も私は彼らと一緒にミサに行きました。そして私が聖なるミサを愛し始めたのはこれらの良き人々を通してでした。私は毎日曜日にミサに行ったわけではありませんでしたが、八歳になると初聖体の準備をしてくれました。この日は私にとって非常に特別な日でした。というのは私の神に対する愛は、子供らしい熱烈さで増していったからです。不幸にも私は州の学校制度の中で教育を受けなければなりませんでした。なぜなら両親には、カトリック学校の授業料を払う余裕がなかったからです。私のカトリック教育はこの初期においてはそういうわけでとても限られたものでした。しかし神が将来のため、すなわち神が私の生涯に計画なさっている仕事のための土台をすえていくということにおいて神の御手は私を導き続けていました。
 私の子供時代は全体としてはまったく普通でした。両親は経済的に苦闘しており、農場ではやらなければならないことがたくさんありました。授業が終わって次の日の授業が始まるまでの時間は、私はブドウ園での労働とともに果物を収穫して両親を助けました。私は生来怠惰であることは決してできず、幼い少年時代においても非常に進取の気性に富んでいました。私はあちらこちらで仕事を見つけました。特に休日の間は、わずかなお金を儲けるために絶え間なく働きました。私はこのお金を、両親を援助するために彼らにあげました。クリスマスには、彼らに彼らが自分たちでは決して買えないような贈り物を買うために余分に働きました。この責任は、困難への私の愛を育てるのに役立ち、それは私の全生涯に伴っています。学校においても、私は挑戦するすべてのことにおいて一番でありたいと望みました。私はスポーツに秀でており、私の学校の中で長年輩出した走者や泳者の中で最も優れた者でした。すでに述べたように、私は怠惰であることに耐えられず、活動的で働いているのが好きでした。幼いころには、近隣に牛乳を配達することさえもしばらく続けていました。

 両親は勤勉で、不平不満を言ってはいませんでした。しかし、非常に若く結婚したし、理想的な状況では決してなかったので、結婚生活は問題なしとはいきませんでした。養父はこれらの問題を酒をたくさん飲むことで処理しようとしましたが、これはただ自分たちの困難を悪化させただけでした。そして彼はすぐにアルコール中毒患者になりました。ときどき、彼がアルコールの影響を酷く受けているときに、彼は暴力的になり、これが母だけではなく妹にも私にも多大な精神的苦痛をもたらしました。この家の中の不安定な雰囲気は私たちに非常に悪い影響を与え、私たちの学業はその結果害を被りました。
 両親はオーストラリアに約六年間いたのですが、非常に不幸になって、またある悲しい影響が彼らの結婚生活に及んだため、彼らは妹と私のために再出発すべきだと考えました。彼らはドイツに戻ることに決めました。そうして私たちは1960年にオーストラリアを離れました。そして私たちの故国に戻ると、養父の祖父母とケルンの一軒のバンガローで一緒に暮らし始めました。ここに私たちは十八カ月の間とどまったのですが、間もなく、私たち全員がオーストラリアへの郷愁を感じ始めました。戦後のドイツはかつてのドイツとは似ても似つかないものでした。両親はすぐに、ここでは自分たちの問題を克服することはどうしてもできないことを悟りました。私たちの一家は、もう一度オーストラリアにわたり、レンマークの私たちのなじみの地域に居を定めました。そこで両親は自分たちの生活を立て直し、前進しようと努めました。しかし、ほんの数カ月もたたないうちに養父は再び不安定になりました。彼は仕事に身を入れることができず、未だにお酒を大量に飲んでいました。彼はドイツで家族みんなのために家を備えるつもりでドイツに戻ることを決めました。この意図をもって、彼はオーストラリアを再び去りました。しかしドイツに戻ることは、決して母の意向ではありませんでした。母はその代わりに、妹と私はこの時点ではそのことを知りませんでしたが、離婚にこぎつけることを計画していたのです。なぜなら母は、自分ではもはや私の養父と彼の暴力と飲酒に耐えて一緒に生活することはできないと感じていたからです。妹と私の上に、その全体的トラウマが非常に心を乱す影響を与えていました。しかしこの段階で、私は自分の宗教にそれでもまだ強い関心を持っていました。私は自分の祈りを唱え、時々ミサに行きました。はじめのころ両親は、私は宗教に関し強い関心を持ちすぎるようになっていると考え、それを励ますようなことはしませんでした。思うに彼らは私の関心が時がたつにつれて薄れていくことを望んでいたようです。両親が分かれ、それぞれ別の道を行き始めたのは私が十三歳のときでした。そしてそれはとても不幸な状況でした。妹と私は、なぜ両親が離れ離れになっているのかを教えられませんでしたが、困難な家族の事情から、それを推測するのはそう難しいことではありませんでした。けれども私たちは何も言いませんでした。母はサウスオーストラリアを去ることを決め、私たちは東隣のビクトリア州に引っ越しました。そしてメルボルンのサンシャイン郊外に落ち着きました。母は一軒の家を借り、私にとって幸いだったことにそれはカトリック教会から遠くはありませんでした。今や中学校に入るのに十分な年齢に達していたので私はサンシャインウエストハイスクールに編入しました。私は非常によく落ち着き、学校生活を楽しみ始めました。背の低さのためにしばしばからかわれ、自分のドイツの姓を笑われたにしても。私はこれらの愚弄を悩み過ぎたりはせず、学年の早期に幾人かの良い友人をつくりました。私はしばしば教会を訪問しました。そして聖人たちの生涯への大きな関心を徐々に育てて行きました。彼らの伝記がとても人に感銘を与え教化することが分かり、私はこれらをしばしば読みました。マリア様への私の愛も増してゆき、そして最近の聖母出現、とくにファチマの聖母について読むのが大好きでした。私たちの世紀のこの偉大な御出現は、この上もなく私に感銘を与え、そして私はこれについての本は読めるものはすべて読みました。
 私たちの生活はひとつのパターンに落ち着きました。養父のいない家庭生活は少し穏やかで平和でした。母は働いていて、妹と私は二人とも学校へ行っていました。母はハンス・カムという男と再び出会いました。彼と母は二三年前に、レンマークですでに親しくなっていました。ハンスもドイツ人で、母にとても親切にしてくれました。
 妹と私にひどい苦痛をもたらしたいくつかの知らせを母が私たちに告げたのは、私たちがサンシャインに住んで一年が過ぎたころでした。母はとうとう、私たちに、自分と養父は離婚しようとしているところで、自分たちの別居はこのためだと告げました。これは実際私たちを打ちのめしてしまいました。なぜなら私たちは、家族として家庭内の多くの困難を抱えていたにしても、なお私たちは家族であり、しかも養父は私が知っているただ一人の父だったからです。私にとって彼は私の父でした。というのは、この段階においてもまだ私は、私の誕生をめぐる状況について教えられていなかったからです。養父はドイツに帰ってしまったが、私たちはメルボルンに住み続けるだろうと母は言いました。子供である私たちにとって、父が別の国に住むことを考えるのは大変困難でしたが、私たちは出来事をそのまま受け入れるほか選択肢はありませんでした。
 何カ月もたたないうちに、ハンスは私たちをしばしば訪問するようになりました。そしてそれ以降、頻繁に家で私たちと一緒にいるようになりました。そのすぐあとで養父がオーストラリアに戻り突然現れました。彼は酔っ払って激怒しており、私たちの家に押し入り、私たちの衣類をすべて通りに放り投げました。幸いにも彼の来た当初、母は仕事に行っていて、私は学校にいました。私が午後遅く家に帰ったときに、台所で養父と鉢合わせになりました。養父は大きな包丁を片手に持ち、気違いのようになって、その武器を振りかざし脅迫していました。私は彼が正気でない状態でわめいているのがわかりました。そして母が、この衝突の最中に仕事から帰ってきました。養父は母に向かって、嫉妬と怒りに狂って叫び始めました。ありがたいことにハンスは母と一緒ではありませんでした。もしそうだったら、事態はずっと悪化していたでしょう。養父は母とハンスを殺してやると脅かしました。
 養父を鎮めるためには長い時間がかかりました。彼は挫折感と心の痛みでいっぱいでした。そして他人を傷つけることを望んでいました。私は台所で彼と一緒に座り、彼の怒りの流出を聞きました。そしてその晩、彼は私に私の誕生のいきさつを教えたのです。つまり、彼は私の本当の父親ではないこと、そしてあるイタリアの貴族が私の生みの親だということを。養父は、私の名前に傷がつかないように母と結婚したのだと言いました。今や彼はあまりにもみじめさでいっぱいで、私と母を傷つけることを望んだのです。
 このすべてのことは恐るべき衝撃を私に与えました。私は私の周囲で世界が崩れていくかのように感じました。しかし私たちの身の安全のために彼を静かにさせておかなければなりませんでした。そしてあまりにも飲み続けていたために、彼は次第に眠りこみました。その夜、彼がまだ眠っているうちに、母と妹と私は家からそっと抜け出し、メルボルンを離れました。ハンス・カムは私たちを、ニュー・サウス・ウェールズ州のウォロンゴングに連れて行き、私たちは彼とそこに住みました。時がたつにつれて、彼は私の二番目の養父になりました。
 いまや私は十代半ばで、田舎の高校に行っていました。私の家庭生活はさらに落ち着いたものとなり、私は学校で幾人かの友人をつくりました。私は将来は結婚し落ち着いて家庭を持つという普通の少年の夢を持っていました。私はいつも女の子たちに関心があり、そしてゆくゆくは農場に住むか大工の仕事に就くかしたいと思っていました。しかしこれらのアイデアの具体化はずっと先のことでしたから、その間に私は信仰について読書と研究をするにつれ自分の信仰が育っていき、さらに強くなってきていることに気がつきました。多分神は私を司祭職に呼んでいるのだろうと私はだんだん考え始めました。私はイタリアのピエトラルチーナの一人の聖なる、そして聖痕を持った司祭に魅せられてしまいました。この聖なる人は、預言者そして幻視者として世界中に知られていました。彼は霊魂を読む賜物をいただいており、聴罪司祭として有名でした。人々は世界中から彼に告白を聴いてもらうためにやってきて、彼に助言を願い、そして多くの人々が彼の霊的な子供になることを申し出ました。私はそのような主の傷を身に受けた人に完全に圧倒されてしまいました。私にとってそれは天の出現を地上において見るようなものだったのです。私は日曜のミサに定期的にあずかり始めました。そして司祭になりたいという私の望みは増していきました。私の学校生活はうまく進んでいました。しかしこの時期に幾度か健康を損ね、肺炎にかかりました。私は高校を退学し、夜間学校で勉強を再開することで事態を改善しようと決めました。なぜなら私は職を得て生計を立てるべきだと感じたからです。母は「パイ工業」に勤めており、私が宅急便の使者としての仕事にありついたのはここでした。私は幾度か司祭になることについて問い合わせました。しかしすべての努力は無駄に終わりました。

 1966年、十五歳の時に、私は侍者でした。そして私の信仰への関心と、ミサに頻繁にあずかったことで、私はこの教区の何人かの司祭と友達になりました。そのうち一人は田舎に教区を持っていて、彼は何回か私に泊まるようにと招きました。私はそうするのをうれしく思いました。なぜなら彼は良い友であり、彼と一緒に霊的なことをたくさん語り合うのは楽しかったからです。彼は若くはありませんでした。四十歳くらいにはなっていました。そして私は十六歳で、彼の父性的な私への関心に感謝していました。私にとって、自分の悩みを何でも話し合うことができる幾人かの男性がいることは良いことだったのです。
 あるおりに私が彼と田舎に滞在していたとき、彼は私の部屋に入ってきてベッドの私のそばに入り、そして私の上に乗りかかろうとしました。この行動に私は当惑しました。それは私には全く無縁なことだったからです。彼は私の服を脱がせ始めました。私はそのような行為の知識も体験もなく、非常に清く無垢だったので、彼の意図がわかりませんでした。私はとても不快に感じ、彼に何をしようとしているのか聞きました。彼は私に、私と性交しようとしているのだと言いました。これに私はショックを受けました。なぜなら彼が男性であるばかりか、そのうえ司祭であったからです。それで私は彼に言いました。これは非常に間違っていると思います。なぜなら男性は女性とだけ性交するものだからです。私はまた、司祭は独身で、自分の生涯を神にささげていることも知っていました。私は無垢だったので、同性愛の行為について何の知識も持っておらず、男性がそのような仕方で行動するなど夢にも思っていませんでした。その司祭は、彼が危険に片足を突っ込んでいることを明らかに悟り、それをあきらめ、そして私の部屋を出ていきました。私は私の身に大変なトラウマを与えかねなかったこの影響から私を守ってくださったことを神に感謝しています。別の折りにこの同じ司祭と一人のシスターは私をピクニックに連れていきました。私は彼の先の行動が奇異なものだと気がついていましたが、まだその司祭をよい友人であると信頼しており、特に霊的な会話とアドバイスの観点から見てそうでした。この司祭は私に、彼が私のことを聖なる若者だと考えているといったのですが、それにもかかわらず彼はもう一度私を誘惑しようとしました。私は男性が他の男性にそのような愛を感じることは異常だと本能的に知っていて、彼にそうすることをやめてくれと頼みました。私が成熟し、そのような行為の重大性を理解するまで何年もの間、このことに考えを向けることがありませんでした。この司祭は再び私を誘惑しようとしました。しかし私は彼に言いました。あなたは大罪を犯すつもりですか、と。彼はこのことの真理を認め、驚いたことに、私に、自分を赦してくれと願いました。彼は、私は彼にとって光の天使だと言いました。私たちの道は分かれ、そして二度と再び彼に会うことはありませんでした。私は1999年の今これを書きながら、一人の若者としての私の体験を熟考しています。1970年以来、若い少年たちを誘惑し堕落させたためにずっと刑務所に入れられている教区のカトリック司祭について考えながら。信用に対するこの大きな裏切りは、自分の誓願に対する忠実と自分の召命に対する献身を持って自分の能力の及ぶ限り使命を遂行している私たちの非常に多くの修道者たちに対する中傷をひきおこすことになりました。
 最近私はカトリック教会当局に私が一人の若者として被った、この性的暴行の件を報告しました。教会の当局者は可能な刑事罰を未決定の状態にして今この事件を調査しています。私はすべての教区の司教たちに、無垢で傷つきやすい少年たちがこれらの異常な行動によって重大な道徳的危険に脅かされるのを防ぐことにおいて、もっと良心的になってほしいと望み期待せずにはいられません。そのような小さな子供たちの両親たちが自分の子の、おそらくは一生を台無しにさせてはいけないと私は感じています。聖書が「憎むべきこと」と言っているそのような行動が、良い聖なる男性とみなさるべき者たちによって実行されているのを正当化することはできません。しかしながら私は罪を犯した人間を非難せず、その罪とその結果を憎みます。悲しいことに、善が悪とみなされ、悪が善とみなされるなら、それらは「時のしるし」です。

 詳しく書いたとおり、私がメルボルンからニュー・サウス・ウェールズのウォロンゴングに引っ越したとき、私はまだ学業年齢でしたが、私は教室に戻るよりもむしろ職に就くことを選びました。母も将来の養父も、私に学校に通い続けるよう勧めてくれましたが、たくさんの変化が私の人生に起こったことと、私の教育がそんなふうに中断されてしまったことで、私はそうする気になれませんでした。それで私はパイ工業で雇われ続けました。



第二章 最初の神秘的経験
【 私の最初の幻視 】

 天の御父は、反キリストとの戦いを戦うように私を指名なさり、ご自分の神なる息子の再臨を先ぶれし、ご自分の民を約束の地へと導き入れるように私に命じられました。
 1968年のことでした。私は十七歳になっており、基本的に毎日ミサにあずかりはじめていました。そこで私は最初の真の神秘的経験を体験しました。それは復活祭の日曜日におきました。聖フランシスコ・ザビエル大聖堂での午前十時半のミサにあずかるため私は早めに到着していました。私は私の思いに、一人で完全に夢中になってひざまづいていました。神の愛について深く熟考していると、何か変わったことが起きました。ひとつの白く美しい霞のような雲が、私の上に来て、温かい感覚で私を包みました。私はだれかの現存の前に自分がいるように感じ、私の内側から、恐ろしく深い男性の声が聞こえました。私は本能的にそれは永遠の御父の声に違いないと悟りました。彼は私に言いました。
永遠の御父: 「ウィリアム、私の息子よ。恐れるな。お前に話しているのはお前の神なのだから。お前は何も心配する必要はない。私がお前とともにいるのだから。私はお前に、お前が私のために何を行う予定なのかについて、知識を与えよう。私はお前を全人類の指導者となるように選んだ。多くの人々がお前に従うだろう。なぜならお前は、父の家に彼らを連れてくるからだ。お前は大変苦しみ、偉大にして聖なる聖人になるだろう。お前は結婚し子供ももうける。そしてお前は聖なる家族とはどのようであるべきかの模範を示すだろう。それは『聖家族の模範』であろう。お前の影響で多くの人が救われるだろう。強くあれ、そして決して信頼を失うな。」

 それで私は、神が私に私の使命を与えておられるのだということを、そして私が神の民を約束の土地に導くのだということを悟りました。御父は私におっしゃいました。私が彼の神なる息子の再臨を生きて目にすることになる、ということ、私がたくさんの迫害に苦しめられ、反キリストに対して戦う、ということを。私はこの体験に圧倒されました。この予期せぬ神のご訪問に、目にいっぱい涙をためてひざまずきつつ、ほとんど身動きもできませんでした。この幻視は約一時間継続して、それからこの雲はゆっくりと消えていきました。当然、私はその時、この幻視の意味を完全に理解することも十分に把握することもできませんでした。私は現在と過去の御出現に関する情報を、多くのカトリックの組織を通して探し求め始めました。
 1969年に私はウォロンゴング教区出身の司祭に私の神秘的体験を知らせ、彼の指導を求めました。彼は私にしばしば祈り、日々を過ごして行きなさい、というのは神はご自分の時に私にこれらの恩寵の理由を教えてくださるに違いないから、とアドバイスをしました。私はまた、この出来事を、当時その大聖堂の司祭であったレオ・スティーブンス神父にも知らせました。彼はそれから私の霊的指導者にして良き友人となりました。
 これらの初期の数年間に私はこの教区と深くかかわるようになり、毎日ミサにあずかり、そして私の神秘的生活が育ったのもこの期間においてでした。マリア様は私に現れ始めました。これは何回か起こりました。私はまた内的語らいを通しても天から導かれ、私のカトリック信仰に対する鋭い認識力が徐々に育ってゆくのがわかりました。1970年に、教皇パウロ六世がオーストラリアを訪問してくださったのは私にとって大きな喜びでした。私は彼についてあまりにたくさん読んだので、私が彼を個人的に知っていると感じてしまうほどでした。私はやむことなく聖人たちの生涯の記事を読み、また天も、死んだ人とまだ生きている人の両方の神秘家たちの著作を読むように私を導きました。私がシドニーのカプチン・フランシスコ修道会にアプローチしたのはこの時期のことでした。私は再び修道生活にひかれるのを感じ、それが私への神の御旨なのかどうか、自分の召命をテストしたいと思ったのです。しかしながら私は自分の内面の奥深くに、結婚したいという望みをまだ感じていました。私は修道院に一週間住んでみました。そこで私は修道生活の方法になれました。私は先に進むことはできませんでした。というのは、私はその生活にはあまりにも「信心深すぎる」とみなされ、したがってよくない志願者とされたからです。
 この後私はメキシコの最も小さきフランシスコ修道会と連絡をとりました。私はメキシコのポルタポーズと呼ばれている有名な神秘家に手紙を書きました。彼女は教会の認可を受けており、ひとつの修道会が創立されていました。それが最も小さきフランシスコ修道会です。私はこの修道会に加わるようやってみようと決心しました。しかし、移民局でのビザに関するさまざまな問題があり、私はこれらの計画を放棄しなければなりませんでした。けれども、イエズスはこの幻視者を通していくつかの素晴らしい指示を私に与えてくださり、そして私はその後すぐに今や世界中で「マリアン・ワーク・オブ・アトンメント」として知られている祈りのグループと呼ばれる組織を私は始めたのです。
 私はよく知られたマリア様の幻視者たちのメッセージに従い始めました。例えば最近の最も有名な御出現のひとつであるイタリアのサンダミアーノのママ・ローザです。彼女は名高い聖痕者であるパードレ・ピオの友人でした。私は私の母の病気についてパードレ・ピオに手紙を書きました。そして彼は彼の傷のある手にはめていた手袋の一部分を送ってそれに応えてくれました。そして母は胆汁石がいやされました。私はマンマ・カルメラとポルタポーズについて読み、彼らのメッセージが最も人を鼓舞することがわかりました。
 これらの初期の数年に、私はまた別の幻視者、スペインのクレメンテについて耳にしました。彼にかかわるほかの四人の幻視者がいました。しかしながら、1970年のはじめ、彼は不従順のせいで落ち、肉体的にも盲目になりました。彼は今、教皇と自称しています。
 私が神の召命に忠実にとどまったほかの三人の幻視者たちから受け入れられた後で、この四人の幻視者の霊的指導者であるフェリックス神父が、なぜ私に反対するようになったかを、時がたつにつれて読者のみなさんは理解するでしょう。皆さんにとってこのことを記憶しておくことは重要なことです。現在の出現は「白い十字架」と呼ばれており、セルビアの大司教がこの出現を調査しています。また、これも注目していただきたいことですが、1986年から87年にかけて私が「白い十字架」に行ったとき、私は、彼と会合するために、この大司教によって招かれたのです。

【 ギルロイ枢機卿との出会い 】

 私の神秘的体験は続いていましたが、それらの意味が不明瞭だったので、私はそれらを書き残しませんでした。全体として、私は修道者の召命を追い求めるために何回か試みました。しかし無駄に終わりました。1970年私はギルロイ枢機卿に会いに行こうと決心しました。私は聖マリア大聖堂に告解をしに行き、そして告解のあとで、その司祭に、どのようにしたら私はこの枢機卿に会えるのか尋ねました。この司祭は、自分がギルロイ枢機卿だと私に告げ、よろしい、あなたに会いましょう、とおっしゃいました。私は、彼が信心深く謙遜な司祭であることがわかりました。彼と私の会合はおよそ三十分ほど続き、その間、彼は、私の幻視に何らかの真実がきっとあると信じるが、私はさらに多くの霊的指導を受ける必要がある、と私に語りました。彼は私に教区のマッケイブ司教に自分を紹介しなさいと指示し、私はそうしました。彼もまた非常に聖なる人でした。マッケイブ司教は私に祈り続けるように、そして一人の霊的指導者を見つけるようにとアドバイスしてくださいました。私は彼に、私にはすでに一人、レオ・スティーブンス神父がいると告げました。これらの線に沿ったそれ以上の進展は何もありませんでした。けれども私は教区の活動を夢中になって続けました。

【 私のマリア的働きが始まる 】

 マリア様への私の信心は、いくつかの組織に加わるよう私を導きました。私は教区内にマリア様のお祈りの集まりを組織し、ロザリオを唱え、さまざまな幻視者のメッセージを広めて働きました。私はファチマとルルドのマリア様のメッセージを広めるため、ウォロンゴングの教区司教の祝福をいただきました。
 私がいくつかの分野で非常に活動的になったのは1971年でした。それはカリスマ運動、マリア様のブルー・アーミー、ルルドの聖母の組織、フランシスコ第三会です。後に続く数年間において、私は教会について、その法と教義についてたくさん勉強しました。私は教会の教父たちについて研究し、読み、そして聖人たちの生涯について読むことも続けました。その当時に活躍していた幻視者たちを通して語られている私的啓示をたくさん読んでいるうちに、私は私たちが時の終わりに生きているということ、特に第二バチカン公会議以後、カトリック教会内に多くの乱用があることを認識し始めました。私はこれらの乱用が、司教たち、司祭たち、そして他の修道者たちになって行われるのを見たとき、その教区の司祭たちや司教と話しあうことによってその乱用を改める試みをするキャンペーンを始めようとしました。これはもちろん、教区の聖職者位階との多くの議論を私にさせることになりました。

【 驚くべき出会い − その存在が私を喜びと歓喜で満たす
いとも美しい女性に出会う − 危うい私の生命 】

 別の観点から、1972年は、私にとってとても忘れがたい年です。養父のハンス・シュエットラーが私の母を探しにドイツから戻ってきました。彼は私を誘拐することで母に復讐することを心に決めていました。それで当然母は非常に恐れていました。養父はアデレードのナイキケルタ・ベセキ一家の家に滞在していましたが、彼は私に会ってくれと連絡してきました。彼がどんな邪悪な計画を心に秘めているかを知らずに、私は彼と会うことに同意しました。私はベセスキ家へと旅行し、そして養父が何をたくらんでいるかを知らされたのはそこにおいてでした。彼が私をレンマークに連れて行き、墓地で私を殺すことができるように、ここで私をものにするという計画だったのです。彼らは言いました。彼は車の中に銃をおいている、と。そして、ただちに家に帰るように、と私をせき立てました。私は帰るのではなく、養父とともに行くことに決めました。私の出発の前に、私は告解に行き、司祭に、私は死にに行こうとしているので、これが私の最後の告解です、と告げました。私は司祭に、私は神に自分の命をささげています、もしそれが神の御旨なら、私はそれをうけいれます、と言いました!
 養父と私はレンマークへと出発しました。そして旅行の間、彼は金持ちになったことを自慢しました。彼は私に、仕事と家とドイツまでの飛行機のチケットをあげようと言いました。私は彼に、私の愛を買おうと努める必要などありません、なぜなら私は、すでにあなたをとても愛しているし、いつも愛してきたから、と言いました。私たちはレンマークに到着し、そこで私は私の古い友人たちと会いました。彼らもまた同様に、母に仕返しするために養父が私を殺すと脅していたと私に警告しました。彼らは私が生命を奪われることを恐れており、警察の力を借りることを望みました。私は彼らにすべてを私に任せるように、そうすれば自分でなんとかする、と言いました。私は自分のロザリオを首にかけ、自分自身を神の御旨に任せました。それからほどなくして養父は、彼の古い友人のお墓参りをしたいから、一緒に墓地に来てくれないかと私に頼みました。私は行くことに同意しました。そして墓地に向かう途中で、養父に、彼の意図を私は知っている、と告げました。私は彼に言いました。神がそれをお許しにならない限り、私に害を加えることはできません、と。私が彼を大変愛していて、神もまたあなたを愛しておられます、と。そうして私は彼を赦します、と告げました。養父は泣き崩れました。彼は、自分が私を殺すつもりだったこと、しかも何度もそうしようとしたことを認めました。彼は私たちの車をセミトレーラーに突っ込ませようと試みました。次に、私を射殺しようと決心したのですが、自分がそれをやり遂げることはできないことがわかりました。彼は私に赦しを乞い、ドイツに戻ってもう二度と再び私を煩わすことはない、と言いました。私はその場ですぐに彼を赦しました。そしてその後、再び彼に会うことはありませんでした。何年かたって私は彼に連絡をとろうとしましたが、彼の両親に連絡したとき、彼が亡くなっていたことを知りました。
 1973年にパイ工業はその主要工場をシドニーに移転させました。この移転は、私が自宅から新しい場所まで通勤しなければならないことを意味しました。従って私は毎日一時間半を通勤に費やしました。私はしばらくの間はこの仕事を続けましたが、翌年からは数回仕事を変えることになりました。私はさまざまな御出現と、いろいろな幻視者の啓示を広めるのに非常に多忙でした。先に書いたとおり、私は2〜3の内的語らいと、いくつかの夢を受けましたが、それらにさほど重要性を置きませんでした。私の霊的指導者のレオ・スティーブンス神父は、私が信仰においては非常に本物であると考えていましたが、天が私に何かを伝えているであろうとは考えませんでした。
 1973年の末、私はマリアン・ワーク・オブ・アトンメントという名前で知られている団体を組織しました。私はポルタポーズの著作から、この名称と償いのカリスマのためのインスピレーションを得ました。この団体の目的は、読んで字のごとく、祝された乙女マリアを通して、神に償いをおささげする、というものです。この祈りのグループと祈りは、神から霊感を授けられたものであるかどうか、イエズスとマリアにお尋ねしてほしいと、この幻視者にお願いの手紙を書きました。私は彼女からイエズスとマリアからのメッセージが添えられた返事をもらいました。このメッセージはイエズスとマリアがこれに満足していらっしゃるというものでした。
【 私の最初の聖なる夢 − 私は十字架の道行きを目撃しました 】

 1974年に、私は並はずれた経験をしました。その年の私の最初の聖なる夢または幻視です。私は自分が学校の校庭を数人の人々と話しながら歩いているのを見ました。私が話しているうちに私の口から白い霧が出てきて私を包みました。それは私を大気圏外に運ぶように思われました。そして私は地球を見ることができました。私は自分が時間と望遠鏡を通過したような印象を持ちました。私は地球に向かって急接近し、ある小さな国に降りていくような気がしました。それはエルサレムで、私たちの主が三十三歳の年でした。私は気が付くと、ある見せ物を見ている群衆の中にいました。そして、それが私たちの主の受難の道行きであることを悟りました。私はその群衆の前にいましたが、だれも私を見ることも私に触れることもできませんでした。しかし私はすべてを見聞きしていました。その時驚いたことに私はイエズスが来られるのを見ました。おお、何と悲しい光景でしょう! イエズスはちょうど私の真ん前で両膝をつきました。その瞬間、私は目に涙を浮かべて同様に両膝をつき、イエズスを助けようと両腕を差し伸べました。イエズスは頭を上げ、私の目を真っすぐに見つめました。そのご様子は、御顔を御血に覆い尽くされ、ご自分の苦痛にもかかわらず、内面には大いなる落ち着きを保っていらっしゃいました。どんなにイエズスを助けて差し上げたかったことか。私は心の中でイエズスに言いました。私はあなたを愛します。どうか私をお赦し下さい。イエズスの目は、私に、すべてはうまく行くと保証する微笑を贈られました。そして主は立ち上がり、御自分の道行きをまた続けられました。その後私は校庭に連れ戻されました。私はイエズスの愛の全てについて説教を始めました。人々は私のもとにやってきて、ひざまずき、私の説教を通して受けた恩寵のために神を称えました。彼らは私を預言者そして幻視者と公言しました。多くの人々がそれから改心しました。
 8月8日に私はママ・ローザに手紙を書き、聖母に私を祝福してくださるかどうか尋ねてほしいとお願いしました。8月14日に返事の手紙を受け取りました。幻視者は、マリア様が私に確かに祝福を送って下さったというメッセージを、一枚のローズ・ペタルとともに私に送ってくれました。彼女は言いました。「天の母はご自分の祝福をあなたに送っています」と。私はまた他の手紙でも承認を受けました。ひとつは1974年9月24日に送られたもので、もうひとつは1978年4月4日に送られたものです。

【 並はずれた幻視 】

 祝された聖母は私に現れ、素晴らしい恩寵を授けてくださいました。私は両腕を広げ、気がつくとベッドの上にひざまずいていました。マリア様はおっしゃいました。私にある計画をマリア様は持っておられると。マリア様の被昇天の祝日のその日以来、私は間違いなく、ある偉大な恩寵をいただきました。
 メッセージを広め、私の祈りのグループを発展させるのに私は懸命に尽くしていました。私はたくさんの慈善活動をやっていました。また、そこそこ上手に歌い、ギターを弾くことができました。私はその当時大人気だったロッキー・ページというカントリースタイルの歌手からギターを習っていました。付け加えると、私は十歳の時に、メルボルンを拠点とするテレビ局の番組「ヤング・タレント・タイム」に出演していました。それらはショウビジネスにおいて将来性のある若い少年少女に、歌手としての経験を積ませて育てる番組でした。私はまた、私に歌手としてそして俳優としての両方の才能があると考えた、サウス・オーストラリアの人々の注意を引きました。貧しい人々、お年寄り、十代や小さな子供たちのための娯楽を主宰するためにずっと忙しくしていた時期がありました。私は演劇に出演したし、一時は、あるエンターテイメントグループと一緒に巡業にさえも行っていました。私は入院中の病人を楽しませるために訪問するのを楽しみました。そしてこの一時期ずっと一緒に過ごした善良で聖なる男、ロバート・マーフィーのすてきな思い出をいつまでも忘れないでしょう。


青年時代のウィリアム。1966年。シドニー、ニューサウス・ウェールズ
 霊的な側面では、私はますますマリア様を愛するようになり、私の愛は日々増大していきました。私は自分自身をマリア様を通してイエズスにささげました。そうしていけにえの霊魂としての償いの道である聖グリニョン・ド・モンフォールの道を歩き始めました。私の職業の経歴に関しては、私はテレビやラジオの部品を製造するパイ工業という会社で監督者に昇進しました。私は常に自分の仕事を勤勉に果たし、私の雇用者は私に満足していました。次のように書けることはうれしいことですが、私はまた、同僚やスタッフたちと親密で良い関係を結んでいて、非常に人気があったようです。後に私がシドニーに行ったとき、私は仕上工と旋盤工になることを学ぶため、一時、チェンバレン・エンジニアリングで働きました。私はクラス3の免許を取得しました。
 1976年に、私はカスタムクレジット金融会社に入社しました。そして大型金融操作を学び始めました。私は貸付係をその会社で担当し、そのころはシドニーに住んでいました。非常に良い友人となったカトリック信者で私の信念を共有してくれる数人の若い男性と一緒にフラットを共同使用していました。彼らもまた、私が参加した幾つかの若者のグループのメンバーでした。これらのグループにかかわったことで私は有名になり始め、その結果、いくつかの銀行、住宅金融協会、そして金融会社と取引することになりました。私は若者であれ、年寄りであれ、多くの人々に会い、そしてまた、再び私はビジネスの仲間たちとだけではなく、一般のすべての人々とも良い親密な関係を持ちました。私は私とかかわった人と常にうまくいき、そして自動車や家具などを買っている時に、難無く良い信用を得ることができました。
 私はまた、平信徒の宣教活動の組織であるパーム会と呼ばれたグループに入りました。そこで私は若い人々が宣教に行くのを助けて働きました。マリア様は私の愛の高い位置を占めていましたが、この時期私はまだ、私に対する神の将来のご計画については確信していませんでした。
 私はカトリック信者の間にマリア様に対する真の信心が欠如していることに気づき始めました。私はシドニーでホーキンズ神父とアレックス・リチャール博士とともに、カリスマ運動のリーダーの一人になりました。カリスマ運動に私は深くかかわったのですが、その起源の正統性に関しては十分納得したことは決してありませんでした。マリア様への信心の深さがそこにないために引き起こされた私の内心の密かな疑いのために、それらのグループの活動に対する私の強い関心は薄れ始めました。このことは私を不安にさせました。なぜなら私はファチマや他の場所でのマリア様の御出現について読んだり聞いたりして、マリア様に対する強い愛をもっていたからです。
 私はその後すぐにカリスマ運動を離れ、マリア様からインスピレーションを受け、マリア様にささげられた祈りのグループを創設しました。それを始めたとき私はまた、四十人から八十人のグループのための黙想会を企画することを決心しました。大抵、シドニー南西のミントのカルメル会男子修道院でしたが、シドニーの西のムルゴアに創立されたショーエンスタット女子修道会でも行いました。やってみるとそれらは大成功で、毎年参加者がますます増えていきました。神父、女子修道院長、ハーストビルの一人の素晴らしい司祭が、その間私を手伝ってくれました。
 同じ年、私はカリスマ運動に反対する意見を述べはじめ、人々に映画を見せることを通して、ファチマのメッセージを広めることによって、カリスマ運動に反対するキャンペーンを始めました。ある個人の家で、最初の祈りの集会が行われたのは、1978年6月でした。約一年で三つになったこれらのグループの、これが、まさに始まりでした。そしてこのような発展が数年間続いたのです。私はさらに多くの最近のマリア様の出現について情報を集めました。私は私の神秘的体験に関しての指導を求めてさまざまな幻視者に手紙を書きました。しかし送り先のだれからも返事をもらえませんでした。いくつもの祈りのグループが発展したので私はそれらに私の時間を割り当てました。集会は毎土曜の夜に行われました。私は当時二十代半ばでした。
 何年もの間、私は幾人かの女の子と会い、そして恋をしました。しかしそれは恋で終わりました。しかしながら1979年に私はイタリア系の一人の若い女性と出会い、私たちは結婚する約束をすることになりました。ただ、それは、彼女の生活のある特別な状況が解決してから、ということではありましたが。次の章で、私の初期のもっと多くの恋愛について説明します。私の最初の妻であるアンとの婚約は、1982年2月11日に公式なものとなりました。

 以下の手紙は、同年1月13日に、いくらかの問題に関して、マーリ司教に書いたものです。
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BISHOP'S HOUSE OF WOLLONGONG
P.O.BOX 1254 WOLLONGONG 2500
(ウォロンゴング教区のW・マーリ司教
司教館、ハーバーストリート、ウォロンゴングN.S.W. 2500)
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閣下、
 この前の日曜日、友人と私は、いつもあずかっている午前十時半の聖堂のミサに行きました。恐ろしいことに、説教の間、私たちは司祭によっていくつかの露骨なひどい誤りが語られるのを聞きました。私たちが愛し大変に称賛しているノロウ神父へのふさわしい敬意は払いつつも、私たちはこの説教の間に異端が説かれたと考えます。私たちはあなたにこれらをどうか明らかにしていただきたいと思います。
 神父は次のように述べました。私はそれを次に引用します。(1)キリストは、ただ少しずつ彼が神であることに気づいていった。そして(2)キリストは、彼が洗礼を受けるまで自分が誰であるか十分に分かっていなかった。その時、聖霊が彼に下り、イエズスに彼が偽りなく神の子であると明かしたと考えられる。
 それは直接的な異端説です。キリストはおっしゃいませんでしたか、十二歳の時に神殿でお教えになった際、彼の父のことに従事している、と? 聖書と教会の教皇たちはキリストがいつでも彼が神であり人であることを知っていると教えてきました。これ以外の教えは異端であり、私たちはそのようないわゆる新神学が踏み消されるまで黙ってなどいません。私たちはあなたの貧しい下僕として、この最も重大な問題について、ノロウ神父と話してくださるようお願いします。
 私が取り上げたいもう一つの点は、私と私の仲間のカトリック信者の友人たちの深い関心事のひとつです。それはひざまずいて舌で聖体拝領するという信者の権利の侵害です。それは教会によって、私たちの主を拝領する最もふさわしい方法として勧められてきました。それにもかかわらず、次々と司祭たちが、私たち、教会の教えを信じ、それに従っているカトリック信者の人々に、聖体を授けることを拒否しています。これは最近、キャンベルタウンの聖ヨハネ・カトリック教会の午前九時十五分のミサで起こったことです。キング神父は、ひざまずいて舌で聖体拝領をする人々を拒み、彼らをひざまずいたまま放置してさらしものにしました。教会法は、「信者はひざまずくか、立って聖体拝領できる」と述べています。(Instruction by Sacred Congregation for Sacraments and Divine Worship,April,1980)
 私はあなたに、どうか神から与えられたあなたの権威を用いて、この問題を解決してくださるよう、お願いします。
 最後に、私の注意を引いていることですが、ウォロンゴング教区で、ある司祭たちが説教壇から、ベイサイドの出現はバチカンから非難されている、そしてこれらの出現に従う人々は変わり者に分類される、と発表しています。いったい、何の権威をもって、これらの司祭たちはそのような軽率な判断を行い、そして神の民に混乱を引き起こすことを引き受けているのでしょうか? 神の聖なる教会によって私たちは旧教会法1399条と2318条の廃止のために、そのような信心を広める完全な権利と権限を与えられています。関係する司祭の一人は、ブリ教区のクロウェ神父です。私たちはあなたに、どうかこの状況を正してくださるようお願いします。
 閣下、私たちがあなたに理解していただきたいのは、私たち、あなたの神の民が、あなたに神が任せられた大きな責任に十分気がついていて、決してあなたの権威を損なうことを望んではいないということ、しかし私たちの信仰と教会と、教会の最愛の司祭たちを愛する関係のあるカトリック信者として、何かが行われることを私たちが求めているということです。

あなたの忠実な下僕としてとどまるウィリアム・カム
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 司教は私の手紙に1982年1月19日に次の通りに返答してきました。

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BISHOP'S HOUSE OF WOLLONGONG
P.O.BOX 1254 WOLLONGONG 2500
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親愛なるカム氏、
 あなたの1982年1月13日の私あての手紙で、取り上げられたいくつかの問題に関して書きます。私がまず第一に指摘したいのは、受肉は偉大な奥義であり、二つの本性の一致の正確な性質と、イエズス・キリストの人格の中でのそれらの相互作用は、人間の理解を超えているということです。キリストの「自己認識の発展」は、今日の幾人かの神学者が公表している一つの学説です。私は神学上の学説または意見が、あたかもそれが教会の確固たる信ずべき教義であるかのように人々に説教されることを許しません。そして関係する司祭に私はきっと話しましょう。しかしながら私は、ある司祭を彼の司教に、異端者になっているとか異端を説教する罪を犯しているとして訴えることは、重大な結果を招きかねないもっとも重大な訴えであるということも指摘しなければなりません。
 信者が、自分がそうしたいと望むなら、ひざまずいた姿勢で聖体拝領することができることについては、あなたの手紙で引用された教区の司祭と通信することで私は既に処置しました。
 ベイサイドの出現と言われていることに関して、オーストラリアの司教たちはニューヨークのブルックリン教区の事務局から次の通りにアドバイスされています。「ブルックリン教区の権威者たちの熟考したうえでの意見としては、ここベイサイドで何ら奇跡的なことは起こっていない。私たちは人々がそこへ行くのをやめさせる。」 このアドバイスに従って私はこの教区内でのベイサイドの出現といわれているものに関する信心のどんな促進活動もやめさせます。私は、カトリック教会からの公式の推奨を得ていない信心に関する印刷物を何であれ、この教区内に広めることの危険を警告します。
 神の祝福をあなたの上に請い願います。
 キリストにおいて。敬具。

 ウィリアム・E・マーリ、ウォロンゴング司教
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 私が破産したと宣言されたのは、1982年7月でした。しかしながら、私は自分の債権者たちを満足させることができたので、この問題は七年後に解消しました。破産によるあらゆる問題にもかかわらず、私は真理のために改革運動を続けました。私は聖なる典礼における乱用を絶えず目にしており、それらを司教に報告することをためらうことなく行いました。私は現代主義者の「使徒信経」に関して、この特別な状況についてマーリ司教に私の懸念を述べつつ、1982年11月に、以下の手紙を書きました。

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Bishop W.Murray, Bishop of Wollongong,
BISHOP'S HOUSE OF WOLLONGONG
P.O.BOX 1254 WOLLONGONG 2500
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閣下、
 イエズスと彼の聖なる母の平和と喜びが常にあなたと共にありますように。この手紙を書く理由は、あなたが私の牧者であるからです。私は私の心を悲しませている大きな心配事にあなたの注意を向けさせたいのです。そしてあなたに、どうかこの件を調査してくださるようお願いします。
 十月二十四日、日曜日に、私は十時三十分の司教座聖堂のミサに行きました。大変驚いたことに、私たちの信仰の信条を唱える時になると、その新しい現代的バージョンをプリントに従って歌うよう私は要求されました。(コピーを同封します) 私たちが歌うように要求された使徒信条は、私たちの信仰に反する韻文のごた混ぜでした。どうしたらこれが私たちの信仰の信条として認められるのか、私はどうしても理解できません。
 この新しい形の信条が、初聖体の準備をしている子供たちが理解するためにより受け入れやすく、より簡単であるという主張があるかもしれません。しかしその主張は、信仰の真理を完全に否定する権利を私たちに与えません。疑問が起こります。古い世代の子供たちは間違った信仰を教えられたのでしょうか。あるいは私たちの祖先は教え信じていたことを分かっていたのでしょうか。私たちの信仰の教義を前の時代の子供たちに教えたことは、彼らを憶病にしたり自分の信仰への敬意を減らしたりはしませんでした。かえって彼らを強い偉大な聖人にしたのです。以下に、カトリック教会とは無関係のあの信条が欠いている教義を私は列挙しました。

(1)(パンフレット)「私たちは父である神を信じる。」
   これは「唯一の神、唯一で真の神」を欠いています。
(2)(パンフレットでは欠落)
  「天と地の創造主、見えるものと見えざる者すべての創造主」
(3)(パンフレット)「私たちは彼が神聖なものと信じる」
   どの神聖なものなのですか?
(4)(パンフレット)「私たちは主なるイエズス・キリストを信じる。」 私たちは
唯一の主イエズス・キリストを信じる、と言うべきです。「主」はだれにでも
当てはまり得ます。
(5)(パンフレット)「私たちは彼が神のものである一人子だと信じる。」 これは
「神の独り子」と言うべきです。
(6)(パンフレットでは欠落)「世々の前に御父から生まれ、創られずして生まれ
たもうた者。」「神からの神、光からの光、真の神からの真の神。御父と同一
実体」 これは、キリストが神であり人であることを、彼が真の神の懐から
来たことを示します。
(7)(パンフレットでは欠落)「彼はわれらの救いのために、天から下りたもう
た。」
(8)(パンフレットでは欠落)「われらのために十字架につけられ」
(9)(パンフレットでは欠落)「聖書にある通り、死者のうちよりよみがえり」
(10)(パンフレットでは欠落)「天に昇りて御父の右に座し」
(11)(パンフレットでは欠落)「生者と死者を裁くために再び栄光をもって来ら
れるであろう。」
(12)(パンフレットでは欠落)「その御国は無窮であろう。」
(13)(パンフレット)「私たちは聖霊を信じる。」
    以下が欠落「即ち父と子より発し」(聖三位一体)「御父と御子と等しき
ことを。預言者を通じて語りたもうたことを。」
(14)(パンフレット)「私たちは神の聖なる教会を信じる。」
    ただ単に聖なる教会なのではなく、一、聖、公、使徒継承の教会です。
(15)(パンフレットでは欠落)「罪を赦すための唯一の洗礼を信じる。」
(16)(パンフレットでは欠落)「私は来世の生命を待っている。」

 私たちの信仰のこの水割りのために、私たちの聖なる信仰を救い、これらの誤謬のために道に迷うかもしれないこれらの小さな子たちの霊魂を守るために特に何かがなされなければならない、とあなたが理解できると私は確信しています。

 キリストにおけるあなたの忠実な僕としてとどまりつつ
 敬具
 ウィリアム・カム (一人のたいへん心を痛めているカトリック信者)

(添付資料:パンフレットの内容)
私たちは信じる。
私たちは父である神を信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
私たちは彼が神聖なものであると信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
私たちは主なるイエズスを信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
私たちは彼は神のものである独り子だと信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
彼は聖霊により宿り、おとめマリアから生まれ私たちのために死に葬られた。三日目に彼はよみがえった。
私たちは聖霊を信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
私たちは神の聖なる教会を信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
私たちは神の赦し、死からの復活を信じる。
私たちは永遠の生命を信じる。私たちは信じる。私たちは信じる。
アーメン。私たちは信じる。アーメン。私たちは信じる。
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BISHOP'S HOUSE OF WOLLONGONG
P.O.BOX 1254 WOLLONGONG 2500
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親愛なるカム氏、
 1982年11月1日のあなたの私への手紙における苦情にお答えして、私は簡単に次のことを指摘したいと思います。それは、ある状況下で、特に子供たちが含まれているときに、ある簡単な形の信条、または使徒信条を、日曜のミサに通常用いられるニケア信条に代えて用いてもよいということです。
 現時点で、カトリック教会内でいくつかの信条が用いられています。あるものは他のものより短く、他のものに含まれているすべての真理を含んではおらず、またはもっと簡単なそしてあまり神学的でない言葉で真理を表現しているという事実は、その事実によって、それがカトリック教会内において受け入れられないということにはならないということです。

キリストにおいて。敬具。

ウィリアム・E・マーリ
ウロンゴング司教
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第三章 私の初恋とそのトラウマ的な結果
 1976年に私はバーバラという名前の女性と初めて深い恋に落ちました。この時私はまだ信心深いカトリック信者でしたが、この女性に感じた愛は、ほとんど私の破滅でした。そしてこれがために私は、私の信仰をほとんど失いそうになりました。
 私は27歳でした。そして前に言及したように、私は多くの女友達を持っていて、そのうちの何人かは私を誘惑しようとしましたが、それにもかかわらず私は彼女たちには決して従いませんでした。さて、私は自分がバーバラに強く引きつけられているのに気づき、彼女と愛し合い、私が童貞を放棄してしまったのは彼女とともにでした。私たちは婚約者になり、結婚の計画を立てました。しかしまさに最後の計画ができる直前、彼女は私たちの婚約を破棄し、元の恋人のもとに戻っていってしまいました。私たちは八カ月の間、恋人同士でした。そしてこれらの出来事は私をうちのめしました。私は落胆と苦悩のあまり、16年間も毎日聖体拝領をしてきたというのに、信仰の実践をやめてしまいました。私がバーバラとかかわっている間に、私はまたモデルとしての職業も始めていましたが、それを進めていく現実的な努力を何もしなかったので、それは無駄になりました。1979年までの、その後の数年間、私は試練の暗夜を経験しました。私の信仰は真に試されました。私は時々はミサに行きましたが、祈りのグループと集会に行くのをやめ、出現地との接触を失いました。

【 美しい幻視 − 私はマリア様を腕に抱いた 】

 1978年の初めに、私にもうひとつの並外れたマリア様の幻視がありました。マリア様は私を撫で、万事がうまく行きますと私におっしゃいました。この素晴らしい励ましは、その年の間、ずっと奮闘し続ける力を私に与えてくれました。以下がその幻視の説明です。
 私には、与えられた巨大な十字架があり、もう一つの大きな十字架が私を待っていました。私は深い地下牢におり、全ては闇でした。私はひどく泣いていました。そのとき、次のことが起こりました。長い階段の上から四つの聖体が、白い雲に包まれて下ってきて、私の目の前で宙に浮かび、そして消え去りました。それから、偉大なる栄光と威厳のうちに、聖母が階段を下りてこられました。歩いてではなく、雲に乗って来られました。聖母は輝く光に包まれ、「カルメル山の聖母」としての服をお召しでした。彼女は私のもとに来られました。ああ、何と美しかったことでしょう。彼女は私に腕を差し伸べられ、私の頭を彼女の御心に抱いて、私におっしゃいました。「泣かないで。私はあなたを愛しています。万事うまくゆくでしょう」 それから、マリア様は泣き始められました。私は彼女の御頭を胸に抱いて、申し上げました。「おお、お母様、泣かないで! 私がお仕えします!」そして彼女は泣き止まれ、まっすぐ空を指差されました。そして私は、父なる神が、私たち二人への大いなる愛を示しておられるのを見ました。マリア様はおっしゃいました。「恐れないで。神があなたの面倒を見てくださいます。すべては大丈夫でしょう」 そこで幻視は終わりました。
 1979年初頭に、私はまだ機能していた唯一の祈りのグループ − なぜなら他の二つは解散していましたから − に戻りました。私はA.G.C.金融会社で働いていました。しかしこれはほんの短期間しか続きませんでした。その後私はI.M.B.金融会社に雇われました。私が人とうまくつき合う能力を発達させたのはこの仕事においてでした。私は1977年に、治安判事に任命されました。私は私の仕事が楽しかったので、この立場での職業的成功を収めていくことができました。そして私は私の顧客や同僚との取引に熟達するようになっていました。けれども私は仕事をやめて、私たちの聖なる母の仕事に私のすべての注意を向けるよう強要されているかのように感じていました。私はこの仕事に1984年の10月までとどまりました。そして私を引き留めようとその部門のマネージャーの地位を与えると言われましたが、私は辞職しました。
 1979年に私はベイサイド出現に関する関心をもう一度新たにしました。私はベイサイドに手紙を書き、メッセージを送ってくださいと頼みました。そして10月6日に返事の手紙を受け取りましたが、それにはマリア様から祝福された一枚の赤いバラの花びら(ローズ・ペタル)が入っていました。手紙には次のことが書かれていました。手紙を開くと、そのバラが祝福されたものであることを示す強い香が、それから発するでしょう、と。そのバラの香りは何度か顕著であり続けました。その手紙はマリア様の像の足元に置いておきました。この出来事は、マリア様が私の上にある計画を持っていらっしゃると私に確信させました。この時期以降、私に神秘的体験としていくつかの夢や幻視、そして二三の内的語らい(ローキューション)がありました。
 十月に私は次のような非常に特別な夢を見ました。私は緑の平地を見ており、その中に二軒の家がありました。向かって右側の家の中では、大勢の人が楽しんでいました。左側の家は、黒い煙突のほかはみな、地に焼け落ちていました。私は木の十字架を持って、焼け跡に行ってみました。そこに着くと、私は深い、低い声を聞き、サタンの顔を見ました。サタンは、もう一つの家の中の人間たちは自分のものだからほうっておけ、と私に告げました。私は言いました「決してそんなことはしない!」 私は悪魔祓いを始め、イエズスの御名によって、彼に地獄に行くように命じました。これらの言葉を口にしていると、大地震が起こり、サタンの叫びの気味悪い響きは酷いものでした。次の瞬間、私は自分が高い平地にいるのに気づきました。そこで私は、さらに高い雲の中にイエズスとマリアと聖ミカエルがおられるのを見ました。私は大きな木の十字架を運んでおり、そして隣に私の守護の天使がいるのを見ました。そして私の背後には何千人もの人々がいました。そして、もっとも力強い声が、私に次のように叫ぶのを聞きました。「お前のうしろにいる人々は、お前の苦しみによって救われた者たちである。そして、子よ、これが、お前が苦しんでいる理由である」 そして、全ては消え去りました。
 そして11月には、ベイサイドへ行きなさいと指示する内的語らいがありました。これはほとんど一カ月間にわたって毎日のように繰り返されました。私にはお金がなく、ほとんど破産に近かったので、この指示を実行する方法がどうしても分かりませんでした。私はジレンマに陥って、私にできることは何か、わかりませんでした。最終的には、私はマリア様の要求に屈したのですが、私はマリア様に、もし彼女が私にベイサイドに行って欲しいのなら彼女は私にお金を下さる必要があると申し上げなければなりませんでした。二日後、だしぬけに、一人の友人が、私が必要とした金額を、ローンで貸そうと申し出たときは、私はびっくりしてしまいました。私は1979年12月28日に、ニューヨークに飛びました。
 私がベイサイドの出現地に着くと、あの祝福された手紙について、皆が聞かされていたので、だれもが私を温かく歓迎してくれました。私は全部で三日間、そこにいて、大みそかにその地で祈ることができました。私がそこに行ったときに、何枚かの奇跡的な私の写真がとられ、私はそこの一人のワーカーを通して、マリア様からもう一枚別のバラを与えられました。これは私の生涯における最も偉大な瞬間のひとつでした。オーストラリアに戻ると、私は、個人の家で、ベイサイドにおける出現について、いくつかのグループに語ることを始めました。そしてある一人の、私が知らない司祭から、私のベイサイド旅行について、彼の教区で話すようにという誘いを受けたのは、1980年1月のことでした。私は彼の誘いを受け入れました。話をするために着くと、その教区のコミュニティーホールに、数百人もの人々が集まっているのを見て私は驚きました。私はそんな大人数のグループに向かって話すことを考えてショック状態になってしまいました。というのは、私はこのようなスケールの公衆の人々に、話をしたことはかつて一度もなかったからです。しかしながら、神は、私に、マリア様の出現とメッセージについて語る恵みと勇気を与えてくださいました。それは、そこにいた多くの人々が感動して泣いたほどでした。

【 私の未来の妻、アン 】

 皆さんは覚えているかもしれませんが、同じ年の三月に、私は私の未来の妻、アン・ビチェーゴに会いました。それは彼女の叔母の、ウォロンゴングに住むトーニ・カヴィヨンを通してでした。この出来事の数年前から、カヴィヨン一家は私の友人でした。すてきな夫婦で、何年もの間、私を非常に助けてくれていました。私は30歳の誕生日の二三日前に彼女に会い、そして彼女にひかれました。彼女は当時、秘書として働いていました。彼女は私に、一生のうちにもう一度世界を旅行するつもりだと語りました。私は彼女に、ベイサイドについて語り、彼女にそこに行くべきだと言いました。彼女はもし時間があったら、そこに行けるようやってみましょうと言いました。
 私は特別休暇をもらったので、五月に六週間働くためにベイサイドに戻る計画を立てていました。私は彼女が出発する直前に彼女と二度目に会いました。そして、この女性が私の妻となるべき人だと思いました。1980年の4月にアンは海外に出発しました。この月の間に私は彼女へのプロポーズの手紙を書き、それをベイサイドに送りました。私は私の守護の天使に言いました。もし彼女がこの手紙をベイサイドで受け取るならば、つまり、もしそこに彼女が行くなら、それは奇跡だと。なんと彼女はそこに行ったのです。そしてフランク・アルバス氏という人からその手紙を手渡されたのでした。彼女は返事を書き、そしてプロポーズを受け入れました。しかしそれは難しいだろう、なぜなら自分は離婚しており、カトリック教会の法の下では、再婚できないから、と言いました。彼女は当時、カトリックの教えを実践していませんでした。とにかく彼女は世界旅行を続けました。
 1980年5月、私がベイサイドに行く一週間前に、私に聖ミカエルの幻視がありました。聖ミカエルは私に彼の剣を与え、この剣によって、誰も私を打ち負かすことはできない、と言われました。このことが起こる前、私は魔女によって霊的に攻撃されていました。それから私の部屋の中で、大きな爆弾のような爆発音が起きました。あたりは真っ白で、聖ミカエルは、「誰が神と等しい者か?」と言いながら、轟くような音を立てておられました。彼はケルビムと一緒でした。彼は剣で魔女たちを打ち、それから剣を私に手渡されました。
 ベイサイドから帰った後で、私はそこに再び戻りたいという衝動を感じました。しかしそれは可能なこととは思われませんでした。少なくとも近い将来には。私はまだその出現を広めていました。そしてその時までに、さらに五回の公演を行っていました。私がジェームスとフランシスのダフィー夫妻とその家族に会ったのは、すでに書いたようにこれらの公演の最初のものにおいてでした。ダフィー一家は、ほぼ十年間も祈りのグループにかかわっていました。彼らの選ばれた息子グラントは、1984年に23歳で死ぬことになりますが、そのとき19歳で、彼は私の特別な友人になりました。マリア様は、その後の1984年3月の公的メッセージで、グラントについて言及することになります。その抜粋を次に載せます。
聖母: 「これらの偉大な驚くべきことのひとつは、今年一月に亡くなった、私の最愛の息子グラント・ダフィーの復活です。グラントは終わりの時の使徒として、預言者の一人になります。彼は旧約の二人の預言者たちとともに戻ってきます。そしてこれは大警告の後に起こるでしょう。」

 私はいくつかの祈りのグループの議長をしていました。それらにはおおよそ35の家族が参加していました。グラントが所属していたのは、これらのグループのひとつで、そして初めに私に講演するように招いたあの司祭はその指導司祭でした。不幸にも、メンバー間に分裂が生じ、気がつくと私はこの亀裂のまっただ中にいました。家族たちと私の関係は、ゆっくりと悪化して行き、翌年の終わりには、そのグループにはたった5家族しか残っていませんでした。僅か三つの家族だけが、私と私の使徒職に一致してとどまり、そのグループに、この支援を私に与えた人々の中に、ダフィー一家がいました。
 私は少し後の七月に、もう一度ベイサイドに行けるようやってみようと決心しました。しかしながら私は四月、聖週間の最中、奇異な状況によって、職を失いました。私はこれがマリア様からの、私が早く旅行をすべきだというサインだと感じました。そしてこのあと、私にとっての大きな試練の期間が続いたのです。
 私が宿泊設備を共有した女の子が私に恋をしました。しかし私は彼女に惹かれませんでした。彼女は遺産を受け取っていて、私にどうやってそれを投資すればいいか尋ねました。というのは、彼女はしばらくの間、英国に戻ると決めており、英国にどうやってそのお金を送るのかを知りたかったからです。私は彼女に、当分の間、そのお金を私の小切手預金口座に入れ、彼女が英国に居を構えたとき、私はそれを送金しようと申し出ました。私はまた、私のニューヨークへの旅行のために、少額のお金を借りて、戻ってきたら返そうと思いますがどうですか、と尋ねました。その若い女性は、このアレンジに非常に満足しました。

【 ベイサイド、ニューヨークでの御出現 − 私の多くの困難と、幻視者
ヴェロニカ・ルーケンと、そのミッションの幾人かのワーカーからの大変な迫害 】

 五月に私はニューヨークに行こうと急速に行動しました。しかしシドニー空港には、同じアパートに住んでいた英国人の女の子と一緒に、二人の私服刑事がいて、私を捕まえました。彼らは私に、私が彼女のお金を盗んだと彼女が訴えたと言いました。私は彼らに、それは絶対に嘘だと保証しました。彼らは私に、どこにどのくらいの間行くのかと聞き、さらに付け加えて、私が戻ってくるとき彼らはきっと私を待っている、と言いました。そんな状況の中で、私はこの攻撃の間、非常に心を乱した状態になりました。飛行機の中で、私は二万ドルの小切手を書き、アメリカに着陸すると、郵送でそれを彼女に返しました。
 私はベイサイドに着くと、そこで何が私に起こったかを彼らに説明しました。そしてマリア様は、幻視者のヴェロニカ・ルーケンに、私の信用を公に落とすために最初からずっと計画されていた悪魔からの攻撃を私が受けていたのだと明かされました。そこにいる間、私はスタッフたちと仲良しになり、彼らの印刷所で働きました。私はそこで六週間を過ごし、ヴェロニカ・ルーケンとも数回会合を持ちました。私は彼女に私の神秘的生活について話し、そして彼女は私に、オーストラリアに戻ったら、ベイサイドの使徒としての私の仕事を続けるようにと言いました。六月の終わりに、とても悲しい状況がワーカーたちのインナー・サークルで発生しました。以下はレポーターのアン・シリスが書いた、私に関する新聞記事の一部です。
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新聞記事。シドニー・モーニング・ヘラルド紙が、1981年のアン・シリスの記事を引用して、1992年にこれを印刷しました。
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「……数千人が、ニューヨークのクイーンズ独立区の郊外のベイサイドにおけるヴェロニカ・ルーケンの徹夜の祈りに、定期的に大勢おしよせる。ここでは乙女マリアそしてイエズスの現存を、それぞれ青いライトと赤いライトを光らせて礼拝する人々に注意させる。」
「背の低い、もの静かな、眼鏡をかけたカムは、1980年のベイサイドへの彼の最初の旅行では、ルーケンの何千もの支持者の間で、ほとんど気付かれないままであった。しかしながら、1981年の彼の二回目の滞在中に、彼は幻視者自身の注意を逆の意味で引いた。」
「ルーケンにいつも面会できる唯一のレポーター、カナダ人ジャーナリストのアン・シリスは、ベイサイドのミッションからカムを追放するのを手伝ってくれとルーケンから頼まれた。シリスは短期間、そこにかかわっていた。それは『ベイサイドの舞台裏』というタイトルの出版物(1986年にカナダでアルカンジェル出版社から発行)で、それを暴露する前のことである。先週オタワの自宅から、シリスは電話で語り、彼女はベイサイドでのカムとの出会いの詳細を教えてくれた。」
「『私は四人の私の娘とそのミッションを訪問していた。そして私たちはヴェロニカのボランティアのワーカーたちが、彼女の書いたものを印刷し、配布する場所を見て回ってみないかと誘われた』とシリスは回想した。『私の娘たちは手伝っていいか』と尋ねた。彼らは発送のために封筒詰めををやっていた。娘の一人が降りてきて私に言った。『ママ、上にとても変な男がいる。その人は私の近くに上体をまげ続け、私の首に息を吹きかけ、目を半分開いて私を見続けるの。私は彼が怖い』と。娘は、彼が封筒詰めをしていた女性の耳にキスをしていたといった。私は娘に、上の階に行って姉妹たちに降りてこさせなさいと言った。後で彼が下の階に降りてくると、私の娘は言った。『ママ、あれがその人よ』 彼は腰まで半分シャツを開け、彼の毛深い胸を見せていた。それがウィリアム・カムだった。……ヴェロニカは私を電話口に呼び出し、フランクがウィリアムに立ち去るように告げるとき、私はフランクと一緒にいてくれるかと尋ねた。彼女はカムに個人的に会ったことは決してないし、彼が誰だか知らない、と言った。彼女はただ彼が立ち去ることを望んだ。結局私はそうすることに同意し、私の娘たちの一人は彼に悩まされた。」
「私たちは部屋にカムを呼び、ヴェロニカが彼に、オーストラリアに帰ってほしいと告げた。私は、彼にこう言ったことを覚えている。『道徳的見地からみて、あなたは災害だ」 彼は返答において、傲慢で、軽蔑的で、大変皮肉っぽかった。私たちは結局こう言った。『あなたが今立ち去るか、私たちがあなたを朝になったらたたき出すかのいずれかだ』 それで彼はドアの外へ出ていき、片手を腰に当て、そのセクシーな姿勢で言った。『そうだな。多分オーストラリアが、自分の国の幻視者を持つ時期になったのだろう』」
「シリスは再びカムには会わなかった。しかし約一年後、オーストラリアから、リトル・ペブルと呼ばれる幻視者についての宗教的文書がニューヨークに届き始めた。『最初私たちは皆、リトル・ペブルとは誰だろうと不思議に思った』とシリスは言った。それから彼の写真が載った物が届いた。私たちはそれを信じることができなかった。それはウィリアム・カムだった。私たちは皆言った。『彼はオーストラリアに帰って、彼がやろうと言ったことをまさにやったんだ。そう! 彼はベイサイドにいてお金がかばんに転がり込むのを見たんだ。彼は偽幻視者をどうやってやるか、コツを覚えたんだ』」
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 これらのことすべての真実を、私に説明させてください。6月17日、公的出現18周年記念日の前日、ベイサイドを取り上げている、あるカナダの新聞の編集者でアン・シリスという名前の人物が、そこに到着しました。彼女はヴェロニカ・ルーケンの友人で、四人の娘がおり、最年長の娘は13歳でした。彼女らはとても美しい女の子たちで、作業場に行きました。私はほんの二言三言彼女たちと話しました。暑い気候の時は、シャツの上のボタンをかけないで開いておくのがオーストラリアの男の習慣でした。そして私はそのようにしていました。というのも、ニューヨークの暑さは窒息しそうなぐらいで、湿度もまるで百パーセントのようでしたから。この時期はセントヘレナ火山の噴火でニューヨークを覆っていた火山灰のせいで、その上にドームをかぶせたようになり、それは熱を逃すよりもむしろ中に閉じ込めたのです。
 6月18日の公の御出現の後で、アン・シリスは、フランク・アルバスとヴェロニカ・ルーケンに、私がアン・シリスの娘たちといちゃついていたと、そして彼女たちに性的に言いよったと説きました。同じく、オフィスに車で行く間、既婚女性であるローズ・ガラートラと車の中で二人きりだった、これはキリスト教徒の男性にあるまじき不道徳だ、と納得させました。ヴェロニカ・ルーケンは訴えを信じ、私は出て行くようにはっきりと告げられたのです。
 私が事情を説明しようとしたとき、娘たちとはたった数分話すことが許されただけでした。このことは皆の前で、オフィスのスタッフたちの目の前で行われたことです。また彼女らと、彼女らの母とともに、聖地とオフィスに向かって移動するその同じ車の中での出来事です。それがすべてです。このことについて私は次のように理解しています。シリスを知る人々によると、彼女は夫と別れていて、概して男嫌いで、ヴェロニカ・ルーケンにいちばん近い人物になることを望んだということです。翌朝、私は立ち去るように命じられ、実際には、私は路上に捨てられたのです。真実を知っている二人、フランク・アルバスとローズ・ガラートラは、二人とも私を守ろうとはしませんでした。なぜなら彼らは、ベイサイドのインナー・サークルのメンバーという彼らの地位を失うことを恐れたからです。
 私は今、二人の主要な証人にして、ベイサイドの主要なワーカーの支持とともに、以上に私が述べたことのすべてを確証したいと思います。彼らは後で私に手紙を書き、一本のテープを送ってくれました。それは起こったことに対する彼らの後悔と、私が正しかったこと、そして私が讒言(ざんげん)されたということを述べたものです。

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ローズ・ガラートラからの謝罪。
ニューヨークのベイサイドのミッションのワーカーであるローズ・ガラートラは、ベイサイドの状況を説明するテープを私に送りました。
− 1980年7月18日 −
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親愛なるウィリアム。
「……この聖地で起こったことのために、あなたが多くの心痛を持っていることを私は知っています。信じてください。私はとても申し訳ないと思っています。私はあなたがとても良い人であることを知り、私たちは大いに楽しい時をすごしました。そして私は何もかも無罪だったと知っています。そして私は、ただ神と祝された御母だけが、あなたがヴェロニカに言うつもりであったすべてのことにおいて、あなたが潔白だとご存じだと知っています。しかしすべてがあなたにとって不利なようにねじ曲げられました。
 ……金曜日、私はオフィスに入っていき、フランクにこの手紙とこのテープを渡しました。フランクは私を非常に真剣なまなざしで見た後、言いました。『私にできることは何もないよ』 そして私は言いました。『そうね、たとえあなたがしたくてもあなたはできないと思うわ。なぜならそれは、この聖地でのあなたの地位を失わせることになるからよ』 そして彼は言いました。『そうとも、私にできることは何もないんだ』 そして私は言いました。『あなたはウィリアムを友人と考えていたわね。そうではないの』 そうして彼は言いました。『そうだよ、まったくその通りだよ』 ウィリアム、私はフランクに尋ねたの。私はこう言ったのよ。ヴェロニカがあなたに敵意を抱くようになったのは、アン・シリスとあの女の子たちのせいなの? そして彼は言いました。『違う』 彼は言いました。ヴェロニカは、彼女にあなたが送ったテープを聞いた途端、あなたに反対するようになったと。その時は、アン・シリスがやってくる前のことで、私はシリスと女の子たちは何の影響も与えていないと思う、と。しかしフランクは私に、ヴェロニカはあなたに、このことの以前にさえ敵意を抱いていたと誓って言いました。
 ヴェロニカとアン・シリスと私たち全員が、あなたを傷つけていることを赦して下さい。私は、あなたが心の中で赦してくれているとわかっています。そして私はあなたが潔白であることを知っています。そしてこのこと故にあなたは、多くの、多くの恩寵をいただくでしょう。私があなたのいない所で言ったいろんなことを赦して下さいませんか。あなたを完全に守っていたら、いったいどうなったことでしょう。おそらく私はオフィスから追放され、私の全ての友人たちから絶縁され、そしてどうしてよいか分からなくなっていたでしょう。それで私はできる限りのことをやったのです。ごめんなさい。」

 幻視者としてのヴェロニカ・ルーケンの経歴も少し説明しておきたいと思います。彼女はニューヨークに住んでいて、1968年に幻視を受け始め、とても多くの支持者を集めました。以上のことは私の訪問の際に起こったのです。そこで私は彼女のミッションのワーカーになっていました。教会は彼女の件について公式には決して調査したことはありません。なのに、とにかく彼女を断罪してきました。
 ベイサイドの「インナー・サークル」に関する問題について言えることは、たくさんありますが、それは別の話です。知りたい方は彼らに手紙を書くべきです。



第四章 リトル・ペブルとしての私のミッションが始まる
 私は帰宅しました。景気後退が起こったので、解雇されていましたから、失業していて、また五カ月間も仕事に就くことができませんでした。賃貸のフラットを借り続けることができませんでしたし、私の借金の返済もできませんでした。これは私を大変苦しめました。弁護士の友人に私はアドバイスを求め、彼は私に自己破産をすべきだと勧めました。私はそうしました。
 私は暮らすためにウォロンゴングに戻り、私の友人であるカビヨン一家から滞在する場所を与えてもらいました。もう一度私は天からのメッセージを広める働きを懸命にやり始めました。ガラバンダルの出現に関する名高い権威、ベナク神父がシドニーに講演するのを聞きに私は私の祈りのグループのメンバーを連れていきました。その年の初めに、司祭のマリア運動のステファノ・ゴッビ神父のチェナクルムに、そのグループを連れて行く機会が私にありました。
 1980年の末に、私はシドニーのある銀行に就職できました。そして毎日そこに通いました。私はこの期間もまだずっとアン・ビチェーゴと交際していました。そこで私を通して、彼女は自分のカトリック信仰に立ち戻りました。私は彼女から私に会う時までの彼女のつらい生活を聞きました。
 ベイサイドのメッセージの宣伝によって、それはオーストラリアの至るところに広まりました。1980年から1981年にかけて、神が私に任せたミッションは広がり始め、多くの人々が私に従い始めました。シドニー、ウォロンゴング、そしてキャンプベルタウンに、私はますます多くの祈りのグループを作りました。そして私への迫害の最初の期間が始まりました。
 ベイサイドのミッションが私の活動を聞き、私に反対する手紙を送り、すべての人々に私がメッセージを広める権限を持っていないと告げました。いいですか。いったい、いつから、天からのメッセージを広めるのに権限が必要になったのですか。すべてのメッセージは無償で与えられ、神のものだというのに。この迫害は、グループの中に最初の分裂を引き起こしました。私に関して、後には、アンの離婚のせいで、アンの過去について、うそと偽りがいいふらされました。
 私にローキューション(内的語らい)が始まり、「終わりの時」のために、カタコンブをつくらなければならないという計画について神が明かしてくださったのはこの時期でした。私たちは、私たちの知り合いの司祭たちの一人を通してこれが真のものであることを知りました。なぜならメアリーという一人の私的幻視者 − 私たちのいくつものグループのメンバーたちにも知られている一人が同じ啓示を受けたからです。その司祭は私の内的語らいについて天からの印を求めました。彼はそれをちゃんと受け取りました。それで1982年の初期に、私たちは二つのカタコンブを作り始める予定でした。約40人のメンバーが参加していました。これらのうちの二つは、今およそ80%完成しています。

【 いくつかの意味深長な夢 】

 1981年に私はいくつかの意味深長な夢を見ました。そのうちの二つを私はここで詳しく説明しましょう。第一の夢では、私はジャングルの中にいて、戦闘服を着ていました。私は戦闘に巻き込まれていました。私は空にヘリコプターを見ました。そして、それには教皇パウロ六世が乗っておられました。ヘリコプターはゆっくりと降りてきて着地しました。教皇パウロ六世は下りて、大いなる微笑をたたえつつ私のほうに近づいて来られました。私は彼に駆け寄り、彼は私を引き寄せて、私を抱擁し、接吻なさいました。彼は私を抱擁し続け、私の額に接吻なさり、そこに十字架のしるしをなさいました。そして彼は微笑まれ、私に、戦闘を続けるように言われ、戦いの中に戻るよう指示されました。
 もう一つの夢では、私は修道院を通り過ぎていました。それは開放された展示場のようでした。この展示場には、多くの司祭たちがおり、彼らはみな裸で、テーブルや床に鎖でつながれていました。司祭たちは、非常に憂鬱そうで落胆していました。私は歩き続け、高い建物に入りました。私は一つの部屋の中に入り、袋のようなぼろ布にくるまった一人の小さな子供を見ました。私はその子を抱き上げました。するとその子は泣き喚き、神を冒涜し始めました。私は子供の口から出てくる、金切り声をあげる悪魔たちの姿を見ました。そして彼らは、子供を放せと叫びました。彼らは私を呪いはじめ、それで私は彼らを追い払うために十字架像を取り出しました。彼らは、私には力はないと私に叫びました。それで私は叫びました。「イエズスと彼の十字架の御名において、この子から立ち去れ!」 悪魔たちは直ちに逃げました。そしてその子は、光で輝きました。大いなる喜びが彼の心から生じ、彼は私を抱いて私に感謝しました。私は彼を祝福し、去りました。建物を離れるとき、私は私たちの聖母を称える行列に加わりました。

 1981年に、私は別の、イタリアの御出現に気がつきました。そこではマリア様が、ピエリーナと呼ばれる幻視者に「ローザ・ミスティカ」のタイトルで出現しておられました。私はなんとかローザの奇跡的な像を入手し、ピエリーナに手紙を書きました。彼女は私たちの運動と祈りに承認を与えてくれました。これは私をとても喜ばせました。というのは、私はマリア様のための私の仕事のせいで、たくさんの敵意に満ちた宣伝にさらされていたからです。ウォロンゴングの司教は、私のプロモート活動と私自身の両方に反対の意を表していました。祈りのグループは十三にまで増え、それらは「インナー・サークル」として知られていました。
 カタコンブの作り始めのころの期間、ウィルキンソン神父、ダールガ神父、そしてマルドーン司教が私の霊的指導者かつカウンセラーでした。
 80年代前半の期間、私は破産によって負った古い負債を清算しなければなりませんでした。そしてそのため私はどんなお金も借りることができませんでした。ありがたいことに私はその時に、ウォロンゴングの住宅金融協会に職を見つけました。
 1982年の間、内的語らいは増え、それらはグループの中で公にされました。しかしながら、以前、私たちを支援してくれていた司祭が、彼の教区を去ったために、その時離れて行きました。それと同時に、その私的幻視者も接触を断ちました。

【 さらに多くの夢 】

 2月8日に私はとても酷い夜を過ごし、悪魔たちと魔女たちから攻撃されました。私にイエズスは語り、この道を進み続け、邪悪な者たちと戦うようにと頼まれました。イエズスは、彼がアンと私に必要な恩寵を与えるとおっしゃいました。
 数日後の2月13日に、私はいくつもの巨大な雲を見ている夢を見ました。それらは大変濃い雲で、家の上にゆっくりと降りてきました。その時、地は震え、雷と稲妻がその後に続いて起こり、また雨が降りました。私は水が家の上にまで上昇するのを見ました。強力な風が家を持ち上げました。しかし私たちには何の害も及びませんでした。私の義理の姉妹のアンジェラが私たちと一緒にいました。
 3月3日に私は大雨の中にいる夢を見ました。それはまるで大きなバケツの水を私の上にひっくり返したようでした。その雨があまりにひどいので、私の頭を水が超えるのに長くはかかりませんでした。その時、すごい大風が吹いてきました。そしてそこにはあらゆる種類の何百万もの昆虫がいました。
 11月11日のさらなる夢の中で、私は大きな、緑の野原にいて、その背後には山脈がありました。私自身をふくめて三百人ほどの人々がいて、私たちは殉教するために、十字架につけられるために、列になって行進していました。私は彼らの真ん中にいました。フランシスコ会の司祭がそばにいて、彼は私に列の最後に行くように言いました。私は彼に、告解を聞いてくださるかどうか尋ねました。山に近づくと、私はカテドラルのような大ホールに連れて行かれ、そこで私は教皇ヨハネ・パウロ二世の前にいるのに気づきました。彼は赤い教皇のガウンを着ておられました。彼の前に立っていると、私自身が教皇のガウンを着ているのに気づきました。教皇ヨハネ・パウロ二世は私のほうへ来られ、私の頭に、三重冠をのせられました。他の高位聖職者たちもいました。教皇聖下が、私とそこにおられるほかの人々に、次のようにおっしゃいました。「彼は非常に若いね。しかし、彼を通して、教会は清められ変えられるのだ。」 そして全ては消え去りました。
 以下は別の夢です。私は、聖マリア教会であったと思いますが、礼拝に参加していました。教会は人々で満ちていました。私は単なる傍観者に過ぎないように見えました。祭壇の聖所には、三人の司教がいました。一人はカトリック、一人は聖公会、もう一人はプロテスタントでした。彼らは皆、歌っていましたが、十字架のしるしをする代わりに、彼らは三角形のしるしをしました。このことがおきている間、彼らの頭上に、火花が形成されたかのように見えました。まるで、彼らの歌によって、ある力が生み出されたかのように。三人の司教たちとともに、司祭のように見える四十人の人がいました。皆白い服を着ていました。彼らもまた、歌っており、彼らの腕を回しながら、彼らの信仰の文書と思われるものを交換していました。私は、私が見たものについて、ひどく不幸な気持ちになりました。そして、隅に隠れている一人の年老いた司祭も、同様でした。彼は私に近づき、マニフィカトを歌うことによって、この儀式を中止させてみてはくれないかと私に求めました。私はやってみましょうと答えました。しかし、それを本の中にみつけることができなかったので、私は大声で歌おうとしましたが、彼らの歌に埋もれてしまった自分に気づきました。私は二つの重要なことに気づきました。一つは、聖櫃のところに「目のある三角形」…すべてを見通す眼…(ルシフェルの象徴)があるということ、そして、全ての人々が呪文にかけられたかのようになっているということです。私はアンに、私たちはここを出で行かなければならないと告げました。教会の扉の外に出てみると、私の前には、非常に大きな黒い蛇がいて、大きな黒雲がそれを包んでいました。その頭上には、司教たちが祈っているときに私が気づいたのと同じ火花があるように見えました。それは私たちに向かって動き始めました。私は十字架を取り出し、悪魔祓いの祈りを唱えると、それは後退し始めました。私はサタンに、去るように言いました。それからアンと私は隠れました。後になって、様子を見に教会に戻ってみると、彼らはまだ同じことをやっていました。そして私が見ていると、もう一人の司教が進み出てきて、叫びました。「このようなばかげたことは、もうたくさんだ!」 そしてベルを鳴らされました。このベルはとても大きく響いたので、それは私たちの頭の中にしみとおりました。そして、人々の間に深い静寂がありました。そして司教は言いました。「これで終わりだ!」
【 私のミッションは拡大する − 私は婚約した。マリア様は
新しい『オーストラリアのルルド』を明かす。私の内的語らいは増えた 】

 1982年、内的語らいが増えてきたとき、ニュー・サウス・ウェールズのナウラの近くで、ひとつのメッセージを受けました。ビル氏という人と、ジョーン・プライス夫人が祈りのグループを作っていました。御出現が始まり、「オーストラリアのルルド」が始まったのはその場所でした。ビルとジョーン・プライスは、祈りのグループに所属しており、そこから約八キロのキャンベワラの所有地で生活していました。
 その年の2月22日に、アンと私は婚約しました。この時期に私は教区においてとても活動的でした。私は多くの司祭たちが教会の法を犯しているのを見つけ、そして私は彼らの悩みの種になりました。なぜなら私はしばしば司教に彼らのことを訴えたからです。
 私は聖書研究会をスティーブンス神父と始めました。彼はその時ウナンデーラにいました。私は同様に他の司祭たちとも共に働きました。1983年に、アンは教会から以前の婚姻の無効の宣言を受けました。そして1983年7月16日、カルメル山の聖母の祝日に、ウナンデーラの無原罪の御宿りカトリック教会で、レオ・スティーブンス神父の司式で、私たちは結婚しました。私たちはたくさんの個人的な苦しみを受けていたので、この時は私たちにとって偉大な喜びの時の一つでした。マリア様は私たちへの励ましとして、ご自分の言葉を与えてくださいました。
聖母:「そうです、私の息子よ、あなたとアンは、あなたたちの聖なる結婚式の前にたくさん苦しんできました。この苦しみは多くの霊魂たちの救いのために、あなたたちに求められたのです。私はあなたたちに感謝します。私の息子と娘よ、このあなたたちの苦しみの偉大な贈り物を。私はその困難を知っています。しかし神の恩寵は常に十分なのです。そして多くの霊魂が救われました。カルメル山の聖母の称号のもとに、あなたたちの天の母である私に、あなたたちがささげた素晴らしい式に、あなたたちの双方にお祝いを述べたいと思います。その日、すべての天がそこにありました。そして霊魂たちは煉獄から解放されました。今、あなたたちはそのような恩寵を得るために支払わなければならなかった大きな代価を見ることができます。私はあなたたち、ウィリアムとアンを祝福します。そして霊魂の救いのために私を助けてくれたことをあなたたちに感謝します。」

【 いくつもの夢 】

 1983年3月8日、私は次のような夢を見ました。私は「ローザ・ミスティカ」の聖母を腕にだき、彼女は泣いておられました。私はショックを受けていました。そして聖母は、私の肩へと御頭を動かされました。まるで、そこで慰めを求めてくつろごうとされるかのように。
 1983年3月13日、私は次のような夢を見ました。私は混雑した部屋の中に、レーガン大統領とともにいました。彼は私のほうに来て、言いました。「政府と世界の中にある陰謀がある。イルミナティが、その原因だ」 私は彼に、私は知っていると告げました。そして彼は私に、イルミナティに気をつけるように言いました。私は彼に、ベイサイドについて聞いたことがあるかどうか尋ねました。すると彼は「いや、ない!」と答えました。私は彼にベイサイドに行くように言い、彼にベイサイドの新聞を渡しました。それから私は、何枚かのインスタント写真をとりました。それらは奇跡的なもので、その一枚には、レーガン大統領の上に白い十字架が写っていました。

【 マリア様のワーカーたち。「インナー・サークル」の発展 】

 1983年の8月に、マリア様は多くの私的なメッセージを出席していたインナー・サークルのメンバーたちに与えてくださいました。忠告とともに、神の指示に従うにはどう進むべきかというメッセージです。マリア様は話をさせるために二人の人を連れていらっしゃいました。教皇パウロ六世とモーゼです。教皇パウロ六世は私に話されました。
教皇パウロ六世: 「ウィリアム、私の愛する光の息子よ。私は教皇パウロ六世です。そうです、私の愛する息子よ、あなたが私を大好きだということを知っています。私はあなたが私を愛していることを知っています。そうです、少し前に私についてあなたが見た夢は真のものです。あなたは戦士です。私の天の息子よ。天はあなたに一つの名前を持っています。それはあなたが勇敢だからです。そしてその名前とは『リトル・ペブル』です。その名前とともに『神のリトル・モーゼ』という別の名前も添えられています。……思い出しなさい、私の道は、私の息子ウィリアムよ、大いなる苦しみの道の一つでした。私はふさわしくないながらも、神が神の上智と憐れみと愛によって、私に与えてくださった聖性をそのようにして得るために。それと同じ聖性が、あなたにも求められています。そしてあなたはどのようにこの聖性を受けるのでしょうか。私の息子よ、試練、祈り、犠牲、苦しみ、そして償いを通してなのです。」

 この機会にモーゼもウィリアムに話しました。
モーゼ: 「私は、私の子ら、神の子らを、とらわれの状態から導きだした。多くの点で、お前も同じことをしている。お前はそう思ってはいないだろう。しかし神の道は人の道ではない。私はお前を愛している。わが子よ。私は将来お前を導く。そして二人の偉大な預言者がこの地球に戻るとき、多くの私の息子たちと娘たちを導くだろう。そしてその時は近い。」

 マリア様はまたグラントに向けておっしゃいました。その時点では、象徴的な、あるいは隠された仕方ではありましたが、マリア様は、グラントの将来について預言的にお話しになりました。マリア様はこうおっしゃっいました。
聖母: 「私は幾人かのメンバーに良い知らせがあります。そして私の子、ウィリアムよ。最初に私はグラント、私の最愛の息子にあいさつしたいと思います。私の子よ、あなたは苦しんできましたね。しかしそれは善いことのためです。私はあなたに約束します。私の子よ、あなたがすぐにいやされるという、ある素晴らしいたまものを。あなたはもはや病人ではなくなり、そしてあなたは、ある完全な体を持つでしょう。」

 1983年9月25日に、マリア様は、インナー・サークルのメンバーたちに熱烈な嘆願をなさいました。というのは、幾人かのメンバーの間で、長い間、常に摩擦があり、誤解と軽率な裁きあいがしばしば起こっていたからです。
聖母: 「もう一度かかわっている者たちにはっきりさせておきますが、神の母、至聖なるマリアである私は、一人一人のメンバーを各々名前で選んだのです。彼らを選んだのは、その愛と信仰と不屈の精神のためです。どうか子供たちよ、あなた方に与えたメッセージを、もう一度読み返してください。ひとつひとつのメッセージは明確かつ単刀直入です。私が言っていることをなぜ理解できないのでしょうか。ですから今一度指図を与え、一人ひとりのメンバーが読んで祈って私の指導に耳を傾けるようにお願いします。前にも言ったように、私はこの運動内に、愛徳の欠如があってほしくはありません。あなた方はお互いに神に仕えるように、愛し合い、仕え合わなければなりません。」

 マリア様は、インナー・サークルの一人ひとり全員に、神が各々に与えられたタレントを十分に活用するように思い出させておられます。彼らは互いの愛徳のうちに働き、祈り、ともに進むことによって神に仕えなければならなかったのです。マリア様は彼らを邪悪なものから保護し指導するために、霊魂たちの庭で個人的な刈り込みをなさっていたのです。
聖母: 「私の子らよ、私はあなたたちに、はっきりした正確な忠告の言葉を与えたのではありませんか。これは理解できないほど難しいですか。私はこの仕事において、私に自分の心を与えている一人ひとりの子供たちにとても感謝しています。インナー・サークルのメンバーはだれでも、ある人が十分にやっているか否かにかかわらず、またはある人がそこにいて仕事をすべきか否かにかかわらず、裁かれるべきではありません。私の子らよ、他のメンバーを裁くのは、メンバーの役割ではありません。……私、あなたたちの天の母をいつも見ていなさい。私はあなたたちを深く愛しています。私の貴重な子供たちよ。そしてすべてを私のために、そして永遠の御父のために与えているそれらの子供たちに、天はどれほど感謝していることでしょう。」

 その年の間に、私は公的メッセージを受け始め、それらはオーストラリア、そして世界中に広められました。私が多くの内的語らいを受け、そしてマリア様が私にリトル・ペブルという名前を与えたのはこの年の3月からのことでした。1983年の終わる前に、マリア様は私に、自分の職をやめ、マリア様の摂理に完全に信頼して、彼女に従ってくれるかどうか尋ねました。私は言いました。「はい」と。この時、私は結婚して間もなく、アンは妊娠初期で、銀行には預金がありませんでした! 私は社会保障の適用を申し込みませんでした。というのはこれは天のことで、世間のことではないから、そうするのは正しくないと考えたからでした。この時期私は仕事において非常に成功しており、ローンマネージャーへ昇進させようと言われていました。しかしながら、私が幸運だったのは、私たちはアンの母親の隣に住んでいたことです。私たちのかわいい息子ジョシュアは1984年の5月に生まれました。
 1980年から1984年のこれらの年の間、私が恵まれていたのは、ザ・エントランスという町の司教のマルドーン司教を友人として持ち、そして三人のとても良い司祭の友人を持ったことです。その中の一人はダーガン神父でした。その司教は私の霊的指導者になりました。そして他の数人の司祭が私たちの仕事に参加するようになりました。私たちは非常に速い速度で成長するミッションを統治するために、ワーカーたちのインナー・サークルを作りました。1983年の10月7日、マリア様はインナー・サークルへのメッセージを与えてくださいました。以下がその一部です。
聖母: 「わが息子よ、あなたはずっと前から何度もオーストラリアにそのようなところができるかと尋ねてきましたね。次のことを知ることはあなたの喜びとなるでしょう。永遠の御父は、その無限なる御計画のうちに、恵みがこの偉大な国オーストラリアの上に下るように、すでに場所を選んでおられます。人間がいやされ、救いの道をたどるように助けられるその土地はわが息子よ、ナウラなのです。この計画を明らかにするときは今来ました。もっと以前にこのことを天が明かしていたなら、あなたはひどく混乱し不安になっていたでしょう。なぜならあなたの肩にかかった使命は、一度に一歩ずつしか進められないからです。
 息子よ、泉と洞くつにおいて、それによって尊敬されるようにと私が望んでいる称号について、あなたが思い巡らしていたことは、天使によって啓示されました。わが子よ、そして子供たちよ、その称号を今明らかにします。それは『箱舟の聖母、われらの御母聖マリア、キリスト信者の助け』です。絵のデザインは、天も満足できるものです。それは、あなたに出現している私をよく描いています。
 さて泉に関してですが、昨夜言ったように、肉体と霊魂の癒しのために、あの水は永遠の御父によって祝福されています。この水を少し飲んで、十字架の印をします。また患部にこの水をつけながら、『箱舟の聖母、われらの御母聖マリア、キリスト信者の助け』の称号と、父と子と聖霊の御名によって祈りなさい。来年の4月15日から、洞くつと泉の巡礼を始めてもよろしい。その毎月の13日にする、償いと祈りと犠牲のプログラムを公表してください。泉は聖ヨゼフに奉献し、聖ヨゼフの像をその近くにおいてください。この泉を「聖ヨゼフの癒しの泉」と名付けなさい。洞窟には『箱舟の聖母、われらの御母聖マリア、キリスト信者の助け』の像をおいてください。洞くつの近くの地面の上に、十字架の道行きを立て、泉の近くで終わるようにしなさい。償いの日は午前6時にお告げの祈りで始め、午後6時にお告げの祈りで終わるようにしなさい。その日に他にする祈りはあなたたちで決めなさい。わが子ウィリアムよ、これで全てです。私が間もなく来る警告の前にあなたを呼ぶまで、何も大きなメッセージはないでしょう。わが子よ、そして子供たちよ、天からの使命のために、ずっと頑張って信仰を守り続けなさい。あなた方をとても愛しています。息子イエズスの聖心で祝福しましょう。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。」

【 最初の公的メッセージ − 1983年11月11日、
最初の公的メッセージが印刷され発送されました 】

聖母: 「この大いなる広大なオーストラリア大陸の我が愛する子らよ。今日は特にローマ・カトリック教会のすべての聖職者と、司祭たちに語ります。私、あなたの天なる愛の母は、光の王国にまします永遠なる御父から、大変重要なこのメッセージをあなたに送るために、遺わされてまいりました。
 息子たちよ、どうしてあなたがたは、愛と犠牲の道、いのちに通じる我が尊い息子イエズスの狭き道から離れてしまったのですか。あなたがたは地獄への道を歩み、さらに、多くの人たちを道ずれにしていることがわからないのですか。時のしるしを見分けられないほどに盲目なのですか。息子たちよ、時間のあるうちに引き返しなさい。もうすぐ、神様の審判が執行されるのです。無関心とひとりよがりから離れなさい。我が息子の家の牧者としてのあなたがたの任務は、霊魂の救済です。しかし、現在、あなたがたは我が子らを破滅と有罪判決への道へつれていこうとしています。あなたがたの母の心と、その尊い息子の聖心は苦悩で引き裂かれています。息子よ、子らよ、あなたがたは、祈り、償いをし、極刑が必要とされる、あなたがたの罪の償いをしなければなりません。
 子らよ、あなたがたの国は、今までになかった、また将来も再びないような大艱難に向かって進んでいます。天の母である私と、光の聖霊に奉献されている、あなたがたの大いなる大陸は、ひざまずかなければなりません。この国の子らが、あらゆる極悪非道と醜態を神の目前で演じておきながら、子らよ、オーストラリアが懲罰を免れられるとでも考えているのですか。子らよ、あなたがたの国はもうすぐ、天災と敵国軍隊の侵略によって荒廃するでしょう。こんなことになってもいいのですか?
 罪深い生活をやめて、ひざまずいて、神のあわれみを請い、願いなさい。あなたがたの天の母は、この警告のために、何度地上に来なければならないのでしょうか。地獄から救うために……。しかし誰が私のことばをきくかというと、ただ小さき人、心の謙遜な人だけです。我が息子、司祭たち、特に司教たちは、謙遜になり私の呼びかけに耳を傾けて下さい。我が息子の家で、醜態と冒とくが行われるのをとめて下さい。この恥ずべき道をさらに進むというのなら、あなたがたは、地獄の火に焼かれて、自分自身を滅ぼすことになるでしょう。
 手で聖体拝領するのをやめなさい。人々に、我が尊い息子の前にひざまずいて祈らせなさい。聖なるいけにえは、ただの食事ではありません。それは、いけにえなのです!
 我が息子の家の指導者および司教たちよ、恐れることはありません! 私は、オーストラリアの教会に、充分なる警告を与えています。まだ時間が残っている今、神に立ち返りなさい。我が尊い息子イエズスは、もうすぐ、地上における(完全な)天の支配を宣言するために、大いなる勝利のうちに再臨されるからです。愛する子らよ、世の救い主である尊い主の聖心をこれ以上、悲しませないで下さい。あなたがたの神であり、我が神であられる御方は、あなたがたを大変愛しておられる故に、ご自分の聖なる母をあなたがたのもとにおつかわしになり、再び正義の道を見出させようとしておられるのです。
 教皇ヨハネ・パウロ二世の言われることを聞きなさい。彼は、この暗いサタンの時代にあって、特別な星なのです。彼に聞く者は、我が息子イエズスに聞く者です。彼を軽蔑する者は、我が尊い息子を軽蔑する者です。
 今回、私は、メルボルン市の我が息子たちに、二、三、言いたいことがあります。天の母は、あなたに、我が息子の家で容認してきた醜態から離れ、我が尊い息子の家を、もとどおりの栄光に戻してくれるよう、お願いします。これは最後の警告です。あなたがたは地獄の淵に立っているのです。
 オーストラリアの子らよ、お願いです。心を愛と祈りで満たして、神に立ち返り、贖罪への母なる呼びかけに応え、私が世界中、つまりファチマ、ルルド、ラ・サレット、ガラバンダル、サン・ダミアノ、メキシコのポルタポーズ、サン・ステファノ、ベイサイド、モンテキアリ、そしてさらに多くの地に出現して話した言葉に耳を傾けて下さい。天の母である私は、私のもとへ助けと救いを求めてやってくるすべての子らを私のマントでおおいましょう。子らよ、あなたがたの天の御父である神は、あなたがたを大変愛しておられます。神は子らの破滅ではなく、救いをごらんになりたいのです。
 イエズスとマリアのみ心の支配は、もうすぐ、この悲しみの地上に、尊い王、イエズスの再臨とともに、もどります。
 教皇のために祈りなさい。彼はもうすぐ殉教するからです。そして母なる公教会は、最後の十字架の苦しみを味わって、尊い救い主の再臨のうちに、復活して、新しく生まれ変わるでしょう。息子たちよ、司教と司祭たちよ、この地上に尊い露を落としてもらえるように聖霊に祈りなさい。
 我が愛する息子たちよ、我が願いをよく聞いて下さい。神の子たちに聖なるロザリオを唱えるよう願い、すべての小教区と教会で聖なるロザリオが祈られるようにしなさい。
 私、天の母はあなたがたを大変愛しています。愛する司教らよ、このメッセージをすべての司祭たちに向けて、読んでくれるようお願いします。修道女たちにも読んで下さってけっこうです。息子よ、子らよ、私は父と子と聖霊の御名によって祝福します。アーメン。」


【「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」 この称号に、
「時の終わり」であるこの時代の鍵があり、御父の御前で偉大な力を有している 】

 1984年の2月2日、マリア様は、オーストラリアと世界のための、更なる公的メッセージを与えてくださいました。そのメッセージからの抜粋をここに載せます。
聖母: 「我が愛するオーストラリアと世のすべての子らよ。わたしは、リトル・ペブルと天で呼んでいる、謙遜な幻視者をとおして、あなた方に話しています。私は、彼とこの国に特別な名である『箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け』という名で来ました。子らよ、私がこの愛する息子へ現われたのは、天がこの国と世界中の子らに対し、祈り、かつ償いをしなければならない、ということを告げるためです。なぜなら、祈りが世を破滅から救うために、緊急に必要だからです。あなた方の天の母は、あなた方皆を、本当に愛しています。
 この美しいオーストラリアの我が愛する子らよ、私はあなた方のところヘロザリオと茶色のスカプラリオを持って来ました。愛する子らよ、どうか祈り、償いをし、ロザリオを唱えて下さい。ロザリオの祈りは、私が世界中の多くの出現地で、同じように頼んだ祈りです。
 この大きな国の我が愛する子らよ、あなた方は我が汚れなき御心の勝利を予告するために、永遠の御父によって選ばれました。この国において、神の母であるマリア、すなわち神の御子イエズス・キリストの母である私は、ルシフェルに対する勝利を得ようとしているのです。我がリトル・ペブルを通して、世界中のすべての出現を一つにするのです。いろいろな国で、子どもたちが次から次ヘと、出現について論争したり、一致しないことで私を悲しませているからです。神の母はただ一人、至聖なる童貞マリアであり、今、リトル・ペブルをとおして語っている同じ母で、又、世界中のすべての出現地で語ってきた母なのです。一つの出現が、他よりもすぐれていることはありません。すべては同じ神からのものであり、同じ母からのものだからです。
 このすばらしい国、オーストラリアの愛する子どもたちよ、私はあなた方を本当に愛しております。今、私は、父と子と聖霊の御名によって、あなた方を祝福します。アーメン。
 愛する子らよ、私の切なる願いを聞き入れなさい。なぜならオーストラリアは若い国ですが、折りと犠牲の使徒的活動において、他の国々をリードし得るからです。愛する子らよ、私を助けてくれませんか? 我が息子イエズスは、世界中のご聖櫃の中で、日々苦しんでおられます。どうか息子をなぐさめて下さい。イエズスのところへ行きなさい。訪問しなさい。イエズスはそのご聖櫃の中に住んでいるのですから。イエズスはさびしいのです。私の、この我が切なる願いを聞き入れなさい。私は子どもたちのために毎日泣いています。世は、今や、大戦争に向かって突入しております。その大戦争は、他のすべての戦争を終わらせるほどのものです。そしてあなた方、我がオーストラリアの子らよ、あなた方もこの戦争で苦しむでしょう。あなた方は神に対して、祈り、償いをし、犠牲を捧げなければなりません。あなた方の神である私の神は、その子らが滅びるのをごらんになりたくはなく、かえって救われて、天国で、ご自分と共に永遠の至福を楽しむことを望んでおられるのです。
 私はオーストラリアと世界の一人一人の子どもたちに頼みます。祈りなさい。たびたび御ミサにあずかって聖体拝領をしなさい。罪の深みに陥っている兄弟姉妹を救うために、償いと犠牲をしなさい。世界の我が愛する子らよ、世界中のすべての出現地をとおして、私がかつて語った切なる願いを聞きなさい。特にファチマ、ルルド、ラ・サレット、ガラバンダルでのもの、そして今現在、世界で我が愛するゴッビ神父やベイサイドやモンティキャリをとおしてのメッセージ、その他多くの地で今、私や息子イエズスが出現して、私達の子らを救うために、導きのことばを与えている願いを聞きなさい。愛する子らよ、スカプラリオを身につけなさい。私や息子が与えた準秘蹟を身につけなさい。このような武器を捨ててはなりません。それらはあなた方を守るからです。我が愛するオーストラリアと世のすべての子らよ、あなた方は今や時の終わりの時代に生きているのです。
 息子イエズスが、かつて(それほど昔ではありませんが)言ったこと、すなわち『時の終わり』、大いなる悲しみの時代の前に、砂時計には一粒の砂しか残っていないのです。今の時代には、この砂時計の砂は3/4が落ちてしまっているのです。愛する子らよ、わかりますか? あなた方にはいかに時間がないということが。しかし多くの祈りと苦しみによって、悲しみを和らげることができるのです。
 あなた方の兄弟姉妹を救うため、私を助けてくれませんか? 我が愛する子らよ、この私のメッセージを、どうかないがしろにしないで下さい。息子はいかにあなた方を愛し、あなた方のために悲しんでいることか。私はあなた方オーストラリアと世のすべての子らを、父と子と聖霊の御名によって祝福します。アーメン。
 我がオーストラリアの子どもたちよ、私は、あなた方に特別な願いをいたします。それは、毎月13日に、私を崇敬することです。つまり、この日を私のために聖なる日とし、この愛の日には祈り、償いをし、犠牲をし、私を『箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け』の名のもとに崇敬することにあります。またできる者は、この日の正午にロザリオを唱えるように。そして、もしあなた方が、この名でもって私の保護を求めるならば、私と永遠の御父に祈り求める、どんな御恵みでも、(その祈っている時間に、我が名のもとに保護を求めるならば、願った御恵みは)与えられるということを約束します。子らよ、この名は永遠の御父の御前で大きなカとなるでしょう。我が愛するこの国の子らよ、この国は聖霊に奉献された国だということを忘れないようにしなさい。どうか聖霊を崇拝し、愛し、礼拝しなさい。真実の神である聖霊は忘れられているからです。愛する世の子どもたちよ、あなた方を愛します。どうか、地上のすべての聖地をとおして、一致団結して働いて下さい。そうすれば、我が汚れなき御心の勝利を早めることになるでしょう。私は永遠の光である御父より、我がオーストラリアと、世のすべての子らを、父と子と聖霊の御名によって祝福します。アーメン。
 愛するオーストラリアと世の子らよ、あなた方は又、すべての出現が、天からのものではないということで、霊の識別をしなければなりません。もし出現のある特定の人や場所のことで、確信できないならば、大天使聖ミカエルの祈りをくり返しなさい。そうすれば、聖にして、母なる公教会の保護者である聖ミカエルは、あなた方を照らし、真実を知ることができるように助けて下さいます。
 愛する子らよ、あなた方の聖なる父、教皇ヨハネ・パウロ二世のために祈りなさい。教皇様はローマの都で非常にお苦しみになっていらっしゃるからです。あなた方の祈りによって教皇様は助けられ、大いなる光と力を得られるでしょう。我が愛する子らよ、あなた方の司教、司祭、修道女、修道士のために祈りなさい。子らよ、祈りこそ鍵なのです。
 愛する息子、我がリトル・ペブルよ、私はあなたの霊的指導者達に、父と子と聖霊の御名によって祝福を送ります。アーメン。
 子らよ、祈りとつぐのいと犠牲を続けなさい。そしてあなた方の兄弟姉妹に及ぼしなさい。彼らのために祈り、彼らを愛しなさい。私はオーストラリアと世のすべての子らを祝福します。愛する子らよ、祈りなさい。祈りが真に必要なのです。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。」

 1984年の5月19日に、マリア様は再び話されました。

聖母: 「我が子どもたちは、私がこの地上ヘ『箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け』として、現われているという象徴を黙想しなければなりません。なぜなら、この御名のうちにこの時代、すなわち『時の終り』(世の終りではありません)の鍵があるからです。
 我が子よ、このシンボルを見なさい。何が見えますか? あなたの母が世界の元后として、虹の上に立っています。虹は、平和と神との契約を意味しています。母は、神なる幼子イエズスを左の腕に抱き、御子は茶色のスカプラリオと聖なるロザリオをもっています。これは、あなたの聖母がかつて聖ドミニコにいつか『聖母マリアがロザリオと茶色のスカプラリオでこの世を救う』と預言したように、この2つで、愛する子どもたちを救うということを象徴しているのです。他に何が見えますか? 母は右手にノアの箱舟のような船を持っています。子よ、これは天罰がノアの時代とまったく同じように、世界を再び襲い、ほんのわずかの者しか救われないことを表しています。」

 マリア様はまた、私に、私の司教である、ウィリアム・マーリに会うようにおっしゃいました。このことより先に、私が前に示しているように、私は教区におけるさまざまなことについて、しばしば彼と文通してきました。1984年の12月までには、メッセージは、キャンベワラのプライス家の所有地の御出現地で公開されました。これに先立って、1982年からマリア様は、彼らの家で、私的・公的の両方のメッセージを与えてくださってきており、そしてその所有地の場所を祝福することさえしてくださいました。ここは、後に、この土地での後の公の御出現の間、癒しのための聖水を人々に与える泉となりました。マリア様はまた、1984年の間に、私が世界中のすべての幻視者と一致して、天のための「真理の軍隊」を作ることになっていると明かしてくださいました。

【 リトル・ペブルはマーリ司教を訪問する − 
マリア様のお求めで、天のメッセージは、マーリ司教に提出された 】

 私はマーリ司教に会いました。私がここで述べておきたいのは、私が常に彼を愛し、彼に対して大きな尊敬をもってきており、そして彼にメッセージに関連しマリア様のお求めを伝えたということです。聖母のご要求は、彼の教区において彼女が現れている場所に巡礼を行うこと、「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の称号のもとに、巡礼地と大聖堂をつくることです。面会は30分続き、そしてそれはとても楽しいものでした。私はよく読んでもらうために三つのメッセージを差し上げました。彼はそれらを研究し、そして私に彼の助言を与えようと言いました。

 同じ年の11月に、スティーブンス神父を通して、マーリ司教は彼のオフィスに私を呼びました。その会合はおよそ5分でした。彼は私に、彼が私のメッセージを研究し、又、シドニーの一人の神学者にそれを送ったと言いました。彼は言いました、その結果、それは天からのものではない。なぜならばそれらの中でマリア様が、御聖体は舌で拝領しなければならないと言っており、それは教会における現行の実践と違うからだ。そしてそのメッセージは、家族の間に恐怖と分裂を引き起こしているからだ、と。彼は私に、もし私がこれらのメッセージを広める運動を中止しないならば、彼は12月2日に私に反対する公の書簡を発行するつもりだと言いました。私は彼に、私がこの指示に従うことはできません、なぜなら何も調査が行われておらず、その時の私の霊的な指導者であるマルドーン司教が、私にそれを広める許可を与えて下さったからだと言いました。マーリ司教は、彼がウォロンゴング教区の司教であり、そして彼の決定がそれゆえ最終的なものだと言いました。私は司教に、私はあなたによりもむしろ神に従います、と言いました。その結果、彼が脅した通りに、1984年12月2日にその公の書簡が出され、多くの家族をこのミッションから去らせ、私に大変な苦しみを引き起こしました。
 1980年から1984年まで、ニュー・サウス・ウェールズ州のザ・エントランスで健康回復を図っていたマルドーン司教は、私と私のグループに霊的助言を与えてくださっていました。これは内的語らいが増加した初期の期間でした。マリア様は、すでに私が言及したように、作られつつあったいくつかのカタコンブを作るための指示を与えてくださっていました。

 以下に載せるのは、この期間にマルドーン司教が私に書いた二つの手紙です。最初のものは次の通りです。

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1983年12月1日
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親愛なるウィリアム、
(1) 私はジェームス・ダフィーから、あなたが私に送ったメッセージを受け取
りました。言うまでもなく、私はそれに関して毎日多くの黙想と祈りを行って
います。
(2) 私はその日のミサ聖祭とロザリオを「天の計画の成就」のためにささげま
した。
(3) 私は進んで私自身を私たちの祝されたマリア様にささげました。それは
聖母が私を、彼女と彼女の神なる息子の意のままに使えるよう、彼女に私を取
り上げて使っていただくためで、無条件のものです。ただ御旨に対する明らか
な知識と、それが何であれ、それを遂行する恩寵と力のみを祈り求めつつそう
しました。この惜しみない、完全な私の奉献を、私は毎日更新しています。
彼女の意のままに私の意志の覚悟を受け容れ、それを適当に処置できるよう、
その方法、その時を私たちの祝されたマリア様にまかせつつ、そうしています。
彼女は女王です。私たちのできることのすべては、私たち自身を喜んで働く「道
具」として捧げることだけです。それと同時に一方では、私たちの聖母に対す
る信心を強め、そして他の人々にも同様にさせることだけです。
(4) あなたは、あなたが聖母からのものだという二つの非常に明白な質問を
私に持ち出しました。
(a)「反キリストの統治の間、あなたはオーストラリアの私の息子の教会の牧者
になってくれますか?」 これに対して私は無条件の「はい」をもって答え
ます。神の恵みと神の母の助けで私はそうするでしょう。
(b)「オーストラリアのカタコンブの教会をあなたは導いてくれますか?」 
これに対して私はこう答えます。「はい、その同じ恵みと助けによって。」 
もし、事態が危機的な状況になったとしたら。それでも私はそうならない
ことを熱心に祈ります。
(5) あなたのメッセージの中で、マリア様が「私は今、あなたを偉大な目的を
持ってある道に置きます」とおっしゃったと、あなたは言います。従って聖母
がイニシアチブをとっています。そして聖母がその歩みを導いています。人が
できるすべてのことは、聖母のイニシアチブによって喜んで自分自身を開いた
状態にして、聖母が道を指し示す時、彼女が指し示した道をたどることです。
それは上記(3)(4)に私を立ち戻らせます。普通のことをはるかに超えた、
なにか特別のことをするという神の御旨の明らかな表明という、非常に特別な
介入を受けない限り、私たちの人生の状況に応じて日々聖母を通して神の御旨
を果たすよう努めることを超えるような何かを人はできるでしょうか。私は
今日、そのような特別な介入が行われていることを疑いません。それを受けた
者は大変によく祈り、謙遜であり、識別力を持ち、自分自身には何ひとつ頼る
ことなく、かえって自分自身を、完全な従順をもって、神の指導に開かれた
状態にして行動しなければなりません。
(6) メッセージの中で私が読むには、「これがあなたへの印です。」その前段落
の後から続く、「私は四人の司祭を選びました。そしてあなたはそのうちの
一人です」は、印を伴っていません。そのメッセージの続きの中に、印となる
二つの約束が与えられています。
(a)「私はあなたをすぐにいやします。」
(b)「大警告がすぐにこの悔い改めない世界に降りかかります。」 私はこれが、
ガラバンダルのメッセージで言及された、あの警告と考えます。これらは、
そうなれば、マリア様を通しての神の特別な介入によって作られる、経験に
基づく印と出来事という、印としての真の本質を持っています。それで人は、
聖母の御旨、聖母の時、聖母の方法についていかなければなりません。とい
うのは、もし聖母が約束するなら、彼女は確かに彼女の言葉を成し遂げるで
しょうし、もし聖母が呼ぶなら、彼女は確かに呼んだ人に、ご自分の声を
はっきりしたものにするでしょうから。しかし私は繰り返しますが、私たち
は自分自身を聖母に完全に開いた状態にしておかなければなりません。私た
ちは聖母の声と御旨が私たちにおいて流産したり中絶されたりすることを恐
れて、あえて私たちの心を、私たちの耳を、閉じる勇気はありません!
(7) 私はそれを、とるべき唯一のまことで妥当な立場とみなします。そして神
は、ちょうど神が私たちを理性的に扱われているように、私たちが理性的に行
動し反応するようにと期待しておられます。というのは神に支配される人間の
理性は、人間における神の最大の栄光だからです。
(8) マイケル神父は私に、12月17日にナウラに私が行くという希望を表明
しました。私はそうすることができないと思います。私の健康は、明日何が起
こるか私にも分からないほど予断を許しません。しばしば私はベッドにまる
一日あるいはそれ以上、体を横たえています。心臓、狭くなった動脈、脳の血
流の不足、消耗が私を力尽きさせています。それにもかかわらず、私が「準備
を整えているとき」私はここやセントラル・コーストのほかの場所で、マリア
様のノベナを含めて、良い司牧の仕事をしています。しかし私は私自身のペー
スで働かなくてはなりません。
(9) あなたに役立つかもしれない「反キリスト」のいくつかの資料を送ります。
  たくさんの祈りとともに、ご多幸を心から願います。

 イエズスとマリアにおける、あなたの誠実な友
トーマス・マルドーン司教
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【 グラント・ダフィーは死に、スミス神父はグラントの復活の幻視を受ける 】

 しかしながら、何年かたつうちに、多くの不和と分裂が、グループの中に発生し、このようにして幾人かのメンバーたちのうちに不信を引き起こしました。最初の攻撃は、ある弁護士から来ました。彼は私と一緒にメッセージを広める働きをした人でした。それからノース・シドニーのある司祭が、同様に私に敵対しました。彼とはよき友人であり、マリア様のいくつもの御出現のスライド写真のプログラムを見せる働きを、私とともに大成功のうちに行っていた人でした。私はそうして私が黙想の家では歓迎されていないことがわかりました。なぜなら私がベイサイドのメッセージを広めていたからでした。結局、ベイサイドのプロモーターたちさえもが、私との関係を断ち、そしてこれらの口論は、私たちの仕事を粉々に分裂させてしまいました。
 次のことを注記しておかなければなりません。老齢で不健康なマルドーン司教は、彼自身、これらの敵対的な報告によって影響され、私の仕事への彼の支持を撤回することを決意しました。聖母のミッションを支援してきた二人の司祭も、司教の導きに従ってミッションを離れました。
 1979年と1984年の間に、私はジェームスとフランシスのダフィー夫妻と彼らの家族を知るようになっていました。彼らは祈りのグループの一部となり、また私の非常によき友人となりました。そして今日までそうありつづけています。彼らは三人の子供を持っていて、長男はグラントでした。私には、彼が非常に聖なる若い男であると見えました。グラントは一生の間、心臓疾患に苦しみ、数多くの手術を経験しました。彼が致命的な心臓発作に襲われたのは、1984年1月14日、22歳の時でした。発作の時、彼はワイタラ教会でのミサに、家族の友人であるC・Sとともにあずかっていました。そしてスミス神父が彼を助けるために駆け寄りました。C・Sは、グラントの傍にひざまずいていた時のスミス神父の、驚いたような反応に気づきました。そして後で、そのことについて彼に質問したのです。スミス神父は、グラントが将来に復活させられる幻視を見ていたのだ、と言いました。C・Sは、このことについて家族や友人に話し、このことを知った私は、この幻視についての書かれた確証を得るためにスミス神父に会う約束をとりつけるよう、ジェームスに忠告しました。
 ジェームス・ダフィーとC・Sは、この事項について話し合うため、1月18日水曜日にスミス神父と会いました。スミス神父は、ジェームスと彼の友人に、彼の経験について、どのように彼がグラントの将来の復活を予見したかを語りました。スミス神父は、マルドーン司教に連絡を取り、グラントの死に際して起こったことを説明するように求められました。外見上は、スミス神父はマルドーン司教と話しましたが、司教にその幻視について告げることはできませんでした。ジェームス・ダフィーは後にこの問題をスミス神父に指摘し、彼に、なぜ司教に彼が見たことを話さなかったのか尋ねました。スミス神父は「司教が私に質問しなかったからです」と答えました!
 この若者の「仮の」死亡に際し、多くのしるしと不思議が起こりました。マリア様自身、彼が普通の意味で「死んだ」のではなく「眠った」のだと明かされました。十日間、グラントの体は柔軟な状態を保ち、全く悪化せず、腐敗や死後硬直の何の兆候も見せませんでした。当局が検死を計画し始めたとき、マリア様は、普通の埋葬をするべきです、とお勧めになりました。これは百人以上の人がいる場所で行われました。ここで、この出来事に関する司教からの手紙を以下に載せます。
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1984年1月18日
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親愛なるウィリアム、
 1984年1月16日付のあなたの手紙ありがとうございました。
(1) グラントの体について私に感銘を与えた、あるいくつかの事項があります。
しかし私は、恐らく自然な説明がつくであろう場合に、超自然的な説明に跳躍
するよりは、むしろそれらについて沈黙を守るべきだと思います。これらの
事柄について私は、慎重さと待つことのルールに従おうとしています。もし、
マリア様の取り次ぎを通して、全能の神の、ある特別な介入が本当に起こって
いるのなら、神は神の時と方法によって、それを明らかになさるでしょう。あ
なたに私が繰り返し言ってきたように、私は自分自身を開いたままに保ってい
ます。私は私の精神または私の心を閉じることはしません。そのことについて
私は祈り、熟考しました。
(2) この前の日曜日に私が人々に言ったことの正しさと私がしたことの正しさ
を私は確信しています。私は非常に用心深く離れたのです。
(3) そう、あなたは大きな試練にさらされています。それは神のみと二人きり
になるあなたの魂の深みに、あなたをより深く連れて行くことでしょう。あな
たは答えを見つけるでしょう。私も同様にさらなる試練を受けました。二日間
にわたって私を打ちのめした発作は、まだおさまっていません。時々、私の体
は、これ以上の苦痛を受け入れることができないように思われます。
(4) 事情が許せば、あなたの求める通り、2月の第3土曜日の午後1時半に、
喜んであなたとジェームスに会いましょう。
(5) 私はどうしてもあなたが私に送ってくれたものを受け取ることはできませ
ん。私はグラントと彼の家族のために、もう一度ミサを立てましょう。
(6) 平安であってください。神があなたを祝福なさいますように。マリア様が
あなたを守りますように。

 トーマス・マルドーン司教
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 ここで私は、さきの章で引用した、1983年8月のマリア様のメッセージに言及しておきます。聖母がグラントに、彼が完全な体を持つことになると告げたものです。
 ここに私たちの祝されたマリア様の約束の確認があります。1984年2月2日のメッセージの中で、主にジェームスとフランシス、グラントの両親と彼の弟と妹にあてられたものですが、マリア様は私たちに告げています。彼の肉体は深い、死のような眠りのうちにあるが、プリターナチュラル(外自然)な賜物の全てを持って、楽園にいる、と。すなわち、彼は今や、完全なのです。
聖母: 「私の愛する息子、またあなたの愛するグラントは、とても美しい場所に私とともにいます。あなたがたももう気付いているように、彼は死んだのではありません。深い眠りに入っているのです。神がその永遠の想いのうちに、神の母、聖なる乙女マリアのより大いなる栄光のために、このことをお許しになっておられるのです。彼の表面上の死は、当然悲しみを引き起こしました。私も息子イエズスが、3日後に復活なさると分かっていましたが、十字架上にて亡くなられたのを見たとき、私は悲しみで胸を貫かれたのです。ですからあなた方の悲しみはわかります。しかし喜びに喜びなさい。グラントは後に偉大な人物となるのですから。今彼の体は眠っていますが、永遠の御父は時がきたら彼を起こし、彼はプリターナチュラルな状態で、全部完全な体になって、あなた方のところに戻ってくるでしょう。
 天は愛するグラントのために大いなる計画があるのです。あなた方も知っているように、彼は聖人であり、グラントのための神の計画は、彼が復活し、彼を通して神が非常に特別な方法によって讃えられ栄光を受けられることです。グラントは今、多くの他の霊魂とともに、エデンの園、すなわちパラダイスにいます。旧約時代の預言者エノクとエリヤ、福音史家聖ヨハネと一緒です。彼らはグラントに、近い将来起こるべきことを教えています。それは彼が他の人々との再来と同時に、預言者として、この地上に戻ってくるからです。
 聖書や「神の都市」(尊者アグレダのマリア)を読みなさい。そうすれば私の言うことがわかるでしょう。グラントの復活は、「世の終わり」にすべてのものが復活することと同じものではありません。彼の復活は、人類が驚くように、間もなく起こるでしょう。彼とわが息子ウィリアム(リトル・ペブル)は『箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け』の称号のもとにこの国に出現している私の、この大陸における使者になります。愛するジェームズ、フランシス、また他の子供たちよ、あなたがたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。」

 マリア様はまた、将来のある時、私はグラントを復活させる「道具」となり、そしてこの出来事は神に栄光を帰し、教会に私のミッションを確証するだろう、ということも助言なさいました。




第五章 迫害が始まる
公的出現の発展の初期の期間、私はまだウォロンゴングに住んでいて、インナー・サークルの会合のためにナウラに通い、そしてナウラから八キロのキャンベワラのプライス家の家での公的集会のためにその家に通っていました。その家はオーストラリアの森林の中の五エーカーの敷地に建てられた大きな家でした。そしてマリア様が私に現れ、彼女の公的メッセージをお与えになったのは、ここ、人里離れた森林の中の開墾地においてでした。しばらくの間、近隣の敷地の所有者たちは、私たちの集会について文句を言い続けていました。これらの集会が止めさせられることを希望して、彼らは市議会に苦情を申し立てました。それで市議会は、もし私たちが許可を取らずにその集会を続けるならば一日に千ドルの罰金を科すと私たちを脅し始めました。
 市議会とのこの問題が非常に深刻になったので、市議会議員は数人のグループの代表者と私自身に、市議会の議場に、私たちの苦境を議員たちに話に来ることが可能かと尋ねました。メディアもまた出席していました。私は議会で演説し、彼らに、彼らの言い分は不正であり、そしてオーストラリアの憲法の下で私は一人の市民として私が望む場所でまた望むときに祈るすべての権利を有している、と告げました。その時の市長代理のワトソン氏は私たちの言い分を擁護し、訴訟に向けて前進しないように、なぜならこのこと(御出現地)はオーストラリアに、とりわけ私たちの地域に、多くの巡礼者をもたらし、これは関係するすべての人々にとって利益になると議会に忠告しました。このようにして、市議会は引き下がり、そして巡礼者が来ることと、巡礼堂が建てられることを認めました。
 御出現がよく知られるようになったのは、1984年の終わりに向けてでした。私たちはメディア、特に新聞を通して、多くの好意的でない批評を浴びせられ始めました。1984年12月、そして1985年の初め、いたるところで新聞から、しばしば私たちについての奇怪な作り話を用いての無慈悲な攻撃の的になりました。真実にいくらか似ているような記事はほとんどなく、聖地での状況にいくらかの理解を表すことさえ、ほとんどの記事はしませんでした。
 ウォロンゴング司教は、私と御出現に対して反対する司教書簡を公布することにおいて迅速でした。地方紙のひとつである、ザ・ナウラ・ニュースは1984年12月2日のその公布に関して独占記事を打ちました。見出しは「カトリック騒動、司教は集会に警告」です。司教が手紙によって彼の要求に関して私に連絡せずに、その代わりにこの司牧的「警告」をカトリック週刊新聞に1984年12月2日に発表したということをここでまた述べなければなりません。まず第一に私にそれを提示することなしに、この声明を発布したことにより、彼は教会法に違反したので、司教からのこの声明は無効とみなされなければならないのです。
(訳注:以下の司教書簡に対するブロサード神父の反論は次を参照。THE ‘LITTLE PEBBLE’and Natural Justice http://www.littlepebble.org/statement_of_purpose/natural_justice.htm )

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マーリ司教の公式声明
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キリストにおける私の愛する兄弟姉妹たちへ、
 祝された乙女マリアに対する強い真の信心が、彼女の汚れなき御心の保護を喜びとするこの教区の人々を常に特徴づけて来ています。数年前の私たちの教区マリア会議への反応がこの信心の典型的な例でした。この信心がみなさんの間で続き、そして増していくことは、私の熱心な願いであり祈りです。しかしそれと同時に、「幾世紀を通じて教会の教導権によって推薦された通りの彼女(マリア)に対する信心の実践」(LG67)の中で常にその表現を見たいというのも私の熱心な願いであり祈りです。
 それ故、私が、深刻な精神的動揺を多くの人々に引き起こしているあることについて皆さんに書くように強いられると感じるのは、祝された乙女に対する真の信心を保ち、神の民のメンバーたちの信仰を守るためです。教会の教会法の改定された規則の823条はこう述べています。「信仰と道徳の完全性を保護するために、教会の牧者は、それを書面で、または社会的コミュニケーションの手段を用いて確認する義務と権利を有する。それはキリスト信者の信仰と道徳に悪い影響が及ぼされないためである。信者の書いたものが、信仰と道徳にかかわる問題に触れる場合、牧者たちはまた同様にこれらの著作を彼らが判断できるよう提出させる義務と権利を有する。そのうえさらに真の信仰と良い道徳を害する著作を非難する義務と権利を彼らは有する。」
 リトル・ペブルと自称する、ある人物からの書き物としての通信を、皆さんの多くが受け取ったり、現在でも受け取っていることが私の知るところとなりました。彼の主張によれば、これらの通信は、祝された乙女マリアによって、そして私たちの主ご自身によってさえも、彼に与えられたメッセージを含んでいます。これらのメッセージを受け取った人々の側から、またはそれらを受け取った人々の行為によって動揺させられた人々の側から関心が高まってきましたので、私はそのメッセージを神学の専門家に検討させました。この検討からの神学的助言は、リトル・ペブルと自称する人物によって出されたメッセージには、何ら超自然的重要性を認めることはできないというものです。さらにその「メッセージ」は、超自然の現象と主張されるものの真正性を判断するために教会によって用いられる基準に照らし合わせて試験すると、完全に落第であるということです。
 まず第一に、それらは聖書および神の御言葉の教会の公式の解釈と一致していません。
 第二に、そのメッセージは家族や共同体における分裂の原因となっています。この旨の報告を私は多数受けてきました。これはそのメッセージが、天に由来するものではないという、一つの明白な印です。
 第三に、そのメッセージは、人々に、彼らの神の知識と愛について確信を持たせるよりはむしろ、センセーショナルなこと、異常なこと、そして恐ろしい予言に集中していることで恐怖をかき立てています。
 第四に、メッセージを受け入れた人々の多くは今、常軌を逸した行動で他のキリスト信者の動揺を引き起こしています。
 第五に、そのメッセージの中で求められている信心の実践は、私の承認も、それらが行われている教区の教区司祭や聖職者の承認も得ていません。
 第六に、そのメッセージには、以下の内容が含まれることが見いだされました。
(a)矛盾。
(b)成就しない予言。
(c)キリストによって建てられ、マリアがその母である教会によって認められて
いる聖体の受け方に関する、いくつかの慣習への非難。
これらのことに信仰と道徳はかかわっていないと主張することは、現実に直面することへの拒否を示すものです。
 私は、リトル・ペブルによって広められている祈りや信心に参加してきている多くの人々が、全くの良い信仰でそうしていることを認識しています。私はいかなる点でも、このことで彼らを非難したり批判したりすることを望みません。彼らの誠実さ故に、彼らの祈りは私たちの主と彼の祝福された母に受け入れられてきたことを私は確信しています。しかし、これからは教会から公式に認められた信心だけに参加するようにと彼らに強く忠告します。上記の「メッセージ」の著者は、悪意のない、自己欺瞞の犠牲者で、彼が他人を誤りに導こうと故意に努めているわけでないという可能性を、私はすすんで受け入れますが、それでもなお私は、これらの「メッセージ」が本物ではなく、それらの内容は信者によって真剣に受け止められるべきではなく、それに従って行動するべきではないと主張せざるを得ません。また「リトル・ペブル」と自称する人物によって、教会の承認なしに、かつ教会の権威を無視して広められている、いかなる信心にも信者は参加すべきではありません。
 キリストにおける愛する兄弟姉妹たちよ。永遠に向けてこの人生をたどる私たちの巡礼は信仰の旅です。「見えない事実を確認すること」(ヘブライ人への手紙11:1)によって支えられる信仰です。それは、奇異でセンセーショナルな現象によって支えられる必要はないのです。今、私たちは信仰の精神のうちに私たちの母マリア様に近づきましょう。なぜなら私たちは彼女の息子かつ私たちの救い主の、私たちの世界の中への誕生を祝う準備をしているのですから。
 マリア様は神の彼女に対するご計画の詳細なビジョンを常に持っていらっしゃったわけではありませんでした。彼女の生涯は信仰のうちに過ごされました。深く強い揺らぐことのない信仰と神への信頼です。それはひとえに、彼女が信仰における私たちの模範になるようにという理由からでした。そのように強く全面的な彼女の信仰が、彼女をして多くの困難な瞬間、疑い、不確定性、悲しみを切り抜けさせなければならなかったのです。彼女が、彼女のような信仰をいつでもどんな状況でも持てるように私たちを常に助けてくださいますように。
ウィリアム・E・マーリ ウォロンゴングの司教
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 他の新聞も同様に記事を載せました。シドニーの新聞のザ・デイリー・テレグラフ紙は「いやしに反対する警告をカトリックが出した」という見出しで、私たちに敵対する記事を載せました。他の新聞もそれに続いてさらに記事を載せました。12月13日のザ・デイリー・ミラー紙は「支持者たちを地元の司教が酷評」。地方紙のザ・イラワラ・マーキュリー紙の12月15日の見出しは「リトル・ペブルからの立ちすくむような沈黙」。12月23日のサンデー・テレグラフ紙は「宗教セクト、聖母からのしるしと主張」。
 海外のメディアにも同様に、この出現とそれをめぐる論争のニュースが広まったことは注目に値します。それらの報道において、私たちのミッションは注目されました。いつものように、その話は、私たちに対して、はなはだしく偏見を持ったものでした。
 1985年1月に、その迫害は続きました。さらなる記事は1985年1月11日のデイリー・ミラー紙「カトリック司教たちは対抗する。『リトル・ペブル』カムは自己欺瞞の犠牲者」、1985年1月13日のザ・サンデー・テレグラフ紙は「セクトに対して教会は秘蹟を与えない。ペブルたてつく、今日反論」。1月17日のザ・ウエスト・オーストラリアン紙は「ペブルのセクト、非合法化」。19日のオーストラリアン紙は「無法の幻視者、黙示録の警告を発す」。1月20日のザ・サンデー・テレグラフ紙は「奇跡は彼ら全員が見るのか?」、1月23日のザ・ナウラ・ニュース紙の記事で書かれたのは「世界の終わり、リトル・ペブルの予言と注目すべき類似点を持つ世界の終わりのある気味悪いシナリオをアメリカの一流科学者たちが排除」。
 悪い評判が高まって、私たちのメンバーが経験している困難のため、私は以下の手紙をウォロンゴングのマーリ司教に書きました。

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親愛なるマーリ司教閣下、
 イエズスと彼の聖なる母の平和と喜びが常にあなたと共にありますように。
 閣下、私はまさに当事者であるカトリック信者として、この手紙を書いています。あなたが、私たちの聖なる母が私に与えてくださっているメッセージを信じないことに私は気づいていますし、あなたの決意を私は尊重します。しかしながら、私を非常に動揺させたいくつかのことがあります。それは、あなたと、カトリック信仰にとっての脅威となるものです。私はそのことにあなたの目を向けさせたいのです。そして群れの牧者としてのあなたの権威によってあなたに行動していただきたいのです。
 今年の12月初旬に、ウォロンゴング教区の司祭たちは、日本の「ホワイト・ペブル」と名乗る一人の人物に与えられたメッセージが含まれた一通の手紙を受け取りました。これらのメッセージでは、教皇パウロ六世、教皇ヨハネ・パウロ一世、教皇ヨハネ・パウロ二世は反キリストであると啓示されており、ヨハネ・パウロ二世は獣であるなどといった多くのそのような内容が主張されていました。さらに私にショックを与えたのは、ナウラの司祭たちが、私を偽物と非難するために「ホワイト・ペブル」のメッセージを使ったことで、それによって彼らがホワイト・ペブルを真の幻視者として支持しているということになってしまっています。そしてこれはいくつかの新聞上に見られます。1985年1月13日のザ・サンデー・テレグラフ紙からの切り抜きを同封しておきます。その司祭からのこの声明は、聖なる母なる教会に大きなスキャンダルをもたらします。なぜなら閣下、司祭たちは誰一人として「ホワイト・ペブル」のメッセージを読んでいないと思われるからです。一部を同封しておきます。
私をとても動揺させているもうひとつのことは、私たちのグループに敵対して、数人の司祭たちがとっている行動です。この前の日曜日の1月20日、クロッツカー神父とストーク神父は、あなたの群れである私たちのメンバーたちに、ひざまずいて舌で聖体拝領をすることを拒否すると言い渡しました。パーセル司教は、彼が個人的に私たちのメンバーに告解と聖体拝領を拒否するつもりだとマスコミにおいて発言しました。マスコミに何か関係することがあるのですか。それはマスコミが、カトリック信仰の信用をおとしめるのに非常に都合の良い話題となっています。カー司教は、私たちの数人のメンバーに聖体と告解の秘跡を拒否しています。
 閣下、あなたの教区の司祭たちは自らこれらの指示を出すことを引き受けたように思われます。というのは、数年前にあなた自身が私に書き送った手紙の中に、私たちが教会の教えによって、ひざまずいて舌で聖体拝領することが許されている、とあるわけですから。私の知る限りでは、このことに関する教会の教えは変わっていません。この教区の司祭たちとマスコミは、まるで私たちが破門されてしまったかのような仕方で行動しています。私たちは閣下に、この状況の真実に司祭たちの注意を向けさせるようにお願いします。閣下、私はこの機会を借りて、メディアがあなたに引き起こした問題のことを謝ります。しかしそれは私の責任ではありません。なぜなら私たちのメンバーの誰もマスコミ報道を求めはしませんでしたから。彼らはカトリック教会と私たちの信用を落としめるために来るよう、私たちの敵対者たちから頼まれたのです。
 もう一度、閣下、私と「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の支持者たちは、あなたに全面的な支援と祈りを、私たちが常にそうしてきたようにさしあげます。閣下、私たちはいつか、あなたが十分な調査を開始してくださるよう祈ります。神があなたを祝福し、彼の光をあなたの上に照らし、あなたの名前を地上で祝福されたものとしてくださいますように。
 キリストにおいて私はあなたの従順な僕であり続けています。しかしまず第一に私は神の従順な僕です。

ウィリアム・カム
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 マーリ司教は次の通りに非常に敏速に私の手紙に返信なさいました。
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親愛なるカム氏、
 日付が1985年1月25日の私へのあなたの手紙は1月22日につきました。それにはいくつかの異常なこと及び矛盾が含まれています。
 まず第一に、あなたは私の決意を尊重すると述べています。私の決意はひとつの意見であるばかりではなく、イエズス・キリストから使徒の継承を経て私に至っている権威の行使です。私の「決意」をあなたは全く最大の無礼をもって扱っています。
 第二にあなた自身の活動に関しては、あなたが認め尊重するのを拒んでいる権威を、あなたそしてあなたの支持者たちの保護のために行使してくれとあなたは私に要求しています。
 第三に、あなたは司教としての私の権威を認めることを拒否している人々を、「私の群れのメンバーたち」と呼んでいます。人はキリストの群に彼らの司教を通して結合されるのであり、司教に反抗することによってではありません。
 第四に、キリストが彼の使徒たちと使徒たちの後継者たちに与えた権威を拒んだ後で、彼らを明白に識別させるあるやり方で秘跡を受けることによって、キリスト信者たちにスキャンダルを与えている人々に対抗しているからといって、あなたはナウラ教区の司祭たちを批判しています。
 最後に、人々は、今でも、聖体を、立ってまたはひざまずいて、手の上にまたは舌の上に受ける選択をなすことができます。しかしひざまずいて舌で受けることを、祝された乙女マリアが彼の息子の教会によって認められた他の方法を非難したという間違った仮定(そしてあなたは1984年2月10日のタイプで打たれたあなたのメッセージにおいて聖母がそう主張されたと主張しました)のもとに選んだのであれば、そのとき彼らの選択は非常に誤った理由でなされたのです。
 もう一度、父と子と聖霊の名によって、そして祝された乙女マリアの名によって、私はあなたに、あなたのやり方を改め、あなたの活動が原因でなされている反対宣伝でとても苦しんでいるキリストの体である教会を傷つけることをやめるように求めます。

 キリストにおいて敬具

 ウィリアム・E・マーリ  ウォロンゴングの司教
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 1月30日にザ・シドニーモーニング・ヘラルド紙は「カトリック教会はカルトのメンバーたちを破門」と書きました。さらなる反対宣伝が次の事件についてなされました。巡礼者たちが来る予定の1985年の1月13日とその前夜、誰かが聖水の池に下水を入れ、マスコミと市議を水質検査に呼びました。そこには二千人の人々がおり、マスコミはそれを茶番劇として報じました。市議会は、聖水は汚染されていると公式声明を出し、人々にそれを飲ませないようにと警告しました。私たちもまた、それが汚染されているということを示す標識を立てさせられました。数日後に、私は議会に、私たちは妨害行為を受けたのだと主張し、彼らにもう一度水質検査をするように要求しました。その水は適切に検査され、サウスコースト地方で、最高に清らかな水であると報告されました。これはその新聞の十五面に一行で報告され、一方のことは第一面に載ったのです。1997年に至っても、さまざまな権威ある団体から、何年にもわたって嫌がらせが続きました。
 2月6日のザ・ナウラ・ニュース紙「聖水は腐る。聖なる泉から飲む宗教の熱心な信者は、肝炎または胃腸炎になる危険に直面している。ニュー・サウス・ウェールズ衛生局は昨日警告した。敷地の所有者たちは、その水は人が使用するのに適さないと警告された」。同じ日のザ・ショールヘブン・ノース・ナウラ・ニュースは「聖水は腐っている?  市議会はその水は人間用に使用されるべきではないと忠告した」と報告しました。また同様に「市議会ウォッチ」は、リトル・ペブルの活動の法的側面について昨夜質問がなされたと述べました。2月20日のザ・デイリー・テレグラフ紙の見出しは「聖なる泉に妨害行為がなされた。セクトは排水が水飲み場に注ぎ入れられたと主張している。最近の検査で、わき水は、クリスタルのようにきれいだということが分かった。その役人は、その水のみ場は、衛生局の検査が、排せつ物の中にのみ存在する大腸菌を含め、高レベルにバクテリアに汚染されていたことを示した後、先月水を抜いたといった。最近の検査は、水飲み場にいたずらが仕掛けられたという私たちの疑いを確認した」。市議会による私たちの困難を示すニュース記事は以下が際立っています。ナウラ・ニュース・リーダー、3月8日、「キャンベワラの宗教問題。公の礼拝によって、キャンベワラの住民の生活様式は粉砕されてしまった。トレバー・キハー市議会議員は、市議会の会合で発言した。そして3月15日、『スピーカーシステム』の件での苦情について警察が騒音測定をする」。

【 天は、リトル・ペブルにローマへ行くよう命令する 】

 1984年以来、マリア様は私に、教皇に会いに行くようにと繰り返し要求なさってきました。聖母は以下で概説する通り、パパ様のための指示と啓示のリストを私に与えてくださっていました。

(1) 神は教会を再建するために、神がリトル・ペブルと呼ぶ「小さきフランシ
スコ」を送っておられる。
(2) 教皇ヨハネ・パウロ二世は、殉教することになる。
(3) マリア様は教会の暦に「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者
の助け」の祝日を定めるよう望んでおられる。
(4) リトル・ペブルは最後の教皇になる。
(5) 教皇は聖シャーベル修道会の認可のための調査において、リトル・ペブル
を助けなければならない。
(6) 教皇はロシアを、マリア様の汚れなき御心に奉献しなければならない。

 公の攻撃が続いている間に、その宣伝活動は、この御出現に対して、多くの人に警告を出し、オーストラリアのいたるところのマスコミは、ナウラに大勢押し寄せる巨大な群衆について報告し始めました。シドニーに住むレバノン人の女性で、ジョーゼット・ハーブという人が、聖シャーベルと呼ばれる聖人の幻視を受けていました。彼女はナウラにおける御出現を耳にし、私が受けているものが本物かどうか、聖シャーベルに尋ねました。聖シャーベルが、出現が本物であると確認したので、それで彼女も彼女の何百という支持者とともに聖なる土地に来ました。レバノン人の紳士で、同じく幻視者、そしていやし手である、シドニー中で知られているカミーユ・ラトフという名前の人が、同様に彼の支持者たちと共にやってきて、信者の集団は数千単位に膨れ上がりました。
 ジョーゼット・ハーブとカミーユ・ラトフの両方とも、私に連絡してきました。そうして聖シャーベルからの、ひとつのメッセージを携えて私に会いに来ました。彼らは、この聖人は1977年にカトリック教会によって列聖されたマロン派の司祭で、教皇パウロ六世から、ミサの聖人と宣言されたと私に告げました。私は彼について全くの無知でしたが、マリア様ご自身が私に教えてくださいました。聖シャーベルは、「リトル・ペブル」に、ローマへ、パパ様のもとへ行けと告げるようにジョーゼットに語りました。これはマリア様がしばらくの間ずっと、そうするように私に指示しておられたことでした。
 彼女自身はレバノン生まれのレバノン人で、聖シャーベルに対して強力な信心を持っていました。彼女は、ニュー・サウス・ウェールズ州のレバノン人たちの間にたくさんの支持者を持っていました。私は私の将来の教皇職について、教皇聖下に秘密のメッセージを届けるように言われました。私はまた、聖シャーベル修道会と名付けられるべき修道会を創立するように言われました。修道会を創立しなければならない平信徒。これは私にとってミステリーでした。しかしながら「神の道は人間の道とは違う」(訳注:イザヤ書参照)のです。そして私は天の計画を成し遂げるよう努めなければならないことを知っていました。私はこの旅行がどうやって成し遂げられるかはわかりませんでした。なぜならお金が実際なかったからです。ジョーゼットとマイケルのハーブ夫妻と、ジェームス・ダフィーと私は、一団となって行くべきでした。私たちの主は、私たちに、彼が私たちを送り出すのは、狼の中に小羊たちを送り出すのと同じだとおっしゃいました。私たちの良き友人たち、クライブとメアリーのマチソン夫妻から私たちに助けが来ました。彼らは祈りのグループのメンバーです。彼らは私たちの苦境を見て、大変寛大に旅費を融資してくれました。私たちの次のステップは、できるだけ早く座席を予約することでした。当然飛行機の座席は前もってある時点で予約されるのが一番良いので、空いた座席が直ちに見つからなくてもおかしくはありませんでした。ところが四日後に、私は四つの座席が突然空きましたと告げられたのです。それで私たちは私たちの旅行の手配を完了しました。
 私は二週間にわたって、胸の感染症と肋膜炎でまったく病気でした。そしてジェームスのパスポートが不思議なことに消えてしまっていました。しかしながらそれは私たちが出発するのに間に合って再び現れ、それで私たちはローマへ飛び、そこに4月13日の土曜日の午後1時半に到着しました。私はかつて一度もよい旅人であったことがなく、しかもすでにかなり具合が悪かったうえに、飛行機酔いにかかり、私たちが着く時までに、私は疲れ切っていました。二位の天使たちが私たちにあいさつし、彼らはジョーゼットと私の肩をたたきました。これは、聖シャーベルが、起こるだろうと私たちに告げていたことでした。
 私たちのホテルはバチカンから2マイルのところにあり、それで私たちは数時間休息をそこで取りました。マリア様が午後十時にいらっしゃいました。その週の間に私たちは教皇に会うだろうとおっしゃいました。しかしながら聖母は、どのようにしてそれが起こるかはお話しになりませんでした。翌日、日曜日だったので、私たちはバチカンまで歩いてミサに行きました。マリア様はその時、私に、教皇は私たちがそこにいることを知っておられるとおっしゃいました。このことをジョーゼットには聖シャーベルが、そしてジェームスには天使たちが確証しました。ミサの後、私たちはラッツィンガー枢機卿のオフィスを見つけようとし始めました。そして当然、私たちはだれか英語が話せる人を探しました。
 私たちは探しているうちに何人かのとても面白い司祭に会いました。最初の人は背が高く、とても優雅な聖職者で洗練された着こなしで、ハンバーグハットをかぶり、ステッキを携えていました。私は彼に訪ねてみましたが、何も情報を得ることができませんでした。ジェームスが彼に感謝し「神があなたを祝福なさいますように!」と言うと、たちまちその司祭は足を引きずりながら急いで離れていきました。
 次に会った司祭は、修道服、ロザリオの玉から輝く微笑までふっくらしてまるまると太ったフランシスコ会の司祭でした。彼はだいたい56歳ぐらいでした。今度もまた私たちは助けを得ることはできませんでした。ジェームスがまた彼に感謝し、「神があなたを祝福なさいますように!」と言うと彼もまた直ちに離れていきました。
 突然マイケル・ハーブが、サンピエトロ広場のもう一方の側から駆けてきて、英語を話す司祭をみつけたと言いました。私たちは彼と一緒に急いで戻り、アメリカ人の高位聖職者に会いました。彼は鼻声で話し、私たちに何を望んでいるのかと聞きました。彼が明るい深紅色の裏地の長く黒いケープをまとっていたのが私たちにドラキュラを連想させたので、私たちは少々ぎょっとしました。私たちは彼に、ラッツィンガー枢機卿のオフィスがどこにあるのか知っているかどうか尋ねました。そして彼は「あなたたちは私を受付とでも思うのかね」と答えました。私たちは彼の態度はちょっとおかしいと思いました。その時ジェームスは彼の頭に注目し、彼が少し変だと思うと身ぶりで示しました。彼の頭は鏨(たがね)の形をしていました。私たちは大急ぎで彼との付き合いを打ち切りました。そこで私はトイレに行き、そこで偶然一人のとても世話好きの司祭に出会い、彼が私に私が知りたかったこと教えてくれました。
 すぐ後で私たちはホテルに戻りました。そこで聖シャーベルが現れ、ジョーゼットに言いました。「あなたたちはここに見物に来たのではない。あなたたちはここで31人のオーストラリアの司祭たちに会うだろう。そして教皇に会う段取りをし、メッセージをパパ様に手渡すだろう。それから私の愛する子供たち、あなたたちは今日、四人の司祭に会ったが、いいか、そのうちの三人は悪魔だったのだ。」 皆さんは、ジェームスから祝福の言葉を受けると非常に素早く彼らが離れていってしまったのはなぜか、私たちが悟ったときの私たちの思いを想像してみてください。聖シャーベルは、本当の司祭は、私がトイレで話したあの司祭だったと確認しました。「あなたたちは皆、午前7時に、あなたたちの義務を果たしに出発しなければならない。」と彼は言いました。
 月曜日にイエズス様は私に、結局すべてがうまく行くので心配するなとおっしゃいました。イエズス様は私に彼がまた私たちに三百位の天使をともに送ってくださったとおっしゃいました。主と聖母と聖ヨゼフと天使たちが皆私たちを祝福してくださいました。マリア様はすでに私たちに、恐れないように、そしてルシファーが私たちが教皇に会うのを阻止しようとしており、霊的な戦いが激化しているが、悪魔は必ず敗北する、と告げておられました。聖シャーベルは私たちに絶え間なく祈るようにおっしゃいました。
 パパ様に会うために、助けを祈り求めながら、命令された通りに私たちは出発しました。大部分の人は私たちをあざ笑いました。しかしながら、私たちは、バチカン宮殿の建物の一階の管理事務所に行き、やっとどうにかある種のグレードの低いパスを手に入れました。私たちはそのパスがパパ様に会うのを助けてくれると期待しました。私たちは、ローマに慣れることは私たちにとって難しいとわかってきました。私たちは多くの時間、歩き、路面電車に乗ったり降りたりして過ごしました。路面電車の中で私たちにいくつかの問題が起こりました。なぜならそれには車掌がいないからです。私たちは運転手席の窓ガラスをノックし、彼にお金を渡そうとしました。しかし彼は私たちを無視しました。私たちがしばらく後で、オーストラリア人の司祭に出会い、彼が私たちに、路面電車のチケットはタバコ屋で買うのだと教えてくれて初めてわかったのです。しかしもちろん私たちのうち誰一人もタバコはやっていなかったのです。
 私達は私達を助けてくれるはずのそれらの31人のオーストラリア人司祭達を探し出すための探索を続けました。続く数日間というもの、私たちは何マイルも歩き、私的謁見にあずかる何らかの方法を見つけようと努めました。助けとなってくれる人は、ほとんどいないことがわかりました。彼らは皆、私たちが教皇ヨハネ・パウロ二世と個人的に話したいと望んでいることをおかしいと思ったのです。私たちはとうとう、ラッツィンガー枢機卿のオフィスにつきました。彼の秘書のドイツ人女性は、とても愉快な人でしたが、私たちの希望を聞くと笑い転げてしまいました。
 その晩、火曜日でしたが、私達はまだそれ以上の前進ができずにいました。私達はローマ中を歩き回っていました。そして暗がりの中で教会の石段の一段目にけつまずきつつ上り、そしてジェームスは、何かが非常に見えにくかったので、ライトはどこにあるんだろうと口にしました。突然その教会にはまばゆいばかりの光がつき、その光は千人のシスター、百人の司祭、十人の司教たちを照らし出しました。私たちは列福式に偶然入り込んでしまったのです。当然、ジェームスは少しおどおどしたように見え、何も悪いことをしなかったかのようにふるまおうとしました。
 私たちはすぐ近くのバイエルン料理のレストランで食べることに決めました。私たちはメニューの価格を見て、とても高いことに気がつきましたが、私たちはきちんとした食事を必要としていました。このレストランには、まるでレスラーのような巨大なウェイターたちがいました。レストランの中の一人の客が、私たちに明らかな理由もなく、いやがらせをはじめ、ことは少々加熱してきました。突然その巨大なウェイターたちが、その男性を捕まえて、レストランの外へ出してしまいました。私たちはあとでその男性が悪魔憑きだったことを教えられ、それで私たちは聖ミカエルに彼の助けを感謝しました。
 一般謁見は、水曜日にサンピエトロ広場でありました。広場は四つのセクションに分割されていて、そこでは約十五万人の人々がぎゅうぎゅう詰めになっていました。私たちは、私たちのチケットが、あるセクションの後方の場所に割り当てられているのを知りました。その時までには、実際、私は心をかき立てられた状態になっており、もう少し助けてくださるように天に祈り求めていました。私は群衆の前列までたどり着くことをやってみることにしました。私は私の書類かばんをジェームスに預けて、彼とハーブ夫妻がロザリオを祈り始めました。私は出発し、バリケードの横まで駆け足で走りより、四組の衛兵たちを通過し、そして前方のセクションにつきました。
 ここまで至る所で、衛兵たちが私たちを私の書類かばんのせいで呼び止め、私たちは非常に何度もそれを開けて見せなければなりませんでした。それで私がグループに戻って、私は近づくための方法を見つけたと思うと言ったとき、私たちは出発し、横の方を進み、そして再び撃鉄を起こしたライフル銃を持った衛兵に呼び止められました。私たちは最初の衛兵を通過しましたが、二番目の衛兵は私たちがそれ以上先に行くことを許しませんでした。その時突然その場面に、バチカン宮内官がやってきました。彼はおよそ六十歳で、短い髪で、がっしりた体つきで、彼の胸にはバチカンの記章がありました。彼は宮廷風半ズボンと、エリザベス朝式の襟を着用していました。彼は大変印象的な人でした。彼はその衛兵にイタリア語で、どんな問題があったのか尋ねました。その衛兵は、私たちがそこまで行くことは許されていないと言いました。そこでその宮内官が言いました。「彼らに行かせなさい。」 ジェームスはこの状況に大喜びし「グラッチェ、グラッチェ」と感謝し、謙遜にあいさつをし、そして私たちは通過しました。
 後ほど私たちが歩き回っている時、天使たちがジェームスに、私たちの主はそのとき私たちがパパ様に会うのを助けようとしたのだと告げ、そしてその天使たちは何かをとても面白がっていました。ジェームスは少々当惑してしまいました。なぜならその天使たちが笑っていたからです。そして後に、彼の誕生日に、その天使たちが彼に、あの宮内官は、実に私たちの主だったのだと告げた時、やっと謎が解けることになりました。
 私たちはバリケードの手前まで到着しました。そしてパパ様は群衆の方へやって来られ始めました。パパ様はいつものルートをたどるために私たちの方から顔をそむけようとしていました。その時、彼は突然立ち止まり、衛兵たちを大変なパニックに陥れつつ彼は向きを変え、私たちの方へ歩き始められました。私はあとで、パパ様に、私たちの上にマリア様が立っていらっしゃるのが見えたのだと知りました。けれどもその時には私はそのことを知りませんでした。彼が私に近づいたとき、私の道は一人の若い司祭にふさがれてしまいました。それでパパ様に到着するために、死に物狂いでその司祭の両肩の上に私は飛んでのしかかり、精いっぱい体を伸ばして教皇さまの方へ前かがみになり、彼に紙切れを手渡しました。それはパパ様へ、私を送ったのはマリア様だと通知していました。私はそれに私の名前とホテルの電話番号を書いておきました。パパ様はその紙を彼の秘書に渡し、そして歩いてゆかれました。私たちはその日の行事にあずかり続け、天使たちはずっと非常に強く私たちに、私たちがホテルに戻ったらパパ様からのメッセージを受け取るはずだと告げ続けました。しかしながら、私たちが戻ると、メッセージは届いていませんでした。そして私はちょっとそのことに気落ちしました。しかし私が私の部屋に行くや否や、電話のベルが鳴りました。それは、パパ様の個人秘書からで、金曜日の午前6時半のパパ様のミサへ私たちを招待するものでした。次の日の朝、聖シャーベルはジョーゼット・ハーブにお話しになり、為され得たすべてのことは為されたとおっしゃっいました。私たちは今やすべてを神にゆだねなければなりませんでした。しかし、天は私たちの努力に非常に喜んでおられました。聖母もその朝、私のところに来られておっしゃいました。「私はここにいます、親愛なる子よ。私は一日中あなたと共にいるでしょう。あなたがたの母、無原罪のマリアにルシファーが勝つことができるとあなたは思うのですか、わが子よ。光に従いなさい、わが子よ、私はあなたとともにいるのですから。私はあなたがたを祝福します。わが息子、わが愛の『リトル・ペブル』そしてジェームス、ジョーゼットとZを。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。光のうちに歩み、私に従いなさい。神は勝利するでしょう。あなた方の母に対して信仰と信頼を持ちなさい。あなた方は今日しばしば聖ミカエルの祈りを唱えなければなりません。」
 私たち皆は、この5日間にわたって大きな試練を受けました。私たちはできるだけのことをしました。聖シャーベルは、私たちにすこしリラックスしてもよいとおっしゃいました。私たちは郊外の「トレ・フォンテーヌ」の御出現地へと行きました。聖母は私に次のことをおっしゃいました。彼女があらゆる出現の女王であることを示すために私たちをそこへ連れてきたこと、いつか、オーストラリアのナウラの聖地も聖にして母なる公教会からの同様の承認を受けるだろうということを。
 私たちは他のいくつかの聖なる場所を見に行きました。それにはコロセウムとカタコンブも含まれていました。聖シャーベルが私たちの面倒をとてもよく見てくれました。彼は、地元の人々は私たちに法外な値段をふっかけると告げました。私たちは抗議しました。何を私たちが買おうとしても、彼らは、私たちにどこから来たのかと尋ね、それから値段を二倍につり上げるのですから、私たちに何ができたでしょう! 聖シャーベルが言いました。「彼らに、あなたたちがレバノンから来たと言いなさい」 ハーブ夫妻はレバノン出身なので、私たちはこれを行い始めました。すると彼らがすべての値段を半額にするのがわかりました。

【 リトル・ペブルは教皇に会う 】

 金曜日、パパ様のミサのために、私たちは午前6時半に到着しました。警察と警備員はすべての持ち場にいました。私たちは自分たちのパスを示し、入ることを許可されました。ミサには31人の人がおり、パパ様がささげ、それはとても美しいミサでした。パパ様は、私たちがひざまずいて舌で私たちの主を拝領するのを見て、とても喜んでおられるご様子でした。
 私たちはパパ様にメッセージを渡してみようと決心し、私は彼に走りよりました。そして私がそうすると、衛兵たちは彼らの銃を私に向かって動かしました。私は私の紙を、私が丸腰だと示すために上にあげ、そしてそれらを真っすぐにパパ様の両手の中に置きました。それから私たち全員は外に導かれ、謁見の部屋に連れてゆかれました。パパ様がやってこられ、私たちのグループに話しかけ、おっしゃいました。「ああ! あなたたちはあのオーストラリア人ですね」 そしてパパ様は、マリア様が彼のもとに私を送ったことを自分は知っていたと私におっしゃいました。パパ様は彼の補佐官に、土曜日に私たちがご自分と会えるようにアレンジしてくれと頼みました。その補佐官はとても困り、そしてそれをしませんでした。土曜日に私たちの主は、私に、パパ様はメッセージを信じており、勝利は私たちのものになった、そして私たちは今やすべてを神と教皇に任せなければならないと告げられました。
 4月23日火曜日、ローマから帰る途中、私たちの主は、私に以下の言葉を述べられました。私たちの主:「わが祝福された子よ、お前に祝福があるように。勝利はお前のものである、愛する子よ。ルシファーは大いに打ち負かされた。あなたとあなたの仲間、ジョーゼット、マイケル、ジェームズは、おおいに恩寵を受けた。そしてローマへのあなた方のミッションを通して大いなる実を結んだ。あなた方と、私たちの聖なる代理者教皇ヨハネ・パウロ二世との会合から偉大な果実が実るであろう。あなたは、わが甘美なる母のための勝利の鐘とともに、再び彼と会うだろう。私はあなたがたを祝福する。英雄的に十字架を背負っているわが子よ、そしてわが子供たちよ。父と子と聖霊の名によって、アーメン。」
 それで多くの旅行の中の最初の旅行は終わり、私たちは喜んで家に着きました。次の土曜日、聖シャーベルはジョーゼット・ハーブを通して、ローマへのミッションは成功したこと、ローマは教皇を通してリトル・ペブルのミッションを助ける行動を起こしたこと、そしてすべてはうまく行くだろうということを知らせてくれました。天は、なされたことに喜んでおられました。
 オーストラリアに戻ると、私たちはまた地方議会からの攻撃を受け続けました。ザ・ナウラ・ニュースは5月18日、「MWOA(訳注:マリアン・ワーク・オブ・アトンメント)のメンバーたちは議会で発言する機会があった」という見出しの記事を出しました。その一週間後の5月15日、同じ新聞は「パパ様がリトル・ペブルにあいさつする。乙女マリアからバンガリーの敷地が祝福されているとの幻視者からの主張を調査するようにと教皇ヨハネ・パウロ二世が命令した。それは今日、要求された」という見出しを打ちました。6月30日にザ・ヘラルド・マガジンは「教皇ヨハネ・パウロ二世は、ナウラの幻視者リトル・ペブルの主張の調査を命じた」と報じました。最後の発表はザ・ナウラ・ニュースで「リトル・ペブルはパパ様に会う……世界はナウラに注目」です。
 ウィリアム・マーリ司教が、私とパパ様を写した写真が本物の写真であることを否定したこともまた注目されました。しかしそれは別の方法で本物であることを証明されました。というのはカザローリ枢機卿が、私が確かにパパ様に会った、しかしそれは非公式の訪問であったというバチカンからの声明を出したからです。(その何枚かの写真それぞれには、その上に、オッセルバトーレ・ロマーノの著作権番号が記載されていました)

【 祈りの家 】

 1985年にマリア様は「平和と一致と和解の聖シャーベルの祈りの家」と呼ばれる一つの平和の計画を私に与えてくださいました。これらの「祈りの家」は世界の罪を償うもので、これを書いている1998年の時点で、およそ三万二千軒あります。次のメッセージは1985年7月13日にマリア様から与えられたものです。
聖母: 「わが親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ。今日は『くすしきバラの聖母(ローザ・ミスティカ)』の称号の偉大な祝日です。親愛なる子供たちよ、それは教会の母を表しているということを知りなさい。なぜなら事実私はそうだからです。それで私は今日、世界にもうひとつの平和の計画を提供するためにきました。ロザリオと茶色のスカプラリオ、祈りと償いによる、私がファチマであなた方に与えた平和のための同じ計画です。今日私は再び、ロザリオとスカプラリオとともに同じメッセージを持って、人類に、祈り、償い、犠牲をなすように求めに来ました。なぜなら世界にとって時間は非常に短いからです。人類が信じているよりもずっと短いのです。しかし、私は永遠の御父からの偉大な計画とともに、地上に平和をもたらすために来ました。しかしながら、わが親愛なる子供たちよ、私が何年も前にファチマで与えたこの平和の計画は注意を払われなければなりません。なぜなら、もしこの永遠の御父からの最後の計画が注意を払われないならば、人類の上に懲罰が降りかかるであろうからです。
 わが親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ。ファチマに、ルルドに、ラ・サレットに、ガラバンダルに、ベイサイドに、ネセダに、サン・ダミアノに、世界中のその他多くの場所に、私は来ました。そして来ています。今日、ここナウラの聖地に同じメッセージを持って。平和のメッセージは祈りによってのみ達成されます。しかしながら親愛なる子供たちよ、私は今、懲罰が降る前にあなた方にもう一度天に聞き従うチャンスを与えるために永遠の御父から来ました。そしてこの計画は、わが親愛なる子供たちよ、わが汚れなき御心に愛されています。
 私はあなた方のもとに、そして世界に、私たちの愛するセラフィム的な天使のような『聖シャーベル』を送ります。彼はわが愛の甘美なる天使であり、彼を私は世界へ平和をもたらすために紹介します。しかしもし私の求めが注意を払われないならば、世界は懲罰を受けるでしょう。私たちの子供たちのために私が今持っている計画は、わが神なる息子の聖心からのものです。わが子よ、あなたは『平和と一致と和解の聖シャーベルの祈りの家』と私たちが呼ぶものを作らなければなりません。世界に平和をもたらすために、あなたはこの『祈りの家』を世界中に作らなければなりません。これらの聖シャーベルの祈りの家は平和の家です。そして私はあなた方に約束します、わが子よ、そして親愛なる子供たちよ、世界中でこの祈りの家を形成するためにあなた方に加わる者たちへ。私、そしてわが神なる息子幼きイエズス、聖シャーベル、聖ヨゼフ、あなた方の守護の聖人と天使たちは、これらの家を訪れるでしょう。毎月最初の土曜日の午後8時に。私たちは、癒しと改心がこれらの家で起こるように恩寵を持ってくるでしょう。私たちは、もし人類が私たちに聞き従うならば、世界に平和をもたらしましょう。わが親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ、この信心は新しいものではありません。なぜなら信心業はロザリオとスカプラリオだからです。しかしながら、私たちは、聖シャーベルを平和をもたらすために世界に送り出すことを望んでいるのです。
 わが親愛なる子よ。あなたはあなた自身で最初の聖シャーベルの祈りの家をつくらなければなりません。そして世界中で祈りの家を形成するためにあなたに加わることを望むすべての者たちは、あなたのところに登録する必要があります。あなたはそれから彼らに番号を与えるでしょう。彼らの家を登録するために。そして私とわが神なる息子イエズスは守護の聖人と三位の天使をその家に送ります。まず一位はセラフィムから、もう一位は力天使から、もう一位は大天使から。これらの天使たちと聖人たちは、この家をあらゆる危険から守るでしょう。そして悪魔たちを追い出すでしょう。
 そして私はあなた方に約束します、わが子よ、そしてわが親愛なる子供たちよ、これらの祈りの家において多くの恩寵がすべての私たちの子供たちに与えられるであろうということを。あなた方は、永遠の御父への心の願いを差し出すでしょう。そして私はあなた方に約束します、わが親愛なる子供たちよ、私たちの子供たちの多くが、私たちの現存を感じ、いくらかの者は、彼らの家において私たちの現存を目撃することさえするでしょう。聖シャーベルの平和と一致と和解の祈りの家についてのこのメッセージを世界中で広めなさい、わが親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ。
 それは今、最も緊急の事項です、親愛なる子供たちよ。なぜなら時間は人類にとって非常に短いからです。私はあなた方に約束します、もし全世界が祈るならば、この世界にもたらされるであろう懲罰は50%以上緩和されるであろうということを。しかしながら、私たちの求めに人類が耳をかさないならば、懲罰はその全面的な力をもって到来し、人類の四分の三を取り去るでしょう!
 わが親愛なる子よ。これらの祈りの会に関する指示をあなたに与えましょう。世界中に於けるこれらの祈りの家のすべてにおいて、これらの祈りの会を形成することを望む私たちの子供たちは皆、あなたに手紙を書かなければなりません。第一に、夜の8時前に、家の中と周囲に香を焚かなければなりません。それからわが子よ、あなたは聖水をまき、聖ミカエルの完全な悪魔払いの祈りを唱えます。8時に、私とわが神なる息子、聖シャーベル、聖ヨゼフ、守護の聖人たちと天使たちがこの家を訪れるでしょう。あなた方は私の前に願い事を置き、そして私はそれらを永遠の御父へ持っていくことができます。あなた方はすべての願い事を登録しなければなりません。親愛なる子らよ。そして全世界の全ての者たちはそれらを本の中に登録しなければなりません。なぜなら、これは聖にして母なる公教会に提出されるべきものだからです。多くの癒し、改心があるでしょうから。そしてこれらすべての偉大なる恩寵は、わが親愛なる子よ、これらの祈りの家がここのわが聖地の延長であり、私が、わが神なる息子へとすべての人類を連れ戻すために到達することができるということなのです。
 あなた方はそれから、わが親愛なる子よ、15連のロザリオを祈らなければなりません。あなた方は聖歌を歌います。そして次にあなた方は煉獄にいる聖なる霊魂たちのために15分の間聖書を読みます。それから数分間、あなた方はいくつかのメッセージを読みます。わが親愛なる子よ、そして子供たちよ、私とわが神なる息子のメッセージ、そして天使たちと聖人たちのメッセージは世界中で人類に与えられてきています。わが神なる息子イエズスの、大いなる力と栄光と威厳のうちに来られる再臨に向けて人類を準備させるために。それはもうすぐです。この後、わが親愛なる子よ、あなたがたは十字架の道行きを、煉獄の聖なる霊魂たちのために祈らなければなりません。わが親愛なる子よ、それからあなたはロレトの連祷、聖ヨゼフの連祷、守護の天使の連祷、聖シャーベルの連祷を唱えなければなりません。覚えておきなさい、これらの祈りの家は、聖シャーベルをたたえるものです。聖シャーベルは、あなたがた皆のために毎日祈ります、あなた方の求めをかなえ、世界中で癒しをもたらすために。そして彼の名前は、偉大なる平和の聖人として世界中で愛されるでしょう。しかしながら私がすでにあなた方に警告したように、親愛なる子供たちよ、あなたがたが祈らない限り、永遠の御父は世界に懲罰を送るほかに選択肢はないのです。それゆえ祈り、一致しなさい、地上の親愛なる子供たちよ、『信仰と真実』の旗印のもとに。そしてわが汚れなき御心が常にあなた方とともにあるということを知っていなさい。祈りは、わが親愛なる子供たちよ、幸福への鍵です。楽園の王国への鍵です。
 わが親愛なる子よ。最初のロザリオ(喜びの玄義)は私たちの聖なる代理者教皇ヨハネ・パウロ二世、枢機卿たち、そして世界中の司教たち司祭たちのために祈ります。第二のロザリオ(苦しみの玄義)は、私たちの子供たちの必要、願い事のために祈ります。第三のロザリオ(栄えの玄義)は感謝のうちに祈ります。これが、わが親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ、私がロザリオと茶色のスカプラリオによって人類に提供する最後の平和の計画です。世界に対する私の警告の言葉に耳を傾けなさい。なぜなら時は短いからです。私はあなた方を祝福します、地上の親愛なる子供たちよ。そして私は、人類のための、人類の贖いのための、この愛のメッセージによって、あなた方の心が喜びに沸き立つであろうことを知っています。私はあなた方皆を祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。」

 聖シャーベルがジョーゼットに、彼が私にレバノンに行ってほしいと望んでいると告げたとき、私たちはほんの短い間家にいただけでした。ローマでの彼の助けに感謝するために、私は彼の墓に行くことを彼に約束していました。マリア様もまた、私にこれを行うよう求めました。しかしながら再びお金がないのが問題で、私たちはあまり前進していませんでした。聖シャーベルは再び私の約束を思い出させ、ありがたいことに、私たちの良き友人クライブとメアリーのマチソン夫妻が再び私たちを助けてくれました。私たちの一行は九人でした。クライブとメアリー、ジョーゼットとマイケル……彼らには二人の小さな子と、その子たちのための乳母が一緒で、それに加えてジェームスと私でした。不思議なことに、すぐに9席が空席になり、私たちがレバノンに飛び立ったのは8月下旬でした。いつものようにその旅は長く疲れはてるものでした。キプロスに到着するまでに私たちは52時間も飛び、そして違う航空会社に四回も乗り継がなければなりませんでした。それから私たちはレバノンに着くまでに地中海上を数百マイルも延々と横断するフェリーにのらなければなりませんでした。これが高くついたということを私は付言します。秘密警察がいたるところにいて、通関手続きは非常に厳格でした。一人の軍人が現れて、それらの手続きを通過するのを助けてくれました。私たちはこの同じ軍人が他の機会にも同様に私たちを助けてくださるのに気がつきました。私はただ、彼が私たちを助けるために送られた天使だったと推測することができるのみです。レバノンには、十四の異なる派閥がありました。二つがクリスチャンで、十二がイスラム教徒です。シリアがこの国を包囲した状態で、北がクリスチャンで南がイスラム教徒の二つの部分に国は分割されていました。旅行の一マイルごとに、私たちは軍の検問所にぶつかり、そして軍服が似ているので、どの派閥が支配しているのかわかりにくかったのです。キリスト教徒たちは、折り襟に小さな青い十字架をつけていました。しかし本当に近づかない限り、それは見えません。どの検問所でも、兵たちは皆、装填した武器を持ち、それを相手に向けます。砲撃の頻繁な音が鳴り響いていました。私たちがオーストラリアのパスポートを出すたびに、兵士たちは緊張を解き、そして私たちが、私たちは聖シャーベルの墓に行くところだと言うと、彼らは喜んで私たちを通してくれました。
 私たちが聖シャーベルの修道院に着くと、ハーブ一家は彼らの親戚たちを訪問するために、私たちから別れました。私たちはアンナヤ修道院担当の、二番目のレバノン系オーストラリア人の司祭に会うまでは、地元の人との意志疎通が困難でした。彼は大いに私たちを助けてくれました。そして客用の離れに私たちが宿泊するよう手配してくれました。私たちはそこに落ち着きました。しかし私たちがシャワーを
浴びようとしたとき、いくつかの問題が起こりました。第一に、レバノンでは一年の半分しか雨が降らないので、水は乏しかったのです。第二に、排水口が床から半インチの高さにあったことでした。それで、水がはける代わりに、水はこの場所を埋め尽くす恐れがありました。私たちはどうにかしてこの大変な困難を排水口に水を押し込むことで解決しなければなりませんでした。私たちは、キリスト教徒のレバノン人たちが、清潔で、人なつこく、役に立つ人々だとわかりましたが、だれも英語を話さないので、私たちは手ぶりで、そしてわずかに知っているフランス語で意志疎通を図りました。私たちは修道院墓地と聖シャーベルの隠遁所、そして他の聖なる場所を訪問しました。9月3日、マリア様は私に、聖シャーベルの墓で以下のメッセージを与えてくださいました。
聖母: 「あなたがたを祝福します、わが息子、わが『リトル・ペブル』、わが甘美なる子供たち、そして甘美なる息子よ。(祝福が与えられる)親愛なる子供たちよ、私は今日、あなた方のもとへ、私たちの愛する息子聖シャーベルの墓へ来ました。そして私とわが愛する息子聖シャーベルはあなたがたと共にいます。私は『レバノンの聖母』として来ました。私はこの国、レバノンのために祈るために来ました。私があなた方をここに呼んだのです。あなた方の苦しみと祈りによってこの国は支えられるでしょうから。この国が破壊と荒廃を経験する時においてさえも。私はレバノンのわが子らの上に涙を流しています。彼らは、わが汚れなき御心のうちに避難所を求めなければなりません。そして聖シャーベルの参詣所のうちに避難所を求めなければなりません。
 親愛なる子供たちよ、そしてリトル・ペブルよ、あなた方の道は厳しいものでした。わがリトル・ペブルとジョーゼットと愛された友人たちとあなた方の仲間たちは、大きな重い十字架を運ばなければなりませんでした。この十字架はレバノンのためのものです。私はあなた方を祝福します、甘美なるわが子、わがリトル・ペブル、親愛なるジョーゼットと仲間たちよ。恐れてはなりません。なぜなら私と聖シャーベルはあなた方を導き、安全のうちにあなた方を家まで導くでしょうから。信仰と希望と愛のこの偉大なる旅に来てくれたことに対して私はあなた方に感謝します。私はレバノンと聖シャーベルの参詣所を祝福します、そしてわが甘美なる息子聖シャーベルを愛する人々を。甘美なる子よ、私が約束したように、聖シャーベルの取り次ぎによって偉大なる恩寵と力があなたに与えられるでしょう。あなたの前に手をさし出しなさい。(リトル・ペブルは手を差し出す) 永遠の御父が、乙女マリアと聖シャーベルの取り次ぎによって、あなたに癒しと奇跡の力と永遠の御父の偉大なる知識を与えます。私はあなたの手と額に接吻し、そしてあなたに大いなる力を与えます。永遠の御父のこの偉大なる力をいつ使うかについて私はあなたに教えましょう。私はこれらの手を祝福し、永遠の御父と御子と聖霊から塗油します。私はあなたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。
 無原罪の御宿りなるマリアの汚れなき御心を通して、三位一体の神の力を通して、受肉した神の御言葉の力を通して、聖霊の力を通して、永遠の御父の力を通して、聖シャーベルの取り次ぎを通して、永遠なる御方の御旨のうちに癒すために、私はあなたを祝福します。額に十字架の印をしなさい。そしてあなたの手を頭の上に置きなさい。聖シャーベルの油を用いて、それによって額の上に十字架の印をしなさい。聖ミカエルの祈りと3回の天使祝詞を祈りなさい。それから可能ならば香と聖水を使いなさい。これがすべてです。わが子よ。私と聖シャーベルがあなたとともにいることを知りなさい。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。私はジョーゼットと仲間たちを非常に特別な恩寵によって祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。では平和のうちに行きなさい。無原罪のマリア、私はあなたがた皆を祝福します。」

 また別の時、ジェームスとマチソン夫妻が聖シャーベルの墓で祈っているとき、彼が現れました。彼らは、聖シャーベルが彼らから離れた方を向いて角に立っているのを見ました。彼は彼のいつもの服で祈りの姿勢をとっていました。彼はこのようにして一時間ずっといました。
 聖シャーベルの最初の棺は亜鉛製で、そして彼の体からは油がにじみ出ていました。彼の体が腐敗しなかった期間に、彼の体から出た油は460リットル以上と見積もられています。彼の列聖の後において初めて、彼の体は腐敗しました。しかし油は彼の骨からにじみ出し続けました。
 私たちが、レバノンの聖母の巡礼堂を訪問した後で、聖母は私たちに、それ以上歩き回ることはやめるように、なぜならそれは安全ではなく、私たちが誘拐される危険がある、と警告してくださいました。それで私たちはそこを立ち去って山の中のクリスチャンのホテルまで行きました。道には使用済みの弾薬筒が散らかっていて、私たちはほとんどの時間を祈りのうちに過ごしました。私たちは四百室のホテルが実質的に空になっているのを知りました。マネージャーは、その朝、五百発の大砲の砲弾が落ちてきて、お客さんは全員急いで去っていったのだと説明してくれました。唯一の死傷者は一頭の乳牛で、後で私たちのディナーになりました。マネージャーは、お客がいるのをうれしく思い、私たちを喜ばせようと料理を並べてくれました。メアリーは、魚を食べたいと思いました。そして手に入る唯一の魚は、淡水に住む泥魚だったので、マネージャーは、そのうちの二匹を料理するよう手配しました。しかしながら彼は、それを尾頭つきに料理しましたから、ジェームスを大変な恐怖に陥れました。なぜなら彼は重症の魚恐怖症だったからです。メアリーはその恐ろしい眺めを片付けようと、勇敢に挑戦し、皆に切り分けて配りました。しかし、だれも彼女を助けて口をつけようとはしませんでした。それで彼女は自分のディナーを食べ、後でそれらが、ちょうど泥のような味がしたと言いました。
 私たちは約一週間、ハーブ夫妻と連絡がなかったのですが、突然マイケルがタクシーで午前8時30分にホテルに到着し、私たちの飛行機搭乗券を確定させるために、ビブロスに直ちに行かなければならないと言いました。20分後には私たちはそのタクシーに飛び乗り、ビブロスに急行するため出発していました。私たちはいくつもの代理店に行ってみましたが、それらのどれも私たちの搭乗券を有効化できませんでした。私たちはホテルに戻り、そしてジョーゼットは私たちはキプロスへ行くべきだと決めました。私たちはフェリーに乗ってキプロスまで戻りました。が、そこでも運がありませんでした。再び私たちは税関によって調べられましたが、幸運にも彼らは赤ちゃん用具のバックのうちのひとつを開き、汚れたおむつだけを発見しました。それで時間をまったくロスすることなく、彼らは私たちを急いで通らせました。ここでもまた私たちは自分たちの搭乗券を裏書きしてもらえず、それで私たちはレバノンへ戻りました。ここで私たちの例の「付き添い」の軍人が私たちの面倒をみてくれて、私たちをタクシーにのせてホテルに送り返しました。
 次の日に私たちはシリアの統制下にあるトリポリで私たちの搭乗券を有効化しようと決めました。ハーブ夫妻が私たちの搭乗券とお金を集め、シリアの検問所を通過して、車で向かって行きました。彼らの旅行は成功のうちに終わり、その日、後で彼らはホテルに戻りました。その時に聖シャーベルが、彼女に、私たちにベイルート空港に行くように、そして彼が私たちを助ける、と伝えるようにというメッセージを与えました。私たちはキリスト教徒の領域を二台のタクシーに乗って最初のレバノン軍の検問所まで行き、そこで8時間待たなければなりませんでした。私たちはそれから共産主義者のタクシーに乗り、次の検問所へ行きました。そしてそこで待っていたのは四人のイスラム教徒のドライバーと彼らのタクシーでした。彼らは次のチェックポイントまで隊列を組んで走りました。ジェームズは先頭の車に乗り、私は一行の人とともに二番目の車に乗りました。パイロットたちは三番目の車に乗り、四番目の車には四人のオーストラリアのレバノン人がのりました。しばらくの間待った後、私たちは不安になりました。私たちはその時に、メルセデスの車が何台も燃え尽きて散らばっている「グリーンライン」を通過しなければならなかったのです。そこには、ベイルートの南のイスラム教徒の区域を通過する、両側に狙撃兵から守るための壁が築かれているコンクリート舗装した幹線道路がありました。聖シャーベルは私たちに、祈れ、祈れ、祈れと言いました。私たちはもちろんその通りにしました。突然四番目の車のドライバーが勇気を失い、車両部隊の先頭車を大急ぎで追い抜き、そうしてその後すぐに、その乗員乗客は誘拐されてしまいました。
 私たちは何の妨害もなしにベイルート空港に向けて走り続けました。そして十時間、私たちの飛行機を待ちました。砲撃によって空港のすべての窓は粉々に割れており、そこには食物もなく、水もなく、空調もなく、そしてトイレの設備もありませんでした。弾痕がいたるところにありました。私たちは離陸しました。そしてジェームスは誘拐され解放されたオーストラリアのレバノン人の一人の隣に座り、彼が起こったことを私たちに話してくれました。私たちは疲労困憊して家に着きましたが、無事であることをうれしく思いました。三位の聖なる大天使の祝日の9月29日に、マリア様は次の公的メッセージを与えてくださいました。
聖母: 「子よ、我が愛のリトル・ペブルよ、そして愛する子らよ、私はあなたがたを父と子と聖霊の御名によって祝福します。アーメン。愛する子よ、私は今日『レバノンの聖母』、つまりレバノンの元后としてやって来ました。子よ、そして愛する娘、ジョージェットとマイケルと、あなたの同伴者たちよ、私はレバノンにある聖シャーベルの教会に来てくれたことに感謝しています。我が息子聖シャーベルが、信仰と愛の使節として、あなたがたをかの地へ送ったのです。子らよ、あなたがたが非常に重い十字架を担わなければならなかったことは知っています。しかし、いいですか、あなたがたの苦しみを通して、あなたがたはレバノンのキリスト信者を助けることになるのです。咋今の悲惨で、困難な時に、信心深く自分の十字架を背負うための力と、勇気を彼らに与えるのです。
 私は、この国レバノンに、そして世界じゅうに散らばっているレバノンの人々を祝福します。世界各地にいるレバノンの子らよ、あなたがたの国の為に祈りなさい。レバノンはもうすぐ血で洗われる苦しみを受けるでしょう。母なる公教会の救いの為、教会刷新の為に、殉教者が必要とされているからです。レバノンの子らよ、あなたがたの母である私は、あなたがたを愛しています。そして我が汚れなき御心であなたがたを抱擁しています。あなたがたの国が救われることを望むならば、祈らなければなりません。ロザリオを唱え、我らの息子、聖シャーベルに祈らなければならないのです。私たちはレバノンを聖シャーベルに委せました。レバノンで救われたい人は、聖シャーベルの参詣所に行かなければなりません。そうすれば救われ、敵から守られるのです。私はあなたがた皆を、父と子の聖霊の御名によって祝福します。アーメン。」

 1985年は私たちの聖なる母によって多くの奇跡と印が与えられた年でした。さらに多くの幻視者がイエズスとマリアに指示されて私に手紙を書き送ってきて一致することを始めました。これらの神秘家のうちの一人は、カナダのブラザー・ジョゼフ・フランシスという名前の有名な幻視者でした。彼は『涙を流す聖母』と呼ばれる有名な像の管理人でした。彼は私と電話で連絡し、彼の霊的指導者のベランジェ神父によって、そしてカナダのアルベール・アルセノーを通して手紙を書き送ってきました。イエズスはブラザー・ジョセフに私が最後の教皇になるということを啓示されました。
 その年の間中のメディアの集中的な宣伝にもかかわらず……「奇跡家たちは自分の十字架を背負ってしまった」という見出しの読み物をザ・デイリー・テレグラフが出して、これは最高潮に達しました……ミッションは全世界で急速に拡大し、私たちは多くの国から国際的な巡礼を受け入れ始めました。

【 リトル・ペブルはゴッビ神父に会う 】

 1985年11月、「司祭のマリア運動」と呼ばれる世界的なグループを創立した有名なマリア様の司祭、ドン・ステファノ・ゴッビ神父がオーストラリアに来ました。神父のマリア様の汚れなき御心への大いなる信心は、彼に教皇聖下への忠誠に熱心な司祭たちが互いに集まるようにとインスピレーションを与えました。彼は70年代前半に彼の使徒職に着手し、時の経過とともにマリア様は彼に、ご自分の司祭たちとカトリック教会に関しての世界的状況に関係する具体的な指導とメッセージを与えました。彼の受けた内的語らいは非常に美しく感動的でした。そして私たちの祝された母の、ご自分の司祭である息子たちに対する愛が非常にはっきりとわかりました。ゴッビ神父は教導権とパパ様に忠実な多くの司祭たちに世界中で愛されました。
 この当時、1985年の遅い時期に、ゴッビ神父はフランク・トレイニという名の私の特別な友人のひとりとメジュゴリエに旅行しました。フランクは箱舟の聖母のミッションをプロモートしていました。そしてシドニーに住んでいました。しかし彼は自分の生まれ故郷イタリアのアスコリにまだ家族がいたので、彼は一年の半分だけをオーストラリアで過ごす習慣でした。フランクはナウラの御出現についてゴッビ神父に話し、彼がオーストラリアに旅行する予定であったので、彼はナウラに来ることに非常に喜んで同意すると言いました。フランクは会合のためにゴッビ神父と打ち合わせをして、これはうまく準備されました。ゴッビ神父はフランクのシドニーの家に来ることになりました。
 11月にゴッビ神父はオーストラリアのいたるところでいくつもの講演をしました。彼はフランクとともに私と私のミッションについて論じました。彼は、イエズスとマリアからの私のメッセージは本物だと自分は信じる、なぜなら自分にイエズスとマリアがそうおっしゃったからだ、と言いました。ゴッビ神父は彼の本の次回の版に、その肯定の主張を載せると言いました。11月13日の償いの日のためにナウラに来ることはゴッビ神父にはできませんでした。しかしながら私はこの翌日、彼と確かに話しあったのです。彼の側近の何人かの司祭が、私が偽物の幻視者で、自分の司教に不従順だと確信させようと、私に反対して彼に話したという事実のせいで、それは気持ちのよい会合ではありませんでした。彼の連れの司祭たちが、そのような会合などなかったのだと保証するために全力を尽くしました。しかしながら彼も気が進まなかったにもかかわらず、確かに私はフランクの家でゴッビ神父に話したのです。彼は私にあいさつし、私はマリア様から祝福されたロザリオを彼にあげました。その時彼は13日に来られなかったことをわびました。しかし彼は気が立っていて、神経質になっているようでした。彼の唯一のコメントは、私が私の司教に従順であるべきだ、というものでした。
 私はこの方向転換には非常に失望しました。なぜならそれ以前の何回もの講演で、私の信憑性について質問されたときは、彼は質問者に対して、私のミッションは確かに真のものだと答えていたのに、圧力が加えられると彼はすべてを否定し、私に反対して公に話したからです。悲しいことに、それがゴッビ神父と私が接触した最初で最後の機会でした。そして彼はフランクに私が真の幻視者だと断固として表明したにもかかわらず、圧力をかけられて弱くなり、そして力強い一致のミッションである筈だったものが崩壊しました。いつか、ゴッビ神父は神と神の教会の前に責任を取らなければならないでしょう。なぜなら真理が勝利するからです。そして多く与えられたものは、非常に多くのものを求められるからです。


第六章 最初の世界旅行 − 1986年
 1986年の2月に、私は私の連れ、アルバート、ヘザー・クック、ジェームス・ダフィーともに、私の最初の世界旅行を開始しました。私は、シンガポール、イングランド、アイルランド、フランス、オランダ、スペイン、ドイツ、アメリカ、そしてカナダを旅行し、そして私たちと一致していた多くの幻視者たちに会いました。ジョーゼット・ハーブ、カミーユ・ラトフとその他たくさんのレバノン人の支持者たちは、出現の人気の偉大な激増に貢献していました。そして彼らのうちの数千人が巡礼に訪れました。人々の大いなる信心と信仰のおかげで、多くの素晴らしい賜物と奇跡が与えられました。聖シャーベルは将来のことと私について多くのメッセージをジョーゼットに与えてくださいました。彼女は、私が最後の教皇になると確証し、彼女が私ともうすぐ一致すると確証しました。先に私が書いたように、私たちは一緒に旅行し、教皇に会いました。私たちの聖母ご自身が、私たちは7日以内に教皇に会うだろうとおっしゃっていました。そしてこれは確かに実現しました。明白に、そのために私が努力するという条件付きではありましたが。
 そして教皇に会えたので、ジョーゼットを通して聖シャーベルは感謝のささげ物として彼の墓を訪れるためにレバノンに行くように私に求められました。戦闘が激しかったにもかかわらず、私たちはこの旅行を1985年8月になしとげました。状況を説明するためにここで強調しておくことがあります。この旅行の間、彼女はいくらかの「天からの」メッセージを受けました。そのうちのいくつかは矛盾したもので、特に私たちがレバノンにいる間に彼女が受けたものはそうでした。
 年末にジョーゼットは、彼女が言うには聖シャーベルからのものだという、あるメッセージを受けました。それは連続して六分間を超えるようなメッセージはどんな幻視者も受けるはずがないと言っていました。それから推論すれば、もし非常に長いならば、それはいかがわしい起源のものだということになります。私は彼女にこれは間違った前提だとアドバイスしました。そのことは彼女には受け入れがたかったのです。その結果として分裂が起こりました。ジョーゼットと彼女の支持者たちは箱舟の聖母のミッションから離れました。カミーユ・ラトフも同様に、この出現との関係を断つことに決めました。
 この点はちょっと脇に置いておいた方が良いでしょう。1986年の2月11日、私は神の言葉を説く私の世界旅行の準備をほぼ完了していました。そのとき彼女の家で新しい奇跡が起こりました。彼女は私たちの主の受難を苦しむのが常でした。そしてある時、肉体的な表れは明白ではないものの、私たちの主が苦しんだ主な五つの傷の部位の彼女の体から、油が何ガロンもにじみ出し、それはまるでイエズスの御血のようでした。この素晴らしい奇跡は、それに密着取材したテレビ報道を通して何千もの人が目撃しました。そしてこれは四旬節の間ずっと毎週金曜日に起こりつづけました。そしてその油は調査のために教会当局に送られました。もうひとつ別の現象が彼女の家で起こりました。聖シャーベルの一枚の絵が油をにじみ出させました。この後まもなくジョーゼットは離反してしまいました。
 ついでながら、本題からはやはり離れていますが、三つのほかの重要な出来事に言及しておきます。1986年の十月、同じく多くの人々によって目撃された一つの奇跡が起こりました。プラザー・ジョゼフ・フランシスが、涙を流す聖母像とともに、私たちを訪問しました。そして多くの幻視者たちが御出現地にやってきました。第二に、「会則・会憲」の骨格と共に、アルバートとギルガンドラのヘザー・クックを最初のメンバーとして、聖シャーベル修道会の最初の共同体が形成されました。そして第三に、この時期に私は合衆国の幻視者トランペッターからの手紙を受け取りました。
 再び本題を続けましょう。12月12日に私はマリア様のミッションのため私の最初の世界旅行をはじめました。ヘザーおよびアルバート・クックは親切にも旅行費用を融資してくれました。ジェームス・ダフィーと私は六週間旅行する予定でした。マリア様ご自身が旅行のスケジュールを与えてくださいました。マリア様のミッションに、海外から多くの関心が示されており、巡礼者たちがすでに聖地にやってきていました。
 私たちの最初の滞在地はシンガポールでした。そこでマリア様はシンガポールの子供たちを励ますために、ひとつのメッセージを私に与えてくださいました。聖母は私の旅行を「平和と一致のための旅」と定義し、特にこの四旬節の期間、犠牲と償いをささげるよう、お求めになりました。私たちがミサに行くことができないと分かったので、私たちはとても心配しました。マリア様は私たちを安心させ、私たちは霊的聖体拝領をしました。
 その夜、聖母は十時半に私にメッセージをお与えになりました。故障のために飛行機が1日遅れていたからです。邪悪な者がミッションを止めようとしているために、私たちは遅れたのです、しかし最後にはすべてうまくいくでしょう、と聖母は言われました。聖母は私たちを祝福し、私たちの苦しみをささげるよう私たちに求められました。翌日は13日だったので、私たちは12時に「箱舟の聖母」に、私たちのチケットが確認されるよう、そして私たちが私たちの旅行を続けることができるように祈りました。私たちは幸運にも、私たちのプロモーターM・O・ジュリアンに会うことができました。
 私たちはボンベイに飛び、2月14日の午前2時につきました。私たちは数時間の休息のために5時に眠りにつき、そして午後1時にゴアへ飛びました。到着するとセルヴロ・ジョゼフ・ダ・ピエアダデ神父と何人かの巡礼者たちに会いました。私たちはゴアでの滞在のために個人の家に連れていかれました。明らかにその前日、2時から7時まで私たちを待って千人もの人々が空港にいたのですが、私たちのスケジュールの遅れのために私たちに会うことができなかったのです。ゴア州はインドのカトリックの地域です。5人の司祭と10人の修道女を含む六百人の人々がいる前で、聖母は聖アグネス教会において公的メッセージを与えてくださいました。幾人かの人々がマリア様を見ました。そしてその司祭が聖シャーベルの油で人々に塗油するのを手伝いました。マリア様のメッセージは人々に祈りと犠牲をささげ、神と隣人を愛するように励ましました。少し後で私たちの一行はゴアの大司教に会いました。そして私たちは三十分間話しました。大司教は私たちに彼の祝福を与えてくださいました。教皇ヨハネ・パウロ二世がゴア訪問中に彼に渡すべきだった彼宛の特別なメッセージをマリア様はリトル・ペブルに与えてくださっていたのですが、私たちが遅れたために、私たちはそのメッセージを彼に渡すことができませんでした。ゴアの大司教は親切にも、ご自分でそのメッセージを持ってニューデリーまで飛び、そこでパパ様に渡してくださいました。その午後、私は講演するために聖ヨハネ・ボスコ教会へ行きました。5人の司祭たちと20人の修道女たちを含む2千人の人々がいました。もう1人の幻視者、南アメリカ出身のマリアもそこにいました。ここでマリア様はもうひとつ別の公的メッセージをお与えになりました。数人の人がマリア様を見ました。御出現の終わりに私たちはを「創造されたもののうちで最も清い方よ」を歌いました。その歌声はとても美しかったです。しかし第二節の間に荘厳な聖歌隊の歌声が聞こえました。そしてそれは私たちとともに歌っている天使たちの歌声でした。日曜日に司祭館でさらにもうひとつのメッセージを私たちは受けました。再びそこには数百人がいて、22人の司祭と40人の修道女も含まれていました。一人の修道女と他の数人がマリア様を見て、一方別の修道女が病気をいやされました。
 後で私たちは聖フランシスコ・ザビエルの墓を訪れ、彼は私に挨拶してくれました。そして私は彼についてのひとつの話を思い出しました。聖フランシスコ・ザビエルの遺体は腐敗していません。そして毎年一回彼の遺体を担いで公の行列が行われます。ある時、熱狂し過ぎの女性が聖人の足のつま先にかみつきました。そして遺体が出血するのが目撃されました。この出来事の後、彼を守るための予防策がとられ、彼はガラスの棺の中に納められました。
 私たちはまた、ある禁域を持つ修道会の修道女たちに会い、しばらくの間彼女たちに話をしました。これは素晴らしい経験でした。マリア様はその人々に、ご自分のボイス・ボックスと幻視者たちの話に耳を傾けるように、なぜなら彼らは天の言葉を持っているのだからと励ましました。この時までに私は60人以上の幻視者と一致していました。
 1986年2月17日午前4時に、私たちはインドのニューデリーを発ちました。そして午前10時にローマに到着しました。私たちは私たちのプロモーター、フランク・トレイニと会いました。その朝、私たちは祈るために聖パウロ大聖堂へ行きました。それから私たちはトレ・フォンテーヌの出現地に行きました。私たちが到着すると、聖母はあいさつをなさり、私にメッセージを与えてくださいました。聖母はこれまでミッションに非常に喜んでおられ、すべては上手くいくであろうこと、そして彼女は他の恩寵を与えるであろうことを告げられました。その午後、次の会合が行われる予定のアスコリへ向けて出発する前に、私たちはローマへ戻り、聖なる司祭の友人と会いました。それから私たちはマザー・レオナルディ、ローマの幻視者と会いました。彼女は、私のためのイエズスとマリアからのメッセージを持っていました。お二方は、私たちのミッションに喜んでおられ、間もなく私は教皇に会うでしょうと告げられました。2月18日に、私はもう1人の私的幻視者、パウリナと会いました。彼女は真実の幻視者でした。私に近づくや否や彼女は叫びました。「神の母があなたのうちにおられます」 その夜私たちはミサに行きました。教会にいる間、私たちの聖母は私に話しかけられ、私と私の仲間たちに祝福をくださり、そしてパウリナにも祝福を与えられました。聖母がそのことを彼女に教えられたので私がメッセージを受けているということを彼女は知っていたとパウリナは後で私に語りました。
 次の日、2月19日、私は幻視者ルイジ神父と会いました。そして彼のチャペルで聖母は私にメッセージを与えられ、私とルイジ神父が会ったことに彼女は喜んでおられ、多くの恩寵がそれからもたらされるでしょうとおっしゃいました。私がメッセージを受けている間、ルイジ神父も聖母の現存を感じていました。そこにいたもう1人の私的な幻視者も聖母が私に話しておられることを知っていました。ルイジ神父も私のための聖母からのメッセージを受け取っており、そして私に、オーストラリアでのミッションの進展に彼女は非常に喜んでおられること、そして私は間もなく教皇と会うであろうことを告げました。
 次に私たちは幻視者マリエッタに会いに行きました。なんと驚くべき霊魂でしょう。私たちの聖母の像は前の晩ずっと泣いておられました。彼女の家に入るや否や、彼女は私が誰かを知っていました。聖母が彼女にそれを示したからです。彼女の聖堂において聖母も私に挨拶してくださいました。彼女は聖母からの私のためのメッセージを持っていました。聖母はオーストラリアでのミッションに大変喜んでおられ、私が間もなく教皇に会うだろうと再び確認しました。その夕べ、マドレ・マリア教会の会合場所で聖母は私にメッセージをお与えになりました。2人の司祭たちが参加していました。初めにミサが行われ、それから会合が進行しました。450〜600人の人々がその会合に参加していました。メッセージが与えられている間、幻視者パウリナともうひとりの人は脱魂状態になっていました。私たちはピオ神父の墓を訪れました。イタリアにおける私の滞在の間、私は多くの胸の痛みを苦しみました。それは邪悪な者によって引き起こされたものでした。しかし私がイタリアを離れる時にそれは私を去りました。
 1986年2月21日、私たちはオランダに到着しました。そしてオランダ人プロモーターのフランツ・ミュラー夫妻に会いました。2月22日土曜日、私たちは車でナイメーヘンに向かいました。それは3時間かかりました。会合は「フェレーニヒング」のコンセルトヘボウで午後1時に行われました。人々はバスに乗って、ドイツ、フランス、ベルギー、オランダそしてポーランドやその他の東欧諸国からさえも来ていました。一人の司祭と何人かの修道者を含む、およそ千四百人の人々がいました。聖母によってメッセージが与えられている間、何人かの人々がまた彼女の御出現を目撃しました。
 その夜、2月22日、私たちはドイツのエッセンへ旅立ちました。そこで私たちは「ローザ・ミスティカ」のプロモーター、ホルスト・メーリンクに会いました。その夜私たちは彼とともに滞在し、次の夜、聖母はメーリンクの家で私に個人的に短いメッセージを与えてくださいました。そこで彼女は彼の仕事と彼の協力者たちに祝福を与えられました。翌朝のミサにおいて、教会の司祭が私たちに挨拶し、ドイツに私たちを歓迎しました。聖母は教会の中で私に話され、その司祭を祝福されました。
 2月14日、私はオランダの御出現地ベルリクムへ行き、幻視者エリザベスに会いました。私は御出現のチャペルで祈りました。聖母は私に私的なメッセージを与えられました。それは1986年2月9日にエリザベスが受け取ったメッセージは聖母からのものではない、ということでした。そして私たちの間の一致を妨げているのは傲慢さであり、しかしもしエリザベスがもっとよく霊を試していたならば、彼女はオーストラリアの出現を信じるようになったでしょう、もし彼女が受け入れないならば、彼女は落ちるでしょう、ということでした。それから再び聖母は私に話され、いつかオーストラリアのナウラの聖地はベルリクムのようになるでしょうと言われました。その午後、私たちはベルギーのマースメヒレンへ出発しました。そこでは1983年8月8日以来、ローザ・ミスィカの像が涙を流していました。聖母はそこで私にメッセージをお与えになりました。後で私は、私たちの主の受難を経験している女性に会いました。
 2月23日に、祈るために私はアルバートとともにケルン大聖堂に行きました。それからケルンの私の親類に会いました。ジェームスはミュラー夫妻とその娘と共に、尊者アンナ・カタリナ・エンメリックの墓を訪問しにドウルマンへ行きました。彼らがそこで祈っている間、私たちの主の顔が彼女の墓の上に現れました。
 その夜私は、幻視者アンドレと会ってともに滞在するためにブリュッセルへ行きました。彼は本当に驚くべき人物です。次の朝、2月26日、私たちはミュラー氏の住むところであるオランダのフローニンゲンに向けて出発しました。聖母が私にお話しになり、イエズスがアンドレに出現され、そして私たちの2人に特別な祝福をお与えになりました。前の晩ミュラーの家で私はスペインのプロモーターたちと会いました。そして聖母はオランダのためのもうひとつのメッセージを与えるために再び来られました。
 2月27日の木曜日に、私たちはイングランドに飛び、私たちのプロモーターのエリザベスとアンドリューのウィリアムソン夫妻と会いました。その日の間に私たちは幾人かの私的幻視者たちに紹介され、そして私たちの主とマリア様からの、私たちをイングランドに歓迎するいくつかのメッセージを受けました。3月1日に、私たちはウエストミスンターホールで集会を行いました。約百八十名の小さな聴衆が集まりました。それには一人の司祭、二三人の修道者と、幾人かの私的幻視者が含まれていました。その晩私は、ノラ・アーサーへのマリア様の御出現地であるキャンベイ島に行きました。マリア様は私にお話しになり、私を祝福しました。聖母は夜遅くノラにメッセージをお与えになりました。キヤンベイ島では気温マイナス二十度でした。そこでは水道は使えなくなっていました。すべての家で凍結していたのです。「マリアの家」で水が出ていた一つの蛇口を除いて。その次の日、私はノラと彼女のワーカーとしばらく過ごしました。私たちの両方が、さらにメッセージを受けました。この時をこんな素晴らしい霊魂とともに過ごすことは私にとって偉大な特権でした。マリア様は彼女に私が間もなくパパ様と会うと告げました。私たちはイングランドへのこんなに幸せな訪問をイギリスのプロモーターたちに非常に感謝しました。
 その翌日の3月3日、私たちはシカゴに向けて飛び立ちました。私たちの連れの一人、イタリア人のマリア様のワーカー、フランク・トレイニは私からパパ様へのある重要なメッセージを届けるために、ローマに戻りました。シカゴに着くと、私たちはピーター・ランデルに出迎えられました。彼は米国での私たちのプロモーターの一人で、恵みの霊魂でした。私はM・Aという幻視者と集会を行いました。それは非常に愉快なものでした。ある集会はある地方の教会に準備されていましたが、そこの司教によって拒否されてしまいました。私はマリア様から選ばれた最も親切で優しい女性である幻視者「ピルグリム・ソウル」に会いました。その夜ピーター・ランデルの家で、私はマリア様からひとつのメッセージを受けました。その中で聖母は、オーストラリアのニュー・サウス・ウェールズ州のルーラの涙を流す十字架のポールという名前の恵みの霊魂の周囲で起こっているいくつかの論争のことを私に告げられました。そのことについて私はブラザー・ジョセフ・フランシスに連絡をとりました。そして彼もまたその夜同様のメッセージを受けていました。しかしそれはイエズス様からで、ポールのミッションについて起こってしまった問題についてでした。この問題が修正されるようにポールに与えるある指示を私は教えられました。
 ブラザー・ジョゼフ・フランシスと話している間、彼はカナダの涙を流す御像をシカゴへ持っていくことはできない、なぜならカナダにとどまるように言われたからだと私に知らせました。私たちの主が私にカナダに行くように望まれたのかどうか、私は彼に尋ねました。すると彼はイエズスに尋ねてみると言いました。木曜日、彼は私に電話をよこし、イエズスが彼に現れ、聖シャーベルにその質問に答えることをゆだねると彼がおっしゃったと言いました。聖シャーベルは、それは私が決めることであるとおっしゃいました。私は直ちにこれをブラザー・ジョゼフ・フランシスと会うためのカナダへの招待と受けとめ、その夜アルバートと共に飛び立ちました。出発前、私がそちらに向かうと電話をかけてブラザー・ジョセフ・フランシスに告げると、彼は私たちの主がすでに私を待つように彼に告げておられたと言いました。アルバートと私がカナダに行っている間、8人の幻視者と恵みの霊魂たちがピーター・ランデルの家に滞在し、私の旅行の成功を祈りました。ヴァーン・サイプロスに聖カーテリ・テカワイサが来て、私たちが、カナダの巡礼の御像がシカゴに来ることを祈るようにと頼みました。
 ブリザードのために3時間にわたって遅れた後、私は10時半にカナダに到着しました。そして聖母のワーカーでブラザー・ジョセフ・フランシスの右腕、アルバート・アルセノーに会いました。私はその夜すぐ後でブラザー・ジョゼフ・フランシスに会うことで心が高鳴りました。私たちが彼の家に入るときに聖母が私たち皆に挨拶されました。彼は私に、前夜彼のところに邪悪な者が来て、リトル・ペブルと一切かかわるなと告げたと言いました。悪魔は計画された会合に非常に怒っていました。2月7日金曜日、私はブラザー・ジョゼフ・フランシスと共に一日を過ごしました。そして私たちの両者がメッセージを受け取りました。私のメッセージはカナダのための聖母からのものでした。そしてブラザー・ジョゼフ・フランシスのメッセージはイエズスと聖シャーベルからのものでした。聖なるグラント・ダフィーも現れました。イエズスは私の十字架を祝福なさり、聖シャーベルもそうなさいました。そして聖なるグラントはそれに接吻しました。私は説明しておかなければなりませんが、私の十字架をブラザー・ジョゼフ・フランシスにその夜渡しました。彼が夜ゆっくり休めるように、そして悪魔に煩わされないように。しかしながら悪魔たちは私を訪れ、私に非常に煩わしい夜を味わわせました!
 次の日私たちは飛行機でシカゴへ戻りました。私たちにはまだ講話をするための方法がありませんでした。なぜなら私たちは教会において話をすることが許されていなかったからです。土曜日に私たちはとにかく教会に行くことに決心しました。「レバノンの聖母の教会」の外側には警官が配置されていました。内側には1人の司教、5人の司祭、そして他の修道者たちを含む1千人以上の人々が、カナダからの「ファチマの聖母」の巡礼の御像、ブラザー・ジョセフ・フランシスの涙を流す聖母の到着を待っていました。これは像がカナダを離れた最初の機会でした。それは私が、その像がシカゴの教会に置かれるように求めたからで、そして聖母が同意を与えられたのです。私は教会の扉に近づき、それは教区司祭によって開けられ、彼は私たちに進み入ることを許してくれました。聖母像は偉大なる荘厳さとともに香の香りの中を、花と蝋燭に飾られて運ばれてきました。私は祭壇で聖母像の到着を待ちました。幻視者「巡礼者の霊魂」とフランツ・カイラーは午後に聖母が私にメッセージを与えられたときに一緒にいました。聖母は、世界中における彼女の出現は増加するでしょう、そして人々を神へと呼び戻すために像や絵から多くの涙が流されるでしょうとおっしゃいました。会合の成功について私たちはヴィクター神父に非常に感謝しています。そして私たちの良き友人であるブルース、アルビナ、フランク、セシリア、ピーター・ランデルを含む、ミッションのすべての支持者たちに。
 3月9日に、私はネセダの出現地を訪問するために車で合衆国のウィスコンシン州に向かいました。その出現を受けていた幻視者メアリー・アン・ヴァン・フーフはすでに亡くなっていました。マリア様が私にメッセージを与えてくださっている時に、彼女はマリア様と聖シャーベルとともに現れました。いかなる会合も計画されてはいませんでしたが私はホテルで1人の司祭と約二百人ほどの人々に即席で話しました。次の目的地はロサンゼルスでした。そしてそこで私たちは1人の司祭と七百人の人々が出席した非常に成功した会合を持ちました。私たちは私たちの旅の最終段階に入りハワイに到着しました。私はおよそ三百人の人々とビザンティン典礼の1人の司祭に話しました。家に帰る前の最後の目的地はニュージーランドでした。そこで私たちは80人の人々と1人の司祭に話しました。この後すぐに私たちはオーストラリアに帰りました。

【 三度目の主要な世界旅行 − ファチマ 】

 ブラザー・ジョゼフ・フランシスを通して、私が5月13日のマリア様の祝日のために彼とともにファチマにいかなければならないというマリア様のメッセージを私が受け取ったのは、ほんの数週間私が家に滞在しただけの時でした。間もなく生まれる二番目の子供をアンと私は待っていたので、私は少し心配しました。しかしマリア様は、4月19日に私の家で出現されたとき、私を安心させ、出発前に私たちの子供は産まれるでしょうとおっしゃいました。私の旅程は、セビリアのエスコリアルの御出現地を含む予定でした。たった十日しか出発日までなかったので、うまくアレンジしようと努力して慌ただしい時でした。
 私たちの小さな娘は「良き勧めの聖母」の祝日に誕生しました。それはブラザー・ジョゼフ・フランシスが彼女がその日に生まれるだろうと二三週間前に私に告げていた通りでした。マリア様はこのことを彼に明かすとともに、また私の主が彼女のためにお選びになった名前も明かされました。マリア様は私たちに多くの恩寵を与えてくださいました。というのは彼女は出産に際して何も苦しまなかったのです。それは分娩開始から十分以内に生まれるというものでした。5月7日にシドニーから出発するために、アルバートと私のためのアレンジは完了しました。しかしながらカナダから緊急にブラザー・ジョゼフ・フランシスが連絡してきて、オーストラリアを出発する前に私の娘が洗礼を受けなければならないと私に告げました。彼は、彼女は選ばれた神の道具になる予定で、そして彼女は悪魔からの危険にさらされていると言いました。私は大急ぎで、私の教区の司祭と連絡をとり、そして私たちの赤ちゃんは5月6日の夜、ウナンデラ教区の教会で洗礼を受け、その儀式のあと私たちの祝福された母に奉献されました。聖母はその洗礼式に肉体的に出席なさいました。
 私たちは飛び立ち、アレンジされていた通り38時間半の試練の後、5月8日にマドリードに着陸しました。いつものように私はひどい飛行機酔いに苦しみました。燃料の補給と機内食の補充のためにクアラルンプール、ドバイ、フランクフルト、そしてロンドンで私たちはほんの短い間地上に降り、そして私は全行程で約2時間なんとか寝ることができました。私たちのプロモーターのヤシンタが20人の一行とともに私たちを出迎えました。そして私たちの最初の目的地はエスコリアルでした。そこの出現地は農業地帯の中の家々の小さな集まりの後ろの50エーカーの牧草地の中にありました。そこは草がよく茂っていて、なだらかに丘が続いていて、きちんと刈り込まれた木々がありました。小さな巡礼堂が建てられたこの地に、多くの巡礼者が訪れます。エスコリアルの幻視者の名前はアンパロといい、彼女の祈りの集会には何万人もの人が訪れます。私たちが到着する二三日前、四万人の巡礼者が集まりました。私が到着したとき、アンパロは御出現地にいませんでした。なぜなら彼女の霊的指導者が離れているように彼女に命じていたからです。マリア様は私に、そこでメッセージを与えてくださいました。それは、私はその聖地を証明するためにそこに送られたのだと私に告げるものでした。私たちはマドリードに戻ると、ヤシンタの親類のもとに滞在し、翌朝は街を見て回ることとミッションの人々に話をすることで過ごしました。
 その晩、私は集会に出ました。集会の部屋には二百人の大群衆が集まっていました。質問では通訳者が私を助けてくれました。私は「箱舟の聖母」のミッションを説明しました。講演の後で私はすべての人を一人一人私の十字架で祝福しました。私の十字架は私たちの主から大きな祝福を受けています。それには本物の主の十字架の遺物が入っていて、そして私たちの主御自身が、ある祝福をそれに与えるためにそれを天国に持ってゆかれました。それは特に癒しと改心の恵みのためでした。後で私たちはエスコリアルに戻り、そしてマリア様は再び私に話してくださり、マリア様が私を「白い十字架」に、それが真実であることを全人類に証明するために、送っていると私に告げられました。「白い十字架」の御出現地はセビリアにあります。七百キロの旅行でしたから、それで私たちは途中で夜、宿屋に泊まりました。翌日私たちは人通りの多い道から離れたその場所につきました。その場所の中心は大きな、およそ2.4mぐらいの高さの白い木製の、コンクリートの土台に取り付けられた十字架でした。この場所は、ご出現があるときは花で飾られますが、そうでないときは荒涼としてかなり地味なままでした。到着すると私たちは祈りました。そしてマリア様が私を歓迎しに来て下さっていました。それから私たち一行は白い十字架の幻視者たちの霊的指導者であるフェリックス神父と連絡を取るために、近くのパルマ・デ・トロヤの村に向かいました。幸運にも、私は午後8時に、ご出現地で祈りの集会を行うことを企画していた神父様を探し出しました。そこで私たちは地元の幻視者たちに会うことを希望しました。私たちはその夜遅くマドリードまで飛行機で戻るつもりでした。というのは車での旅行は拷問だったからです。私たちはフライトのせいでまだ疲労困憊していたのです。そのように迅速に物事にうまく対処するにはどうしたらよいかについて私は心配になりました。それで私は祈るために聖堂に入りました。マリア様は午後4時半にやってこられ、フェリックス神父の前で最高に美しいメッセージを与えてくださいました。
聖母: 「私はあなたがたを祝福します、親愛なる子よ、そして親愛なる子供たちよ。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。わが甘美なる子、わが愛のリトル・ペブルよ。私とわが神なる息子イエズスは、聖地とこの礼拝堂へ力と恩寵をもたらすために、あなたをここにつれてきました。そして、わがスペインの民の間に一致と平和をもたらすために。私はあなたを歓迎します、わが子よ、そしてあなたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが甘美なるスペインの子らよ。今日、偉大な勝利が訪れました。なぜなら間もなくわが愛する子供たちは、白い十字架の幻視者たちに一致と力をもたらすために、オーストラリアからの愛の『リトル・ペブル』の聖地を擁護し立ち上がるからです。わが小さき息子、リトル・ペブルは黙示録において言及されています。彼は教会に一致をもたらすでしょう。なぜイエズスと私、神の母がここへ彼を使わしたかを知りなさい。スペインのわが甘美なる子供たちよ、そして白い十字架を支持し信じる子供たちよ。スペインの人々の一致と平和のために祈りなさい。今日をこの日から、白い十字架は全世界に広められ、子供たちの多くがわが神なる息子イエズスをたたえるために地上の至る所からここにくるであろうということを知っておきなさい。私はあなたがた皆を祝福します。甘美なる愛の子らよ。あなたがたの力を持って続けなさい。あなたがたが受けるであろう迫害は気にしないように。なぜなら私とわが神なる息子イエズスがあなたがたと共にいるでしょうから。私は、わが親愛なる子と、ここにいるわが親愛なる子供たちを祝福します。そして白い十字架と『忠実にして真実』の旗印をかかげるために来る全ての者たちを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが甘美なる子よ。マドリードに戻るべきかどうか、あなたは私に尋ねました。私は言います、わが子よ、私は償いを求めます。しばらくとどまり、今夜車で行きなさい。そして白い十字架のために、多くの霊魂たちが救われるように、この償いを捧げなさい。私はあなたに感謝します、わが甘美なる息子よ、わが神なる息子イエズスのためにここに来てくれたことに対して。私たちはあなたを愛しています。そして私たちはあなたにとって十字架は重いということを知っています。しかし、わが神なる息子の十字架を運ぶための力を私はあなたに与えるでしょう。わが子よ、私はあなたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが親愛なる息子、フェリックス神父。今やあなたの心は喜んでいます。これは白い十字架でのあなたの堅忍への報酬であるということを知りなさい。そして、それを擁護し続けなさい、わが子よ、そして私、汚れなきマリアがあなたとともにいるということを知っておきなさい。わが子よ、あなたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。ありがとう、親愛なる子らよ。さらにあなたがたに話すために今宵に私は来ましょう。」

 その晩午後8時、「白い十字架」の三人の幻視者が約七十人の人々と共に出現地にいました。ロザリオの間にマリア様は私に話し始められました。私はマリア様がきっと幻視者たちに話されると思ったので、フェリックス神父に、彼らに準備させるようにと私は頼みました。第五玄義の初めに私がひざまずくと、幻視者の一人が脱魂しました。ロザリオが終わるとマリア様が私に現れ、このメッセージを私に与えてくださいました。
聖母: 「わが甘美なる子、わが愛の『リトル・ペブル』、そしてここにいるわが親愛なる子供たちよ。私は今夜、汚れなき御心からの勧告と祝福をあなたがたに与えるために来ました。私の他の子供たちも今私を見ています。そして私は非常に間もなく、さらなる勧告を彼らを通して与えるでしょう。わが親愛なる子よ、私はこの聖地、わが神なる息子イエズスの白い十字架にあなたを歓迎します。わが親愛なる子よ、あなたも私の非常に特別な息子であるということを知っておきなさい。ここにおける一致をもたらすため、聖地において私のそしてこの国の幻視者たちの間に一致をもたらすための。一致しなさい、甘美なるスペインの子らよ。強くありなさい、そして勇気を持ちなさい。そしてイエズス、わが神なる息子のために戦いなさい。あなたがたの十字架を担い、彼に従いなさい。恐れずに、私のマントのもとに勇気を持ちなさい。私はあなたがたを見守り保護します。わが愛の甘美なる子供たちよ。聖体におけるわが神なる息子イエズスを擁護しなさい。私はあなた方皆を祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。まもなく、わが神なる息子が来られます。あなたがた皆に、彼の祝福を与えるために。わが甘美なる子供たちよ。きたる艱難の日々にそなえて、力と勇気をあなた方に与えるために。人類にとって時間がいかに短いかということを、あなたがたは理解していますか、親愛なる子供たちよ? 今や、あなたがたの罪を償うための時間はほとんどありません。私はあなたがたを愛しています、わが甘美なる子供たちよ、なぜならあなたがたは、わが汚れなき御心の子供たちだからです。この祝福はわが神なる息子イエズスからもたらされます。あなたがたに力と勇気を与えるために。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが親愛なる子供たちよ、私はわが甘美なる息子『愛のリトル・ペブル』を、一致し強くなるようにあなたがたを励ますために遣わしました。彼、わが甘美なる息子は、まもなく訪れるであろう暗い時代において、聖にして母なる公教会を導くために選ばれた者です。それゆえあなたがたは、聖にして母なる公教会のために祈り、償いをせねばなりません。なぜならまもなく聖にして母なる公教会は大いなる試練と苦しみを経験するであろうからです。大いなる苦しみです! 間もなく懲罰が、この国スペインそしてヨーロッパへ降りかかるでしょう、熊(ロシア)のために。それゆえ、親愛なるスペインの子らよ、ロシアの改心のために祈りなさい。わが親愛なる子よ、わが甘美なる子供たちよ、私はあなたがたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが甘美なる子供たちよ。私は愛の母です。私は今夜、汚れなき御心をあなたがたに差し出すためにここに来ました。あなたがたの避難所そして力とするために。恐れてはなりません、甘美なる子供たちよ、私は愛の母だからです。あなたの避難所である母、罪人の救助者です。私は今夜、あなたがたをわが汚れなき御心のうちに抱擁し祝福します。わが神なる息子イエズスから。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。今一致しなさい、わが子供たちよ。そしてあなたがたの祈りを続けなさい。今それらが本当に必要とされているからです。私はあなたがたに感謝し、あなたがたを愛しています。あなたがたの祈りを続けなさい、わが子供たちよ。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。」

 私がこのメッセージを受けている間に、もう一人の幻視者アニリトも脱魂しました。マリア様は私にではなく幻視者たちのペペ、アニリトそしてロザリオにイエズスがお話しになるとおっしゃいました。それから三番目の幻視者ロザリオが脱魂し、その時に他の二人は脱魂が終わりました。ロザリオは脱魂したまま、私のところにきてひざまずきました。彼女はイエズス様からのメッセージを受けました。そのメッセージの間彼女は私の手をつかみ、それを彼女の心臓の上に置き、それからそれをイエズスに向かって差し上げました。私は私たちの主がそこにいらっしゃることがわかっていましたが、私にはイエズス様が見えませんでした。それから彼女は再び私の手をとりました。私は彼女の額の上に私の十字架で十字の印をしました。誰かが一本のバラをロザリオに与えました。直ちに彼女の手は上にあがって行き、そして私たちの主はそれを祝福なさいました。彼女はそのバラを私の両手の中に置きました。そして多くの人々がそれをつかもうとしましたが、それは私のためのものだったのです。彼女の両手は人間には不可能と思われる早さで動き、人々のつかもうとする手を避けるために間を縫って進みました。しかも脱魂したままで天の方を見ながら彼女は正確にそのバラがどこに行かなければならないかを知っていたのです。彼女は次のメッセージをこの時受けました。
主: 「私の子供たちよ、私の兄弟たちよ! 私はこれらの時に人々の間で愛を見たい。なぜならば私は私のこの聖地にとって非常に重要なある人物を送ったからだ。人々は理解しないだろう。しかしいつかある日、彼らはこの私の息子が父の御旨によって送られてきたのだと悟るだろう。彼は地球の多くの場所に送られてきている。」(私たちの主はリトル・ペブルについて語っておられる)
「おまえたちの愛をそそぎ出せ。そうするならば彼は彼の存在によってこの聖地を御父の現存にまで運ぶ。なぜなら、この聖地は人々によって冒涜されているからだ。彼は話す唯一の者になるだろう。彼らは彼を理解しないであろうが! リトル・ペブルをお前たちはいかに酷く理解していることか。」
 私たちの主はロザリオに話しておられます。「今日お前は話すな。彼が話すべきなのだ。なぜなら私がこの聖地に彼を招いたのだから。」
ロザリオ: 「どうぞ、父よ、私の父よ、私は罪人にすぎなくても、どれほどすべてをあなたに与えようとしていることでしょう。私はあなたのために泣きたいのです。私はわかります。私の父よ、あなたがこの聖地を混乱させることはできないと、あなたが私をだますことはできないと。彼はまさに私が見ていたその人でした。私がこの場所を見たとき、私は自分自身をおそれました。父よ。父よ。父よ。この真理のために私が持っているすべてを必ず私は与えます。」(その時、リトル・ペブルはロザリオを通して主から話しかけられた)
主: 「私の息子、私の小さな息子、私の小さな息子よ! 私の心のなんと最も深い傷をお前はいやしてくれたことか。お前は私の命令を成し遂げた。私の私の息子よ、なぜならお前は私の言葉を運ぶであろうからだ。私はこの世がおまえを理解しないだろうことを知っている。しかしいつかある日、彼らは私の言葉が全く真実であると悟るだろう。」
「私は真理であり命である。道であり光である。私に従う人は生き、その人は父のもとにつれてゆかれる。これらの時は私にとって非常に重要だ。なぜなら私は、お前が勇敢で、お前が人間的関心を持っておらず、お前が恐れないことを知っているからだ。私の息子よ、時々敵がおまえを混乱させることを望むだろうが、前進し続けよ。彼らが自分を圧倒するのを許すな。私の息子よ、なぜならばこの世は偽預言者の疫病のようなものになるだろうから。私の息子よ、しかし私はこの世を救うために一握りの男性たちを選んだ。この世は燃えたたせられるだろう。なぜならばお前の両ほおの中に『ふるい』があるからだ。一瞬たりとも気を散らされてはいけない、私の息子よ。」
「私は多くの人々にとってそれがほほ笑みのもとにはならないということを知っている。しかしそれは私の母にとって、そして私にとって最も重要だったのだ。リトル・ペブル、リトル・ペブルよ。私はお前が話すことを望む。人々によって冒涜されたこの聖地の私の息子よ。(私たちの主はその時リトル・ペブルのために一本のバラをロザリオに与えておっしゃった) これを花として受け取ってはならぬ。私の息子よ。それをある非常に重要なものとして、お前がお前の勇気によって獲得したあるものとして受け取れ、私の息子よ。私の後に従え、私の息子よ。なぜならば私は忠実な戦士であり、お前は私の後に続かなければならないからだ。しかしおまえは黙っていてはならない。お前は話さなければならない。なぜなら地上のすべての人々が敵の憎しみによって脅かされているからだ。人々の間で憎しみが死に、人々が目を覚まし、愛に満たされるとき、この世は違ったものになるだろう。なぜならこの世は、とりわけスペイン、この私のマリアのスペインは大変な災難に脅かされているからだ。それ故私の息子よ、私はお前をこの聖地に送った。そしてこの地球の、かくも多くの聖地に送った。私の母と私がこれほどの大きな愛を持って訪れる人々のところに送った。それは人々を準備させるためである。なぜならこの世では誰ひとりとして完全ではないからだ。」
「お前は人々がお前に耳をかさないと思っている。しかし私はお前に耳を貸す。私の息子よ。地上のハチミツを集めよ、花から花へと。巣箱から飛び出したミツバチのように。それを私のいとも聖なる母の足元に運ぶために。『ペトロの聖座』のために祈れ。母なるロシアに同情し、そのために祈れ。なぜなら母なるロシアは彼女の鞭を用いるからだ。そしてお前達全てが、その同じ鞭によって打たれるだろう。祈れ、祈れ、いつか彼女が『ペトロの聖座』の前に恥じ入るように。祈りは救いの一部分である。もし祈りがあればそこに愛がある。もし愛がなければ私は(そこに)いない。」
聖母: 「私はこの時を楽しんでいます。あなたがこの聖地にきているこの時を。なぜならこの聖地は私の神なる息子の聖心からわき出る『生きる水の泉』のようなものだからです。」
主: 「飲め、飲め、なぜならお前達には時間があるからだ、飲め、お前達の喉が渇いていなくても。なぜなら私が差し出しているこの水は、私の聖心からわき出る生きる水なのだから。遅れてはいけない、私の子供たちよ、急げ!(私たちの主はリトル・ペブルについて語られる) 私は、私自身のこの息子に、愛の泉の中につかるかのごとく、この聖地に浸ってほしい。なぜならお前達が与えるものを彼は与え、そしてもしお前達が何も与えないなら、彼は何も持ち去らないからだ! 私は彼が十分に理解されることはないであろうことを知っている。私は聖櫃の中で雅歌の一節をもって嘆いている。私は人類のために泣いている。もし人類が、私が泣いていることを理解できていたならば、彼らは皆、喜んだであろうに……!」

 この時間の間に、素晴らしい恩寵が私に与えられました。バラの香りの芳香をかぐという恩寵です。ロザリオがメッセージを伝えている間に、彼女は私の手をつかみ、その手にキスをし、それから彼女は私の頭を両手ではさみ、それから脱魂状態のままで、私の頭を彼女のそばにひきよせ、私の額に接吻しました。この時アニリトが脱魂状態になり、それからロザリオが脱魂状態から元に戻り、私はアニリトのそばに動いて行きました。彼もまた、私の手をつかみ、その手を彼の心臓に持って行きました。そのすぐ前に私は私の十字架で彼を祝福していました。そして彼はその十字架を手に握りました。マリア様は彼を通して私に歓迎のメッセージを与えてくださり、そして彼にバラと他の花々の大きな花束を……それは彼に手渡されていたものですが……私に与えるようにとおっしゃいました。マリア様は、私が各々の花に私の手を触れさせ、それからそれらを配るようにと命じました。私はこれが何を意味するのか分かりませんでした。
 祈りの集会は午後11時ごろに終わり、私たちはマドリードに向け帰り始め、途中で一晩宿泊しました。5月11日、私たちは午後3時半にポルトガルに飛び立ちました。リスボンにつくと私たちはタクシーにファティマへの金額を尋ねました。それが二百ドル近いと聞き、私たちはバスにすることに決めました。私たちがバスターミナルに行くために一台のタクシーに乗りこむと、ポルトガルの守護の天使が現れ、そして私にあいさつし、マリア様に代わって私をポルトガルに歓迎しました。このタクシーの運転手は70ドルで私たちをそこへ運ぼうと申し出ました。それで私たちは感謝して受け、目的地まで80キロの道のりを運んでもらいました。ファティマのはずれ約30キロで、私たちは何千もの巡礼者が道の端を寝具や食料を運びながら歩いているのを見ました。ある人々は車いすで、ハンディキャップのある他の人はそれぞれ様々な方法で歩いていました。人々のほとんどは貧しそうで、そして裸足でした。ファチマという小さな町は、5月から10月の間と、毎月13日を除いて一年中活気のない村です。それらの日は、ルチア、ヤシンタ、フランシスコという三人の子供たちにマリア様が出現された記念日です。これらの巡礼者は、そこでマリア様が最初にご出現になった祝日にマリア様をたたえようと道を進んでいました。
 そのタクシーは私たちをドミニコ会の女子修道院に連れていきました。そこはまた黙想の家としても役立てられていました。修道女たちと同様に、幾人かの世俗の人々も職員として働いていました。私たちがタクシーから降りると、一人の修道女が近づいてきて、私にリトル・ペブルかどうか尋ねました。彼女は私を待っていたのです。私たちは温かく迎えられました。そしてここで私たちは、プラザー・ジョゼフ・フランシスを含む北米のグループにあいました。彼は彼の霊的指導者であるジャン・ポール・ベランジェとワーカーたち、アルベール・アルセノー、そしてゲイル・スティーブンスとともに旅行していました。私は彼らみんなに会えてとても嬉しく思いました。私たちはそれからミサにあずかり自室に下がりました。
 翌日私たちはそのグループとしばし過ごしました。その時ブラザー・ジョゼフ・フランシスと私は、彼がカナダから運んできた聖母の奇跡的な涙を流す御像を見に行きました。それは女子修道院の聖堂にありました。その御像は杉の木で作られていて、高さが40インチくらいで、極めて美しい表情をしていました。その顔は生きているように見え、そして両眼からにじみ出る涙のしずくにはバラの芳香がありました。私はこの像の前にひざまずき、そしてマリア様が私に現れておっしゃいました。「私はあなたを愛しています、私の『愛のリトル・ペブル』よ。そして私はたくさんのことをあなたとあなたの仲間たちのために、次の二三日の間に用意しています」 マリア様は私たちが一致を表していることで大変喜んでいらっしゃいました。聖母は私がブラザー・ジョゼフ・フランシスにあげた聖シャーベル会の修道服を祝福してくださいました。
 13日、十万人の巡礼者たちが村まで下ってきてマリア様を崇敬する行列が行われました。私はこの行列に参加しました。そしてそのマリア様の像が通り過ぎるとき、聖母ご自身がその上に現れ、私に「愛の波」を私的なメッセージとともに与えてくださいました。ブラザー・ジョゼフ・フランシスもまた聖母を見ました。私たちは女子修道院に戻り、そして私たちのグループは正午から午後1時の間ロザリオを唱えるために集まりました。それは「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」に私たちの嘆願をかなえてくださるようにと祈るよう求められたからです。私たちがロザリオを祈っていると、マリア様が現れました。そしてブラザー・ジョゼフ・フランシスが話したのは次のことです。彼はマリア様がご自分の御心を私に与えるのを見ました。そして私が両手を挙げ、その手の中にマリア様がご自分の御心を置いたのを見ました。私はこれに気がつきました。しかしながら彼はまたマリア様の御心が私の心臓の中に入るのを見て、それから彼は、マリア様が私の霊を私の心臓から取り、それをイエズス様にお渡しになるのを見ました。イエズス様はそれから私の霊を私の体に戻しました。これには私は気づきませんでした。ロザリオが唱えられている間にマリア様は以下のメッセージを与えてくださいました。
聖母: 「私はあなたがたを祝福します。わが子供よ、そしてわが子供たちよ。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。わが甘美なる子供たちよ、私は来ました。なぜならあなた方は祈り、そして私はあなたがたの祈りを聞くからです。私はあなたがたを愛しています、甘美なる子らよ、あなたがたは私の御心を見ることができないのですか。あなたがたに差し出されている、流れる愛を見なさい。私はあなたがたを愛しています、そしてあなたがたの心から流れているとあなたがたが今感じているその愛は、私のものを通して流れている愛なのです。それゆえ私たちは、この偉大なる愛の絆、わが神なる息子イエズスの愛の絆で結ばれているのです。彼を愛しなさい、甘美なる子供たちよ、なぜなら彼は人類の救いだからです。彼はあなたがたをとても愛しておられます。それゆえ彼は、私、あなたがたの母を、あなたがたに与えておられます。私はわが汚れなき御心にあなたがたを抱擁し、そしてわが神なる息子イエズスの聖心からあなたがたを祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。
 わが愛のリトル・ペブル、そしてブラザー・ジョセフ・フランシスよ。あなた方はわが汚れなき御心において、永遠にわたって兄弟です。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。大いなる報いがあなたがたのものとなるでしょう。私はあなたがたをわが御心の一致のうちに祝福します。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。あなたがたの祈りを今続けなさい。祈りは私の耳にとって音楽のようであり、そして私はそれらを、あなたがたと世界を助けるために永遠の御父のもとへ持っていくでしょうから。わが子よ、あなたは今夜再び私と会うでしょう、私は世界に対する非常に重要なメッセージを持っているからです。私はあなたがたを祝福します、わが愛によって。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。」

 多くの美しいメッセージが、私たちがファチマで過ごしている間に与えられたのですが、それらすべてをここで列挙することはできません。2月14日、すべてのグループが女子修道院のチャペルに午後8時に集まりました。ベランジェ神父がカナダの涙を流す聖母の像に戴冠式を行おうとしていました。その式は本当に美しかったです。戴冠式の間に私たちは自分たちを奉献する祈りを唱えました。マリア様はご自分で御出現になり、感激的なメッセージを与えてくださいました。幻視の間、私はたくさんの天使たちと聖人たちを見ました。マリア様は泣いておられ、聖母の両目からたくさんの涙が落ちました。私には、イエズス様が十字架上にいらっしゃるのが見えました。そして彼の傷から滴り落ちた御血はマリア様の汚れなき御心の上にかかりました。聖母の御心も血を流しておられました。そしてイエズス様が大祭司としてのお姿で現れました。高価な衣装をお召しになり、頭には三重冠をかぶっていらっしゃいました。イエズス様はほほ笑み、私たちを祝福してくださいました。空に大変巨大な聖ミカエルが現れました。イエズス様とマリア様が天に戻られる前に私は他の美しい物事を見ました。
 その次の日、ミサの後で、私たちは別れを互いに告げるために一緒に集まりました。私たちは午後1時半にリスボンから飛び立つ予定でした。わたしたちは最終的にファチマをタクシーで午後12時15分に出発しました。そして奇跡的に、普通かかる時間の半分で空港への距離を走ってしまいました。私はマリア様と二位の天使が私たちに伴ってくださっているのが見えました。そして私たちは午後1時に空港に着きました。私たちはリスボンをたち、非常に意気を高め、そして啓発的だった旅行を終え、オーストラリアへの帰途につきました。
 メディアはその年を通して彼らの記事を絶え間なく流し続けました。3月8日、ザ・イラワラ・マーキュリーは次の見出しを出しました。「教皇はリトル・ペブルを拾う!」

【 約束された奇跡。ナウラ 】
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カナダの幻視者「ブラザー・ジョセフ・フランシス」とアメリカの幻視者
「巡礼の霊魂」の訪問の機会に。1986年10月13日のメッセージ
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リトル・ペブル:  聖母は、かなり前からここにおられます。この礼拝堂のすぐ上に立っておられます。お召し物は真っ白で、美しい雲に乗っておられます。そして「今日はたくさん写真を撮ってください。神の栄光のために、多くの奇跡的な写真が撮れるでしょうから」とおっしゃっておられます。今、聖母のすぐとなリ、右側に来られたのは聖ヨゼフです。とてもきれいなお召し物です。全部茶色で、杖を持っておられます。聖母の左側におられるのは聖シャーベルです。私と同じ服装をしておられます。聖母はとてもとても美しいお姿です。頭にはファチマの冠をいただき、右手に美しい珠のロザリオを持っておられます。そしてあたりを見回しておられ、非常に喜んでおられるご様子です。御胸には汚れなき御心が見えます。その御心全体は私たちへの愛の炎でさかんに燃えています。今、聖母のうしろに美しい十字架が見えます。十字架上におられるのはイエズス様です。イエズス様もあたりを見回しておられ、皆様方一人一人を見ておられます。イエズス様の御胸の上には至聖なる聖心が見えます。今、大勢の天使たちが形を作っており、又たくさんの聖人方が今降りて来られました。

聖母:  かわいい我が子、愛のリトル・ペブルよ、あなたとあなたの兄弟ブラザー・ジョゼフ・フランシス、姉妹たちである「巡礼の霊魂」及び「小さきバラ」なるテレサ、小さなジョージェット、そしてここに集まっている子どもたち皆を祝福します。かわいい子どもたちよ、私は母の心であなたがたを迎えています。あなたがたをイエズスの聖心より祝福します。父と子と聖霊との御名によって。アーメン。子どもたちよ、今日は何年も前にファチマで与えられた大いなる印を、あなたがたの神であり、又私の神である神へ感謝する「特別な感謝の日」です。この印は全世界のご出現地で何度も繰り返されてきました。オーストラリアのこの聖地においてさえも。この「印」は神の栄光と力を表し、その神は全能の方、偉大なる王、人類の支配者であられるがゆえに、全ての人間が御前にひざまずかなければならないということを世に示すための「印」です。

リトル・ペブル:  今、空の高いところに見えるのは玉座にすわっておられる御父なる神です。御父の上には鳩のお姿の聖霊がおられます。お二方ともまぶしい光に包まれておられます。とても輝かしい光です。今御父が、御子イエズス様の方へ近づいて来られました。イエズス様は両腕に十字架をかかえておられます。この三位一体の神のまわりには今、大いなる光の輪ができ、その光のまわりに何千万もの無数の天使たちがおり、至聖なる三位一体の神様を称えて、最高に栄光ある聖歌を歌っています。聖母は三位一体の神様より少し下におられ、その神様に対して頭を垂れておられます。同時に今、諸天使、諸聖人も同じようにしておられます。

聖母:  我が子よ、そしてかわいい子どもたちよ、いかに天にいる私たちが神をあがめ、愛しているかをごらんなさい。地上の子どもたちよ、あなたがたは皆、この私達の模範に倣わなければならないのです。そして心を尽くし、力を尽くし、思いを尽くし、魂を尽くして神を礼拝しなければなリません。天にいる私たちは、あなたがたを愛しております。そのために私達は世界中で何度もあなたがたのところへ来ているのです。今では、以前にも増して全世界の人々が世界中での出現を信じなければなりません。なぜなら、人類の救霊のために私がファチマで与えたメッセージが、何度も繰り返されているからです。私達はあなたがたを愛しています。そして心を差し出しているのです。

リトル・ペブル:  今、十字架上のイエズス様の聖心と、永遠の御父の聖心と、聖母の汚れなき御心が一緒になり、まるで一つのみ心になったかのように、ここにいる私達のすぐ前に来られました。聖霊はその三つのみ心の上におられます。

聖母:  人間を愛しているこれらのみ心を見てください。私達は子どもたちの滅びではなく、救霊を望んでいるのです。わが息子イエズスは人間に御あわれみと御ゆるしを垂れてくださっています。イエズスはいかなる者へも背を向けるようなことはなさいません。あなたがたを愛しておられるのですから。イエズスはあなたがたの救いのために十字架上で亡くなられたのではありませんか? あなたがたをその至聖なる聖心のもとへ連れてこようと、ここの聖地をはじめ、他の聖地において数えきれないほどの「印」をお与えになったのではありませんか? 私達は今日も、そしてあなたがたが御国への道を辿リ、地上にいる間毎日、勇気と喜びと平和を与えるために、み心より皆を祝福いたしましょう。父と子と聖霊との御名によって。アーメン。
 今日、神の栄光と、魂の救いのために大いなる出来事が始まります。我が愛のリトル・ペブルよ、あなたと、あなたが愛する兄弟ブラザー・ジョゼフ・フランシスは修道会を創立することになります。それは聖にして母なる公教会へ、救いと力と一致をもたらす二つの修道会になるはずです。この二つは「聖シャーベル修道会」と、もう一つは「我が汚れなき御心の修道会」ですが、おびただしい数の霊魂を天国へと導くでしょう。この二つの修道会は、我が汚れなき御心において一致しており、他の多くの修道会のように全世界に広まり、高潔と聖性の一致という真の精神において、聖にして母なる公教会の刷新のため、終末の時代にそびえ立つのです。では、この二つの修道会を祝福しましょう。この二つが聖なる公教会、また全世界において繁栄しますように。父と子と聖霊との御名によって。アーメン。

リトル・ペブル:  今、聖シャーベルが見えます。とても近くまで来られます。今ここの小さな白いところに来られました。そうして両手を……このようにして……ブラザー・ジョゼフ・フランシスと私の上に広げるようにして、次のようにおっしゃいます。

聖シャーベル:  神なる主であり、王たるイエズス様の聖心と、その御母汚れなき聖マリアを通して、この二つの修道会及びその修道服、又これらの会に入る人々の会服を祝福する。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。我が2人の息子たちよ、キリストの光と聖マリアの汚れなき御心のうちに前進し、人類の救霊のために、このお二方の愛を全世界に広めなさい。なぜなら愛する息子たちよ、あなたがた二人と、一致している全ての幻視者、及び神秘家たちを通して、世界と公教会は、聖母マリアの力ある御取次によって、教会の息子や娘たちのために救われることになるからである。光と神の力のうちに前進しなさい。父と子と聖霊との御名によって。アーメン。

リトル・ペブル:  今、聖シャーベルは聖母のおそばに戻って行かれました。

聖母: ではかわいい子どもたちよ、お祈リを続けてください。私たちは今日あなたがたと一緒に祈リ、また共にいるでしょう。永遠の栄光 − 父と子と聖霊によって。アーメン。今、あなたがた皆と、準秘跡を全部祝福します。この準秘跡によって、大いなる恵みが人類に与えられるでしょう。父と子と聖霊の御名によって、アーメン。

【 シスター・マリア・ゴレッティ(R.S.M.)による証言 】

 聖母はリトル・ペブルを通して1986年10月13日、ナウラの聖地である「印」をくださると約束されました。その日の午後3時、ノーマンという若者が大声を出しました。光栄に包まれた聖母を空に見たからです。その大きな叫び声を聞いて、八百人ほどいた群衆がその方向、つまり太陽に面するように向きを変えました。振り向いた彼らは、次々に大歓声を上げて、手をたたき、聖歌を歌い出しました。偉大な現象を目撃したからです。太陽がものすごく速い速度で回転しながら、金色、ピンク等の美しい色を次々に放っておりました。彼らはこの驚くべき光景で、太陽を直接見つめていても何も悪い影響はなかったのでした。聖母はそれからリトル・ペブルを通して私達にメッセージ(内的語らいにおいて)をくださいました。約1時間後に太陽はもう一度非常に早い速度で回転し、回転するだけでなく、鼓動したリ、踊るかのように見えたかと思うと、十字架の印をする等の動きをしました。それから後、大きな白いホスチアのように変わったのです。空一面に様々な色がほとばしりました。その色はある人々のうすい色の服に反映しましたが、反映ではなく染めた色のように見えました。特別に恵まれた方は、もっとたくさんの現象を見たでしょうが、その方たちは自分で証言なさると思います。少数の人は何も見なかったようですが、大部分の人が目撃しました。

【 その日午後1時に、私たちの主からリトル・ペブルに与えられたメッセージ 】

リトル・ペブル:  皆様もご存知のように聖母はここにおられます。「行列」の間中ずっと私たちとご一緒でした。イエズス様は成長なさったお姿で、聖母のとなりにおられます。イエズス様とマリア様のうしろには聖ミカエルがおられます。聖ミカエルは剣であちらの方を指して次のようにおっしゃいます。
聖ミカエル: 「誰が神と等しいか?!」 いと高き神、永遠の父と子と聖霊の御名によって、出ていけ! 呪われた者よ、今すぐに! 父と子と聖霊の御名によって。アーメン。

リトル・ペブル:  イエズス様はここからそれほど遠くないところにおられます。ここからほんの3メートルほどの所で、とても近い所におられます。

主イエズス:  愛する我が子、愛のリトル・ペブルよ、そしてここに集まっているかわいい子どもたちよ、私はあなたがたに平和をもたらすため、又一緒に来た我が母と聖ミカエルをはじめ、天使、聖人たちの愛と祝福を与えるために来たのである。光の子らよ、強くなりなさい。わたしは光であり、道であり、真理であることを覚えておきなさい。私のもとへ来る者は多く与えられる。我が聖心は霊魂に渇いているのだ。

リトル・ペブル:  主の聖心からたくさんの光線が放たれました。又、マリア様の汚れなき御心からも同じように光線が放たれました。

主イエズス:  肉体のいやしを望んでいる者は皆、信仰があればいやされるであろう。しかし信仰を持たなければならない。そうだ、我が子よ、そして子どもたちよ、ここの聖地に来る多数の者たちが邪悪なものにとりつかれている。しかし悪魔は追い払われ、滅びの穴に追い返されるのである。ああ世界中の子どもたちよ、あなたがたの肉体と霊魂を清めなさい。浄化しなさい。告解をしなさい。自分は清いと信じこんでいる多くの者たちが捨てた、この大いなる秘跡にあずかりなさい。私のもとへ来なさい。私はあわれみと愛の神だからである。救いの神だからである。天にいる私たちは、あなたがたの祈りや願いを確かに聞いていることを確信しなさい。願っている恵みが与えられなくても落胆してはならない。多くの場合、私たちは、子供たちの霊魂に有益になるように、その願っている恵みを与えないものだ。彼らが求めるものは、神の栄光や救霊のためではなく、むしろ自己中心性からのものである。しかし来なさい。我が母の御心へ来なさい。あなたがたの救済や霊魂に有益なことのために必要な、いかなる恵みでも御母は与えてくださるであろうから。あなたがたに、永遠の御父より、又我が聖心より、そして私たちの愛の霊より、力ある祝福を与えよう。父と子と聖霊の御名によって。アーメン。では子供たちよ、祈りなさい。今日あなたがたを勇気づけ、力を与えるために『印』が来るように。それはあなたがたの信仰と信心によって来るのである。我が母に信頼し、確信を持ちなさい。
 ありがとう、我が子よ。悪魔が憑いていたあの者は、しばらくの間そうだったのだが − 彼は我が小さき息子である。おまえは我が母により頼まなければならない。そうすれば彼は悪霊の憑依から解放されるであろう。ここにいるかわいい子供たちよ、あなたがたを非常に愛している聖心より祝福しよう。我が母の印が与えられるように、今日は懸命に祈りなさい。父と子と聖霊との御名によって。アーメン。では子供たちよ。愛の祈りを続けなさい。

【 カナダ、トロントのナンシー・ノートンによる証言 】

 1986年10月13日、私はオーストラリアのナラウにあるご出現地において、償いの日の祈りのために集まった21人のカナダ人のうちの一人として、そこにいました。ご出現地の幻視者リトル・ペブルと、カナダの幻視者ブラザー・ジョゼフ・フランシス、及びシドニーのテレサ・カラルコとフロリダの「巡礼者の霊魂」という二人の神秘家は巡札団の最前列におリ、皆はロザリオの祈リをしていました。午後3時頃、かなり長時間太陽がまぶしく輝いていたあとで、私はあたりが何か暗くなったことに気づきました。私が上を見た時、空全体が今まで青であったのが、うす暗いどんよりとした色に変わったのです。これは太陽と何か関係があるのではないかと、そちらの方へ目を向けたちょうどその時、誰かが「太陽を見て」と叫んだのです。太陽は、とても狭い外側の輝くふちの部分以外は、まるで大きな白いホスチアでおおわれたように見えました。突然太陽は虹のようにまわりの輪をいろいろな色に変えて、それを放ちながら鼓動するように見えたのです。そして何度か、ものすごく速いスビードで左に回転したかと思うと、今度は右に回転しました。太陽の前に輝く十字架が現れた時の数秒間だけを別にして、このようなことを容易に見ていることができました。十字架の長さは、太陽の直径の約3倍ほどありました。十字架の輝きは目が眩むほどでした。一度私が太陽から目をそらせて礼拝所の方へ目を移した時、空に巨大な三つの黄色い光の輪を見ました。それらは礼拝所の上の前と、左にも右にも出ていました。その後、しばらくたってリトル・ペブルはロザリオを続けましたが、それから聖母を幻視してメッセージを受け、それを私達に繰り返してくださったのです。ブラザー・ジョゼフ・フランシスとテレサにも幻視があり、テレサはイタリア語で与えられたメッセージを繰り返しました。この間中、私は祈りとメッセージに集中しようと礼拝所の方へ顔を向けていましたが、断続的に言葉になった感嘆の大声が聞こえました。カナダの「涙を流す聖母」像の戴冠式の間、お祈りと聖歌は続けられました。それから曲がりくねった道を歩いて登りながら「十字架の道行のロザリオ」を唱えました。第12連のところあたリで興奮で声が大きくなったので、祈りは又中断されました。太陽がまた様々の色を放ち、回転しながら鼓動していたのです。道行のロザリオが終わってから、巡礼のほとんどの人は待っていたバスに戻るため帰りました。同行者の一人と私は、丘をゆっくり歩いておりましたが、その間も私は時々立ち止まって、動きや色に感嘆しながら太陽を注意して見続けました。驚いたことは、太陽がとても明るく見えましたのに、目に何も影響がなくずっと続けて見ていることができたことです。私達が礼拝所の所まで戻って来ると、一人の司教様が御ミサを捧げる用意をしておられました。その司教様も、司教様を手伝っておられた神父様も、胴から上は青白い光を浴びておられるように見えました。御ミサの間は、私は太陽を見ておりませんでした。しかし御ミサの後、数人の子供や大人が、御ミサの途中で太陽の中に聖シャーベルの顔を見たということを聞きました。
 一週間後、礼拝所の所に最後の別れを告げる時、私達は太陽の奇跡を再び目撃しました。バスが門から出る時、誰かが「太陽を見て! ゆれて回転している!」と叫んだのです。太陽の回転する速いスピードはこのとき特に私を魅了しました。もう一つ、つけ加えたいことは、10月12日に礼拝所のところで祈っている間、私達は最初の超自然的印を目撃したということです。太陽は青い空に明るく輝いておリましたが、雨がしとしとと5分間くらい降ってから、突然ふりだした時のようにやんだのです。その雨はお祈リの間、私達の上に注がれた御恵みを表していたのだと思いました。私はもっともっと大勢の人が信仰をもって、聖母に心を開き、選ばれた幻視者やメッセージを伝える方々を通して与えられる助言に従うように望み、又そのために祈ります。信じない人々に私は言いたい。「ご出現地に行って、自分の目で見て来なさい。求めなさい、そうすれば与えられる。捜しなさい、そうすれば見い出すのですから」

【 午後3時に聖母からリトル・ペブルが受けたメッセージ 】

リトル・ペブル:  聖母は小さな印をもって、太陽の中にしばらくおられました。この「印」は聖母からの、ほんの小さな印でした。今それは非常に青くなっています。

聖母:  親愛なる我が子よ、そしてここに集まっているかわいい子供たちよ、あなたがたの中の大勢の者が、太陽のうちに我が汚れな御心とイエズスの聖心を見る御恵みを与えられました。これは子供たちのための、ほんの小さな印にすぎません。まだまだこれ以上のものが与えられるのです。それは祈り次第です。よりいっそう祈れば祈るほど私とイエズスが与える「印」は大いなるものとなるのですから、あなたがたの信仰いかんによるのです。でも、その印の一部分をほんの一瞥しかできなかった者たちよ、がっかりすることはありません。それは、あなたがたが信仰を持っていないからではないのですから。ある印が子供たちに与えられるのは、その子たちの信仰を堅固ならしめるためです。ある子供たちには、すでにしっかりした信仰がありますから、別に何も印は必要ではないのです。ですから、がっかりすることはありません。より一層大いなる印や不思議なことが、この聖地に与えられるでしょう。我が愛のリトル・ペブルを通して、私があなたがたに与えている言葉を信じさせるために、大いなる印や不思議な業を与えましょうと私は言いませんでしたか? それは彼に与えている私のメッセージを信じない子供たちが大勢いるからです。多くの司祭や教皇までもが信じているのに、ほとんどの人々が信じないのです。しかし、この聖地をはじめ、全世界の全ての聖地で、印や不思議な事や恩寵が子供たちに与えられるでしょう。愛する子供たちよ、信仰をもって信頼しなさい。そして天にいる私たちが、あなたがたを愛しているのだということを忘れないようにしてください。今日は、息子イエズスのために私と一緒に祈るよう、ここへ来てくれたことを感謝します。これにより、イエズスは人類に御あわれみを垂れて下さることでしょう。

リトル・ペブル: 今、愛する兄弟、ブラザー・ジョゼフ・フランシスが聖母の側に立って微笑んでいるのが見えます。又イタリアのマリエッタも見えます。彼女は聖母の御前にいる喜びのうちに、私たちに加わるため再び来たようです。大勢の天使、聖人方も聖母と一緒におられます。聖母は、もし充分なお祈りを奉げるならば、もっとたくさんの印が与えられますとおっしゃいました。もっと懸命に祈りましょう。祈れば印を与えてくださるのですから。

聖母: 我が子よ、ブラザー・ジョゼフ・フランシスは、あなたに来たるべき時代のことでいろいろと話があります。それは私がイエズスと一緒に「たくさんの素晴らしい御恵みが、来たるべき時にあなたがたをはじめ、世界中の子供たちに与えられる」と明かしたからです。それゆえ、続けて祈りを捧げ、聖歌を歌いなさい。今日病んでいる者たちよ、あなたがたのうちの大勢の者がいやされるでしょう。これは、イエズスがあわれんでくださるからです。しかし、イエズスに感謝することを忘れてはなりません。一人だけがイエズスに感謝するために戻ってきた、あの十人のライ病者のようにならないでくださいね。

リトル・ペブル: 今回の聖母は「箱舟の聖母」の服装で、御手に美しい箱舟を持っておられます。今、空には聖母の後方に壮大な虹がかかっています。美しい色の大変大きな虹で、本当に素晴らしい光景です。今、聖母は箱舟を持ち上げて、「今、虹が輝いて現れているので、礼拝所の上方の写真を撮りなさい。ある写真では見ることができるでしょう」とおっしゃいました。つまり今日約束された、たくさんの「印」が写真に写るとおっしゃっておられるのです。

聖母: そうです。我が子よ、そして子供たちよ、天にいる私たちは、子供たちが、人類に与えているメッセージを信じるように、信仰を持つように、たくさんの「印」を与えます。今日のこの祝日に、スペインの『白い十字架』でも又、大いなる印が与えられるでしょう。ではかわいい子供たちよ。我が汚れなき御心と、イエズスの聖心よリあなたがたを祝福します。続けて祈ってください。そうすれば各々の霊魂のため、又多くの人のために、私たちは聖地に「印」を与えますから。それは祈り次第です。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

【 カナダ、ニュー・ブランシュヴィックの
ゲイル・ジョン・スティーブンスによる証言 】

 1986年の5月、私がブラザー・ジョゼフ・フランシスと、リトル・ペブルと一緒にファチマにいた時のことです。他に約42人の巡礼者たちもいましたが、私たちは聖母がブラザーとリトル・ペブルに数回ご出現になった時、そこに居合わせたという特別なお恵みをいただきました。ご出現の最中、小さな聖堂にみちた天の方々の現存は、そこに居合わせた人々も容易に証言でき得るほどに、まちがいないものでした。私たちがその地を去る前に、グルーブの中のある人々は、リトル・ペブルから、聖母は「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」なる御名でリトル・ペブルにご出現されて、全ての神の子らにメッセージを与えておられ、オーストラリアにあるナウラの聖地へ10月13日に行くようにとのお招きがあった、ということを知らされておりました。私は、ファチマヘの巡礼の七か月くらい前に、このご出現地のことを聞いたばかりで、ほんの少しのメッセージしか読んでいませんでした。しかしファチマでリトル・ペブルとご一緒させていただいたという経験を経て、私は、ナウラで起きていることは真に天からのものだということを強く感じたのでした。この時点において、私たちの天の御父の、より大いなる誉れと栄光のために、私は自分の心のうちを公然と申し上げなければなりません。私はイエズス様とマリア様の愛深きみ心を通して、神様へのより大きな愛に到達しようと、日々奮闘しているごく普通の信者にすぎません。私はまた10年もの長い空白の年月、救い主に背を向け続けていた大罪人です。ですからこのようなご出現のことを聞くと、霊を試すために非常に注意深くなり、その幻視者の周囲の状況から、どんな結果が出ているのかを見るために、非常に注意深く観察します。しかし同時に、私は自分の心を開き続けるように常に祈ります。なぜなら、もし神が世の子供たちに遣わそうとお選びになった人々の言うことに私が耳を貸さずに拒絶したならば、それは神の霊に反する重大な罪になるからです。以上のようなわけで、私はよく見て祈り、識別し、知恵を照らしてくださるように聖霊により頼むのです。仮に私達が何か邪悪なものの面前にいるとしたら、私達はそれを感じるものです。ある人々の前や、特定の環境において、非常に不快感を覚える時が日常生活においてあります。もし私達の周りに邪悪な力が働いているとするならば、私達は神の似姿にかたどられた被造物として、その悪を感じるはずです。これに関しては間違いありません。同様に、何か天からのものを前にする時、そのことを感じますし、それがわかるのです。
 私が説明したいのは、リトル・ペブルと一緒にすごした時のことです。事を進める前に、彼の同行者の一人となる恵みをいただいた間に、私が見て経験したことをまずお知らせしなければならないと思います。リトル・ペブルは一口で言えば「キリストの愛」を反映している方です。柔和さと優しさを兼ね備えておられます。お会いすると、すぐに好感を持ち、直ちにひきつけられます。その人のミッションを見る前に、その人自身をまず見ることが大事ではないでしょうか。助言を求めて何か言いたいような霊的に飢えた人々に囲まれている間でさえも、リトル・ペブルは兄弟、姉妹、隣人、友人、又敵にも手を差し伸べるというキリストの愛をもって、いつもそのような人々の人生にふれる時間を持っていました。彼のまなざしは常に招いていました。それはイエズスとマリアをもっと愛するようにとの招きです。仮に私が悪魔憑きであったなら、彼の目を直視することは、とてもできないだろうと思います。目は真に心の窓だからです。そして彼の目の中に、私は神の愛を見るのです。彼が語る時、それは素朴で穏やかであリ、知恵と識別の賜物にあふれています。大言壮語もなく、メロドラマや気取ったところも全くありません。自己を虚しくし、とても謙遜な神の道具であることがよくわかります。こんなことを申しますと変に思われる方があるかもしれませんが、彼と一緒にいる時はその周囲に充満している安心感があって、私はイエズス様かマリア様が彼の言葉や行いを通して私達皆に語り、教え、私たちを愛してくださっておられるような気がするのです。……
 こういうわけで今度はリトル・ペブルという人物を離れ、その使命を見てみましょう。その使命とは、全ての神の子らを一致させることです。イエズスとマリアはリトル・ペブルを通して、迷える子供たちにメッセージや教えを与え、この使命によって、私たち皆に天の避難所であり拠り所であるお二人の安全な聖心の港を差し出しておられるのです。 
 1986年の6月、リトル・ペブルからブラザー・ジョゼフ・フランシスヘの電話により、私はすべての人の心の元后である無原罪の聖母が、この私にも、オーストラリアにあるナウラの聖地へ行くようにとのお招きを与えてくださったことを知らされました。さて、まず第一にマリア様は私が行きたがっていたことをご存知だったのです。リトル・ペブルは知らなかったのですが、無原罪のマリア様はご存知でした! 私は自分ではオーストラリアまで行こうと試みることはしませんでした。というのも第一、その巡礼のためのお金がありませんでしたし、又、そのことに関してはファチマまでの二回の巡礼により、経験済みでしたが、私が行くことが神様のみ旨ならば、そういう知らせが(普通はブラザー・ジョゼフ・フランシスを通して)あり、その後必要なだけのお金の都合がつくはずでしたから。私が精一杯の信仰をもって、天の御父に全てを尽くして依り頼めば、必ず何とか都合をつけてくださるのです。ファチマまでの二回分の旅行のお金を誰にも頼んだことはありませんでしたのに、主は二回とも私と息子のための資金を、ある個人の方々を通して与えて下さったのでした。その方々を私は知リません。天のみご存知でしょう。しかし私はその方達の使いとして行かせていただいたのであって、私の心とお祈りの中に、その方々の意向や祈願をファチマまで持っていきました。……それはともかく今、私はオーストラリアに来たのです。この巡礼の旅行も、イエズス様とマリア様によって、ある匿名の方を通して可能となりました。私はナウラの聖地でその方のために祈リましたし、毎日のお祈りの中にいつも入れさせていただくつもりです。
 ともかく1986年10月13日、オーストラリアにあるナウラの聖地で何が起こったのでしょうか? 私は実際、何を見たのか? それをお話しましょう。その朝はとても良いお天気で、大変暑かったのでした。『償いの日』のために大勢の巡礼者が来ておりました。この日は祈りの日で、そのお祈りは全世界の人々の罪の償いのため、教皇様のため、聖マリアの汚れなき御心へのロシアの奉献のため、罪人の回心のため、そして煉獄の霊魂のために捧げられるもので、朝6時から始まり、夕方6時に終わるのです。バスが着き、人々がおりてきました。ある人々は愛と信仰をもって来たのであり、また、あざけり笑う人々で好奇心のみの人たちもおりました。私はカナダとアメリカからの巡礼団の中にいました。そのグループは約40名ほどでした。私たちはすでに聖母のメッセージを読んでおり、その中でマリア様は10月13日にナラウの聖地で『印』が与えられる、とおっしゃっておられましたので、そのために来たのです。私達は午後少し過ぎまで祈りました。御ミサがあり、ロザリオを唱え、3つの奇跡のご像の行列がありました。三つのご像とも涙を流すもので、十字架と、奇すしきバラの花の聖母像と、カナダの聖母像でした。箱舟の聖母がリトル・ペブルを通して素晴らしい愛のメッセージをくださった数時間の後、私達は聖地をあとにしましたが、皆とても暑くて、ぐったり疲れてしまいました。聖母は、お祈りを増やすと「印」が与えられるでしょうが、全員が見えるというわけではない、とおっしゃっいました。
 短い昼食後、私達は午後3時ごろ、正確な時間はわかりませんが、たぶんその時刻だったろうと思います。聖地に戻リました。空全体は、それまで晴れあがっていたのですが、この時太陽が隠れてもやがかかり、気温は非常にしのぎやすくなったのです。私が聖地に足を踏み入れるや否や、人々が明らかに騒いでいるのがわかりました。大勢の人が空を見上げて、そこに起こっている異変を見守っていました。それから私は太陽が輝き出るのを見ましたが、空のそこのところだけが輝いていたのです。そこ以外の空はまだもやに包まれていました。突然一人の若い男性が興奮して叫びました。「マリア様だ! ほら、そこに! そこにいらっしゃる! 見てください!」 今やこの時点で皆、空を見ようと向きを変えていました。突然、太陽はまだそこに出ていたのですが、少しも目をしばたたかずに確実に眺めていることができたのです。それからはっきリと見たのですが、太陽のまわりの空が白くなり、太陽はコマドリの卵のように青くなったのです。太陽はふるえ、空で踊リました。太陽の周辺は琉珀色のもやがかかり、その外の輪はバラ色でした。そこ以外の空もバラ色でした。太陽から目を離してまわりを見回すと、木々は美しく青とピンクの光で染まり、私達は虹色に包まれていました。この現象は約10分間続きました。たぶんそれ以上だったと思いますが、とにかく10分後くらいに私たちは聖母のご依頼どおリに、続けてお祈りをしました。
 信じるための「印」は私には必要ではありませんでした。しかし、太陽が踊ったという美しい「印」を見せてくださったことに対してイエズス様とマリア様に本当に感謝いたしました。私は又、その日撮った、たくさんの奇跡的な写真も見ました。私はそれらを確かに奇跡的だと思いました。しかし、私自身にとっては、オーストラリアのナウラから出る真実を、明白に人類に語っている別の「印」がありました。それは心と霊魂の回心、そして神の母なる聖母が、私たちが巻き込まれている今の暗闇の時代の中にあって、子供たちに指図し、導くために地上に来てくださっていることを信じた小さな霊魂たちに、深くしみとおる兄弟愛の「印」でした。「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」に従っている人々のうちに私が見た暖かさ、愛、親切なもてなし、奉献、委託などが真実を物語っているのです。それはイエズスとマリアの毅然とした、深く、ゆるぎない愛を語っていました。この人々は、ナウラで天が語っておられる言葉を信じない、同じ信仰に属する人々たちから迫害されておリます。そのような哀れな人々というのは頑な心をもった、見ようとしない盲目の人であり、聴こうとしない耳の聞こえない人だと思います。
 「印」つまり奇跡は、たくさんの人々が罪という、苦痛の原因となった快楽の世界を捨てたこと、福音で教えられた掟をまことに生きるために、家族が和合一致したことでした。これらのうちで最も大いなることは、イエズス様が私たちを愛してくださったように互いに愛し合うというということです。イエスズはその御血も命も死をも、私達のために与えてくださったのです。私達はそのイエズス様にほんの少しでも何かして差し上げられるでしょうか? これが「箱舟の聖母」に従う人々のうちに私が見た愛の「印」でした。彼らは何もかも後ろに投げ捨てて、生活を完全に変え、まことの「キリストの共同体」となったのです。現代の人間が生きている忙しい熱狂的な競争の中では、私たち皆に語りかけてくださる神の声に耳を傾けるひと時など決してありません。人間が真実を遮断し、人間主義という偶像崇拝をなし、全てにおいて最初から最後まで「自分」だけという現代社会において今、イエズス様が子供たちをご自分のもとに連れ戻そうと、汚れなき御母を世界中にお遣わしになっておられるということは必然的です。聖母はご聖櫃の中で見捨てられておられる孤独な御子のもとに子供たちを連れ戻されるのです。聖母は祈り、特にロザリオの祈りへと子供たちを連れ戻されるのです。聖母は私達が御子のご受難をよく考えるように、また御愛と御悲しみをもっとよく理解して、それらに感謝するようにと頼んでおられるのです。聖母は、愛を求めて世界の路地や都市中をあてもなくさ迷う子供たちを愛し、指導し、守るように父親や母親を家庭に連れ戻されるのです。彼らは皆、神を求めているのですが、そのことを知らないのです。
 私はオーストラリアにあるナウラの聖地で、ご出現になっているところへ来させてくださった聖母に感謝いたします。そして最も取るに足らない下僕へのイエズス様とマリア様の最もあわれみ深い愛に対して感謝いたします。また、お二人の全ての子供たちが悔い改めて、心の痛みも悲しみも打ちのめされた生活も、いやされ、真の光の子らとしてお二人と共に歩くようにと招いておられる創り主、主なる神の御声に耳を傾けるように、祈り求めます。
















1988年2月13日、リトル・ペブルが「今、写真を撮るように」というのを聞いたあるワーカーによって撮影された。その連続写真には、主が太陽から出てこられ、人々の方に向かっておりてこられる様子が写っていた。その中に十字架が形成され、そこから光が輝きだし、祈っている全ての人々の上を覆った。それは木のてっぺんに到達した時、向きを変え、太陽に向かって昇って行き、見えなくなった。

アイルランドのダブリンで、「リトル・ペブル」とアメリカのテキサス州の幻視者「トランペッター」の講演中に撮影された写真。「リトル・ペブル」は背をカメラに向けており、「トランペッター」は聖母のイメージで覆い隠されている。これはフィルムを現像したとき、はじめてわかった。



ファチマの奇跡。1988年5月13日、ベルナール・プルヴィーという少年が「リトル・ペブル」によって癒された。家族は大いに喜んだ。(第十三章 参照)

1989年8月13日、ある恵みの霊魂によって撮影された巡礼者たちの写真。白い十字架が写っていた。 聖なるグラント・ダフィー(1961年3月10日〜1984年1月14日) 聖なるグラントは大警告の前に復活するでしょう。彼は現代の使徒で、彼の使命をもってリトル・ペブルを助けるでしょう。

第七章 教会が意見を述べる
 当時、ウォロンゴングの司教であったウィリアム・J・マーリ司教から、カトリック・ウィークリー誌に、以下の記事が出されたのは1986年3月5日のことでした。
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『リトル・ペブルは教会の認可を受けていない。マーリ司教は意見を述べる』
 リトル・ペブルと彼の支持者たちが続けている行為によって多くの良い人々が相変わらず誤りに導かれ混乱しています。ウォロンゴング教区事務所とカトリック・ウィークリー誌が、教会の公式の立場からの声明を出してほしいという多くの声がありましたので、私たちは「リトル・ペブル」についてのマーリ司教の声明を公表します。
「祝された乙女マリアに対する強い真の信心が、彼女の汚れなき御心の保護を喜びとするこの教区の人々を常に特徴づけて来ています。数年前の私たちの教区マリア会議への反応がこの信心の典型的な例でした。この信心が皆さんの間で続き、そして増していくことは、私の熱心な願いであり祈りです。しかしそれと同時に「幾世紀を通じて教会の教導権によって推薦された通りの彼女(マリア)に対する信心の実践」(LG57)の中で常にその表現を見たいというのも私の熱心な願いであり祈りです。それ故、私が、深刻な精神的動揺を多くの人々に引き起こしているあることについて皆さんに書くように強いられると感じるのは、祝された乙女に対する真の信心を保ち、神の民のメンバーたちの信仰を守るためです。

『教会の判断』
 教会の教会法の改定された規則の823条はこう述べています。「信仰と道徳の完全性を保護するために、教会の牧者は、それを書面で、または社会的コミュニケーションの手段を用いて確認する義務と権利を有する。それはキリスト信者の信仰と道徳に悪い影響が及ぼされないためである。信者の書いたものが、信仰と道徳にかかわる問題に触れる場合、牧者たちはまた同様にこれらの著作を彼らが判断できるよう提出させる義務と権利を有する。その上さらに真の信仰と良い道徳を害する著作を非難する義務と権利を彼らは有する」 リトル・ペブルと自称する、ある人物からの書き物としての通信を、皆さんの多くが受け取ったり、現在でも受け取っていることが私の知るところとなりました。彼の主張によれば、これらの通信は祝された乙女マリアによって、そして私たちの主ご自身によってさえも、彼に与えられたメッセージを含んでいます。

『常軌を逸した行動』
 これらのメッセージを受け取った人々の側から、またはそれらを受け取った人々の行為によって動揺させられた人々の側から関心が高まってきましたので、私はそのメッセージを神学の専門家に検討させました。この検討からの神学的助言は、リトル・ペブルと自称する人物によって出されたメッセージには、何ら超自然的重要性を認めることはできないというものです。さらにその「メッセージ」は、超自然の現象と主張されるものの真正性を判断するために教会によって用いられる基準に照らし合わせて試験すると完全に落第であるということです。

(1) それらは聖書および神の御言葉の教会の公式の解釈と一致していません。
(2) そのメッセージは家族や共同体における分裂の原因となっています。この
旨の報告を私は多数受けてきました。これはそのメッセージが天に由来する
ものではないという、一つの明白な印です。
(3) そのメッセージは、人々に、彼らの神の知識と愛について確信を持たせる
よりはむしろ、センセーショナルなこと、異常なこと、そして恐ろしい予言
に集中していることで恐怖をかき立てています。
(4) メッセージを受け入れた人々の多くは今、常軌を逸した行動で他のキリス
ト信者の動揺を引き起こしています。
(5) そのメッセージの中で求められている信心の実践は、私の承認も、それら
が行われている教区の教区司祭や聖職者の承認も得ていません。
(6) そのメッセージには、以下の内容が含まれることが見いだされました。
 (a)矛盾。
 (b)成就しない予言。
 (c)キリストによって建てられ、マリアがその母である教会によって認められ
   ている聖体の受け方に関する、いくつかの慣習への非難。

『悪意のない犠牲者』
 これらのことに信仰と道徳はかかわっていないと主張することは、現実に直面することへの拒否を示すものです。私は、リトル・ペブルによって広められている祈りや信心に参加してきている多くの人々が、全くの良い信仰でそうしていることを認識しています。私はいかなる点でも、このことで彼らを非難したり批判したりすることを望みません。彼らの誠実さ故に、彼らの祈りは私たちの主と彼の祝福された母に受け入れられてきたことを私は確信しています。しかし、これからは教会から公式に認められた信心だけに参加するようにと彼らに強く忠告します。上記の「メッセージ」の著者は、悪意のない、自己欺瞞の犠牲者で、彼が他人を誤りに導こうと故意に努めているわけでないという可能性を、私はすすんで受け入れますが、それでもなお私はこれらの「メッセージ」が本物ではなく、それらの内容は信者によって真剣に受け止められるべきではなく、それに従って行動するべきではないと主張せざるを得ません。

『私たちの母マリア』
 また「リトル・ペブル」と自称する人物によって、教会の承認なしに、かつ教会の権威を無視して広められている、いかなる信心にも信者は参加すべきではありません。キリストにおける愛する兄弟姉妹たちよ。永遠に向けてこの人生をたどる私たちの巡礼は信仰の旅です。「見えない事実を確認すること」(ヘブライ人への手紙11:1)によって支えられる信仰です。それは、奇異でセンセーショナルな現象によって支えられる必要はないのです。今、私たちは信仰の精神のうちに私たちの母マリア様に近づきましょう。なぜなら私たちは彼女の息子かつ私たちの救い主の、私たちの世界の中への誕生を祝う準備をしているのですから。
 マリア様は神の彼女に対するご計画の詳細なビジョンを常に持っていらっしゃったわけではありませんでした。彼女の生涯は信仰のうちに過ごされました。深く強い揺らぐことのない信仰と神への信頼です。それはひとえに、彼女が信仰における私たちの模範になるようにという理由からでした。そのように強く全面的な彼女の信仰が、彼女をして多くの困難な瞬間、疑い、不確定性、悲しみを切り抜けさせなければならなかったのです。彼女が、彼女のような信仰をいつでもどんな状況でも持てるように私たちを常に助けてくださいますように。

ウィリアム・E・マーリ
ウォロンゴングの司教
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 そこにはまた、もう一つの記事があり、次の見出しで始まっています。

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『バチカンは言う。カムは司教に留意せねばならない』
 リトル・ペブルと自称する者のバチカンへの最近の非公式の訪問の後に続いて、聖座の国務高官が以下の声明をローマ教皇大使バルバリート大司教を通してウォロンゴングのマーリ司教に出した。
「私は次のことをマーリ司教に通知するよう、あなたにお願いする。4月にカム氏は教皇に水曜の一般謁見の際に会い、そして他の信者とともに教皇の個人用聖堂での私的ミサにあずかった。それでも彼は教皇の側からは彼の主張する『幻視』についていかなる認可も得てはいない。したがってカム氏は、彼の司教の裁治権に従い、そのすべての指示に従わなければならない。教会法により、司教が出現と主張されるものに関することにおいて判断し統制する直接的な責任を負っている」
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 また別の記事がマーリ司教の反対の手紙が公表された後で出されました。1986年3月17日、シドニー・モーニング・ヘラルド紙は発表しました。「パパ様の話。ペブルに関する見解! − バチカンはその国務長官を通して、異例のステップでパパ様の支持を得ているという主張に正式の否定を表明」 1986年7月1日には、ザ・デイリー・テレグラフ紙が記事を出しました。「治安判事が乙女マリアの地について裁定する。開発許可を必要とするとスタイン治安判事は語る!」 1986年7月15日、ザ・イラワラ・マーキュリー紙は次の見出しの記事を出しました。「ペブル。世の終わりの預言者!」

【 再度、パパ様に会う 】

 1987年の1月に、メルボルンの聖アウグスティヌス教区ホールで講演するために私はビクトリア州に旅行しました。私は長時間にわたって約二百人の人に話しました。これはビクトリア州での私の最初の講演でした。そして、質問の特徴によって、そこにはカリスマ運動の影響が存在することに私は気がつきました。この旅から帰って、家に長くいないうちに、マリア様は、幾人かの幻視者を通して、(その中にはポーランドの幻視者ビエルナツキーが含まれています)私に再び外国へ行くように指示なさいました。ビエルナツキーは彼の国の有名な幻視者であり、彼自身の司教によって認可されており、同様にポーランドの50%の司教たちからも認可されていました。彼は、最近ローマへ行き、そして私のために、私が1月17日にパパ様と会えるように手配したと私に伝えました。それで私は直ちにローマに飛びました。私は自分自身で、この指示の確認をマリア様にとりました。オランダのセシリアという名前の若い幻視者も、私にローマに行くようにという指示を送ってきました。マリア様は、いくつかのことについて、私がパパ様と会うことを望まれました。その一つは、私がウォロンゴング教区で直面しているいくつかの問題でした。
 私たちはローマに飛び、24時間の飛行の後、1月21日水曜日午前6時につき、できる限り早く税関を通過し、バチカンまでの道を進みました。そこでは午前11時にパパ様がミサをお立てになる予定でした。広場の巨大な群衆とともに集まっていた私たちの一行の全員が、裏に私の名前と住所と連絡のための電話番号を書いた小さなホテルカードを持ちました。私たちが目指したのは、何らかの方法で私たちがここにいることをパパ様に知らせることでした。私にはパパ様の頭上にマリア様が見えていました。巨大な群衆の前に出るために、むりやり道を開こうと、私たち四人は何とか努力して成功したのです。遂に私はパパ様の頭の近くに私の腕をどうにか伸ばすことができ、そしてパパ様は私のメモを受け取りました。その後、私たちがバチカン当局者に会うよう取り計らわれました。私たちはオーストラリアでの私たちのいくつかの問題を約1時間話しました。後ほど私はまた別の御出現地を訪問し、そこでメッセージを受けました。それは後に地方紙に詳しく書かれました。
 ローマに戻り私たちは若い幻視者セシリアに会いました。彼女は両親に連れられていました。彼女の父は脳腫瘍で死が間近で、セシリアはマリア様に父を癒してくださるかどうか尋ねました。彼女は「リトル・ペブル」が彼を癒すと告げられました。私が彼女の父に会った時、私は彼を祝福しました。そしてこれが、天から私に与えられた癒しの賜物を使うことを許された最初の時でした。癒す恩寵はレバノンで永遠の御父から聖シャーベルを通して与えられていました。三回後、その腫瘍は消えていました。
 私たちのホテルで私たちの主とマリア様はいくつかのメッセージを与えてくださいました。私たちが全く予想しなかった他の幾人かの幻視者もそこにいました。私たちはどうにかパパ様の水曜日の一般謁見のチケットを手に入れました。そしてこの日、私は私の聖シャーベル修道会の修道服を着ました。私はサンピエトロ広場で一人の司祭から、彼とともにミサを立てたいですかと聞かれ、まったく面くらいました。私は「いいえ、今のところは」と返事をしました。私たちは、謁見場に入ると、わかったことはただ、私たちが持っていたパスはパパ様から遠い範囲に私たちを置いておくということでした。別の一行を通すために一人の警備員がひとつのバリケードを引き上げた時、私たちにチャンスが生まれました。私たちのグループは彼が背中を向けている間にすり抜けて、なんとか努力していると、気がつくと最前列に出ていました。ふたたび私はパパ様に話すことができました。パパ様にマリア様の望みを果たすように求め、聖母の偉大な業の進展を妨げないようにとお願いしました。パパ様はショックで顔が白くなり、非常に不安そうでした。私はその時、パパ様にマリア様からの個人宛てのメッセージを渡し、そしてパパ様は進んでゆかれました。
 この時までに、警備隊は、私たちのミッションに気がつき、私たちを通すまいとすべての通路をふさぎました。ローマでは私たちはこれ以上どんな成功も収めることができませんでした。パパ様御自身は、天が私たちを送ったことに気がついていらっしゃいました。というのはマリア様がそう彼に告げておられましたし、彼に「箱舟の聖母」の自分の出現を認可するようにと頼んだのですから。パパ様はショックを受け、そして恐れました。なぜなら預言には、パパ様がリトル・ペブルに会い、その御出現を認める時、教会は分裂するとあるからです。そのような禍いに直面し抜くことができないので、パパ様は彼自身がこれをもたらすきっかけになることができず、この問題を回避しました。

【 フィリピンへの旅行 】

 1987年に私は私の友人アルバート・クックとフィリピンに旅行しました。イロイロ市の私たちの良きプロモーター、ヴィンセント・モンテジャーが私のために数回の集会をアレンジしてくれました。私は日本経由で到着しました。そしていつものように飛行機酔いでひどく苦しみました。眠れなかったし、ほとんど食べもしなかったので私はとても疲れ果てていました。この日本への最初の旅行は、メリノール会司祭、レオ・スタインバック神父によって計画されました。彼は良い、そして聖なる人でした。
 私は正午頃マニラにつきました。空港には数千人の人がいました。ある人々は「歓迎リトル・ペブル」と書いた巨大な横断幕を持っていました。それは全く驚くべき光景でした。そしてこの美しい国でのマリア様のミッションの広まりを私に悟らせるものでした。ホテルへの渋滞した道を縫うように進むのに数時間かかりました。つい最近、マルコス大統領を退任させるクーデターが起きたばかりで、市はコラソン・アキノ大統領の新しい政権の下で、正常に戻ろうといまだに努力中でした。政府は、それまでのところは円滑には機能していませんでした。しかし到着後すぐに私は、ザ・ホーリー・スピリット・コントロール・コミュニティーと呼ばれる場所にさっと運ばれました。そこで私は政府官僚と下院議員たちに会いました。一人のアメリカ軍の司令官がこのグループにいて、最近の政治的出来事について心配していました。そして私に彼の軍の展開についてアドバイスを求めました。私は彼に、それについて祈りなさいとアドバイスしました。
 その次の日、私は教会の中で、大統領の義母のラネット・アキノに会いました。私は大統領に渡すべきマリア様からの指示を彼女に手渡しました。マリア様は議会でロザリオを唱えるように命令なさいました。そして聖母は大統領に、幾人かの下院議員について、彼らが共産主義に傾いているので取り除くようにとアドバイスなさいました。もともと私の意図はアキノ大統領と会合を持つことだったのですが、私の詰まったスケジュールのせいで、それをアレンジすることができませんでした。しかしながら、その時のマニラ大司教区の大司教代理ジョゼフィーノ・S・ラミレス神父と私は会いました。私は神の母からのシン枢機卿へのメッセージを持っていました。そして私は、私に代わって届けてくれるように彼に頼みました。聖母のメッセージの中で、私たちの聖なる母は枢機卿に、聖母が聖体と聖母自身の像でマニラの街路を行列するよう望んでおられました。もしこれが行われたならば共産主義はフィリピンから駆逐されたはずでした。
 私のイロイロ市でのスケジュールには、市の会館内の知事宅で知事と会うことも含まれていました。それにはマスコミも招かれていました。私たちの一連の会話の間に、知事は私に、彼が彼の地位にとどまるべきか、または辞職して国会議員に立候補するべきかマリア様に尋ねてほしいと求めました。というのは、そうする機会が巡ってきていたからです。私は彼へのマリア様からの答えを受け取りました。マリア様は彼に国会議員には立候補しないように、なぜなら彼は落選するでしょうからとアドバイスをなさいました。私はフィリピンで他にも多くの重要な人々に会う機会を持ちました。そうしてマリア様のミッションをプロモートする機会を持ちました。それらのことについて、私は、ヴィンセントと他の支持者たちに感謝します。彼らは神の聖なる業をプロモートするために非常に懸命に働いてくれました。私たちはまた、帰る途中で、日本とシンガポールを訪問しました。

【 日本滞在中にリトル・ペブルに与えられたメッセージNo.269 】

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1987年2月7日(初土曜日)
聖母からのメッセージ(東京)
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( ロザリオの第3玄義を終えてのち……)
リトル・ペブル: 天使たちは、すでに聖なるロザリオが始まってから、ずっとここにおられ聖母マリアが通られる道を準備しています。今、6位の天使たちが、天上の白い部分と壁の近くにおられます。空の大変高いところから、大変大きな光が来ています。私は、ある一位の大きな天使が、たいへん背が高いのが見えます。天使は光で道を照らしています。天使は手に十字架像を持って、前進します。他の六位の天使らは、三位は右に、三位は左に整列し、道を開けます。例の大きな天使は左へ行き、ひざまずき、十字架像を持っています。その十字架は3フィートぐらいの大きさです。今、天使らは全てひざまずきます。私は今は、たいへん美しい輝かしい光が見えます。聖母はたいへん遠くから私たちにゆっくりと近づかれるのを私は見ることができます。
 聖母は美しい雲の上に立っておられ、歩かずにすべるように乗ってこられます。聖母は、天井にたいへん近くに近づいています。聖母はいままで見たことのないような異なった衣をお召しです。しかし、それはたいへん美しいものです。聖母は青いタイト・マントを肩からはおり、大変長いマントを頭からかぶられています。聖母はリボンのついた黄色のガウンをきておられます。日本人によく見られたような、美しいリボン(帯)を前につけておられる。聖母は長い深い袖をお召しで、それは青でガウンは黄色です。それは大変絵のようで美しい。今、聖母は私たち皆を見回わしています。聖母はほほえまれており、右手には美しい真珠のロザリオの珠をお持ちです。聖母は頭をかがめ、今私たちを見ておられます。聖母はロザリオの珠をつかみつつ、十字架を唇に置かれます。

聖母: 私は、私の甘美な子供であるあなた、愛のリトル・ペブルを祝福し、ここに出席している私の甘美な子供たち、私の愛する日本の子らを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。私は、私の汚れなき御心と御子の聖心から日本の人々にあいさつを送ります。
 私の愛する忠実な僕たちよ、私の言葉をあなた方の国中に広め続けなさい。あなた方はこの国にとって、御子イエズスのたいまつを運ぶ者であるということを忘れないで下さい。まだ多くの人々が御子イエズスの信仰に改心しなければなりません。あなた方、この仕事のために選ばれた私の子供たちよ、私はあなた方を私の汚れなき御心において抱擁し、私があなたがたを母親として愛しています。この社会において、キリスト者としてしっかりと立ち上がり、そしてキリスト者として数えられることを恐れないで下さい。なぜなら、あなた方の光は全ての人々のために、御子キリスト・イエズスはいと高き主、全能の天主である、と見えるように輝かさねばならないからです。私はこの国の人々を、力と勇気を与えるために、希望と慰めを与えるために祝福します。恐れないで。私は常にあなた方と共に、最後の時までさえも、あなた方を保護するためにいるからです。願わくは御子から来るこの祝福が、求められた聖籠をあなた方に与えるために。父と子と聖霊との御名によりて。ア−メン。
 私は、私の司祭の息子たちにあいさつします。私の汚れなき御心に真に奉献された息子よ、常に御聖体のうちにまします御子イエズスを保護しなさい。そして強くありなさい。なぜなら、私の子らよ、あなた方もまた来たるべき試練と苦悩の日々に、大いに迫害されるでしょうから。なぜなら、あなた方は真理の印、勝利の印、すなわち十字架に釘づけられた主イエズスであるからです。あなた方はいつでも永久に、私の汚れなき御心においてあると確信しなさい。私は必要とされる力と、勇気とをあなた方に与えるために、御子イエズスの御名において祝福します。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。
 日本の私の愛する子供らよ、今、まだあなた方に時のある間に、天主に立り帰りなさい。この国に関して預言されてきた通り、この国の多くの島々は海中に沈むでしょう。あなた方は恐れる必要はありません。信じる人々は多くの天罰から保護され、救われるのです。その天罰は、この国の多くの子らが御子を拒否してきたため、また【将来】多くの子らは御子を贖い主、世の救い主として受け入れないために、この国のために計画されているのです。そのためにこそ永遠の御父は、この国土を打つでしょう。しかし、信じる人々は救われます。甘美な光の子らよ、まじめに、熱心に祈りなさい。そうしてこの希望のメッセージをこの国の子らに伝えなさい。そうすれば、この国の全ての人々は、楽園の御国において永遠の御父と共に交わるでしょう。甘美な日本の子らよ、私はあなた方を全て祝福します。私があなた方の母であることを知りなさい。なぜなら私は全ての国民の母、あわれみの母だからです。御子イエズスから来るこの祝福が、光と愛をもたらしますように。父と子と聖霊との聖名によりて。ア一メン。
 イエズス・キリストの平和が、あなた方全てとともにあるように。さあ、私の甘美な子らよ、ロザリオの祈りを続けなさい。私はあなた方と共に祈りましょう。私はこの祈りを御子のところへ持っていきましょう。それは御子があなた方の上に祝福して下さるためです。…… ( ロザリオの第四玄義が始まる。……)

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1987年2月7日 日本(東京)
聖シャーベル祈りの家で、聖母によってリトル・ペブルに与えられたメッセージ
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リトル・ベブル: イエズスは数分前にここに来られました。主は、すぐそこ、およそ1メートルほどのところに立たれています。私は、主が私のためにこれらのロザリオに接吻してくださるかたずねました。時のため、時が短いために皆さんには見えませんが、天使たちは私の手よりロザリオを取り主の前におきました。皆さんには見えません。聖母はまだ来られていません。今、主の右側には聖ヨゼフがおられ、左側にも聖シャーベルがおられます。主は、聖母は大変忙しいので後に来られると言われました。

主: 我が子、私の愛のリトル・ペブルよ、そしてここにいる私の甘美な子らと平和の家の代表者なる子らよ、私はおまえたちを祝福する。平和の聖人、私たちの愛する聖シャーベルを通して、私の聖心の平和があるように。

リトル・ペブル: 聖シャーベルは今ほほえんでおられます。

主: 私の愛する子らよ、天の聖人たちと一致して祈るために、そして更に、汚れなき我が母マリアと一致して祈るために集まってくれたことに感謝している。今夜全世界で唱えられるこの祈りは、無数の霊魂たちを救った。いつか、おまえたちが天国に達した時、おまえたちは自分の祈りを通して、何千もの霊魂を救ったということを知るだろう。また自分の祈りを通して、より大いなる天罰が和らげられたということもだ。もしおまえたちが世界中でこれらの聖シャーベルの祈りの家を通じて祈り続けるなら、多くの大天罰は更に和らげられるだろう。それで私は日本にいる私の子らと世界中の子らに、祈りにおいて一致し続けるようにと励ます。なぜなら、私の聖母のこの祈り、すなわち聖なるロザリオをもって、勝利は天のものとなるのだからだ。この地上の子らにとって時はたいへん短いものでしかない。それで永遠の御父と私のいとも聖なる母、汚れなきマリアに仕えることで、時をうまく使いなさい。行って病気の人と貧しい人を探しなさい。特に病んだ霊魂を持っている人々を。自分の国、自分の家族、そして世界中の兄弟姉妹のところに接して、永遠の御父が人類に与えられた愛とあわれみの福音を彼らに教えなさい。
 しばしば聖なるロザリオを唱えなさい。この祈りは三位一体の天主のみ前で、大変強力だからだ。光のうちにしっかりと立ち、おまえたちの主にして天主なる私がおまえたちを保護し、全ての悪より守るということを知りなさい。私は甘美なる子ら、おまえたち全てを、お前たちを愛している至聖なる聖心から祝福する。お前たちは全員、私の聖心に十字架の印と共に、すなわち、贖いと救いの印と共に書き込まれている。私は日本の子ら、韓国(朝鮮)の子ら、中国、台湾、私をまだ知らないこの地域の全ての子らを祝福する。お前たちが、私が天主の子であると信じていようといまいと、お前たちはみな私の子供である。私はお前たちをみな同じように愛している。私は、今お前たちを永遠の御父と光の霊から祝福する。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。
 私の光の小さな息子よ、前進し続けなさい。お前は私の岩であり、私の子よ、お前を通して多くの霊魂たちは信仰にたち戻るだろう。私は羊らを一つの群れのもの、一人の牧者のもとに集めるために、世界中にお前を遣わした。恐れないように。私がお前の盾であり、お前を導く光であるから。

リトル・ペブル: 今、遠くから聖母マリア様が来られるのが見えます。聖母は無数の天使たちをひきつれて、光の球につつまれて来られます。聖シャーベルが主のとなりに立たれ、イエズスとマリアとのまわりは全て多くの聖人たち、「聖シャーベルの祈りの家」の諸聖人方がおられるのが見えます。無数の、何千もの聖人がたがおられる。みんな大変幸福そうに見えます。そして彼らのうしろには無数の天使たちが見えます。更に聖ミカエルが空を真直ぐに横切って翼を伸ばしておられるのも見えます。聖ミカエルは地球自身程の大きさです。非常に巨大で、巨大な剣を持っておられる。今、聖ラファエル、その隣りに聖ガブリエルも見えます。すばらしい。
聖母: 私の子よ、ご覧なさい。地上の私の子らを守る天の全ての聖人達と天使達です。

リトル・ペブル: 今、聖母は少し前に進まれます。聖母は今回は白を召されています。腰のまわりには、ルルドの聖母の象徴である青い帯をしておられます。聖母はロザリオを、十字架像を手にとられ、十字架に接吻されます。

聖母: 私の甘美な子と私の甘美な子らよ、私は父と子と聖霊との御名によりて、あなた方を祝福します。アーメン。
 今晩の私の言葉は非常に短いものです。私は今、私と私の御子が世界に『人類にとって時は短いこと、そして私たちの全ての子らに一つの家族として一致するように、祈りと犠性において一致し、自分たちの罪の償いをするようにお願いするメッセージ』を与えるために現われる多くの出現地に行かねばならないからです。
 甘美な子らよ、お願いです。天の私たちはあなた方を愛しており、私たちは誰一人として永遠の破滅へと失われることを望んでおらず、かえって私たちは、全ての子らが救われるように望んでいるのです。それは、全ての子らが、彼らのために時の始めより備えられている天国の楽園に来て、私たちと共に生きるためです。私の愛する子よ、今朝、そして今日の午後に告げた通り、あなたは今、夜の間、私と共に世界中の多くの場所に旅しなければなりません。私の子とここ御子イエズスの御前にいる私の甘美な子供たちよ、私はあなた方皆を祝福します。御子の平和があなた方全ての上に、永遠の御父において聖霊の愛とともにふりそそがれますように。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。

リトル・ペブル: 聖母が十字架の印をしているように、主もそうなさいました。主の右うしろに、空のかなた上に、純白の玉座に座しておられる永遠の御父がましまし、御父も十字架の印をされました。聖霊は御父と御子との間を舞い、その聖霊から一つの輝かしい白い十字架があらわれ、全ての光線が私たち皆にふりかかりました。聖ヨゼフと聖シャーベルは、今、祈りを続けるようにと私たちに指示されています。二人はしばらくの間だけですが、おとどまりになります。その間イエズスとマリアは別の聖シャーベルの祈りの家々ヘと行かねばなりません。おやすみなさい、イエズス様、マリア様。 イエズスとマリアは自分たちが次の祈りの家に行く前に、全ての嘆願を今、永遠の御父へと持っていくと、ちょうど言われたところです。みなさんの祈りをどうぞ続けて下さい。

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1987年2月8日午後 日本(静岡)
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リトル・ペブル: 七位の大天使たちはそこにずっと立っておられ、一つのたいへん美しい白い十字架も立っています。その十字架は空の非常に高いところにあります。非常に美しい白い十字架です。今、イエズスとマリアはここ、ちょうど天井の上に立っておられ、イエズスは紫のガウン、しばらく私が見ていなかったガウンを召されておられ、聖母も紫のマントをはおられ、黄色の服を召されて、腰には紫の帯をしめておられます。イエズスは私にある一つの風景と、富士山の風景とを見せて下さっています。

主: わが愛する子よ、ご覧。

リトル・ペブル: 富士山の上に非常に輝いている白い十字架が見えます。

主: 私の愛する子よ、日本の人々の救いのために、私がこの国を罰する前に、私は彼らがこの雄大な山の上に、この輝く白い十字架を見ることを許そう。日本の人々が改心し痛悔するために十字架が輝いて一週間後に、この雄大な山は崩壊し、それと共に幾百万人もの生命を奪うだろう。私に属している子らは、その時が来るとき、この地域から逃げるように、私の聖なる天使らに忠告されるだろう。私はこれを私の愛する子らに対しては警告の印として、また私が天主の子であると信じない人々に対しては警告として与える。そして自らの衣を汚し清く保たなかったカトリック信者と他のキリスト信者たちに対する警告として。私の愛するリトル・ペブルと、ここにいる私の甘美な子ら、そして日本の子らよ、私は十字架の救いの力よりお前たちを祝福する。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。

リトル・ペブル: 今、光景は変わり、イエズスとマリアのお二人は、まだそこに立っておられます。聖母マリアは少し近づいて来られます。聖母はまだ同じ、紫のガウンを召されておられます。聖母マリアの隣には教皇ヨハネ・パウロ2世が見えます。私は教皇様の両肩に非常に重い十字架が見えます。教皇様はひどく泣いておられる。聖母マリアは言われます。

聖母: 私の愛する子と私の甘美な子らよ、間もなく私たちの代埋者[教皇]の両肩に置かれる十字架を見なさい。なぜなら、教皇は子らを聖とするために、教会を潔めるために重い十字架を担わねばならないからです。私の子よ、このために私はこの紫色を着ているのです。それは聖にして母なる公教会と、私たちの聖なる代理者〔教皇〕とにとって、カルワリオの受難に関連します。世界中の全ての私たちの子らに力を与えるために、これをあなたに今、日本にいる間に啓示するのには理由があります。
 私の子よ、いつか、なぜ私がこのメッセージをあなたに、ここで与えたかを説明します。どうか私たちの聖なる代理者、教皇ヨハネ・パウロ2世のために祈って下さい。私の愛する子らよ、間もなく来ることになる危機の時に、聖にして母なる公教会のために祈って下さい。世界のために祈りなさい。間もなく人類のうえに、大いなる苦しみがあるでしょう。何故なら人類は御子イエズスと私、汚れなきマリアとが彼らに、つまりこの罪深い世に与えたメッセージを聞こうとしないからです。しかしながら、信じる子らにとって、あなた方は恐れることは何もありません。天の私たちがあなた方を愛しているから、また私たちが全ての危険と、全ての苦難に際してあなた方を保護するからです。聖なる天使たちをしばしば呼びなさい。彼らはあなた方の祈りを待っているからです。多くの天使たちはあなた方がこの地上に今、何億といる悪いものどもと戦うのを助けるために、あなた方のそれぞれ一人一人に割り当てられています。
 私の子、私の岩よ、私の祝福があなたのうえにそそがれますように。あなたはすぐに世界中私たちの子らを、教会の最も暗い時代において導かねばならないからです。私はあなたの愛する友人を全て、そしてここにいる愛する人々を、またこの国の全ての子らと、世界の子らを全て祝福します。私の甘美な子らよ、天の母である私はあなた方を私の汚れなき御心で抱擁していると知って下さい。御子と私は今、あなた方を祝福します。主を愛し、主に仕えるために平和のうちに行きなさい。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。私の愛する子らよ、あなた方の聖なる代埋者、教皇ヨハネ・パウロ2世のために、もう一連〔ロザリオを〕唱えなさい。

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1987年2月9日 日本(京都)
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リトル・ペブル: 空のとても高いところに、非常に美しい、光輝く十字架が見えます。その十字架から、光が大きく出ているからです。今、その十字架から流れてきているのは、まぶしい光線の束です。この光の上に、たくさんの聖人方が見えます。どうも日本の殉教者のようだと思います。その聖人達は空中、約6メートルぐらいのところに立っておられるのです。今、聖母を待っております。聖母は遠くからやってこられ、美しい雲に乗って、こちらまでいらっしゃいます。聖母のお召物はまっ白で、頭から肩にかけて美しい水色のマントをはおっておられます。御胸の前に、きれいなちょう結びにしてある帯をしておられます。日本の伝統である帯に似ています。日本人は、ふつううしろで帯を結んでいますが、聖母のは、その結び目が前にきています。とても美しいピンク色の帯です。聖母は右手に美しいロザリオをお持ちです。ロザリオはまっ白な真珠で、十字架は金色です。聖母はこのホールの中のご自分のまわりを見まわしておられ、ほほえんでおられます。微笑みながらスタインバック神父様の方を見ておられます。それから又シスター方の方にも目を向けておられますが、それはご自分の愛と感謝のしるしを示していらっしゃるのです。今、聖母の右側に来られたのは聖ヨゼフです。聖ヨゼフは幼きイエズス様を抱いておられます。幼きイエズス様は手に茶色のスカプラリオを持っておられます。聖母はロザリオの十字架上のイエズス様に接吻なさって、こうおっしゃいます。

聖母: 我が子よ、そして子どもたちよ。あなたがたを祝福いたしましょう。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。
 かわいい日本の子どもたちよ、あなたがたに挨拶を贈ります。私は今日『あわれみの母』『希望と救いの母』として参りました。私は羊たちを一つの群れに集めるために来たのです。それは息子イエズスの唯一の、まことの教会、つまり聖なる使徒継承のローマ・カトリック教会のことです。この国の全ての子供たちを祝福し、勇気づけましょう。イエズスの教え、つまりイエズスの使徒たちであった教父たちの継承に、忠実でありなさい。愛する子供たちよ、きょう私は我が使いである愛のリトル・ペブルをあなたがたのところへ大使として遣わしております。彼の言葉をよく聴きなさい。彼は私の言葉を語り、その言葉は永遠の御父より来ているからです。
 かわいい日本の子供たちよ、天にいる私達はあなたがたを愛しておりますよ。一人として失われることのないようにと、否、それどころかこの国の全ての子供たちが救われるようにと望んでいるのです。しかし天にいる私達は、この国でも、また世界の他の国においても、ほんの少数の者だけが救われることを知っているのです。それは、世の子供たちが私達の遣わしている幻視者や預言者達の声に、耳を傾けないからです。かわいい子供たちよ、悔い改めなさい。まだ時間のあるうちに、息子イエズス・キリストヘ改心しなさい。全世界での私のメッセージは常に同じです。それは希望と愛とあわれみのメッセージなのです。私は平和の君である幼きイエズスと共に参りました。又聖なる浄配聖ヨゼフとも一緒に参りました。それは、天にいる私達があなたがたのことを心にかけ、愛しているということを示すためです。地上にいる子供たちにとって今の時代は、最も難しい時であるということを、私達はよくわかっております。特に天が遣わしている預言者たちを通じて、私や息子イエズスが伝えているメッセージを信じている者にとっては、大変困難なのです。しかし、何も恐れることはないということを信じていなさい。世界にふりかかる苦難の時には、天の私達が、あなたがたを護り導くからです。
 私達が全世界で伝えているメッセージとは、どうしても信じないであろう者達のために、又、今、信じていない者のためであり、特に聖なるカトリック教会の聖職者たち、つまり司牧者たる司教団と司祭達に向けられているのです。多くの司牧者たちは間違って導かれ、また信者たちを追い散らしております。私たちの子供たちを間違った道に導いてきているような司牧者の上に災いあれ! 特にこの国の高位聖職者(司教)たちへ向かって言っておきます。地上におけるキリストの代理者、ヨハネ・パウロ2世教皇様を通して語られる、永遠の御父とイエズス・キリストと聖霊に従いなさい。教皇様に必ず従わなければなりません!
 愛する日本の子供たちよ、きょう私がこの国で与える警告は、この国における最後の警告のうちの一つです。もし、あなたがたが永遠の御父からの指令に耳を傾けず、今のまま頑なでいるならば、この国は世界中の他の国々と同じようにつぶされて罰せられるのです。
 しかし、私の言葉を信じる者たちよ、恐れることはありません。私と息子イエズスが護ってあげますから。日本全国の子供たちを祝福いたします。特に世界中のご出現地を信じる子供たちには、勇気を与えるために祝福いたします。私は日本の司教団と、すべての司祭達や修道者たちをも、私が彼らを愛していることを伝えるために、祝福いたします。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 息子よ、あなたへの言葉です。我が愛する司祭である息子レオよ、あなたにわかっていただきたいのです。あなたは永遠に我が汚れなき御心の中におりますよ。あなたは息子イエズスを喜ばせてくれているのですから。続けて私の言葉を全世界に広めてください。あなたの愛の働きを続けてくださいね。そうすれば大勢の霊魂が救われるのですから。あなたを我が汚れなき御心で抱きしめます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 かわいい子供たちよ感謝いたします。お祈りを続けてください。あなたがたの兄弟姉妹のために祈ってください。彼らを信仰に導いてください。日本の子供たちが、人類の贖い主なるイエズスの光を見い出すのは、あなたがた信者の模範を通してなのですから。私はあなたがたを大変愛しておりますよ。そして我が汚れなき御心で、皆一人一人を抱きしめます。我が神なる息子イエズスの平和が、いつもあなたがたと共に留りますように。父と子と聖霊との御名によりて、アーメン。愛する子らよ、ロザリオの祈りを続けてください。そうすれば、その祈りを、日本の子供たちの救霊のために、私が永遠の御父へと持って行きますから。
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 オーストラリアに戻ると、3月13日の償いの日の後で、「インナー・サークル」に私たちの旅行のハイライトを順序だてて話しました。彼らはこの旅行の成功を聴いて喜びました。私たちはまた「インナー・サークル」のメンバーのための新しい評議会についても話し合いました。それは私たちの主とマリア様から指名されていました。この評議会の目的は、浄化と聖化の道へ「インナー・サークル」の行動を導き統御することです。私たちには没頭すべき多くの計画がありました。
 私たちはメディアからの見出しの集中攻撃に苦しみ続けました。1987年の6月15日、ザ・イラワラ・マーキュリー紙は「リトル・ペブル、隠された話。家族は、セクトが自分たちを破滅させたと主張!」という見出しを打ちました。6月16日のまた別の記事は「リトル・ペブル非難される。毒気が私たちの息子たちの人生を脅かす」



第八章 貧しい人々への援助
 1986年に、司祭たちや他の修道会会員たちから、物質的財政的に援助を求める手紙が殺到し始めましたが、その時に聖シャーベル修道会はほとんど生まれていませんでした。信心用具、すなわちロザリオ、メダイ、およびパンフレットのために東洋の貧困国に大きな必要があり、そして私たちは援助を求めた多くの人々を助けることができました。これらの人々が最も緊急に必要としていたのは、教会または集会所でした。そして私たちは彼らに対して、かなりの財政的援助を提供することができました。これらの地域には、私たちのミッションの堅固な支持者がいて、マリア様の多くのメッセージが配られていました。聖シャーベルの祈りの家が栄えはじめ、そしてそのメンバーたちにその建物が役に立ちました。なぜなら彼らは祈りの家を集まって開くための場所と礼拝するための場所を持てたからです。
 例えばゴアの司教は私たちのこれらの事業に対する助けと支援に非常に感謝していて、マリア様のミッションの支持者たちがその教会や集会場の中で祈ることを許可してくださいました。サレムのアットゥル聖マリア教会のジョゼフ神父とは多くの文通をしました。彼は支援を求めて私に手紙を書いてきました。そして文通するにつれ、私は彼が私たちの祝福された聖母に自らをささげた素晴らしい人であることがわかりました。彼は非常に親切に、毎月二百人くらいの聖シャーベルの祈りの家を指揮してくださいました。私は彼をできるかぎり助け、また彼の建築事業もできるかぎり助けました。1986年当初、私はゴアを訪れ、ゴアの司教に会いました。彼は喜んで自分の教会で私が話すことを許可してくださいました。私は二千人を超える人々に私の集会で話をしました。それはまたメディアによって放送されました。彼はまた私にマリア様の幻視について話すために、禁域で暮らすカルメル会修道女のある修道院に入る許可もくださいました。それは実に印象深く記憶に残る訪問でした。私は何年もの間、ジョゼフ神父と彼の司教との間に多くのやりとりがあり、私はこれら二人の良い霊魂との文通の一般的な例をここに載せます。
 1980年代の終わりごろM・デヴァ・ナヴァマニ神父は祈りの家を支援してくださいました。彼はこの修道会を研究していて、この修道会について自分の司教と協議するつもりでした。私は他のインドからの文通の手紙を載せます。以下はインドの聖マリア教会の教区司祭M・S・ジョゼフ神父からの、ある手紙の抜粋です。

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1986年4月18日
インドのサレムのアットゥルの聖マリア教会
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マリア様における最も愛する友人リトル・ペブル、
 4月5日の初土曜日に、私は新しい教会の玄関先の柱廊で祈りの司式をしました。私たちは新しい教会の中で祈りをすることはできませんでした。なぜならその時、教会の床を張っている最中だったからです。人々は大いなる敬虔さと信心を込めて祈りました。私はあなたに登録番号1001のこの聖シャーベルの祈りの家のために祈ってくださるようお願いします。それは天からのいくつかの目に見える印が、私たちの民の信仰がより深くなるために与えられるように、そしてもっと多くの人がこの祈りの集いに出席するようになるためです。あなたに感謝しています。
敬具
 イエズス、マリア、ヨゼフのうちに、いつまでもあなたのものである
M・S・ジョゼフ神父
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1986年、インドで建設中の聖マリア・カトリック教会

1996年、南インド、タミルナードゥ、トゥーティコリン教区のポーチカドゥ小教区のカンディヤプラムの「聖ラファエル祈りの集会場」

 ジョゼフ神父からの次の手紙の抜粋は以下の通りです。

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1986年11月19日
インドのサレムのアットゥルの聖マリア教会
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私の最も愛する友、特権を得たマリア様の幻視者、
 私があなたがこれほどまでに親切に私に送ってくださった最新のメッセージに最大の真心を込めてあなたに感謝します。それらは皆素晴らしいものです。100番のメッセージは全世界において非常に素早く成長するべき新しい聖シャーベル修道会についての新しい情報が含まれています。この恐ろしいほどの責任がかかる任務において成功するために、すべての天の宮廷とともに、聖三位一体の神と祝された乙女マリアがどうかあなたを助けてくださいますように。これは神の命令ですから、あなたはこの大変偉大な事業を確かに成功させるでしょう。あなたの仕事は日に日に成長してきています。私はあなたに私の誠実な祈り、あなたのためにささげるミサ、そしてこのための私の特別な犠牲と苦行をささげることを約束します。
 ここの新しい教会の建築を完成させるための資金を私が必要としていることを広告してくださったことに、最大の真心を込めて私はあなたに感謝します。第二回目の広告はいくつかの良い結果が出て、私はこの仕事を成し遂げる資金を得ました。しかし私はあなたに、私のために、親切にも非常に特別に祈って下さるようにお願いします。というのは、私は資金は得ましたが、この仕事は私が望むほど速くは前進しておらず、そして私が確信するに、悪魔が非常に活発に働いてこの仕事をだめにしようとしており、不必要な遅れを生じさせ、この仕事の前進を妨げる意見の食い違いを引き起こしていますから。
 あなたの熱心な祈りに自分自身をゆだねつつ、マリアのいと汚れなき御心とイエズスの至聖なる聖心のうちに一致している、あなたのものであるM・S・ジョゼフ神父
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 ちょうど一年後にジョゼフ神父から受け取った別の手紙の抜粋。

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1987年12月12日
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親愛なる、最も偉大で最も愛する祝福された乙女マリアの息子、
 私はあなたの上に、大変幸福なクリスマスと聖なる新年とそれらの幸いな繰り返しがより多く巡ってくるよう祈ります。この年の終わりにあたり、あなたの効果絶大な祈りと、あなたのメッセージを通してあなたが調達してくださったお金に対する大きな感謝を覚えつつ、私はあなたのことを思っています。私は大きくそしてとても美しい教会の建築を完了し、お告げの大祝日の8日間の祝いの最中の1987年4月1日にその献堂式を行い、そしてその後7月4日に私はここに転勤させられました。この転勤は人々からは残念がられましたが、私は司教に従順であらねばなりません。
 ここでもまた私は良い仕事をやり続けています。特にあなたに与えられたマリア様のメッセージを広める私の任務を。このマリア様の聖年に私は四つの大きな小教区のあるこの大きな町にいるので、私はマリア様について説教をするようにしばしば呼ばれます。そして私はほとんど大喜びでそれをを行います。人々は私の説教が好きです。マリア様はあなたに素晴らしいニュースを明かしていらっしゃいます。あなたが次の教皇だと。神のなさり方は実際とても素晴らしい。そして私は教会が私たちの主とマリア様の力強い助けの下にあなたによって統治されるその日を望み、その日のために祈っています。

M・S・ジョゼフ神父
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 前述のインドの聖アンソニー教会の教区司祭であり、ローマ・カトリッの学校の通信員であるM・デヴァ・ナヴァマニ神父の申し入れは次の通りです。

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1989年11月10日
タミル・ナドゥ、サウス・インディア
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尊敬する、そして私の親愛なる兄弟ウィリアム・カム
 イエズスの愛、喜び、平和そして至福がありますように。あなたの二通の手紙を受け取りました。第一は1989年10月5日の日付のもので、第二は聖シャーベル会の会憲と1989年9月29日の日付の写真と一緒のものです。本当にありがとうございます。あなたの手紙と会報にあるメッセージから学びました。そして今日からは私は新しい修道会の会憲を研究していきます。そしてすぐ私は愛する司教に、この会憲とあなたの書いた依頼状を渡すために彼に会います。愛する兄弟、私はリストの四番目を除いて、毎初土曜日に唱えなければならない全ての祈りの文を集めました。ないのは、私が十分に理解していない『十字架の道行きのロザリオ』です。どうか英語の十字架の道行きの祈りのコピーを一枚送ってください。私は年配のニコラス・J・M神父の助けを借りて、私たちの母国語のタミル語に聖シャーベルの連祷を翻訳する準備を終えました。すぐに私たちは、私たちの司教の出版許可を得て、所定の祈りをおさめた小さな本を出版します。
 十月の終わりごろのある日、私は私たちの司教と会い、あなたの会を認可する手紙をあなたに書くように、そしてまた、私たちの教区にあなたの修道会の支部を置くというあなたの望みについて、非常に簡潔に彼と話しました。彼は私に、これらすべてのことに関して一カ月後に会いにくるようにと求めました。きたる11月22日に出発するある旅行を終えて、彼は教区に戻ってきます。ですから今月の終わりごろ、もう一度私は私たちの司教に会い、あなたがあなたの手紙で触れたすべてのことについて彼に念を押すつもりです。私たちの聖シャーベルの祈りの家の建築工事について、私たちの司教と相談した後で、私たちはこの建築の仕事に着手します。本当にありがとうございます。
M・デヴァ・ナヴァマニ・サレム神父 インド
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 ジョゼフ神父からのまた別の手紙の抜粋は次の通りです。

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1990年1月15日
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愛する偉大な友、そして、天の宮廷の最も大切な息子、
 1990年1月5日の日付の、あなたの大変愛情あふれる手紙に私は最大の真心を込めてあなたに感謝します。あなたが様々な義務と絶え間ない旅行のさなかにあるというのに、個人的手紙をあなたからいただいているということは私は最も幸運な人間です。私は神に、あなたが行っており、そして最も成果が多いものとなっている旅行のことを感謝します。もちろんあなたはマリア様の命令と指導の下にそれらの旅行に着手し、しかもマリア様は必ずあなたとともにいて、ご自分の目的のためにあなたが人と会うようにあなたに霊感を与えてきました。私の方では私はあなたと聖シャーベル祈りの家のためにずっと祈ってきていて、その祈りの家は聖フランシスコ・ザビエルにささげられていて、また同じくあなたのためにそこでも祈っています。
 あなたの手紙は、幾人かの教会権威者があなたに認可を与え、あなたに聖シャーベルの祈りの家を開く許可を与えたということが分かって、大変に興味深いものでした。私はプロモーターのリストを見てとても嬉しく思います。箱舟の聖母のメッセージはいたるところで広がっています。私がプロモーターとして私の名前を出さなかったので多分あなたは驚いたでしょう。私の司教はとても厳しい方です。しかし私を信じてください。私がすべてあなたのものだということを。というのはあなたは預言者であり、アットゥルの教会について聖フランシスコ・ザビエルの腐敗していないお体の近くのゴアで私にあなたが告げたことは文字どおりに実現し、あなたが私にそこで開始するように求めた聖シャーベルの祈りの家は教会完成のために祈るように人々を招きました。ですから、アットゥルの教会はあなたの預言の記念碑であり、そしてあなたの祈りと助けを通して、その教会はその教区で最も壮大な教会として今、存在しています。
M・S・ジョゼフ神父
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 1990年5月7日の日付でルーシー・ラルヴィンダウ夫人から受け取った治癒の証明書の全文です。それは祝福されたシュロの十字架とローズ・ペタルを用いて、祝された御母の取り次ぎを通して得られた治癒です。
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親愛なるリトル・ペブル、
 善き主と、主の祝された御母が、いつもあなたを導き、あなたのミッションを祝福してくださいますように。あなたの貴重な手紙に非常に感謝しております。私は、あなたが自ら書いてくださった1989年12月と1990年1月の日付の先の二通の手紙を受けとっています。私は返事をするのが遅れてしまったことをとても後悔しています。その理由をあなたに説明します。以前の私のたくさんの手紙であなたもご存じの通り、私たち自身の言語(MIZO)に翻訳し信者に配ったオーストラリアの御出現のメッセージは、ここアイザウルの地方の教会権威者によって攻撃されました。彼らが挙げたいくつかのポイントを私はすでにあなたに送り、それについてあなたは私たちにあなたの手紙ですでに説明して下さっています。
 インドのカルカッタの「ファチマの聖母の世界的使徒職」の私たちの友人が、聖ルイ・ドゥ・モンフォールが書いた「ロザリオの秘密」という一冊の本を私たちに送ってくれました。この良い本を用いて私たちはカトリックのメンバーたちの間でいとも聖なるロザリオと聖なるスカプラリオのキャンペーンを行いました。私たちは村々を訪れてロザリオやスカプラリオの重要性について話し、講演しました。おしまいには私たちは箱舟の聖母、ガラバンダル、ポーランド、日本などのメッセージの全体の要約を話します。私たちはマリア様が私たちを助けていると思っています。なぜなら私たちは非常に成功しているからです。多くの村が、彼らのところに来て聖なるロザリオの秘密と奇跡について話すように私たちを招いてくれました。このために私はとても忙しいのです。私は二人の親友を持っています。即ちブリジット・ダルジキ夫人とアナスタシー・サプレムフフンギ夫人です。彼女たちは私が回ったどこでも私に随行してくれました。今、私が思うに、地方の教会権威があまり私たちに反対しないのは、この二人の友人の努力とお祈りのおかげです。反対に私たちの地方の幾人かの司祭たちは私たちの事業を支持してくれています。私たちがどこにいってもそこにいるカトリック信者の半分以上の人が私たちが彼らに話す全てのことを大変心にとめてくれます。
 私があなたの手紙にお返事ができずにいた第二の点はこれです。祝福された十字架と聖油で治癒される多くの人々がいるので、私は彼らの名前を集め始めました。しかし彼らの多くは私たちがその人の名前と住所を知らない人なので、私は多くの遠く離れた場所に彼らの名前を集めるために訪問しにいかねばならず、そしてこれに時間がかかるのです。今回、私は彼らの名前を提供しますが、このリストは網羅的なものではありません。というのは、私たちには彼らのうちの幾人かと接触する方法がないからです。私たちが旅行して回るすべての場所でロザリオの秘密とスカプラリオについての話を終えた後で、私たちは聖シャーベルの油を示してそこに置き、そして出席したすべての人はその聖油で十字架の印をなし、自分自身を祝福します。各々の場所に一名ないし二名がこの聖なる油で治癒されたという報告があります。それで今日では状況が非常によく、私たちはとても幸せです。私たちはまた「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」のワーカーたちすべてが、私たちの幸福を分かち合ってくれるよう希望します。私たちの聖シャーベル祈りの家でも何か超自然的なことが起こっています。ある人々は私たちと共に祈る幾人かの声を聞くことができます。ある人々は彼らがうとうとしていると一人のたいへん美しい少年が私たちの真ん中に立っていて、時々私たちに微笑むのを見ます。
 主な後退は、私たちの聖シャーベルの祈りの家には当初もっと多くのメンバーが私たちに加わっていたのに、今はメンバーが減っていることです。このごろはたった十五人から十人のメンバーがくるだけです。祈りに費やす長い時間が多くの人にとってあまりにも長すぎるのです。とにかく私たちは祈りの家を続け、最善を尽くしたいと願っています。これについて私はあなたが私たちの祈りの家のために特別な意向を持って祈って下さるようお願いいたします。司教が聖シャーベルの祈りの家を認可したら、どうかその認可の公式なコピーを私たちに送ってください。また同じく私たちに、さらに多くの聖油、聖水、聖シャーベルのスカプラリオとその他のスカプラリオを送ってください。
 またあなたにとってはとても小さなことかもしれませんが、私達にとってはとても良いとニュースをあなたに伝えたいと私は思います。私があなたに私の最初の手紙で伝えたように、ミゾラムにはほとんどカトリック信者はいません。そこのクリスチャンの80%以上はプロテスタントのクリスチャンです。それでプロテスタントの大多数の人の生き方がカトリック信者にとても大きな影響力を持っています。カトリック信者はスカプラリオやロザリオを身につける勇気がありません。通りを行列でマリア様の像を運ぶことも禁じられています。なぜなら指導者達には勇気がないからです。大部分のカトリック信者はプロテスタントの間で十字架の印をすることは恥ずかしいと思っています。なぜなら彼らをプロテスタントがからかうからです。
 いまや私たちが始めた聖なるロザリオとスカプラリオのキャンペーンは、私たちの愛する主イエズス・キリストによって行われています。私がすでに言及した私の友人たちの一人、ダルジキ夫人の娘で、名前がメアリー・エングパリという人が、カルメルの茶色のスカプラリオを作るインスピレーションを受けました。これ以前は私たちが持っているすべてのスカプラリオはインドのゴアから私たちの友人によって送られてきたものです。オーガスタン・デ・スーリ氏とD・A・フェルナンデス氏が私たちにいつも送ってくれました。しかし今私たちは聖なるスカプラリオを私たち自身で作ることができます。私たちはそれらをどうやって作るかを詳しくは知りませんから、彼女は市場でスカプラリオの色の布地を買い、そして作りました。私たちはそれらを私たちの教区の司祭に祝福してもらいました。もしスカプラリオを作るのに特別な布があるのでしたら、すみませんがそれをどうやって手に入れるか私たちに教えてください。メアリー・エングパワリ夫人は夢の中で、私たちミゾ族によってどのように私たちの主イエズス・キリストが苦しめられたかについての幻視を見ました。主を死ぬまで苦しめた後で、私たちは主を放って置き、私たちの主を墓地に置き去りにしました。カルメルのスカプラリオを作る約束を彼女がしたのは、彼女がこの幻視を受けた夜でした。
 私の手紙は長ったらしいかもしれませんが、私は返事が長い間遅れてしまった埋め合わせをしたいのです。私は私たちがあなたのミッションに導かれて達成したすべての進歩をあなたにお話ししたいのです。もしあなたがインドに来る予定でしたら、どうかあなたのプログラムを先だって私たちに知らせて下さい。私たちはもし私たちの主の御旨ならば、あなたに会いに行きたいと思います。祝福されたシュロの十字架と聖シャーベルの聖油で癒された人の名前と住所のリストです。インド、796001、ミゾラム、アイザウルの立法議会の地方行政長官ルーシー・ラルヴィンタウ夫人からの幾人かの治癒のリストを以下のリストに加えました。

Lalzawmngheti; 9歳、女。Sawithuama,Tlangpui,Sercchip;頭痛、熱、嘔吐、
腹痛;瞬間的治癒。祝福された十字架。
Zothansang;  1歳、女。Catherine Darthangpuii,Melra;心臓病、瞬間的治癒。
聖油。
Matluangi;   16歳、女。V.L.Bela,Dawrpui;熱、腹痛、祝別された十字架、
瞬間的治癒。
Sapbawii;    84歳、女。Khawveltanga,Lunglei;喘息、熱、聖シャーベル
の聖油。瞬間的治癒。
Lianchhawni;  45歳、女。Liannghinga,Kunglei;背中の痛み、ちゃんと歩けな
い、聖油。
Lucy Saimawii; 2歳半、女。Chandmary,Aizawl;永続的なひざの腫れ物。聖油、
瞬間的治癒。
Cicily Lalchhuanthangi: 30歳、女。Chandmary,Aizawl;肩と背中の痛み、聖油、
瞬間的治癒。
John Lalbiakzawna; 40歳、男。Morai Cherra;のどの痛み、食べることができ
ない。聖油、祝福された十字架。瞬間的治癒。
Aloysious Lianhleia; 55歳、男。背中の痛み、ちゃんと歩くことができない。
祝福された十字架による治癒。
Lalruati;    40歳、女。背中の痛み、祝福された十字架。
Valerie Thangzuali; 35歳、女。Dawrpui,Aizawl w/o Engzuala;下痢、聖油、
瞬間的治癒。
Rammawii;    女。Mamit;絶えず続く頭痛。聖油。瞬間的治癒。
Biakungi;    女。Mamit;体のすべての部分の痛み。聖油。瞬間的治癒。
Dawnga church elder;  男。体のすべての部分の痛み。聖油。瞬間的治癒。
Maek Mankunga; 70歳、男。Tlangnuam,Aizawl;五日間の間ずっと腹痛を伴う
下痢。祝福された十字架。瞬間的治癒。
Vanlalhriata;  5歳、男。C.Darlianthenga Kulikawn,Aizawl;はしかと肺炎。
祝福された十字架。瞬間的治癒。
 このリストはいやされた人のたった半分を詳述したにすぎません。しかし当座はこれで、聖油と祝福された十字架がここで奇跡を起こしたことをあなたに示すことでしょう。もし神の御旨であれば、あなたがインドに来た時に個人的にあなたにお会いできることを望んでいます。
敬具
ルーシー・ラルヴィンタウ
(注)これらのリストの全員に目撃者がいます。もし誰かが調査することを望むなら歓迎します。私がメッセージを広め、聖油と祝福された十字架を使う責任を負っていますから、あなたの望む通り、ここに私のサインをし、印を押します。(1990年5月7日の日付の後にサインとアイザウル地方立法議会の印)
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 ジョゼフ神父からの別の手紙の抜粋

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インド、タミル、ナドゥのサレム 1990年12月5日
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愛する天の宮廷の最も大切な霊魂、
 私はあなたの上に大変幸福なクリスマスと聖なる新年とそれらの幸せな繰り返しがより多く巡ってくるよう祈ります。この年の終わりにあたり、過去においてあなたが私に与えてくださった助け、特に私の前任地の教区アットゥルの大きな教会を完成するにあたっての、あなたの祈りと物質的援助に対する深い感謝とともに私はあなたのことを思っています。私にとって、そして私の教会の人々にとって、不可能だったことが、ただあなたの祈りとあなたの支持者たちへの推薦を通して私たちに可能になりました。1986年に私はゴアであなたに会いました。そして1987年4月1日にその教会は完成したのみならず、司教による祝福さえも終えたのです。このことひとつだけで、私にとって、あなたのミッションが真のものであるという最も説得力のある証明です。ここで私は私の神学生たちに天からあなたが受けたメッセージを広めています。彼らが司祭になったあかつきには、あなたは彼らをあなたの支持者として持っていることでしょう。
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 インドのChenaparampilのピーター・M・司教からの手紙の全文は次の通りです。

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インド、ケララ、アレッピー、司教 1996年3月18日
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愛する尊い兄弟、リトル・ペブル、
 ここに一週間前に届いた2月29日付のあなたの手紙を受け取ったことをお知らせします。その間に私はあなたに3月4日に一通の手紙をお送りしました。今頃きっとあなたに届いていると思いますが、ウラジミール・レイエン神父からの礼状をお送りしました。レイエン神父はあなたに援助のことで非常に感謝しています。2月12日から13日に、トリヴァンドラムにおいてインドのカトリック司教会議(CBCI)の会合を私たちが行っていたとき、レイエン神父の裁治権者であるTuticorinの司教と私は会いました。彼は私にレイエン神父の事業のすべての経費はその教区から支払われた、そして彼の必要はすべて十分に気を配られていると言いました。それでもまだ彼は彼のプライベートな必要のために援助を求めています。
 インドは第三世界であるために、多くの必要と欠乏があります。インドの教会はとてもとても貧しいです。海外の同胞からの援助なしでは、私にとって続けていくことは不可能です。アフリカでの状況とインドの状況は同じです。アフリカではいくつかの国はここよりももっと良い境遇にあることでしょう。とにかく私はあなたに、インドとアフリカにおいて司教たちと司祭たちを援助してくださっていることに大変感謝しています。あなたがこれらの宣教地に与えてくださる援助が、高い価値を持つことを、あなたはよくご存じですね。なぜならそれらは人々の福音化のために直接用いられるからです。あなたの修道会のすべてのメンバーが健康であり続けますよう祈ります。

私たちの主において、
あなたの忠実なアレッピーの司教、
ピーター・M・Chenaparampil
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S.T.Amalnather閣下からのリトル・ペブルへの手紙は次の通りです。

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インド、タミルナードゥ、トゥーティコリンの司教 1996年3月30日
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愛する修道会の長、
 寄付:五万ルピーの財政補助金。トゥーティコリン教区のPoochikadu小教区のKandyapuramの聖ラファエル祈りの集会場建築の完成のため。
 非常な熱意をもって、私は教区司祭ジョンソン神父のプロジェクトに対する五万ルピーの財政補助金のご寄付をお勧めします。それは教区の小教区の聖ラファエル祈りの集会場建築の完成のためです。この特別な呼びかけは、あなたの親切で好意的な思いやりのある考慮に値します。この教区で私たちが司牧の計画を実行に移すことができるのは、あなたのような慈悲深い寄付者から受けた援助によってなのです。私はあなたがきっとこのプロジェクトを助けてくださることを確信しています。あなたの親切なすべての募金運動に対して、神が最高に豊かに祝福を与えてくださいますように。あなたとあなたの協力者、そしてあなたの寄付者は、いつも私たちの祈りのうちに記憶されています。皆さんによろしく。皆さんのために祝福をお祈りいたします。

私たちの主において敬具。
+S.T.Amalanather  トゥーティコリンの司教
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 Poochikaduの聖アントニオ教会の教区司祭ジョン・ポール神父からの手紙の抜粋。

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最も愛し尊敬する兄弟ウィリアム・カム、
 復活されたキリストの愛、喜び、そして至福。私はPoochikadu教区の教区司祭、ジョン・ポール・ロボ神父です。私はここで1991年1月にナヴァマニ神父の跡を継ぎました。あなたの寛大な援助によって、私たちの村Kandiapuramで教会建築を始めることができたのは大いなる喜びです。私たちの司教の導きを通して、あなたが望んだ通りに、私は箱舟の聖母への信心のための仕事を開始しました。あなたの良い意向によって、ここに今まで送られたお金はすでに教会の基礎工事のために使ってしまいました。
敬具
ジョン・ポール神父
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1997年12月15日の日付の南インドのジョンソン・M神父からの手紙の抜粋。

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愛するリトル・ペプル、
 私はあなたの上に幸福なクリスマスと順調な1998年の新年があるようにお祈りします。私たちの民のためにあなたがなして下さった全てのことに対して、あなたにとても感謝しています。私はあなたと、あなたの寄付者に対して非常に感謝します。私は建築工事を終えました。私たちは1997年の9月29日に聖ラファエル祈りの集会所を開くつもりでした。しかし今年は、この季節が適当ではなく、そしてまた大部分の人がチェンナイにいます。彼らはただ夏休みのためだけに来るはずです。私は私の司教と五月中のある日に決めました。私はあなたに招待状とオープニングセレモニーの何枚かの写真を送ります。私は私たちの司教を通して建築工事のための五万ルピーをお願いしました。あなたは26,685ルピー(千ドル)を送ってくださいました。クリスマスプレゼントとして、すみませんが、もう少しお金を照明設備と家具のために送ってください。

母マリアにおいてあなたのジョンソン・M神父
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 私はインドにおいてマリア様のミッションのためにかくも懸命に働き、このミッションのすべてのメンバーを支えるために役立ってきた、ミゾラムのアイザウルの地方立法議会の行政長官であるルーシー・ラルソンタリ夫人に対して、また同様に、熱心な霊魂のひとりであるJ・S・ゴンザルヴェス大尉に私の心からの感謝をささげます。彼女は常に頼りになる人であり、彼女が準秘跡を配る際の親切さを通して多くの人々が治癒を得ました。彼女が信者たちに配った祝福されたローズ・ペタルとシュロの十字架は、マリア様の取り次ぎによって多くの治癒をもたらしました。そしていくつかの知られている治癒は、すべて証明書をもって実証できるものであり、この章の少し前に載せられていいます。シスター・イグナチアとドロシー・ヴァルラドレスもまた、彼女たちの献身と支援によって、このミッションの知識が広まるのを助けました。私はこの章をセルヴァロ・ジョゼフ・D・A・ピエタデ神父に言及せずに終えることはできません。彼はゴアのカトリック信者中にメッセージをパンフレットの形に印刷して広めてくれました。彼は真に私のキリストにおける非常に愛する兄弟であり、今もそうあり続けています。



第九章 預言
 以下の預言を集めたものは、私リトル・ペブルにイエズス様とマリア様によって与えられたものです。私は私の公的ミッションのこの十五年以上の間に、全部で
515回の預言を受けました(訳注:執筆された1999年の時点でのこと)。それらはメッセージにおいて私に与えられたのです。いくつかの預言の部分が、何度も繰り返しになっているのが読者にとって明白なケースがいくつもあるでしょう。しかしそれらは文脈を完全な状態に保つために繰り返されたのです。
 私は以下に私に与えられた288の預言の詳細図を作成しました。それらのうち134はすでに成就しました。一方154はまだ実現していません。私はただ公の預言を受けてきているだけではありません。何年もの間、おおよそ二千の私的な預言が私に与えられました。それらの大部分は成就しました。これらは私のオフィスを通して教会当局によって登録された無数の証言をもって証明することができます。他の公の預言はそれらが実現したときにメディアを通して報告されたので、信用されてしかるべきです。以下は、それらが与えられた時期や、成就したか否かを示した目録です。

【 預言の目録 】
(場所・出来事、メッセージの与えられた日付……成就の是非)

◆ 事故ではない事故。空・水上・陸上において。1994年10月1日……成就
◆ アデレード:火災による荒廃。1986年6月13日……成就
◆ アデレード:町が全滅する。1987年10月18日……未
◆ アデレード:地面が震える。1986年6月13日……未
◆ アフリカ。この大陸の国々に大いなる苦しみが降りかかる。
1993年9月3日……成就
◆ アフリカ。信仰を守るために多くの人が殉教する。ルワンダ。
1993年9月3日……成就
◆ エイズの子供たち。多くの子供たちがいやされる。1990年1月14日……未
◆ 航空機事故。爆弾が仕掛けられる。1990年8月4日……成就
◆ 米国の航空母艦が中国本土に向かう。1996年3月13日……未
◆ アメリカは原子爆弾によって荒廃する。1986年6月13日……未
◆ アメリカ:鉄のカーテンの支配の下で奴隷化される。1988年6月5日……未
◆ アメリカ:火事による荒廃。カリフォルニア。1986年6月13日……成就
◆ アメリカ。西海岸が巨大な津波によって荒廃する。1986年6月13日……未
◆ アメリカ。地震による荒廃。カリフォルニア。1986年6月13日……成就
◆ アメリカ。大雨が襲う。1986年6月7日……成就
◆ アメリカ。原子爆弾の爆発。1986年7月13日……未
◆ オランダ・アムステルダム市全体が水没。1986年6月13日……未
◆ 反キリストの堕天使が霊魂たちの上に獣の印を押しながら地上を歩き回る。
1995年11月4日……成就
◆ アンネリーゼ・ミッシェルが死者の中から復活させられる。聖なる聖人。
1987年4月10日……未
◆ いくつもの国の全滅。世紀末までに成就。1995年10月13日……未
◆ 反教皇が、聖なる教皇が取り去られた後に統治する。1994年8月13日……未
◆ 反キリストが人類をだますために来る。1987年3月13日……成就
◆ 反キリストが教会と世界の支配権を握る。1990年2月3日……未
◆ 反キリスト:今地上にいる。1994年9月3日……成就
◆ 棄教:いま私たちと四十年間ともにある。1992年5月13日……成就
◆ マリア様の新12使徒たちが最終的にはリトル・ペブルを支援する。
1990年2月3日……未
◆ ナウラの御出現がローマから認可される。1990年4月7日……未
◆ 出現地が10月13日に多くの印を与えられる。1986年9月23日……成就
◆ ナウラの御出現。認可がまもなく与えられる。1989年4月1日……未
◆ いくつかの国の国境に接している山の上で箱舟が発見される。
1987年8月13日……未
◆ 暗殺。偉大な人物がパレスチナから取り去られ血が流れる。
1996年6月1日……未
◆ 聖ヨゼフの被昇天。教会が認める。1984年7月13日……未
◆ 核兵器。世界中で発射される。1994年2月5日……未
◆ 原子爆弾。シドニー。1984年8月15日……未
◆ 償いの日。リトル・ペブルの命を奪う大きな企み。1987年7月3日……未
◆ キューバを経て攻撃が始まる。1989年11月4日……未
◆ メキシコとの国境、アラスカ、メキシコ湾に攻撃が集中する。
1989年11月9日……未
◆ オーストラリアは共産主義者の軍隊からの侵略を逃れることはできない。
1984年2月13日……未
◆ オーストラリアはメキシコと同様に地震に見舞われる。
1985年9月29日……未
◆ オーストラリアは天災によって荒廃する。1983年11月11日……成就
◆ オーストラリアにはすぐにルルドのような場所ができる。
1984年3月4日……成就
◆ オーストラリア。熱波、嵐と雨に襲われる。1990年6月13日……成就
◆ オーストラリア。洪水、東海岸を襲う。土砂を移す。
1992年12月13日……成就
◆ オーストラリア。非常に大きな火事。1991年10月13日……成就
◆ オーストラリア。十字架像から油が流れ、多くの治癒をもたらす。
1986年7月27日……成就
◆ オーストラリア。海岸地方にたくさんの雨が降る。1989年2月4日……成就
◆ オーストラリア。火事、水害。作物がだめになり食物が高くなる。
1994年9月3日……成就
◆ オーストラリア。聖地で奇跡が起こる。1984年7月13日……成就
◆ オーストラリア。氷結と吹雪。1989年2月4日……成就
◆ オーストラリア。教皇が来年訪問する。1985年6月13日……成就
◆ オーストラリア。火事。1991年10月13日……成就
◆ オーストラリア。ある大きなダムが決壊し多くの人が死ぬ。
1989年11月14日……未
◆ オーストラリア。猛暑が多くの霊魂を打ちひしぐ。1990年1月6日……成就
◆ オーストラリア。南で火事が猛威をふるう。1997年12月6日……成就
◆ オーストラリア。北で火事が猛威をふるう。1997年12月6日……成就
◆ オーストラリア。大洪水で罰せられる。1998年2月13日……未
◆ オーストラリア。マイナス30℃の気温で苦しむ。1998年2月13日……成就
◆ オーストラリア。この教区には大きな罰が降りかかる。
1998年6月13日……成就
◆ オーストラリア。いまだかつて見たことのない大寒波の期間。
1998年2月13日……成就
◆ オーストラリア。大地震。ウォロンゴング近くの山脈に沿って断層が動く。
1998年6月13日……未
◆ オーストラリア。ロシア軍の艦隊がオード川の地域にくる。1988年6月5日…未
◆ オーストラリア。大雨が降る。1997年12月6日……成就
◆ オーストラリア。空で地上で海で事故が起こる。Thredbo。
1988年9月13日……成就
◆ オーストラリア。ミッションが小さな勝利を得る。1997年8月2日……成就
◆ オーストラリアの軍艦が南シナ海に行く。1996年3月13日……未
◆ バルト諸国。全ての国境一帯で火。戦争。1992年1月13日……成就
◆ 列福。ヤシンタとフランシスコ。すぐに。1984年5月13日……成就
◆ ベルリンの壁が崩れる。1989年11月4日……成就
◆ ウィルソン司教は聖母の御業を受け入れる。1998年12月13日……未
◆ 司教は司教に、司祭は司祭に、枢機卿は枢機卿に対立する。
1996年11月13日……成就
◆ 司教はグラント・ダフィーの棺を聖地に運ぶ。1990年1月14日……未
◆ 司教・枢機卿たちがもうすぐ聖地に来る。もっとも暗い時に教会からの
助けがある。1992年5月13日……未
◆ ボスニア。戦争が他の国々に広がる。干ばつが続く。伝染病。
1994年12月13日……成就
◆ 橋が落ちる。多くの人が死ぬ。1990年8月4日……成就
◆ ビルマ。軍の準備。戦争がもうすぐ起きる。多くの人が死ぬ。
1994年2月5日……未
◆ カリフォルニア。巨大地震。1986年6月13日……成就
◆ カンボジア。軍の準備。戦争がもうすぐ起きる。多くの人が死ぬ。
1994年2月5日……未
◆ カナダが内戦で分裂する。1995年11月13日……未
◆ カナダが水によって、そして水の伝染病によって罰せられる。
1996年8月13日……成就
◆ カナダ。内戦がもうすぐ起きる。1993年12月8日……未
◆ 中央アフリカ。大変大きな火事。1991年10月13日……成就
◆ 中央アメリカ。多くの火山の噴火。1991年10月13日……成就
◆ チェンバレン裁判。犯罪は何もなされなかった。1984年3月4日……成就
◆ チェンバレン裁判。いつかこの件は明白になる。1984年3月4日……成就
◆ チェンバレン裁判。リンディーはもうすぐ釈放される。
1985年1月22日……成就
◆ 天罰。人類の四分の三が取り去られる。1985年7月13日……未
◆ チェルノブイリ。別のものがもうすぐ世界に降りかかる。1989年8月26日……未
◆ シカゴは破壊され真っ平らになる。1986年3月20日……未
◆ チリ。市は破壊されほとんど完全に平らになる。1986年8月2日……未
◆ 中国がアジアを侵略する。1990年4月7日……未
◆ サンピエトロ大聖堂が二つに割れる。1988年3月27日……未
◆ 教会は、教皇ヨハネ・パウロ2世は重い病気のせいで統治できないと主張する。
1995年12月31日……成就
◆ 教会がミッションの調査を開始する。1997年8月28日……成就
◆ 教会が聖シャーベル修道会を認可する。1997年8月28日……成就
◆ 聖心の書きつけを伴って教会の壁からイエズスの御血が流れる。
1992年8月1日……未
◆ ハレー彗星。全世界の破壊。1986年3月20日……未
◆ ワームウッド彗星。地球に激突する。1985年9月29日……未
◆ コホーテク彗星が大警告をもたらす。1985年9月29日……未
◆ 共産党がイタリアを支配する。1989年11月4日……未
◆ 妊娠。神の栄光のために奇跡的なものさえ多く起こる。多くの人が仰天する。
1995年3月31日……成就
◆ 汚れなき御心へのロシアの奉献。2000年までに実現する。
1995年10月13日……未
◆ 1988年にローマの教会会議。汚れなき御心の教会会議。
1986年10月23日……未
◆ 教会会議。また別のものが招集される。1984年3月19日……成就
◆ 口にできないほど衝撃的なやり方でのいくつもの犯罪。いくつもの戦争。
多くの流血。1995年12月28日……成就
◆ 危機。中東、アフリカ、南米、悲しみの始まり。1991年2月13日……成就
◆ クロアチア。多くの試練を受ける。多くの人が自然の擾乱によって取り去られる。
1992年3月13日……成就
◆ 治癒と改心。全世界で。1986年2月2日……成就
◆ チェコスロバキア、バルト海地域の近く、国境に沿って戦車が集結する。
1996年3月31日……未
◆ ダムが溺死と氾濫を引き起こす。1997年1月13日……未
◆ 大気圏内のあるものからの危険。1998年8月26日……未
◆ 放射能汚染による死。1989年8月26日……未
◆ 日本とフィリピンの領域での災害。1996年3月13日……成就
◆ 台湾、中国、香港の領域での災害。1996年3月13日……成就
◆ 災害。地震、洪水、ハリケーン、竜巻。米国とオーストラリア。
1990年8月4日……成就
◆ 不治の病気が自分の赤ちゃんを中絶した女性を襲う。1987年4月12日……成就
◆ 口と舌の病気が起こる。1989年2月4日……未
◆ 過去のいくつもの病気、さらに多くの病気が戻ってくる。
1989年3月19日……成就
◆ 病気。肝臓と肺の病気。すぐに死ぬ。1995年3月13日……成就
◆ 聖にして母なる公教会の分裂と分離。1985年12月1日……成就
◆ ドグマの宣言。「すべての恵みの仲介者」「共贖者」。1995年12月31日……未
◆ 幻視の中で、エルサレムの岩のドームが吹き飛ばされてしまった。
1996年6月1日……未
◆ 西側諸国の経済が崩壊する。1998年6月13日……未
◆ 英国。大波が海岸線を水浸しにする。1994年12月31日……成就
◆ エノクとエリヤ:ガラバンダルの奇跡の一部。1984年7月13日……未
◆ エストニア人の国々。血が流れる。1991年10月13日……成就
◆ 聖体。イエズスの現存が見え、聞こえ、感じられる。多くの人々が畏れる。
1992年8月1日……未
◆ ヨーロッパがいくつもの原子爆弾で荒廃する。1986年6月13日……未
◆ ヨーロッパが凍る。1997年1月13日……成就
◆ ヨーロッパ。戦争の幻視。ユーゴスラビア、チェコスロバキア、ロシア。
1992年4月4日……成就
◆ ヨーロッパ。北の諸国。オランダ、ノルウェー、デンマークが浸水する。
1991年10月13日……成就
◆ 聖ペトロの座に偽教皇が選ばれる。1984年5月18日……未
◆ 偽預言者が起こされ、見たこともない不思議を行い、多くの霊魂をとりこにする。
1992年2月4日……成就
◆ 偽りのもの。もうすぐ選ばれた民族の議会に入る。多くの人が神から
取り去られる。1990年9月1日……成就
◆ ポピュウシコ神父。聖人に列せられる。1986年3月23日……成就
◆ ドイツ。ウエストファリアから偉大な指導者が立つ。1987年9月26日……未
◆ ゲッセマネの岩。聖水が生じる。多くの奇跡と恩寵がある。
1994年1月13日……未
◆ ゴルバチョフ。暗殺が試みられる。1989年8月24日……未
◆ グラント・ダフィーが復活させられる。1984年3月4日……未
◆ グラント・ダフィー:リトル・ペブルが司祭に叙階された後すぐに復活させら
れる。1999年1月13日……未
◆ グラント・ダフィー:もうすぐ復活させられる。体は腐敗していない。
1992年1月14日……未
◆ 大天罰。島々は海の中に沈む。1985年11月2日……未
◆ 偉大な驚くべきことが聖地で見られる。1987年9月23日……成就
◆ 1990年代の最後に偉大な勝利がある。1989年12月31日……成就
◆ 偉大な預言者たち。聖なるグラントの復活の後すぐに戻ってくる。
1991年3月2日……未
◆ 偉大な奇跡が人類を仰天させる。1984年10月13日……未
◆ グアム。もうすぐ沈む。日本の地震による津波、火山噴火。
1993年11月6日……未
◆ グアテマラ。国が罰せられる。1985年5月9日……成就
◆ グアテマラ。多くの火山噴火。1987年5月9日……成就
◆ いくつもの奇跡の後でヘールボップ彗星が起こる。1997年8月28日……未
◆ イエローガスによる細菌使用の害。1992年3月30日……未
◆ ハワイ。津波。1993年4月24日……未
◆ オランダ。大きな波によって荒廃する。1986年6月13日……成就
◆ 聖画が涙を流す。1986年6月13日……成就
◆ 聖画が血の涙を流す。1986年4月13日……成就
◆ 聖にして母なる公教会はパードレ・ピオを聖人にあげる。
1987年5月13日……成就
◆ 教皇。時は短い。リトル・ペブルが彼の後を継ぐ。1993年9月4日……未
◆ ナウラの聖地。大きな治癒が起こる。多くの霊魂たちを連れ戻す。
1998年8月1日……未
◆ 教皇が来年オーストラリアを訪問する。1985年6月13日……成就
◆ 香港。内乱、暴動。多くの人が殺される。1994年12月31日……成就
◆ 香港。恐ろしい爆発。1986年8月2日……未
◆ 祈りの家。治癒と回心の恩寵。1986年10月4日……成就
◆ インド。ゴアにおいて偉大な奇跡が起こる。1986年2月15日……未
◆ アイルランド。大きな波が海岸線を水浸しにする。1994年12月31日……成就
◆ いくつもの海で島々が海面上に上昇して巨大な山ができる。
1997年1月13日……未
◆ イスラエルとパレスチナが戦争を始める。1996年6月1日……未
◆ イタリア。多くの都市が破壊され真っ平らになる。1986年2月19日……未
◆ イタリア。もうすぐひとつの大地震が起こる。1987年8月13日……成就
◆ イタリア。バチカンがもうすぐ火事になる。1986年8月2日……未
◆ ジャイディン・レスキーがもうすぐ発見される。1997年8月2日……成就
◆ ジャイディン・レスキーは死んだのではなく、連れ去られた。
1997年8月2日……成就
◆ 日本。もうすぐ災害が島々を襲う。多くの人が瓦礫の下で死ぬ。
1993年7月3日……成就
◆ 日本。石油の流出。1997年1月13日……未
◆ 日本。ひどい地震。1994年12月31日……成就
◆ 日本。もうすぐ罰せられる。天災。古くからのライバルからの侵略。
1992年3月7日……未
◆ Kerry Whelanはもうすぐ発見される。1997年8月2日……未
◆ 朝鮮半島。南は北により、あっという間に侵略される。1996年6月1日……未
◆ ミシガン湖。間もなく何か恐ろしいことがそこで起ころうとしている。
1996年5月4日……未
◆ ラオス。軍隊の準備。まもなく戦争。非常に多くの人の死亡。1994年2月5日……未
◆ レバノン。イスラエルとパレスチナによってそこで多くの戦火。
1996年3月13日……未
◆ リトル・ロック。神の栄光のために主の受難を受ける。霊魂たちを救う。
1995年12月31日……未
◆ リトル・ボーイ・ブルー。多くの印、奇跡、治癒が彼のミッションを通して
与えられる。1994年11月20日……成就
◆ リトル・ペブル。多くの世界中の御出現地にバイロケートする。
1986年9月6日……成就
◆ リトル・ペブル。苦しみ、痛み、迫害が増す。1986年12月6日……成就
◆ ロサンゼルス。もう一回大きな地震。1989年11月4日……未
◆ ミサ:バチカン教会会議。以前の典礼がもうすぐ復興される。1988年7月7日…成就
◆ メジュゴリエは勝利を収めリトル・ペブルと一致する。1987年9月23日……未
◆ メルボルン:氷と雪が路上に数メートルの深さに積もる。
1986年12月17日……成就
◆ 中東。大懲罰がここで今年始まる。1991年12月31日……成就
◆ 中東。もうすぐ戦争が始まる。1988年12月3日……成就
◆ 聖地での奇跡。今年の13日。1985年10月5日……成就
◆ 奇跡(ジョーゼット・ハーブ)。初土曜日。1985年10月5日……成就
◆ 奇跡。人々は生き埋めになった人々を発見する。1997年8月28日……成就
◆ 奇跡。行方不明の少年が発見される。1997年8月28日……成就
◆ ミサイルが米国の船に命中する。1996年3月13日……未
◆ モンゴル。火事。1992年1月13日……未
◆ モロッコ。戦闘。1994年12月31日……未
◆ モスクワ。火事。1992年1月13日……未
◆ ムルロア環礁。非常に近い将来にそこで何か重大なことが起こる。
1995年10月7日……未
◆ イスラム教徒。キリスト教世界への攻撃の準備。1998年2月13日……成就
◆ ネパール。共産主義の暴動。激しい戦い。1994年12月31日……成就
◆ ニュージーランド。また別の火山がそこで噴火しようとしている。
1996年7月6日……成就
◆ ニュージーランドの軍艦が南シナ海に進む。1996年3月13日……未
◆ ニューヨーク。恐ろしい爆発。1986年8月2日……未
◆ ニューヨーク。地震による荒廃。1986年6月13日……未
◆ ニュー・サウス・ウェールズ。さらに多くの火事。雨。多くの家が壊される。
人命が失われる。1994年1月13日……成就
◆ ニューヨーク。大雨に襲われる。1986年6月1日……成就
◆ 北太平洋。巨大な津波。1991年4月13日……未
◆ ナウラ。地震。1986年6月13日……未
◆ 核の問題がノルウェーの近くの北海で起こる。1996年5月4日……未
◆ 核爆発。モンゴルの近く。黄色の埃が東欧とアジアに降る。
1994年2月5日……未
◆ 原子炉。非常に大きな災害。大きな目覚め。多くの人が死ぬ。
1995年3月13日……未
◆ 聖シャーベル修道会がもうすぐ教会認可を受ける。1998年8月1日……成就
(訳注:シュナイダー司教による認可について、詳細は第二巻を参照)
◆ 修道会が認可される。1990年4月7日……成就
◆ 太平洋諸島信託統治領。爆発。1991年10月13日……未
◆ パース。大地震で震える。1986年6月13日……未
◆ 惑星の運航が不規則になる。地球上に擾乱が起こる。1992年5月13日……成就
◆ ポーランドが侵略される。1989年8月26日……未
◆ ポーランド。現政権は長続きしない。1989年8月26日……成就
◆ 教皇ヨハネ・パウロ二世が自分の後継者リトル・ペブルを発表する。
1987年6月27日……未
◆ 教皇ヨハネ・パウロ二世が逃げる。1984年9月日……未
◆ 選ばれた共同体に関する準備。多くの反対。1994年11月13日……成就
◆ 高位聖職者が、リトル・ペブルの負った十字架によって改心する。
1990年6月2日……未
◆ ロナルド・レーガン大統領が殉教する。1988年6月5日……未
◆ ローマ。シノドス(世界司教会議)が教会に変化をもたらす。
1985年11月2日……成就
◆ ローマ。山脈に沿って大地震。1986年6月13日……未
◆ ロートルーア。もうすぐマリア様が来られる公の場所ができる。
1995年6月3日……成就
◆ ロシアがアメリカを攻撃し、ヨーロッパ・イタリア・トルコを通過する。
1996年1月1日……未
◆ ロシアの原子力潜水艦が壊れやすく腐食している。メルトダウンが起こる。
1996年5月4日……未
◆ 聖地。泉がわき出す。1983年2月1日……成就
◆ サンピエトロ大聖堂。爆発。もうすぐドームの後方にキノコ雲の
ようなものが立つ。1995年4月13日……未
◆ セルビアの一部。流血。1991年10月13日……成就
◆ 船舶事故で多くの人命が失われる。1990年8月4日……成就
◆ 印。星、太陽そして月を見なさい。1997年12月31日……成就
◆ 太陽。多くの印が今日カメラを持っている子供たちに与えられる。
1998年10月13日……成就
◆ シスター・ルチアが聖母の御心の祝日に天に召される。
1998年5月13日……成就
◆ ハンセン病に似た皮膚病が突然に起きる。1998年8月1日……未
◆ 南極。オーストラリアを凍結させる原因となる出来事。多くの人の死亡。
1989年6月13日……未
◆ スペイン。大災難によって脅かされる。1986年6月1日……未
◆ 箱舟の聖母の像が涙を流す。1986年5月19日……成就
◆ 株価の大暴落が「終わり」の始まりを意味する。1989年11月4日……未
◆ 苦しみ。ウォロンゴング、ニューキャッスル、シドニー。
1984年12月11日……未
◆ 苦しみ。サーファーズ・パラダイス。1984年12月11日……未
◆ スウェーデン。流血。1991年10月13日……未
◆ シドニーが地震でのみ込まれる。1984年12月15日……未
◆ シドニー。ハーバー・ブリッジが震える。1986年6月13日……未
◆ シドニー。街路が浸水する。1986年6月13日……成就
◆ シドニー。大嵐に襲われる。1986年6月13日……成就
◆ シリア。もうすぐ流血が起こる。1989年1月7日……未
◆ トリエント典礼とノブス・オルド・ミサが並行して行われる。
1984年2月13日……成就
◆ ティアク。私たちの主を見る子供がもうすぐ起こされる。
1992年11月7日……成就
◆ ウクライナ。流血。1991年10月13日……未
◆ 米国。もうすぐロシアと中国が侵略する。1988年6月5日……未
◆ バチカン。世界司教会議が11月に行われる。1985年9月29日……成就
◆ ビクトリア・イールドン・ウィアーが危険にさらされる。1997年12月6日……未
◆ 幻視。バラの花で丸く囲われた中に「1999」「1666」「16-6-66-99」
という黒い数字。1998年12月31日……未
◆ 戦争。インドネシア。チモールとジャワ。1996年2月13日……未
◆ 戦争。フランス、アイルランド、スウェーデン。1996年2月13日……未
◆ 戦争。カナダ、グアテマラ、ハイチ。1996年2月13日……未
◆ 戦争。ハワイ、アルゼンチン、ヴァヌアツ。1996年2月13日……未
◆ 戦争。中東。クロアチア。セルビア。グルジア。1996年2月13日……成就
◆ 戦争。ロシア、シベリア、中国の国境。1996年2月13日……未
◆ 戦争。プエルトリコ、メキシコ湾。1996年2月13日……未
◆ 戦争。ラオス。タイ。ベトナム。1996年2月13日……未
◆ 戦争。南アフリカ。スワジランド。1996年2月13日……未
◆ 戦争。中国。香港。台湾。1996年2月13日……未
◆ 核弾頭を。米国。オーストラリア。ヨーロッパ。1996年6月13日……未
◆ ワラガンバダム:大きな揺れがおそらくもうすぐそれを壊す。
1989年11月4日……未
◆ 岩からわき出る治癒のための水。霊魂の癒し。1987年9月23日……未
◆ 水。非常に近いうちに毒される。1994年10月1日……未
◆ 天候。氷。吹雪が今まで決してなかったところで見られる。
1989年2月4日……成就
◆ ウォロンゴング:市が破壊され平らになる。1986年5月3日……未
◆ ウォロンゴング。地震。1986年5月3日……未
◆ ウォロンゴング。製鉄所の爆発。1986年6月29日……成就
◆ 世界。多くの水が毒される。1998年9月13日……未
◆ ユーゴスラビア。激しい戦闘。1994年12月31日……成就


【 以下は現在までに成就した預言です 】

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預言:1986年6月13日(メッセージNo.91)
 アデレード。火災による荒廃……成就
 アメリカ(カリフォルニア)。火災による荒廃……成就
 アメリカ(カリフォルニア)。地震による荒廃……成就
 オランダ。大波による荒廃。……成就
 シドニー。通りが冠水する。……成就
 シドニー。大嵐に苦しむ。……成就
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 聖母は今、左の方へ移動され、私のいる場所の真上に来られました。世界が見えます。アメリカ合衆国が見えます。そして大きな大きな火が、今、地震で揺れているかのように見える地球から出てくるのが見えます。海岸線に沿って、とてもとても巨大な波が見えます。約50フィート(17メートル)くらいの高さはあるでしょう。波は西海岸に押し寄せています。今、一つの州の輪郭が見えます。その上には「カリフォルニア州」という名前があります。そこで強カな地震が起こり、地すべりが起きています。州全体にわたっています。州全体がアメリカから分離され、海中に沈んでいきます。さて東海岸のニューヨークで地が震えているのが見えます。ビルディングが揺れて、くずれ落ちてゆきます。火事があちこちで起こり、人々は金切り声をあげて、あわれみを求めています。しかし、天におられる父なる神は、両手で耳をおさえておられるのが見えます。
 さて地球はまわり、今、私はヨーロッパ、イタリアが見えます。そこでも地は震えています。ローマからさほど遠くないところ、ずっと山脈に沿って大きな地震が起こっています。今イタリアの多くの町がのみこまれるのが見えます。聖母は「まもなくです!」とおっしゃいました。私たちはさらに進み、オランダに向かい、ドイツに向かい、そして見えます。どうやって見ているのかは自分ではわからないが、とてもとても巨大な波がオランダ、オランダ北部全域におしよせて来ようとしています。それは、本当に巨大な波です。アムステルダム市におしよせます。市全体が水面下になってしまったようです。人々はあらゆるところから町を逃げ出しています。彼らは恐れています。これらの場所でも地が震えていました。
 さて地球は少し回転して、今、オーストラリアが見えます。アデレード市が見えます。街をとり囲むようにして、たくさんの火事が見えます。そして地も震え始めています。ビルが崩壊し、人々は道で悲鳴をあげています。さて聖母は移動され、私にパースの町を見せて下さいます。そしてまた、とてもとても大きな波が、本当に大きな波がいくつか見えます。どれくらいの高さかわかりませんが、50〜60フィート(約20メートル)の高さに盛り上がっているように見えます。町は今、巨大な地震で揺れ動いています。十字架が町の上空に現われました。それは町の住民への讐告として、全体が光り輝いています。そして波は今、パースの街をのみこもうとしています。さて、私たちはウォロンゴングヘ、ナウラヘ、そしてシドニーへ近づいてきました。すると大きな波が、海岸全域で、激しく打ちつけるのが見えます。大嵐です。水位が上がり、高くなって、街中に押し寄せています。今、シドニーのハーバー・ブリッジも見えます。今にもくずれ落ちそうにぐらぐらしています。今、聖母は私にもっとむこうの海岸も見せて下さいます。ウォロンゴングとナウラ地区にやって来ました。地が震えています。人々は通りへ走りこみますが、地震は非常に、非常に強いものです。多くのビルは震えています。そして聖母はこう言われます。「これは、これらの地区に対する第一の警告です。もっと多くのことがこれから起こるでしょう」
 今、光景は変化しています。空が開きました。私はロケットを見ることができます。合衆国とオーストラリアとヨーロッパに飛んでいるいくつかのロケットです。これらは兵器ですね、親愛なる母よ、そうですよね? 聖母はうなずかれました。私はシドニーに落ちる六つの弾頭を持つ爆弾を見ることができます。おそらく原子爆弾でしょう。シドニーはなくなってしまいました! シドニーがあったところには、大きな穴があります。それは私には80マイルほどの広さに見えます。地上の大きな穴、巨大なクレーターです! 今度は、原子爆弾がヨーロッパ全域に、そしてアメリカにも降るのが見えます。空には非常に大きな赤い文字で「第三次世界大戦 − まもなく!」と書かれています。また、それらの文字は燃えています。ぼんやりと、教皇ヨハネ・パウロ二世が見えます。彼は文字の右側におられ、泣いておられます。彼は手を顔に当ててすすり泣いておられます。今、空を満たしつつ、巨大な球が転がっていきました。巨大な火の玉です。すさまじい速度で空を通り過ぎつつ、赤とオレンジの火花がそれから発しています。その一部が割れて離れて、ニューヨークを直撃しようとしているようです。そして別の部分は海に落ちていきます。ちょうどそのときもう一つの部分が分離し、空を非常に赤く、赤くしました。空には雲があります。非常に濃い雲で、血のように赤い雲です。今、私は、ちょうどここの私たちの上の方に非常に大きな黒い雲を見ることができます。それはさらに黒くなってさえいます。非常に黒く! 聖母はおっしゃいます。「来るべき三日間の暗黒があります。人類への神の懲罰の最後の一部です」

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預言:1994年10月1日(メッセージNo.450)
 偶然ではない事故が空、水上、地上において起こる。……成就
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「偶然ではない多くの事故が空において、水上において、地上において起こるであろう。この国、オーストラリアは、多くの試練を経験するだろう。わがかわいい子供たちよ、干ばつのみならず、洪水や、火事も。地震さえもこの土地を触れるであろう。多くの者が失われるであろう。私は夜の盗人のように来る……素早く! ごく近いうちに、わが可愛い子供たちよ、あなたがたは、毒された水のことを聞くであろう。これを、神がお喜びでないということのしるしとせよ」

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預言:1986年6月7日。聖母(メッセージNo.89)
 アメリカ。大雨が降る。……成就
 ニューヨーク。大雨が降る。……成就
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「大雨が間もなく合衆国にもたらされるでしょう。とりわけニューヨークにおいて。聖シャーベルの祈りの家の中でも印がもたらされるでしょう。大いなる白い輝く十字架が、ある日これらの家において見られるでしょう。そして、そうです、わが子よ、あなたとブラザー・ジョセフは、それぞれの家において、十字架の隣に立っているのを見られるでしょう。これはあなたがたの両者に私が与えた偉大なるミッションを確証するためのものです。世界は、三位一体の神、父と子と聖霊の偉大さ、力、愛、あわれみを知るでしょう。アーメン。
 わが愛のリトル・ペブルよ。あなたはあなたの愛する街ケルンに戻るでしょう。そこであなたは生まれました。そしてあなたは、世界をその破滅から救うために来るであろう偉大な君主に冠を授けるでしょう」

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預言:1993年9月3日。聖母(メッセージNo.401)
 アフリカ。この大陸の国々に大いなる苦しみがもたらされる……成就
 アフリカ。信仰を擁護するための多くの殉教者たち。(ルワンダ)……成就
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「私は、この偉大なる大陸の私たちの子供たちに、私、あなたがたの天の母が、あなたがたを愛しているということを告げるために来ました。私はあなたがたに準備をするように告げるために来ました。なぜなら大いなる苦しみと試練が、この大陸の国々に降りかかるであろうからです。世界中においてもそうなるであろうのと同様に。わが神なる息子イエズスの再臨は近いのです。
 わが親愛なるケニアの子供たちよ。わが神なる息子は、あなたがたのために、アフリカ中で光の子供たちの軍隊を起こす計画を持っておられます。彼らが、楽園への勝利に至るまで、わが神なる息子に従うように。信仰の擁護のために、わが子供たちの間に多くの殉教者が出るでしょう。しかし勇気を出しなさい。なぜなら私は、あなたがたを導く多くの偉大なる霊魂たちをあなたがたに送るでしょうから。私はあなたがたに、わが神なる息子イエズスの言葉を広めるための火のような司祭たちを送るでしょう」
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預言:1990年8月8日。(メッセージNo.297)
 航空事故(爆弾が仕掛けられた)……成就
 船舶事故が多くの生命を奪うであろう……成就
 橋の事故。多くの死……成就
 地震、洪水、ハリケーン、トルネード。アメリカおよびオーストラリア。……成就。
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「中東における戦争は短い期間だけ沈静化するだろう。そしてそれから大いなる対立にエスカレートするだろう! アメリカ合衆国は介入してはならない。秘密結社の計画は、合衆国と西側諸国を弱めることである。戦闘が間もなく中央アメリカと南アフリカでも始まるであろう。このこともまた、この地域に不安定性をもたらし、西側諸国への脅威となるだろう。このことの背後にある目的は、アメリカ合衆国を介入させ、その力をこれらの地域に引き寄せ、それ自身の防衛力を弱めることである。これは、ロシアと西側諸国をコントロールしている秘密結社による策略である。なぜなら、アメリカ合衆国の大いなる力を破壊し、そしてこのことによって自由世界を破壊しようとする、ルシファーによって作り出された邪悪な計画があるからだ。あなたがたが目で見ているものは、カムフラージュにすぎない。この理由のために、東側諸国は民主主義に転換してきている。しかしこれもまた秘密結社の計画の一部である。今回それについて名指しはしない。
 より大きな災害がこれから来るだろう。非常に間もなく、大いなる地震と、さらなる洪水、さらなるハリケーンとトルネードと共に。それは合衆国とオーストラリアを襲うだろう。橋に関する災害があるだろう。それは多くの霊魂たちを死に引き込むだろう。航空事故、船舶事故が起こり、多くの命を失わせるであろう。わが子供たちが祈らない限り、より多くの国が侵略されるであろう。間もなく、この国(イスラエル)において、そしてこの地域の全ての国々において、戦闘が再び始まるであろう。わが子供たちが祈り、償いをしない限り。多くの者たちが、ひどい洪水のために苦しんでいる。しかしさらに多くのものがこれから起こるであろう。それは終わっていない」

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預言:1995年11月4日(メッセージNo.500)
 反キリストの堕天使が霊魂たちの上に「獣の印」をしるしながら地上を歩き回る。……成就
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「真の使徒たちの反使徒たちである反キリストの12人の使徒たちを、今地上を歩き回っている反キリストは準備しています。私の甘美な子供たちよ。それは、もし可能なら神の『選ばれた者』さえもだますために、偉大な『奇跡』『しるし』そして『驚異』をもたらすためです。反キリストである堕天使が霊魂たちの上に『獣のしるし』をしるしながら、今、地上を歩き回っています。私の最も聖なる教皇のために祈りなさい。なぜなら彼は狭い小道を歩いているからです。その小道は、最後には私の神なる息子とともに、彼を完全に十字架につけることになる小道です。なぜなら彼の命は、教会と、将来の教皇ペトロ2世、私たちの愛のリトル・ペブルのためにささげられるのですから」

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預言:1984年7月13日。聖母(メッセージNo.14)
 反キリストは今、地上にいる。……成就
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「このことを、私は数えきれないほどの出現地で何回も言ったのに、人間は今だに私の言葉を誤解しているのです。ルシファー、彼の時間は短いのです。与えられた100年間がまもなく終わるでしょう。ルシファーが解き放たれ、人間を再び誘惑する前に人間が与えられた約25年間の平和の期間について、ラ・サレットの預言で話しましたが、その時とは、今のこの時代です。ルシファーが、1940年に地獄から解き放たれたのですと私は言いませんでしたか? 愛する子よ、子供たちよ、ルシファーが再び戻ってくるとしたら、私が『終わりの時』や、反キリストの支配について話すでしょうか? 私と私の息子は、イエズスの再臨の時、あなた方の肉体と霊魂は共に永遠の生命の贈物を与えられるという大いなる約束をします。あなた方の霊魂は、すでに不滅だからです。我が息子の再臨の時、もはや罪も苦しみも涙もなくなります。それから平和統治が来るのです。
 今やあなた方は霊的戦いの最終の段階に来ているのです。多くの者が堕ちつつあります。我が子らよ、反キリストの全面的支配は、今年中に訪れるでしょう。非常に大きな苦しみが、聖にして母なる公教会と世界全体を襲うでしょう。子らよ、聖書で言われている一千年間の統治とは、今現在のことです。我が息子キリストがカルワリオの十字架につけられた時、我が子の統治は始まったのです。我が子らよ、私の言うことがわかりましたか? そしてルシファーはその間、地獄へつながれていたのですが、人間を誘惑するために解き放たれたのが1940年だったのです。しかしそれは短期間です。なぜなら、我が子イエズスが、サタンを、永久に永遠の地獄の火の中へ征服するために、世に戻ってくるからです」

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預言:1987年3月13日。聖母(メッセージNo.137)
 反キリスト、ロード・マイトレーヤは人類を騙すために来る……成就
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「間もなく、この世界に『人類を欺く者』がやってくるでしょう。自分自身を『キリスト』と呼ぶであろう者が! 彼は、自分は戻ってきたキリストであると、多くの者を騙して信じさせるでしょう。しかし私はあなたがたに言います。『彼を信じてはなりません。なぜなら彼は、わが神なる息子イエズスによって預言された反キリスト、数多くの神秘家たち、聖人たちによって、何世紀にもわたって預言されてきた反キリストだからです』」
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預言:1987年8月13日。聖母(メッセージNo.159)
 イタリア。間もなく大地震に苦しめられる。……成就
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 カリスから、イタリアの国に血が滴り落ちています。そして私は、イタリアが非常に激しく動いているのを見ることができます。大きな地震のように。 主:「彼らが私に対してなしたことを見よ、わが子供たちよ。これは彼らの罪に対する懲罰である」 それは非常に大きな地震であり、「間もなく」という言葉が十字架の上にあります。そして今、世界は再び動いています。それは回転しています。そして私は南アメリカを見ることができます。「チリ」という言葉が見えます。そしてイエズスの御手からの血はカリスから滴り落ちて、この国の上に落ちています。そしてその国は揺れ動いています。 主:「これもまた、この国に降りかかるであろう。そして世界中の多くの国々に。なぜなら、私たちのかわいい子供たちは、彼らが懲罰を受けるまで耳を傾けようとしないからである。間もなく、偉大なる権威と力が、あなたに与えられるであろう。その最も大いなる試練を通して、地上におけるわが教会を導くために」

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預言:1984年5月4日。聖母(メッセージNo.5)
 チェンバレン事件、いつかこの件は明らかにされる。……成就
 オーストラリアは、まもなくルルドのような場所を持つ。……成就
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「リトル・ペブルよ、もう一つお話しすることがあります。私は世界の人々に、チェンバレンの事件は、にせ裁判であることを知ってほしいのです。あの子供達はうそつきではありません。私は彼ら2人を祝福します。なぜなら、天の永遠なる御父の目には、何の罪も犯されなかったからです。世界に次のことを知らせなさい。天は判決に不満であり、いつの日にか、この事件は明らかにされるでしょう。
 もうじきオーストラリアに、ルルドのような場所ができ、そこへ行って病気をいやされ、清められ、罪を清められることができます。そして避難所ともなるのです」

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預言:1992年6月13日。聖母(メッセージNo.363)
 棄教が私たちとともに今四十年間続いている。……成就
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「大棄教があなたたちとともに四十年間今続いています。私の愛する息子よ。私の神なる息子があなたを置いたこの道をたどり続けなさい。地の基が据えられて以来、その最も暗い時代において、罪人たちを救い、そして聖にして母なる公教会を助けるため、聖なるミサの犠牲をささげるために、ここ、私の最も聖なる土地に来る他の司教たちや枢機卿たちが間もなく出てくるでしょう。新しい時代が世界にもうすぐ来るでしょう。それは平和と静けさの時代、照らしと喜びの時代です」
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預言:1992年5月13日。聖母(メッセージNo.361)
 惑星。運行が不規則になる。地上の擾乱。……成就
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 私たちの祝された御母はまだ金色の雲の上に太陽を背にして立っておられます。その太陽は大気の中で実に速い円運動をして回転しています。説明するのがとても難しいです。私が言いたいのは、太陽は地球と同じくらいに小さいはずがない、なぜなら実際は太陽は遙かに大きいから、ということです。しかしながら、それが私たちの祝された御母の後ろに来ている時、それは月のようでありながら、太陽のように明るく輝いています。大気の中に円運動をしながらそれが戻ると、それは多くの炎と火花を放ちます。しかしそれがそれらを放っているとき、私は私たちの太陽系の惑星を見、そして太陽が惑星の大部分をその運行において非常に不規則にさせつつ行きすぎているように見えました。
聖母: 「私の愛する子供よ。あなたが見ているものは将来の出来事で、それはあなたたちの太陽系の惑星の運行と動きが不規則になるというものです。世界は非常に近いうちに天における多くの驚異を見るでしょう。そして天体のこれらの変化は地の表面にたくさんの擾乱を引き起こすでしょう。これらは私の神なる息子イエズス・キリストへの信仰に人類を改心させるための、最後の日々の印のうちの一つです」

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預言:1994年9月3日。主(メッセージNo.446)
 オーストラリア。火事。多くの水害。作物がだめになる。食物が高騰する。……成就
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「この国、オーストラリアに対する懲罰は続くだろう! 多くの火事がもたらされるであろう。そしてそれから多くの水害が。作物はだめになるであろう! 食物は非常に高価になるであろう。わが最も聖なる母が、あなたがたに食料を蓄えるように告げたのはこのためである。この豊かな国においてさえも飢えがやってくるであろう。そして世界の多くの他の部分において。なぜなら天におられるわが父の怒りは地上に降りかかっているからである。わが再臨は近い。あと数年しかない。そしてあらゆる苦しみは去り、もはや涙はなくなるであろう。ただ喜びと平和だけがあなたがたの霊魂を永遠に満たすであろう!」

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預言:1990年4月7日。聖母(メッセージNo.276)
 修道会は承認される。……成就
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「わが汚れなき御心の修道会が、教皇ヨハネ・パウロ二世によって承認されるならば、自分の敗北は近いのだということを悪魔は知っています。なぜなら私は、全世界を改心させるためにこの修道会を使うでしょうから。彼の敗北の始まりは、この修道会の承認において起こるでしょう。
 しかしながら、わが神なる息子があなたに約束なさったように、あらゆる幻視者たちと善意の霊魂たちと一致して、このミッションは世界中で勝利するでしょう。なぜならあなたがたは、地上におけるわが神なる息子の教会の残りの者(レムナント)となるであろうからです。あなたがたは、聖ミカエルの剣と、わが神なる息子の十字架を身に帯びるでしょう。そしてこれらの紋章は「生けるたいまつ」として、あなたがたの心の内に置かれるでしょう。なぜなら、わが神なる息子は、偉大なる力と威厳をもって、天国から地上に帰ってこられるからです。このわが汚れなき御心の尊い修道会は承認されるでしょう。そしてまたこの国におけるこの聖なる土地でのわが出現も、ローマからの認証を受けるでしょう。そしてこのことは、すべてが失われたように見えるときになされるでしょう」

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預言:1986年9月23日。聖母。(メッセージNo.111)
 出現地は、多くの印を受けるであろう。10月13日。……成就
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「わが親愛なる子よ、私の出現地の多くにおいて、そしてわが神なる息子イエズスの出現地の多くにおいて、10月13日に多くの印が与えられるでしょう。多くの印が、わが子供たちによって目撃されるでしょう。そして、多くの場所において、わが子よ、あなたも、子供たちと出現地の幻視者たちに対して、同時に現れるでしょう。私たちの子供たちの間の偉大なる一致と強さをもたらすために」

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預言:1989年11月4日。聖母(メッセージNo.254)
 ベルリンの壁は崩壊するであろう。……成就
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「ベルリンの街で壁が崩れると聞くとき、わがかわいい子供たちよ、時が来たことを知りなさい! イタリアにおける政府は倒され、共産主義者がこの西側の国を支配するでしょう。わが聖なる代理者にとっての大いなる試練の時は近いということを知りなさい。あなたがたは、かつてないほど大きな災害が増加するのを目にするでしょう。しかしこれは来ることに比べれば小さなものにすぎません。なぜなら、この大いなる都市サンフランシスコは崩壊するからです。これは崩壊する唯一の都市ではありません。私、そしてわが神なる息子は、救われるべき霊魂たちに十分な警告を与えるでしょう。それらが破壊される前に、これらの都市を離れるために!」

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預言:1984年2月15日。聖母(メッセージNo.4)
 トリエント・ミサとノヴス・オルド・ミサが平行して奉げられる。……成就
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「子らよ、まもなく教皇様が重大な発表をなさいます。その発表とはミサの聖なる犠牲に関するものです。つまり、ピオ5世のトリエント典礼、及びノヴス・オルド・ミサ(Novus Ordo Mass:1962年のバチカン教会会議以後、現在ほとんどのカトリック教会で捧げられているミサ)が、両方お捧げできるということです。……トリエント典礼が無効であり、認可されていないものだと言ってはなりません。そうです。子らよ、まもなくあなたがたは、天が、なぜこのような発表をさせたのかわかるでしょう。……私の祝福は、オーストラリアのウォロンゴング教区の上にあります。まもなく大いなる恵みがこの教区の上にあるでしょう」

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預言:1985年9月29日。聖母(メッセージNo.37)
 ヴァチカン:11月のシノドス(世界司教会議)……成就
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「今、彼(ヨハネ・パウロ二世)の為に十分な祈りが捧げられなければ、すぐにも彼は信仰の殉教者となってしまうでしょう。11月のシノドスが始まる前に、彼の為に祈らなければなりません。ヴァチカンの中に、邪悪な計画があり、教皇をとり除き、十字架にかけようとしているのです。彼は大きな危険にさらされています。いつの日か、大衆に向かって話をされる時、以前のように、再び狙撃されるかもしれません。そうなれば、我らの愛する教皇がとり除かれたら、聖なる公教会はどうなるのでしょう?」

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預言:1983年11月11日 聖母(メッセージNo.1)
 オーストラリアは自然災害で荒廃する……成就
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「子らよ、あなたがたの国はもうすぐ、天災と敵国軍隊の侵略によって荒廃するでしょう」

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預言:1995年12月28日。聖母(メッセージNo.504)
 口にできないようなやり方でのいくつもの犯罪。いくつもの戦争。多くの流血。……成就
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「世界全体において、懲罰がもたらされるでしょう。大いなる自然災害があるでしょう。なぜならこれらは、罪のない者に対して人類が犯してきた罪に対する懲罰であるからです。大いなる戦争と多くの流血があるでしょう。口にできないようなやり方での数多くの犯罪があるでしょう。そして多くの子供たちが恐怖によって、そして殺人によって死ぬでしょう。多くの人々が病気にかかるでしょう。そうです、これらすべてのことが、そしてさらに多くのことが、最近私がわがソーンブッシュに対して話した、この短い期間のうちに起こるでしょう。これらは、教会と世界を襲うであろう試練です。わが子供たちさえも、これに対して準備をしていないと私が言ってきたのはこのためです。この続く数カ月の間に、そして来る二年間の間に、これらすべての出来事は展開するでしょう。新しい修道会と神秘的教会の形成において多くの進歩がなされるでしょう」

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預言:1995年12月31日。聖母(メッセージNo.504)
 教会は、教皇が深刻な病気のために統治できないと主張する……成就
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「まもなく、歴史に名を残す反教皇が代理者として着座するでしょう。ヨハネ・パウロ2世は重い病のためもはや教会を統治できないと教会が主張するからです。以前に私が話したことをよく考えなさい。試練は厳しいでしょう。司教は司教に、枢機卿は枢機卿に、司祭は司祭に対立します。教会は大混乱に陥り、このため、永遠の御父からの罰として世界は苦しむでしょう。天から与えられた多くのメッセージを信じなかったからです。このため、永遠の御父は教会と世界とを懲らしめられるのです。全世界で多くの大戦が勃発し、大きな自然災害が発生するでしょう」

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預言:1996年3月13日。主(メッセージNo.511)
 日本とフィリピンの領域における災害……成就
 中国・台湾・香港の領域における災害……成就
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主: 「中国、台湾、香港、日本、フィリピンのために祈りなさい。なぜならわが子供達が祈らない限り、多くの災害がこれらの地域において起こるであろうから」
 私は今、天の大部分は消え去ったのを見ることができます。南シナ海が見えます。日本の下の方の部分と中国と中国本土の下の部分の間のどこかです。私は数多くの軍艦を見ることができます。大きな船のひとつに中国の旗があります。私はアメリカの空母を見ることができます。そして多くの他の船を。オーストラリアの軍艦さえもあります。ニュージーランドも。その地域へ向かって動いています。私は一つのミサイルがアメリカの船に着弾するのを見ました。日本もまたその領域に船を送っています。私にはそれはより小さな船に見えます。私はそれらの違いを知りませんが、私には小さな軍艦に見えます。それは非常に非常に混乱しているように見えます。私は香港が炎に包まれているのが見えます。中国沿岸には、多くの火事が見えます。しかし私は中国の南部に大きなミサイル運搬車を見ることができます。今ヴィジョンは消え去りました。
主: 「私の甘美な子供たちよ。私が私の小さな息子に見ることを許したものは、非常に短期間のうちにやってくるであろうことである。私は今私の子供たちすべてに、私のいと聖なる御母の呼びかけに耳を傾けるように、そして世界中で創立されているそのいくつもの修道会に入るように招く。終わりの時のそのいくつもの修道会、それは、間もなく起こる私の再臨のときに始まる新しい聖なる時代に入るために、人類を準備するものなのだ」

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預言:1997年12月6日。聖母(メッセージNo.554)
 オーストラリア。南で火事が猛威をふるう。……成就
 オーストラリア。北で火事が猛威をふるう。……成就
 オーストラリア。大雨が降る。……成就
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「すでに今あなたたちは、ここ、あなたたちの最愛の国オーストラリアはもちろんのこと、この世界が罰せられるのを見ています。あなたたちが今目にし耳にしている多くの火事は、ここ、あなたたちの地域であるショールヘブンにおいてさえ増加するでしょう。しかしながらこの共同体の私の子供たちは恐れる必要はありません。なぜなら私の保護のマントがこの聖地の上にかけられているからです。というのはこの聖地がこの地域とこの国のいたるところのすべての私の子供たちへの印となるであろうからです」

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預言:1998年2月13日。聖母(メッセージNo.558)
 オーストラリア。洪水によって罰せられる。……成就
 オーストラリア。かつてないような大いなる寒さの期間。……成就
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「オーストラリア。永遠の御父はすでに彼らを大いなる熱と多くの雨によって罰しておられます。そしてこれは、さらにひどい熱とひどい洪水に至るまで増加するでしょう。多くの伝染病がもたらされるでしょう。そして大いなる寒さの期間があるでしょう。それはこの国の多くの地域においてこれまで決して見られたことがなかったようなものです。このことは土地と食料に多くの荒廃をもたらします。そして多くのものが滅びるでしょう。あなたがたの指導者たちのために祈りなさい。来るであろう新しい時代へ向けて彼らがこの国を賢明に導くように。なぜなら、選ばれた多くのものたちは、権力の座に就くことを神が望んでおられる者たちではないからです。きたる数カ月において、多くの変化がこの国に、そして世界中に起こるでしょう。なぜなら中東とアジアにおける戦争が現実化し、永遠の御父と永遠の御子の霊にささげられたこの偉大な国に影響を及ぼすからです」

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預言:1998年6月13日。聖母(メッセージNo.564)
 オーストラリア。大きな罰がこの教区に降りかかる。……成就
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「私が私の愛のリトル・ペブルに今日見せたものは、永遠の御父がもう十分と判断なさるまで降りかかっており、そして降りかかり続けるであろう天罰です。そして神はその時、今、皆が待っている偉大なしるしでもって介入なさいます。あなたたちの国、オーストラリアのために祈りなさい。なぜなら大きな罰がこの教区とこの土地に降りかかるからです。と言うのは、ウォロンゴングの市のそばに位置する山脈にそって、大きな揺れが断層をずれさせ、多くの人が命を落とすからです。

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預言:1997年8月2日。聖母(メッセージNo.547)
 オーストラリア。ミッションは小さな勝利を与えられる……成就
 ジャイディン・レスキーはまもなく発見される……成就
 ジャイディン・レスキーは迷子になったのではなく誘拐された……成就
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聖母: 「この夕べに私はあなたに良い知らせを持ってきました。この数カ月の間、行方不明になっていた小さな男の子は、間もなく見つけられるでしょう。なぜなら彼は迷っていたのではなく、連れ去られたのであるからです。同様に、弱い男によって誘拐されたわが娘も。間もなくこの子も見つかるでしょう。なぜなら私は、私たちの世界の子供たちが、神のあわれみを理解することを望んでいるからです。なぜなら永遠の御父は、私たちの小さな『白い岩』そして私たちの小さな息子、セイモアの『リトル・ボウ』を、この国において警察が犯罪と戦うのを援助するために、そして罪のうちにいる子供たちに正義をもたらすために、用いるでしょうから。今日、神の善性のゆえに、雪が降った山(トレドボ・リゾート)においてある霊魂が見つけられました。同様に、もう一人の霊魂も生きて見付けられるでしょう。なぜならもっと多くのものたちが埋められているからです。私はあなたを連れていきましょう、親愛なる子、そしてわが『リトル・ボーイ・ブルー』よ。そして私はあなたに、どこにこの子が埋められているかを示しましょう」
 聖母はいま地滑りで家々が崩れた山に私を連れてゆかれます。私は私とともにリトル・ボウと聖ミカエルを見ることができます。聖母はその場所に白い十字架を描いておられます。
聖母: 「そこです。わが息子よ! あなたは関係者に告げなければなりません。天使たちはこの霊魂を見張るでしょう。そして神は栄光をお受けになるでしょう。あなたの忍耐がどれほど試されてきたかを、私たちは理解しています。しかしあなたは忍耐強くあらねばなりません、わが親愛なる小さき岩よ。なぜなら、あなたと私たちの『リトル・ボウ』の間に、このきたる数カ月においてさらに多くのことが啓示されるでしょうから。わが子供たちが、神のあわれみと善性を理解するのを助けるために。いったんすべてのことが起これば、教会はいと高き御者の主張を受け入れるほかに選択肢を持っていないでしょう。わが神なる息子イエズスと私が、あなたに、そしてわが世界中の多くの子供たちに与えてきたすべてのことは、『時の終わり』が来たということの教会と世界に対する印として間もなく起こるでしょう。私があなたに約束したように、わが聖なる息子よ。小さな勝利がこのミッションとあなたと一致しているミッションに与えられるでしょう。しかしこのことを知っておきなさい。この短い勝利の後に、厳しい試練が教会と世界において起こるでしょう。そしてこれらの試練が過ぎ去った時、悪に対する偉大なる勝利が永遠の御父によって与えられるでしょう」

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預言:1996年11月13日。主(メッセージNo.529)
 司教は司教に、司祭は司祭に、枢機卿は枢機卿に対立する……成就
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「今は、聖書によって、そして人類に与えられてきた数多くの預言的な言葉によって語られてきた時代、大いなる試練の時代である。私たちの『選ばれた者』の間における分裂は、これから全教会において起こるであろう分裂の始まりである。なぜなら、その分裂は、真理と虚偽の間のものだからである。これは聖なる戦い、善と悪との間の戦いである。時がたてば、わが子供達は理解するだろう。
 教会と世界は大いなる試練の中に入っていくだろう。それは、あなた方の心の中で想像してきたよりもずっと厳しい。それは始まった! 預言されてきたこと全ては一字一句に至るまで成就されるであろう。『選ばれた者』の間のさらなる分裂を目にするからといって落胆していてはならない。地上における我が家の中での大いなる分裂を目にするであろうからといって落胆してはならない。なぜなら、司教は司教に、司祭は司祭に、枢機卿は枢機卿に対立するであろうから。そして、多くの者が、私が皆に対して指名したキリストの代理者に対立するであろう。
 わが代理者、ヨハネ・パウロ二世に聞き従う者は、私に聞き従うのである。真理を否定してはならない。必要とあれば、あなた方自身の生命をもってしても、それを擁護せよ。なぜなら、あなたがたのうちの多くの者は殉教者となるように呼ばれているからだ。キリスト教世界の始まりにおいて多くの者達がそうだったように。なぜなら今は、来るべき聖なるニューエラ(新しい時代、『平和の統治』のこと)のために聖にして母なる公教会を再建するため、血が流されなければならない時だからである。私はあなたがたに地上での幸福を約束することはできない。しかし私は、来るべき新しい世での幸福を、新しい楽園、新しい聖なるニューエラ、そしてその後は天国においての幸福を、あなた方に約束する」

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預言:1996年8月13日。主(メッセージNo.524)
 カナダは水害と水による疫病によって懲罰を受ける。……成就
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「カナダのために祈りなさい。カナダは水害と水による疫病の懲罰を受けるからである。あなたたちの国、オーストラリアのために祈りなさい。多くの火事のために多くの死がもたらされるからである。星と縞の国(アメリカ合衆国)、豊かさの国のために祈りなさい。来るべき年(複数)には多くの者が飢え、豊かさは無くなってしまうからである。アジアの国々のために祈りなさい。戦争がこれらの国々を苦しめるからである。感謝を知らない人類に、私は飢えと病を送る。ポーランドのために祈りなさい。ポーランドはかつては私の言葉に忠実であったが、今や多くの者が私を裏切っている。ロシアがこの国に侵入し、多くの者が滅びるであろう。甘美なる子供たちよ、あなたたちは多くの懲罰を見てきた。しかし、耳にし目にしてきたことは、これから子供たちが完全な謙遜のうちに膝を屈めるようになるまでに来ることに比べればほんのささいなことにすぎない」

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預言:1997年8月28日(メッセージNo.547)
 教会はミッションの調査を開始する。……成就
 教会は聖シャーベル修道会を認可する。……成就
 奇跡:生き埋めになっていた人々が発見される。……成就
 奇跡:行方不明の男の子が見つかる。……成就
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「天は、生き埋めになっている人々に関連した、三つの非常に重要な奇跡を行おうとしておられます。それらの人々は見つけられるでしょう。死んだと考えられている行方不明の男の子も見つけられるでしょう。そして誘拐された女性はまだ生きており、この人もまた救いだされるでしょう。これらの預言は、このミッションに強い関係を持っています。それからこの後、教会はミッションに対する調査を開始するでしょう。そして聖シャーベル修道会を認可するでしょう。

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預言:1997年1月13日。聖母(メッセージNo.534)
 ヨーロッパは凍える。……成就
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「世界中のあらゆる国において懲罰が降りかかっています。ヨーロッパは凍っています。アメリカは洪水になっています。日本では油の流出。地震、サイクロン、すべてのことはあらかじめ予告されてきました。今年は、うち続く災害の年となるでしょう。多くの悲劇、あなたがたの多くにとっての多くの十字架の年となるでしょう、わが子供たちよ。しかしそれらを担い、忍耐しなさい。数少ない者たちのために。わが子供たちよ、この来る年は、あなたがた皆に多くの試練と艱難をもたらすでしょう。しかしあなたがたはそれらすべてを耐えるための力を与えられるでしょう」

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預言:1998年8月1日。(メッセージNo.568)
 聖シャーベル修道会は間もなく教会認可を受ける。……成就
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「修道会は間もなく教会の承認を受けるであろう。そしてミッションに対する調査が始まるであろう。大いなる癒しが聖地において起こるであろう。それは、多くの霊魂たちをわが聖なる母の聖地へと連れ戻す」

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預言:1996年7月6日。(メッセージNo.521)
 ニュージーランド。また別の火山がそこで噴火しようとしている。……成就
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 私たちの聖なる御母はニュージーランドの火山活動が増加しつつあり、そしてまた別の火山がここで噴火しようとしていると私に話されました。マリア様は今年、ローマで何か非常に重要なことが起こるとおっしゃいました。
聖母:「戦争、飢饉、疫病、大火事、抑制できない、そして致命的な病気、害虫、大洪水そして大干ばつが多くの天災を伴って、まだ起こることでしょう。しかし天の御旨によって選ばれた共同体のおかげで、これらの場所は特異な方法で、神の怒りから保護されるでしょう。

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預言:1997年12月31日。主(メッセージNo.556)
 しるし:星、太陽、月を見よ。……成就
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「この来る年は極度に困難なものとなるだろう。わが親愛なる息子、わが清き『ホワイト・ロック』は、残りの者たちの教会を次の代へ、わが父の聖なるニューエラへと導くであろう。 誰をも裁いてはならぬ。なぜなら私がすべての人を裁くものであり、この来るべき艱難の年において、皆にとって裁きは近いからだ。星、太陽、月を見よ。地球を見よ。それが私の永遠の御父の怒りによって、どのように震えるかを」

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預言:1998年10月13日。聖母(メッセージNo.572)
 印:太陽。多くのものが今日カメラをもっている子供達に与えられる。……成就
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「今日、私はある印を、カメラを持っている子供たちに与えましょう。私の神なる御子から彼らを祝福しましょう。彼らを通して私たちの子供たちに多くのしるしが与えられるでしょう。なぜなら、あなたたちが太陽の写真を撮れば、多くの印が与えられるでしょうから。 太陽の写真を撮りたいと思う者はそうしてよろしい。恐れないように。太陽はあなたがたを傷つけないでしょう」

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預言:1996年2月13日。主(メッセージNo.509)
 戦争:中東、クロアチア、セルビア、グルジア……成就
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イエズスは右手を上げ、グラント・ダフィーの御像を祝福します。そして一条の光が現れ、その御像に入ります。これより前にグラントが現れ、あるものを持っていて、そして同様にその御像の中に入り込みました。マリア様が、この御像はグラントの復活が起こる前に大きなしるしを表すでしょう、と説明してくださいました。イエズスから私たち皆の上に、そして祭壇の上に御血が滴り落ちているのが見えます。今、祭壇の上に世界地図があり、御血はある国々の上におちます。中東が見えます、中東は血のように変わっています。また同様にクロアチア、セルビア、グルジア、ロシアとシベリア…それはどこか中国との国境近辺です。
主: 「私はあなたたちに今日、私の小さい岩を通して、どこで血が戦争によって、自然災害によって街路に流れるかを示した。それが起こるとき、時の中の時があなたたちにおとずれたと知りなさい。私と私の聖なる母が、世界中の私たちの預言者と神秘家の霊魂たちを通して、あなたたちに啓示してきたすべてのことが実現すると知りなさい。私の神秘体である教会が十字架につけられるのはこの時である!!……私の父から来るであろう印の前に、今後数年間に、私はあなたたちに多くの印を与えよう。そうすればあなたたちは眠り込むのではなく、なぜ私があなたたちのために私自身をささげたかに関して、私の御言葉の真実に再び目覚めさせられるであろう。……私の教皇と私の将来の教皇のために祈れ。なぜなら彼らにこそ私は王国の鍵と私の受難を与えたのだから」

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預言:1992年1月4日。聖母(メッセージNo.332)
 偽預言者たちが起こり、数多くの霊魂を取り去るために、
 かつて見られたことのない不思議を行う。……成就
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「邪悪な存在のための時とは今です。わが甘美なる子供たち、良く見て耳をそばだてなさい。罪の男はすぐに現れて多くの者を取り去って行くでしょうから。けれども、あなたたちの総ては、私の神なる息子の御言葉を、彼がどのようにして天に大いなる力と威厳をもって来られるかということについて知っています。それゆえ、この来るべき年に世界に現れる多くの反キリストに従ってはなりません。多くの偽預言者たちが立ち上り、この世代の人類がかつて見たことのない不思議を行ない、私の神なる息子の清い御手から多くの霊魂を奪うでしょう。ですから注意深くして、祈りなさい」

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預言:1991年2月31日。聖母(メッセージNo.331)
 中東。今年、大懲罰がここで始まる。……成就
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「この来る年において、世界中の私たちのボイスボックスたちを通してさらに多くの指示が教会に与えられるでしょう。教会を、そして人類を、善と悪の最終的な戦いに向けて準備するために。大いなる懲罰が、今年中東から始まって国々に振りかかるでしょう。ヨーロッパに、アフリカに、アジアに、そしてアメリカに。そして、そうです、あなたがたの国にも。このオーストラリアの国は、永遠の御父によって罰を受けるでしょう。その傲慢さと不信のゆえに」

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預言:1990年6月13日。聖母(メッセージNo.288)
 オーストラリア。熱波。洪水と雨に襲われる。……成就
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「あなたたちが見た雨は、ただ、まだ来ていないものがほんのわずか見えたにすぎません。というのは、遙かに酷い洪水が、サウスコースト地方、クイーンズランドに来るでしょうから。そして、サウスオーストラリアで、以前よりもはるかに大きな荒廃がもたらされるでしょう。そしてその後熱波が襲い、たくさんのものが燃えて、多くの人命が失われるでしょう。しかし、すべては起こらないようにできるのです。

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預言:1991年2月2日。主(メッセージNo.308)
 オーストラリア。大寒波がもうすぐ襲う。……成就
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「オーストラリアよ、お前もまた同じくさらに罰せられるだろう。おまえたちは大洪水、猛暑、そして微震を経験した。しかしもうすぐお前たちは大寒波に襲われる。お前の国には小さな罰ではなかったが、もっと大きな罰がお前たちが悔い改めない限り襲うだろう。群を集めるために私の汚れなき御母のこの最愛の聖地に偉大な驚異が起こる。そして聖にして母なる教会からの支援がくるだろう。そうなると私のいとも聖なる御母の業は完成する」

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預言:1992年12月13日。(メッセージNo.375)
 オーストラリア。洪水。東海岸。町々を襲い陸地を変える……成就
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 私はオーストラリアの地図を見ることができます。それには十字架があります。それはおおよそダーウィンの位置に立っていて、数マイルあるいはそれ以上の高さのようです。その十字架がオーストラリアの上に倒れてしまいました。そしてその横木は、オーストラリア中部の中央部に着地しました。私にはその意味がわかりません。再び私にはオーストラリアの上に一つの白い十字架が見えます。その基底部はナウラがある位置にあります。それはオーストラリアに、そして世界の他のいくつもの部分に、光を注いでいます。私はオーストラリアの北部と、東海岸が激しく打たれているのを見ます。ただ雨によってではなく、地球を打っている小さな石粒によって非常に強く打たれ、東海岸のいくつもの地域が洗い流されていて、そして恐るべき量の水が、オーストラリア中部に流れ込んできています。これがひとつの広い湖を形成します。奔流のような自然の雨がダーウィンの近くに、そしてまたケアンズの近くに降っています。北部は完全に水没したかのように見えます。今、その洪水が東海岸の方に南下してきて、シドニーに向かい、そしてさらに南下します。それはあたかも洪水が土地の全地域を洗い、町々を襲い、陸地を海に変えていくかのようです。私は一つの巨大な割れ目を東海岸のニュー・サウス・ウエールズに観ることができます。ウォロンゴングから内陸に、右に曲がって北上し、シドニーを通り、ニューキャッスルを通り、そしてまださらに北上します。それはまるで地球の動きがあり、地球がちょうど山脈に沿って割れていっているかのように見えます。
聖母:「今は集中的に祈るべき時です。特にこの国オーストラリアにとっては。なぜなら次の大きな懲罰がこの国に非常にまもなく来ようとしているからです!」

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預言:1991年10月13日。(メッセージNo.321)
 オーストラリア。非常に大きな火事。……成就
 中央アフリカ。非常に大きな火事。……成就
 中央アメリカ。多くの火山爆発。……成就
 エストニア諸国。流血。……成就
 ヨーロッパ。北部の諸国、オランダ、ノルウェー、デンマークが冠水。……成就
 セルビア(の一部)。流血。……成就
 アメリカ合衆国。火事。……成就
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 私はウクライナの一部と、ウクライナの上方にある北の国々の一部を見ることができます。エストニア諸国です。血がしたたり落ちています。そして流れています。それはこれらの土地を覆っているように見えます。私は今ポーランドの一部を見ることができます。チェコスロバキア、ユーゴスラビアの一部、クロアチア、そしてセルビアの一部を、そしてまたドイツの東側の部分、東ドイツを、そしてスウェーデンの近くの北方を。血の流れは、アイルランドからイングランドへと進んでいます。これが今、血の流れが進もうとしている場所のようです! 私はフランスとスペインの小さな一部を見ることができます。イエズスは、天使に向かってもう一度うなずかれて、そして彼はカリスを取り去りました。イエズスは今、ボールのように見えるものを天使に渡されました。しかしそれは火で満ちています! そのボールは今、天使に与えられ、天使はそれを地上へ投げます。そしてボールはいくつかの部分に分かれました。ひとつは南アフリカに向かっています。他のものはオーストラリア、中東、そして合衆国にも向かっています。
主:「私があなたに示したものは、わが親愛なる息子よ、清めの時は近いという警告である。世界は、世のはじめから人類がこれまで経験したことのあるものよりもずっと大きな大変動に向かって進んでいる。懲罰の時が来たという印を間もなく世界は受け取るであろう」
 私は竜を見ることができます。それは七つの頭をもつ竜です。それはモスクワの近くからやってくるように見えます。聖ミカエルは、ロシアに向かっていくように見えます。そして彼は彼の剣を持っています。そしてそれ以上進む権威を彼が持っているかどうかを見るために、イエズスを見ています。イエズスは優しく彼の頭を振られます。いや、いや、まだ! 聖ミカエルは従います。そして彼は剣を取り、それを止めます。イエズスは聖ミカエルに言われます。「間もなくである!」 竜はより大きくなり、その足を置いています。私は、それがその足のひとつをドイツに、もうひとつの足をイタリアに置くのを見ることができます。その尾は、ソビエト連邦の上を揺れているように見えます。尾の先端はアジアにあります。中国の近くです。少し下ったところです。それは多くの炎を吐いています。それは口から他の多くのものを吐いているように見えます。今それは消え去りました。
 今私は水位を上げつつある海を見ることができます。ヨーロッパの北部のいくつかの国が、オランダ、ノルウェー、デンマークの近くで水に沈むのを見ることができます。それはこの来る冬に関係があります。私はオーストラリアに非常に大きな火事を見ることができます。南アフリカと中央アフリカにも。そこには非常に大きな火事があるように見えます。太平洋の島々に噴火があるように見えます。私たちの主は私に、これらすべての場所を見せておられます。さまざまな国に数多くの問題があるようです。中央アメリカには、多くの火山活動が起きているようです。聖ミカエルは赤い文字で空に書かれます。「間もなく!」

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預言:1986年7月27日。聖母(メッセージNo.99)
 十字架像から油が流れ、多くの治癒をもたらす。……成就
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「オーストラリアのわが子供たちよ。この家において、わが神なる息子イエズスのこの十字架は癒しの油を流すでしょう。永遠の御父はこの十字架に、それからにじみ出る油を通して大いなる力を与えました。わが子供たちはこの油を取り、それを彼らの胸に塗らなければなりません。この国と世界中の国の私たちの子供たちの多くを癒すために。この十字架から出てくる油は流れ続けるでしょうが、しばらくの間だけです。しかしそれは私たちの子供たちによってどのくらい多くの信仰が示されるかにかかっています。時間は非常に短いです。それが私たちが多くの印を人類に与えている理由です。そしてより多くの印が最終的な大いなる懲罰の前に与えられるでしょう。それゆえ、誰も『自分は知らなかった』という言い訳をすることはできないでしょう」

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預言:1989年2月4日。聖母(メッセージNo.221)
 オーストラリア。海岸地帯に多くの雨が降る。……成就
 オーストラリア。雹と吹雪。……成就
 天候。かつてそれらが見られたことのない場所での雹や吹雪。……成就
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「世界の多くの地域において気象が変化しています。そして間もなくあなたがたは、これまで決してそれらがみられなかった場所において雹や吹雪を見るでしょう。そしてこの偉大な大陸においてさえも。これまで霜さえも見たことのないこの国の多くの部分において、あなたがたは雹や雪を見るでしょう。海岸地帯においてより多くの降雨があるでしょう。そして多くの洪水が起こり、多くの生命を洗い流すでしょう。シドニーにおいて大地は震えるでしょう。そしてこの地域においても。しかし恐れてはなりません。なぜならわが子供たちに対してはいかなる危害ももたらされないからです。不信仰なものたちだけに危害はおよぶでしょう。いくらかのものは死に、消え去るでしょう。あざ笑うものたちは、彼らは永遠の御父からの大いなる警告を受け取るでしょう! 神の怒りが、天において見られるであろうことを知りなさい」

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預言:1985年6月13日。聖母(メッセージNo.31)
 オーストラリア。教皇聖下が来年訪問する。……成就
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「教皇を来年オーストラリアに連れてこようとする計画があります。そして多くの祈りが彼のためになされない限り、彼はその日まで生きてはいないでしょう」

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預言:1990年1月6日。聖母(メッセージNo.263)
 オーストラリア。大熱波が多くの霊魂達を砕く。……成就。
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「間もなく、あなたがたの国オーストラリアにおいて、あなたがたに数多くの懲罰が降りかかるでしょう。『大いなる水』の懲罰、大雨の懲罰が再び降りかかるでしょう。多くのものたちがこれらの水によって洗い流されるでしょう。また大いなる熱が、多くの霊魂たちを砕くでしょう。そしてこのことから多くの死がもたらされるでしょう! 地上は震え、多くの者が死ぬでしょう! 間もなく世界はチェルノブイリに似た恐ろしいニュースのことを耳にするでしょう。人類が彼らの神の前に膝をかがめ、天の元后に耳を傾けない限り、永遠の御父はその手を世界の上に置かれ、存在するあらゆる国を罰されるでしょう!」

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預言:1986年7月26日。聖母(メッセージNo.96)
 オーストラリア。マイナス30度の温度に苦しむ。……成就
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「わが親愛なる子よ、7月13日に私があなたに見せた光景は、大寒波の前に世界に起こるであろう出来事です。わが親愛なるオーストラリアの子供たちよ、昨日、あなた方は非常に近い将来において来るであろう寒波の小さな一部分を感じました。しかしこの国にそして世界に大寒波がくるとき、気温は摂氏マイナス30度まで下がります。その時が来たときに準備していない者たちは非常に苦しむでしょう。なぜならあなたがたは天に不従順であり、世界中のボイス・ボックスたちに私たちが与えてきたメッセージに耳を傾けなかったからです」

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預言:1988年9月13日。聖母(メッセージNo.209)
 オーストラリア。空中、地上、水上における事故。(トレドボ)……成就
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「間もなく、多いなる荒廃が教会を打ち、そして群れは世界中で散らされるであろう! このオーストラリアの国、傲慢な国は間もなく懲罰を受けるであろう! あなたがたは火事と洪水、地震と病気、空、陸上、水上における事故を見るだろう。歴史においてあなたがたがこれまで決して目撃したことのないような!」

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預言:1992年1月13日。(メッセージNo.334)
 バルト諸国。国境の辺り一帯で火、戦争。……成就
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 多くの天使たちが今、聖ミカエルと私たちの聖なる御母の回りに、聖母の回りに半円を形成しながら集まります。聖ミカエルの後ろに広げられた世界地図が見えます。モスクワのあるところに火が見えます。火はまたバルト諸国の国境の辺り一帯にもあります。火が西の方へと広がっていくのが見えます。山火事のようにです。クロアチア、チェコスロバキア、ルーマニアに向かって南下します。そして右に、東に広がります。火がモンゴルに達するのが見えます。中国との国境近くです。同じく中央アメリカ、パナマ運河の近く、そしてキューバ、コスタリカのあたり一体にある種の火があるように見えます」

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預言:1984年5月13日。聖母(メッセージNo.10)
 ヤシンタとフランシスコの列福……成就
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「ファチマとラ・サレットのメッセージは、この今の時代にあって、本当に重要なのです。預言の成就は今の時代であり、近い将来に起こるのです。……愛する子(ヨハネ・パウロ二世)よ、あなたがこのような発表を公にすることを心の奥底で大変恐れていることはわかっています。あなたに関する過去の預言、すなわち、聖にして母なる公教会の大分裂が起こるということがあなたにはわかっているからです。しかし、恐れてはなりません。我が息子よ、今までいつもそうしてきたように、立って私のために戦って下さい。そしてこの12月8日にファチマのルチアをローマに招き、ヤシンタとフランシスコと、愛する息子パードレ・ピオ(ピオ神父)を列福するのです。我が子よ、このことは、(聖にして)母なる公教会にとって最も大切なことです」
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預言:1994年12月13日。聖母(メッセージNo.463)
 ボスニア。戦争が広がり、干ばつが続く。伝染病。……成就
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「アイスランド、香港、中国の諸国を観察しなさい。以前の『鉄のカーテン』の背後であなたが見るすべてのことを。ボスニアにおける戦争は拡大するでしょう、我がかわいい子供たちよ、他の国々へ。干ばつは続き、伝染病や疾病をもたらすでしょう! 国々のひとつを導いている偉大なる者のために祈りなさい。なぜならこの者は、暗殺されるであろうからです。そして私たちの子供たちの間に、多くの困難と分裂、そして社会的混乱がもたらされるでしょうから」

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預言:1985年1月22日。聖母(メッセージNo.25)
 チェンバレン事件:リンディーはまもなく解放される。……成就
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「子よ、今私は、リンディー・チェンバレンに特別な祝福を送りたいと思います。子よ、彼女に彼女の天の母、無原罪の聖マリア、天地万物の王イエズスの母が、天の愛と祝福を送ります、と伝えて下さい。彼女は父と子と聖霊の御名によってすぐに解放され、大きな喜びが彼女の霊魂を満たすであろう、と彼女に伝えて下さい」

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預言:1985年11月2日 聖母(メッセージNo.40)
 ローマ:シノドス(世界司教会議)が教会に変化をもたらす。……成就
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「ローマにおけるシノドスの成功のために、あなたがたの祈りが必要とされています。なぜなら教会内に多くの変化が起こるでしょうから」

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預言:1987年9月23日。聖母(メッセージNo.163)
 この聖地で偉大な驚異を目にする。……成就
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「いつか、この国を仰天させる偉大な驚異が、私が来ているこの場所によってもたらされます」

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預言:1989年12月31日。主(メッセージNo.262)
 1990年代終わりにおける大きな勝利……成就
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「間もなく多くの者たちが、自然災害のために死ぬだろう。わが最も聖なる母から慰めを求めるために、多くの霊魂たちが聖地を訪れるだろう。なぜなら多くの者たちは、私と、わが最も聖なる母が、ここで与えてきた言葉が成就するであろうことを理解するからである。1990年代は、初めのうちは大いなる喜びの時ではないであろう。しかしながら、最終的には大いなる勝利が世界中に鳴り響くであろう。わが最も聖なる母の勝利が明白になり、私が世界を立て直すために戻ってくるであろうから。予定されている通りに。なぜならエデンの園は平和の時代において人類に手渡され、すべてのわが子供たちの霊魂を喜びが満たすであろうから」

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預言:1989年8月26日。聖母(メッセージNo.257)
 ポーランド。現在の政府は長く続かない。……成就
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「世界とポーランドにとって時は短いのです。間もなくこの国に大きな変化がもたらされるでしょう。そこで私たちの子供たちの多くは殉教の苦しみを味わうでしょう。この国は間もなく侵略されるでしょう。そして私が侵略されると言うとき、わが子供たちよ、私は暴君が彼の爪をこの国へ、それを砕くために置くであろうことを意味しているのです。しかしながら私のマントはあなたがたを包み、それらの日々においてあなたがたを守るでしょう。現在の政府は長くは続かないでしょう。そして暴君があなたがたを、あなたがたが自由になる前に支配するでしょう。間もなく世界は大いなる試練を経験するでしょう。もうひとつのチェルノブイリが間もなく世界に起こるでしょう。そして多くの人々が、よい食物と土地と水の上に降る放射能によって死ぬでしょう!」

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預言:1995年3月13日。主(メッセージ No.470)  
 神の栄光のために、奇跡的なものさえ含めて、受胎が起こる。多くの者が驚愕する。…成就
 病気。一つは肝臓、一つは肺の病気。死は速やかにもたらされる。……成就
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「勝利は既に天に鳴り響いている。『小さきアブラハム』、愛の『リトル・ペブル』によって導かれた聖なる時代のための、来たるべき新しい世代の誕生によって。新しい世代の血統は今や世界中にいるプリンセスやクイーンたちの多くによって生み出されるであろう。わが霊にしてわが御父の霊の力によって彼らは創造されるだろう。終末が訪れたということを世が知るようになるために。そして、それは三位一体の神の栄光のための、そして、天と地の祝されし者たちのための聖なるニューエラの始まりとなるであろう。多くの者が驚愕する。なぜなら、多くの受胎が奇跡的にすら起こるであろうから。天におられるわが父の栄光のため、地上のわが子供たちのために。
 世は今、多くの病気が世界に広まっており、多くの死を引き起こしているのを目にしている。来たるべき年において、更に二つの病気が来るであろう。ひとつは肝臓の、もう一つは肺の病気である。死は速やかであろう!」

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預言:1984年3月19日。聖ヨゼフ(メッセージNo.7)
 もう一つの教会会議が開催される。……成就
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「預言者というものは、母国で尊敬されたことがかつてなかったからである。子よ、しかし、いとも愛するべき全人類の御母である無原罪の聖マリア、すなわちすべての恵みの仲介者、共贖者、神の母のメッセージは、地上のあらゆるところで多くの者に受け入れられるであろう。我が子よ、そして地上のすべての子らよ。大事件が起きようとしている。新たに教会会議が開かれようとしているのだ。ああ、いかなる悲劇が起きることだろう!」

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預言:1991年2月13日。主(メッセージNo.309)
 危機。中東、アフリカ、南アメリカ。悲しみの始まり。……成就
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「中東、アフリカ、南アメリカそして他の国々における危機は、人類に降りかかるであろう悲しみの始まりにすぎない。すべては世界の罪のためである。中東のために祈りなさい。戦争が短くなるように祈りなさい。なぜならこの時期における予測は深刻だからである。平和のためにより熱心に祈りが唱えられない限り、原子爆弾さえも用いられるであろう」

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預言:1992年3月13日。聖母(メッセージNo.354)  
 クロアチア。多くの試練を経験する。自然災害。……成就
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「私のかわいい子供たちよ、時が来れば、この国オーストラリアとクロアチアは、多くの試練を受けるでしょう。私たちの子供たちの多くは天災のために命を落とすことになるでしょう」

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預言:1987年4月12日。聖母(メッセージNo.141)
 不治の病が、自分の胎児を堕胎した女性たちに影響を及ぼす……成就
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「もうひとつの最も深刻な病気が世界を間もなく打つでしょう。それは、彼らの胎児を堕胎した女性たちに影響を及ぼすでしょう。彼女らの子宮ははれあがるでしょう。そしてこれに対する唯一の治療は、悔い改めと赦しです。神への立ち返りを通しての。医師たちと科学者たちはこれに対するいかなる治療手段も持たないでしょう。しかし聖にして母なる公教会は秘跡によって治癒を持つでしょう。教会の外にいる者たちは、もし彼女らが永遠の御父からの赦しを求めるならば、いやされるでしょう」
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預言:1986年2月2日。聖母(メッセージNo.53)
 世界的な規模での癒しと回心……成就
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「世界に大いなる懲罰がもたらされる前に、十字架の形で偉大なる印がこれらの聖なる土地に現れるでしょう。皆が、わが息子をそこで見るでしょう。私はあなたがた皆を祝福します、この聖なる土地と世界中の親愛なる子供たちよ。平和をもたらすために、癒しをもたらすために、そして霊魂たちの回心をもたらすために」

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預言:1992年11月7日。聖母(メッセージNo.373)
 ティアク。聖母を見るであろう子供が、まもなく立てられる……成就
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「わが汚れなき御心によって選ばれた、この土地の一部に多くの恩寵が与えられるであろうということを私はあなたがたに知ってほしいのです。三位一体の神は、この共同体にいるあなたがたに対して多くの計画を持っておられます。あなたがたが理解できるよりもずっと多くのことを。非常に間もなく、私は、私を見るであろうある子を立てるでしょう。なぜなら私はわが汚れなき御心から流れ出るであろう恩寵にあずかるために多くの子供たちがここに来ることを望んでいるからです。私はこの土地に水を湧き出させるでしょう。そこで多くの子供たちは水あびし、そしていやされるでしょう。あなた方が知っているようなこの世界に終わりがもたらされる前に、わが神なる息子へと多くの子供達が戻ってくることが私の望みだからです」

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預言:1986年6月29日。聖母(メッセージNo.92)
 ウォロンゴング。製鉄工場の爆発。……成就
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「わが親愛なる子よ。あなたは、製鉄会社の管理人に手紙を書いて、すべての安全装置がチェックされているかどうか確認するように告げなければなりません。なぜなら、安全装置が適切にチェックされない限り、ある日、製鉄工場において大きな爆発が起きて、多くの命を奪うでしょうから」

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預言:1994年12月31日(メッセージNo.464)
 ユーゴスラビア。激しい戦闘。……成就
 イングランド。海岸地帯を水浸しにする大波。……成就
 アイルランド。海岸地帯を水浸しにする大波。……成就
 日本。激しい地震。……成就
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 聖母は、世界に訪れようとしているさまざまな懲罰の数多くのビジョンを私に見せるためにマントを開かれました。ネパールにおける懲罰がありました。それは激しい戦闘を伴った共産主義者の蜂起のように見えました。ユーゴスラビア、クロアチア、ボスニアにおいてはさらなる戦闘がありました。中国は、ラオス、カンボジア、ベトナムに対する影響力と権力を拡大していました。北朝鮮において私は激しい戦闘を見ました。ロシアはさらに多くの戦闘にかかわっていました。モロッコにおいても戦闘が起こっていました。大きな波が、アイルランドとイングランドの海岸地帯を水浸しにしていました。カナダで氷河が割れて、そして多くの洪水と損害を引き起こしました。私はまた日本における非常に激しい地震を見ました。オーストラリア北部にも問題があります。多くのサイクロンです。多くの洪水がそこで、そしてさまざまな国で、起こっています。世界中での多くの戦争があります。そしてまた多くの火山活動が見えます。噴火、世界における多くの混乱と多くの死が。

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預言:1989年3月19日。主(メッセージNo.204)
 過去の疫病が、そしてさらに多くの病気が、戻ってくる。……成就
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「過去のあらゆる病気がもどってくるであろう。そしてさらに多くのものが。人類が彼らの罪の赦しを求めてひざまずかない限り」

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預言:1985年12月1日。聖母(メッセージNo.43)
 聖にして母なる教会における分裂と離教……成就
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「間もなくあなたは、聖にして母なる公教会の内部における分裂を見るでしょう。それにおいて司教は司教と戦い、司祭は司祭と戦うでしょう」

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預言:1992年4月4日。(メッセージNo.359)
 ヨーロッパ:戦闘。ユーゴスラビア、チェコスロバキア、ロシア。……成就
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「私たちの主は私をヨーロッパにつれ戻します。ユーゴスラビアにさらなる戦闘が見えます。そしてチェコスロバキアで、ハンガリーとの国境の近くに戦闘が突然起こるのが見えます。そしてまたロシアでも起こるのが見えます。たくさんの戦闘が起きているように見えます」

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預言:1990年9月1日。モーゼ(メッセージNo.309)
 偽りの者がまもなく選ばれた民の法廷に入る。
   多くの者が神から取り去られる。……成就
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「メシアの到来を待ち望んでいる選ばれた民のために祈れ。間もなく、偽りの者は、彼らの法廷に入り込み、多くのものが真の神から取り去られるであろうから。一部の者は、しかしながら、キリスト教に改宗するであろう。世界に影響を与えるであろう大いなる戦争から多くの殉教者たちがもたらされるであろう。そしてしばらく後に、宇宙の王はあらゆる心において支配するであろう」

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預言:1986年3月23日。聖母(メッセージNo.56)
 ジェルズィー・ポピュウシュコ神父。列聖される。……成就
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「そうですわが子よ、彼はポーランドのために犠牲となった親愛なる司祭なる息子です。彼はいつの日か、聖にして母なる教会において、ポーランドのための偉大なる殉教者としてあげられるでしょう。彼にしばしば祈りなさい、親愛なる子供たちよ。私はこの写真を祝福します。そしてこの写真から多くの恩寵がもたらされるでしょう。(挙げられた写真は1984年に殉教したポーランドのポピュウシュコ神父のものであった)」

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預言:1994年1月13日。聖母(メッセージNo.429)
 ニュー・サウス・ウェールズ。さらなる火事、雨。
  多くの家が破壊され、多くの命が失われる。……成就
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「わが愛する国オーストラリア、聖霊にささげられた国よ。あなたの神に立ち帰りなさい。ニュー・サウス・ウェールズにおいてあなたがたが見ている火事は始まりにすぎません。さらなる火事が起こるでしょう。それから雨です。多くの家が破壊されるでしょう。多くの命が失われるでしょう」

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預言:1987年5月9日。聖母(メッセージNo.225)
 グアテマラ。国は懲罰を受ける。……成就
 グアテマラ。……多くの火山噴火。……成就
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「この国グアテマラにおいても、私はあなたがたに二人の愛の神秘家を遣わしました。私が彼らに与えたメッセージに耳を傾けなさい。なぜなら、もしあなたがたがそうしないならば、多くの火山噴火を伴った大いなる懲罰がこの国に間もなく降りかかるであろうからです」

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預言:1986年4月5日。聖母(メッセージNo.86)
 聖画が涙を流す。……成就
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「間もなく、世界中の聖なる像の多くが涙を流すでしょう。永遠の御父なる神が、いかに心を傷めておられるかを世界に示すために」

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預言:1987年5月13日。聖母(メッセージNo.228)
 教会はパードレ・ピオを列聖する。……成就
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「聖にして母なる公教会は、私のそばにひざまずいているこれらの三人の子供たちを挙げるでしょう。(パードレ・ピオとファチマの子供たち)そしてこのことは多いなる恩寵を教会にもたらすでしょう」

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預言:1986年10月8日。聖母(メッセージNo.115)
 祈りの家。癒しと回心の恩寵……成就
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「世界は聖シャーベルの祈りの家の重要性を知らなければなりません。なぜなら、それらを通して世界に平和がもたらされるからです。私は私の祝福を再びこれらの家に参加しているすべてのものたちに贈ります。なぜなら多くの癒しと回心の恩寵が、そして多くの奇跡がこれらの家において起こるでしょうから」

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預言:1993年7月3日 主(メッセージNo.395)  
 日本。まもなく災害が島々を打つ。多くの者が瓦礫の中で滅びる。……成就
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「モンゴルの人々のために祈りなさい。モンゴルには今、多くの苦難があるのだから。しかし、その苦しみは世界には隠されている。まもなく災害が日本列島を打ち、瓦礫の中で多くの人々が滅びるであろう! 眠りこけている子供たちの目を覚ますために、まもなく大警告が世に来る!」

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預言:1994年11月20日。聖母(メッセージNo.459)
 「リトル・ボーイ・ブルー」彼のミッションを
 通しての多くのしるし、奇跡、いやし。……成就
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「あなたがすでに与えられている、あなたのミッションを通じて、わが小さき者よ、多くの印がもたらされるでしょう。わが神なる息子の聖心を通して、多くの奇跡と多くの癒しが私たちの子供たちの真の信仰を通してもたらされるでしょう。これが私の約束です。そしてあなたの本当の『はい』を通しての、わが神なる息子の約束です」

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預言:1986年9月6日。聖母(メッセージNo.108)
 「リトル・ペブル」世界中の多くの御出現地にバイロケートする。……成就
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「間もなく、わが子よ、世界中の数多くの霊魂たちのための特別な祝福として、あなたは、バイロケーションによって、数多くの出現地へ旅行するでしょう」

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預言:1986年12月6日。聖母(メッセージNo.132)
 「リトル・ペブル」苦しみ、痛み、迫害が増大する。……成就
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「そしてあなた、わが息子、わが愛のリトル・ペブルよ。あなたもまた大いなる苦しみ、痛み、迫害を経験するでしょう。それは増加するでしょう、わが親愛なる子よ。それゆえ準備していなさい!」

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預言:1988年7月7日。聖母(メッセージNo.196)
 トリエント・ミサ。第二バチカン公会議以前の典礼がまもなく再興される。……成就
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「第二バチカン公会議の前に知られていたような聖なるミサの犠牲が間もなく再興されるでしょう。」

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預言:1986年12月17日。聖母(メッセージNo.123)
 メルボルン。雹と雪が通りに何メートルも積もる。……成就
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「ここメルボルンにおいて、あなたがたが道に氷や雪を目にする時が来るでしょう。……何メートルもの深さの。そして多くのものたちが死ぬでしょう。なぜなら彼らは準備していなかったからです。多くのものが、今世界を打っている大いなる伝染病のために死ぬでしょう」

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預言:1988年12月3日。聖母(メッセージNo.212)
 中東。まもなく戦争が勃発する。……成就
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「大いなる試練の時は近いのです。間もなく、あなたがたは、アジアにおける、中東における、そしてヨーロッパにおける戦争の勃発を耳にするでしょう。そのとき、あらゆるキリスト教徒が大いなる苦しみと痛みを経験するであろう時が近づいているということを知りなさい。世界の指導者たちのために多く祈りなさい。なぜなら彼らは教会と世界に対して大きな害あたえることを計画しているからです」

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預言:1985年10月5日。聖母(メッセージNo.38)
 聖地における奇跡。月の13日。……成就
 奇跡(ジョーゼット・ハーブ)初土曜日。……成就
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「私は聖地における奇跡の日付をあなたに明かしましょう。世界に対して私はこのことを示すでしょう。それは月の13日でしょう。わが子よ、これは聖地における最初の大いなる奇跡となるでしょう。またわが子よ、私はあなたにジョーゼット・ハーブの家において起こるであろう奇跡の日付を与えます。それは初土曜日になるでしょう。永遠の御父が聖地において与えられるこの奇跡は、ファチマにおけるそれのように、大いなる奇跡となるでしょう。人類を救うために聖なる土地において許されるであろう三つの奇跡のうちのひとつとなるでしょう」

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預言:1984年11月2日 聖母(メッセージNo.21)
 (大いなる)迫害が始まる。……成就
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「子よ、永遠なる御父であられる神から、あなたに託された使命とあなたに対し、大きな迫害が開始されました」

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預言:1994年11月13日。聖母(メッセージNo.453)
 教皇。選ばれた共同体に関する準備。多くの反対。……成就
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「私の愛する巡礼の教皇のために祈りなさい。なぜなら彼の十字架は今、非常に重いからです。私は彼とともにいます。私は彼のそばにいます。彼は今、天の選んだ共同体に関して多くのことを準備しています。そして彼に対する多くの反対があります。このことは続くでしょう。なぜならそれは、わがかわいい子供たちが、迫害は、迫害されているもの皆は天からのものであるという印であることを知るための印だからです」

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預言:1995年6月3日。聖母(メッセージNo.477)
 ロトルア。まもなく聖母が訪れるであろう公的出現地を持つ……成就
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「甘美なる子らよ、まもなくあなたがたは一つの公の出現地を持つことになるでしょう。そこに私は訪れ、多くの者が私を見、私の言葉を聞くでしょう。私は子らの心に多くの回心と、肉体的病の多くの癒しをもたらすでしょう」

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預言:1983年12月1日。聖母(メッセージNo.68)
 聖地(ナウラ)泉が湧き出始める。……成就
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「私は、この国のために、数多くの計画を持っています、わが子よ。何千もの子供たちが癒され、時がくれば改心するでしょう。泉が強い力をともなって、私が祝福したこの地にわき出るでしょう」

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預言:1986年5月19日。聖母(メッセージNo.85)
 箱舟の聖母の像が涙を流す。……成就
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「『箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け』のイメージを帯びた、彼が間もなく受け取るであろう御像は、いつの日か涙を流し、そしてしばらく後に血の涙を流すであろうということを、ブラザー・ジョセフ・フランシスに告げなさい。これは、ここオーストラリアにおける私の出現の世界に対する印となるでしょう」


【 成就した私的な預言 】

 以下の私的な預言は成就しました。これらは私に、天によって告げられました。しかし主題のデリケートな性質のために、それらは一般には公表されませんでした。しかしながら、それらは私自身の証しのために私の弁護士に渡されていました。

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オーストラリアの永住権……ブロサード神父
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 1988年から1997年まで、私の霊的指導者であり米国人であるブロサード神父はこの国の永住権を得るために当局と交渉しました。1989年にイエズス様は私たちに、ブロサード神父がオーストラリアにとどまり、オーストラリアの市民になると告げました。移民局・教会との間の私自身の戦い、ブロサード神父をオーストラリアに留めるための彼らに対する戦いが、続いて起こりました。私は二度訴訟を起こし、そして勝ちました。ブロサード神父は永住権を獲得し、そして今はオーストラリアの市民です。十年間の奮闘が幸いな結果をもたらしました。


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オーストラリア永住権……ランマーマン一家
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 1991年から1998年まで、私の妻の家族ランマーマン一家は、同じく永住権の申請をしました。移民局は絶えず彼らを退去させようと試みました。1992年にマリア様は、彼らがオーストラリアに留まり、永住権を得るとおっしゃいました。裁判も複雑でしたし、大多数の例から、私たちは当局が彼らを通知なしで強制送還すると予測していました。しかし1998年12月23日に、私たち家族は永住権を獲得しました。

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O.J.シンプソン事件
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 何年か前、有名な俳優のO.J.シンプソンが、心が離れてしまった彼の妻を殺したと告訴された時のことです。私はマリア様に、この男が殺人の罪を犯したのか尋ねました。そしてマリア様は、彼は殺人者だと確証なさいました。第一審は彼を無罪としました。しかしながらマリア様は、さらなる情報が彼の有罪を明かして出てくるでしょうとおっしゃいました。結局、再審が行われ、O.J.シンプソンはマリア様が預言なさった通りに有罪になりました。

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ジャイディン・レスキー事件
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 1997年の5月に、ビクトリアのモウのジャイディン・レスキーという名前の小さなよちよち歩きの幼児が、彼の家から消えました。マリア様は、私だけではなく仲間の幻視者リトル・ボウにも、その子が実は誘拐されたのであり、最終的に見つけられるでしょうと話されました。私は誘拐犯の名前を警察に届けました。1998年の1月1日に、その子はあるダムの中から死んだ状態で発見され、証拠となる頭の傷がありました。グレッグ・ドマシャヴィッツという、その子の家族と交流があった人物が逮捕され、その子の殺人犯として告訴されました。マリア様は私に、この人は無実ですとおっしゃいました。1998年の11月に当局は彼を釈放し、彼への告訴は取り下げられました。

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ダイアナ妃、謀殺計画
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 1997年8月にプリンセス・オブ・ウェールズのダイアナ妃が、恐ろしい自動車事故の結果、亡くなりました。マリア様は私に、このプリンセスは謀殺計画の犠牲者で、その激突は事故ではありませんとおっしゃいました。その後数カ月で、プリンセスの親しい友達であったドディ・ファヤドの父親は、自分の息子とプリンセスが殺人の犠牲者であったことを証明するために法律上の戦いを始めました。マリア様はまた私に、彼らがただ謀殺されたのみではなく、この計画が英国政府を含む数カ国の政府の秘密諜報部によって工作されたことも告げてくださいました。聖母は、この計画の情報は、チャールズ皇太子はそれを知らなかったが、王室の人々のグループにさえも伝えられていたと明かして下さいました。年月が経過していくにつれ、メディアはこの可能性に目をつけ、多数の新聞記事と雑誌の記事が謀殺の話題を取り上げました。1998年、英国での法廷での公聴会において、自動車の大破に関する調査結果は、それが事故ではなかったということでした。

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トレドボの災害
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 1997年、すべてのオーストラリア人が忘れないであろう、その悲しい日、ニュー・サウス・ウェールズのトレドボのスキーリゾートの村での大災害に巻き込まれ、18人の人が命を失いました。ここで多くの睡眠中の犠牲者を埋めつつ、地滑りがスキー・シャレイを粉砕しました。「リトル・ボウ」と私の両方が、天から、生存者がおり、発見されるという啓示を受けました。随分時間が経った後に、一人の男性が生きて発見され、まあまあの健康状態で掘り出されました。この男性に関して、彼が助け出される前に私たちは当局に注意を促すことはできませんでしたが、幸いに、彼はどうにか救助隊によって探し出され、救助されました。生存しており、幻視において見た別の二人の男性は、彼について私たちが救助隊と絶えず連絡し続けていたにもかかわらず、決して公に話されませんでした。今日まで、これら二人の男性に何が起こったかは謎のままです。

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連続強姦犯……ニュージーランド
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 小さな国であるニュージーランドは、1988年以来逮捕できずにいた一人の連続強姦犯によって七年にわたり恐怖に陥れられてきました。この件を捜査していた刑事は、デビッド・ヘピという名の彼の親類に連絡してきました。私の良き友人の一人であるデビッドはロトルーアの一部族の族長でした。彼は箱舟の聖母のミッションの忠実な支持者であり、「箱船の聖母と聖ミカエル」共同体の長でした。その刑事はデビッドと私の強い友情を知り、彼はデビッドに、この犯人を当局が逮捕するの助けるために、私が天から何らかの指示を受けることができないものかと聞きました。デビッドの求めによって、カナダの私の姉妹なる幻視者ソーンブッシュと、私の両方がこの事件についてマリア様に尋ねました。私たちの双方が指示を受け取りました。マリア様は、この強姦犯は悪魔に憑依されていて、悪魔崇拝に関係していると明かして下さいました。聖母はこの犯罪者を探し出すためにどんなステップを踏んで行くべきかを私たちに告げてくださり、私たちはそれをその刑事に伝えました。この強姦犯は見付け出され、拘留されました。すべての話を1995年7月31日のザ・ニュージーランド・ロートルーア新聞で読むことができます。言うまでもなく、その強姦犯が天の介入によって発見されたという事実は一切触れられませんでした。

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特別シノドス(世界司教会議)
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 1984年5月13日、ファチマの聖母の最初の御出現の祝日に、聖母は私に以
下のメッセージを与えて下さいました。
聖母: 「愛する息子、リトル・ペブルよ、今一度頼みます。我が愛する教皇様、ヨハネ・パウロ2世に手紙を書いて下さい。私は、使徒の元后として、司祭の元后として、全人類の元后として、教皇様に伝えます。今、ただちに我が助言に従うように、命令するのです! 息子よ、愛する我がリトル・ペブルよ、あなたは次にのべる我が言葉を手紙に書かなければなりません。
『我が最愛のキリストの代理者であるヨハネ・パウロ2世教皇よ、我が御心にかなった息子よ。光の王国にまします永遠の御父より選はれたる地上における我が息子の教会の代理者よ、我が愛する子よ、次にのべることを、私のためにしてくださるよう頼みます。
(1)まず第一に、世界中の全司教に今年の12月8日、ローマに来なさいと、
命令しなければなりません。
(2)全司教に、全世界を、特にロシアを我が汚れなき御心に奉献せよと、命令
しなければなりません。
(3)御聖体を、必ず、ひざまずきながら、口でいただくようにと命令しなければ
なりません。
(4)ノブス・オルド・ミサが、ピオ5世教皇のミサ(トリエント典礼)と平行し
て捧げられるように命じなければなりません。第2バチカン公会議以前の
ミサにあずかりたいと思っている人々に、その自由を与えるため、この二つ
の御ミサは、平行して捧げられなければなりません」
この預言は教皇が、特別世界司教会議がローマで1995年11月25日から12月8日まで開かれると発表したときに成就しました。

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めったにない「マリア年」
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 1986年1月1日にマリア様は私に、めったにない14カ月の「マリア年」が宣言されるでしょう、と告げられました。この預言は1987年6月7日に、教皇ヨハネ・パウロ二世が、めったにない14カ月のマリア信心の聖年を、世界中のカトリック信徒がキリスト教の第三の千年期に入るのを助けるために発表した時に成就しました。「マリア年」は教会の歴史において二度目の宣言でした。前の「マリア年」は1954年から1955年にかけて持たれました。この特別な聖年は6月7日の聖霊降臨の日曜日に始まり、1988年の8月15日、マリア様の御体が天国に被昇天された祝日に終わりました。
【 日本語版の付録 】
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1993年8月13日リトル・ブラザー・イン・クライストに与えられたメッセージ
日本が中国・ロシア・北朝鮮から侵略される …… 未
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聖母:
 「……甘美なる子らよ、ロシアはヨーロッパと合衆国への侵略を計画しています。この国はまた日本への攻撃も計画しています。それ故甘美なる子らよ、あなたたちは祈らなければなりません。邪悪が広まるのをくい止めるために祈らなければなりません。多くの霊魂を救うために祈らなければなりません。なぜなら、彼らの多くは準備していないからです。あなたたち甘美なる子らよ、あなたたちの祈りと犠牲によって多くの魂たちを強めなさい。

 私はわが聖寵を彼らの心の中に注ぎ、彼らを強めましょう。それ故、わが親愛なる子らよ、私はあなたたちに兄弟姉妹のための意向をもってしばしばロザリオを祈ることを求めます。あなたたちの祈りによって私は彼らを助けることができるのです。 日本の愛する子らよ、あなたたちの心を準備しなさい。なぜなら多くの災害、不幸があなたたちの国において起こるでしょうから。天の御父は自然の諸力を通して御力を御示しになるでしょう。神は非常に御怒りになっておられます。

あなたたち甘美なる光の子らよ、恐れることなく更に祈りなさい。これら全ての出来事は信じない無関心な者たちへの印となるでしょう。神が神であることを彼らが理解できるようになるための。恐れてはなりません、甘美なる子らよ、あなたたちの家で祈りなさい。しばしばロザリオを祈り、私たちを慰めるために私と神なる息子のためにあなたたちの十字架を担いなさい。なぜなら、私たちは地上の膨大な罪のために嘆いているからです。
 日本のわが子らよ、恐れてはなりません。なぜなら私、あなたたちの母はあなたたちと共にいるからです。私と神なる息子を愛しなさい、私はあなたたちを見捨てることはないでしょう。……」
http://homepage1.nifty.com/charbeljapan/lbic930813.htm
第十章 天からの対話。賜物と苦しみ。
【 賜物と苦しみ 】

 神がその無限の寛大さで私に授けてくださった恩寵、祝福、賜物を主題として、私は何巻もの本を書くことができるでしょう。神は私個人に、深く個人的な、多数の並外れた賜物を雨のように浴びせてくださってきています。いかなる意味でも自分を賛美するためではなく、神の最も小さな僕であり、また私のために神がして下さってきていることすべてを示すために、私はこれを全くの謙遜のうちに書きます。聖書にある通り、「目もまだ見たことがなく、耳もまだ聞いたことがなく、人の心にも思い浮かんだことのないものを、神は神を愛する人々のために備えてくださっている」のです。それにもかかわらず、私は、偽りなく、私がこの世で約束された恵みを前もって味わっているということができます。なぜならば、主は私のために偉大なことをしてくださったからです。聖なるかな、その御名!
「存在させてくださった恵み」……命それ自体の賜物……そして私を養い支えるための毎日の賜物を別として、神は私にほとんどの死すべき人間の心の思いの及ばない賜物を授けてきてくださっています。実際、神が私に分かち与えてくださってきているものの中の一部を見たり持ったりした人は、ほとんどいません。私は私のすばらしい御父に感謝します。御父の愛に満ち溢れたお考えが、私を地の土から創造し、そして御父は私を今でもその両手の優しい愛撫をもって形作っていらっしゃいます。私を無限の愛で愛してくださっている御父は、その小さな子である私をこれほどの愛情と寛大さを持って扱うことに歓喜していらっしゃいます。永遠の御父は私が必要なすべてを与えてくださり、御父の御旨を日々成し遂げる恩寵を私に与えてくださっています。私は私がいつもその恩寵に応えるように祈ります。神は私のために、天使の王国からの多くの援助を与えてくださっています。私の傍らに常にいてくださる私の偉大な守護の天使、聖メノロウティスという賜物。神が私に与えてくださっている他の偉大な私の天使たち。彼らを私は常に見、そして彼らから私は保護と指導と慰めをいただいています。私の保護の聖人たち。彼らのつきそいとインスピレーションから、私は多くの慰めを得ています。これらの祝福のゆえに私は私の御父に感謝します。

【 最も偉大な聖人 】

 随分何年も前のこと、私の愛する主が私に現れ、そして「お前をすべての人間的経験をする聖人にしよう」とおっしゃいました。この考えはとてもいいと私は思いました。そして、私たちの主にそう申し上げました。しかしながら私はこう言いました。私はただ聖人になるだけではどうしても満足できません。私は天国でマリア様の次に最も偉大な聖人になりたいのです。私は私たちの主にこれを申し上げ、彼と協定を結ぶことをお願いしました。私は一部分ということではなく、全部かゼロかを求めました。私はそのような恩寵は大いなる代価を払って与えられること、そして、私がかつて想像しえた以上のものを必要とすることを知っていました。しかしそれでもなお、私は私の願いを恐れることなく頼みました。それに主は慈悲深く同意してくださいました。
 このように三十年前に、私は完徳の長い道、十字架の道の上に、私の神なる師の足跡に従ってゆくために、彼の甘美な母に、そして私の夢の頂点に達するために、堂々と私の両足を降ろしました。私の賞は、容易に得られるものでは決してありません。しかし神は、その偉大なご好意をもって次のことを保証してくださいました。すなわち、私に課せられるすべての苦しみと試練の一つ一つは、神の優しい愛によって和らげられるということを。神は私に無数の恩寵を雨のように降らせてくださいました。物質的にも、肉体的にも、精神的にも、そして霊的にもです。しかし各々の恩寵は大いなる代価を払うことで与えられたのです。それでもやはり神の限りない愛と、特異な恩寵の賜物に私は圧倒されました。これほど多くの特権や超自然的な賜物は、私のすべての予測を完全に越えていました。1990年代の初めから、幻視と天の方々の御出現は、私の絶えざる道連れになったのですが、これらは私を強め励ましました。神とその聖なる御母は、私に非常に多くの美しいことを明かして下さいました。非常に神聖な、そして貴重なことが私の霊魂を喜びと驚異であふれさせています。
 長年にわたり、私は聖母被昇天の祝日にマリア様からいつも一つの特別な贈り物をいただいてきています。そして1996年の8月15日には、私はある美しい幻視を受けました。私はこの質問をマリア様にソーンブッシュを通してお尋ねしました。「お母様。今日あなたは全く栄光に包まれて来てくださいました。しかし私を驚かせたのは、あなたが星の形の十字架が一つついている、いくつものダイヤモンドと多くの宝石でできた指輪を私に与えてくださったことです。あなたは、私に、それは私が秀でるであろうご自分の諸徳であるとおっしゃり、そしてあなたはご自分の三重冠を私の上に置かれました。そしておっしゃいました。『あなたのために私の冠を与えます』 そして、あなたはご自分のケープを私にかけてくださいました。このことの意味は何なのでしょうか。それから昨日、あなたは私に、天の花園の花々で出来た一本のロザリオを与えてくださいました。これはなぜですか」 マリア様は1996年8月25日にソーンブッシュを通して答えて下さいました。
聖母: 「私たちの聖なる諸徳の香りに満たされた私の甘美なるホワイト・ロックよ。あなたは驚くことはありません。私の小さな息子よ、なぜならあなたは、この時期にあなたが強いままであり続けるのを助けるために多くの大変特別な恩寵が必要だからです。なぜなら邪悪な者があなたを踏み砕こうと絶えず試みているからです。これらのすべての特異な恩寵は、あなたの神的保護の聖なる女主人として、元后としての私の徳に満ちた汚れなき御心から、あなたに与えられたのです。あなたはまた、たくさん苦しむように召されています。私の甘美な『リトル・ペトロ』よ。私はあなたを愛しています。私はあなたを祝福します。私はまた、あなたが成し遂げたことすべてを祝福します」
 もちろん、私が神からいただいた最も偉大な特権のひとつは、神の聖なる御母との神秘的結婚への神からの招きでした。これは1987年に起こり、これに関する完全な詳細の説明は、この本の別の章で読むことができます。『三重の契約』の授与……子孫の聖なる契約……それにおいて神は私を新しい時代の『アブラハム』として任命されたのですが、それも同様の偉大な特権でした。この太祖の偉大な祝福、または、私の中に埋め込まれた『聖なる輝くもの』を通して、新しい聖なる時代の地上のパラダイスに人々を再び住まわせるために、新しい民族とイスラエルの新しい部族が生まれます。
 人生における私たちの義務は、日々ますますキリストに似たものとなることです。しかし時々、私たちの祝されし主は、その偉大な愛のうちに、完徳への道の途上にある私たちを助けるために、ご自分の苦しみを親密に私たちに共有させます。そしてそれが私にも起こりました。主は私の体に、ご自分の栄光ある傷のしるしを刻みつけました。そして私は長年にわたり、今でもこの甘美な苦しみを耐え続けています。神の愛の宝庫から、私に与えられたいくつもの賜物の中でも、この最も貴重なものは、神の善性を日々思い出させるものです。御傷のしるしと苦しみのみならず、ご自身のカルワリオへの道行きと神秘的な磔刑をもイエズス様は共有させてくださいました。私の目に見えない聖痕についての多くの美しいメッセージが他の幻視者たちに与えられました。私はそのいくつかを次に紹介します。

【 天において高く上げられる 】

 1995年3月28日に、私は以下の質問を、聖ティモシーを通してマリア様にお尋ねしました。
(1) 愛する聖ティモシー。今晩、マリア様がすべて白いお召し物でいらっしゃいました。聖母は金のケープをはおられ、一番上に聖霊が止まっておられる冠をかぶっておられました。マリア様はこの冠を私にかぶせ、このケープを私の両肩にかけ、そして私の傷にキスし、それからひざまずかれ、私に向かっておじぎをなさいました。私は印を見ました。このことの意味は何でしょうか。そしてなぜ天の元后が取るに足りない私などにお辞儀をなさったのでしょうか。
(2) 聖ティモシーよ。マリア様は今晩、私の「なれかし(フィアット)」に関して、非常に称賛する言葉を語られました。聖母はまた昨夜も同じことをなさいました。私はこれらの発言に心が乱れています。しかしそれでも私は印を見ました。あなたはこれを確証し、その理由を私に説明することができますか。
(3) 聖ティモシーよ。昨晩マリア様は聖霊の浄配としていらっしゃいました。それは素晴らしい御出現でした。しかしおっしゃった言葉に私の心は乱れています。常に印がありましたが。マリア様は、私の「フィアット」はご自身の「フィアット」に似ている、その違いは私が罪人であり、そしてご自分は汚れなきものであることです、と。それでも私について誰もかつて受けたことのない非常に高い恩寵が与えられているとおっしゃいました。ありがとうございます。甘美な天使よ。
 聖ティモシーは以下のお答えをソーンブッシュを通して、その同じ日に与えてくださいました。次のように三つの質問を一つにして答えて下さっています。
聖ティモシー: 「愛するリトル・ホワイト・ロックよ。心を乱してはいけません。なぜなら、あなたがとても小さく、あなたがチリにすぎないということは真実ですが、あなたが自分自身をこのように認識していることが、まさにその理由だということもまた知っておきなさい。なぜなら神に栄光を帰するために、謙遜な者と卑しい者が高く上げられるのですから。愛する小さき霊魂よ、天とすべての民族の元后は、このことを印としてあなたに示していらっしゃるのです。そしてまた、それは天が人類のために備えていらっしゃる将来の使命にあなたを準備するためなのです。私はあなたを私の天使的祝福で祝福します。愛するリトル・ホワイト・ロックよ」
 マリア様は私の全き謙遜をもっての「フィアット」の故に、「恩寵の経路」の中で私は、天において私たちの聖なる御母に次いで最も高いところにあげられるだろうということを啓示してくださいました。マリア様は、私が罪の汚れを持っているけれども、他のいかなる人よりも高く上げられる。それは自分と同じようにである。自分は汚れなき者であるけれども、と説明してくださいました。私は聖霊がマリア様をその両翼でもって包みこまれるのを見ました。そして聖霊は、鳩の御姿で、その尾から一本の羽を引き抜かれ、それを私の中に入れられました。まことに人間の言葉では説明できないもっと多くのことが語られました。私はそれを謙遜に神のもとに残したままにしておきます。

【 マリア様の特別な意向 】

 1994年12月20日に、ソーンブッシュを通して私は、聖母の特別なご意向とは何ですかと尋ねました。なぜなら私たちはどこにもそのメッセージを見つけられなかったからです。お母様は微笑み、そして私に答えて下さいました。
聖母: 「私の親愛なるバラ『ソーンブッシュ』よ。私は、わが小さき『真理の岩』に、彼の望みは私たちを大変慰めたということを知ってほしいと思います。今、私がわが汚れなき御心のうちに持っている最も重要な意向は、わが神なる息子の栄光ある再臨が、彼の最初の来臨と同様に進められることです。この意向のために祈り、多くの犠牲をささげ、償いをなす者は、私の現存を知るでしょう。そして、時として、彼らは私の香りをかぐでしょう。私はわが特別な祝福をわが『リトル・ペトロ』に送ります。なぜなら、彼は、彼の愛によって彼が私たちにもたらした慰めは、彼が考えている以上のものであるということを知る必要があるからです。そして彼はさらにより多くのことを理解するでしょう。……」

【 傷の賜物 】

 1995年10月27日に、マリア様は、ソーンブッシュを通して次のメッセージを与えてくださいました。
聖母: 「私はあなたに挨拶します。私の悲しむ汚れなき御心の私の最愛の岩よ。あなたは次のことを知ってください。この苦痛は、私たちの子供たちの善徳の不足のせいで、私の神なる息子が受けた傷である、あなたが負う目に見えない傷から来ています。私の神なる息子は、他の人々が善徳において向上させられるように、十字架のその重さの下に倒れることをお望みになりました。あなたがこれらの傷を負っているので、私の小さな子よ、あなたは非常に深い方法で、多くのことを理解することになるでしょう。あなたのひざは血を流しませんが、二つの目に見える白い十字架が、それぞれのひざに一つずつ現れるでしょう。私はすでにこのことをわが小さきソーンブッシュに示しました。なぜなら彼女も肉体的にそして神秘的にあなたの苦しみを支援しているからです」

【 特別な贈り物 】

 以下は、私が1994年10月28日にソーンブッシュを通して聖母になした質問です。「お母様、あなたの娘『リトル・ワン』は幻視とメッセージを受けてきています。昨夜、あなたは彼女に出現されました。しかし何の称号も与えられませんでした。あなたは彼女に、様々な色の服を着て玉座に座っている私のビジョンをお見せになりました。このビジョンが何を意味しているのか私に教えてくださいますか。第二に、あなたは彼女に次のようにおっしゃいました。すなわち、あなたはひとつだけ願いごとをする機会を私に提供なさり、そしてそれはかなえられると。この願いはどのようなものでもよい、しかし私はそれを真剣に考慮しなければならないと。さて、お母様、私はまず、これが本当のことかどうか知りたいと思います。そして第二に、私はあなたに、もしそれが受け入れられるならば、私の望みを申し上げたいと思います。もし受け入れられないならば私は第二の願いを申し上げてもよろしいですか?」
「お母様、私の願いは、ソーンブッシュを通して私にかつて啓示されたあなたの個人的な意向のすべてが1998年以前に実現されることです。もしこのことが可能でなければ、私は神のために、あなたに次ぐ最も偉大な聖人となることを願います。神の栄光とあなたの栄光が私の人生において常に見られるように」
 私たちの聖母は、ソーンブッシュを通して、そしてまた直接的に、私の質問に答えてくださいました。お答えは以下の通りです。
聖母:(ソーンブッシュを通して) 「私の貴重な『リトル・ペトロ』よ。あなたはこの日、多くの特別な恩寵を受けたことを知らなければなりません。そしてこれらの特別な恩寵は続くでしょう。あなたは、私の親愛なる『リトル・ワン』が見せられたことは彼女の想像ではなく、天からのものであるということを、そしてこのビジョンは、あなたにとっての希望の特別な印であるということを知らなければなりません。私は、あなたの望みの両方を、わが汚れなき御心の深くに置きました。しかしあなたは、第二の望みはすでに、あなたの真の謙遜と従順と忠実とあなたの真の忍耐を通してあなたに与えられているということを知らなければなりません。第一の望みを私は永遠の御父、天におられる私たちの御父の玉座のもとに置きました。そしてそれは、神の栄光のために、わが汚れなき御心を通して神を限りなく讃えるために実現されるまで、そこにとどまるでしょう。私はあなたを祝福します。わが小さき岩よ。そして私の呼びかけに応えたことに対してあなたに感謝します」
聖母:(私に直接に) 「真の謙遜と従順と真理のわが愛する『岩』よ。あなたは私がわが『リトル・ワン』に告げたことは真実であるということ知らなければなりません。私はあなたに、多くの霊魂たちには差し出されてこなかった特別な恩寵を与えることを望んだのです。あなたは恩寵の特別な選択をなしました。自由意志のもとでのあなたの選択は、私と三位一体の神にとって最も喜ばしいものでした。なぜならあなたはあなた自身のことではなく、神の栄光を考えたからです。あなたが、私自身の意向によって私を喜ばせることを選んだがために、神はあなたの両方の願いをかなえてくださいます。なぜならあなたは、彼の聖なる母、配偶者そして女王に与えるために、彼を喜ばせるものを選んだからです。
 あなたの偉大なる謙遜のゆえに、あなたは、永遠にわたって私に与えられてきた功徳にあずかることになるでしょう。あなたの人生がこれまで、多くの聖人たちの生涯と似たものであり、またこれからもそうなるであろうのはこの理由のためです。この理由のためにあなたは迫害され、そして迫害されるでしょうし、真理のために証することを求められ、これからも求められるでしょう。地上に置かれた、そして置かれるであろういかなる霊魂たちよりも。この理由のために、神はあなたに、普通であれば一人の霊魂に対して歴史の特定の時期にただ一つだけ求められるであろうような多くの仕事をなすことをあなたに求められるでしょう。
 喜びなさい、わが『愛の天使』よ。神があなたにこれまで与え、今与えておられ、そして与えられるであろう、かくも多くのあわれみと恩寵のゆえに。常に小さくあり続けなさい、これまであなたがそうであったように。そして私の清いそして汚れなき御心に信頼しなさい。なぜなら私はあなたの母、あなたの女王、そしてあなたの神秘的配偶者だからです。私はあなたを、わが汚れなき御心の深くに置きました。そしてあなたの像は、永遠に私の胸と心にあるでしょう。神の無限のあわれみと愛のために、神に栄光を帰するために。
 これらの指示は、私の『ソーンブッシュ』と私の『リトル・ワン』を通して確認されるでしょう。いと高き方の愛によって、全能なる方から私が求めたすべてのことは、約束された時が満ちれば与えられるであろうということを、あなたは知らなければなりません。ありがとう、甘美なる愛する子よ」

【 かなえられた二つの願い 】

 1994年11月5日に私は再び聖母に以下の質問をしました。「お母様、あなたは『リトル・ワン』に、私がもうひとつの望みを持っているとおっしゃいました。あなたもご存じの通り、私は私の家族とブロサード神父がオーストラリアにとどまる許可を得ることを望んでいます。あなたはそれは私のための個人的な願いであるべきだとおっしゃいましたが、私はそれは必要ありませんと申し上げました。なぜならあなたはすでに私にすべてを与えてくださっているからです。このことを確認してくださいますか。リトル・ワンはそれを確認しましたが、しかしまたヨハネ・パウロ2世教皇様が1月に肉体的に聖地に来るという私の望みもまた、かなえられた望みであると言いました。このことを確認してくださいますか」
 1994年11月7日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の答えを受け取りました。
聖母: 「私たちの分かたれないみ心のわが小さき『岩』よ。あなたは、すでにニつの願いをかなえられたことを知る必要があります。他のすべては祈りと考えられ、そしてそれらは祈りの意向として、わが汚れなき御心の内に深く置かれました。なぜなら私の望みと神の意志は変化しないからです。……」

【 蛇による傷 】

 私はまた聖母から特別な贈り物を与えられました。それは、彼女が蛇の頭を踏み砕いた時に彼女のかかとに受けられた傷の複製です。これは、創世記の書物において描かれています。そしてこの傷の印は私の体に見えます。ソーンブッシュは1995年8月15日、以下の言葉によってこの表れを描きました。
ソーンブッシュ: 「聖母はまだ血の涙を流しておられます。しかし彼女は美しく微笑んでおられます。そして彼女のマンティラは太陽のように明るく輝いています。彼女は、彼女の左足の傷の特別な贈り物を与えられました。そして私はそれを非常に深く感じることができます。私は聖母の傷から光が出てリトル・ペブルの左足に進み、それから私の左足の傷へ進むのを見ることができます」

【 聖母によって作られたロザリオ 】

 お互いを深く愛する人は誰でも、彼の愛する者の形見を何でも集めることを望むように、私も私が愛する人の形見を望み始めました。私は聖なる貪欲とでも呼べるようなものを経験し始めました。あるいは霊的な善への聖なる欲望です。私は、神は大変善良で寛大であられるので、きっと彼は私に御頭の髪を一本与えてくださるに違いない、そして聖母の髪も与えてくださるに違いないと思いました。1992年、神はこのとてつもない恩寵に同意されました。そして私に、いつの日か、それらは与えられるであろうとおっしゃいました。
 しばらく後に、聖母は、彼女の甘美な無限の愛を示されました。なぜなら彼女は手づから、私のために天国で美しいロザリオを作ってくださったからです。天使たちが地上から石を取り、聖母はハートの形の珠のロザリオを作られました。それらのうちの13は青く、ピンク色の十字架があり、主の御傷の位置に五つのバラがあります。聖母はこのロザリオをドイツにいる幻視者に贈られました。その人の神秘的な名前はヘッジローズです。彼女は、第二のアンナ・カタリナ・エンメリックとして知られています。これは私のための彼女の母の愛の贈り物であると聖母は説明されました。数珠は悪魔たちに対して非常に強力でした。このことはしばらく後に、悪魔たちの好奇心が彼らの破滅となったときに証明されました。なぜなら彼らは数珠によって突然縛られ、そして地獄に送られたからです。聖母は、将来私は私のロザリオを取り戻すであろうと啓示されました。
 1993年に聖母は天使たちを、エデンの園、楽園に送られました。この楽園には、小さな小石のような碧玉の貴重な石があります。聖母は天使たちに、これらの石を集めて、それらから五連のロザリオを作るように指示されました。聖母はまた、幻視者ヘッジローズの霊的指導者ウンダーリッヒ神父に、十字架を彫ってこのロザリオにつけるように指示されました。神父は彫刻家として有名でした。彼は、宣教者会「聖霊司祭会」の司祭でした。そしてアフリカで40年を過ごし、そこで杉の木の彫刻に熟達しました。彼が彫った十字架はこの木から作られました。彼はそれから、神が天国から、この十字架につけることを望んでおられる何かを彼に与えてくださるまで待ちました。ある日彼がミサを立てている時、この聖なる司祭はパテナの上にホスチアをもち上げました。そのとき彼は突然大きな音を聞きました。彼が驚いたことに、「どこからともなく」透明な、削られていないグリーンのエメラルドがパテナ上に現れたのです。オーストラリアの2ドル硬貨の大きさでした。この石は片面が滑らかで、もう一方はごつごつしていました。ウンダーリッヒ神父は何らかの手段で、このエメラルドを彫刻した十字架の中心に押し込み、そして、私たちの主の肉体そのものがすでに十字架の木の中に埋め込まれており、彼の肉体と血液がエメラルドの石を通して見られるであろうことが「ヘッツジローズ」に啓示されました。彼女に、この石が彼からのものであることを明かされたのは父なる神でした。それは、彼の中で形作られている、そしてまだ完全に滑らかではない、リトル・ペブルを表しています。この石は、私を強めるために十字架のうちにおかれなければなりませんでした。病人は、このロザリオによって癒されるでしょう、もしそれが彼らの心臓の上に置かれるならば。それはまた、私にとっての、永遠の御父の個人的な愛と保護の印でした。言うまでもなく、この宝物は私にとって非常に貴重なものです。
 私たちの祝福された母は、「ヘッジローズ」を通して、私にさらなる贈り物を与えてくださいました。彼女の「リトル・アブラハム」のためのもうひとつのロザリオです。このロザリオは、将来の聖なる新しい時代からのあらゆるタイプの石からできていました。そして聖母はそれを「七部族のロザリオ」と呼ばれました。これは「聖なる輝くもの」によって、新しい聖なる時代の子供たちを誕生をさせるであろう、新しいクイーンたちによって存在するに至るであろう、新しい部族に言及したものでした。私が新しい聖なる時代のための七部族について初めて聞いたのは、このロザリオ受け取った時のことでした。このロザリオは非常に強力で、悪魔たちを追い払い、彼らはそれを非常におそれました。私の霊的な姉妹、カナダの神秘家にして幻視者のソーンブッシュは、しばしば悪魔に襲われました。しかしながら、私がこのロザリオを彼女の頭の上に置くと、悪魔たちは、彼らの攻撃を止めざるをえなくなり、逃げ出しました。私は何年にもわたって、数多くのロザリオを受け取ってきています。数にすると五十を超えます。すべては、数多くの幻視者たちを通しての私たちの聖母からの個人的な贈り物です。さまざまな御出現の聖地を訪れるときはいつでも、聖母は、類似の美しい贈り物をもって私にプレゼントしてくださいます。
 ヘッジローズはまた、彼女を通して私が神的な鳩としての聖霊からの羽毛という、最も祝福された贈り物のひとつを受けた幻視者です。私は何年間も、そのような羽毛を求めてきました。そしてある日、聖霊がヘッジローズのもとに来られ、聖なる羽のひとつを残してゆかれました。羽毛はソーンブッシュによって確認されました。彼女はこれを彼女の啓示において二度にわたって確認しました。
 私たちの主と私たちの聖母は、私が彼らから受け取る美しい手紙の多くを通して、何年にもわたって指示と慰めと愛の言葉を私に与えてきておられます。私たちの祝福された主と聖母が彼らの子供たちにこれらの親しい個人的な愛の手紙を通して語りかけられるということは、決して当たり前のものと思ってはならない注目すべき特権です。天国の領域を見通すことができるという特別な恩寵もまた私の常なる喜びです。
 以上の説明は、神が私に与えてこられた贈り物のいくつかです。私はもっと多くのことを書くことができますが、神は、彼が彼の価値のない召し使いである私のためになして下さった全てのことに対する私の愛と感謝をご存じです。私はこの人生において神に十分に感謝することは決してできないでしょう。しかし私は来世においてそうしようと希望しています。私のなすすべてのことにおいて、神と彼の最も聖なる母は讃えられますように。

【 聖母への私の特別な手紙 】

 1996年9月8日、私は天国からの指示について、私を悩ませていることについて聖母に質問しました。「私の甘美なる愛する母、そして神秘的配偶者よ。私はあなたの小さな息子として、そしてとるに足らないものとしてあなたに嘆願します。私はとても困り混乱し困惑しています。なぜなら私は私を満足させる天からの明白な言葉を何も受け取っていないからです。これらの言葉は親切で愛にあふれたものであっても、それらは全面的に私を慰めることはありません。なぜならあまりにも多くの説明されていない問題があり、そのことは、まるで神はご自分が何をなさっておられるのかをご存じないように私に感じさせるのです。私はこのことを、あなたや神に対して反逆するために言うのではありません。あなたは私の心の奥底をよくご存じです。私のすべての人生において、私はあなたと神に対して仕え従順であり続けてきました。私はすべてを与え、すべてを犠牲にし、信仰のみによって生き、常に神の善性をさらに信頼し、あらゆることにおいて神に最も期待をかけてきました。私は常に、あらゆることにおける手だてとして、そして目標として神に目をむけてきました。しかし私はまったく幻滅し、混乱し、当惑しています。私の心を明かすことをお許しください。しかしあなたはそれがあなたに属することをご存じです。私は非常に傷付けられています。なぜなら私は神をとても愛しているからです。しかし私は神にすべてをささげ、すべてを与えたにもかかわらず、私は理解することに困難を覚えるのです。ある人が黒を黒と言い、白を白と言うときには、私にとってそれは明白です。私は同じことを全く完全であられる神にも期待します。そうでないならば、私たちはどのように考え行動をすればよいのでしょうか」

聖母は、同じ日にソーンブッシュを通してお答えになりました。
ソーンブッシュ: 「チャペルの中で、私たちの聖なる母は、私が聖体拝領したすぐ後に出現されました。彼女は『信頼の聖母』としてのお召し物です。福者ディナ・ベランジェが彼女とともにおられました。私はあなたを、聖母のマンティラの下に見ました。そしてあなたは泣いていました。私は印を見ました。彼女はあなたに対してとてもあわれみ深く見えました。そして微笑まれました。彼女は、彼女の汚れなき御心から赤いバラをお取りになりました。そして12粒の涙が彼女の目からバラの中へ落ちました。そして聖母はバラに接吻され、それをあなたに与えられました」
聖母: 「私は再びあなたに挨拶します。わが愛するわが汚れなき御心の小さな子供よ。私はあなたのもとに、聖なる、信頼へと神のあわれみの母としてやってきました。あなたはあなたの霊魂に対する神の計画全体を全面的に知っている訳ではありません。わが愛する小さき白い『岩』よ。このことのために、あなたは起こってきたすべてのことについて非常に当惑しているのです。これはあなたが通過することを求められている非常に困難な試練です。わが優しい小さな者よ。祈り続けなさい。あなた自身を放棄しなさい。そして小さな子供のように信頼しなさい。あなたがすべては失われたと信じる時においてさえも。あなたの真実の従順と忠実は常に報われるでしょう。いつもあなたが考えるような仕方ではないかもしれませんし、あるいはあなたがた望むような仕方ではないかもしれませんが。
 今やあなたは部分的に、なぜあなたが、かくも多くの特別な恩寵によって祝福されてきたかを理解しています。それらは、あなたが今生きている試練を通過することを可能にするために、あなたに与えられてきたのです。旧約の聖なる指導者たちのすべてや、新約の指導者たちは、常に試練を経験してきました。あなたも違いはないのです。そしてあなたは選ばれたのです。これらは、これから来るであろう大いなる試練に比べれば非常に小さなものにすぎません。そして再びあなたはそれらのうちを生きることになるでしょう。何度もあなたが困り果て、混乱し、当惑し、落ち込むことになろうとも。
 神はあなたを非常に愛しておられます、わが『リトル・アブラハム』よ。彼はあなたをからかっておられるのではありません。あなたが清められ、聖なるものとされるように、さまざまな状況を利用しておられるのです。あなたがあらゆることを理解する必要はありません、かわいい子よ、神の母として、私がすべてを知って理解しているとしても。そして私は、十字架のもとで神の『卑女(はしため)』として神のために毎日を生きてきました。私の喜び、そして私を支えたものは、神の卑しい『はしため』として、いと高きものをお喜ばせするために苦闘することができるということでした。そして私はわが悲しみのすべてをささげたのです。あなたがそうしてきたのと同様に。
 サタンがあなたの希望と信頼を打ち砕くことを許してはなりません。なぜなら、あなたはあなたの過ちから学ぶでしょうから。わが汚れなき御心にしがみつき続けなさい。そして、忍耐と真理のうちに前進しなさい。なぜなら、あなたは神を理解する恩寵を受けることはないでしょうから。わが愛する小さき子供ウィリアム、そして聖にして母なる教会の未来の『岩』よ。
 あなたがあなたの心を開いたことに私は喜んでいます。なぜなら時としてこのことは必要だからです。私は神の前であなたの名前において、わが愛する『白い岩』よ、特別な仕方で仲介しましょう。そして私は、あなたのすべての意向と、あなたがささげたすべてのことを、わが汚れなき御心の深くに置きましょう。私はあなたを愛しており、私はあなたとともにいます。わが優しい愛された子供よ、そしてわが小さき『白い岩』よ、私はあなたを必要としています。私は非常に特別な仕方であなたを祝福します。そして私は、あなたが今運んでいる浄化の十字架をあなたが運ぶのを助けます。あなたの愛する聖なる絶えざる助けの母として」

【 神の道はまことに、人の道とは異なる 】

 以下は、ナウラの「全ての御出現の聖堂」において、1996年3月2日初土曜日に、主と聖母によって与えられたメッセージです。
リトル・ペブル: 「しばらく前から白い十字架が現れていました。聖バラキエルがいつものように3度、十字の印をしました。聖ミカエルは十字架の右に立っています。とても大きいです。聖ミカエルは剣を祭壇の中に置きました。白い十字架の背後に、とても大きな雲のように見えるものがあります。それは巨大な雷雨で、いまにも轟きだしそうです。雷雨は空全体にゆっくりと広がっています。聖バラキエルの隣に聖サクラメッスギュスが見えます。聖メノロウティスと聖センティミンタリウス、そして他のとても美しい天使が見えます。その天使は今日見たのですが、とても背が高いです。6つの翼を持ち、頭の回りに多くの星があって、その上を十字架が浮遊しています。この天使が誰なのか分かりませんが、今日初めて見ました。とても大きな天使で、微笑み、聖メノロウティスと聖サクラメッスギュスの間に立っています。
 今、白い十字架が開いていきます。ベールの向こう、生命の他の面の彼方を見ているようです。戸口は今、開いています。2つのとても大きなドアがあり、その中に十字架があります。さて聖櫃に向かって下る光の階段が形成され始めました。とても美しい光がこの道から発しています。光は広がり、さらに美しい光を形成しているように見えます。白い十字架の上空に印が見えます。白い十字架から戸口を通って多くの天使が来るのが見えます。その天使たちはロープのような長いリボンを持ち、2列を組んでいます。天使たちは歌っています。白い十字架を通って、純金製の美しい馬車が来るのが見えます。主イエズスは馬車に立ち、天使たちが馬車を引っ張っています。美しい翼を持つ、純白の美しい白馬もいます。白馬は馬車の前にいて、主を私たちの方へお連れするように見えます。イエズスの後ろに、さらに多くの多くの天使、とても美しい天使が見えます。この大半の天使が4つの翼を持っています。どの階級なのか分かりませんが、天使たちはとても美しい。どの天使も頭上に茨の冠が浮いています。茨の冠はそれぞれ異なる色をしており、あるものは赤あるものは茶色、白、金、緑です。
 主は今、近づかれ、白馬は飛び去ります。白馬は、主が立っておられたコーチ(大型4輪馬車)から離れたように見えます。コーチはとても美しい色、リボン、花で飾られています。さらに多くの天使が白い十字架から出てきて、主のコーチを取り囲むように何列もの列を組み、主が滑り降りてこられるのに備えて半円形を形成しています。主に礼をするように、天使たちは体をかがめています。翼を交差させ、他の天使の翼に自分の翼を重ねて、主がその上を歩けるように道を形成しています。とても美しい。イエズスはとても堂々としておられます。3つの先端のある冠をかぶり、どの先端にも十字架があります。先端の間には百合の花、フランスの君主の象徴があります。イエズスは微笑んでおられます。とても美しいです。たった今気付いたのですが、主が頭を下げられたところ、その冠の中に茨の冠があり、私のものととてもよく似た、この茨の冠の茨の上に小さな白いバラがあります。イエズスは微笑まれ、うなずいておられます。イエズスは天使の翼の上を歩んでおられます。天使の翼は綿毛で覆われているように見えます。聖ミカエルの翼に触ったときと同じ感触です。小さなアヒルの綿毛のようです。とても美しい。
 主は今、聖櫃の方に来られ、先ほど記述した、この美しい天使の額には名前が書かれています。その名前は数週間前に主が私の額に書いたものと同じです。その名はギリシャ語で書かれており、その天使はキリストの代理者の天使であると主はおっしゃいます。私が代理者になるとき、その天使は私の天使となります。イエズスは今、天使の翼から聖堂内のここの聖櫃の上へと歩まれます。主の御頭は御像の連なりの最後尾、それよりも若干高いところにあります。ご覧になっておられます。イエズス様の青い御目の奥深くまで見ることができます。イエズスの御目は海のように、いや海というよりも空のように、青く、とても美しい。とても美しいです。主は腕を広げられます。実に美しい。御傷のとても深いところまで見えます。足の御傷もです。しかし白い光が聖櫃の上に立っており、それは綿毛の星のようです。主の両足の間、御足の回り一帯に小さなバラが成長しています。主の足の回りの小さなバラの格子のようです。とても美しい。様々な色のバラ、とても小さなバラがあります。
 主の右手に突然、ロザリオが現れました。赤い珠のロザリオです。微笑まれおっしゃいます。「貴き御血のロザリオである」と。そのロザリオはとても美しいです。珠は単に何等かの物質でできているというのではなく、血そのもののように見えます。説明するのはとても困難です。しかし、どのように説明したらよいのか分かりませんが、実際に血の珠のようなのです。主の右手から御血が珠の中に入っていくのが見えます。主は今、この珠を聖なる天使に手渡されます。その天使はひざまずき、このすべての珠に優しく接吻します。すべての天使がひざまずきます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
(以下を、二度にわたって、非常に注意深く読んでください。)

主: 愛する息子、受難の花、真理の岩、リトル・ペトロよ、あなたに挨拶する。リトル・バルトロメオ、忠実な使徒よ、あなたに挨拶する。ここにいる全ての甘美なる弟子、クイーン、来たるべき新しい世代の未来のクイーン、愛するプリンセス、バロネスたちに挨拶する。恵みの霊魂、ここ私の前に集まった、そして世界中にいる全てのいとしい子供たちに挨拶する。
 今日私はとりわけ愛する息子、甘美なる「神的愛の天使」と天は彼を呼ぶ、未来の教皇のために来た。過去何日かの間、至聖なる御母は、あなたと世界中の甘美なる子らの多くの心を悩ませてきた幾つもの重要な問題についてあなたを指導してきた。愛する息子よ。私はあなたの心のうちにある苦悶をよく理解している、愛する息子よ、神の御旨と完全性を理解することがいかに難しいことであるか私はよく知っている。人間は、神がどのようにして多くの教えを世にもたらしているのかを理解しようとしているが、なお彼らの神を理解してはいない。愛する息子よ、そして愛する子らよ。あなたがたは、人間である。あなたがたが「ベール」を乗り越えたときに初めて、神をそのありのままの姿と叡智において完全に理解するようになるだろう。
 至聖なる御母があなたに説明したように − そしてこの説明をあなたは全ての子らと共有するであろう、彼らを慰めるために − 神は全てを越えており、神の道は全く人の道とは違う。神にとって時間は存在しないのだ、甘美なる子らよ、それゆえ預言的な言葉が与えられた時、神においては時間というものは存在しない − 千年は一日でありうるし、一日は千年でありうる。私はたとえ話しであなたがたに話しているのではない、甘美なる子らよ、むしろ神にとって重要な全ては霊魂の救いなのだということを理解するのを助けるために話すのである。それゆえ神が啓示する全ては、それが過去においてのものであれ、現在においてであれ、未来においてであれ、霊魂の救いのために益となるように霊魂を教化するためのものである。神の計画は完全である、甘美なる子らよ、あなたがたはしかるべき時が来るまではそれを理解しないだろう。それゆえ神の現存の前で常に従順であり続けなさい。そして、理解できないし、できないであろうことは単純に受け入れなさい。なぜなら、神は論理的ではないからだ、甘美なる子らよ。いかなる法も神を拘束しない。法は人間のために作られたものである。存在する全ての法は、それが感覚を統治するものであれ、心を統治するものであれ、生活を統治するものであれ、聖性を統治するものであれ、世界あるいは宇宙、あるいは霊的世界を統治するものであれ、これら全ての法は人間の利益のためのものである!
 甘美なる子らよ、人間としてこれらのことは理解することが困難であるということを私は知っている。それはまた、使徒たち、弟子たちにとっても困難であったのだ、私が人類のために十字架に釘付けにされようとして前進していたときに。甘美なる子らよ、磔刑は、私が地上を歩いていた間に説いたこと全てに対する全面的な矛盾であった。そして、使徒たち、弟子たち、子らにとって全ては闇に見えた。しかし、私が死者の中から復活し、わが霊が皆の上に下った時、全ては明らかになった。そして、子らは喜び、神の完全な御旨と御計画を理解するために照らされたのである。それゆえ、甘美なる子らよ、愛する息子よ、心を煩わせるな。時とともに理解するだろう、わが愛とわが子らへの無限のあわれみによって、私と御母が人類に告げてきた全てのことは成し遂げられるであろう。わが復活が、御父の御計画を成就したのとちょうど同じように。私たちが天から与えた全ての指示は神的な目的をもっている、甘美なる子らよ。あなたがたがなすべきことはその目的を理解することではなく、信仰を持ち、それを受け入れることである。そして、あなたがたが信頼の道を歩み続ける限り、信じ堅忍し続けるために必要な全ての力を受け取るだろう。そして御父はあなたがたの心を照らすために私たちの霊をあなたがたに下すであろう。全てのことはその適切な時と場所とを持っているのだ、愛する子らよ。たとえ全てが失われたように見えようとも、まさしくその瞬間において、全ては勝ち取られ見出されるからだ! 御母と私は群れを決して見捨てない。私たちはあなたを決して見捨てない。愛する息子よ、御母が告げたように、あなたは予定されており、私が王国の鍵を与えたのはあなたであるからだ、ちょうど聖ペトロに対してそうしたように。私はあなたに私とともに飲む杯を与える。あなたは既に、このことを知っている、愛する息子よ。あなたはそれを最後の一滴まで飲みほさなければならない。あなたは堅忍するだろう。私はわが言葉を与えたからである。私はあなたのうちに生きているのだから。愛する息子よ、時が来れば、世はそのことを知るだろう。あなたはわが群れを闇から光へと導くからである。それゆえ、平安でありなさい。
 人生の答えを求めている全ての子らへ向けて言う。私によく聞き従いなさい。もう何年もの間、私は世界中で説教してきた。真福八端を生きなさい、甘美なる子らよ。聖徳のうちに生きなさい。この地上の報いを求めず、楽園と御父の栄光を求めて。私は愛の父ではないのか? 私はあなたがたに私自身を与えなかったか? 私はあなたがたを忘れたことがあったか? 全ての瞬間を、それが最期であるかのように生きなさい。これらの言葉をよく考えなさい、愛する子らよ。それらは何を真に意味するのか? 人生を完全に生きるとはどういうことか? もし私があなたがたの霊魂を迎えに来るとしたら、私と共に楽園に来るだろうか? あなたがたはそこに答えを持っている、愛する子らよ。私は皆に場所を用意している。私は皆のために死んだのだから! わが王国には場所がある。御父によって創造されたあなたがた各人のための栄光に満ちた場所が。そして、私は約束した。わが言葉に忠実であり続けるならば、全てはあなたがたに与えられるであろう。私はあなたがたを完徳の生活へと呼んだ。私はこう言わなかったか、「天の御父が完全であるように、完全な者であれ」と? 確かにあなたがたは罪人であるが、しかしそれでも、完全になるように呼ばれているのだ。それゆえ毎日、天にまします御父へ栄光をもたらすように、生活を完全に生きなさい。善き業のうちに霊魂を聖化しなさい。
 私は今あなたがたを共同体の生活へと呼んだ。それはなぜか、あなたがたは考えてみたか、甘美なる子らよ? 私はあなたがたの肉体を救うために、あなたがたを呼んだのか? 私はあなたがたが世から逃避するために、この世から呼び出したのか? 違う、甘美なる子らよ! 私はあなたがたの霊魂を聖化するために、他の霊魂たちを教化するために、そして彼らが私のもとに来るようになるために、そして堅忍し、わが言葉に忠実であり続ける子らのために用意されている来たるべき聖なるニューエラ(新しい時代)の王国へ向けてあなたがたを準備するために、この生活へ − 共同体の生活へ呼んだのだ。今共同体で生活している霊魂は、あまりにも数少ないと感じるかもしれない。それはその通りである。しかし甘美なる子らよ、あなたがたは理解することも悟ることもできないかもしれないが、時が来れば共同体生活は教会全体と全地上を包み込むであろう。聖なるニューエラにおいてはそのようになり、その完全さにおいてもそうなる。将来について思い煩ってはならない。神の怒りについて思い煩ってはならない。「時の終わり」や預言されている全てのことについて思い煩ってはならない。なぜなら、このことは必ず来ることだからだ。わが御言葉は文字通り成就されなければならない。もしそうでないとしたら、わが言葉は神の言葉ではないことになる。私は救いを約束した。私は希望と喜びと平和を約束した。それゆえ、わが言葉を聞きなさい。
 甘美なる息子たち、娘たちよ、時々全て希望がないようにあなたがたが感じるということを私は知っている。けれども私は言う。勇気を失ってはならない。命があるところには常に希望もある。人間的な言葉で言えば、「時の終わり」がやってきたということを考えるということさえも、人間にとって全てはばかげたことであるように見えるだろう。それでも神は人間が神に従うことを求められるのであり、人間が何度も世界を建て直すことを求められるのである。わが御母、わが潔き御母は、このことを小さき息子「小さき岩」によく説明した。そしてあなたがたはまもなくそのことについて知るだろう! 罪人の救いに関することで無駄なものは何もないのだ、甘美なる子らよ。全ては神的な時計のうちにその時を持っており、それは天の御父だけが御存じである。それゆえ、信頼と希望のうちに心を挙げなさい。落胆してはならない。私、神の子でさえもゲッセマネの園で大いなる試練を通過しなければならなかったのだ。その理由は、甘美なる子らよ、あなたがたに道を示すため、そして、あなたがたに人間の弱さを示すためであった。常に希望はある。天におられるわが御父によって誰も希望を失うことはできない。ただあなたがた自身が失望の誘惑に屈してしまわないかぎり。そしてなお、わが御父は御手をあなたがたに差し伸べられる。だから思い煩うな、私が約束した全てのことは成就する。 ここにいる、世界中にいる全ての子らは喜ぶであろう。私の復活に使徒たちが喜んだように。あなたがた全てに「復活」がある − 世の終わりにではなく、非常に近いうちに、真理が全ての心に知られる時に。あなたがたは喜ぶであろう。そして、喜びは再臨まで共に残るであろう。このことを私は厳かに約束する。それゆえ今十字架を取りなさい、甘美なる子らよ。私に従いなさい。神秘体 − 教会 − のために私が与えているこの十字架によって多くの霊魂が救われるであろう。
 あなたに言う、大切な「岩」よ。あなたは今非常に深遠な仕方でわが受難を生きている。そして、短いうちにこれは深まるであろう。私があなたを遣わしたのだということを皆が信じるようになるために。御父が私を遣わされたように、私はあなたを、そして、あなたのような人々を世界中に遣わす。散らされた羊たちを集めるために。多くの印が人間に与えられるであろう。そして「正義の太陽」とは誰かを知るようになるだろう。御母と私は、このことについて、神秘的なバラ「ソーンブッシュ」にも話すであろう。いったんこの指示が与えられたら、あなたはそれをあなたに啓示された全てと共に公表しなければならない、愛する息子よ。私は後に、至聖なる御母を通して、なされるべきことについてあなたに指導するだろう。ここ数日間に与えられた全ての言葉は、残りの教会、カルワリオを経験しなければならない教会のわが子らを強めるであろう。あなたがたは皆わが愛のいけにえである!

リトル・ペブル: 今、珠を持っておられた天使がカリスを受け取り、カリスの中にも珠を置かれました。今、主の脇腹に − 主の右脇に − 御胸の傷を見ることができます。それはとても大きいです。主は美しい白の服を御召しです。今、血痕が主の脇腹から服へと現れてきました。今、天使はカリスを主の脇腹の下に置き、御血はカリスの中に滴っています。それは主の脇腹から出て非常に明るく輝いています。そして、私の中にある聖なる物は非常に明るく輝き始めました。それはまるで私の中に竜巻が起こっているかのようです。私はその意味を知りません。今、聖なる物は私の中から出て主の中に入りました。そして尊き御血が聖なる物を、これらの珠の形に包みました。今、聖なる物は私の中に戻ってきました。私はよく分かりません。主はただ微笑んでおられます。そして今、御血はカリスの中に滴るのを止めました。イエズスは今カリスを取られ、御血をご覧になり、カリスの上に祈られ、天を見上げられます。
 聖母が雲を通って、そして白い十字架を通って非常に素早く来られるのが見えます。聖母は美しい白の御召し物で赤いマンティラをつけておられます。聖母は今入って来られ、主の足下にひざまずかれます。祭壇の上、天使の隣です。聖母はイエズスを見上げられ、イエズスの足下まで頭を下げられ、御足にとても優しく接吻なさいます。そして再び主を見上げられます。今、横から汚れなき御心を見ることができます。主のいとも麗しき聖心も見ることができます。イエズスはとても優しく御母をご覧になっています。主は聖母にカリスを渡されました。聖母は何滴か血の涙を流され、これらもカリスの中に入りました。聖母は既に立っておられる主と共にお立ちになり、お二人は私の方へ滑るように近づいて来られます − とても近くに − お二人は私にカリスを示されました。カリスの中に私は − 金の文字で尊き御血の上に浮いている − 「リトル・ペトロ」の名前の文字を見ることができます。イエズスとマリアは私に、この杯を受けるかどうかお尋ねになりました。「はい、愛するイエズス様、マリア様、お望みのままに」 イエズスとアリアは微笑まれました。

主: このカリスによりて愛する息子よ、多くの心が神の完全な御旨を理解するために開かれるであろう。このことに関しては、まもなくあなたが治めることになる私たちの群れの利益のために、あなたに多くのことが啓示されるであろう。

リトル・ペブル: イエズスとマリアはマンティラあるいはケープを私の上に置かれ、私は全くお二人の中に引き入れられてしまったように感じます。イエズスとマリアの上に漂っておられる鳩のお姿の聖霊と永遠の御父をも見ることができます。私たちの間に巨大な十字架が − 茶色の十字架が − 成長しつつあるのが見えます。茶色の十字架の中に白い十字架が見えます。永遠の御父はこの十字架を持ち上げられました。今、永遠の御父と聖霊は行ってしまわれました。イエズスとマリアは元の場所に戻られました。

主: 今、私たちはあなたを祝福する、愛する息子、私たちの汚れなきみ心にとりて大切な者よ。父と子と聖霊との御名によりて。そして世界中にいるわが子らの全てに、全ての恵みの仲介者である至聖なる御母を通して、私は三位一体の神からの強力な祝福を贈る。父と子と聖霊との御名によりて。
 聖なるロザリオを祈ることを覚えておきなさい、愛する子らよ。そしてなおいっそう、この四旬節の時の間に秘蹟を受けることを覚えておきなさい。わが受難について、そしてあらゆることにおいて私と一致していたし、今も一致している聖母の受難についてしばしば黙想しなさい。御母と私は、わが御父において、そして聖霊において一つだからである。私たちは彼女の中に住む、彼女が私たちの中に住まうように。それゆえ、愛する子らよ、あなたがたの弱さについて、どのようにして自分を完全な者とし、神の真理の道に従うことができるかについて黙想し、よく考えなさい。あなたがたは私に従うように呼ばれている。皆、成聖に呼ばれている。成聖は、甘美なる子らよ、誰の手にも届かないものではない。地上のあらゆる男、女、子供は、成聖に到達することができるのだ。お互いのために祈りなさい。互いに仕え合いなさい。わが言葉に忠実でありなさい。代理者ヨハネ・パウロ2世のために祈りなさい。彼もまた私の受難を担っている。「リトル・ペトロ」のために、そしてわが名を証しするように呼ばれている全ての者のために祈りなさい。彼らの多くがあなたがたのためにわが受難を苦しんでいる。聖にして母なる公教会のために祈りなさい。御父と私が霊において一つであるように、教会が私において一つであるように。今宵、私はまだ神の怒りについて話していない。むしろ神のあわれみについて話した。それゆえあわれみを求めなさい。赦しを求めなさい。救いの時は今である。今がその時である。懲罰は速やかに訪れるだろう。甘美なる子らよ。祈り、堅忍しなさい。私はあなたがたを愛している、愛する子らよ、私はあなたがたに至聖なる聖心を差し出す。この聖心を避難所としなさい。私はあなたがたを見棄てない。平安であり続けなさい。私があなたがたを愛しているということを知りなさい。
 御母がこれから小さき息子に個人的に話す。私は私を待っている他の子らの所へ行く。あなたがたをわが受難のうちに抱擁する。愛する子らよ、皆を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。平安があるように。

リトル・ペブル: 今イエズスは聖母の方を向かれ、聖母のいとも清き御心に接吻なさいました。そして今、ゆっくりと空の白い十字架の方へと動いて行かれます。主を乗せていた乗り物は行ってしまったからです。今イエズスは手を振ります。手を振られるのをこれまで見たことがありません。イエズスは微笑まれます。たった今、私は主が冠を聖櫃に残して行かれたことに気づきました。これまで気づきませんでした。茨の冠も中にあります。イエズスは白い十字架を通って行ってしまわれました。聖母は今、更に近づいて来られ、聖櫃の上にお立ちになりました。聖母は皆にしばらく祈りを続けるようにおっしゃいました。聖母は微笑んでおられます。先ほどと同じく聖櫃の上に立っておられます。そこには茨と共に冠があります − 主の冠と共に。聖母は周囲をご覧になりました。聖母は私に幾つかの指示をお与えになりました。聖母は今美しいロザリオを取り出されました。それは以前に見た尊き御血のロザリオにとてもよく似ています。そして、十字架像に接吻なさいました。

聖母: 父と子と聖霊との御名によりて。大切な息子、汚れなき御心の真理の「永遠の岩」、ここに私の前に集まった、そして世界中にいる全ての甘美なる子供たちよ。私は今宵、わが神なる息子の御言葉に付け加えるつもりはありません。私は、イエズスがお話しになった主題について多くのことを既に話したからです。小さき「白き岩」は、彼の心の内にある全てを、すべての子らに説明するでしょう。私が天の母として心の内に持っていることを、来たるべきこと、各々の霊魂に期待されていることについて、世界中の子らがよく理解することができるようにです。
 甘美なる子らよ、多くの者が幻滅し、堅忍することは難しいと考えていることを知っています。それは、あなたがたが今は人間には理解できないことを理解しようとしているためです。それは今ではなく、来たるべき時に理解されるでしょう。今のところは信仰のうちに歩むように求めます。ちょうど「リトル・ペトロ」「愛のリトル・ペブル」がそのように歩む模範を示しているように。私たちが「リトル・ペトロ」をニューエラの「リトル・アブラハム」と呼ぶのは偶然ではありません。アブラハムは信仰の子でした。「リトル・ペトロ」も同様です。あなたがたは彼の模範に従わなければなりません。彼に委ねられたミッションが堅忍し、正義の道を前進して来たのは、この小さき霊魂の大いなる信仰によってなのです。彼は、わが神なる息子イエズスを除いては、どのような人よりも迫害されていますが、勝利するでしょう。なぜでしょうか? なぜなら、彼は真理のために「終末の時」のための戦士として立ち上がるからです。真理のために立ち上がる全ての子らは、汚れなき御心によって勝利するでしょう。
 日々を数えてはなりません、甘美なる子らよ。神なる息子が仰せられたように、神にとって時間は存在しないからです。しかし、神は印を与えられます。神はあなたがたが歩まねばならない道を与えられます。あなたがたは心の中で何が正しいことかを知っています。世のために真理を否定してはなりません。あるいは友人のため、体面を保つために真理を否定してはなりません。そうではなく、堅忍しなさい。私が「小さき岩」に約束したこと、私が皆に約束したこと、神なる息子が世界中で啓示してこられた全てのことは、神によって定められたしかるべき時に成就されるでしょう。なすべきことを知るためには十分な時間と十分な印があるでしょう。勝利はあなたがたのものとなるでしょう。喜びは霊魂に満ち溢れるでしょう。愛する息子たち、娘たちよ、うなだれていてはなりません。あなたがたには喜ぶべき数多くのことがあります。喜びなさい。神はあなたがたを真理を証しするためにお呼びになったのです。あなたがたは、わが神なる息子が地上を歩いたときを過ごした霊魂たちのように、数少ない者たちの間に数えられているのだということを喜びなさい。使徒たち、弟子達、神の子らは試練を経験しなければなりませんでした、ちょうどあなたがたが今そうであるように。けれども彼らにとってそれは短い間でした。あなたがたにとって、それはずっと長くなっています。なぜだと思いますか、愛する子供たち。それは、あなたがたへの報いがずっと大きいからです。あなたがたは「終末の時」の真理の戦士だからです。神があなたがたをこの時代に生きるように選ばれたのです。あなたがたは諸天において星のように光り輝かなければならないからです。そして、地に漂う地獄の悪臭によって地を覆っている闇を、あなたがたの霊魂の輝きによって追い払わなければならないからです。
 ですから喜びなさい。あなたがたは何百万もの霊魂の中から選ばれたからです。これらの聖寵を脇へ投げやってはなりません。十字架を取り、最後までわが神なる息子イエズスに従いなさい − イエズスのために命を捧げるまで。祈りのうちに目覚めていなさい。言い訳をせずに祈りなさい。犠牲を捧げ、償いをしなさい。真理の戦士となりなさい。今、この地上にある各々の霊魂は、過去の世代の聖人たちに似た者となるように呼ばれています。数多くの聖人が地上に遣わされて来たのはこのためです。彼らの精神があなたがたの霊魂に留まり、永遠なる御方、神に栄光を帰し、多くの霊魂たちが救われるために、彼らのような者となるためです。時は短いのです、愛する子らよ。これは本当のことです。私が時が短いというとき、そこには何も不可解なことはありません。あなたがたの多くは、愛する者たちにあなたがたがやっていることが真に神からのものであるということを納得させることができるように印を待っています。この印はもたらされるでしょう。けれども、むしろ真理の印を生きなさい。神があなたがたに対して忍耐強くあられるように、忍耐強くありなさい。時は神に委ねなさい。神の御旨に従って、非常に短い時間のうちに全ては成就されるからです。
 それゆえ、生活において、三位一体の神の御計画について欲求不満を起こすことにエネルギーを浪費してはなりません。そうではなく成聖のため、愛する人々の成聖のために働きなさい。あなたがた自身が望んでいるように、彼ら皆が神の御国を受け継ぐことができるように。懸命に働きなさい。全てを犠牲にしなさい。神が期待なさること全てが成就されるように。浪費する時間はありません、甘美なる子らよ。怠けていてはなりません。神の栄光と罪人の救いのために懸命に働きなさい。今日、この夕べ、あなたがたを三位一体の神からの多くの聖寵によって、汚れなき御心を通して祝福します。第一に、堅忍するように、第二に、神が与えられることに満足し、それを感謝するように。第三に、生活が平和であるように − 自分自身について平和であり、兄弟姉妹とも平和であるように − 天にまします御父にして私の御父に栄光を帰するために、生きなければならない諸徳によって皆が実を結ぶように。皆を祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。平安がありますように。

リトル・ペブル: 聖母は先ほど、聖堂にあるバラについて説明なさいました。それはイエズスと聖母によって祝福されており、尊き御血の滴がこれらのバラの中に流れ込みました。そのバラは、性的に虐待された女性や子供のためのものです。このバラの花びらによって、これらの女性や女の子たちは癒されると聖母はおっしゃいました。それは非常に特別な聖母からの贈り物です。

【 聖なる輝くもの 】

1996年3月25日、聖母は王家に関する以下のメッセージをソーンブッシュに与えられました。
聖母: 「特別な仕方で、私はわが小さき『白い岩』『リトル・ペブル』、あなたの神秘的配偶者でもある者に対してあいさつし歓迎します。なぜなら彼は『リトル・アブラハム』だからです。彼の中に『聖なる輝くもの』が置かれました。それは将来の諸世代をもたらすためのあらゆる種を含んでいます」

 1995年12月8日にもソーンブッシュを通して。
聖母: 「私たちの愛の『リトル・ペブル』『選ばれたアブラハム』、彼の中には特別な恩寵、聖霊の賜物があります。それは、世代から世代へと受け継がれてきたものです。聖なる父アブラハムは、この特別な恩寵にして賜物を持っていました。アダムもそうでした。しかしそれはアダムから取り去られました。なぜなら彼は欺かれ、そして従わなかったからです。しかしながら、アブラハムは真の信仰を証しました。そして彼が持っていた愛は比類なきものでした。彼自身のうちに、彼は『聖なる命の杖』を持っていたからです。彼の妻『サラ』は……それは訳すとプリンセスを意味します……数多くの子供たちを身ごもりました。それと同様に、私たちの愛されたアブラハムも、クイーンやプリンセスやバロネスたちを通して子供をもうけるでしょう。なぜならこれは神の意志だからです。わが神なる息子イエズスの神的な意志です。すべてのことが完全な仕方で成就されるように。しかしこれらの甘美なる子供たちは不可謬ではないし、これからも決して不可謬ではないであろうということを常に覚えておきなさい」

【 聖霊のたまもの 】

 1995年8月14日、聖母は、聖霊からの多くの貴重な贈り物について私に語られました。メッセージの一部は以下のとおりです。
聖母: 「私はあなたに挨拶します、わが愛する小さき『白い岩』そしてわが神なる息子の未来の代理者よ。あなたの心を騒がせないようにしなさい、なぜなら私は分かっているからです。わが『ソーンブッシュ』を通して私がわが『リトル・ヨハネ』に与えたメッセージは、同じものではありません。あなたは、聖霊から数多くの貴重な贈り物を与えられてきているということを知る必要があります、わが愛する者よ。霊魂たちの非常に深い理解、そして、彼らに対して天が何を望んでおられるかということのさらなる理解へと霊魂たちを導くことを可能にする、非常に特別な識別の賜物を。
 あなたの謙遜も非常に特別な贈り物です。そして成聖に向けて奮闘している、多くの多くの霊魂たちを啓発するでしょう。しかし、わが愛のリトル・ペブルよ。これらの非常に特別な贈り物があってもあなたはまだ完全ではありません。そしてあなたはこのことをよく理解していることを私は知っています。……」

【 隠された傷 】

 1995年9月10日、私は聖母に、ソーンブッシュを通して以下の質問をしました。「お母様、ポーランドに着いた日に、なぜ私はあのように気分が悪かったのでしょうか。そして、私のポールの公の擁護は役にたったでしょうか」 1995年10月11日に聖母は答えられました。
聖母: 「わが汚れなき御心のわが小さき『白き岩』よ。この病気は、あなたを準備し、苦しみを通してあなたに考えることを助けるために神によって許容されたのだということを知らなければなりません。あなたがささげるすべてが、あなたの言葉を強め、そしてわが小さき子供たちが真理について考えることを助けるために。私は、わが愛するリトル・アンドリューをあなたが擁護したことを喜んでいます。なぜなら彼のミッションは、まことに天から彼に与えられたものだからです。そして私たちは、真理の光のうちに彼を見守るでしょう」

1995年10月17日に、私はソーンブッシュを通して聖母にもう一つの質問をしました。「お母様、私はいま、ひざまずくときにいつも膝がひどく痛みます。私の足さえも毎日痛み、腫れ上がっています。それらはしばらく前から続いています。わが守護の天使は、主が十字架とともに地面に倒れられたときの傷だと言われました。そして、それは時とともにひどくなるだろうと。お母様、このことを確認していただけますか? 膝は血を流すのでしょうか、そして来年には、手と足にある聖なる傷は眼に見えるようになるのでしょうか?」

 聖母は1995年10月27日、ソーンブッシュを通して以下のようにお答えになりました。

聖母: 「わが愛する、わが悲しめる汚れなき御心の『岩』よ、私はあなたに挨拶します。そうです、この苦しみは、あなたが負っている眼に見えない傷からのものであるということをあなたは知らなければなりません。それは、私たちの子供たちの善徳の不足のために、わが神なる息子が受けたものです。わが神なる息子は、他の者たちが善徳において上げられるように、十字架の重さの下に倒れることを望まれたのです。あなたがこの傷を帯びているので、わが小さき子よ、あなたは多くのことを非常に深遠な仕方で理解するようになるでしょう。あなたの膝は、血を流すことはないでしょう。しかしながら、そこには二つの眼に見える白い十字架が現れるでしょう。両方の膝に一つずつ。私はすでにこのことをソーンブッシュに示しました。なぜなら彼女も、あなたの苦しみを肉体的そして神秘的に支援しているからです。……」

【 プリターナチュラル(外自然的)な状態 】

 1994年6月9日、私は、私たちの聖母に以下の質問をなしました。「私たちが始めつつあるプリターナチュラルな状態の神秘について明かしてくださったことを感謝します。お母様、あなたは私の最も深い心と私の心の秘密をご存じです。それゆえ、なぜこの質問をなすかをあなたはご存じです。あなたと天使たちは、いくつかの機会において私に語られました。そしてソーンブッシュは一度それを確認しました。すなわち、大警告の後で、私は若返りの過程とともに、普通の男性のように背が高くなるということを。私は、男性にふさわしい大きさまで背が高くなるのでしょうか……なぜなら私はこのことをとても望んでいるからです。なぜなら、このように小さいことは非常に困難なことであるからです、私たちの妻のほとんどが私よりも背が高いことは。私が申し上げていることをあなたはよくご存じです。私は人間的な恩寵と理解を求めます」

 聖母は同じ日に以下のように答えられました。

聖母: 「わが愛する『救いの岩』、わが『リトル・ペトロ』よ。あなたの心を騒がせないようにしなさい。なぜなら私はあなたの心奥深くの望みを知っており、あなたの愛する真実の心を知っているからです。子よ、私はあなたに非常に大いなる神秘を知ることを望みます。あなたが求めたことは、大警告の間にあなたに起こるでしょう。神はあなたを深い眠りのうちに置くでしょう。それは一種の脱魂です。その時間の間に、あなたは肉体的に変容するでしょう。そして6フィート3インチの高さに成長するでしょう。わが神なる息子イエズスの高さです。何年にもわたってあなたが失ったすべての髪の毛は再び生えます。そしてあなたの体はプリターナチュラルなものにされるでしょう。あなたの額には十字架の印が輝くでしょう。そしてあなたの手には、あなたの権威の二つの象徴が置かれるでしょう。あなたの年齢は33歳になるでしょう。そしてあなたの胸には私の印があるでしょう。
 このことがなされる理由は、あなたが使徒たちの頭として認められ、教会を治める神からの権威を持ち、将来の王たちの王、人類のための新しいアブラハムとして、あらゆる国民の指導者となるためです。その日以降、あなたはいかなる病気も、肉体を維持するいかなる必要も持たないでしょう。なぜなら、生ける神と、彼の聖なる配偶者、あなたの母が、神があなたを彼の子供たちを導くものとして選んだという国民と人類への印として、あなたのうちに住むであろうからです。さてわが子よ、あなたはあなたに与えられてきた恩寵についてよく理解しましたか。私はあなたを祝福します。三位一体の神にとって最も喜ばしい、わが忠実で信仰ある召し使いよ。父と子と聖霊の名によってアーメン」

【 背が高くなること 】

 私の背が高くなることに関してこの質問は、ソーンブッシュを通しても聖母になされました。彼女が受けたお答えは以下のとおりです。
聖母: 「わが汚れなき心のわが甘美なる『天使』よ。そうです、私はあなたの心とあなたの清い意向とを知っているということをあなたは知らなければなりません。なぜならあなたはこの質問を無駄に私になしたのではないからです。私の娘ソーンブッシュは、彼女の神秘的な配偶者として、そしてわが神なる息子の選ばれた代理者そして後継者として、何度もあなたのことを見てきたことをあなたは知らなければなりません。あなたの背は高くなるでしょう、わが子よ。あなたの背丈はおよそ6フィートになり、あなたの構造は全く変化するでしょう。あなたはもっと多くの髪の毛を持つようになるでしょう。それ故、このことについて心を煩わせてはなりません。わが子よ。このことは、私たちの選ばれた子どもたちすべてについても同様になるでしょう。なぜならこのことはすべて、神の神聖で完全な計画の一部だからです。……」

【 天からの対話 − 神聖な愛の天使 】

「お母様、なぜあなたが私を『神聖な愛の天使』と呼ぶかということの意味についてあなたは言及されました。私が言われたことは本当ですか?」1994年9月3日、聖母は私のような単なる人間に対する非常に深遠な挨拶に関する私の質問に答えられました。
聖母: 「そうです、わが甘美なる『小さな岩』よ。私があなたに話したことは本当です。この名前は、わが汚れなき御心の中で作られました。私はあなたを祝福します。わが愛する『リトル・ペトロ』よ。私たちの分かたれないみ心における『希望と真理の山』よ。……」

 以下は同じ質問に関する1994年9月5日の私へのお答えです

聖母: 「わが甘美なるそして愛されたわが汚れなき御心の息子よ。真に『神聖な愛のわが天使』よ。この非常に高められた愛の称号があなたに与えられている理由は、永遠の御父によって非常に特別な仕方であなたが選ばれたからです。そして神の真理を証するために、この特別な時代にあなたは神によって創造されたからです。現時点においてあなたの霊魂は、この地上における最も清い霊魂たちのうちのひとつです。私たちがあなたに与えた称号は、間もなく行われるであろう、聖にして母なる公教会の大祭司としてのあなたの役割を表すものです。あなたがこの称号を与えられたのは偶然ではないからです。なぜなら、あなたは歴史を通して、天使的牧者(Angelic Pastor)として知られることになるであろうからです。あなたは、天使のような霊魂と性格を持つ人間、あるいは人間の形をした天使のようになるでしょう。なぜならあなたはあなたの心深くに、神の愛と清さを、そしてわが汚れなき御心の清き愛を持っているからです。
 子よ、このあいさつは多くの意味を持っています。そして時とともに、それはあなたに説明されるでしょう。平和のうちに留まりなさい。そして、天があなたを呼ぶ仕方について心を煩わせないようにしなさい。私はあなたを祝福します、『神聖な愛の天使』よ、そしてあなたの優しい心に接吻します。……」

【 わが配偶者にして女王への手紙 】

 私は1994年3月29日に、わが愛する配偶者にして女王へ公開書簡を書きました。それは以下の通りです。「お母様、これはわが愛する配偶者そして女王である、あなたへの公開書簡です。第一に私は、あなたの勧告と母親としての言葉に感謝します。お母様、あなた私の心をご存じです。この法廷の事項に関してあなたが私に自由意志を与えておられるとしても。しかしあなたは私の答えを知っておられます。そしてそれは神の意志です。そして、そうです、懸けられているのは私の尊厳ではなく、あなたの尊厳なのです。教会の権威者たちから、政府、秘密結社に至るまで、そしてあなたの子供たちさえもが、皆私につばを吐きかけ、中傷と侮辱で私に立ち向かっています。あなたの神なる息子とあなたにしたのと同様に。お母様、私はあなたを教皇として擁護することはまだ出来ませんが、皆に軽べつされているあなたの『小さな石』としてあなたを公に擁護することができます。母としてそして女王としてのあなたの尊厳がかかっているのです。私たちの聖地がかかっているのです。神の恩寵とあなたの助けによって、私はあなたを擁護するためにすべてを危険にさらすでしょう。ただ私は、進み続けるために、私に力と忍耐と信頼と信仰の恩寵をくださるように求めます。そして私の妻ベッティーナとアンと子供たち、すべてのわがプリンセスたちを守ってくださるように。私はあなたを愛しています、お母様、そしてあなたに接吻します」

 私は以下のように、同じ日に聖母からのお答えを「ソーンブッシュ」を通して受け取りました。
聖母: 「私はあなたの手紙を受け取りました、わが小さき『岩』よ、そしてあなたの苦しみのすべてを。私はこれを、そして私を擁護するためにあなたが耐えてきたすべてのことを、わが汚れなき御心の内に置きます。それはわが汚れなき御心の中で非常に特別な場所を占めているということを知っておきなさい。わが小さき息子よ。私のナウラ共同体は、オリーブの園における苦悶を象徴しているとあなたに語ったことを覚えていますか。それが、かくも多くの者たちがあなたに反逆し、あなたを裏切ってきた理由です。この苦しいときを、それらの経験のすべてを再び生きるために、あなたは選ばれているのです。勝利を準備するために、そして同時に、私たちの傷つけられたみ心を慰めるために。わが甘美なる『天使』よ、あなたが経験してきたことすべてにおいて、私はあなたのそばを離れたことはなかったということを、そしてあなたのそばを離れることはないであろうということを知りなさい、わが選ばれた『生贄そして愛の配偶者』よ。私はあなたの心を知っています。そして私はあなたをよく理解しています。しかしあなたが私にあなたの自由を与えてきたとしても、わがリトル・ペブルよ、あなたはなお自由なのです……。なぜならあなたの自由は常にあなたに属しているからです。なぜならあなたは多くの決定をなさなければならないからです。
 私が地上に生きていたとき、私は私の『フィアット(なれかし)』を、私の自由のすべてを神、私の神なる息子にさしだしましたが、彼は常に私を自由なままにしておかれたということを、あなたは知らなければなりません。なぜならそれは皆に対する神の贈り物だからです。真の自由によって、彼が神において讃えられるために」

 1994年12月23日、私は以下の手紙をわが最も聖なる母マリア、私の女王、わが美しい神秘的配偶者に書きました。「愛するお母様、私がこの紙に表すことは言葉に過ぎません。しかし私の心を読んでください。そしてあなたは私のあなたへの深い愛を知るでしょう、単純で謙遜なあなたの息子としての。クリスマスが近づくにつれて、私の考えはあなたの心へとを移っていきます。かくも多くのものを私に与えてきてくださった私の母へ、私は何をさしあげることができるかについて。それゆえまた、私はあなたに物質的な富を差し上げることはできませんし、また世俗的なものもさしあげることはできません。しかし私があなたに差し上げることができるものは、私に全面的に属するものです。そしてそれは私の自由意志です。再び私はそれをあなたに留保なく差し上げます。まったくあなたのものとするために。このことが、あなたに喜びと幸せをもたらしますように。天国にいる人々がそうしているように。私は私の心をあなたに差し上げます。私の肉体のそれのみならず霊魂のそれも。私は私の霊魂、私の思い、私の存在をあなたに差し上げます。私のすべての部分をあなたのために輝かせてください。私はこれと私の持っているすべてのものをあなたに差し上げます。過去、現在、そして未来を。たとえそれがほんの少しの間だけあなたの涙をぬぐい取ることができるだけであるとしても。私はまた、私の自己全体を再び奉献すること望みます。あなたの神なる息子に対して。私は過去、現在そして将来における私のすべての罪を悲しみます。私は私の罪を、あなたの神なる息子の御血とあなたの涙のうちで洗います。そしてこれらをもあなたへささげます。私は永遠にわたってあなたに属します。私は私の司祭職、使徒職、そして私の教皇職と王権をあなたに奉献します。神の最も深い秘密を知ろうと望む私の忍耐のなさについて私を赦してください。しかし私は神に引き寄せられているのです。そしてあなたの輝きのすべてにおけるあなたへ。神のなさり方を理解せず、非常にいらだっていることについて私を赦してください。私はあなたを愛しています。そして私の心臓の鼓動のすべてとともに、私はあなたに永遠に接吻します。私の接吻を父と子と聖霊に届けてください。そしてもしそれが可能ならば、天国にいるすべての人々に届けてください。あなたの従順な息子にして配偶者」

 以下は、私の手紙への聖母のお答えです。

聖母: 「わが甘美なる『神聖な愛と慰めの天使』、わが小さき『岩』、わが神なる息子の将来の代理者よ。私はあなたの心をとてもよく知っています。なぜならそれは私の心の内にあり、私はそれを、わが清き愛のすべてを持って、宝物としてつかんでいるからです。なぜなら、わが小さき子よ、あなたの真の従順、信仰、信頼を通して、あなたは、私たちに多くの慰めをもたらし続けているからです。そしてあなたのささげる苦しみを通して、霊魂たちのために、多くの恩寵と功徳が獲得されているのです。私はあなたが差し出したすべてのものを私自身の一部として受け入れます。あなたの自由意志はわが神なる息子の手の中の粘土です。それは彼をたたえるために常に形作られています。あなたがあなたの罪をささげるすべての時においてあなたは強められます。そしてあなたは、わが小さな岩よ、あなたの罪の完全な痛悔を持つために恩寵を受けます。わが神なる息子の最も尊い御血に浸ることを望む霊魂に与えられる非常に特別な恩寵です。あなたの心を煩わせたり、心配したりしないようにしなさい。なぜならあなたの人間的な感情や弱さが時として表明されることは普通のことだからです。あなたがまだ完全ではないということを受け入れ理解するのを助けるために。あなたはこれらの秘密を次第に知るようになるであろうということを知る必要があります。私はあなたを愛しています、わが貴重な小さき『真理と忠実と従順の白き岩』よ。聖なる三位一体の光のうちに、私たちは、あなたの司祭職、あなたの使徒職、あなたの教皇職、そしてあなたの王権を祝福します。私たちの分かたれないみ心の私たちの真の愛のすべてをもって、私たちはあなたを祝福します。……」

 聖母は同じ日に「ソーンブッシュ」を通して以下のようにさらにメッセージを与えてくださいました。

聖母: 「私の愛する、わが汚れなき心の小さな『真理の岩』よ。私はあなたに、私、神の母そしてあなたの聖なる母があなたに口述した手紙は天からのものだということを知ってほしいのです。この特別な手紙はあなたにとって必要なものでした。そしてわが甘美なる子供たちの多くは、この時期において苦しんでいます。なぜならサタンと地獄のすべての力が、私たちの真の光の甘美なる子供たちを落胆させようと懸命に試みているからです。わが愛する者よ。私はあなたの『慰めの母』であるということ常に覚えておきなさい。そして勇気を持ちなさい。なぜなら勝利は約束された通りに訪れるでしょうから。……」

【 『もう一方のほおを向ける』とは何を意味するか 】

 同じ日に私は「ソーンブッシュ」を通して別の質問をしました。「お母様、私とあなたの子供たちに、『もう一方のほおを向ける』とは何を本当に意味しているのかを教えていただけませんか。そして他の人を裁くな、とは?」 聖母は以下のように答えられました。
聖母: 「わが愛する、愛された『リトル・ラム』よ。もう一方のほおを向けるとは、内面的に苦しみ、あなたを迫害しあなたに苦しみを引き起こす人々のために絶え間なく祈り続けることを意味します。もう一方のほおを向けることは、栄光ある勝利に向けてのわが神なる息子の歩みに従う有徳な霊魂の非常に深遠な印です。いかなる復讐も望まず、いかなる恨みも抱かない霊魂の。私はあなたを愛しています、わが愛する『リトル・ラム』よ。そして私は私の清き善徳を行うことを励ます汚れなき御心のすべてをもってあなたを祝福します。……」

【 真の正義が地球を打つ 】

 以下は、1994年7月24日に「ソーンブッシュ」を通して与えられた、起こっていることに関する理解についての聖母からのお答えです。
聖母: 「わが小さき岩よ、私は、あなたと多くの者たちが今起こっているすべてのことを理解していないということを知っています。わが子よ、あなたがたは理解することを許されてはいないということを知らなければなりません。あなたがたの理解しないあらゆることをささげなさい。今は、困難の時、試練の時です、わがリトル・ペブルよ。あなたはまた、わが神なる息子の無限のあわれみを、そして祈りの条件を忘れてはなりません。しかしながら、神の真の正義が地球を打つであろう時が来つつあります。わがリトル・ペブルよ。非常に多くのことが真の信仰にかかっています。
 真の正義が行われるとき、わが甘美なる子供たちは神のあわれみについて不満を言わなければよかったと思うことでしょう。なぜなら神は善良であるからです。そしてわが子よ、あなたは神の計画の全体を知ることはないでしょうし、彼の子供たちを神がどのように扱われるかを知ることはないでしょう。なぜなら彼は完全な方だからです。私たちが世界中で与え続けているメッセージは真実のものです。しかし人間によって常に理解されるとは限りません。神の永遠の御父の計画のうちにある時のために。あなたは学び始めたばかりにすぎないのです、わが子よ。……」
【 個人的なプレッシャー 】

 1995年3月9日、私は聖ティモシーとソーンブッシュを通して、私たちの祝福された母に手紙を書きました。それは以下の通りです。「親愛なる聖ティモシー。この手紙を天と地の元后に届けていただけませんか。そしてお答えをあなたに下さるように聖母に求めてくださいませんか。彼女の将来の教皇にして配偶者としての私の清い愛と接吻を彼女へ届けてください。ありがとうございます」 手紙の文面:「私の大切なそして愛する女王よ。母にしてわが心の神秘的配偶者よ。お母さま、私はもう一度あなたの愛情のある勧告を必要としています。神が私に望まれるすべてのことを達成するためにどのように進むべきかを知ることに私は熱中しているからです。すべてのことは、神の恩寵とともになされるであろうということを私は知っています。私はそのことを確固として信じ、神が私に求められるすべてのことを受け入れます。しかし今、神が私に与えられた多くの責任が私に非常に重くのしかかっています。この10年以上にわたって、お母様、私は私たちの子供たちのすべてに対して父そして母であり続けてきました。多くの時間を、そして多くの貴重な瞬間を、私たちの子供たちと過ごしてきました。ほとんど10年間ずっとにわたって。私はアンとベッティーナを人間的に可能なすべてのことにおいて助けてきました。料理、掃除、子供と一緒に夜起きていること、入浴、そして彼らに服を着せること、家の掃除その他あらゆることです。私が見聞きしたことからいえば、誰も私がやったように妻を助けてきたものはいません。私はこのことを、誇りとしてあるいは不満として言うのではありません。なぜならすべては私を助ける力のうちになしたことだからです。しかしわが甘美なる母よ、あまりにも多くの時間が、家族を助けることにとられています。アブラハムや他の以前の指導者たちは私が子育ておいてやっていることは決してやってこなかったと私は確信しています。しかしこのことは私の不満ではありません。
 お母様、私の生活のこの部分が、調整されるべき時です。なぜなら私はこのままではやっていけないからです。私の生活の非常に大きな部分は、私の妻ベッティーナ、そしてアンや他の家族の援助にさえも関わっています。神は、新しい時代の子供たちを持つことを私に求めておられますが、この重荷は私の肩に非常に重くのしかかっています。家政婦あるいはベビーシッターを持つことは正しいことではないのでしょうか? 私たちの家において助けてもらうために、ベッティーナを助けるために、神が私になすように呼ばれていることをなすための時間を私に与えるために。あなたもご存じの通り、私は良き父親であることを愛しています。しかし私はもはや女性に属するそれらの事項にかくも多くの時間を割くわけにはいかないのです。いつも私が助けてきたとしても。しかし神は私に諸共同体を建設し、ミッションを建設し、十字架と受難を耐え、子供を育て、幻視者たちを指導し、連続的な裁判を戦い、世界を旅行し、それ以上の多くのことをなすように望んでおられるのです。私は反対しません、甘美なる母よ、私はすべてのことを喜んでなします、しかし私は皆を助けるために、これ以上自分自身を引き延ばすことはできません。そして後には、私は教皇、王、そしてアブラハムとなるように呼ばれているのです。私はそのような恩寵に対して神に感謝しています、お母様、あなたもご存じのように。そして私はこのことを変えてほしいとは決して望みませんが、肉体的に私は日常の家事をひきうけてもらうためのいくらかの支援を受けない限りやっていくことはできないのです。お母様、あなたは私の心をご存じです。それはあなたに属しています。私はあなたにすべてを差し上げ、そしてすべてに『はい』というであろうことをあなたはよくご存じです。しかしどうか私を助けてください! 私の計画は、私の家族の何名かと共同体の何名かに、ベッティーナと彼女の子供たちを助けさせることです。このことはあなたの御旨にかなっていますか?
 お母様、私の心に重くのしかかっている二つ目の問題に移りましょう。神はこの聖シャーベル修道会を形成することを私に求めてきておられます。8つの共同体が今設立されました。しかしたとえそうであっても、私は助けを受けない限りそれらを望むように指導することはできません。あなたの共同体を見てください! どのようにしたら私たちは自給自足した完全な共同体になることができるのでしょうか。どのようにしたらそれが可能なのですか。メンバーの3分の1は年をとっていて死にかかっています。フルタイムで働く人は共同体の中に2人しかいません。残りの人々は自らの糧を得るために外で働いています。他の3分の1は夫を持った女性であり、すべての若い家庭は子供を持っています。多くは6歳以下です。他の子供たちは学校に行っています。そして若い子供たちを商業のために勉強させるために学校に行かせます。他のものたちはオフィスで働きます。彼らを指導する十分な時間がないのに、どのようにして私たちは自給自足した共同体になることができるのでしょうか。すべての資産が法律闘争に費やされ、家族の世話をするために費やされているというのに、私たちが何かを達成するためのごくわずか、あるいはいかなる資産もないというのに。かくも多くの年老いた病人の人々を抱えて、かくも多くの外で働いている、そして勉強している人々を抱えて、そして小さな子供たちを世話している人々を抱えて、どのようにして私は共同体を建設することができるのでしょうか。私はこれらすべてのことで本当に疲れきっています。
 第三の問題に移りましょう。神は私に旅行し、建設し、裁判を戦うことを求めて来られました。これらすべてのことをなすための資本は莫大です。しかしごくわずかの資本しかもたらされていません。私はどうすべきでしょうか。神はかくも多くのことが成就されることをお望みです。しかし私たちが現実の財政的支援、より多くの労働力を受けとらないならば、そして連続的に援助をかき集めないならば、神が求められるすべてのことをどのようにして完成することができるでしょうか。
 そして最後に、教会についてです。聖フランシスコと聖ドミニコそして多くの偉大な創立者たちは、教会からの援助を受けました。そして彼らが多くのことを達成できたのはこの理由のためです。神は、幻視者たち、使徒たち、良き霊魂たちの間における一致を望んでおられます。しかし皆は分裂しています。教会は私たちを助けてくれません。そして私たちはほとんどあるいは何も支援を受けていません。私たちはどのようにすればよいのでしょうか、聖なる母よ。私は全く疲れ果てています。そして何をなすべきかについて完全に途方にくれています。どのようにすればいいのでしょうか。最終的に私たちは勝利するであろうということを私は知っているとしても。しかし今はどうなのでしょうか?
 もう一度申し上げます、私の女王、私の母、私の甘美なる神秘的配偶者よ。私はあなたのものです。私はあなたに属しています。すべてはあなたのものです。私はただ生き延びるためのあなたの愛を必要としています。神が私に求められることすべてをなすことを可能にするために、私はあなたの母としてのアドバイスを必要としています。多くの愛、接吻、抱擁とともに私はこの手紙をあなたへ送ります。聖ティモシー、最も優雅なる天使を通して」

 1995年3月9日に「ソーンブッシュ」を通して聖母から与えられたメッセージは以下の通りです。(「ソーンブッシュ」は2月13日以来聖母を見ていませんでした)

ソーンブッシュ: 「聖ティモシーは『印』とともに私の前に立っておられます。彼の上には、とても美しい数多くの様々な色のバラがあります。それはリトル・ペブルによって書かれた聖母への手紙の上に優しく落ちていきます。聖ティモシーの胸に、金色の縁のあるピンクのバラが現れるのを見たとき、このバラを美しい青い色の光線が通り過ぎていきました。そして私は聖母の優しい声を聞きました。これはとても特別なことです。そして多くの黄色の花びらがやさしく地上に降りました。」

聖母: 「わが汚れなき御心を通して神の神聖な言葉に従順なわが愛する娘『ソーンブッシュ』よ。私はあなたとともにいます。今回私は、私の貴重な小さな『白い岩』に、私の母としての愛と慰めを送ることを望みます。私の不在のゆえにあなたの心の中にあった悲しみをささげなさい。私は約束されたように戻ってくるでしょう。そして多くのことをあなたに説明するでしょう。しかし今は、神聖な愛の殉教者として生き続けなければなりません。私は、わが選ばれた聖なるメッセンジャーの天使聖ティモシーを通して私の母性的な祝福をあなたに与えます。私はあなたが、わが愛する『小さい白い岩』そして将来の教皇、あなたの神秘的配偶者そして私の神秘的配偶者を強めるのを助けるためにあらゆることを捧げ続けることを望みます。
 私はあなた(リトル・ペブル)に挨拶します、わが愛する従順なそして忠実な、聖にして母なる真の教会の小さき『岩』よ。私はあなたに挨拶します、愛する『リトル・アブラハム』そしてこの終末の時代の選ばれた使徒、『リトル・ペトロ』、聖シャーベル修道会の創立者よ。今日私は特別な仕方であなたに話します。なぜなら今、あなたの心が本当に傷つけられているということを私は理解し、知っているからです。なぜなら多くのことがあなたの能力を超えて求められているからです。わが親愛なる息子よ、このことはあなた自身が知っている多くの理由によってそうなのです。神によって何かが求められる時は、それは常に成し遂げられるであろうということを覚えておきなさい。そしてあなたは常に神の神聖な意志を成し遂げるために十分に恩寵を与えられるであろうということを。
 わが『リトル・ペトロ』そして堅固な『宝石』よ。あなたのミッションは変化するでしょうと私が啓示したとき、私はあなたにこれらの変化は次第に起こるであろうということを知ってほしいと思います。しかし非常に素早い仕方で。なぜならあなたは、あなたの真実の『はい』を通して、あらゆるものを与えられてきているからであり、そしてあなたは神の神聖で完全な意志とその実現のためにあなた自身を忠実にささげてきているからです。今起こるであろう変化は、わが『リトル・アブラハム』よ、あなたの家庭内のことです。あなたが人間的な休息を必要としていると、すでに聖ティモシーがあなたに語ったように。なぜならあなたの身体は人間的なものだからです。家族たちが、私たちの愛する『エーデルワイス』をあなたの子供たちとともに助けること、そして真の母親になるためにはどうするかを教えることは私の望みです。私はまた非常に親密な仕方で彼女を助けるでしょう。そして彼女に天使たちとともに、彼女が、彼女の母としての責任と義務を果たすことができるように教えるでしょう。そしてこのようにして、あなたはこれらの義務から解放されるでしょう。この変更は非常に重要です、わがリトル・ペブルよ。そして必要です。
 最初のうちは、あなたの不在は、ベッティーナとあなたの子供たちにとって困難なものでしょう。しかし彼らは時がたつうちに理解するようになるでしょう。いつものようにあなたは彼らの父としてとどまるでしょう。この変化が起こるであろう時、あなたは、わが神なる息子の受難のうちにより深く入っていくことになるでしょう。そしてすべての傷が開かれるでしょう。わが愛する選ばれた使徒『リトル・バルトロメオ』はあなたを非常に助けるでしょう。なぜなら彼は選ばれた上長だからです。そして聖ドミニコが彼を見守り導いています。聖フランシスコがあなたを導いているように。そして聖パウロがわが選ばれた使徒『リトル・ヨハネ』を導いているように。あなたがたは皆、教会の中で非常に親密に結び付けられています。あなたが必要としているすべてのことはあなたに与えられるでしょう。しかしまたあなたは知らなければなりません。天は、すべての選ばれた共同体を浄化の状態に置かれているということを。そこにおいては、彼らの真実の承諾(フィアット)を与えていないすべての霊魂たち、あるいはまだ疑いのうちにとどまっている者たちは離れるでしょう。そして彼らの代わりに、進んで自己を神の真の意志のために放棄するものたちが送られるでしょう。
 あなたの心を心配させたり煩わせたりしないようにしなさい、なぜなら私はこの時期のために我が甘美なる子供たちを準備してきているからです。この理由のために邪悪な者は非常に強力にわが子供たちを攻撃しているのです。私たちの分かたれないみ心によって愛された子供たちを。多くの無限の恩寵が、わが愛された小さな子供たちに与えられ差し出され続けるでしょう。また私はあなたに告げました、わが貴重な『コーナーストーン』よ。あなたはまた必要な財政的援助を受けるでしょう。そして私はさらに多くの召命をわが汚れなき御心の内に準備しています。あなたは非常に近い将来において彼らからの知らせを聞くでしょう。わが甘美なる子供たちの多くは今、探しており、彼らは今や起こりつつある肯定的な変化のすべてを見ています。そして彼らは神の神聖な意志を成就する前進のために奮闘しています。
 真の教会から援助はもたらされるでしょう、わが親愛なる息子よ。勇気を持ちなさい、そして邪悪なものがこれ以上あなたを落胆させるのを許してはなりません。私は真理の光を送ります。あなたを通しての天の計画を破壊しようとする試みからサタンの目をくらませるために。わが『リトル・ペトロ』よ、それゆえ常に平安でありなさい。私の清き汚れなき御心はいつもあなたとともにあります。なぜならあなたはわが汚れなき御心の最も深い場所にいるからです。私はあなたの心をよく知っています、わが子よ。そしてそれはわが汚れなき御心を通して神に属しています。
 私は私の清い母性的愛情を送ります。そして私はあなたに、私たちの分かたれないみ心からの善徳を行うことを励ます祝福を送ります。そして私のエーデルワイスに、そして子供たちに。私は祝福をわがリトル・バルトロメオに、償いの共同体のすべての甘美なる子供たちに贈ります。……」

 以下は、1994年3月10日、私「リトル・ペブル」に、私の手紙に答えて、そして私の家族における不在の意味についての私のさらなる質問に関して、聖母から直接に与えられたメッセージです。
聖母: 「わが汚れなき御心の貴重な『岩』よ。『不在』という言葉で私が意味したのは、あなたの妻、子供たち、家における不在ではありません。なぜならあなたは彼らのそばにとどまるであろうからです。おこるであろう主要な唯一の変化は、あなたが今やっている、あなたの妻を全面的な能力で助けるための肉体的な現存がもはやないであろうということです。なぜならこの重い労働負担はあなたの家族の最初のメンバーたちによって分かち合われるからであろうからです。すなわちクリスティーヌ、アレキサンドラ、ステファニー、アンネリーゼによって、そして時々、共同体のあるメンバーたちによって。そしてまたあなたの共同体の外の幾人かの子供たちによっても。もちろんあなたは、父そして夫でありつづけるでしょう。しかしあなたが今やっている用事は、あなたとあなたの配偶者ベッティーナを助けるために分担されるでしょう。恐れてはなりません。あなたは無能力になることも病気になることもないでしょう。あなたが肉体的に別の場所に行くこともなく、あるいは入院することもないでしょう。違うのです、甘美なる息子よ、恐れてはなりません、あなたはあなたの共同体の中にいるでしょう。そしてあなたの家、あなたのオフィスの中に。しかしながら、これらの変化は今、非常に必要なのです。私たちがあなたに与えたミッションが強められ増大するために。なぜならあなたは多くのことをなさなければならないからです。そしてあなたが今やっているようなやり方を続けることはもはや可能ではないからです。あなたが呼ばれているすべてのことを成就することができるようになるために。この変化があなたの生活のうちにもたらされたならば、あなたはもっと平和になるでしょう。なぜならあなたはあなたの事務や修道会においてより多くのことを成し遂げることができるようになるからです。あなたはまた、キリストの神秘体を強め、神秘的教会を強めるために旅行するように呼ばれるでしょう。しかしながら、あなたは、これらの変化が全面的に実施されたならば、あなたの傷はしだいに開くであろうということを、そして苦しみは増すであろうということを知らなければなりません。しかしながらこのことは、あなたの妻ベッティーナや彼女の子供たち、アンの子供たちとの関係に影響を与えることはありません。なぜならこれらの苦しみが起こったならば皆の間に強いきずなが形成されるからです。
 子よ、あなたは、恐れる必要はありません。起こるであろう不在は、私の説明したすべてのことによって起こるものであろうからです。そのことは、あなたが今そうであるように、あなたの子供と活動的にかかわることはもはやないであろうということを意味しています。しかし彼らとともに居続けるでしょう。そしてあなたの配偶者ベッティーナは強められ、良き妻そして母となることが可能になるでしょう。なぜなら彼女は神の意志を果たすために必要な恩寵のすべてを受け取るでしょうから。……このことはまた多くのプリンセスたちにも当てはまります。なぜなら多くの者たちが、今や彼らの将来の役割に向けて私たちの甘美なる娘たちを準備するために妊娠するであろうからです。そして世界にやってくるであろう小さきものたちとともに、地上における天の軍隊は増大するでしょう。
 わが汚れなき御心の祝福された『白き岩』よ。神は今や、より深い仕方で、神があなたをそのために選ばれたすべての役割へ備えてあなたを準備しつつあるということを知らなければなりません。なぜならあなたは多くの者たちにとって、地上におけるキリストのように見えるようになるであろうからです。あなたの数多くの試練と受難を通して、あなたのうちにキリストが反映されるでしょう。人類が真理を信じるようになるために。『アブラハム』としてのあなたの役割はすでに始まっています。そしてキリストの地上における教会の教皇としての役割も非常に間もなく始まるでしょう。しかし最初に、あなたは新しい部族、民族、氏族を立てるでしょう。そしてあなたは教会と世界中におけるその民を指導するでしょう。わが神なる息子イエズスの再臨と新しい聖なる時代に備えて、すべての人類を準備させながら。勇気を持ちなさい、『光の息子』よ。永遠の天があなたとともにいます。そして常にあなたとともにあるでしょう。あなたは必要なすべての援助を受け取るでしょう。天からのみならず教会からも。そして天によって非常に選ばれた霊魂たちからも。神の聖なる計画を成就するために、あなたが必要としているすべてのことはあなたに与えられるでしょう。……」

【 女性侍者 】

 1994年4月18日に、私は聖母に、「ソーンブッシュ」を通して、女性侍者について質問しました。「お母様、私は今日、悲しみに打ちひしがれています。私たちはローマから、教皇が教会法を変更して、女性と女の子たちに侍者をすること許したという知らせを聞きました。彼が本当にはそれを許していないということを私は知っていますが、このことは私たちを助けることはありません。なぜなら、それが公式のものとなっているというのに、彼がそれを承認してはいないなどと、どうやって私たちは言うことができるのでしょうか。お母様、だれにも何も証明する権威を持っていない私たちはどのようにすることができるのでしょうか?」 聖母は1994年4月26日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「あなたがたは、この宣言は我が巡礼の教皇(ヨハネ・パウロ2世)からのものではないということを知らなければなりません。なぜならそれは彼が声明に署名した後で変えられたからです。なぜならわが愛する巡礼の教皇は、女性が教会の核心に入ることを許されているとは信じていないからです。彼は彼が教会へ導入したものについて、その後で初めて告げられたのです。『聖体奉仕者』という言葉に。わが愛するペトロは彼自身の家での囚人となってしまいました。わが神なる息子が、教会の聖櫃における囚人となっているように」

 1994年4月28日に、私は以下の質問を聖母になしました。「お母様、あなたは、教皇は女性侍者に関する変更を文書のうちになされなかったとおっしゃいました。そのことはよくわかりましたが、たとえそうだとしても、彼が囚人だとしても、彼の公の謁見の間に、この問題を訂正することができるでしょう。私は弁解の余地はないと感じています。なぜ彼はそのことをなさないのですか? このようにして彼が真理を公然と擁護しないのであれば、あなたは彼に告げられないのですか。お母様、私たちが彼とあなたをどれほど愛しているからあなたはご存じです」 1994年5月14日、聖母は以下のように私の質問に答えられました。
聖母: 「わが愛する『岩』、そしてわが神なる息子の将来の代理者よ。私はあなたの心を知っています、わが『リトル・ペブル』よ。そして私はすべてが今成就されることをあなたは望むことを知っています。しかしわが小さな息子よ、あなたの忍耐を保ちなさい。なぜならあなたは、わが愛された巡礼の教皇によって与えられる多くの訂正や指示があるであろうということを知らなければならないからです。しかしあなたは、これらのことが公然と与えられたならば、彼はさらに迫害され嘲笑されるであろうということを知り、理解しなければなりません。そしてわが親愛なる息子たち(司教・司祭たち)、そして将来の息子たち(神学生たち)はさらに反抗的になるでしょう。わがペトロはこのことを意識しています。なぜなら彼はそれを示されたからです。
 わが神なる息子が、地上におられたときに、彼の命を犠牲にすることを受け入れる前に、デリケートな状況において彼が介入することを私が望んだことがありました。しかし彼の完全な知恵によって、彼は私の心に、今しばらくの間沈黙が保たれなければならない、なぜならその時はまだ来ていないから、と告げられたのです。
 わが甘美なる『神聖な愛の天使』よ。このことが起こるための時はまだ来ていません。しかし、わが巡礼の教皇、わが汚れなき御心の教皇は私の望みを知っており、あなたの苦しんでいる心と一致して、非常に深く苦しんでいるということを確信しなさい。……」


【 強姦によって懐胎された赤ん坊 】

 1993年2月11日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に次の質問をしました。「神は生命の与え主にしてそれを取るお方ですから、私は、どのようにして神が強姦された女性に子供をお与えになるのか理解できません。なぜなら、この子供は愛によって身ごもられたものではないからです。私は、十戒の事実に関係なく、子供を取り除くことを望む女性を非難することができません。同じことは、彼らが死ぬであろうと知っている貧しい人々に生まれてくる子供たちについても当てはまります。しかしこれについて私は以上のことよりもより理解できます」 聖母は同じ日に、私の質問に次のようにお答えになりました。
聖母: 「わがリトル・ペブルは、この小さな者が取り除かれることは赦されるということを知る必要があります。しかし彼は次のことを知らなければなりません。この小さな者が保たれたならば、より多くの功徳があるであろうということを。なぜならこの時、母は、小さな者への愛を通して、そして彼女の罪を償い、なされた行為を償うための十字架として彼女に起こったことを受け入れることを通して、理解するであろうからです。わがリトル・ペブルは、この行為を通して、サタンがこれらの小さな者たちが拒絶されるであろうということを知っているために起こるのだということも知らなければなりません。この小さな光を受け入れることによって勝利があります、そしていかなる損失もありません。貧しい者たちに生まれてくる小さな者たちは、彼ら自身を聖化するのを助けるために与えられるのです。わがリトル・ペブルは、貧しかった数多くの聖人たちがいるということを知るべきです。なぜなら彼らは何も持っていなかったからです。これらの聖なる子供たちが与えることのできたすべては彼らの心でした」
( 訳注:このメッセージは、堕胎が十戒に反する罪であるという教会の教えを否定するものではありません。第二巻における解説を参照してください )

【 14万4千人の背後にある神秘 】

「お母様、小羊の血によって洗われ、十字架の印をつけられた14万4千人の背後にある神秘について私に説明していただけますか。彼らは、プリターナチュラル(外自然的)な状態で艱難を通りぬけるであろう、選ばれた世界中のマリアのワーカーたちですか。説明していただけませんか、いま多くの解釈がなされているからです」 聖母は私の質問に1993年10月8日に以下のように答えられました。
聖母: 「私はあることをあなたに説明しましょう、わが甘美なる『神聖な愛の天使』よ。なぜならそれは簡単なことだからです。わが子供たちが洗礼を受けるとき、彼らが小羊の血によって清められ、十字架の印でしるしづけられるのはこのときです。『選ばれた』者たちはこの間に選ばれます。そして彼らもまた私に奉献されるのです。わが愛の『リトル・ペブル』よ。あなたの貴重な愛と従順に感謝します。……」
【 沈む島 】

 1994年5月25日、私はソーンブッシュを通して聖母に次の質問をしました。「お母様、あなたは多くの島、オーストラリアの大半さえもが沈もうとしていることをご存じです。このことは大警告の間に起こるのでしょうか、それとも大天罰の間でしょうか?」 聖母は同じ日に以下のように答えられました。
聖母: 「わが愛する『真理の岩』よ。私は新たに次のことを知ってほしいと思います。このことは大警告の間に起こるでしょう。しかしその後の懲罰の間にも、潮流とモンスーンの嵐のために、他の多くの島々が水浸しになり海の中に沈むであろうということをあなたは知らねばなりません」

【 電子レンジ 】

 1994年7月8日、私はソーンブッシュを通して聖母に次の質問をしました。「お母様、あなたは、電子レンジを使用することは危険だとおっしゃいました。もし私たちがあらかじめ、あるいは後で、食品や飲み物の中に聖水を入れるならば安全ではありませんか」 聖母は1994年7月5日に次のように答えられました。
聖母: 「わがリトル・ペブルよ。このインスピレーションは良いものです。なぜなら食品は光線によって貫通されないであろうからです。しかしながら、このやり方は、ものを取るためにマイクロ波にあなたがたの手をさしのばすたびに、あなたがたの手に光線が入ることを止めはしません。それはまた、大気中に光線が出ていくことを止めることもありません。この機械は、天によって望まれてはいません。しかしながら、私はわが甘美なる子供たちを自由のままにしておきます。すでに私があなたに述べたように。わが愛する『小さき岩』よ」

 7月11日に私は再び電子レンジについて聖母に質問しました。「お母様、再び質問することをお許しください。なぜならあなたは私が尋ねる理由をご存じだからです。聖水が、電子レンジの中の食物を保護することに役立つのであれば、私たちが聖水を手につけ、聖水をドアにつけ、聖ベネディクトのメダルをレンジの上につければ、私たちに害をなすようなあらゆる光線の漏れを止めることができるのではないでしょうか。この機械を天が望んでおられないということを私は知ってはいますが、何百万もの人々がそれらを持っており、それらを取り除くとことは恐ろしい浪費となるであろうからです。しかし、これをなすことによって悪い機械を善のために使うことができます」  聖母は私の質問に同じ日にお答えになりました。

聖母: 「わが愛のリトル・ペブルよ。この機械はそのようにして使ってもよろしい。しかし、危険は残るでしょう。私は私の甘美なる子供たちを自由のままにしておきます。彼らが今そうであるように」

【 霊(spirit)と霊魂(soul)の違い 】

 1994年8月5日、私は次の質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母になしました。「霊(spirit)と霊魂(soul)の違いを私に説明してくださいませんか。なぜなら私たちは私たちの別々の部分としてのそれらへの言及を聞いているからです」  聖母は1994年8月6日に答えられました。
聖母: 「わが愛のリトル・ペブルよ。そうです、私は説明しましょう。なぜなら、霊的な心臓な(spiritual heart)と目に見える心臓があるからです。目に見える心臓のうちに、霊的な(spiritual)あるいは神秘的(mystical)な心臓があります。そしてそれが許されるときには、わが甘美なる子供たちの目を通して、あなたはこの霊的な心臓な(spiritual heart)を見ることができます。この霊的な心臓は、霊魂(soul)へと続く扉あるいは門です。それは霊的な心臓のちょうど上にあります。それは殻の中にある生ける体です。殻というのは死ぬであろう肉体的な体です。そして殻(肉体)が死ぬとき、霊魂(soul)と霊的な心臓な(spiritual heart)はひとつになります。そしてこれが『霊(spirit)』と呼ばれているのです」

【 レズビアンとホモセクシャル 】

 1994年10月21日、私は以下の質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母になしました。「お母様、レズやゲイの人々は邪悪な霊に取りつかれているのですか? なぜなら彼らの人格が変化してしまっていると私は信じるからです。それとも彼らは単に誘惑されているのですか? 治療法はありますか?」 聖母は私の質問に1994年10月23日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる『神聖な愛と真理の天使』よ。私はあなたにこれらの人々の一部は悪霊に取りつかれているということを知ってほしいと思います。また一部の人々は悪霊に誘惑されています。しかしあなたが知る必要があるのは、このことはほとんどの場合において、彼らの体の中のホルモンバランスの崩れによって起こるということです。わが『小さき岩』よ、これらの子供たちはまた探求されてはいますが、本当の彼らは彼ら自身の中に隠されているのだということを知らなければなりません。彼らを助けるであろう、わが選ばれた司祭なる息子の一人と話すことが、これらの子供たちにとって重要です」

【 サタンによって利用される化粧品 】

 1993年11月22日、私は「ソーンブッシュ」を通して次の質問を聖母になしました。「お母様、あなたはソーンブッシュに、サタンによって利用されている化粧品について話されました。なぜなら人間の堕胎された赤ん坊が使用されているからです。人々に警告することができるように商標と製造者を私に教えていただけませんか?」

 聖母は私の質問に同じ日に次のようにお答えになりました。
聖母: 「そうです、わがリトル・ペブルよ。私はこのことをわが娘、あなたの霊的配偶者に話しました。しかし私はあなたに、どれかということを話しましょう。それらのほとんどは使われるべきではありません。とりわけ、唇と目を覆うために女性が使うものすべては。わが甘美なる『小さな岩』よ、あなたが私知る必要があるのは、化粧品は、まったく天によって意志されたものではないということです。なぜならそれは人工的であり、これらの製品からもたらされる資金は、フリーメーソンと彼らのあらゆる組織に提供されているからです。あなたは「Mackay」「Avon」「CoverGirl」「Maybelline」、これらのすべてが直接的にこれらの組織と関わっているということを知らなければなりません」

 1994年1月8日に私は聖母に、化粧品に関する別の質問をしました。「お母様、あなたはいくつかの化粧品だけが有害であり、その中に人間の胎児を含んでいるということを明かされました。そしてフリーメーソンの仕業であるということも。それらについてあなたの子供たちを守るために書こうと思うので、他の製品名を私に教えていただけませんか?」
聖母: 「私があなたに話したことは、わが小さな『岩』よ、フリーメーソンと協力している会社の多くです。彼らの製品の多くは胎盤を利用しています。いくつかのつめ磨き、とりわけ、その中に赤い色が入っているものも。髪を染める染料やマッサージのために使われるいくつかのボディークリームも使われるべきではありません。カバーアップも使われるべきではありません。あるいは顔の上に置かれるいかなる種類のファウンデーションも使われるべきではありません」

【 デビットカード 】

 1994年1月8日、私は「ソーンブッシュ」を通して以下の質問を聖母になしました。「お母様、あなたはデビットカードについて、それが獣の印であるとして話されました。お母様、あらゆるカードは3つの区画にわけられた18桁の番号を持っているのではありませんか、そしてそのことはあらゆるカードを獣の印とするのではありませんか。なんの違いがあるのでしょうか。それは、手や額につけられるバーコードではないのですか。あなたの子供たちに情報を与えたいので説明していただけないでしょうか?」(訳注:「獣の印」については、黙示録十三章を参照。) 私たちの聖母は私の質問に同じ日にお答えになりました。
聖母: 「わが甘美なる『無垢な愛の小さな岩』よ。デビットカードを入手する者たちは、印を受けるであろうということをあなたは知らなければなりません。それは他のカードと同じではないのです。なぜならこのカードはその中に赤外線を持っていて、それはそのカードを所有する人がだれであろうと簡単に見つけることを可能にするでしょう」

【 生命維持装置 】

 1993年3月11日、私は次の質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母になしました。「お母様、人がこん睡状態に陥ったときに、何が霊魂に起こるのですか。そのような人から生命維持装置を取り去ることはできますか?」  聖母は私の質問に1993年4月19日にお答えになりました。
聖母: 「私はわがリトル・ペブルに次のことを知ってほしいと思います。人が死ぬとき、彼らが生命維持装置を通して呼吸していても、霊魂は肉体を去るであろうということを。それは神の決定です。人間の決定ではないのです。生命維持装置は、天によって望まれたものではありません。それは人が死ぬことを妨げることはありません。もし人がその時に神に呼ばれていないならば、霊魂は残るでしょう。人を生かし続けておくのは、生命維持装置ではなく、神の真の意志です。人がこん睡状態に陥るとき、死ぬときまで、霊魂は生命維持装置があってもなくてもとどまります。生命維持装置は、人工的な生命を延長するだけです。自然的な生命をではありません」

【 悪の起源 】

 私は、何年間にもわたって私をとりこにしてきたある神秘について、善良な霊魂たちに話したいと思います。私は、イエズスとマリアに説明してくださるように求めることを決心しました。私に対してだけではなく、答えを知ることを望んでいる多くの霊魂たちのためにも。尋ねたいと私がつねに望んできた質問は次のことです。「神が全く善良な方であるのに、どのようにして悪は存在するに至ったのか? 神はすべてのことを過去も現在も未来もご存じであるのに、善が最初に存在したのであれば、どのようにして悪は存在するに至りえたのか? そのことは神が悪を作り出したということを意味するのではないでしょうか、なぜなら神の前には何もなかったからです。なぜなら神は常におられ、彼は唯一の善だからです。サタンから悪がもたらされることがどうしてあり得るでしょうか、彼は創造することができないのに。悪が創造されていないのであれば、悪への決定を悪魔がどのようにして成しうるのでしょうか?」  聖母は1993年2月28日、私に直接、この質問にお答えになりました。
聖母: 「数多くの奥義があります、わが子よ。これはそれらのうちのひとつです。神は善です。神は善良であり、神は常に善良でありつづけるでしょう。悪は神から来たものではありません。しかし神は、堕落した天使と人間のために懲罰の場所を創造されました。これは地獄と呼ばれます。そこに神は存在しませんが、それは神によって存在します。神は、私たちが見、聞き、触れ、嗅ぐ、すべてのもの、物理的世界においてのみならず霊的な世界においても、すべてを無から創造されました。神は、天使たちと人間のために計画を選ばれました。この計画は神の愛の本質のうちに『自由意志』としておかれました。神は、すべてのものたちが完全に創造された、試験のための場所を創造されました。しかし神は天使たちと人間たちに、神聖な真理を知るための能力をお与えになりました。そしてこれらの真理において、自由な思考のうちにおける従順の行為を通して、神は、天使と人間を試されたのです。神は天使たちと人間に、彼の神聖な計画を提供されました。
 堕落以前の天使たちは、人間と同じく、神をあるがままに見てはいませんでした。神は、天使たちに『神の受肉(イエズス様)』そして『天使たちと人間たちの女王としての私自身の創造(マリア様)』という試験を置かれたのです。神は天使たちに人間の創造を示され、そして肉となった神の子を示されました。それはこのような知性的な試験だったのです。天使たちが堕落したその時、罪が存在する状態となったのです。肉の罪としての罪ではなく。なぜならその時、まだ霊しか存在していなかったからです。神のうちに罪は存在していませんでした。しかしながら神は、彼の存在の外側における、真理への不従順の存在を許容されたのです。それ故、天使たちが堕落したとき、神の被創造物のうちにおいて、神の外で、罪の状態が始まったのです。それ故、この高慢の罪から、他の霊たちに対してさらなる罪がもたらされ、そして人間へもたらされました」

 1993年7月16日、聖母は同じ質問に対して「ソーンブッシュ」を通して次のように答えられました。
聖母: 「私はわがリトル・ペブルに次のことを知るように望みます。神がルシファーを創造したとき、彼のうちには悪への導火線がありました。そして彼が神を拒絶したとき、このことは悪に火をつけ、そしてそれは広がりました。神は彼に対するあらゆる被造物の愛において熱意ある方である故に、このことをなされたのです。そして神は彼らを愛するが故に、被造物たちを自由のままにしておかれました。彼はこのことを、どの程度彼が本当に愛されているかを見るためになされたのです」

【 悪は罪深い都市を攻撃する 】

 7月6日に、私は次の質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母になしました。「わが心の最も甘美なる母よ。私は私の愛をもってあなたに挨拶します。トムワースの町において何が起こったのか私に説明してくださいませんか。私はニュージーランドへの旅行からの帰途、そしてクイーンズランドへの途上において、ひどい病気の状態だったのです。私はあなたが求められたすべてのことを成しましたが、非常に苦しみました。私はこの町でひどく悪魔に攻撃されました。そして夜遅くになって、聖なる三位一体が来られたミサの後で初めて回復することができたのです。そして永遠の御父は、あなたの手を私に置かれ、このことは二度と起こらないであろうと言われました。なぜ私はこのように攻撃されたのですか。この町は悪魔崇拝者に満ちているのですか、それとも何が原因なのでしょうか。この三週間の旅行の間、私は体が非常に不調でした。私はあなたの仕事をなすことに困難を覚えました。病気によって私が常に取りつかれ、あなたが求められることすべてをなすことから妨げられているというのに、どのようにして私はあなたが私を旅行に送り出す時にあなたの仕事をなすことができるでしょうか。ありがとうございます、お母様。そして、あなたが私たちにくださった聖霊のバラとは何でしょうか」  聖母は以上の質問に1996年7月8日にお答えになりました。
聖母: 「わが汚れなき御心のうちに輝く、わが愛する『小さな白い光』よ。私は再びあなたに挨拶します。いつも覚えておきなさい、わが小さき息子よ、あなたはあなたに対して求められるであろうすべてのことについて、必要とされる強さを常に受け取るであろうということを。あらゆるレベルにおいて。試練と困難のとき、そして障害の時においてさえもあなたの真の信仰は、いと高き御方の御前に、あなたが有徳で義なる者となろうとしているということを証明してきました。神の目においてあなたは正しい者です、わが小さき『白き岩』よ、しかし、この特別な善徳を獲得するために、あなたはまず、あなたが過去においてなした誤りから学ぶことを受け入れなければなりません。なぜなら、あなたはこのようにしてあなたの謙遜な心と霊魂は偉大な光の灯台として輝くであろうということを知らなければならないからです。あなたが旅行するときには、より多くのことがあなたに求められるようになるでしょう。とりわけ苦しみに関して。我が甘美なる子供たちの心へ、シャワーのように天から多くの恩寵が降り注ぐための道を用意するために。しかしながら、この苦しみはいつも同じではないでしょう。
 その中であなたが非常に苦しんだ都市は、多くの悪によって汚染されています。そしてあなたは、不幸にも非常に強力に反キリストに従う多くの者たちがいるということを知る必要があります。この町は、ソドムとゴモラがそうであったのと同じ仕方で考慮されるでしょう。今やあなたは何故あなたがそのように苦しんだのかを理解しました。より多くの召命のための道を準備するためにあなたがなした旅行を通して、成し遂げられたすべてのことに私たちは喜んでいます。今年の間、あなたはオーストラリアとニュージーランド中を旅行し続けるでしょう。そしてまた我が小さな息子よ、再び世界中を、わが愛する選ばれた司祭である息子たちや我が優しいバラたちと話すために。なぜならあなたがたは皆、新しい奉献生活の形態を生きることになっている、天によって意志された選ばれた共同体を形成するように呼ばれているからです。すべての共同体はこのようにして自らを方向づけなければなりません。
 聖霊からあなたが受けてきた特別な恩寵は、わが汚れなき御心のうちに住まわれる聖霊の七つの賜物によって封印された恩寵を含んでいます。私は、この非常に特別な贈り物を、天におられる私たちの父の意志によって、あなた、わが『リトル・ペトロ』と、わが『リトル・ヨハネ』と、わが『リトル・バルトロメオ』、わが『リトル・バーニングブッシュ』、わが『リトル・アイリス』そしてわが『リトル・ソーンブッシュ』に、そして聖にして母なる公教会のすべての神秘家たちに与えてきました。この恩寵はまた、天の選ばれた共同体の上長たちすべてにも与えられてきています。……」

 1994年10月27日、私はいくつかの質問を「ソーンブッシュ」を通して聖母になしました。それは以下の通りです。(1)「お母様、あなたは大警告の間に、私はプリターナチュラルな状態の報いを受けるであろうとおっしゃいました。つまり私の肉体は変わるであろうと。その時、私はまだ食べたり眠ったりする必要があるのでしょうか。私の行動に対して功徳を得たり、罪を犯したりすることがまだありうるのでしょうか。もしこれがそうであるならば、私は完全な知識を持つのでしょうか?」 (2)「お母様、神は、心のうちに、まだ明かされていないほかの計画をお持ちなのでしょうか、最後の審判後、そしてイエズスの第三の来臨の後に。すなわち新しい創造を?」 (3)「お母様、新しい時代において生まれるすべての子供たちは、そして今『聖なる杖』から生まれるすべての子供たちは、裁かれるまで、世の終りに至るまでとどまるのでしょうか、それとも彼らはこの期間のうちに裁かれるのでしょうか?」 (4)「お母様、なぜ私たちは、罪がない新しい時代においても、聖なるミサの生贄を必要とするのでしょうか。そしてなぜ告白をするのでしょうか?」 (5)「お母様、私が理解したい神秘がひとつあります。聖書には、神のみが善であり、彼からのみ善がもたらされると書いてあります。そして人々は神からの恩寵として善をなすことができるのみであると。そのことは、良い行動を自由な選択や意志なしに、あらかじめ定めることになるでしょう。なぜなら、もしある人が、神が恩寵を与えるから善をなすことしかできないのであれば、このことは悪をなす人々、あるいはいかなる善をもなさない人々にとって不正なことでしょう。そのことは、あらゆる善い行為は、私たちの自由意思と選択なしに、神からのみもたらされるということを意味し、かくして私たちは単なるロボットということになるでしょう。このことを理解するために私を助けてくださいませんか?」 (6)「お母様、ルシファーと堕落した天使たちは、どのようにして正しいことと邪悪なことを、良いことと悪いことを選ぶことを知るのですか。彼らが選択をなす前にはいかなる悪も存在しなかったというのに」  聖母は、私の質問に対して1994年10月31日に次のようにお答えになりました。

聖母: (1)「わが小さき『白い岩』よ。あなたはその通りであるということを知る必要があります。しかしながら、あなたはまだ食糧と睡眠を必要とするでしょう。しかしそれは以前よりも少ないでしょう。あなたはまだ罪を犯します、わがリトル・ペブルよ。しかし、罪とは何であるかということについてのより深い理解をあなたは持つようになるでしょう。そしてそれを避けるためにどのように他の人々に教えればよいかということについて」 (2)「あなたは、すべてのことは創造されてきましたが、完全に明かされたわけではないということを知られなければなりません。わが神なる息子が三度目に来られる時、楽園、新しい聖なる時代、王国と天国はひとつになるでしょう。煉獄は分離されるでしょう。私が天国から光を投げかけているレベルは、十字架の王国とひとつになるでしょう。そして他のレベルは地獄と結合されるでしょう。それ(地獄)はそのとき、神の偉大なる栄光と力を見た後、神の創造した世界から完全に投げ出されるでしょう。このあとは、もはや罪は存在しません。原罪さえも、最終的な試験、あるいは試みを通して浄化されるでしょう」 (3)「これらの子供たちのいく人かは、(再臨までの)この期間の中で裁かれるでしょう。しかし他のものたちはもはや『時間』が存在しなくなるであろう後の時において裁かれるでしょう」 (4)「秘跡のすべては残るでしょう、わがリトル・ペブルよ。しかし告白は、さらにより聖なるものとなるための完全性の告白となるでしょう。聖なる秘跡は神を讃えるためにあるでしょう」 (5)「わが真理のリトル・ペブルよ。ロボットではなく、神の栄光のための奴隷です。すべての創造物は、わが汚れなき御心を通して、すべての聖人たちと聖なる天使たちとの一致のうちに、神のみに奉献されること、このことは常に、神の神聖な完全なる意志でした」 (6)「悪は、ルシファーの知性の賢さと好奇心によって発明されたのです」

 1995年2月10日に、私は「ソーンブッシュ」を通して聖母に以下の質問をなしました。「お母様、どのようにして悪が存在するに至ったのかということについての奥義についてさらに説明していただけませんか。神は善ですから、悪は神から来ることはできません。このことは、今やルシファーであるルシエルは神のような偉大なる知識を与えられていたということを意味します。そしてまた他の天使たちもこの知識を与えられていました。試練は、彼らの知性をもって、私たちの母に仕えるための彼らの服従でした。彼は、自分はマリアよりも上であり、敬われるに値すると決定したのです。神が彼のうちにこの能力を置かなかったとするならば、どのようにして彼は彼の栄光が敬われるべきものだと理解することができたでしょうか。この考えのひらめきのために、彼の知性は汚され、かくして罪が出現し、罪の結果が始まりました。どのようにして彼はそこにまで至ったのでしょうか。彼のうちには善しかなかったのに。善からどのようにして弱さと疑いが出現するのでしょうか。これは神から来なければならないのではないでしょうか。私のためにこの神秘について説明してくださいませんか。この疑い、あるいは考えの結果がそれから罪になったということは正しいのでしょうか。彼もまた完全で善であったのに、どのようにして彼はこのように考えたのでしょうか。私はこのことについて書いています、お母様、すべてのものたちが理解するために。なぜなら霊魂たちは、神の愛とあわれみを知る必要があるからです」 聖母は私の質問に以下のようにお答えになりました。
聖母: 「わが愛する、真理と忠実の小さき『岩』よ。あなたが追及していることは、神秘の鍵を開けることであるということを私はあなたに知ってほしいと思います。覚えておきなさい、わが小さき息子よ、アダムとイブが楽園において生きていたとき、彼らが善しか知らず、悪を知らなかったとき、悪は存在していましたが、彼らは誘惑され、そして二人とも誘惑に陥ってしまったからです。天国において、偉大なる天使ルシエルが存在していたとき、神は同様のテストをなされました。楽園とは違った状況のもとでしたが。楽園においてテストされた徳は『従順』でした。そして天においては『謙遜』でした。「私は仕えない!」とルシエルが叫んだとき、地獄の扉は開かれ、神が許容された自由を通して、まさしく彼の言葉によって、ルシエルは毒されたのです。私は多くのことを理解するためにあなたを助けましょう、我が貴重な『真理の岩』よ」
第十一章 私の生活における典型的な一日
 どのようにして私は私の人生を管理し、神と人とに対する私の義務を果たすことができるのかと何度も私は尋ねられてきました。スーパーマーケットや店舗に責任を持つビジネスマン、世界中の27の共同体の運営に責任を持つビジネスマンであるとともに、夫、父親、預言者、幻視者、多くの霊魂たちの指導者であることがどのようにしてできるのかと人々はしばしば尋ねました。それは簡単なことではありません! しかし、神の恩寵によってすべては可能なのです。私の座右の銘は「すべてを与えたまえ。すべてを受け入れましょう!」 そしてこれが、神が私に対して働かれるときのなさり方なのです。
 おそらく、私の生活と日常の活動に関する以下の説明は、それがバラのベッドと自己満足であったと考えている人々を照らすでしょう。私の生活は、そのようなものではありません! 実際にはそれは、多くの肉体的な、そして感情的な苦しみ、失望、悪口、裏切り、中傷、名誉棄損、あざけり、私の生命と家族に対する脅しを伴う長い十字架の道でした。私ばかりでなく、私の家族も、これらすべての年月を通して非常に苦しんできました。私の引き続く不健康、消耗、慢性疲労、風邪の発作と喉の病気や関連する症状すべて、それに加えて飛行機酔いと私の旅行のすべてにおいて経験されるひどい内蔵の病気は、私にとって悲惨の源泉であり続けてきました。私は多くの肉体的な苦しみを与えられてきました。そして私は本当に、私の人生は、神が私になすように求めてこられ、今も求め続けておられるすべてのことについての、イエズスとマリアへの一つの連続的な「はい」であり続けてきたと言うことができます。私の罪と、もっと賢明な決定をなすことができたであろう時に私がなした人間的な過ちに関わることを除いては、私は何一つ変えたいとは思いません。私は人生において倦怠を経験したことはないし、人生が退屈でつまらないものだと思ったこともありません。
 預言者そして幻視者としての私のミッションに関わりながら、私は霊魂たちを指導する重大な責務を負っています。私の第一のミッションは、世界中の幻視者を一致させることです。私はまた「終わりの時」の預言者、「三重の契約」の預言者、キリストの将来の代理者です。このことはそれだけで私を手一杯にさせるのに十分ですが、神は他のこともお望みなのです。私は日常的に幻視を受け、しばしば公的あるいは私的なメッセージをも受けます。私は日々世界中の霊魂たちと連絡を取り、質問され、返事を書きます。祝福された乙女マリアは、私に送られた多くの質問に答えてくださったので、それで多くの答えが書かれ返信されました。私の個人的なミッションは大規模なものであり、霊魂たちを指導する責務は私の肩に重くのしかかっています。それは、私の存在そのものを消耗させます。しかし私はすべてを与えます。なぜなら私はすべてのことを愛のゆえに、神とその聖なる教会の栄光のために、霊魂たち、全ての神の子供たちの救済のために行っているからです。神が私に何をお求めになろうとも、私がそれをやり遂げる力と勇気を、神は私に与えてくださるということを私は知っています。多くの旅行と私の妻や小さな子供たちとの分離はつらいものでしたが、神は多くの報いを与えてくださいました。
 聖シャーベル修道会の設立そのものも巨大な仕事ですが、神はそれをお望みです。そして過去十四年間にわたって、それは日々私を占拠してきました。構造の設定、会則会憲、さまざまな経路を通しての認可への連続的な申請、そして連続的な失望は、この仕事の大いなる約束を減少させることはありませんでした。今、世界に27の修道会の共同体が存在しています。想像していただけるように、これらの諸共同体と私のオフィスの間には常時の連絡があり、私は創立者として多くの霊魂たちに指導や支持を与えています。私はこの計画を運営しているばかりではなく、修道会の母院であるゲッセマネ共同体における修道会のモデレーターでもあります。個々で私は共同体の霊魂たちに対して責任を持っています。百十人の成人と三十人の子供たちです。私はこの共同体の円滑な運営を確保し、関連するあらゆる問題に取り組まなければなりません。私は共同体生活の全ての領域をカバーする勤務時間表をつくりました。
 私は修道会に関係している二つのスーパーマーケットと三つの店舗を運営しています。私は霊的生活と同様にビジネスの世界とも常時関わっています。私は一日の大半を、記事や手紙や本さえも書きながらオフィスですごし、そのオフィスは一ヶ月に千枚のファックスを受け取ります。私は私の共同体や他の共同体を運営するための会合にしばしば出席します。毎日、私はさまざまな状況と取り組むように求められます。それが、預言者そして幻視者としての私の役割に関するものであれ、高額融資であれ、共同体の車のメンテナンスといった平凡な仕事であっても。これらの様々な責務に加えて、私は扶養しなければならない家族を持っています。夫、父を必要とし、私の時間と注意に値する家族です。私は五人の子供をもっています。私の妻ベッティーナに生まれた六歳の女の子、五歳の男の子、三歳の双子の男の子と女の子、そして一人の男の子の赤ん坊です。
 私の最初の妻アンとの間には四人の子供がいます。十四歳の男の子、それぞれ十二歳、十歳、八歳の三人の女の子です。私の最初の妻アンは、これらの子供たちとともにウォロンゴングに引っ越したので、私は定期的にこれらの子供たちと可能な限り多くの時間を過ごすように努めています。このことは、彼らに会うために家から八十マイル離れた場所への常時の旅行をすることを含んでいます。私はこれをできるかぎりしばしば、過去八年間にわたって、二週間ごとにやっています。私は両方の家族を扶養してきたばかりではなく、私の妻ベッティーナの家族に家を提供しました。彼女の家族は私たちの共同体に住んでいます。七人の霊魂たちです。彼らがドイツから到着したとき、彼らはまったく英語が話せませんでした。それで私はそのような大家族において起こってくるあらゆる状況に関与しました。一つの家族だけでも世話するのは十分大変ですが、三家族はそれ以上に大変です。
 どの親たちとも同様に、単純に夫として父として、私の人生は多忙で変化に満ちたものです。若い妻の夫として、私は私の配偶者が日々の義務を遂行するのを助け、彼女の子育てをできるかぎり支援してきました。家庭人としての私の日々の活動は、ほとんどの男性がなしうる以上のことを含んでいます。私はおむつを取替え、子供たちに食べさせ、入浴させ、時々料理さえします。私は彼らに服を着せ、彼らの服を洗濯し、家を掃除し管理し、庭や周囲を秩序正しく維持し、子供たちを全般的に監督します。私の妻は何をやっているのかと人は尋ねるかもしれません。六歳以下の小さな五人の子供たちを持っているので、私たちは両者とも彼らに関わる世話を常にやっているのです。私の妻は病気や苦しみの発作を経験し、その間、私は更なる重荷を担わなければなりません。私たちの家族が成長し年月が経過するにつれて、ベッティーナの家族は時々子供たちとともに私たちを助けることができるようになりました。
 私の最初の結婚以来、私は騒がしい夜を過ごしてきました。私はいつも子供をあやすために夜起きていました。はじめて父親になったとき以来、私は子供をあやしながら多くの夜をすごしてきました。私の妻はいつも彼らの泣き声を聞くとは限らなかったからです。私は天からの助けを受けました。私は4〜5時間の断続的睡眠よりも長い睡眠をとったことはめったになかったからです。1984年の私の最初の子ジョシュアの誕生以来、私の夜はほとんど毎日このような状態でした。私が赤ん坊をあやし、寝かしつけようとしているときに、聖母は出現され、やさしく赤ん坊を御腕に抱かれ、寝かしつけられました。聖母は私を大変助けてくださいました。なぜなら、私は小さな子供たちを大変愛していましたが、主の御傷、眼に見えない聖痕を負っているので、しばしば疲れ果ててしまったからです。これらの傷はいつでも痛みますが、夜には部分的に眼に見えるようになり、真夜中ごろには針で刺すような感覚を伴いつつ私の手足は腫れはじめ、痺れてくるのです。私は現実の御傷の疼きを経験します。私の心臓は激しく鼓動し、私の頭は、死ぬのではないかと思うほどずきずきします。そして小さな子は泣き出し、私はよろめきながら起き上がって、彼らをあやさなければならないのです。
 このこととは別に、私はまた良い聖なる生活を送ろうと努めている普通の人間でもあります。私はイエズスとマリアを見、天的なヴィジョンを持つことはあっても、それでもなお、天国への完徳の道を歩もうとするいかなる霊魂も経験する、誘惑や困難に出会います。二つの家族と9人の子供たちとの15年間の結婚生活の間、私はまたおよそ55回にわたって世界を旅行してきました。そして、すでに述べたように、そのそれぞれにおいて十字架の更新が私に訪れました。分裂、病気、私生活への妨害などが私を苦しめてきました。しばしば旅行の準備は6ヶ月かかり、ほとんどの場合旅行は4週間から6週間かかりました。
 起床からの私の現在の一日を描いてみましょう。私は普通6時から7時半の間に起きます。起きる時間は、どのような夜を過ごしたかによります。私は目覚まし時計を必要とはしません。なぜなら一番小さい子が一晩の間に普通2〜3回眼を覚まし、私よりもずっと前に一日の準備をすませているからです。私は起きて彼をベッドにつれていき、私の妻が彼を受け取ります。私は朝のいつもの習慣に従ってイエズスとマリアに挨拶します。私は朝食をとり、子供たちの朝食を準備します。それから私は赤ん坊のために哺乳瓶を用意します。私の妻は8時ごろ下の階にやってきて、私が赤ん坊の体を洗い、彼を準備したあとに彼に食事を与えます。私は他の子供たちをチェックし、朝食のために彼らを準備させます。そして私の妻が彼らとともに朝食をとっている間、私は服を着替えます。8時半か9時に私の妻は服を着替えます。それから上の子供たちに学校へ行く準備をさせます。彼女がこのことをやっている間、私はいくつかの家事をします。そして彼女は9時半に上の子供たちを学校に連れて行きます。そして彼女が帰ってきてから私は祈るためにチャペルへ行き、10時にオフィスに向かい、あらゆる運営の仕事を始めます。12時半に共同体全体での祈りがチャペルで行われ、それから私は共同体の全員とともに昼食をとります。2時に私はオフィスに戻り、働きます。3時に祈りのため30分ほど仕事は中断し、それから私たちは仕事を再開し5時半まで働きます。私は家族とともに集まり、夕食が準備された共同体の部屋に行きます。言うまでもないことですが、大きな共同体の中で小さな子供たちに行儀よくさせちゃんと食べさせるのは簡単なことではありません。6時半に私たちは帰宅し、子供たちが入浴の準備をするのを助けます。そして7時に私はオフィスに戻り、いかなる緊急の用件とも取り組みます。一日おきに私は夕べの祈りに行き、私の妻は別の日に参加します。私は赤ん坊を寝かしつけ、妻が帰ってきてから、ミサに行きます。9時に私は帰宅し、寝る準備をします。これは、私がくつろぐことのできる唯一の時間です。私はテレビを見たり、宗教書を読んだりすることもあります。毎週ではないにしても、しばしば家に泊まる訪問客が来ますが、私は私の家族のためのプライベートな時間を確保することについて非常に厳格です。私は9時以降の干渉を許すことはめったにありません。午後10時半あるいは11時に私はベッドに行き、赤ん坊が起きるか、苦しみが強くなるまでの間、数時間の睡眠をとります。私の妻は普通これに気づきません。彼女を煩わせないように私は気をつけているからです。それゆえ、すでに述べたように、私の夜は償いの時間です。私は多く祈り、全てを神に捧げます。赤ん坊がしばしば起きるので、朝が来るころには私は疲れ果てています。しかし私は次の一日の準備をしなければならないのです。私は、どのくらいの人がこのような生活をやっていくことができるか、いぶかしく思います。しかし私はこのことをなすことで幸福です。なぜなら私は本当にひとつのことを信じているからです。もし全てを与えるならば、全てを治められる創造者から全てを受け取るだろうということを。
 私はまた、私がどのように感じ、また見えようとも、家にいるときも共同体にいるときも、私に非常に親しい人を除いて、前の晩にどのように私が苦しんだかを見せないようにしているということも述べておきたいと思います。このようなわけで、ほとんどの人は、私の昼と夜が私にどのような苦しみを与えているか、知らないのです。
 私はこの短い証言が、他の人々が、彼らに割り当てられた仕事に対する不満をより少なくし、神に「はい」と言い続けるための励ましとなることを期待しています。
 
【 ゲルトルード・カム 】

 1992年、私の母ゲルトルードは六十歳で死にました。この本の先のところで記したように、彼女の初期の人生は、試練と困難と、ある量の苦しみの人生でした。彼女の後半生において、彼女は多くの支えと幸福を私の養父ハンス・カムに見出しました。
 私の母は、強い宗教的信仰を持ったことは決してありませんでしたが、そのことは、部分的に、戦争によって荒廃したドイツにおける彼女の家庭生活での混乱に帰することができます。しかし彼女は善良な女性であり、愛情深い母でした。私の母は、私のミッションを完全には理解せず、最初はそれを受け入れることもありませんでした。祝福された乙女マリアが私に現れ、天が、私に成し遂げるべき役割を与えておられるという事実を。私はしばしば、彼女に祈りの実践に立ち戻り、彼女の日曜日の義務を果たし、カトリックの信仰を愛することを学ぶように強く説き勧めてきました。彼女は彼女がなすべきことを知っていましたが、忍耐するのに必要な剛毅を欠いていました。私は彼女に、彼女の生活を改め、神と和解することが必要であると警告しました。彼女との結婚の時、ハンス・カムはプロテスタントとして育てられたにもかかわらずカトリックになりました。しかし両者とも、間もなく、彼らの信仰の実践に従うことを怠るようになりました。
 50歳代後半、私の母は肺に癌を患い、病院に運ばれました。医師は手術することを望み、そして私の養父は、このことを告げるために私に連絡してきました。私はその時海外にいました。私はそのようなことが起こったことに別に驚かないと述べ、そのことは多くの人を驚かせました。私は予定をを済ませてから、家に帰りました。私は病院にいる母を見舞いました。そして彼女にあまり多くの同情を示しはしませんでした。しかし彼女に次のことを思い出させました。彼女がなすべきことをなさなかったことによって、彼女は実際上それを要求していたのだと。私の母は私に同意しました。しかし私は彼女を私の方に引き寄せ、イエズスからの祝福を彼女に与え、それは彼女をいやしました。今や健康になった私の母は、信仰の熱心な実践に立ち戻り、私の神秘的生活とミッションを全面的に信ずるようになりました。彼女と私の養父は、ベッティーナとの私の結婚において全面的に私を支持し、そしてしばしば聖地に私たちを訪れました。
 1992年、私の母は最初の癌とは関係のない別の病気にかかっていると診断されました。彼女は脳腫瘍を患っており、それは次第に彼女の能力を奪っていました。聖母は、これが彼女の最後の病気になるでしょうと私におっしゃいました。そして私は、このことを私の母と養父に告げました。私の母は6月に昏睡状態に陥り、1ヶ月にわたって反応がありませんでした。聖母はさらに、私の母は、私の養父と私自身を彼女の死の前に認識するだろうと私におっしゃいました。そしてこのことも私は養父に告げました。彼女の最後が近づいてきたので、私たちは彼女のベッドの横で彼女のために祈りながら不寝番を続けました。7月6日の朝早く、私の養父は病院から、母の最後が近いと電話をかけてきました。私は急いで服を着て、車に乗り、病院に向かいました。その途上で、突然、イエズス様とマリア様が私に現れました。彼らは私を病院へ連れていきました。私の父が私の母のベッドの横にいました。マリア様は、私の母を祝福なさいました。私は、私の母が起き上がり、彼女の目を開き、私たちにほほ笑みかけるのを見ました。そしてそれは養父を驚かせました。私の母は、私と彼女の両親を、マリア様と一緒に見ることができました。一分後、午前4時37分、彼女は私たちのいる前で平和に亡くなりました。イエズス様とマリア様は私を車へと連れ戻されました。そして私は病院まで運転を続けました。そして到着すると、私の母がすでに死んでいるのを見つけました。私は、彼女の若い姿での現存をベッドの上に見ることができました。
 私の養父は、起こったことを説明しました。そして私は彼に私がそこにいたことを告げました。私の母は、彼女が死の前に私に会うだろうと私が彼に告げていたことを思いだして、彼は圧倒され、この奇跡を受け入れました。私は幻視の中で、私の母をベッドの上に見ることができました。そして彼女と話しました。彼女の死去において、私はいかなる悲しみも、苦悩も感じませんでした。なぜなら私は、彼女は神のご保護のもとに安全であると知っていたからです。彼女の葬儀においても私は棺の上に彼女を見ることができました。そして彼女との会話を続けました。彼女の肉体の埋葬において、彼女の霊魂は煉獄へ行きました。私は彼女の早い解放のために熱心に祈りました。そしてこのことは、短い期間の後に私に与えられました。

【 財政的状況 】

 私の財政状態は、メディアにとって、そして一般の人々にとって、大きな興味のある話題となり続けています。多くの人々は、ミッションそのものとその「実」を調べることなく、無知で性急な判断を行うことを好み、一般に、私に対する悪口や中傷を発します。よくある非難は、私は「私自身の巣に羽毛を敷く」ために、何百万ドルも「ため込んでいる」というものです。私が非常によい銀行残高を持っているという考えが全く広まっており、そしてこの考えは、私が人々に彼らの家を売って私に金を寄付するように推薦しているという考えを育てている元支持者によって養われてきました。私は何度も「Charlatan(もぐり医者、山師)」と呼ばれてきました。それはおもしろい呼び名です。なぜなら私は全く偽医者ではないからです。私が利益を「かき集めて」おり、自分自身の利益のためにそれらを利用しているというのなら、そのことを証明できるものなら証明してみよ、と私は誰にでも挑むことができます。私は人をだます仕事に従事しているのではありません。私は神の御旨を果たす仕事に従事しているのです! 私は偽りの見せかけによって金銭を得ることを計画したことは一度もありません。そして私は神を私の証人かつ審判者として、そのようなことをいかなる法廷においても、いかなる人の前においても、全面的に否定します。
 世界中のあらゆる組織は、キリスト教徒のものであれ非キリスト教徒のものであれ、活動するために資金に頼っています。それらは、金銭的援助なしでは機能しません。商業的な経路によるものであれ、販売や投資によるものであれ、活動を実行できるものにするためにお金が必要です。それは私の場合においても同様なのです。私は生き延びるために資金を必要とします。そして私の公のミッションにおいて、資金は、寛大な心を持つ人々の親切な寄付によってもたらされてきたのです。日常的なものから、豪華なものまで、あらゆるものは値段を持っています。私は家族に食べさせ、服を着せなければならず、生活の必要品も供給しなければなりません。そしてまた私は、開発事業に融資しなければならず、建築事業や、さまざまな種類の計画に出資しなければなりません。私がマインドコントロールや催眠を使ってお金を寄付するように人々を仕向けているとか、彼らの財産を手放すように詐欺的に圧力手法を使っているという推測は誤った考えであり全くばかげたものです。
 良い霊魂たちは、大義名分を信ずるとき、自由意志によって、それが病院のためであろうと、児童保護施設や教会や学校やより小さい慈善グループのためであろうと、寄付を与えます。宗教的組織への寄付のほとんどは、「小さな」霊魂たちからくるものであって、巨大企業によって出されるものではないというのが私の経験であり、殆どの人もそうであると私は思います。
 神の預言者としての私のミッションを始めたとき、私は、昇進の見込みや将来有望な安定した地位に就いていた労働者でした。神は私に、私の仕事を離れ、彼のために働くようにおっしゃったのです。神は私に、私の信頼を神のうちに置き、信仰のうちに歩み始めるようにおっしゃったのです。そしてそれ以来、私は決して困窮したことがありません。聖母自身がこの指示を確認してくださいました。それ故、神と彼の聖なる母に従順に、私は神が私のために計画された人生の召命に従い始めました。そして私は、神があらゆる仕方で、彼の言葉への彼の誠実さを示してこられたと言うことができます。神が私に求められたすべてのことを、私は受け入れました。次のように神に申しあげながら。「もしそれがあなたのお望みであれば、あなたはそれを御受けとりになります。しかしあなたはそのために必要なものを与えてくださいます」
 1980年代の初期に、私たちの聖母のミッションが素早く拡大していたとき、多くの寄付が私たちの事務所に届られました。それで私は、このことをどのように扱うべきか心配になりました。私は何人かの友人たちの助けを求めました。一人は裁判官で、その友人の弁護士が私にアドバイスし、またもう一人の弁護士も私にアドバイスしました。全体的な合意は、私は、慈善事業としての認可のための「外殻」となる会社をつくるべきだというものでした。それで、何人かの顧問とともに、1987年に「ギャラトップ」は設立されました。そして、それからそれは1988年12月19日に私が作った組織、「The Marian Work of Atonement Society Limited Incorporated(MWOA)」に名称変更しました。私がすでに述べたように、多くの人々が、私が自分自身のために金をため込んでいるときっと主張するであろうから、私は私自身の完全性を守らざるを得なかったのです。私は、私個人に贈られるいかなる寄付も保持する資格を確実に持っていました。しかしながら、税務局の規制に服する、顧問のついた組織が造られた後は、会社の運営について誰もあらを探すことはできないでしょう。
 組織が慈善事業である場合、当然、人は顧問としてそれから金を稼ぐことはできません。そして私は、創立者かつ議長として資金を私に流すことはできないのです。それゆえ、いったん会社が設立された後は、私は私自身の生活を立て直すことに目を向けました。そして私は私の家族を支えるために、個人的に私のための口座を開きました。それで、誰でも私を支援したいと望む人は自由にそうすることができます。それは合法的なものであり、無税の寄付を受け取ることは誰にとっても合法的なことです。何年間にもわたって私と私の家族を支援してくれた寛大な人々、天が私に求めたすべての計画に貢献した人々に私はとても感謝しています。ほとんどの寄付は、私のところに個人的に送られてきました。しかし私はそれらを会社に回しました。ミッションが正しく機能し、繁栄し始めるように。購入された財産は会社名義のものとなりました。人々が、彼らのおかげで私が金持ちになっていると考えることをやめさせるために。
 ミッションが拡大し、世界中で知られるようになるにつれて、会社の機構の中に、さまざまな計画を運営するための他のグループが形成されました。建物の建設に必要なものを賄うシャーベル会配分センターと、宗教用品の販売店を扱う聖フィロメナ・センターです。共同体が発展し、メンバーの数が増えたので、学校もつくられ、政府に登録されました。今日それは、共同体の子供たちを教育する、繁栄する学校となっています。そしてそれは地域の出身の子供たちも受け入れることができるようになっています。
 年月が経過するにつれて、聖シャーベル修道会はこの国と海外で発展しました。法人格としての組織を保護するため、修道会を連邦政府に登録することが必要だと私は知っていました。なぜならそれは、寄付や財政的援助を受けていたからです。聖シャーベル修道会の下にある多くの共同体の形成とともに、開発の費用は上昇しました。そしてさまざまな計画に出資することが私に必要になりました。そして私はしばしば必要を私が見いだしたところにお金を貸し出しました。私はこれらの貸付金を返済するよう誰にも義務づけることはありませんでした。なぜなら、私は、これらの共同体を始めることにおける困難を知っていたからであり、そして私に関する限り、それはすべて神の業であり神のためのものだからです。私個人の寄付によって、私は修道会や共同体に入ることを望むがそうするための資力がない人々のために何軒かの家を建てました。修道生活に呼ばれていると感じているが、いかなる支援の手段も持っていない他の良い霊魂たちのためにも私は財政的支援を行いました。これらの霊魂たちの何人かが、私の信頼を裏切り、彼らのものでないものを単に持ち去って行ったことは、私の理解を超えていました。
 私は多くの人々を財政的に支援しました。そして彼らが共同体の中で幸せであった間はすべてうまくいっていました。共同体生活への幻滅が起きたとき、あるいは彼らの召命の喪失によって、彼らが離れることを選んだとき、私はしばしば彼らの辛辣さの標的となり、私は彼らに対して財政的に必要なものを提供していたにもかかわらず、彼らは共同体から去り、場合によっては、私が彼らの「社会」への復帰のために必要なものを供給するべきだという期待と共にそうしたのです。そしてすでに述べたように、しばしば信頼のうちに貸し出されていた物品を持ち去りました。このことは、三つの大きな事例において起こりました。そして私はなすすべがありませんでした。なぜなら私の処置は信頼のうちになされていたからです。このようにして私は多額のお金を失いました。ミッションへの信仰を失った人々が原因となった、私のお金を取り戻すのための法的な闘争を経験したことで、ある時期においてどのように人が善意であろうとも、彼らは心変わりすることがありうるということ、そして果てのない問題が発生するだろうという結論に達しました。私自身の完全性を守り、修道会の発展を確実なものにするために、あらゆる規制団体にとって受け入れられるような合法的な組織を立ててもかかわりなく、私に対する中傷者は絶えませんでした。




 貴重な教訓を学んで、私は修道会の状態を評価し直すことを決定しました。そして1995年、修道会の発足から12年近く後になって、私は、私自身の個人的な金銭を人々の物品を購入するために使うことから一切手を引くことを決心しました。それは、それが私にもたらすトラブルに値しないのです。いまや私は、私自身の名前で、資産と店を持つ修道会を建設し始めました。私が神のためになす仕事において妨害が起こらないように。修道会の発展とともに重い責任がのしかかってきました。私は多数の資産を運営しなければならず、いくつかのスーパーマーケットを運営し、一群の車を維持管理し、何百人もの人々の必要に応え、彼らの生活と幸福のために必要なものを供給しなければなりませんでした。



 私たちの共同体を訪れることに興味を持つ海外の多くの霊魂たちは、私にその飛行機代を個人的に払ってもらいました。全ては、払い戻しを期待することなく、愛徳のうちに提供したことです。なぜなら霊魂たちの善が私の目的だからです。近年では、世界的な規模での不況や市場の沈滞が、そしてメディアからの辛辣な攻撃や、幻視者たち・諸共同体の間での分裂は言うまでもなく、私たちの資金が以前の何分の一かに減ることに貢献しました。
 私が人々に、彼らの家を売って私に金を寄付するよう説き勧めているという非難がまだ残存しています。これらの批判はまったくの嘘です。そして確実に証明することはできないでしょう。私はこのようなことを説き勧めたことはありません。選択権はその個人に属するのです。もしある人が、共同体に入ることを望むならば、共同体の内部に寝泊りする場所を必要としているのに、その外部に家を維持することは理にかなったことではありません。しかしながら、選択権は個人に属しています。なぜなら彼らは彼ら自身の自由意志を持っているからです。聖シャーベル修道会の会憲と会則は、次のことを明白に述べています。すなわち、修道会に加わるために、あなたがその外の家を売り、修道会の土地に家を建てるためにそのお金を使ったのであれば、修道会は五年以内に時価でそれを払い戻すということを。そしてまたあなたが修道会を離れることを決心したのであれば、あなたが世間に再適応するのを可能にするために、共同体の外に宿泊設備を供給することを述べています。
 もしある人が、家を売却し引っ越すように天から指示を受けたのであれば、それは、その人が選択をなす自由を持っているという条件付きです。私は繰り返しますが、皆は自分自身の自由意志を持っているのです。疑いもなく、私に対して後ろ指を指す人はいつづけるでしょうが、私にとっての個人的なコストがどのようなものであれ、私はこの偉大な仕事を続けるつもりです。私は誰に対しても敵意を抱いていません。人生の失望や、私が大変愛した人々の裏切りさえも受け入れて、彼らのために祈り続けます。

【 教皇はペブルに耳を傾ける 】

 1989年に私は再び教皇に会いました。天が私にそうするように指示なさったからです。しかしそれは一般謁見においてでした。そして私は彼に個人的に会うように求めました。秘書であるカブンガ司教閣下を通して私たちに招待が与えられました。次の日、私たちは教皇の私室にいました。教皇は彼の部屋に、そして私はその隣の部屋にいました。カブンガ司教を通して、私はすべてを教皇に話しました。カブンガ司教は指示を出しながら、教皇の部屋を出たり入ったりしました。このことはおよそ一時間続きました。私は教皇聖下に私を助けてくださるように求めました。私に対する迫害は非常に厳しいからです。彼は私に、彼はそうするだろうと言いました。しかしこのために待つように言われました。彼と私自身を取り巻く問題のために、教皇は私と共にいることを見られることを望まなかったのでした。私は教皇に恐れないように求めました。なぜなら天が彼に求めているすべてのことを成し遂げるのをとどめているのは恐れだからです。彼は泣き、蒼白になりました。私は教皇に、聖シャーベル修道会と聖シャーベル祈りの家のための祝福を求めました。それを彼は私に与えてくださいました。
 私は彼に、私が教皇になる予定であるということを彼は信じているかどうか尋ねました。そして彼は「はい」と言いました。なぜなら彼もまた聖母マリアによってそう告げられていたからです。私は彼に、あるポーランド人の秘書が彼に反対して働いているので取り除くように求めました。そしてまた私はカブンガ司教を彼の国に送り返して、彼を大司教にするように求めました。彼はこのことを受け入れました。教皇聖下は、私に、私を彼の後継者として宣言する時ではまだないと告げました。そして彼は、教会内での敵を意識していると言いました。教皇は私に、勇気を持ち、神が私に与えたミッションを続けるように求めました。この会合に同席していた何人かの人々がいました。アルバート・クックとフランク・トレイニです。カブンガ司教はザイールに転任になり、大司教にされたということも注記しておくべきでしょう。
 1989年に、私はウガンダのエマヌエル枢機卿によって彼の国に招待されました。私は八百万のカトリック信徒を訪問するための彼の祝福と支援をうけました。内戦やイディ・アミン大統領に対するクーデター以来の多くの社会的自然的な混乱のために、私は軍によって護衛されました。アミン大統領の政府は、私がこの国に来る少し前に倒されていました。私は警察のホールで話すこと許され、およそ五千人の人々が集まった前で私はそれを行いました。それは5日間にわたってテレビで全国的に放送されました。それらの会合には、ウガンダ、ケニヤ、タンザニア、ルワンダ、コンゴ、ムワンザ、ザイール、ナイジェリアといったさまざまな国から、幻視者と主張する人々がおよそ百四十名ほど来ていました。枢機卿との会合の間、私は彼に、私の司教との間での私の苦境を説明し、彼に助言を求めました。彼は私に、司教協議会に公聴会を求めるようアドバイスしました。そして、もしそれでうまくいかなければ、彼に連絡するように言いました。そして彼自身が私の司教にコンタクトをとるであろうと。
 修道会は他の共同体をビクトリアのティアクに形成しました。そしてもうひとつをニュー・サウス・ウェールズのオレンジに形成しました。オレンジの司教は、聖シャーベル修道会に関する私たちの主張への調査を行いました。調査の結果は肯定的なものであると判明しましたが、「リトル・ペブル」がその創立者であるために取り下げられてしまいました。



第十二章 ナウラで見られた奇跡
 1987年9月12日に、アメリカのテキサス州出身のマルコム・ブロサード神父は、聖母の聖地への呼びかけに答えるために彼の故郷を離れました。神父は三十代後半で、トランペッターとして知られている幻視者アンドリュー・ウィンゲートの霊的指導者でした。神父はしばらくの間、延長されたビザで滞在し、そして私たちは、多くの巡礼者たちの世話をし、聖シャーベル修道会を確立するのを助けてもらうために、この素晴らしい司祭に永続的に滞在してもらうために申請しました。私のミッションには、幻視者たちを一致させることが含まれており、幾つかの懸念事項が注意を必要としていたので、私は聖母のミッションにおいて活動している世界の幻視者たちを、オーストラリアに来るように招きました。そこで私たちは、私たちの結束を固めるために、しばらくともに時間を過ごすつもりでした。私たちの聖母は、聖地における偉大な奇跡を約束なさいました。幻視者たちの数多くの支持者たちや彼らの関係者たちが海外からやってきました。そして聖地で何日間かを過ごし、それから数日の黙想会を過ごすためにフィッツロイ・フォールズの観光地へ旅行しました。
 1988年2月11日、数多くの巡礼者たちがルルドの聖母の祝日を祝うために聖地にやってきました。聖母は公的メッセージを与えられ、すべての幻視者たちと巡礼者たちを歓迎なさいました。幻視者たちの中には、シスター・グァダルーペ、テレサ・マレット、トランペッター、ピーター・ランデル、テレサ・カラルコがいました。2月13日、聖カタリナの祝日、太陽が雲に覆われて昇りました。非常に黒い雲が空を埋め、激しく雨が降りました。四千人近い大群衆が、償いの日に聖母を讃えるためにやってきており、土地の回りで、聖体行列とともに午後の祈りが始められました。聖歌が歌われ、巨大な群衆の信心はすばらしい眺めでした。多くの人々が大いなる恩寵を受けていました。ある若い女性は、彼女の守護の天使を見ました。他の人は、私たちの主と彼の至聖なる聖心を幻視しました。また、ある女の子は、私たちの悲しめる御母のお泣きになる姿を幻視しました。祈りのうちに集まった支持者たちは、午後3時の祝された御母の到着を待ちました。暗い雲の空が私たちを雨で濡らし続けました。しかし聖母が出現なさると、大いなる風がどこからともなくわき起こりました。木々は信じがたい力で曲げられました。いくつかの若木はほとんど二つ折りになりました。風は空一面を吹き払い、黒い雲を払いのけ、2〜3分のうちに、それらを空から追いだしてしまいました。そして柔らかい白雲のある美しい青空の眺めを後に残しました。そして風は静まりました。そして聖母は彼女のメッセージを告げられました。聖母のメッセージの終わりに、空は再び閉じられました。黒い雲が再び出現し、空を閉じたのです。雨が再び始まりました。その直後に、私たちの主が出現なさり、そして再び、雲は強い風によって空から追い出されました。そして空は数秒のうちに再び白い雲の浮かぶ美しい青に変化しました。雨は止みました。私たちの主は彼のメッセージを告げられました。群衆は非常に興奮し、多くの人々が太陽を見ました。彼らの目にはいかなる不快も感じられませんでした。そして多くの人々が太陽の奇跡を見て感動しました。それは高速で回転していたのです。美しい光がそれから放射していました。多くの人が空の中に白い十字架を見ました。何人かの人は私たちの主と聖母を見ました。激しい降雨で濡れていた巡礼者たちは、驚いたことに、彼らの衣服は乾き、いかなる悪い効果にも苦しむことがありませんでした。11日と13日の出来事は驚くべきものであり、巡礼者たちは、聖なる幸福感の状態で家に帰りました。幻視者たちと招待されたゲストたちは黙想会のために旅行しました。しかしながら、この黙想会で起こったことは、多くの詮索と失望を引き起こしました。テレサ・カラルコは偽りのメッセージを受け、それは私たちの間に大量の誤解を引き起こしました。他の幻視者たちと同様にシスター・グァダルーペもまた偽りの指示を受けました。悪魔は、幻視者たちの一致における崩壊を引き起こすことを懸命に試み、そしてある程度まで成功したのです。
 ブロサード神父が将来、このミッションにおいて特別な役割を担うであろうということが私に啓示されたのは、この黙想会においてでした。私は、ブロサード神父をオーストラリアにとどめるために、様々な当局と十年間にわたって戦うことになっていました。彼の永住権の申請は何度も何度も却下されました。私は忍耐し続けました。私たちの主は、私たちは成功するであろうとおっしゃいました。しかし私は最終的に、移民局を法廷に訴えなければなりませんでした。そして多くの困難の後に訴訟に勝ちました。ブロサード神父がオーストラリアにとどまることを妨げようと努めてきた司教によって、私の努力が妨害されてきたにもかかわらず、このことはオーストラリアにおける一つの先例を置くことになりました。私に戦いを続けさせたのは、ブロサード神父がオーストラリアにとどまるであろうという私たちの主の保証でした。そして実際、結果は天の勝利に終わり、預言は再び成就したのです。1995年、ブロサード神父は住民となり、1997年、オーストラリア市民となりました。
 以下は、1988年2月13日にナウラの聖地で、大勢の訪問してくれた幻視者たちと一緒に、私が主と聖母から受けたメッセージ(No.184)です。
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No.184 1988年2月13日
聖カタリナの祝日に与えられたメッセージ
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リトル・ペブル: 今、空の真上、青空を通して、輝く美しい白い十字架かやって来ます。それは空全体を占めています。それは非常に明るい。それは太陽よりももっと明るい。そして十字架を通って、その中心の光線から聖母がおいでになるのが見えます。御母は今、白く光る小さな雲に乗って私たちのいる方へ近づきながら降りていらっしゃいます。聖母は今もっと近くに、参詣所のすぐ近くへやって来られました。聖母のお召し物はすべて輝く白い、非常に白いお召し物です。美しい長いマントを頭から羽織っておられます。御頭の上には王冠をかぶっておられます。『平和の聖母』のお姿です。聖母の着物の裾のところに一つの星があるのが見えます。今、聖母を取り囲んで多くの天使達が前の方へ進んで来るのが見えます。そして聖ヨゼフもおられます。聖ヨゼフは聖母の右を通って来られます。また、聖シャーベルは聖母の左へ来られました。聖母は右手に美しい白い真珠のロザリオを持っておられます。十字架は金でできています。聖母は、私たちに「平和の道」を示すためにロザリオを持ち上げておられます。十字架を取ってイエズス様に接吻なさいます。そして今、聖母は聖地を眺めて、人々を見ておられます。そして微笑んでいらっしゃいます。

聖母: かわいい子、弘遠の愛のリトル・ベブルよ、そしてここに集まっているかわいい子ら、特に遠くからやって来た我が代弁者たちよ、私はあなた方を祝福します。すべての息子と娘たちよ、あなた方に我が神なる御子イエズス・キリストの平和を与えます。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 かわいい子らよ、私はきょう愛のメッセージをもって来ました。私は天国、つまり、永遠の御父と御子と聖霊から、神があなた方に与えたもうた愛を、あなた方に告げるために来ました。かわいい子らよ、私は何度も、神様には心を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして仕えなければならない、と告げるためにあなた方のところへ来ています。あなた方は愛をもって神に仕えなければなりません。なぜなら、神はあなた方の神であり、私の神だからです。神はあなた方を愛から創造され、愛のために十字架上でお亡くなりになったのです。世界は現在多くの試練を受けています。なぜなら、我が子らの心は神を傍らに置いて自分達の心をこの世的な快楽で満たしてきているからです。世界は徐々に破滅への道を進んでいます。何も変わっていないようです。我が子らよ、これ以上何をあなた方に言うことができるでしょう。私が言えるのは、ただ、あなた方に聖なるロザリオを取って祈りなさいということだけです。今こそ、全世界の人々は祈らねばなりません。世の人々にとって時間が非常に短いからです。我らの聖なる代理者、教皇ヨハネ・パウロ2世のために祈りなさい。なぜなら彼もまた、まもなく殉教の道を通って天の王国へと入るからです。しかしかわいい子らよ、あなた方はこのことを祈りによって遅らせることができるのです。
 この重大な出来事、つまり我が代弁者たちが私に誉れを、そして神に賛美を捧げるために、共に集まっているわけですが、公教会に力が与えられるのはこのような一致の業によってなのです。なぜなら、公教会に対する試練が今始まるからです。ルシフェルと彼の堕天使達、そして地獄へ行った者達に対する戦いは今真っ最中です。それは聖書の中で語られた大いなる戦いであり、我が神なる御子イエズスと彼の光の真理に従う者たちに刃向かう反キリストとの戦いなのです。かわいい子らよ、この大戦争に生き残ろうとするあなた方は身体にすばらしい武器を着けなければなりません。それは、私と我が神なる御子イエズスが、過去に何度もあなた方に語った武器、即ち、諸々の準秘跡です。これらの準秘跡の中でも最も偉大なものは『茶色のスカプラリオ』と『聖ベネディクトのメダイ』、そしてまた『聖なる十字架』です。この武器はサタンとその軍勢を敗北させるでしょう。しかし、このことは戦い、祈り、断食、犠牲なしには達成されません。善人と悪人との間の戦いは、今から苛烈なものとなるでしょう。そして、心と額に『十字架の印』を受けたすべての子らは、自分自身を強める必要があるでしょう。なぜなら、この戦闘は激しいものとなるからであり、霊戦であるからです。しかしながら、我が神なる御子を愛し、彼に仕える者にとっては恐れることは何もありません。なぜなら、イエズスとその天の母、無原罪のマリアがあなた方のそばにとどまるからです。そして私達はあなた方が悪魔とその蛇どもに打ち勝つために強められるようにと、私達のみ心をあなた方の心の中に置くからです。
 私と我が神なる御子イエズスが長い年月にわたって世界に与えてきた数々の預言は、今、あなた方の目前に展開し始めるでしょう。そしてその時には、もはや嘲る者はいないでしょう。すべての出来事はあなた方の目前に降りかかるからです。そしてもし、あなた方が準備をしていないならば、潮流と共に押し流されるでしょう。ずっと以前に私がファチマで与えた言葉を忘れないようにしなさい。これらの言葉は……今、あなた方の時……あなた方の時間に、成就されつつあるのです! ファチマの最後の預言はもう間もなく成就されるでしょう。そして、何百万もの私達の子らが死ぬとき、何という悲しみをあなた方は見ることになるでしょう。なぜなら、誰も彼らのために祈らないからです! きょう、私は非常に喜んでここにいますが、しかしまた我が子らのために泣いています。なぜなら、我が子らは我が神なる御子を拒否し、私を拒否し、そして悪に満ちた世界を贖うために、私が世界に送った我が「代弁者たち」を拒否しているからです。あなた方はいつ私の声を聞いてくれるのですか。あなた方のための時が短いと言うことを、知らないのですか?
 あと何年残っているだろうか、とあなた方は私に尋ねます。私は最もおごそかに、我が神なる御子の聖心からあなた方に言いましょう。地上のかわいい子らよ、あなた方がこの地上のあらゆる国の破滅を見る前に、残された年は後わずか数年しかないのです。そして、この偉大なすばらしいオーストラリアという国の子らよ、あなた方はこの国に何をしたのですか? 多くの罪、非常に多くの悪です。それでも、神の御あわれみを通して、この国は非常に多くの大災害から救われてきました。しかし。それらは、やはりやって来るでしょう。かわいい子らよ、あなた方は自分が理解し、実感しているよりも遥かに、選ばれた民族なのです。永遠の御父はこの国に、南十字星と聖霊のシンボルをお与えになりました。この二つのシンボルは、この国の「勝利」のシンボルです。しかし、この「勝利」はあなた方の霊魂が裁きと大艱難によって浄められるまでは来ないでしょう。ヨーロッパがそうであったように、アジアがそうであったように。その時あなた方はひざまずいて神のところへ来るでしょうが、しかしその時では遅すぎるのです。私は『悲痛な涙』を流して泣いております。それはこの国をはじめ、世界の多くの国々に起こるであろう事を知っているからです。あなた方はいつ聞くつもりですか? 永遠の御父はこの国に美しさ、自然界の美しさをお与えになりました。この国はなお「平和の国」です。しかしこの平和は、もしあなた方が「私の言葉」を聞かず、聖なる「ロザリオ」を取って祈らないならば、まもなくあなた方から取り去られるでしょう。敵は、あなた方の国へ侵入し、あなた方を奴隷にするために、すでに扉のところで待っています。私は以前あなた方に、この国を奴隷化するために眼が注がれている、と言いました。彼らは北から来るでしょう! そうです。我が子らよ、この国の大部分の子らは昏睡状態に陥っており、一回お祈りをし、別な時に又一回するだけで、すべてうまく行くだろうと考えています。しかし、我が子らよ、これでは十分ではありません。あなた方は天の印と奇跡を欲しがっています。あなた方はそれを受けるに値するのですか? あなた方のうちの何人が好奇心からやって来るのですか? あなた方の多くは信仰を持ってやって来ないのです。そして、癒された人々、永遠の御父から数々のお恵みを受けた人々もそうなのです。あなた方の何人が前に進み出て、「感謝します」と言ったでしょうか? ほとんど、おりません。我が子らよ、非常に多くのお恵みが無駄に使われ、失われています。なぜなら、将来何が起こるかを理解している子らが、ほとんどいないからです。
 我が子らよ、私はあなた方をおびえさせるために来ているのではありません。私は我が神なる御子に対する祈りに、私と一緒に参加するように願うために、あなた方の天の母、平和の元后として来ているのです。そしてあなた方がそうするならば、私は、すっと昔に、レパントの海戦において、オーストリアにおいて、ポーランドにおいて、そして世界の多くの国において助けたように、あなた方を助けることができるのです。多くの国が救われたのは、我が子らの大いなる祈りと犠牲によってでした。かわいい子らよ、私はあなた方を愛しています……だから来るのです。私は悲しみの母として、しかしまた平和の元后としても、あなた方のところへ来ます。なぜなら、私と我が神なる御子イエズスは、我が御心から非常に愛されているあなた方の国において、あなた方の心に平和を与えようと望んでいるのですから。私は、すべての子らが一つの群れ、一人の牧者の下に集められるように、この国の上に私の印を置いたのです。
 かわいい子らよ、私は我が汚れなき御心をあなた方に差し出しています。人類を愛しているこの御心をご覧なさい。我が神なる御子イエズスの聖心が引き裂かれるように、私の御心も引き裂かれんばかりに、非常に深く人類を愛しているのです。平和がこの世界に間もなく来ますように、一緒に祈りましょう。預言は成就されなければなりません。しかし、それらはあなた方の多くの祈り、多くの苦しみで和らげることができるのであり、大部分を避けることができるのです。愛する子らよ、私はあなた方の助けが必要です。私は自分の意志でそれをすることはできません。私はあなた方の助けを必要としています。私はこの助けをあなた方に切にお願いします。なぜなら、あなた方が来るべきものが何であるかを知っているならば、きっとあなた方も、特にあなた方母親は、私と一緒に泣くだろうと思うからです! 私が世界のうちに見ているものをあなた方も見るならば、あなた方はずっと泣き続けるでしょう。そして私達が子らにしてもらいたいことは、ただ祈ることだけです。このお願いはあまりにも多いでしょうか? 私達の代理者、ヨハネ・パウロ2世教皇様のために祈りなさい。あなた方の枢機卿、司教、司祭、修道者のために祈りなさい。今の困難な時代において、公教会を導<ために彼らが強められるように、また我が神なる御子の光が彼らの心を貫いて輝くよう祈ってください。そして、かわいい子ら、遠くからやって来た我が代弁者たちよ、あなた方は一つの目的、即ち、イエズス・キリスト、生ける神の御子のうちに一致してとどまりなさい。天において人々がイエズスを愛しているように、全世界がイエズスを愛するよう、世の光となりなさい。かわいい子らよ、ここに集まっているたくさんの子ら、そして全世界の子らよ、あなた方を祝福します。なぜなら、私はあなた方を愛しているからです。私はあなた方皆を祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。我が神なる御子イエズス・キリストの平和がいつもあなた方と共にありますように!

リトル・ペブル:聖母は、今少しだけ脇へお移りになります。聖母は誰かを待っておられます。ちょうど今、十字架、光り輝く白い十字架から見えるのですが、十字架を通ってイエズス様が来られました。イエズス様は本当に美しいお姿をしていらっしゃいます。今回、イエズス様は輝く白、光り輝く白で全身を包んでおられます。イエズス様はとてもとても早く前へ進んで来られます。私はわかりませんが、来られるというのは滑るように来られるのです。イエズス様は聖母がいらっしゃる方へ来られます。聖母のちょうと隣にお立ちになりました。聖ヨゼフと聖シャーベルが少しだけ脇へ移動されました。イエズス様は非常に近くに来られました。実際、ちょうとここのテントの中にお立ちになりました。イエズス様の御足は光の束の上にあります。そのお姿はとてもとても美しいです。髪の毛は美しい茶色、薄茶色で、絹のようにとても柔らかで光沢があります。とてもとても美しいお姿です。イエズス様の背の高さは6フィート(183cm)位で、聖母の背丈はちょうどイエズス様の肩のところまでです。イエズス様はすべての人々を見回しておられます。

主: かわいい子、我らの愛のリトル・ペブル、そしてここに集まっているかわいい子らよ、あなた達を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。我が愛する聖なる子、かわいい子らよ、イエズス・キリストなる私、生ける神の子は、あなた達に対する愛に満ちあふれた聖心であなた達にあいさつを贈る。ここにいる我が子らは何が起こるかを見ようとして、好奇心からやって来た。しかし、かわいい子らよ、あなた達はすべての奇跡のうちて最大の奇跡、ミサの聖なる犠牲(いけにえ)をすでに祭壇の上で見ているはずである。だが、子らの多くはこれを偉大な印としては認めていない。子らよ、回心は太陽の回転よりもはるかに大きなな奇跡なのだ。しかしながら、時は来る。そして私はあなた達に印や不思議を与えよう。それはあなた達の心を堅固にする。なぜなら神の働きにおいては何事も不可能ではないからだ!
 かわいい子らよ、私は何度もあなた達に、今まさしく我が御母があなた達に語られたことを、語ってきた。我が御母の言葉をよく聴きなさい。なせなら、それは無駄話ではなく、私が地上を歩いた時、語った多くのたとえのように、多くの人々の救いのために、我が聖心から出て来る「愛の御言葉」だからである。今日、これらの御言葉はすべての人が理解できるほどに明瞭な御言葉である。御母がどれほどあなた達を愛しておられるかを、ただ知りさえすれば、御母があなた達に何を言われるのかを理解することは難しいことではないのだ。彼女は「愛の御母」てあり、我が御母そしてあなた達の御母なのだ。あなた達のうちの多くの者がこの聖地で我が御母を見る特権を与えられた。我が子らよ、感謝しなさい。我が子らよ、覚えておきなさい。わたしは救い主、宇宙の王である。わたしはあなた達を自我から救い出すために、あなた達のところへ来たのだ。あなた達は、自分自身の罪がいかなる災害よりももっと大きな損害、もっと大きな危害を引き起こすということをわかっているのか? 秘跡をしばしば受けなさい。それはあなた達に力を与えるからだ。つまり、告解の秘跡と聖体の秘跡のことである。これらの秘跡においてあなた達は、生ける神、あなた達の神である私以外の誰に会うのか。私はあなた達の一人一人皆を知っている。私はあなた達の強さと弱さ、あなた達の徳と罪を知っている。私はあなた達の中の誰一人として拒否しなかった。私を拒否しないでおくれ! 私はあなた達に、世の始めから終わりまで、あらゆる時代において最も偉大な女性、清き者の中で最も清き者である我が聖母を与えた。彼女は「無原罪の御宿り」である。わたしは人類を苦行と犠牲と祈りの生活へと招くために我が至聖なる聖心の大使として御母を世に遣わしたのだ。天の王国へ到達する他の道はないのだ。神は変ることのない御方であり、神の律法は同じままである。神の掟は変わることはない。そして神はあなた達に、我が聖心の代理者を通して公教会の権威をお与えになった。我が聖母が言われることをよく聴きなさい。そして彼女の忠告に従って行動しなさい。なぜなら、サタンとその軍勢、そしてサタンに従うすべての者を永遠に地獄へと投げ落とす為に、大いなる力と権威を持って、雲の上に乗って、私があなた達の間にやって来る時がまもなく来るからである。その時、門は閉められ、御あわれみはもはや無いだろう。……そして、我が至聖なる御母に従った正しい者たちのための平和と救いだけがあるだろう。私は、あなた達があの方は何を言われたのか、と言うことができないように、むしろあなた達が「イエズス様は、聖母があらゆる恵みの源であるとおっしゃった」と言うことができるように、平易な言葉であなた達に語っているのである。
 おお、汝ら信仰薄き者たちよ、我に来たれ、さらば我汝らを強めん。労苦して重荷を負える者たちよ。すべて我に来たれ、さらば我汝らに我が至聖なる御母を通じて、休息と平和を与えん。かわいい子らよ、そして光から遠ざかっている子らよ、私はあなた達を愛している。あなた達を我が聖心と至聖なる御母の御心へと呼び集める。私はあなた達すべてを、特に真理を探し求めている人々、光を求めている人々を祝福する。病める者、困窮する者、飢える者、そして死に行く者を祝福する。悪魔が投げ出され、我が御母の御心が統治するように、悪霊に取り憑かれたすべての者を祝福する。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。
 祝せられた童貞聖マリア、すべての心の元后、無原罪の御宿りにホザンナ! 勝利は天のものである! すべての子らよ、今この参詣所の数々の写真を撮ってほしい。そして、そのたくさんの写真において、私は「超自然の世界の恵み」をあなた達に与える。それは、私と我が至聖なる御母がこの聖地に与えている、あなた達と世界中の人々のための恩寵の印であり、このことは全世界のためなのである。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。あなた達に我が平和を与える。この平和とは私と我らの聖霊をお遣わしになられる御方、あなた達を強めて下さる御父の平和であり、いとも聖にして貞潔なる童貞聖マリアを通して与えるのである。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン。

リトル・ペブル: 主は今お戻りになりますが、主は(私には「光の球」のように見えるのですが)その光をお投げになります。そしてそれは……ちょうど人々の上に降りて行きます。とても明るい光です。それは矢のように降ってきます。しかし主は遥か遠くに戻られました。そしてこの光を投げておられます。よくはわかりませんが、それはこの地域全体にみなぎっているように見えます。ある人々は、それを見るお恵み受けていると思います。今、天使たちさえが人々に向かって(バラのように)投げています。これは写真に現れるということが、私にはわかっています。聖母もまた少し遠くの方へ行ってしまわれました。そして聖母は何度も十字架の印をなさいました。
 (聖歌「サルヴェ・レジナ」が歌われる)
 今、聖ミカエルが十字架から現れて主の方へ来られます。聖母はイエズス様の後ろに立っていらっしゃいます。聖ミカエルは御自分の剣を高く掲げ持っていらっしゃいます。そしてそれを降り下ろされます。それからきらめく稲妻がこの場所へやって来ます。それはこの地域全体にみなぎっています。強い閃光です。私にはその意味はわかりません。それは、あたかも聖ミカエルが何かを追跡なさっているようですが、この聖地の上にやって来る非常に明るい光であるように思われるのです。今、また輝く十字架の背後に、オーストラリア大陸の輪郭を見ることができます。そこに聖地の正確な位置が出ています。その上には、この聖地に現れた非常に明るく輝く十字架があります。オーストラリアのいろいろな地区の上に光のきらめきがあるようです。そして今イエズス様とマリア様は十字架の方へ、空の中へと戻って行かれます。そして、聖ミカエルはお二方と一緒に行かれます。
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 1988年までに、ミッションは非常に大きく成長したので、私たちは私たちの最初の家を新しい土地に建てて、共同体を形成するはじめとしました。さらに二人の司祭たちが私に加わりました。ゲビッキ神父と、ガブリエル神父、ハイチ出身のオランダ人ド・モンフォール会司祭です。5月13日に、世界中の幻視者たちは教皇に会うためにファチマへよばれました。

【 ブラザー・ジョゼフ・フランシス 】

 1988年、私はブラザー・ジョゼフ・フランシスに、ナウラでの幻視者たちの会合に彼が来るべきであると、私たちの主が求められていると忠告しました。そしてそれから彼は5月にファチマに行かなければなりませんでした。教皇がそこにいると期待されていたからです。5月13日にファチマでの奇跡が預言されていました。ブラザー・ジョゼフ・フランシスは、ナウラに彼が行くことは必要ではない、なぜなら彼はそこにバイロケートすることができるから、と言いました。彼は本当にファチマには行きたくなかったのです。私は、この指示は天からのものであるから考え直すように、そして、それを無視することは不従順の行為である、と言いました。ブラザー・フランシスはマリア会の霊的指導者を持つ良い人でしたが、自分の好き勝手にするのが常でした。そして彼は道を外れたのです。すでに述べたように、私は、彼とともに「マリアの柱」と呼ばれる新しい修道会をカナダのニュー・ブランズウィック、セントジョンに建設することにおいて役割を果たしました。その母院は、多くの涙を流す御像を持っており、それらの中には涙を流す聖母の奇跡的な絵も含まれていました。それはきわめて有名でした。彼の不従順のために、神は彼に懲罰を与えられ、共同体のメンバーがオーストラリアから出発しなければならなかった前の晩に、母院は、ただひとつを残して御像とともに全焼しました。そして残ったのは、箱舟の聖母の御像だったのです。
 ブラザー・ジョゼフ・フランシスは、私たちのグループの一員として5月13日にファチマに来ませんでした。しかし彼は独立してやってきて、ドミニコ会の修道院に滞在している千五百人の人々の会合をさぼろうとしました。私たちの会合にはおよそ43人の幻視者たち、そして数多くの司祭たちと他の修道者たちがいました。私は、ブラザー・ジョゼフ・フランシスに、彼の道を改めるよう指示することを試みました。そしてもし彼がやり方を改めないならば、彼は悲惨のどん底に陥り、病院に入ることになるかもしれないと彼に告げました。彼は私のゆるしを求め、1992年に私と再び一致しました。そして私がカナダに到着したとき、空港に私にあいさつしにやってきました。
 ブラザー・ジョゼフ・フランシスは目に見える茨の冠を持ち、受難を継続的に経験し、よく知られた幻視者であったということは注記しておくのがよいでしょう。しかしながら、彼が一度彼の不従順に固執した後、彼はこれらの賜物と幻視を失い、そして再び最終的に私から離反しました。そうして彼は実際に、悲惨のどん底に陥り、死にかけて病院に運ばれたのでした。



第十三章 さらなる世界旅行
【 ファチマへの旅 】

 1988年は、聖母のための連続的な旅行の年でした。私は聖母が指示された通りにファチマへ行く計画を立てていました。そこで幻視者たちの会合が行われ、奇跡が見られる予定でした。天はおよそ75名の幻視者たちに、私と連絡を取るように指示しておられました。そして5月13日にファチマに私がいるようにという天の意向を確証なさいました。共同体の堅固な一団が私と共に行く計画を立てました。ゲビッキ神父、ビルおよびジョアン・プライス、ジェームズおよびフランシス・ダフィー、フランツ・カイラー、ステファン・チョミッツ、アンソニー・ウォーザースプーン、そして私たちのグループからの他の数多くの人々です。私たちはローマ、ドイツ、ポーランドを訪問する計画を立てました。私たちの聖母が旅行の行程を指示なさいましたが、私たちはポーランドのためのビザを持っておらず、それが心配でした。しかしながら、聖母は信仰のうちに前進するよう、私たちに告げられました。
 私たちの最初の目的地はローマでした。そこで私たちは過去において私たちにとっての大きな支援となってきたミリンゴ大司教に会いました。彼は大いなる癒し手にして預言者でした。彼はザイール出身であり、あまりにも多くの人々を癒したために、医者たちの間で騒動を引き起こしていました。そして彼はヴァチカンに転任になりました。ゲビッキ神父が、バジリカの聖ペトロの墓の場所でミサを立てる許可を得られたということで私たちは祝福されていました。そして私たちのグループは、幾人かの人々に、首に聖シャーベルのスカプラリオをつけて帰らせました。聖ペトロの墓においてトリエント・ミサがささげられたのは、およそ三十年ぶりのことではなかったかと私は思います。ミサにあずかっている間、聖ペトロ自身が私に出現され、ポーランドのビザを得るために領事館に行くように私に指示されました。時刻は10時30分でした。さらに領事館は正午には閉まるという事実は私たちを引き止めませんでした。私たちは指示された通りに赴き、11時に領事館に到着し、そして驚いたことに必要な書類とともにそこを立ち去ったのです。
 私たちの次の行程はポルトガルのファチマでした。いつものように私たちはいくらかの遅れを被り、そして航空便を変更しました。それは明白に天の配剤でした。なぜなら、私は有名なポーランド人の幻視者ビエルナーキが、三席離れたところに座っているのを見つけたからです。私はしばらく前から、この幻視者に会うことを望んでいました。私たちのグループはドミニコ会の修道女たちとともに滞在し、そして多くの幻視者たちがそこにいました。全部で四十人ほどの幻視者たちが集まっていました。私たちがそこにいるという情報が広まると、多くの人々が私たちに会うために修道院にやってきました。私自身巡礼者として旅行していたのですが、幻視者や神の預言者たちに会い、話を聞きたいという世界中からの多くの人々の要求によってプログラムをアレンジせざるをえなくなりました。13日に、私たちは百二十人のグループの中にいました。「無原罪の御宿りの柱」は、修道会の一部ですが、私たちの回りに集まっていました。彼らのメンバーの幾人かは誓願を立てていました。幻視者たちがそこにいるという情報が伝えられると、多くの人々が私たちに話すためにやってきて、間もなく小さなチャペルは千人以上の人々を収容することになりました。天が何を私たちのために計画しているのか、私たちはいかなる考えも持ってはいませんでした。驚いたことに、ブレ神父とトランペッターが、彼らも私たちのグループにいたのですが、興味深い経験をしました。天は彼らに、ポルトガルに来る前にローマに行くように指示しておられました。彼らは聖ペトロの広場に到着し、教皇は群衆に演説しました。1985年に私たちに起こったように、教皇はいつものルートを変えられ、そして最後の瞬間にトランペッターに向けて方向を変えて歩いてこられました。教皇はトランペッターに、彼が誰であるかを知っていると告げ、なぜファチマに行こうとしているかを知っていると告げたとトランペッターは言いました。なぜ期待されたようにファチマに行こうとしておられないのですかと聞かれると、教皇は、私たちに忍耐するように、今回はそれができないのだからと告げられました。彼は祈りを求め、私と私に一致している幻視者たちに彼の祝福を贈られました。
 教皇がそこに行こうとしておられないので、私たちは何が起ころうとしているのか疑問に思いました。私達は行列になって出発しました。私たちのうちの八十名は、聖シャーベル修道会のスカプラリオを身につけていました。私たちは隊列を組みました。幻視者たちはともに真ん中のグループに入り、私たちの修道会のメンバーたちが先頭に進みました。柱の修道会はダイヤモンド状に私たちを取り囲みました。そして私達はバジリカの前庭に近づきました。広場は、ローマのサンピエトロ広場の二倍の大きさがありました。そして私たちが前進するにつれて、私たちの友人や知り合いの多くが私たちの行列に加わりました。広場は二百万を超える人々でいっぱいになっていました。私たちは聖歌を歌ったりロザリオを祈ったりしながら通りを行進し、多くの人々が引きつけられて私たちに加わりました。五十名の司教たちがいました。私たちの大きなグループは、広場の端に到着しました。天はジェームスに、群衆をかき分けて進むように指示され、そして私たちのグループを広場の中心へ導くように指示されました。どのようにして私たちがこれを成し遂げようとしているのかは謎でした。なぜなら、その時、私たちは非常に巨大なグループとなっており、大群衆の中には1インチのすき間もなかったからです。信じがたいことに、群衆は静かに移動して道を開けてくれました。私たちはゆっくりと前進し、そしていかなる混乱や困難もありませんでした。私たちのグループは広場の真ん中に完全な隊列の状態で到着しました。聖なるミサがとり行われました。そしてミサが終わった後、十分以内に巨大な群衆は解散しました。私たちのグループは祈り続け、そしてついに聖母が2時過ぎに来られました。そして短いメッセージを与えられました。彼女は、信仰の不足のために約束されていた偉大な奇跡は延期されたと説明なさいました。しかしながら、私たちは信仰のうちにやってきたので、それに従って報いを受けるでしょうと聖母はおっしゃいました。私たちは祈り続け、そして私は3時までに天が印を与えて下さらないならば、修道院に帰ろうと決めました。
 リトル・ラムという私たちのグループの幻視者の一人が、私たちの主によって印は与えられるであろうと指示を受けました。2〜3分の後、私はちょっとした騒動に気付きました。ひとりの女性が9歳ほどの年齢の小さな男の子を乗せた車椅子を私の方に向けて進めようとしていたのです。私たちの聖母は、脳性マヒの犠牲者であるその男の子を祝福するように私に指示なさいました。彼は彼の手に青いロザリオを持っていました。私は私の十字架を持ち上げ、祈り、彼を祝福し、そして不安そうな母にほほ笑みかけ、そして立ち去りました。突然、私は私の背後に多くの叫び声を聞きました。これまで決して歩いたことのない子供が、突然、車椅子から立ち上がり、私の後を歩いてきたのです。その男の子の母であるフランス人女性は、喜びで圧倒されました。これが、聖母が約束された印だったのです。
 私たちはファチマを離れてドイツに向かいました。そしてそこで私たちは私たちのグループの他のメンバーたちのためにビザを取ることができました。私たちはそれからポーランドに旅行し、預言されていた出来事の延期の理由をポーランド人幻視者たちに聖母が明かされたのは、そこににおいてでした。天は、教皇ヨハネ・パウロ2世と私の両者が、教会のために償いをささげることを望んでおられました。そして預言されていた出来事が将来に起こる予定でした。以下に示すのは、1988年10月25日の日付の、ステファヌス・プルヴィ夫妻の証言です。車椅子に乗っていてそして癒されたベルナールという男の子の両親です。

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リヨン、フランス。1988年10月25日
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 私は先の5月13日にファチマで癒されたベルナールの母です。一人の紳士が、ベルナールに「ローザ・ミスティカ」の御像を提示しました。彼はそれをを抱擁し、そしてその少し後で3度にわたって、車椅子から立ち上がろうという衝動を感じました。しかし彼は車椅子から降りることはできませんでした。彼を悩ませていたフットレストのために。そしてそれから、手すりが、自分自身を持ち上げるのを助けました。なぜならベルナールはまだ自分自身のバランスを見い出せていなかったからです。ベルナールによれば、誰かがリトル・ペブルに近づくように印を示しました。リトル・ペブルは、ベルナールの額に十字架の印をし、私たちにはよくわからなかった祈りを唱えました。奇跡の瞬間に、ある人々はナザレトのイエズスの香りをかぎました。それは私ではありませんが、それは重要なことではありません。印はある一部の人々のためのもので、皆のためのものではありません。リトル・ペブルに向けてベルナールを押し出したのは本当にナザレトのイエズスでした。これは、祈りのグループ出身の神秘家であるアントワネットが私に告げたことです。天が彼をトランペッターと呼んでいる、聖シャーベル修道会の修道服を着ているグループのある人が、ベルナールに、十字架上の美しいキリストの像を渡して言いました。「僕を癒してくださってありがとうと言いなさい。ひざとかかとに力を集めるために僕を助けてください、そして疑わないように僕を助けてください、と祈りなさい」 そして私はベルナールをトランペッターと一緒に三十メートルにわたって歩くのを助けたのです! ベルナールは時々疲れて、小さな折り畳み椅子に寄りかかり、再び始めました。彼はアヒルのように、酔っ払った人のように歩いていましたが。私はとても感動し、ベルナールもそうでした。彼は何が彼に起こりつつあるのかを理解する時間をほとんど持っていなかったのですが。そしてもし彼が疑ったならば、私はそれは彼がバランスを欠いていたせいだと思います。彼の顔は、普通とは全く違う表情で輝いていました。彼は、治療の過程についてそれ以上どのように私たちに話すかを知りませんでした。美しい約束について。
 これは以前に与えられたことについてのものです。2〜3年前、私たちは、ベルナールを定期的にジュルナル・ドゥ・ラ・ツール・ド・パン氏のところへ連れて行っていました。彼は、病人に手を置いて癒すために天によって選ばれた紳士です。そしてこの紳士は、ある日、私たちの息子のために奇跡が起こるだろうと言いました。そして他の訪問の時に彼は私たちに言いました。ベルナールのための一つの約束があります。彼は他のすべての小さな男の子たちと同様に歩くでしょう。いつになるか私は知りません。私はその約束に近づくように試みました。そして私たちはそれをファチマで得たのです。摂理によって導かれましょう。なぜなら私たちは神の計画を知らないのですから。私たちは地上の日々と天のそれとを比較することはできません。いずれにしても、アントワネットと聖痕を受けたテレーズ、ここケルネゲズの恵みを受けた霊魂であるシスター・ジェーン・ダンエイが、ベルナールの奇跡の目撃者に言いました。「私たちの主はその子を癒すでしょう」 そのことは、奇跡が完了していないことを確認しました。しかしそれは近い将来に完了するでしょう。それゆえ私たちは家庭において忍耐強くあり続けなければなりません。そして非常に疑っていた私の夫は、そこにいなかったのですが、そこで彼が歩いたようにはベルナールは歩かなかったのでますます疑いました。家に到着した時に、ベルナールは疲労を示しました。次の日に私は彼を歩かせようとしましたが、非常な困難が伴いました。目撃者は私たちに次のように言いました。「奇跡を支援するために祈るほど、その時は短くなるでしょう」 サンエチエンヌにおいて私たちがよく知っている修道者ブラザー・ベネットは、キリスト教徒の間の一致を実現するミッションを持っています。彼は私たちに、彼は5月13日に印を求めたと言いました。そして彼は、それはベルナールの奇跡であると私たちに確認しました。サンエチエンヌ(ロワール)のガロ神父も奇跡を強く信じています。私の夫が最終的に信じるようになったのは、目撃者の手紙や写真やアントワネットを通してでした。彼はすべては偽りではないかと非常に恐れていたのです。
 私たちが非常に大いなる信頼をイエズススとマリアに対して持ち続けるのを助けてください。疑わないために、そして私の夫が聖霊によって照らされるように祈りを倍増するために。彼が恩寵を受け取るように。彼が強くなり、私たちを、そして彼の小さなベルナールを落胆させないように、彼が家族全体で祈る意欲を毎日促進するように。彼が私たちに対して忍耐強くあるように。彼が彼の息子を歩かせるように。なぜなら私はとても疲れており、ベルナールは重くなっているからです。さらなる模範、勇気、家族への信頼を示すのは彼でしょう。そして、私たちが聖シャーベルの祈りを正しく行えるように。イエズスとマリアへの信頼と、家族の一致と家庭の愛の、真の祈りと平和の家を保つために。彼が本当に霊魂と肉体の平和を見いだしますように。なぜなら悪魔が絶えず彼とともに私たちを苦しめているからです。私たちは全面的に神の意志に私たち自身をゆだねなければなりません。私たちは主の計画を受け入れなければなりません。私たちの人生の間中ずっと神の摂理によって導かれるままにならなければなりません。私たちの祝福された御母のマントにつかまりながら。
 癒しは、ゆっくりと少しずつ続いています。ベルナールは4歳の子供の筋肉を持っていますが、一方彼は1988年12月9日に12歳になる予定です。そして彼は非常に背が高いのです。彼は彼の筋肉を非常に早く活性化することはできないでしょう。なぜなら社会保険庁は、私たちに週30分しかリハビリを許していないからです。そして彼は、週当たり3時間を、彼の状態に必要な入浴とスイミングプールのために必要としています。私は家で私ができることをやっています。しかし学校では、彼は朝7時から、夕方6時まで椅子に座っているのです。彼は十分な運動を行っていません。そして学校ではすべてがうまくいっているわけではありません。他の子供たちと同じようなコースに彼は従うことができると私は思いました。たとえ少し遅くても。彼はそれにたどり着けると、そしてより刺激を受けるだろうと。しかし間もなく私たちは来年、彼のための学校を見つけなければなりません。ベルナールは障害者と考えられています。そしてその理由のために、社会保険庁は30分以上のリハビリに同意していないのです。私を信じてください。ベルナールが完全に癒されたら、私たちは彼を知っている医者を探しに行き、そして教会の権威者も探しに行きます。一方、私たちは私たちの信仰を増すこと、そして私たちの隣人の信仰も増すことを望んでいます。世界は悪魔によって非常に苦しめられています。
 私の夫と、私たちの次女は11月の4日か5日にサン・ダミアーノに行くでしょう。そして私の3番目の娘は、ベルナールと私とともに10月の最初の土曜日にそこに行きました。ベルナールは天の良き御母とパードレ・ピオの像の前でたくさん泣きました。彼は聖母の庭の周囲の柵につかまったままでした。およそ15分間、彼の足で立って、天の御母の前で。彼にとって、そして私たちみんなにとって何という大きな喜び、そして慰めだったことでしょう。私たちはファチマの医者のところに行くリスクをとることはできないでしょう。私たちは5月13日の巡礼のために二千キロ以上旅行しました。そして信じてほしいのですが、私の夫は私を行かせてくれましたが、それは非常な困難を伴ったのです。労働者の少ない賃金では、そのような遠くに行くことは簡単ではないのです。しかしそれは重要なことではありません。幸福を作り出すのは、健康でありお金ではありませんから。
 あなたの手紙、あなたの祈りに対して感謝します。そして「祈りの一致」のうちに私たちとともに留まってください。あなたと一緒に医師が来ることを望む場合には、ベルナールに関してより詳細な状況を喜んで説明します。(彼の誕生において幾つかの細胞が死にました) あなたから再び手紙をいただくまで、私の手紙があなたに届いたと私は期待します。

マダム・プルヴィー
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 1986年10月、ブラザー・ジョゼフ・フランシスは、聖母とイエズスからのメッセージを受けました。それは、私が、わが聖なる母の配偶者になる予定なので、貞潔によって9カ月の間私は自分自身を準備しなければならないと彼に告げるものでした。1986年12月15日、私はブラザー・ジョゼフ・フランシスからの手紙を受け取りました。それには、私自身とジョーゼット・ハーブに向けられた個人的なメッセージがついていました。手紙とメッセージは以下の通りです。

ブラザー・ジョゼフ・フランシス: 「イエズスは、私たちの聖母とともに、彼らの信仰深いオーストラリアの息子リトル・ペブルにメッセージを与えるためにお話しになりました。そして彼はジョーゼット・ハーブのために犠牲をささげ祈っているとおっしゃいました。ジョーゼットは、全く霊の識別をしていません。そして悪魔が何度か聖シャーベルの姿で現れました。実際、聖シャーベルは私に、他の日に、私はそのことに言及するのを忘れたのですが、悪魔は幻視者としての彼女の役割を失わせるために、彼女を惑わそうとして彼女に現れたのだと言いました。この件について先週電話でリトル・ペブルと話していた時、私は、彼女はインナーサークルから取り除かれるかもしれないと言いました。しかしリトル・ペブルは、電話で、彼女をサークルに連れて来たのは祝福された乙女であると私に言いました。以下は、聖母が話されたことです」

聖母: 「もし彼女が、不従順のうちに傲慢とともに、このやり方を続けるのであれば、『ペブル』は彼女に、彼女はインナー・サークルから取り除かれると告げる権利を持っています。なぜなら、選ばれ得る他の数多くの霊魂たちがいるからです。もし彼女が、彼女が過ちを犯したかもしれないということを認めたくないのであれば。あらゆる人間は欠点を持っています。彼らはあまりにも弱いのです。そしてもし、これまでのように傲慢が染み込むのであれば、そして謙遜がなければ、神はそこにおられることはできません」

ブラザー・ジョゼフ・フランシス:(ジョーゼット・ハーブに)
「心と神の母に耳を傾けて下さい。起こること全てを信じないでください。十字架の聖ヨハネやアヴィラの聖テレジアでさえ、彼らは幻視を受けたと何度も述べています。あなたは見ることの全てを信じない方が良いのです。そしてあなたが聞くことの半分も。あらゆる霊を試してください。なぜならば、敵は決して遠くにいるわけではないからです。霊魂を、とりわけあなたジョーゼット・ハーブのそれをだますために彼の計略を用いるために。私はカナダのあなたの小さな兄弟にすぎません。そして私は注意し、あなたのために心配しているのです。事実、私はイエズスとマリアのみ心からあなたを愛しています。他のことが起こる前に、このこと全てを、もう一度考えてください。……」
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 ミッションは急速に発展していたので、私はオフィスを借りなければなりませんでした。多くの人々が、私を助けるためにやってきました。なぜなら私は一日におよそ百通の手紙を受け取っており、寄付の数は増加していたからです。内的的語らいは止み、幻視が始まりました。時として毎週、さらには毎日。しかしほとんどは、教会の聖人暦の公の出現の日でした。私はまた聖シャーベル修道会の会則と会憲の最初の版の輪郭を描き始めました。1987年5月に世界中を旅行しているとき、私はテキサス州のトランペッターとマルコム・ブロサード神父に会いました。後者は私の新しい霊的指導者となる予定でした。5月21日に、私は私たちの聖母と神秘的結婚において、カトリックの典礼に従って誓いを取り交わして霊的に結婚しました。ブロサード神父が司式なさいました。それは「マリアの柱」のブラザー・ジョゼフ・フランシスによって創立された母院で、30人ほどのメンバーの出席のもとにとり行われました。







第十四章 ポーランドへの旅。1988年。裏切り
【 秘密の計画 】

 1988年5月、メジュゴリエの幻視者たちの幾人かを含む、およそ43人の幻視者たちがファチマに来ました。後で私はポーランドへ呼ばれました。私はゲビッキ神父とスティーブン・チョミッツ、イレーネ・バジャ、アンソニー・ウォーザースプーン、ウィリアムおよびジョアン・プライス、ジェームス・ダフィーを含む他の8名の人々とともにポーランドへ飛びました。ポーランドの他の都市から車でワルシャワに到着すると、私は多くの人々に会いました。ドマンスキー、ズビニエフ神父、ボゼナと呼ばれる幻視者です。彼らは私とゲストのために、ある小さな村での滞在を手配していました。そこでは特別な秘密の儀式が行われる予定でした。
 ゲビッキ神父はこのことを告げられていたのですが、詳細は全く告げられていませんでした。そして彼は、すべてが起こった後で彼の母に会うために出発しなければなりませんでした。二人の幻視者とズビニエフ・ヤンコフスキー神父は秘密の計画を立てていました。私の同意なしに、そして彼らが何を計画しているかを私に告げることなく。ヤンコフスキー神父は幻視者の一人であるボゼナの霊的指導者でした。その国の奥にある小さな教会へと私たちが近づくにつれて、ズビニエフ・ヤンコフスキー神父は、神秘的結婚がその教会で行われる予定であると明かしました。彼が司式者で、ボゼナが花嫁で、私が花婿になる予定でした。そしてこの神秘的結婚は秘密にされ、数人の霊魂たちによってのみ目撃されるべきものでした。それは、小羊と教会の結婚を象徴するものだということでした。ゲビッキ神父は起こった全てのことを受け入れて、儀式を手伝いました。
 私はそれについて何も知らなかったので、そしてそれは私の同意なしに計画されていたので、大変当惑しました。しかし両方の幻視者は、それが神からのものであると、ズビニエフ・ヤンコフスキー神父の同意とともに同意しました。私はドマンスキーとズビニエフ・ヤンコフスキー神父を非常に尊敬しており、彼らに対して疑問を抱いていなかったので、私はそれを進めました。しかしながら、私は非常に混乱し当惑しました。外国にいて言葉がわからなかったので、私はなすすべがありませんでした。儀式は非常に単純なものでしたが、単に象徴的なものでした。しかしながら夜になると、私は関係者全員から、これが私の霊的な新しい妻であると告げられました。そして私は、彼女と一緒に寝なければならないと言われました。私は深刻に混乱し、そして深夜が近づくにつれて、私は廊下とトイレを2時まで歩き回りました。神に光を求めながら。私の天使は、ただ「あなたは後で理解するでしょう」としか言いませんでした。私はベッドに行くこと、あるいは寝ることを望みませんでした。他の関係者たちは女性のいる隣の部屋にいました。その女性に私はその日以外には全く会ったこともなかったのです。その女性はその部屋で私がベッドに来るのを待っていました。私は彼女の部屋に入りました。しかし全員が私を見ることができるように道は開けたままにしておきました。問題の女性は私に彼女の主張を押しつけようと試みました。しかし私は抵抗し、言いました。「いや、これは神からのものではない!」
その朝7時、聖母と主はドマンスキーと私に出現なさいました。そして、私はよく識別したとおっしゃいました。そして私はアブラハムのように、非常に大きなテストにかけられていたのだとも言われました。私の従順と信仰によって私は二度と大罪によって神に反逆しない恩寵を与えられました。この場所を離れた後で、私はドマンスキーに、なぜこのことを進めたのかを尋ねました。彼は、それが正しいと信じたからだと言いました。しかし、これについてどのようにすべきかを知らなかったのです。次の年、ドマンスキーがオーストラリアに来たとき、この神秘的結婚が行われたのは神からのものではないと私に明白にし、そしてその全てのことについて謝りました。しかしながら司祭とボゼナはそれが真実のものであると主張し続けました。
 何年か後に、私のゲビッキ神父は、この状況を写真などを用いて私を攻撃するのに使いました。今日に至るも、ボゼナはそれが真実であると主張しています。私が彼女に、それは悪魔からのもので神からのものではないと忠告したにもかかわらず。そこにいたすべての関係者と同様に、私は行ったこと全てについて証言します。ポーランド訪問の後、ローマへの旅行で、ゲビッキ神父と他の人々は、修道会に関する文章を聖庁でガランテ司教に提出しました。

【 世界旅行 1989年 】

 1989年は、聖母のミッションを固めるためのもうひとつの旅行の年となりました。2月にステファン・チョミッツと私はアジア、ヨーロッパ、アメリカへ向けて出発しました。この旅行は3週間続く予定でした。そしてその目的は、海外での私たちのミッションの平和と調和と理解をもたらすこと、そしてミッションの支持者たちによって非常にしばしば表明されている困難やいろいろな問題を処理することを助けることでした。多くの人々が彼らの教区において大きな迫害を経験していました。第一に、ナウラの聖母の出現の支持者であることを知られることによって、第二に、ひざまずいて舌で聖体拝領することを試みることを妨害されることにおいて。第三に、共同体はその胚胎期にあったので、これらの新しい共同体を堅固な基礎の上に据えるために、多くの助言と指導が必要とされていました。
 旅行は2月24日に始まりました。最初の目的地はシンガポールでした。シンガポールは、日本やインドやマレーシアや中国や周辺国に対する聖母のメッセージ配布の中心地でした。ここでは群衆は過去よりも小さなものでした。しかし人々は彼らの信仰において非常に強力でした。私は一人の若い幻視者と二人の恵みを受けた霊魂に会いました。そして私は彼らのミッションにおいて私たちの聖母のお望みに従って彼らを支援することができました。当時、ルフェーブル大司教の問題が持ち上がっていました。そしてそれは多くの混乱と躊躇を引き起こしていました。なぜなら破門の脅威は非常に現実的な懸念だったからです。
 シンガポールから私たちはスイスへ飛びました。そしてチューリヒに到着すると冬が始まっていました。雪が降り始め、今度は気温が劇的に下がりました。この状況は極めて顕著でした。ここにおいてと同様にオーストラリアにおいてさえ気象パターンは非常に異常なものでした。ヨーロッパ大陸は、ほとんど冬の季節を終えていました。そして穏やかな春の気候を経験し始めていました。スイスはヨーロッパの中の非常に美しい地域ですが、私はその国における顕著な変化に気付きました。景観の点においてというよりも人々の道徳性においてです。多くの店や建物に落書きが書かれていました。いたるところにポルノショップがありました。そしてほとんどの人々の服装は慎みのないだらしないものになっていました。善良で完全で清潔であったものが、何か醜く不完全なものになってしまったと私に思わせました。このことはヨーロッパのほとんどの地域について言えることですが、とりわけそれはスカンジナビアにおいてあてはまります。極めて美しい教会で日曜日のミサにあずかったおり、私たちは精神を高揚させる一時を持ちました。私の旅行の前に、私はドイツの雑誌「サンデープレート」の副編集長に手紙を書いていました。その雑誌にはスイス版がありました。その雑誌は大部数を流通させており、オーストラリアの御出現に関する記事を載せていました。副編集長はおよそ30名のグループを集め、私たちはホテルのダイニングルームに落ち着き、そこで何時間も話しました。編集長にしてその新聞の所有者である人が私たちに加わりました。銃撃を含む騒動が窓の外で起こったにもかかわらず、私たちは非常に喜ばしい午後を過ごしました。
 次の日私たちはハンガリーへ飛びました。そこはいまだに共産主義国家ですが、人々は彼らのカトリック信仰を維持しており、信者は数多くいました。私たちはブダペストで3日間を過ごし、国中から多くの人々が話すためにやってきました。私はハンガリーの中心的な大聖堂で話しました。そこは私たちの聖母にささげられていました。以前の王たちは、ここで戴冠したのです。そしてブダペストの司教はここに彼の座を持っていました。私たちのホテルは、歩いていける距離にありました。その地区は非常に美しく、以前は貴族たちが住んでいたところでした。大聖堂の主任は御出現の支持者であり、非常に聖なる人でした。彼はブダペストの聖ヨハネ・ボスコとして知られていました。戦争のときに彼は、はぐれた子供たちや孤児たちのために家をを作っていたからです。共産主義者たちが権力の座についたときに、彼らは彼の家と学校を閉じました。主任は、大聖堂の私たちの聖母の礼拝堂でミサを準備しました。その後で私たちは、泉の聖母の出現地に行きました。これは第二次世界大戦の間に破壊されていましたが、この熱意ある司祭によって再建されていたのです。訪問の後、私たちは聖ステファンのバジリカを見に行きました。そこでは彼の腐敗していない聖遺物が崇敬されていました。彼の祝福された聖母への偉大なる信心によって、彼の国を彼女への贈り物として捧げたのは聖ステファンです。そしてそれ以来、聖母はハンガリーを彼女の国と見なしてきておられます。彼女を讃えてアンゲルスを唱えることを始めたのもこの偉大なる聖人です。
 聖母のメッセージは、この国で禁止されていますが、聖シャーベルの祈りの家は何百もあります。情報は口伝えで伝えられました。説明できない、いくつかの理由によって、この国への私の到着はラジオ・ブダペストによって報道されました。私たちは講話を行うためにもうひとつの教会を訪れました。そしてここでは群衆は通りにまであふれだしました。ここの司祭は「愛の炎」という信心の、エリザベスという幻視者の霊的指導者でした。そして彼女はつい最近亡くなったばかりでした。彼女は、私と私のミッションと一致してきていました。そして天から私についてのメッセージを受けてきていました。もう一人の幻視者アンナは彼女からミッションを引き継いでいました。私たちがハンガリーを訪れたとき、ブダペストの大司教がローマに行って、聖シャーベル修道会が認可されるように申請しているということ私たちは知りました。これは私にとって大変な驚きでした。なぜなら私は彼に支援を求めたことは決してなかったからです。主任は再び次の日に大聖堂におけるミサを準備しました。その聖堂は、その音響によって世界中に知られています。私は美しいオルガンの音楽とともに祭壇のそばの司会者席に連れていかれました。そして空港に向けて出発するまでの間しばらく私は人々に話しました。
 私たちはドイツへ飛び、ミュンヘンに着陸しました。私は私の故郷に帰って来るといつもワクワクします。そしてとりわけこの非常にマリア的な街に来ると。それは法律によって私たちの聖母にささげられています。事実、すべてのババリア地方は彼女に奉献されています。私たちは、素晴らしい聖ペトロ教会を訪れました。それはすべてブロンズと金で飾られていました。そして幻視者レネート・ウルバンと会った後で、私たちはアロッティンの聖母の聖堂へ行きました。
 私たちはカナダに向かおうとして、3日間を過ごしましたが、悪天候が私たちを遅らせ続けました。私たちは、ニュー・ブランズウィック、セントジョンの聖シャーベル共同体に滞在しました。これは37名のメンバーをもつ大きな農場です。そして私たちはとても楽しい数日をここで過ごしました。そこを離れて私たちはトロントでさらなる会合を持ちました。その会合はロマン・ホープ神父によって組織されました。彼は神の慈悲についての美しい雑誌を発行していました。それは50万人の読者に流通しており、箱舟の聖母の出現についての記事を載せています。トロントにいる間、私は非常に聖なる幻視者、ヴィンセンチアという名前のイタリア女性に会いました。彼女は、私たちの主の目に見えない聖痕を負っていました。そしてそれが10年間続いていました。私は彼女の家での祈りの会合に出席しました。そしてここで彼女は毎週土曜日、彼女のグループとともに、リトル・ペブルと彼のミッションのために祈っていました。彼女は、教会のための犠牲の霊魂です。そして私に関する数多くの私的なメッセージを受け取ってきています。私はすでに2年間にわたって彼女と知り合いでした。彼女とともに祈っていると、私は聖母を見ました。そして彼女は脱魂状態になりました。それから私は私たちの主が十字架上に出現なさるのを見ました。そして彼女は私たちの主の受難を経験し始めました。私たちの主が苦しんだ全てのことを彼女は苦しみ、このことが起こっている間、私は私の手を、彼女を支えるために、彼女の頭の下に置いていました。私は彼女を見ながら、もはや彼女を見ているのではなく、彼女の中のイエズスを見ていました。そして非常に悲しみを覚えました。私は私の頭を彼女へ近づけ、そしてささやきました。主よ、私はあなたが厳しい時を経験しておられるということを知っています。しかしどうか私にあなたの受難を与えてください。私はあなたが苦しんでおられるのを見ることに耐えられません。あなたがそれを引き受けられるよりも、むしろを私にそれをお与えください。私に苦しみを与えてください。イエズスは頭を巡らし、そして私を見つめられました。そして彼は彼の母を見降ろされ、そして再び私を見ました。そして彼は次の美しい言葉を述べられました。それは私が生き続ける限り私の心の中で鳴り響き続けるでしょう。「婦人よ、見なさい、あなたの息子です」 そして彼は私を見て、そしておっしゃいました。「子よ、見なさい、あなたの母です」 イエズスはそして天を見上げられて叫ばれました。「私の父よ、あなたの愛する息子をご覧ください。彼のミッション、彼の仕事を祝福してください。なぜなら彼はあなたに属するからです」 それからイエズスは彼の最後の言葉をおっしゃいました。「父よ、あなたの手に私の霊をゆだねます」 そして亡くなりました。私はイエズスの手に掴まっていました。それは、木の十字架に釘付けられていました。そして彼の手が釘付けられていたにもかかわらず、彼の指は私の指を包み、私の手は彼の心へと運ばれました。もちろん私の心は悲しみで破れていました。そして人は、私たちの主の苦しみを想像することができないでしょう。それを経験したり見たりしない限りは。そしてこのことは数多くの機会において私に起こったことです。幻視者が彼女の脱魂状態から出てきたとき、私は彼女を痛みから解放するために何度か祝福しました。
 私たちは、オーストラリアへと戻るまであと3日間旅行しました。悪い天候のために起こる、いつもの遅れです。バンコクからのオーストラリアへの私たちの最後の行程は8時間の連続的なコースでした。そしていつものように、私は疲れはてて家にたどり着きました。しかし旅行の成功で満足していました。

【 ドマンスキーはオーストラリアを訪れる 】

 1989年、彼はポーランドからオーストラリアやってきました。彼は何年にもわたって私と一致してきていました。私は彼とともに世界中を旅行しました。彼は私がカナダを離れた後、私から離れました。なぜなら彼は、共産主義者の国から来ていたので、西側世界の国に出てきたことがこれまでなかったからです。彼は、彼の国とオーストラリアの環境の違いのために大変つまずきました。あまりにも違うので、彼は、私たちの生活水準とメッセージを受けていることがそぐわないものだと考えたのです。このことを彼は疑い、それで彼は離反しました。私の友人であるゲビッキ神父は同じくポーランドの出身で、聖シャーベル修道会のメンバーの一人でしたが、彼に従うために私を離れました。ドマンスキーは今、教会からの強力な支援を得ています。しかし私に関する言及はなされていません。1989年は非常に意義深い年でした。なぜなら私は世界を非常に広く旅行したからです。ハンガリーのような東側の諸国まで。
 ポーランドは何世紀にもわたって神と彼の聖なる母が訪れてきた、もっとも恵まれた国です。このマリアの時代において、ここにおいて数多くの幻視者たちが立てられてきています。とりわけ1970年代と80年代において。彼らの多くは私と一致していました。私はこの章において、より知られている幻視者たちの何人かに言及しておきたいと思います。そして彼らと私のミッションとの関係についても。
 ドマンスキーは1934年に東ポーランドで生まれました。彼は一度深刻な事故に遭い、それによって彼の体の右半分は麻痺してしまいました。しかし聖母の取り次ぎによって、彼は奇跡的にいやされました。1983年6月以来、彼は天からのメッセージを受けてきています。彼への御出現の場所はオラワにあります。それはブレスラウから25キロ離れた町です。私たちの聖母は彼に、彼は神の力を通して癒されたのですと告げられました。そして今や彼は他の人々を神の力によって癒すでしょう、と。彼は、彼の家の近くの小さな礼拝堂において私たちの聖母から定期的な御出現を受けました。そしてある時、何千もの人々がこの場所での祈りに参加しました。権威者たちはそれが非合法なものであると宣言して、この集まりを非難しました。そして幻視者は一度ならず牢屋に入れられました。彼はポーランド中で、偉大な癒し手として知られています。そして私は彼のことをキリストにおける兄弟として愛し、尊敬するようになっていました。私は何度も彼とともに旅行し、彼は私たちのオーストラリアに来て、私たちの共同体を訪問しました。彼は私と1986年から1989年にわたって一致していました。1989年に突然彼は私とのつながりを断ち切り、公に「私の誤謬」について批判したのです。私は彼に、聖母ご自身によって彼はリトル・ペブルを擁護するためにオーストラリアに来るように、そしてオーストラリアのミッションを、それが経験している迫害のために、強めるように告げられたのである、と手紙を書きました。私は、彼がこのことを忘れてしまったことに、そして反対の立場をとって今や私の迫害者の一人になったことに当惑していると彼に告げました。私は私の友情を彼に広げ、私が再びポーランドに行くときに彼に会うことを期待していると述べました。彼は間違ったメッセージを広め続けました。そしてポーランドの信者の何人かがそれらを私に送ってきました。私は、彼の非難を反駁しなければならないと決心し、そして実行しました。1989年の11月26日の彼のメッセージは次のように言っています。「『リトル・ペブル』はあなたの国にいた。彼のメッセージにおいて、彼は私たちの主イエズスが信者たちを脅かしていると信じさせている。イエズスは決して人を脅かさない」 私はすでに述べましたが、これは、ばかげた主張です。なぜならイエズスとマリアは人々を神に立ち返らせるために話に来ておられるからです。聖書の言葉は、神の警告で満ちています。彼はまた、認可されるまで、聖シャーベル修道会の修道服を着ることは非合法であると主張しました。これは教会法によって非合法ではありません。彼はまた、私の「振る舞い」を批判しました。しかしながら、天からの彼自身のメッセージの4年の間にわたって、彼は私の振る舞いについて文句を言ったことはなかったのです。疑いもなく、彼は識別を失ってしまい、邪悪なものが私たちの間に分裂を引き起こそうとしていることを理解できなかったのです。私の公の手紙は彼の逸脱を説明しています。そして彼のために祈ることを求めています。以下に私は、彼とポーランドの人々への私の公式の手紙の全文を載せます。

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1989年6月16日
親愛なる兄弟ドマンスキー、そしてポーランドの皆さんへ。
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 5月13日のカナダにおいてドマンスキーに与えられた最近の公のメッセージに応えて、この手紙を書くように私は指示されました。第一に、私はポーランドの人々に、信仰と希望を失わないように勧めます。なぜなら今は、聖書において言及されている時代、善と悪の霊魂の戦いの時代だからです。ドマンスキーの出現に信仰を失わないでください。なぜならそれは真実のものだからです。しかしながら彼は他のすべての幻視者たちと同様に大いなる試練のもとにあり、時として、霊が識別されないならば、つまずくこともあり得るのです。
 親愛なるみなさん、あなた方自身と同様に、彼に5月13日に与えられたメッセージについて聞いたとき、私は衝撃を受けました。たった5日前に、4週間の連続した彼との旅行の間、オーストラリア、日本、アメリカ、カナダにわたる旅行の間、私たちはともにイエズスとマリアからメッセージを受け、私たちが、お互いのミッションの正当性を証するために世界中をともに旅行することが重要であると主張するメッセージを受けてきたというのに、どうしてこのようなことがあり得るのでしょうか。オーストラリアに帰ってきて、私は6月にポーランドに旅行する準備を始めました。オーストラリアに帰ってきて5日後、私はまだその時カナダにいたドマンスキーからの手紙を受け取りました。その手紙は、リトル・ペブルは6月にポーランドに来てはならないと告げていました。これは、それまでの週における彼自身のメッセージとの全面的な矛盾でした。
 イエズスは1989年6月15日、聖体における彼の現存の前で私に説明なさり、人々とドマンスキーが真理を知るように、この手紙を書くよう私に指示なさいました。ドマンスキーは善良な聖なる人であるが、彼は彼の無意識によって邪悪なるものからの影響を受けたのであるとイエズスはおっしゃいました。そして5月13日のメッセージは、以前に与えられたどのメッセージにも反しているように、天からのものではない、と。イエズスはさらに、ドマンスキーはシカゴにおいて5月1日の朝にアメリカでリトル・ペブルに与えられたイエズスのメッセージに十分注意深く耳を傾けなかったと指摘されました。その中でイエズスは、西側諸国によってつまずいてはならないと彼に告げるようにおっしゃっていました。なぜなら彼は間もなく西側諸国によって迫害されるが、落胆してはならない、と。彼の潜在意識は影響を受け、かくして偽りのメッセージか与えられたのであると主はおっしゃいました。イエズスは、彼に光が戻るようドマンスキーのために祈るようにおっしゃいました。イエズスはまた4月15日オーストラリアでドマンスキーに与えられたメッセージのことを私に思い出させました。その中でイエズスはおっしゃいました。リトル・ペブルは彼を試すために非常にひどく攻撃されるであろう、と。これはそのことである、しかし私はそれに打ち勝つであろうとイエズスはおっしゃいました。
 イエズスはさらに、現在のポーランドのすべての幻視者たちはドマンスキーの指示に従ってはならず、ドマンスキーが公に誤りを撤回するまでリトル・ペブルと一致し続けなければならないとおっしゃいました。しかし彼のために祈り続けないといけないとおっしゃいました。私のカナダからの出発以来、ドマンスキーのメッセージにどのように大きな矛盾が発生したかを示すために、私は彼がオーストラリアにいた間に受けたすべての彼のメッセージを、そして彼の最新のメッセージを印刷しなければならない、と。イエズスはまた、私は間もなくポーランドに行くであろうとおっしゃいました。彼は私とポーランドの人々を祝福なさいました。
 リトル・ペブルは将来の教皇となるであろうと告げた1987年6月のメッセージ以来、リトル・ペブルはいかなる真のメッセージも受けていないとドマンスキーは今主張しています。しかしながら彼は、1988年に私がポーランドにいたとき、そしてその以前、1988年に8月に私たちはともに多くのメッセージを受けながら旅行したということを忘れているようです。そしてまた彼は、教皇職に言及したリトル・ペブルに与えられた最初のメッセージは1985年5月21日のものであるということもほとんど分かっていないようです。この同じメッセージは、1985年4月19日に教皇に与えられました。私たちの聖母によって指示された通り。両方の場合において、最近の彼のメッセージは矛盾しています。覚えておくべき最後のことは、教皇職に関してリトル・ペブルが受けたメッセージは、ドマンスキー自身を含む世界中のほとんどの幻視者たちによって確認されてきたということです。
 世界中において、最近数年間を通して、イエズスとマリアは幻視者たちに一致するよう、とりわけリトル・ペブルと一致するよう指示を与えてきておられます。ドマンスキーもまたそのようなメッセージを受け、それらに素早く従ったのです。今や最後の旅行の完了の5日もたたないうちに、彼はリトル・ペブルに反対してそれらの真実性を攻撃する逆のメッセージを受け取ったのです。親愛なるみなさん、これは天からのものではあり得ず、あらゆる幻視者とマリアの働き手の一致を破壊するために悪魔的な影響力によってもたらされたものであるということが明白に見てとれるでしょう。私はポーランドの親愛なる皆さん、そして世界の皆さんにお願いします。しかし、とりわけへ幻視者たちに。一致してください、そしてもっと祈ってください。そうすれば悪魔は逃げさるでしょう。ドマンスキーとすべての幻視者たちのために祈ってください。教皇と教会のために祈ってください。あらゆる善意の霊魂たちの一致のために祈ってください。そしてすべての最後に、私のために祈ること覚えておいてください。私はポーランドの人々に間もなく会うことを期待しています。真実と忠実の旗印のもとに、皆に一致するように告げるようイエズスは私におっしゃいました。ドマンスキーとポーランドのすべての幻視者とポーランドのすべての人々の上に神の祝福を祈ります。
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【 ゲビッキ神父の弁明 】

 以下は1989年10月、修道会の雑誌「マリアのユリ」に載せられた、ゲビッキ神父による聖母の支持者たちへの公開書簡です。それは次のような見出しをもって始まっています。「リトル・ペブルは正しかった。私は間違っていた!」
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「もとキリスト会の司祭として、私はリトル・ペブルと彼の天のミッションに1987年6月以来関係してきました。1988年6月に私はナウラの西12キロところに位置している聖地に引っ越しました。なぜなら私は、箱舟の聖母の出現を信じており、リトル・ペブルを神の人と見なしていたからです。この単純で謙遜で愛徳深い聖母のミッションの召使は、人類の救済の歴史において神の「道具」となるために、神によって選ばれています。
 イエズスと彼の祝された御母と数多くの聖人たちは、リトル・ペブルへの彼らの目に見える印を伴う御出現を通して、私たちをもう一度福音のメッセージへと目覚めさせようと試みておられます。とりわけ、祈りと償いの必要性を強調しつつ。しかしリトル・ペブルのミッションを通しての神の慈悲深い深い救済の計画の焦点は、人類に近い将来において待っていることに関して告知することです。数えきれない機会において、祝された乙女マリアは、世界統一宗教と世界統一政府を反キリストの指導のもとに建てようとする悪魔の試みがあるであろうということを人類に思い出させてきました。彼の名前すら明かされています。ロード・マイトレーヤです。多くの預言によると、いつか彼は登場して次のように言います。「私はイエズス師である」 この「イエズス師」は言うでしょう。「さて、お前たち、すべてのキリスト教とすべての教会の構成員たちよ、進み出てロード・マイトレーヤをあがめよ」
 とりわけ、ナウラにおける天の出現は、第二バチカン公会議以来の現代主義的な変更、手による聖体拝領や、信徒によるイエズスの最も聖なる聖体の配分は、天によって受け入れられていない、ということを私たちに告げています。この冒涜的な実践は、西側のいくらかの反抗的な司教たちによって導入されました。なぜなら、聖なる教皇にして殉教者であるパウロ6世は次のように言っているからです。「悪魔の煙が教会に入った」「悪魔の煙」は現代主義、世俗的な人間主義、共産主義を象徴しています。それらによって悪魔は、ペトロの岩の上に建てられた真の教会とは似ても似つかない、人民の上に建てられた新しい教会を作り出してきているのです。メッセージが私たちに警告するように、悪魔はイエズス・キリストの教会を破壊しようとする試みを進めるでしょう。聖ペトロの座に反教皇を据えることによって。
 この危機の時代の間に、イエズス・キリストの真の支持者たちは天によってのみならず、キリストの真の代理者である教皇聖下によっても、頻繁な告白および聖体拝領のような伝統的な実践へと立ち戻るように呼ばれています。聖なるロザリオの毎日の祈り、私たちの主を舌で、ひざまずいて拝領する伝統的なやり方への回帰とともに。1988年5月に私は聖シャーベル修道会に加わりました。この修道会は、天の求めによってリトル・ペブルによって創立されたものです。この修道会は天の認証に基づいて現在存在することができます。過去において聖フランシスコの修道会やほとんどの昔の修道会がそうであったように。1988年10月、修道会の会則会憲の最新の文書がカナダ出身の司祭ブレ神父によって、そして私自身によって、修道・世俗会聖省と教理省へ提出されました。唯一の聖なる使徒継承の教会と私たちの一致と、彼女への忠実を確証するために。10月10日、ポーランドの人々のための特別な謁見の間に、私は教皇に近づいてポーランド語で修道会の困難な状況について話す機会を持ちました。聖なる教皇は尋ねられました。「修道会の名前は何といいますか」 私は答えました。「聖シャーベル修道会です。リトル・ペブルが創立者です。あなたの特別な祝福をお願いできますか?」 教皇は祝福を与えられ、おっしゃいました。「神があなたがたを祝福なさいますように」
 聖シャーベル修道会は、第一部門の司祭、第二部門の男女修道者、第三部門の信徒から構成されています。修道会の中心的な目的は、神の御言葉を全面的に生き、説教することによる教会の再福音化、東方と西方のキリスト教の一致と和解、「最も基本的な単位としての教会」としての家庭の促進、祝された乙女マリアへの真の信心の促進です。現段階において、構成員は、さまざまな国や文化の出身者たちで構成されています。しかしながら、それぞれの人は、彼らの違いにもかかわらず、他の人々を尊敬しており、共通の善のために彼らと共に働いています。人間的に言えば、それは不可能な仕事に見えます。しかし皆は目的を持って一致しています。すべての個々のメンバーたちは、彼らの人生における様々な状況や出来事を通して、ここに来るように呼ばれました。ほとんどの人々は、この共同体に住むように神が彼らを選ばれた、という内面的な確信を経験してきています。この共同体は非常に特別なものです。神と祝された乙女マリアのより大いなる栄光のために、ひとつの心、ひとつの魂、ひとつの霊魂、ひとつの目的があるからです。
 私はこの説明を、以下の理由のために書いています。私は今年5月の初め、この共同体における生活の特質を忘れ、突然にそして予期されることなく、4カ月にわたって修道会を離れたのです。起こったことについての私自身の説明を与える代わりに、私は1989年6月21日に私に与えられたリトル・ペブルの手紙の一部を引用しましょう。「第一に、わが愛する司祭の息子よ。あなたは何をしたのですか。なぜこのような決定をあなたはしたのですか。それは私に衝撃を与え、私を大変深く傷つけました。まず最初にドマンスキーからのメッセージが非常に私に衝撃を与えました。とりわけへこれらのメッセージが、私がカナダを離れてから、たった数日後に与えられたものだったからです。それからあなたが旅行している間、私はポーランドに来てはならないというニュースが入りました。これもまた矛盾です。神父様、私はあなたに大変失望しました。あなたがまだポーランドにいる間1カ月間が過ぎましたが、あなたからは何の知らせもなく、それから私に告げることなく、あなたはオーストラリアに到着しました。そしてさらに悪いことには、あなたは何も知らせずに聖地にやってきて、あなたの荷造りをしたのです。私が到着してみると、私はあなたに会えて大変うれしかったのですが、あなたがいかに動揺しているかに私は気づきました。それからあなたはたった15分間だけ私に話して出ていったのです。私はあなたにとって年上の、しかしより若い父のようであり続けたことをあなたが考えるとき、1年半にわたってあなたが天から大変よく面倒を見ていただいたというのに、かくも多くの奇跡や証明の目撃者であったというのに、あなたが話した全ては『私はここを去る』というものでした。話すための時間はありませんでした。『私は行かなければならない』 まるで、私が伝染病を持っているかのように。ドマンスキーのことも非常にショックでしたが、あなたが私たちを離れていくのはさらにひどいことです。……」
 そうです、私は、創立者が描いた通りに行動したのです。しかしながら、私はポーランド人幻視者ドマンスキーに与えられた偽りのメッセージの強い影響下にあったので、そのように無責任で性急な決定をしてしまったのです。さらに、聖職者からの並外れた圧力がそれに加わりました。以下に私は、1989年5月13日以来ドマンスキーが受けたメッセージからのいくつかの抜粋を、そして彼が以前に受けたメッセージとの矛盾を提示したいと思います。1989年5月14日、トロントで彼に与えられたメッセージには次のように言われています。「リトル・ペブルは(将来のキリストの代理者としてのミッションに関するメッセージである)1987年6月27日まで真のメッセージを受け取っていた」 1989年5月14日と5月13日のドマンスキーのメッセージによれば、1987年6月27日以降のリトル・ペブルのメッセージは悪魔からのものであり、その時以来彼は堕落してしまった、というのです。しかしながら、1987年10月7日にドマンスキーは以下のメッセージを受けています。「わが子よ、あなたとリトル・ペブルは最も偉大な使命を持っている。あなたがたは、教会を通して人々に神へと向き直るよう告げなければならない。それはあなたがたにかかっている」 そして1989年1月13日のドマンスキーのメッセージには次のようにあります。「わが息子よ、あなたはリトル・ペブルと一致しています。イエズス・キリストと箱舟の聖母が、あなたに示した道をたどり続けなさい。わが息子よ、このミッションは世界中においてリトル・ペブルのメッセージを確証するでしょう。あなたはここに来なければなりません。そしてあなたは困難に会うでしょう。しかしあなたはすべてのことに打ち勝ってきました。なぜならわが息子と私はあなたとともにいるからです。世界中に神の言葉を広めるために、リトル・ペブルとともに進み続けなさい」 4月15日に、メルボルンでドマンスキーは以下のメッセージを受け取りました。「……リトル・ペブルはわが僕である。彼は、イエズス・キリストが彼に示した道に従っている。わが息子よ、彼、リトル・ペブルはまだ迫害されるであろう。しかし彼に、わが母と私が彼に示した道を歩み続けるよう告げなさい。あなたとリトル・ペブルはメッセージを受け取った。これらのメッセージは世界中に広められなければならない。あなた、わが息子が、このオーストラリアにいたということをすべてのものが知るために」
 これらのメッセージにおける矛盾は非常に明白です。にもかかわらず、当時のこれらのメッセージに関する私の識別は、正しくなかったということは悲しいことです。その理由のために、私はこの機会を利用して、神と人に対する私の深刻な背反を公に認めます。私は「その人を知らない」(マタイ7:72)と言ってイエズスを否定した聖ペトロのように感じています。私は、聖母のミッションにおいて、あらゆるものを父親の愛情から受け取っていた、聖書の「放蕩息子」のように感じています。心の中で、「放蕩息子」として、もはや私は息子と呼ばれることを望んではいません。私は創立者の信用を裏切り、わたし自身の利益のための障害と見なしたのです。第一に、私は神に向かって赦しを求めます。私は祝された乙女マリアに、彼女の出現地におけるミッションを見捨てたことへの赦しを求めます。私はリトル・ペブルと修道会の司祭たちと共同体の皆さんに、このように性急で無責任な決定をなしたことを謝りたいと思います。特別な仕方で、私はウォロンゴングの司教ウィリアム・ムレイ司教に、又その他の聖職者たちに、リトル・ペブルに関する誤解に導くような情報を与えたことに関して、彼らの赦しを求めます。それに加えて、私がかつてそのメンバーであった組織への再入会を私が求めたとき、私の申請は拒絶されました。これもまた印でした。神はその慈悲と愛のうちに、私がそこにとどまることは彼の意志ではないと告げておられました。私は皆さんに、修道会からの4カ月にわたる分離は暗夜のようであったことを告げたいと思います。そして私の善良な創立者が私に会うために走ってきた日は、私の人生において最も幸福な日であったということを。私は聖母のこのミッションに対して死んでいたのですが、突然、まさしくその日、私は新しい人生を生き始めたのです。なぜなら私は失われていたのですが、私は自分の司祭としての、そして修道士としてのアイデンティティーを見いだしたのです。私は盲目になっていたのですが、今や再び見ることができるのです。放蕩息子として、私は聖シャーベル修道会に告げます。「私はあなたがたに対して罪を犯しました。もはやあなたがたの息子と呼ばれる資格はありません。私をを召し使いとしてください」
 私は、私の離反の根本的な性格を完全に自覚しています。聖書にあるように、父親の喜びがありました。彼はひとつの理由のために喜びました。なぜなら放蕩息子は永遠に彼の息子だからです。父親の歓迎と喜びと慈悲深い赦しのうちに、私、放蕩息子は、わが霊的な父親の愛を発見し、そしておそらく初めて、息子であるということは何を意味するかということを経験しました。箱舟の聖母のミッションの支持者たちに、そして全世界に次のように告げることが、修道会に戻って以来、緊急のことになっています。私はそれを私の心深くに感じています。「リトル・ペブルは正しい。私は間違っていた!」 たとえ話にあるように、私は、聖職者と神の民に対して、この謙遜な人に関するあなたがたの考え方を改めるように求めてアピールします。彼は神の人です。彼は全能の御父の御旨を成し遂げるために選ばれたのです。私がやったように、時が来る前に彼を裁かないでください。リトル・ペブルのミッションは、すでに多くの印と不思議によって正当化されています。さらに多くのものがこれから起こるでしょう。最終的に、リトル・ペブルの天のミッションは世界に提示され、地上におけるキリストの代理者ヨハネ・パウロ2世、私たちの時代の最も偉大な幻視者の一人によって承認されるでしょう。

 ミロスラフ・ゲビッキ神父
 箱舟の聖母のミッションにおける価値のない下僕
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 ゲビッキ神父は、両腕を広げて共同体に再び歓迎されました。彼は共同体のメンバーたちによって大変愛されていたからです。悲しいことですが、彼の改心は数カ月間しか続かず、彼は聖シャーベル修道会を見捨てて再び共同体を離れました。彼はここ10年間にわたって私と連絡をとっていません。

 私はここで私の生涯の物語の第一巻を終えたいと思います。そしてこの本を善意のうちに読む人が、それがそうであるところのもの……神の、私たち全員に対する大いなる愛の認識。この悲劇的で苦しめられている私たちの生きる世界における真理の灯台……として受け入れるよう、照らされるように祈ります。私はすべての清い意向を持つ人々に神の祝福を祈ります。神の最も聖なる母の言葉を受け止め、それらを彼らの人生において実行する人々に。彼らの心において、天の元后の勝利が明らかにされるように。



付 録
【 教会認可 】

 1999年4月の終わりにかけて、この私の人生の物語の第一巻が印刷者の手にあったとき、私は西ドイツ、ボンのバーソロミュー・シュナイダー司教閣下から連絡を受けました。オーストラリアにおける「箱舟の聖母、我らの御母聖マリア、キリスト信者の助け」の御出現への全面的な信仰を表明したのは、この新しく叙階された伝統的な信条を持つこの30年間で最初の司教でした。彼は何年にもわたって私のミッションを信じてきており、私が天から受けたメッセージを真実のものであり、信用に値するものであるとして受け入れてきています。彼は私を「終わりの時代」のための預言者として、カトリック教会の歴史における最後の教皇として支持しています。この善良な人は、1998年11月に私に連絡をしてきました。彼の司教への叙階において、彼は、私によって創立された聖シャーベル修道会がカトリック教会において認可される手続きを始める意図を持っていること、そして彼自身が修道会の保護者としての役割を担うつもりであることを告げるために。この歓迎すべきニュースはとても励みになるものであり、世界中の修道会の共同体のすべてのメンバーたちに大いなる希望をもたらしました。これは私たちの聖母のための大いなる勝利でした。なぜなら彼女自身が、このことが起こるであろうと預言してこられたからです。そして修道会は終わりの時代において真理のための光の灯台として世界中に広まるであろうと。
 シュナイダー司教は聖シャーベル修道会を認可しましたが、ローマによるその認証を妨げる多くの障害物と困難が彼の道におかれました。彼は認可の手続きに於ける5カ月間の遅れの理由、そして彼が出会った問題を私に説明しました。シュナイダー司教は、他の司教たち、司祭たち、信徒たちからの激しい攻撃にさらされました。彼らが、彼の私、リトル・ペブルとの関係に気づいた時に。過去数カ月において、彼は無慈悲に迫害されてきています。そして彼自身の修道会を創立したときに彼を支援した人々によってさえも。40年の歴史を持つこの修道会は、スペインの枢機卿によってカトリック教会の中で認可されています。私との同盟のために、彼の「支援者」のほとんどは、彼らの財政的支援を打ち切り、297人の司祭・修道士、195人の修道女、68の修道院を持つ修道会を運営するために必要とされる資金の98%を彼から奪いました。この財政的危機に加えて彼自身の修道会内部での問題は、彼の健康に影響を与え、そして彼は病気になりました。私はしっかりするように、落胆しないように彼を励ましました。そして彼はこれ以上の遅延を許容しないことを決意し、ローマのラッツィンガー枢機卿に彼の立場を明らかにし、攻撃と戦うために彼に利用可能な行動のコースについてアドバイスを求めることを決心しました。彼は彼自身の修道会に対して彼の立場を明白に告げました。そして彼の行動方針に対して反対する人々に、彼らは自由に修道会を離れてよいこと、しかし、いずれにしても彼はリトル・ペブルを支持することを告げました。司教は忍耐づよく彼の約束を実行し、私に認可の翻訳された文書を送ってきました。
 シュナイダー司教はウォロンゴング教区のウィルソン司教と連絡をとりました。幻視者としての私の主張を現在調査している私の教区の司教です。そしてシュナイダー司教は、彼が聖シャーベル修道会の保護者であり、それが彼のもとに、キリストの代理者の直接的保護のもとに彼によって運営される予定であることを公式に通知しました。司教は聖シャーベル修道会とそのメンバーに言及する関するすべての文書を調査するでしょう。
 シュナイダー司教は近い将来、公式に聖シャーベル修道会の全メンバーの誓願を受け取るためにオーストラリアを訪問することを望んでいます。しかしながら1999年7月1日に修道会の全メンバーは誓願を立てるでしょう。修道会の上長であるブロサード神父は全面的な能力を回復され、教会法の下で認証されました。カトリック教会の公式の印は聖シャーベル修道会の認可文書に適用され、かくして今や、聖母のこの偉大な仕事は、天の望みを成し遂げるために前進することができます。終わりの時代に向けて広がり成長するために。
 私たちの指導者そして保護者である司教は、慈悲深く彼の神学校を聖シャーベル修道会のために利用可能にしてくれました。それによって私たちの若い人々は司祭になるための教育を受けることができます。彼はまた、確立しようとしている揺籃期の修道会を支えるために、私たちが必要としている多くの司祭たちを供給することを申し出てくれました。
 ゲッセマネ共同体にとって、公式の認可を祝うことは大いなる喜びでした。そして祝いの日は、有名な聖痕を持つピオ神父をたたえる祝いによって続きました。彼は1999年5月2日に列福されました。私たちの修道会によって大変愛されているピオ神父は、教会と世界のための第三の千年期に私たちが入るとき、偉大な仲介者となるでしょう。
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聖フランシスコの隠修士修道会
Terzo Ordine Regolare Di S.Francesco
Les Petites Soeurs de Saint Francois D'Assise,
St Pius V-Convent e.V.
Gustav-Oel-Strasse 7,D-53129,Bonn,
Tel/Fax 0228-23 05 96
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1999年5月4日

アヴェ・マリア
 親愛なるウィリアム・カム(リトル・ペブル)と聖シャーベル修道会とその支部に挨拶します。
 聖シャーベル修道会とその支部の確認のこの日において、司祭たちは聖なるミサをささげ、またミサの中で司教を記憶しなければなりません。私が個人的に署名し印を押した原文を添付します。私たちの一致した働きが、聖なるローマ・カトリック使徒教会と、永遠の霊魂の救いに貢献しますように。ともに、そしてお互いのために祈りましょう。私たちの主のブドウ園において、私たちの兄弟会によって、兄弟会のためになされているすべての計画と労働のために。

 平和と善。平和と救い。
 署名 印
 バーソロミュー・シュナイダー、T.O.R.
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「聖シャーベル修道会とその支部の会則と会憲の認可に関して」

敬虔なる創立者、敬虔なる兄弟たち姉妹たち。
 あなたがたの修道会を修道組織として認可することへのあなたがたの求めについて、私はあなたがたに第一に感謝したいと思います。私はこの件を、聖庁に述べました。そして聖庁は、あなたがたの求めを調査することに同意しました。私たちはあなたがたの規則と条項を注意深く検討しました。私たちはそれらが、教会法に完全に従っているのみならず、よく研究されたものであり、聖シャーベル修道会とその支部にとって有益なものであることを見いだしました。かくして私の司教としての権威によって、私たちは聖シャーベル修道会とその支部を確認し、ここにこれ以後有効となる規則と条項に署名します。
 これらの聖なる規則とあなたがたの条項が、完全な徳と聖性のために戦っているこの地獄のような時代において導きを提供しますように。そしてそれらが、聖なる使徒継承のローマ・カトリック教会とその伝統によって据えられた、永遠の変更されないカトリックの真理の道において、あなたがたの道の力の柱となりますように。あなた方がそれぞれの道において、イエズス・キリストの聖なる教会のより大いなる栄光のために貢献し、全世界がそれを眼にするように。あなたがたの犠牲、あなたがたの祈り、あなたがたの償い、あなたがたの誓願への謙遜な従順によって、証を立てて下さい。
 大いなる喜びとともに、私は以上に私の祝福を与えます。私たちは、犠牲の祭壇において私たちの祈りのうちにあなたがたを含めることを約束します。そしてあなたがたに、私たちの挨拶を、私たちの聖なるローマ・カトリックの信仰のきずなのうちに送ります。

平和と善。平和と救い

バーソロミュー・シュナイダー修道院長・司教
署名 印
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【 ナイロビの司教 】

 1999年5月6日に、この新しい修道会への大いなる励ましが、ケニアにおける私たちの共同体からのニュースを私が受け取ったときに現れました。ナイロビ教区の司教が、彼の教区における私たちの強力なそして熱心な共同体を訪れ、聖なるミサを立て、彼らのために祝福をしたのです。彼は彼らに対する彼の愛を表明し、修道会とそのミッションへの彼の心からの教えを表明し、そして彼は保護と擁護を申し出ました。彼はまた、彼らの創立者であるリトル・ペブルをしっかりと支持するように勧めました。彼は再び彼らを訪れ、彼らのために、司教協議会においてケニアとアフリカの司教たちのために話したこと、そして彼はこれらの司教たちに聖シャーベル修道会を擁護するよう説き勧めたことを告げました。彼はまた、彼の教区に修道会を歓迎すること、そしてその発展を奨励することを告げました。神はその力強い御業においてたたえられますように。











謝 辞
 この本は、私の指導の下にある私のオフィスのスタッフの一致した努力と協力によって可能になりました。そして私の指導と助けのもとに、これらの霊魂たちは、この本を作りあげるのに必要な情報すべてを順序正しくまとめるために熱心に働きました。彼らの助けなしにこの本を書くことは大変だったでしょう。特別な仕方で、私は以下の人々に感謝したいと思います。
 マルコム・ブロサード・ジュニア神父: 聖シャーベル修道会の上長
 シスター・シャーリー・アン: 聖シャーベル修道会のシスター
 シスター・クレア: 聖シャーベル修道会のシスター
 ジャニス・ウィリアムス: ミッションの事務所の支配人
              そして私の個人的秘書
 ジェイムス・ダフィー: マリアン・ワーク・オブ・アトンメント
             の事務員かつ取締役
 リー・バーク: 良き友にして著作家
 マルー・ボス: オフィスのスタッフと私自身にとっての
         タイピストそして秘書

 私はまた、私の人生と仕事についての千二百を超える歴史的記録を調査し、この多くを要求する決定的な仕事を完成するために必要とされたすべてのデータを順序正しくまとめることにおいて私と協力した、その他の数多くの忠実な霊魂たちに感謝したいと思います。私はまた、すでに天国での報いのためにこの世を去った人々、忠実な霊魂たち、生きていたときに彼らのすべてのエネルギーを私たちの聖なる母の仕事に捧げ、彼らの犠牲と祈りによってこのミッションの発展と繁栄に尽くした人々に感謝をささげ、彼らの偉大なる貢献を認めたいと思います。すなわち、

 ジョゼフ・マリー司教  レオ・スタインバック神父
 グラント・ダフィー   シャーリー・ストークス
 グエン・カイル     デビット・ヘピ
 ドレーン・クーパー   ジョゼフ神父
 クロアチアのバラ    ブルース・シャバラッキー
 ジョーク・ミューラー  キャサリン・シモンズ
 グランマ・テレサ    ジェミナ
 エヴァ・スィーリング  セルヴロ・ジョゼフ・ダ・ピエダデ神父

 そしてその他の世界中の良き霊魂たちに。神が彼らに報い、彼らを祝福してくださいますように。

 ウィリアム・J・カム
日本語版の謝辞
 私たちはリトル・ペブルさんの本、「THE LITTLE PEBBLE - THE LAST POPE」日本語版について、2001年11月17日に翻訳と出版の権利をリトル・ペブルさんからいただきました。どんな天からのメッセージにも版権はありませんが、リトル・ペブルさん自身の著述に関しては版権があります。この日本語版「リトル・ペブル 最後の教皇 第一巻」の著作権は「箱舟の聖母社」にあります。この重要な本を発行するにあたり、寛大なご寄付をくださった皆様、また翻訳のために膨大な時間と労力をささげてくださったU氏、N氏に、あつく感謝いたします。
2006年1月
箱舟の聖母社
コルベ・マリー阿部哲朗

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原題: "Petrus Romanus" - The Last Pope - Volume 1
    The Manuscript is Copyright (c) 1999 by William Kamm.
William Kamm, P.O.Box 815, Nowra, N.S.W. Australia
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「リトル・ペブル 最後の教皇 第1巻」日本語版
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2006年1月 第1刷発行
2006年5月 第2刷発行
2008年2月 第3刷発行
著 者 ウィリアム・カム
編 集 コルベ・マリー阿部哲朗
発行者 コルベ・マリー阿部哲朗
発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 郵便振替 02260−0−91200
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(c) 2008 in Japan by Hakobune-no-Seibo-Sha
Printed in Japan
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