マリー・マドレーヌの自叙伝 7
C)箱舟の聖母社


神のご計画のすばらしさ

今月、マリー・マドレーヌは自分の悪さをたくさん認識した。
そのなかにあっても、神様のご計画のすばらしさに触れることができた。
いっぱい悪い塊の私をこんなに愛して許してくれる神様、ありがとう。
また、おさないままでいいんだっていうことも教えてくれてありがとう。
今月の終わり、 リトル・ペブルさんの一刻も早い監獄からの救出を願って、ジャン・マリー司祭とコルベ・マリー、ミシェル・マリー・フランソワ、そして、私の4人は天皇皇后両陛下に直訴状を渡すべく葉山御用邸に行った。
でも、直訴状は渡せなかったけれど、とっても勇気のいる行動だった。神様が導いてくださったことに感謝いっぱい。


2006年3月二日(木曜日)
マリー・マドレーヌに与えられたインスピレーション

AM2:20ごろです。
一日の夜から第2ミサをしていて、少し長い時間がかかっていました。
司祭がカリスの洗浄を行っていたとき、一つのインスピレーションがありました。
司祭のインスピレーションを教えられた後にです。
マリア様が私に「書き物として残すときに今まで過去誰も書かなかったほどに自分を見下げて書くことによってあなたは守られます」と言われた言葉から司祭が私にたいして「死の前に聖痕が与えられる」というインスピレーションをうけた事を私に話してくれました。
「聖人として持ち上げられる危険を防ぐために、自分を徹底的に見下げるようマリア様が言われたのではないか」と司祭が言いました。
私はこのあと「聖痕はイエズスによる罪の贖いを証し(あかし)するものであって、今まで聖痕を受けた人は聖徳が高い人として見られてきた。
それとはまったく逆で、私に限って言えば材料としては最悪なので、今回の目的は私が一人ひとりの罪のあがないに協力するためであり、また、もっとも悪いものを用いることによって全能の神様が最高にみわざを輝かせるためである」というインスピレーションがありました。
このことを司祭に伝えて印を求めてひざまずきました。
そうしたら印が在りました。
再度確認をしました。
識別のための印がありました。


2006年3月5日(日曜日)
以前、私はこんな経験をしました。
ジャン・マリー司祭とコルベ・マリーが宣教旅行に出かけていた昨年2月13日から5月25日の間、大変な試練を受けました。
13日から2泊三日で司祭たちは宣教旅行に出ていて、15日の夜には帰ってきて、私は会えると思っていました。
私がシャーベル修道会でともに生活を始めて時期に前の両親がカトリック教会の司祭にシャーベル修道会の悪い情報を吹き込まれ、私を救い出すことを計画していたようです。
15日の午後、ジャン・マリー司祭たちがいないのをいいことに前の両親に連れ出されて家へ戻されたんです。
このときから、101日の間、家族と過ごしているうちにリトル・ペブルさんに対して信じる心がなくなって
「司祭との関わりをしたくない」などと言うようになってしまったのです。
リトル・ペブルさんを信じるシャーベル修道会の人たちの親切なケアーがあったにも関わらずです。
毎日笑い転げて楽しかったのに「苦しくてたまらなかった」などと言ったのです。
そして、ついに私は「みんなのところには帰らない」と言ってしまいました。
リトル・ペブルさんを否む行動をしたんです。
けれど、神様の哀れみはあまりにもすごくていくら感謝してもしたりないくらい本当に奇跡としか言えない方法でまた司祭と会って、生活できるようになりました。
だから、私自身を見て、「信仰厚い人だ」なんて絶対言わないで下さい。
神様が連れ戻してくださったのです。
それに本当に自分でも恐ろしいほどはっきり「行かない」って家族に言っていたんですよ!
カトリック教会へ行くといって、地元の教会に行ったら毎週ミサに来るよう言われ、水曜日にも祈り会があるから聖書の勉強もしたらといわれて通いました。
そうして信者さんにはリトル・ペブルさんを信じているということは隠して教会のミサに行き続けたんです。
それが確か3月の終わりごろだったか、4月になってからだったかと思います。
そして、1日も早く彼らとのえんをきるように家族は行動して、ジャン・マリー司祭たちに対しては「カルト」と決めて、教会のシスターも司祭も早くなじむように私に働きかけました。
シスターは両親にリトル・ペブルさんのことの資料を送り、交流を手紙でして私を司祭に紹介しました。
シスターとは一言も私は話をすることはできなかったです。
その当時はもう何もいえないでただ、彼らの求めを素直に聞いていた私だったんです。
もちろん、洗礼名を言ったけれど、「それは無効。聖体拝領もだめ」と言われて、聖書勉強会が火曜日にあるから、主任司祭のところに通うようにといわれ、5月になる頃からはじまりました。
リトル・ペブルさんのことは以前勤めてた職場でもずうっとインターネットを検索して情報をしいれては、私が信仰から離れるよう説得されていたんです。

ジャン・マリー司祭たちは何度も私に会いに来てくれました。
けれど、会うことはぜんぜんできず、2月19日に会ったきり、電話も何もかもコンタクトできないように両親はしました。
5月一日の午後、家にいた私は久々にジャン・マリー司祭の声を聴きました。
その日、私は午前中地元の教会へ行っていたから驚いて心が動きました。
そっと外へ出ようとしたら両親に見つかってしまいました。
外へ出てみたらもう司祭たちは帰ったあとでした。
でも、5月六日ごろ、教会で役員会が開かれ、私がリトル・ペブルさんの事を信じているのが教会役員に発覚して、毎週のミサが行きづらくなりました。
水曜日の司祭の勉強かいだけは行っていました。
主任司祭のほうはたった1度だけ参加しただけでやめたんです。
このときいらい、リトル・ペブルさんに対する思いが心の中に蘇ってきて、メールで貰っていた「『153本の聖ヨゼフの百合』を読み直してまたみんなに会いたい思いになっていきました。

リトル・ペブルさんの「最後の教皇」も読んで苦しみをこらえていました。
その頃、出されたリトル・ペブルさんのメッセージもネットで読んだんです。
とっても心が揺れました。
私は使命を失ってしまったんじゃないかって思うほど心の中は複雑で司祭に話したい思いがどんどん強まってきたんです。
忘れもしない5月二十日。
この日はもう心の思いが本当に本当に司祭と話したい、そのことでいっぱいになって、11時半ごろだったか、電話をしたんです。
この電話を受ける前にジャン・マリー司祭がローキューションを受けていました。
私の声がした。
何を言っているのかはすぐに忘れてしまったと司祭は言っています。
神様は不思議な方法でジャン・マリー司祭に働かれていました。
ローキューションがあったあと、すぐに電話がなったんだそうです。
思いっきり電話で話したらもう会いたくて、会いたくてたまらなかった。
毎週水曜日、教会で祈り解に行っていて30分ほどミサがあったけれど、私はこのときに聖体の事をずうっと思っていました。
いつでも聖体を訪問できる場所にいて、毎日聖体拝領ができたのに、ここではぜんぜんできない。
そして、聖体を拝領できない悲しみでいっぱいでした。
司祭に会う前日、もう心が張り裂けそうになってミサの中で『神の子羊』を歌う場面になったら声が詰まってもうぼろぼろと涙が出てしまったんです。
みんな聖体をいただくときになって私も前へ行って司祭の祝福を受けるように言われたとき、体を支えてもらわないといけないくらいふらふらになっていました。
このときに祝福を受けるのを私は拒んだけどでも無理でした。
限界を神様が見ていてくださってました。
5月26日、聖体の大祝日。
奇跡によって司祭と会いました。
司祭は私に手紙をくれていて、励ましてくれてました。
この日、司祭が直接に手紙を読んでくれたときはもうなんともいえなくて、涙でいっぱいでした。
自分ではなくなる行動をした私はまさにどうしようもない二重人格になっていたのがあとになってわかりました。
まったく記憶が飛んでしまって、良い経験をしたことが抜けて恐怖だったとか苦しかったとか、わるいことばかりを連発するなんて思ってもいなかったです。
ひどい連れ戻され方で私はこのショックから本当に信じる心とは反対の行動や言葉を言うまでになってしまったんです。
司祭から「悪魔の霊力が働いた」と言われて、本当に試された101日をすごしました。
心が揺れ動いて不安になったのを悪魔に漬け込まれたんです。

私が言いたいのはこのことです。
新しい人で、リトル・ペブルさんのメッセージに出会ってきた人たちを教会に連れて行かないで下さい。
たとえ地元の教会で会ってもです。
隠れてもだめです。
リトル・ペブルさんを信じて洗礼を受けたら1ヶ月に1回しかミサにあずかれなくても、霊的聖体拝領ができます。
そして、功徳がつめます。
だから、決して近くの教会に行って、告解をしたり、聖体拝領をしたりしないでください。
特に手による聖体拝領を進められる危険は十分にあります。
絶対新しい人を教会につれていかないで下さい。
もし連れていったらそこの教会の司祭を始、信者によって、リトル・ペブルさんへの思いが剥ぎ取られる悲惨な結果を生むことになります。
私自身、経験したので言います。
まったくリトル・ペブルさんは否定されているのですから、一言でもその名前をだそうものなら次がどうなるか考えてください。
マリア様を信じているほかの出現地のグループの人たちもリトル・ペブルさんは否定しています。
周りの影響を受けて、必ず苦しい思いをしなければならなくなります。
孤独になります。
冷たくあしらわれるのですから、どうかそんなことはしないでください。
神秘家、幻視者としての使命がある人が教会に行ったら神秘的なことは批判の目で見られます。
つぶされてしまいます。
だから、決して教会に行くことを進めないでください。
信仰が奪われてしまいます。

私はこれから新しく起される第3世代の代表としていいます。
私はワルトルタの本でさえ読むのに大変なんです。
全部を読みきって死を迎えられるのは本当に不可能です。
だから、他の本を薦めないでください。
新しい人たちにたくさんの量を進めたらもうそれで終わりです。
彼らは読みきれないし、多くの荷を負わせられたら
「こんなに信じることがきついのか」って言って離れてしまいます。
また、カトリックの書店に行かせないでください。
悪い影響を受けます。
現代主義の悪い影響です。
その本がおおいのです。
ですから、ジャン・マリー司祭が進める本を読むことだけにしてください。
祈りも、信心業も少ないのです。
純秘蹟の情報も何もかも教えないで下さい。
唯一、箱舟の聖母のメダイ1個でいいです。
ロザリオは1連を祈るだけでいいです。
それからたくさんの情報は要らないです。
知らないで天国に行くほうがいいです。
司祭から言われることだけ、知ればいいです。
リトル・ペブルさんに対する『花嫁の愛』を持つ。
それだけでいいです。
私たちは順境することになっているんですから。
だから、これから先のこと、他の事は知らないほうがいいです。
全世界、全リンボウ、全煉獄のために愛し、生贄になること、これだけで十分です。
愛すること、これが一番の目的です。


●悪魔によるアタック
昨日の夜から第2ミサをしていました。
第1ミサのときに「長に対して絶対的に信頼する」事をまた司祭から指摘を受けて、第2ミサを迎えました。
第1ミサのときも、第2ミサのときも、両手が激しく痛みました。
腕も大変だるくて、オルガンを弾くのも大変でした。
だんだん痛みが激しくなっていて、苦しみを捧げるわたしです。
第2ミサがおわって、赦祷式の途中からなんだか目の前で悪臭がするようになりました。
ロザリオの祈りをしたときです。
鼻につく悪臭が強くなり、むせるほどでした。
久々に激しい悪魔のアタックです。

2月28日の夜、ロザリオの祈りのとき、誰かそばにいました。
それと、目の前がまっくらになってだんだん下に下りていったんです。
印を求めたけれど、ありませんでした。
すぐにサタンに向かって出ていくようにとめいじました。

3月三日の夕方、夢を見ました。
天皇陛下にあう夢でした。
でも、内容は、ぐちゃぐちゃではっきりしたものではなかったです。
印を求め忘れたので、起きて時機に司祭に話をしたら印を求めるように言われてすぐに求めました。
けれど、印は在りませんでした。
サタンに出て行くように命じました。
紛らわしい悪魔のアタックです。

昨日(四日)の第1ミサでは何かを感じたので、祈りを留めて、印を求めました。
けれど、印はなく、サタンを追い出しました。
第2ミサのあとのロザリオの祈りでは最後までしつこく悪臭がして祈りを留めたときに激しくにおってむせました。
最後まで悪臭が続いたので、全部サタンを追い出しました。
今回こんなに長く悪臭を感じたのは初めてです。
もちろん、司祭はこのにおいは感じていません。

私はいま、自分の心を砕くのにひっし。
デモでも、謙遜になれたと思ったらまたすぐに傲慢になっちゃって心がずたずたなの。
今は4じゅんせつだから、罪のつぐのいをするんだなと思ってマリア様のお望みに添えるように助けを求めながらすごしています。
自分の心を自分でずたずたにすることはフラッシュバックを起して大変辛いです。
過去、聖霊派の悪い影響下にあったときにも予言をする人たちから『あなたは傲慢だ。すぐに悔い改めなさい」といわれつづけたんです。
もし悔い改めなければ使命は取り去られてしまう。そうもいわれました。
ある教会では「聖霊が取り去られる」という言葉も言ったんです。
もちろん、識別ということはプロテスタントではなかったし、知らなかったからそのまま言われた事を受け入れていました。
でも、今では違います。
謙遜になればなるほど、弱さを知ることで、どんどん恵みを受けられるから感謝してるんです。
マリー・マドレーヌはありのままをマリア様に、イエズスに、ヨゼフ様にさらけ出すんです。
それが一番いいから。


☆3月六日(月曜日)
いま、大天使ガブリエルに支えてもらって『大人の知恵』を使って書き物をしてます。
いままで、私は『やる気のなさ』とか『反発心』がでていました。
『大人』の部分に悪魔に入られて、どうしても前へ進めないでいました。
書き始めるまで、時間もかかってます。
私は本当に赤ちゃんの霊性になることが必要です。
生まれてから今まで生きてきて、『大人になる』これを強く言われて育ちました。
けれど、赤ちゃんのときに受けるべき段階で十分にもらえなかったものがあります。
それをもう1度やり直さなければならないんです。
情緒の傷が素で本当に罪責感が私を形作ってしまった。
そう言っていいほど自分のしたことで自分の悪さを責めない日が1日もない。
一瞬を捕らえては「ああ、こんな私・・・」って攻めるんです。
罪の捕らえ方も、神様に対しても、ぜんぜん人とは違うんです。
私は甘えることを知らないで育ちました。
十分に甘えられなかったんです。
だから、神様に対しても『捌きをされる方』としか捕らえられない信仰生活を送ってきました。
神様の哀れみはもう考えにも及ばないほどすごいのに、永遠なのにです。
カトリックになってからとっても優しいお父さんをイメージするように言われています。
天地を作られた創造者なんだけど、とても優しいおとうさんなんだって。

私はとっても感動した言葉があります。
司祭が話をしてくれたことのなかで、
幼きイエズスの聖テレジアが『神様は幼い子は裁きません』と言った言葉です。
『幼い子は裁かれない』これは私にとって、なんともいえない心の感動を覚えました。
赤ちゃんは生まれたてのとき何もできないです。
お母さんが声をかけて「いい子だね」と言って顔を覗き込むと赤ちゃんはとってもかわいく笑顔を見せるんだそうです。
本能的に笑うように神様がそうしたとしかいえないって司祭が教えてくれました。夢心地の笑顔を見せられた人はそれでもう幸せになるんだといいます。
私は未熟児で生まれてきたから何にも判らなかったけど、どんな感じだったかな。
福音書の中で1タラントを貰ってそれを使わずに「私はあなたが厳しい方なので怖くなって土に埋めました」といったしもべに対して「あなたが言った言葉で私はあなたを裁く。あなたは私が厳しく取り立てる人だと知っていたのか・・・」と言った神様の言葉と
「小さい子には裁きはしません」と言った幼きイエズスの聖テレジアの言葉、両方を司祭が教えてくれて「神様は厳しいと言った人にはそう裁くけど、哀れみに信頼して神様の哀れみを称える人には哀れみをくれる」と
言われて、徹底的に私は古い自分を殺すように言われました。
それは先ほど書いたように「大人への憧れ」を捨てることです。
新しく生まれ変わる自分にとっては、信頼 = 赤ちゃんの道なんです。
今の自分にはひとかけらも自分で信頼できるものを持ってなくて、すぐ比較してしまうんです。
今の私にとっては、比較 = 大人なんです。
古い自分を捨ててまったくのイエズスへの信頼を増やす。
マリア様もイエズス様も、ヨゼフ様もみんな私に「赤ちゃんの道へ行くように」と望まれています。

それから、何もかも一瞬一瞬の出来事を良いものとして見る。
これは私にとって大変重要な課題だし、考えをまったく変えないといけないの。
今まで全部悪いこととしか捕らえられなくて、特に何か具合が悪いとか、虫の羽音までも私にとってはいやな物、悪い出来事としか捕らえられないでいるんです。。
全部神様が愛撫してくれていることなんだと捕らえられないで今も時間がかかっているんです。
苦手意識があまりにも強いから、苦手、嫌なものだと思ったら徹底的に相手を伏させてしまうほど。
食べ物も好き嫌いがはげしいです。

小さい子、赤ちゃんはお母さんしか見ません。
今日のこと、これから1分先、1時間先、何が起きるかなんて心配しません。
楽しく過ごします。
赤ちゃんはおなかがすいてミルクがのみたいといってミルクを飲みます。
寝たいといってむずかるでしょう?
小さい子なら1日楽しいことばかり考えるでしょう?
だから、余計な心配はないんです。
赤ちゃんはお母さんに抱かれたら底が天国で安心していられるからなんです。
何もかも「お前を愛してるよ」っていう神様の声に包まれてるんだっていう考え方、捕らえ方は聞いたことなかったです。
アッシジの聖フランシスコは太陽や月、草花、鳥のさえずりまで、何から何まで神様が「愛してくれている」と言ったんです。
自然の全てが神様に讃美している。
彼はそう考えました。
死でさえも「私の憧れ」って言った・・・。
死を怖がらなかったんです。
今の時代、みんな恐れ、不安にかられてすごしているのが現状です。
それをどうやって変えるか、物事を全部いいものとして捕らえられる人に出会うこと。
そして、イエズス様に、マリア様に求めることですね。
根元から考えが変えられるのは何か立派な祈りをしなきゃいけないとか苦行をしないといけないなどではないんです。
「小さい子になりたい。助けて!」ってイエズス様、マリア様に言えばいいんです。
どんどんマリア様は私たちを小さくしてくれます。
小さい子はプライドはぜんぜんありません。
かっこよくものを言わなきゃとか思わないです。
判らないことがあったら「これなに?」ってストレートに聞きますよね。
そんな純真無垢な子どもを見たら幸せがいっぱいになって笑いもたくさん増えます。
自分をあからさまにすればいいんです。
自分の弱さを認めて「自分ってさ、こんなにおかしいやつなんだよ」って笑い飛ばしてしまえばいいんです。
「こんな悪い塊の私をどうしてこんなに愛してくれるの?ねぇ、イエズス」ってね。

小さい子はいたずらとかして、怒られてもすぐにきげんがよくなってさっきお母さんに怒られたのを忘れてまた遊ぶよね。
小さい子はいつも前向きです。
後ろを振り返らないで毎日遊んでいます。
今日動物園にいけると楽しみにしていて、急にお母さんたちの都合でいけなくなっても「じゃあ、また明日ね」なんです。
ジャン・マリー司祭が私のことで祈ってくれることがあります。
「今日このミサで穴あけてちょ。」なんです。
今日できなかったらまたあした。
毎日毎日ずうっと祈っているんです。
諦めないんですよ。
いつもいつも希望を失わないんです。
お願いする司祭の姿は小さいこ、そのものです。
霊魂が幼い子そのものなんです。
年齢じゃありません。
神様に頼るのは小さい子であればあるほど神様は喜んでくれる。
こんなことを間近に見ている私です。

ちっちゃい子が甘えるように神様の胸、マリア様の胸に飛び込む。
私はミサのとき、特に第2ミサではとっても体が辛くて、起きるのに大変時間がかかっています。
「イエズスが待ってるよ。全世界、全リンボウ、全煉獄の霊魂が待ってるよ。愛の時間だよ」って司祭が進めてくれて起きるよう言われるんだけど、まだまだ愛が足りてないです。
「マリア様!待って。いますぐに行くよ。」っていえないんです。
自分のことを考えちゃっててこれから先辛いなぁ。これが第1に起きて思っちゃうことなんです。
長い時間をすごすミサはとっても精神的に鍛えられる、
修道者の足元にも及ばない私だから、小さい子がまるでだだっここねるような性質で、また苦手意識をましてしまうんです。
でも始まったら何とか乗り切るので、全部の祈りが終わると、要約おわったぁっていう感じで1日を終えるんです。
一瞬一瞬を良いこととして最高のものを神様が送ってくれている。
これが私の心に根を下ろすまで1日1日、ちょっとずつ進みます。

私はもう死が近いから、徳のうえで完成させないといけない、そう司祭から言われた後、「完成させる」という言葉が私の心に引っかかってまた無意識のうちに『自分にやったら無理なこと』を思い、心がけるようになってしまってました。
比較する道で大人への憧れでした。
心配心が強まりました。
どこか反発心がでてきたんです。
やる気がおきなくなって、何かぐずぐずする感じになっていったんです。
自分の弱さ、おろかさ、汚さを辛辣に書いていて、心がぼろぼろになっていったのとこの思い。
それから、今まで受けていたメッセージはなにか私の妄想かなという思いにまでなって心がぐちゃぐちゃでした。
でも、この『妄想かな」という思い、「人をだましているんじゃないか」と言う思いは神秘家、幻視者によくおきることで、一つの試練なんだと司祭が言ってくれました。
神様の哀れみに眼を留め続けて小さい子、赤ちゃんの霊性へと進みたい私です。
「リンボウの霊魂のみんな、助けてね」。
そう祈りをしている私です。


☆3月七日(火曜日)
六日の夜から第2ミサをしていました。
この日のミサは今までにないからだの不調と精神的には非常にやる気がおきなくなってどこかでまた反発心が出てしまいました。
司祭に対しても、何か反発心がわいてしまいそうで、苦しかった。
変な質問をした私です。
「1日2回どうしてミサをするの?」と思わず聞いてしまった私に対して、司祭は怒らずに
「神様に促されて2回ミサをたてようって最初に思っていたから今でも続けているんだよ」と話してくれました。
この前に変なアタックがあって心はふさぎこんでいました。
そのアタックはこうです。
夕食後、ちょっと体を休めていたら夢を見ました。
私は電車に乗っていました。
どこか乗りなれた電車だったようです。
そうしたら突然油が電車の中に流れてきて電車が燃え始め、油の音がすごいしてたんです。
みんなわさわさして大変でした。
騒がしい状態でした。
そこで眼が覚めて、印を求めました。
けれど、印はなかったので、イエズスの御名によってサタンを追い出しました。
ミサ中、眠さが激しくて、寝ながらの状態であずかりました。
でも、ものすごい心は重くてふさぎ込んだ状態で、私はなんにもやる気になれなかったです。
それを思ったらまた自分の弱さが出てきたなぁってまたどうしようもない嫌悪感が私を捉えました。
罪を犯した醜さしか見えなくなって、絶望の思いがおきてきました。
司祭は『神の哀れみをみなさい」って励ましてくれたんです。
そうしたら少し気持ちが前向きになれたんです。
けれど、だんだん寒さも感じるようになってきて、そのままイエズスに『捧げます』としか言えないままでミサにあずかっていました。
聖体拝領のとき、久々に吐き気がした私はちょっと辛かった。
そのあと、また眠りに落ちてしまいました。
そのときです。
修道服を着る夢を見ました。
そして眼が覚めたので、印をすぐに求めました。
けれど、印はありませんでした。
イエズスの御名によって命じて、私はサタンを追い出したんです。
ミサが終わってちょっと司祭にこの出来事を話しました。
もう1度印を求めるように言われて決着をつけるように司祭の導きがあったからひざまずいて印が在るか尋ねました。
けれど、印はなかったので、サタンに向かってイエズスの御名によって出て行くように命じました。
それから『赦祷式』があって、最後にロザリオを1連捧げました。
9玉目のとき、バラの香りがしたんです。
バラの香りの蝋燭が在るのかなと思ったけれど、きちっと印を求めようと思い、祈りを留めて印を求めました。
けれど、識別のための印はなかったので、サタンを追い出しました。
そしたらまた強くバラの香りがしたんです。
『大天使聖ミカエル』に向かう祈りの直前にあったので印を求めました。
けれど、印がなくて、サタンを追い出したんです。
司祭に聖水を撒いてもらいました。
紛らわしいアタックが続いていました。
ロザリオを終えて、しつこいアタックのバラの香りがあったことを話したらもう1度求めようといって聖櫃のところに行って印があるかを尋ねました。
けれど、印はありませんでした。
サタンに対してイエズスの御名によって出て行くよう命じました。
そうしたらしつこかったアタックはなくなってバラの香りはなくなりました。

☆☆マリー・マドレーヌはまたまたしゅんとなった!!
昨日(3月六日)のことです。
今週の予定とか話していたとき、買い物に行く話しが出て
「マリー・マドレーヌはお留守番して」って言われたんです。
そうしたらまた急に寂しさを感じて
「一緒に行けないの?って聞いたら
「修練の時は買い物にも出ちゃいけないんだよ」って司祭に言われちゃったんです。
既存の修道会は修練機関はとっても忙しくて休みは1週間に1度ほどだそうです。
厳しいんだと聞いています。
私は「讃美と感謝でぇす」って言ったんです。
今まで一緒に行けた買い物は今週の日曜日から3人が出かけて私一人でいるようになったんです。
みんな買い物に行くときにはこれからは私はいけないことを知ってこれも良いこととして受け入れようって思いました。
何とかして古い自分を壊す作業を始めた私は一生件名に心を変えようってひっしになります。
でも、力尽きたときにすぐ愚痴を言いそうだから助けてって天の皆さんに取次ぎをお願いしてます。
昨日は寂しさを感じやすくなってた日でした。
夜一人で書き物をするようになってからみんなとは睡眠時間が変わってきました。
昼と夜が逆転する生活みたいになってきたんです。
それでも、午前中の第1ミサにあずかって、お昼を食べたら数時間寝る状態です。
大体夜10時半から11時の間に第2ミサが始まるので、その1時間前に起きる状態で、本当に夜中の仕事になっているわたしです。
情緒の傷はなかなか治りません。
だから、繰り返すばかりなんです。
意志力で変えられる部分は直していく。
こういう毎日を過ごしてます。

何か良い事在るかな、これから楽しいことあるかな・・・?
そういうふうに思えるようになりたい。
一瞬一瞬、神様が全部良いこととして私に与えてくれている出来事、もの、人たち・・・。

「うれしいなったらうれしいな、
たのしいなったら楽しいな、
ワクワクワク!!!」

この1日におきる出来事を楽しみにする心がいっぱい詰まったかわいい歌。
いま、新しいのをここで紹介しました。
これがちっちゃい子の喜びの表現なんだよね?
マリー・マドレーヌはまだまだここまで行かない。
実はこのはしゃいだ楽しい歌はジャン・マリー司祭の力作なんだよ。

私は幼い子だから、神様は幼い子は裁きません。」と言った幼きイエズスの聖テレジアは何があっても希望の得で全部良いものとして受け入れていたし、イエズスに捧げてました。
苦しい顔を大好きなイエズスに見せたくないからいつもにこにこしてた。
そういう小さいこの道に行ってなんでも「ありがとう」って言えたら・・・。
マリア様、私、いっぱい良いもの貰ってて一番恵まれているのに・・・。
何で不平を言っちゃうんだろね?
神様になんで「ありがとう」っていつもいえないんだろ?
自分が満たされたい、そんな根本的に悪い傾きがあるから・・・。
自我を捨てる、利己的な思いも全部捨てるんです。
一番自分が目立つことを考える心が私は嫌です。
人をすぐに比較する、そしてうらやましがるでしょ?
そして、妬みが出てきて、それをほおっておいたら憎しみがわいちゃう。
この心の動きが一番嫌な私なんです。
マリー・マドレーヌの一番嬉しいこと、それは小さい子のように楽しく笑うこと。
「イエズスにかわいさで迫れ」って言われてる私は司祭にいつもにこにこ顔でいるように言われます。
ミサの時にはそれが頂点に達するように、体も精神も全部準備してねって言われるんです。

そう、よく「ひざまずく」ということを私は書いているけれど、ミサ中はひざまずくのが難しいんです。
数分ひざまずいただけで足が痛くなってしまうんです。
大事な場所で慣れている人はひざまずいて聖変化の祈りをしていたりします。
ミサの祈りの形はたくさん教えないで下さい。
司祭が教えてくれることに耳を傾けてください。
十字を切ることやひざまずくことはなかなか慣れません。
それと体力の関係でひざまずき続けるのは本当に苦しいことになります。
人によって違うからひざまずくのを強制しないで下さい。
司祭が進めてくれるのは形ではないんです。
愛すること、これを進めてくれます。
内的なことに眼を注ぐ。
イエズスの受難の神秘を黙想する。
愛する、生贄になる。
これが司祭の口から何百回も言われている言葉です。


3月8日(水曜日)
神様に対して、信頼とか愛とかいろいろ書いてきました。
今、私が経験したことは自分を辛辣に引き下げて書いていたらだんだん自分の醜さ、弱さが眼について1瞬1瞬の行動や言葉にも嫌悪感を感じるようになって絶望が押し寄せ始めたんです。
自分を低く自分で見る、これと同時に神様の哀れみにも目を向けていかないとバランスを崩すことをつい数日まえに経験しました。
自分を謙遜にするために自分をぶっ壊す作業をしてたら、恐怖感、恐れがまたぶり返してしまったんです。
でも、毎日神様のすばらしいご計画に「ありがとう!」って言いたいです。
こんな私、一番惨めな私を惨めのまま愛してくれる。
そして、イエズス様が望まれること、信頼の道へと私を導いてくれる。
哀れみがいっぱいの天の御父。
とっても強くて、とっても優しいお父さん。
それから、神様なんだけど、私たちに赤ちゃんの姿で来てくださった。
それがイエズスさま。
そして、私がおわなくちゃいけなかった罰を十字架にかかることによってイエズスさま自らが担ってくださった。
イエズス様が復活されて、天に行かれた後、慰めを下さり、励ましを下さる聖霊である神を私たちと共にいてくださるようにしてくださった。
カトリックになって、感謝なのは諸聖人との交わりです。
私は日々罪を犯してつぐのいをするけれど、自分の弱さを認識すればするほど、神様の哀れみをものすごく体験するようになりました。
自分を神様に訴えて全部任せてしまう。
そしたらとても安らかになります。
自ら謙る人を喜んでくださる神様なんです。
でもまだまだ謙遜になることはとっても得とくしにくいんです。
マリア様にお願いして一緒に謙遜になる道を歩いてもらったらいっぱい教えてくれるし、マリア様といっしょなら謙遜になることもやりやすくなります。

マリー・マドレーヌのシンボル
実は私、眼が見えないから文字は書けません。
ずうっと点字を使っていました。
パソコンでものを書くようになったのは5年ほど前になります。
漢字、かな混じり文を書いたり読んだりするのには、音声の読み上げソフトをパソコンに入れて使ってます。
けれど、生まれてこのかた、ボールペンや鉛筆なんかで文字を書いたことがない私にとって、漢字、ひらがな、カタカナなどは縁遠いものだったんです。
形は点図というものであらわして漢字なんかは学校で触読してました。
まったくの全盲なので、漢字の勉強はほとんどできなかったし、必要を感じなかったんです。
盲学校の上級クラスでも教わる機会は少なくて、ちょっとパソコンが普及し始めてそれでほんの少し漢字に触れただけです。
いま、書いている文字は私が打ち込んだときにわかりやすい意味で読み上げるようにして書いています。
でも、とんでもない字になったり、打ち間違ってへんな変換になったりでみんな大笑いできます。
マリー・マドレーヌに一つのサインがあります。
「ハートの中のハート」を意味して大きなハートマークの中に小さいハートマークを書いています。
これはイエズスの御心の中にいるマリー・マドレーヌの心を表していて、ジャン・マリー司祭のインスピレーションです。
ちなみにインスピレーションとは言葉にならない思いや促しを神様によって与えられることをいいます。
それからMの文字もハートに似ているらしいんです。
マリー・マドレーヌはM が二つです。
だからハートマークににてるとか・・・。
偶然なので、びっくりしてます。

☆司祭から聞いたお話
それから昨日の第2ミサで「一つの小さな秘訣」ということを司祭から聞きました。
ある神父様が書いた本の中に子どもたちが自分の何かを捧げることや嫌いなことなどをこなす際に地道にそれを乗り越えられるように小さな秘訣を見つけて進んでいくんだそうです。
意志力を育てるのに参考になるやり方を神父様が子どもたちに教えていって子どもたちがそれをどんどん自分で見つけて意志力を育てていくんだそうです。
苦手なもの、苦しいことを捧げれば捧げるほど功徳が積めます。
変な話だけど、マリー・マドレーヌはなかなか起きられないでいるので、何か一つ見つけておきるのを早くするとかして、楽しく過ごせたらいいなと思ってます。
「イエズス、大すき」と言いながらでもいいから起きるようにしたいな・・・(うふ!)。


※イエズス様からのローキューション

2006年3月8日(水曜日)
(AM2:51〜3:17)
イエズス様からマリー・マドレーヌに与えられた公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子(マリー・マドレーヌ)、、あなたを祝福する。
イエズスの花嫁として、あなたは苦しみを捧げていくように。
あなたのこれからの事を恐れないで、私(イエズス)に身を任せていくように、あなたにお願いする。
イエズスの苦しみをあなたはもっと知ることになる。
怖がらないで、一緒に来てほしい。
死のことについても、あなたは受け入れてきている。
あこがれてほしい。
愛しているので、私が送るものを拒まないで喜んで受け取ってほしい。
あなたの心の状態を私が整えるので、勇敢であってほしい。
あなたの行くべき道は、長に信頼し、歩み、もっと安心して、全てを任せること。
だから、愛するちっちゃい子、(マリー・マドレーヌ)、恐れないで私のしようとすることを受け入れてほしい。
あなたの喜び、あなたの全てを満たすイエズスがいるから、苦しみを捧げてほしい。
子どもたちのために身を捧げている愛する息子(ジャン・マリー神父)、あなた(マリー・マドレーヌ)といつも共にいる尊い息子(ジャン・マリー神父)があなたの一部始終を配慮してくれているから、安心してあなたは彼に身を任せていくように、私はあなたに言う。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

2006年3月8日(水曜日)
(AM2:51〜3:17)
イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛するリトル・ペブル、あなたの行くべき道は私が支えているので、豊かに用いるから、決して気落ちしないでほしい。
あなたを慰めるために、多くの天使と、多くの援助者を送っている。
恐れないで歩みなさい。
マリアが、あなたの浄配であるマリアがあなたを強めている。
恐れないで歩みなさい。
あなたを祝福する。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
8日の未明にイエズスさまからローキューションがありました。
ミサ中、からだの具合の悪さもあって、痛みも手や足に感じていました。
聖体拝領のとき、具合が悪くなって、吐き気を感じました。
第2ミサ(7日)を終えて、赦祷式も終わってからロザリオを祈りました。
第5珠目に来た頃、唇の方に風を感じました。
祈りを留めて、印があるかを尋ねました。
けれど、印はなかったので、サタンを追い出しました。
一番最後になって今度は手に強く風を感じました。
それから「死を恐れないで」と言う声も聴こえました。
すぐに印を求めるため祈りを留めました。
印があって、イエズス様のローキューションが始まりました。
今回、途中で言葉に少し間が空いたところがあります。
なかなか聴こえず待っていました。
落ち着いて待っていたらまた続けてありました。
最近ですが、聴こえてきた言葉を言う私の声が小さくなっていました。
今回は一番小さくなっていて、聞き取りにくいと司祭から指摘されました。
アタックを受けているのでもう少し大きな声で話すよう司祭から言われました。
最後に「このメッセージは本当ですか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら識別のためのしるしをいただきました。
印があったことを司祭に告げてから、私は「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねました。
印があったので、「しもべはききます。お話しください。」と祈りました。
リトル・ペブルさんへのメッセージがイエズス様からあって、最後に私はこのメッセージに対して「これは本当ですか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のためのしるし』をいただきました。

2006年3月8日(水曜日)
(PM13:05〜13:20)
聖母マリア様からのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子ども達に祝福を送ります。
あなたの母、いつもそばにいて、全てを導く母がいます。
あなた方は女子修道院の事で、希望を持ってください。
心配したり、気落ちしたりしないでください。
聖母があなた方を強め、導きます。
あなた方の思いわずらいを全部神に委ねてください。
絶えず、聖母を求めて、謙ってください。
あなた方のなすべき事を天が導きます。
あなた方のなすべきことは「まったき信頼」です。
不安になったら助けを求めてください。
あなた方の母がそばにいるのですから、何でも打ち明けて心の隅々まで母に開いて話してください。
恐れないで前へ進んでください。
豊かに導きます。
全て、リトル・ペブルのゆえです。
あなた方の行くべき道は決められています。
どうかリトル・ペブルのために祈ってください。
あなた方を祝福します。
特に、マリー・レベッカの重荷は大きいので、彼女のうえに司祭の祝福をお願いします。

2006年3月8日(水曜日)
(PM13:05〜13:20)
聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛されているリトル・ペブル、あなたは気落ちしないで下さい。
聖母がすぐそばにいます。
あなたのために祈る子ども達がいます。
あなたは天によって心の奥深く傷ついたところを癒されます。
リトル・ペブルの苦しみは誰も追わないですし、誰もあなたに代わって負うことはできません。
あとにも先にもいないのです。
あなたは唯一選ばれた預言者ですから、大きな苦しみを受けて行くのは当然です。
勇敢であってください。
力強い聖母があなたを支えます。
愛の挨拶をあなたに送ります。
恐れないで下さい。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
ロザリオの祈りのときです。
2玉目ぐらいのときに手につめたい風のような感じを受けました。
印を求めましたが『識別のためのしるし』はありませんでした。
サタンを追い出しました。
しばらくして、今度は左耳に風を受けたように感じました。
印を求めました。
そうしたら印があってひざまずいて「しもべは聞きます。お話下さい」と祈りました。
そうしたところ、ローキューションが始まり、マリア様であることがわかりました。
一言、一言がはっきりと聞こえました。
最後に「このメッセージは本当ですか?印をください」と言って確認のしるしを求めました。
そうしたら識別のためのしるしを頂ました。
リトル・ペブルさんに伝言がありますか?」と尋ねたら印が在りました。
そして、『しもべは聞きます。お話ください」と私は祈りました。
そうしたらリトル・ペブルさんに対してマリア様が話されました。
最後に『このメッセージは本当ですか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のためのしるし』をいただきました。


☆3月9日(木曜日)
●悪魔のアタック
8日の第2ミサが終わってロザリオを祈っていました。
最初から何度も祈りを留めてもらうことが今回は続きました。
2玉目を過ぎた頃、唇に風のようなものを感じました。
印を求めましたが、ありませんでした。
サタンをすぐに追い出しました。
5玉目を過ぎた頃、手につめたい風を感じたので、印を求めるため祈りをやめました。
印は在りませんでした。
サタンを追い出しました。
7玉目に来たとき『感覚に頼らないで」と言う内容の言葉が聞こえました。
幻視者に宛てたメッセージのような感じを受けましたが、印を求めるためすぐに祈りを打ち切らせてもらいました。
「印はありますか?」と尋ねたとき私の心の中にとても不安のような緊張感が走りました。
このときにも印は在りませんでした。サタンに向かってイエズスの御名によって出て行くように命じました。
マリア様に私はこのときに祈りました。
『謙りたいんです。自我からのはだめです』と。
最後に大天使聖ミカエルに向かう祈りをする前、今度は左耳のほうに風を感じました。
すぐに印を求めましたが、ありませんでした。
サタンに向かって「イエズスの御名によって命じる。出ていけ!」と命じました。
「丹念さを天は喜ばれる」これが司祭の言われたことばです。

○長に信頼する
これから何をしよう、あれをしよう、これをしようといろいろ自分でシナリオを書くのはやめましょう。
自分の思いが優先的になるからです。
修道会に入ったら修練長の望みを第1にします。
自分の気持ちを踏みにじれるか。
この訓練が最初にぶち当たることです。
修練しながらどんどん指摘される自分の悪徳を変えていくことを毎日求められて、自分の思いを踏みにじることを決心してやっていくことで、長を通して神様の御旨を知るように導かれます。
いろんなことを思うでしょう。
自分の考えが否定されるのかとかなんでこんなにすごい試されるんだろうかとか・・・。
、私は長に対する不信が起きた経験を何度かくぐってきました。
何か悩んだり、疑問を感じてしまったらそれをすかさず長に言わないと自分の心の中でためたことがいずれかは爆発してしまいます。
信頼するにはまず話すことです。
自分の心を打ち明けて「今私はこんな思いがあるんだけどどうなんでしょう」って言ってください。
従順に従うのが大原則なんです。
自分の魂の導き手である霊的指導者に心を割って話すことによって、いま、自分の状態がどういうところに在るのかをはっきり認識できます。
そして、長の望みが果たされるのを天は喜ばれます。
イエズス様の身代わりとして、長の存在がありますj。
ヨゼファ・メネンデスという修道者にイエズス様がよく言っていました。
「マザーのところに行ってこれが望みであるかを尋ねなさい。
導く指導者としてあなたに与えているのだから」。このような内容だったと思います。
話し合って自分の思いを言って長の望みに自分を従わせていくんです。
長が「これをしなさい」と言われたらすぐに従う。これが一番功徳を積みます。
従順の功徳です。
既存の修道会は大変厳しいです。
1度従わなかったら「あなたは荷物をまとめて帰りなさい」といわれます。
肉体的にも、精神的にも健康でタフな人だけが修道者として残っていきます。
とっても選ばれるのが少ないし、修練がとっても厳しいためにどんどんやめていくんだとジャン・マリー司祭から私は聞きました。
今、私がいるシャーベル修道会は弱い人たちを集めた修道会で、ジャン・マリー司祭の下にいる私は特にですが、材料が悪くて過去にも先にもないほど悪いから、今でもこの修道会においてもらっています。
誰にでも開かれた修道会です。
肉体的に、また精神的に弱く、苦しみを負った人たちが呼ばれています。
今までの修道会とは違います。
シスターやブラザーを望まれる人たちは修道信徒になる人たちより重荷が大きいため、求められることが厳しいかもしれないです。
それでも、心の傷を負った人立ちがブラザーやシスターになりたいと望んで修道会に入ってきて、シスターやブラザーになる訓練をしながら心のリハビリもしていく。
これがいま私がいるシャーベル修道会なんです。
おじいちゃんから小さい赤ちゃんまで誰もが神様に呼ばれているんです。

ちょっと話を変えます。
マリー・マドレーヌはなんと一人で遊ぶことを中学生になってもやってました。
何か一人芝居して、せりふを覚えていく人かの声を真似て劇みたいに自分でかってにストーリーを作って・・・。
あとは「交換日記」と言うのも中学生のときにやってました。
4人の女の子でまわしていたけれど、自分の名前を使わないでそれぞれ自分とはべつの人になって書いてたんです。
でも、あるとき、私は乗る気になれなくなっていきました。
いろいろ書く私に彼女たちが不満をぶつけてきたからです。
何かわからなかったけど、私、キリスト教の事を書いていたからかも知れないです。
彼女たちは魔法の国のお姫様とか言うように自分の好きな名前をつけて書いていました。
自分の場合、べつ世界にあこがれてはいたけれど、そのときにはちょうど宗教音楽に目覚めた時機と重なっていて、神様のこと、イエズス様の事を伝えたくて求めていたから、なんだか現実味を増してしまったんだとおもいます。
それと、昔から私は「冗談が通じないやつ」としてとおってました。
今でも、笑われます。
とっても頭が固いというか、連想ゲームが苦手で、発想することには恵まれてないようです。
昔はかなりこのことでいじめられました。
前の家族からも頭が固いとよくいわれました。
今では「自己崩壊セミナー」と言ってみんなで抑圧を解いているからどんどん楽しい方向に行ってます。
心のリハビリは抑圧が原因で自分を自由に出せない人たちが自由に物事を言えるようにすることで、司祭を始め、男性の人たちがとっても楽しませてくれてます。

※メッセージ
2006年3月10日(金曜日)
(AM3:01〜3:31)
聖母マリア様からのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子、マリー・マドレーヌ、あなたを祝福します。
子供たちにお話しします。
長を信頼してください。
あなた方に与えられている長上の言う事をよく聴いてしたがってください。
長上はあなた方のために日夜身を捧げています。
ジャン・マリー司祭の重荷は非常に大きく、多くの助け手を必要としています。
あなた方は彼が言わない心の苦しみを知ることができないでいるので、彼(ジャン・マリー司祭)の苦しみは表面で見えるものとして、受け止められてしまいます。
彼は何十年も苦しんできました。
あなた方のやるべきことは長上に従順することです。
愛する子ども達、ジャン・マリー神父のために祈り、どうか天が愛している息子(ジャン・マリー司祭)を助けてください。
彼のために祈り、仕えてください。
あなた方を祝福します。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。


聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ

愛するリトル・ペブル、あなたを祝福します。
あなたの心をよく知っているのは母です。
苦しいけれども、耐えてください。
愛しています。
あなたを大いに用います。
恵みに恵みを加えます。
愛しています。
あなたを慰める母、安心できる場である母があなたを包み、マントで覆っています。
いつも避難所があります。
恐れないでください。
祝福に祝福を加えます。
受難の時を乗り切ってください。
愛しています。
勇敢であってください。
あなたを抱擁している母は、あなたの泣く時に一緒に泣き、あなたが喜ぶときに一緒にいて喜んでいるのです。
あなたは今大いなる悲しみを持って泣いています。
どうか気落ちしないで下さい。
あなたと共に泣く母がいて、あなたの涙を拭いてあげます。
恐れないでください。
愛しています。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
ロザリオの祈りをして最初の頃に風が手に吹いた感じを受けました。
印を求めるため、祈りを止めさせてもらいました。
印を求めたら印はありませんでした。
サタンに「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と私は命じました。
印がなかったことを司祭に告げて祈りを再開してもらいました。
7珠目になった頃です。
「長に信頼して」と言う女性のはっきりした声を聴きました。
すぐに印を求めるため祈りを止めさせてもらいました。
「印がありますか?」と尋ねたら『識別のためのしるし』がありました。
司祭に告げて聖櫃の前に行って「しもべは聞きます。お話ください」と私は祈りました。
そうしたらマリア様のローキューションが始まりました。
最後に「これは本当でしょうか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら識別のための印をいただきました。
続けて、私は「リトル・ペブルさんに伝言がありますか?」と尋ねたら印をいただいてマリア様がリトル・ペブルさんに話されました。
リトル・ペブルさんが苦しんでいることで、マリア様の悲しみが心に伝わってきました。
最後に確認の意味で「このことは本当でしょうか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のためのしるし』をいただきました。


一つの試練
長上に対して信頼する。
これは絶対必要なんです。
心の動揺や緊張をした第2ミサ。
私にとってはローキューションを受ければ受けるほど、自分の至らなさ、悪さが痛感させられます。
質問を取り次ぐ役目はリトル・ペブルさんに唯一許されていると聞いています。
今回長上の望みで天に聞いたことがあります。
けれど、印はなく何もこたえはありませんでした。
私はとっても緊張していたときでした。
「自分はそれに値しない。人の質問を取り次ぐのには値しないです。罪が深いから、謙らせてください。
それでも長の望みですから聞きます」とミサのとき祈っていました。
私はこの一つの出来事をくぐりました。
自分は動揺してしまったことで、悪魔のアタックも受けました。
『罪があるから、答えはないんだ」と言うように私の心は試練でした。

3月11日(土曜日)
○自己の認識
マリー・マドレーヌは比較が素で過去の人との関係にフラッシュバックを起してしまい、自分の至らなさ、汚さにどうしようもないほど昨日は苦しみ、泣くしかできなかった。
以前『自己崩壊セミナー』という言葉を書いたけれど、実は、このことは自己の持っているよくないところの認識をさせるものでリハビリ共同体とは心の深いところまで傷ついた人たちがその傷を抱えながらも神様に仕えることができるようにする。
これを司祭とコルベ・マリーは念願してきたと言っています。
冗談を言いながらも実に自分とはどういうものなのかを共に生活することではっきり知っていく。
そして、悪い自分を認めていけるのかそうでないかは自分の意思で決める。
押し付けではありません。
長が指摘したことは非常に心にいたいことを最初に言われることが多いです。
でも実際振り返ってみると、自分の弱さ、悪徳ははっきり現れていたんだと判ります。
私自身、ねたみとか人と比較する、これはいつも害悪なんです。
自分の持たないものをある人が持っていたら、それが引っかかってしまって自分にないといっては悩み、なにかがきっかけでうらやましい思いになっていく。
過去にいた女の子の性格によって苦しんだ傷に触れてフラッシュバックで反応してしまった私は本当に死にたいほど自分が嫌になってしまい、昨日はおいおい泣きました。
どうして妬んでしまうんだろう、自分ではそう思いたくないのに、どうしてそのことを考えてしまうんだろう。
そう思って「そんな自分が嫌で受け入れられない」と司祭に言ったら『違う。嫌だといわないで、そこを受け入れるんだ。自分とはこんなやつなんだってこのことを捧げればいいんだよ。悪いどうしようもないやつなんだって。
そして、楽しむんだ。過去にフラッシュバックを起してしまう自分をね。」と司祭に言われたわたしです。
「自分の妬む心が起きちゃう、そんな自分は許せない」と言った自分に『自分の悪さを楽しまなきゃだめだ」と指摘されちゃいました。
自分は決して材料は良くないです。
それなのにイエズス様は私を愛してくれる。
どうしたら言いの?何でこんな材料が悪くて、自分でも吐き気がするほど汚い心を持っている私をイエズス様、マリア様は愛してくれるの?
何度も何度も同じ失敗を繰り返す私を・・・。
昨日、どうしようもないほど泣いていたときに愛が押し寄せてきました。
自分の弱さを悔いて、心がずたずたになって、何もできない。ミサ中も何も祈ることができない、それなのに・・・。
天の皆さんが愛してくれる。共同体のみんなが愛してくれている。
1度お昼は食べないと言っていた私はある程度元気を取り戻してみんなと一緒にお昼を食べました。

●悪魔のアタック
第2ミサを昨日の夜にしました。
ミサ中は具合の悪さと眠さで何もできないほどでした。
睡眠不足もあって眠いのも本当に辛くてオルガンを弾くどころではなかったです。
そう、司祭がカリスの洗浄をしていたときだったと思います。
司祭の大きなくしゃみに私はびっくりして声を思わず上げてしまいました。
しばらくしたら悪臭がしました。
悪魔のアタックです。
サタンを追い出しました。
赦祷式を終えて、ロザリオを祈りました。
2回ほど祈りを留めさせてもらい、印を求めました。
3玉目か4玉目のときだと思います。
左耳に風を感じました。
印を求めたけれど、ありませんでした。
すぐにサタンを追い出しました。
7玉目が終わって8玉目になったときにまた風が強く吹きました。
印を求めましたがありませんでした。
イエズスの御名によってサタンを追い出しました。



☆3月12日(日曜日)
●悪魔のアタック

昨日(11日)の第1ミサの後、聖体降福式がありました。
最後にロザリオを祈ったとき、1度悪魔のアタックがありました。
何玉目か忘れましたが、風が吹いた感じを受け、祈りを留めて印を求めました。
けれど、印は在りませんでした。
サタンに『イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と私は命じました。

☆苦しみたいと望む
私にとって、今まで生きてきて、苦しみを熱望するという考えは本当にごく最近まで自分のものとして真剣に望めませんでした。
なぜって自分は障害を追って、精神的な苦しみもかなり追ったからです。
カトリックはイエズス様に自分の苦しみを捧げることで罪の償いをすることを言われます。
自分が神殺しであることを自覚させてそれほどまでにイエズス様を苦しませた自分の罪を償って犠牲を捧げるように言われますね。
自己犠牲です。
自分を愚かなもの、取るに足らないものであるからと。
神様が下さなければならない罰を身代わりにイエズス様が追ってくださった。
自分の汚さ、あまりにも汚れて神様の前では本当に蛆虫のような存在でしかないものを救うため、イエズス様が全部追ってくださった。
十字架にかかることで。
「自分は同じイエズス様の受けた侮辱を受け、見捨てられ、全てをささげることははたしてできるんだろうか」って本当に自分の弱さを知らされたときに思います。
それに世界の人たちのために、またリンボウと煉獄の霊魂のために犯した罪の罰を代わりに担わせてくださいっていう祈りを毎ミサでささげます。
でも、自分は苦しみがきたとき、果たして進んで担っているかな・・・。
そう最近になって思うようになりました。
苦しみたいと望む、これはたくさんの聖人が言っています。
幼きイエズスの聖テレジアも、シエナの聖カタリナも。
みんな徳の高い人たちはその心の深いところまでイエズス様の受難を愛して自ら苦しみをささげてるんです。
私自身、本当にみんなからおかしいと思われても良いくらい、虫の羽音が苦手なんです。
実は今年の1月の終わりか2月になってから、なんとカメムシが暖かくなったのを感じてごそごそと早く出てきたんです。
まだ、寒さは続いていたけれど、ストーブやちょっと日当たりがいいと屋根裏から家の天井のすきまを通って部屋にいたり、トイレや洗面所なんかにいたりするんです。
カメムシは害虫なので厄介なんです。
それにすばしっこいし、悪臭を出します。
羽音もはっきりしてますよ。
見た人は判ると思います。
体は甲羅みたいに硬いし、強い殺虫剤を撒かないと死なないんです。
畑の野菜とか食べちゃうんです。
歯も強いからなにか噛み切っているらしいんです。
そんな虫がけっこう去年はたくさんいて、毎日虫退治をしてました。
ここ何日かは急速に気温が上がっていて、春らしくなってきました。
雪解けもどんどん進んでるんです。
本当に虫の羽音で私は神経が過敏になっちゃってるんです。
夜、トイレに行ったとき天井のほうからなにか音がかさってしたように思いました。
それでもうだめなんです。
でも、後で聞いたら何もいなかったみたいです。
こんなことよくあります。
数時間前洗面所に虫が出ていたのを退治してくれたんだけど、まったく過敏になってた私はやっとトイレに行って出た後一言『イエズス、大すき』って言えるようになりました。
司祭は進んで苦しみを望んで苦しみを熱望するようにって何度も言います。
こんなちっちゃいことで嫌がってる私は大丈夫かなって思うんです。
イエズス様に『蝿ちゃんが出る前に死なせて』って祈っているんです(実は・・・)。
過去にも先にもこんなおかしい人は居ないよ!!

イエズス様は体の具合の悪さをささげてほしいと私にはっきり言われました。
苦しんでいるけれど、楽しんでと司祭に言われます。
具合が悪いときに気持ちを快活にすることで、苦しみが苦しみでなくなるんだと。
それに快活なら罪を犯さないですむと言います。
修道者はなにがあっても心を明るく、人前で不平な顔をしない。
これが求められるんです。
私たちはいろんな傷を負っていて、いろんな問題にぶち当たります。
特に私に限って言えば、問題児のなかの問題児と言って良いほど、1日中、人の手を借りないと生きていけません。
とんでもない私をイエズス様は愛してくれて、そのとんでもなさをぜんぜん気にしないんだというんです。
惨めさはぜんぜん気にならないんだと。
神様が求められるのは『信頼』なんです。
「『本当に愛してる』と言いながら愛していないなら侮辱をしてる」って司祭によく言われちゃうんです。
だから、本当に細かい出来事にまでイエズス様が愛撫してくれていると受け取るようにしないといけないんです。
私はまったくの幼子になる道に行くようにとイエズス様、マリア様、ヨゼフ様に求められているんです。
だから、人とは異なる反応をいっぱい抱えてます。
ありのままをささげて行こう、そう思っています。

第1ミサの前からまた悪魔のアタックがありました。
まず、トイレの中で久々にラップ音がありました。
カメムシのことで神経が過敏になっていた私はまず驚きました。
トイレから出て『スタバト・マーテル』の歌を歌っている最中今度は祭壇のほうから虫の羽音のようなかさっとした音。
そして、聖ヨゼフへの祈りが始まって時機に今度は自分の室内履きの中になにか玉のようなものが右足のなかに入った感覚でもうピリッとしてしまいました。
私は右の靴を脱いでひっくり返すほどでした。中の玉のようなものを出すためひっくり返しました。
触らないようにしていたんです。
でも、虫はいなかったし、何もそのあとは音はありませんでした。
完全に悪魔からアタックを受けていました。
第1ミサの前には頭痛がしていたけれど、元気を取り戻しました。

第2ミサでは、ものすごい眠くてオルガンも途中弾けなくなるほどでした。
何度もメロディーを弾けなくなっていたんです。
寒気もしました。


※メッセージ
2006年3月13日(月曜日)
(PM15:56〜16:13)
聖母マリア様からのメッセージ
(償いの日。秋田県湯沢にて)

愛する子ども達、あなた方を祝福します。
日本の大改心は神のみわざがあらわされるためになされます。
人がするのではなくて、神が救いたいのでなさいます。
どうか協力してください。
あなた方のなすべき事柄は一人ひとりそれぞれ決まっています。
恐れないで勇敢に立ち上がってください。
豊かに祝福いたします。
どうか謙って神の哀れみを求めてください。
多くの子らが神に対して侮辱しています。
どうか罪を償ってください。
あなた方の行く末を主に任せてください。
司祭の祝福をお願いします。

聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
愛するリトル・ペブル、聖母があなたを祝福します。
あなたは苦しみ、うめき、泣いています。
涙をもって種撒く人は豊かに刈り取ります。
あなたの勇気、愛、全ての善に対して、天は喜び、その捧げ物を本当に喜んでいます。
どれほどに浄配である聖母が慰められたかしれません。
あなたの信頼は一番しっかりした神に対する信頼をもっています。
苦悩しながら、それでもあなたは神をしたい、見上げてきました。
あなたは永遠の御父に対して、崇敬をし続けてきました。
絶対に忘れませんでした。
あなたのなすべきことは全て天によって用意されています。
勇敢であってください。
変容したときには誰もがあなたを『まことに神がつかわしたものである』と認めざるをえない大きな証しをもつことになります。
あなたを豊かに祝福します。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
3月13日月曜日、償いの日です。
ミサ中に聖なる香りのする風が吹いたような感じがありました。
このときに印を求めました。
けれど、印はありませんでした。
すぐにサタンを追い出しました。
聖体降福式が終わってロザリオを祈り始めました。
最初の玉でにおいや火のようなものを感じました。
印を求めるため祈りをとめました。
けれど、印はありませんでした。
サタンに向かって『イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と言って追い出しました。
3玉目か4玉目の頃、私はマリア様に「謙らせてください」と祈っていました。
そうしたら『神のみわざで日本の大改心は行われるんです」という言葉がきこえました。
印を求めるため祈りをストップしてもらいました。
印を求めたら『識別のためのしるし』をいただいたので、司祭に告げました。
聖櫃のところに行き、ひざまずいて「しもべは聞きます。お話し下さい。」と祈りました。
そうしたらマリア様の御出現でローキューションが始まりました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のためのしるし』をいただきました。
続いて『リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねました。
そうしたらすぐに印があり、マリア様がリトル・ペブルさんに話されました。
一番最後に確認を取りました。
「このメッセージは本当でしょうか?印はありますか?」と私は尋ねました。
そうしたら『識別のためのしるし』をいただきました。

2006年3月13日(月曜日)
(Pm20:36〜21:01)
イエズス様からの公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子、マリー・マドレーヌ、あなたを祝福する。
イエズスがあなたに話をする。
あなた方は喜んで神に仕え、喜んで仕事をしていってほしい。
天使があなた方と共にいる。
あなた方は天使と友情を持ち、何でも彼らに頼み、力をくれるよう頼みなさい。
あなた方に天使を大勢遣わしている。
天使に対して、日本は崇敬をもっていない。
今の教会では天使、聖人として有名な名前を記念として覚えてミサをしたりするけれども、その時限りで、毎日1瞬1瞬の交わりを彼らは意識していない。
しかし、あなた方はそうであってはならない。
天使と聖人、リンボウと煉獄の人たちに至るまで、助けを求めてつながりを大切にしていくように。
一人ひとりには必ず守護の天使がおり、保護の聖人が守っている。
あなた方はこのことをよく覚えておきなさい。
煉獄の霊魂にもある段階まで守護の天使がいて、彼らの救いのために祈り、仕えている。
神の命令を守る天使たちを偽りものとして見ないでほしい。
あなた方を豊かに祝福する。
司祭の祝福をお願いする。

イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
愛するリトル・ペブルに話をする。
イエズスがあなたを豊かに用いて膳世界のためにあなたを働かせる。
あなたは天使や聖人、また地上にいる人々を愛し、煉獄の霊魂とリンボウの霊魂も決して忘れずに愛している。
恐れないで助けを求め続けていくように。
あなたはまもなく解放される。
天に信頼して歩みなさい。
あなたの無実、潔白な証明が明らかにされるので、決して恐れてはならない。
愛している。
リトル・アブラハム、あなたを豊かに祝福する。
勇気を出し、全てを神に任せ、待ち続けてほしい。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
聖体行列から帰ってきて、1連ロザリオを唱えました。
祈り始めて5玉目か6玉目にきたとき、聖なる空気があり、においを感じました。
印を求めましたが、このときにはありませんでした。
サタンに向かって「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と言って追い出しました。
しばらくしたら私の左側でわりと強い風が吹きました。
風と共に『天使について』という言葉が聞こえてきました。
そこで印を求めました。
そうしたら『識別のための印』がありました。
聖櫃のところに行って「しもべはききます。お話し下さい。」と祈りました。
その祈りの後にイエズス様のローキューションがありました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?」と尋ねてしるしがあるかを尋ねました。
そうしたら『識別のための印』がありました。
司祭にこのことを告げました。
続いて「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と聴きました。
少し待ってしるしをいただいてのちにイエズス様が引き続き話されました。
愛するリトル・ペブル」という言葉が聞こえたので「しもべはききます。お話し下さい」と私は祈りました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。




2006年3月14日(火曜日)
(AM1:10〜1:44)
イエズス様からマリー・マドレーヌに与えられた公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子(マリー・マドレーヌ)あなたを祝福する。
イエズスがあなたに話をする。
あなたは身のまわりの事を整理して死に対して準備をしていくように。
決して悲しんだり、執着をしたりしないように。
愛している。
怖がらないで私がしたい事をさせてほしい。
あなたは謙遜になることによってのみ恵みを得る、このことを知り始めた。
あなたはもっとイエズスの十字架に近づいて、神であったイエズスがはりつけにされて多くの人からあざ笑われてなにもかもできなくなった、このことをもっと心の深くに刻み込んでほしい。
あなたは全てを長に信頼して私が与える事に眼を向け続けていくように。
恐れないで歩みなさい。
決してあなたを捨てないので、あなたに与えたものを十分に用いて、子供たちに書くことをあなたに命じる。
勇気を持って自分の弱さをありったけに書いていくことによってあなたは多くの恵みを得るので、恐れないで書き続けるように
私は天使を使わしてあなたを励ます。
勇気を持って記しなさい。
リトル・ペブルのために忠実に役目を果たすようにあなたに命じる。
あなたを最後まで導くのは、イエズスであり、あなたの母、マリアがあなたを支え、ヨゼフがあなたの最後まで保護をしていくので、あなたはもっと天により頼んでいくように。
私にこれからの苦しみに向かうときに力を頼みなさい。
愛している。
あなたを強め、苦しむことができるようにその力を与える。
あなたに挨拶をおくる。
小さな子どもであってほしい。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛するリトル・ペブル、あなたを祝福する。
あなたは勇敢であり続けなさい。
あなたは釈放されてのちに戦うことを知っている。
あなたの行くところに多くの天の遣いたちもいる。
何千、何万と敵が押し寄せてもあなたは力強く教会を確立して全て神の望みの通りに仕事を果たす。
私が力を与えて誰もあなたを否定できないようにする。
なぜなら、あなたは多く苦しみ、多くの犠牲を捧げ、神に喜ばれたものだからである。
恐れてはならない。
あなたを誰が倒すことができよう。
あなたを祝福する。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

2006年3月14日(火曜日)
AM1:44〜2:02)
聖母マリア様からミシェル・マリー・フランソワ(奥田力)へのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛するミシェル・マリー・フランソワに聖母がお話しします。
あなたは多くの痛みを負って、多くの犠牲を捧げてきました。
恐れないで聖母を呼び、イエズスを呼んでください。
あなたに任された仕事は愛する息子(ジャン・マリー神父)と一緒に担います。
決して一人ではありません。
怖がらないで幼な子になって天に近づいてください。
悲しみの聖母は涙する人と共に泣いているのですから、あなたを苦しめているのではありません。
天はあなたを必要としています。
謙遜の心を今持っているあなたに対して、天は喜び、恵みを加えます。
痛悔をして心が痛んでいるのを私は知っています。
悔やむ人を神は罰しません。
かえって『自分には罪はないんだ』という人に神は厳しい眼を注がれます。
あなたは日本の救いのために祈ってきました。
真理を求めてきました。
1度聖母から離れたけれども、あなたは帰ってきてくれました。
どんなにあなたを待っていたかしれません。
愛の母があなたをマントで包みます。
勇敢であってください。
長の望みに従順してください。
あなたの行く末を主に任せなさい。
豊かに祝福します。
司祭の祝福をお願いします。

マリー・マドレーヌ
13日の第2ミサを夜にしていました。
あと数分で、夜中の2時になろうとしています。
ロザリオの祈りを始めた時に私の目の前で冷たい風を感じたので、祈りを止めてしるしを求めました。
けれど、このときにはしるしはありませんでした。
すぐにサタンに向かって『イエズスの御名によって命じる。出て行け!』と言って追い出しました。
もう少し進んだらロザリオを持っていた右手につめたい聖なる空気のような感じを受けました。
祈りを止めさせてもらってしるしがあるか尋ねました。
そうしたら『識別のための印』がありました。
聖櫃のところに行って「しもべは聞きます。お話し下さい」と私は祈りました。
イエズス様が話されたことが判りました。
今回、人数がいる場での死の予告があり、これで4度目になりました。
何日か前から『整理をしなきゃいけないかな』という促しのようなものを感じてすごしていました。
そうしたら今回このことをはっきり言われたので、これからももっと謙りたいという思いになりました。
書き物のことでもまだ書き足りないことをイエズス様から言われてもっと謙るんだと思っています。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のための印』がありました。
このことを司祭に告げました。

続いて「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねてしるしを求めました。
そうしたらしるしがあってイエズス様がリトル・ペブルさんにお話しされました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。

ミシェル・マリー・フランソワに対してのローキューションを受ける前に長から「ミシェル・マリー・フランソワを通して語られることありますか?」と尋ねるように言われましたので、私はそのように尋ねましたらしるしをいただきました。
しばらく待っていたときにしるしがあったので、司祭にこのことを告げました。
もう1度来るように言われ、聖櫃のところに戻って「しもべはききます。お話し下さい」と祈りました。
そうしたら「ミッシェル」と呼びかけられるマリア様の声があったので「しるしはありますか?」と尋ねました。
その時にしるしがあってマリア様のローキューションが始まりました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたところ『識別のための印』をいただきました。



3月16日(木曜日)
女性恐怖症の私
このことを書くのに大変苦しみました。
と言うのは私自身の心の傷の根源に触れるからです。
母親らしさが少しでも見られると非常にショック状態に陥って顔の表情も変わってしまいます。
実際、私は異常なほど言葉に反応しやすく、どうにもならないほどひどい傷を負っているのをトラブルが起きるたびに瞬時知らされ、激しく心が引き裂かれます。
それでかってに誤解し、一人の殻に閉じこもる行動を取ってしまう。
そんな思いに悩まされているので話したくてもうまく話せない。
だから、長上のところに私は行くしかできなくなっていったんです。。
愛着形成がなかなか進まず、話せたかなと思ったらやっぱりどこかで違う見方をしてしまう。
私は「察する」という行動を相手に向けてしまうのでその判断は非常に悪いと司祭から指摘を受けました。
相手の言わないところまで察するのはよくないと。
女性は感覚的に人を判断しやすく、物事を感情で固ずけてしまうので、よくないといわれました。
何度も何度も、同じ失敗をしてしまいやすい私は自分で攻めなければ自分を守ることができなくなっています。
『自分を責めないでね。」と私に昔から言っていました。
周りではとっても外見がしっかりしていて、何も障害がないかのように見えるみたいです。
でも、心の中はちょっとしたことで動揺してしまいます。
以前、こんな経験をしました。
14日の火曜日のことです。
診療にいったとき、いつごろから症状が出たのか、経過について問診を受けていました。
何度も細かいことを聴かれて段々私の答えがちぐはぐになっていきました。
聴かれたことを順序を追って聴いているのだけれど、答えを一つはずすとどんどん質問が来て、私の心の中にパニックが起きてしまいます。

だから、話をたくさんしたいけれど、傷から来る過剰反応のために私はどうやって人と話したら良いのかわからなくなった状態で、昨日は大変苦しみました。
1日中、体に緊張が走り、少し休みたいと思って、横になってもだめでした。
何かを聞いたりしてすごさないと落ち着かなくなってしまったんです。
今日は少しずつ心が開かれたかな、そう思います。
自分の心を開くようにしようかと思ってやって見るけれど、とっても心の中は不安です。
自分が言った言葉がちゃんと相手に伝わるのか判らなくて身構えてしまうんです。
質問をいっぱい受けると場面完黙に陥ってしまうんです。
勝手な誤解が在って、何度も妬みそうになったりして自分はびっくりしてしまいます。
自分の心の汚さ、何度痛悔しても同じ失敗をする、そんな私に対して昨日は胃の調子が悪くなるほど体の具合がよくありませんでした。
午後休んでいたけれど、なかなか眠れないでイエズス様にそれでも『悪いことおきないよね」と話していました。
司祭が帰ってきたらとっても安心してしばらく休むことができました。
私は人とのかかわりについて昔から心の開ける人がいたらその人にいっぱい話していくわりと明るく見える性格でした。
そして、心の通った人の言葉をすぐに信用してついていく。
けれど、何かトラブルと人不信に陥り、信用ができなくなってしまう。
そんな傷も抱えている私です。
裏切りも体験したので、なかなか心を割って話すことがしづらくなってしまいました。


※メッセージ
2006年3月16日(木曜日)
(AM8:26〜8:51)
聖ヨゼフ様からマリー・マドレーヌ杉浦律子に与えられた韓国の人々への公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖ヨゼフ
愛する子ども達、あなた方を祝福する。
私、ヨゼフがあなた方に話をする。
恐れてはならない。
韓国の人々の救いのために、あなた方は祈り、身を捧げてきている。
一番近くて交流がしやすい国ではあるけれども、過去の戦争で受けた傷により、まだ日本人と韓国人の絆が十分ではないことをあなた方は知っている。
彼らのこれからの道は大変苦しみに満ちていて、北朝鮮の人々の韓国に対する敵意が強いので、彼らを一刻も早く救い出さなければならない。
殉教者たちに取次ぎを願うよう、韓国の人々に告げ、韓国の人々が愛するリトル・ペブルのもとにこれるようあなた方、愛するこどもたち、祈り続けなさい。
ヨゼフは世界中の子供たちのために祈り、取り次いでいるので、どうか愛するマリアと一緒に仕事をしてほしい。
あなた方の全てを理解するヨゼフがあなた方を支え、導くから、何でも打ち明けてどんな些細なことでも話をしてほしい。
あなた方、子供たちを祝福する。
司祭の祝福をお願いする。

聖ヨゼフ様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖ヨゼフ
愛するリトル・ペブル、あなたを祝福する。
あなたはヨゼフを愛してくれている。
私があなたに出現して話すことについて、多くの讒言、多くの誤解等があることを知っている。
あなたはそれでも天を慕い、信じて歩んできた。
『天の約束は必ず成就する』とあなたはいつも信じてきた。
『神の約束は変わらない』といつも話したり、書き物で残したりしてきた。
そして、その信仰通りにあなたは全てを捧げて神に仕えてきた。
勇敢でありなさい。
あなたを愛するヨゼフが共に戦い、あなたに大きな恵みを注ぎ続ける。
あなたは天が語る言葉を一言も漏らさずに聴き、そして神の御旨を果たすことができるよう祈り続けてきた。
あなたは何度も何度も苦悩しながら全て神に任せてきた。
私は常にあなたを支えて『全て悪いことはおきない』という心をあなたに与えてきた。
愛する子、リトル・ペブル、あなたは最後の時期に来ているから、苦しみはこれ以上あなたに近づかない。
敵はあなたを苦しめ、根絶やしにしようと躍起になっているけれども、天が立てた最後の教皇としての勤めをするのはリトル・ペブル、あなたである。
恐れてはならない。
勇気を出しなさい。
あなたを祝福する。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
まず、第1ミサ中に百合の香りがしました。
このときに「しるしはありますか?」と尋ねました。
けれど、しるしはありませんでした。
すぐにサタンに「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と厳命しました。
ミサの全てが終わって、ロザリオを1連祈り始めて次期です。
3玉目か4玉目ぐらいに百合の香りがしました。
鼻につくような匂いがあったので、祈りを止めさせてもらい、しるしを求めました。
けれど、『識別のためのしるし』はありませんでした。
私はすぐに「サタン、イエズスの御名によって出て行け!」と命じました。
そうして2玉ほど進んでからまた百合の花の匂いが目の前でしました。
祈りをすぐ止めてしるしを求めました。
最近何日かおきに続くようになった御出現で緊張するようになっていた私は悩んでいたので「心を落ち着かせたい』と祈ってしるしがあるかを尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただいたので司祭に告げました。
ひざまずいて聖櫃の前に行き「しもべは聞きます。お話し下さい」といのりました。
そうしてローキューションが始まり、ヨゼフ様が話されたのが判りました。
はっきりとゆっくりと優しくヨゼフ様の声が聴こえてきたのです。
本当に私は緊張がほぐれてきました。
最初のローキューションが終わったときに
「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたところ『識別のための印』をいただきました。

続いて「リトル・ペブルさんに伝言がありますか?」と尋ねてしるしを求めました。
少しの時間待った後『識別のための印』が在りました。
このことを司祭に告げて私は「しもべは聞きます。お話し下さい」と祈りました。
引き続きヨゼフ様が今現在監獄の中にいるリトル・ペブルさんを励ますメッセージを話されました。
最後に確認をとりました。
「このメッセージは本当ですか?しるしはありますか?」と私は尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。





3月18日(土曜日)
悪魔の気がつかないところでのアタックをまた司祭に指摘されました。
最近ミサになると、具合が悪くなり、ミサ前に唱える祈りの最中からどうにもならないほど弱さと眠さもはっきり出てしまっていました。
昨晩の第2ミサのときです。
『悪魔祓いの一般的な祝福の祈り』を捧げていたときです。
私は体の疲れのため、やる気が失せていました。
手はそんなに痛んでいなかったのですが、ひどい眠気とおなかの具合の悪さで何もしないでいました。
そうしたら『手が痛くなくて動かせるんだったら十字を切って祈りなさい』と司祭から言われました。
敢闘精神が薄れているといわれたのです。
本当に私は具合が悪いと何もしたくなくてその状態に屈服していたので、それは戦っていかないとおとなしくしていたらそこを悪魔にやられるという司祭の助言で、神秘家特有の具合の悪さも全部逆用して捧げるように言われました。
十字を切るときを大切にするよう以前マリア様から言われていたのに、私は大切にしてなかった。
悔い改めて気持ちを入れ替えました。

今日の朝、このことを第1ミサが始まる前に言われて悪魔祓いの一般的祝福の祈りをし始めたときです。
悪魔に対して言明するところがあるんですが、そのところで悪魔の笑い声を聞きました。
悪魔によるアタックです。
本当に気がつかないところで巧妙な手口で私は悪魔のアタックを受けていて、自分で気がつかず、司祭が見破るということが何度もあります。
一番弱いところを悪魔は突いてくるので、天に対して開かれた扉は地獄にも開かれているので、油断しないように言われました。

☆3月19日(日曜日)
自分のことは話さない

このことについて、司祭が私に命令として言ったことばです。
『自分のことは話さない』これは自分自身の事を聞かれ、また求められたとき、もし話をしたら必ず自分を持ち上げることに繋がる。
謙遜になるためには自分の話を人にしないのが一番良い。
傲慢になることから身を守るので、自分の悪さだけ言って自分とはこんなに悲惨で罪深い存在だから、決して良いものはないんだという。
修道者は自分の話を人にしないことをよく司祭から聴きます。
そして、もし何か尋ねられたときには忘れたとか自分のことは話したくないと言う。
家族の事を話す、これもしないんです。
修道者は家族を捨てた身分ですし、マリア様に、イエズス様に身を捧げた人たちなので、個人的な話はしないのが普通なんだと。
本当によく言われます。
謙遜になるためには自分の事をみんなに言うのではなくて、自分を主人公にするような話をしない。
そしてこの話題になったら避けて禁止されてると言って話さないようにする事を今日司祭と話していて言われました。
まだまだ私は自分の事を見つめがちで、悩みとかいっぱい言ってしまうから、イエズス様の望みを全部心に納めてすごしたい。
そう思っています。
日本の大改心の事を第1にするんだったら自分の問題に眼を向けることをしないはずだと。
霊魂を救いたい、そういう思いが一番にあったら自分の事を見るのはまだ自分を愛していて、まだ見たことのない霊魂を愛していることにはならないから、自分中心の話題は絶対拒否する。
私にはこれがいま一番必要です。
傷から来る弱さと戦いながらも、変えることのできる部分は全部意志を奮い起こしていく以外にありません。
信仰は見ないで信じるのが一番いいんです。
何かを見ながらだったら信じていることにはならないもの。
信頼する。
これは私にとって一生の課題です。もっともっと自分の悪さ、悪党である自分をさらけ出していく必要があるし、まだいっぱい隠れた悪さがあるはずだから、毎日過ごす中で、過ちを何度も何度も犯す私を書き残して行きたい。
そう思っています。


☆3月21日(火曜日)
二十日は1日旨が苦しかったです。
朝方、心臓が久々に痛くなりました。
そうして、ミサになったら息苦しさを感じるようになっていったんです。
1日中辛かったです。
夜、『エクソシスト』を見ました。
日本語吹き替え版だったので、十分に聞くことができました。
このあと、ミサがあって、大変な眠気に襲われました。
喉のほうから圧迫もあって苦しかったです。
昨日の夜、口から何かが出たような感じも受けました。

今日の朝、こんなことを言っていました。
半分目覚めた状態だったんでしょうか、神様に礼拝をしていたようです。
でも、しるしはありませんでしたから、あとになってサタンを追い出しました。
私が言っていたことはこうです。
「神よ、哀れみたまえ。あなたの至上権を認めます。
どうか私を哀れんでください。」と。
天からのものではなかったけれど、紛らわしい夢でした。

今日の第1ミサも苦しかったです。
体のだるさも日に日に強くなっているようです。
死に向かっているんだな、そう思う私です。


☆3月25日(土曜日)
今日の夜、司祭にこのことを言われました。
長の望みを第1にする。
このことは以前書きました。
これに付随することがありました。
「司祭はこういうけれど・・・」
このあとには「私の考えは違う」という反発心がある。
長はこういうけれど、私はこうおもう。
この考えから来るのは自分を第1にして、傲慢になることです。
大体自分の考えを前面に出したらとっても苦しい状況になってしまってあとで「やっぱり長の言うことが正しいんだ」と反省が生まれます。
本当に長の言われたことから神様の御旨(みむね)を汲み取っていくのが修道者の生き方です。
長の言われたことが神様の御旨(みむね)であるという事を理解をするまでたくさんの経験をしてきました。
何度も経験することによって従順の功徳を知っていきます。
一般的に、この世で生きている人にとってはとっても考えられないことです。
でも、修道者はたとえ長の言われたことが自分の思いに合致しないということを目の当たりにしても、忍耐とか従順というとってもすばらしい宝を得ることができます。
実際、ヨゼファ・メネンデスはイエズス様の御出現を知らない長のところに送られて大変な試練を受けました。
忍耐してイエズス様の言われるとおり、長の望みを第1に優先して行ったのです。

私は最近長の言われることにいち早く従うということがなくなっていました。
ミサにも集中できなくて一緒に霊魂のために祈るという愛が燃え上がらなくなっていってとっても冷めた状態で何日かを過ごしていました。
変な考えがあって私は本当に苦しかったし、大変な危険を犯すところでした。
ものすごいむなしさが私を襲っていました。
虚無感があって、ミサの前の祈りのとき『悪魔祓いの一般的な祝福の祈り』を捧げているときに何もしなかったんです。
十字を切る場面で私は何もしなかったら
「手が痛くなくて動かせるんだったら十字を切りなさい」と司祭にはっきりと指摘されました。
とっても長に対する信頼が薄れてしまってどうにもならないもんもんとした思いが私の心の中にあり、大変苦しみました。
でも、最初に言ったようにそこには『傲慢』が私を支配しようとしていたんだと思います。
長の言う事を聞く。
これから先を左右する重大な問題が在ります。
不従順だったら必ず離れてしまう。
そういうことに成りかねないので、自分の気持ちを踏みにじって長の望むことをしっかり心に留めて従いたい。
そう思いました。
体の具合が悪くて、何もしたくない。
その時に『くそ意地』で対抗する。
何もしないでおとなしくしていたらどんどん悪魔のアタックを受ける。
最近、自分では気がつかないところで悪魔のアタックを受けていて、見破ることができません。
司祭がいつも気をつけるようにと言ってくれます。
それでも、今回は苦しみました。


葉山御用邸へいく
☆3月27日(月曜日)
第1ミサを終えて、ロザリオの祈りが始まってすぐに手に空気を感じました。
印を求めましたが、在りませんでした。
サタンに向かってイエズスの御名によって出て行くよう命じました。
今、また何も感じない、何も慰めがないという暗夜の状態に入っています。


☆3月28日(火曜日)
27日から横浜にきて、葉山御用邸近くで止まっていました。
天皇、皇后両陛下にお会いするために私たち3人はホテルに泊まっていました。
リトル・ペブルさんの牢獄からの釈放のために力添えを頼むため、両陛下にお会いできる機会が来るのを待ちながらすごしていました。
午後、こんな出来事がありました。
葉山の海岸でベンチに座っていたら通りがかりの子どもずれの女性に会いました。
少し話していたんです。
司祭が私の受けたメッセージを渡して「近いうちにマリー・マドレーヌは『生贄の使命』を果たす意味でイエズス様から死の予告をされている」とその女性に話したら突如女性の態度が変わって『それはおかしいですよ。サタンじゃないですか」と声を荒げました。
その女性は『生贄』という言葉にものすごい抵抗感を露にしたのです。
司祭はそれ以上説明をしませんでした。
その女性は「イエズス様は『誰もその人から命を奪うことはできない』と言ってるじゃないですか。生贄なんて。そんなのおかしいです。延命ですよ。」と。
司祭は『議論はもうしないです」と言って話を打ち切りました。
女性はメッセージをすぐに返してきました。
ちょっと私と二人だけで話すときがあって「修道女になれなくても長く生きたいと思いませんか?ここよりトラピストとか行ったほうがいいんじゃないですか?」と言われていろいろ私は答えました。
「他の事はだめなんですか?」と聞かれたので、以前歌を歌っていたことと視覚障害者のためのパソコン教室でインストラクターをしていたことを言ってそれを全て捨ててこの修道会に来たことを話しました。
それ以来私の心は動揺してしまって大変な危険を冒すまでにまた試みの中に入れられました。
司祭はあとで「土台が違うので、話をいくらしても無理」であることを話してくれたんです。
イエズスの『十字架』に「No!』を言うのはニューエイジャーの思想なので本来持っているカトリックの『生贄として十字架を担う。苦しみを進んで望み、受け入れる』と言うことと真っ向から対立するため、議論はしてはいけない。
そう教えてくれました。
この世での幸せを願い、苦しむことを拒否する人たちは十字架にたいして『No』なんです。
彼らとまったく反する考えを私たちは掲げています。
そのことを知らず、影響をくらった私は長に対する『不信』という罪に陥り、大変不安の中で数日間を過ごしました。


☆3月31日(金曜日)
(聖ヨゼフのいと清き御心の祝日)

●悪魔のアタック
午前中紛らわしいローキューションがありました。
とっても優しい声で男性で『幼子になるのだよ』と言う声を私は聞いたのです。
ミサ前でした。
司祭に話しました。
しるしは在りませんでした。
すぐにサタンに向かって「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と私は言ってサタンを追い出しました。

今日はお祝い日です。
ヨゼフ様の『いと清き御心の祝日』で、もう私たちは喜びでいっぱいでした。
私は幸せのなかにいました。
この生活ができることに本当に幸せを感じていたんです。
夜はシュークリームとプリンを食べて、ささやかなお祝いをしたんです。

夜、ちょっと寝たあと、急に私の心になんともいえない絶望感が襲いました。
理由もなしにです。
ものすごいむなしさ、空虚なものが心を支配するように思えました。
第2ミサは夜することが多くなっています。
特に第2ミサは数日の間に亡くなった霊魂のために葬儀をするミサとして捧げています。
私は寝てしまって司祭に起されました。
起きたときからものすごい怒りに似たものを感じて何もかもが嫌で、司祭をまた困らせました。
今回はとってもよくないことをしちゃった私なんです。
いつものように「愛する時間だよ。イエズスが待ってるよ。リンボウと煉獄の霊魂も待ってるよ。」という優しい司祭の言葉に対して私は布団にもぐりこみながら、司祭を蹴飛ばす行動をしたんです。
本当に激しいだだをこねちゃった私です。
で、「オルガンは弾けないよ。」と言った私に対して司祭は「いいよ」と言って許してくれました。
何とか起きたけれど、何にもやりたくない、やる気が起こらないという心の状態はミサ中ずうっとありました。
体の具合も良くなかったんです。
手も少し痛かった。
非常に汚い私、愛がぜんぜんない私です。
本当に『不信』をものすごいあらわすような行動をしてしまったんです。
ごめんなさい。



☆☆4月一日(土曜日)
今日から4月。
激動の3月は終わって、また湯沢での生活を昨日から始めました。
今日の夜のことです。
司祭から今までわたしが数日間過ごしてきた態度はまったく違っているという指摘を受けました。
私はあの出来事以来、悪魔の試みに会って、『幼子、かわいらしさ』という特別私に持たされたものから遠ざかって『大人』をあこがれることをしていました。
聖人を意識してしまったのと、司祭の言うことに不信を抱いたことからこんなに苦しまなければならなくなりました。
ストレスも抱えるほど。
マリア様、イエズス様、ヨゼフ様は司祭を通して私の進むべき道は『かわいさ』を保つ事であると教えてくれたんです。
『初心に帰る』。これを司祭が私にはっきりと言ってくれて私は泣きながら聞いて従う決意をまたしました。
自分で自分の首を絞めるようなことはしてはいけないです。
背伸びは絶対にしてはいけないのに、ちょっとした事から心が揺れ動いてしまう弱い私をまた改めて知らされました。

今日から『謙遜になるために自分を意識して1日に100回自分を謙らせることをしよう。そう司祭にいわれました。
10分に1回は自分の悪さを認める。
自分の事を悪く言うとか・・・。
意識するんです。
受難の週刊が明日から始まるのだそうです。
9日には『枝の主日』があり、聖週間が始まります。
司祭がこのことを教えてくれました。
自我に対して死ぬことを意味して、この1週間は喪に伏す。
教会では御像に紫の布を覆うのだそうです。
絵もまったく見えないようにするんだとか。
伝統を守る教会では今でもこのことをしてるんでしょうか。
司祭は昔このことが在ったと話してくれました。
自分に死んでイエズスの御受難に一致する。
このことを心がけるようにする。
ちなみに私たちは布を覆うことはしません。
さっき言ったように自分を謙らせることを100回するように意識する。
自分の弱さを認めてすごすことをしていこうと今日司祭が私たちに言いました。

夜、司祭がこんなことを教えてくれました。
第2ミサのときです。
罪に染まった衣を着てミサにきなさい。
自分が生まれてこのかた犯してきた罪が衣1面に書かれていることをイメージするなら、ミサのあずかり方は変わるということを司祭に言われて、私の心の内面が何か変わったようです。
神様の前に立つことは本来できない存在なんです。
それを黙想しました。


※メッセージ
2006年4月1日(土曜日)
(PM12:41〜13:22)
聖母マリア様からの公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
愛するマリー・マドレーヌ、あなたを祝福します。
聖母があなたにお話しします。
イエズスの受難をあなた方は黙想してください。
あなた方の行いを心から喜び、あなた方に感謝をしております。
愛するリトル・ペブルと一致するためにあなた方は動いてくれました。
あなた方の勇気を心から感謝しています。

あなた方の愛がこのことによって増していることを私は喜んでいます。
愛するリトル・ペブルのことで、あなた方の愛が深められているのを私は本当に嬉しく思います。
特に、愛する息子、ジャン・マリー神父と、コルベ・マリーの働きを、そしてロンジン・マリーの勇気を本当に感謝しています。
男性の人たちには本当に力強い、力強い恵みが注がれていく必要があります。
本当に男性の柱で立てられる共同体があちこちに起されていく必要があります。
男性の力強さと女性の愛と合わさった共同体がこの世に証しされなければなりません。
リトル・ペブルはこのことを望んでいました。
けれども、人間の弱さのゆえに権力争いに落ちて序列がされています。
男女は互いに助け合うべきなのに、男性は男性のなかで、女性は女性の中で争い、愛が欠けた共同体になってしまいました。
聖母は愛を求めています。
けれども、模範を示さなければならない共同体が混乱してしまいました。
あなた方、日本においてはそうであってはなりません。
お願いですから、愛し合ってください。
愛し合うところに人々はしるしを見ることになります。
勇気を出してください。
あなた方のなすべきことは、全て長上につたえますから、長上が言うことを聞いてください。
彼(長上)が望むことをあなた方は心に留めて彼(長上)の声に耳を傾けてください。
あなた方を愛しています。
ねたまないでください。
愛し合ってください。
悲しみをあなた方は知ってください。
聖母の痛む心をどうかなおざりにしないでください。
これからたくさんの女性が送られてきます。
彼女たちはシスターとして働くことになります。
序列を作らないよう、シスターどうし、互いに愛し合っていくように、あなた方は教えてあげてください。
彼女たちはマザーの言う事を聞き、従います。
愛しています。
マリー・レベッカと、マリー・マドレーヌの性格は大変違っています。
神様のご計画にそれぞれ従ってください。
愛しています。
引き続き、リトル・ペブルのために祈ってください。
司祭の祝福をお願いします。

2006年4月一日(土曜日)
(PM12:41〜13:22)
聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
愛する私の浄配、リトル・ペブル、あなたを祝福します。
あなたは非常に苦しみ、呻き、泣いています。
世界があなたを苦しめたから、あなたは多くの困難を乗り越えねばならなかったので、本当にあなたの心はずたずたにされました。
悲しみの聖母があなたと共に泣いています。
あなたを慰める人を天は用意しています。
苦しみの絶頂の中であなたに身を捧げることを望む人々を天は探し、整えています。
あなたは希望を持って天のなす事に身を任せてください。
愛しています。
あなたを祝福します。
勇気を出してください。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。

マリー・マドレーヌ
ミサが始まる頃から涙が流れるようになって、しばらくすごしました。
今まであった事柄に対して、マリア様に感謝していたのですが、どこか悲しみが心の中にありました。
ミサ中感謝をしていたけれど、私の魂がからからに乾く状態になりました。
また、儀式にそって進められる中で、イエズス様に対して信じる心がマンネリ化するようななんとなく冷めた状態に私の心が陥っていくので、「どうか助けてください」という祈りをしていました。
ロザリオの祈りになってしばらくしたら左の首のところに〜耳の近くのところです〜
風を感じました。
普段吹かないような風が吹いたので、祈りをやめて印を求めました。
識別のための印があったので、司祭に告げました。
前に行って、聖櫃のところにひざまずいて
「しもべはききます。お話し下さい」と祈りました。
そうしたらマリア様が話されました。
途中少しテンポが速くなり、自分の口にしゃべらされるような感覚を感じました。
司祭がいち早く見抜いて、聖水を撒いてベネディクトの十字架で十字を切ってくれました。
私はサタンに対して、
「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と厳命しました。
しばらく沈黙して印を求めました。
しるしがあったので司祭に告げました。
マリア様は待ってくださって最後まで話してくださいました。
メッセージが終わったあと、確認をとりました。
「このメッセージは本当でしょうか?印はありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。

引き続き「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねました。
しばらく待ちましたが、なかなかしるしがなくて、司祭が十字を切って聖水を撒いてくれました。
そうしたらしるしがあったので司祭に告げました。
私は「しもべは聞きます。お話ください」といのりました。
このときにも聖母マリア様が話されました。
マリア様の悲しみが深く伝わってきました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら、『識別のための印』がありました。

☆4月二日(日曜日)

受難集
受難の週刊が始まりました。
今日のミサは途中涙がでました。
主の祈りが終わって、ホスチアが司祭によって割られる場面にきたとき、私は心の痛みを感じました。
自分のために砕かれたイエズス様を思ったら本当に心が痛みました。
自分が負うべき罰をイエズス様が代わりに追ってくださって神様からも見捨てられたんだと思ったらイエズス様、こんな私のために死んでくれてありがとう」としか言えなかったです。
聖体拝領ではもう涙が出てしまって・・・。
あとで、泣いてたことを司祭と話してたら「神秘家はもう・・・」って言ったから
「『こまりもんだよね」って言いたいよね』と私は言いました。
感覚的に感じやすい神秘家は本当に不思議な存在ですよね。
私は笑ってしまったんです。
ミサが終わって、ロザリオを祈っていたときです。
8玉目が終わったときに左耳のところに風を感じました。
しるしを求めましたが、在りませんでした。
サタンを追い出しました。

今日、司祭とマリー・レベッカが修道服につける「チングルム」に使うものを買ってきてくれました。
チングルムは修道服に付けるひもです。
三つの誓願を表すように結び目がつけられてるのです。
従順と清貧と貞潔の三つの誓願です。


☆4月三日(月曜日)
今日、司祭にこの指摘を受けました。
謙遜になるよすがとして心に留め、自分を見つめなおすことを意識しています。
私はミサに慣れっこになってました。
そう、恵みになれてしまうんです。
感謝がなくなるのは『恵み対してすれる』という心の状態になる。
聖なることにすれる。
修道生活をしていると『すれる』という心の状態が起こり、神様に対する情熱が薄れていくのだと司祭が教えてくれました。
私は人が受けない『マリア様やイエズス様の声を聴く』という恵みを受けています。
ところが、この『幻視やローキューション』に慣れっこになってしまって『すれる』というよくない状態になります。
当たり前の感覚が実はよくない状態で、いつの間にか恵みを無駄に受けてしまうという生活を送るのはよくないです。。
そういうことにたいして、本当に謙る必要があることを言われました。
それと、司祭から「守護の天使に大天使聖ガブリエルが使わされるのは普通ではない」とも言われたのです。
感謝が少なくなってしまった私は大いに恥じました。


※メッセージ
2006年4月4日(火曜日)(AM9:12〜9:37)
聖母マリア様からの公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
愛する子ども達、あなた方を祝福します。
聖母はあなた方を愛し、日々あなた方と共にいて、あなた方に行くべき道を指し示しています。
皇室の事で、あなた方の大きな苦労は天に覚えられていることを知ってください。
雅子妃殿下と美智子皇后陛下は皇室に撒かれた種です。
黒田清子、彼女も聖母に会っています。
引き続き、彼女たちのために祈り続けてください。
彼女たちは生贄として捧げられています。
幼な子たちも育ち、彼女たちの教えを受けています。
希望を持ってください。
あなた方は皇室の壁がまだ厚いことを身をもって知りました。
神が介入して彼らの心を照らします。
恐れないで神がしようとしている事を見てください。

あなた方はイエズスの聖体がどれほどに冒涜されているか知りました。
非常に、非常に冒涜されているのです。
もっと聖体に対して、深く、深く崇敬してください。
イエズスが過去たくさんの幻視者、神秘家を通して語った「聖体に対して大切にするように」と言った言葉を、どうか心にとめてください。
愛しています。
あなた方はそれぞれの道を歩んでください。
イエズスの言葉は投げ捨てられています。
また、教会は聖母マリアを愛する人たちを毛嫌いして『聖母きちがいだ』と言って彼らを外に追い出しています。
あなた方は愛し合ってください。
豊かに祝福します。
日々、自分と向き合ってください。
イエズスの受難を黙想してください。
あなた方を謙遜の道へと私は導きます。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。


聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
苦しみの中にある愛する愛しい子、浄配であるリトル・ペブル、あなたを愛しています。
苦しみのただなかにあって、なおもあなたは信じ、希望しています。
あなたは今までにない苦しみを経験しています。
苦しみの絶頂の中で、あなたは全てイエズスが受けたものと同じ事をあなたは受けています。
あなたは見捨てられたと実感しています。
あなたは本当に嘆き、苦しみ、どん底にまで落とされました。
あなたの浄配はよく知っています。
神によりすがってください。
あなたを天が支えます。
あなたを祝福します。
神の御旨を忠実に果たすリトル・ペブルをまもなく世界は知ることになります。
あなたを豊かに祝福します。
恐れないでください。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。


マリー・マドレーヌ
ロザリオを祈っていたときです。
第3玉めのところで、唇に風が触れるのが判りました。
私は祈りをとめて、しるしがあるかを尋ねました。
そうしたところ『識別のための秘密の印』がありました。
私は聖櫃のところに来てひざまずきました。
「しもべは聞きます。お話下さい」と私は祈りました。
聖母マリア様が話してくださいました。
最後に「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。
続けて「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねました。
少し待ちましたが、しるしがありました。
私は印があったことを司祭に告げました。
「しもべは聞きます。お話し下さい。」と私は祈りました。
そうしたら先ほどと同じく聖母マリア様がリトル・ペブルさんを励ますメッセージを話されました。
最後に「このメッセージは本当ですか?しるしはありますか?」と確認をしました。
そうしたところ、すぐに『識別のための印』がありました。



※メッセージ
2006年4月5日(水曜日)
(PM14:10〜14:46)
聖母マリア様からの公的メッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
愛する子ども達、あなた方を祝福します。
愛しています。
聖母の声に耳を傾けてください。
あなた方を多くの事業のために用います。
神が望まれる事に従ってください。
神が語られる言葉は真実で絶対に変わることはありません。
天皇陛下に神が望まれている事を、直接天皇陛下に告げます。
天皇陛下は直接神の印を見ます。
神は日本を愛しています。
しかし、日本は唯一真の神を知らず、神として崇めることができない民です。
多くの罪を犯し続けており、ソドムとゴモラのような国で、当時のソドムとゴモラと同じ時に存在していたならとうに滅びていました。
神は哀れみ深いお方です。
子ども達、一人として滅ぼしたくないのです。
でも、頑なに拒むなら、神は裁きを下さずにいられないのです。
子ども達、神の哀れみを侮らないで下さい。
あなた方を愛しているイエズスがリトル・ペブルをあなた方の指導者としてあなた方に与えました。
今、彼は非常に苦しめられています。
彼と共に歩むべき人が彼のことを裏切り、悲しませました。
彼は大変傷ついています。
イエズスと全く一致して働いている彼に対して、忘恩はやまないのです。
聖母の胸には8本目の矢が刺さったままです。
どうかリトル・ペブルを助けて下さい。
彼のために身を捧げてください。
子ども達、あなた方を愛しています。
まもなく女子修道院は立ち上がります。
全て彼のゆえです。
神の哀れみの中に留まり続けてください。
あなた方を愛しています。
許しを与えるのはイエズスです。
今、全てイエズスの肩代わりを担っている司祭がすぐそばにいます。
どうか彼を慰めてあげてください。
聖母は懇願します。
あなた方の行くべき道に聖母は導きますから、どうか天に信頼してください。
特に、マリー・レベッカの上に司祭の祝福をお願いします。


聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

聖母マリア様
愛するリトル・ペブル、あなたを慰め、励まします。
恐れないでください。
いつも聖母があなたのそばにいて、あなたを支えます。
あなたは謙遜の道にいつも向き合いました。
いつも周りから叩かれ、打たれてきました。
イエズスと一緒に歩む道をあなたは求めてきました。
そしてその道に入って全てを受け入れ、全てを与えました。
あなたは苦しむことをいつも欲して全てを捧げてきました。
みなはあなたをあざ笑ったけれども、あなたは許してその忘恩に対して耐えてきました。
恐れないでください。
天はあなたを見放したのではありません。
あなたが最高に練られた金として世界中に知られ、神から誉れを受けるとはどういうことかを身をもって証しします。
あなたの全てを知り、支える聖母があなたのそばにいてひと時もあなたを離れないであなたを守っています。
どうかこのことを覚えてください。
あなたにはまもなく大きな喜びが来ます。
雪解けの春のように、あなたの命はみずみずしく豊かに燃えて世界に出て行きます。
あなたを豊かに祝福します。
父と、子と、聖霊との御名によりて。
アーメン。


マリー・マドレーヌ
ロザリオの祈りのときです。
割とすぐ最初の玉で、手に風を感じました。
すぐ印を求めましたが、ありません。
サタンを追い出しました。
2玉メ、3玉目も風はやみませんでした。
そのつど印を求めてサタンを追い出したんです。
3玉目か4玉目のときにあざ笑う声がありました。
眼にも違和感があったので司祭に聖水を撒いてくださるようにお願いしました。
そのあと、6玉目ぐらいに手に感じていた風が私の目の前全体に感じました。
印を求めましたら『識別のための印』をいただきました。
そのことを司祭に告げました。
私は聖櫃のところに行ってひざまずいて『しもべは聞きます。お話し下さい』と私は祈りました。
そうしたら聖母マリア様が話してくださいました。
メッセージが終わって「このメッセージは本当でしょうか?しるしはありますか?」と尋ねました。
そうしたところ『識別のための印』がありました。
しるしがあったことを司祭にお話ししました。
続いてリトル・ペブルさんに伝言があるかを尋ねました。
その時にしるしを下さるようにお願いしました。
そうしたら『識別のための印』があって、引き続き聖母マリア様がリトル・ペブルさんを励ますメッセージを話してくださいました。
最後に確認を取りました。
「このメッセージは本当ですか?しるしはありますか?」と私は尋ねました。
そうしたら『識別のための印』をいただきました。



☆4月六日(木曜日)
5日の夜第2ミサをしていたときから左肩に激しい激痛がおき始めました。
以前とはまた違うものです。
連続性のある痛みで、ものすごいだるさを伴っています。
本当に体の力が失せてしまうような痛みです。
もう時機、私はパソコンに向かってキーボードを打つことができなくなるかもしれません
手にもだるさを感じるときがあります。
また、手のひらに痛みが強くなってきています。
イエズス様の受難のときだから、痛むのは当たり前だし、苦しむのは当然ですね。
近いうちに本当に手足が仕えなくなるのを予感しています。

私は修道者のように徳はまったく高くありません。
足元にも及ばないのです。
どのシスターでも私のような人はいません。
みんな、立派な人ばかりです。
それと、シャーベル修道会の中でも私は世界1最低なものです。
私よりはるかに材料が良い皆さん、私がここにいられるのはまったくの神様の哀れみによります。
一番最低最悪な私がこの修道会の第3部門の修練者として置いてもらっているのだから、皆さんは素直に司祭に従えるはずです。
材料が私より良いのですから。
自分を司祭にまったく預けてください。
安心して司祭の言う事を聞いてください。
私の信頼できる長上はジャン・マリー司祭です。
司祭は自ら難病を抱えながらも修道者として生活をし、修道者とはどのように神に仕え、隣人に奉仕しているかを身をもって教えてくれます。
小さい事で不従順になる私を司祭は優しくはぐくみ、時には叱ってくれます。
そうして、魂を強めてくれるんです。
それも、情緒に傷を負った私は誰よりも手がかかるから、忍耐のしっぱなしの司祭なんです。
私を愛し、何が大切なのか、どこが悪くてどのように自分を見つめなおすことをしたらいいか教えてくれます。
マニュアルがあるのではありません。
一人ひとり、まったく個性のある存在として神様は作られましたから、私にあうものが他の人にはまったく当てはまらないことがほとんどです。
だから、皆さんはもっと聞き従いやすい存在であることがわかるはずです。
私は愛着形成がなく、人を信じることができないものなんです。
何かちょっとトラブルが生じたりすると不信頼という傾きに陥ります。

本当のことを言ってくれる人を私は探していました。
そして、出会えたのです。
司祭を始、共同体のメンバーはまっすぐで正直に者を言う人たちばかりです。
私は食べることにも、ミサを捧げることにも、全てにわたって生活できるのは幸せです。
幸せな毎日をここで過ごせるなんて・・・なんて感謝したらいいかわかりません。
苦しみがあってもその苦しみは宝物なので、乗り越えられます。
イエズス様がすぐそばにいて、支えてくれます。
一番罪に汚れきった私を愛し、恵みをいっぱい下さるんです。
本当に先ほど、こう思いました。
肩に激痛が来て、手を動かすのも辛い状態のとき『イエズス、本当に私罪が重いんだね。こんなにイエズス、痛んでたの?」と。
自分は罪を1日どれほど犯してしまうか、数えたらどのくらいなんだろう。
数えたことないんです。
もし、本気で数えたらもう生きてられないと思う。
そんなに自分の心はイエズス様を傷つけていたならどうして『助けて!』って言わないでいられるだろう。
最近、マリア様にも、イエズスにも『助けて!』と無意識に言っていることが増えました。
心はいっぱい自分の愚かさを探して、何かヒントがあったら心に留めて、自分を見つめなおすという作業を始めています。
あまりの多さに自分はぎょっとすることばかりで、本当に『ごめんなちゃい!』ってしかいえなくなっちゃってる私なの。
小さい子が罪を痛悔するように私はやっぱり『ごめんなちゃい!』って言ったときにイエズスもほっとして喜んでくれるのかなってそう思えるようになってきたんです。
優しいマリア様の腕にしっかりしがみついて「お願い、助けて!』って言えるようになってきたのはこの『受難の修』を一緒に愛する人たちと過ごせる恵みをもらえたからだと思う。
感謝です。本当に感謝しかないです。


☆4月七日(金曜日)
昨日、激しい激痛を左肩に受けていた私は本当にミサに座ってあずかることが大変辛く、いすから降りて横になるほど辛かったです。
でも、聖痕を受けたらこんなものではないなとおもうけれど・・・。
昨日聞いた話しです。
私は夜10時代に今までにない大変な状況になりました。
酸欠状態になって手や足が紫になってしまいました。
血の泡も吹いて気道をふさいだので、司祭が人工呼吸を試みてしばらく奮闘したというんです。
私はベッドで寝ていたけれど、ぜんぜん気がつかなかったです。
10分ごろ少し反応して30分くらいしたら意識が戻ったというんです。
ぜんぜんしらなかったんです。
夜の第2ミサは寝てあずかりました。
そう、足もかなり痛んで歩くのも大変でした。
でも、やはり疲れていたようでミサの全てにあずかれていたかわかりません。
一瞬寝ていたと思います。
マリア様、本当に感謝なんです。
司祭は私がこういう状態になるときいつも気がついてくれます。
もし気がつくのが遅れたらもしかしたら死んでいたかも知れないと後で司祭が言いました。
悪魔は聖痕が私にできる前に殺したいんだとも言いました。
幻視者を悪魔は殺すこともするのだという話を司祭から聞いています。
実際オーストラリアで起こった事件があったと聞きました。
ヨゼファ・メネンデスも大やけどを負って直らないで亡くなったといいます。
今日もちょっと体の具合はよくなかったです。
いま、聖金曜日に向かって苦しみの道に動いています。
どんどん上っていくんだと。
マリア様の矢が旨に8本刺さったままだということを今日思い起こしました。
今日は『悲しみの聖母の記念日』で
聖母の七つの悲しみを黙想するひなんだそうです。
私は4順接をはじめてシャーベル修道会で経験するのは初めてなので、いろいろと経験できるのを感謝しています。
昨日経験した事で、少し死が身近になってきたとおもいます。
神様に全部信頼していくのを求められていることを毎日知らされて毎日謙遜になることを意識する。
そして、自分とはいかに未熟で神殺しの下手人であるか。
しょっちゅう人に対して動く感情、どうしようもない心の汚さをじっかんした今日です。
昨日から少しこんなことを感じていました。
また、冷めた状態で、神様を愛していないんじゃないかという思いに駆られたことです。
自分が愛していないように錯覚に陥りそうで司祭に話しました。
そうしたら誰かの心の状態をおっかぶされているんだと教えてくれました。
生贄として、避雷針として、全て苦しんでいる人の心を身代わりに追っていることを言われました。
神の恵みに留まる
このことは本当に重要です。
私自身、司祭に信頼が揺らいだとき本当に危険な状態でした。
いつ修道会を出てもおかしくないくらい、心の中に本当に『不振』というのがむらむらと沸いていた。
そんな経験があります。
でも、心を司祭に開いて話していくうちに自分がどれほどに人を信頼できないか、どれほどに人を色眼鏡で見ているかを知らされます。
指揮官を信頼しないなら軍隊は壊滅してしまう。
周りの人でも信頼に欠けた人を見たらやはり問題がそこにあります。
とっても悲しいことです。
自分をもし信頼してくれなかったらってそう考えられればその状態は避けられると思う。
でも、自分の周りをつぶされたくないとか、いろんな事柄を考えてしまうんでしょうか。
実際、私は一人で歩むことは1ミリでもできないのに、一人という霊性が自分の心を覆うとき、自分の世界だけに閉じこもって閉鎖していると思うんです。
自分は本当に人と一緒に何かをやるということに慣れていなくて何度も何度も『一人ぼっち』の心の状態になって自分で物事を考えようとしてしまう、そんなことをいくつも経験してきました。
今『信頼する』という心を神様に捧げていくことに抵抗させようと悪魔は必死なのを見ています。
私は本当に一緒に理解者がそばにいてもらわないと何も知ることができないし、リトル・ペブルさんの恵みも受けることはできなかったとそう思います。

☆4月8日(土曜日)
午後、何度も何度もさびしさ、悲しさ、やるせない思いに私の心は陥りました。
また、避雷針の役割が与えられているのだという司祭の言葉にそっと「ベルナデッタ、助けて!」と祈りました。
それと、イエズス様がゲッセマニで祈ったとき天敵な力を与えた絶望から救う天子『レティチエル」という天使にも
「この心の中はどうしようもないほど殺伐としてます。助けて!」と祈りました。
明日はいよいよ枝の主日です。
聖週刊が始まります。
私はもうベッドでミサに預かることが増えてきました。
ですから、今までしていたオルガンの担当も、鈴を鳴らすこともしていません。




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マリー・マドレーヌの自叙伝 

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2008年6月28日UP

著 者 マリー・マドレーヌ杉浦律子

発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 



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