マリー・マドレーヌの自叙伝 5 
C)箱舟の聖母社


命の奉献

2006年1月1日(日曜日)

新しい年です。深夜ミサをしました。『神の母の祝日」のミサで、蝋燭をともして捧げました。12月31日の午後11時半からミサを始めて年を越しました。ミサが始まる頃から、私は頭痛がありました。ミサが進んで『主の祈り』をするとき、私はイエズス様に「この痛みを捧げます」と祈りました。辛い状態に耐えながらもオルガンを弾き続けました。しばらくして、今年もどうか世界を守ってくださいと祈っていたら涙があふれて『神の子羊』を唱える頃は言葉に詰まって泣きながら歌っていました。
 ミサが全部終わって、聖体降福式もすべて終わったあと、ロザリオを1連捧げました。そうしたら途中、眼に何かを感じました。下へ落ちていくような感覚を覚えたんです。途中、印を求めるため、静まったんです。けれど、印はありません。イエズスの御名によってサタンを追い出したんです。でも、出て行かなかったので、マリア様の御名によって追い出しました。ところが、何もなくてまだ沈み落ちていく感覚が眼にあったので司祭に話したら、ベネディクトの十字架を私の眼に当ててくれて『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をしたら、ようやく収まりました。悪魔のアタックです。


2006年1月1日(日曜日)
 午後、第2ミサを捧げました。ロザリオを最後に唱えたけれど、また眼に感じるものがあったんです。下へ沈み落ちていく感覚が深夜ミサに続いてありました。イエズスの御名によってサタンを追い出したんです。2回続けてこのアタックを受けました。


2006年1月3日(火曜日)
 夕方ごろ、夢を見て、起きた時になんだかもやもやした感覚があって、印を求めました。けれど、悪魔からのアタックだったので、印はありませんでした。そこで、イエズスの御名によってサタンを追い出しました。私自身、起きた時に『夢を見たときからなにかはっきりしないもので、ストーリー性もなかったからほおっておこうか』と考えていたけれど、記憶に残さないため、きちっと最後まで決着をつけようと考え直して、長の指示にしたがって印を求めました。そうしたら、もやもやしてわけのわからない感覚はなくなりました。

 夜、第2ミサをしました。私は、イエズス様の受難の工程を思いながらミサにあずかっていました。このときに、魂がからから状態でなにも感じない、何も神秘的なこともない状態で聖体降福式まで進み、讃美と感謝を捧げていました。
 ミサがすべて終わって、ロザリオを1連祈りました。このとき、途中から誰か目の前に立っているように感じたんです。祈りを止めて、識別のために印を求めました。けれど、印はありませんでした。すぐにサタンにイエズスの御名によって出て行くように命じました。

 話が体の痛みのことに変わります。今日の真夜中ごろから、新しい痛みを右腕に感じるようになりました。疲労感を伴う痛みです。
今日の朝、第1ミサのときに右腕のほうがなんだか疲労感を伴った痛みになって、私は十字を 切ることができなくなったんです。そのため、私はこのミサのときに「オルガンを弾くことができない」と司祭に話しました。第1ミサはオルガンなしで聖歌を歌いました。


2006年1月4日(水曜日)
「体の痛みがまた強くなる」
 痛みがまた1段階強くなってきました。ミサ中、くるぶしや腕、股などに激痛がくるようになってきたんです。
 そう、今日はひとつとても素敵な射祷を司祭から教えてもらったんです。『讃美と感謝です』。これは旧約時代にあった祈りなんですって。ダビデ王がたくさん苦しみにあったときに、神様に「なんで?」といいながらも神様に信頼して起こっていることに対して、全部神様のご計画を受け入れていて「讃美と感謝」をたやさなかったんだって。心のなかで内的に幸福感を保つのにとってもいい祈りなんですよ。
 具合がちょっと悪くなった。このときって普通「あぁ、具合が悪いから辛いよぉ。」って不平を言っちゃいたくなるでしょ?このときに「讃美と感謝でぇす」って言って、苦しいからいやだという気持ちを逆に交換しちゃおうってわけ。
 前、私がジャン・マリー司祭とコルベ・マリーと話していて、何か言われたとき一瞬むっとして怒りそうになったとき、「にこにこにこ!」っていう言葉を言ったのを書いたと思う。これとおんなじかもね。いやなことはいやだって言いたくなるのが普通だし、私なんかとってもたくさん言っちゃってるんだけど、そのときに起きていることが神様の最善なんだと思うと苦しいことも捧げられるよね?
 今年の私の標語は「讃美と感謝でぇす!」になりましたぁ。


2005年1月5日(木曜日)
 今日とっても具合が悪くて寝てました。それと、ものすごい魂の疲れを感じた日だったんです。何だかやる気が出ない、希望が持てない、落ち込む状態が寝ている間、ずうっとあったんです。人とも話すのがおっくうで・・・。
 悪魔のアタックがまた今日もあったんです。第2ミサの時です。ミサ中、聖体を奉献するとき、百合の花の香りがしたんです。すぐに印を求めました。けれど、印はありません。サタンを私は追い出したんです。そうしたらまた百合の香りが強くなって、こんなにも匂いが強く立ち込めるから、、ヨゼフ様かなぁって思いたかったくらい百合の花の匂いがしたんです。印を求めました。けれど、なかったんです。『イエズスの御名によってサタン、出て行け!』と私は心の中で叫んだんです。そうしたら百合の花の香りはなくなりました。

 ミサの最後にロザリオを唱えたんです。その途中、悪魔の笑い声を私は聞いたんです。そうして祈りの途中、変なインピレーションが私の心をよぎったんです。『もうローキューションは終わったんだ』と。悪魔のアタックです。

 今日、本当に男性の柱を支えたいと思っていたのに、希望もなくなる、やる気がなくなる、それと霊魂が沈んでしまってなにもしたくない、そんな1日を過ごしていただけに、こんな形のアタックを受けて、もう疲れをわたしは覚えてしまったんです。昨日教えてもらったばかりの『讃美と感謝でぇす!』が言えなくなっちゃって、私、イエズスに泣いて祈ったんだ。「なんにも言えない。讃美と感謝でぇすって言えないの。」って。この状態の中で、司祭に話しをしたら「これこそ『讃美と感謝でぇす』なんだよ」と言われたんです。なにも感じない、目の前が真っ暗で、『神様がどこかに行っちゃって、私を見放してるんじゃないか』そう思いたいように見えても『讃美と感謝です』の射祷を祈るんだね。本当に逆用なんだと思う。「これが悪魔が一番嫌がる祈りなんだ」って司祭が教えてくれた!!
 今年はこの祈りで埋めていこうっと。「苦しいことがあっても、「讃美と感謝でぇす!!」


2006年1月6日(金曜日)
(主の御公現)
 今日のミサはとっても祈れる状態ではなかった。歌うのもとっても辛かった。それでも意志を奮い起こして讃美をしたけれど、だんだん魂がからから状態になって疲れを覚えています。誰とも話す気力がでない。祈りを一緒に唱えても言葉をただ言っているようで、本当に「イエズス、大好き!」っていう思いすらねくなってるんじゃないかって・・・。とっても心の重い状態になりました。真っ暗で何も感じないし、何も感動の思いすらわかないんです。こんな経験、初めてです。
 ミサ自体はとってもすばらしいんですよ。でも、なんにも私の心には感じない。祈る力が失せていくんです。
 ミサが終わって、聖体降福式も全部終わって、ロザリオの祈りをしたんです。祈りを唱えている最中、悪魔が「おまえにはローキューションはないんだ。罪があるだろう?」って。このことを司祭に話したら「『おまえは長か?』って悪魔に言ってやれ」って。そう言われて、私に笑いが戻ってきたんだ。

 第2ミサのとき、足のくるぶしに激痛を感じました。それと、手にもです。今日は悪臭がしたんです。3度ほど硫黄の匂いがしました。悪魔のアタックです。


2006年1月7日(土曜日)
(初土曜日)
 今日も『主の公現』のミサをしました。12日ごろまでするんだそうです。今日の第1ミサで3度ほど硫黄の匂いがして、途中から気持ちが悪くなりました。やる気が出ないのは今日も続いています。


2006年1月8日(日曜日)
 いま、真夜中。7日の第2ミサをして、終わったのが8日の0時40分をまわってしまった。このミサのとき、命の奉献をした。男性の柱を支えることで、私の命をイエズス様に奉献した。一人も失われてはいけないし、日本の大改心のために働く重要なメンバーばかり。もし、彼らを失ったら日本を大改心させるという神様のご計画が大変よくない状態になっちゃう。『私自身、どうなってもいいから、彼らを強めてください。私の命をとられてもかまわないから、彼らを守ってください』ってマリー・マドレーヌはイエズス様に祈ったの。
 何かを受けることよりも、友のために自分の命を捧げること、これほど大きな愛はないから。イエズス様に『気持ちの悪さも、何もかも捧げるから』って今日祈ったの。
 聖体降福式のときむかつく状態だったよ。
 ロザリオの祈りの時には『聖痕はおまえにはないんだ」って悪魔のインスピレーションがあったの。司祭に話したら「おまえ長かって言え」って言われたよ。このときにもね、「讃美と感謝でぇす!」なんだ。
 聖体拝領をする直前、右耳のほうで「いひひ」って笑い声を聞いた。悪魔のアタックなんだ。

 そう、私に一番最初に教えられたことがあるの。それはリトル・ペブルさんに対して、『花嫁の愛を持つ』ことなんだ。つまり、リトル・ペブルさんがあずかっている運命と同じ運命を、私も預かりたいと熱望することなんだ。それが深まって、リトル・ペブルさんのために7人殉教っていう奉献も毎日捧げてる。『かつて誰も苦しまなかったほど苦しませて』という野心をもってこのお願いもしてる。
 幼きイエズスの聖テレジアが「誰よりも愛させて」って言ったけれど、私は本当に材料が悪くって傷物だから。それとねたみをすぐいれてしまって苦しんでいる私だから、この『誰も愛さなかったほど愛させて』っていうお願いとは違って『かつて誰も苦しまなかったほどに苦しませて』っていう熱望を捧げてるよ。

 それから苦手なことも捧げているの。私は毎朝、ミサの前になかなか起きられなくっていつもジャン・マリー司祭に起こされる。とくに冬って寒いでしょ?冬生まれの私は寒さが大の苦手。だだっここねてね、絶対1日に1度は「いやだぁ!」って言っちゃうよ。いろいろな方法でジャン・マリーが私を起こしてくれるよ。時にはね、体をひっぱって頭からふとんの外に私を出すの(キャー)・・・!昨日はね、耳元で低い声でクリスマスの曲『アデステ』を歌ったんだよ。耳元でやられて私は寝てられないでしょ?
 「全世界のため、リンボウのため、煉獄のためにミサをするよ。愛する時間だから、さぁ起きよう」ってジャン・マリーが呼びかけてくれる。「イエズスが拝領されたいって待ってるよ。」これを言われてもなかなか体が起き上がれなくって、眠たさもあってぐずぐずしちゃう。起きない私に対してジャン・マリーは、絶対私が起きるまでほおっておかないの。遊びながら起こすんだ。耳元で歌われたら眠気がすっとんじゃった。だから起きたの。
 親としてね、私を屈伏させちゃうんだ。こんな私をみんな笑って!「こんなにおかしくって小さい子が、どうして大きなことできる?」って言ってもぜんぜんかまわないよ。それでも押しかけて「私、全部身代わりとしてひきうけまぁす!」ってイエズス様、マリア様、ヨゼフ様に言ってるの。


2006年1月8日(日曜日)
 朝、ミサが始まる前、とっても強い悪臭が私を襲ったんです。私、とってもたまらなくって祭壇のところで泣き伏してしまった。「イエズス様、どこにいるの?」って。
 最近、大声を上げて泣いてしまうことが続いてる。涙をイエズスの御心に捧げて気持ちが落ち着くまで任せてる。そうしたら自然に涙も収まるから。


2006年1月9日(月曜日)
 先ほど12時半過ぎ。体のだるさがあるので、休もうと思って自分の部屋で着替えていたときに、突然、前の父親の声で『律子!』って言う声が外から聞こえたんです。一瞬、本当にはっきり聴こえた。びっくりして怖くなってしまった。私は心臓がどきどきしてしまったから、司祭にすぐ話をした。司祭は聖水を撒いてくれたんです。悪魔によるアタックです。この類のアタックは暗示にかかりやすいものなので、意味を決して探らないでください。悪魔のアタックで、暗示にかかりやすいもっとも手ごわいものです。考えたら悪魔と対話してしまいます。
 だから気持ちをさっと切り替えて、このことがおきても『讃美と感謝でぇす』って逆用してくださいね。司祭に「すぐに『讃美と感謝でぇす」って言ったか?」って聞かれて、私は「すぐに言えなかった」と答えたら、「今すぐに言うように」って言われました。「悪魔のアタックがあっても楽しむように」って司祭が励ましてくれた。

 夜の第2ミサのとき、悪臭が何度も私を襲った。「讃美と感謝です」を言うことで逆用をし続けている。
 ミサの終わりごろ、急に左手の手首のほうに激痛がくるようになった。今もこの痛みは続いている。今、「もっとちょ」と「穴あけてちょ」、それと「讃美と感謝でぇす」って3連発の射祷をし始めた。
 ロザリオの祈りの時には、右足のくるぶしも痛くなっていた。
 全部の儀式が終わって、ちょっと休憩をしていたら突然バラの香りがした。バラの香りのする蝋燭が置いてある場所のところを通りかかったときに、強いバラの香りがした。置いている蝋燭からの匂いかなと思ったら違う。すぐに印を求めるため、祭壇の前に行った。印を求めたけれど、なかった。悪魔のアタックだ。すぐにサタンを追い出した。紛らわしいアタックだと思った。


2005年1月10日(火曜日)
※夢と神秘的体験をしたときの対処のしかた
夢に関しても、悪魔からのインスピレーションに関しても、暗示にかからないように気をつけてください。この意味はなんだろうと探らないでください。関連づけて考えることは絶対にしないでください。私たちはとってもだまされやすいです。今までこのような指導をする司祭はいませんでした。本当に小さいことから従順してください。

 一人ひとり識別のための秘密の印を天から貰います。『識別のための秘密の印』です。
 神秘的体験が始まったと思ったら、すぐに司祭に連絡してください。そうしてすぐに自分だけにしか判らない秘密の印を下さるようにと天に頼みます。その印は必ず判る形でもらえます。それを貰ったら誰にも言わないでください。書くこともしないでください。私が書いているように『印を求めました。印がありました』とだけ書いておいてください。
 その印を正しく用いてください。大切にしてください。あいまいな用い方をしないでください。悪魔の策略を見破るのに、非常に重要だからです。印を貰ったから安心したいところなのですが、私自身、誰にも言わなかったし、書かなかったのに、あるときの会話で心が動揺したのをきっかけに悪魔に印を見破られてしまったことがあります。何かのきっかけで印が見破られてしまうことが起こります。そうなってしまうと、いままで使っていた印は使えなくなります。そのため、どんなに神秘的な感覚を感じたとしても、すべて「サタン、出て行け!」と言って追い出します。緊急事態のことなので、そのときにはもう1度天の方々に印を下さるようにと頼んでください。時間がかかっても諦めないでください。「悪魔に見破られないように印をください」と言って祈り続けてください。そうしたら必ずくださいます。そして、司祭に連絡したらリトル・ペブルさんに確認を取ります。

 夢についても眼が覚めたら、すぐに「印はありますか?」と尋ねてください。もしあったら「しもべは聞きます。お話ください。」と言ってください。印がなかった場合はすぐに「イエズスの御名(みな)によって命じる。サタン、出て行け!」と命じてください。
 半覚醒状態のときにも印を求めます。夢は印を求めるのが難しいですが、求めることを意識してください。求め忘れたときには『求め忘れた』と、きちっと書いて記録に残してください。印がなかった場合、あいまいにしないで最後まで決着をきちっとつけてください。霊戦なのですから。自分の判断で終わらせないでください。

 引き続き私にあった悪魔のアタックを書きます。今日の夜、第2ミサがあって、聖体降福式も無事に終わりました。ミサ中、悪臭をまた感じました。硫黄の匂いです。悪魔からのアタックです。
 ロザリオの祈りをしている最中、ひとつのインスピレーションを受けました。最初印を求めました。このときに印はありました。けれど、途中悪魔にのっとられました。司祭に話してもう1度印を求めなさい」と言われました。話し終わってから印を求めたけれど、印はなかったのです。そのあと、聖櫃の前に行ってもう1度印を求めました。けれど、ありません。
2度ともサタンを追い出しました。
 最初に印があったのは天からで、2度目と一番最後に印を求めた時には、印はありませんでした。「インスピレーションが始まって、じきに悪魔にのっとられた可能性が高い」と司祭が私に言いました。「天が何かを与えたかったのは確実だ」と司祭が説明してくれました。けれど、インスピレーションが始まってじきに悪魔にのっとられているため、内容はここには書けません。「天使に『天が何を伝えたかったのか次回のときに教えて』と頼みなさい」と司祭が私に言いました。私はすぐに天使にお願いしました。
 今回のケースは私にとって初めての経験になりました。


☆命の奉献
 話が変わって、男性の柱として立てられている人たちが一人も失われてほしくないです。そのため、私自身、それからマリー・レベッカ、ジャン・マリー司祭の3人は命の奉献をしました。「もし一人でも失われるようなことがあったらどうぞ、今すぐにでも私の命をとってください」と神様に言いました。
 それと、リトル・ペブルさんが1日も早く監獄から出されることを願っています。そのことにおいても「どうぞ今すぐにでも私の命を取ってください」と神様に祈りました。
 3人がそれぞれ奉献をしたのです。「友のために命を捨てる、これほど大きな愛はない」からです。愛しているからです。


2006年1月11日(水曜日)
 夜中ごろから悪魔のアタックが激しくなりました。浅い眠りの中で、何か力が私を縛ったかのようでした。眼が覚めたとき、体が固まっていました。それからまたしばらくして、今度は低い声で「返せ」と叫んでいました。地獄から聞こえるような恐ろしい低音だったんです。何度も聖水を撒くほどアタックが激しかったです。
 朝、ミサが始まる前少し横になっていました。久々に息が吸い込まれる感覚を覚えました。これは聖霊派の教会にいたときの名残で、祈りを熱心にし、予言の賜物を持った信者の一人がこんなことを言っていたんです。「魂が抜ける状態になるんだ」と。これはカトリックでよく言われる脱魂とはぜんぜん違う、と司祭が教えてくれています。聖霊派の教会はとっても危険です。癒しの集会をよくしますが、一瞬の喜びだけしか味わえません。「悪霊追い出し、と言いながら悪霊を呼んでいるんだ」と司祭が私に話してくれました。それから私も経験したんですが、異言を話す、これは「神様を讃美するために使うんだ」と聖霊派の人たちは言っていたけれど、司祭が教えてくれたことは、神様を呪う言葉を言っているのだというのです。私は異言を解き明かすことはぜんぜんできなかったから何も知らなかったです。びっくりしてしまいました。それから、手を人に置くことをよく聖霊派の人たちはやります。けれど、唯一このことができるのは司祭だけなのです。癒しを行うのも、悪魔を追い出すのも司祭に権能が授けられていて、信者はこのことをするのを禁じられています。だからもし、憧れを持っていたらそれを捨て去ってください。興味本位でしないでください。信者が按手すると悪霊が働いて悪い影響をその人に及ぼします。悪魔との契約がされてしまう危険性もあります。他の宗教であんしゅをする行為をすすんでしている人たちは、まさにそのとおりになっています。絶対、秘蹟をすることができるのは司祭だけです。よく覚えておいてください。聖霊派の教会で癒しの集会のとき、賜物を注がれて聖霊を受けたといった人たちのなかで倒れる現象が現れます。これも違います。よく「笑いが与えられた」と言ってみんな笑っていましたし、私もこの経験があります。けれど、その瞬間喜びだけが前面にでているだけです。神様からくるのは騒がしさではありません。音楽も踊りながら手を叩きながら讃美するんです。これはまさにニューエイジの影響です。開放感を味わうことが目的の礼拝になっています。だから、一時的に開放されても、完全な幸いは得ていません。それと、聖霊派はとってもカトリックを批判しています。私自身、説教中に何度もカトリックを批判する牧師さんの言葉を聴いて、とっても心が痛くなって悲しくなりました。偶像崇拝としてマリア様を嫌っています。イエズス様に対しての考えも、復活を強調するけれど、苦しむことに価値を置いていません。「十字架による死は勝利ではなくて、蘇りこそ人生の幸せであって、福音なんだ」と。カトリックはイエズス様の十字架の救いに、一番の価値をおきます。聖霊派の人たちはこの価値に対して、悪魔の手口だといって批判します。でも、カトリックはこれとはまったく違います。霊魂の救いが一番です。滅びようとしている多くの霊魂の救霊を一番におきます。それから、イエズス様の生涯を大事にします。オカルト的なものはいっさいカトリックの教えに反するので、決して信じてはいけません。その考えを絶対に捨て去ってください。神話とか伝説に基づくもの、迷信もだめです。それと、自分も力を持って人を癒したり奇跡を行えるようになりたいという考えもいっさいだめです。「神の力を貰うことで自分が何か違うものになれる」という思いからこの憧れがでます。傲慢なので、絶対にこの賜物に対して執着することはしないでください。
 話しを変えます。夕方のミサ前、こんなことがありました。題して「オルガンつきによる歌のアタック」。私はトイレに入っていました。そうしたらなんとオルガン伴奏で男性の声といく人かの女性の声が歌っていたんです。クリスマスのときに歌っている曲で、今も私たちはミサの前に歌う『アデステ』という曲を彼らは歌っていたんです。どこまで聞こえたかと言うと「アデステ フィデーレス、レティ トゥリウム ファンテス ヴェニテ ヴェニテ イン ベトレヘム」(註: ラテン語の音をそのまま記しました。)。ここまで歌っていたんです。「もう司祭が一人で歌ってるのかな」と思ったんだけど、オルガンの音もするからあれって思ったんです。急いでトイレからでたら、何も聴こえないんです。このことを司祭に話して、すぐにひざまずいて印があるか求めました。けれど、印はなかったです。すぐにサタンを追い出しました。これもだまされやすいアタックになります。初めての人は、これをすぐに信じて疑わないと思います。「天からのコーラスを聴いた」と言って、信じてしまうでしょう。このような新手なアタックを、また悪魔はしてきました。
 それから、ミサが全部終わって、ロザリオを祈るとき、眼になにか違和感を感じました。それを司祭に言ったら、司祭が聖水を指につけて私の眼に十字の印をしてくれました。そうしたらおちつきました。


2006年1月12日(木曜日)
 今日の私は非常に精神的にめちゃくちゃです。と言うのは、リトル・ペブルさんの1日も早い監獄からの開放を願って、「今すぐにでも私の命をとってください」と願ったんです。
それと、男性の柱の人たちが全員が一人も失われないため、「彼らが追っている精神的な苦痛を全部私に下さい」という願いを今日も捧げたんです。そうしたらです。ものすごい虚無感が私を覆いました。布団にすぐもぐりこみたい、誰とも話したくない、なにもやる気がおきない、物を書きたくないなど。それから人に対する不信感、ねたみや嫉みも心の中から湧き上がってしまうんです。長に対する不信感もです。自分がいま何をしてるか、まったく判らなくなってしまってます。私はジャン・マリー司祭からヨゼファ・メネンデスの『愛の招き』という本を読んでもらって今も聞いています。このヨゼファの歩みが私にとって、とっても役に立っています。ヨゼファは愛の生贄の使命に生きました。愛に燃えあがって生贄となる使命は、その使命であるがゆえに激しくなればなるほど燃え尽きるのが早い、つまり数年で使命を果たすんだということを司祭が教えてくれました。

 この日の夜に聖体行列をしました。歩いている途中匂いがあったので、止まって印を求めました。けれど、印はありませんでした。サタンに対して、出て行くように命じました。


2006年1月13日(金曜日)
 私の心の中に湧き上がってくる思いのひとつに司祭の言うことは従いながらも、ときに「だまされているんじゃないか」という誘惑が襲ってきていました。昨日の夕方、ロザリオを祈っていたとき、なんとも言いようのない不快感が私の心に起こりました。それは何日も何日も御出現を待ってロザリオを1連祈るけれど、まったくの天の沈黙に対して、サタンのありとあらゆる攻撃、失望が私の心の中に積み重なっていったのです。そうして「私は十分恵みを受けました。もっとふさわしい人がいます。その人を用いてください。私はとるに足りなくて、罪が多いものだから」と祈ってしまったんです。これは2度か3度、経験しました。自分に与えられている神様の最善の事柄を喜ばないで、むしろ傷をイエズス様につけてしまうという行為です。ヨゼファ・メネンデスは何度も『普通の修道生活がしたい』という誘惑にかられて戦っていました。今日司祭に指摘されて「このような祈りは絶対にするな」と言われました。なんとも言いがたい失望と長に対する不信感、これが男性の心を攻撃していて戦っているんだなと知らされています。

 今日は償いの日の行事をしました。朝の第1ミサのときは、とても手が痛くて足の土踏まずのところも痛くなりました。オルガンが弾けるか判らないほど気持ちが悪くて、途中体を横たえながらミサにあずかったんです。ここ何日も、第1ミサのときに激しい具合の悪さに襲われます。私はこの具合の悪さを犠牲としてイエズス様に捧げています。
 第1ミサが全部終わって、ロザリオを祈っていました。そうしたところ、久々に両手に冷たい空気があるように感じたので、祈りを途中でやめて、印を求めました。けれど、印はありませんでした。サタンに出て行くように命じたけれど、冷たい空気がまだ私の手にあったからベネディクトの十字架を取り出してサタンを追い出しました。このときに司祭が『大天使聖ミカエルに向かう祈り』を祈ってくれました。そうしたら手に感じていた冷たい空気の感覚は亡くなりました。

 午後、償いのミサを捧げました。ミサ中は何もなく過ぎました。夜の聖体行列を終えてロザリオをしていたときに、今度は眼の前に人がいるように感じました。すぐに印があるかを尋ねました。けれど、今度もありません。すぐに「イエズスの御名(みな)によって命じる。サタン、出て行け!」と命じました。そうしたら眼にあった感覚はなくなりました。


2006年1月14日(土曜日)
 今日はグラント・ダフィーさんの命日になります。1984年、1月14日、グラントさんは22歳で亡くなりました。

 第1ミサのとき、今日も具合の悪さで苦しみました。横になりながらミサにあずかっていたとき、少し浅い眠りに教われました。そのとき『死』という言葉を3度聴きました。このことをミサが終わって司祭に話したら「印を求めるように」と言われ、聖櫃の前にひざまずいて祈りました。けれど、印はありませんでした。悪魔からのアタックです。すぐに「サタンにでて行くように」と命じました。

 私はここ何日か、死を意識して書き残しておきたいと思ったことを書いてきました。私自身、神様に対して消えることのないフィアットを言ってきました。「私の命をリトル・ペブルさんのために捧げます」と言っています。いま、リトル・ペブルさんは不正にも監獄の囚われの身になっています。1日も早い監獄からの開放を願っています。そのため「神様、いますぐにでも命を取って下さい」と願っている私です。この奉献は、マリー・レベッカとジャン・マリー司祭の3人でしています。
 これからジャン・マリー司祭の後継者として立てられている男性の柱のメンバーすべてが、一人も失われないで120%の使命をまっとうできるように願って「彼らのために命を惜しまない、彼らのためなら私は死にます」という奉献を今週しました。男性の柱が一人も失われないで日本の愛の共同体が広がるために、私たち3人がレールを敷いて神様に命を捧げるという祈りをしたんです。後にくる人たちのために私たちが功徳を積んで、その人たちが愛のために進んでほしい、その願いからこの奉献を深めてきました。
 もう1度いいます。『友のために自分の命を捨てる、これほど大きな愛はない』からです。私自身、本当にねたみとか嫉み、人と比較することで苦しんできました。けれど、ねたんだからといってなんにも利益があるわけではありません。逆に憎しみを引き起こす結果につながってしまいます。『愛』これは誰をも傷つけません。被害をもたらすこともありません。イエズス様が一番最初にしてくださった。だから、その模範に習っていくだけなんです。リトル・ペブルさんも同じ運命にあずかっています。私たちはリトル・ペブルさんに対して『花嫁の愛』を燃え上がらせていくのです。
 それと、愛し合う仲間のために命を捨てる、これがイエズス様を信じた人たちがしたことです。


2006年1月18日(水曜日)
 第2ミサを始める前、ロザリオの祈りをしていたときです。手につめたい空気が触れるのを感じました。印を求めましたが、ありません。サタンに出て行くようにと命じました。けれど、まだ手に空気が触れる感覚はなくなりませんでした。もう1度、サタンに対して「イエズスの御名(みな)によって出て行くように」と命じました。このときから私に混乱が起き始めました。サタンが印を見破ろうとしています。司祭には混乱が起きているけれど、印がなかったからサタンを追い出したということを話しました。
 ミサが始まって、いろいろな心の動きに見舞われました。自分の罪に対してどうか考えていました。いろんな思いが交錯して、なんだか不安のような感じを受けました。そうしたら突然、体全体を火が燃えるような感じがしたんです。興奮して顔が赤くなるような感覚でした。
 それから、昔聖霊派の教会にいたときに受けたなごりで、恐怖感が私を襲いました。潜在意識にあった『聖霊が取り去られる』と言われたときのショック状態のようでした。『アニュス・デイ(神の子羊)』を歌う頃、心の奥底から涙が出てしまって私は大泣きしてしまいました。
 今回、ミサが終わってこのことを司祭に伝えました。今起こった現象に対して、印をもう1度求めました。けれど、印はありませんでした。

 私はいま、識別のためのガードを高くあげています。悪魔はこの印に対して、印を見破ろうとして私の心を混乱に落とす働きを始めました。印を見破ろうと探りを入れてきました。
 以前、私は心の動揺によって、ある時、印が見破られた経験があります。今回、私が印のことで混乱していることを、司祭にすぐ言うことができました。そうしたら「見抜かれないようにポーカーフェースでいくように」と指導をもらいました。
 ジャン・マリー司祭は以前、カナダのブレ司祭とマリー・ダニエルという幻視者のもとにいて、このことについて経験があります。ブレ司祭の指導の下にあったマリー・ダニエルは、印をあるとき悪魔に見破られてしまい、倒されてしまったそうです。誰にも話していなかったのに、何かの機会を狙って悪魔はガードを高く上げていたマリー・ダニエルに対して、印を見破ったのです。このことを見て知っているジャン・マリー司祭は、私にさらに深く指導してくれています。悪魔は全力を尽くして印を見破ろうとしていることを司祭がいいました。ですから「その指導に従順に従い、聖ヨゼフに助けてもらうように頼みなさい」と言われました。私はすぐさま聖ヨゼフに助けをお願いしました。


2006年1月19日(木曜日)
 第1ミサはほとんど何もできず、体のだるさと寒さを覚えながらあずかりました。オルガンも弾けず、鈴を鳴らすこともできませんでした。寂しさとやる気のなさが、私の心を支配してしまっていたんです。
 今、「苦しんでいる男性の柱の身代わりに重荷を全部私に負わせてください」とイエズス様に祈っていて、毎日の生活の中でその一旦を担っているようです。

 夜、第2ミサをして、聖体降福式もすませた後、最後にロザリオの祈りを1連唱えたんです。そうしたら『お前にはもうローキューションは無いんだ』という悪魔のインスピレーションがまた私にありました。また悪魔はひとつアタックをかけてきました。

☆避雷針としての役割
 全て悪魔の攻撃にさらされている実務の人たちを守るために、私自身が彼らの仕事が妨げられないようにみずから代わって悪魔の攻撃を進んで受ける。これが私に要求された神秘家としての使命です。 
 そして、『生贄』としての役割を果たす。これが私に与えられた分野です。イエズス様、自らが負った苦しみを私も共にする。受難を黙想して、イエズス様の道に歩む。これが私に課された分野です。
 今、私にとって、『ヨゼファ・メネンデス』の歩みが本当に自分の果たすべき使命と結びついていて、学ぶところが多いです。私にとって、いやだと思うこと、自分の気持ちを踏みにじって長の望みを第1にしてするように言われたとき、心の激しい痛みを負います。そのときになって自分がどんなに喜んで十字架を担っていないかということが知らされて、心の激しい葛藤を抱えて、悶え苦しみます。それでも1歩踏み出して仕事を進ませる。そうして自分の気持ちを踏みにじってしたら、あとはものすごい助けがきます。
 司祭は『恵みの恩寵が先に来るから、信仰を持ってやるのが大事だ』と言います。昨日のことになりますが、この経験をすることができました。本当に讃美と感謝です。私は傷があって、信頼するということができないハンディを負っています。人に対して、愛着形成ができない、このハンディは神様に対しても同じなんです。けれど、みんなの助けの手が私を支えてくれて、1歩ずつ歩いています。後退してしまうことが多いけれど、1歩ずつ変わっていける自分を発見できるので、1日1日の生活はとっても喜びです。


2006年1月20日
マリー・マドレーヌに与えられた奇跡

マリー・マドレーヌ:
 一つの奇跡。私の体が変化してきています。ジャン・マリーが私の乳首に触れてから、今年の1月1日の夜以降、初乳が出始めました。今も痛みが来るたびに出るそうです。あるときには母乳の匂いがするときがあります。胸のところが発達してきています。普通では考えられない奇跡が起きています。子どもを生んだことのない私ですし、生理もあります。マリア様の神秘的働きがあるのではないかとしか思えません。



※メッセージ
2006年1月21日(土曜日) AM1:20〜1:37
聖母マリア様からのメッセージ

 愛する子(マリー・マドレーヌ)、あなたにお話しします。
 あなた方(マリー・マドレーヌ、マリー・レベッカ)、女性は互いに愛し合って、助け合っていくべきです。あなた方の一つひとつの行いが神の前に喜ばれるように務めてください。あなたの母である聖母マリアがいつもそばにいて、あなた方を支えます。互いに愛し合ってください。これからの女子修道院の立ち上げについて、あなた方は新しい女性が迎えられるとき、愛を伝えてください。
 希望を持ってください。日本はまもなく改心を迎えます。あなた方は謙遜になってください。たくさんの女性の聖人の取次ぎを願ってください。彼女らは謙遜を身につけた人たちです。
 愛し合ってください。愛の母、恵みの母がいつもあなた方を支えます。何でも打ち明けてください。心の中の悲しみ、苦しみを一番良く知っているのは愛の母です。何でも打ち明けてください。
 皇室のことに関して、全て天の御旨のままになります。彼女たちを祝福しています。
 恐れないで歩み続けなさい。愛する息子、ジャン・マリー司祭に祝福をお願いします。


2006年1月21日(土曜日) AM1:20〜1:37
聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ

 愛するリトル・ペブル、あなたを祝福します。あなたは苦しみ、悩んできました。しかし、あなたの勝利は間近です。あなたは以前、約束を受けたように、まもなくかえられます。
 あなたのことを愛し、慕う人々の祈りを天は聞いてきました。あなたは全てにおいて、勝利を見ます。
 力強い母がそばにいます。恐れないで下さい。あなたの大いなる勝利はもう目前です。
恐れないで下さい。あなたを豊かに祝福します。あなたに愛の挨拶を送ります。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

マリー・マドレーヌ
 ローキューションが始まるまでの状況をお話しします。今日は1月21日、真夜中で、現在1時29分です。私自身、ミサ中に「皇室の方々にローキューションがありますように」という祈りをしていました。「私ではなくて、どうか皇室の方にお話し下さい。天の方々がどうか印をおあたえ下さい」と祈りました。ロザリオの祈りのとき、私の左側から冷たい空気のようなものを感じました。このときに印を求めました。けれど、ありませんでした。すぐにサタンを追い出しました。そうしたら足の裏に、ものすごい激痛が来たんです。私自身、心のなかに引っかかっていたことがあって「ごめんなさい。傲慢になっていました」と認めてお話しをしていたんです。そうしたところ「傲慢にならないで下さい」という声を聴いたんです。『アヴェ・マリア』を歌う直前に聴こえたので、このことをすぐに司祭に話しをしました。印を求めたらはっきりといただきました。「しもべは聞きます。お話し下さい」と私は祈りをして待ちました。そうしたら「愛する子」と呼びかけられて、「傲慢にならないで下さい」という内容のメッセージが在りました。最初に聴こえた声は女性でしたから、私はマリア様かなと思っていました。けれど、はっきりとは判りませんでした。印をいただいて後にローキューションが始まって、マリア様であるとわかりました。今回のローキューションの途中で言葉が詰まりました。すぐにとめて、印を求めました。イエズスの御名によってサタンを追い出して、すぐに十字を切りました。司祭が聖水を撒いて祈ってくれました。
印を求めました。印を貰って、再開されました。
 ゆっくりと明確な調子でマリア様がお話されたのがわかりました。皇室のことを話されたとき、私は緊張しました。マリア様が話されるままに話して、最後に確認の意味で印を求めました。
 「このメッセージは本当でしょうか?」と尋ねて印を求めたらいただきました。
 「リトル・ペブルさんに伝言がありますか?」と尋ねて印を求めました。印があって、リトル・ペブルさんにあててマリア様が話されました。ローキューションが終わって、最後に私は「本当でしょうか?印を下さい」と求めました。このことに関して印をいただいています。


           ☆宣教旅行

2006年1月22日(日曜日) (AM0:37〜0:50)
聖母マリア様からクララゆみさんに与えられたメッセージ

 愛する子、愛するマリー・マドレーヌ、あなたを祝福します。
 愛するかわいいクララ、あなたを祝福します。あなたの母、愛する母、聖母マリアを覚えて慕ってください。あなたは愛されています。あなたに多くの恵みを注いでいます。恐れないで私に近づいて、何でも「お母さん」と言ってお話ししてください。イエズスが、幼子イエズスが私を慕ったように、あなたも愛らしく、あなたの言葉で聖母マリアにお話して下さい。叫び、悲しみ、苦しみ、何でもいいから、あなたはお母さんに甘えて下さい。愛しています。あなたと深く結ばれているミシェルとあなたを豊かに祝福します。恐れないで何でも打ち明けてください。司祭の祝福をお願いします。

2006年1月22日(日曜日)(AM0:37〜0:50)
聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセー ジ

 愛するリトル・ペブル、聖母がいつもあなたを愛し、抱きしめています。恐れないで歩んでください。あなたを強く、強く守る多くの天使と共に、あなたをありとあらゆる攻撃から聖母は遠ざけます。あなたは絶えず、信頼してください。勇敢であってください。あなたを豊かに祝福します。愛されている子、リトル・ペブル、大いに祝福されたもの、あなたは多くの証をこれから立てます。勇気を出してください。祝福をいたします。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

マリー・マドレーヌ
 マリア様が話される前、ロザリオの祈りのときです。左側に風のような冷たい空気を感じました。3珠目のときです。印を求めました。けれど、印はなく、サタンを追い出しました。そして、9珠目の時に「私を慕って下さい」という優しい声を聴きました。祈りを留めて印を求めました。そうしたら印があって、マリア様の優しい語りかけを聞きながら私は愛を感じていました。「どんな傷をも包むのよ。」というように優しい『お母さん』を示された感じです。一人ひとりを大切にされるマリア様の優しさを感じながら、今回のメッセージは『マリア様のバラ』を強調するような判りやすいものだなと思いました。
 最後に「これは本当でしょうか?」と確認の意味で印を求めました。そうしたら印をいただきました。

 リトル・ペブルさんに対する伝言をお願いしました。けれど、何もなかったのです。「印がないんです」と司祭に話したら「もう1度求めなさい」と言われました。マリア様に助けを願って「伝言はあるでしょうか?」と尋ねました。そうしたら印をいただいて励ましのメッセージがありました。最後に「このことは本当でしょうか」と尋ね、印の確認を求めました。そうしたら印をいただきました。


2006年1月22日(日曜日) (PM16:22〜16:40)
イエズス様からのメッセージ
『大倉山の集会にて』

 愛する子らよ、あなた方に話をする。あなた方はこの東京において、大いなる奇跡を見ることになる。栄光を神に帰して、あなた方は全て神の御旨のままに、全てを行うように、あなた方に命じる。東京は日本の大改心の中心となるので、あなた方は勇敢でありなさい。
 あなた方を祝福する。あなた方は全てイエズスの生贄と一致して働くように、あなた方に懇願する。司祭の祝福をお願いする。


2006年1月22日(日曜日) (PM16:22〜16:40)
イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
『大倉山の集会にて』

 愛するリトル・ペブル、あなたを愛し、祝福している。イエズスがいつもあなたを祝福し、あなたを豊かに用いる。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたを祝福する。あなたがどこに行くにも私が共にいる。だから、恐れてはならない。
 あなたの勝利はもうすぐくるので、勇気を出し、あなたの願いが天に聞かれていることを喜びなさい。あなたを祝福する。あなたのために多くの子らが祈りをしている。恐れてはならない。あなたの心を平安で満たすように、私はあなたにお願いする。あなたを豊かに祝福する。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

マリー・マドレーヌ
 ロザリオを祈っているとき、最初のころに手につめたい空気が触れるのを感じました。このときに祈りを留めさせてもらいました。印を求めるとき、なんだか心の奥底から喜びが湧きあがっていたんです。でも、喜びだけの思いがいっぱいだったので、不安になり、印を求めました。けれど、印はありませんでした。すぐにサタンに「イエズスの御名によって命じる。出て行け!」と言って追い出しました。そして、祈りを再開しました。
 そうしたら「勇敢でありなさい」という男性の声を聴いたので、印を求めるため、祈りをとめました。印を求めたらありました。私は「しもべは聞きます。お話し下さい」と祈りました。イエズス様がはっきりと、東京の共同体に対して励ましのメッセージをくださいました。これからの東京の共同体の発展に関する重要な事柄を話されたのを、私は知りました。
 メッセージが終わって確認の意味で印を求めました。そうしたら印がありました。
 「リトル・ペブルさんに伝言がありますか?」と尋ね、印を求めたら印がありません。妨害をサタンがしたので、追い出してもう1度尋ねました。そうしたら印があってリトル・ペブルさんにイエズス様が話されました。最後に「このことは本当でしょうか?印を下さい」と確認を求めたら印をいただきました。



2006年1月23日(月曜日) (PM12:38〜12:58)
聖母マリア様からロンジン・マリーに与えられたメッセージ
(名古屋共同体にて)

 愛する息子、ロンジン・マリーにお話しします。あなたは愛されています。勇気を持って、司祭職をするようにあなたにお願いします。恐れないで、あなたの豊かに注がれている恵みを使って進んでいってください。聖母がいつもともにいて、いつもあなたを支えていることを覚えてください。愛する息子ジャン・マリーの下で、あなたはこれから多くの仕事をします。勇気を持って、喜んで羊たちを世話してください。愛されている子、あなたを天は祝福しています。希望を持ってこれからも歩んでいってください。あなたに祝福を送ります。司祭の祝福をお願いします。


2006年1月23日(月曜日) (PM12:38〜12:58)
リトル・ペブルさんに関して聖母マリア様からのメッセージ
(名古屋共同体にて)

 皆さんに伝えます。リトル・ペブルのために祈ってください。彼の勝利は間近です。彼のために勇敢であってください。リトル・ペブルの行くべき道は、非常に大きな道です。彼を助ける勇者に支えられて、彼は前進します。あなた方は彼を支えてください。あなた方を祝福します。彼のために祈ってください。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


2006年1月23日(月曜日) (PM12:38〜12:58)
聖母マリア様からリトル・ペブルさんに与えられたメッセージ
(名古屋共同体にて)

 愛するリトル・ペブル、あなたを豊かに祝福します。あなたは多くの困難を乗り越えてきました。あなたは聖母に信頼をしてきました。これからもずうっと聖母を慕うあなたを私は見ています。愛しています。恐れないで歩んでください。天に全て信頼するあなたに天は大きな計画を用意しています。勇敢であってください。あなたに祝福を送ります。喜びに喜びなさい。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


マリー・マドレーヌ
 ロザリオの祈りを始めて、すぐです。2珠目のとき、目の前に風を感じました。祈りを留めさせてもらい、印を求めました。けれど、印はなかったのです。すぐに「サタン、イエズスの御名によって命じる。出て行け!」とサタンを追い出しました。そして祈りを再開しました。3珠目にきたら「ロンジン・マリー」と呼びかける女性の声を聴いたんです。印を求めました。印が在って、私は「僕は聴きます。お話し下さい」と静まって祈りました。マリア様がロンジン・マリーにたいして、励ましのメッセージを話されました。
 最後に「これは本当でしょうか?印をください」と確認を求めました。そうしたら印を頂ました。
 「リトル・ペブルさんに伝言はありますか?」と尋ねて、印を求めました。けれど、なかなかなくて、「サタンの妨害を取り除いてください」とマリア様に祈りながらサタンに出て行くように命じました。そうしたら印をいただいて後に、マリア様が私たちにリトル・ペブルさんに関して天の望みを話してくださいました。このメッセージの終わりにも印を求めています。印をいただいています。
 司祭から「もう1度リトル・ペブルさんご自身に伝言があるかを尋ねるように」と言われたので、すぐに尋ねました。そうしたところ、印をいただいてリトル・ペブルさんへのメッセージがありました。マリア様はリトル・ペブルさんに対して、本当に優しく話されました。最後に確認の意味で印を求めました。そうしたら印をいただきました。


2006年1月23日(月曜日) (PM22:30〜22:46)
聖母マリア様のメッセージ
(名古屋共同体にて)

 あなた方に伝えます。愛する子ら、聖母が望むことをこれからも行なってください。多くの子らがリンボウと煉獄の存在に関して、疑いを抱いています。あなた方はこのことを覚えてください。リンボウと煉獄の霊魂に助けを願ってください。彼らは、特に煉獄の霊魂の苦しみを知らないでいます。彼らのためにとりなす信者が、本当にごく限られた人たちになりました。あなた方は、煉獄の霊魂のために祈りを捧げ続けてください。あまりにも多くの霊魂が煉獄にいるからです。だれもとりなす人がいないので、彼らは日夜清めのために苦しまねばなりません。あなた方は今しているように、全世界、全リンボウ、全煉獄のために犠牲を捧げてください。天はこのことを願っています。煉獄の霊魂のために祈ってください。あなた方に祝福を与えます。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


2006年1月23日(月曜日) (PM22:30〜22:46)
聖母マリア様からリトル・ペブルさんに与えられたメッセージ
(名古屋共同体にて)

 愛するリトル・ペブル、聖母があなたにお話しします。煉獄の霊魂の助けをあなたは願っています。天はこのことを喜んでいます。全てにおいて繋がっていることをあなたは理解しています。天使と聖人、隣人と全ての人々、リンボウと煉獄の霊魂に至るまであなたは誰一人として、落としていません。あなたは全てにおいてのつながりを大切にしています。多くの子らは、あなたのこの敬虔な信仰を見習うべきです。あなたを豊かに祝福します。愛しています。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

マリー・マドレーヌ
 今日の夜から初めて葬儀のミサを始めました。この日に亡くなった霊魂のための葬儀のミサです。途中からリンボウと煉獄の霊魂のために祈ることの重要さを知らされて、また深められていきました。このときに「煉獄のために祈りなさい」という声を聴きました。ミサ中だったけれど、印を求めました。この時には印はありませんでした。サタンを追い出しました。
 ミサ全てが終わって、ロザリオを祈る準備をしました。このときに霊魂に対する愛がわきあがっていました。何かを感じることを司祭に伝えました。すぐにひざまずいて印を求めました。そうしたら印をいただいたので「しもべは聞きます。お話し下さい」と祈りました。メッセージが公のものであるのだな、と思いながら聞いていました。途中、悪魔のアタックがありました。聖霊派のときの名残で『煉獄の霊魂のために』と言ったときに、恐れが私を襲いました。なにか違う力のようなものを感じたのです。それと言葉が早くなったように感じましたから、すぐに留めて印を求めました。サタンの妨害を受けたので、すぐに「サタン、出て行け。イエズスの御名によって命じる」と心の中で言いました。そして、再度印を求めました。そうしたら印があって「煉獄の霊魂の」という言葉が聞こえました。ローキューションの再開です。
 最後に印を求めました。確認を求めましたら、印がありました。

 リトル・ペブルさんに関して伝言があるかを尋ねました。「愛するリトル・ペブル」という言葉が聞こえたので、私は「印がありますか?印を下さい」と求めました。そうしたところ、印があってリトル・ペブルさんにマリア様からメッセージがありました。リトル・ペブルさんの信仰の深さを、ここで新たに知らされました。煉獄との関係に関して、霊魂を愛する事をリトル・ペブルさんから学ぶようにと深く知らされました。
 最後に印を求めました。そうしたところ、印をいただきました。

 この日をさかいにインフルエンザになって、二日ほど食欲不振になった。咳もよく出て、辛かった。病院に行って「タミフル」という薬を貰って飲んだら、なんだかへんてこな夢を見たの。それはね、ジャン・マリーが牛になって私に近づいてきたの。ぼうっとした感じだった。眼が覚めたらなにか変で、不思議な夢だなって思って印を求めてみた。でも、なんにもないの。薬がちょっとつよくって、ぼうっとしてたように思う。初めてインフルエンザA型にかかったもんだから、しばらくおかしかったのを覚えてる。食べ物はパンとかヨーグルトしか食べられなかったようにおもう。
 宣教旅行に行ったのはいいけれど、ジャン・マリーも、コルベ・マリーも、ロンジン・マリーまでインフルエンザになっちゃったから、いやぁ、大変だった。
 冬だから、しかたないかな?







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マリー・マドレーヌの自叙伝 

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2008年6月28日UP

著 者 マリー・マドレーヌ杉浦律子

発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 



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