マリー・マドレーヌの自叙伝 4 
C)箱舟の聖母社


秋田県での生活

秋田県に来てからの面白い話や私の神秘的体験、また、メッセージも添えます。
シャーベル修道会は笑いがいっぱいで、どうしてこんなに毎日笑いが多いのか、本当に不思議でたまらない。
いろいろと苦しんだり、問題にぶつかって、悩んだりしたけれど、幸せな家族に恵まれて、神様に感謝してます。


「秋田県での生活が始まる」
2005年9月29日(木曜日)
☆3大天使(ミカエル・ラファエル、ガブリエル)
 秋田県湯沢にきました。
 第2ミサでイエズス様をお迎えしたのです。ところが私はミサ中、睡魔によってぜんぜん記憶がなくて、聖体降福式のこともまったく覚えていません。眠気による悪魔のアタックがまた増えています。


2005年9月30日(金曜日)
 夜、第2ミサのとき、聖変化にさしかかったころです。急に睡魔に教われました。そうしたら司祭の声が聴こえたのです。でも、その声がとっても低い声で聞こえ始めました。言葉には言い表せないほど聴こえ方が変になっていきました。そうしたら悪魔が笑ったのです。私は叫び声をあげました。ミサの途中だったのに、司祭がすぐさま聖水を撒いてくれました。
 目が覚めたとき体が硬直していたのが判りました。私がミサにあずかっている最中にうなされて叫び声をあげたのは、今回が初めてになります。
 1年前になりますが、9月30日にも寝たまま悪魔のアタックを受けています。うなされて叫び声をあげています。


「変わり目のときに印を求める」
2005年10月1日(土曜日)
☆幼きイエズスの聖テレジア
 私は苦しみながら夜休んでいました。体の痛みのなかでミシェル・マリア・フランソワのために祈りをしていました。
 夜9時ごろです。私は不思議な夢を見ました。夢の中でこの言葉が聴こえました。「聖なるかな、聖なるかな、晩軍の天主。主の栄光は全治に御津」。
 そのあと、脱魂の状態になったのでしょうか、初めて不思議な感覚がありました。言葉でどう表現したらいいかわかりません。
 しばらくして目が覚めました。目が覚めたときに、印を求めるのを忘れてしまいました。それから起きて直に「ころす」という声がありました。悪魔のアタックです。起きたときに悪魔のアタックがあったので、夢もアタックと思って、今回私は印をもとめませんでした。
 けれど、寝ていたときと起きたあとの出来事が違うの、それぞれ印を求めるようにと司祭からの指導を受けました。別々にローキューションがあったとき、印をその都度求めないといけません。例を挙げると、マリア様が話されて今度はイエズス様が話されるというふうに続けてローキューションを受けたときに、気をつけないといけません。最初マリア様のときに印を求めて、次はイエズス様だから安心して印を求め忘れてしまうと、その隙を突いて悪魔が入り込んでしまう。そんなことが起こり得るのです。
 ですから、ローキューションやヴィジョンでの変わり目には、その都度印を求めてガードを高くして守るようにしていくことが絶対必要です。このように司祭からの指導を受けました。


2005年10月2日(日曜日)
マリー・マドレーヌが「座敷わらしに?!」
 今日、パソコンラックが二つ届きました。確か昨日温泉に行った帰りにホームセンターで買ったと、私は記憶しています。司祭が二つ組み立ててくれて、な、なんと床の間を私の仕事場にしてしまったんです!!今度、写真を撮るので、そのときまで待っててほしいけれど・・・!床の間に回転いすを置いて、後ろを向けば、別の用事ができるようにセッティングしたんです。
 そう、そうしたら「座敷わらし!」って、みんなに言われちゃいました!!
「この家でいいこと起こるかも?」なぁんて、みんなはしゃいでます!


2005年10月4日(火曜日)
☆アッシジの聖フランシスコの祝日
 午後3時10分頃です。ワルトルタの『イエズスの受難』のテープを聴いていたときです。硫黄の匂いが強く立ち込めました。悪魔のアタックを受けました。
 

天使のローキューション
2005年10月10日(月曜日)
 実は私、小さい頃から虫が大の苦手なの。秋田県に来てから、な、なぁんと虫がいっぱいいるじゃぁないのぉ!特に蝿がいるわ、いるわ!!自然がいっぱい。蛙の鳴き声も聞こえるのどかな雰囲気で田んぼがいっぱいあるの。そんでもって、虫たちも多いってわけ。食べ物を食べてるところに蝿が入ってくるんで「ちょっとぉ」っていう感じ!目が見えない私にとって、羽音がとっても苦手なのね。蚊とか蝿の羽音って、耳の側で聴こえると神経がピリピリしちゃってたまんないのね。私のこの悩みは、みんなちょっとおかしいくらいにしか感じないとおもう。でもね、私の小さい頃からの虫嫌いは、今になってとってもとっても最高潮に達しちゃったの!毎日何度も何度も蝿が飛ぶ音を聴いたら、ものすごく神経過敏になっちゃって「キャァ!!」とか叫びっぱなし!周りにいる男の人たちはみんな笑って楽しんでるの。こんなに蝿嫌いな私を見て、笑いながらも蝿叩きを出動させて払ってくれたりしてたのね。昨日はもう何匹も蝿が来ちゃってたいへんだった。10匹はいたんじゃぁないかしら?
 夜、食事の後、泣いちゃった。マリア様に助けてって言うしかできなかった。祈る気力も失せてしまったの。
 今日の第1ミサでこんなことあったよ。本当にこんなローキューションは普通みんな受けないと思うけれど、天使の親密さの証なので、ここに書きますね。
 第1ミサの説教のとき、天使の助けについて、それから天使と人の友情関係を結ぶことについて司祭が話してくれました。
 私は心の中で『こんな状態で虫が嫌いって言っちゃってるの。マリア様、助けて。ケルビムみたいにニコニコできたらいいのにな』と祈ったの。「セラフィムみたいにもっとイエズス様大好き」って言えるといいのになって・・・。
 そうしたらね、「蝿ちゃんも祝福?!」ってかわいい子供の声がしたの!!これは蝿も神様に作られたんだからマリー・マドレーヌ、祝福してねっていう意味だとおもいます。左耳のところでとってもかわいくて高い声がしたんです。「え!」ってびっくりして「秘密の印ある?」とすぐに聞いたらもらったんです。私、びっくりしちゃった。「天使がこんなことを言うの?」って本当にびっくり仰天!!
 ミサのあと、司祭にこの出来事を話したら「ケルビムが話したんだね』と言ったんです。そうなんだ。なんだかかわいいと思った私。でもね、こんなこと天使たちが言うなんて・・・、本当に私ってちっちゃい子なんだね!なんだかおかしくって・・・!!これからも虫たちと一緒に生活していきまぁす!!
 ひとつ、学んだことがあるの。都会の家ってとってもきれいでしょ?虫たちが見当たらないほどきれいにしてる家が多いでしょ?都会に住んでると自然のありがたさを忘れちゃってるんだなって。昔の人たちは動物たちとも仲良かったとおもう。自然のなかでのびのびしていたんだなと思う。小さな虫たちさえも生きていくために必死なんだなって。昼寝なんかしてるとね、蝿がきて顔によってくるんだよ。暑いとき水分を求めるみたいで、人が汗をかいてるとにおいか何かでよってくるの。今までにない経験をしてます。私、虫たちと仲良く(?)慣れるのには1年は必要かも!?とても都会では味わえないよ。まるで『友達になって』と言うかのように人に寄って来る蝿なんて聞いたことなかったから。


2005年10月14日(金曜日)
『十日間の初めての宣教旅行』
 この日、湯沢の家を離れ、私たち3人(司祭とコルベ・マリー、そして私)は車で大阪まで行ったんです。けれど、家を出る前、私は初めての経験をしました。非常な寒さを感じたんです。司祭が私が何度も寒いと言うので、熱があるのかと思って調べました。でも、熱はなかったんです。
 煉獄に連れて行かれたのかな、と思って印があるかを尋ねました。けれど、印はありませんでした。司祭が「旅行に行かせないように悪魔の妨害だ」と判断して、私にそのまま苦しみを受け入れるようにと言いました。
 それから行く直前になって急に私は家に居たいという思いにかられました。これも悪い思いで、さまたげです。


2005年10月19日(水曜日)
『名古屋共同体で』
朝、第1ミサのとき、時間は7時過ぎだったと思います。聖変化のところで、司祭がカリスを捧げていたときに私は「生贄になりなさい」という男性の声を聴きました。久々のローキューションでした。けれど、私の思い込みかとおもって、今回印を求めませんでした。ですからこのことについては識別できません。


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2005年10月20日
マリー・マドレーヌに与えられた、聖ヨゼフ様からのローキューション
名古屋共同体にて
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マリー・マドレーヌ:
 先ほど夜10時前、ヨゼフ様からローキューションがありました。
 ジャン・マリーと夜寝るとき、夫婦の務めをするように、裸で触れ合うこと、キスをする。このことを毎晩しようという約束をして、私がこのことに同意したんです。この会話の最中に香の匂いが立ち込めました。第1回目に印を求めたとき、印はありませんでした。すぐにサタンに出て行くように命じました。しばらくして、また香の匂いが強く立ち込めました。印を求めました。司祭が『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をしてベネディクトの十字架で十字の印をしてくれました。このときに印がありました。聖櫃の前に行ってひざまずき「しもべはききます。お話し下さい」と祈って待ちました。そうしたら「愛する子」という呼びかけを聞きました。久々のローキューションでヨゼフ様の優しさを知ったと同時に内用が大変重かったので、心に受け止めました。養父として私を育ててくれるヨゼフ様に触れられてとっても感謝です。

メッセージ
2005年10月20日(木曜日) PM21:33
『名古屋共同体で』
※聖ヨゼフ様からのローキューション
 愛する子(マリー・マドレーヌ)、あなたを祝福する。私、ヨゼフは、あなたを愛し、祝福している。愛する息子(ジャン・マリー神父)のことであなたに伝える。愛する息子(ジャン・マリー神父)が苦しみ、悩み、呻いているのを私は知っている。あなた(マリー・マドレーヌ)の行く道で、愛する息子(ジャン・マリー神父)が与える一つ一つの事をあなたは心に留めて1歩1歩歩んでほしい。
 いま、共同体のことで、彼は大いに苦しんでいるけれども、私自身が彼を支えて、彼が行くべき道を私(ヨゼフ)が彼に指し示していく。多くのことで讒言され、苦しんでいる彼(ジャン・マリー神父)に対して、私(ヨゼフ)はひと時も彼を離れず、彼になすべき事を与え続けている。だから、愛する娘(マリー・マドレーヌ)、あなたは行くべき道を歩むように。
 愛している。あなたも多くのことでいろいろと苦しむけれども、私(ヨゼフ)を呼んでほしい。そして、イエズスと、マリアと、多くの聖人とがあなた方(ジャン・マリー神父、マリーマドレーヌ)を守っているので、愛して、互いに愛し合っていくように。あなた(マリー・マドレーヌ)の優しい養父、あなたを育てるヨゼフがいるので、恐れないで歩むべき道を信頼して、長に信頼して歩むように私はあなたに言う。
 永遠の御父、またイエズス・キリスト、聖霊があなた方を導き、祝福して強めてこれからの道を歩ませる。多くの混乱が起こっているけれども、この混乱を起こしている人々のために、あなた方は絶えず祈っている。だから、彼らのために、これ以上彼らが混乱をまた続けないように、もっと祈ってほしい。彼らの霊の救いのために祈ってほしい。私(ヨゼフ)があなた方を支えるから、祝福に祝福を加える。だから、恐れないで歩みなさい。愛し、祝福している。あなた方を豊かに用いるので、ヨゼフに信頼してほしい。
 主、イエズスキリストと共に、聖霊と共に支配される永遠の御父に対して、あなた方は礼拝をしてほしい。あなた方を祝福する。
 愛している。あなた方の行くべき道を歩みなさい。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

聖・ヨゼフからのリトル・ペブルさんへのメッセージ
2005年10月20日(木曜日)
 愛するリトル・ペブル、あなたが行くべき道を歩み、これからも信頼をするようにあなたに言う。ヨゼフが話をする。あなたは今一番苦しんでいるけれども、イエズスの十字架の道を歩むあなたに対して、天は支え、恵みに恵みを加える。恐れないで歩みなさい。多くの援助者がるので、またすべてあなたに計画している仕事を天は果たすので、あなたは信頼して歩むように、私(ヨゼフ)はあなた(リトル・ペブル)にお願いする。
 あなたを祝福している。恐れないで歩みなさい。あなたを見守るヨゼフがそばにおり、あなたの浄配、聖母マリアがあなたを支えるので、あなたの行くべき道をこれからも歩み続けるように、私はあなたに懇願する。祝福している。
 あなたに対して、多くの事を言った人々に対しては、すべて任せるように。神に任せるようにあなたに伝える。あなたを祝福する。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

マリー・マドレーヌ
 ヨゼフ様からのローキューションが始まるまでの事をはなします。
 先ず、香のかおりが眼の前で強く立ち込めました。午前中ミサをたててだいぶ時間がたっていたので、「あら」っとおもいました。久々に神秘的体験があったので、とても驚きました。時間がだいぶたっているのにまだかおりが残っているのかな、と思って印があるかをたずねました。最初、印はありませんでした。すぐに「サタン、出て行け!」と私は命じました。
 しばらくしてまた香のかおりが強く目の前でしました。もう1度印を求めました。司祭が『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をラテン語で祈って、ベネディクトの十字架で十字の印を頭、額、肩、胸に記してくれました。そうしたら印があったので、司祭が聖櫃のところまで私を連れて行ってくれて聖櫃をあけて一緒にひざまずきました。
 私は「しもべは聞きます。お話ください」と祈り、待ちました。しばらく待っていたら「愛する子」と呼びかけられました。聴き覚えのある声だなぁと私は思いました。私は語られる声を聴きながら、この声はヨゼフ様だとわかりました。
 今回のローキューションの内容がとっても重いなぁと感じました。苦しい状況の中で、ヨゼフ様が私たちを励ましてくれているのだと判ってとっても慰められました。最後のところでヨゼフ様の言われる速度に合わせて十字の印をしていたとき、私は涙が出そうになりました。本当に優しい、そして愛にあふれたヨゼフ様を知ることができました。
 そのあと、司祭からリトル・ペブルさんへの励ましのメッセージがあるか、伝言があるかを聞くように言われました。「印を求めて始まった最初のローキューションが終わった後、新たにローキューションがあるときは、再度、印を求めなければいけない。もしそうでなければ悪魔にだまされてしまう」と司祭から指導を受けています。
 私自身、どなたが話されるのか判らなかったので「話してくださる前にどうか印をください」と祈りました。そうしたら印をいただいて、引き続き、ヨゼフ様が話されたのがわかりました。非常に苦しんでいるリトル・ペブルさんに対して、ヨゼフ様は励ましの言葉を言われました。一番心に感動したのがやはり「恐れないで歩むように」です。何度も「恐れないで」と言われたので、本当にこちらも励まされました。


2005年10月21日(金曜日)
『名古屋の家で』
 第2ミサを午前中にしました。そう、私はオルガンの伴奏担当で一緒に聖歌を歌っていました。「キリエ(哀れみの讃歌)」の終わりごろから、なんだか変なインスピレーションがきました。人に聴かせるように歌ってるのではないか。そのように心にささやかれるような感じがしました。グロリア『(栄光の讃歌)』を歌っていて突然混乱が生じました。歌詞が途中で判らなくなったのです。それと、メロディーも「これでよかったのかしら」と何度も思いながら弾いていました。実際、途切れ途切れになってしまったんです。途中からわたしは歌えなくなってしまいました。怖くなってしまったのです。心の傷が開いてしまった感じをうけました。
 説教が終わって『クレド(信仰宣言)』の時にはぜんぜん歌えないで、ただメロディーを弾くだけでした。自分でまた悲しくなっていました。
 聖体拝領が終わってから、私はそっとヨゼフ様やマリア様におはなししました。「ちっちゃい子だから間違っても大丈夫だよね。そのまま素直に歌えばいいよね」って。そうしたら肩の荷が下りた感じで、気持ちがとっても軽くなりました。


2005年10月24日(月曜日)
 夕方、秋田県横手市に入ったとき、車に乗っていた私は大変な悪臭を感じました。悪魔によるアタックです。


2005年10月25日(火曜日)
 夜のミサが始まる前、目の前で冷たい空気を感じました。印を一度求めましたが、ありませんでした。サタンに出て行くように命じました。
 しばらくしたらまた空気の冷たさを感じ、唇のほうに感じたので、印があるか尋ねました。けれど、ありませんでした。 二度とも印はありませんでしたから、その都度サタンに出て行くようにと命じました。
 以前、ヨゼフ様のローキューションのとき、一度印を求めて印がなく、悪魔を追い出した後、同じ香のにおいがあって、二度目に印があったことがあります。私はこのとき、一度目のときに、自分の思い込みで印を求めずにすぐに悪魔に出て行くようにと命じたことがありました。「それはいけない」と司祭から言われました。一度、印がなくて二度目に天からの働きかけがあることがあるから、印があってもなくても人が受けない感覚を受けたらその都度、印を求めるようにという指導を受けました。印があった場合は「しもべは聴きます。お話ください」と祈るのを忘れないようにします。


2005年10月28日(金曜日)
『ジャン・マリー司祭叙階1周年』
 この日はとってもすばらしい日で、私たちにとって本当に嬉しい日となりました。ジャン・マリー司祭が昨年10月28日、オーストラリアのナウラで司祭に叙階されたからです。1年がたちました。1年間、とってもハードな日でしたけれど、笑いが多く、共同体のメンバーとも心が深く通うようになりました
 名古屋に共同体ができたのが昨年10月13日。1年もたたないうちに秋田県に共同体ができ、いまとっても笑いに満ちた生活を送っています。
 ところで、ところで、夕食のとき、司祭叙階のお祝いをしたんです。とっても盛り上がってジャン・マリー神父へ表彰状を送ることになって、秋田弁の文章でミシェル・マリー・フランソワ(奥田さん)が書いたんです。もう笑いが止まらなかった!!そのあと、デザートコースになってケーキを食べたんです。私とミシェル・マリー・フランソワ(奥田さん)が話をしている間に、私が食べかけていたケーキが突然目の前から消えちゃったんです!誰も、私のケーキがなくなったことには気がつかなかった。わたしは 、自分の目の前にお皿がないのに気が付いて、『私、ケーキ食べたんだっけ?」と聞いたら「うん、たべたよ。」とジャン・マリーが答えたんです。「でも、まだ全部食べてなかったよ。本当に食べてた?」ともう1度私が聞いたら「忘れろ、忘れろ・・」とジャン・マリー司祭が言って「みんな、シー!」って言うんです。なんだかおかしいなぁって思っていたらミシェル・マリー・フランソワ(奥田さん)が気がついたんです。私の目の前にあったお皿がなくなって、ジャン・マリーがケーキを食べてたことを!!私とミシェル・マリー・フランソワ(奥田さん)が握手をしている間、ジャン・マリーがその手の間からお皿をとったんだと・・・!!私は絶句して言葉を失ってしまったんです。そのあとのみんなの大笑いと言ったら・・・!!皆さんの想像にお任せします。
 とっても楽しいお祝いでしたよ!


2005年10月31日(月曜日)
 朝、不思議な夢をみました。今回印を求めるのをまた忘れてしまいました。10時過ぎに目が覚めたのですが、その少し前から夢を見たとおもいます。
 とっても優しい御父がそばにいて私を包んでくれたんです。とっても抱擁されて私は幸せでした。そのあと、誰かが御父とお話をしたくて待っているかのようでした。順番待ちでこの日に会うようにとか言われている声が聴こえていました。
 印があるか聞いてみるのを今回は忘れてしまいました。目が覚めたときしばらく放心状態でした。
 夜、第2ミサのときです。感謝の讃歌を歌ってじきに目の前で光がうえからさして、そのあと道のようなものが見えました。起きているときにビジョンを見ることは本当に珍しいのですが、目の前に道があるのがわかりました。それだけがあったので、印があるかを聞いてみました。秘密の印はなかったのでわたしは「サタン出て行け」と追い出しました。


( O^O )マリー・マドレーヌの一言
 今回も悪魔のアタックをここに記しました。メッセージも織り込みながら、またマリー・マドレーヌの日常がどんなものであるか、それと共同体の様子も交えて今回から思考を少し変えてみたよ。これからもこんな感じで私の一日を書き続けて生きたいとおもってます。
 秋田県に引っ越してからの様子を少しでも知ってもらいたくて書きました。リアルタイムで情報を遅れれば良いのだけれど、今回1ヶ月分をまとめてお届けすることになっちゃいました。だいぶ生活にも慣れてきたから、これからはこまめにお知らせできたら良いなと思ってます。とっても笑いの多い、また天然ボケをいっぱいするマリー・マドレーヌと仲間たちの様子をこれからもお楽しみに!!


「また誘惑が襲う」
2005年11月3日(木曜日)
 最近、私の生活は変わり始めました。神秘的な痛みが強くなってきてその都度、丹念に「もっとちょ」が言えなくなってきていました。痛みに耐えるのが精一杯でした。それに加えて、リトル・ペブルさんに対する花嫁の愛も薄れてきてしまったんです。
 一つの原因は携帯電話でのウェブ検索にありました。霊的にダウンしてしまったのがちょうど先週ごろからで、誘惑は大変強かったです。本も読めません。黙想も難しく、ミサのときになると眠気が襲うのです。とっても辛くて、一時、寂しさのような感じになりました。完全に絶望したわけではないけれど、その弱さが悪魔によるアタックの材料となってしまったのです。
 私はどうしても豆乳が飲めませんでした。昨年、愛知県で5ヶ月過ごしたときに豆乳にお湯を注いで飲むことに慣れてきていました。2月15日から家に連れ戻された101日間はまた豆乳が飲めなくなってしまいました。愛知県に帰ってからまた豆乳を飲むようになりました。最近ですが、この「飲めないから飲まない。飲みたくない」という気持ちを踏みにじって、司祭が豆乳を作ってくれたとき、飲むようにし始めました。
 それからミサの間はどんなに辛くても、どんなに痛みが強くて苦しくても、眠くても絶対にベッドに行かない。このように気持ちを優先することから苦手なことに対するチャレンジが始まりました。司祭によって強められ、訓練されています。
 夜のミサで、説教のとき、バラの香りが久々にありました。けれど、印を求めなかったです。そのあと、聖変化のときから私の右側に誰かが立っているような感じがし始め、目に、特に右目のほうに、見えるような感覚がきていました。印を求めてなかったので、サタンに「出て行くように」と命じていました。けれど、何度やっても、その圧迫のような人影のように感じる感覚はなくならず、戦っていました。何度印を聞いてもなくて、その都度サタンを追い出していたんです。司祭の聖体拝領の頃、私はぱっと一瞬目を開けたら、その誰かが私を見たのです。私は怖くなって泣き出してしまいました。下を向いてつっぷした状態でしばらくいました。顔を上げたら右側にいた人のような気配はありませんでした。
 以前、私はカリスマ派の教会に行って目を癒してもらうという祈りを何度もしてもらったことがあります。急に見えるようになる体験があって、集会所を離れて家に帰ったら、元のように光だけがわかる。そんな状態になりました。そのときに受けた経験が私の心の奥深くに傷となって恐怖感を与え、トラウマになっています。
 ですから、このとき、目を開けたときにそばにいた人に見られたような感じを受けたことで、私は何かを見ることに対する怖さが思いだされてしまったんです。恐怖感が生じてしまって、ヨゼフ様にお祈りしました。「見るということがどういうことなのか、私には判らない。もし天の方々を見ることがあったら私はどうなるのか判らない。だからヨゼフさま、見るのが怖い」とわたしは祈ったんです。私がそばにいた人を見たとき、その人は背が高かった感じでした。


2005年11月4日(金曜日)
 今日は初金です。体の痛みがとっても強いです。痛みがくるたび(瞬間、瞬間の激痛)に息が上がり、喘ぐような状態になってきました。3日の夜から4日の夜中1時過ぎにかけて、ミサでした。ミサ中、右肩に激しい激痛がきました。ずうっと続いてミサが終わってもその痛みは続きました。このときから本当に一瞬、一瞬を霊魂の救いのための祈りをする意味で、丹念に「もっとちょ!」を言うようにしています。
 今日の朝のミサはものすごい眠気との戦いでした。本当に体がだるく、途中オルガンを弾く部分でも眠さが強くて、目を閉じたまま弾く状態でした。ただ、指を動かすような感じでいました。私は眠いので、ただ指を動かすままに身を任せていました。本当に眠かったんです。
 ミサ中、昨夜と同じような右側に人が居るのではないかというような圧迫感を感じました。人の気配でしょうか・・・?印を求めたけれど、ありませんでした。私はサタンに出て行くように命じました。
 夜のミサでも最初の頃、人の気配を感じました。印を求めたけれど、何もありませんでした。何度かサタンを追い出しましたが、1度目も2度目も出て行きませんでした。ミサが終わって司祭に話しました。そうしたら「『イエズスの御名によって命じる』とか『マリア様の御名によって出て行け』とか言うように一段階アップしなさい」という指導をいただきました。


2005年11月5日(土曜日) ☆初土曜日 
(聖エリザベト、聖ザカリアの祝日)
 朝方、ミサ中にアタックを受けました。痛みと眠さに耐えかねて、突っ伏している状態ができなくなってベッドに行ってしまったんです。確か「感謝の讃歌」を歌っていたとき、オルガンを弾いていたんだけれど、右手の指に痛みが強くきて、集中できなくなっていきました。そのあと、もう辛くてベッドに行ったんです。そう、私の心のなかには人にこんな格好を見せたらいけないんじゃないかという思いがあって『人の目』を気にしてしまったんです。これがよくなかった。
 やはり少し寝てしまって聖体拝領のときと、最後の聖体降福式が終わる頃になって目が覚めました。ミサが始まってじきに眼の痛みを感じ、だんだん強くなっていきました。そのため、辛さが増してきたんです。目に痛みがある、今までにこの経験はなかったです。神秘的痛みが目のなかにも起き始めました。最初は右目、途中から左目に痛みが移りました。今日は1日ほとんど目の痛みで体を休めていました。食欲も朝、昼と少食でした。
 夜、第2ミサのとき、また人のような気配を右側に感じました。秘密の印があるかを尋ねたけれど、何もありません。「サタン、出て行け!」とサタンを追い出しました。けれど、何も変化はありません。もう1度、識別のための秘密の印を尋ねたけれど、なかったから、昨日司祭が教えてくれたとおり「イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!」と命じました。しばらくしてまた人のような気配を感じたので、印があるか尋ねました。けれど、ありません。3度目に「マリア様の御名によって」と言ってから「サタン、出て行け!」と命じたら気配のような圧迫感はなくなりました。 
 今、しつこく追い出す状態になっています。


2005年11月6日(日曜日)
 午後3時過ぎだったと思います。私はお風呂に入りました。しばらくしたら、目に急に光のようなものが入りました。目を一瞬つぶる動作をしたら、突然左の目のほうから光のようなものを感じたんです。かと思ったら、今度は一瞬血の気の引くような感覚に襲われ、記憶が飛びました。悪魔のアタックです。久々です。


2005年11月7日(月曜日)
 夕方の第2ミサのときに、聖体降福式の途中で聖歌の歌詞を司祭が読んでいたころです。ひとつのインスピレーションを受けました。私はリトル・ペブルさんの事を考えていました。そうしたら、リトル・ペブルさんが苦しんでいるのはイエズス様の御聖体が冒涜されているためなのかな、という思いが心のなかにきました。久々にあった感じを受けたので、しるしがあるかを尋ねました。1度目はありませんでした。すぐさま「サタン、出て行け。イエズスの御名によって、マリア様の御名によって命じる。出て行け」と命じました。しばらくして、また心の中にリトル・ペブルさんと御聖体のことが引っかかったので、その思いがくるたびに印があるか尋ねました。私の思い込みではないかと考えたから印を求めたのです。2度、3度という感じで求めました。司祭が聖体で全世界を祝福する場面にさしかかるころ、印がありました。
 ミサが終わって司祭にこの出来事を告げました。もしかしたらローキューションがあるかも知れないからひざまずいて祈ろうということになり、祭壇の前に行って祈りました。そうしたら手のほうに空気を感じました。印があるか尋ねました。秘密の印をいただいて「僕は聴きます。お話ください」と祈りました。そうしているうちに「愛する子」「リトル・ペブルのために祈りなさい」という声を聴きました。けれど、聴こえにくく、心が動揺しました。司祭に「十字を切ってください」とお願いしました。司祭は何度もベネディクトの十字架で十字を切ってくれました。心を落ち着けてもう1度印を求めました。そうしたら印をいただいて「愛する子」と呼びかけられました。女性の声でした。久々にマリア様のお声を聴きました。リトル・ペブルさんのために祈るように懇願されるマリア様を知りました。私たちを深く愛してくださっているのを改めて知らされました。


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2005年11月7日 PM7:25
マリー・マドレーヌに与えられた、聖母マリア様からのメッセージ
秋田県湯沢市「清水小屋共同体」にて
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聖母マリア様:
 愛する子(マリー・マドレーヌ)あなたを祝福します。リトル・ペブルの淨配である私、マリアがあなたにお話します。リトル・ペブルがこんなにも苦しんでいることであなたに伝えます。あなた方はリトル・ペブルのために愛し、彼を強め、彼にすべてを捧げるように私はあなた方に望みます。私は彼(リトル・ペブル)といつも共にいて、彼の苦しみを見、彼が私と一緒に受難を共にしていることをあなた方は知っています。

 あなた方はこのことを覚えてください。イエズスの御聖体が冒涜されており、このことのために彼(リトル・ペブル)が苦しんでいるということを。イエズスが鞭打たれ、茨の冠をかぶせられ、今も血を流しています。教会があまりにもイエズスの聖体に対して、冒涜を加え続けたために、愛するリトル・ペブルがこんなにも苦しまなければならなくなりました。

 イエズスを悲しませないでください。私はあなた方を愛し、聖体を崇敬するようにとあなた方に言ってきました。私はあなた方のために日夜、永遠の御父に取り次いでいます。一人も滅びてほしくはないからです。あなた方はリトル・ペブルを愛し、彼のためにすべてを捧げるように私はあなた方に懇願します。愛しています。あなた方を祝福します。

 あなた方がこれから成そうとしている事業に対しても、私はあなた方を強め、支え、導きます。恐れないで、あなた方が私によりすがって私が使わす多くの天使と共にあなた方の行くべき道を歩むようにあなた方にお願いします。あなた方の傍らに私はいつも居ます。愛しています。

 男性の方々の健康のことに関しても、前、約束したとおりにあなた方は大きな奇跡を見ることになります。恐れないで歩んでください。愛しています。すべてのメンバーを愛しています。一人も滅びることがないように、あなた方を絶えず愛し、求め、あなた方の成すことに知恵を与えていますから、前に進んでください。

 イエズスがあなた方を祝福しています。天使があなた方を守っていますから行くべき道を歩んでください。リトル・ペブルのために祈ってください。あなた方を心から愛し、祝福し、愛撫しています。

 イエズス・キリストがあなた方を祝福しています。喜んでいます。あなた方を支え続けるのは、イエズスと、永遠の御父、聖霊です。そして私のすべてをあなた方に与えていますから、恐れないで歩んでください。祝福します。父と、子と、聖霊との御名によりてあなた方に挨拶します。アーメン。


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2005年11月7日 PM19:25
マリー・マドレーヌに与えられた、イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
秋田県湯沢市「清水小屋共同体」にて
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イエズス様:
 愛するリトル・ペブル、あなたのために私は祝福を送る。私、イエズスがあなたを守り、私の苦しみをあなたに味わわせているけれども、あなたは絶えず信頼するように、私はあなたに懇願する。私のことで苦しみ、うめき、全世界のことで苦しんでいるあなたに対して、私は一時もあなたを離れず、あなたが懇願する願いをいつも聞きいれている。だから安心して歩みなさい。

 イエズスが共に居て、私(イエズス)が支えていくすべての道をあなたに示していくから恐れないで歩みなさい。イエズスとマリア、ヨゼフがすべてあなたを愛しているから、安心して私のもとにくるように。愛している。

 多くの子どもたちがあなたを裏切ってあなたから離れていった。私は非常に悲しく、あなたもその傷が深いことを私は知っている。愛している。あなたに祝福を送る。

 マリアが三日間苦しみ、受難を経験した。あなたは今そこに居るけれども、私が復活したのをあなたは知っている。だから、恐れないで歩むようにあなたに願う。祝福を送る。挨拶を送る。いつも愛している。勇敢で在りなさい。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


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2005年11月7日 PM19:48
マリー・マドレーヌに与えられた、聖ヨゼフ様からのメッセージ
秋田県湯沢市「清水小屋共同体」にて
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聖ヨゼフ様:
 愛する子らよ、あなた方を祝福する。私、ヨゼフがあなた方(ジャン・マリー司祭、コルベ・マリー、マリー・レベッカ、マリー・マドレーヌ)にお話しする。あなた方は多くの事業、多くの仕事がこれから起こされようとしているけれども、あなた方は恐れてはいけない。

 リトル・ペブルが苦しみ、悩み、苦悩している。周りはリトル・ペブルに対して、不信感を募らせ、敵が攻撃しているけれども、あなた方はそれに決してめげてはいけない。

 私があなた方を包み、あなた方を強めるので、あなた方は行くべき道を行きなさい。あなた方はいろいろな問題、苦しみ、悩み、心の奥底にある悲しみとかたくさんあるのを私は知っている。なんでもいいから話してほしい。あなた方はこれから行くべき道を歩み、私が定めた一つひとつの出来事に対して、この共同体を私に捧げ続けていってほしい。秋田は祝福されている。日本はあなた方によって、また協力する多くの人々によって変えられていくので、あなた方に勇気を出すようにと私(ヨゼフ)は言う。恐れないで歩みなさい。ヨゼフがあなた方を包み、愛し、祝福している。

 リトル・ペブルのためにすべてを捧げてほしい。御父を礼拝し、御父をますます崇めてほしい。御父には決して偽りがない。彼(リトル・ペブル)が苦境に陥っていようとも、御父の正義は示される。御父が彼(リトル・ペブル)に対して、すべて支配をしており、あなた方をも支配しているから、すべて愛する子どもらが御父を本当に知ってほしい、ただ私はそのことを願っている。

 祝福をおくる。愛している。あなた方を包む優しいヨゼフがいつもそばにいるから、私を愛して、すべてを委ねるように心からお願いする。天使も大勢いる。あなた方はすべて心に感じなくても信仰を持って歩むように、私はあなた方に懇願する。

 御父がどれだけあなた方を愛しているか、どれほどにあなた方を豊かに用いようとしておられるかをあなた方はこれから知る。だから、細かいことでも、どんなことでもいいから、些細なことでもいいから、何でも話してほしい。

 天は子どものように求める人々を探している。あなた方はこの子どもであってほしい。あなた方すべてに伝える。祝福を送る。愛するリトル・ペブルのために祈りなさい。平安で在りなさい。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

( ヨゼフ様からリトル・ペブルさんに関する願い )
 あなた方に一言だけ言う。リトル・ペブルのために祈ってほしい。リトル・ペブルを天が愛しているから。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 夕方の第2ミサのときに、聖体降福式の途中で聖歌の歌詞を司祭が読んでいたころです。ひとつのインスピレーションを受けました。私はリトル・ペブルさんの事を考えていました。そうしたら、リトル・ペブルさんが苦しんでいるのはイエズス様の御聖体が冒涜されているためなのかな、という思いが心のなかにきました。久々にあった感じを受けたので、しるしがあるかを尋ねました。1度目はありませんでした。すぐさま「サタン、出て行け。イエズスの御名によって、マリア様の御名によって命じる。出て行け」と命じました。しばらくして、また心の中にリトル・ペブルさんと御聖体のことが引っかかったので、その思いがくるたびに印があるか尋ねました。私の思い込みではないかと考えたから印を求めたのです。2度、3度という感じで求めました。司祭が聖体で全世界を祝福する場面にさしかかるころ、印がありました。
 ミサが終わって司祭にこの出来事を告げました。もしかしたらローキューションがあるかも知れないからひざまずいて祈ろうということになり、祭壇の前に行って祈りました。そうしたら手のほうに空気を感じました。印があるか尋ねました。秘密の印をいただいて「しもべは聴きます。お話ください」と祈りました。そうしているうちに「愛する子」「リトル・ペブルのために祈りなさい」という声を聴きました。けれど、聴こえにくく、心が動揺しました。司祭に「十字を切ってください」とお願いしました。司祭は何度もベネディクトの十字架で十字を切ってくれました。心を落ち着けてもう1度印を求めました。そうしたら印をいただいて「愛する子」と呼びかけられました。女性の声でした。久々にマリア様のお声を聴きました。リトル・ペブルさんのために祈るように懇願されるマリア様を知りました。私たちを深く愛してくださっているのを改めて知らされました。


2005年11月7日(月曜日)のローキューションについて
 1度目のローキューションの後、司祭から「リトル・ペブルさんに伝言があるか尋ねるように。印を求め、もしあったら『しもべは聴きます。お話ください』と言うように」と言われました。2度目に入る頃、印をいただきました。リトル・ペブルさんに語られたイエズス様の言葉はとってもゆっくりで慰めと愛に満ちた口調でした。優しいイエズス様を私は知りました。天の方々がリトル・ペブルさんを深く愛されていることを、また一段と強く知らされました。
 ローキューションが終わって、司祭と少しお話していました。そうしたらリトル・ペブルさんに対する愛がわきあがってきて、私は祭壇のほうに行きました。「リトル・ペブルさんを愛します」と祈りました。涙が出ました。すると、百合の花の匂いが強くたちこめました。司祭に話したところ、「すぐに印を求めるように」と言われました。私はひざまずいて印があるかを尋ねました。このときに司祭が聖水を撒いてくれました。しばらくしたら印をいただきました。「僕は聴きます。お話ください」と祈りました。お話されたのはヨゼフ様でした。
 私たちをヨゼフ様が愛しているということを明確にされるために、本当にわかりやすく身近な言葉で話してくださって、またヨゼフ様を深く知らされました。御父に対する礼拝をますますしてほしいと言われたヨゼフ様。御父の御摂理に信頼することを教えてくださって本当に感謝でした。リトル・ペブルさんの事を天が深く愛されていることも知りました。
 ローキューションが終わって司祭から「リトル・ペブルさんに伝言があるかを尋ねるように」と言われ、印をそのときに求めるようにと指示をいただきました。私は十字を切ってくださるように司祭にお願いしました。司祭はベネディクトの十字架で十字を切り、聖水をまた撒いてくれました。しばらくの沈黙の後、印を頂き、ヨゼフ様が懇願されるように『リトル・ペブルのために祈ってほしい』と言われ、そして『天がリトル・ペブルを愛しているから」と言われたとき、私の心の中にはこの言葉の深さを改めて知らされた感じになりました。天がどれほどにリトル・ペブルさんを深く愛されているかを。


2005年11月8日(火曜日)
 第1ミサだったと思います。ミサの終わりごろ、下に沈み落ちていく感覚が久々にありました。歌いながらオルガンを弾いていたときにです。印があるか聞いてみたけれど、ありませんでした。すぐにサタンを追い出しました。
 夜、第2ミサが始まる前、ロザリオの祈りをしていた時です。私の目の前でホットケーキの匂いがありました。でも、実際は誰も作っていないんです。印はなかったです。サタンによるアタックだったので、サタンに出て行くように命じました。こんなこともアタックがあるんです。


苦しくても意志を奮い起こす
2005年11月9日(水曜日)
 第1ミサのとき、とっても眠気がすごくてオルガンが弾けない、と私は司祭に訴えました。サタンによるアタックでした。非常な辛さのなかで自分の席につき、ミサにあずかりました。しばらくして力が与えられて無事に全部こなすことができました。意志を奮い起こしてすることが大切だと知らされました。


2005年11月11日(金曜日)
 夜、旅行の準備をしていました。とってもむかつく状態になってしばらく深夜ミサが始まるまで続きました。


2005年11月12日(土曜日)
 夜中1時38分ごろ、イエズス様のローキューションがありました。説教中、私はとっても涙がこぼれて、しばらくしてからも泣いていました。主の祈りのときにはむせびました。
 聖体拝領のとき、自分の心を探っていて、罪責感になっていたので、拝領できるかと思っていたんです。そうしたら「恐れるな」という優しい男性の声がしました。拝領する直前だったので、印を求められませんでした。ミサが終わって、司祭に話したら『今すぐに印を求めなさい』といわれました。ひざまずいて印を求めました。そうしたら識別のための秘密の印がありました。
 このとき初めて経験したことで、印を後になっていただくことになったのですが、決して諦めてはいけないと司祭から言われました。印がない場合、悪魔からのアタックによることが多いから私は今回もそうだろうな、と思って諦めかけていました。でも、すぐに印を貰わないこともあるのだと知り、諦めないようにしたいと思います。
 今回ねたみに関する事柄の戦いが私の心にあって、イエズス様からの言葉を聞くとき、このことが示されて「わかりました。」と認めました。自分の心の弱さと向かう良い機会でした。改めて謙遜になることを心の中に深く刻み込まれた私です。

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2005年11月12日 AM1:38
マリー・マドレーヌに与えられた、イエズス様からのメッセージ
秋田県湯沢市「清水小屋共同体」にて
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イエズス様:
 愛する子(マリー・マドレーヌ)よ、あなたに祝福を送る。イエズスが話をする。あなた方は愛し合うことが求められている。許しあい、愛し合い、助け合ってほしい。嫉みを互いに入れないようにしてほしい。あなた方はすべてあなた方の成すべき事を一つひとつ行ってほしい。愛している。

 あなた方は私を捜し求め、私に来るならば、私はあなた方を恵み、あなた方のゆえにすべてを成していくから、あなた方、特に女性は嫉まないように。そして、互いに愛し合い、許しあい、どんなことにおいても励ましあうように。これからの女子修道院に女性が送られる時に女性の間に起こる問題に対して、あなた方は対処しなければならない。

 愛している。これらを心に留めておくように私は言う。私イエズスは、いつもあなた方と共に居て、あなた方のなかに愛と恵みとを注ぎ続けているから、恐れないで私に打ち明けなさい。すべてを祝福する。

 恐れないで歩みなさい。あなた方の行くべき道をこれからも歩みなさい。イエズスがあなた方を祝福する。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


宣教旅行
2005年11月13日(日曜日)
 夜、東京から名古屋に移動していた時のことです。、静岡県の牧の原SAに着いて、休憩を取っていました。車から降りて歩き出したら硫黄の匂いが目の前でしたのです。もちろん、誰もこのにおいは嗅いでいません。悪魔によるアタックをうけました。


2005年11月14日(月曜日)
 名古屋での生活が始まりました。午前中、体の半分が寒くてとっても調子が悪くなりました。お昼もあまりたくさん食べられなかったです。
 夜、久々にラップ現象がありました。誰も聴こえないのに聖櫃のところからパチっという音が、何秒に一度聴こえてきたんです。司祭に話しました。気にしないようにと言われました。悪魔からのアタックです。このような音を使って恐怖に落とそうとする働きを悪魔はします。神秘的体験が始まって初期の頃によくこの『ラップ現象』という体験をしました。久しぶりです。


2005年11月17日(木曜日)
 今日も寒さがとても強かったです。周りに聞いたら、「そんなに寒さは感じられない」と言われたので、ちょっとおかしいと思ってミサ中に印を求めました。けれど、印はなかったのですぐにサタンを追い出しました。


2005年11月18日(金曜日)
 今日、みんなで連れ立って買い物に行って外に出たんです。でも、帰ったら体のだるさのため、寝てしまいました。お昼は食べられなかったです。食欲がなくなりました。
 最近、私は罪責感に陥りやすく自分を責めることがまた増えてきました。「あなたは自分の弱さを恥じないで」とイエズス様に言われているけれど、今日は本当に心を探った日でした。自分の心のなかに妬みがないかとか・・・。
 罪は一生の戦いだから自分の弱点、傾きの悪さについてはいつも警戒していないといけないんです。失敗はたくさんしてしまいます。けれど、私の大好きなイエズスと、ヨゼフ様、マリア様、天使たちに「いま、こんな状態なんだけど」と話していくと、優しい天の皆さんが不安とか悪い考えなどから守ってくれます。
 今日の夕方にとっても不安な事柄があってどうにもならない誘惑を受けました。『聖ヨゼフの百合』を読んでヨゼフ様に助けてもらいたくって読み続けていたんです。そうしたら不安もなくなって、悪い癖からも守られました。


2005年11月19日(土曜日)
 今日の第1ミサはとっても大変でした。体のだるさがあって、途中から横になったほどです。がんばって起きて最後まで座ってミサにあずかっていたかったけれど、とてもからだのだるさに抵抗できなくなってしまいました。
 夕方、第2ミサのとき、とっても喜びがありました。聖体降福式のなかで、聖体の事を称える長い歌を歌うんです。この曲はとっても難しくて、一気に歌う感じで休む暇がないんです。時間はだいたい7分はかかります。メロディーも似た感じでどんどん移り変わっていくので、覚えにくい曲です。司祭が歌うから一緒にオルガンを弾く・・・そんな状態でこの曲になるとちょっと緊張が走る私なんです。何日か前から、各部分の頭の音が、私の耳に聴こえてくるようになりました。メロディーの頭の部分が思い出せなくなるときがあって苦労していたんです。そうしたら天使なんでしょうか。頭の中でなのか、左耳のほうからなのか、音が聞こえてくるんです。印をそのときには求められない状況です。この日、やはり天使の助けのように感じて、印を求めてみようと試みました。まだ、確実に貰っていないです。誰かがリードしてくれているようでとっても助かってます。


公の集会ではじめてのローキューションを受ける
2005年11月20日(日曜日)
 午後、東京の船堀の集会で、初めてのローキューションがありました。公に何人の前でのローキューションは今回が本当に初めてで、私は集会が終わってしばらく放心状態でした。ミサ中、涙が途中から流れるようになりました。聖体拝領を受ける前に祈る祈りをしていたら、言葉に詰まって涙があふれました。今回ほど、司祭がミサをたてている姿をみて、ミサの重みを深く味あわされたことはありませんでした。
 司祭は全世界の霊魂のため、全リンボウの霊魂のため、全煉獄の霊魂のために捧げています。これ以上霊魂が罪を犯さないように、御父の正義に打たれないように、とりなしています。それと、悪魔との戦いをしています。霊魂を滅びに引きずり込もうとしている悪魔に対して彼らから霊魂を奪い取り、マリア様、イエズス様のもとに奪い返す戦いをしています。司祭のために祈ることが本当に必要なんだと感じていたこの日でした。
 今回みんなでロザリオを1連祈りました。途中、私は悪魔の大変なアタックを受けました。「お前にはローキューションはないんだ」とか「みんなのいるところで声は聞こえない」など・・。声が聞こえにくくなりそうな状態でした。サタンに対してそんなインスピレーションを入れないように、すぐに追い出しました。私はへりくだりたい、ただそういう思いだけがありました。ロザリオが終わる頃、人が目の前にいるように感じました。でも、途中で祈りを止めることができませんでした。全部司祭が祝福して終わらせてから、私はそっと司祭に人が目の前にいるような感じがした事を話しました。混乱していることを伝えたのです。印は一度求めたけれど、そのときはなかったから、サタンに出て行くように命じました。でも、人のように目の前で誰かがいる感じはなくならなかったことを話しました。そうしたら「印をもう1度求めて待つように」と司祭に言われました。印があったら「しもべは聞きます。お話ください」と言うようにと司祭の指導を受けました。大天使聖ミカエルの祈りを、みんなが唱えてくれました。私自身、みんなに支えてもらっていることを本当に強く感じ、感謝でした。しばらくして、印があり、ローキューションが始まりました。

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2005年11月20日 PM16:06
マリー・マドレーヌに与えられた、聖ヨゼフ様からのメッセージ
東京・船堀にて
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聖ヨゼフ:
 愛する子らよ、あなた方にお話する。私、ヨゼフがあなた方に伝える。

 あなた方は、互いに愛し合い、励ましあって、支えあっていくように、私はあなた方にお願いする。あなた方は一人ひとり与えられている賜物にしたがってそれぞれ歩むべき道がある。

 あなた方は司祭を愛し、司祭のために祈りをしてほしい。あなた方が司祭のことに心を配り、司祭がどれほどミサを重く、かつ重要にして全世界のためにたてているかを心に留めてほしい。あなた方はこれから歩むべき道が在るけれども、あなた方が一つひとつの事をヨゼフに願い、マリアに願い、イエズスに願うことによって、天はそれをすべて聞いているので、あなた方は、愛を、互いに愛を増やしていくように私は心からお願いする。どうかそねまないように、ねたまないようにしてほしい。そして、分裂しないでほしい。

 私は、ヨゼフはあなた方にこのことをお願いする。あなた方に挨拶を送る。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

【 リトル・ペブルさんに関しての聖ヨゼフ様のお願い 】

リトル・ペブルのためにあなた方に伝える。リトル・ペブルのことで、あなた方は祈りを捧げてほしい。彼が苦しみ、悩んでいるけれども、彼は必ず釈放され、必ずあなた方のもとに帰ってくるから、あなた方は希望を持ってほしい。リトル・ペブルがあなた方を祝福し、あなた方のために日夜犠牲を捧げているから、あなた方も彼のために犠牲を捧げてほしい。

 愛する子らよ、私はあなた方を愛している。あなた方の優しいヨゼフがいつもあなた方を守り、あなた方のそばにいてあなた方を強め、豊かに用いるから、あなた方は恐れないで私にすべてを打ち明けてほしい。リトル・ペブルのことでこれからも祈り続け、彼に奉仕してほしい。あなた方を祝福する。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


秋田へ帰る
2005年11月21日(月曜日)
 秋田に帰る途中、車の中で硫黄の匂いがありました。どこを走っていたときにしたのか忘れてしまいました。高速道路を走っている最中でした。悪魔のアタックです。

 今日はマリア様が神殿に封建された日。
 今日の体の痛みは大変強く、車の中では1時間ちょっとしか寝られませんでした。横になって休もうかなと思ったら痛みがあって眠れないんです。土曜日の夜から左手の手首、甲のほうがとっても強く痛むようになりました。手のひらにもそして体のあちこちにもです。今日は傷がうづくような痛みでした。きりきりするような痛みにもあいます。あとは、皮膚の表面に近くなってくるような痛みと、骨自体が痛むこともあります。この痛みがあるとき、奉献することを意識するようになりました。「マリアさま、奉献します」という祈りを何度もしました。


2005年11月22日(火曜日)
(聖セシリア、殉教者の祝日)
 私は朝方、夢をみました。人に会っている夢でした。でも、誰なのかわかりません。印を求め忘れました。
 今日秋田はとっても寒いです。私は朝のミサで、寒さを急に感じたので、何かな、と思いました。煉獄にしてはおかしいな、と思っていたけれど、印を求めてみました。でも、印はなかったからサタンを追い出したんです。しばらくは寒さを感じずにいられたけれど、厚着をしているにも関わらず、ミサが終わってからまた寒さを感じました。ぞくっとする寒さです。腰のほうから背中のほうが寒いんです。これは熱かなと思いました。風邪の症状でちょっと今日は体がだるいです。
 見えない聖痕の痛みはやはり持続しています。でも、司祭が「痛みは十分経験したと思う。後は傷が見えることだけだから、これ以上痛みは強くなることはないと思うよ。恐れないでね」と言ってくれました。持続するだけだからと。傷が開いたら新たに痛みが増すのかなと思っていた私は、だいぶ心が軽くなりました。 
 「絶えられないような痛みはイエズス様は与えないから」と司祭が言ってくれています。あとは委ねるだけですね。今、苦しみを望むようにと司祭に言われています。心底から苦しみに対する憧れを持つようにと。
 朝ごはんを食べてからじきに、私は寝ました。熱があったせいか、夢を見てアタックがありました。どんな内容の夢かは覚えていません。
 今日は私、お昼を食べていないんです。食欲がありません。
 今、みんな外にでています。初めての秋田でのお留守番かな・・・?少し仕事ができましたぁ!


※聖痕を受けた後に対して全てを捧げる
イエズス様に奉献
 夜の第2ミサのときです。聖痕の痛みがかなり頻繁になってきて、これから起きることに対して霊的な準備をするようにと司祭の指導をいただきました。肉体の痛みだけではなく、人から見下げられ、ありとあらゆる讒言、侮辱を受けることになります。このことに対してのフィアットを私はイエズス様に申し上げました。非常に厳しく、困難な道です。でもすべて神様が救いのご計画のためになさることを、すべてよいこととして受け入れる。御摂理にまったく信頼する道です。
 イエズス様と同じ運命に預かりたい。そう私はイエズス様に祈りました。リトル・ペブルさんに対しても命の奉献をしました。そして、この聖痕はリトル・ペブルさんの教皇職の真実性と正当性の証のため、日本の大改心のためであること。私が生贄になることに対するフィアットでもあります。
 今日のミサのときにイエズス様が十字架にかけられ、亡くなられるまでの経過をたどりながら3回の献香をしたときに黙想しつつフィアットをいいました。
 第1回目の献香のとき、イエズス様が衆議会に引き渡され、律法学者やファリサイ派の人たちから侮辱を受けました。宗教指導者からの讒言に対するフィアットです。
 第2回目の献香、福音書が読まれる前ですが、イエズス様がヘロデ王の宮廷できちがい扱いを受けました。私はここで、人から一目置かれていて社会的に立場のよい人たちから受ける侮辱に対するフィアットを捧げました。
 第3回目、この献香ですが、イエズス様が敵の前でさらしものにされた場面です。イエズス様は民全体から、下劣な人からも侮辱されました。聖変化のあとにある聖体奉挙のところで、イエズス様が真っ裸にされて、さらしものになりました。ここにおいて、私は医学的な検査をされることに対して苦しむことになります。この苦しみに対するフィアットを捧げました。
 イエズス様は人からも御父からも見捨てられました。私自身もこのことを受けることで、イエズス様の受難を身に体験します。
 花嫁としてすべてイエズス様のなさることを受け入れたいと思っています。イエズス様を愛していますから。イエズス様の十字架上での出来事を黙想することは今までもしてきましたが、今回ほどリアルな形で私の心に刻み込まれたことはありませんでした。本当に感謝します。
 聖変化のところで、すべて聖痕を受けることによって起こる運命に対して、フィアットを御父に言いました。このフィアットの後、たくさんの変化があって、今、ここの文を読んだら、もう1度初心に帰る必要を感じている状態がするんです。私って、なんだか忘れっぽくて、その時に情熱を傾けて真剣に捧げた奉献が、日を追うたびに薄れているのではないかな、そう感じてしまいました。
 でも、いろいろと書いた手記を読み直すと、恵みのあまりの多さにびっくりして、昨日も司祭たちに笑いながら話をしたことが在るくらい、私、本当に神様が下さる恵みに対して当たり前になっちゃってるなぁ、そう思っているの。反省させられます。最近は、やはり体の具合をどう保って、ミサの時間に一番最高になるようにするか、食べ物のバランスとか、睡眠のかわし方とか、司祭が教えてくれていることが実は去年の10月の終わりごろから指摘されていたのを昨日の明け方に見つけて、私、すごいショックを受けちゃった。何ヶ月も同じ事を司祭が言って、私はちっとも進歩してないなぁ、そう思ってたの。きゃぁ、神様、一番修練長をてこずらせてる私だよぉ。そう叫んでしまったほどです。


2005年11月23日(水曜日)
(聖フェリチタス、聖クレメント1世教皇)
 今日は体のだるさで午前中寝ていました。昨日からの熱でちょっと体の具合がよくありません。お昼も食べられなかったです。でも、ちょっと遅くにパンをたべました。
 夜のミサで 何度もトイレに通いました。それから、聖体降福式の途中、とってもイエズス様に対する愛情がこみ上げてきました。全世界の祝福の場面にさしかかったころです。
 突然右側に人がいました。印を求めましたが、印はありませんでした。サタンにすぐ出て行くように命じました。鈴をならさないといけない場面で、鳴らせなくなりました。
 ところが、今度は「聖霊来たり給え」という聖歌を司祭が歌っていたときに、またもや人がいたのです。印を求めたけれど、ありません。サタンに出ていくように命じて私はちょっと眼を開いたんです。。すると「ワハハ」という笑い声がしました。私が眼をちょっと開けただけでまた恐れさせようとしたのです。見ることを怖がらせようとしたのでしょう。オルガンを弾きながらの出来事で悪魔のアタックをうけました。
 ミサがすべて終わって司祭にこの出来事を伝えたら、「1度ひざまずいて祈ろう」と言って、大天使聖ミカエルに向かう祈りを唱えて、司祭がベネディクトの十字架で十字を記してくれました。そして、印を司祭が求めるようにと言ったので、心を落ち着けて求めました。けれど、ありませんでした。私はサタンを追い出しました。
 ミサが終わってしばらくして司祭と藤井さんと話していたときに、また人が目の前にいました。印があるか尋ねました。けれど、しるしはないんです。サタンに「出ていけ」と命じました。そして、私は自分でベネディクトの十字架をとって十字の印をゆっくりしました。そうしたら、眼に対する悪魔からの攻撃がなくなりました。


2005年11月24日(木曜日)
今日はよく雨が降ります。
先ほど、お昼ご飯を食べた後、久々に悪魔のアタックがありました。一瞬眼に光が入ったかと思ったら何がなんだかわからなくなってしまったんです。罪責感にとらわれた感じで、気持ちが悪くなりました。自分で部屋に行こうとしたら、どこに行っているのか判らなくなったんです。あとで、司祭に聞いたら台所に行って引き返して2階へ上がり、戻ってきて「私の部屋はどこ?」と聞いたんだそうです。
 私にとって昔の悪い言葉がときに思い出されてしまって、悪魔の攻撃に会うとその状態に陥ってしまいます。一瞬の間何をしているのか判らなくなる状態ですが、言葉では言い表せない状態になります。体が一瞬硬直します。
 このことがおきる原因の一つに、昔聖霊派の教会の悪影響による体験で、「聖霊が取り去られた」と言われた言葉が罪責感を引き起こすことがあります。そして、この罪責感と結び合わさって「小癲癇」が生じたんだと私は思っていました。でも、明らかに悪魔からのアタックです。
 気持ちが悪くなった後、自分の部屋に行って寝ていました。しばらくぼぉっとした状態でした。


2005年11月26日(土曜日)
 夜の第2ミサで、とっても体のだるさを感じました。
 22日の日にイエズス様に奉献したときこんなことがありました。「聖痕は徳のある人が貰うんだから、私はその資格はないんだ」という悪いインスピレーションがあって、戦いでした。「聖痕はもらえないんだ」と、悪魔のささやきがあったのです。今日もそんな状態に陥りそうでした。非常な体のだるさのなかで、聖体拝領をする準備をしてました。ちょっとイエズス様にお話したんです。「イエズス様、この具合の悪さも捧げます。ありがとう」と。そうして聖体拝領のときに、具合の悪さがピークに達しました。そのあとから少しずつ体の具合はよくなっていきました。実は夜も遅くなってのミサだったので疲れもありました。聖体降福式の中で、序章を歌う頃、また具合が悪くなりました。けれど、曲を弾き始めたら奥底から喜びが湧き上がってきたんです。
 小さいことでも具合の悪さに関して捧げる。この小さい事を捧げれば良いんだと・・・。痛みに関して、私は「もっとちょ」と言えるようになってきたけれど、体の具合が悪くなるときにはそれが積極的にいえなかったのです。「そうなんだ、この小さいことも見逃さないで捧げればいいんだ」と思っていたら嬉しくなりました。このことは始まったばかりです。
 よく「十字架から降りようとしたらいけないよ」と司祭に言われます。どうしてもこの弱さが私の前面に出てしまって、なかなかフィアットが言えなかったんだなと思ってます。
 ミサ中、永遠の御父に対して認識が変わってきました。今までも書いてきたように、私は神様の捕らえ方は、裁く方、罪を攻められて罪責感を持たずにはいられない遠い方としてしか認識できませんでした。『哀れみの神様』という言葉は、プロテスタントの教会にいたときによく聴いていたけれど、まったく良い方なんだという認識が心の底からできなかったです。
 今はまったく変えられてきています。聖体拝領をするときに「こんな惨めな私のことを愛してくれてるんですね」という思いになって、今日の朝のミサでは感極まって泣いてしまったほど圧倒されました。感謝しています。第2ミサでも、受難の黙想をしながら、本当に今までたくさんの恵みを下さった御父の優しさに打たれて感謝がこみ上げました。


2005年11月28日
 苦しみの中でのイエズス様からのローキューション(内的語らい)がありました。今日は頭痛がものすごくて、第2ミサの時にはとっても具合が悪かったです。いすに座っているのも辛いほどでした。「仰向けになる感じでミサに預かっていいから」と司祭が言ってくれました。ミサ中、心が本当に重かったです。
 『キリエ』を歌う頃から涙がではじめました。。
 私は見える形の聖痕ができたら、もう寝たきりになります。今のようにパソコンに向かって書くこともできなくなるだろうなと考えていました。そして、オルガンも弾けません。すべて今までできたことができなくなる。なんとも言いがたいほどの悶え、苦しみに襲われました。
 聖体拝領のときになって本当に具合が悪くなってしまいました。何とかして聖体拝領をして、マリア様が三日間受難を受けられた場面を思い巡らしたとき、もう心の動揺は抑えられなくなっていました。
 聖体降福式のときです。どの曲を歌っていたときか忘れてしまいましたが、何かに引き込まれるような感覚をおぼえました。でも、私は今回印を求めることをしませんでした。軽く考えていたのです。
 けれど、ミサがすべて終わって司祭にこの出来事を話したところ、印を求めるようにといわれました。祭壇のところに行ってひざまずいて祈りました。印を求めて何もなかったので、サタンを追い出しました。司祭に十字を切ってもらうようにお願いしました。体の具合は悪く、頭の痛みは強かったです。眼のほうに温かさを感じたので、印をたずねました。けれど、ありません。サタンを追い出しました。
 しばらくして『恐れるな』という男性の声がありました。すぐさま私は印を尋ねました。印があったので、「しもべは聞きます。お話ください」と祈りました。
 イエズス様からのローキューションは本当に苦しみの中で受けました。悪魔によるアタックも激しかったです。頭が割れるような痛みでした。この苦しみの中でのローキューションは今回が初めてです。何度も司祭が十字をベネディクトの十字架で切るほど、悪魔のアタックが多かったです。けれど、言葉に詰まったところで、もう1度イエズス様が繰り返してくださったところがありました。このときには耳にはっきりと聴こえました。
 夜、司祭がテープ起こしの作業をするように言われたとき、もう辛くてできるか判りませんでした。そうしたら一つの秘訣を教えてくれました。「長の望みに従いたいから力をくださいと祈るように」と司祭が言ったのです。天使に頼みました。そうしたら限界ぎりぎりまで進めることができました。イエズス様はこのような祈りを喜ばれるんだなぁと思いました。また、従順のすばらしさを知りました。

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2005年11月28日 PM19:48〜19:55
マリー・マドレーヌに与えられた、イエズス様からのメッセージ
愛知県刈谷市にて
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イエズス様:
 愛する子(マリー・マドレーヌ)あなたを祝福する。イエズスがあなたに話をする。

 あなたは多くの苦しみ、多くの痛み、多くのことをこれから捧げていく。あなたはこの準備をしてきているけれども、あなたを愛するイエズスがいて、あなたを理解する人がいることをこれからも覚えておくように。恐れないで私に近づき、私を求めるようにあなたに言う。愛している。恐れないで私の言葉を聴き、あなたが行くべき道をこれからも歩むように私はあなたに願う。あなたはこの苦しみをこれからも捧げ続け、あなたが行くべき道をこれからも歩むように私は切に願う。

 誰もこの苦しみを捧げる人がいない。それで、あなたがどんな小さな痛みに対しても「良いもの」として受け入れ、私がこれを与えていることをあなたが知るようにと私はあなたに言う。あなたは日本の救いを多く見ることになる。けれども、私が介入し、私がすべて行うことをあなたは知るように。愛する息子(ジャン・マリー神父)と共にこれからあなたには行くべき道がある。あなたはこれを耐えよ。

 あなたに行くべき道を私がすべてあなたにすべて示すから、あなたはそれを心にとどめておくように。私はこれからもあなたを祝福し、あなたに苦しみを与えるけれども、あなたは決してそれから逃げてはいけない。あなたはこれを心にとどめておくように私は心からお願いする。

 多くの人々がこれから起こされるけれども、あなたはこれを私(イエズス)がなしているということを覚えておくようにと私はあなたに言う。愛している。ヨゼフとマリアと共にあなたを祝福する。栄光を神に帰す司祭とともに、あなたも神に栄光を帰すように、これからもあなたに強く願う。

 あなたはちっちゃい子だから、あなたが祈る祈りは素朴で、どんな飾り気もない言葉であるように。それ以外は私はいらない。あなたは小さな子だから、それを心にとどめておくように。

 多くの人と比較してはいけない。あなたは生まれてから多くの傷を負ったけれども、あなたがこれから行くべき道は、私が捨てられた道を歩むから、あなたはそれを心に留め、受難を黙想し、愛して、私を愛してほしい。

 私が選んだのは、あなたが惨めで弱いから、あなたには何もないからだ。私は、それをあなたが良いと思っていたものを、あなたから剥ぎ取った。だからすべてあなたが行くべき道を私は司祭を通してあなたに告げるから、あなたはこれを心にとどめておくように。愛する子らが多くの事業をしていく。だから、あなたは苦しみを捧げ続けるように私は心からお願いする。

 皇室のことにおいてもあなたは多くのことを見る。日本の大改心が近いので、あなたは心して準備していくように。多く改心者が与えられるから、あなたはへりくだって私に素直にすべて話していくように。あなたはこれからもどんなことにおいても司祭の言うことを聞いて、すべてを良いものとして、私が与えるものとして、それを受け入れるように。愛している。あなたのすべてに祝福を送る。

 リトル・ペブルのために祈りなさい。彼が苦しんでいるけれども、あなたはあなたのその苦しみを捧げることによって、あなたの小さな苦しみを通して、彼に一致する。一つひとつの苦しみを私は彼に、リトル・ペブルに一致させるものとして、あなたにその苦しみを与える。

 あなたはまもなく痛みを負う。だから、あなたは今までできたことができなくなるジレンマを抱えている。けれども、あなたはすべて私に委ねていくようにと、私は心からあなたに言う。あなたを愛しているから、あなたは私の愛に答えてほしい。祝福を送る。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。



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2005年11月28日 PM19:48〜19:55
マリー・マドレーヌに与えられた、イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
愛知県刈谷市にて
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イエズス様:
 愛するリトル・ペブル、あなたにお話しする。

 あなたが司祭に書き送ったこと、あなたがそれを本当に書き送ってくれたことを私は喜んでいる。司祭を通して、この日本は変えられ、あなたが頼んでいることを私は行うので、私はあなたにすべての祝福を与える。

 誰も反駁できないことをあなたに与えるので、あなたは心に留めておくように。リトル・ペブルが真実な教皇であること、誰も否定できないことをこれから私は行うから、あなたは祝福と、すべていましているように、多くの人のために祈りを捧げ続けてほしい。愛している。

 永遠の御父をあなたは崇敬している。だから、あなたはこれからも、もっともっとすばらしい恵みを御父から受けるであろう。あなたを祝福する。あなたのすべてを祝福する。

 マリアと共に、愛するマリアと共にあなたがすぐそばにいてほしい多くの人々を通して、あなたを祝福するので、あなたを救い出すから、あなたは希望を持って私を信頼し、私が行った道を指し示して、あなたの行く道を指し示していくから、私があなたを導くのだから、恐れないで歩みなさい。

 愛する子よ、あなたを祝福する。愛している。祝福する。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。

 

2005年12月1日(木曜日)
マリア様からのローキューション
 第1ミサが終わり、聖体降福式の途中で花の香りがしました。何の花なのか判りません。オルガンを弾いている途中でした。1度印を求めました。けれど印はありません。すぐサタンを追い出しました。でも、2度目に強く目の前で匂いがしたのです。それも幸福感を感じさせるものでした。「印はありますか」と聞いて聖体降福式を終え、司祭に伝えたのです。ひざまずいて印を求めました。
 しばらくして、「謙遜になってください」と言う女性の穏やかで優しい声を聴きました。マリア様だと判りました。今回のマリア様のローキューションですが、だいぶ落ち着いて、はっきりと言葉が聞こえました。繰り返す言葉を聴いて、私が話す形に戻っていました。久しぶりのような感じです。心に平安があり、ゆっくりとした言葉ではっきり聴こえるのが今日のローキューションの中で感じたことです。

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2005年12月1日 AM8:57〜9:07
マリー・マドレーヌに与えられた、聖母マリア様からのメッセージ
秋田県湯沢市にて
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聖母マリア様:
 愛する子らよ、あなた方(ジャン・マリー司祭、コルベ・マリー、マリー・レベッカ、マリー・マドレーヌ)を祝福します。私、聖母マリアがあなた(マリー・マドレーヌ)にお話します。

 あなた方は謙遜になってください。私は神によって、無原罪の御宿りを受けて、私は罪のないものとして、神に定められました。サタンに勝利するため、また罪びとである多くの子らが救われるためです。

 あなた方は愛するイエズスと一緒にこれからの道を歩みます。多くのことが待っています。恐れないで歩んでください。あなた方を祝福し、あなた方のうえに豊かに恵みを注ぎます。あなた方は一つひとつの事を成していく時にも私により頼んでください。あなた方は本当に子どもですから。私はあなた方を愛し、あなた方を豊かに用います。

 愛する息子(ジャン・マリー神父)がどれほど私を慕っているかを見てください。あなた方は彼の模範に習うべきです。

 そして、今牢獄にいる愛する淨配リトル・ペブルのためにあなた方は祈ってください。彼は必ず救い出されます。

 あなた方は希望を持ってこの困難な時機を勇敢に乗り切ってください。あなた方は多くの事柄が待っていますけれども、恐れないで歩んでください。あなた方に祝福を送ります。司祭に祝福をお願いします。

ジャン・マリー神父:
 全能の神、父と子と聖霊とが汝らを祝福し給わんことを。アーメン。

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2005年12月1日 AM8:57〜9:07
マリー・マドレーヌに与えられた、聖母マリア様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
秋田県湯沢市にて
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聖母マリア様:
 愛するリトル・ペブル、あなたを祝福します。あなたは私を愛し続けてきました。あなたはどんな時においても、私にすがって私を愛し、イエズスの聖心に密着して彼の聖心を慰めてくれました。

 私はあなたをどれほどに深く愛しているかしれません。あなたの母がいつもそばにいて、あなたを豊かに祝福します。いつもあなたのそばにいる私があなたを最後まで導きます。恐れないで歩んでください。

 多くの子らが祈っています。あなたは多くの喜びを知ることになります。恐れないで、あなたの道を歩みなさい。いつもすぐそばに、慰めの母、愛の母がすぐそばにいます。恐れないで、安心してあなたの母に身を委ねて、これからの道を歩みなさい。祝福を送ります。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


☆ローキューションの受け方がおかしくなる
 今回のローキューションから問題点が出てきました。長から指摘を受けたのですが、言葉が口に置かれ、しゃべらされる感じになったことです。
 普通、天からのローキューションは耳に聞こえてきた言葉をおうむ返しに言うのが正しいです。けれど、私の今回から受けたマリア様、ヨゼフ様、イエズス様のローキューションですが、観察の必要がでてきました。ところどころ文法の混乱が見られるようになったこと。・・・「だから」が必要以上に多い。「すべて」も必要以上に使っている。文がだらだらになって切れない。そのため意味がわからない。きれいな日本語の文法でない。こんな状態です。それから言葉に詰まることが多くなり、心の不安が増してきたことです。
 そして、耳に聴こえるのではなくて、口に言葉が置かれてしゃべらされるという状態になっていたことです。
 今日は12月1日になります。今日、長とお話していたときに私の心に引っかかっていたことをやっとお話しました。今回も長に言われてやっと私は話をしました。
 実は私自身、プロテスタントの教会にいて、聖霊派と呼ばれる教会で予言の賜物を受けたことがあって、そのときに受けていた感じに、今似てるようです。ローキューションを受けるとき、緊張が走るようになってきました。不安を抱えたまま何日か過ごしてしまいました。話すことがまた遅れてしまいました。
 ローキューションの受け方について、次回ローキューションが始まってじきに自分の耳に聴こえた言葉ではなくて、口に言葉がおかれてしゃべらされるような感じがしたら、すぐ打ち切って印を求めてみること。そして、「そこで中断したとき、不快をあらわしたら、この部分は悪魔が入ろうとしているはずだから」という指示をいただきました。今回長からの指摘があってまたひとつの段階にきました。

 今週月曜日(11月28日)にイエズス様からローキューションがあったとき、途中、言葉が詰まった後、耳に繰り返して聴こえることがあり、そのあとから少しずつ耳から聞こえる言葉を言う状態に変わってきました。それでも、悪魔によるアタックは激しく、月曜日のイエズス様のローキューションでは文章がなかなか切れないという混乱したものになっていました。「・・・だから」でつなぎ続け、「すべて」がいたるところに入っていて、判りにくくなっていました。そして、何を言いたいのかが読み取れないという文章になっていて、今までになく日本語的にも判りにくい文法になっていました。このときは耳に聴こえたときと、口に言葉を置かれてしゃべらされるという状態が混ざったローキューションでした。

ローキューションで起きた現象に対して対処する
 今日私は長と話をして、ここ何回かローキューションで起きた現象に対処することを長から言われました。次回に同じようなことが起きたら1度そこで止める。口に言葉が置かれたような感じになって、しゃべる状態がとまらないことに気づいたらすぐ止める。「長の命令なので」と言って打ち切り、「印はありますか?」と聞く。最後に印を求める。ちょっと観察することになりました。
 口に言葉が置かれるような状態でしゃべらされるのは巫女さんに似てしまうから警戒するようにと長からの指示です。


2005年12月2日(金曜日)
 今日は、初金です。朝のミサから私は歌いづらくなってきました。風邪は治っているのに、喉がおかしいです。1日様子を見ることにします。
 第2ミサのとき、途中から左目に光を感じるようになって、時々ちらつく状態になってきました。ベネディクトの十字架を眼にあてたのですが、直りません。
 司祭にミサの後、話をしました。『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をしました。しばらく治まりました。このとき、聖櫃のところで膝まづいて祈ったら、眼に動く感覚はなくなりました。
 ところが、食事の準備をして、みんなで食べ始めたら今度は目の前が暗くなってきました。このアタックは夜まで頻繁に続きました。眼に感じる感覚、目の前がちらつくような感覚とか、光がさすような状態は、本当にしばらく続きました。
 夢を見ては寝付かれず、とっても神経がぴりぴりした状態になって何度も司祭に『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をしてもらうことが続きました。夢で御父に関わることを見たようで一度印を求めてみました。平安が伴う夢だったのです。けれど、違っていました。識別のための印はなかったのです。サタンに出て行くようにと命じました。夜10時過ぎだったでしょうか、時間は覚えていないのですが、しばらくしつこく悪魔のアタックが続きました。司祭に祈りを何度もお願いしたほど今回のアタックは激しかったです。
 夜中12時過ぎだったでしょうか・・司祭が祈ったあと、ラップ現象があり、なにか静まったように感じました。そのあとようやく寝ることができました。

 今週、私は今までにない霊的な試練を受けました。特に11月28日(月曜日)から12月1日(木曜日)までは、本当に大変でした。体の具合の悪さ、それと非常な孤独感といった状態が続いたのです。それに加えて、ローキューションに関わることでひとつの大きな段階にきたこと。
 ローキューションの受ける状態に識別の必要が出てきたことに関しては、木曜日にはっきりこの先の方向を固めて司祭の指導の下で従順にすることで落ち着きました。


2005年12月4日(日曜日)
 今日の夜ごろです。眼の前がちらつく状態になりました。悪魔のアタックで、マリア様の名前を言うと眼のちらつきは治まりました。このことは今回が初めての経験です。


2005年12月5日(月曜日)
 昨日の第2ミサのとき、マリア様の苦しみについて司祭から説教で言われて、今マリア様の悲しみに誰も目を留めないどころか、あざ笑われる事を深く思って、私には無理なお願いだけれど、マリア様がこれ以上苦しまないようにと祈りました。「お母さん、もうこれ以上泣かないで。私にこの苦しみ分けてちょうだい」と祈ったのです。
 今日、1日過ごしていて体のだるさと共にとっても精神的に重い状態が続き、魂がからからに乾いたのです。そう、無味乾燥の状態です。けれど、涙もろくなってもいたんです。
 「小さい子らしくかわいく願って」と司祭に言われてこの状態になりました。自分の霊魂が落ち込むような、なんとも言えない状態でした。「このときにこそ快活さを保つように」と司祭から指導がありました。

紛らわしい悪魔のアタック
 最近、悪魔のアタックが紛らわしくなってきました。良いものに見せてアタックをかけてくるんです。夢も紛らわしく、識別が難しくなってきました。でも、共通してるのは心の平安とか快さを味あわせたかと思ったら、実は違ってアタックだった。そんなことがもう頻繁になってきたんです。
 夢でも苦しむことが多くて、司祭に祈ってもらうことが増えてくる。そういった日を過ごすことが増えてきました。

痛みについては望みのフィアットで「もっとチョー」
 聖痕についても痛みが減ってきました。神様が本当に望んでいるかを試すかのようです。でも、この痛みに関して99%は下から来ているとみなくてはいけません。そのようなものであっても神様に「もっとちょ!」を言い続ける。天からのものがわずか1%であっても、忠実に痛みを受け入れます。体にくる痛みに関しては識別しません。
 でも、特別な場合があります。いつもと違った痛みであったとき〜〜心臓などが多いんですが〜〜とても普通じゃない痛みがあったら識別をすることがあります。そう、もう1度痛みがどこにくるか列挙してみます。両肩、手の甲、足の土踏まずのところ、足の裏、足の甲。頭。あと、私の場合、体にあちこち痛みが生じます。一瞬の痛みだったり、1箇所が何秒か持続する痛みだったりしています。時間は一定していないです。何箇所か同時に痛むこともあります。
 それでも、もっともっと・・・なんです。霊魂の救いのため、自分の罪の償いのために捧げるんです。


2005年12月6日(火曜日)
 今日の朝から夢でアタックを受けました。誰かに会ったのですが、なんとなく知っている人のようでした。でも、誰なのかはっきりしません。起きて印を求めてみました。しかし、しるしはないんです。すぐに「サタン、イエズスの御名によって命じる。でていけ!」と言ってサタンを追い出しました。
 今日は午前中寝ていたんですが、何度も夢による悪魔からのアタックを受けています。
 私の心の中は今日もなんとなく重みを感じています。魂が乾く状態は続いています。
 今、受難に関する本を読んでいます。私の心をイエズス様の受難に集中させると気持ちが落ち着きます。想像を絶するこれからの歩みに向けて、少しずつ準備をする状態です。
 リトル・ペブルさんの教皇職の真実性の証のため、日本の大改心のためにマリア様に祈っています。聖痕を捧げたいと。
 あと少しで『無原罪の聖母の御宿りの祝日』がきます。マリア様の取次ぎを願う毎日を過ごしています。


2005年12月10日(土曜日)
 今、秋田県湯沢では大雪になってます。男性は雪かきをしています。もうこの季節がきたんですね。
 今日の朝のミサで、体全体が重くなる感じをうけました。聖体降福式が始まるころ、ちょっとおなかがすいてたんです。そのあと、なんだか判らない感情がわきあがってしまって泣き出してしまったんです。そのときにです。この重さがありました。体がとってもだるいんです。この経験はあまりしたことがなく、今までに感じたことがなかったため、印を求めてみました。けれど、印がありません。またサタンによるアタックです。すぐにサタンを追い出しました。
 最近胸や喉に圧迫感を覚えます。苦しみのひとつなんだそうです。特に胸の苦しみは、神秘家が体験する典型的な悪魔によるアタックなんだということです。息苦しさを最近よく感じます。
 午後、ひとつの夢を見ました。天の人がいるんです。その人たちは、なんと神様が下さる神秘的な賜物について話していました。細かい内容は覚えていません。ひとつ印象深かったのは、彼らはなんとも言えないきれいな飾り物を身につけていたんです。目が覚めた私は、なんともいえない平安のような気持ちになっていました。でも、すぐに印を求めてみました。なんとなく、ちょっとおかしいような感じもしていたから。識別のための秘密の印を求めてみました。印はなかったです。悪魔のアタックです。すぐにサタンを追いだしました。良いものに見せかけて実は違う、というひとつの例になりました。


2005年12月11日(日曜日)
 今、待降節第3主日。けれど、8日の『無原罪の聖母の御宿りの祝日』から8日間、ミサは無原罪の聖母に捧げられるミサになっています。8日間の特権のミサです。トリエントのミサにしたがっています。
 今日、午後1時50分ごろにとっても怖い夢を見ました。起きてから司祭に話してみました。印を聖櫃の前で求めました。けれど、印はありませんでした。ヴィジョンとして、具体的に見た夢だったんだけれど、悪魔からのアタックによるものでした。本当にこんな形の夢は紛らわしいです。
 はじめに言っておきます。具体的な夢は、絶対天からのものと思いたいでしょうが、違うということです。具体的に示されたから、これは天からなにか示しがあるのかなと思いたい。でも違います。紛らわしいものを識別するのは本当に難しいし、司祭の指導が必要です。絶対一人で決めないでください。識別は自分ではできない。このことをよく覚えておいてください。
 夢の内容を書きます。私は運動場か何かを見ていました。どこかにいるようで、窓から見ていたようなんです。そうしたらなんだかものすごい人だかり。何かと思ったら誰かが運動場のほうに薬を撒いたんです。みんなあわててます。「消防車を呼べ!」という声がしてます。私は何人かの人を、このときに見ました。色がとっても不気味で、洋服もなんだか不気味なんです。テロリストみたいな人のようです。私自身、色に関する識別はまったくできません。色というものを、生まれつき見たことはないのですから。その人たち、何人かわからないんだけれど、私のほうへ来て・・・。迫ってきたんです。そうしたら、誰かの家の中にいました。ロンジン・マリーの家の玄関の扉と鈴の音が聴こえたんです。男の人が「誰か、助けて!」と叫んでいる声がしました。玄関が開けられず、閉じ込められてしまったようなんです。そこで私は目が覚めました。
 具体的なヴィジョン付きの夢だったので、すごい胸騒ぎがしました。目が覚めてすぐに「主よ、われらを哀れみたまえ」と祈っていました。司祭にすぐに話したら「印を求めてみるように」と言われ、聖櫃の前に行ってひざまずき、識別のための秘密の印を求めました。けれど、ありませんでした。


マリー・マドレーヌの一言
 少し長い1ヶ月以上のものをかきました。最近ですが、あまり仕事ができなくなってきました。ミサにあずかったあと、寝てしまうんです。いま、ミサを中心に生活が回ってる状態です。
 悪魔によるアタックもだんだん激しく紛らわしいものが増えています。夜、なかなか寝付けなかったりしています。でも、こんな私を周りの人たちは暖かい眼で見てくれています。
 最近、司祭から「初心に帰るように」と言われるようになりました。たくさん教えられたことがあるけれど、私の場合、受難に没頭する一点集中型にして、ほかのことに心を配らないようにと言われています。
 内容も悪魔のアタックに関する事が多くなってきました。天からのものと思いたい、良いものが実は違う。このことを理解してもらいたくて書きました。
 最近はこんなことばかりです。
 マリア様の保護を求めるなら、たとえひどく苦しい状態であったとしても堅忍できます。神様に信頼。これが鍵ですね。


初めて償いの日のプログラムをする
2005年12月13日(火曜日)
 今日は償いの日。12日の夜に初めて「聖体行列」をしたんです。そう、12日の湯沢は雪でした。わりと積もっていて、長靴を履いて、防寒着装備。
 蝋燭を持ってロザリオを唱えながらゆっくり30分ほどかけて、家の近くを回ったんです。夜8時からでした。
 今日の午後はミサでした。『悪魔祓いの一般てき祝福の祈り』の最中、悪魔の笑い声がありました。
 そのあと、4時過ぎ、ロザリオを唱えながらご出現を待ったんです。けれど、この日は何もなく、アタックだけでした。最初、何か香りを感じたので、印を求めました。このときに印はありませんでした。
 しばらくして、今度は手に空気が触れるような感覚を覚えました。そのため、印を求めました。けれど、今度も印はありませんでした。私はそのつど、サタンを追い出しました
 夜、また聖体行列をしました。このときには雪は降っていませんでした。途中、祈りながら何かバラの香りを感じたので、止まって印を求めました。けれど、何もなかったです。サタンに出て行くよう命じました。
 家に帰って、償いのプログラムが終わるときに、もう1度ロザリオを唱えました。そのときに何かを感じたので印を求めました。けれど、何もありません。サタンに「イエズスの御名によって出るように」命じました。
 今回、私は賜物に執着しないようにという感じでした。私は何度も悪魔による攻撃があって、ちょっと涙を流す場面もあったんです。けれど、ご出現に対する期待を求めるよりも、霊魂の救いを求めることの大切さを改めて知らされました。御出現がなくてもひょうひょうとしている。これが大事です。
 それから司祭から聞いた話です。マリー・ダニエルという幻視者はマリア様から「しばらく会えない」ことを言われたんだそうです。長期間続いたそうです。


メッセージ
2005年12月14日(水曜日) PM19:43〜19:57
聖ヨゼフ様からのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

愛する子ら(ジャン・マリー司祭、コルベ・マリー、ミシェル・マリー・フランソワ、マリー・レベッカ、マリー・マドレーヌ)あなた方を祝福する。私、ヨゼフがあなた方に話をする。大切な子らであるから、あなた方は互いに愛し合って、励ましあって、支えあっていくように私(ヨゼフ)は心からあなた方にお願いする。あなた方を愛し、心から天が喜んでいることを心に留めてほしい。一人も失ってはいけないから、誰も一人として、あなた方は手が足に向かって『お前は要らない』と言うことがないように。みんな互いに愛し合って、支えあっていってほしい。あなた方の行いが喜ばれていることを、天に喜ばれていることを私はあなた方に伝える。恐れないで、東京の共同体も前に進んでいってほしい。あなた方を祝福する。勇敢でありなさい。愛している。あなた方を祝福する。司祭に祝福をお願いする。


2005年12月14日(水曜日) PM19:43〜19:57
聖ヨゼフ様からリトル・ペブルさんへのメッセージ
(秋田県湯沢にて)

 愛するリトル・ペブル、あなたを祝福する。あなたは多く苦しんできているけれども、私はあなたを離れず、支えていることをあなたに強く伝える。あなたは勇敢にも自分の身を捧げて、すべて身を捨てた。あなたはすべてを神に委ねきって捧げたので、あなたが神に祝福されていることを私はあなたに伝える。あなたはあなたの教皇職を全うする。恐れないで羊のために進みなさい。愛する羊があなたのために多くの犠牲と償いを持って祈りをし続けている。天がこの祈りを受け入れており、あなたの勝利が間近であることをあなたは知る。だから、恐れないであなたの行くべき道を行きなさい。天がすべてあなたを祝福している。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


2005年12月14日(水曜日)
(十字架の聖ヨハネの祝日)

マリー・マドレーヌ
 夜、ヨゼフ様からローキューションがありました。この日、とっても私の心の中では戦いで、寂しさ、悲しさをミサの途中から感じるようになっていたんです。途中、私は席をはずしました。
 でも、この寂しさ、悲しさといった気持ちを捧げようと心に決めて、もう1度ミサの席に戻りました。「信仰宣言」を終えて、パンとカリスの奉献に差し掛かったころ、百合の香りが目の前でしました。「印がありますか?]と尋ねました。けれど、このときには印はなかったです。「イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!」と私はサタンに命じました。
 そのあとも何度か、百合の花の香りを感じました。印を求めていたけれど、印はなく、サタンを追い出していたんです。けっこう気が散ってきました。だから、ミサに集中できなくなるように思えて、十字架の聖ヨハネに「助けてください」と祈りました。
 聖変化の終わりごろ、「この現象に対して、もし天からであるなら印を求めるまでまってくれますね。もしせかすようなものだったり気を散らすようなことだったら、神様、これをやめてください」と祈りました。
 聖体降福式が終わってから百合の香りがまたしました。聖櫃の前に行ってひざまずいて印があるかを尋ねました。そうしたところ、印をいただきました。
 今回、ローキューションを受ける際に注意を払って、今までとは違ってかなり緊張した状態で受けました。
 途中、アタックがあって、少し言葉が口に置かれるような感じで、滑らかな話し方に変わり始めたので、すぐに気がついて止めました。そうしたら守護の天使の助けによって、ゆっくりと耳に聴こえる声を聴きながら話すことができたんです。
 リトル・ペブルさんに対しての伝言をお願いしたときにも印を求めました。印をいただいてローキューションが始まってじきに、言葉を言い間違えてすぐにとめました。私は十字を切って、天使とヨゼフ様に助けをお願いしました。そうしたら、最後まで耳に聴こえた言葉を繰り返す、このことができました。
 けれど、一番最後に「これは本当ですか?印をください」というのを忘れてしまいました。


「ありとあらゆる悪魔によるアタックへのフィアット」
2005年12月16日(金曜日)
 今日、夢を見ました。けれど、起きたとき、「内容を思い出したくない」と言って司祭に印を求めなかったことを話したら、「きちっと決着をつけるように」と言われました。「独り決めをしないように」と言われました。「暗示にかかるのを防ぐために、どんな夢であっても好き嫌いで片付けないように」という指導がありました。これもまた、初心に帰る必要があることを言われました。最近、よく私の思い込みによって印を求めなかったり、あいまいにしようとしたりする弱さが出てきたんです。司祭に指摘されて動くことが増えています。私自身、自分の判断に頼ろうとする傾向になっています。
 今日のミサのとき、ありとあらゆるアタックにたいしてフィアットをいうことを捧げました。避雷針の役割を私が負うことになります。実務の人たちが働きやすくするためです。だから、逃げないで悪魔のアタックを受け入れる。イエズス様にも『十字架から逃げないように』と言われています。
 夜の話になります。17日から旅行に行くため、深夜ミサをしました。つまり、17日の第1ミサをしたんです。このとき、聖体拝領を受けた後、ローキューションがありました。一言「恐れるな」だったんです。印があるかを尋ねたら、ありません。悪魔による紛らわしいアタックです。


「生活全般にわたっての悪魔によるアタック」
2005年12月20日(火曜日)
 今日、ひとつの事を司祭から指摘を受けました。私は最近、異常な寒さと、眠さ、体の倦怠感、気持ちの落ち込みを感じ、食欲も少食になったり、1度にたくさん食べるなどバランスが崩れてきたんです。イエズス様がコントロールされていたときとは違ってきたんです。五感を通してくるアタックとはまた別の形で悪魔のアタックが増えてきたのを、いち早く司祭が見抜き、何度も私が「眠い]とか「寒い」と訴えたとき、「悪魔のアタックだ」と言っていました。
 それから、私自身で判断して仕事を遅らせるなどして布団にもぐりこむといった行動に出ることも、ここ何日かの旅行でするようになっていました。
 ようやく先ほどメッセージのテープ起こしが終わったんだけれど、今までもいつも重要な仕事をするとき、それをさせまいとして、抵抗があるのをよく経験してきました。
 今回、生活全般にわたって、悪魔のアタックを受けているなんて、私はちっとも知らず、むしろ、睡眠時間が足りているにも関わらず、昼寝もあわせて9時間をはるかに超えて寝ることが続きました。それと、風邪みたいな症状があるのを感じていたけれど、違っていました。食べ物も、好き嫌いの好みがちょっと全面的に出ているみたい・・・。識別の技量がまったくない私にとって、司祭からこの種のアタックがあることを知って、私の一番弱いところに、今悪魔のアタックを受けているんだなと思いました。
 今日の夜「自分の判断に対する放棄」のフィアットを第2ミサで捧げました。司祭の言うことよりも自分の考えを優先したからです。
 先ほど、このことを書いている最中も悪魔のアタックを受けました。笑い声が聴こえたんです。自分でベネディクトの十字架で十字をきりました。


2005年12月21日(水曜日)
 五感以外の悪魔のアタックはまだ続いています。眠さや偏食、ドカ食いだったり、食欲が急になくなるなど、まだまだ戦いが続いています。でも、少しずつ逆用しています。それから私は精神的にも、やる気がなくなる状態が起こっています。今、意志力を奮い起こして仕事をする状態です。夜、ミサのとき、インスピレーションがあったんだけれど、紛らわしく、また大変荒手の悪魔によるアタックを受けたんです。リトル・ペブルさんに関することで、皇室が動くのは災害や病気の発生があってからではないかという変なインスピレーションだったんです。聖体を奉献した後に、このインスピレーションがありました。私は印を求めたけれど、なかったので、
すぐにサタンを追い出しました。
 ミサが終わったあと、司祭に話したところ、このインスピレーションは危険なものであると指摘されました。司祭の助けによって新たに危険から逃れることができました。もし、一人だったらだまされてしまっていました。災害や病気に関することだったら化学的な証明を後で求められる。それと、司祭が言っている神様のご計画を、まっこうから否定することになる。だから、「この手のインスピレーションは違う」と司祭が言いました。


2005年12月22日(木曜日) 
 夕方、大阪に新幹線で行く途中でした。車内で硫黄の匂いがしたんです。もちろん、このときには誰もこのにおいを嗅いでいないんです。私は、車内で誰か卵サンドを食べているのかなと思ったんです。でも、なんとなく硫黄っぽい感じだったから、司祭に聞いてみたら「誰もサンドイッチは食べてないし、硫黄の匂いはしない」と言われて、すぐ悪魔のアタックを受けたことがわかりました。この日、名古屋は雪で、車の移動ができないということで急きょ司祭と私の二人が新幹線を使って旅行することになったんです。


大阪の集会でのメッセージ
2005年12月23日(金曜日) PM17:29〜17:35
聖母マリア様から小さき白いロザリアへのメッセージ

 小さき白いロザリア、あなたにお話しします。私、慰めの母、愛の母。あなたがどこに行くにも私はあなたを守り、祝福し、あなたを強く用います。あなたが苦しみ、悩み、悶えているのを私は知っています。あなたは愛されています。恐れないで、あなたが行くべき道を歩み、天が望むことをあなたは成し遂げてください。あなたの霊魂はとても麗しく、すべてあなたの祈りは天に聞かれています。あなたの家族は祝福された家族です。勇気を持ってください。恐れないで、聖母に信頼して何でも打ち明けてください。この地は祝福されており、あなたの願いは聞かれています。リトル・ペブルのために祈ってください。彼が1日も早く監獄から出されるために、あなたの勇気が必要です。愛されている子、あなたを抱きしめています。勇敢であってください。天があなたを包み、豊かに用いますから、恐れないで歩んでください。あなた方(ジャン・マリー司祭、小さき白いロザリア他1名、マリー・マドレーヌ)を祝福します。司祭の祝福をお願いします。


2005年12月23日(金曜日) PM17:29〜17:35
聖母マリア様からリトル・ペブルさんに宛てたメッセージ

 愛するリトル・ペブル、あなたを愛し、祝福します。あなたのすぐそばに愛の母、慰めの母がいます。あなたの叫びは聞かれており、天はあなたの成すべき事を用意しています。恐れないで歩んでください。信頼を持って歩んでください。多くの子どもたちがあなたのために祈り、犠牲を捧げています。恐れないでください。あなたを祝福します。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


2005年12月23日(金曜日)
マリー・マドレーヌがローキューションを受けたときの状況

 午後、大阪の集会でマリア様のローキューションがありました。聖体拝領のあと、手が痛くなりました。そして、ロザリオを祈ったとき、誰かが手に触れるような感覚を覚えました。印があるか尋ねました。けれど、このときにはありません。すぐサタンを追いだしました。そのあと、しばらくしてからバラの香りがしました。また印を求めました。そうしたら印を貰ったので、私は『僕は聴きます。お話しください』と祈りました。とっても優しいマリア様の語りかけで涙が出そうでした。途中、悪魔のアタックで口に言葉が置かれてしゃべらされるような感じになったので、途中止めて印を求めました。サタンを追い出してからまた聴こえてきたので続けました。リトル・ペブルさんの伝言をお願いした際、印を下さるように頼みました。聴こえてくる言葉を聴きながら話していたら、途中、言葉に詰まって言い間違えてしまって、このときから口に言葉が置かれる感じになってすぐに止めました。司祭が聖水をすぐに撒いてくれたんです。ちょっと沈黙して祈りました。天使の助けによって、最後まで私の耳に聴こえてくる言葉をゆっくり言うことができました。
 ひとつ気がついたことがあります。言葉が口に置かれて滑らかにしゃべるようになったとき、語調が少し変わっていました。録音したものを後で聴いたら、このときの声の高さもなんとなく強い調子のように聞こえたんです。マリア様に、それぞれのメッセージの最後に「これは本当ですか?印をください」と尋ねました。そうしたところ、秘密の印を貰いました。


2005年12月28日(水曜日)
(幼子殉教者の祝日)
 今日の朝、ミサのとき、とっても異常な寒さを感じたんです。誰も、寒がっていなかったんだけれど、私はスキーウェアを着るほど厚着をしたんです。ミサが始まってからじきに寒くなって、ミサが終わるころもこの寒さはとれなかったです。
 ご飯をすこし食べて私は寝ました。かなり長い時間寝ていて、昼食は食べられなかったです。
 夕方近くになって目が覚めたんだけれど、その直前に夢を見たんです。これがまた紛らわしい夢だったんです。声だけ聞こえたんだけれど、私はリトル・ペブルさんに会ったようでした。実際、1度も会ったことのないリトル・ペブルさん。なぜだか言葉では言えないけれど、すごく親しみを感じました。今までも会ったことのあるような感じがしたので、すぐに「あ、リトル・ペブルさんだ」と判ったんです。何を話していたのかは覚えていません。
 目が覚めてじきに、印を求めなきゃと思って「印はありますか?」と尋ねてみたんです。けれど、印はありません。サタンに対して私は「イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!」と言いました。本当にリトル・ペブルさんに見せかけて、実は違っていました。紛らわしい悪魔によるアタックです。
 夜に第2ミサをしました。聖体降福式の途中「苦しみを捧げなさい」という声を私は聴いたんです。13歳から15歳ほどの少年の声でした。「変声期かな」という感じの若い声でした。このときは聖歌を歌っていたときで、「印はありますか」と聞いてみたけれど、集中できなくて聖歌をそのまま歌い続けました。そのあと何か香りがしたので、「印はありますか」と尋ねてみました。けれど、印はなかったです。すぐに私はサタンを追い出しました。
 聖体降福式が終わって司祭に少年の声を聴いたことを話して、まだ印を完全に求めていないことを伝えました。そうしたら「ロザリオ1連を唱える前に印があるかをもう一度尋ねるように」と言って『大天使聖ミカエルに向かう祈り』をラテン語で祈りながら、聖水を撒いてベネディクトの十字架で頭、額、両肩、胸に十字の印を記してくれました。この間、私は指示されたとおりにして印があるかを尋ねました。けれど、秘密の印はなかったです。私はこのときにもサタンに対して「イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!」と心の中で言いました。今度も紛らわしい悪魔のアタックでした。
 司祭から言われたことがあります。私が聴いたこの少年の声は、日本の殉教者、天草四郎だと思わせて、だまされてもおかしくないんだそうです。本当に、私が長に信頼して長の指示通りに従順するかの訓練を受けています。


2005年12月29日(木曜日)
(カンタベリー大司教、聖トーマスの祝日)
 今日はまた痛みの事を記します。火曜日(27日)からまた体の痛みが強くなってきました。今、手のひら、手の甲、足の裏、土踏まずのところ、そして足の甲に集中的に痛みがくるようになってきました。手に痛みがくるとき、かなりの激痛で私は声を上げてしまいます。
 昨日は幼子殉教者の祝日だったけれど、朝の食事をしている最中だったと思います。右足の甲に激しい痛みを感じました。
 今日はミサ中、かなり痛みで苦しみました。今まで私の体のあちこちに痛みがあったのが、だんだん手の平、手の甲、足の裏、足の甲、そして頭、わき腹に集中して痛むようになってきました。時々、腕や股に激痛を感じるくらいで、ほとんど痛む場所が一定してきました。痛みが激しいときはこらえるため、体が反応します。おなかで支えるように腹筋でふんばる感じです。
 そして、今日は久々にミサの中で体の具合が悪くなり、気持ちが悪かったです。途中、歌を歌えなくなるほどでした。むかつきの状態は、本当に久しぶりです。
 今日のミサで、イエズスに『かわいく苦しませて』とお願いしました。それと『苦しみの花嫁にして』と祈ったんです。小さい子の大胆なお願いになりました。
 ありとあらゆる苦しみを熱望するフィアットを捧げるようにと、最近司祭から言われるようになっています。このフィアットを言うのに、私はだいぶ時間がかかりました。熱望のフィアットは、本当に完全にイエズス様に身を委ねることだし、自分から何があっても何が起きても神様に絶対的な信頼をするのです。リトル・ペブルさんと同じ運命に預かりたいという花嫁の愛、これを日々神様に捧げ続けていくんです。フィアットとは神様のご計画が私のうえになりますように、という承諾のことです。


2005年12月30日(金曜日)
 今日も、変な悪魔のアタックを受けました。夢を見たんです。これは天からのものではないということをあらかじめ記しておきます。
 夕方少し私は寝ました。そのとき、声と眼に映るような感じの夢を見ました。
 私は司祭といたんだけれど、何か私は従順にしていなかったようで、いろいろ司祭から言われていました。私は「おなかがすいた」と言ったところ、司祭が「ラーメンがあるから一人で作って食べるように」と言って、別の部屋に行ったんです。そして、私は食堂に行って何か作ろうとしたら誰か人がいるんです。コルベ・マリーと知り合いの人が、何人かで話していました。私は躊躇していたら、コルベ・マリーが声をかけてくれて中に入りました。そして、私はそこにいた人たちと話しをしていたんです。私のいる場所は、いま住んでいる家でした。このとき、誰かが時計を直していて「うまく動いた」と言っていました。そうしたら2階の方からか、なにか物音がしたんです。そして、何かがちょろちょろ動いて私たちの方に来て、いきなり私の右肩に乗ったんです。なんとねずみでした。私はびっくりして、大声を上げて下へねずみを下ろしました。男の人がそのねずみを見つけて手に持っていたら、また私の肩に飛び乗ったんです。私は叫んで、他の人に渡したんです。けれど、またねずみは私の方に来たので、私はどうしようもなくなって声をあげ続けました。そして「この家にはねずみがいるって聞いたことあるんです。」と他の人に話していました。
 そこで私は目が覚めたんです。印があるかを尋ねたけれど、ありません。すぐにサタンを追い出しました。紛らわしい悪魔のアタックでした。


2005年12月31日(土曜日)
 今年も今日で終わりです。
 今日の朝、非常に危険なアタックが在りました。このことが起きる前、昨晩のミサのとき、私はこれからの出来事に対しての神様の御旨が私になりますように、という祈りをしていて、マリア様に『聖霊の賜物、特に剛毅の賜物をください』とお願いしたんです。
 ミサが終わって寝たんだけれど、なかなか寝付けないでいました。マリア様に祈ったり、イエズス様とヨゼフ様にもお話ししたりしながら過ごしていました。そうして、聖櫃の方に向かって寝ていたら、浅い眠りの中で突然、口の中に火が入るのを感じたんです。私はこのとき、印をすぐに求めました。けれど、識別のための印はありませんでした。『イエズスの御名によって命じる。サタン、出て行け!』と、私はサタンに命じました。けれど、しつこかったので、今度はマリア様の御名によってサタンを追い出しました。
 これは夢でした。半覚醒状態の中で起きたことで、印をこのときに求めることができました。そして、私はそばにあったベネディクトの十字架を手に抱くような感じで持ちました。そうしたらこの現象はなくなって、すぐに寝ることができました。時間は明け方の5時ごろだったのではないでしょうか、確かな時間を見ていません。 朝、私は司祭にこのことを話しました。「もう1度印を求めるように」と言われたので、司祭の言われる通りにしました。けれど、印はなかったので、私はサタンを追い出しました。
 私は過去にプロテスタントの教会で、聖霊派と呼ばれる集まりによく行っていました。私自身、その教会に行っている信者の人から眼の癒しの話しを聞いていて、求めたことがあったんです。
そこで、体験したことは悪魔の先回りで、非常に危険なものでした。
 私はこの悪魔の手口に屈服したために、いろいろと信仰の面で傷を負いました。今、この埋め合わせのようなアタックを受けていて、償いをしています。神様がこの状態をくぐらせて傷を癒してくださっている、ということを今日、司祭が話をしてくれました。
 プロテスタント教会の聖霊派と呼ばれるこの集まりは、本当に危険なものが多く、体の癒しを求めたり、そこでは初代教会の時代にあったことの再現だ、と言って悪霊追い出しもするのです。一瞬の幸福感はあるけれど、神様からのものではありません。
 私が昨晩、マリア様に祈った事柄と関連して『聖霊の賜物』という言葉で悪魔が攻撃をしてきました。そして、寝付けない中で私は『幻視者は半年持てば良いと言ってたなぁ』と考えていたんです。そうしたら、このアタックをうけました。紛らわしいし、もしこの現象に対して素直に認めたら悪魔にだまされてしまうところでした。神様の哀れみに感謝でいっぱいです。イエズス様が守ってくださったんだと思います。


まことめかしい悪魔のアタック
 今日の夕方近くに、今度はまことめかしいけれど、実は違うという種類の悪魔のアタックを受けました。この夢も印を求めたけれど、なかったです。ですから、これから書く夢は天からのものでない事をあらかじめ言っておきます。
 私は生みの母親の声を聴きました。その母親が、私のことでコルベ・マリーに電話したようなんです。それで、コルベ・マリーはしっかり答えていたけれど、彼の様子がどうもおかしかったんです。そこで夢は終わりました。
 以前、私は大変ショックな夢を見ました。日にちはいつだったか覚えていません。その日にはとってもショックだったために、書く勇気が出ませんでした。これも印を求めていて、ありません。ですから、これも悪魔のアタックです。
 私は母親が私を連れ戻しに来たのをみました。けれど、そのときなんと母親は人の生首を持って私を追いかけてきたんです。これもまことめかしい、けれど事実とはまったく違うのです。紛らわしい夢に加えて、真実のように見せかけて実は違う夢を見る。こんな荒手の悪魔のアタックを受けるようになりました。
 それから、ここ二日ほど、悪魔祓いの一般的祝福の祈りの最中、また私の眼に光が強くさすような感じを受けています。ちょっと眼を開けたときに誰かに見られているような感じです。
 それから、今日の第2ミサのとき、悪魔の笑い声を聞きました。


マリー・マドレーヌの一言
 今年1年が終わります。このようにたくさん神秘的な体験を書いてきて、神様の恵みに支えられたことを心から感謝しています。悪魔によるアタックも、だんだん激しさを増してきています。けれど、司祭の言われたことに従順に従うなら安全である、ということがはっきりしてきました。
 それと、幻視者がいかに一人では立っていけないかをつくづく思わされた1年でした。
 マリア様に、ヨゼフ様に、そして大好きなイエズス様に「ありがとう!!」そう言いたいです。


皆さんにお話ししたいこと
 それから皆さんにお話ししたいことがあります。
 「神秘的な体験があるかなぁ」と思った人は、すぐにジャン・マリー司祭に連絡してください。それと、助言に関して、私は人に教える立場ではありません。教えるということができるのは、唯一司祭だけです。
のため、なにか聞きたいことがあったときには、即司祭に話してください。
私自身、信仰の面においては皆さんよりはるかに劣っています。
 聖トマのように何かに触れる、感じる、といった方法によって歩くことしかできません。イエズス様は『見ないで信じるものは幸い』と言っています。
 それから私自身、傷物で、徳もないですし、過去のどんな幻視者よりも材料が悪いです。それと、祈ることも、黙想することもできないんです。何も知らないんです。何度か書いてきたように、何も感じない、神秘的な体験もまったくないといった無味乾燥の状態の人たちのほうがはるかに多いし、その方たちのほうが立派な信仰生活を送っています。何か信仰のことで相談したいことがあったら幻視者や神秘家、恵みの霊魂の人ではなくて、まったく無味乾燥で進んでいる人たちに相談してください。信仰一本で神様によりすがっている人たちなのですから。
 それから、幻視者は別の幻視者に対して指導することはできないということを言っておきます。もしそんなことをしたら、傲慢になって落ちてしまいます。
 皆さんにとって、来年がマリア様に祝福された良い年になりますようにお祈りします。

 ホームページで書いた手記はとてもたくさんの内容で、毎日起きる神秘的な体験の中には天からのものは少ししかないことを記します。だから、あまり重要な内容のものは少ないのです。
 メッセージを受けるようになってから、だんだん神秘的な体験も深さを増してきました。それと同時に、悪魔のアタックも多くなっています。
 マリア様、いつもいつも、恵みをいっぱいくれてありがとう。
 そして、司祭が教えてくれることは宝物。私の霊魂がこの『宝物』として、受けた指導に対して、従順に従うのを天の皆さんが望まれているのに、私ったら、毎日数秒に1回、それと判らないほどたくさん変なことしてしまって、司祭を手こずらせているんだ。大変な修練者なんだとよく言われます。
 私、本当にここの家にいて、最高に幸せの生活してます。他のところで過ごすことは、今の私にはぜんぜん頭にありません。一般的に「修道会」で過ごす人たちは、修練者と修練長との間では絶対に『従順する』事が要求されて、不従順な態度を修練者が修練長に見せたら、もうそこでは生活できなくなると聞いています。「荷物をまとめて帰りなさい」と修練長が言って、修道会から出されます。
 私がいるこの修道会はリハビリが必要で、いろいろと精神的、または肉体的に弱さを持った人たちが集められています。秋田の共同体は今、みんな病気を抱えてるんです。司祭が難病を持っているので、司祭が一番生活しやすいように全くプログラムは組まないし、朝ごはんも何時に食べるとか決まってないです。世間で言う「普通の生活」とは離れているけど、そこが一人一人にとって、『ストレス』を感じないようにする配慮を、司祭自らがしてくれて、私たちの心も体も、本当に1日を喜んで生きられるように気を配ってくれます。絶対に一人一人に対して、無茶なことを要求しないです。
 でも、霊魂の成長について、自分の傾きを直すことについては徹底してます。危険であると司祭が判断したら「そこが危ない」とか「このことはやめなさい」とかすぐに指摘してくれます。一番大きな喜び、それはみんなとの会話で、互いの存在を認めて、そのままをみんなは個性としてみることにあります。
悪さがあっても、許して笑ってくれる。そんな仲間に会えて私は神様に感謝でいっぱい。



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マリー・マドレーヌの自叙伝 

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2008年6月28日UP

著 者 マリー・マドレーヌ杉浦律子

発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 



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