マリー・マドレーヌの自叙伝 3
C)箱舟の聖母社

「生贄になることへのフィアット」
2005年8月26日(金曜日)
 AM0時10分ごろ。聖体降福式の時にマリア様から日本の大改心のために生贄になってほしいとの依頼に対し、すべてフィアットを言いました。生贄とは物であれば破壊される。人や動物であれば殺されるということです。このことをすべて理解した上でのフィアットをまだ言っていなかった私は司祭に導かれ、自分の意志によって承諾しました。こんなに惨めで、人を愛することさえままならない傷を持っている私が、リトル・ペブルさんのために殉教をする。このことを心に深くきざみつけました。
 手や足など使えなくなる。聖痕のために自分の身を証のために捧げる。このことを決意した日です。


煉獄の霊魂の苦しみの重さ「人はなぜ煉獄に行くのか」?
2005年8月31日(水曜日)
 30日の夜10時半過ぎから始まった第2ミサ。死者ミサをささげました。説教のとき、大変ショックなことを聞きました。煉獄の霊魂の苦しみの重さについてです。人はなぜ煉獄に行くのか。執着の多さにあるというのです。例をいえば手で握った分の執着をしていてなかなか離さないでいるもの。物事に対する執着がなかなか取れずにいるため、第1段階の煉獄でも天国に上がれずにとどまっている霊魂がいるのだとききました。
 この世で愛すべき神を愛さなかったという怠りによってこのつぐのい(償い)をしなければならない。神こそが一番憧れであり、誰よりも愛されるべき方である。何もかも執着を捨てることが神に望まれているのに、信者は神よりもほかのものや快楽などを求めたために煉獄に行かなければならない。
 神ご自身を望む。これが神が一番望まれている。そのことで何千年もの間、第1段階で煉獄に留まらなければならない霊魂がいて、その苦しみはこの世の苦しみよりはるかに大変な苦しみを負うのだとききました。
 情熱さが足りないことが心に刺さったわたしです。もっともっと花嫁としてイエズスを愛し、仕えたい。そう思ったひと時です。


悪魔によるアタックが増す
 9月から悪魔によるアタックが増えてきました。99パーセントが悪魔からくるアタックで、天が下さる神秘的な体験は本当に少しです。メッセージも、神秘的な体験もいいものに見えてもそれは悪魔からのアタックである、ということがだんだんと知らされた月になりました。
 いいものを受けると本当に喜ばしいです。けれど、本当にイエズス様の導きは試練に合わせることで、もっとイエズス様を求めさせるようにするのだと思います。人はいいものを受ければ、それがずうっと続いてほしいと思いたくなります。でも、神様は神秘的な体験を求めることから離そうとされます。実際、私は暗夜という何も感じない、何も慰めがない日が増えています。神様は私が賜物に執着することから離そうとして、霊の成長のために少しずつ硬い食べ物を食べられるようにといろいろなことに合わされます。たくさんの事を学ぶ毎日を送っています。
 9月からは悪魔のアタックの出来事を中心に書くように、と指導司祭から言われました。


2005年9月1日(木曜日)
 第2ミサのとき、悪魔のアタックをうけました。何かとってもいいにおいがしたので、「印ありますか?」と聞いたところ何もありませんでした。すぐさま「サタン出て行け!」と命じました。
 しばらくしたら、またいい匂いなのです。印を求めたけれど、ありませんでした。何度も何度もそれが続き、そのたびにサタンを追い出していた私。いい匂いが持続するときでも、ずうっと印を求め、なければサタンに対して出て行くように命じる。これでもか、というふうに悪魔の追い出しをし続けていました。
 聖体拝領の時、永遠の御父に「イエズスです。交換です。わたしと交換してね。何もあなたは拒めないでしょ?何くれるの?」と言って聖体をいただいてすぐに神様にお話してたら今度は悪臭がしたんです。サタンに対して出ていくよう、すぐさま命じました。
 今日、私の体の痛みが激しくなっています。左の腰あたりがなんだか筋を違えてしまったかのような痛みで、歩くのもちょっと苦労しています。


2005年9月2日(金曜日)
 今日は初金でした。今まで経験したことのないほどの消耗感で、体のだるさが1日中続きました。歩くのもやっとで、夕方になってしゃべるのにも苦痛を感じるほど体全体にだるさを感じました。痛みは毎秒のようにあちこちに生じました。体を横にしても仰向けにしても、痛みがあって本当につらかったです。左の腰の方がものすごく痛くて、座っているときも寝ているときも強烈でした。歩くのが困難になるなぁとそのときはっきりと感じていました。


2005年9月3日(土曜日)
 真夜中にロザリオの祈りをしていたとき何か暖かさを感じました。すぐに印を求めたけれど、ありませんでした。祈っている間いろいろな場面でにおいがありました。けれど印はなかったので、そのつど、サタンを追い出しました。
 匂いによるアタックが数日前から激しくなっています。数多くアタックを受けています。


2005年9月4日(日曜日)
 朝、夢を見ました。悪魔からのアタックです。ここに記します。

 ある講演会のような場所に私はいるみたいでした。そのとき聖痕を持った笹川さんがお話をしているようでした。でも変な感じなのです。痛みがくるたびに話が中断されて、「助けて下さる」と連続で言いながら痛みを我慢しているのです。まるで呪文を唱えているようでした。痛みが治まったら話を始める。そんな状態でしたから「助けて下さる、助けて下さる」というのが何とも言いようのないもので、聞いている人たちから批判の声が上がっていました。その後、笹川さんの話が終わったら私が歌を歌ったのです。紹介のされ方がなんとも変でした。「今まで5万何千人の人に聴かせたんですよ」という司会者の紹介だったのです。歌った曲は覚えていません。
 印はありませんでした。起きたらおかしかったです。朝、起きてじきに頭痛がきました。
 
 午後、第2ミサが始まる前です。『悪魔祓いの一般的な祝福の祈り』の時に始まって、悪魔からの強烈なアタックに見舞われました。最初に大天使聖ミカエルに対して祈っていたら急に血の気が引けてきました。頭痛と気持ちの悪さが増えてきました。『悪魔祓いの一般的な祝福の祈り』が終わりに差し掛かったころ、重苦しい感じが解けていくのがわかりました。
 しかしミサが始まってじきに香をふる場面でまた気持ちが悪くなりました。胃の方がおかしかったです。香が炊かれて気持ちが悪くなるのを経験したことはありませんでした。ミサの途中、2度ほど睡魔に襲われました。体のだるさはずうっと続いていてミサが終わっても直りませんでした。ミサが終わってみんなが食事をしていたのですが、私の体は大変状態が悪くなりました。久々に吐き気がきました。けれど、むかつく状態だけでした。3人に祈ってもらうほど激しい悪魔からのアタックを受けました。司祭が聖水を撒いてくれて大天使聖ミカエルに祈ってくれました。


2005年9月5日(月曜日)
 朝はだいぶ胃の調子がよかったのですが、お昼を境にまた胃のむかつきが多くなっています。霊戦が昨日から激しさを増してきたのを感じています。食べ物が思うように食べられないのは昨年9月以降から経験していました。けれど、今回から気持ちが悪くなることと体にくる痛みの強さ、だるさが頻繁になってきました。悪魔からのアタックは増える一方です。
この日の夜に6日の深夜ミサをしました。ミサ中とても体の具合が悪くなり、空気が重く感じました。むかつきが激しかったです。


2005年9月7日(水曜日)
 6日の日から秋田県湯沢市に行きました。今度住む家をジャン・マリー司祭と奥田さん、マリー・レベッカ、私で見に行ったのです。6日の夜、家を祝別しました。家が広くて司祭が家の隅々まで聖水を撒いていったのには本当に感動しました。ミサが始まって本当に圧倒されてしまいました。みんな座って、また膝まづいたりしてミサに預かっていたけれど、私一人は横になってミサに預かっていたんです。でも、なんだかものすごい家の広さと周りの雰囲気が、自然がいっぱいだから、なんだか神様の支配がすごいなぁという思いになって「私こんな姿勢でいいのかしら」と余計な思いになるほど、神様の身逸を感じずにはいられなかったです。天使ミサをささげました。
 9月7日夜、第2ミサの時、ミサが始まってじきに沈み落ちていく感覚を憶えました。
印を求めたらありました。心に平安がきて、煉獄の霊魂のつぐのい(償い)であることがわかりました。手に暖かさを感じ、包まれるのを感じました。恐れや不安がなくなっていったので、煉獄の霊魂であることがわかりました。その後、どのときだったか覚えていませんが、一言やさしく深みのある男性の声で『恐れるな』というローキューションを聞きました。ヨゼフ様かな、と思いました。「印、ありますか?」と聞いたところ、印を貰いました。ところがその後、急に睡魔に襲われました。変な音が耳元でして飛び起きました。虫の羽音のような変な音です。この悪魔のアタックの後、誰かが私の右側にいて、上の方から慰めてくれるような暖かさを感じました。印がありました。

聖ヨゼフ様からの初めてのメッセージ
2005年9月7日(水曜日) PM23:13
聖ヨゼフ様からの公的メッセージ
(秋田県横手市にて)

 愛する子らよ、あなた方を祝福する。愛し、祝福している。私、ヨゼフはあなた方を包み、あなた方のうえに私の徳がどういうものであったかをあなた方にこれからも伝える。私は罪がありながら徳を実践することができた。「超楽観主義」「希望の徳」、「善徳」、たくさん掲げられている『ヨゼフの百合』に対して、わたしは答える。私自身がジャン・マリー神父を通して語ったこの『ヨゼフの百合』に対して、私は彼にその知恵を与えて、彼を愛しているがゆえにそれを書かせた。
 愛している。愛する息子、ジャン・マリー神父がこの日本について分析し、掲げたものであって日本人が持つ特徴をよく理解できる本である。あなた方はこの本を読み続け、私に近づいてほしい。私はあなた方を祝福し、あなた方が行くべき道を私はあなた方に教え、この本によってどのように歩まねばならないかをあなた方に伝える。
 愛している。祝福している。優しいヨゼフが、私はあなた方とともにいて、あなた方を保護し、導く。マリアとともにこの共同体(奥田力さん、マリー・レベッカ、ジャン・マリー神父、コルベ・マリー、マリー・マドレーヌ)に私はいるので、この共同体をマリアと一緒にこの私のためにも奉献してほしい。
 愛している。父と、子と、聖霊との御名(みな)によりて祝福する。司祭にすべて祝福をいまお願いする。

マリー・マドレーヌ
 このローキューションを受けるまでの状況をお話します。
 ミサが終わってみんなで『聖ヨゼフの百合』について話をしていました。日本人の特性のことなど4人で話していたところ、手に暖かさを感じ、包まれるのを憶えました。普通に会話していたときに神秘的体験を感じたので、会話を打ち切らせてもらって印を求めました。印があったので、「しもべは聴きます。お話ください」と祈りました。司祭はいつものように十字を切り続けてくださいました。
 途中「超楽観主義」という言葉が聴こえて、すぐさま「希望の徳」という言葉も聴こえていたのですが、今回は「超楽観主義」という言葉とは違う言葉を言ってしまって、言葉が詰まりました。詰まったとたんに聞こえなくなってしまったので、守護の天使に「助けてください」と頼みました。最初のところで、「徳が」というべき言葉を「徳を」と言っていたところがあるのですが、これも悪魔によるアタックです。
 ヨゼフ様はジャン・マリー司祭を愛されています。日本を愛されているヨゼフ様を、この『153本の聖ヨゼフの百合』という本を読むことで知るとおもいます。とっても奥深い本ですから私も読み直そうと思っています。
 こんなにはっきりとヨゼフ様がお話してくださって感謝でした。本当にヨゼフ様は優しいお方なのですね。


2005年9月8日(木曜日) 「マリア様の誕生日の祝日」
 第1ミサの時、ものすごい恩寵がありました。
 昨日、ヨゼフ様が「(秋田県の)共同体をマリアとともに、私のためにも奉献してほしい」と依頼されました。この依頼に対して、このミサを持ってフィアットをいいました。「おささげします」と申しあげました。
 その後です。聖変化のときになって、私の魂にとってもよくないインスピレーションがきました。実際、私の魂を見させられた感じで、罪があまりにも多くて汚れきっていて、思わず嘔吐してしまいそうでした。生み爛れている魂をみてしまって、だんだん気力が失せてしまいました。司祭が血の聖変化の祈りを唱えていたときです。私はイエズスさまに「御血で私を浸してください。穢れてしまってたまらないです」と叫んでいました。人と比べてしまったのです。魂の麗しさ、徳のたかさ、そういう人が多い。けれど、私は足元にも及ばない。そう思っていたら、聖体拝領の時間が近づいてきました。ところが、聖体拝領のとき、以前許されていた罪なのにまた思い出してしまって聖体をいただけない、という非常に激しい思いに追い込まれてしまいました。ただ「助けてください」と祈り、何とかして御聖体をいただくことができるようになりました。女性特有の「人と比較する」という悪い思いになってしまいました。悪魔からのアタックによるものです。


2005年9月9日(金曜日)
 秋田県の横手で2泊、泊まっていて、この日に刈谷へ戻る事になっていた日です。夜中4時前に、久々に大声を出してしまいました。「イエズス、イエズス、イエズス」と3回ほど言っていました。本人は3回言っていたと思ったらジャン・マリー司祭が「10回ほど言ってた」というんです!!(キャー!!どうしよう!)
 司祭がすぐさま聖水を撒いてくれました。


2005年9月11日(日曜日)
 今日の第2ミサ、司祭がどのようにミサをするか。全世界の罪の許しのため、永遠の御父の正義を押しとどめるために司祭が間に入ってとりなしをする。世界の人々が悪魔の犠牲になっているので、霊魂を悪魔の手から奪い返す戦いをすることを言われて、悪魔祓いの一般的な祝福の祈りをしてミサに入ろうとしたら、ジャン・マリーとコルベ・マリー、そして私3人が具合が悪くなりました。こんなこと初めてです。霊戦をすごく感じています。ミサ中も私は具合の悪さで何度もトイレに通うほどでした。体の痛みもまた、激しさを増してきています。
 先ほど夜10時半過ぎ、変な夢で叫び声をあげました。悪魔のアタックを受けました。司祭がいなかったので自分で聖水を取って撒きました。

『識別のための秘密の印』
2005年9月11日(日曜日)
 9月3日の真夜中、今まで1年以上使ってきた識別のための秘密の印が、サタンに見破られました。その原因として、確か8月のある日だったと思います。ジャン・マリー司祭とコルベ・マリーの会話の中でたまたま私の識別のための印に関する事柄が出て私はそのとき動揺しました。それ以来、変化して来ました。
今月に入ってからの最初の週からアタックかなと思われるような混乱が始まりました。そして、ついにはこの土曜日悪魔が今まで使っていた印を持ってわからなくしてしまいました。このことを司祭に告げました。
そうしたら「新しい印を天に頼みなさい。その印を貰うまでは何があっても『サタン退け』といい続けるように。たとえ天からのように思われるいいものであっても、印を使うことはできないから必ず退けといいなさい。』という指導をいただきました。緊急事態でしたから、識別のための秘密の印を貰うことができるように、共同体のメンバーみんなに祈りをお願いしました。
 それから4日後、9月7日になって1時半、この日に秋田県湯沢市にいました。新しい家に1泊してミサをしました。そのときに識別のための秘密の印をいただいたようで、すぐにリトル・ペブルさんに確認を取ることにしました。朝方にコルベ・マリーに連絡して、メールで送ってもらいました。司祭から「リトル・ペブルさんに確認が取れるまで、新しい秘密の印はまだ使わないように」と言われました。夕方になってリトル・ペブルさんから確認をいただきました。本物です」といわれました。
 今回、私は印のことについては誰にも一言も話をしていません。それなのに見破られました。ちょっとした心の動揺をしたことによって、混乱が始まってサタンに見破られるという緊急事態になった。誰にも言わないでいた秘密の印が、ある事をきっかけにしてサタンにわかってしまうことを経験しました。私の一番弱いところをサタンにつかれたという感じです。このようなことはあまりないそうです。
 私自身、司祭に印のことで相談するのが遅れました。ですが、自ら「何かおかしいんだけど、見破られたみたい」と話すことができてよかったです。今回、自分から「何かおかしい」と司祭に話をして、その後司祭から「絶対印を貰うまではどんなに神秘的なことがあっても『サタン退け』を繰り返すように」と言われて、またひとつの試練をくぐりました。リトル・ペブルさんの確認が取れるまでの期間、最後の最後まで指導司祭に従うかが試されたように思います。

「司祭から言われていること」
 今私が司祭から指導されていることを列挙します。
 個人的に受けたメッセージの中で「喜びに喜びなさい」という天からの言葉、受難を黙想するように、とか『マリア様のバラ』や『ヨゼフの百合』を読むようにといわれたことを命令として受け取るかどうかです。小さいことにも従順に従うかどうかで、従順に従うならば功徳が得られるけれど、そうでないならば、いずれは落ちてしまう。指導司祭の要求に従うかどうかでこれから先が変わります。私の場合、命令として言われている事がたくさんあります。
 「喜びに喜びなさい」。苦難があってもこの言葉のとおりに自分の意志を持って喜ぶ。
 微笑を絶やさないこと、これを最近になって司祭から言われています。痛みが強いと、気がつかないうちに顔の表情が変化しているんです。体の激痛に対してストレスがかかります。ですから、ストレス・コントロールが必要になってきます。
 「恐れるな」「ゆだねよ」。これは神様への絶対的信頼になります。私はとっても不安のレベルが高くなりやすいです。情緒に傷を深く負っているため、時間がかかっています。何度も「恐れるな」と言ってくださるイエズス様、マリア様、ヨゼフ様の愛と優しさに感謝しかないです。それから不安の考えを心に入れないように私は戦っています。『153本の聖ヨゼフの百合』にあるとおりです。
 それから先ほども書いたように、受難の黙想をすることも、命令として言われています。霊的読書がいっぱいあります。
 私にとって信頼という点で一番必要なのは、長に信頼することです。修道生活において、長上の指導によって神の御旨を知るのです。自分にとって苦手なことを言われても「はい」と言うのです。もちろん、何度も転びます。試練をうけます。けれど、恵みをいただいて成長できます。
 マリア様、イエズス様、ヨゼフ様は繰り返し私に「恐れるな」と言って下さっています。私自身、傷を深く負っているので、何度も繰り返して下さっている天の方々に対して感謝しかありません。天に信頼することについて、とってもハンディを負っている私を、やさしく司祭や周りの信者の人たちが導いてくれているので本当に感謝です。
 「神様に対しての絶対的な信頼」を、一番司祭が強く教えてくれています。

不思議な夢と一言のローキューション
2005年9月18日(日曜日)
 PM19:20過ぎ、不思議な夢を見ました。目覚める直前でした。夢の中で永遠の御父かも知れないお方がそばに立っておられました。姿、形については、どのように表現したらいいかわかりませんでした。でも、永遠の御父のように感じました。とってもやさしい声で、一言「聖痕」と言われたのです。その言葉はとっても響きがありました。頭の上から聞こえました。この「聖痕」と言われた言葉は目覚めてからも記憶にありました。「印はありますか?」とたずねました。19:26ごろ、印をいただきました。
 15日から昨日(17日)まで、1日に2度から3度にわたって時間を置いて胸の激しい痛みにあいました。15日の午前中に左胸に強烈な痛みを感じたので、司祭に話したところ、印を求めるように言われました。普段、痛みに関しては印を求めることはしていません。けれど、今回の痛みはちょっと違っていましたから、「印を求めるように」と司祭の指導がありました。印はありませんでした。サタンのアタックです。
 それから肩に痛だるい感じが最近増えています。今朝は手首にやはり痛だるい感じをうけました。


2005年9月19日(月曜日)
 午後3時過ぎ、『御傷のチャプレット』の祈りをしていました。途中から左ひざの痛みが激しくなり、祈りが終わってから体を動かすことができなくなりました。しばらく横になりました。司祭が『スタバト・マーテル』の祈りを唱えていたときに、激しい痛みがきたのです。


2005年9月21日(水曜日)
 朝に『最後の教皇』を読んでいたとき、心にインスピレーションがありました。リトル・ペブルさんのための聖痕であるというインスピレーションです。今回、印を求めるのを忘れました。
 最近私は、喉に引っかかりを覚えます。特に左喉にです。イガイガしてます。咳が出ています。
 19日(月曜日)に『エクソシスト』を見ていました。そのとき咳が、一時激しくなりました。アタックによるものだと思います。


2005年9月23日(金曜日)
☆パードレ・ピオの祝日
 この日、とっても体の具合が悪かったです。夜の第2ミサはおなかの調子の悪さで、何度もトイレに通ったので、半分以上ミサにあずかれなかったです。
 9月に入ってしばらくしてから、私の頬のところがチック現象が起きるようになりました。かなりストレスから来ていたのだと思います。痛みに耐えなければならなくて、知らない間にストレスが溜まっていたのでしょう。私は笑みをだすことが少なくなっていたそうです。そのような状態がずうっと続いていました。
 話が前後しますが、この日の午後、ひとつのインスピレーションがありました。ミサ中にも関わらず、私はトイレ通いが続いてしまって、とっても辛かったので、「マリア様、助けて」と祈ったんです。赤ちゃんは、お母さんやお父さんが側を通るだけで「にこ」っと笑うなぁって。
 その晩、何を話していたかは忘れましたが、何かを言った司祭に対して、私が言い返そうとしたら怒れなくなって心の奥底から「にこにこにこ?」って言ったんです。みんなびっくり仰天です。私の心の中から、自然と喜びが湧き上がってきたのです。天の恩寵だとはっきりわかりました。激しい痛みを毎日耐える生活をしていて、ストレスが溜まってイライラしてしまいそうだったのが、そうではなく、心の交換が行われたと思います。「怒っても損だから」と私はみんなに言ったんです。
 ピオ神父様からの贈り物なのかな?なんだか嬉しい私です!

 これ以降、秋田県へ引越しのため、神秘的な体験を書いていません。29日から新たな体験を書いています。
















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マリー・マドレーヌの自叙伝 

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2008年6月27日UP

著 者 マリー・マドレーヌ杉浦律子

発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 



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