マリー・マドレーヌの自叙伝 2
C)箱舟の聖母社

ローキューションが始まる

一つの家族
私、本当に思い出す出来事で、ちょっと心ぐるしいことがあるんだ。
それを先に書いちゃいたい。
2004年9月15日いらい、ジャン・マリーたちと過ごすようになって、とってもすばらしい出来事が起きたんだ。
それはなにかと言うと、私にオーストラリアのおじいちゃん、おばあちゃんができたこと。
マチソンさん夫妻が私とジャン・マリーにお手紙をくれるようになってリトル・ペブルさんのことやナウラでの様子なんかを教えてくれるようになったの。
私のことを孫だって言ってくれたときになんとも言いようのない感激を覚えたんだ。
悲しい出来事の後にメアリーとクライブさんが私を慰めてくれて・・・。まだ見たことないおじいちゃん、おばあちゃんに私、生きている間に会えるかな。そう思って、お手紙が来るたびに喜んでた。
なのに、私ったら、101日間家に連れ戻されたとき、初めて貰ったお手紙を捨てちゃったんだ。最初、家で「リトル・ペブルさんのこと信じるんだ」って頑張ってたのに、だんだんその意志が弱くなって「信じない」って言うまでに私の心はまったく変わってしまったんだ。
ジャン・マリーに荷物を送ってくれるよう弁護士さんを通じて頼んだほど私の人格が二つ存在した。本当に悪い私なんだ。
帰らないって決めちゃったんだ物。
でも、去年5月26日に神様の大奇跡で聖体の大祝日にジャン・マリーと会えて無事養子縁組できて、また一緒に生活できるようになったらもう早速私の帰宅を喜んでくれたのがマチソンさん夫妻だったんだ。
あぁ、私のことをひと時も忘れないで祈ってくれたのがメアリーとクライブの二人。そして、愛する仲間たち。
みんなにありがとうって言いたいんだ。本当にねもはもないこと言っちゃった私を恥じてるよ。
恐怖のあまり、全く人格が変わって使命を捨てる寸前にまで行った私なんだから。
イエズスはこんな惨めで悲惨な私を救い出してくれた。聖体のイエズスが・・・!!!
本当にありがとうってしかいえないよ。
メアリーとクライブはいつも聖シャーベルに祈ってくれてた。私たちのことをひと時も忘れないで祈って支えてくれた。
こんなに優しい人がいたんだなって思う。
私にはリトル・ペブルさんに対する愛を教えてくれたし、マリア様とイエズス様の優しさ、恵みをいっぱい教えてくれたよ。
マグダラのマリアの記事とか新聞の切りぬきを送ってくれたりしたなぁ・・・。
体の具合が良くないのにたくさん手紙を書いてくれたんだよ。この場を借りてありがとうっていいたいの。


6月12日
「マリア観音春光寺さんにおいて」

マリア観音が飾られているお部屋に入ったときにバラの香りが漂い増した。
しるしを求めたらいただきました。
マリア様が観音として信仰の対象であったということがわかりました。


6月14日(火曜日)
夜第2ミサの時にものすごく胸の奥から厚いものが燃え上がってきました。
それは聖体拝領になるころから出てきました。
ずうっとミサゴも続いて15日午前3時ごろまで続きました。
そのあと悪い夢を見てしまって泣いてしまったのですが、イエズス様に対する愛と同時に「イエズス様がどこかに行ってしまった」という強烈な寂しさみたいなものを激しく感じました。
イエズス様が大好きで大好きでたまらない、たまらないという愛の炎だと思います。

亡くなった霊魂への愛
6月15日(水曜日)
朝7時過ぎ、私が浅い眠りにさしかかったときにどなたかこられました。
奥田さんのお父様ということがわかりました。
最初にしるしを求めました。
何もありませんでした。
そのあと『緑のスカプラリオ』という言葉が思い出されて、奥田さんのお父様であることがわかりました。
もう1度しるしを求めたらありました。
奥田さんのお父さんがこられてこちらが触れたときに私自身、涙ぐみました。
私が涙ぐんだのは奥田さんご自身が亡くなられるまで苦しまれたことを聴いていてそれを思い出したからです。
「つらかったんですね」という思いが私の心の中にありました。
実際、慰めを受けているのですが、心の中がすごく暑くて体にも暑さがありました。
でも、ひどい暑さではなくて、いま奥田さんご自身が慰められている状況にあると知りました。

          「煉獄の霊魂のための償いが始まる」
6月18日(土曜日)
夜中2時半過ぎ、煉獄の霊魂のための償いがありました。
水曜日以来だったものですから今回は心が騒いだ状態でした。
聖ヨゼフに願い、しるしを求めていただいて、煉獄の霊魂の償いであることを知らされました。
 下に下りて行ったときに寒さを感じましたので、今回は寒い煉獄に行きました。
姿は見えません。
男性なのか女性なのかもわからなかったです。
「何をお望みですか?」とこちらが聞いたのですが、「助けてほしい」というような訴えるものが私の中にありました。
そのまま一緒に苦しみを追っていました。
そうしたら心が軽くなりました。
冷たい煉獄というのはやるべきことをやらなかった罪の償いであることがわかりました。
私も煉獄の霊魂の霊魂に対する務めがしばらくなかったので、そこに不安を感じていました。
一緒に償いができたときに自分の罪が許されたような感覚を覚えました。
煉獄の霊魂も開放されたと思います。
心が軽くなって魂の救いというのと罪の許し完全さを実感しました。
私自身、罪の許しということに関してまた改めて感じさせられました。
煉獄の霊魂に対する愛情がもっと強められたらと思っています。

午後、第1ミサの中で、説教の時に「マリア様と一緒にいる」という言葉によってマリア様の喜びに包まれるような感覚を覚えました。
マリア様の体内に入る平安な心が与えられました。
私のベッドのところにはファティマの聖母像を置いたのですが、マリア杉浦律子間にすがらなければいられない状況にあり、マリア様の優しさ、マリア様がマントで覆ってくださっていると体に感じる感覚がありました。
マリア様は暖かいかただということがわかりましたし、マリア様のところにいるならば本当に何があっても安全なんだということがわかりました。
 平安な心が与えられてミサが進められていき、聖体降福式にはむせび泣く状態です。
イエズス様、マリア様とヨゼフ様の御心に対する崇敬が改めて深められました。

          メッセージ
6月18日(土曜日)
第2ミサ後
聖母マリア様のメッセージ

「私の愛する子、私の愛しい子(マリー・マドレーヌ)あなたといつも共にいて、あなたを慰め、あなたを許します。
多くの人々が帰ってきます。
あなたが苦しみ嘆く声を私は聞いてきました。
あなたを愛し、祝福し、いつも私の手の中にあります。
喜びに喜びなさい。
私はあなたを祝福し、どこに行くにもいつも一緒にいます。
恐れないで歩み続けなさい。
どこに行くにも私はあなたを守り、導きます。
 愛する息子、ジャン・マリー神父、あなたを強めます。
あなたを祝福します。
あなたを私が導き、イエズスの十字架と共に導きます。
あなたが許す人を私も許し、あなたが祝福する人をすべて祝福しています。
私が行くべき道をあなたに指し示し、あなたを大きな大きな出来事のために使います。
栄光を、神の栄光を仰ぎ見、喜びに喜びなさい。
永遠の父と共に支配される私の息子イエズスとともに、聖霊と共にあなたを祝福します。
栄光を神に、感謝、讃美をささげ続けるあなたに私と喜びを共にしてくれるすべての人々に多くの報いをあなたに与えます。
神が共にいて許しと愛と心理をあなたに授けました。
あなたがその心理を多くの人に語るとき私の喜びはまします。
栄光はすべて神に帰して私たちが感謝するようにみなが一致して感謝することを願っています。
神に感謝をささげる私たちと共に地上にいるすべての子らが感謝と讃美をささげるよう祈りなさい。
 父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。」

マリー・マドレーヌ
引き続き、マリア様が御出現された時のことをお話します。
 先ず、ミサの一番最初に「聖ヨゼフのノベナ」を祈ったときヨゼフ様の百合の香りがありました。
しるしを求めました。
しばらく神様の導きの基にありましたが、ミサが始まる前にしるしをいただきました。
私自身、ミサに預かっている最中かなり体のだるさを感じてものすごい区jるしみの中でささげていました。
そのあと聖体拝領のとき御聖体の味が甘く感じられました。
第1ミサのときにも御聖体の味が甘かったのですが、今回のミサにおいて御聖体の甘さと共に平安をいただきました。
そのあとバラの香りが1度あり、印を求めましたが何もありませんでした。
最後のときにバラの香りと百合の香りが立て続けにありました。
印をくださいと求めました。
再度バラの香りがしてもう1度印を求めたらこのときに印をいただきました。
百合とバラの香りが立て続けにしたときには印はありませんでした。
再度バラの香りをいただいたとき「これはマリア様だ」と判りました。
ミサが完全に終わって聖体降福式も終わってそのときにバラの香りがあって、喜びに満たされ、導かれるままに話しました。
マリア様はものすごく優しく肩ってくださいました。
神様の栄光を説に求めていらっしゃいます。
私自身も神様の栄光を仰ぎ見つつ歩むことができるよう説に祈っています。

一つの試練
6月23日(木曜日)
第2ミサの中で私が一言祈ったことがあります。
来週から裁判ということで、自分自身何をこれからどういうふうに言えばいいのか判らないということ。
裁判官に問い詰められてしまったら答えられないということで、心が不安だし助けてくださいとマリア様にお願いしました。
何を言うべきかをはっきり教えてください。神様が与えてくださるのは判るけれど、一番自分が何を言いたいのか、それをはっきり判るようにしてくださいと祈りました。
 聖体拝領のとき印をもらってそのあと「本当のことは何かということをあなたは求め続けたでしょ?」というローキューションをもらいました。
いろんな事柄にぶつかったとき、真実というのは何なのか、偽りのように自分が感じて苦しみを受けたときも「本当に真実は何なの?」という問いがたくさんありました。
今日もこのことが示されて、真実は何と問い続けてきたのだと判りました。
私が今まで求めてきたことでした。
最後にもう1度印を求めたら印をもらいました。
聖体拝領のときと祝福を仔細からいただいたときバラの香りがしました。

101日家にいたときに与えられたインスピレーション
家にいたとき、シャーベル修道会へ帰る、帰れない、帰らないという心の揺れを経験しました。
そして、修道会には帰らないと気持ちを固めてしまったとき「偽りと儀」という言葉が心に響きました。
そのときは印は求めもしなかったです。
義というのは自分の思っていることと言っていることを偽ってはいけない、心を偽ってはいけないということです。
神様が与えてくださった使命に対する義で、偽りは修道会から離れ、教えを捨てることです。
それを示されました。


6月27日(月曜日)

                    裁判が始まる
今日、裁判がありました。
岡崎の裁判所に行ったのですが、10時15分ごろ書記官に会った後、目の前でバラの香りが立ち込めました。
書記官の声が耳に入ったとき私の心に平安がきました。
 印を求めたら再度バラの香りがありました。
12時40分過ぎ、待合室に一人でいたときに百合の香りがしましたが、印はありませんでした。
 夜、第2ミサのときにたくさんの印をいただきました。
天からの励まし、祝福、恵みをたくさんいただいています。
聖変化の時に右桃に痛みがきています。
痛みをもっといただいて、イエズス様に「もっとチョー」と言っています。


6月28日(火曜日)
朝のミサで御聖体のことについての説教が終わったとき、そのときかなり眠気が強かったです。
突然耳元で「狂ってる!」という叫び声があってその声に飛び起きて「イエズス!」と私は声を上げました。
悪魔からのアタックです。

      煉獄の償いの勤め
夜、寒い煉獄に下りていきました。
今までになく寒くて、頭痛の中でまた体のだるさの中であったことです。
今までまったく感じたことがない寒さでしたので、「寒い、寒い」と話していました。
そのまま何もなく寝てしまいました。


6月29日(水曜日)
バラの香りがありました。
月曜日に裁判で言われたことを思い出してしまい、涙してそのあと、夜中の2時近くに印を求めたらもう1度バラの香りでマリア様が励ましてくださっているのが判りました。

初めてのヨゼフ様からのローキューション
6月30日(木曜日)
深夜ミサにおいて、ものすごい体の暑さとだるさの中でした。
サンクトゥスのときに歌おうと思いましたが、号泣してしまい歌えなくなりました。
バラの香りがあり、印を頂、マリア様であることが判りました。
聖体拝領後、一言「恐れるな」という男性の声がしました。
印を求めました。
百合の香りがありました。
ヨゼフ様からの初めてのローキューションです。
大変若々しく少し高めの声でした。
聖体拝領のとき聖体が甘かったのを感じました。

6月30日(木曜日)
朝、第2ミサのとき支社ミサで、聖変化のときからカリス、葡萄酒のにおいが私の目の前で非常に強く立ち込めました。
印を求めたらさらに強く立ち込め増した。
「イエズスの御血の祝日」のイブなのですが、その現象がありました。
 夕方名古屋裁判所岡崎支部に行ったとき裁判所の中に入ったらバラの香りがありました。
印をいただきました。
 夜から腿の痛みが強くなりました。
腿の内側から中に向かって火が入るようになりました。
時機に歩けなくなるのではないかと感じるほどの痛みです。
体全体の痛みも強くなってきています。


7月一日(金曜日)
「イエズスの御血の祝日」第1ミサで睡眠の中でした。
耳元でものすごい低い声のような叫び声で「グワー!と聴こえました。悪魔からのアタックを受けました。
 午後6時ごろジャン・マリー神父と話しているときに特別な香りがしました。
印を伴った香りです。
バラの香りでもなく百合の香りでもありません。
特別な香りで言葉では言い表せなくて幸福感に満たされる香りを感じました。
この世では味わえない香りです。


7月二日(土曜日)
夜中に陳述書の反論の仕事をしていました。
疲れて寝たときに「まだ書き足りてない」ということを話していました。
「どうなったか忘れちゃった」と話していたらジャン・マリー神父が「書いてないか思い出させてくれと明日天使さんに頼め」と言われたときしばらくして「書いてない」というローキューションをいただきました。
印はいただいていません。
 午後、ミサが始まったときから聖なる空気がありました。
印を伴った空気です。


7月三日(日曜日)
「聖トマの祝日」
午前3時半過ぎ最後の仕事が終わってものすごく涙しました。
そのとき、とっても言葉では言い表せない麗しい匂いがしました。
印を伴っています。
昨日嗅いだ匂いと同じです。
天からの祝福に満ちた匂いということが判りました。
 そのあとミサが始まりました。
立て続けに麗しい香りと百合とバラの香りがありました。
印を求めたらありました。

7月三日(日曜日) 
大阪の集会にて。
午後4時25分ごろ、第2ミサの中、体が非常に疲れていて、浅い眠りに落ちました。
聖体拝領前に頭の右側のほうに誰かがいるのを感じました。
私の目の前に翼のようなものを見ました。
覆ってくれている感じを受けました。
姿や形は見えません。
大きな翼です。
喜びに満ちました。
しるしを求めたらありました。
PM21:00ごろ、大阪から帰る道中、眠りから覚めた私は光が上からさしているのを見ました。
しるしを求めたあと立て続けに百合の香りがしました。
しばらく百合の花の香りが続いていました。
そのあと今度はバラの香りがあり増した。
しるしを求めました。バラと百合、両方ともありました。


7月四日(月曜日)
PM12:30過ぎ、裁判所に入りました。
そのとき体の中に暑さを感じました。
しるしを求めませんでした。
 裁判所に行き、審問を受けました。
審問中に精魂の痛みのことの話題が出た後痛みを感じました。
しるしは求めませんでした。
 裁判が終わり、裁判所を出るころに百合の香りがありました。
しるしを求めるのを忘れました。 帰りにレストランで食事をしながら裁判の話をしていました。
バラの香りを強く感じました。
印を求めたらバラの香りを感じました。


7月五日(火曜日)
午後、リトル・ペブルさんのことを司祭と話していたときにふっとバラの香りを感じました。
そのとき印は求めなかったです。
そのままにしていました。

7月五日(火曜日)の夜から
7月六日(水曜日)
(深夜ミサ)
ミサの途中寒さを一瞬感じました。
そのとき体がかなりだるく、意識が朦朧としていて印を求められませんでした。
祈ることもできずにすごしました。
一言だけ「リンボウと煉獄の霊魂をどうか助けてください』と祈りました。
印がありました。
第2ミサ(深夜ミサ)のとき、聖体が甘かったです。


7月六日(水曜日)
夜中3時近くに私は6月11日に受けたときのメッセージのテープ起こしをしていました。
キーボードを打っている私の手に空気のようなものが吹いてくるのを感じました。
書いている最中で印を求めませんでした。
最初に書き始めたとき喜びが湧き上がって着ました。
今までためていた神秘的体験を書くことが御心なのだと思いました。
ようやく第1歩を踏み出すことができました。
午後12時20分過ぎに眼が覚めました。
その直前に夢を見ました。
リトル・ペブルさんらしき方と話をしていました。
内容は覚えていません。
印を求めませんでした。
 1時過ぎにお昼を食べながら8日の日にある判決に関して司祭と話をしていたときバラの香りを感じました。
印を求めていません。


7月7日(木曜日)
午後1時過ぎに神秘的な香りがありました。
この世では味わえない香りです。
天使の香りでしょうか、しるしを求めましたが、ありませんでした。
 同じく夕方6時前、体の異常な暑さを感じました。
夜、第2ミサの聖体拝領では聖体が甘かったです。
ミサが終わってからしばらく体の暑さを感じました。


7月8日(金曜日)
第2ミサが夕方5時40分過ぎに始まってその後麗しいにおいを感じました。
しばらくして右眼と左眼に暑さを感じました。
 聖体拝領後しばらくして『ゆだねよ』との一言がありました。
しるしを求めたらありました。
イエズス様から初めてローキューションがありました。
ミサのあとも神秘的な香りは続いていました。


7月9日(土曜日)
第1ミサで体の暑さを感じました。
第2ミサでご聖体のことを黙想していたとき「ご聖体を手で受けてはいけません」と大変厳しい口調でローキューションがありました。
 どなたが語られたのかわからず心の中で聞いておりました。
しばらくしたらバラの香りがあり、しるしを求めたらありました。
聖体拝領後、ミサの最後まで体特に腹部が大変厚かったです。


7月十日(日曜日)
(北海道旭川の集会にて)
第2ミサの途中でバラの香りがありました。
印を求めたら弱いバラの香りを感じました。
私は「イエズスキリストの御聖体を深く愛します』と祈りました。
聖体降福式が終わったころ、バラの香りを感じました。
印を求めたらありました。
二言、ロー急所んを受けました。
「御聖体を愛してください」と「御聖体をもっと大切にしてください」という言葉です。
女性の声でマリア様です。
声は柔らかく懇願されていました。


7月13日(水曜日)
午前2時25分ごろ、夢を見ました。
 ロンジンマリーと話していました。
リトル・ペブルさんのことで話をしていました。
しばらくしたら矢があちこちから飛んできました。
そのとき、ロンジンマリーはいなくて私の方へ飛んできました。
しるしは求めていません。
 午前10時半過ぎ、裁判の上告を受けて、かなりのショック状態で司祭と話をしていたとき、新しいにおいがありました。
今まで感じたことがない匂いです。しるしを伴った匂いです。
 午後11時半過ぎ『153本の聖ヨゼフの百合』を読んでいたときに香りがありました。
先ず、マリア様のバラの香りがあり、そのあと午前中に嗅いだにおいがありました。
しるしを求めました。ありました。
そのあと「僕は聞きます、お話ください」と祈ったところ「喜びに喜びなさい」という女性の声がありました。そのあと喜びが心から湧き上がりました。


7月16日(土曜日)
「カルメル産の聖母の祝日」
 (東京銀座の集会にて)
第2ミサ中、説教後に愛することと自己犠牲のことを考えていたら 一言「これからもっと心が痛みますよ」トのローキューションがありました。
女性の声です。
そのとき私はしるしを求めませんでした。

リトル・ペブルさんが最後の教皇であるという神からの掲示
私はリトル・ペブルさんが最後の教皇であるということを天から示されました。
昨年9月12日に外にいたときに冠を見ました。
背が高くキラキラと輝いている大きな冠です。
教皇様の冠です。
 私はマニフィカトを聴きながらバスを待っていました。
音楽を聴いていたとき、私の霊魂は荘厳で権威に満ちた雰囲気に打たれました。
圧倒されました。
いつもとは違う状態になりました。
神秘的な体験です。
そのとき、「リトル・ペブルさんは最後の教皇である」という言葉が私の心の中に埋め込まれました。
耳で聴いたのではありません。
 また、私は数日前から「最後の教皇」という本を読み始めていました。
リトル・ペブルさんの愛の深さ、信仰の強さに大変衝撃を受けました。
そのことを思い巡らすときが多くなりました。
リトル・ペブルさんの頭の上に冠が載せられ、輝いているのがとても印象的で巣。
私の頭から離れなくなりました。

          ※メッセージ
7月15日(金曜日)
(PM23:59)
マリア様からの公的メッセージ

愛する子、あなたに伝えます。
リトル・ペブルさんを支持し、強く宣言するようにあなたに命じます。
私たち、天が望む最後の教皇として、愛するリトル・ペブルを選びました。
彼を支持し、彼に仕えなさい。
恐れないで戦い続けなさい。

マリー・マドレーヌ
リトル・ペブルさんが最後の教皇であるというメッセージを受ける前腹部が厚くなりました。
心を沈めて「僕は聴きます。お話ください」と祈りました。
聖なる空気をそばで感じたので、しるしを求めました。
そうしたらしるしがありました。
最初に「リトル・ペブルさんのことを強く支持し、宣言するように命じます」と言われました。
女性の声です。
マリア様と同じ声です。
バラの香りは今回ありませんでした。
天が望んでいる最後の教皇であるということの確認です。
私自身に語られました。
司祭が聖水をまいてくれました。
一瞬緊張感が走ってその場にピリッとした空間がありました。
本当に一言一言の語り掛けに緊張しました。
一言も聞き逃さないようにしました。
心の緊張感を感じたのは初めてです。
リトル・ペブルさんのことでローキューションをいただいたのは今回が初めてです。


◆◆ ↑第1巻 ◆◆
◆◆ ↓第2巻 ◆◆


2005年7月15日AM7:09 聖母マリア様からの公的メッセージ
聖母マリア様:
 聖体を愛しなさい。イエズスの体を冒涜しないでください。愛する子らよ、聖体を愛し、崇敬しなさい。手で冒涜するようなことをしてはいけません。イエズスの体を打つことになります。冒涜しないでください。イエズスの十字架を軽く見てはいけません。イエズスが嘆き苦しんでいることをもう一度思い起こしなさい。
あなた方に伝えます。聖体をこれ以上いためないでください。聖体に対して軽く見るものはイエズスの聖心(みこころ)を悲しませることがわからないのですか。私たちはこのことのゆえに悲しんでいます。聖体を愛し、崇敬することをもう一度し始めなさい。イエズスを悲しませないでください。イエズスとすべてひとつになる人たちを私は求めています。聖体と一致してください。
 愛する子らよ、あなた方に懇願します。聖体を愛しなさい。聖体を拝し、深く崇敬しなさい。、

マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 マリア様の言葉をいただく前に第1ミサのとき、新しいにおいを感じました。甘いにおいです。聖変化になるときにおって、しるしを求めたらいただきました。聖体拝領のときに体がかなり熱くなりました。少し沈み落ちていく感覚を覚えました。どういうことなのかと思いましたが、そのまま沈み落ちていく感覚を覚えながら煉獄の霊魂のために祈っていました。
 聖体降福式の時、天地万物の祝福のところで、またミサのときに感じたにおいがありました。そして、ミサが終わって聖体降福式も終わり、また新たににおいをいただいて、しるしを求めたらありました。そうしたら「聖体を愛しなさい」という言葉と「イエズスの体を冒涜しないでください」という言葉が聴こえてきました。
 足の痛みがかなり強くなっています。もものほうと足首の方が重くなりました。ミサ中、足首が重くてだるい感覚がありました。それからももの方の痛みが強くなってきました。今もその痛みは続いています。今、熱さがあります。


2005年7月15日AM10:11 聖母マリア様からの公的メッセージ
聖母マリア様:
 イエズスと一緒に私は人類をあがないました。聖体を愛してください。イエズスの十字架を黙想し続けてください。私もそこにいて苦しみを一緒に担いました。悲しみの涙でいっぱいでした。イエズスを愛し、イエズスの導きを求め、これから歩み続けてください。

マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 マリア様が話してくださることが起こる前にまず麗しい香りがありました。しるしを求めましたが、そのときには何もありませんでした。「もう一度聞いて『しもべは聴きます。お話ください』と言うように」と司祭から指導をいただいて祈りました。そうしたらマリア様がまず最初に「イエズスがあがなったように私も一緒に人類をあがないました」ということを話されました。


2005年7月17日(日曜日)
 第1ミサの前、今まで体験した内容を見直していました。印を求めたときに、なかったあと、あいまいにしていました。このことを司祭に話しました。そうしたら「印がなかったときに『サタンよ、退け』と言うように」と司祭に言われました。
 『悪魔祓いの一般的な祝福の祈り』をしていたとき、においを感じました。印を求めたらありませんでした。すぐさま「サタンよ、退け」と命じました。、急に睡魔に襲われ体がだるくなりました。司祭が「出て行け、サタン」と祈ったとき記憶が一瞬飛びました。そのあと変な物音と耳元で笑い声が聞こえました。
 眠さと私は戦いながらミサにあずかっていました。ミサの途中また睡魔に襲われました。私の寝ている部屋の天井からバチ!っという音が聞こえました。聖櫃のところからも同じような音が聞こえました。何度か部屋の天井から音がなりました。あとで司祭に聞いてみたところ「天井からも聖櫃の所からもそのような音は聞こえなかった」と言われました。誰も音を聞いていません。私だけが聞いています。
私は眠ったり眼を覚ましたりを繰り返していました。そのとき「ワァ」と言う叫び声が聴こえました。私はその声に驚いて眼が覚めました。そのあと涙がたくさん出ました。私は苦しさと怖さがあって泣きながらしばらくすごしていました。「イエズス、マリア、ヨゼフ。大好き!」と心の中で叫びました。 そうしているうちに私の思いの中に「罪が許されたんだ」という実感がわいてきました。物音や叫び声がなくなっていました。「神様が許す範囲でしか悪魔は動けないんだね」と心の中で話をしていました。今回悪魔からのアタックがこんなに激しかったのでものすごい疲れを感じました。ミサの3分の1以上は戦っていました。

 ビジョンや神秘的なことが起きたとき、印を求めて、印があった場合は「しもべは聴きます、お話ください」と祈ります。しかし印を求めてなかった場合、すかさず「サタンよ、出て行け!」とか「しりぞけ、サタン!」と厳しく激しく命じます。
印を求めてください。そのあとあいまいにしないでください。きちっと印を求めて確かめてください。司祭による指導を必ず受けてください。


2005年7月18日(月曜日)
 PM20:00ごろ、映画「パッション」を見ていました。そのときに気がついたことがあります。右手の親指のはら全体がとても強く痛み始めたことです。あしの裏やももなどにも痛みが強くなりました。


2005年7月19日(火曜日)
 第1ミサ、第2ミサのとき聖体が甘かったです。


2005年7月20日(水曜日)
 第2ミサのとき、麗しい匂いが一度あり、印を求めました。けれど、なかったので、「サタンよ、退け!」と命じました。しばらくしてもう一度麗しい匂いを感じたので印を求めました。今度は印が与えられたので、『しもべは聴きます。お話ください』と祈りました。祈って待ちましたが、声は聴こえませんでした。識別をする訓練を受け始めたように感じています。

2005年7月20日PM23:34 マリア様からの公的メッセージ
マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 マリア様から語られる前に起きたことを話します。ジャン・マリー神父と十字の印のことについて話をしていました。
 昨年(2004年)8月1日のことです。私は家で十字の印をする意味の重要性について、神様によって知識を注付されるという形でインスピレーションをいただいているということの話を司祭としていました。言葉ではなくヴィジョンでもない形です。当時私は『箱舟の聖母』のメッセージを読んでいてリトル・ペブルさんやほかの幻視者のメッセージに必ず出てくる「父と、子と、聖霊との御名(みな)によりて」と言われるマリア様や天の方々の言葉に心がとまりました。これは何なのかと考えて思いをめぐらしていました。メッセージ全部に共通しているこの言葉について思い巡らしていたところ、『これは十字を切っていらっしゃるのかな』という思いがきました。当時、私はこのことが何なのかわかりませんでした。リトル・ペブルさんも天の方々もみんなゆっくりと十字を切っているんじゃないかというインスピレーションが私の心の中に与えられました。
このことをパソコンに記録しようとしていました。司祭が『十字を切りながら幻視者は唱えいる』ことを教えてくれました。そうしたら『やっぱりわたしが思っていたことなんだ』と今日になって初めて確認ができたのです。
 マリア様に合わせて幻視者が十字を切る様子を司祭が説明してくれていたそのとき、麗しい匂いが眼の前でしました。印を一度求めました。印をもらいました。もう一度このことに対して慎重になりたかったので『印を下さい』とお願いしました。そうしたら印をくださいました。
 まず、会話の途中で、天からの働きかけがあったので、ジャン・マリー神父に合図しました。 ジャン・マリー神父は「そちらに集中しなさい」と命じ、「印を求めなさい。印がなかったら『サタン、退け』と厳命しなさい。印があったら『しもべは聞きます。お話ください』と言うように」と命じました。ジャン・マリー神父は聖水とベネディクトの十字架、それから録音機を取りに行きました。
 その間私は心をしずめて耳を澄ましていました。喜びが湧き上がってきました。ジャン・マリー神父は録音機をセットして、聖水を私の頭と両肩にかけました。私の前に立ってベネディクトの十字架を持って悪魔祓いのために何度も十字を切ってくれました。
「愛する子よ」という言葉が始まるとジャン・マリー神父は脇によけてひざまずき、公的なメッセージを悪魔からガードするためにメッセージの間たびたび悪魔祓いのためにベネディクトの十字架で十字を切っていました。それは「て、に、お、は」など、ひとつの文字、ひとつの単語、ひとつの文章だけでも地獄のものを入れようと全力を尽くす悪魔の働きを抑えるためです。実際このメッセージでも、「聖体も」が正しいのですが、「聖体を」と私の耳に聴こえたのです。このように私は厳しい霊戦にさらされているのです。

聖母マリア様
 愛する子よ、あなたを愛し、祝福します。十字の印をゆっくりと愛をこめて切ってください。すべて軽くしないでください。天がしているように十字の印を大切にしてください。司祭がするように崇敬を持ってしてください。
 多くの信者が十字の印を軽く取り扱っています。十字架は大変重要なものです。すべての事柄を十字の印を持ってするときに悪いところから守られます。すべての人が「父と子と聖霊との御名によりて」と十字を切りながら言うとき、この意味を深く理解するようにと私は願います。
 十字の印は祝福をもたらします。地上を祝福し、一人ひとりを祝福し、御聖体も、またたくさんの物を祝福します。軽く十字の印をしないでください。多くの信者にこれを伝えます。
 あなた方を祝福し、愛し、導く私の声に耳を傾けてください。イエズスを愛し続けてください。父と、子と、聖霊との御名によりて。アーメン。


2005年7月22日「マグダラのマリアの祝日」
第1ミサが始まる前、悪魔祓いの祈りが終わり、大天使聖ミカエルの祈りの最後。このとき睡魔と闘っていました。「至聖(しせい)なるイエズスの聖心(みこころ)、われらをあわれみたまえ」を3度となえ終わったとき、笑い声が聞こえました。悪魔のアタックです。今日は体の痛みがきつく、特に左手の痛みに苦しんでいます。体全体も熱いです。

2005年7月23日 広島にて
 第1ミサが始まる前から甘い香りがしました。印を求めましたがありませんでした。そのときに「サタンよ、退け」と命じました。しばらくして似たような甘い香りがありました。印を求めましたが、ありませんでした。ミサでは痛みが激しく苦しんでいました。印がなかった状態で終わりました。おなかの気持ち悪さもありました。天からのものはまったくありませんでした。
 今日感じたことです。昨年(2004年)9月から5ヶ月間、痛みだけでした。101日間、あいだをおいて刈谷に戻ってからビジョンとローキューションが始まりました。ビジョンとローキューションよりも痛みだけのほうが安全であるとつくづく思いました。99%はアタックで1%は天からのものであるということを改めて認識させられました。

2005年7月25日 「使徒聖ヤコボの祝日」
 第2ミサが終わって聖体降福式の途中で印がありました。もう一度くださいと祈りました。印をもらいました。「しもべは聞きます。お話ください」と今回祈らなかったです。


2005年7月29日(金曜日)
マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 夜中です。久々に神秘的体験がありました。『エクソシスト(トゥルーストーリー)』という映画(DVD)を司祭と見ている途中です。まだ全部終わっていません。映画のなかで二人の司祭が悪魔祓いの儀式に関する本を読んでいるという場面を聞いていたら神秘的な匂いがありました。「印をください」と言ったのですが、ありませんでした。ジャン・マリー神父が聖水をまいてくれて、祈りを唱えてくれました。久々にきた神秘的な体験で、奥底から感情が動いて泣いてしまいました。そのとき「サタンよ、出て行け!」と命じました。そのあとまだ続いていました。司祭がベネディクトの十字架をもってきて十字の印を額にしるしてくれました。
 いま、印を伴って目の前がすごい聖なる空気を感じています。風のような冷たい空気のようなものがあります。司祭が印をもう一度求め、あったら『しもべはききます、お話ください』と言うよう指示されました。「あまりにも悪魔祓いが少ない」と言われています。司祭が「その声は?」と質問しました。その声は女性です。「悪魔祓いに対して危険だと言っている人があまりにも多くて、多くの人たちが苦しんでいます。信者じゃない人たちがあまりにも多く悪魔にとりつかれていて、その叫びが大きい……」 ここで言葉が途切れ、声が聞こえなくなりました。
 司祭が聖水を撒きました。司祭から「『しもべは聴きます。お話ください』と言いなおして」と指示しました。指示されたように祈りましたが、聴こえません。
 いま、メッセージをいただいていて、声が聴こえました。悪魔祓いのことで「あまりにも悪魔祓いが少ない」と聴こえてから、しばらくして始まったなと思いながら、聴こえてくる言葉を聴きながら話していました。言葉が途中で聴こえなくなってしまいました。私のちょっとした心の動揺で悪魔が言葉を聴こえないようにしてしまいました。
 司祭から「聖ヨゼフにお願いしなさい。大天使聖ミカエルに祈って、ゆっくり十字をきってから『しもべは聴きます。続けてください』と守護の天使にお願いしなさい。続きがある」と言われました。十字を切ったあと、私の耳に笑い声が聞こえました。司祭が大天使聖ミカエルの祈りをして聖水を撒いてくれました。「至聖(しせい)なるイエズスの聖心(みこころ)、われらをあわれみたまえ。聖母の汚れれなき御心(みこころ)、われらのために祈りたまえ。聖ヨゼフのいと清き御心、われらのために祈りたまえ」とラテン語で祈りながら、ベネディクトの十字架で額、両耳、口に十字の印をしてくれました。

聖母マリア様:
 愛するジャン・マリー神父、あなたを愛し、祝福しています。あなたはこれから多くの悪魔を追い払うことになります。多くの子供たちが悪魔にとりつかれており、彼らが泣き叫ぶ声があります。彼らがどんなことをしているか天は知っています。
 彼らが悪魔にとりつかれているのを誰も助けようとしません。あなたが悪魔を追い払い、あなたが受けたひとつひとつのことを通して、あなたの賜物を使うときがもう来ています。愛する息子、あなたを強め、祝福し、大いに用います。
 すべて受けた訓練の事を実行しているあなたにとって、これから働くときになりました。未信者にたくさんのことを行います。あまりにも現代が悪魔を信じないため、私はこのことをあなたに伝え、あなたにするようにと仕事を授けました。あなたを大いに使います。あなたを祝福します。父と子と聖霊との御名によりて。アーメン

マリー・マドレーヌ:
 いま、マリア様のメッセージです。マリア様がすごく悲しんでいらっしゃるのが判りました。悪魔祓いがあまりにもされていない。そのことのゆえにマリア様が悲しんでいらっしゃいます。子供たちがとらわれているということを知らせるためです。私は涙が出ています。
 マリア様が嘆いていらっしゃいます。あまりにも司祭たちが悪魔祓いをしないということで嘆いていらっしゃることが伝わってきています。ジャン・マリー神父に「これをするようにと命じます」といわれています。
 あと、私自身、マリア様から教えられていることがこのことです。悪魔祓いは真剣なことだから、これから先を聞くようにと言われています。ビジョンはまったくありません。私に聴こえてきた言葉は、はっきりした言葉でした。悲しい思いが伝わってくる。これだけが心の中にあります。
 マリア様が切に懇願しています。子供たちを救えるのは司祭だけですと……。急いで言葉を話してる。そのように聴こえたところがあります。


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2005年7月29日
マリー・マドレーヌに与えられたインスピレーション
愛知県刈谷市にて
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 ひとつインスピレーションがありました。印を求めたところ、いただきました。
 神様がさいしょ、アダムとエバを創造されたとき二人とも洋服を着ていなくて恥ずかしいとは思わなかったという聖書の箇所からジャン・マリーと私の状態が新しいアダムとエバの関係。楽園で在ったことの回復のように感じています。

 28日の午後に考え事をしていました。ジャン・マリーと私の裸の状態のことを思い巡らしていたら『新しいアダムとエバ』のような関係〜〜言葉なのか、インスピレーションなのか〜〜がありました。私はそのとき印を求めなかったですし、「それは違う」と跳ね除けたのです。けれど、今またこのインスピレーションを感じたので印を求めました。そうしたら印がありました。

 中学生のとき、日にちをおいて、お風呂上りに脱衣所のところで、2度裸でローキューションを受けています。男の人の声で一言です。イエズス様のようです。励ましの内容でした。何を言われたのかは覚えていません。

 昨年7月に映像を見るように天地創造の場面をビジョンで見て、裸のアダムとエバをみました。エバがそのとき私のようであると感じました。



【 リトル・ペブルさんに語られたマリア様のメッセージ 】

2005年7月30日(土曜日) PM5:56
マリー・マドレーヌ:
 「裁判の大勝利」 この一言が語られました。先ほどマリア様のバラの香りがありました。印を求めました。そうしたら印がありました。

(リトル・ペブルさんからの質問に対して、マリア様がマリー・マドレーヌに語られた……)

聖母マリア様:
 愛する息子、愛するリトル・ペブル、あなたを愛し、祝福いたします。あなたの質問に対して、9月16日に判決が出されます。あなたはこの判決によって上告します。彼らの判決に対して、あなたは上告して裁判の大勝利のために足を踏み出すように。切に彼らの救霊のために祈ってください。上告したあと、あなたは釈放されます。
 愛する息子、勇気を出して私に信頼し、信頼し続け、あなたの面倒を見る母である私をもっともっと、私をもっともっと信頼して歩みなさい。いつも愛し、祝福し、恵みを与えています。あなたの苦しみ、苦悩を私はよく知っています。
 あなたを祝福する母がすぐそばにおり、イエズスがゲッセマニの園で祈りをするのと同じように、あなたが苦しんでいることを知っています。大きな十字架です。でも、あなたは私を愛し、イエズスを愛しているがために、いつも「はい」と言ってきました。あなたを祝福し、許している母がいます。
 多くの敵があなたを攻撃しました。けれども、最後に彼らはその罪を償わなければなりません。彼らの救霊のために祈るあなたの祈りを天は喜び、あなたの願いを聞き入れています。祝福を持ってあなたを抱きしめ、恵みに恵みをあなたに加えています。
 あなたはかつて、いろいろなことを通して裁判の大勝利があるということを聞いてきました。そのたびにあなたの前に妨害した多くの敵がありました。あなたはもうその敵を見ることはありません。彼らが神の教会、聖母に対して戦いを挑んだことをあなたは知っています。
 愛するリトル・ペブル、あなたを立てた母を、あなたを立てた天にいつも信頼し、あなたを恵む多くの人々がいることを喜んで受け入れてくれるようにあなたに求めます。
 愛する子、愛をあなたに、祝福をあなたに送ります。いつもいつもすぐそばにいる愛の母、慰めの母、許しの母、イエズスの涙をいつも目撃した母がいます。祝福します。父と子と聖霊との御名によりて祝福します。アーメン。

マリー・マドレーヌ:
 リトル・ペブルさんのメッセージがあったときも悪魔のアタックがありました。言葉に何度も詰まりました。メッセージを書き起こしているときに、「プレクストーク(デジタルCDを再生、録音するための機械)」を操作中、なかなか目的の言葉を聴けず、時間がかかりました。特に敵の妨害に関することを話された箇所では、先へ進ませないようにしていました。悪戦苦闘しながらようやくメッセージを書き終えることができました。


2005年7月30日深夜ミサにおいて
(7月31日 日曜日の第1ミサ)
 暑さがすごくありました。頭痛もありました。途中、悪魔からのアタックを3度受けました。最初はどのときだったか忘れてしまいました。はっきりと覚えていることは体の痛みのなかで、また眠さのなかで「お前は地獄行きだ!」と言われたことです。低い男性の声でした。大天使聖ミカエルに祈りました。
 聖変化が終わって、ホスチアを司祭が高く掲げる場面で、笑い声が聞こえました。その笑い声の特徴は人が笑うようにです。けたたましい感じではありません。男性の笑い声です。そのときに「イエズス、マリア、ヨゼフ。大好き!」と祈りました。聖体が砕かれるときに「うぅ」といううなり声が聞こえました。あとプシュッという音も聞こえました。聖体拝領のとき、御聖体の甘さを感じました。印を求めましたらいただきました。


 7月23日の広島旅行以来、悪魔からのアタックが増え始めました。だんだん数が増えていますが、「まだ序の口」と司祭に言われています。メッセージのなかでは本当に悪魔が妨害しようとして単語ひとつ、「て、に、を、は」のひとつさえも落とそうと全力を尽くしています。100%はありえません。私の自我に入り込んで妨害したりします。あと悪魔は気分のわるさ、眠さをもって仕事をさせないように妨げようとします。今回も大変苦しみました。幻視者、神秘家はタフでないと使命が担えないと司祭に言われます。
 99%は悪魔からのアタックで、わずか1%が天からのものです。ほとんどが悪魔からの攻撃ということになります。毎日悪魔からの攻撃にさらされています。
 でも、イエズス様に信頼する。ここに鍵があります。イエズス様はとってもやさしいですし、強いです。悪魔はあらゆる手段を使って恐れさせようとして、使命を失わせようとします。イエズス様やマリア様、ヨゼフ様、そして天使たちや聖人に助けを求めてください。特にヨゼフ様と大天使聖ミカエル、守護の天使の助けを求めてください。本当に守ってくださいます。


2005年8月3日(水曜日)
 この日から体の痛みが強まる。痛みのために泣き出すことが多くなりました。


イエズス様からの初めてのローキューション
2005年8月4日(木曜日) AM1:47
イエズス様:
 愛するわが子よ、あなたを愛し、祝福する。私の苦しみ、私の痛みをあなたは負いなさい。私はあなたを愛し、愛の炎であなたを包んだ。恐れないで歩み続けよ。あなたがどこに行くにも私はいつもおり、あなたを祝福し、あなたの涙を共に見、あなたの行くべき道を指し示していこう。
 私は愛のイエズス、ゆるしをもたらすもの、優しいイエズス、多くの人たちが慕うべきイエズス。けれども、多くの人が私を苦しめ、私を痛め、傷つけてきた。今でもこの忘恩はとまらない。あなたはその忘恩に対して、これは私が受けているものであるということを覚えなさい。
 私が行くべき道をあなたに指し示す。愛する子供たちがどれほどに私を傷つけ、苦しませているかをあなたは知る。あなたがその罪の償いを身にまとわなければならない。勇気を出し、勇気を出し続け、わたしに信頼しなさい。私はあなたを包み、あなたのひとつひとつの弱さのなかで愛している。恐れないで喜びに喜びなさい。多くの子供たちの為にあなたは祈りなさい。
 リトル・ペブルのために祈りなさい。彼は多くの苦しみを負っている。私は彼に私の道を歩かせている。恐れないで彼を信頼しなさい。
 あなたが不安になること、悲しいこと、いろんなことを抱えているのを私は知っている。勇気を出しなさい。慰めをもたらし、恵みをもたらし、愛する指導者(ジャン・マリー神父)をあなたに与えた。彼の言うことを聴き、従いなさい。聖体を大切にし、私を慰めて、もっともっと慰めてほしい。
 愛する子。ゆるし、償い、あなたの祈りをし続けなさい。日本の大改心のためにあなたは行くべき道を歩まねばならない。ただ、多くの人がそれを見て選び取る。改心する者は私のもとに走ってくる。けれども、改心しない者は多くの忘恩を残し、私の心をまた傷つけて多くの暴言をはき、立ち去っていく。わたしはとても悲しい。彼らが何をしているか、何をどのように見ているのかを見るたびに、私の心は痛む。あなたにその痛みをいま与えた。
 カトリック信者に対し、わたしは多くのことを残してきた。与えてきた。けれども、彼らは耳を貸さない。「聖体を愛し、大事にしてほしい」、そう多くの人に語っているけれども、多くの人は耳を貸すどころか、また冒涜を加えている。
 子よ、あなたに言う。私を信頼し、私についてきなさい。あなたを愛し、祝福し、恵みに恵みを与える。受難を黙想し続け、私が行く道がどういうものであるかをもっともっとあなたに知らせるために、あなたをそこに導くので黙想し続けよ。愛し続けている。あなたはかわいいちっちゃい子。恐れないで歩み続けなさい。愛し、祝福し、多くの子らの救いのために私は日夜あなたを捜し求め、あなたを待ちわびている。ああ、わが子、愛する子よ、勇気を出しなさい。
 多くの人をあなたに、また司祭(ジャン・マリー神父)と一緒に歩ませるために、あなたにいろいろな苦しみを与えた。多くの人があなたのうちに私がいることを見て、あなたが弱いから私があなたを捕らえたことを知る。だからあなたは子供のままで、あなたに与えたもののままで私に近づき、私を求めなさい。私はあなたを愛し、祝福し、ここにいる愛する息子(ジャン・マリー神父)と共に私はあなたを導く。行くべき道を指し示す。恐れないで歩みなさい。
 痛みのためにあなたの道はこれから困難になるが、あなたを支える。あなたは何も知らない。けれども、私が多くのことを、誰も経験したことのないことをこれからあなたに与える。勇気を出しなさい。ああ、愛する子、勇気を出しなさい。恐れず歩み続けなさい。私がどんなにあなたを愛しているか、どんなにあなたを祝福しているか、あなたは知るべきである。勇気を出しなさい。あなたはこのことによって心を騒がせてはならない。恐れないで歩みなさい。愛する子、恵みに恵みを与える。多くの人が私を見て、私の苦しみを見て帰ってくるから希望を持ちなさい。勇気を出しなさい。
 愛する子よ、私はあなたが苦しむのを見、心にどんなに小さなことでも悩むあなたを見るたびに、あなたを抱きしめ、導く。あなたは多くの傷を負ってきた。あなたは絶えず私に願い求めた。罪があると言ってあなたは自分を責めたが、私はあなたをゆるし、愛し、恵みを注ぎ続ける。あなたのそのままの涙が私をひきつけ、もう泣かないでと言いたいくらい。あなたは多くの悲しみや悩みを持っていた。
 あなたに言う。喜びに喜びなさい。あなたがどこに行くにもやさしいイエズスがおり、私は多くの人を一致させるために、あなたという弱い者を置いた。あなたは決して弱さを恥じてはならない。日本の大改心のために必要な存在であるから。この共同体はすべて弱い人を私は選び、立てた。司祭を始め、一人ひとりの大切な子どもたちがいる。恐れないで歩みなさい。共同体のメンバーにもこのことを伝えなさい。
 愛するリトル・ペブルが苦しみ悩んでいる。彼のために祈りなさい。勇気を出し、彼のことで一致しなさい。私は多くの悲しみを持っているが、あなたはそれを順次知るようになる。あなたに挨拶し、祝福を送る。父と、子と聖霊との御名(みな)によりて。アーメン。


【 イエズス様からリトル・ペブルさんについてのメッセージ 】

 彼に伝えるべきことは、彼が勇気を出し続けることを励ますよう、あなたに言う。彼が苦しみ悩んでいる。彼のために祈りなさい。勇気を出しなさい。
 多くの苦しみがあるが、私が支えると彼は立ち上がり、多くの反対者を倒すことになる。彼を愛し、愛するリトル・ペブルによって世界が打ち立てられることをよく覚えておきなさい。
 愛する子らよ、リトル・ペブルは最後の教皇として立てられている。大勢の者が「リトル・ペブルは教皇にはならない」と言っているが、彼を立てたのは、彼がどんなに私に信頼し、私の十字架を担ったかを知らせるためであり、私の十字架がどれほど重いかを彼に知らせるためだった。
 多くの人がそれを見て、どの道を選ぶか。ある者はリトル・ペブルを支持し、ある者は反対していった。反対どころか、彼に茨の冠をかぶせたくらい侮辱に侮辱を加えていった。私が「我が神、我が神、何ぞわれを見捨てたもうや」と叫んだと同じように、彼もいま叫んでいる。しかし、彼は多くの子供たちの愛の強さと一致としっかりした土台のうえに立てられているので、彼は決して揺るがない。
 「愛」、ここに鍵がある。彼は愛することを学んだ。苦しめば苦しむほど多くの人々を愛し、多くの人々の改心のために、救霊のために祈りをしてきた。一人も滅びることが無いために彼は祈り続けてきた。
 多くの敵が彼を苦しめ、彼を滅ぼそうとしたが、彼らはそこに神である私がいることを知らなかった。彼は愛され、祝福され、強められ、恵みに恵みが加わっている。わが子、リトル・ペブルに伝えなさい。「愛している」と。「私が愛し、力づけるので、多くの子供たちがリトル・ペブルを支持する」と。


【 イエズス様からリトル・ペブルさんへのメッセージ 】

主イエズス様:
 愛する子、世界のために祈りなさい。世界は多くの試練のなかにあって、多くの混乱が起きている。人が人を殺し、互いに憎しみあい、恨み、戦争をしようとしている。世界の最後の計画のことで神がしようとしていることのために祈りなさい。
 彼はおおきな天罰を下そうとしている。彼がどんなに愛しているか。私の父はどんなに世界を愛し、子供たちが滅びないようにと愛を注ぎ続けているか。恵みを降らして、よい子にも悪い子にも恵みを与えている。
 しかし、罪が神を悲しませるので、そこに正義を下さなければならない。私の十字架のもとに多くの人が戻らなければ救いはない。十字架を認めるか否かで変わってしまう。私が磔のままで苦しんでいるその十字架を心に留めて、多くの人々のために改心を呼びかける、この十字架の意味をあなたは知るべきである。恐れないで歩みなさい。愛するリトル・ペブルに祝福を送る。父と、子と聖霊との御名(みな)によりて。アーメン。


【 マリー・マドレーヌへ 】

 愛する子よ、私はあなたを愛している。あなたの願いを聞き、あなたが受ける傷によって、人々が否定できないように、私はその傷を見える形で与える。恐れないで生きなさい。すぐそばに理解者(ジャン・マリー神父)がおり、あなたを一人にはしておかない。あなたを一人にはしないので、安心して私にすべて体を預けなさい。愛するちっちゃい子、あなたを愛している。愛をあなたに送る贈る。愛している。あなたを祝福する。永遠の神である父と聖霊とともに私はあなたを祝福する。
 苦しみを受け入れ続けなさい。その苦しみのゆえにあなたは霊魂の救いのために祈ることを知る。だから私はあなたに苦しみを与えてきたし、私の苦しみを理解させるためにあなたを苦しめ、傷めてきた。愛のゆえである。
 あなたが弱いから私はあなたを選び、用いる。あなたは行くべき道を行きなさい。まもなくあなたは手を使うことが出来なくなる。多くの痛みのため、足も動かなくなる。だが、あなたは喜びを知る。私がそばにいて、恵みに恵みを加えるから。
 あなたは「もっとください」と言い続けなさい。「穴あけてちょ」と言い続けなさい。私はこの言葉を司祭の口にいれたのは、司祭の心にその思いを与え、このようにちっちゃい子がぬかずくようにしてほしいから、その言葉を与えた。あなたはちっちゃい子だから、私は多くの事をあなたに与える。敵が攻撃しても恐れないでしなさい。私にたずね、私に「大好き!」と言ってしがみつくように。あなたは子供でよい。あなたはちっちゃい子だから、ちっちゃい子がふるまうようにしなさい。痛みを与えるのは償いのためであり、この痛みを多くの霊魂の救いのためにささげるため、あなたはそれを用いて痛みがあるごとに私に近づくようになる。私がどれほど苦しんだかを身をもって知るようになる。
 多くの血をありったけに流して人類を贖(あがな)ったが、いま救いを受け入れるかどうかは一人ひとりの意志にある。「救ってほしい」と言わなければ、贖(あがな)いはその人のうちに実現しない。だから「救ってください」と言うのは現実であり、いま「救われた」と喜んでいる人もやはりその瞬間罪を犯し、無意識に罪を犯し、私を傷つけている。人は自分の力では罪を消すことは出来ないので、私に頼り、私に救いを求め、贖いを要求するように、一人ひとりが魂の救いを願わなければ救われない。あなたはこれを知るべきである。恐れないで歩み続けなさい。
 見える聖痕をあなたは願い続けてきた。与える。私は多くの人の証のために、証のためにこれを与える。あなたはまだ心が動揺しているのを知っているが、私はそれを知っている。あなたはそれをそのままゆだねることを私はあなたに言う。動揺してはいけない。あなたを愛し、祝福する私がいるから、恐れないで歩みなさい。ゆるしを与え、あなたの罪を贖う。栄光を神に帰し、崇(あが)め続けなさい。ゆるしを与える。


マリー・マドレーヌ:
 いますごくたくさんイエズス様が話してくださいました。ロザリオの祈りをしていたときに、私の心の中に正直な思いとして、悲しみしか無かったです。私はまったく知識がありません。聖なることなのだからと言われるその人の気持ちはそうなんだろうなと思っていました。でも、「『穴あけてちょぉ!』と言うのはおかしいから止めなさい」って言われたとき、正直に言って「えぇ?!」と戸惑ってしまったのです。だけど、そのときにジャン・マリー神父が償いの祈りを捧げて聖体を顕示して、「償いのためにそうしています」と言われました。「あ、そうだ。償いだ!」と思ったら「私の罪のためにおゆるしください」と祈りました。そうしたら「日本の大改心」というのが頭にありました。祈っていきました。司祭が「愛をこめて祈るんですよ。特にマリアとイエズスの名が出てきたところで愛をこめて言いなさい」といわれたのです。けれど、私は語調をどうしたらいいのか判らなくて、不安になりながらも祈っていました。しばらくして涙が自然にこぼれてきました。そのままにして祈り続けました。一連ささげ終わって5分間の沈黙をしました。
 そうしたら右手の手首の甲から腕にかけて、暖かいものを感じたのです。誰かが包んでくれているような、触れてくれているような感じです。暖かい炎のように感じました。私は右手でロザリオを握っていました。その手に誰かが慰めてくれるように包んでくれていました。「包まれてるんだけど」と司祭に話しました。「印を求めて祈りなさい」と司祭が言いました。私は祈って待っていました。そうしたら体全体をやさしい愛の炎が包んでくれました。イエズス様です。いまも私は体が震えているのです。とっても驚きました。初めて長いイエズス様の言葉を聴きながら話しました。途中言葉がつまった所は悪魔のアタックです。
 けれど、イエズス様は本当に強い方です。個人的なことを親密に話してくださったので本当に感動しました。愛が全部です。本当にやさしい語り掛けです。「償いをしてほしい」という思いが伝わってきました。途中、百合の香りが強かったです。祭壇に飾られてる百合の花だと思って印は求めませんでした。私は導かれるままに時間をすごしました。
 リトル・ペブルさんへの伝言があったら教えてもらうようにと司祭が言われたので聞いたら、「彼はものすごく苦しんでいる」と何度も言われました。「愛しているし、励ましていると伝えなさい」と言われました。イエズス様の彼に対する愛が深いことがわかって、イエズス様の語られるまま、導きのままにおはなししました。
見える聖痕のことについてお願いしたとき、「与えるから。」と言われて「私はあなたの願いを聞いてるよ」とイエズス様の優しさを感じました。「安心しなさい」と言われて本当に嬉しかったし、ものすごい心の細やかなイエズス様を親密に感じてしばらく興奮していました。いつまでも一緒に居たい、そう思った時間で、あとで録音した物を書き起こすのが楽しみでたまらなくなったほどです。イエズス様の細やかさに心打たれました。みんなにも幸せを味わってほしい、一人ひとりの事を全部知ってくださる方がいらっしゃるんだと思ったら、聖櫃の前で泣き伏してしまいました。
イエズス様は犠牲を求められていること、勇気を出すこと、イエズス様に信頼すること、これを強く求められたのだと思います。人々の救霊のために祈ります。


イエズス様からの緊急メッセージ
2005年8月4日(木曜日)
 朝の第1ミサのなかでイエズス様のローキューションがありました。私はミサのなかで日本の大改心のために祈っていました。司祭が聖体を拝領する前に祈る祈りに心を合わせていました。そうしたら悲しみがこみ上げてきました。
 そのとき「日本人はテロがないと思っている。けれども、テロが来るので気をつけなさい。多くの人がこのひとつの印を見る」と真夜中に聴いた同じ主の御声が言われるのを聴きました。突然だったので「主よこれはどういうことなのですか?」とたずねました。私は心が動揺しました。「確かな印をください」と言って「いつごろなのですか?」とたずねました。そうしたら「9月ごろ東京で」という答えがありました。印があったのですが、まず悪魔の攻撃だと思い、「サタン、退け!」と命じました。ところがさらに強い印があったので、ものすごく心が悲しみでいっぱいになりました。「どうかお救いください」と祈りました。


 初めてのイエズスからのローキューションは本当に興奮してしまったな。メッセージを受けてまだ日が浅くて、識別のガードもまだそんなにしていない状態だった。とにかく優しいの一点張り。でも、そのあと、緊急メッセージはびっくりした。「神様、助けて」って言いたいほど苦しかったのを覚えてる。


2005年8月4日(木曜日)
 夜7時過ぎ、食事をしていました。食事の後、とってもイエズス様に会いたい思いが強くなりました。聖櫃のところにかけよってひざまずいたら「会いに来てくれたんだね」とやさしい声が聞こえました。印があってから語りかけをききました。ものすごく嬉しくて「そうです」とこたえました。
 夜10時過ぎ。第2ミサで体のだるさと吐き気を感じました。神秘的なだるさです。


2005年8月5日(金曜日)
 真夜中2時ごろ、「愛の招き」を聴いていました。しばらくしてとても心に引っかかる不安な気持ちが起きて動揺しました。祈りたい、そう思っていましたが、聴き続けていました。聖櫃のほうから私に「おいで」と呼びかける声を聴きました。「あ、イエズス様!」と思っていましたが、急に体のだるさを感じていくことが出来なくなりました。印を求めたらありました。
 償いの祈りのために4日の真夜中から始めました。
 今回司祭に聖堂につれて行ってもらったとき、私は泣きながらイエズス様に助けを求めたいという思いでいっぱいでした。祈り始めたら体の震えを感じました。でも、不安からくるものだなと思っていましたから泣きながらロザリオをとなえました。


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2005年8月5日(金曜日) 「雪の聖母」の祝日
 第1ミサが始まって時期に体のだるさがきました。肩のほうから疲労感を感じ、だるくなりました。聖変化が近づく頃「生贄になるのだ」という声を聞きました。「イエズスさまですか?印をください」と求めました。印をいただきました。
痛みが強くなってきました。左足の甲の左側が持続する痛みです。ほかにも立て続けに痛みがきました。
 マリア様に取次ぎをお願いしたとき、急にバラの香りがあったので「印は?」と聞いてみました。そうしたら印はありませんでした。私は「サタン出て行け!」と心の中で叫びました。そうすると「いひひ」という笑い声が聞こえたので3度「サタンでていけ!」と命じました。
 痛みは続いています。イエズス様に「御心の事をもっと教えてください」と祈りました。今度は「生贄になっておくれ」と言われる声を聴きました。印がありました。痛みが強くなってきたので「ありがとう。もっとちょぉ!」と言いました。「私に体を預けるのだ」と主の声を聴きました。痛みが続いたままの状態は静けさをもたらし、何かに包まれるような不快感じを覚えました。その間、私は痛みを味わっていました。
 ミサが進み、聖体が砕かれたとき「イエズス様!」と言いました。心の痛みを感じていました。受難をリアルに体験するようになるのかなと思うほどだんだん体の痛みも強くなったのです。
 聖体降福式の祈りのときも痛みは激しく、苦しみました。


8月5日(金曜日)
 夕方5時過ぎ、少し睡眠をとりましたそのときリトル・ペブルさんを夢で見ました。リトル・ペブルさんに私が会いに行っていました。私はリトル・ペブルさんを見たとき走りよってひざまずきました。「よく来たね」とリトル・ペブルさんが迎えてくれて、私を抱き上げてくれました。リトル・ペブルさんが案外小さい人なんだ、とそのとき思いました。何か聞こうと思って話していたようですが、はっきり覚えているのは、私が「バイロケーションって何?」とちっちゃい子どもが聞くように質問していたことです。そのあとどのようにリトル・ペブルさんと別れたのか覚えていません。そこで夢は終わっています。睡眠中だったので印は求められませんでした。
 第2ミサのなかで右肩がだるくなりました。肩のだるさと共に左手の甲の痛みが数分続きました。


2005年8月6日(土曜日) 「主の変容の祝日」
 夜、次の日のミサを繰り上げてしました。主日のミサ(第1ミサ)の最中、女性の声で「裁判の事は忘れなさい。」というローキューションがありました。そのとき印を求めませんでした。


2005年8月9日(火曜日)
 夜中2時20分過ぎから体が沈み落ちていく感覚を覚えました。印がありました。聖ヨゼフと大天使聖ミカエル、守護の天使に導きを求めました。沈み落ちてく感覚がなくならないので煉獄にいくことが判りました。寒さを感じ始めました。体のあちこちに痛みも感じました。煉獄の霊魂の償いのための仕事でした。
 夜中、2時50分ごろ。「わが子よ、恐れるな」とのローキューションがありました。印を求めましたが、最初はありませんでした。すぐにサタンに出て行くよう、厳命しました。でも、また印があって同じ言葉を言われました。「わが子よ、恐れるな」と。愛に満ちたイエズス様のお声でした。寒さは続いていました。寒さの煉獄の償いであることを知って霊魂のために一緒にいて愛しました。涙がしばらく出て泣きました。一人救われたのか、心が軽くなりました。けれども、また寒さが強くなってきて償いが始まりました。私は「愛します。」と言うだけでした。誰なのか、男性なのか女性なのか告げられませんでした。そのまま身をゆだねていたら 心が軽くなって霊魂が救われたという喜びがありました。
 3時過ぎ。暑さと寒さが混ざって感じられました。暑い感覚は比較的短い時間で終わりました。けれど、寒い感覚は長く約1時間は続きました。体の痛みは手の甲、足、股、脇腹にもありました。痛みがくるたびに「もっとちょぉ。穴あけてちょぉ。」と言って繰り返しイエズス様にお願いしていました。痛みをささげることで償いの仕事が進められていくのでしょう。今回は、なすべき事をしなかった煉獄の霊魂のための償いでした。最後に頭のほうに寒さを感じました。印を求めました。印はありませんでした。サタンに「退け!」と命じました。しばらくしたら印がありました。


2005年8月9日(火曜日)
 午前中から気持ちが悪くなり、ほとんど寝た状態になった。朝食は食べたものの昼と夜の食事が食べられなくなった。


2005年8月10日(水曜日)
 今日の夜中12時15分に目が覚め、食事をとった。朝5時になるまで仕事をしていた。2度目の食事を5時前にした。そのあとからまた食べられない状態になった。飲み物で交わしている。夕食に軽くポテトを食べたくらいで食欲がない。

 最初の暗夜が始まる。
 今日はっきりしたことがあります。ミサの間まったく祈れない。ミサに集中できないということがおき始めました。暗夜らしい暗夜が始まったようです。神秘的な体験はまったくないです。ローキューションもビジョンもまったくないです。体の痛みも軽く時々来るだけになりました。イエズス様がどこかに行ってしまったかのように感じられる。今までにない厳しい暗夜が始まったと思います。


2005年8月11日(木曜日)
 私は虐待によって受けた傷があり、トラウマになっていることがあります。その行動が出たとき、午後14:10ごろです。私に対して、イエズス様の優しい声で一言「いいんだよ」というローキューションを受けました。印がありました。


2005年8月12日(金曜日)
 暗夜のため、読書をするようにと司祭が私に話しました。今も時々痛みがくるだけになっています。

『153本の聖ヨゼフの百合』と『153本のマリア様のバラ』を少しずつ読みました。自分を見つめなおす意味で、また忘れている事柄が多くあったのでとても充実しました。幻視者の一致に関して改めて心の中に刻み付けられました。一人では決して使命は果たせません。それからリトル・ペブルさんに対して、花嫁の愛があるかどうか。この言葉にも心がとまりました。
 今現在、私自身のみじめさも心に留めて読んでいます。自分は決して能力はありません。無知、無学で無能で無価値な存在です。実際にひどい傷を負っています。愛着形成する能力は幼い頃からあった虐待によって持つことが出来ていません。不信頼です。人に対して完全に信頼するという土台が持てていないのです。ですから神様に対しても感覚的です。「愛する」と言いながら信頼しないのは偽りだと司祭によく言われます。けれど、私は愛着形成がまったくないために神様に対して、いつも信頼する心が持てず不安に陥ります。
 今回の『暗夜』もこんなに早く来るとは思っても見なかったです。信仰の面から言うとまったく遠い道になっています。人格者ではありません。神秘化、幻視者に選ばれるに足るタフな魂は持ち合わせていないのがこの私なのです。弱さだけが私にあります。
 
 夜、ヨゼファ・メネンデスの『愛の招き』を読んでいました。暗夜のため自分の意思を奮い起こしてイエズス様やマリア様に祈るときなので、本を読むようにしています。夜に『愛の招き』を読んでいたらイエズス様に会いたい思いがものすごく強くなりました。いちだんらくしてベッドから起きて、喉が渇いたので飲み物を貰うために食堂へ行ったら涙がどっと出てしばらく泣きふしました。暗夜になってとても辛いなどと司祭に訴えていました。でも、私は罪責感をそこで持っていました。イエズス様に会えないのは私が何か悪いことしたからなのかなと。私の考えの中には幼い頃からの悪い癖で何か悪いことをしたらしかられる。そう思うようになっていました。でも、違います。信者のほとんどは何も神秘的な体験をしないで、ただ信仰だけで過ごすのが普通なのです。
なのに、勝手な思いが私の心にあったなんて。暗夜こそ恵みだと司祭が教えてくれました。罪責感は裏を返すと傲慢だと司祭に言われました。
 なぜこんなことを話すかというと、パパ様や司祭でさえ御聖体を右手の3本の指でしか触れられないのだということだそうです。イエズス様やマリア様の声を聴く資格は私にはありません。私は納得しました。


2005年8月13日(土曜日)
 今日は、つぐのい(償い)の日です。体に痛みが強く来ています。足の裏に激痛がくるときがあります。体の中に切り傷が生じているようなきりきりとした痛みや皮膚が焼けるように感じる。そんな痛みがきています。
 夜、第2ミサのなかで悪魔のアタックを受けました。聖体拝領のときです。司祭が先ず聖体を拝領するとき、司祭がカリスを拝領する前に唱える祈りがあります。そこまで睡魔のなかにいた私に悪魔が「エヘヘ」とあざ笑いました。そのあとは何もありませんでした。でも、体の疲れがひどくミサ前の祈りから睡魔に襲われ、聖体降福式の時には寝てしまっていました。痛みが続き、手がものすごく熱くなっていました。
 見える聖痕を願っている私は、今痛みの強さがだんだん増しています。イエズス様に絶対的な信頼をする。これが私に求められています。痛みがくるたびに「イエズス、ありがとう。もっとちょぉ!!」と言っています。見える傷にしてもらう事を願っている。「傷を見えるようにして」という意味で「穴あけてちょぉ」と祈ります。このことによって私はもっと苦しみを望む事をしています。


2005年8月14日(日曜日) (聖マキシミリアのマリア・コルベ神父の祝日)
 夜第2ミサが終わって聖体降福式の途中で背中のほうから温かい炎のようなものが私の体を包むように中に入ってきたのを感じました。とても暖かで胸にしみいるような感じです。マリア様に心が向けられるようになって希望がわいてきました。
 明日はマリア様の被昇天です。とても喜びが沸いてきました。


2005年8月18日(木曜日)
 夜第2ミサの後、聖体降福式が始まって、じきに私は寝てしまっていました。
 イエズス様の御聖体自らが祝福してくださるとき今回初めて経験したことがあります。夢なのに司祭が祝福の十字をしてくれている声が聞こえたのです。私は眼を覚ましたくてはっとしました。けれど、私は起きることができませんでした。そのときに「そのままでいいから」というやさしい男性の声を聴きました。イエズス様の声と同じ声でした。夢の中ではっきり意識があり、現実の状態であることも判っていました。この状態を半覚醒状態といいます。今回私は印を求めませんでした。
 目が覚めた後、司祭に話したところこの状態では印を求めることが出来るといわれました。夢だと印を求めるのは難しいのですが、意識のある場合は印を求めるようにと言われました。


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2005年8月22日 AM3:13
マリー・マドレーヌに与えられた、イエズス様からのメッセージ
愛知県刈谷市にて
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イエズス様:
 愛する子(マリー・マドレーヌ)よ、あなたを祝福し、あなたに挨拶を送る。私、イエズスはあなたを愛し、恵みを注ぐ。愛している。

 愛するジャン・マリー神父、愛し、祝福を送る。あなたの行くべき道、なすべき道、大いに苦しいことがあったけれどもあなたが行くべき道を私は指し示し、いくところをあなたはすべて私と共に歩むように。あなたを愛し、祝福する。

 マリー・マドレーヌ、愛している。私はあなたを恵み、あなたが弱いから私はあなたを選んだ。恐れないで長に信頼して、ジャン・マリーを愛し続けて歩むように私はあなたに言う。愛している。あなたのいろいろな試みの中にあった、その一瞬一瞬のときでも私は愛のゆえにしているから。私は行くべき道をあなたに教えるためにあなたが行くべき道を私は指し示すから。これからも私が与えた長に信頼して、歩むように。愛するリトル・ペブルに伝えるように。
(第1に私が)リトル・ペブルのために祈ることを多くの人に求めているから、
(第2に)私が彼(リトル・ペブル)に与えていること、私が彼に対してなしていることを
リトル・ペブルはいつも信頼しているから。
(第3に)人々がリトル・ペブルを知るようになるから。
 あなた(マリー・マドレーヌ)はリトル・ペブルのために奉献し、あなたの願いを絶えず私にしなさい。私があなた(マリー・マドレーヌ)を愛しているのはリトル・ペブルの故であってリトル・ペブルが多くの幻視者、幻聴者、神秘家、恵みの霊魂のためにどれほど深く愛し、祈っているかをあなたに伝えるためにいろいろなことをこれからも行う。
 
 愛するジャン・マリー・神父、リトル・ペブルに対する愛を深め、ますます彼に対する信頼を持つように私はあなたに命じる。私はあなた(ジャン・マリー神父)を愛し、リトル・ペブルのためにいつも祈るあなたに対し、私はその祈りをかなえ、従順に従うあなたに対して、ひとつひとつの道をあなたに知らせる。愛する息子(ジャン・マリー神父)よ、私はあなたを愛し、どこに行くにもあなたと共にいる。だから恐れないで行くべき道を行きなさい。多くの讒言、多くの冒涜の言葉をあなたは浴びてきている。愛する息子、ジャン・マリー神父、恐れずに歩みなさい。私はあなたを祝福し、これから行くべき道を一つひとつ、今まで与えてきたと同じようにこれからも与え続ける。勇気を出し、私に信頼し続けなさい。
 
 マリー・マドレーヌと愛する息子(ジャン・マリー神父)との関係については多くの事をこれから行う。私は愛し、永遠の御父が昔から定めている事をこれまであなたがたに知らせ続けているように今もまた後も徐々に知らせていく。

 愛する子(マリー・マドレーヌ)愛するちっちゃい子、私はあなたを愛し、祝福する。恐れないで私の御母、私の母聖母マリアに祈り、信頼して何でも打ち明けなさい。祝福を送る。父と子と聖霊との御名(みな)によりて。アーメン。」


マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 イエズス様が私に優しく恋人のように、また父親のように語り掛けてくださいました。
ジャン・マリーと裸のだっこをしていたとき、胸のほうから痛みが生じ始めました。体も徐々に痛みが増してきました。ジャン・マリーのペニス(おちんちん)で遊んでたときに印がありました。ペニス(おちんちん)で遊んでいる最中にイエズス様のローキューションが在ったのです。
 ジャン・マリーとはもっともっと愛着を深めるように、ハネムーンの夫婦と同じように熱愛するんだよという話をしていたところでした。接吻も何もかも全部夫婦がしているように、私のほうからジャン・マリーを求めて愛着形成する力をつけていくしかこの関係についてぼうぎょできない。罪を犯しているという誘惑、インスピレーションが吹き込まれたりするときには、もっと積極的に行動に出すようにとジャン・マリーが助言してくれました。私自身の愛着形成する能力が虐待の傷によって出来ないから裸の抱っこで補っていくしか方法がないことを話していました。ただ、セックスだけはしないということだけ。あとは「何も遠慮しないでジャン・マリーとのふれあいを通して情緒の傷を治す以外にないんだ」という話をしながらすごしていたのです。
 ハネムーンの夫婦の話をしていたときにまた印が強くあって『しもべは聞きます。お話ください』と私はいのりました。そうしたらイエズス様の語りかけをききました。


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2005年8月23日 AM3:13
マリー・マドレーヌに与えられた、聖母マリア様からのメッセージ
愛知県刈谷市にて
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聖母マリア様:
 愛する愛しい子、マリー・マドレーヌ、あなたを愛し、祝福します。日本のために私は悲しみを催しています。愛の母、慰めの母の基に子どもたちが帰ってくることを切に願います。あなたはこの痛みをささげ続けてください。日本のために生贄としてささげ続けてください。私はあなたに痛みを今与えています。あなたの心を霊魂の救いのために準備するためです。霊魂の救いの事をいつも祈り、私たちの願いを心に留め続けてください。私たちが願う願いにあなたは耳を傾けてください。多くの霊魂が滅びに瀕しています。

 私のことを愛する息子(ジャン・マリー神父)が書いた私のすべてを知ることが出来る本『153本のマリア様のバラ』、あなたはこれを読み続けてください。

 そして、いま愛する息子(ジャン・マリー神父)が『153本の聖ヨゼフの百合』のことで苦しみ悶えています。愛する息子がこの苦しみを素直に、しかも自ら進んで受け入れていることに対して、本当に天は一日も早い出版をと願わずには居られないほど多くの反対があることをあなた(マリー・マドレーヌ)は聴いています。聖ヨゼフが書かせたこの『聖ヨゼフの百合』に関して、こんなにも妨げがあることを天は望んではいません。しかし、この状況は、この本が悪魔にとってどんなにいやなもので在るかを証明するものになっています。

 たくさんの出版がこれからなされなければなりません。愛するリトル・ペブルが書いた『最後の教皇』の出版もなされなければなりません。しかし、これも遅れています。子どもたちが、働く子どもたちが少ないために、またいろいろなことが不足しているためにこの出版物が遅れていることを私たちは知っています。しかし、時が徐々に縮まっています。

 多くのことで心を悩ましているコルベ・マリーを始め、愛する息子ジャン・マリー神父と名古屋共同体のメンバー、ロンジン・マリーほか、彼らのうえには非常に力強いものが注がれなければなりません。多くの改心者が与えられ、またその仕事に携わることが出来る能力を持った人が送られるように彼らは祈っています。彼らが一緒にやることが出来る人を探しています。

 あなた方はこれから一つひとつの計画に対して、恐れてはなりません。

 『153本のマリア様のバラ』
 『153本の聖ヨゼフの百合』
 『会則会憲』
 『メッセージ集』

 これは本になっていますが、未信者の手元には、一人ひとりの手元には届いていません。インターネットで見ることも出来ますが、これはごくごく限られた人になっています。

 愛する子らよ、これからの事業に対して祈り続け、男性の柱をもって進み続けてください。秋田に行き、これから多くの事業が待っています。人々が改心します。修道院が立ちます。男子修道院、女子修道院が立てられます。あなた方を神の事業のために用います。日本がこれ以上神の母を、またイエズスを知らないと言うことがないように。

 また20年以上もこの事業が失敗して、ミッションが犯してきた多くの過ちを天は知っていますが、彼らは今いろいろなことをしており、ジャン・マリー神父の言うことを聞くことが出来ない状態になっています。

 愛するジャン・マリー神父、あなたを祝福し、あなたを強め、導きます。恐れないでこれからも歩み続けなさい。

 私はこの愛の共同体を、愛のゆえに立てられる共同体を待ち望んでいます。名古屋の共同体は本当に愛し合う共同体です。秋田も同じです。これから起こされようとしているあちこちの共同体は、みんなそうであるようにと願っています。愛し合ってください。多くの人々への証のために、『ここに愛がある』と言って、多くの人々がかけよることが出来るようになるために、どうか分裂しないでください。派閥心を抱かないでください。

 お互いに愛し合い、今あなた方がしているように、本当に支えあって互いの賜物を出し合って喜んでいる姿を多くの人が見て、『ここに愛がある。ここにすごく安らぎがある』という証明となるように、あなた方をこれから用います。ますます一致してください。

 愛するリトル・ペブルのために祈ってください。彼の判決が近づいています。彼は苦しんでいます。多くの祈りが必要です。あなた方も彼のことを日夜愛し続けている、そのことを私は知っています。もっと愛してください。リトル・ペブルを愛し続けてください。あなた方を祝福します。父と子と聖霊との御名(みな)によりて。アーメン。


【リトル・ペブルさんに宛てた聖母マリア様のメッセージ】

 愛するリトル・ペブル、あなたのそばにいつも居ます。愛の母、慰めの母、慈しみをいつももたらす母がいます。あなたを祝福しています。多くの事業のことで、また多くの犠牲を捧げているあなたに対して、私は祝福を送り続けています。あなたがすべて愛のゆえにしていることを私は喜んでいます。

 あなたに対して、以前お話したようにあなたを中傷した人に対しては、天が定めたとおり時が来たら、彼らはあなたがまことに神によって選ばれた預言者であったということを本当に知ることになります。神の哀れみを待ち続け、あなたは彼らの救霊のために祈ってきました。私たちはその祈りをいつも聞いています。

 永遠の御父は慈悲深いかたです。しかし、彼らがその慈悲深さを侮りに変えてしまったならば、神の正義は示され、神の裁きを知らなければなりません。

 あなたはその裁きがくだらないようにと切に祈ってきました。あなたはいつもどのような霊魂に対しても寛大で、忍耐強く一人ひとりの霊魂を愛してきています。「誰一人として滅びに瀕し、地獄に行ってほしくない」この祈りをあなたはいつも祈ってきました。

 神の時があなたを勝利に導きます。あなたはこれからあなたの行くべき道を歩むことになります。恐れないであなたの母に信頼して歩みなさい。愛し、祝福しています。私はあなたをひと時も離れません。父と子と聖霊との御名によりて挨拶します。アーメン。


マリー・マドレーヌ:(状況説明)
 先ほどロザリオの祈りを一連祈ろうと言って聖櫃のところにきました。パパ様の御意向のための祈りが終わって一連の祈りが始まってじきに痛みがものすごくきました。股とか体に痛みが強くきました。強烈な痛みで、苦しみながらの祈りをするのは今回がはじめてでした。祈っている間に痛みが来るたびに涙が出るようになっていきました。目の前に風のようなものを感じたのですが、祈り続けていました。印があるか聞いたら、ずうっと続いていました。一連の祈りを終えて、大天使聖ミカエルの祈りをし始めたとき、また激しく痛みがきました。そのあとから物悲しい雰囲気を感じました。5分間沈黙しているときに心を落ち着けて「印はありますか?」と聞きました。印があったので、「しもべは聞きます。お話ください」と祈りました。

 リトル・ペブルさんのことになって、私がマリア様の言葉を聞きながらリトル・ペブルさんが一番苦しんでいること、つまり彼を訴えている人たちの救霊のために祈っているリトル・ペブルさんの事を私は思っていました。「彼らについては」とマリア様が言われた時に私は震える感じがしました。神様がこんなにも長く時を待っていらしたのに彼らはまだその心がかたくなになってしまっているんだと思ったら、今、日本で私たちに敵対している人たちも同じ目にあわなければいいなという思いになりました。マリア様の汚れなき御心の中に入れられたと司祭が教えてくれました。私はあまりにものお母様の悲しさを感じてしまい、おお泣きしてしまったのです。












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マリー・マドレーヌの自叙伝 

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2008年6月27日UP

著 者 マリー・マドレーヌ杉浦律子

発行所 箱舟の聖母社
 〒012−0106
 秋田県湯沢市三梨町字清水小屋14
 電話・FAX: 0183−42−2762
 Eメール: charbeljapan@nifty.ne.jp
 



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