33年
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(73)神の敵、徳川家に打ち勝つために

 1614年の9月になった。シストは寺沢藤兵衛の屋敷で戦略会議を開いた。シストは、これからやるべきことをはっきりとつかんだのだ。彼は、家康や秀忠やその後継者にキリシタンを根絶されないために、何年にもわたる準備が必要だということがわかった。

 シストに呼ばれたのは、寺沢藤兵衛とマグダレナ、六左衛門、寺沢太郎右衛門、林の親分とおかみ、ヨアキム近江とエリザベータ近江夫妻、そしてもちろんカタリナ。寺沢に住んでいる10人が集まった。シストの話しがはじまっている。

シスト
「……久保田藩は収入を増やすために鉱山開発と新田開発を望んでいる。だからペトロ梅津さま一人がキリシタンをやめれば、他のキリシタンは迫害しないという取り引きがおこなわれた。ということは、新田開発をするキリシタンたちも迫害したくないはずだ。
 もうあちらこちらで、流れてきたキリシタンが開墾にとりかかっている。その人達といっしょになって、キリシタンの部落を作っていくんだ。全部の家、そして全員がキリシタンの新田開発をする部落を、あちらこちらに作っていくんだ。それらの部落同志は連絡を取り合い、キリシタン同志が必ず結婚できるようにする。代々それを続ければ、キリシタンはみな親戚という大きな血族ができる……。」

ヨアキム近江
「なるほど、シスト先生、それは連座制を用いて迫害をかけられても、負けないためですね。よく分かりますよ。私たち夫婦も、となり近所の人から追いたてられて、出ていかされましたから。」

エリザベータ近江
「そう、そう。長年仲良くつきあってきた人たちだったのにね……。そして親戚たちのなかでキリシタンでない人たちがみんな、キリシタンをやめるようにって、私達を説得に来たんですよ。そりゃーつらかったですよ。血縁のものたちから、どなられたり、なかれたり……。」

ヨアキム近江
「右の五軒と左の五軒の関係ない人たちを、皆、処刑するっていわれたら、そこにはいられませんよ、本当に。」

エリザベータ近江
「キリシタンをやめないと、おまえの親も子も兄弟姉妹も同罪で殺す。親戚は、皆、財産没収のうえ、追放だとかいわれたんだすよ……。」

シスト
「みんな。ぼくとカタリナに、江戸や京、堺、伏見、大阪の方から来た人たちが、お礼の手紙をくれたよね。近江夫妻と同じような目にみな合わされているんだ。ぼくたちが、手紙を全部読んで、わかったことは、日本人はね、となり近所の無関係な人たちをいっしょに処刑する、血縁の人間を無関係でも、いっしょに処刑するって制度には、本当に弱くって、負けてしまうってことなんだ。
 これに打ち勝つには、となり近所もすべてキリシタン、血縁もすべてキリシタンという状況を、時間がいくらかかっても、つくりあげていくしかないっていうことなんだ。」

六左衛門
「シスト、この連座制の本来の目的は、お互いに見張らせ、密告するようにしむけることだよ。キリシタン以外の人がそうするのを、どうやってふせぐんだい?」

シスト
「うん。それに対して手はない。このあたりの人が日本人じゃないみたいで、そんなことをしない人たちだからこそ、神さまはここに、ぼくたちを導いて来させたんだっていう、ぼくの心の中に神が置いてくださった確信があって、それに対して手はないのに、ぼくはこの大いなるいたずらをおっぱじめるんだ。」

六左衛門
「そうか。このあたりの人が、日本人じゃないみたいで、そんなことをしない人たち、ほとんどすべて、ここにかかっているんだね、神の敵である徳川家に、ぼくたちが打ち勝てるかどうかは。」

 シストは大きくうなずく。

シスト
「そうだよ。だからいっさいかくれないんだ。このあたりの人がみんな、庄屋から代官にいたるまでみんな、どこそこの部落はキリシタン部落だとか、どこそこの村はキリシタン村だとか知っていて、誰も訴え出ないって、ぼくは信じている。何代にもわたって、何百年にもわたってね。そのうえに、このいたずらはなりたつんだよ。」




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2009年7月6日 UP
著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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