33年
(C)箱舟の聖母社


イエズスの右前足

1592年 クリスマス 12月25日である。

未明の深夜0時からはじまったクリスマスミサは、この年、有馬につれてこられた高麗人捕虜達のほとんどが来た。有馬中の人が来ているといえる。聖堂の中に入れる人数は限られている。シストとカタリナは他の高麗人捕虜と外でミサを聞く。彼らの熱心さは、まだ洗礼を受けていないにもかかわらず、燃えるようだ。ミサのはじめに、赤ちゃんのイエズスのご像をささげもったパードレが、外に出てきて、一番遠くのはしから行列をはじめてくれた。だから、シストもカタリナもかわいらしいご像を見ることができた。

カタリナ
「かわいいわ。かわいいわ。ね。あなた。ね。」

シスト
「うん。かわいいね。」

お昼になっている。シストとカタリナは、家の人々とご馳走を準備した。家の主人の先唱で食前の祈りが唱えられる。日本にきて6ヶ月近くになる。シストとカタリナには家の人の話がもうほとんど聞き取れる。話もかなりできる。高麗の人々が、日本語を非常に早く習得するので、司祭たち、修道者たち、同宿たちは、皆、驚いている。今も日本語だ。

家の奥さん
「カタリナ、はじめてのクリスマスの真夜中のミサはどうだった。」

カタリナ
「赤ちゃんのイエズスさまのご像が目の前を通ったの。かわいかったわ。ぷくぷく、やわらかそうな、かわいい、右前足が、目にやきついているわ。」

うっとりとカタリナは話すが家の人たちはぷっと吹き出して腹を抱えて笑い出す。しばらく笑いが止まらない。カタリナが言いたかったのは、赤ちゃんのイエズスの交差した、前に出された方の右足なのだ。外で大きな声がする。ルイスだ。

ルイス
「クリスマスおめでとう。」

皆、大喜びでルイスを出迎え、上にあがらせ、食卓につかせる。シストとカタリナが、この家に来てから、ルイスは旅から旅の間には、必ずこの家に訪ねてきてくれる。

ルイス
「楽しそうだね。」

子どもたち
「だって、カタリナが『イエズスの右前足』っていうんだもの」

カタリナ
「キャー。そんなことばらさないで」

この家の子どもたちとの会話がシストとカタリナの日本語会話の上達をなおさらはやめているのだ。子どもたちはシストとカタリナになついてしょっちゅう話かける。子どもたちが一番の先生だ。ルイスは子どもたちから聞く右前足の話に大笑いした。

5年前に秀吉が禁教令を出している。司教、修道士たちは、目立たぬようにしており、にもかかわらず各地の教会、修道院が次々に破壊されてきている状況で、今や、日本人同宿たちが全国の信者の世話に以前にまして大活躍している。それで、ルイスも有馬にはほとんどいない。ルイスは、有馬の出身でキリシタン武士の子弟だ。優秀な子だったので選ばれて、セミナリヨの第一期生として入学した。ポルトガル語、ラテン語、論理学、哲学、神学をたたきこまれたエリートで、あらゆる司祭に仕え、通訳として同行し、名だたるキリシタン武将たちとも、皆と親しく交わっている、すごい同宿なのだ、遠い道のりも、短日時で行き来してしまう。道なき道も迷うことなく、どんどん進む。変装の達人で、名前もいっぱいもっている。まるで忍者のようなところがある。イエズス会の根拠地、この有馬と地方の信者を結ぶ人間だ。そのルイスが、シストとカタリナに、初めてあった時から何かしら特別にひかれている。シストとは同い年だとわかった。二人とも1570年生まれ。カタリナは1575年生まれだ。あの時、パードレもパウロも感じた、何かこの若い二人の夫婦は内面に素晴らしいものを持っていると、それが何なのか見つけていきたい。

二人に対する興味がルイスを二人に接近させ、愛着させる。





2008年5月11日 UP
著者 ジャン・マリー神父・ソーンブッシュ・リトルヨハネ
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